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『碧の瞳』 作者: 290
※誰てめぇ
ぐじゃぐじ、ぐじゃぐじゃ。
あぁ、腐り落ちる。
***
グリーンアイドモンスター。
私はいつの間にか、そんな風に呼ばれていた。
「ぁ、あれ、水橋パルスィじゃないか!?」
「しーっ!!睨まれるぞ!嫉妬されて、取り殺されるぞっ!!」
私が歩けば、道が左右に割れる。
嫌な感じのひそひそ声が耐えない。
唇をきつく噛み締め、私は雪が降る旧都の街道を走った。
しばらく走れば、あれだけ栄えていた町並みも寂れ、岩と砂がごろごろした開けた場所に出る。
ここは、旧都のはずれ、鉱石の採掘場。
私は採掘場の入り口の大きな岩に背を持たせかけ、小さく息をついた。
仕事を終えたのだろう、勇儀と同じ服を着た、作業場の妖怪たちが幾人も私のことをじろじろみながら通り過ぎていく。
あぁ、妬ましい。一日中勇儀と同じ作業場にいるだなんて、妬ましい。
ぐじゃぐじゃ。ぐじぐじと、心が疼く。
私は服の胸元をぎゅっと握り締め、きつく目をつむった。
「……パ、パルスィじゃないか!?」
ちょっと低い、耳に心地よい声。
私が目を開けると、勇儀が駆け寄って来るのが見えた。
ふわり、と微かな汗のにおい。一日中頑張った、勇儀のにおいだ。
「どうしたんだい、急に」
「飲みに」
私はそれだけ言うと、勇儀の腕に自らの腕を絡め、半ば抱きつくようにして体を密着させる。
安心したかった。旧都でも人気の高い彼女が、私のものであることを感じたかった。
どうして私は勇儀と同じ場所で働けないのだろう。一緒に働いているヤツラが妬ましい。
「いいけどさ――」
勇儀は困ったようにぽりぽりと頬を掻く。
「辛くは無いかい?私といて、いろいろ言われることは多いだろう」
「別に、平気」
私は勇儀の前では余り喋らないように気をつけている。
口を開けばあれが妬ましい、これが妬ましいと嫉妬のことばかり。
そんな話ばかり聞いていても面白く無いだろうし、鬼である勇儀はそういう話を嫌う。
普段楽しそうに会話をしているやつが本当に妬ましい。
「それならいいけどさ。パルスィに辛い思いさせたくないし」
少し汗ばんだ大きな手が私の左手を包み込むように握ってきた。
その手を軽く握り返して、私は勇儀に笑みを浮かべてみせた。
「ありがと」
勇儀の顔がぽっと赤くなる。
彼女はそれをごまかすように豪快にからからと笑って、
「お前は美人だからなあ、ずっとそういう顔をしていれば色んな妖怪が言い寄ってくるだろうに!」
そう言って、左手の酒をぐびりと飲んだ。
そのお酒、美味しいのかしら。
妬ましい。
***
「おい!姉ちゃん!気をつけろよっ!!」
「すいません」
赤ら顔をした大きな妖怪にぶつかってしまい、私は頭を下げる。
あの男、腰に大きな巾着を下げていた。沢山の通貨が入っているのだろう、妬ましい。
「……パルスィ?」
勇儀が私の顔を心配そうに覗き込んでくる。きれいな顔。妬ましい。
私は彼女と繋いだ手を握り返すことでそれに答えた。
「どうしたんだい、やけにぼぉっとして」
「ごめん」
私の瞳に写るのは、勇儀ではなく、大きな人垣。
勇儀のいる角度からは見えないだろうが、その中心では小柄な鬼が旧都一の大男と飲み比べ対決をしていた。
小さな鬼―――伊吹萃香とかいったか―――が大樽を抱えてごくごくと中身を飲み干していた。
酒の強いにおいがここまで香ってくる。あれだけの人に喝采されて、なんて妬ましいんだろう。
人垣が厚い所為で、勇儀は小鬼に気付いていない。
気付いてほしくない。
ぐじり。心が疼く。
「早く、いこ」
勇儀の腕を引っ張ってその場から離れようとしたが、小鬼が勇儀の姿を認めるほうが早かった。
「おーっ!勇儀、勇儀じゃないかーっ!!」
高くてかわいらしい鈴振るような声。そんな可愛い声が出せるなんて妬ましい。
勇儀はくるっと振り返り、小鬼を見つけるとにっこりと手を振った。
じくり、心が痛む。
