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『OLIVE 2フレーズ目』 作者: タンドリーチキン

OLIVE 2フレーズ目

作品集: 18 投稿日時: 2010/07/18 19:35:08 更新日時: 2010/07/19 04:37:35
命蓮寺が密かに幻想郷連続夕食カレー記録を塗り替えた、ある秋の日の夜。
寺の居間にて、

「村紗。明日は台所に立たずともよいです」
「え゛っ?!!」

村紗と呼ばれた少女、村紗水蜜は突然の台所降板通告に酷く慌てていた。

「ど、どどどどどどどうしてですか、聖?!
私の料理に何かご不満なところがあったのですか?!」

そうではありません、と冷静に言葉を発するは聖白蓮。

「その、言いにくいのですが、さすがに同じメニューが続くと、
別のものも食べたいというか…、飽きがくるというか…」
「え、いや、だって、みんな、『おいしい。毎日でも食べたいね』って」

ぬえなんて3杯はおかわりしてましたよ、と村紗は弁解する。
当時、それを見た村紗はうれしくなり、『よし、毎日作るよ!たくさん食べてね!』となったのである。
そして終わらないカレーの日々が始まった。
誰がも、うれしそうに作る村紗にストップをかけられず、今に至る。

「貴方の作るカレーはとてもおいしいです。それは間違いありません。
ですが、先ほども言いましたが、こうも長く続くと、カレーのありがたみが薄れてしまうのです」
「そ、そうですか。聖の仰りたいことはよく分かりました。
ですが、台所に立つなというのは、あんまりではないですか?」
「うーん、私の言い方が悪かったですね。ここの所、ずっと貴方に任せっきりでしたからね。
たまにはゆっくり休みなさいという意味です」
「そういう事でしたか。分かりました。
……あ、そうなると、これはどうしましょう?」

思い出したように、台所から巨大な寸胴鍋を片手に持ってきて、白蓮に尋ねる。
白蓮はいやな予感を感じながらも、鍋の中身を尋ねる。

「…えーと、それは?」
「はい。本日のカレーの残りです。」
「……たくさん入ってますね…」

中を覗くと、なみなみと入っていた。
カレーは比較的保存が利くため、村紗は大量に仕込んでいたのだ。
しばらく思案した白蓮は、妙案を思いついたらしく、ぽんと手を叩く。

「そうだ!明日、近所のみなさんにお裾分けしましょう。
お世話になってる方々へのお礼や布教を兼ねて」
「おお!さすが聖です!私も手伝います!」


翌日の昼過ぎ。

当初、カレーを容器に小分けして配ろうと考えていた白蓮だったが、絶対的に容器の数が足りなかった。
しかたなく鍋を抱えながら近所を回ることとなった。

「おや、これはこれは白蓮殿。
貴方様から尋ねて来られるとは、どのようなご用件で。
…カレーですか。お裾分け?本当ですか。
ありがとうございます。頂きます」

次々と近所の家を回る白蓮と村紗。
檀家ではない家には、カレーと共に「ぜひ一度、寺にいらしてください」と付け加える。
そして日が暮れるまで続けた。
しかし、

「…聖。なかなか減りませんね…」
「…ええ、そうね…」

依然として鍋の中身は残ってしまった。
さすがにこの時間になってしまうと、どの家庭でも夕餉の準備が始まってしまっているだろう。
早いところでは、もう食べ始まってても、おかしくない。

「…残りは寺で食べませんか?みんなにはあと少し我慢してもらって」
「それはダメです」
「え、なぜですか?」
「出てくるとき、一輪に今日の夕食を頼んでおいたからです。
おそらくもう出来上がっている頃でしょう…」
「……はあぁ、…どうしましょう…」

公園のベンチで二人、ため息をついた。

二人の他に人影は見えない。
近頃、日が暮れると、どこからか入り込んだ野良妖怪が事件を起こすといったことが多発していた。
神出鬼没で、恐ろしい外見をしている、と注意を促す立て札が各所に立っていた。
その姿は、魔法の森に住む魔砲使いもその姿を見るや、襲われている人間がいたにも関わらず、
逃げ出すほど恐ろしいものだったらしい。
(ちなみに被害者の人間は自力で逃げ出し、無傷だったらしい)
そんなこともあって、里の人間は必ず日が暮れる前に帰宅し、しっかりと戸締りするようになっていた。

とりあえず寺に帰りましょう、と言いつつ、村紗が立ち上がったときだった。
トレンチコートを着込み、帽子とマスクで顔を隠した、息の荒い男が二人へ近づいてきた。
よく見ると、コートの下から脛が覗いている。

「………」
「………」

村紗と白蓮は、その男のあからさま過ぎる怪しさに言葉を失った。
予想通り、男は二人の前まで来ると、突然コートをバサッと開き、へそまで反り返ったイチモツを晒す。
その男は妖怪だったらしく、イボがついていたりと、凶暴な形状をしている。

「………」
「………」

それを見せられた白蓮は、なぜか魔法でカレーを温め始めた。
あっという間に、鍋からはグツグツと煮えている音が聞こえ始める。
村紗は鍋の蓋を取り、柄杓でかき混ぜる。

妖怪の男は、二人の予想外の行動に、戸惑った。
想定していない事態に、どうしようかと男が思案したときだった。
村紗は十分に沸騰したカレーを柄杓で掬い、男に向けて振る。
カレーは的確に男の股間を捕らえた。

「あっちいいいぃいぃぃ!!!」

熱さのあまり転げ回る男に、白蓮が静かに近づいて背後を捉える。
そしてスリーパーホールド。白蓮の腕がギリギリギリ、と男の頸動脈を締め上げる。
男はすぐにブラックアウトした。

数分後、そこには正座させられた男の姿があった。
正面には白蓮が立っている。
白蓮が、なぜこんなことをしたのかを問い詰め、その理由に呆れ、説教をしているところだった。
白蓮は笑顔で、鍋から熱々のカレーを柄杓で掬いながら語る。

「いいですか。もうこんな事をしてはいけませんよ」
「はいっ。ほんっっっとに、すんませんでしたっ
ですから、カレーはもう勘弁してください!!」

男は謝罪の言葉と共に、勢い良く頭を地面へ擦り付ける。

「聖〜、連れてきました〜」

ちょうどその時、村紗が里の自警団の面々を引き連れて戻ってきた。

「これは白蓮さま、こんな時間に、お疲れ様です。こいつですか?例の変質者は」
「ええそうです。では後はお願いします」
「分かりました。よし!連れて行け!」

自警団のリーダーが指示を出す。
男は両手首に妖力を抑える縄を巻きつけられ、連行されていった。
村紗と白蓮は手を振り、自警団の皆さんを見送る。
自警団が路地の角を曲がり、完全に見えなくなった。
次の瞬間、二人は顔を真っ赤にし、腰を抜かしたようにその場に座り込んでしまった。
二人は、心配した一輪達が探しにくるまで、動くことができなかった。


*


それから数日たった。
いまだに命蓮寺では、村紗と白蓮が捕まえた変態妖怪の話で持ち切りだった。
そして今、雲居一輪と封獣ぬえが、居間でお茶を啜りつつ、この話題を語らっていた。

「いや〜、あの時のムラサときたら、ありえないぐらい顔真っ赤にしてさ〜。すごい可愛かったな〜」
「もう、ぬえったら、いつまでその話を引っ張る気?……確かに姐さんの顔はすごい可愛かったけど…」
「え〜、ムラサの方が可愛かったって。天狗に言って、カメラで撮ってもらえば良かったな〜」
「…何の話をしてるんですか?」

