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『逃走者 二』 作者: 名前がありません号
第一ゲームの成功の余韻に浸る間もなく、文は第二ゲームの構想を考えていた。
所詮、第一ゲームはプレゼンテーションに過ぎない。
第二ゲームからこそが、本番。
この逃走者のゲームのルールを一つずつ、生かしていくのだ。
そのため、彼女は再びルールを見直していた。
一通りのルールは全て頭に入っている。
しかし頭の情報を反復するよりも、紙面上の情報の方が、
様々な構想が浮かんでくる。
新聞を書いていく過程で、文に自然と見に付いた技能だった。
そしてルールを書いたメモを一つ一つ見ていくと、
ある一点に文は注目した。
文は、とても楽しそうな笑みを浮かべた。
そして第二ゲームを行なうに当たって、逃走者候補に上がったのが四名出来た。
チルノ、橙、リグル、ミスティアの四名。
いつもつるんでいるこの四人組にする事にした。
そのため、今回から降伏のルールが適応される。
降伏とはその名の通り、逃げる事を諦めて追跡者に降伏するという事だ。
このマッチメイクをしたのは彼女らが見知った、それも比較的仲の良い妖怪達、という事だ。
その場で知り合った赤の他人で、このルールを適応しても面白みは無い。
簡単に斬り捨ててしまうからだ。それを観客は望まない。
観客にとって重要なのは、その最後の手段を使うか否かを迷わせる事にあるのだから。
そう、参加者全員が降伏できるわけではない。
ただ一人だけ、降伏することが出来なくなる。
つまる話、最後の一人は生贄というわけだ。
文は彼女らが、その選択を一体どのような心境で使うか、それを想像するだけで堪らない気分になっていた。
そうとなれば追跡者は極めて理知的でかつ、残忍な者が良い。
相手を執拗に追い詰め、心を折り、四人の友情を無にするほどの。
そんな無慈悲な者がいい。
彼女は追跡者候補の中にうってつけの人物を発見した。
アリス・マーガトロイド。
正確にはアリス・マーガトロイド操る人形部隊。
感情無き無慈悲なる者達。
これ以上無い、射命丸文にとって降って沸いたような追跡者だった。
そうとなれば、両者に交渉を仕掛けるとしよう。
まずはアリス・マーガトロイドだ。
あの四人組は愚かな奴らだ。
特にチルノは大妖精の行方がわからなくて、寂しい思いをしている。
ならば、それを利用してやればいい。
今更、情など掛ける気などない。
文はその翼を広げ、魔法の森へと向かっていった。
魔法の森までひとっ飛びした後、文はゆっくりと降下する。
アリス邸の付近には、ちょっとしたトラップが仕掛けられている。
魔理沙邸にも同様に存在するが、アリス邸のそれはかなり巧妙に隠されている為、
迂闊に急降下しようものなら手痛いダメージを負ってしまうのだ。
特に窓付近はかなり強力な対空トラップがある。
大分前の新聞大会で、アリス邸に新聞配達に行った際、
アリス邸の付近に、トリモチで身動きが取れなくなった天狗が居た。
なんとも間抜けな話だが、あちらにとっては窓を毎回割られて迷惑しているのだろう。
もっともだからといって、正面切って渡そうとしても取り合わないのは目に見えているので、
窓への投げ込みをやめる気は無い。
ちなみにその天狗がどうなったのかは知らない。
少なくとも、妖怪の山では同じ顔を見かけたことは無い。
もっとも今日は、あちらにも迷惑ではない話を持ってきた積りだ。
受けるかどうかはあちら次第だが。
文はドアを2回ノックする。
以前にも、特集を組む際に何度か訪ねたのだが、
「ドアは二回ノックすれば気付くわ」と言われたので、そうしている。
今回はこちらから頼む側なのだ。
この辺でご機嫌は取っておかないといけないだろう。
しばらくして、アリスがドアを開けた。
「こんにちは」と挨拶をすると、
アリスも「こんにちは」と返してきた。
表情は普通だ。
大抵文を見る時は、「またお前か……」とげんなりされるか、
あからさまに性的な目でこちらを見る輩かのいずれかである。
ちなみに前者は霧雨魔理沙によく言われ、
後者は人里の下種な男達である。
