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『逃走者 五』 作者: 名前がありません号

逃走者 五

作品集: 18 投稿日時: 2010/07/15 15:10:06 更新日時: 2010/07/16 00:13:58
――幽香と花屋の娘の会話 第三ゲーム開始前


幽香はいつものように人里の花屋にやってきていた。
最初に花屋の娘にあったのはいつ頃かは覚えていないが、
幽香は何か惹かれるモノを感じて、花を渡すという口実を作っては、その娘に会いに行っていた。

「いらっしゃいませ、あ、幽香さん!」
「こんにちは、今日も元気そうね」

娘が幽香を見ると、笑顔を振りまいて近寄ってくる。
幽香も自然と顔が綻んでくる。

「幽香さんのお花から元気を貰ってますよ!」
「ふふ、ありがとう。はい、これ。新しいお花」
「いつもありがとうございます!」

そして、籠一杯の花を娘に渡す。
すると娘は、わぁと眼を輝かせながら、花を見つめていた。
そこから先は休憩時間の合間をぬって、二人だけのお茶会が始まる。
最初の頃は店主も怖がっていたが、娘と接する幽香を見て、今では怖がる事も無くなった。
一人っ子であった娘に姉が出来たような感じだろうか。
ともかく店主は娘の喜ぶ顔がただただうれしかった。

「それじゃ、私はこれで失礼するわ」
「えー、もっとお話したいですよー」

娘がもっともっととねだるものの、幽香は駄目よ、と言って、

「あまり私が長居すると、困る人達がいるようだしね」
「……はーい」

花屋と打ち解けているとはいえ、幽香は妖怪。
それも特に危険な部類として扱われている。
出来れば関わり合いになどなりたくない、と思うのが多くの人の心境だった。

「そんな寂しい顔しないで。いつでも会えるじゃない」
「うん、それじゃあね、幽香さん」
「ええ、ごきげんよう」



そんな、いつもの他愛ない会話は終了した。
彼女達が再び、このような形で会話をする事は。








もうない。















「……ぅぁぁ」
「あー、壊れちゃいましたねぇ、コレ。あー、どうしようかなぁ」

文は眼前のソレを足で踏みながら、そう愚痴る。
ソレはかつて“古明地さとり”と呼ばれていたが、今は文の足置きになっている。
身体中は穢れ、さらに悪趣味な協力者の手によって、
両手・両足を切断されて、転がされていた。
最初こそさとりは、ぶつぶつと言葉を発する程度には反応したものの、
もう一言も喋ろうとはしない。
文は気付いていないが、さとりの“眼”は閉じていた。つまりそういうことだった。

かつての文であれば、“そうしたもの”に嫌悪感を示していたはずであろうが、
今の文にはそのような気配は微塵も感じられない。
文もそうした異常性に順応してしまっていた。

今の文にとって、彼女が地獄の要人であるという認識は無い。
その要人をこのような姿にしてしまえば、
彼女が地獄の者達にどのような仕打ちを受ける事か。
そのような事にさえ、意識を向けようとしない。
文は度重なる成功に酔いしれていた。自己陶酔に浸るほど、彼女は酔っていた。

「ふむ、やはり予定通り、幽香さんを狙いましょうか。ふふ、彼女には散々煮え湯を飲まされましたしねぇ」

以前の事だったか、暇潰しにリグルを虐めていたら、
幽香が現れて、突然文を殴り倒したのである。
文は幽香に睨まれた時に、言いようの無い恐怖感を覚えた。
そんな無様な姿に何も言う事無く、幽香はその場を去った。いつのまにかリグルも居なくなっていた。
それ以来、文は彼女に対して、何かしらの“お返し”をしたいと思っていた。
文は今までの成功を鑑みれば、それが充分可能だと判断した。

「はん、幽香さんにも教えてあげましょう。天狗に歯向かう事がどうなるか、をね」

文はダルマになったさとりを足蹴にしながら、狂ったように笑う。
ダルマになったさとりは、その姿を見て、ガクガクを震えていた。











――花屋での騒動


「しゃ、借金、ですか?」

花屋の店主は突然やってきた金貸しの言葉に驚いた。

「そうだ、お前が花屋を開く際に貸した金だ。早急に返して貰うぞ」
「そ、そんな! 最初に貸していただいた時はそんな事一言も……」
「ああ? この契約書の署名はお前のものだろうが!」

