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『OLIVE』 作者: タンドリーチキン
紅葉も終わり、各家庭では冬仕度も完了という時季。
香霖堂の居間のコタツで霧雨魔理沙と森近霖之助が本を読んでいる。
霖之助がもうすっかり冷めてしまったお茶を啜ったとき、魔理沙が本から顔をあげ、話しかける。
「なあ香霖、セックスしようぜ!」
次の瞬間、霖之助の口に含まれていたお茶が噴出された。
霧状になったお茶は太陽の光を屈折させ、二人の間にきれいな虹をかけた。
お茶を噴きかけられた魔理沙は、きたねぇと叫んで、顔をハンカチで拭う。
霖之助は、
「いや、すまない」
と言いながら、布巾でちゃぶ台の上のこぼれたお茶を拭く。
そして湯飲みに残ったお茶を飲み干して一息つくと、先ほどまで読んでいた本の続きを読み始める。
魔理沙がその本を叩き落とした。
「なにをするんだい!?」
「それはこっちのセリフだ!なんで何事もなかったように本を読んでんだ!」
霖之助はなにかあったっけ?という表情を浮かべながら首を傾げる。
魔理沙は誤魔化す気だなと瞬時に悟った。
「おい香霖。かわいい乙女の一大決心をスルーするとは何事だ!
お前も男の端くれなら、口からお茶じゃなく、愛の言葉をはけよ!もしくは押し倒すぐらいやれよ!!」
「……ふぅ、魔理沙。どこに『かわいい乙女』がいるんだい?」
「目の前にいるだろう」
「かわいい乙女は、いきなり『セックスしようぜ!』とか『押し倒せ』なんて言わないと思うんだが」
それに、と続けて言う。
「この前、里の人が妖怪に襲われていたのをスルーしたらしいじゃないか。
しかもその理由が、泥棒の帰りで急いで逃げてたから?そんな良心のかけらもないのが乙女のわけがない」
霖之助はやれやれといった感じで、先ほどまで読んでいた本を開いて見せた。
その本に魔理沙の失態が記載されてしまったようだ。
よく見ると幻想郷縁起第拾版とある。この前改版されたと思ったが、また更新されたようだ。
魔理沙は霖之助の態度に加え、自分の失態が記録されてしまっていることに怒りを覚えた。
ぷるぷると震える拳を握り締め、魔理沙は
「じゃあ私は乙女じゃなくていいぜ!」
と叫びながら、コタツを蹴り上げる。
そして呆気にとられる霖之助をタックルで押し倒し、そのまま上に乗る。いわゆるマウントポジションである。
「いてて、いきなりなにをするんだい!?」
「香霖。お前から見て、私は、そんなに魅力がないのか?」
霖之助が非難の声を上げるが、魔理沙はかまわず問う。
「……魅力がない云々じゃないんだ。
先の話に付け加えるなら、…そうだな、
なんというか、君はまだ若すぎるんだ。乳臭すぎる。あと何年か…」
「うわあああああん!!!」
なんとか説得しようとするが、台詞の途中で殴りかかってきた。
「ちょ、がは、ま、まっで、ぐれ、お、お゛ち゛づ、がは、いでぐれ」
魔理沙の拳が霖之助の顔面に、雨のように降り注ぐ。
右。左。右。左。右。左。
鼻。右目。頬。頬。鼻。鼻。
魔理沙の拳を防ごうと腕を顔の前に出すが、その脇をすり抜けて一向に止まらない。
動かなくなった霖之助を魔理沙はさらに二十発ほど殴ったところで、
「香霖のバカヤロー!!」
捨て台詞をはいて香霖堂を飛び出した。
*
香霖堂からしばらく飛んだ森の上だった。
「ちくしょー。香霖のヤツ、あんな言い方しやがって……ん?」
ふと、風の音にまぎれて、人の声のような物音が聞こえてきた。
「あん?なんだ?」
魔理沙は空中で停止し、周りを見渡してみるが、誰もいない。
気のせいかな?と思い、再び進もうとしたとき、
「きゃあぁぁぁ」
「!!下か!?」
眼下の森から、女性の悲鳴が聞こえてきた。
魔理沙が下を見ると、木の枝でよく見えないが、数十メートル離れた所で動いている数人の人影を見つけた。
距離があるので分かりにくいが、妖気を感じ取ることができた。
高度を保ったまま、しばらく観察していると、里の人間と思われる若い女性が、三体の妖怪に襲われているのが分かった。
普段の魔理沙なら、ああ馬鹿だなぁ。こんな里から離れた森に一人で来るからそうなるんだよ。と、スルーするところだが、
頭の中は先ほどの事への八つ当たり半分、人助け半分な考えが占めていた。
霖之助に言われた言葉がそうとう堪えたらしい。
魔理沙は片手に八卦炉、箒をもう片方の手で強く握り締め太ももで強く挟み込むと、急降下を開始する。
空中で弧を描くように妖怪のほうへと向きを変え、後方にマスタースパークを放つ。
落下の勢いに加え魔砲の推進力を得て、超高速で妖怪の背面から奇襲を仕掛ける。
「『ブレイジングゥゥスタァーーー』」
箒の柄を妖怪の背面にぶち込むと、箒をつかんでいた手と足を離した。
箒は魔理沙を置いてきぼりにし、勢い止まらず妖怪ともども木に激突する。
どぐしゃっ、と果物が潰れたような音がした。
木へ熱烈な接吻をした妖怪は、衝撃で歯が砕け散り、目からは眼球が飛び出す。
額は大きく割れ、ドクドクと血が流れ出て、脳みそを覗かせた。
魔理沙は着地と同時に、二匹目の妖怪にレーザーを撃ち込む。
弾幕ごっこ用ではない、殺傷力の高いレーザーを受けた妖怪は、胸に大きなトンネルを開通させる。
