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『すわこちゃんマーズ☆アタック!』 作者: sako
霧雨魔理沙は手にしていたシャベルを地面に突き刺すとそれを支えにするように両手を付き荒々しく繰り返される呼吸を整えようとした。取っ手に載せられている指は両方共ひどく汚れている。茶色い土と黒い血。手のひらには幾つも肉刺が出来上がっていてそのうちの幾つかは潰れ皮がめくれ上がっている。マッチの火で炙られているような痛みと傷口が土で汚れ、化膿するのではというイメージに嫌悪が込み上げてくる。
「畜生、だぜ」
けれど、休んではいられない。
魔理沙は突き刺していたシャベルを荒々しく振り上げると硬い土にそれを突き刺し、小石を弾き、雑草の根をちぎりながらその部分を掬い上げた。穴を掘っているのである。
何のために?
傍らに立つ楡の木の根元、雑草が生い茂っているその場所にはひとつ、死体が転がっている。
幼い顔つきの少女の骸。生きていれば万人の心を和ませたであろうその少女の体は今は無残に目を背けたくなるような様に成り果てている。
頭蓋が露出するまでめくり上がったこめかみの皮。右の瞳は潰れ、左は光なく虚空を眺めている。細い右腕は若木をそうするようにへし折れていて、皮膚どころか袖を突き破る折れた骨の先が見える。両方の足は耕運機の歯にでも巻き込まれたかのように元の形を想像する方が難しいほど破壊されつくしている。腹部には臍のあたりから左脇腹まで達する大きな裂傷が。そこからピンク色の腸が頭をのぞかせている。体中にできた傷からはみずみずしさを失った血液がどろりとタールのように流れ落ち、青々と茂っていた雑草たちを赤黒く汚し、地面に吸い込まれていっている。
死臭を嗅ぎつけたのか、数多の銀蝿が少女の頭上を旋回し、時折、羽休めのように傷口や見開かれた眼球の上に止まってはいやらしく両の前足を摺りあわせていた。このまま、三日も放っておけば少女の亡骸には蛆が湧くだろう。いや、それ以前に夜ともなれば血の匂いを嗅ぎつけて野犬か狐狸の類、果ては猩猩か鵺などの妖怪どもがその肉を、骸を求めてやって来る事だろう。
そうなる前に、と魔理沙はシャベルを振り下ろす。
少女―――洩矢諏訪子の亡骸を埋めるために。隠すために。
そいつは事故だった。
その日、幻想郷の空を気の向くままに飛んでいた魔理沙は同じく群れをなして飛んでいる赤蜻蛉の後を追い回していた諏訪子に行き遭った。
それから、何がどうなったのかは定かではないが、いつの間にか二人は弾幕ごっこに興じていた。いつもの光景。そいつは幻想郷の空のどこでも見られるいつもの光景だった。
魔力を凝縮した擬似ロケット弾を放ち、レーザーで牽制。迎え撃つように地面から水流を吹出たせ、岩石を降らせる。互いに回避し合い、弾をばらまき合うお遊び。
しかし、情勢は魔理沙が不利だった。
威力でこそ魔理沙はあの土着神の総大将に引けを取らなかったがそれ以外の面、弾幕の密度、自機狙いの正確さ、弾速、全てにおいて劣勢を強いられていた。
勝負の行方は素人目にも魔理沙の敗北/諏訪子の勝利で終わるように思われていた。それはおそらく遊んでいる本人たちにしても同じだっただろう。
けれど、それを嫌ったのか、魔理沙は一か八かの賭けに出た。
諏訪子に後ろから追われていた魔理沙は背後からの追尾弾を避けると唐突に急降下。自由落下に加速度を加え、性能限界を超える速度で飛翔。諏訪子はその速さに僅かに目を見開いたがすぐに笑を浮かべると逃げる(ように見える)魔理沙の後を追いかけ自分も加速した。
限界突破の速度を得た魔理沙は地面すれすれでやっと機首を起こし自機を水平に、そのまま眼下を流れる河川敷と平行に山間へ向かって飛んでいった。そいつを追いかける諏訪子。ソニックブームに川原の石が飛び上がり、少ない川の水が霧となって立ち上る。