一輪とぬえが、どちらの表情が良かったかの談議をしていると、毘沙門天の弟子、寅丸星がやってきた。

「何って、この間の変態妖怪の、『股間を晒す程度の能力』でムラサ達が精神に大ダメージを喰らった時の話だよ。
星は白蓮とムラサ、どっちの表情が可愛いと思った?」
「私は聖の方が………じゃなくてですね、二人とも、ナズーリンを見かけませんでしたか?」
「ナズーリン?ああ、たしか、箒が壊れたとかで、雑貨屋に買いに行ってるはずだけど。
どしたの?なんか失くしたの?」
「い、いえ、そうではなくてですね!
しばらく姿を見ないから、どうしたのかな〜と思っただけです!ええ本当です!」

星の言動から、また失くし物だな、と推測する二人。
その時、買い物から帰ってきたナズーリンが、廊下をこちらへ向かってきた。
星は部屋を出て、ナズーリンを呼び止める。

「ああ!ナズーリン。ちょうどいいところに」
「おや、ご主人。どうかなされましたか?」
「ええ、実は…」

星は言いかけて、部屋の中の一輪とぬえが聞き耳を立てているのに気が付く。

「えーとですね、…そう!里の様子はどうでしたか?なにか変わった点は?」
「ああ、それなんだがね。まずはこいつの一面を見てくれ」

星の苦し紛れの言葉に、ナズーリンは意外な反応を示す。
取り出されたのは、新聞だった。
星は新聞を受け取り、広げて読む。
一輪とぬえも、何事かと思い、横から覗く。

「え〜、『霧雨魔理沙ついに逮捕される!!』
…えっ、これって、あの魔理沙さんですよね?!」
「そうなんだ、ご主人。あの幻想郷宴会幹事兼魔法使いの霧雨魔理沙だ。
記事によると、どっかの屋敷の女中他三名を殺害した容疑で、今日の早朝逮捕されたらしい。
被害者の詳しい身元は、まだ不明のようだね」

星は、俄には信じられなかった。
だが、こうして記事になっている以上、何かしらの事件に巻き込まれているのだろうとも思った。

「それと、もう一件あるんだ」

ナズーリンがそう告げると、星はまだあるの?!と驚く。

「えっと、確か、小兎姫といったかな?人里の警察官。
私と同じく雑貨屋に箒を買いに来ていて、その時一緒に居た男性との会話を、断片的だが聞いてしまったんだ」

盗聴はよくないよ〜、とぬえが茶化す。
聞こえたものはしょうがないだろ、とナズーリンは返す。

「どうやら、この間の変態妖怪が脱走して、殺人事件を起こしたらしい。
被害者は里の男性で、死体には首がなかったとか。
しかもこの変態妖怪、クスリでラリってたんだろう。
公園で自分の喉を引っ掻きまくって、爪で血管破って、出血多量で死んでたのが発見されたらしい」
「なんとも物騒だねぇ〜。しかもヤク中か〜」
「ああ、腹に注射の痕が大量に残ってたらしい」
「腹に?」

クスリって随分と変な箇所に打つのね、と一輪が呟く。
注射って普通、腕だけだと思ってました、と星も呟く。

「これは私の考えだが、腕に痕があったらヤク打ってるのがばれるとでも思ったんじゃないか?
腹なら普通、誰にも見せないし」
「いや、だってそいつ、露出狂なんでしょ。思いっきり腹見せてんじゃん。
…な〜んか、おかしくない?」
「…むう、言われてみれば…」
「まあ、ヤク中のヤツに深い考えがあるとは思えないけどね〜」
「そういえば、船長や聖はどこに?
あの二人に、妖怪の腹に注射の痕があったかを聞けば、なんか分かるかもしれないな」
「お二人なら多分、本堂に居ますよ。
…ナズーリン、あの二人は立ち直ったばかりなのですから、あまり刺激しないように」
「了解だ、ご主人」
「あ、私も行く〜」

ナズーリンとぬえは本堂へ向かう。
本堂の引き戸を開けると、そこには白蓮と村紗が居た。
何かを買ってきたらしく、『香霖堂』と書かれた紙袋を間に置き、何かを話し合っていた。

「ふふふっ、高い買い物でしたけど、これでもう安心ですね!聖!」
「ええ、本当に。これさえあれば------」
「…何をしてるんだい、二人とも」

少し怪しい雰囲気を醸し出してる二人に、ナズーリンが話しかける。

「あら、ナズーリンにぬえ。どうしたのですか」
「ちょっと聞きたい事があったんだが…
その前に質問なんだが、二人が手にしている、それは一体何だい?」

白蓮と村紗の手には、それぞれ小さな筒があった。
その筒の片端は、本体より二周りぐらい小さくなっていて、よく見ると小さな穴が開いている。

「これはですね。外の世界の道具で、『ぼうはんすぷれい』というものです。
痴漢、暴漢を撃退する効果があるそうです。これでもう安心です」
「ふ〜ん、それ本当に効果あるの?ちょっと見せて〜」

ぬえは村紗から『ぼうはんすぷれい』を受け取り、弄くりまわす。
すると、小さな穴を発見し、よく見ようと目を近づけた。
その時、筒を持つ手に力が入ってしまい、端部分を押してしまう。
プシューという音と共に、ぬえの目に筒の中身が吹き付けられる。

「ぎゃあああああぁぁ!!?
め、目が、目がああぁぁぁぁ!!」

ぬえは目への突然の激痛に、両手で目を押さえ、激しく転げまわる。

「ちょっと!ぬえ、大丈夫?!」
「み、水だ!とにかく目を洗うんだ!」

ナズーリンの声に村紗が反応し、ぬえを担いで井戸まで走った。
急いで桶に水を汲むと、そのままぬえの頭を桶に突っ込む。
そして二分ほど経過した。
ぬえがジタバタと暴れだした。
村紗はまだ目の痛みが取れてないのだと思い、さらに二分、押し込んだ。
ぬえは完全におとなしくなった。

「あらまあ、ずいぶんと強力ですね、この『ぼうはんすぷれい』の効果は」
「………そうだね」

本堂に残った白蓮とナズーリンは、とりあえず座った。

「聖。話を戻すが、聞きたいことがあってきたんだ。
この間の変態妖怪の件なんだが、聖は、妖怪が股間を晒したとき、なにか気づいたことはないかい?」

白蓮はビクッ、と体を震わせ、顔が少し赤くなりだした。

「え、えーと…、と、特に変わったところはありませんでしたよ。
ええ、普通の男性器でした。サイズは命蓮の方が大き-----」
「そこではなく、腹、へそ周りでなかったかい?例えば、注射の痕とか」
「腹?へそ?………いいえ、何もありませんでしたよ。
…でもどうして、そんなことを聞くのですか?」
「実は-----」

ナズーリンは廊下でのぬえ達と会話した内容を説明する。

「そうですか。腹に注射の痕が…確かにおかしな話ですね」
「そうなんだ。聖の話と併せると、あの変態は自警団に連行された後でヤクを打ったことになる。
でも殺人事件を起こしたのは脱走直後。明らかにおかしい」

わいわい…     ざわざわ…
     がやがや…     ざわざわ…

ナズーリンと白蓮が考え込んでいると、外が騒がしくなっているのに気が付いた。

「なんだか表が騒がしいですね。お客さんでしょうか?」
「だとしたら、随分と団体さんだね。この騒がしさは五、六人どころじゃあない」
「あ!もしかしたら、カレーのお裾分けのお礼かもしれません。
お出迎えしなくては!」

