静かな屋敷の中。
畳に慣れていないレミリアは、足をどう組めばいいのか分からず、もぞもぞと動いた揚句に従者の咲夜に向かって「椅子を持ってきなさい」と命令をし、無茶な命令ながらも瀟洒なメイドである咲夜はどこからともなく椅子を準備してきたのでそこに居丈高に座ると、
「それで、どうなの?」
と、目の前でそのやりとりをにこにこしながら眺めていた守矢側の代表、聖白蓮に向かってそう言った。
「このたびは、わざわざこんな遠くにまで足を運んでいただきまして、ありがとうございます」
白蓮はそういうと、ふかぶかと礼をする。
「・・・まぁ、いいけどね」
畳の上に置かれた椅子は豪奢なもので、あまりに豪奢であるからこそ逆に不釣り合いでもあった。しかしそんな些細なことを気にするレミリアではなく、ふふんと鼻を鳴らすと尊大な態度で話を続けた。
「博麗と守矢が仲良くできるだなんて、貴女本当にそう思っているの?」
「もちろん」
白蓮はまっすぐな瞳でレミリアを見つめると、そう答えた。
「確かに、簡単なことではないと思います。しかし、この幻想郷では、妖怪と人間の間ですら、ある程度の信頼関係が成り立っているではありませんか」
他の世界では考えられないことです、と、白蓮は続けた。
「ならば、不可能なことではないと思います」
「ふーん」
興味なさそうに、レミリアはいう。レミリアの後ろには、メイドである十六夜咲夜と、親友であるパチュリー・ノーレッジの二人が座っている。もちろん、畳の上で椅子に座るなどという野暮なことはしていない。二人とも、きちんと正座をしていた。咲夜は涼しい顔で座っているが、パチュリーは少しつらそうだった。足がしびれるのか、もぞもぞと足の位置をずらしているのが分かる。
対して、守矢側に二人だった。一人は、今話をしている聖白蓮。黒いドレス姿の白蓮は、涼しい顔をして完璧な姿勢で正座をしている。その隣に座っているのは、見るからに薄幸そうな雰囲気をまとった少女であった。名を、古明地さとり、という。じっと、レミリア・咲夜・パチュリーの3人を見つめているその目は、半分とじられているかのように見える。
まるで、心の奥底まで見透かされそうなその瞳・・・それは比喩ではなく、本当に、彼女は「人の心がよめる」のであった。
(・・・この吸血鬼・・・)
さとりは、心を読む。
(言っていることと、心の中・・・まったく同じだわ)
(・・・)
(心の中でも、私たちを見下し・・・軽蔑している)
さとりは、レミリアを見つめた。退屈そうに、部屋の外を眺めて足をぶらぶらさせている。自分の屋敷ではないというのに、この傍若無人さときたらどうだろう?わがまま、という言葉がこれほど似合う存在もないだろう。
(そして、紫の魔女)
顔色悪そうに、汗を流しているパチュリーを見つめる。
(早く帰りたがっているわね。足が痛いのは本当みたい・・・レミィに無理やり連れてこられて迷惑しているですって・・・ふふ・・・)
レミィ、というのは愛称なのだろう。どうやらこの二人は親友であるようだ。
さとりがこの場にいるのは、白蓮の意向でもあった。白蓮は、優しい。人の心をよむ自分は、どうしても忌み嫌われてしまう存在だ。そのことを自覚しているからこそ、さとりは出来るだけ他人との接触を断ってきていた。かかわりさえしなければ、嫌われることもない。
しかし、この白蓮だけは、かまわず自分の敷地内へと、心の敷地内へと入ってくる。「私、あなたの心がよめるのよ」と、何度も忠告した。そのたびに返ってくる答えが、「それがどうしたのですか?」という笑顔だった。
さとりは他人の心がよめる。だからこそ、白蓮が本気で自分を大事に思ってくれているということが分かった。
白蓮は優しい。
だが、優しいだけではなかった。
今回、博麗の者たちを呼ぶにあたって、「相手が何を考えているか」をさぐってほしいと、さとりは頼まれたのだった。相手の心が分かれば、交渉もすすめやすくなるからだ。
