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『檻』 作者: 赤間
目が覚めたら、檻の中にいた。
「……どういうことなの」
いや、きっと、檻ではない。檻と言うには些か狭い感じがした。しかし檻というのにも種類があるから、私が知らないだけで、こんなタイプの檻もあるのかもしれないと思った。ただ、幾重にも張り巡らされる網目をじつと見つめれば、吸い込まれ手を引かれどこかへ連れて行かれるのではないか。柔らかそうな網目は、本当は骨が砕けるほど硬く、このまま一生自由を許されないのではないか。寝起きの頭は、そんなことしか思いつかなかった。
辺りには月光でてらてらと光る部屋の柱だけがこっちを見てと自己主張をしている。その他に目ぼしいものは見当たらず、ただ単純と淡々と純粋とした部屋の構造だけが、頭の働かない私の神経に掘り込まれていくようだった。
和室である。
誰の、どこの、とは言えない。ただ、和室であるということだけ、カツンカツン木槌を鳴らして脳に掘り込まれていく。
頭を振り回されたように、ぐるぐると回転し続けていた。血が上手く周っていないのだろう。じんじんとした痛みが走る。目を瞑れば、ふらぁりゆらぁり頭が動く。全てが反転し反射して見えた。全てが反響した吃音のように聞こえた。
「なに、これ……」
鉛のように固まった体を動かしてみる。瞬間、一気に流れ込んでくる倦怠感。体中から溢れる脱力感は、体を一巡りして溜息となる。心臓の音は聞こえてこないけれど、一定の拍を開けて血液が流れているのを感じるとなんとなく生きているのだと理解することができた。夢の中で夢を見ているわけではないようだ。
私は一体全体どうしてしまったというのだろうか。昨日のことを振り返ろうとも、捕まえるのは言葉の端きれ。思い出すのは自分の部屋。布団に潜った記憶も、羽毛に囲まれた記憶もない。どうにもこうにも、今までの詳しい記憶がすっぽ抜けてしまったようである。いや、まて、それ以前に。
ここはいったい何処?
ひゅっ、と喉から音が漏れた。
冷静になればなるほど、体を巡る血液の流れは速くなっていく。胃をすくような感覚。臓器をすべてぐちゃぐちゃにかき混ぜられた。ここはどこなの。頭が痛い。吐き気がする。どうして。胃液が逆流してきた。誰かいないの。こみ上げてくる酸味。助けて。
どう体を動かしても一向にすっきりしない。モヤモヤとしたものが体中に引っ付いて取れない。苛立ちよりも気分の悪さに発狂しそうだった。
口を覆いながら、思考と両目をぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる動かせて、半狂乱になりながら必死に胃液を押し戻す。すぐにでも部屋を出て行きたかった。しかし、私の前には檻がある。正体不明の因由不明で不明瞭な檻の中に閉じ込められている。柔らかいのか硬いのか、歩けばいいのか手を伸ばせば届くのかわからない距離間を保ったまま、檻は平然と呆然と昂然と私の頭上も左右もすべて取り囲んでいるのであった。
「う、ぐっ……」
恐怖が手を伸ばして、私の首を掴んだ。
つけたままの赤い紅いヘッドドレスが頭を鷲掴みにしてぎりぎりと握りつぶされそうだ。
ぬめりとした感触。払いのけたくとも力が出ない。
怖い。怖い怖い怖い怖い。
体が沸騰して、爆発してしまいそうだった。どくっ! どくっ! 正確なリズムで、しかし爆音をたてて心臓が這っている。とにかくここを出たい。暗い狭い息ができない。早く誰かここからだして。
ぎょろりと水揚げされた深海魚のように、目玉が飛び出すぐらい見ひらいて出口を探した。鏡のように目を広くして辺りを見渡すと、すぐ近くに襖が見えた。
その一角だけ光に満ち溢れ、瑞々しく『生』に満ち溢れていた。それが天国への階段だといわれたら、私は迷い無くそこへ踏み出すだろう。
襖を開ければきっと外に出られる。いつもより疲れたと思い切り脱力して、見慣れたベッドへと潜り込み、また明日から日常が始まるはずだ。
希望の光のように見えた。
「……、」
…………それは、本当?
本当の本当に、襖を開けただけで外に出られるのだろうか。
もしかしたら襖の向こうにはもう一個の襖があるのかもしれない。
本当はあれは襖ではなく、ただの絵だったとしたら?
押入れの入り口だとしたら?
無限に続く回路だとしたら……?
