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『輝くモノ、天より堕ち…』 作者: sako
病気の母を見捨てた
―――ギルティ
大勢の人の懐から財布を盗んだ
―――ギルティ
村娘を強姦し、その後、絞殺した
―――ギルティ
嘘をついて高利で病人に金を貸した
―――ギルティ
事故が起こると分かっていて出航させた
―――ギルティ
ギルティ、ギルティ、ギルティ、ギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティ!
書類に叩きつけるように判子が押される。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あー、今日も疲れました…」
閻魔大王の仕事を終え、がくりと肩を落としつつ四季 映姫は裁判所がある冥府から帰ろうとしているところだった。
顔には覇気がなく、酷くつかれている様子。
罪人の魂を裁くという仕事はとかく疲れるものだ。体力的に、という訳ではなく精神的に。
連れてこられる魂の大半はほぼ確実に地獄に墜ちるのが定めのような極悪人の魂ばかり。けれど、それらを一緒くたに無間地獄に突き落とすわけにはいかず、罪状によってその刑罰の裁量を図るというのが閻魔大王の役目な訳だ。そして、調書―――浄玻璃の鏡によって映し出される被告が罪を犯した場面というのは当然、憤り眉を顰めたくなるような場面ばかりだ。なかには視線さえ逸らし、今しがたの記憶を消したくなるような極悪非道な場面が映し出されることもある。
か弱い女性を殴打する男。笑みをこらえつつ何も知らない者に嘘八百を並べる老害。血まみれのナイフを手にケラケラと哂う殺人鬼。無残な被害者の顔。
そんなものばかりを見続けると言うのはいくら仕事とはいえまともな神経を保てる訳がない。
おかげで十人揃っていなければいけない閻魔大王は今も定員割れを起こしている。一応、大王職は給与や福利厚生の面で他の一般の獄卒や死神よりも優遇されてはいるが、昇進試験の難しさも相まって定員が確保出来ていない様子。そのせいで今現在、閻魔大王の職についている者たちにしわ寄せが来て、仕事が激務化。心労で倒れたり精神を病む大王がまた現れ、以下繰り返しの悪循環になっている。
それに加えて映姫の心労は部下の小野塚 小町のさぼり癖にも原因があるのだが、今回は割愛。
ひときわ小さい背を丸めて更に小さく、受付嬢のご苦労様でしたという声に力なく返事をしながら映姫は帰路を進む。
と、
「福利厚生…そういえば…」
現在の閻魔大王の状況のことを考えていた映姫が顔を上げた。思考が少し枝分かれして飛んだせいだ。
バッグを漁って可愛らしい花柄の表紙のスケジュール帳を取り出して今月のページを捲る。明日の日付には赤ペンで小さく、
「ああ、よかった。おやすみです…」
休日のマークが書かれていた。
少しだけ安堵の息を漏らしつつ、映姫はパタンとスケジュール帳を閉じた。
「明日は朝まで…いいえ、お昼ぐらいまでぐっすり寝ましょう。ええ、今回ぐらいはそんな自堕落、釈迦だって許してくれる筈です」
力なく笑う映姫。明日は郵便や新聞の集金が来ても絶対にでないぞ、と心に固く決めたのだった。
「いえ、それだけじゃこの疲れは癒せそうにないです。もう少し、せっかくの休み前なんですしパーッとしたいところですね」
と、映姫は思案。けれど、パーッとする方法を教えてくれそうな部下兼オフでは友人の小町は確か今日は夜勤だったはず。流石に仕事中にそんな相談はしにけない。
「一人で呑みに行きますか…」
暫く考えてから映姫は足の向きを家の方から幻想郷の集落の方へと変えた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ぷっはぁー!」
たん、と勢い良くテーブルに叩きつけられる陶器製のジョッキ。中に満たされていたのは泡立つ麦酒だ。それも今はすべて映姫の胃の中に収められ、器の内側に泡の跡を僅かに残しているだけだ。
「店員さん、生もう一つ。それと軟骨の唐揚げとこの…シーザーサラダを」
カウンター越しに八目鰻を焼いていた夜雀の店員にそう告げ、映姫は付き出しの隠元の胡麻和えを箸でつつきはじめた。