そう叫ぶと白蓮は騒がしい方向、境内入り口へと急ぐ。
ナズーリンも後に続く。

向かう途中、まず異変に気づいたのはナズーリンだった。
ざわめきに耳を澄ますと、なにやら罵声、怒鳴り声のように聞こえる。
そして、騒がしさの割りに、境内に人影が見当たらないのだ。
考察するまでもなく、その理由はすぐに分かった。
入り口の門は、堅く閉じられていた。
その向こうから、罵声は発せられている。
門の前には一輪と雲山、そしてオロオロしている星が居た。
白蓮もおかしいと感じたらしく、表情が強張る。

「これは何事ですか?!」

門を押さえている三人に、白蓮が訊ねる。

「あ、聖!そ、それが、突然、大勢の人が押し寄せてきて…」

星が説明しようとした瞬間、

「おらぁ!!!ここをあけんかい!!」
「ちょっと!!説明ぐらいしなさいよ!!」
「さっさと責任者出せ!!!」

数々の怒鳴り声が聞こえてきた。
白蓮は静かに、かつ威厳を込めて言葉を発す。

「一輪、ここを開けなさい」
「しかし、姐さん---」
「開けなさい」
「…はい。…雲山!!」

雲山は、一輪が叫ぶと押さえるのをやめ、一転して門を開け始めた。
ゴゴゴゴと、重い音を響かせながら、門が開いていく。
その中央には白蓮。左脇には一輪、右脇には星とナズーリンが控えている。
門の前に集まっていた人垣は、門を中心に数歩退いた。

「皆さん、本日はようこそ命蓮寺へ。
なにやら大声を出している方が大勢いらっしゃいますが、どのようなご用件でしょうか」

白蓮は笑顔を浮かべ、静かに落ち着いた様子で、民衆に問いかける。
その様子が、逆に民衆を威圧する。

「よ、用件はこいつについてだ!しらばっくれてんじゃねえぞ!!」

民衆の中の大半が、何かを手に持っている。
それは、真新しい号外の新聞だった。

「それは新聞ですか?内容を知らないので、見せてもらえますか」

民衆は一瞬ざわつく。
やがて、人垣から一人の男性が前へ出て、新聞を白蓮に渡す。
白蓮はありがとう、とお礼を述べると、受け取った新聞を広げて読む。
見出しには、

『命蓮寺の住職、凶悪妖怪を見逃す?!』

と書かれていた。
白蓮は記事を読み始める。

その記事を要約すると、白蓮は、捕まえた妖怪が凶悪なヤツで殺人を犯す危険があることを
知っていたにも関わらず、ただの痴漢容疑で済ませてしまったのでは、という内容だった。
続いて理由としては、殺人容疑と比べ、比較的早く出所できること、
白蓮は封印される前、表では妖怪退治を依頼されても、裏では妖怪を助けていたことが挙げられていた。
特に後者の理由が強調されて書かれていた。

読み終わった白蓮は顔を上げ、民衆に向かって大声で語る。

「皆さん!この記事に書かれている事は推測、憶測に基づく誤解です!
私達はこの妖怪とは初対面であり、凶悪であるかなど知る由もありません!
ましてや、早く出所できるようになどと、世迷い言もいいとこです!」

白蓮の言葉に、民衆はざわついた。
言われてみればそうだよな、とか、やっぱりこんな事する人達じゃないよ、などの声が聞こえてくる。
命蓮寺に押し寄せてきている民衆の大半は、白蓮の「この記事はデタラメです!」という言葉を聴きたかっただけなのである。
民衆が白蓮の説得に応じようとしかけたときだった。

「じゃあよぉ!この、昔は裏で妖怪を助けていたってのは、どうなんだ?!
この部分に関しての弁解をまだ聞いてねえぞ!!」
「そ、それは………」

一人の男の発言に白蓮は言葉に詰まってしまった。
再び民衆がざわめき始める。
白蓮は少し考えてから、やがて意を決して口を開く。

「それは本当のことです。
しかし!それは当時の人間達が妖怪の言い分を聞かず、無闇矢鱈と退治しようとしたからです!
なかには、なんの悪さもしていないのに、『妖怪だから』という理由で、退治を依頼してきた人も居ました!
そんな不憫な妖怪を救い、且つ人との共存を目指し、我々は-----」

白蓮の言葉を遮り、民衆の一人が野次を飛ばす。

「やっぱり本当なんじゃねーかよぉー!!!妖怪を庇う奴等なんて信用できねぇよ!!」
「ですから-----」
「だいたいよぉーー!!不憫な妖怪を助けたっつったけどさぁーー!
その助けた妖怪の中には、人を襲ったヤツは一人も居なかったっつーのかよ!!?そんな訳ねぇよなぁー!!
さっきの言い分だと、人を襲った妖怪『も』助けたって意味だよなぁ!!」
「確かに、助けた妖怪の中には、人を襲った者も居ました。
ですが、私達はそういった妖怪を改心させ、人間と妖怪とが共に-----」
「どうやって改心させようとしたかは知らねえがよぉ!その改心させたっつー妖怪達は、全員、
二度と人間を襲ってねぇーんだろーな?!!人間を食わなくなったんだろーな?!!
無理だろ!!妖怪は人間食わなきゃ餓死すんだから!!
お前らのやったことは!人間を殺して回る殺人鬼を助けてんのと変わんねぇーんだよ!!!
なーにが人間と妖怪が共存だぁ!!一方的に人間が虐げられてんじゃねーか!!ふざけんなぁーーー!!」

民衆のざわめきが、いちだんと大きくなる。

白蓮は、俯いたまま何も言い返すことができなかった。


*


この日を境に、命蓮寺へ罵声や非難の言葉が浴びせられるようになった。
連日押し寄せる里の人と新聞記者の対応に追われたが、
一週間経つ頃には落ち着き始め、さらに一週間後には野次を飛ばす輩はいなくなった。
だが、同時に命蓮寺に説法を聞きにくる人々も減っていた。

代わりにさまざまな妖怪が命蓮寺へ訪れるようになった。
理由は至極簡単。
人里では妖怪による事件が絶えず、その影響で妖怪撲滅を考える輩が増えていった。
中には妖怪と見れば、無害な者だろうと『退治』するものが現れた。
(この場合の無害な者とは、人に外傷などの直接的な危害や過度の悪さをしない者達のことを指す)
その過激な思想の人間の犠牲となり、怪我した無害妖怪達が保護を求めてくるのだ。

命蓮寺は妖怪達を受け入れた。
すると、人間の来訪はますます減った。
里の人間にしてみれば、無害だろうと妖怪であることに変わりなく、やはり怖いのだ。

命蓮寺に避難してきた妖怪は、怪我がある程度治ると、自分の住処へ帰って行った。
寺の住人は「そんなことない」と言ってくれているが、妖怪達は自分が寺に居ることで多大な迷惑を掛けていることが
分かっていたのだ。

「白蓮〜、廊下の拭き掃除終わったよ〜」
「ご苦労様。次は境内の掃き掃除をお願いね、小傘ちゃん」
「りょ〜かい」

だが、住処を壊されたり奪われたりして、行き場の無くなった妖怪は、迷惑が掛かると分かっていても寺に残るしかなかった。
ならばせめて何か手伝わせてくれ、と志願し、掃除、洗濯、その他もろもろの雑用を進んで引き受けた。
居候が増えてから数日たったある日、