もっとも前者よりは後者の方が、まだ気分がいいが。
文の経験上、アリス・マーガトロイドという女は、
一定の礼儀さえ出来ていれば、邪険に扱われる事は無い。
霧雨魔理沙のように馴れ馴れしい態度で接すると、酷く気分を害する。
文にとって、霧雨魔理沙は良い反面教師となっている。
「まぁ立ち話もなんだし、とりあえず上がりなさいな」
「はい」
そういって、私は部屋へ上がる。
アリス・マーガトロイドはその名前の通り、東洋の妖怪ではない。
西洋では靴を脱ぐ習慣が無い為、彼女の家では靴を履いたまま歩く。
もっとも、風を使って下駄の泥は吹き飛ばしておくので、さほど不潔でもないだろう。
「飲み物は何がいいかしら?」
「珈琲で」
「わかったわ」
そういって、アリスは人形に指示をする。
正直、アリス自身が入れれば早いのだが、これも彼女の実験の一環らしい。
アリス邸は、魔理沙邸とは真逆で、すっきりとしている。
整理整頓が行き届いているということだろう。
効率的に物事を済ませる、を心情とするだけはある。
なら、その珈琲も効率的に淹れればいいのでは? とも思うわけだが。
しばらくして、珈琲が出てきた。
文が珈琲を飲みだしたのは、数十年ほど前である。
河童が作った珈琲を淹れる為の機械を作ってから飲み始めた。
最初はとても飲めたものではなかったが、
河童が改良を重ねて、比較的ましにはなった。
最もこの珈琲に比べると、味はまだまだ下の方だ。
「それで、珈琲をせがむ為だけに、私の家まで来たわけではないのでしょう?」
「ええ、勿論」
少し珈琲の味に浸りすぎたようだ。
しかしあちらから興味を持っていただけるのは有り難い。
それでは本題を切り出すことにしよう。
「私が主催するゲームに参加していただきたいのです」
「ゲーム……ああ、昨日人里の方で何か集会みたいなのがあったけど、アレ、貴方だったのね」
「ええ」
「帰りに大きな声が聞こえて何事かと思ったけど」
「はは、お恥ずかしい限りです」
「で、どういうゲームなの?」
「では説明させていただきますね。といっても少し刺激的な鬼ごっこみたいなものです」
「鬼ごっこ……確か、鬼が一人で逃げる人を捕まえる遊びだったかしら」
「ええ、詳しいルールはこれを……」
そういって、文はアリスにルールを書いたメモの写しを渡す。
「逃走者が勝った場合、願いを一つ叶えるとあるのだけど」
「ええ、それは守矢神社の協力により、神様の出来る範囲内で叶えられますよ」
「へぇ」
「ですが、私としては、アリスさんには追跡者として、参加して頂きたいんですよ」
「何故? 追跡者は逃走者に命令できるとあるけど、私はその辺は間に合っているわ」
「でも、アリスさんにとっても悪い話ではないと思いますよ?」
「どうして?」
その言葉を聞いた射命丸文は、一枚の写真を取り出す。
写真には人型だが、石か何かで出来た巨人のようなものが写っていた。
それを見たアリスは、はぁ、と呆れたように文を見た。
「本当に貴方達は抜け目ないわね。いつ撮ったのこれ?」
「それは秘密です。ですが意外でしたね。こういうのもお作りになるんですね」
「とあるお嬢様に色々言われてね。その方面にも手を出してみたのよ」
そういえば、レミリアが「ゴーレムとか欲しいわねぇ」などと呟いていたのを文は思い出した。
「で、これ、本格的に動かしたりしたんですか?」
「ゴリアテの応用で作ってるから動作は保障できると思うけど、実動はまだよ」
「なら、なおさら丁度良いと思いませんか?」
「?」
「逃走者のゲーム内でこのゴーレムの実験をするのです」
「……そういう事。実験場を提供してくれる、というわけ」
「ええ。まぁこれ一体では足りませんから、もう少し数を頂きたい所ですが」
そう文が言うと、アリスは少し考えたような顔をした。
しばらくの熟考の結果、アリスは結論を出した。
「いいでしょう。どの道、図体が大きいから森で動かすには問題があったし」
「ありがとうございます。あ、言い忘れましたけど、壊れる可能性がありますけど、大丈夫ですか?」
「問題ないわ。耐久面もテストできるから丁度良いわ」
「それは都合が良いですね」