二匹目は自分の胸に開いた穴を、何が起こったのか理解できていない表情でしばらく見つめた後、大量の血を吐きながら倒れた。
「う、うわぁぁぁ」
「!!」
三匹目は逃げ出した。
しかし魔理沙に回り込まれてしまった。
「あ〜まてまてまて。逃げるなコラ。忘れモンだぜ」
そういうと、八卦炉を三匹目に向け、魔砲を放つ。
しばらくして光の奔流が収まると、黒い人型の炭だけが残った。
周りを見渡し、他に妖怪がいないことを確認すると、
「ふぅ。意外とあっけなかったな。
さて、襲われてたヤツはどうなってるかな」
ため息をひとつつき、遠目で駄目かなと思いつつも、里人の安否を確認するべく近づいていく。
大きな屋敷の女中だろうか。着ていた着物に見た覚えがあるが、どこだか思い出せない。
顔を覗き込む。しかし相当殴られたのだろう、ひどく腫れている。
仮に知人であろうと判別できないほどだった。
次に目についたのは、切断された両足と左腕だった。
顔を覗き込むと、大きく目を見開いた表情のままピクリとも動かなかった。
一応残った右腕をとり、脈を確認する。やはり死んでいるようだ。
「ちぇ、間に合わなかったか。」
魔理沙は里の自警団に連絡しといたほうがいいだろうと思い、
箒に付いた血を落ち葉で拭うと、里の方角へと飛んでいった。
*
それから三日たった早朝のこと。
魔法の実験が一段落着いたらしい魔理沙は、大きな欠伸をしながら、自宅の実験室から出てきた。
先日から、男には振られるわ、人命救助は間に合わないわで散々だったので、それらを忘れるために魔法の研究に没頭していた。
「げ、もう夜が明けてるじゃないか」
時刻は朝方だが、徹夜明けでとても眠いので、仮眠を取ろうと服を脱ぎ散らしながらベットへ向かう。
軽く寝たら今日は紅魔館へ本を盗りに…じゃなく借りに行こう、などと考えながら素っ裸で布団に入った。
その時、ガシャーンと激しく窓ガラスの割れる音がした。
音に気づき、ベットから頭をあげて確認すると、空き缶のようなものが投げ込まれていた。
すると缶から煙が噴出し、三秒もしないうちに部屋中に充満する。
「ゲホッゲホッ、なんだこの煙…は……」
急いでベットから出るが、煙を吸い込んでしまった魔理沙に異変が起きる。
目は強烈な刺激で開けていられなくなり、涙が止まらない。
肺に十分な酸素が供給されず、呼吸が乱れる。
呼吸困難に陥り、そのまま床にうずくまってしまう。
すると、ドアが乱暴に蹴破られる音とともに何者かが部屋に侵入してきた。
その何者かは瞬時に魔理沙の腕をとり、捻り上げる。
必死に抵抗するが、関節が稼動域の限界まで捻られ悲鳴を上げる。
「よし!確保!」
魔理沙を抑えている者が声を上げる。
何人か部屋に入ってきたかと思うと、手馴れた様子で、魔理沙の両手足を縄で縛り上げる。
次第に煙が減っていき、侵入者の姿が顕になってきた。
全員ガスマスクを着用しているので顔は見えなかったが、服装や手に持っている得物から、
里のワンマン警察である小兎姫と自警団の屈強な男達であろうと思われた。
「なにしやがんだ!離せこの野郎!!」
魔法で縄を切ろうとしたが、なにか特殊な細工をしているらしく、まったく切れる様子が見られない。
そもそも魔法の出力が極端に下がっていた。魔法、魔術の類を封じる仕掛けだろうと、魔理沙は推測した。
小兎姫がガスマスクをはずし、魔理沙に告げる。
「霧雨魔理沙。お前を殺人容疑で逮捕する」
*
「はあぁ?!殺人容疑だぁ?意味わかんねーぜ!私がいつ人殺ししたっつーんだよ!」
バーン、と机の上に勢いよく組んだ足を乗せる。
魔理沙は今、取調室にいた。
机をはさんだ向かい側の椅子に、小兎姫が腕を組み背もたれに体を預けている。
足を降ろせと注意するが、姿勢を正す様子はない。
小兎姫はあきらめて、そのまま話を進める。
「三日前のことだ。覚えてないとは言わせんぞ。
なんたって、この件はお前が通報したんだからな」
「三日前?……ああ、あれか。
あのどこかの女中が妖怪に殺された件か。
それなら自警団に話したとおりだ。私は助けようとしただけだ。
善意の行動だぜ。
それなのに容疑者扱いってのは納得いかないぜ」
魔理沙の言葉に小兎姫は眉をしかめた。
「何言ってんだ?お前にかかっている容疑は稗田家の女中一名だけじゃない。
女中と一緒にいた護衛三名の、全部で四名だ」
「はああぁ?!護衛だぁ?あの明らかに女中を襲ってた妖怪三匹がか?」
「あの三人は妖怪じゃあない。歴とした里の自警団の人間だ。
お前が襲撃して殺ったんだろう?!さあ吐け!動機はなんだ?」
「いやいやいや、そりゃーありえないぜ。あれはどう見ても妖怪だった。ちゃんと死体調べろよ」
「しつこいな。こっちはな、死体はちゃんと鑑識にまわして、調べてもらっているんだよ。間違うはずないの」
「そうだ!私の箒にそんときの血が付着しているはずだ。それを調べてもらえば、あのときの三匹は妖怪だと証明できる」
「そんな無駄な事はいいから、さっさと吐--」
小兎姫の言葉を待たず、魔理沙は捲し立てる。
「うるせぇぇぇー!!無駄なことじゃねぇぇぇんだよぉぉ!!いいから箒を鑑定にまわして調べさせろ!!