店主は反論するが、金貸しが提示した契約書の署名は間違いなく、店主の物だった。
しかし、店主はこんな契約書に署名した覚えは一度も無かった。

「そ、そんな! 何かの間違いです、こんな物に私は、ぐあ!」
「あぁ!? 舐めたこと言ってんじゃねぇよ!!」

店主の反論を無視して、金貸しが店主を殴り飛ばす。
殴られた店主は地面に倒れこむ。

「お父さん!」
「そうだなぁ、早急に払えねぇってんなら、別の物で払ってもらうか……」
「! む、娘にだけは……」
「黙れよ! お前に選択する権利はねぇ!」

店主の哀願を無視して、金貸しは店主を蹴り、踏みつけていく。
花屋に来た客も、それを見てみぬ振りをする。
誰も助けよう、という気配は無い。

「ごぁ!! ぐああああ!!!」
「やめてください! お父さんに乱暴しないで!」

痛めつけられる父親の姿を見ていられず、
娘が父親を庇うように覆い被さる。
すると金貸しは、娘にこう話す。

「へへ、それじゃあお前さんが、このどうしようもねぇ親父の代わりになるんだな。そうすりゃ借金はチャラだぜ」
「ほ、本当……?」
「や、やめなさい! 私の事はいい!!」
「お前は黙ってろよ! 俺はこいつに聞いてんだよ!! どうなんだよ! あぁ!?」
「………」

娘はしばし黙って、そして金貸しにこう告げる。

「私が、お父さんの代わりに、なります」
「あ……あぁぁ……」

店主は絶望の表情で、娘の宣言を聞いた。
金貸しが邪な笑みを浮かべて、娘を連れて行く。
暴行を受けた店主は、その場でただ涙を流す事しか出来なかった。




これは幽香が再び、花屋を訪れるまでの間に起こった出来事だった。









「しかしいささかやりすぎではないですかな、文さん」
「何をおっしゃいますか。貴方も賛成していたでしょう?」
「いやまぁ、そうですがねぇ?」

文は件の有力者の屋敷に居た。
二人の前には、二つの花屋の契約書がある。
よくよく見れば、金貸しが花屋に見せた契約書には書き足されたような部分が存在していた。

「まったく、偽造するのも楽ではないのですよ? もしばれようものなら、幾ら私でも揉み消せませんぞ」
「ですがこれだけで、幽香をモノに出来るなら悪い話ではないでしょう?」
「いや、そうですが……本当に大丈夫なのですか? 文さん」
「心配など無用ですよ。私はゲームを四度も成功させたのですよ?」
「それは、わかりますがねぇ……」

有力者の男は、目の前の文の自信に満ちた発言にも、何処か怯えが見え隠れしている。
というのも最近、妙に視線を感じるのだ。
とはいえ、相手が誰かも分からず、ただ不安が煽られるばかりで、男も気が気でない。
この地位にたどり着くまでに随分と金を回したのだ。
今更、堕ちるのはごめんだった。

「まぁ、貴方が不安がるのも無理はないでしょう。相手があの風見幽香ですからね。でも心配はいりませんよ」
「えぇ、それはわかりますよ……あの、文さん」
「なんでしょうか? ―――ああ、今更降りるなんて言わないで下さいね?」
「!」
「まさか、今になって自分は関係ありません、などというつもりですか?」
「い、いや、そういうわけでは……」
「いいですよ、降りてもらっても。でも、それなりの対価は支払っていただきますよ?」
「そ、それはどういう……」
「こういう事です」

そういって、文は男の目の前に写真をばら撒く。
そこにはゲームの参加者を売買する現場や、参加者が陵辱される姿が刻銘に写されていた。

「こ、これは……」
「私が知らないとでもお思いですか? 黙認してやった事にも気付かない馬鹿だったとは……」
「う、うぐぐ……」
「これをばら撒かれたら、貴方は一生の終わりですね」
「だ、だが、元はといえば貴方のゲームで……」

必死に男は反論するが、それにも文はこれっぽっちも動じない。
そればかりか、男に言い返す。

「ルールをお忘れで? 捕まえた逃走者をどうにか出来るのは“追跡者”だけです」
「その後の逃走者を自由にする権利など与えた覚えはこれっぽっちもないですよ?」
「私は別に何もしてはいけない、とは言っておりませんが、しても良い、とも言っていませんよ?」
「そして、私はそれらの映像を提供はしましたが、直接的に指示などしていません」
「ああ大妖精は私も加担したかもしれませんね。でも妖精だし、どうでもいいでしょ?」

「は、嵌めたのかね、私を!」
「あ? 何言ってやがるんですか?」

詰め寄る男の胸倉を文が掴む。
男はそれだけで、ひぃと情けない声をあげる。

「自分だけいい思いをしておいて、そのまま逃げられると思わない事ですね」
「貴方みたいな屑人間の為に、折角良い舞台をくれてやったのに」
「ひとしきり楽しんだら、私関係ありません?」