アリス・マーガトロイドは頭の良い女だ。
逃走者のゲームでの使用目的がどういう事か、分かっているはずだ。
しかし逃走者の安否など、アリスには興味が無い。
勝つか負けるかよりも、データが得られれば良い。
望みのデータさえ手に入れば、それこそがアリスの勝利だろう。
文はアリスとゴーレムの搬入日時を話し合って、アリスとの交渉を終えた。
敵は用意した。
次は逃走者だ。
私はチルノの元に向かった。
恐らく、まだ湖に留まっているのだろう。
大妖精が湖に戻ってくる事は無いのに、意外に健気なものだ。
その健気さを普段も振舞っていれば、他の妖精達と仲良くなれるというのに。
文は湖にゆっくりと高度を下げて、チルノの元に向かった。
「チルノさん」
「わぁ! ……なんだ、文か」
「なんだ、とは失礼ですねぇ」
「ふん……」
虚勢を張っているのが見え見えだ。
落ち込んでいる所を一週間前に見たものの、てっきり直ぐ忘れると思ったのだが。
チルノの新しい一面を発掘した気がする。
まぁそれだけのことである。
やはり新聞のネタには弱い。
「大妖精さん、どうしてるんでしょうねぇ。……実は大妖精さんの居るところ、知ってるんですけどねぇ」
「!!」
「おや、どうしました?」
「な、なんでもないよ」
「大妖精さんの居場所、知りたくありません?」
「べ、別にっ」
「そうですか、では失礼しますね?」
私が飛び立とうとすると、チルノは私のスカートの裾を引っ張った。
「どうしましたか?」
「……ねぇ、本当に知ってるの?」
「ええ、勿論」
「お、おしえてよっ」
「別に知りたくないのでは?」
「そ、そんなことはどうでもいいからっ」
「そうですかぁ、教えてあげてもいいですが、タダ、というわけにはね……」
「え……」
「ああ、ご安心を。チルノさんが何を持っていない事は知っています。なので、私のお願いを聞いてくれますか?」
「な、なにさ、お願いって」
「なぁに簡単です。ゲームに参加して欲しいのです」
「げ、ゲーム?」
「鬼ごっこみたいなものですよ」
「……」
「ちなみにチルノさんのほかにあと3人必要ですので。また来ますので、それまでに集めておいてくださいね?」
「え、ちょっ」
チルノの言葉を聞かずに、文は飛び立った。
思慮の足りないチルノが頼る相手は限られる。
妖精の友人は今のチルノには居ない。
となれば、必然的にあの3人となる。
一名がルーミアに変わるぐらいはあるかもしれないが、
あの食欲旺盛な娘は、恐らくノってこないだろう。そんな気がする。
さて、後は場所だ。
昨日アリス邸より搬入されたゴーレムは、
大分前に見たゴリアテ人形よりは小さいものの、森で動かすにはやはり大型だ。
まだ複雑な地形では動かせないので整地された場所が良い、とアリスは言っていた。
そういえば、以前人里の拡張計画の頓挫で空いた土地があったのを思い出した。
人里の過激派達が自分達の拠点とするための計画だったらしいが、
慧音らに押さえ込まれて、整地された場所だけ残されている。
元々、かなり人里から離れた位置という事もあって、人里側でも何も手が付けられていない。
あそこを買い取って、河童らを呼んで準備させよう。
土地の購入手続きを済ませて、早速河童達に準備させる。
広さは充分。元々整地された場所の為、動かすには問題が無い。
この分なら、明日明後日までにはゲームが出来るようになるだろう。
チルノの様子を見に行ってみるとしよう。
気が変わったかもしれない。
妖精とは気まぐれなものであるから。
それは杞憂に終わった。
ご丁寧にこちらが来るのを待っている様子だった。
手間が省けて助かる。
「随分お待たせしたみたいですね」
「ふんっ」
「残り3人は集まりましたか?」
「集まったよっ」
「では、ゲーム会場に移動しましょうか」
「え、ここでするんじゃないの?」
「いえいえ、ちゃんと準備していますので……では、他の三人が集まったら、行きましょうか」
「わかった。呼んでくる」
「ええ、いってらっしゃい」
文は早速3人を呼んでくると、飛び立った。
「良い友達を持ちましたね。まぁ」
きっと裏切られるでしょうけど、ねぇ?