じゃなきゃよぉ、私はもう一言も話さん!!」
「あーはいはい、分かったよまったく」
結局小兎姫が折れ、要望を聞くこととなった。
「証拠品の運搬は、あの里の守護者にやらせろ!
あと、ちゃんと『私が責任もって運搬しました』と証明できるもの持ってきな!」
「慧音先生だな?分かったよ。後はもうないか?」
魔理沙は少し考えてから、ないと答えた。
「……へっくしょん!?……ズズッ…うー少し寒いな」
「お前なぁ、自分の格好考えろ。寒いのは当たり前だ。あと、もう秋も終りだし」
「服よこせよ。よくある白黒縞々の囚人服でいいから」
「わがままばっか言うお前にやる服なんて一着もないよ。風邪でもなんでも勝手にひけ」
その翌々日---
「……あー、箒に付着してた血の成分分析結果が来た」
小兎姫は、魔理沙が拘束されている留置所の前に来ると、そう告げた。
続けて懐から紙を取り出すと、内容を読み聞かす。
「えー、『霧雨魔理沙所有の箒先端から検出された血液は、五日前に殺害された、人間の被害者のものと相違なし。』だそうだ。
これで満足したか?」
「そんなバカな!?一体どこの野郎だ、こんなインチキ結果だしやがったのは!?」
「あーそれなんだが、お前が後でゴチャゴチャ言わないように、依頼は永遠亭に出したから。
箒はお前の家から直接、慧音先生に持っていくよう頼んだ。
ちなみにこの結果の紙は永遠亭の薬師が持ってきた。
ほら、ここに薬師の署名があるのが見えるだろ?お前の信頼している方々だ。偽証の可能性は無い事が理解できたか」
魔理沙は考える。確かに偽証はありえないと。
突き出された紙を見る。確かに永琳の署名がなされている。
以前永琳の書く字を見たことがあるが、独特な癖があり、見間違えることはない。
つまりこの鑑定結果は本物だ。
ならば持ち込まれた箒を他のものに掏りかえられた可能性は?
それもないだろう。あの自他共に認める堅物である慧音が、一体どんな理由で証拠品を掏りかえるというのか。
仮に、どれだけの金を積んでも、どんな恐ろしい恫喝でも、首を縦に振ることはないだろう。
こほん、と小兎姫がひとつ咳をつく音で、魔理沙は我に返った。
「さて、お前が散々喚いていた証拠品の鑑定結果も終わったし、明日公訴すっから」
「明日?!早すぎだろ?!!」
「心配すんな。弁護士はちゃんとつけてやるから」
公訴。裁判。判決。
それらは異常なほど早急に行われ、冬が訪れるころには全て終了していた。
裁判では稗田阿求が弁護人として来てくれた。
阿求は魔理沙の言い分を聞き、そして信じてくれた。
そして魔理沙とともに無罪を主張したが、結果は
「被告霧雨魔理沙を死刑に処す」
敗訴だった。
阿求は「力になれず、本当にごめんなさい」と、頭を下げた。
*
「へっくしょん!?……寒いぜまったく。本気で風邪ひきそうだぜ。くそが」
魔理沙は今、刑務所の独房にいた。
部屋の広さは四畳ほど。
中には布団と、角の方に用を足す箇所があるのみである。
少し高い位置にある小窓には、しっかりと鉄格子が嵌っている。
背伸びして外を見ると、雪がちらついているのが見えた。
寒いはずだぜとつぶやきつつ、布団を被った。
この独房の中は魔法の効果が極端に下がるようにできているようだ。
試しに壁にマジックミサイルを撃ち込んでみたが、ちょっとした傷が付くくらいの威力しかない。
魔理沙は、さてどうしたもんか、と考えていた。
このままだと死刑は確実だぜ。なにせ全てのものが、私が殺人者である示している。
誰も冤罪などとは思わないだろう。このまま控訴しても無駄だな。
つか、なんだよ死刑って。こうなりゃ脱獄しかないな。
しかし八卦炉も、魔法を撃つための茸薬も、愛用の箒も、ない。
自力でここを破壊して脱出とはいかないわけだ。
ならば誰かに持ってきてもらうか、助けを待つしかないな。
だが後者はないだろうな。傍から見れば、私は犯罪者な訳で。
それをわざわざ助けには来ないだろう。
脱獄の手助けをしたとなれば、そいつも犯罪者だ。
今後の人生、ずっと隠れてなきゃならない。
誰だってそんなのはゴメンだろう。
あ、そうなると前者もダメだな。これも手助けになるだろうし。くそ!死んでたまるもんか-----
コツン
魔理沙の思索は、頭上に落ちてくる何かによって中断させられる。
上を見ると、鉄格子の間に人形が立っていた。
魔理沙と同じ魔法の森に住むご近所さん、アリス・マーガトロイド所有の人形だ。
「どうしてお前がここにいるんだ?」
人形は問いかけに反応せず、スカートの内側に手を入れ、折りたたまれた便箋を取り出し、魔理沙に差し出す。
「アリスからか。なんだろうな」
魔理沙は便箋を広げる。
『こんにちは魔理沙、お元気ですか? 刑務所の暮らしはどうですか? 快適ですか? 最高ですか?
