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『ALICE in Trunkcase』 作者: sako
目覚まし時計を改造した仕掛けを現在の時刻より僅かに進んだ時間にセット。待つこと数秒、けたたましいベルの音と同時にバネ仕掛けが作動して鍵が開くのを確かめるとアリスはよし、と頷いた。
「…大丈夫、みたいね」
すこし落ち着きのなさを感じる言葉。早めの呼吸。通常より開いている瞳孔。熱に浮かされたように上気した頬。何かを心待ちにしているような緊張と興奮が綯い交ぜになった感情をアリスは湛えていた。
「体調も…うん、大丈夫」
二回、深呼吸して自分の身体が万全だと言うことを確かめるとアリスは自分の服に手をかけた。ケープを脱いで椅子の背もたれに引っかけると、スカートのホックを外した。すとん、とスカートが床の上に落ちる。それから足を引き抜いて、上から順番にブラウスのボタンも外していく。ブラウスも脱ぎ捨てると、アリスは下着だけの格好になった。シルク地の薄いキャミソールに可愛らしい同じ意匠のブラとショーツが透けて見えている。
その格好のまま、また深呼吸。もう待ちきれないと言った様子。熱っぽく潤いを帯びた瞳を床の上、自分の足下へ向ける。
「……………」
―――ごくり
アリスの喉が鳴る。まるで、待ち望んでいた品物が届いた時のような反応。あるいはソレの口が閉じていれば端から見ていた人間は(アリスの下着姿は別として)そう思ったかも知れない。けれど、ソレは今、大きく口を開けていたのだ。中に何も詰めておらず、空っぽのままで。
ソレとは鞄。
焦茶色の牛革を金メッキを施した真鍮のビスやプレートで固定した大きな大きな旅行鞄/トランク、だった。
内側には柔らかそうな赤いフェルト地の布が張られており、薔薇を模したエンブレムが鞄の面面に取り付けられている。その豪華な作りからかなり高価で大切なものを運搬するために作られたと思われる、これ自体がある種の芸術品とも呼べそうな代物だ。
アリスは急くように手早く、それでいて丁寧に脱ぎ捨てた衣服を畳むと愛おしそうに赤いフェルト地を撫でる。浅く沈み込む指。フェルトはとても柔らかそうだった。
「―――じゃあ、始めようかしら」
嬉しそうな顔をして、アリスは片方の膝をトランクの中に乗せ、もう片方も続くように。ベッドに入るように鞄の中に自分の身体を詰めると、腕を伸ばして開いていた鞄の口を閉じた。
最後にアリスは閉じた鞄の中から外に置いてきた上海人形を操作して目覚まし時計仕掛けをトランクの取っ手に嵌めてガチャリ、と鍵を閉めた。
上海人形と自分を繋いでいる鋼糸の魔力供給を絶ちきり、アリスは無音と闇に閉塞される。
「あぁ…♥」
待ち望んでいた閉塞だった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
数週間ほど前の話だ。
「確か、この中に…」
家の地下、かび臭く湿った部屋でアリスは捜し物をしていた。
古びた棺桶じみた大きさの箱の中身を漁っている。箱は深く、台に足を乗せ、身を乗り出さないと中身を改められないほど。
腕を伸ばして無造作に詰込まれていた麻の袋を引っ張り上げ、これじゃないと足下に置き、次に紙魚の住処になっている古い本を取り出して、表紙を一瞥、自分にはもはや必要のないタイトルだと確認すると、それを放り棄て、何処かしら、と埃っぽい箱の中を覗き込む。
アレかな、とアリスは箱の一番端に隅を埋めるように置かれていた小箱に手を伸ばす。けれど、アリスの身長と手の長さでは容易にそれには届かず、片脚をあげて気張り、ふんと手を伸ばした。
「あと少し…」
震える指先が箱の蓋に触れる。もう両足は離れてしまっている。箱の口を支点にアリスは弥次カ兵衛の様にバランスを取りながら腕を伸ばしている。