これはしまった、とその時、魔理沙は歯噛みしていた。
当初の予定ならば自分の速度で巻き上げた川の水を霧に変え、それを目くらましにどこかの地点でループをかけながら諏訪子の後ろを取り、川霧で前後不覚になった相手を討ち取ろうという魂胆だったのだが、先日の大雨にもかかわらず川は干上がったように水が少なかった。
計画倒れか、と魔理沙は必死に箒にしがみつきながらも落胆の色を顔に表しそして、もうすぐ自分を倒すであろう相手の顔色を伺った。
この距離と速度では声さえ聞こえないが振り返ってみた追跡者の顔は勝利の確信と敗者への哀れみの笑で満ちていた。ちぇっ、と魔理沙は内心で舌打ち、前方へ向き直る。
その刹那―――魔理沙は川の水が極端に少ない理由を知った。
厳密に言えば魔理沙は目の前のソレ…木の根や土砂、大木の幹などが川幅を狭めるように突っ張っている大岩に詰まってできた自然のダム…が川の水が少なくなっている原因だとは理解する余裕を持っていなかった。その瞬間、魔理沙がとりえた行動は箒の機首を大きく持ち上げることと防御用の障壁を張ること、そして、目の前に迫るダム、障害物を破壊する事だけだった。
咄嗟の判断で前面やや下方に魔力砲を照射。障害物の除去と上昇するための推進力製造を同時にやってのけ間髪、ダムに頭から突っ込むのを回避する魔理沙。それでも突き出した木の根や枝は回避しきれず体中に幾多の切り傷を作る。
そして、後ろを追いかけていた諏訪子はというと―――
『!?』
ここに来て魔理沙が目論んでいた川霧によるスクリーンプレイの効果が現れた。魔理沙でもギリギリ回避できる距離よりも近い場所で諏訪子は進行方向に障害物があることを視認。その時点でも条件が魔理沙と同じならば、魔理沙より能力が格段に上の諏訪子も回避出来ていただろう。条件が同じなら。
違ったのは先をゆく魔理沙がすでにダムを避けていたことであって、その回避のためにダム自身が決壊しているということ。先日の大雨の水を大量に蓄えていた自然のダムが。
ダムの決壊は大砲を打ち鳴らしたように強力だった。山間に響き渡る破壊の音。荒れ狂う暴徒の群れの如き濁った水、そうして、木齢何十を数える折れた巨木の幹や根が諏訪子めがけて襲いかかってきた。
回避はできなかった。
まず、諏訪子を打ったのは巨木の幹だった。数百貫はあろうかという巨大な木が諏訪子の頭を掠める。小さなその体はそれだけで跳ね飛ばされ錐揉みし、トレードマークの帽子はあらぬ方向へ、体は血の飛沫を散らしながら飛ぶ勢いを失い、落ちていく。ついで川の氾濫に飲まれながら流されていた鋭い木の根が諏訪子の腹を割いた。今度は逆方向へ回転。二度の致命的な衝撃を受け諏訪子の体は濁流に飲み込まれようとしていた。
『畜生!』
そこへ落雷の速度で近づく黒い影、魔理沙。
半ば、泥水の本流へ体を浸し、助けを求めるように伸ばされていた諏訪子の腕をとると魔理沙はすぐさま浮かび上がろうと揚力を上げる。けれど、諏訪子の体はまるで川の流れに潜む魔物に捕われているように重く、一向に浮かび上がらない。
それでもなお、魔理沙はこな糞、と気合を入れなんとか水面から諏訪子の体を引き上げる。
けれど、助け上げた諏訪子の体は―――見るも無残な形に成り果てていた。
荒れ狂う鉄砲水から諏訪子を引き上げた魔理沙ではあったが、それは諏訪子の体を引き上げただけに過ぎなかった。
前述の通り、諏訪子の体は目を背けたくなるような惨状で、人間ならば、いや、妖怪でも死んでいるような有様をしていた。それでも一縷の望みをと川岸、水の及ばない安全なところへ諏訪子の体を下ろした魔理沙はその体を見とって打ちひしがれたように嗚咽を漏らした。
神であろうとコレだけの損壊には耐えられないのか、諏訪子の体からは生命の息吹が感じ取れなかった。
そうして、物語は冒頭へ戻る。