そして文が妖怪の怪力で、男を地面に叩き付ける。

「そんなのが通じるわけないだろうが!」
「お前ら人間みたいな下等な連中の下衆な趣味にわざわざ付き合ってやったんだ!」
「もしもの時には、貴方達も道連れになってもらいますよ? あはっ、あはははははは!!!」

狂ったような笑い声をあげる文。
冷静さを欠いた、凶暴性の塊のようになってしまっていた。
文もまた、逃走者というゲームによって己の中の暴力性を開花させていた。
その様子の文を見て、男は今更になって後悔した。












――妖怪の山 特別会議室


「射命丸文の処罰を執り行う事は全会一致で可決だ」
「では次の議題、射命丸文への処罰はどのように執り行うかだが……」

一方、妖怪の山では射命丸文への処罰の決定が成されようとしていた。
しかし幹部からは、その処罰に対して、否定的な意見が多数上げられた。
天狗の幹部格の中には、文の逃走者の利潤を吸ってきた者も少なくない。
しかし天魔による少々強引な決定により、止む無く幹部格も首を縦に振らざるを得なくなった。

天魔はそも地底の民とも、人間とも一定の距離を保ち、相互不干渉を貫いていきたかったのだ。
しかしそれも全て、射命丸文の手で台無しにされてしまったのだ。
天魔の憤りはすさまじいものであった。権力を貪るだけの幹部では止めようが無い。
もっとも本格的な会議を開くに到ったのは、文の不穏な行動を察知して、
犬走椛らに調査をさせ、古明地さとりを監禁、陵辱したという事実を得て、ようやく開けたのだ。
権力志向の強い幹部格が渋った為、ここまで遅れてしまったのだ。

「彼女の罪は極めて重い。よって彼女には罪に見合うだけの苦しみを味わってもらう」
「しかしどうするのです? 我らの法ではそこまで裁けますまい」
「特別法を制定する」
「そんな無茶な……」
「君らにも調査の目を向けさせてもらう。甘い蜜を吸っている物に私は容赦をする気はないぞ」
「そ、そんな……」

渋る幹部らを余所に、天魔は射命丸文への制裁を決定する。
同時に射命丸文とつるんでいる天狗の幹部格も一掃する。
組織の癌は早々に取り払わねばならない。
天狗が永遠の栄光を維持する為には、それが必要な事だからだ。




会議が終わった後、天魔は椛を呼び出した。

「お呼びでしょうか、天魔様」
「うむ、人里に協力は取り付けられたか」
「はい、予定通り。あと、監禁されている逃走者の敗者の位置も発見しました。救出は人里の者達にしていただく事になります」
「ご苦労。お前には随分世話を掛ける……」
「いえ、これも天魔様の理想の為です」

椛は天魔に頭を垂れる。
そのまま椛は続ける。

「また新しい情報も確認できました。近々ゲームが開始されるそうです」
「ほう、相手は誰だ」
「確定情報ではありませんが、風見幽香に目をつけたようです」
「なるほどな……幽香と接触できるか?」
「どうなされるのですか?」
「射命丸文のゲームを利用する。出来れば幽香にもその協力を願いたい」
「しかし、交渉に応じてくれるか……」
「出来なければそれでも良い。だが、幽香が参加する以上、文がなんからのアクションを起こしているはずだ」
「なるほど。それを調査すれば、協力を取り付ける事も出来るかもしれません」
「うむ、頼むぞ。作戦内容については間者を通じて知らせる」
「了解しました。では行ってまいります」

そういって、椛は天魔の部屋より退室する。

「文よ。貴様のしでかした事は、貴様自身で償っていただく。覚悟せよ」










――人里の花屋


「攫われた……?」

幽香は娘の父親から聞かされたその言葉に驚きを隠せなかった。

「……突然、借金取りが急に金を返せって言ってきやがったんだ。これまで一言もそんなことは来なかったのに」
「今、あの子は何処にいるの?」
「金貸しの元締めの屋敷だ。でも行っても無駄だよ。元締めは里の有力者なんだ。下手に手ぇ出せば、あんただって無事じゃ済まない」
「……っ」

幽香は珍しく、苦虫を噛み潰したような顔をする。
下手に里の有力者に手を出せば、八雲紫や博麗霊夢が動く。
あの二人が相手では、いかに幽香でも消耗は避けられない。
そうなったら、娘を助けるどころでは無くなる。
それに彼女らはどちらも、人間の行動にいちいち干渉はしてこないだろう。
あの二人はそういう人間で、そういう妖怪だ。