私はとても機嫌がいいです。
なぜなら留守になっている貴方の家から、奪われてた魔導書やら魔道具などを回収できたからです。
パチュリーも盗られていた本を回収できて、とても喜んでいました。
喘息の彼女のどこにそんな体力があったのか、自身の身長より大きな風呂敷を担いで持ち帰りました。
あんな爽やかで素敵な笑顔の彼女を初めて見ました。』
魔理沙は便箋をビリビリに破りたい衝動に駆られたが、すんでのところでこらえた。
続きを読む。
『そういえば、回収作業中に香霖堂の店長さんが来ました。
ツケの回収に来たのかと思いましたが違うようで、貴方のことをとても心配している様子でした。
彼は私に、貴方を助け出して欲しいと言ってきました。
店長から手付け金をたっぷり頂いてしまいましたので、不本意ながら貴方を脱獄させる手伝いをすることになってしまいました。』
「香霖が?私のために?」
やり方はともかく、霖之助が魔理沙のために動いてくれていることを知り、顔が嬉しそうに緩んだ。
『具体的には人形にミニ八卦炉を持っていかせるので、破壊して脱出してください。
この便箋を持ってきた人形は脱出後の通信機として使用します。無くさないように。
貴方のミニ八卦炉や魔法薬、その他は店長が製作中なので、完成したら今日と同じように人形に送らせます。
それではまた。』
「そうか。香霖は新しいミニ八卦炉を作ってくれているのか。
確かに出力マックスでぶっ放せばこんな壁、魔法対策が施してあろうが壊せるかもな。
でも、ミニ八卦炉って、一から製作となるとどれくらいの日数が掛かるんだ?
香霖が一晩でやってくれましたって訳には行かないだろうし」
うーん、と唸っていた魔理沙だったが、ミニ八卦炉が完成したら持ってきてくれるだろという結論に達し、深くは考えなかった。
待つことしかできなくなり、手持ち無沙汰な魔理沙が人形を弄り回していた。
すると、人形の背中に操作用の糸が収納されていることに気づいた。
「とりあえず、人形の操作でも練習しとくか。なにかの役に立つかも知れない。…つーか暇だし」
*
魔理沙が人形と便箋を受け取った日から一週間後。
魔法の森の中を一人、顔には笑みを浮かべ、今にも踊りだしそうな足取りで歩く人影があった。
その超挙動不審人物、アリス・マーガトロイドは非常に浮かれていた。
「うふ、うふふ、笑いが止まらないわ。たかが魔理沙の脱獄の手伝いだけで、こんなにお金を頂けるとは。
まったくあの子は愛されてるわねー。まあ、そのおかけでこんな割のいい仕事が来たわけだしー。魔理沙には感謝しないと」
魔理沙の居る独房に人形を侵入させるのはひどく簡単だった。
魔理沙が収監されているのは、刑務所とは名ばかりの、古い屋敷を改造したものだった。
警備も出入り口付近に集中していて、まるで、侵入してくださいと言わんばかりのものだった。
アリスは霖之助からミニ八卦炉完成の連絡を受け、香霖堂まで取りに行っていた。
脇にはミニ八卦炉と報酬のお金が入った紙袋を抱えていた。
「後はこのミニ八卦炉とその他魔法薬を届ければ、仕事は終わったも同然。
ミニ八卦炉を受け取った魔理沙なら脱獄は容易なはずね。
人形は事が済んだ後で自爆させれば、私が関与した証拠は残らない。
そういえば霖之助さんは、魔理沙の身柄をどうする気なのかしら。ま、その辺のことは彼が何かしら考えてるでしょ」
そんな浮かれきったアリスは、後方の木の陰から発せられる視線に気が付かなかった。
アリスは自宅から出てくるところから、数人に入れ替わり立ち代り監視されていた。
終始その事に気づくことなく、アリスは自宅へと帰ってきた。
そして何の警戒もなくカギを開け、ドアノブを捻り、ドアを引く。
次の瞬間、アリス亭は爆発した。
辺りにはすさまじい轟音、熱風とともに、割れたガラスや木片、保管してあったであろう本や人形のパーツ、
家具の欠片等々が、周囲の木に刺さる勢いで散らばった。
上空に巻き上げられたいろんなものの欠片が雨のように降り注ぐ。
しばらくして状況が落ち着いた頃、爆心地から離れた所の木の陰から監視していた者たちが出てきた。
そして、アリス亭だった場所を漁り始めた。
しばらくすると、瓦礫の下からアリスが発見された。
掘り起こされると、辺りに肉の焼け焦げたにおいが漂った。
アリスは真っ黒の炭になって死んでいた。
*
さらに一ヶ月が経過した。
さすがの魔理沙もここまで何の音沙汰がないと、いらだちや不安感を覚えた。
「まったく。アリスや香霖は何やってるんだ?!いくらなんでも時間が掛かりすぎじゃないのか?!!
