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『Once Upon a Time in 旧地獄街道』 作者: sako
誇りっぽい空気。
蝋燭の薄明かり。
ゆったりと眠気を誘う音楽。
赤で汚れた畳の上、組木の上にシーツを敷いただけの簡易ベッドの上に身体を横たえている客たち。
手にはパイプ。
薄く開けられた口と鼻から煙のたなびきを立ち上らせ、揺蕩う幸福に身を任せている。
ここは阿片窟。パルスィの仕事場だ。
「ああ、面倒くさい」
毒づき、次の火皿を手にとるパルスィ。
蓋を開け、ヘラで中に詰まった灰を小削ぎ、脆くて軽いそれを両足の間に挟んであるゴミ箱の中へと捨てていく。
あらかた取り終わった後で馬の毛で作ったブラシで火皿の中を適当に掃除し、すでに掃除し終わった物のが並べられている場所へ無造作に置く。それでこの火皿の掃除は終了。けれど、パルスィの傍らにはまだまだ掃除していない火皿がいくつも置かれており、その後には客が口をつけたパイプの掃除、それ以外にも雑多な小物を綺麗にする仕事が残されていた。
「だるい、だるすぎるわ」
毒づき、ため息を漏らしながらも火皿を掃除するパルスィ。その動きは手馴れて入るが決して手早くはない。やる気、というものをパルスィは持っていないからだ。
もとより、パルスィとてこんな小間使いのような仕事、好き好んでしているわけではない。こんな仕事しか、幻想郷でパルスィが出来る仕事はなかったのだ。
嫉妬の妖怪であるパルスィは意図の有無なく周囲にいる人間や妖怪の嫉妬心を、自分自身も含めて冗長させる能力をもっている。嫉妬妖怪たる所以だ。
けれど、そのような能力、人間関係を悪化させるだけが能の力なんて、普通の社会的労働にはなんの役にも立たない。むしろ邪魔なぐらいだ。当然、そんな力を持っている妖怪を真面目に雇おうという経営者はいるはずがなく、加えてパルスィの力…筋力や頭脳といったものは普通の人間と大して変わらず、特殊な技能も身につけていない。
つまるところ、パルスィが選べる仕事というのは常に人員が不足している猫の手も借りたいような仕事…こんな場末のあまり社会的に良いと見られていないような職場しか残されていないのだ。
それでもまだ屠殺場や炭鉱で働くよりはマシだと、パルスィは思っていた。
ちなみに屎尿や汚水の処理はここ旧地獄ではワリに人気の高い仕事である。その手の物を好む妖怪が多いからだ。
「ちっ…ホラ、キリキリ歩けよおっさん」
「あーーーーー」
「………………」
もう一つ、パルスィがこの仕事がマシだと思った理由がある。
パルスィが火皿の掃除をしている場所、店の奥の通路をガタイのいい牛頭に枯れ木の身体をしたトレントの老人が引きずられていく。
廊下の掃除をするように、ボロボロのズボンを埃まみれにしながら引きずられていった老人はそのまま店の外へと姿を消した。外からは二度と面をみせるんじゃねぇぞ、という牛頭の声。老人は金も持たずにやってきたか、煙の吸い過ぎで脳を未知なるカダスにでもやってしまったのだろう。牛頭の台詞からするにそれも何度目か。パルスィが記憶をたどると確かにあの老人の顔は何度か同じような場面で目にしていた。
あの老人だけではない。この阿片窟ではあんな輩は日に何人もやってくる。
あの脳を溶かし身体を倦怠の海に沈める煙を吸い込み続ければまっているのはぞんざいに作られた安っぽい棺だけというのにどいつもこいつもそれを忘れ、毎日毎日、なけなしの銅銭悪銭を握り締めやってくる。
嫉妬妖怪が嫉妬すら覚えようとしない人生の落伍者たち!