「っ…もう少しで…」
こんな事なら人形を持ってくるべきだった、と後悔しながらアリスはあと一センチの距離を縮めるため更に身を乗り出して、
「えっ!?」
そのまま前のめりに倒れた。片方の腕が長すぎれば弥次カ兵衛は倒れてしまうのが道理。頭からアリスは箱の中へと転がり落ちていく。
箱の床板に顔面を打ち付けるアリス。そのまま前転の要領でスカートをまくし上げながら、両方のかかとで箱の天板を蹴りつける。その振動で壁の方に立てかけてあった蓋が倒れてきた。がしん、と重く大きな音を立て蓋が閉まる。けれど、その音をアリスは聞いていなかった。
「むきゅー」
強かに頭をぶつけた所為で気を失ってしまっていたのだ。
「…痛い」
目覚めて第一声はそれだった。闇の中で何とか体勢を立て直して、ひりつく頭にそっと指を触れる。腫れて熱を持ったそこは僅かに皮を擦りむいているようだった。火箸を刺されたような痛みにビクッとアリスは指を放す。
「間抜けね―――私」
自嘲げに笑う。
気絶していた時間は僅かだったようで、頭は痛むものの意識ははっきりとしているとアリスはダメージレポートを記した。
反省はあとね、とアリスは身体を起し、そろそろと腕を伸ばして閉じた箱の天板に手を触れた。そのまま立ち上がる力を持って蓋を持ち上げようとする。
けれど―――
「あれ…? 開かない…?」
蓋はビクともしない。蓋が落ちた拍子に何処かにひっかかったのか、それとも蝶番が歪んでしまったのか、蓋はアリスがどれだけ力を込めようともぴくりともしなかった。
「っ―――駄目、開かない? そんなぁ…」
息切れを起して座り込むアリス。ぶつけた頭が痛くて余り長い間、力を入れ続けることが出来ないのだ。
「どうしようかしら…」
片方の目を痛みに耐えるように瞑り、思案する。けれど、頭痛に邪魔され妙案は浮かんでこない。
取り敢ずは痛みが引くまでじっとするしかないわね、とアリスは手探りで周囲に置かれていた物を退けると箱の側面を背にそこへもたれ掛かった。
「はぁ…ホントに、間抜けね」
膝を抱えるように三角座りに、ぶつけた方の頭を庇うようにこめかみを膝頭に押し当て楽な姿勢を取る。暫くこうしていようとアリスは考えた。
「……………」
闇の中で痛みに耐えてじっとしている。
まるで遭難したみたい。自分の家の中なのに。アリスはそんなことを考える。
その場合、物語として自分は助かるのかしら? そんな思考実験が始まる。思考実験と言うよりは空想遊び。
場所は箱。状況は閉塞。体調はやや悪し。その他、小道具類は幾つか存在しているが闇の中なので何があるのかまでは分からない。
この場所がむしろ雪に閉ざされた山中とか沈みつつある豪華客船なら、脱出は難解だろうが、逆に生存は約束されているものだろう。物語の世界なら、そんなむしろそんな脱出不可能な場所から生きて帰ることがお話として面白いのだから。
豪華客船の中で偶然、出会った社長令嬢と冴えない絵描き。二人は瞬く間に恋に落ちるが、船は無謀にも氷山注意の警告を無視し、そうして、必然のように氷山と接触、沈没してしまう。沈みゆく船に取り残された二人は知恵と勇気を持って仲間と共に脱出しようと試みるが、行く手には数多の困難が立ちふさがり―――最後にはひっくり返った船底の上で助けに来た海上警備隊を尻目に口づけを交わす…みたいな。
「アレ―――絵描きの方は死んでしまう結末だったかしら」
それとも無人島に流れ着いた先でも怪物がいて、とかそういうオチだったかな、と小首を傾げるアリス。昔見た活動写真の内容がごちゃ混ぜになっているみたいだった。
まぁ、でもどのお話でも大抵、主人公は困難を乗り越えて無事、生還できるはず。
それが長編………2時間の映画や文庫本一冊分の小説なら。
けれど、これがもし、30分のドラマか短編集の一節だったら?
