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『大事なもの』 作者: んh
「第三防衛ライン、突破されました!」
死んだように静かな月の都、だがその一番奥の宮殿にはいつもの静寂はなく、巣をつついたような騒ぎに包まれていた。
兎の兵士達が右往左往する様子は端から見ればかわいらしいものであったかもしれぬ。だがそこで交わされている言葉は紛れもなく戦場のそれであった。
「第七艦隊、壊滅!神武級轟沈しました。」
「死傷者多数!救援部隊の要請です!」
「7時の方向から敵増援!豊姫様、このままでは第4防衛ラインもちません!」
各地から続々と寄せられた情報は司令部の3Dのホログラムに投影される。それは月側の戦局が芳しいものではないことを示していた。
「味方艦を下げて集中させなさい。月面からの超遠距離攻撃までもたせるのよ。」
薄暗い司令部の中、ホログラムの光に照らされてぼんやりと浮かび上がった綿月豊姫は、口の前で手を組みながら鋭い声を部下に投げる。そこに普段のつかみ所のない彼女の姿はなかった。
「依姫、歩兵部隊は?」
「全員空間転送装置にて出撃準備を完了。いつでも出れます。」
顔をしかめて戦局を読む豊姫の横で、妹であり地上部隊の指揮官である綿月依姫は、これまた険しい顔でホログラムを見ていた。
あの忌々しい、穢れた大地の民との戦いは何度目であろうか。しかも今度の相手は例の妖怪共ではなく、いわゆる外の人間共であった。
とっくに月への侵攻などあきらめたと思っていたが、今度は月への直接攻撃ではなく、前線基地への奇襲攻撃だった。
月としてもそこは戦略上要となる基地である。黙ってみすみす侵攻を許すわけにはいかなかった。
しかしたかが地上の民、との油断がそうさせたのか、或いは全てが完成され、すっかり時の止まっていた月が知らぬ間に地上の追い上げを許したのか、戦局は思わぬ苦戦を強いられることとなった。
当初敵軍は、前線基地から月本体へ侵攻すると想定されていた。だがその月側の予想に反し、向こうは前線基地を集中して攻撃した。
これにより編成に狂いが生じた月側は、大きく出鼻をくじかれる。さらに予想外だったのが、敵軍の異様な執念であった。
戦力の消耗を一切厭わぬ戦い方に、どこか弛緩していた月側は戦略の見直しを幾度となく迫られることとなる。
技術力を含めた戦力自体では相手を大きく上回っているとはいえ、相手のなりふり構わぬやり方に豊姫は焦りを隠しきれないでいた。
「豊姫様、月面からの長遠距離弾道弾、全弾発射準備完了しました。」
「よろしい、90秒後一斉発射。全艦は敵艦を陽動しつつ、退避用意。」
「了解。」
現状正面からの戦いでは消耗戦を余儀なくされる。そこで豊姫は相手の射程外からの一斉射撃で一気に致命傷を与えることにした。技術力の差で一気にけりをつける作戦である。
「さあ、穢れた大地に帰りなさい!」
「全門発射!!」
新型のワープ式弾道ミサイルが次々と敵軍を貫く。予想通りの威力。これで決まった。そのはずだった。
「敵超弩級艦、被弾しながらなおも前進!!このままでは前線基地に衝突します!!」
「バカな、特攻ですって!落としなさい!!早く!!」
「ダメです!!質量が大きすぎます!!衝突まで09秒、ダメ、みんな逃げて――」
スピーカーから、揺れるような鈍い、大きな音が響いた。先ほどまでの喧噪が嘘のように、司令部は無音に包まれる。スピーカーの冷たいノイズだけを残して。
「――依姫、歩兵部隊を直ちに前線基地へ転送します。…早く行ってあげて。」
俯いたまま小さな声を絞り出した豊姫に、依姫はモニターを見ることなくただ小さく頷いた。
「こちら依姫、歩兵部隊被害甚大!至急応援を頼む!繰り返す!被害甚大!至急応援を!」