ここの客の大半はソレだ。
普通の生活を享受できず、酒や煙草、博打の刺激に慣れはて、そうして性を貪り淫蕩の限りを尽くせるほどの地位の財力も持てない輩たち。そんな病気持ちの野良犬と変わらぬ価値しかもたぬ者に抱く嫉妬はない。
ここには嫉妬妖怪の自分よりも哀れな人達が大勢いる。
パルスィは自分のちっぽけな自存心を満足させる為にこの仕事を選んだのだ。
「何ニヤついてんだ! とっとと仕事しろ!」
ゴミクズのような扱いを受けている老人に僅かな優越感を覚え笑っていると、外から戻ってきた牛頭がパルスィに怒鳴り散らしてきた。完全な八つ当たりだったが立場の弱いパルスィは適当に頷き、黙って作業を再開するしかなかった。
「ああ、八つ当たり出来る相手がいて羨ましですね、まったく。妬ましい」
牛頭が消えたのを見計らって毒づき、掃除しかけの火皿を力任せに投げ捨てる。
後は経営者や同僚さえいなければこの仕事もマシな仕事になるというのに、パルスィは親指の爪を噛みながらそう思い立ち上がった。たった今、自分が投げ捨てた火皿を取りに行くためだ。
「おい、水橋!」
と、唐突に声をかけられパルスィは振り返る。見れば、そこには先程、彼女に怒鳴り散らした牛頭の姿が。まずい、悪口を言ったのを聞かれたか、とパルスィは苦虫でも噛み潰したように顔を歪める。
けれど、牛頭の口から出てきた言葉は予想に反してパルスィに用事を伝えるものだった。
「ご指名だ。また、あの方がこられてるぞ、クソ」
けれど、怒られなかったにも関わらず、パルスィの顔は更に十匹の苦虫を追加で口にしたように歪んだ。
経営者や同僚以外に耐えなければいけない相手が来たからだ。
「いいか、絶対に粗相のないようにしろよ!」
この阿片窟を経営しているぬらりひょんにきつく言いつけられ、パルスィは片方の眉をしかめながらハイ、と適当に応えた。
「まったく、あの人にも困ったものだ。丸め係なら腕のいいのが何人もいるのに…よりによって雑用のお前を指名するなんて…」
あからさまにパルスィに聞こえるように毒づく店主。神経質そうな見た目通りイラつきながら、パルスィよりも更に小さなその体を部屋の中で右へ左へと往復させている。
その様子を衣装係の老女に着つけてもらいながら、侮蔑のこもった視線で冷ややかに眺めるパルスィ。
この阿片窟は払う料金によって吸える阿片のランク以外に、吸引場所のランクも分けられているようになっている。金貨一枚を払えば最上級の松クラスが。松は阿片の質以外に他のクラスなら大部屋を仕切りで切り分けただけの吸引場所ではなく完全な個室…柔らかい布団に専用の補助係、綺麗どころの扇子の扇ぎ子があてがわれるようになっている。
店主のぬらりひょんが始めた微妙なシステムだ。こんな場末の阿片窟にそんな快適さを求めてくる客などまずいない。快適に吸いたければもっと程度のいい阿片窟がこの界隈にはいくらでもあるし、本当にいたせりつくせりのものは地霊殿直営の遊郭にでも行かなければないからだ。
特別クラスの設定はこのところ、地上に住むとある薬剤師がMDMAを流行らせ始め、そのせいで客足が遠のいていることに対する苦肉の策ではあったが、効果の程は大してない。
たまに来るたった一人の客が常用しているだけだ。
ただ、その客も店を悩ませるような注文をつけてきて…けれど、無下に断れるような客でもなく、店主は頭をかかえるしかなかった。
同じく、その注文の大部分を担っているパルスィも。
「できましたよ」
しわがれた声と同時に背中を軽く叩かれ、どうも、とパルスィは応えた。着付けが終わったのだ。
「…………まぁ、その格好なら貴様を指名するのもわからんではないか」