……もしかして、計画がばれたんじゃないか?!それで二人とも捕まったとか?!」
魔理沙がどれだけ推測を重ねても、それを確かめるすべはない。
魔法対策が施された壁の内側では、通信用人形を使用しての外との会話は不可能だった。
かちん がちゃっ
「!!!?」
不意に独房のドアが開いた。
そして看守の服装をした男が二人入ってきた。
魔理沙には、どちらの男も見覚えがなかった。
彼らは顔に下卑た笑みを浮かべている。
「おいおいおい!なんだお前らは!!なーに勝手に入ってきてんだよ!掃除の時間ならまだだぜ!!」
通常、女性が収監されている場所には男性は入れない。
少なくとも魔理沙はここに来てから女性の看守しか見たことがなかった。
明らかな異常事態に、魔理沙は大声を出して他の看守を呼ぶ。
「おーーい!!誰かいないのかーー!!ちょっとこーーーい!!おーー…がふぅ」
叫んでいる最中に、魔理沙は看守風の男に殴られ、倒れてしまう。
彼らは魔理沙の髪を掴み、乱暴に立たせ、壁に押し付ける。
そして魔理沙の腹に一発、二発と、男の重い拳がめり込む。
「…ごふっ…がはっ……うげぇぇ」
魔理沙は腹を押さえながら膝から崩れ落ち、芋虫のような体勢になる。
胃から酸っぱいものがこみ上げてくる。戻しそうになるが、何とか堪える。
男の手が魔理沙の肩を掴み、転がすように仰向けにさせる。
そのまま男は、魔理沙の頭の上で両手首を押さえつける。
「へっへっへっ、お寝んねにはまだ早いぜ。俺達がこれからすげー気持ちよくさせてやるからよぉー」
「おいおい、余計なことは喋んなくていいから早く終わらせて、俺と代われよ」
「へへっ、あわてんなよ。ゆっくり楽しもうぜ」
男はそういうと、ズボンを下着ごとずり下ろし、いきり立つモノを露出させる。
そして魔理沙の足の間に体を割り込ませる。
「い…いやだ……や…めろ……やめて」
「えーんりょすんなって。こんなとこ閉じ込められて、こーゆーの、随分とご無沙汰じゃないの?
それじゃあ、いーれーまーすーよー」
男が喋りながら、魔理沙の秘所にモノを宛がう。
その時、魔理沙の左手の指が複雑な動きをした。
すると、男達の死角に隠れていた人形が飛び出し、魔理沙に挿入しようとした男の首を、貫き手で突き刺す。
「がああぁぁぁ!?!!?」
「なっ?!!!」
突き刺された男は首を押さえ、畳の上を転がる。
その手からは血がどくどくと溢れてこぼれる。
その様子を見たもう一人の男は驚き、魔理沙の手首を押さえる力を緩めた。
魔理沙はその一瞬を見逃さず、押さえを切り、すぐさま起き上がる。
男は拘束を解かれた魔理沙に気を向けてしまい、人形を見失う。
次の瞬間、突如男の目の前に人形が現れ、払う間もなく、貫き手が男の右目に突き刺さる。
「ぎゃああぁ!!?」
男は悲鳴をあげ、片膝をつく。
もともと戦闘用ではない人形の右腕は、二度の攻撃に耐えられず、男の脳へ到達する前に拉げてしまった。
手ごたえで仕留めそこなったことが分かり、男に捕まえられる前に人形を退かせる。
「お…俺の目が……ぐふぅ」
目を押さえているところに、魔理沙の蹴りが顎に決まる。
もろに喰らった男は倒れ、後頭部を床にぶつける。
魔理沙は男の顔面を、全体重をのせて踵で踏みつける。
「て、てめえ…」
「うわああああ!!」
踏む。踏む。踏む。踏み抜く勢いで、顔面を、ひたすら踏んだ。
目を。鼻を。口を。男の顔の形が変形しようが構わず、とにかく踏みつける。
踏みつける音が、ぐしゃっ、から、ぐちゃっ、へと変わってきた。
足の裏が血まみれになって気持ち悪い。
それでも魔理沙はやめない。
「………」
「はあっはあっはあっ」
男はびくっびくっ、と痙攣を起こし、しばらくすると動かなくなった。
そこでようやく踏むのをやめる。
頸動脈を切られた方の男は、いつの間にか静かになっていた。
「まったく、何だってんだ、ちくしょう…」
魔理沙は焦燥しきっていた。
冤罪で刑務所に送られようが、大した気落ちのなかった魔理沙だが、さすがに今回の事は堪えられなかった。
くそ、なんでこんな目に遭うんだ?