白蓮は優しい。
本質的に優しいのだが、決して優しいだけの存在ではなく、敵に回すと恐ろしい存在でもあるのだった。
(それにしても)
さとりは思う。
(この、十六夜咲夜というメイド)
傍若無人なレミリア、不満たらたらなパチュリー。この二人は分かりやすい。しかし、咲夜だけは違っていた。心の奥底まで読み取ることができないのだ。主に尽くそうとしているのは分かる。そして、その通りのことを考えているのも分かる。
しかし。
(それ以上の考えが読めない)
それは、不思議な経験であった。このメイドには心がないのであろうか?そんなはずがない。何としても、読み取ってみせる。さとりはじっと咲夜を見つめた。その視線に気づいた咲夜は、にこりとほほ笑み返した。
(・・・ほほ笑み返しているのに)
まったく、心の奥底が読めない。
(読めないのではない)
さとりは、思った。
心を読めないのではない。私が、私自身が、この十六夜咲夜という存在の心の奥底を見ることを、知らず知らずのうちに拒否しているのだ。何故?それは、怖いから。私は他人の心がよめる。今まで、たくさんの、たくさんの、まさに数えきれないくらいたくさんの人々の心を読んできた。その私だからこそ、分かる。
このメイドは、怖い。どこまで深くどろどろした深遠を抱え込んでいるのだろう?吸血鬼という化け物につかえているようだが、なんのことはない、このメイド自身が、すでに比類なき化け物なのだ。
咲夜は笑う。完璧なほほ笑み。しかし、そのほほ笑みの中には心がない。咲夜が心を許しているのは衆人であるレミリアと、その親友であるパチュリーだけであり・・・それ以外の存在など、意にも介していないのだろう。
(白蓮)
さとりは、咲夜にほほ笑み返しながら、思った。
(博麗と守矢、この二つの間に不戦の約定があってよかった)
(私は)
(こんな化け物たちと争いたくはない)
白蓮とレミリアが話し合いを続けている。
それは、他愛もない話し合いであった。白蓮が熱弁し、レミリアが眠たそうに聞いている。
平和な光景、であった。
博麗と森矢。
不戦の約定がある限り、この2つの存在が争うことはないのだから。
■■■■■
手を見る。
赤い。どうしようもなく、赤い。
アリスは、滴り落ちる鮮血を浴びて、しばらく呆然自失としていた。
大好きな人が、世界で一番大好きな人が、目の前にいる。
心臓を無くして。
「可哀そうに」
後ろから声が聞こえる。少し、甲高い声。うるさい。うるさい。
「せっかく迎えにきたのに、迎える相手がいなくなってしまったみたいだね」
何を言っている?
「でも安心したまえ。すぐに同じ場所にいけるのだから」
何を言っている?
どの口が?
いったい、何を?
「さぁ、萃香」
その者、ナズーリンは宙に浮いたままで、巨大な鬼に向かっていった。
「その哀れな人形遣いにとどめを刺してはくれないか」
沈黙。
だが、鬼は動かなかった。
「・・・萃香?」
「つまらない」
鬼は、その大きさを変えていく。見上げるほど巨大だったその体躯が、みるみるうちにしぼんでいき、かわいらしい幼女の大きさになった。体に不釣り合いなほど巨大な角を二本生やしたその鬼は、見るからにやる気を失った生気のない瞳で上空のナズーリンを見上げた。
「・・・帰る」
「それは困るな」
ナズーリンは首をかしげ、肩をすくめた。軽い口調で、「もう少し、頑張ってはくれないか?」と萃香に向かっていうのだが、もはや萃香は耳を貸そうとはしなかった。
(千載一遇の機会なのだが)
ナズーリンの力では、萃香を引き留めることはできない。そもそも、幻想郷において鬼の存在は別格なのである。まさに、規格外の存在。
(・・・仕方ない。敵にまわっていないだけでもよしとしよう)
すぐに戦略を組みかえる。
今、自分がすべきことは何だ?