ねめつけるようなぬらりひょんの視線。
パルスィは今、薄手の浴衣を着せられていた。接客用の特別な衣装。下には何も身につけておらず、身体のラインがはっきりと現れている。
着替の間じゅう、ずっと同じ部屋で小言を口にしていたぬらりひょんを一瞥するとパルスィは黙ったまま控え室から出て行った。
これから相手をしなければならない人物のことを考えるとあの程度の助平親爺、どうということもない。あんなゲスだから自分も嫉妬心を抱かないだろうと思ってこの阿片窟で働こうと思ったのだ。
けれど、これから会わなければいけない相手はそうはいかない。
妖怪としての格、この旧地獄街道での地位、持ち合わせている権力、そして心のあり方。すべてがパルスィにとって妬ましい相手。
イラつきながらヤニで汚れた廊下を進み、目的の部屋の前についたところで膝を折り、声をかけてからゆっくりと障子を開ける。
「今宵は、当店をご利用戴き、誠に有難うございます」
三指をついて深々と頭を下げる。精一杯取り繕ったかしこまった態度。上客への当然の対応だ。けれど、当の上客は「うむ、苦しゅうない」なんて殿様言葉をかけてくることなく、
「おっ、来た来た。久しぶり、パルスィ」
なんてフランクな対応をしてきた。
面を下げたままパルスィは忌々しげに歯を食いしばった。
対照的に朗らかに笑っていたのは星熊 勇儀。肘掛に体重をもたれかけさせながらお猪口から一献、戴いている一本角の鬼だ。
「…また来たの」
もはやらしい接客を取り繕っていられない。もとよりパルスィは丁寧な接客ができるほど育ちはよくないし、またその訓練もしていないのだ。廊下側だと他の店員や特にぬらりひょんの店主に上客にぞんざいな態度を取っているのがばれるから真面目にしていただけであって部屋の中に入ってしまえばもうその限りではない。
仏頂面で吸引道具一式を載せたお盆を手に勇儀に近づくパルスィ。
「おおぅ、どうにも女を抱いた後だとここで一服したくなってきてね。まぁ、日課みたいなもんさ」
かんらかんらと笑い店が用意した酒を飲み干してしまう勇儀。
その首筋、はだけた着物の襟袖から覗く杉の柱を思わせる肌に赤黒く鬱血した痕を見つけるとパルスィは少し顔を赤らめ目をそらした。
仕事に専念しようとパルスィは道具を載せたお盆を畳の上に置き、手元を照らすためのランプにマッチで火を灯した。部屋に燐の匂いが広がる。
部屋に最初からあった光源は隅に置かれた幻燈と窓の障子から薄く射しこんでくる夜光茸と光苔の淡い燐光だけだ。薄暗い部屋は明暗がはっきりと分かれており、回る幻燈がそこへ跳ね回る馬や飛び回る蝶の幻を映し出している。
逆の隅、飾箪笥の上に置かれた蓄音機からはオリエンタルなゆったりとした音楽が流れ、お香のたなびきが部屋の僅かな空気の流れに巡っている。
すこし、埃っぽいが心地いい空間。松の部屋だけはある。
次にパルスィはとっくりの底を切ったような形をしたガラスのカバーが被せられているアルコールランプにも火を灯した。加熱用のバーナー。とっくりの口は熱を集める形になっている。
二つの火を用意して手元を明るくしたパルスィは装飾が施された銀でできた薬入れを取った。細長い鉄さじも。丸い蓋をあけると中に詰め込まれた暗褐色の粘土のようなものが現れた。これが阿片。パルスィは匙でそれを小削ぎとると指先で器用に丸め、また匙の上に戻すと軽く火であぶった。丸められた阿片が温められ、僅かな火がともる。パルスィはそこに手で仰いで、酸素を送り込み火種を大きくする。かすかに紫煙がたち登り始める。
「………何?」