「お、萃香」
「こんな所でー。お勤め帰りかい?おっ、美人さん連れてるねえ。嫉妬妖怪じゃないか、また、どうして?」
「彼女さ」
「へぇっ!?」
小鬼は素っ頓狂な声を上げて目を丸くした。
勇儀と喋っていてもまるで乾いた地面が水を吸うかのようなスピードで酒を飲み干していく。
あれだけ飲めるなんて、妬ましい。
「またまたぁ。冗談きついなー」
からからと笑う小鬼。体が強張って、表情が引きつるのがのが自分で判った。
勇儀は私の手を握る力を強くする。大きくて優しい手のひらはじっとりと汗ばんでいた。
「鬼が嘘を嫌うのは、萃香、お前が一番よく知っているだろう?」
その言葉に小鬼の顔が引きつった。だが、それも一瞬。
目に見えてしゅんとし、鳶色の昏い瞳を私に向けた。
目が合う。ぞわり、全身の毛が逆立つほどの嫉妬が流れ込んできた。
■うして■■■■■儀の
■■に■るんだ■■し■て手■■■い
■で■■ん■■だそこ
は昔■■っ■とか
■■■■場■■だ■儀■■より
私より■■■
■■ず■と■■■嫉妬■
■怪の■■■にあ■
■んで■■え。
ねぇ、小鬼さん。さとりさんほどじゃないけど、私だって嫉妬の感情なら読み取れるのよ。
黒く歪んだ思念の塊が小鬼の底に沈殿しているのが手に取るように判る。
面白い。鬼なのに嫉妬するのね。私のような一妖怪に。
私は口元を歪める代わりに勇儀の腕にぎゅっとすがりついた。弱弱しく、怖い、と呟く。
勇儀は私の頭をくしゃくしゃとなでると、萃香に強い目を向けた。
あぁ、そんな目を私に向けたことは一度も無いのに。妬ましい。
「悪いな萃香。また今度な」
きっぱりと言い切った。小鬼はにっこりと笑みを浮かべ、
「うん、またねー。じゃあね嫉妬妖怪さん」
かわいらしい紅葉のような手のひらをこちらに向かってぶんぶんと振った。
それを受けて勇儀も小さく手を振り返し、私に向き直る。
歩みだしてしばらく。
私も勇儀も口を開くことはなく、沈黙が支配していた。
人通りの少ない通りに入ったとき、勇儀が口を開く。
「パルスィ」
「何」
「また嫉妬か」
よほど顔に出ていたのだろう。
だってしょうがないじゃないの。私はそういう妖怪なんだもの。
そんな言葉を飲み込み、私は俯いて、
「……ごめんなさい」
呟く。勇儀は呆れたように笑みを見せた。
「お前は旧都で一、二を争う美人なんだから、そんな顔をするな」
大きくて豆だらけの手がそっと頬に添えられる。
上を向かされ、何、と言おうとした瞬間、柔らかいものが私の唇を塞いだ。
「んんっ!?」
驚きの余り飛び退ってしまう。
顔にかぁっと血が上るのが自分で判った。
「なっ、っ!!」
言葉が出てこない。
勇儀はからからと笑い、ぺろりと舌を出した。
「パルスィの唇、甘いな」
ぼっ、と顔が火照る。
どうして勇儀はそんな事がいえるの!?妬ましい!!
***
飲んで、騒いで。
地底へ通じる橋のそばにある自分の家にたどり着いた時にはもう既に零時を周っていた。
まぁ、明日は休みだからいいか。小さく息をつく。
明日も仕事で忙しい、と勇儀は私を送った後帰って行ってしまったが。
勇儀と一緒に仕事をするヤツラが妬ましい。
「……泊まっていけばいいのに」
ぽつり、と口をついて出る呟き。
それとほぼ同時に、こん、こん、と軽いノックの音が響いた。
「はーい?」
こんな時間に客だなんて、珍しい。
酔っていた私は、無防備にドアを開けてしまった。
それがいけなかった。
視界が一瞬で反転、頬に強い痺れを感じる。
したたかに打ちつけた頬の内側、歯が何本か折れているかも知れない。
私が顔を上げると、にっこりと笑みを浮かべた小鬼がそこに立っていた。
どうして?
私が問うまでもなく、強い、暗い、嫉妬の感情が流れ込んでくる。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
妬■い■■■、妬■■■し■■■
■■、儀
隣■■■、
■■■■■■に、密■
て■、
抱■■■■■■■つい■て、う■て■■!