図らずも諏訪子を殺してしまった魔理沙は絶望と混乱に打ちのめされながらも証拠隠滅を図ることにした。いや、むしろ絶望と混乱のあまり、だったのかもしれない。けれど、こんな自体でも方針が決まったあとの魔理沙の動きは的確で、諏訪子の亡骸を河川敷近くの林に隠すとすぐに自分の家から一本、シャベルを持ち出してきた。その際、誰にも認められないよう最新の注意を払ったのは言うまでもない。
それから魔理沙は一心不乱に大した休みも取らず穴を―――諏訪子の亡骸を隠すための穴を掘り続けた結果、先日の雨で地面が柔らかくなっていたおかげもあって、夕暮れ前には女の子の体一つを埋めるにのに十分な穴を掘ることが出来た。
「っう、畜生」
もう、何度目かわからない悪態をついて魔理沙はシャベルを適当なところへ突き立てると、転がしておいた諏訪子の体へと向かいあった。
蝿が纏わり付く無残な姿。すでに腐敗が始まっているのか、そうと分かるほど酷い匂いが辺りに満ちている。死体と酷い匂いに魔理沙は胃から酸っぱいものがこみ上がってくるのを覚える。けれど、その嘔吐と嫌悪を無視してなんとか諏訪子の脇の下へ腕を回し、幾許か軽くなった体を持ち上げた。
もはや、土で汚れた服にさらに血の汚れがつくのを厭わない。いや、それを気にする余裕がないと言ったほうが正しいかもしれない。
魔理沙は顔にまとわりついてくる蝿を追っ払いながら諏訪子の体を引っ張り、穴の中へ滑り落とす。まるでベッドに入るよう、すっぽりと穴の中へ収まる諏訪子の亡骸。潰れた眼球と血肉と土に汚れむき出しのままの頭蓋に目が行き、そこへ大きな黒蝿が止まったのを見とって魔理沙はついに吐き気をこらえきれなくなりその場で盛大に嘔吐した。瞳からは涙が溢れ、なんどもしゃっくりと嗚咽を繰り返す。
そこから先の記憶はおぼろげだ。
限界を超えた疲労についに精神が参ってしまったのか、それとも死体を処理するストレスに耐えきれなかったのか、意識は自動的にセーフモードに入ったようだ。
けれど、魔理沙の体は魔理沙の命令を忠実に守ったようで穴に収めた諏訪子の体に土を布団のように覆いかぶせると更にその上から幾つも一抱えほどある石を並べ置いた。山犬やその他、物の怪に掘り返されるのを防ぐためである。
後は辺りに散らばった血糊に土をかけて見た目は綺麗にすると魔理沙はほうぼうの体で帰路へと付いた。
終わったのだと、完全に納得したのは家に帰り、服を脱いで風呂に入ろうとタイル貼りの風呂に湯を張り終えた後の事だった。
「畜生…」
湯船にどっぷり、あご先が浸るほど体を沈めながら魔理沙はまた悪態をついた。
肉刺が潰れたあとや、木の枝にひっかけてできた擦過傷が湯に滲みる。
その鋭い痛みに顔をしかめながらも、思い出したくもないのに否応がなしに今日の出来事が脳内で反芻された。
巨木の一撃を受け宙を舞う幼い体。握った手が暖かかったのになんの反応も帰ってこなかったこと。死体の重み。地面を掘る事の大変さ。血の匂い。そうして…
「うっ…」
思い出してまた気分が悪くなり、洗面台に駆けこむ隙もなく、魔理沙は風呂場のタイルの上へまた戻した。出てきたのは胃酸と涎の混合物だけで、まともな食物の消化物は出てこなかった。林で、諏訪子を埋めたあの場所ですべて戻してしまったからだ。
けれど、胃酸のすえた匂いと苦味に、嘔吐は収まってもまだ気分はすぐれないままであった。
魔理沙は青い顔で立ち上がると風呂場の窓を開けた。夜気はまだ冷たい季節だが構うものか。空気を入れ替えないことにはどうしようもなく酷い匂いが充満しているからだ。
ついでに湯船から手桶で湯を掬って吐瀉物を流すと冷えた体をまた温め直すために体を風呂の中に沈めた。
「畜生…」
水滴が浮いた天井を見上げ呟く。今日はこの言葉以外、口にできそうにないと魔理沙は思う。
今日は、だ。なら、明日は? 明後日は?
