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『終夜抄』 作者: ゴルジ体
――生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し
1.
障子の隙間から僅か漏れる月の光のみが、その小さな部屋を染めていた。部屋の半畳に敷かれた布団に、肢体の荷重を預ける少女――その少女の黒髪は月光に色を塗して、まるで水に濡れているかのような滑らかさを与えていた。
少女は眼を閉じて、僅かばかりの吐息をその唇の端から漏らしている。その顔からは、何の感情も、意思も、そして生も汲み取ることはできなかった。
すると、不意に障子戸が開かれ、淡色が部屋の壁を塗り替えた、その一瞬後には、再び戸は閉められ、安寧な暗闇に包まれる。
横たわる少女、その従者が、その枕元に腰を下ろした。そして、少女の前髪をその手で掬い掻き分けた。非常に緩慢な動作であった。従者は少女の小さな白面を覗き込み、僅か額に口を付け、すぐに離した――従者の伏した瞳もまた、全ての在るべき色を失していた。
「姫、姫様――」
従者は小さく呟こうとしたが、ひどく乾いて粘る口内の感触を感じて、言葉を切った。それから水を飲もうと膝元の湯呑みに手を出した、そのとき、布団を被る少女の顔面、その頬の筋肉が微妙に震えるのを見た。
「姫様」
従者は舌に纏わり付く不快な粘りを感じつつ、静かに少女に語りかけた。
「お目覚めになったのですか、姫様」
2.
掌が汗ばみ、肌着がべったりと肉体に張り付く不快感、のみならず、従者はひどい眩暈を覚えていた。
障子を開けようかと思ったが、この薄暮のような儚い暗闇が掻き消えてしまうのは、この上も無く恐ろしいものに思えた。
「――永琳。居るのかしら」
か細い声が流れた。この臆病な闇の内でさえ消えてしまいそうな声、況や月の強烈な輝きの下ならば、彼女は存在をも失してしまいそうだ――そう従者は考えずにはいられなかった。
「姫様、永琳は・・・此処に」
途中で息が詰まった。従者は僅か頭を垂れた。眼の奥に突き刺さるような痛みを感じた。何か、言わねばならぬことがあったのだ、しかし従者はそれを失して、唯痛みに耐えることしかできなかった。
「永琳。居るのね。永琳、最後の・・・我侭を聞いて欲しいの」
掠れた声色を受け取り、従者は僅か頭を上げた。
しかし、言葉を発することはもはや能わなかった。
「お願い・・・月を。私に月を拝ませて頂戴」
3.
戸に白い指を掛けた――しかし、開くことは困難だった。従者は顔を伏したまま、腕に力を込めた。
戸は、ひどく重かった。唯の薄っぺらい木と紙の戸は、しかして彼女には地獄の門に感じられた・・・。
すっと、戸と床が擦れる音を指先に感じ、開放された夜空を仰いだ。
背後の闇が空へ舞い上がっていくのを感じた。
「・・・姫様、今宵は満月のようです。綺麗ですね・・・」
嘘だった、月は雲に覆われてその姿を掻き消していた。
しかし少女は微かに微笑み、空を仰いでいた・・・。
「綺麗ね、永琳。いい夜だわ・・・」
彼女はこの夜景に何を臨んでいたのだろう。何をその瞳、満月のような美しい瞳で御覧になったのだろう・・・。
「すこし、疲れたわ――」
其れきり、音は途絶えた――後に残ったのは、従者ひとりには広すぎる箱庭、それから、後、幾億も繰り返される月夜
――それだけだった。
人生は一行のボオドレエルにも若かなかったり
ゴルジ体
- 作品情報
- 作品集:
- 17
- 投稿日時:
- 2010/06/25 15:11:15
- 更新日時:
- 2010/07/11 18:25:56
- 分類
- 短編
せめて良い夢を
良いぞもっとやれとは思うけど、感想として相応しくない気がする
こんな非日常も良いもんですね