「おやおや、幽香さんじゃありませんか」
「……パパラッチじゃない。暇なのかしら?」
「これはこれは、酷い言い草ですねぇ」

幽香はあからさまに嫌そうな顔を、文に見せる。
その様子を見ても、文は特に表情を変えずに語り始める。

「いやぁ、花屋の店主が借金のカタに娘を攫われるなんて、いやはやそこそこ良いネタですねぇ」
「……呆れたものね。天狗は結局、どいつもこいつも下衆揃いってわけね」
「あやや、そんな口聞いていいんですかねぇ?」

そして、文は幽香に近づいていく。
その表情には幽香に対する恐れは全く無い。

「大した度胸ね、貴方」
「いえいえ、今の幽香さんに私をどうこう出来ませんよ」
「……どういう意味よ」
「こういう事です」

スッと、胸のポケットから写真を取り出す。
そこには椅子に縛り付けられた花屋の娘が写っている。

「……見下げ果てた下衆だわ貴方。底辺もいいところよ」
「どうとでも言ってもらって結構ですよ? あぁ、今ココで私を締め上げても良いことはありませんよ?」
「……くっ」
「いいですよ、その顔。写真に撮らせてください、あはは」
「……ふざけてるの?」
「おお、怖い怖い。で、まぁ、貴方を悪戯に刺激する為に来た訳ではありませんよ?」

そういって、また胸ポケットからメモを取り出す。
逃走者の参加を志願する契約書だった。

「何よコレ」
「花屋の娘さんを取り戻す唯一の方法ですよ」
「……どういうことよ?」
「このゲームの勝利者は、一つだけ願いをかなえる事が出来るという事です」
「……信用できると思ってるの?」
「ご安心を。嘘は言いませんよ? ええ、何一つね」
「………」
「それにどの道、これ以外に彼女を救う方法なんてありません。選択肢はないですよ?」
「……ッ」

ギリッと言う歯軋りをする幽香を見て、文はニヤニヤと憎たらしい笑みを浮かべる。
幽香からしてみればたかが人間だ、無視すればソレで済む。
しかしどうしても無視できない事がある。
それはあの笑顔がずっと見れなくなる、という事だ。
それを奪われる事など許していいはずが無かった。
幽香は、剥き出しの憎悪を文に叩き付けように睨みつけて、その契約書にサインをした。

文はその様子を満足げに見つめていた。









――逃走者企画所

「ふふ、あの憎悪に満ちた顔! 最高ですねぇ、あれが苦悶に歪む姿なんか見たら、それだけでイケるかもしれません」

さとりという名のサンドバッグを足蹴にしながら、文はゲラゲラと先ほどのことを思い出していた。
ぅぁとか、ぁぁぅとか声をあげているが、文は気にする様子も無い。

「私の幹部昇進もほぼ確定的です。いやぁ賄賂というのは最高ですねぇ、はっはっは」

文は事が順調に進んでいく事に笑いが止まらなくなっていた。
自分が破滅することなど、欠片も思っていない。
文はこのところ、ずっと妖怪の山の自宅ではなく、
ここで逃走者の企画を考えたり、資材調達などを行なっていて、
今、自分の処遇が妖怪の山で決定されている事にも気付いていない。

「ふぅ、ああ、そうだ。ほら、さとり」
「ぁぁぁぁ……?」
「足を舐めなさい」
「ぃゃ……」
「舐めろって言ってるんだよ!」
「ぁぅぅ……」

さとりに足をぐりぐり押し付けると、やがて観念したように舐め始める。
あの腹立たしい女をここまで落とす事が出来た事を考えると、
実に心地よくて、たまらない。

「ふふ、もう直ぐ全部私のものに……あはは!! ははははは!!!」

狂ったように笑いながら、文は今の状況に酔いつぶれていた。
しかし目覚める時には、彼女の置かれている状況は、
彼女のもっとも想像していなかった形になる事に気付くことは、とうとうなかった。









風見幽香は、太陽の畑の自分の家に居た。
写真立てにはいつ頃かに取った、花屋の娘と父親と自分が写されていた。
この頃はあまり親しくなかった為、自分の顔は少しむすっとしている。
幽香にとって複雑な気持ちなのは、この写真を撮ったのが射命丸文だったという事である。

(この頃は少しはまともな奴だと思ったのだけど……)

所詮、天狗は天狗という事なのだろう。
出世と権力に溺れる愚か者。外の人間と何も変わらない。
否、下手に力がある分、天狗のほうがよっぽど質が悪い。
これでは妖怪も人間も大差が無いように思えてしまう。

そんな風に写真を見つめて感傷に浸っていると、
コンコンと扉を叩く音が聞こえる。
扉を開けると、そこには天狗が立っていた。
文ではない。見覚えのない天狗だった。

「お初にお目にかかります、風見幽香様。私は犬走椛と申します」
「……天狗に会いたい気分ではないの、帰りなさい」
「そうは参りません。貴女にとっても有益な話になると思います」