こんなことならあの時、妖怪三匹を片付けたら、自警団に連絡しなきゃよかったんだ。
いや、そもそも人助けなんかしようと考えたのが間違いだったんだ。
そのせいで冤罪で投獄され、強姦されそうになって、正当防衛とはいえ人を殺っちまうはめになったんだ。
もう人助けなんかしねえ!絶対だ!
「おらぁ!!このぉ!!」
魔理沙はすでに事切れている男の腹に何発もの蹴りを入れる。
「はあっ、ふうっ、はあっ、……ん?」
八つ当たりして少し落ち着きを取り戻した魔理沙は、男の腰にカギの束があることに気がついた。
今が脱獄のチャンスと判断し、カギの束を取るとすぐさま廊下に出て走りだす。
独房のあるエリアから中庭へのドアのカギを、束から探しているときだった。
「きさまーー!そこで何してる!」
後ろの方から誰かがこちらへ走ってくるのが見えた。
急いでカギを差込んで回し、ドアを開ける。
すると、ドアのすこし先に、掃除婦兼看守 --なのだろうか?掃除道具一式を乗せた台車を引いている-- がこちらへ歩いていた。
「お、お前、なんでここにい、ぐわあぁ!?」
魔理沙はすかさず前へ走り出し、とび蹴りを喰らわせる。
そして台車から竹箒を一本掴み取り、そのまま跨いで空へと飛び立った。
*
脱獄を果たした魔理沙は、とりあえず自宅へ向かう事にした。
なにかしらのマジックアイテムが残っているかも知れない。
なにより、格好もこのままだと良くないだろうと思ったからである。
しかし積雪を掻き分け、自宅に入った魔理沙が見たのは、空っぽになった我が家だった。
ゴミ屋敷かと見間違えるほど物で溢れかえっていた魔理沙亭は、リフォーム職人も驚愕のビフォー・アフターがなされていた。
アリスからの便箋で、借りていた本やマジックアイテムが回収されたのは知っていた。
だが、
「くそ!残りのマジックアイテム類は自警団に押収されたとしても、ドロワ一枚すらないってのはどういうことだ?!」
クローゼットの中まで空っぽだとは想定していなかった。
魔理沙はこれ以上の探索は無駄と判断し、すぐに家を飛び出した。
「何もないんじゃあ、これ以上の長居は無駄だ。
だけど、このまま香霖堂へ行くのも、まずい気がするぜ。
当然サツが張り付いてるだろうし。
………アリスの家に行くか。この人形の件もあるし。
今後も使うだろうから、修理か代わりの人形もらうかしないとな」
脱獄後、魔理沙は通信用人形でアリスと連絡を試みたが、まるで反応が無かった。
アリスとその家が爆発したことを知らない魔理沙は、先の戦闘で故障でもしたのかと考えていた。
魔理沙は竹箒に跨ると、森の上へと上昇し、アリス亭へと向かおうとした。
その時だった。
前方から爆発音が聞こえてきた。
反射的に降下し、木の陰に身を隠す。
「な、なんだ、いまの爆発は?方向からしてアリスの家だが…」
もしアリスの身に何かあった場合、孤立無援状態になる魔理沙に、無視するという選択肢は無かった。
何があったのかを確かめるべく急いで、かつ慎重にアリス亭に向かう。
その途中、何度も爆発音が聞こえた。
あまりの音量に、木の枝がビリビリと震えている。
そして進むにつれ、爆発音に混じって悲鳴のような声が聞こえてきた。
それも二人、三人などではなく、かなり大勢だ。
アリス亭まであと50m程の距離まで近づいたとき、更なる異変に気が付いた。
前方の森が、開けてきているのだ。それも幅100mぐらいに。
以前アリス亭に行ったときには、そこまで開けた場所に建っている印象は無かった。
疑問に思いつつも、魔理沙はもう少し近づいてみることにした。
森を抜けると、その場所にアリス亭は無かった。
代わりにクレーターが点在する、とても開けた空間になっていた。
一言で表現するならば、その場所は赤かった。
あたり一面、人だか妖怪だか判別不能なまでに細かく千切れた手足、頭、内臓が散らばっていた。
周囲の雪は赤く染まり、白い部分がほとんど無い。
上空には数十匹の妖怪が誰かと戦っているのが見えた。
その人物は、元は青と白を基調としたと思われる巫女装束を着ていて、頭には蛙と蛇を模した髪飾りがあった。
「ん?あれはもしかして早苗か?