「どうもこんにちは。聖白蓮さんは居られますか?」

侍女を従え、稗田阿求が訪ねてきた。
門の前の掃き掃除をしていた一輪は、箒を門の横に立てかけ、こんにちはと返す。

「姐さんですか?今、本堂にいらっしゃいます。
直ぐに呼んでまいりますので応接間にて少々お待ちください。
どうぞこちらへ」

一輪は阿求達を居住区にある応接間へ案内する。
そして、白蓮に来客を知らせるため、雲山に呼んでくるよう指示する。
一輪が応接間の襖を開けると、机の上にナス色をした傘が置いてあった。小傘の傘だ。
化け傘の妖怪が肝心の傘を置き忘れているとは、こんなことでいいのだろうか、などと考えつつ、部屋の隅に立てかける。
お茶を出し終えた頃、白蓮は応接間へ現れた。

「これはこれは阿求殿、お久しぶりです」
「どうもお久しぶりです。突然の来訪で申し訳ありません」
「いえいえ、お気になさらずに」

白蓮と阿求、この二人は初対面ではなかった。
春の宝船騒動が終結してしばらくした後、阿求は命蓮寺の住人を幻想郷縁起へ記載するため、一度訪れていた。

白蓮は挨拶が終わると、机を挟んで阿求の対面側に座る。
その横には一輪が座っており、阿求の横には阿求の侍女が座っている。
ふと、白蓮は阿求の侍女に目をやる。

「あれ、以前来られたときのお連れの方とは、別の方なのですね」
「…ええ、そうです。最近雇いまして、私の護衛をお願いしています」
「そうでしたか」

阿求がそう言うと侍女は軽くお辞儀し、以後お見知りおきを、と言葉を添える。
白蓮も軽くお辞儀し、こちらこそ今後ともよろしくお願いします、と返す。

「それで本日はそのようなご用件で。幻想郷縁起の取材の続きですか?」
「いえ、今日は取材ではありません。ちょっとご相談したいことがありまして…。
白蓮殿は、霧雨魔理沙をご存知でしたよね。先日、彼女が逮捕された件も、ご存知ですか?」

阿求の問いかけに、白蓮は頷く。
そして思い出される、魔理沙逮捕の記事。

「ええ、先日の新聞で知りました。なんでも、…人を殺害してしまったとか」
「しかし魔理沙さんは、殺害したのは妖怪だけだと主張している。
私は弁護人として呼ばれ、彼女の話を聞きました。
少なくとも私は、彼女が嘘を言っているようには見えませんでした。
それで、私は魔理沙さんの弁護人を引き受け、裁判に挑んでいたのです」
「そうでしたか」

白蓮は軽い感銘を受ける。
だが、すぐに阿求の言葉に違和感を感じた。
阿求の言葉を頭の中で何度か反復し、そして違和感の原因に気付く。

「……あれ、裁判って、もう終わってしまったのですか?」
「そうです。ちなみに今日、判決が出ました。結果は、…敗訴で、死刑が宣告されました」
「…え?え?もう判決が出たんですか?私は、幻想郷の司法関係には詳しくないのでお聞きしたいのですが、
こんなにも速く、判決まで行ってしまうものなのですか?」

白蓮の問いに、阿求は首を横に振る。

「いいえ。幻想郷でも、これは異常なまでに、事が急速に進んでます」
「これは、どういうことでしょうか?」
「これは私の考えで、確証はないのですが…。
何者かが、司法関係に従事している人に圧力をかけているのではと思われます」
「…圧力…ですか」
「そうです。誰がか、魔理沙さんに死んで欲しいのでしょう。それも早急に」
「………理由は一体なんでしょう?」
「それは分かりません。何か知られては困ることを知ってしまったか、
何かを目撃してしまったのか、理由の候補は山ほど考えられます。
しかし、分かっていることもあります」
「それは?」
「その人物は、何の力も持たない、唯の人間である、ということです。
何かしらの能力を持っている人妖ならば、わざわざ死刑になるよう仕向けなくても、直接殺害しに行けばいいわけですから」
「なるほど」

表面上では納得したような口ぶりだが、白蓮には理解できていなかった。
一体全体何を見聞きされれば人間が人間に殺意を持ち、それを実行するというのか。
理解したいとは思わなかったが。

「そして、司法従事者に圧力をかけるとなると、相当な財力ないし組織力が必要となります。
幻想郷内でそれが可能なのは、里の有力者数名。
あとは、秘密歴史結社と呼ばれる、妖怪追放思想の連中だけです」
「妖怪追放、ですか?なにやら物騒な印象を受けますが」
「実際、物騒な連中です。幻想郷から妖怪を追い出して、人間だけのものにしようと企んでいるのです。
連中が圧力をかけたとするならば、合点がいきます」
「と言いますと?」
「連中はまず、人間と妖怪との対立関係を激化させたいのだと思います。
里の人たちの、妖怪に対する反感を強くして、自分達が表に出てきても歓迎される地盤を作りたいのです。
そして里の人間を煽り、妖怪を幻想郷から追い出そうというのでしょう。
その為には、力のある妖怪と仲の良い魔理沙さんは目障りだったと」

目障り。
その言葉を聴いた白蓮の握られた拳に、力が入る。
白蓮はドンッ、と机を叩き、真剣な表情で立ち上がる。

「私、ちょっと出かけて参ります」
「お待ちください白蓮殿!一体、どこへ行かれるというのですか!」
「魔理沙さんが収監されてる刑務所です。
そんな理不尽は、この私が許しません!」
「待ってください!まだ話は終わっていません!
それに、おそらく連中は刑務所はおろか、いたる所に潜伏しているはずです。
現に、先日の寺の門前で起こった件!あの時野次を飛ばしたのも、おそらく結社の連中です!
もしかしたら、その引き金となった、妖怪による殺人事件にも関わっている可能性があります!
うかつに事を起こしては、連中の思う壺です!!」

阿求の言葉を受け、白蓮はゆっくりと腰を下ろす。

「…阿求殿には、なにか考えが?」
「考え…と、言うほどのものではないのですが…。
私はまずは情報を集め、先ほど話した事の裏を取ります。もしかしたら、私の勘違いの可能性もありますので。
それまで、連中が魔理沙さんに何かしないか、安否の確認をお願いできますか?」
「分かりました。お引き受け致しましょう」
「よろしくお願いします」

話が終わり、阿求と白蓮は立ち上がる。
一輪も同時に立ち上がり、部屋の襖を開ける。
すると、部屋の前で多々良小傘がウロウロしていた。

「あ、一輪。私の傘、見なかった?」
「部屋の奥の隅にあるわよ。大事なものなら、こんなとこに置かないの!」
「ごめんなさ〜い」

小傘は一輪の脇を通り、傘を取りに行く。
その様子を見て、阿求はふふっと笑う。

「こうしてみると、人々が恐れている妖怪とは思えないですね」
「ええ、本当に」
「必ず、連中の馬鹿げた企みを阻止しましょう!」
「はい!」

阿求とその侍女を門の前まで見送り、姿が見えなくなると、一輪が白蓮に話しかける。

「姐さん。魔理沙さんの安否の確認、との事ですが、どのような方法をお考えですか?」
「それを考える前に、まずは一度皆に阿求殿から聞いたことを話すべきでしょう。
方法を考えるのは、その後です」
「分かりました」


数分後。
居間にナズーリン、一輪、村紗、星、ぬえ、そして白蓮が座に着いたところで、会議が始まった。
まずは白蓮が、阿求からの話を語る。
一輪を除く全員が驚いた。

「じゃあ、あの変態妖怪のやった殺人事件も、もしかしたら結社の連中の仕業かも知れないんですね?」

村紗が白蓮に問う。

「そうです。実際にあの妖怪が殺害したわけではなく、結社の人たちが妖怪の仕業に見せかけて殺害したのでしょう。
あとは妖怪にクスリを大量に投与して現場に放置。
傍から見れば薬物中毒の妖怪が殺人を犯したようにしか見えないでしょう」