「ぐ、う、おえぇ゛」
びちゃ、びちゃびちゃ。
じわりじわりと。だが駆け足で上がってくる吐き気に勝てず、たまらずに吐き出した。一度は掌に受け止めたものの、飲み込めずに後から後からあふれてくる。もう駄目だ。黄色と緑が混ざったような吐瀉物が、私のものでない誰かの布団に降りかかった。一瞬にして強烈な臭いが鼻を突く。このまま、汚物まみれで死ぬのだろうか。目頭に溜まりきれない涙を頬に垂らしながら、私はただ口元を押さえて泣くことしかできなかった。刺激臭に鼻と目がやられて、ずびずび鼻水が止まらない。
だが、そこではたと気づく。
脳みそまでこの吐瀉物に紛れこんでいるのでは。皺が刻まれた脳みそを少しずつ少しずつ分解し、一本の長い線となって、鼻水と一緒に出てくるのだ。
鼻を啜ることができなくなった。興味本位で鼻を確認すれば、ちゅるんと柔らかな――それでいて桜色の脳みそが、飛び出ていたら――
「……う、えぇ、おえ゛っ。……お゛え゛ぇ……ぐすっ、ずっ、ぅ」
吐けるほど私は何か食べていたのだろうか。思い出せない。覚えていない。
吐き出すほどに、吐瀉物を見るほどに、恐怖が体を塗りつぶしていく。
ほわっと、昔の記憶がフラッシュバックして私の元へ戻ってきた。魔界での生活。安心で安全で柔らかな場所。熱を出してたまらずトイレで吐き出してしまった狭く薄暗いトイレ。優しく背中をさすってくれた暖かいてのひら。暖かくて優しい、忘れられない記憶。今はもうない。
静かな部屋の空間に、嗚咽と泣き声だけが充満していた。襖の向こうに灯りは見えず、音なんてどこから聞こえてくるのだろうかと絶望するほどそこは無音だった。季節的に蝉が多く鳴く時期のはずなのに。昔は五月蝿くて煩わしいはずの蝉の声が、これほどまでに懐かしいと。聴きたいと思ったことはなかった。
むしろ私がここにいる時期は、夏なのだろうか。
暗闇と、ほのかに光る月だけが今の私の視界に入る色の全てだが、本当に夜なのか。
すべてが疑わしい。
すべてが私を引き込まんとし。
すべてが恐怖への誘いのようで。
すべてが私を陥れようとしている。
○
耳元で風が切れた。ずるぅりと濡れた髪が肩を撫でていくような、背中を舐めていくような。
恐怖と酸欠で頭がぼぅっとして、布団へ倒れこむ。そうして、今日で何度目かもう思い出せない回数の嘔吐を繰り返した。もう吐く物がない。だけど胃液はたっぷりと私のナカで作られていた。
もう。誰も、ここにはこないのだ。きっと私はこのままのたれ死ぬの。檻の中で、汚物と涙にまみれて。
たまらず涙が頬を伝い、布団のシーツを湿潤とさせた。
闇が。
闇が闇が闇が。
闇が――明けない。
どれだけ願っても夜が明けない。意識が飛んで、跳ね起きたとしても。目の前に広がるのは変色した吐瀉物と、相も変わらず鼻を刺すような臭いだけで。
月が姿を隠していた。月が太陽をも隠した。
いっそう深い闇が、私に手を――ッ!?
「あ――ッ」
いた。いた、いたいたいたんだいたいたたしかにいたそこにいたいたいた。
誰かがいた!! 黒い、黒の装束?
女?
髪が長く見えた。すぐに消えた。きっと私を見て逃げた。追いかけたい。
「あぁ……」
駄目だ。頭を抱えた。私は出られない。この檻を壊さないと、私は自由じゃない。
網目状の檻はただそこに。私はただその中に。世界が一つ切り離され、この檻で一つの世界が出来上がった。
綺麗な蒼だと言われた服も、綺麗な糸だと言われた髪の毛も、湖のようだと言われた瞳も、黄土色に染まった。もう綺麗じゃない。
誰かがいる。すぐそこ。私のすぐ近く。笑ってる。笑ってる笑ってる笑ってる笑ってる。私を見て、笑ってる。
どろりとした何かが、鎌首をもたげるように。
背中を大量の蟲が這うようで。
心も体も粟立つ。全身が神経と同一し、自分の吐息さえ得体の知れない『何か』の声なのではないかと思った。
両腕で体を抱きしめる。体はひどく冷えて、固まり、震えていた。布団の代わりに闇に覆われ、溜息の代わりに歯軋りの音がした。
呼吸だけが生きている証拠だった。その呼吸もままならない。吸って吐いてを繰り返していくうちに、いつ自分が呼吸をしていたか忘れてしまう。私は本当に、呼吸をしているのか。
「あー。あー、あー」
垂れ流しの唾液が枕を濡らす。びっしょりとキャミソールやショーツを濡らした汗が徐々に引いていった。
ペンキで塗りつぶしたような光さえ見えない黒は私の体に全てを預けてのしかかり、拘束し、這うようにして体をすっぽりと覆った。
――コロシテヤル
ひとのものとは思えない、耳の奥を犯されているような餓鬼じみた声まで聞こえてきた。すぐそばで囁いている。蠢いている。耳の中で、ざわめいている。
「ああ、あ、ぁ、ああああああああ!!!」
どこからそんな声が出るのかと思うほど甲高く、そしてノイズのかかった声色で叫んだ。咆哮。誰にも聞いてもらえない。
どれだけ体をまさぐっても自分が五体満足なのかとうとうわからなくなってきた。何度も何度も紅くなるまで手をこすりあわせても、指が4本になったり3本になったり。はたまた6本になったり7本になったりする。脳はもう鼻水と共に出てしまったか? 肺は侵されていないだろうか。心臓を強く叩いた。痛くない。痛くない……?