不意に今日の悲惨な出来事に昨日までの日常がすべて壊れさってしまったかのような錯覚を覚えた。
弾幕ごっこでの殺しはご法度だ。明確に記載されているわけではないがそれは事故死でも同じだろう。あくまであれはごっこ遊びなのだ。命のやりとりが絡んできた時点でそいつはルールに抵触する。元はと言えば力の弱い人間が力の強い妖怪と対等に戦い合うために考案されたのが弾幕ごっこのルールだ。つまるところ、殺しはご法度というのは力の強い妖怪(或いは神、宇宙人などの人外)に与えられたルールであって、全力を尽くしたところでそういった相手のごっこ遊びに付き合えるのが関の山の人間には無縁なルールだったはず。ある意味でのハンディキャップだったのだ。
それを今日、魔理沙は破ってしまった。神である諏訪子ではなくただの魔法が使えるだけの人間である魔理沙が。
この場合はどうなるのだろう。
いや、そもそもルールの上ではご法度と言っているだけで実際にルール違反を犯したやつがどうなるのかを魔理沙は知らない。
ルールを取り仕切っている霊夢にしこたま怒られるのか、ルール提唱者の紫にどこか異質な空間に作られた懲罰房へ閉じ込められるのか、それとも他のプレイヤーの見せしめにされるのか。想像だにするだけで恐ろしく、身震いしてしまう。
湯船の中で体を小さくし、けれど、想像が膨らむのを恐れて目を瞑ることさえできず魔理沙は震える。体は十分に温まったというのに顔色は雪の上へ放り出されたように悪い。
―――大丈夫、きっとバレない
希望観測じみたことを自分に言い聞かせ、なんとか震えを止めようとする。
―――そうさ。諏訪子と遊んでいるところは誰にも見られなかった…もしかすると妖精ぐらいには見られたかもしれないけど、あんな頭の悪い連中のことなんて気にしていられない。誰も、犯行の現場、証拠隠滅をしたところは見ていない。死体はきちんと埋めたし、その跡も処理した。全部。その筈。諏訪子の奴が死んだことを知っているのは私だけだ。私と―――殺した、本人…
「ひっ!!」
と、そんな狂気の淵の思考の真っ只中から悲鳴と共に現世に舞い戻ってきた。けれど、心中は全く穏やかではない。
妙な、物音を聞いたような気がして、我を取り戻したのだ。
「な、なんだ…」
湯船から半分体を乗り出して耳をすませる。
けれど、音は聞こえない。せいぜい、窓から木の枝が風に揺れる小さな音だけだ。気のせいか、それとも家鳴りか。そう思い湯船に体を戻そうとしたところで―――
トントン…
そんな軽い音を確かに魔理沙は耳にした。ドアをノックするような音だった。
「誰か来たのか…こんな時に…」
一瞬、友人のアリスや霊夢の姿が浮かんだがとてもでていく気にはなれなかった。今は心底疲れているし、風呂の最中だ。ここから体を拭いて服を着てでていくのも億劫。あの二人なら出なくても構わないと魔理沙は居留守を決め込んだ。もう一、二度、ノックして出てこなければ諦めるだろう。そう考えて。
そして、実際、ノックは二度、三度と繰り返された。
トントン…トントン…トン、トントン…
いいや、違う。
トントン…トン…トントン、トントントントン…トントントントントントントントントン
二回や三回では済まない。何度も何度も玄関が開けられるまで決してあきらめないといった風に何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もドアはノックされた。
次で諦めるだろう、次なら、次こそは、と静かに物音を立てぬよう耳を覆っていた魔理沙であったが繰り返されるノックの音に耐えきれなくなりついに、
「ああ、畜生!」
悪態をついてざばぁ、と湯船から上がった。
体をそこそこに拭き、適当にドロワーズを履いて、キャミソールを着て、上からタオルを羽織っただけのほとんど下着だけに近い格好のまま玄関に急ぐ。その間もノックは繰り返されていた。