一同がざわめく。
白蓮は、さらに言えば、と話を続ける。

「私はここ最近の妖怪による事件も怪しいと思っています。
全部がそうではないでしょうが、あまりにも数が多すぎます」
「…やっぱり、人間と妖怪の関係を悪化させるため、なんですよね」
「………」
「彼らは、同じ人間を殺して、妖怪を追い出して、それで一体どんな世界を作る気なんでしょう?」
「…それは分かりません。ただ、気に食わないものを追い出して作る世界などに幸福は訪れないことは確かです。
今、阿求殿が情報を集めてくれています。私達も、まずは出来る事から始めましょう」
「はい!」

次にどうやって魔理沙の安否を確認するかを話し合った。
その結果、監視役にはナズーリンが適任だろうという結論になった。
ナズーリンの部下のネズミならば容易く入り込めると考えたからである。

「そういえば、万が一のときは魔理沙を助け出すのだろう?
その後はどうすればいいのだろうか?」
「その時は寺で身柄を預かりましょう。幸い、空き部屋はありますし、今更居候が一人増えても問題はありません」

ナズーリンの疑問に、白蓮は事も無げに答える。
ぬえが何かを閃いたのか、あっ、と声を上げ、提案を出す。

「それなら服とか、今のうちに魔理沙の家から取ってきた方がいいんじゃない?
いきなり連れてきても、着る服がないんじゃ、かわいそうだよ」
「それもそうですね。では、ぬえと村紗は魔理沙さんの服や身の回りのものを持ってきてください」
「は〜い」「了解です」

ぬえと村紗は立ち上がり、早速魔理沙亭へ向かう。

「それじゃあ、そろそろ私も行こうかな」

ナズーリンも立ち上がり、刑務所へと向かう。
白蓮は、残された一輪と星に向き直る。

「一輪、星。今や二人は命蓮寺の顔です。普段どおりを心がけてください。
二人に何か変化があると、勘付かれる可能性があります」
「「分かりました、聖」」


*


幻想郷に、雪が降り始めた。
その雪空の下を、ナズーリンは里の外れにある刑務所に向かっていた。
耳を隠すためと雪避けを兼ねたフード付きコートを着込み両手をポケットに入れたその姿は、少し奇妙ではあったが、
周囲に妖怪であることがばれるよりはマシだろうと考えた結果であった。
通りから路地へ入り、森に面した刑務所の裏側へ回る。
その時、角を曲がった先に人影が見えた。

「!!」

とっさに身を引き、壁に背を当て、頭だけ覗かせて様子を見る。
人影に、ナズーリンに気づいた様子は無い。
だが、人目を気にしているのか、頻りに周囲を見回している。
その人物の目的が分からない以上、近寄るのはまずいと思い、ナズーリンはしばらく観察することにした。

その人物の髪は金髪で肌の色は薄い。まるで人形のようだ。
手が見えた。やはり色素が薄くて白く、指は細長い。器用そうな印象を受けた。

そこまで観察して、ナズーリンは一人の人物に思い当たる。
その人物とは、アリス・マーガトロイドだった。
アリスは又もや周囲を見回すと、そそくさと立ち去っていった。

「一体、こんなところで何をしていたんだ?」

ナズーリンはアリスの姿が見えなくなったのを確認すると、先ほどまでアリスが立っていた場所まで移動する。
周囲を見渡してみるが、特に変わった様子はない。

「あとは……この塀の向こうか…」

この刑務所は古い屋敷を改造したものらしく、塀は高く頑丈そうだが、材質は木だった。
ネズミを数匹呼び出すと、塀に穴を開けるよう指示する。
しばらくすると、ネズミが何とか通れるくらいの穴が開いた。

「よし、行ってこい!」

そしてネズミを侵入させ、何があるのかを確認させる。
程無くネズミは戻ってきた。
その報告によると、塀の向こう側は独房があるエリアであり、最寄りの独房には魔理沙と思われる人物が居たらしい。

「ふむ、魔理沙に何かしたわけじゃないのか。…本当に、なにしてたんだろうな」

アリスの行動を怪しいとは思ったものの、どうやら魔理沙は無事のようだ。
かといって、放置するのもどうかと思ったので、一応ネズミにアリスの後を付けさせる。
そして残りのネズミに、常時魔理沙を監視し、何か異常があれば知らせるよう、指示を出す。
ナズーリンはこんなもんかな、と呟き、寺へと帰ることにした。


その翌日。
アリスに付けていたネズミが、酷く興奮した様子で、ナズーリンの元に帰ってきた。

「お、お前!その怪我はどうした?!」

よく見ると、ネズミは体のあちこちに火傷を負っていた。
ネズミは、アリスに見つかった途端、大量の人形に襲われ、人形の自爆攻撃を避け切れなかったと報告した。
そして、見つかる前に、アリスが、気になることを喋っていたとも報告した。
その話の内容は断片的でしか聞こえず、判別できたのは、

『--を爆破--』 『--の警備は薄い--』 『--に決行--』 『--脱獄--』

という単語だけだった。
ナズーリンは、おそらくアリスは通信用の魔術かなにかで誰かと話していたのだろうと考えた。
すぐさま寺の面々を集め、これを報告する。
報告が終わって、まず開口したのは星だった。
それにぬえ、村紗が続く。

「それにしても、なにやら物騒な単語ですねぇ」
「爆破、だもんね〜。何を爆破するんかな?」
「う〜ん、どこかの警備を警戒してるみたいですね。
どこかの施設を爆破するんじゃないですか?」
「どこかって、どこさ?」
「決まってるじゃない。前日、刑務所付近に居たんでしょ?
それも魔理沙さんの独房付近に居たことから考えて、爆破目標は刑務所。
具体的には魔理沙さんの独房に、火薬詰め込んだ人形を送り込んで爆破するつもりじゃない?
独房の中なら、どう考えても避けようがないし」
「………」

白蓮は、黙って何かを考えていた。

「聖?いかがなされました?」
「ああ、星。いや、村紗の言うとおりだとすると、動機はなんだろうと考えていました」
「…動機、か…」
「あれじゃない?なんか昔、マジックアイテムを大量に持ってかれたってやつ。
それで、アリスが、キレて、爆破…、とか……」

ぬえが推理するが、話してる途中でこれは違うと気が付いたのか、途中からしりすぼみになった。
全員、う〜〜ん、と唸りながら考えるが、結局分からずじまいだった。

「ま、まあ、あの人形師が怪しい行動を取っているのは確かだし、こっちも見張ってた方がいいんじゃないか?
なんか物騒なことを口走ってるし」
「そうですね。ではナズーリン、引き続きその子ネズミにお願いしてもらえますか」
「あー、そのことなんだが、私のネズミ達がアリスの家には、もう行きたくないと言ってるんだ。
先の人形爆弾がトラウマになってしまったみたいで」

ナズーリンの頭の上にいたネズミが、首を引っ切り無しに横に振っている。

「あらあら、それは困りましたね」
「そこで提案なんだが、私が直接見張るというのはどうだろう?
どうやら、あの人形師はあまり家から出ないみたいだから、そう難しいことじゃないと思うんだ。
なにかあったら、ネズミを使いに寄こすから」
「あれ?それだと、魔理沙の方はどうするの?」
「それなら大丈夫だ。魔理沙を監視してるネズミには、何かあったら寺の誰かに知らせるよう指示しとくよ」