「うああああああああああああ!!!! あああぃぃあああいいあああ!!!!!!」
痛くない! 痛くない!? どうして!?
何度も何度も叩いた。最後の力を振り絞ってでも、私が生きている証拠を掴みたかった。
――痛くない。
「―――――!!」
刺激が欲しい。刺激が欲しい。私はまだ生きているのだという証拠を。ください。
感覚が麻痺し麻薬のように精神を神経を削り取り、なお私を蹂躙しようとする。
もう私は死んでいるのだ。
自分でも驚くほど冷静になれた。死ぬ間際というのは――死んでいることを受け入れるというのは、こんなにも冷めた気持ちでいられるのか。
死んでいるとなれば、ここにいてもしょうがない。立ち上がる力すら、体を持ち上げる力すら、私には残っていない。
いつか私の体は骨だけ残し、肉は削げ落ち目は窪み腐った肉は動物さえ食わないだろう。
そして骨すら砕かれ、風に飛ばされどこかへゆらゆら漂うだろう。ああ、なんと自由な。素晴らしい未来なのだ。
ブツンと音がして耳が聞こえなくなった。あらあら、音を消す蟲でも現れたか。
どうせ死んでいる。鼓膜が破れたところでどうということはない。
苦しいのなら、苦しいまま逝った方が、後の私は水に入る魚のように清々しい気持ちになれるはず。
舌を噛むことにした。
○
口を大きく開ける。顎が外れるまで大きく、大きく。
いっせーのせ、で噛み切るのだ。せぇのっ
「――!!!!!!」
ぶちっ
噛み切った。やった。死ねたのだ。私はやっと死ねた。
もう苦しまない。もう苦しめない。
「がっ……!? ぐ、が、ぁぐっ」
すぐに呼吸ができなくなった。
どうして。
さっきまでは、何も感じなかった――
「ぐあぁ、がっ、ひゅっ」
苦しい。息ができない。吐きたい。喉に詰まった何かを、出して。
「ぐ、ぐお……」
最後に、最後だけ息を吸わせて。そしたら死んでいいから。お願い。お願い。
呼吸をさせて!
「……っ、っ!」
意識が薄れていく。苦しい、焦点が合わない。ぐるぐるぐるぐる。回ってる。
全てはあの忌々しい檻の所為だ。
私を殺したのも全て。
最後の最期。力を振り絞って、檻に手を触れようとした。ただ網目に向かって手を伸ばすだけである。
その硬い。堅い固い檻に触れて死ぬ。私はこんなところに閉じ込められ死ぬ。
手を伸ばした。それはすぐに触れられた。
あ。
なんで。
なんで、柔らか――――
『魔法使い、巫女の家で死ぬ』
今日午前、博麗神社の客室で魔法使いであるアリス・マーガトロイドが死亡しているところを、家主である博麗霊夢が発見し、永遠亭へと駆け込んだ。
八意永琳によると、そのときすでに死後硬直が始まっており、何かを掴むような仕草で固まっていたという(後の調査により、掴んだのは蚊帳と思われる)。博麗霊夢はなぜこんなことになったか、自分でもわからない。どうして死んだのか。と供述している。
現場は悪臭に満ち満ちていた。記者もそこに乗り込んだが、辺りには大量の吐瀉物と血液が残されていた。彼女の布団周りには蚊帳があり、第三者が侵入した形跡は見当たらなかった。司法解剖の結果、喉に詰まっていた噛み千切った舌が発見されたため、自殺であることが伺える。
第一発見者である博麗霊夢が言うに、その日博麗神社へとやってきたアリス・マーガトロイドは、博麗霊夢と談笑していた際、突然体調が優れないと述していた。顔色もよくないとのことで客室に案内し布団を敷くと、倒れこむようにして眠っていたのだという。現在もだが、蚊や蟲が多いこの季節、彼女が変な蟲にでも刺されてはいけないと蚊帳を張り、部屋を後にしたのが午後8時ごろ。それから起きてくるまで干渉せずにいようと思ったが、今朝になっても起きてこないアリス・マーガトロイドを心配し、様子を見に行くと死んでいたということだ。
自殺といっても遺言書がなく、詳しい動機がわからないため、これ以上深入りすることではないとのことだった。
しかし、蚊帳を掴んだ状態の彼女は、何故あんなにも私たちがおののくような形相をしていたのだろうか。 (文々。新聞より一部抜粋)
アリスちゃんの胃液ぺろぺろ
赤間
- 作品情報
- 作品集:
- 18
- 投稿日時:
- 2010/07/10 04:48:02
- 更新日時:
- 2010/08/16 23:08:12
- 分類
- アリス
- 嘔吐
依存症のアリスかわいい
かなりおもしろい
よかったね、アリス
とっても綺麗な死に方じゃないか
嘔吐恐怖症なので飯が食えなくなってしまったよ
何でもありだからな
>>8
うーん、何か否定的に見えてしまうなぁ
そんなつもりはないんだろうけど
なんかすまん
とりあえず、一緒にアリスを食べに行こうぜ
混ぜてください