「アリスか? それとも、霊夢か? 今、開けるからやめてくれ…」
恐る恐るドアを開ける。
果たし玄関でしきりにドアを叩いていたのは―――
「え?」
何者でもなかった。
扉を開けた先に見えるのは草むらを踏み均しただけの道が森の奥まで続いているいつもの光景だけだった。すっかり夜の帳も降り、暗くなった道は僅かな家の光りに照らされ永遠の闇へ落ち込んでいくように見える。けれど、それだけだった。期待していた友人の姿も、見知らぬ来客の姿もなく、ただただ、一陣の風が吹きすさんでいるだけだった。
「おかしいなぁ…」
しばらく立ち尽くしていたが、暗がりからも誰も現れない。
梅雨時にしては異様に冷たい風にぶるりと身を震えさせると魔理沙は玄関の扉を閉め、普段はかけない鍵をかけた。無意識の行動だったが、その後に気がついた魔理沙はそのままにしておいた。とても、鍵を開けたままなんてことにはしていられなかったからだ。
「すっかり冷えちまったぜ…こういう時は一杯やってとっとと寝るに限るな、ははは」
口から出てきたのは白々しい笑い。神様一人を殺しておいてその日の晩に家呑みとは気がふれているとしか思えない。或いはふれさしてでも恐怖から逃れたかったのか。
魔理沙はまだ濡れたままのブロンドの髪を出鱈目にタオルで拭くと、寝間着を羽織って、戸棚から秘蔵のブランデーを取り出そうとした。アルコールの忘却だけが唯一の救いであると思って。
けれど、魔理沙のまだ爪の間に土が残っている指先はブランデーの丸い瓶に触れる事はなかった。また、その動きを止める物音が聞こえてきたからだ。
「な、なんだ…」
視線をさまよわせる。どこから…と部屋の右の端から順繰りに見ていって、そうして、左の端に達したとき、視界の隅、窓の向こうに何かが動いているようなそんな影を目にした。
「っ!?」
全身が総毛立つ。恐怖で顔がひきつる。見間違いという疑念も浮かんでこない。そうして、それが事実であると確かめるようにまた別の窓から何者かがガラスを叩くような音が聞こえてきた。急いで視界をそちらに向けると確かに何か人の手とは思えない何かが一瞬、窓枠を押さえているのが見えた。それも順番に。すべての窓がキチンと閉まっているのかを確かめるように、否、どこかの窓があいていないか調べるように一つ一つ窓を開けようとソイツは試行錯誤しているのだ。
「うっ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ソイツが何者なのか、魔理沙は窓際に確かめに行く勇気はなかった。ただただ、半狂乱に叫び声を上げて、目を見開いて恐怖に打ち震えるばかり。
けれど、ややあってから魔理沙がいる部屋の窓がすべて閉まっているとソイツは判断したようで物音もしなくなった。当然だ。魔理沙は帰ってきてからすぐに風呂場に向かって窓なんて一つも開けていないのだから。
「っあ、お風呂場…」
そう、そこ以外。
魔理沙は目を見開いたまま、呼吸することすら忘れるような必死さで風呂場へと駆け込んだ。
暗く高い湿度のお風呂場。暖かかった風呂場の温度も冷え切り、不快な室温を保っていた。
魔理沙は寝間着が濡れるのも厭わずすっかり温くなってしまった湯船に浸かると腕を伸ばした。そうしないと窓が閉められないからである。
ピシャリと閉まる窓。結露の雫が飛び、タイルを濡らす。
「はぁはぁ…畜生」
そのまま魔理沙は悪態をつくと風呂桶の縁へ腰を下ろした。一つ一つの行動を休憩をとりながらでなければ行えないほど心身ともに疲れきってしまっていたのだ。
「なんだってんだ…いったい…」
口を開けば出るものは溜息と悪態ばかり。それも仕方ない。ぬるい湯に半身を浸したまま魔理沙はうつむいて今日の自分の不運を呪った。
ぽたりぽたりと天井から雫が落ちてきて、風呂の湯の上に波紋を広げているのが見える。
雫?