「しかも、箱に閉じ込められるなんて…とても、一つの長いお話には使えない舞台ね」
ショートショートにはもってこいなのだろう。そうして、そういう短い話の場合はむしろ工程よりもオチの方に重きが置かれ、大抵の場合は主人公は変わり果てた姿で発見されたり、やっとの事で開けた箱の外はまた別の箱…マトリョーシカ的なオチだったり、そういうインパクトのあるオチの方が好まれる。
まさか、自分も…とアリスはそんな恐怖に少し駆られ、
「ま、まさかね」
闇の中、引きつった笑いを浮かべた。
「さ、さて、頭の痛みも引いてきたし、また、箱の蓋を持ち上げる作業に戻りますか」
本当はまだずきずきと瘤が疼くのだがアリスはそれを意図的に無視して顔を上げた。
また、そろそろと腕を伸ばして今度こそありったけに近い力を込めて蓋を持ち上げようとした。
「――――――!」
けれど、結果は、同じ。
あえて全力を出さなかったのはむしろ心にまだ余力を残してあるという余裕を持ちたかったからなのだろうか。いつものアリスの心情。自分に課したルール。
しかし、そんな手抜きをしている場合ではないとアリスは引きつった笑みを浮かべて足と腰、両方の腕にありったけの力を込めた。
「嘘…なんでよ…何で開かないのよ!!」
半狂乱に声を上げる。
「ちょっと、誰か…! 誰かいないの! 助けて! お願いだから! 誰か! 誰か!」
出鱈目に天板を叩きながら叫ぶ。ドンドンドン、ドンドンドン。けれど、その声に誰かが反応する事なんてないと当のアリス本人が一番よく分かっていた。
「そんな…嘘…」
荒い息をついてまたへたりこむ。けれど、絶望感は先ほどの非ではなかった。
その後もアリスは一心不乱に天板に力を込めつつ、一抹の期待を込めて叫び続けた。天板の叩きすぎで腕の皮が剥がれようとも、背中や足の腱を痛めようとも。
それでも蓋は開かなかったが。
やがて、叫び疲れたのかアリスはまた側面を背に、うずくまってじっとし始めた。
「暑い…」
動き続けたせいか、この狭い箱の中では自分の体温が外には逃げていかないのか、湿度も相まって相当の気温になっていた。
上着を脱いで手で顔を仰ぐ。けれど、一向に涼しい感じがしない。汗がこめかみから首筋へッーと流れ落ちていき、シャツに跡を残す。
「はぁはぁ…」
自然と息も上がってくる。暑さのせい? いや、ストレスのせいか。目は見開いているはずなのに、一筋の明かりさえない闇の中。まるで瞼の裏に嫌な想像が浮かんでくるように幻覚を垣間見る。
箱の中で倒れている自分。
けれど、誰も助けにこない。
次第に衰弱していく体。頬はこけ眼窩はくぼみ、排泄物は垂れ流し。
やがて生き絶え、体がひどい悪臭を放って腐り始める。
何十年か経って、肉を蟲や鼠に食い尽くされ白骨化した格好で見つかる自分。
そんなリアル。
「っ! うぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 誰か! 誰か助けて!!」
狭い箱の中で暴れるアリス。肘で積んでいた古雑誌の山を打ち倒し、踏みつけるように反対側の壁をなんども蹴りつける。箱がきしみ、埃が天板から雪のように降り注いでくるがしかと拵えられた木箱はとてもアリスの力では恐怖にリミッターが外れていても壊せそうにない。
「ああっ! 出せ! 出して! お願いだから! 畜生! どうして! ああっ!!」
それでも、それだからこそか、前後不覚に暴れまわるアリス。ぶつけた腕の皮が突き出た釘に裂かれようと、強かに脛をぶつけようと、その痛みを無視して喉の奥から、肺にたまった酸素をすべて吐き出す勢いで叫び続ける。
「あーっ!! あーっ!! あー!!」
混乱の極みに陥る。駄々っ子のように嗚咽を漏らし、顔を涙と鼻水で汚し、唾を飛ばしながら矢鱈滅多に暴れる。喉から迸り出ているのはもはや声ではなく叫び。それも獣じみた。けれど、その声の多くは分厚き木の壁に阻まれ外には漏れない。地下室にはわずかに箱が軋む音とフィルターがかった誰かの泣き声が聞こえるだけだ。
「嫌ッ! イヤァァァァァァァァァァ!!!」
叫ぶ、泣く、喚く。まるで暴漢か怪物にでも襲われたように。否、たった今、アリスは襲われている。箱を満たす闇という怪物に。
濃厚なタールのような闇はアリスの細くか弱い体にのしかかり、その体を蹂躙するようにうごめいている。そのイメージ。だけれど、当事者にはリアル。肌に絡みつき嫌らしい粘液を擦りつけてくる触手を払うように出鱈目に腕を振るう。更には―――
―――犯シテヤル
――――――喰ッテヤル
―――――――――涜シテヤル
いやらしいとても人のものとは思えない地獄の悪鬼じみた声まで聞こえてきた。無論幻聴。けれど、アリスの耳にはすぐ側で囁かれたように聞こえている。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
かろうじて残っている理性がそれらは幻覚だと告げているが混乱した精神は聞き入れない。そうして徐々に精神は蝕まれ、体が闇に溶けていくような錯覚が生まれる。
今、腕が壁か何かに当たったのに、痛くなかった―――!?