ここは雰囲気のいいおしゃれなBAR…ではなく幻想郷の集落、その一角にある大衆居酒屋だ。店は地面に直接、柱を立て屋根をつけ、適当に調理器具や食器食材棚を備え付けただけの簡単な作りで、狭い店内にはいくつもの椅子とテーブルが並べられている。
映姫が座ったのはカウンターの一番端っこ。偶然空いていたそこへなるべく他の客の喧騒から離れたいという理由でそに座り、駆けつけ一杯と生中を頼んだのだ。
胃からアルコールが摂取さる心地よい温かさを感じつつ映姫は隠元をつまむ。
「美味しい」
店は小汚く狭かったが流行っているようで、その理由は安さだけではなく出される料理やお酒のおいしさ、名物の八目鰻の蒲焼のお陰もあるようだった。ただし、客の奥は店員が同種だからなのか妖怪が多く、チラホラと見える人間は巫女や魔法使いばかりだった。
一人で呑んでいるのを少し場違いね、と思いながらも映姫は次の酒が来るのをメニューでも眺めながら待っている。
暫くそうしていると注文した軟骨の唐揚げとサラダが届いた。それとビールジョッキ。そいつが二つ。
「あの…私、ひとつしか注文していませんが」
「あ、それは私のですよ」
声を上げたのは店員ではなく、いつの間にか映姫の隣の席に座っていた女性だった。
ゆったりとしたハイカラな服装をした女性だった。背は小町ほどではないが結構高め。落ち着いた雰囲気から何処かいい所へ務めている人なのだろうと映姫は思った。
すいません、と声をかけ映姫はジョッキをそちらの席の方へずらす。
「女二人で並んでいたのでお連れ様だと間違われたようですね」
そう店員のミスに弁明し、ありがとうと映姫に告げると女性はビールジョッキを手に、一口だけ飲んだ。
それに倣って映姫も麦酒を口に含んだ。ただし、量は多め。呑み終わって離れた口からふぅ、とため息が漏れる。
「お疲れのようですね」
「え、あ…」
女性に言われ映姫は赤面した。公職に就いている者が公共の場で疲れている様を晒すなんて、映姫は今も時々読み返す閻魔大王教本の内容を思い出していた。
「まぁ、つかれるのもわかりますよ。見たところ、貴女はお一人ですし、様子からして仕事帰り。明日はお休みだからストレス発散がてらこのお店にこられたのでは?」
「…ええ、そうです」
女性の完璧な憶測に目を少し丸くしながら映姫は応える。見た目通り、理知的な人だったようだ。
女性はもう一口だけ麦酒を飲むと映姫の方へと視線を向けた。
「あ、そういえば申し遅れましたけれど…私の名前は永江といいます。竜宮の使いをやっているものです。失礼ですけれど、貴女は?」
「えっと…閻魔をしています。四季です」
「まぁ、では貴女がヤマザナドゥ?」
そんな感じで自己紹介が始まり、暫くすると意気投合した二人は河岸を代え個室で一つのとっくりを傾け合うようになっていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ですから、やっぱり、閻魔という仕事はですね…とかく疲れるものなんですよ」
「なるほど。私も総領様のお言いつけで御息女の面倒を観ることがありますが、これが悪戯好きの女の子でして…貴女の場合はその悪戯娘が日に何十人といるわけですかね」
「いたずらで済むような相手ばかりならいいんですけれど…」
次の居酒屋に入って数時間。机の上には食べさしから食べ終えたものまで沢山の皿が並べられ、隅には空になったとっくりが三つも並べられていた。
映姫は衣玖の手元のお猪口が空なのを見とると、とっくりを手にそこへ傾ける。どうも、と衣玖はお猪口を差し出すが出てきたのは一滴二滴の雫だけ。あれ、と芝居がかった動きで映姫はとっくりを覗き込むが口が詰まっているわけではなさそうだった。
「すいませ〜ん、お代わり!」
大きな声を上げると障子の向こうからはぁい、という店員の声が聞こえてきた。代わりの冷がやってくる。
「しかし、お互い、ストレスの溜まる仕事をしているようですね」
「ストレスが溜まらない仕事は仕事と呼べませんよ。でも、できるならそういう仕事がしたいですね」
新しい酒を注いでやりつつ笑いあう二人。映姫はすっかり上機嫌で酔に身体を左右に揺らしながら笑顔を浮かべていた。
「まぁ、でも、今日はこうして話の合う貴女と出会えてよかったですよ」
こうやって一緒に誰かと楽しくお酒を飲んだり、お話したりするのが一番のストレス発散方法なんですよ、と映姫はうつろに視線をさ迷わせながら衣玖に語る。ええ、ええ、と頷く衣玖。