文は口元をゆがめて、笑っていた。
友情ほど無力な物はないのだから。
チルノが、残りの三名を集めて湖に戻ってきた。
予想通りの面子だった。この面子の中ではリグルがまとめ役のポジションだろうか。
瓦解するとすれば、リグルが捕まった後だろう。そこから破綻は始まる。
どれぐらいあがいてくれるか楽しみだ。醜く罵りあう様も面白そうだ。
文は笑みを心の中に仕舞いこんで、彼女らを会場に案内した。
彼女らにはこの会場がどう写っているだろうか。
この辺でいいか。
私は会場の前で立ち止まる。
「どうしたのよ、文」
「ようこそ。ゲーム“逃走者”の会場に」
「なにそれ?」
「ちょ、ちょっと!」
リグルがチルノに割り込んで、私の方を向いた。
「それって、大妖精が出てたんじゃ……」
「え!? 本当なの文!」
「ええ、本当ですよ」
文はさほど驚きもせずそう言った。
分かりきった回答だった為、驚く事は無い。
この面子の中で一人ぐらい見ていてもおかしくはないだろう。
ミスティア辺りも、話程度には聞いているかもしれない。
「その後、大妖精もいなくなったよね……」
「! 文、あんた大妖精に何をしたんだ!」
「そう言われましても、敗者は何を言われても、文句の言えぬ立場ですので……」
「この……っ」
「チルノさん。勝てばいいんですよ。ゲームに勝って、大妖精に会いたいとそう言って頂ければ、私はその願いを叶えますよ」
「!」
チルノが乗ってくる。それを慌ててリグルが制止しようとする。
ミスティアと橙は互いの方を見て、どうしようどうしようと慌てているだけだった。
「だ、だめだよ、チルノちゃん! この天狗が大妖精の居場所を知っている保障なんてないんだよ!」
「でも……」
「それに、鬼ごっこなら何処でも出来るじゃないか! ここでやる必要なんて……」
「ありますよ? 私は勝者の願いは叶えますから。普通の鬼ごっこじゃそんなことできませんよね? あ、これルール用紙です。よく読んでおいてくださいね?」
「騙されちゃダメだ!」
「私は嘘は言いませんよ。それとも、ここまで来てやっぱり大妖精と会うの止めちゃいます? 薄情ですねぇ。ま、妖精なんてそんなもんですかね」
文はチルノを出来る限り煽る。
ゲームに参加してもらわなければ困るのは事実だ。
複数のマッチメイクを執り行う人員を確保するには、あと2〜3回の成功が必要だ。
つまりここでマッチメイクが取り消しになどなったら、大損を食らうのは自分だ。
気が気ではない。それを表に出さないのは、流石に天狗、ということだろうか。
チルノは文の言葉に激昂したように、叫び散らす。
「あたいは他の妖精達とは違うんだ! 私は大ちゃんを助けるんだ!」
「チ、チルノちゃん」
「いやぁ流石です、チルノさん! それでこそチルノさんですよ! それじゃあルールを呼んだら、そこから中へお入りください」
「いくよ、皆!」
文は心の中で笑みを浮かべながら、三人の様子を見る。
リグルは、チルノの単純さを恐れているようだった。
他の二人は適当にその場しのぎの相槌を打っているだけだ。
やはりリグル以外は役立たずのようだ。
理解したかはさておき、ルール用紙を文に返すと4人は会場へと進んでいった。
「いってらっしゃい……友情の脆さを知りにね」
そう言って、文は会場を後にした。
もう一つの仕事が待っている。
文は支度をして、もう一つの会場に向かった。
第二ゲーム
逃走者:チルノと愉快な仲間たち
追跡者:???