そんな妄想。当たったどころか今、アリスは暴れてすらいないのだ。長時間、一条の光も差し込まない場所に放置された人の精神がいかに脆いかを物語っている。
指の先から体が闇に溶けていくイメージをいだいてアリスは震え、膝を抱える。
足はまだ生えているか。指は五本揃っているか。心臓は動いているか。肺は。息をするのを忘れていない。耳はまだそこについている。髪の毛は抜け落ちていない。内臓はどうだろう。爪は剥がれ落ちていないか。残酷なイメージの乱舞。
アリスはその妄想が事実ではないことを確かめるために自分の体をまさぐった。
両足をすり合わせ、手のひらで首筋や耳を触り、指先を髪の毛の中へ差し入れる。べったりと大量の汗がまとわりつく。その気持の悪ささえも今では自分がまだ存在しているという証拠になってアリスは少し喜ばしく思った。顔は、目や鼻はどうだろう。両手で顔を覆う。首筋や腋にかいていた汗の匂いが鼻をつく。指先で触れた頬は暖かく柔らかかった。よかった、まだ私はここに在るんだ。安堵の溜息を漏らす。けれど、それも一瞬。確かめた矢先から指先が、体の末端が、肉が闇に食われていく。
「あぁぁぁぁッッッ!!」
声を漏らしてアリスは食われていく速度から逃れるために体をまさぐり続ける。まだ、まだ、自分はここに在るんだ。その部分も欠けていないんだと心に行きかせるために。事実で虚構を上塗りしていく。しかし、闇から発生した妄想が伝播する速度は恐ろしく早い。まるで日照りで沼が枯れ果てていくように、必死に遠地を流れる川から水を運んできても瞬く間にそれを乾かしてしまうように、闇はアリスの体を蝕む。
やがて、侵食の力は強くなりただ触れているだけではとても現実感を保てなくなってきてしまった。
強く頬をひっぱたき、地団駄を踏むように床板を蹴りつけ、アリスは自分の存在を乱暴に証明し続ける。
「――――――――――――!」
叫び声は途切れない。自分が声を上げれるのだと常に納得し続けるため。
しかし、やはり闇の力は強力で、まるで依存性の強い麻薬のようにアリスの精神を破壊し、ついにアリスは実在を証明するさらなる強い刺激を求めて顔面に爪を立てようとした。
そのわずか一刹那前、
「おい! 大丈夫か! アリス!!」
焼き付くような強烈な光を目にした。
偶然、遊びに来た魔理沙が箱をこじ開けたのである。
その光はまるで母の胎から生まれたときに垣間見た輝きにも似て―――
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「はぁはぁはぁ♥ はぁ♥」
荒い、ひどく興奮した呼吸。
闇の中、胎児のようにうずくまってアリスは淫液に濡れた自らの股間をまさぐっていた。
逆の手は引きちぎるようにずらしたブラの下、いきりたった乳首を執拗に刺激している。
と、アリスは股間をまさぐっていた方の腕をそこから離すと今度はそれを自分の顔の方へと持っていった。汗と淫液で濡れた手のひらを躊躇いもなく顔に押し付けその粘つく液体を顔面に塗りたくる。大きく開けた口で親指にしゃぶりつき、三つの液体を混ぜ合せる。
地下室で箱の中に閉じ込められたあの日からアリスはひどく闇を怖がるようになってしまった。夜の訪れに毎度、震え、部屋の明かりを絶やさないようにし、眠りにつくには大量のアルコールを必要とするようになった。
けれど―――
同時に目覚め、訪れる朝の光に恍惚とした開放感を抱くようにもなっていた。