「ああ、でも、私、一つ、ストレス発散のための趣味があるんですよ」
そう、どこか悪戯っぽく衣玖は口にした。へぇ、と心ここにあらずといった感じで映姫は応える。映姫の真面目な部分は呑みすぎだ、そろそろあがれと命令しているが仕事につかれた心と体は忠告を無視して杯を傾ける。
「なんれす、それ?」
もう、呂律が回っていない。けれど、酔っているのは衣玖も同じようでよくぞ聞いてくれましたといった調子で、映姫の状態を無視して話を進めようとする。
「吊りですよ、吊り」
「釣り?」
水面に竿の先から一本の糸が垂れているイメージが映姫の頭に浮かぶ。
自分は船に乗っていて釣り糸を川の流れの中に沈めている。釣り糸は川の流れ以外の力を受けずたゆたっているだけだ。ああ、それは当然。糸の先に取り付けられているのは錘だけで針も餌もそこにはついていない。じゃあ、針と餌は? 釣り上げられている魚は? そんな夢想を思い描きつつ、映姫の身体は波間に揺れる船のようにぐらぐらとし始めた。
「で、ですね、それがもうホントに…なんて言ったらいいですかね、宙に浮いているようでして。ええ、普通に飛ぶのとはちがうんですよ。あれがスピリチュアルな飛行…いえ、上昇というものなんでしょうね」
衣玖の話も耳に遠い。オートマチックに相槌を返すので手一杯だ。
「どうです、映姫さん。今度、ご一緒に?」
「そう…ですね。ああ、ちょうどいい、明日私、お休みなんですよ」
アルコールの紫色の霧に飲まれながらなんとかそれらしい言葉を返す。
「まぁ、それはちょうどいい。でしたら、明日、早速、やってみましょうよ」
分かりました、という言葉は寝言だったのか。映姫はそのまま畳の上へ身体をことん、と寝転がせ、意識を失ってしまった。
「あれ…?」
見知らぬ天井だった。
精密に組み合わされた梁が見える。出来立てなのか、木目が綺麗に見える。白い漆喰の壁も真新しく、床板には埃も落ちていない。けれど、薄ぼんやりと開けられた映姫の目は目ざとく、木のタイルの間に挟まっている汚れを見つけた。
それと天井。頑丈に張り巡らされている梁には何故か普通の井戸にあるようなものとは比べものにならない程、丈夫そうな滑車が取り付けられていた。あの大きさなら牡牛をぶら下げてもびくともしないでしょう、と映姫はぼんやりと考え、暫くしてからやっと完全に覚醒した。
「ここは…」
周囲を見渡す。部屋の内装は前述の通り、広さは十五畳ほどの教室ぐらいの大きさの部屋だった。
そうして映姫はその部屋の中途半端な位置…入り口とは対角線上のところにある場所に椅子に腰掛けさせられている。
「え!?」
立ち上がろうとして驚きに目を見開く。見れば映姫は椅子の肘掛や足に柔らかいベルトで拘束されているではないか。
しかも、格好は裸に近い。下着から何もかも身につけておらず、一応、申し訳程度に身体にタオルがかけられているだけだった。
「あっ、あわわ、タオルが…」
動いたせいで胸元を隠していたタオルがはらりと落ちる。露になる大きな小町と比べて「幻想郷の小さな平原」と称される胸。
慌てて映姫は顔を伸ばして口でタオルを掴もうとするが上手くいかない。
そんなふうに慌てていると、
「おはようございます…って、何やってるんですか?」
そんな呆れ顔の衣玖が扉を開けて現れた。
「ああ、永江さん、おはようございます。おはようございますはいいんですけれど…ここは、それにこの格好は…」
律儀に挨拶を返し、そうして、少し、同性相手ながらも恥ずかしそうに身を捩りつつ問いかける映姫。その時、映姫は衣玖の格好がおかしく、また、妙なものを持っていることに気がついた。
「ああ、失礼かと思われましたが私が。お洋服は今、洗濯しているところです」
笑顔を浮かべながら映姫の方へ近づいてくる衣玖。服装は昨日のゆったりとした天女風の服ではなく、Tシャツにジーンズとラフな格好。けれど、その上に羽織っているものが映姫の目を丸くさせた。
防水性能の高そうなつるつるした布地のエプロンだ。それを映姫はある場所で見たことがある。屠殺場。家畜を解体して食肉に変えるあの場所で作業員たちが身につけているものに酷く似通っている。