風呂場なのだから雫ぐらい落ちるだろう。そう思おうとしたが魔理沙の頭に巣食った違和感という虫は暴れるのをやめなかった。むしろ、意図的に無視しようとしていたのかもしれない。
けれど、好奇心と当然の考え―――魔理沙が風呂に入っていたのはもう何分も前でそれだけあれば天井に張り付いていた湯気の雫も全部落ちてしまっているだろう、という考え、そして、湯気がたまったにしてはあまりに多い雫、加えまるでその滴が何故か泥水のような色をしていたこと、その泥の色が諏訪子が死ぬ原因になった鉄砲水の色と同じ色だったということに思い至り、ついに根負けして魔理沙は上を向いてしまった。向いて、しまった。しまった。った。た。
「か―――――――――」
ぎょろり、と天井から自分を見下げてくる二対の瞳と目が合う。
はたして天井に張り付いていたのは―――あの時、諏訪子が大木の一撃を受けたとき、弾き飛ばされ行方不明になってしまっていたあの丸い帽子だった。
魔理沙の喉から悲鳴が漏れるより早く、はらり、と帽子は天井から落ちてきた。どうやら帽子の中から伸びているもの、蛸か烏賊の足じみた触手を伸ばして天井に張り付いていたらしい。帽子は中空でくるりと向きを変えると、触手が伸びる付け根辺りから何も見えなくなっている帽子の中身を魔理沙に見せつけ、その頭の上へ落ちてこようとしていた。
「いや…いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
落ちてくる帽子から逃げようとしてバランスを崩す魔理沙。そのまま、風呂桶の縁にかけていた腕を滑らせ、タイルの上に倒れる。受身も取ることができずしたたかに頭を打ち付け、目の前に火花が散る。
そうして、それまで。魔理沙は起き上がることができなかった。
痛みに悶えていた訳ではない。痛むより早く魔理沙の頭の上に落ちてきた帽子がすっぽりとそのブロンドの頭を包みこんでしまったからだ。
帽子の中から生える触手は各々、自立意志を持ったようにその体を伸ばすとそれぞれの使命を全うすべく動き始めた。
あるものは首筋に巻きつき、きつく帽子と魔理沙の体を固定し、またあるものは寝間着の隙間から入り込み、粘液でねばつく切っ先でもって魔理沙の体を撫で回し始めた。体の大きさを調べるためか。そうして、それらの仕事に従事していない三本の触手は先端を糸のように補足するとそれぞれ定位置についた。つまり、左右の耳と鼻の穴。忘れ去られたバケツに溜まった水に湧くイトミミズのように蠢くそれらは彼らにしか分からないタイミングで持ってそれぞれに割り振られた穴の中へと侵入を始めた。
「っああ、やめろ! やめてくれ!!」
耳の中を蚯蚓のようなものが這い回る音/鼻の中を芋虫に蹂躙される感覚に魔理沙は悲鳴をあげる。そこへ入っていった触手たちを引っ張り出そうと腕を伸ばすが、他の触手たちが腕を縛り上げそれを妨げる。
「ひぃやぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
甲高い、鋸で硝子を切ろうとしたような悲鳴。ガチガチと奥歯を鳴らし、自由な足で風呂桶やタイルを無差別に蹴りつける。この時魔理沙は一つの狂気を奏でる音楽機械になっていた。
そうしている間にも触手は伸び、更に魔理沙の最奥へと侵入していく。
鼓膜を破り、鼻腔介の隙間へ押し入り、もっと奥へ。血管の隙間を縫い、神経に触れながら進み、頭蓋に微細な穴をこじ開けると、そうしてついに…魔理沙の脳に達した。