なんでここにいるんだ?そもそも何やってるんだ?」
妖怪と対峙しているのは山の上に住んでいる、東風谷早苗であった。
だが、魔理沙は声を掛けられなかった。
魔理沙の知る早苗とは、様子が違った。
服は返り血で赤黒く染まり、顔は怒りで歪み、口から人とは思えない雄叫びをあげる。
「ぎゃあああぁぁ!?!!」
「ぐわあああぁ!!」
「がああっ?!」
そして瞬く間に弾幕で妖怪を挽肉に変えていった。
地上に血と肉片の雨が降り注ぐ。
魔理沙は、赤い豪雨の中に一人の少女が呆然と立ち尽くしている事に気が付いた。
おそらくこの少女を妖怪から守るために、早苗は戦っているのだろうと考えた。
一発だけ、妖怪を撃ち漏らした流れ弾が落ちてきた。
魔理沙はその射線の先に、先ほどの少女が居るのに気が付いた。
気が付いたときには箒に跨り、全速力で前方へ飛び出していた。
「どおりあああああぁぁぁぁ!!!!」
「!?」
間一髪、少女を突き飛ばして回避させられた。
魔理沙自身は体勢を崩し、雪の上を転がる。
「…いってえ、……おい!大丈夫か!」
「……うう、あ、ま、魔理沙さん…ですか…」
魔理沙は自分の名前を呼ばれ、一瞬驚いた。
だが、その疑問もすぐに消えた。
血に濡れていて遠目では分からなかったが、その少女は稗田阿求だった。
「お前、阿求か!?なんでここに?!いや、それよりも何が起こってるんだ?!」
「魔理沙さんこそ、なぜここに?!そ、そ、そんなことより、早く逃げないと………あ!!!」
阿求が魔理沙の後を指差す。
魔理沙が振り返ると、そこには早苗が立っていた。
先ほどと違い、笑顔を浮かべている。
しかし、目の奥に何かどす黒いものを感じ、魔理沙は思わず数歩退いた。
早苗が口を開く。
「ああ、魔理沙さん。お久しぶりです。早速で悪いんですが、そいつをこっちへ寄こしてもらえませんか?」
早苗の発言に、魔理沙は違和感を覚える。
「寄こす?随分と乱暴な言い回しだな。ちょっと落ち着けよ。さっきだって、お前の弾、阿求に当たって死ぬとこだったんだぞ」
「そりゃあそうでしょう。そいつを殺すつもりで、狙って撃ったのですから」
「?!?!な…なんだそりゃ、阿求を妖怪から守ってたんじゃないのか?!」
「違いますよ。……ああ、もう。面倒です。
終わったら説明してあげますので、そこどいてください。
邪魔をするのなら、………しかたない。一緒に殺してあげますよ」
早苗は言い終わらないうちに、右手の御幣を天に向かってかざす。
すると、風が早苗を中心に渦巻いてきた。
本気でまとめて殺すつもりだ。
魔理沙は身を堅くして強く目を閉じ、すぐ来るであろう早苗の攻撃に備える。
「ぎゃああああああ!!!」
悲鳴が聞こえ、二秒、三秒と経ったが、魔理沙はなんの衝撃も痛みも感じていなかった。
ゆっくりと目を開け、自身の体を見る。なんともなかった。
阿求の方を見る。なんとも無い。
「くっ……あ…あ、あああああああ」
早苗が膝をつき、苦悶の表情で叫び声を上げる。
その後ろには血のついた刀を持った人物が立っている。
早苗はその人物に、背中を袈裟切りにされていた。
「こ、香霖か、なんでここに?!」
そこに立っていたのは、普段は温厚な古道具屋の店主、森近霖之助だった。
だが今は普段の彼からは想像できない出で立ちだった。
肩で息をし、体のあちこちから出血し満身創痍な風貌、手にしている自慢の刀は血でべっとりだ。
「はあっ、はあっ、だ、大丈夫か、魔理沙」
それでも魔理沙に向けられる優しい表情は、いつもの霖之助だった。
「ああ、大丈夫だ。香霖、これは一体---」
「魔理沙。話は後だ。ここは僕がなんとかするから、早く逃げるんだ」
霖之助は鋭く早苗を睨み、すうっ、と刀を八双に構える。
「ああ、分かった。ほら行くぞ!」
魔理沙は腰を抜かして動けない阿求に肩を貸して歩き出す。
その後ろでは、
「ま゛ち゛や゛がれええぇええぇ!!」
「!!やらせない!」
早苗に何も撃たせまいと、切りかかる霖之助。
早苗は後ろへ飛び退く。
背中が痛むのか、一瞬バランスを崩す。
が、すぐに立て直し、逃げる二人を狙う。
そこへ霖之助の前蹴りが飛んでくる。
早苗は横へ避け、また狙う。
霖之助は早苗の逃げた方へ刀を振り下ろす。
撃つ。
阻止する。
撃つ。
阻止する。
撃つ。
運動神経では勝るが手負いの早苗と、戦闘経験に乏しいが伝説の草薙の剣を持った霖之助。
二人の攻防は完全に拮抗状態になった、かに見えた。
だが、魔理沙達が森の中まであと数歩というときだった。
「ああああああ!!!」
霖之助の横薙ぎを、早苗は左手のひらで受けた。
刀は手のひらを、下腕を、肘関節を次々と切り裂き、上腕の中ほどで止まる。
「なっ?!」
霖之助は早苗の思いもしない行動に驚き、一瞬硬直してしまう。
早苗はその隙を逃さず、残った右手からありったけの霊力を放つ。
早苗が自身の全てを注ぎ込んだスペル。
それはスペルカードルール上では、『蛙符「手管の蝦蟇」』と呼ばれているものだった。