そうしてもう一つ、衣玖が運んできたローラー付きの手押し台、その上に乗せられた凶悪な輝きを放つもの…まるで鯨でも釣り上げるために使われているような太く鋭い釣り針がいくつか手押し台の上には載せられているのだ。それ以外にはマスクやガーゼ、消毒液といった医療用にしか用途を見いだせないものやあからさまに大きな釣り針につなぐためであろうしっかりと撚り合わされている真っ白なロープの束、金属製のフックに映姫は恐怖を見出してしまった。
「えっと…それは分かりました。ああ、ありがとうございます」
手押し台から離れて身体にタオルをかけ直してくれる衣玖に映姫はお礼を言う。けれど、疑念と警戒は解けない。むしろ、ふくれあがっていくばかりだ。
「あの、永江さん、それで結局…」
「吊りですよ、吊り。昨日、おっしゃったじゃないですか」
映姫の言葉を遮る衣玖。手押し台のところへ戻ると、薄手のゴム手袋をはめ、巨大な釣り針の一つを手にとって仔細に眺める。まるで、道具の具合を確かめているよう。
「えー、そういえば…けれど、ここで釣りですか。一体、どんなお魚が…」
昨日の記憶をなんとか酒気の微睡みの底から引っ張り上げ、確かに衣玖が話していた釣りの話に今日、自分も参加すると伝えたことを思い出した。けれど、この状況はどうあったって川原や湖、あるいは海へ行くような雰囲気ではない。
狼狽えながら映姫は大きな釣り針に視線を注いでいると何を言ってるんですか、と言った表情で衣玖が向き直ってきた。
「吊るって…吊り下げられるのは貴女ですよ、四季さん」
「え…」
あっけらかんと、勘違いしていた部下をなだめるような口調の衣玖。
嫌な予想が当たり映姫は顔を青ざめさせた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ボディサスペンションって言うんですよ」
もう一度、昨晩の続きを説明し始める衣玖。
「こう、こんな針…フックをですね、身体に通してハンガーか何かみたいに自分自身を吊り下げるって言う…ああ、SMとは違いますよ。助手がいれば誰でもできますし、性的な意味合いは全くないですから。そうですね、どちらかというと祈祷やヨーガ、若しくは舞闘のような精神的若しくは宗教的な…儀式、とでも言えばいいんですかね」
口調こそ普段どおりだが少し楽しそうな衣玖。瞳は爛々と輝き、新しい仲間の訪れに胸を震わせているようだった。
「フックはしっかりと消毒してあるから衛生面は大丈夫ですし、治癒の護符も大量に用意してあるから安心してください。身体を吊り下げるフックやワイヤーは小山のカッパが月の人たちからの技術提供で作ったものですから、絶対に折れたりちぎれたりしませんよ」
と聞いてもいないことを説明する。
「こう、吊られているとヱも言えない幸福感と言うか開放感に満たされましてね、とにかく、楽しいですよ」
「嘘だッ!!」
一呼吸の間もなく叫ぶ映姫。ふぅー、ふぅーと荒い息をついて猛獣のように強い警戒心をあらわにしている。
「楽しいですのに。あ、ほら、ここ、指が通るんですよ」
そう言ってTシャツの襟袖を引っ張って自分の肩口を見せる衣玖。そこの皮をつかんで引っ張ると確かに向こう側が覗ける穴が空いていた。そこへ小指を手品のパフォーマンスでもするように抜き差ししてみせる。映姫は青ざめた顔でブルブルと顔を振るった。
「まぁ、ものは試し、女は度胸ですよ」
そう言って何か半透明の塊、歪んだCの形をした樹脂製でできたものを手押し台の上から取ってみせた。
「口、開けてください。食いしばりすぎて歯を折ってしまう方がいますから、一応」
「あが…」
それはボクサーなどが試合の時に口の中にはめるマウスピースのようなものだったただし、サイズはかなり大きめ。。衣玖は映姫の顔を抑えて、それを半ば無理矢理に口の中へ押し込む。映姫は首を振るって逃れようとしたが椅子に縛られている状態ではままならない。衣玖は苦もなく映姫の口の中にマウスピースをはめ込むことに成功する。しっかりと歯を挟み込んだマウスピースは腕が自由でなければとても外せそうにない。開いた口端から涎を流しつつ、映姫は衣玖を睨んだ。けれど、衣玖は涼しい顔。
「さ、ここからが本番です。少し痛いですけれど我慢してくださいね」
映姫を安心させるためか微笑を浮かべる衣玖。けれど、その笑顔と手にした大きな釣り針の輝きとが凶悪なコントラストを描き、映姫は心底恐怖した。