その様子を気怠げに肘掛にもたれかかったまま、勇儀がじっと眺めていた。盃は空でとっくりにも酒は残っていない。てもちぶたさなのかと思えばそうでもなく、どこか楽しそうな面持ちでパルスィが作業するのを眺めているのだった。
「別に。見てただけさ」
返事もそっけないもの。気にせず続けてくれと言った様子。けれど、そう凝視されては仕事に集中できず、鬼の視線にどこか怯えるよう、パルスィは自分の視線をさ迷わせながら作業を続けた。
火の灯った阿片を精緻な装飾が施された翡翠の容器…火皿に火が消えないよう丁寧に移す。それを繰り返す。玄人にしか分からないような絶妙の加減で丸められた阿片は種火を保ったまま、翡翠の火皿の中でくすぶり続ける。
そうして、最後に蓋を閉め、普通のキセルよりも太い、木の枝をくり貫いて作ったキセルに火皿をとりつける。
「終わりましたよ」
「ああ、ありがとう」
キセルを灰が入らないよう火皿を下に向けて差し出すと勇儀は体を動かし、寝台の上に横になった。固く高い枕に頭を載せ、手を伸ばすとキセルを受け取る。吹き出し口を指で抑えながら、体の位置を変えて火皿をバーナーの口の上にかざす。くすぶっていた火種が燃え上がり翡翠の火皿の中で灼々と阿片が赤くなる。煙が火皿に満ち、接続孔を通ってキセルへ。勇儀は吹き出し口から指をはなすとすぅ、と軽く息を吸い込んだ。キセルの中の揺蕩う煙が深呼吸と一緒に飲み込まれていく。
「はぁ…」
吐息を漏らすようにキセルから口を離す勇儀。薄く開けられた口と鼻から紫煙が立ち上る。吸い込んだ煙が肺に広がり、偽りの幸福が脳に満ちる。
「ああ、やっぱり、綺麗処が作ってくれた煙草はうまいね」
阿片の影響か、恍惚とした表情で微笑む勇儀。その表情をパルスィに向ける。
「何を言ってるのよ…」
対して仏頂面のパルスィ。むしろ、嫌悪さえ見せているよう。
ケミカルな幸福とナチュラルな嫌悪、その対比があった。
「綺麗処なら古明地がやってる娼館にでも行けばいいじゃない」
パルスィの言葉に形のいい眉毛をしかめて見せる勇儀。言葉を探すついでにもう一服。火皿をあぶって煙を起こしてそれを吸い込む。
「そういうのは違うんだよなぁ。何か」
煙を吐き出しながら勇儀は言葉にする。
「…そう」
相手をするのも面倒くさくなりパルスィはそっけなく返事する。
そのままテーブルの上に茶器を並べ、お茶の用意をする。ガラスの急須に予め作って冷やしておいた茶を葉をこしつつ静かに注ぐ。茶色の液体が透明の急須に満ち、冷たさに汗が浮き始める。それを更に小さなガラスのお茶碗に移して用意が終わる。
淹れたお茶を静かに勇儀の傍らに置くパルスィ。ありがとうといって、キセルをお盆の上に置くと勇儀は身体を気怠げに起こしてお茶をゆっくりと飲み始めた。
その間にパルスィは新しい火皿にまた別の阿片の用意をし、キセルを付け替える。
飲み終わったお茶碗の代わりに勇儀はキセルを受け取ると身体を起こしたまま、それをパルスィにつきだした。返す、という意思表示ではない。身体を起こしたまま吸いたいと暗に語ったのだ。
パルスィはバーナーを両手で持ち上げると、火皿をかざすのにちょうどいい位置に持っていく。寝台に手をついて身体を起こしたまま勇儀は火皿をバーナーにかざす。
先程とは違う香りが強めの煙を肺で味わい、勇儀はふぅーと口から煙の噴水でも作るように吐き出す。
「うん、やっぱり、お前さんが作ってくれた煙は旨いや」
煙と一緒に吐き出された言葉。先ほどとひどく似通っているがどこか違う。勇儀の顔には笑みが浮かんでいる。煙の、麻薬の作用ではなく、もっと心的な理由で。
「…そう」
素っ気ない返事。素っ気ない返事をするので精一杯だった。バーナーを手にしたまま他に何かできることもなくパルスィはじっとしている。