地上部隊の任務は基地内の生存者の保護だった。既に基地は陥落し、これ以上ここで交戦はないと思われたからである。
しかしなぜか基地跡には多くの敵兵が待ち構えていた。予想だにしない敵側の行動に、先ほどまで頼りなさ気にヘルメットの上の耳を揺らしていた兎の兵達は、うめき声を上げるわずかな生存者の前で次々と撃ち落とされていった。
「おのれ、下衆どもがぁ!!」
孤軍奮闘、依姫は次々と敵兵を切り捨てていく。しかし同胞の死など気にも掛けずに前進する敵兵は、多勢に無勢とばかりに彼女とその部下達を追いつめていく。
「目を開けて、目を開けてよぉっ!!いやああぁぁぁぁ!!」
「死にたくない…やだあたししにたくないぃ」
金属と血の焼ける臭いの中、不慣れな新兵達は完全に錯乱していた。それは連戦で疲弊した依姫がもはや制御できる限界を超えていた。
「よし、私が敵を引きつける。その隙にお前らは撤退しろ。先ほどの転送箇所まで行けば助かる。」
「そんな、依姫様を残して逃げるなんて…」
そう言ったのは彼女とツーマンセルを組んでいたレイセンだった。だが残りの兵は隊長の言葉を聞くやいなや、ある者は跳ねるように飛び出し、またある者は他の者に引きずられながら震える脚を前へと進めた。
「待て、まだ早い――」
その依姫の声を掻き消したのは、焼夷弾の炸裂音。塹壕から散り散りに飛び出した新兵達は、肉の焦げる臭いを残して粉々になった。
「しまっ――」
そのことを悔いる間もなく、依姫の眼前に敵兵が迫る。一瞬の隙をつかれた彼女の前に銃口が向けられる。
「くっ!!」
「だめぇっ!!」
とっさに止めに入ったレイセンは、依姫に飛びつくように彼女を庇う。
突き飛ばされた依姫はレイセンとともにそのまま塹壕の底へと転げ落ちた。落ち際に相手の首を刎ねながら。
「すまない、助かったレイセン。」
その言葉に、レイセンは微笑んだ。胸を朱に染めながら。
「レイセン!しっかりしろレイセン!!」
喉から空気が抜ける音だけが塹壕に響く。先程依姫を庇った際の流れ弾は、レイセンの胸を無慈悲に貫いていた。彼女の目は霞み、その光は消えかかっていた。ただ、それでもなお彼女は、強く依姫の体にしがみついていた。それが彼女ができる最期のことだったから。
今の依姫にはただそれを抱き返すことしかできなかった。己のふがいなさに思わず地面の砂を握りつぶす。
自分の部下をすべて失い、隠れて敵をやり過ごすのを待つしかない彼女の耳に入ってきたのは、敵軍の勝利宣言だった。
「こちら○○、こちら○○。目標は殲滅。イトカワは完全に制圧した。これより回収作業に入る。」
そして兵隊達の後ろから物々しく現れた宇宙服姿の一団は、小鉢ほどの大きさの金属に一握りの砂を丁寧に詰め込むと、厳重にそれを密閉した。
「回収完了。これより全軍帰還する。」
そう、依姫は理解したのだ。
地球の民が長きにわたって月と交戦し、互いに甚大な被害をこうむり、多くの尊い人命を失ってまでも欲したものとは、この小惑星の砂だったのだと。
ニュース見ていたら思いついたのでやっつけで書きました。軍事はよく分からないのにごめんなさい。
このニュースを見ていると藤子・F・不二雄の「ヒョンヒョロ」を思い出してしょうがない。
んh
- 作品情報
- 作品集:
- 17
- 投稿日時:
- 2010/06/15 16:13:48
- 更新日時:
- 2010/06/16 01:34:52
- 分類
- 依姫
- 豊姫
月の兵、そして地球の兵もお茶の間の道楽の為に死んでいったと・・・
まあ、電脳戦機バーチャロンの世界も戦争が闘牛や闘鶏扱いされてるし
現実の古代ローマも文化爛熟期では闘技場とかあったけどね・・・・・・
と思ったらオチに吹きましたwww
ですが描写の部分は実際ぐっときました。しかし月の方々はアステロイドベルトの方まで領有していたのか……