次の日からナズーリンによる張り込みが開始された。
幸いというべきか、アリス亭のある魔法の森は、隠れられる場所がたくさんあった。
ナズーリンは、あんぱんと牛乳を手に、時折木の陰からそっとアリス亭を覗く。
開始から四日間、アリスに動きは見られなかった。
そして五日目。

「ふむ、今日も動きなし、と」

ナズーリンはあんぱんに齧りつく。
半分食べたところで、今日は動きがないと思われていたアリスが家から出てきた。
ナズーリンはパンを口に押し込み、咀嚼もほどほどに飲み込む。
そしてネズミに、寺へアリスに動きがあったことを知らせに行かせ、自身はアリスを尾行する。
応援はすぐに来た。
来たのは、村紗、ぬえ、星の三名だった。
四人は、見失わないよう慎重に、横に広く散開しながら、後方を付ける。
アリスは里とは別の方向へと向かっていき、辿り着いた先は香霖堂だった。

「あれ?ここ、宝塔があった古道具屋じゃないか」

アリスはそのまま店に入っていく。
さすがに店の中までは付いていけないので、外で待機する。
しばらくすると、アリスは紙袋を抱えて出てきた。
そして来た道を引き返す。
アリスは顔には笑みを浮かべ、今にも踊りだしそうな足取りで歩いていた。
四人は、挙動不審人物と化したアリスの尾行を再開する。
そして何事もなく、アリス亭まで到着した。
アリスは懐から自宅の鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。

「どうやら、ただの買い物だったみたいだね」
「そのようですね。私達は一度、寺に戻ります。あとで、追加のあんぱんと牛乳を持ってきますね」
「……あ〜…ご主人。できれば別のものが食べ-----」

ナズーリンが差し入れの内容の変更を申し出ようとしたときだった。
その瞬間、アリス亭が爆発した。
辺りを凄まじい轟音と熱風が襲う。
四人はとっさに木の陰に隠れ、飛んでくる破片から身を守る。
それが治まると、今度は上空から爆発で巻き上げられた家の破片などが、四人の頭上に雨のごとく降り注いだ。

「おわぁ!」
「いたいいたいいたい!」
「きゃあ!」
ドゴッッッ「…きゅう」バタッ

しばらくして状況が落ち着いた頃、まず星が木の陰から出てきた。
ナズーリン、村紗がそれに続く。

「みんな、大丈夫ですか?」
「ああ、なんとか…」
「ちょ、ちょっと、ぬえ!大丈夫?!」
「………はっ!また赤髪の船頭さんが!…あれ?」

星は全員無事である事を確認すると、安心から、ほっ、とため息をついた。

「良かった。全員無事のようですね。……アリスさんは?!」

星の言葉に、三人とも爆心地となったアリス亭に振り返る。
アリス亭は、瓦礫の山に替わっていた。

「まだ生きているかも知れません!捜しましょう!」

四人は足元に注意しつつ、アリスの姿を捜す。
ナズーリンがペンデュラムを取り出し、瓦礫の上を歩き回っていると、反応する場所を見つけた。

「居た!この下だ!」

ナズーリンが示した場所の瓦礫を皆で掘り始める。
程無く、アリスは発見された。
掘り起こされると、辺りに肉の焼け焦げたにおいが漂った。
アリスは、真っ黒の炭になって死んでいた。


*


アリスが死んだことで、命蓮寺の面々は、容疑者の手がかりを失ってしまった。
阿求からの連絡もなく、待機するしか手がなくなってしまった。

「うーむ、アリスがお亡くなりになるとは…
私はてっきり、アリスは結社に協力していて、魔理沙を爆破するものだとばかり…」

ナズーリンの発言に、全員がうなずいた。
死体発見後、何か手がかりはないかと瓦礫を調べてみると、ドアに何かが仕掛けられたような跡があった。
どういう仕掛けかは分からなかったが、この爆発が事故ではなく、意図的に起こされたものだということは分かった。

静まり返る面々。
そこに、なにかを思いついたのか、白蓮が話し出す。

「皆さん。今、里では妖怪による事件件数も増える一方。逆に検挙率は低迷してて芳しくない。
どうでしょう、私達で犯人を捕まえてみては。なにか新しい手がかりがあるかも-----」

白蓮の作戦はこうだ。
@ 事件の多発している場所を特定。次に起こるであろう場所を予測し、監視する。
A 事件が起こったら、現場に急行。犯人を取り押さえる。
B 結果、人里からの信頼回復。檀家が増えるよ!やったね!白蓮ちゃん!

「………まあ、現状それしかないか。
うまくいけば、何らかの手がかりが掴めるかもしれないし」

ナズーリンの発言に、白蓮を除く全員がうなずいた。


次の日から早速行動を開始するが、願いもむなしく、犯人を取り押さえることができなかった。
気取られないようネズミを配置したが、事件発生の知らせを受けてから急行しても、すでに犯人は逃げたあと。
寺からでは、どうしても出遅れてしまうのだった。
かと言って、里の中をうろつく訳にも行かない。
目的は人助けなれど、彼女らは妖怪。あまり里の中をうろついていると、疑惑の目を向けられ、通報されかねない。
しかし、他に方法も無く、やるしかなかった。

不毛な鬼ごっこを始めて、早十数日目。
この日、仕事が早々に終わり暇を持て余した白蓮とぬえは、縁台で将棋を指していた。
そこへネズミから、里の近くの森の中で女性の死体があるとの報告が入った。

「ぬえ、行きましょう!」
「さすがに、これ以上の空振りは勘弁願いたいなぁ〜」

ネズミを案内役に、二人は事件現場へ飛んでいく。
その途中、眼下に二つの人影を見つけた。

「ねえ、白蓮。あれってさぁ、山の方の巫女じゃない?…あと一人、誰だっけ?」
「えっと、確か、白狼天狗の…犬走…椛?…ではなかったでしょうか?宴会で会った記憶があります。
あと、巫女ではなく、風祝ですよ」

その二つの人影は、妖怪の山に住む、東風谷早苗と犬走椛であった。
早苗と椛は、人一人が入りそうなほど大きな麻袋を一つ、前後で担ぎ、妖怪の山の方へと向かっていた。
早苗達は白蓮とぬえに気付いていないようだ。

「あの天狗ってさ〜、山の哨戒やってるんだよね?仕事しないで、こんなとこで何やってるんだろう?」
「なにやら大きな袋を抱えてるし、荷物運びの手伝いでは?ほらほら、人の心配より自分の仕事をやらないと!」

速度を落としそうになるぬえの背を白蓮が押し、ほら急げ、と促す。
程無く現場へ到着するが、既に犯人は立ち去った後だったらしく、現場には一人の女性の死体があるだけだった。

「あちゃ〜。ま〜た間に合わなかったか〜」

死体を眺めつつ、ぬえが呟く。

「これはまた、随分と惨い…」

白蓮も呟く。

実際、今回の被害者は、いつもにもまして酷い有様だった。
衣服はボロ雑巾のようで役目を果たしておらず、ほとんど全裸。
万が一にも逃げられないようにするためであろう、両足とも間接が5,6箇所増やされていた。
女性器は切り刻まれていた。どうやらナイフ状のものを男性器に見立てて、何度も膣に突き刺したようだ。
胸や腹には無数の青痣があり、そうとう殴られたことが分かる。
腕もやはり数箇所折られていた。ご丁寧なことに、全部の指が折られている。
首には紐状のもので締められて付いたのだろう、赤い筋が一本あった。
そして、その赤い筋から数ミリ上には、あるはずの頭部が、無かった。
鋭利な刃物が使用されたのだろう、綺麗に切断されていた。