衣玖は手押し台を移動させ映姫の後ろに回ると、優しげにむき出しの映姫の肩から背中にかけての肌を撫でた。
上白糖のような滑らかな肌。指は何の抵抗もうけず左から右へまっすぐに移動する。何処に針を刺せばいいのか、触って確かめているのだ。
やがて、場所が決まったのか衣玖はその部分を含めた背中全体をアルコールを浸した脱脂綿で丁寧に拭う。気化したアルコールが熱を奪い、映姫は冷たさに少しだけ身じろぎした。
「それじゃあ、いきますよ。力を抜いてリラックスして下さい」
無理な相談だった。
衣玖は映姫の背中、肩甲骨の端っこあたりの柔らかくなっているところを掴み上げると、山の形にし、そこに針の切っ先をあてがった。金属が触れる冷たい感触に映姫は震える。見ることができない背中という場所が更に恐怖を加速しているようだった。
そうして、映姫の白い肌に、
「刺しますよ」
鋭い鈎が突き刺さる。
「―――――――――!」
悲鳴は漏れなかったがそれはマウスピースを嵌めているおかげというだけだった。両肩を内側にたたむ様に、背中を引っ張る映姫。両手両足が握り締められ、拘束している革ベルトを引きちぎるように力が込められる。その弾みで胸元からまたタオルが落ちてしまったが気にしている余裕はない。映姫の頭の中はたった一つのことで手一杯だったからだ。
―――痛い
熱した鉄棒を押し当てられたような激痛に顔をひきつらせる。心臓がでたらめに跳ね上がり、肺は激しく酸素を求めて伸縮する。鼻からは激しい呼吸とともに洟が流れ出してきた。上気した頬を大量の涙が伝わり落ちる。まるで、呼吸のタイミングを忘れたかのように映姫は出鱈目に息を繰り返し、マウスピースの樹脂に歯を突き立てた。たしかに衣玖の言うとおり、これがなければ歯を自分の顎の力で砕いていたかもしれない。
「ふぅーふぅー」
熱い息を吐いて、なんとか呼吸を整え、痛みをコントロールしようとする映姫。けれど、背中の痛みは凄まじく、涙と流血は止まりそうにもなかった。衣玖はその様子を見て、そっと手にしていた釣り針を離したが、その反動にまた映姫は小さく悲鳴にならない悲鳴を漏らした。
「あと五本です。頑張ってください」
絶望的な声が後ろから投げかけられる。映姫は振り返り、懇願するような視線を投げかけたが、とても許してはくれそうにはなかった。
つづいて衣玖は最初に刺した場所とは背骨を挟んで線対称の位置の皮を掴み上げ、同じようにそこに針を通した。
二度目の衝撃には多少慣れが出てきたのか、それともあまりの痛みに脳が麻痺し始めたのか、映姫はあまり大きな悲鳴を上げなかった。
真っ赤になった傷口から血が止めどなく流れ、背中を汚す。衣玖は今度は針ではなく使い捨てのタオルを手に映姫の血で汚れた背中を丁寧に吹いてあげた。真っ赤に染まるタオル。それを処分品用の箱へたたんで入れると新しい針を手にとった。その頃には最初に開けた穴からの流血は止まりつつあった。
次の場所は背骨と最初に刺した場所との中間点、その下方、肋骨の終に近い場所だった。同じ手順で針が突き刺さる。左右。計四カ所、背中には血に塗れ怪しく光る金属製の針がぶら下がっていた。針の尻に取り付けられた同じ材質の輪がちりんと音をたてる。背中の分はそれで終わりだった。
「今度は腕にしますよ」
「………」
激痛に耐える映姫は衣玖の言葉を聞く余裕がなかった。うなづく事も首をふることもせず、なすがままの状態。衣玖はそれを肯定と受け取ったのか、左右の腕の上の部分もアルコールで消毒する。
その場所へ背中に刺したのよりは幾分、小ぶりな針を突き刺した。背中とは違う場所の痛み、今度はしかと視える位置に刺されたせいか、映姫はまた悲鳴を上げた。けれど、声は小さく短い。痛みに耐えるためにかなりの体力を消耗してしまっていて、叫ぶ力が残されていないのだ。
涙と痛みで歪む視界の先、映姫は腕に突き刺さっている針を凝視する。背中にはあれと同じものがもう四本、計六本もの大きな釣り針が身体に刺さっている。その奇特な状況に映姫の精神は枯死寸前だった。
浅く早く呼吸を繰り返す鼻からは洟が垂れ、頬にはいくつも涙が乾いた跡が残っている。口の端から流れ出た涎は映姫の胸元へ落ち、そこを汚していた。
「顔、綺麗にしてあげますね」