場所:人里拡張計画予定地特別ステージ
逃走者の制限:特になし
制限時間:五分
『さて、始まりました【逃走者】! 第二ゲームのお時間です!』
『前回の逃走者は詰めの甘さから追跡者に捕まってしまいました!』
『今回はそんな大妖精の仇を討つべく、氷精チルノが仲間を引き連れてやってきました!』
『しかし今回の相手は人間とは違います! 我々の協力者から、強力な刺客を用意しました!』
もう一つの仕事、実況をする文の姿が人里のもう一つの会場にあった。
観客の入りはノルマを超える盛況ぶりだ。
今のところは理想的な状態と言えるだろう。
今回のフィールドはある程度の遮蔽物がある以外は、ただの平地だ。
森の時のように、隠れられる場所がないので、
ほぼどちらからも相手が見える、というわけだ。
その為、接敵後にどう動くかが逃走者に求められる。
追跡者のコントロールは、別室にてアリス・マーガトロイドが担当する。
文は彼女には加減しないように伝えている。
まぁあちらも実験を兼ねているのだから、その積りは無いだろう。
よほどの事が無い限りはアリスが順当に勝つ可能性はある。
しかし文はチルノ達に勝機がない、とはかんがえていない。
いやむしろ、チルノには勝って貰った方が面白いかもしれない。
大妖精との、感動の再会を演出するには、それも楽しいだろう。とてもとても。
『さぁ、それでは登場します! どうぞ!』
そして迷彩で隠されていたそれが観客とチルノの前に現れる。
人間を上回る巨躯に、銀色の甲冑を身に纏った巨人。手には銀の槍と盾を持つ。
この巨人自体に、チルノ達を捕縛する事は出来ない。
その作業は、他の人形達が担当する事になる。
この巨人の役割は、チルノ達を追い詰め、捕縛を容易にするためにある。
皆、周到に偽装されており、アリスの人形との見分けは付かない。
今後もアリスには、お世話になるかもしれないのだ。
変な噂が立たないようにしておくのも、配慮の一つだろう。
我々の裏事情を知る者を黙殺しきれない以上、秘匿するのが一番だ。
ともあれ文は、第一ゲームと同じくゲーム開始を宣言する。
『それでは、逃走者! 遊戯開始(ゲームスタート)!!』
チルノらの前に銀色の甲冑に身を包む巨人が居た。
巨人といっても、チルノが見たことのあるゴリアテ人形よりは一回りぐらいサイズが小さい。
それでも、チルノ達からしてみれば充分巨人である。
そしてその傍らには、蜘蛛の姿をした人形と、チルノ達と同じぐらいの大きさの人型の人形がそれぞれ7体存在する。
巨人と含めると、総数は15体。
比較的広めの場所とはいえ、4人に対する戦力比は致命的だ。
「な、なによあの巨人……!」
「あ、あんなの聞いてないよ……!」
もっとも、4人の目線は巨人の方に向いていたが。
そうして惚けているうちに、巨人はゆっくりと動き始める。
それにあわせて、蜘蛛型の人形と人型の人形が散開していく。
最初は様子見だ。チルノ達がどう動くかを見る。
チルノ達が散り散りに動けば、蜘蛛型の人形と人型の人形で一人ずつ捕まえられる。
ならばと密集すれば、今度は巨人の攻撃で分散を余儀なくされる。
今回は弾幕の使用を制限していない。
つまり今回はやや激しい戦闘を交えつつ、となる。
「とにかく、あの巨人から離れるよ!」
最初に動いたのはリグルだった。
巨人から出来るだけ離れるようにと皆に指示を出す。
それにあわせるように3人が動く。
リグルが、彼女らの行動を纏めている。
それを把握したアリスは、人形達を操作し、
リグルを優先的に狙いに行く。
密集して動く4人にゴーレムを差し向ける。
動きは遅いが、他の人形達で誘導していけば、
こちらの都合よく嵌ってくれるだろう。
ゴーレムの槍が横になぎ払われる。
怪我をさせてはいけないので、
到底当たるはずのない位置での攻撃だが、それでもミスティアと橙は震え上がっていた。
何しろ、遮蔽物だった壁がいとも容易く粉砕されたのだから。