雀の泣き声に目を覚まし、窓から差し込んでくる暖かく清らかな日差しにアリスは毎朝涙した。自分がまだあるという事実を確かめてくれる光に対する感謝、歓喜の涙を。
それが続き、いつしかアリスはトラウマになっている闇の中へあえて身をさらし、やがて訪れる光の恩恵を最大限享受しようという変わった行動をとるようになっていた。
ある種それは酸素も薄いような高い山に登ったり、過酷で長い道のりを走ったりすることに近いのかもしれない。そのどちらも過程にも面白さを見いだせるかもしれないが、真に喜びが得られるのは到達点、山頂やゴールに達したとき、今までの辛い行いから開放されたその一瞬なのだから。ひどく歪でひん曲がってはいるがアリスもまたそういったアスリートたちのような喜びに身を置いていたのだ。
アリスが自ら闇を作りそこへ身を沈める様になるにはそう長くはかからなかった。
最初は雨が振っていないような夜でも雨戸を固く閉ざす程度だった。それが昼間からカーテンに暗幕を引き、頭から分厚いシーツをかぶるようになったり、黒い布で目隠しをしたりするようになり、ついに到達点としてあの時と同じような状況…そう簡単には出られぬ閉塞感のある箱の中に自分を置くようになってしまったのだ。
時限動作で開く鍵を用意して、そいつを出鱈目にセット。自分でもいつ開くのか分からないようにしてそれでトランクを閉める。
自分の存在をかき消すような闇の前に身体は強い生存本能を発揮し、種を残すためにか性的な高ぶりを起こさせる。
「はぁはぁ♥ きっ、気持ちイイ…気持ちイイよぉ…」
激しい動きで用法の指を股座に埋め、手淫するアリス。だらしなく弛緩したように伸ばされた舌。見開き涙を止めどなく流し続ける瞳。洟とそれ以外の液体で汚れた鼻の頭。ほとんど裸同然の身体はひどく汗ばみ、強烈な匂いを発している。狭苦しいトランクのなかはもはや蒸し風呂の有様。その中でアリスは本能の赴くまま身体を慰め続ける。
「っ、ダメ…おしっこ、出ちゃう…♥」
否定とは裏腹の歓喜の声。
肉芽の下のすぼみから勢い良く黄味がかった液体が溢れ出してきて、アリスの手を汚す。アンモニアの据えた匂いがトランクの中に満ちる。酷い匂い。気化した汗と入り交じった、人が生きている匂い。それを胸いっぱいに吸い込んでアリスはああ、と歓喜の声を上げた。指の動きは激しく、片方は汗が浮いた尻たぶの間、ひくつく桜色のすぼみ、菊座にまで伸びている。
「はぁ♥ はぁ♥ はぁ♥ はぁ♥ ダメッ♥ ダメぇぇッ♥」
激しさが増す。肉芽をつまみ上げ、膣壁を蹂躙し、その上部、人差し指の第二関節までを差し込んだところにある敏感なところを執拗に刺激する。菊座をなでていた指も今では直腸内へ出入を繰り返しており、突き刺した指は汚れていた。
そうして―――
「ダメっ、イク…イっちゃうぅッ!!!」
「おい! 大丈夫か! アリス!!」
「ッぁ…魔理…沙…?」
絶頂。そして、気をやったと同時に開けられるトランク。まぶしい光を遮るように現れた愛しい人の顔。
アリスは一瞬、一体、何がどうなったのか理解できなかったが、それでももそりとけだるそうにトランクの中から身体を起こした。
「何やってんだよ…遊びに来たら、変な声が聴こえるし…お前はこんなところで隠れてるし…って、なんだよ、その格好!?」
裸同然、加えて激しい乱れっぷりを見せるアリスの格好に魔理沙は赤くなった顔をそむける。
「ああ…いえ、ちょっとね…」
そうしてやっとアリスは正気に戻った。
心地いい外気。まぶしい光。倦怠感と綯い交ぜになった強い開放感。強烈なカタルシス。脳を麻痺させるような幸福感にアリスは酔いしれていた。