そう、魔理沙の持っていた「人別貼」を持ち帰ることだ。一番の目的はそれであり、二番目の目的がこの事実をしる相手を全て抹殺することだ。
(今はまだ茫然自失だが)
すぐに、目覚めることだろう。
怒りに狂うアリスを、自分とにとりの二人だけで仕留めることができるだろうか?
(いけるか?)
ナズーリンは現実主義者であった。さきほどまでは、圧倒的にこちらが有利。しかし今は、状況が変わったのだ。
(かえすがえすも、鬼は難しい)
空気が歪んだ。
魔理沙の後ろにいたにとりの姿が見えない。
(光学迷彩とは、便利なものだな)
妖術ではなく、科学、とあの河童は言っていた。妖術だろうが科学だろうが、ナズーリンにとっては関係がない。現象が同じであれば、過程はどうでもいいのだ。アリスは人別貼の存在を知らない。こちらは知っている。それだけでもこちらが有利だ。
(まだ、いけるか)
ナズーリンは決断した。
「さぁ、狩りを続けよう」
今のアリスなら、倒せる。
■■■■■
「レミィ、気分が悪いから、私、先に外にいるね」
暑い部屋の中。
話し合いはまだ続いていた。
話し合い、といっても白蓮が一方的に熱く語っているだけであり、その暑苦しさがこの部屋の温度をさらに押し上げてきているような気がする。
「なら私も・・・」
いい機会なので話を切り上げようとしたレミリアであったが、
「これはこれは申し訳ございません。気づかなくて申し訳ございませんでした。この場は私とレミリアさんとで話を続けておきますから、パチュリーさんは別部屋でゆっくりとお休みになられていてください!」
という、白蓮の優しい言葉のおかげで切り上げることができなかった。
「・・・」
「まだ半分もお話できていませんものね!」
にこりとほほ笑む。
屈託のない、心からの笑顔だった。その笑顔を見て、レミリアはシニカルな表情を浮かべる。悪人よりも、手に負えないのは悪気のない善人だ・・・と思う。
「では、パチュリー様」
咲夜が立ち上がろうとしたが、
「いえ、客人にお手を煩わせるわけにはいきません」
と、白蓮が制止した。
「誰かいませんか?パチュリー様を、別室にお連れしてあげてください!」
しばらくして。
ぱたぱたぱたという足音が響いてきた。
かわいらしい妖怪が姿を現す。
黒谷ヤマメ。
蜘蛛の妖怪である。
「私が、別室にお連れいたします」
「ヤマメさん、有難う」
白蓮がにこりと笑う。
ヤマメもにこりと笑い返す。
「・・・っ」
ヤマメを見たさとりが、息を飲んだ。
(・・・なんてこと・・・)
ヤマメは片目を閉じると、さとりに向かっていった。
「パチュリーさんは、私が責任を持って、別室にお連れいたしますから、ご安心ください」
さとりは、何も答えない。
こうして、「病気を操る程度の能力」を持つ黒谷ヤマメは、パチュリーを別室へと連れて行った。
■■■■■
「ねーねー、幽香」
「なに?」
見渡す限りの向日葵畑。
風が吹くたびに、向日葵が揺れる。
太陽の光がギラギラと照らし出すその畑の中に、一人の妖怪と、一人の妖精がいた。
手に鍬を持ち、にこにこ笑いながら畑を耕しているのは、風見幽香という妖怪だった。汗が頬を流れ落ちていく。それを袖でふき取ると、語りかけてきた妖精、チルノに向かって答えた。
「なにかあったの?」
「幽香は強いんだよね」
「さぁ?」
笑う。
さも興味なさそうな笑顔だった。
「あたいも強いんだけど、幽香と戦ったら、どっちが強いのかなぁ、と思って」
「そんなこと」
考えるのやめなさい、と、幽香は笑ってコツンとチルノの頭を叩いた。
「同じ仲間同士で戦うなんて、そんなことありえないでしょう」
「そう?でも、あたい強いんだよ」
「分かっているわよ」
うふふ、と笑う。
「殺していいのは、守矢の連中だけよ」
「幽香・・・」
いけないんだよ、と、チルノが言う。
「でも、不戦の約定、ってのがあるんでしょう?」