その言葉を聞いた幽香はしばし思案する。
同じ天狗である以上、信用し難い相手だが話を聞くだけ聞いてやればいい。
敵か味方はその時判断すればいい。味方なら利用し、敵なら潰すだけでいい。

「……とりあえず入りなさい」
「ありがとうございます」

そして風見幽香は、犬走椛を自らの家に迎え入れる。
普段の彼女であれば、こんなことなどする気はこれっぽっちもないが、
今の幽香にとっては、花屋の娘を無事に救えるなら、手段は選ばないつもりだった。
それくらい、幽香は花屋の娘に入れ込んでしまっていた。








「なるほど、大体の事情は理解できました。ご安心を、必ずその方は救出しましょう」
「それで、貴女達は私に何を要求するのかしら?」

幽香は事情を椛に説明すると、すぐに花屋の娘の救出を約束した。
が、幽香はそれで彼らが終わるはずが無い事を知っている。
その言葉を聞いた椛も、幽香の質問に返答する。

「察しが良くて助かります。貴女には私達の作戦に協力していただきます」
「協力?」
「ええ、といっても、さほど難しい事ではございません。時間を稼いでもらえれば良いのです」
「……その間に貴女達が救出すると?」
「人質の位置次第では人里の者が救出する可能性もありますが、それはないでしょう」
「なぜそう言い切れるの?」
「射命丸文はこれまで4回に渡ってゲームを実行していますが、いずれも逃走者本人を物理的にも精神的にも追い詰める趣向を凝らしています」
「趣味の悪い事ね……」
「その文が貴女を追い詰める要素として、その娘を使う可能性はきわめて高いでしょう」
「……それで無事救えるのでしょうね?」
「我々天狗にお任せください。必ずや救って差し上げますよ」
「……ふん、わかったわ。協力してあげるわ」
「ありがとうございます」

どの道、ここまで聞いた以上、断る選択肢は幽香には無い。
否、椛を家に上げた時点で決まっていた事だ。

「ただし、必ず無事に救出しなさい。でなければ……貴女達も殺すからね?」

何度も釘を刺すように、椛にそう言う。
椛は表情一つ変えずに、

「分かっています」

そう一言言って、幽香の家を後にした。
家に出た後、椛は身体を震わせていた。
恐怖を垣間見たような気がした。










風見幽香は後日、天狗から渡された封筒の中の手紙を読んで、
人里近くの逃走者の特設会場に向かった。
聞こえてくるのは人間と妖怪の入り混じった喧騒の音、
狂気を孕んだ熱、まるで狂信者のように狂う観客。
会場の外からでも分かる異常性に幽香は、
文がどうしようもない奴だという事実と、花屋の娘の無事を心配していた。

「おまちしておりましたよ、幽香さん」
「ふん……」

やはり憎たらしい笑みを浮かべた文が、幽香を歓迎するように入り口で待っていた。
幽香は顔を見るのも嫌になっていた。
もうこいつはどうしようもないんだな、と確信する。
そう思うと、ほんの少しだけ文が哀れに思えてくるのだから不思議なものだ。

「今回は特別ルールとなっておりますので、きっと楽しめると思いますよ?」
「生憎、貴女のゲームを楽しむつもりはこれっぽっちも無いわ」
「あやややや、それは残念ですねぇ。ま、頑張ってくださいね?」

へらへら笑いながら、手を振る文を無視して、
幽香は会場へと歩を進める。
人に頼る事など余りしたくないし、積極的に人に頼りたくないが、
今はただ、椛らが無事に花屋の娘を救ってくれることだけを祈っていた。








時を同じくして、犬走椛もまた間者の天狗から作戦開始の命令書を受け取っていた。
“風見幽香が会場に入った、作戦を開始せよ”という簡素なものだった。
同時に上白沢慧音にも逃走者の裏事情に関連する証拠と、敗者の監禁場所の位置も伝えてある。
あとは予定通りに事が運べば、射命丸文の捕縛が出来るはずだ。
そして、椛も予定通り会場内へと侵入を開始した。














第五ゲーム

逃走者:風見幽香
追跡者:???