「ヤニで汚れた障子、他人の垢がついた畳、適当に洗ったシーツ。気怠げなやる気の無い店員に覇気のない客」
「え?」
唐突に勇儀がそんな言葉を口にしてきた。この部屋、いや、この店の特徴を表した言葉だ。けれど、それは店に文句を言っているふうではなく、かといって事実を列挙しただけでもなく、どこか孫に何かを説明する好々爺のような趣があった。
「そういうところで吸うから、たぶん、旨いんだ」
手の中の使い古されたキセルを眺めながら言う。
「これが、上級娼館で銀貨三枚の綺麗処に囲まれながら同じ芥子で…いや、もっといいやつでやったってこうは旨くない。そう私は思うね」
埃と垢と退廃と、色あせて紙魚に食われた草書の様な、場所。そこで吸うから旨いのだと、勇儀は語る。
それは魚が船の上で釣りたてを捌いて食べるのが旨く、朝日は山の頂で見るのが一番美しく、死ぬときは畳の上が一番いいという言葉と酷く似通っていた。
パルスィにもそれが理解できて、ええ、と小さく頷いた。
「ああ、それに丸め役はお前さんがいいよ。情婦や薬師じゃない、こういう場所に似合っているお前さんがするのが。下手に気取らなく、飾らなくて」
「何それ。私がこんな場末の阿片窟で働くしか能がない端女だって言ってるの?」
苛立を顕にパルスィは口にする。勇儀はかんらかんらとお腹を抱えて笑う。
「ああ、かもしれんね。お前さんには気取った娼館の絹地の天幕も鴨川を覗く朱色の欄干も似あわないよ。ああ、だからか。だから、逆にここで吸う煙は旨いんだな」
「?」
一人で納得してくくっ、と声を殺して笑う勇儀。バーナーを手にしたままパルスィは疑問符を浮かべるしかなかった。
「ああ、でも、うん、そうさな。この場所が、似つかわしい場所があるお前さんが今は少し羨ましいよ」
ひとしきり笑って勇儀はそんなことを口にした。また、パルスィの頭に疑問符が浮かんでくる。
「何? 私の力にのぼせたの? 鬼の貴女が?」
訝しげに問う。帰ってきた答えはいい加減な肯定だった。
「かもしれんね。ああ、でも、本当に…そう思うよ」
眠たそうな、少し潤いを帯びた瞳。ゆっくりとした呼吸。阿片のせいだけではなく勇儀はアンニュイな気分になっているようだった。
「表の世界から去って、山から去って、地底に流れ着いて、それでもふらふらしている。居場所があるお前さんが私には羨ましいよ」
「勇儀…?」
悲しげな独白にパルスィは静かに彼女の名前を呼んだ。返事はなく、勇儀は静かに壁を伝う影絵を眺めているだけだった。
ややあってからパルスィはため息を付き、肩をすくめた。
「やれやれ、これだから鬼は…それだけ力があれば、何処へだって転がり込めるじゃない」
三合会かローゼンクロイツオルデンか髑髏大蛇団か。旧地獄には腕っ節の強い連中を常に求めている非合法組織が数多ある。勇儀の力を持ってすればそこいらの組織の幹部として鳴り物入りで入り込むことぐらい簡単だとパルスィは思った。けれど、勇儀は気怠げに頭を振るいそうはいかない、と応えた。
「居場所ってのはさ、たぶん、自然に流れ着くようにはまるものなのさ。そんな、無理矢理にどこかに入っていったって拗れて周りに迷惑がかかるだけさ。そいつは私のプライドが許さないよ」
薄い、乾いた泥か捨てられた灰のように薄い笑みを浮かべる勇儀。その顔が、何故か酷く可哀想に思えてパルスィは少しだけ顔をしかめてしまった。
「だから、まぁ…いいのさ。居場所がないのが居場所。そういう感じで」
今度は心の底から可笑しげな表情をして腹を抱える勇儀。嫌そうにその様子をパルスィは眺めるしかなかった。
「なんか、不服そうな顔だね」
「…当たり前だわ。何その贅沢な悩み。妬ましいったらありゃしない」