「あら?そんな難しい言葉、よく知っているわね。偉いわね」
「へへー」
チルノは嬉しそうに笑った。
「前、霊夢が言ってたんだよ」
「そうなの?」
まぁ、私には関係ないけど、と、幽香は言った。
「どうして?」
「それはね・・・」
幽香が答えようとした時。
先ほどまで晴れていた空が、急に曇りはじめた。
見上げると、空が黒くなっている。
雲、ではなかった。
たくさんの妖怪が、空を飛んでいるのだ。
「あややややや」
その中の妖怪の一人が、幽香とチルノを見かけると、舞い降りてきた。
ぺきり、と音を立てて、向日葵を踏みつぶして畑に降り立つ。
それを図にして、数十人の妖怪たちが畑に降り立った。
「用は、相手側10人の名前を消せばいいということですよね」
その妖怪、射命丸文は、にこにこ笑いながらいった。
「鴉天狗10人。白狼天狗10人・・・戦力としては十分ですね」
そう言って、腕組みをして立つ。
言葉と共に、文の背後に立っていた天狗たちが舞いあがった。
「犬走椛、向かいま・・・」
真っ先に飛び上がった天狗の一人が口上を述べようとした瞬間。
言葉は最後まで言い終わることはなく、首だけが宙を舞っていた。同時にこれほどの量が詰まっていたのかと思えるほど大量の血液が、載せるものがなにもなくなった体から噴水のように吹きあがる。
「汚い血を出して・・・花が汚れちゃうじゃない」
緑色の髪。
風見幽香は、椛の首を手にすると、やれやれといった口調でそういった。
妖術も使っていない。
能力も使っていない。
技も使っていない。
ただ単に。
単純に。
その、力だけでねじ切った首を手に取ると、まるでただのゴミとでもいうかのように、ぽいと投げ捨てた。
「・・・後で砕いて、肥料にしましょう」
「・・・風見幽香・・・」
文は、歯ぎしりをした。
(あの、風見幽香という妖怪だけは)
早めに始末しなければならない。
文は、永琳にそう命じられていた。
なりふり構わず、持てるだけの戦力をもって強襲したはずなのに。
「不戦の約定は!」
文は叫んだ。
「不戦の約定を何と心得てるのですか!」
「そんなの」
血しぶきが舞う。
「関係ないわよ」
幽香は笑う。
幽香が動くたびに、天狗たちの数が減っていくのが分かった。
この妖怪は。不戦の約定を、なんとも思っていなかったのだろう。
危険だ。
危険すぎる。
永琳が忠告したのも分かる。
この妖怪だけは、早めに、何とかしなければならない。
(十分な戦力・・・などではなかった)
恥も外聞も捨てて、山の天狗全てを連れてくるべきだった。
文がそう後悔しはじめていた時。
「こっちの方が、面白そうだね」
そこに、鬼が立っていた。
■■■■■
「それで、調子はどうですか?」
「・・・頭が痛くて・・・」
屋敷の別室。
普段から医療室として使われるその部屋に、パチュリーは連れてこられてきていた。最初は足がしびれただけだと思っていたのだけれど、今は、体がだるく、頭が痛く、汗が出てきて止まらない。
「それは大変ですね」
まるで・・・まるで、病気になってしまったかのようだ。
いつもの体調不良とはまるで違う。
「安心してください」
その女性は、不安そうな顔で横たわるパチュリーを見つめると、笑った。
「私は、医者ですから」
八意永琳は、手に薬を持つと、そういって、笑った。
つづく
ゆうかりん強えぇ
あと強い妖怪ほどルールは守るものでは…
今回で危険の芽は出まくってるし
個人的には咲夜さんとチルノが気になるぜw
なんかどの話でも文が小物ビッチで笑えるw
アリスが根性見せるのを期待。
そういえば
産廃的には色々面白そうなのに
というか、さとりが便利過ぎるだけか
かわいいじゃないか
ゆうかりんがやられるのは見たくないけど鬼相手なら仕方ないかなぁ
花山のカリスマは異常
にとりとナズーは戦闘力高い方じゃないし