場所:“逃走者”特設会場

逃走者の制限:能力を中級妖怪レベルまでに制限。弾幕使用禁止

敗北条件:荷車が落下するか、風見幽香が倒れるまで














会場は熱狂の渦にあった。
「うおおおおぉぉぉぉぉ!!」という声がやかましいほどに響き渡っている。
強い熱と狂気がこの会場を満たしている。
さとりの時よりもさらに強く大きな。
それを一身に浴びて、文は恍惚の表情を浮かべる。
気分が高揚していくのが分かる。
あの風見幽香を徹底的に嬲れると思うと、それだけで欲情できそうなくらいだ。
澄ました顔を苦痛に歪ませ、その肉体を嬲り、痛めつける。
その瞬間を文も、ここにいる観客も心待ちにしているのだ。

『さぁ始まりますは第5ゲーム! このゲームにもっとも相応しい方に来て頂きました!』
『風見幽香さんです! どうぞ!』

そういって会場の入り口を指差すと、そこから風見幽香が現れる。
その姿を見て、観客はさらに熱狂する。
「ゆうか! ゆうか!」とコールするものもいる。
しかしそれは応援ではない。幽香がぐちゃぐちゃに汚される事を心待ちにしているに他ならないのだ。

『さぁ、観客の皆様もヒートアップしてまいりました!』
『さて、今回の逃走者も特別版という事でルールを大胆に変更させていただいております!』
『今回は逃走者の体力が無くなるか、あそこにある穴に可憐な少女が落ちるまで続きます!』
『さぁ、幽香さんは逃げ切りながら、少女を救えるのでしょうか!?』
『私、射命丸文もとても楽しみで仕方がありません!』

文の指差す先に磔にされた少女がいる。花屋の娘だ。
荷車のような物に載せられている。そして荷車の先には穴が開いている。
当然のように幽香との距離はもっとも遠い位置だ。

『さぁ、風見幽香さんの頑張りに期待しましょう! それでは……』
『遊戯開始(ゲームスタート)ッッッッ!!!!!』

そして文の掛け声と共に、ゆっくりと荷車が動きはじめる。
あの荷車が穴まで飛び込んでしまえば、花屋の娘の命は無い。
花屋の娘の表情が恐怖に染まっていく。
幽香は悪趣味な文を睨みつけながら、前進を開始した。







幽香はゲームを開始する前に枷を付けられていた。
存分に力を振るわれれば、簡単にクリアできてしまうのだから、文はそれを望むはずも無い。
結界の弱体化とあわせて、幽香の力は中級妖怪程度にまで押さえ込まれている。

後は大量の足止め要因の人間のごろつきと下級の妖怪どもが幽香を待ち構えていた。
幽香は舌打ちをしながら、彼らを振り払っていく。

「くっ、この、邪魔するな!」

あからさまに怒りを露にして、人間や妖怪達を叩き伏せる。
殺しては居ない。というより、殺しきれる力が出せない。
いちいち一人に構ってる余裕もないので、ひたすら前に進む。

しかし今度は地面が炸裂して、幽香を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた衝撃で腹を打ち、血を僅かに吐く。

「けほっ、くぅ……」

地雷。しかしさとりの時とは違う。
火薬を詰め込んだ、殺傷能力を持ったものだった。

(くそっ、こんなものまで……)

口元から垂れる血を拭いて、幽香は立ち上がる。
後ろからは追いかけてくるたくさんの人間と妖怪。
前方には大量の地雷原。
さらにこの先に何があるか、想像も出来ない。
しかし、このまま引き下がるつもりも、降伏する気もない。
幽香は走る。花屋の娘を救うためにひたすら。








「ふふ、そうですそうです。どんどんあがいてくださいよぉ?」
「貴女の苦痛に歪む顔が楽しみなんですからねぇ?」
「もっともっと、苦しんでくださいよぉ! あっはっはっはっは!」

文が特等席から、幽香の姿を見つめる。
特等席にはたくさんのスイッチが用意されていた。
地雷の爆発の他、そのほかのトラップもここで操作できるようにしてある。
幽香のチェック柄のいつもの服が土と煤を被り、
顔にも泥や煤が掛かって、端正な顔立ちが台無しになる。
楽しくて、楽しくてしょうがない。
文はすっかり幽香に夢中になっていた。
そして彼女は気付かない。
通信機から聞こえてくる声に、まったく彼女は気づかなかった。

「た、たすけてくれぇ! ぎゃあ……」







「げほっ、ごほっ……あぐっ」

何度爆風に晒されただろうか。
妖怪や人間達をなぎ倒したものの、爆風に晒された足が痛みを訴えてくる。
いつもなら大した事のないダメージも、枷によって能力の制限されている状態では致命的に近い。
だが、幽香は決して膝を突かない。
膝を突けば、文を満足させるだけになる。そんなのはごめんだった。