「ああ、やめて…そんなとこ、犯すな、よ…」
脳に痛覚神経というものはない。けれど、確かに魔理沙は脳を侵されるイメージを他でもない脳から味わっていた。
脳に達した触手は更に植物が枝葉を伸ばすように先端を細かく別れさせ脳のあちこちへ伸びていく。脳の皺を通路に、頭蓋と髄膜の下を進む。まるで渓谷を進む探検隊のよう。ただし、ミクロサイズの。魔理沙の脳探検隊は目的の場所、渓谷のように窪んだところへ行くと注意深く、必要以上に脳を傷つけないよう注意しながら更に奥へと侵入していった。
「あか、あかかかか、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
その頃には言語野がもう持って行かれたのか、魔理沙は口の端から泡を吹き出しながらか細く震えているだけだった。
口からは意味不明の声…音がもれ、全身は震え痙攣している。呆けたような視線は何処も捉えておらず白痴の有様。時折、思い出したかのようにカクカクと顎が動き、ビクリと魔理沙は体をのけぞらせる。顔になぜか恍惚としたものが浮かび、あうあう、と矯正じみた言葉が漏れ始める。
手足を拘束していた触手たちも離れ、手持ちぶたさにうねうねと水中を遊泳する蛸の手足よろしくたゆたっているだけだった。
そうして―――
「あ――^∨^∨^∨^∨^∨^∨^∨^∨^∨^∨^∨^∨^∨^∨√」
ぶちゅり、と魔理沙の脳味噌のなにか大切な場所、現代脳医学を以てしても判断がつかない、月の頭脳でもなければどの位置か判りかねるそいった大事な場所、或いは魂と言い換えてもいいかもしれない部分を触手に握りつぶされ、ついに魔理沙は、魔理沙という存在は終わってしまった。
虚空を掴むように伸ばされていた腕は糸が切れたようにタオルの上に落ち、寝間着のズボン、股間の部分から湯気を軽いアンモニアの匂いが漂ってきた。糸が切れて全身の力を失い、失禁してしまったのだ。
その時にはもうすでにすべての触手は帽子の内側へと帰っていってしまった後だった。
次の日の朝、守矢神社境内。
久しぶりに晴れ渡った空を見上げながら庭を掃除していた東風谷早苗は境内の隅で隠れるように動いている何者かの姿を発見した。
「むむ、侵入者? 参拝客以外は侵入者で敵ですね。HQ、HQ、不審人物を発見しました、っと」
訝しげに眉を潜め、そのこそこそした態度から相手は退治していいい存在だと判断。早苗は箒を立て置くと音もなく侵入者の側へ静かに歩み寄った。幸い、侵入者はまだ発見されたことに気づいてはおらず、早苗が背後をとって声をかけるまで侵入者が逃げ出すようなことはなかった。
「手を上げなさい! 撃ち殺します!」
「ひゃっ!」
いきなり声をかけられて赤色の!マークを頭上に浮かべつつ飛び上がる侵入者。こっちを向け、ゆっくりとだ、いいか、スチュワーデスがビジネスクラスのお客様にするように丁寧にな、と芝居かかった口調で脅しつける早苗。
「ようし、いい子だ。貴様には黙秘権と弁護士を呼ぶ権利がって…あれ?」
ノリよく怯えた様子を作って両手を上げたまま侵入者は振り返る。と、その顔は格好こそ普段とは違うが早苗のよく見知った顔だった。
「魔理沙さんじゃないですか。なんですか、その格好、寝間着みたいな服装で」
「寝間着みたいじゃなくて寝間着だよ、早苗」