白い光球が周囲にスパークを纏いつつ、加速度的に大きくなっていく。
「伏せろーーー!!!」
霖之助は刀から手を離し、魔理沙の方へ走りだしながら叫ぶ。
同時に光球が爆ぜた。
凄まじい轟音と衝撃波が周囲の全てに襲いかかる。
霖之助はめちゃくちゃな回転をしながら、森の中へ吹っ飛ばされた。
魔理沙は阿求を抱えたまま、飛び込むように地面へ伏せて衝撃に耐えるが、地面の雪ごと吹き飛ばされる。
「おわあぁぁぁぁぁ!!」
魔理沙はどちらが上か下か分からなくなり、本能的に両腕で頭部を守る。
次の瞬間、背中に激痛が走った。数瞬後、視界が白で染まる。
木に衝突し、雪の上に伏せていることを理解するのに、数秒掛かった。
魔理沙は衝突により、呼吸ができなかった。
それどころか、指一本動かすことができない。
なんとか頭を上げる。
すると、目の前に左腕が二本になった早苗が見下ろしていた。
その顔は大量の出血のせいで蒼白になっている。
これ以上の出血は命に係わるだろう。
だが早苗は右手で、左腕に食い込んだままの刀を掴み、血が吹き出るのも構わず引き抜く。
「…魔理沙さん。あの女は、…阿求はどこです?」
「…ぅ……ぁ…」
魔理沙は早苗の言葉で阿求がそばに居ないことに気が付いた。
おそらく魔理沙とは違う方向へ吹き飛ばされたのだろう。
そして今、早苗は魔理沙の前に立っている。
早苗は阿求を完全に見失っていた。
「……あなたのせいで、…あのくそ女を殺しそこ…なって…しまいましたよ。
なぜ…邪魔したのですか?」
「……ぁ…」
「…まあいいです。…どんな理由…でも、邪魔したのは事実…です」
早苗は刀を逆手に持ち、切っ先を魔理沙に向ける。
ドスッ
早苗は魔理沙の腹に刀を突き立てる。
「がはぁ…」
「せいぜい…後悔しながら…死んでください。
…さようなら」
早苗は刀を引き抜いて捨てる。
そして今にも倒れそうな足取りで森の中へ消えていった。
「魔理沙ーー!大丈夫か!」
早苗が去ってしばらくすると、霖之助が戻ってきた。
吹き飛ばされたときに痛めたらしい右足を引きずりながら、魔理沙の方へ急ぐ。
「う……こ…うりん…か…」
「魔理沙!喋るな!すぐに医者に…」
連れて行くという言葉が出てこなかった。
魔理沙を抱えたその手へ、尋常じゃない量の血が滴り落ちてきたから。
素人目に見ても、相当に危険な状態だと分かった。
だがこのまま何もしなかったら、確実に魔理沙は死ぬ。
霖之助は魔理沙を背負い、足の痛みに歯を食いしばり、里へ急ぐ。
「あ…あいつ…は…、あきゅ…う…は……」
「ああ、彼女なら大丈夫だ。さっきすれ違った。
たいした怪我も無かったよ。あとは自力で逃げられるだろう。
…そういえば彼女、君に感謝してたぞ」
「そう…か……こんど…は…た、たすけ…られた…ぜ…」
今度?と霖之助は疑問に思ったが、すぐに魔理沙が捕まる原因となった事件の事が浮かんだ。
「…どうだ…これで…わ、わたしは…おとめ…だろ…」
霖之助の脳裏に、事件の日の会話が想い起こされる。
「ああそうだ。以前、君に言った言葉は撤回するよ。
魔理沙は可憐で良心を持った乙女だ」
「じゃ…あ……わ…たしを…だい…てく…れる…か?」
魔理沙の声が小さく弱々しくなってきた。
霖之助は魔理沙を元気付けようと、大きな声で話す。
「もちろんだ!君が望むのなら、いくらでも子作りしよう!
子供は何人欲しい?大家族というのも悪くない!
だがそれにはまず、君が元気にならなくちゃいけないな!
…だから!頼むから!死ぬんじゃないぞ!」
「…ははっ…あ、あた…りまえ…だぜ…
やっと…こうりんと……いっ…しょに…なれる…んだ…
…し…んで…られっか…よ…」
霖之助が進む先に妖怪の死骸が数体のある。
飛び散った血が、まるで道のように、雪を染めている。
霖之助は血が服を汚すのにもかまわず、この赤い道を進む。
「…ふふ…」
「どうしたんだい?魔理沙」
「み…ろよ…まるで……ヴァー…ジンロード…だぜ…」
魔理沙がそう呟くと、今度は雪が降ってきた。
ふと、魔理沙の頭が横に垂れる。
「…魔理沙?」
霖之助の足が止まる。
何度か呼びかけ、揺すってみるが、返事が無い。
「…魔理沙。疲れただろ。ゆっくりお休み。
今日は寒いから、昔みたいに一緒の布団で寝ようか。
そうだ魔理沙。気持ちよく寝れるよう、子守唄でもどうだい」
霖之助は魔理沙を背負い直すと、歩き出した。
そして子守唄を歌う。
雪が深々と降る森の中で、霖之助の唄だけが響いていた。
はじめましてこんにちは。
これ、一応続きます。
タンドリーチキン
- 作品情報
- 作品集:
- 17
- 投稿日時:
- 2010/06/12 20:06:23
- 更新日時:
- 2010/07/19 04:16:06
- 分類
- 魔理沙
- 霖之助
けど、魔理沙死亡フラグ立ててね……?
ていうか魔理沙はひょっとしてもう…
何者かの綿密な作戦と意図が次回で明らかになるようなお話なのか…
そんなことどうでもいいぐらい面白かった