徐々に荷車には近づいていた。
幽香は気合を入れなおして、前を見据える。

「もう少しだけ、待って頂戴。すぐに行くから……」

花屋の娘には聞こえていないだろうが、
それでもそう呟いて、前に歩き出す。

すると今度は地面が開いて、多数の砲台が現れる。
それらが一斉に砲身を回転させる。
砲塔は全て幽香に向けられていた。
そして無数の鉄の弾丸が襲い掛かっていった。



「あーひゃはははは!!! 蜂の巣ってこういう事を言うんですねぇ!」

機関銃が容赦なく幽香を襲う。
彼女の耐久力ではこれにも耐え切るだろうが、問題はない。
幽香にそう簡単にくたばってもらっては困る。
もっともっと痛めつけて、その苦痛の顔を見せてもらうのだから。
文は狂ったように笑いながら、幽香の様を見つめていた。





再生能力は決して衰えてはいない。
しかし確実に幽香は消耗していた。
人間や妖怪達との戦闘、地雷の爆風、機関銃の猛攻。
ありとあらゆる攻撃を食らいながらも、
倒れずに居られるのは花屋の娘を助けたい一心だからだ。

「はぁ、はぁ、はぁ……あの、悪趣味天狗……ッ」

ギリッと歯軋りをしながら、ようやくおぼろげな視界に荷車を捕らえた。
もうすぐ、もうすぐで、全部終わるんだ。
そういうと、今度はたくさんの砲丸が幽香にたたきつけられた。

「かはっ、ごほっ……」

腹に砲丸を食らって、胃の内容物を吐き出しそうになる。
代わりに血がボトボトと口元から零れていく。
それを花屋の娘が涙を浮かべて、見つめていた。
今度は喉に砲丸を食らう。衝撃で喉笛が潰され、声が出なくなる。
身体中をボロボロにしながら、ようやく荷車の間近に迫った時、
突然、文からアナウンスが入る。



『いやぁ、流石です! 幽香さん! その花屋の娘を助けたい一心! この射命丸文、感服いたしました!』
『彼女を助けるために、そんな無様な姿を晒してまで、ここまで来るなんて大したものです!』
『ですので、私、幽香さんに花屋の娘さんを約束どおり返してあげようと思います!』
『それでは……自力で受け止めてくださいね?』

幽香はその言葉の意味をしばらく理解できず。
次の瞬間、荷車から振り落とされた花屋の娘を見て。
幽香は反射的に彼女を抱き締める。
遥か下を見る。平らな地面しかない。
それを見て幽香は安堵する。
そして、幽香は自分の身体を盾にして、地面に叩き付けられた。

「ゆうかおねえちゃあああああああん!!!」

花屋の娘の悲痛な叫び声が会場に木霊した。





『王手積み(チェックメイト)ッッッ!!!!!』
『なんという自己犠牲! なんという愛でしょう! 幽香さんに惜しみない拍手をお願いします!』
『無様な姿を晒してまで、たかが娘一人守るなんて馬鹿な真似をしてくれた幽香さんに満面の拍手をお願いします!』
『それでは本日の逃走者もこれにてしゅうりょ―――』

次の瞬間、会場の観客席の一部が爆発した。 
会場に設置されていた砲台が突如、観客席を狙い始めたのだ。







「な、何事ですか! 管制室! 管制室! 何があったんです!」

管制室に連絡をするが、応答が無い。
何の反応も返ってこない。

「い、一体何が……」
「こういう事ですよ、射命丸文」
「へ? ぎゃああああああ!!!」

いきなり背中から袈裟懸けに切り裂かれる。
突然のことに反応が遅れてしまう。

「だ、誰です! ……な、あ、貴女は」
「お久しぶりです、文。いや、天狗の恥晒し」

そこには得物の剣を肩に背負い、こちらを見下ろす犬走椛であった。





「ど、どういう事です! 何故、貴女がこんな真似を……」
「射命丸文。貴女に妖怪の山の決定を伝えます」

文の言葉を無視して、椛は続ける。

「貴女は地霊殿当主、古明地さとりを監禁、陵辱しました。この行為は地底の民と結んだ条約に違反します」
「じょ、条約? そ、そんなもの聞いたことがありませんよ!?」
「天狗幹部と天魔による会議の結果、貴女にはこれまでの行為に対して、極めて重い罰が科せられます」
「そ、そんな馬鹿な! 幹部の方々がそんな決定を呑むはずが……ま、まさか」
「なおこの決定は天魔による決定です。この決定に貴女は従う他ありません」

文はその言葉を聞いて絶句した。天魔。天狗の最上位。天狗達の主。
急速に熱が冷えていく。
狂気が薄れ、次第に冷静さを取り戻していく。
そしてガタガタと震え始める。
自分がしてきた行為、古明地さとりにした行為、天魔の決定。
今になって文は、自分の行為が誰を敵に回してしまったかを理解してしまった。