「ひいぃぃぃ!?」
「り、リグルちゃん!! あ、あんなの当たったら死んじゃうよ!」
「大丈夫だって、ルールに書いてあったでしょ! こっちを怪我させられないんだから!」
「で、でもぉ!!」
当たらないと分かっていても、飛んでくる攻撃が強烈であればあるほど、
弾幕ごっこしか知らない彼女達には恐怖でしかない。
無論彼らも人間を主食とすることはあるものの、
あのような過剰な破壊力を振るうことも、持った事も、受けた事も無い彼女らには、
ゴーレムの振るう槍がどれほど恐ろしいことか。
無事で済まない威力という事を見せ付けられたことで、ますます彼女らの恐怖心は煽られる。
その中でも冷静にリグルは二人を諭すのだが、
二人は完全に怯え竦んでしまっていた。
一方、チルノはそんな物には目もくれず、氷の弾丸を次々と放っていく。
しかしそれらはゴーレムの持つ盾に阻まれ、傷一つ付けられない。
「こいつ! こいつ!」
「チルノちゃん! 逃げるよ!」
「えっ、うわっ!」
リグルがチルノを引っ張って、そのまま移動する。
遮蔽物を使いつつ逃げようとはするものの、
人型の人形や蜘蛛型の人形が次々と先回りをして、退路を阻んで行く。
チルノは人形相手に氷の弾を撃ち続ける。
何発かが当たって、二〜三体の人形を倒しはするものの、
それでもまだ十体近くが平気で残っている。
「どうするの、リグルちゃん!」
「とにかく逃げないと!」
「逃げるって何処に!?」
「何処にでも、うわっ!」
ゴーレムが槍を振り下ろしてくる。
やはり当たらないのだが、槍が振り下ろされた衝撃でリグルが転倒してしまう。
チルノが助けに行こうとすると、橙とミスティアがチルノを掴んで逃げてしまう。
「なにするんだよっ、リグルを助けないと!」
「無理だよ! あんな巨人に勝てるわけ無いよ!」
「そうだよ! あっちの方が数が多いのに!」
チルノの言葉も聞かずに逃げ回る橙とミスティア。
当然のことながらリグルは、人形達に取り囲まれて、捕まってしまった。
橙とミスティアは振り返らなかったが、チルノだけはリグルの目を見ていた。
何故裏切った、何故逃げた、何故助けてくれない、そんな強い憎悪を宿した目に、チルノは柄にも無く震えていた。
「と、とりあえずは大丈夫、だよね?」
橙がそう言った。
ミスティアも橙も疲れきっていた。
時間にして、ようやく二分経ったぐらいである。
とはいえ、ミスティアも橙も精神的にはとっくに折れてしまっていた。
まだ戦う気があるのはチルノだけである。
チルノも怖くないわけではない。
大妖精に会いたいという意志が折れずに残っているから、まだ立っていた。
そしてチルノは二人を怒鳴りつける。
「なんで、リグルを見捨てたんだよ!」
「な、なんでって……」
「あのままじゃ皆捕まってたんだよ! 仕方ないじゃない!」
チルノに怒鳴られ、橙は慌て、ミスティアは吐き捨てるようにそう言う。
「何か出来たはずじゃないか!」
「で、出来るわけないじゃん……あんなのの相手なんて」
「やるなら、チルノちゃん一人でやればよかったのに!」
3人は喧嘩を始めていた。
橙もミスティアも開き直り、全部お前の責任だ、とチルノを糾弾する。
チルノは最初に大妖精を探してと頼んだ時とは、まるで別人のような振る舞いの二人を見て、
この二人は自分の知っている二人なの? と思った。
恐怖は得てして、普段の仮面をはぎ取ってしまうものである。
「そうだよ! チルノちゃん一人でやってればリグルちゃんだって捕まらなかったんだ!」
「全部チルノちゃんが悪いんだよ! 私達まで巻き込んで!」
「な、なにさ、その言い方!」
そんな言い争いを続けている時、橙がルールを思い出した。
「! そうだよ、チルノちゃん一人でやってればいいんだよ。私達降伏するからね」
「あ、そうか! 降伏すれば、私達何もされないんだ!」
「ちょ、ちょっと何考えてんのよ!」