と、どこかそこのしれぬ笑を浮かべながら答える魔理沙。その口調はいつものどこか男っぽい感じのするものではなく、人を小馬鹿にしたようなそんな感じの喋り方。顔つきも違う。いつものいつもの不遜な底の浅い笑ではなく、逆に底しれない見るものを知らずのうちに不安の縁に陥れるようなそんな禍々しさを覚える笑顔だった。そうして、早苗は後者の笑顔のほうがどちらかと言えば親しみを覚える顔つきだった。
「着替えようと思ったんだけど、あの黒い服は私の趣味じゃないし、まぁ、早く帰った方がいいかなっと思ってそのまま戻ってきたんだ」
「ああ…」
もう一言、魔理沙が、魔理沙の顔をした何者かが要領を得ない説明をしてくれたことでやっと早苗は合点がいった。どういう事か分からず丸くしていた目を一旦とじて、いつものいつもの調子に戻すと身内、特に目上の者に対してそうするような態度をとった。
「もう、でも、それで目立ってしまっちゃもともこもないでしょ、諏訪子さま」
早苗はそう魔理沙のことを呼ぶ。諏訪子と。これから諏訪子と呼ばなくてはならない女の子に向けて。
「ああ、そっか。剣呑剣呑。まぁ、いいや。前の体と同じみたいな感じにちょこっと調整したいから、早苗、手伝ってくれる?」
唐突に変わっちゃうとまた、疑われるから、と諏訪子。もう足は本殿の方へ向かって進み始めている。その後ろを早苗は静かな足取りでついていく。
「はいはい。でも、こっちでもあまり頻繁に交換はなさらないでくださいね。向こうの世界から出ていかなきゃならなくなった原因はそれにもあるんですから」
「あー、うん、ごめんごめん。あの時はあの体がえらい政治家先生のの孫娘だとは思わなくってさー。あー、もー、年々神様が暮らしにくくなるね、世界は。神隠しの一つや二つで済ましちゃえばいいのに。神様はお洒落する余裕もなくなっちゃうじゃん。たまには衣替えぐらい、したいよ」
ケラケラと笑う諏訪子。その帽子から、一本、触手がはみ出していた。頂に取り付けられていた瞳が何処ともなしにウインクしてみせた。
END
休日出勤〜
暇なので会社のPCで書き上げました。
wikiで脳について調べてる時が一番やばかったです(私の社会地位的に
10/06/30>>
ちょっと誤字修正。
って、なんでこんなにコメントが…
3、4時間でちょこっと書いたヤツなのにムムム。
触手、三本は自分も悩みましたが鼻の穴は繋がってるから一本でいいかってことで。
孫は女児は含まれないのかな…
sako
作品情報
作品集:
17
投稿日時:
2010/06/27 10:11:34
更新日時:
2010/06/30 22:40:40
分類
魔理沙
諏訪子
サスペンスホラー風味
触手脳姦
両耳と鼻だったら4本のはずでは?
それにしてもスペカ戦で誤って殺すとどうなるんだろうね?
失禁レベル
いや魔理沙か
こういうことに慣れてるんだなと思うとぞっとするぜ
意外性があってホラーで少し笑えて
でも後半の早苗さんと諏訪子さまが可愛すぎたからどうでもいいや!wwwwwwww
ホールドアップさせるノリのいい早苗さんが可愛くて生きるのが辛いですw
諏訪子とのやりとりも黒いんですけど、それ以上にコミカルで何故か不思議と笑えました。
偉い人にはそれがわからんのですよ
前諏訪子は男の娘だったのか!
大変良いと思います
窓探してるとことかすっげえホラー
そしてそんな諏訪子に笑顔を向ける早苗もこえええよ!w
これが神様的思考か!?
帽子侵入のくだりとまりさが壊れる辺りでゾクッときた