「おい、どうしたっていうんだよアリス。無事か? この指、何本に見える?」
まだ呆然としているアリスに魔理沙は心配そうに声を掛ける。
アリスはけれど、小さく頭を振るい大丈夫よ、と声をかけた。
「大丈夫だから…ね」
そのままアリスはそっと腕を伸ばして魔理沙をだきよせた。一瞬、何が起こったのかわからずされるがままアリスに抱きつかれる魔理沙。
えええ、と顔を赤く狼狽えながら長時間、トランクに閉じ込められていたせいで酷い事になっているアリスの体臭を鼻で嗅ぐわう事になる魔理沙。
「ねぇ、魔理沙。私、とって感謝しているの。あの時、今みたいに私を助けてくれて。あの時、私本当に死んでしまうかと思っていたの。箱から出られなくて、誰にも見つけてもらえなくて、そのうち餓死してしまうか、その前に気が狂ってしまうか…そんな瀬戸際だったの。ええ、だから、本当に感謝しているのよ」
抱きついたまま魔理沙の耳元へそう告げるアリス。言葉はとても優しげで、本当に心のそこから感謝しているようだった。
「あ、ああ、気にするなよ。それより早く風呂に入った方がいいぜ。あ、いや、その前に聞いておきたいんだけど…なんで、トランクん中に隠れてたんだ? しかも、自分で、自分でだよな、鍵までかけて…」
「ふふ、そんなの楽しいからに決まっているからじゃない。ねぇ、魔理沙知ってる? 酷い暗闇から開放されたとき、人がどう思うのかを―――?」
けれど、そこには一抹の狂気が含まれていて、
「絶対に魔理沙も気に入ると思うから」
「え―――?」
抱きついていた魔理沙の身体をそのまま横へ押し倒すアリス。小さな魔理沙の身体は不意を打たれたということも相まって容易く倒れる。トランクの中へ。
間髪入れずアリスはトランクの蓋を閉めると、すぐさまその取っ手を鋼糸で縛り上げてしまった。トランクの中から箱の内側を叩く音と魔理沙の叫び声が聞こえてくる。
「おい、アリスなにやってるんだ! 出せよ! 出してくれよ!」
「ふふ、魔理沙―――さっきの問題の答えだけれど、それを教えてあげるわ。それは“出産”よ。ええ、生む方じゃなくて生まれる方の。あの暗闇から開放される感覚はとっても、そうとってもお母さんのお腹の中から出てくる時、あの暗くてくさい羊水の海、狭苦しい子宮から産道を通って生まれてくる感覚に似ているわ。誕生ほど―――この世で歓喜の声を上げる出来事はない。これは…そのオマージュ。擬似再現なのよ」
あははははははは、と声高らかに薄く笑うアリス。
瞳には子供のような純粋さと宇宙の暗黒じみた狂気の色とが入り交じり現れていた。
アリスは椅子を引っ張ってくると背もたれの方を前に、そこに胸側をもたれかからせるように座り魔理沙を閉じ込めたトランクへ向き合う。
「開けろ! 早く開けろよ、アリスッ!!」
魔理沙の怒声を聞きながらアリスは至福の極みといった表情をたたえていた。どこかの星の乳白色をした甘い匂いがする温泉のような笑み。
さぁ、どれぐらい閉じ込めておこうかしら、とアリスは考える。震えるトランクを見つめながら。
END
作品情報
作品集:
17
投稿日時:
2010/06/13 16:21:17
更新日時:
2010/06/14 01:21:17
分類
アリス
箱入り娘
汗と湿気と、体臭と
船が巨大タランチュラの襲撃を受けるのは親指タイタニックだったかしら?
闇の閉塞感の描写といい面白かったです。
なんだかアリスが可愛く見えて来たぞ?
お、俺が一緒に入ってもいいけど!