「チルノちゃんにこれ以上付き合ってられないよ! そもそも私達には関係ないんだからね!」
「そうそう、私達まで捕まってたまるもんですか! やるなら一人でやってればいいのよ!」
「ふざけないでよ!」
「それにチルノちゃんも大妖精も妖精じゃない! 死んだってどうせ復活するんでしょ!」
「そうそう! 殺されたら死んじゃう私達まで巻き込まないでよね!」
そういうと、二人は巨人らの前に出て、降伏する、と宣言した。
それは受理されたようで、二人は喜びながら結界の外へと出て行く。
リグルが捕まり、二人は降伏して、とうとうチルノは一人ぼっちになってしまった。
「なにさ、皆して……」
チルノはやってくる巨人達を前にぶつぶつと呟いていた。
二人の裏切りが、彼女には相当に堪えたようだった。
今まで友達だと思っていた二人は、結局はその程度だった。
何だかんだ言っても、チルノにはかけがえの無い友達だった。
しかしあちらはそうは思ってくれていなかった。
結局、チルノは自分は孤独なんだ、そう思った。
「ふん、ならいいよ。どうせあたいは一人なんだ……」
巨人達の足音が近づいてくる。
チルノは前を向く。
「全部あたい一人でやっつけてやる!」
意を決したように、スペルカードを取り出す。
その目は逃走者というよりは、“闘争”者のそれであった。
趣旨が変わってしまったな、と思いつつも、これはこれで面白いかもしれない、と文は思った。
リグルを失い、予想通りに裏切った二人によって、心を折られたと思っていたのだが。
返ってやる気を出させてしまったらしい。
(まぁ、その辺りがチルノさんの良さではあるんですが……)
なんとも真っ直ぐな妖精である。
何故、自分に無いものには、妙に惹かれてしまうのだろうと思いつつ、
チルノには是非勝って欲しいと文は思っていた。
“勝利の報酬”に絶望するチルノの顔を見たいがために。
そこからは“闘争”者というまったく別のゲームに切り替わっていた。
激しい弾幕と、人形達との攻防といった感じだ。
趣旨が変わったものの、かえってその苛烈な戦闘は、観客には良い興奮剤になったようだ。
なまじ相手が生身の人間ではないから、余計にそう思うのかもしれない。
疲弊するチルノの表情もまた、彼らにはとても興奮できる要素でもあった。
人形も捕獲する動きから、かなり攻撃的な動きになり始める。
なんとも空気の読める人形使いである。
巨人の配下の人形も徐々に数を減らしていた。
とはいえ、大分力を使ったチルノも息切れしかかっていた。
スペルカードはカードに蓄えた力を解放するものだから、疲労はないものの、
それ以前で撃っていた氷の弾のツケがここに来て、やってきたのである。
「はぁ、はぁ……」
なにさ、このぐらい。チルノは心の中で呟く。
他の妖精達が自分を避けている事など知っている。
そんな中で大妖精だけが自分と向き合ってくれた。
それがたまらなくうれしかった。
だから、大妖精を見つけ出してやらなきゃいけない。
こんなところで立ち止まってなんかいるものか。
そして配下の人形達を一掃したチルノだったが、
巨人だけは未だに無傷である。
残り時間はあと一分半。
鈍足な巨人が相手ならば、逃げ回っていれば勝てるものの、彼女に逃げる積りはなかった。
スペルカードは最後の一枚。
巨人も盾を構える。
ジリジリとした動きを両者が行なう。
そして、チルノがスペルカードを宣言する。
同時にチルノは飛び上がり、巨大な氷塊を作り出す。
それを迎撃せんと、巨人が槍で飛び上がったチルノを叩き落そうとする。
「うらあああああああああ!!!」
轟音を立てて、巨人の頭部に氷塊が直撃する。
巨人には傷一つ無い。
ただその重量を支えている脚には致命的であった。
ミシリと音を立てて、崩れるように巨人が倒れていく。
大きな砂埃を巻き上げて、巨人は崩れ落ちた。
文はある意味、理想的な状態で勝利したチルノを歓喜の表情で見つめていた。
そしてゲーム終了の言葉を放つ。