「さて、どうしようか、これ」
「いつもどおり、里の自警団に匿名で書簡を出しましょう。下手に直接通報すると、私達が疑われかねません」
「そうだね。じゃあとりあえず帰ろうか」

そして二人は、現場をそのままに、寺へと飛び去る。
寺への帰り道、ぬえは何かを考えているらしく、う〜んう〜ん、と唸っていた。

「どうしました、ぬえ。何がそんなに気になるのですか?」
「ほら、途中で見かけた巫女と天狗。あの二人、なんだか怪しくない?
あんな事件現場に近いところで何してたんだろう?」
「先も言いましたが、買い物の帰りでは?大きな袋を抱えてましたし」

白蓮の言葉に、ぬえが、それだ!!と反応する。

「さっきの死体、首から上が無かったじゃん。で、切り口は刃物を使ったカンジだった。
きっと、二人が抱えてた袋に凶器が入ってるんだよ!」
「えっと、どういうこと?」
「つまり、犯人はあの二人ってこと!
まず被害者を暴行、殺害した後、死体の首を切断する。
その時使われた鈍器やら刃物やら死体の首やらを、あの大きな麻袋に入れて運んでたんだよ!
ほら!あの白狼天狗の刀はやたら大きいから、怪しまれないように袋に入れてたんだ!」

白蓮はなるほど、と納得した。
ぬえの凶器云々は別として、あの二人が怪しいのは確かである。
二人は確かに妖怪の山へ向かっていたが、来た方向を考えるとそれは事件現場の方角である。
死体を発見、タイミング的には犯人と接触していてもおかしくない。
だが、二人は荷物を運んでいるだけ。なぜか。それは二人が犯人だから。

今にして思えば、怪しすぎる。


*


それから一週間が経過した。
この間、先日の事件のことで妖怪の山に調査へ行こうとしたが、哨戒天狗に阻まれた。
哨戒天狗と何度交渉しても通ることは叶わなかった。

「以前は普通に、山の上の神社まで行けたのですけどねぇ」

寺に帰ってきた白蓮は、珍しく、そう零していた。
そして自室へ戻っていく。

「これはもう完全に『黒』でしょ?絶対、山の連中と結社の人間は繋がってるって!」

白蓮の様子を見た村紗とぬえが、昼食の準備をしつつ、台所で話し合っていた。

「ん〜、確かに、この急な態度の変化は、気になるけど…
でも『黒』だとすると、山ぐるみってことになるよ。
妖怪の山の連中が人里の人間を殺す理由って、なに?
それに、結社と繋がりがあるって、妖怪と妖怪を追い出そうっていう連中が手を組むの?」
「それは…えっと…ほら、あの早苗って巫女は、妖怪と見ればすぐ退治するじゃん。
きっと、妖怪退治に飽きて、今度は人間を退治し始めたんじゃないかな?
結社の方は、山の連中だけを残して、他を全部追い出すとか、まあ、そんな取引が……」

ぬえのトンデモ理論に、村紗は呆れた。

「ほら、昼食できたから皆呼んできて」
「…はいよ〜」

ぬえは寺の面々に昼食を知らせに行く。
ナズーリン、一輪、星、居候の面々に声をかけ、最後に白蓮へ声をかけようと襖に手を掛けようした。
その時、襖が開き、その向こうには白蓮が立っていた。

「あらあらぬえ、どうしました?」
「おっと、びっくりした。昼食ができたから、呼びに来たんだ」
「あらそうですか。では参りましょうか」

人数が増えて賑やかな食事中、白蓮だけが何かを考えるように、静かに食べていた。
昼食が終わり、各々が片付けを始めた頃、それまで静かだった白蓮が口を開いた。

「みなさん。私はこれからちょっと外出してまいります。留守をお願いしますね」
「あれ、聖。どちらへ行かれるのですか?よろしければ、私もお供いたします」
「ええ、では星。お願いできますか?」
「もちろんです!」

そして寺の門をくぐり、里の中心方向へ向かっていく二人。
それと入れ替わるように、魔理沙の監視をしていたネズミが慌てた様子で寺に入っていったが、二人は気が付かなかった。


「聖。それで稗田家には、何用で行かれるのですか?」

二人は今、稗田阿求宅を目指して歩いていた。

「それはですね。以前お願いした、結社の情報はどうなったのかと思いましてね。
話の裏が取れたのか、間違いだったのか、現在の進捗を聞きに行くのです」
「話の裏……秘密歴史結社とかいう、妖怪追放思想の連中の事ですよね?」
「そうです。あれから、大分日にちが経ちましたからね。何かしらの情報は掴んでいると思われます」

稗田家の屋敷が正面に見えてきた時だった。
突然、辺りに風が吹き始めた。
始めはそよ風ぐらいだったが、時間が経つに連れて、だんだんと強くなってくる。
二人がおかしいと思い始めたとき、阿求の屋敷が、風で吹き飛んだ。
そして屋敷があった場所に、巨大竜巻が発生した。

「きゃああぁ!」
「し、星!しっかり!」

横からの風が凄まじく、二人まで吹き飛ばされそうになる。
身を低くして堪えていると、今度は風がピタリと止んだ。
恐る恐る目を開ける二人に、凄惨な光景が飛び込んできた。

「こ、これは…」
「ひどい…」

竜巻の起こった場所を中心に、辺り一帯の屋敷が崩壊していた。
特に中心地点の、阿求の屋敷は原型が分からないほどだった。。

「一体、なにが…
…はっ!人が巻き込まれたかも知れません!星!行きますよ!」

二人は急いで阿求の屋敷跡に駆け寄る。
すると、瓦礫の隙間に人の腕が見えた。

「大丈夫ですか?!」

白蓮が瓦礫をどけると、それまで見えていた腕が、ぽろっ、と落ちた。
腕から先にあるはずの、胴体が無かった。
別の場所には足が見えた。
駆け寄って瓦礫をどける。
先は、何も無かった。
見つける。
どける。
またしても、無い。
見つける。
どける。
どうしても、無い。
こっちのも無い。あっちのも無い。無い。無い。無い。無い。無い。無い。
どこにも、生存者が、居なかった。

「聖!」

白蓮は星の声に、はっ、と我に返った。
そして星の方を振り返る。星は屋敷の使用人らしき人を抱きかかえていた。
よく見ると、使用人の胸に太い木材が突き刺さっている。だが、まだ息があるようだ。

「……うっ…」
「大丈夫ですか?!しっかり!!何があったんですか?!!」

白蓮が駆け寄る。

「こ……」
「こ?」
「こちや…さな…え……が………」

そこまで口にすると、使用人は息絶えた。
星はゆっくりと、地に寝かせる。

「星…まだ、生きている方が居るかもしれません…捜しましょう」
「はい…、聖」

どれだけの時間を費やしたのかは、もう分からない。
いつの間にか、辺りに住む里の人も入り混じって、捜索が行われた。
一心不乱に瓦礫をどけ、生存者を捜すも、成果は芳しくない。

「生存者、五名、ですか」

結果、たった五人だけ。いや、あの竜巻の規模を考えれば、五人も生き残っていた。
だがこの五人も、無事というわけではない。
足が砕けていたり、腕がちぎれていたり、腹から腸がはみ出しているものも居た。

「医者だ!!里の医者を全員連れて来い!」

捜索に協力してくれた里の人間が叫ぶ。
医師の到着を待っていたら手遅れになると判断した白蓮は、医者が間に合うように、生存者に治癒魔法を使う。
元来、白蓮は身体能力を上げる魔法を得意としている。
その為、専門外の慣れてない治癒魔法は、即完治とは行かないうえ魔力の消費が激しい。
だが、ここでやめるわけにはいかない。
重傷の者は、今、魔法を解いたら確実に間に合わないだろう。