小鬼の瞳は緑色に染まっている。
あぁ、やってしまったのか。
今は私とおそろいの色。その瞳を細めて、小鬼は哂った。
「……アンタが邪魔なんだよ」
ぐっ、と小さな足を思いっきり振り上げるのが私の位置からでも見えた。
次の瞬間、腹に穴でも開いたのかと思う程の強い衝撃が私を襲う。
息が詰まる。喉の奥から何かがせりあがってきて、吐き出すとそれは薄明かりの中で黒くぬらりと光った。
やばい。
「、て……」
まともに声が出ない。
小鬼は緑色の目でじっと私の事を見下ろすだけだった。
「げっ、ご、ごぼっ!!!」
吐き気がおさまらない。体を見下ろすと、下腹の辺りに大きな穴が開いていた。
そこから太いミミズのような何かがはみ出しているのが見える。
小鬼はそれを見てにっと笑みを深くした。
***
あはっ、面白い。
私が蹴り飛ばしたら、嫉妬妖怪の体には見事な大穴が開いた。ストライクだね。
そこから腸がはみ出している。酷い臭気。何食べたんだろう。
勇儀と、何食べたんだろう。妬ましい。
その中身が気になってしょうがなかった。
だから私はそれをずるっと引っ張り出す。生臭い赤い液が頬を濡らした。
それを嫉妬妖怪の目の前でぶちり、と千切った。
「ギャアアアア!!!!あぎぃいいいい!!うぐぅああ!!」
中に詰まっていた茶色い固形物と、黒い液体が暗がりにも鮮やかに飛び散るのが見えた。
「くさいよ。何これ」
「いだいぃいいい!!!やべでえええ!!」
泣き叫ぶ嫉妬妖怪がうるさいので頭をけりつけて黙らせる。
筒状になった腸の中身をほじるようにして掻き出すと、ぷぅん、と腐ったようなにおいが鼻をついた。
「汚い」
排泄物なんだからしょうがないか。
視線を落とすと、嫉妬妖怪は目と鼻と口からとめどなく液体を垂れ流してひいひぃ言っていた。
私は笑みを更に深くする。あぁ、楽しい。
どうしてだろう。
この妖怪を痛めつけるのが、凄く楽しい。
「……ねぇ。今どんな気持ち?」
「ふーっ、ふーっ」
ごぼり、と時折口から黒い液体を吐き出す嫉妬妖怪。
私は千切れた腸を彼女の口に突っ込んだ。
「うぶっ!?うご、ぉおえおええええ」
緑色の目を見開き、吐き出そうと咽喉を何度も動かす。
けど、そんなの許さない。
私は口を押さえつけ、彼女の耳元に囁いた。
「飲みな」
有無を言わせぬ口調で言うと、嫉妬妖怪は必死にそれを飲み込んだ。きっと酷い味だろうに。
臭くて、苦くて、しかも自分の中身。私だったら嫌だなあ。
「おいしかった?」
問うと、彼女はこくこくと頷く。
必死なその顔はどこかかわいらしい。あぁ、妬ましい。
「私、嘘吐きは嫌いだよ。ほら、もう一口」
再び腸を千切りとる。
「うぎぃぃぃいい!!あぎぃいいいいいいいいい!!!いだいぃぃいいいい!!!!!」
痛かったのか、嫉妬妖怪はびくびくと痙攣を起こし、口端から嫌な色の泡を漏らす。
ごぼり、と今食べたそれも戻ってくる。胃液と混ざり合って先程より酷いにおいがした。
うざったらしい。私は腹の傷口を中心に踏み潰す。
ぐちゃり、と内容物が飛び散って、嫉妬妖怪は激しく痙攣を始めた。
「ねぇ」
何度か痙攣を続けていたが、ぱたり、と手足の動きが止まる。
「おい」
蹴飛ばすが、だらりと投げ出された四肢やその緑色の瞳には光が無い。
「ちょっと」
死んだの?
うっわぁ。サイアク。
っていうか妖怪ってあんなんで死ぬもんなの?
こんなに簡単に死ねるなんて妬ましい。
どうすっか、これ。
血まみれになった私が嫉妬妖怪の死体を見下ろしていると、後ろでドアの開く音がした。
「……パル、スィ?」
提灯の薄明かりとともに立つのは、金髪の鬼。
星熊勇儀。
どうして私じゃなく嫉妬妖怪の名を呼ぶの?
妬ましい。
「ゆうっ」
呼びかけようとした瞬間。
赤い何かが、飛び散った。
***
あぁパルスィこんな姿になってしまって。
でも大丈夫、私が治してやるからな。
ほら、綺麗な川がある、傷を洗おう。
お前は綺麗な顔をしているなあ。
ほら、見てごらん。……おや、私の目も碧色だ。
パルスィ、お前とおそろいだな。
あぁ、パルスィをこんな風にして。
私がしたかったのに。妬ましい。
***
昨日零時頃、地底の橋姫:水橋パルスィ宅で惨殺死体が発見された。
遺体の損傷は激しく、現場に踏み入った記者も思わず吐き気を催すほどだった。
八意氏の手による毛髪鑑定から、遺体は伊吹萃香氏の物と判明。
重要参考人として星熊勇儀、水橋パルスィを地霊殿が指名手配した。
某月某日発行:文々。新聞より抜粋
- 作品情報
- 作品集:
- 18
- 投稿日時:
- 2010/07/02 15:10:33
- 更新日時:
- 2010/07/03 19:49:49
- 分類
- 何これ
- 誰てめぇ
- オチなし
- パルスィ
- 勇儀
- 萃香
- 微スカ?
勇儀さんおっかねええ
これが嫉妬空間か!?
冒頭は勇儀の独り言?