ここしか居場所がなくてこんな底辺に居座っているパルスィ。何処にも居場所がなくてこんな底辺にやってきた勇儀。それは何処か似ていて大切な部分で似ていなくて、それでも同じ色や匂いがしているようでもあった。
「新しいのをくれ。今度のはキツイのを」
火皿の中の阿片が全部燃え尽きてしまって、舌の上に灰の苦味を覚え、勇儀はキセルをパルスィに返した。キセルを受け取ったパルスィは言われた通り、用意してあった薬入れの中から一番、上等で純度の高いものを選び、同じように用意する。
「…ところで」
「何?」
準備をしているパルスィに勇儀が話しかける。面倒くさくぶっきらぼうに返すパルスィ。
「私の居場所がないって言うのが妬ましいて言うなら、そいつを作る手伝いをしてくれないか、って頼まれたらどうする?」
「何? 店主に仕事の口利きをしてくれって言うこと? やめておきなさい。セクハラ…して、あのぬらりひょんが死ぬわね」
愉快な想像を浮かべてパルスィは顔をほころばせる。出来上がったキセルを手渡し、バーナーをかざす。
「いや、違うよ」
キセルを受け取って、火皿をかざす勇儀。ちろちろと燃える炎に視線が注がれている。
熱せられた阿片が煙を上げ、陶酔と幸福と倦怠のたなびきが生まれ、キセルに満ちる。
「お前さんが作ってくれないか、っていう意味さ」
「え?」
言葉を無視して勇儀はキセルに溜まった煙を思いっきり吸い込むと、それを吐き出そうとはせず口に貯めたまま、秋の山のリスのように頬をふくらませたままパルスィを見据えた。
そうしてそのまま勇儀はパルスィの手から危ないのでバーナーを奪い取ると呆然としていた彼女に顔を寄せ、その色素の薄い唇に自分のそれを重ねた。
口づけで煙が勇儀からパルスィへ移る。
「けほっ、けほっ…何を…」
灰色の煙は抗議の声と一緒にパルスィの身体に吸い込まれ、その体を生暖かい揺蕩う海へ沈めていく。
ぐらりと視界が歪みパルスィは横に倒れそうになった。慌てて勇儀はキセルとバーナーをお盆の上に戻すと間髪、パルスィの身体を支えた。
そうしてそのまま、栄養不足気味の皮と骨しかないパルスィの細い体を抱き寄せる。
「とりあえずは添い寝でもしてくれると嬉しいんだけど」
「そういうサービスはこのお店にはないんだけれど…」
阿片のせいで霞がかった思考でなんとかそう反論する。
けれど、身体はもう殆ど動かすことができずされるがままだ。勇儀はゆっくりとした手つきでパルスィの着物を脱がせていく。
「ああ、そこは安心してくれ。店主には追加で料金、払ってるよ」
用意のいい勇儀の言葉にパルスィは忌々しげに顔をしかめた。
「財布に余裕があるのね。妬ましいわ」
パルスィは口を開くと勇儀の首筋に残っていた青アザのような痕の上に噛み付いて、自分の歯型を残した。
これからもう少しだけ耐えなくては、とパルスィは思った。暖かな胸に抱かれながら。
END
以前書いた阿片窟の話がどうにも気に入らなかったのでリベンヂ。
sako
作品情報
作品集:
17
投稿日時:
2010/06/15 17:45:09
更新日時:
2010/06/16 02:45:09
分類
パルスィ
勇儀
阿片窟
勇パルは俺のジェラシー
なんか明日にも崩壊しちまいそうな世界だが、まったく揺ぎ無い勇儀さんのカッコよさに惚れた
無理に美しいものを観念的に作り出そうとするより、自然なやり取りの中にある穏やかな存在感を浮かび上がらせる描き方、大好きです。
勇儀姐さんのセクシーさにドキドキしちまったぜ……
惚れるッス!
でもパルスィと結婚したい
実際にその余裕に見合う格も力もあるから尚更w
GJ!
その間だけが勇儀の落ち着ける居場所なのか……