「い、いや、ち、ちがうんですよ。こ、こんなはずじゃなかったんです、よ。ね、わ、わかりますよね?」
「………」
「ほ、ほら、ハメを外しすぎた、そう! すこし調子に乗りすぎたんですよ、あはは、だ、だめだなぁ、私」
「………」
「い、いえ、わ、わたしだって、上を目指してもいいじゃないですか。か、格差社会なんてなんのそのって、はは」

いつもの文なら相手を言い負かす話術が使えるものの、
今この状況にいたっては、そんな物はこれっぽっちも思い浮かばない。
おまけに背中の痛みと椛の見下す目に晒されて、ガタガタ震えて、声も震えていた。

「え、えぇと、その、ですね。あ、あやまりますから、ゆ、ゆるして?」
「言いたい事はそれだけでしょうか?」

椛が剣を握る。
それに文が「ひぃ!」と声をあげると、
本能的に風を起こして、森の方へと逃げていった。
椛は通信機で、仲間の天狗に連絡を入れる。

「森の方へと逃げました。準備してください」

「了解」という声が聞こえて、通信を切ると、
文が逃げた森の方へと椛も移動する。
皮肉にも、文が逃げた森は“逃走者”第一ゲームが行なわれた会場だった。





文はこの瞬間、自らが逃走者になってしまったのである。
文さん、お仕置きの時間です。

幽香いじめって言うほど、虐めてないね。うん、ごめん。
期待させたと思うから、ここで謝っておくよ。虐め方が分からんかったんよ。
単純に墜としちゃうと面白くなかったし。

文を見下している場面の犬走椛は、
うらんふさんに書いてもらった犬走椛をイメージすると良いと思います。

しかし話の作り方の下手さが中々。もう少しスマートにいきたいなぁ。
いつものように誤字脱字は受付次第、修正させていただくのでよろしく。

さて、四のコメ12番でも言われているけど、
その辺は徹底的に行なわせていただくよ。過度の期待は禁物だけどね。
満足していただけるかはさておき、確実な止めを刺す事に関してはやる自信があるよ。

もう手遅れだけど、キャラ崩壊乙と自分で言っておこう。
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作品情報
作品集:
18
投稿日時:
2010/07/15 15:10:06
更新日時:
2010/07/16 00:13:58
分類
幽香
キャラ崩壊
1. 名無し ■2010/07/16 00:27:10
ゆうかりんが何をされるかと思ったら、
いつも俺がやってることのほうが酷いや

さぁ、いよいよあやや編!
徹底的に、やっちゃってください!
2. 名無し ■2010/07/16 01:47:45
文虐めキターーーーーー
3. 名無し ■2010/07/16 02:17:44
ゆうかりんがネチョられないだと…
4. 名無し ■2010/07/16 04:31:18
しかしこの文、天狗にもだけどマジ切れ幽香りんにも逆襲されるんじゃね?
……うおおお、見てえええ!
5. 名無し ■2010/07/16 08:44:48
で、出たーッ! 文さんの十八番、取り返しの付かない状況になって相手に命乞いやぁー!!
次回はいよいよ、奥義「そういうの全然効かない相手に限って無様に股開く」が見れるのか!?
これだけビッチなのに陵辱展開よりも普通にリンチされる展開の方が興奮しそうな気がするのは何故でしょうね?w
あと、ゆうかりんはもうこんな事に関わらなくていいから娘さんとゆっくり療養すればいいよ。
6. 名無し ■2010/07/16 14:49:48
色々とメシウマだなw
7. 名無し ■2010/07/16 16:54:24
ゆうかりんは花屋の娘とイチャイチャネチョネチョすればいいよ
あややは取りあえずボコされて欲しいw
8. 名無し ■2010/07/16 16:56:31
射命丸文、よくもここまでしたものだ。
貴様は彼女たちの全てを奪ってしまった。
これは許されざる反逆行為といえよう。
この最終鬼畜逆逃走者をもって貴様の罪に彼らが処罰を与える。

死ぬがよい。
9. 名無し ■2010/07/17 02:52:30
文ちゃん死んで。
10. 名無し ■2010/07/17 03:54:06
さあクライマックスだ…刺激的に行こうぜ?
11. 名無し ■2010/07/19 22:13:12
ゆうかりんの優しさに俺は泣いた
12. 名無し ■2010/07/20 00:22:48
>そういって会場の入り口を指差すと、そこから風見幽香が現れる。
>その姿を見て、観客はさらに熱狂する。
>「ゆうか! ゆうか!」とコールするものもいる。

「USC! USC!」とコールした奴もいるかもw
13. 名無し ■2010/07/20 13:10:54
チルノと魔理沙とお空が逆襲するのかな?
まぁ、自業自得だな。お前は。
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