『王手詰み(チェックメイト)ッッッ!!!』
『ゲームのルールが途中からないがしろにされましたが、白熱した戦いでした! 勝者チルノに盛大な拍手を!』
イレギュラーな展開も利用してやれば、観客を沸かせる事が出来る。
巻き起こる拍手が何よりの証明だ。
多くの観客はチルノの勝利を祝福している事だろう。
当人はこれから最も過酷な勝利の報酬を提示する事になるのだが。
『では、チルノさん! 私にしてほしい事を仰ってみて下さい!』
「大妖精に会わせろ!」
『わかりました! では、大妖精さん、どうぞ!』
そういうと、結界の外から大妖精がゆっくりと現れる。
その姿は、傷一つ無いチルノがよく知っている大妖精だった。
チルノは大妖精に抱きつき、その名前を呼ぶ。
「大ちゃん!」
「………」
しかし大妖精は答えない。
むしろチルノに抱きつかれて、どうすればいいのか迷っているようだった。
「大ちゃん?」
「……あの」
大妖精が口を開き、こう言った。
「……あなた、誰ですか?」
絶望の報酬、とはよく言ったものである。
大妖精と再会したチルノだったが、今映されている表情は絶望に塗りつぶされていた。
正直な話をすれば、あの陵辱で大妖精は死んだ。
しかし妖精に死は訪れない。
ただし、純粋な復活とは訳が違う。
リセットされるだけなのだ。つまり1に戻るだけ。
当然、チルノ達との記憶も残らない。
文は死んだ大妖精の亡骸を湖ではなく、この場所で復活させた。方法は企業秘密である。
何も知らない大妖精に様々なことを仕込んだ文は、
この時、チルノを第二ゲームに招待する事を決定した。
文にとって、初めからターゲットはチルノ一人。
他の連中は、チルノの絶望を後押しする為の木偶に過ぎなかったのである。
「ああ、貴方が勝利した人なんですね?」
「え?」
「どうぞ、私をお使いください♪」
そういうと、スカートをたくし上げる大妖精。
下着ははいておらず、ポタポタと白い液体を零している。
以前に使った人間がいたのだろう。
チルノは、ただその大妖精を見て、何も言葉が出てこなかった。
チルノはもう、自分の知っている大妖精は何処にもいない事を理解した。
そしてチルノは、考えるのを止めた。
文は第二ゲームが終わった一週間ほど後、紅魔館の湖の近くにいた。
そこにはチルノがいた。いじめられていた。
他の妖精達が弱りきったチルノを見て、今までのおかえしだ、とばかりに。
チルノも反撃する気力もないのか、されるがままだった。
親友に裏切られ、助けたはずの唯一の友達には忘れられたのだ、無理も無い。
文は己の行為に、何の後悔も無い。
ただ、自分の中で何か大事な物が弾け飛んだ気がしたのは、
きっと気のせいではないんだろうと、今のチルノを見て、そう思った。
逃走者なのに、闘争者とはこれいかに。
二話なのに、起承転結の転をやっちゃった感覚。
何も考えずに書くからこうなる。
しかしうまく小さな希望を与えて、大きな絶望をぶちかますのは難しい。
でもチルノの友達関係って、いざという時に頼れそうなのはリグルぐらいな気がしてくる。
結局妖怪は自分勝手だし、チルノは強いとはいえ妖精だから下に見ていたりして。
今回はいろいろと突っ込みどころが多そうな気がする。
やはり戦闘描写は天敵だ。難しすぎる。
名前がありません号
作品情報
作品集:
17
投稿日時:
2010/06/20 03:55:23
更新日時:
2010/06/20 12:57:09
分類
文
チルノ
絶望
せめて大ちゃんを湖に返してあげてw
地盤もしっかりしているし
やっぱりルールがきっちりしていると
見ていてわくわくする
絶望で終わるのもあっていいと思う。
にとりが見たいな
ところでラストが文なのは確定ですかw
なんかすっごいワクワクする
こういう楽しみ方もあるのだな
次のは消したのですか?
信条ですかね?
まあ今更ですけど
それととても面白かったです
一気にシリーズ全て読みきってしまおうと思います