暫く席を外していた衣玖が戻ってきて濡れたタオルで汚れた映姫の顔を拭いてくれた。もうほとんど、映姫は衣玖のされるがままだった。脳細胞の処理の殆どは背中や腕の激痛の処理に追い回され、まともな思考が出来る余地はあまりに少ない。そのせいか、衣玖が手足の拘束を解いてくれても、特に何か行動を起こそうとはしなかった。
「さぁ、お待ちかねの吊りですよ」
そう言って衣玖が映姫に見せたのは物干しのような棒だった。いや、おそらくそれは頑丈に作ってあるだけで本当に物干し竿の一種なのだろう。棒の左右の端からは頑丈そうな鎖が伸び、ちょうど中央の輪に先が尖っていない、これまた強そうなフックが取り付けられている。下部には等間隔にいくつもの金属の輪が、決して外れないようにしっかりと取り付けられていた。
衣玖は滑車に丈夫な登山に使うようなナイロンのロープを通すとその先を壁際に備え付けていたウインチに接続、宙ぶらりんになっている逆の端を物干しのフックに取り付ける。その位置は丁度、映姫の背中の上だった。
「じっとしていてくださいね、四季さん」
そう告げ、物干しの輪に滑車に通してあるものと同じ、真っ白なロープを通す衣玖。ついで、映姫の背中に刺した針の尻に通っている輪に。その次にハンガー側にと交互にロープを通していく。一定の法則で点対称に。その形はアルファベットのwをいくつか重ねて並べたようなかんじだった。背中にロープが通し終われば次は腕のほうだ。
衣玖は背中側から腕の方へ回りこむと、力なく肘掛に置かれたままの映姫の腕を持ち上げ、そこの輪にもロープを通す。輪を支点に折り返し、もう一度、ロープを輪に通してロープ自体で輪っかを作り、その中へ端を差し込み、更にハンガーから伸びてきているロープ自身へもう一度、巻きつけしっかりと結ぶ。簡単には外れない特殊な結び方だ。
逆側にも同じことをして、映姫はうなだれたまま両手を広げたような格好になった。
そこで衣玖はもう一度、映姫の顔を拭いてあげてついでにマウスピースも外してあげる。
「気分はどうですか、四季さん」
「痛いですよ…もちろん…」
泣きそうな声で応える。いや、本当に涙を流している。お願いだから、もうやめて下さいと映姫は瞳で衣玖に訴えかけた。けれど、衣玖は困ったようにその形のいい眉毛をしかめる。
「ここまで来たんですから、是非に体験した方がいいですよ」
ああ、と絶望する映姫をよそに衣玖はウインチがあるところまで歩いていった。
「じゃあ、引っ張り上げますから。気を失わないよう、注意してください」
忠告にならない忠告をして衣玖はウインチのハンドルに手を触れる。握りをしっかりと掴み、ゆっくりとゆっくりと回し始める。ロープがきしみ声を上げ、ウインチに巻き込まれていく。ロープが引っ張られると、つられハンガーがゆっくりと持ち上げられていく。映姫の背中に突き刺さっている針も。ハンガーから伝わってくる振動に震えていた映姫であったが、背中や腕の皮膚自体が引っ張られることになってついに悲鳴を上げた。
「いぃ、いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
歯を食いしばって、歯車のかみ合わせがずれた機械のような声をあげる。少しでもロープの撓みを大きくしようと腕を上げ、椅子の上にのぼるがすぐに足を伸ばしても皮が引っ張られるいちまでハンガーは上がってしまっていた。
更に立ち上がろうと膝を伸ばすが、失敗。勢い余って椅子を倒してしまった。映姫の体が宙に浮く。
そして…
「あぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁっぁあぁぁぁ!! はず、外してくださいぃぃぃ!!」
絶叫。同時に浮遊。天井から吊り下げられる。けれど、重力からの束縛からは逃れられず、40kgと少しの負荷が釣り針を突き刺した六ケ所の皮膚へかかる。
引きちぎれんばかりに限界まで引き伸ばされた皮膚は赤く充血し、その根元のまだ白い肌とコントラストを際立たせている。神経系を焼き尽くす激痛に思考が焦げ付き灰になる。もはや、自分の力で飛翔して重力から逃れることもできない。
身体を支えるほど伸びてしまった皮膚はある種、天使の羽のようにさえ見える。そこから流れ落ちる血が映姫の白い肌に朱色の運河を描いていく。ぽたり、ぽたり、と床の上に血が流れ落ちる。
「力を抜いて、自然に、空気と一体化するようにするんです。自分は空気になったんだと、自然の一部と同化したんだと、理性に思い知らせるんです」
ウインチから離れて映姫の足元までやってきた衣玖はそうアドバイスする。激痛に麻痺した頭でも理解出来ない後半は無視するしかなかったが、言われた通り映姫は全身の力を抜いてあるがままに任せるように自然体になった。
「はぁーはぁーはぁーはぁー」
目を見開いて呼吸を繰り返す。まるで、自発的に呼吸ができなくなったよう。気をつけないとリズムが狂い、暴れだしてしまいそうだからだ。
力を抜け、力を抜け、力を抜け…自分の体に言い聞かせる。
投げ出されたように、つま先を地面に向ける足。折れ、しなだれた花のような両手。かるく、俯くように顔が下がり、うつろげに床とその上に立つ衣玖の姿を眺める。
「ああ…ああぁ…」
嘆息が漏れる。
痛みが緩和されたというより、何処か別の場所へ追いやってしまったような感じ。いや、追いやったのは恐らく痛みの方ではなくそれを感じていた映姫自身。その精神、若しくは魂。そういったもの。
次第に顔が恍惚に綻ぶことを止められず映姫は破顔した。
そうして…
「あら…これは…」
映姫の太ももを伝わる血以外の液体。肌にこびりつき乾き始めた血と入り交じりながら水音を立て、床の上へ流れ落ちるそれは小水。うっすらと毛が生えた秘裂から映姫は漏らしてしまった。
その様子をなにか神聖なもの…宗教画や神像、イコンを眺めるような面持ちである種の精神的ショックを覚えたように、呆然と衣玖は眺め続けた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「大丈夫ですか…」
「はい…なんとか…」
衣玖が用意した、背もたれのない丸椅子に腰掛け、背中や腕に治癒の護符を貼ってもらっている映姫。まだ、傷は酷く疼くものの治癒の護符が放つ暖かな輝きに照らされ、次第に痛みは薄れていっているようだった。
あれから暫くして映姫はゆっくりと床におろされた。
慣れない内にあまり長時間、吊り下げられているのは最悪の場合、命に関わる危険性もあるので衣玖が頃合を見て映姫をおろしたのだ。もっとも、おろされてからも映姫は半ば放心状態で、気をやっているのも同然の状態だった。まともに受け答えができるようになったのは衣玖が椅子に座らせ、六ケ所の傷口に治癒の護符を貼りつけてから暫く経った後だった。
「それで、どうでしたか? ボディサスペンションは」
汚れた身体を吹きながら衣玖は映姫に問いかける。背中にいる衣玖の方へ振り返り、そうして、また視線を前方に戻してから、うつむき、映姫は躊躇いがちに口を開く。
「痛かったです。感想の大半…いえ、九割九分はそれですね」
「………そうですか」
映姫の言葉に少し残念そうに返す衣玖。その映姫の言葉は衣玖に取ってある種、予想された答えではあったが、それでも持参したお土産をいりませんと返されたような一抹の寂しさはあった。
「でも―――」
「え?」
そこから更に映姫は言葉を続ける。予想していなかった展開に衣玖は思わず声を上げてしまう。
「ストレス発散には―――なったと思いますよ。貴女の言う開放感、っていうのも感じましたし、それに…あの痛いのに比べれば閻魔の仕事なんてたいしたことがないんだって…思えまして」
衣玖からは見えなかったが映姫は少しだけ顔を綻ばせていた。
また、仕事がつらくなったら頼もうかな、とそんなことを考えながら。
と、
「あら、衣玖。新入り…ってヤマザナドゥじゃない」
そんなセリフと共に映姫の治療現場に第三者が現れた。はい、そうですよ、と第三者に返す生野言葉を聞きつつ、声の方へ振り返った映姫が見たのは二人の女性だった。
一人は映姫の知っている顔。
「げ、風見 幽香! なぜここに!? というううか…その娘は…」
もう一人は恐らく映姫の知らない女の子だった。
恐らく、と前口上付きなのはその顔が見えないからだ。
両目を多う分厚い皮のマスク。真鍮の金具と黒光りするレザーは恐怖さえ覚えるほどの調和をみせている。けれど、顔が見えないと称したのは目元が隠れているからではなく、そもそも顔の形がわからなかったからだ。
「これは…流石につらそうですね…」
引き伸ばされた皮膚というのは映姫もたった今しがた体験したものだ。幽香が連れてきた…というより運んできた女の子もまた先程の映姫のように吊られている最中。両膝をおって、後ろ手に拘束したところへつなぎ、身体を小さく、持ち運びできるキャスター付きの物干し台に吊り下げられている。コンパクトなスタイルのボディサスペンションだ。
けれど、その鈎の数が10どころか20をこえ、更にその大部分が顔面とあってはすでに慣れている衣玖も顔をひきつらざるえなかった。口に嵌められているギャグボールからは苦悶の吐息が漏れ出している。
「どう? 天子ちゃんで昨日思いついた新しいスタイルを試してみたのだけれど」
にこやかに笑顔を浮かべ感想を求める幽香。更に鑑賞しやすいように幽香は天子の身体を押してぐるぐると回転させる。けれど、回転はスムーズには入っていない。どうやら集結点のボールベアリングが錆び付いていて、油もろくに注していない様子。動く度にギギギと軋みを上げている。
更に体の各所…両耳たぶや乳首、膝、幽香にしかわからない配置で身体に突き刺さっている釣り針(返し付き)の先には分銅やクロームメタルの装飾品、宝石などが括りつけられ、遠心力で外側へ飛び出すように皮を引っ張っている。
唖然と開かれた映姫の瞳に天子の股間から伸びる糸の先に鉄製の造花が見えたのは何かの見間違いだったのだろうか。
そんな感じで幽香は何周か回していると唐突に天子はギャグボール越しに短い悲鳴を上げ、傷口が開くのもお構いなしに身体をブルブルと震わせた。
そうして、
「ッ―――――――――♥」
がたん、と天子の股間から手首ほどの太さがあるなにやら粘液に濡れた松茸みたいな形をしたモノが転がり落ちてきた。続いてボタボタと天子はその桃のような尻の間から汚物の浮いた炭酸水をひり出した。
「なーーーーー!?」
「あらあら、こんなに早く粗相してしまって…まったく、貴女は置物の役目も果たせないのかしら…本当に天人の癖にこんなことも出来ないなんて…人非人ね、貴女ってば」
痙攣する天子の耳元へそう語りかける幽香。腕は乳首から伸びている釣り糸を強く引っ張っている。と、ぶつり、と天子の乳首が裂け、突き刺していた釣り針が外れた。だらしなく口を広げた秘裂から潮をふきだし、気をやる天子。
「ああ、そうそう。ようこそ、幻想郷ボディサスペンション同好会へ。歓迎するわよ、ヤマザナドゥ」
「あんたのやってるのはハードSMだろうがぁ! いや、やっぱり、自分で自分を傷つけるなんて正義に反することです! 禁止です! 禁止! 幻想郷ではボディサスは禁止ですッ!!」
天子の逆の乳首から伸びる糸を手に立ち上がりニッコリと微笑む幽香に囃し立てる映姫。
ああ、もう、と衣玖は頭痛を覚えたように頭を押さえるしかなかった。
「私も後でしますか…ストレス発散に…」
衣玖のつぶやきは幽香と映姫のいい争いにかき消されてしまった。
END
東方界隈でもけっこーニッチなこの場所に日本でもマイナーなアングラ系趣味嗜好な話を書いた私はかなりH
ジャスミンティのラム割呑んできます…
10/06/18>>追記
>>砂時計さんご指摘ありがとうございます。
ってか、点呼ってそもそも呼び方からして間違ってんぞワシ。二段階誤字とは。きっと後三回は変身できる。「超闘士タロウのマネをさせてもらった」みたいな感じで。
sako
作品情報
作品集:
17
投稿日時:
2010/06/17 15:40:37
更新日時:
2010/06/18 23:38:06
分類
映姫
衣玖
つり
最高
目覚めちゃうえーきっきがかわいい
そんなバカな、だって衣玖さんの服はパツンパツn(ry
麻酔射っちゃいけないのか?
後吊るされては居ませんでしたけどSAW2のあの爆死した男とか。
ブッ千切れちゃいそうだと思うんですけど、案外人間の皮や肉って丈夫なんでしょうかね。
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rki:::/::::`r、. / ミマー!!!
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ヽ、__,,..-'‐'"ーァ-‐'7ハ:!∠ヽ、.〉
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⌒ ) ソ^ヽ、.,___,:: '"
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