しばらくすると、里の医者がやってきた。医者はけが人を見て、応急措置を行う。
それを見て白蓮は、治癒魔法を解いた。
限界ギリギリまで魔法を使用し、加えて医師が来た安心感で気が抜けた白蓮は、ふらっと、よろけてしまう。

「聖!」

倒れそうになる白蓮を、星がとっさに支えた。そしてそのまま、ゆっくりと座らせる。
医師達は、瓦礫から大きめの板を取り出し、担架の代わりにして生存者を乗せる。
そして医師がここにいる全員に話しかける。

「ここでは、これ以上の治療はできません。ここからだと、私の院が近いです。運ぶのを手伝ってください」
「星。私は大丈夫です。それよりも、あの方達の手伝いをお願いできますか」
「分かりました、聖。ここで休んでいてください。後ほどお迎えにあがります。けして無理をなさらぬ様、お願いします」
「ええ、私はここで少し休んでます。後から行きますから、先をお願いね」
「はい!」

星と里の人数人は、各担架を前後で持ち、医師達の後に続いていった。
一人残された白蓮は、ふぅ、とため息をついた。

その時だった。
遠くから爆発音が聞こえてきた。

「!!今度は何?!爆発?!」

そして思い出される、目の前で息絶えた使用人の言葉。

(こちや…さな…え……が………)

東風谷、早苗。
これは彼女の仕業なのか、はたまた別の誰かなのか、今は分からない。
しかし、彼女が何かを知っているのは確実だろう、と白蓮は考えた。

白蓮は悲鳴を上げる体に鞭打って立ち上がる。
またしても爆発音がした。

「あちらですね!」

白蓮は爆発音のした方向に早苗がいると予感していた。
急ぎ音の方向、魔法の森へと駆けていく。


*


時は少し遡り、白蓮と星が寺を出発した直後。

二人と入れ違いの形で、魔理沙を監視していたネズミが駆け込んできた。
報告によると、魔理沙の独房に怪しい男が入ってきて、強姦しようとしているらしい。
ナズーリン、一輪、村紗、ぬえは魔理沙を救出するべく、急いで刑務所へ向かう。

「ど、どうしよう…こんな時に限って、星も白蓮も居ない…」

刑務所に向かう道の途中、ぬえが弱音を吐いた。

「大丈夫だ。ちゃんと方法は考えてある」
「本当?どうするの?」

ナズーリンの言葉に、村紗が問う。

「それはだね、ぬえの『正体不明の種』を使う」
「へ?私の?」
「そう。刑務所の人間は普通、外部から来た者が堂々と歩いてるなんて思わないだろう。
刑務所内部でそれを使えば、私達は職員にしか見えないはずだ」
「なるほどね。私の『正体不明の種』にそんな使い方があったとは…」

おいコラ、と村紗がつっこむ。

「それで、内部の監視の目はごまかせるとして、どこから刑務所の中に入るの?
さすがに正面からは無理じゃない?そこを警備してる人は私達を誤認しないんじゃ…」

『正体不明の種』は、その人が持っている知識で認識できる物に見せることができる。
しかし、外部の人間が来ることを想定している、正面を警備してる人には効果がないのでは、と村紗は考えた。

「それも考えてある。
刑務所の警備は出入り口に集中していて、他の箇所、特に中庭なんかは警備が薄いんだ。こっそり、空から侵入すればいい。
中庭から建物への入り口は二つあるから、二手に分かれて魔理沙の独房を目指す、というのはどうだろう?」
「いいわね、それで行きましょう」

そうこうしている内に、刑務所の裏側にたどり着いた。予定通り、空から侵入する。
村紗とぬえは建物の左側、一輪とナズーリンは右側の入り口を目指す。
一輪とナズーリンがドアまであと数歩まで近づいたとき、ガチャガチャ、と誰かが向こう側からドアを開けようとする音が聞こえた。

「や、やばい!」
「一輪、落ち着くんだ!大丈夫だ!私達は職員にしか見えない!」

そう言いつつ、ナズーリンは近くにあった竹箒と塵取りを手に取る。

「これで、いかにも今まで掃除してました。って顔してれば大丈夫!」

ドアが開くタイミングを見はかって、ドアへと歩き出す。
そしてドアが勢い良く開いた。
ドアを開けた人物は、これから助け出そうとしていた、魔理沙本人だった。

「あ、貴女、なんでここにい、うわあぁ!?」

魔理沙は一輪とナズーリンを見ると、いきなり走り出し、一輪にとび蹴りを喰らわせた。
そしてナズーリンの持っていた竹箒を奪い取り、そのまま跨いで空へと飛び立っていった。


*


魔法の森へと向かった白蓮は、爆発音のする方へ向かう途中、妖怪の死体が転がっていることに気が付いた。
その死体は、音するの方向に、点々と転がっていた。
死体から流れ出ている血が周囲の雪を染め、赤い一本の道をかたどっている。
まるで、レッドカーペットのようだ、と場違いな考えが過った。

「はあっ、はあっ、はあっ、…がはっ、はあっ、ふうっ、はあっ」

魔力のほとんどを使い、同時に体力も限界に近い白蓮は、雪に足を取られ、思うように進むことができなかった。
進んでは止まり、また進んでは止まってを繰り返す。
だが、確実に近づいているようで、爆発音に混じって、悲鳴のような声が聞こえてきた。

「だ、誰かが、た、戦って、いるの、ですね…」

こんなところで休んでる場合じゃない、と自分に言い聞かせ、前へ歩き出す。
顔を上げると、前方の森が開けてきているのが分かった。
そして木々の間から、何か人影が動くのが見えた。
次の瞬間、その人影が視界を覆った。

「ぅわぁぁぁああああ!!!」
「?!!!」

反射的に両腕を前に突き出し、その人物を受け止める。
同時に凄まじい轟音と衝撃波が白蓮を襲った。

「きゃああぁぁ!!」

白蓮はその衝撃に耐え切れず、後ろへと転がる。
とっさに、雪から露出していた木の根に捕まり、何とかそれ以上吹き飛ばされるのを防ぐ。

「う……、だ、大丈夫かい?」

状況が落ち着いた頃、白蓮に向かって飛んできた人物が、手を差し伸べてきた。
白蓮は顔をあげ、その人物を見る。
その人物は、森近霖之助だった。

「え、ええ。何とか…」

白蓮は霖之助の手に掴まり、ゆっくりと立ち上がる。

「香霖堂さん、今、ここで何が起こってるんですか?できれば状況の説明をお願いしたいのですが…」

白蓮は霖之助に尋ねるが、彼は答えず、白蓮の後ろを睨んでいる。
白蓮がその視線に気付き、後ろを振り返る。
そこには、稗田阿求が立っていた。
白蓮が阿求に声を掛けようとすると、

「稗田あああぁぁぁぁ!!!」

霖之助が大声で叫び、懐から短刀を取り出し、阿求の方へ向かっていく。
阿求は静かに、いつもと変わらない口調で話し出す。

「あら、貴方も無事だったの?それよりも霖之助さん、私なんかに構ってていいんですか?
ほら、あちらはほっといていいんですか?」

阿求が指差した方向には魔理沙が、そしてその傍らには早苗が刀を逆手に持ち、立っていた。
刀を持つ手が振り上げられる。

「やめろおおおぉぉぉ!!!」

霖之助が叫んだ。
だが、早苗の腕は勢い良く振り下げられる。
魔理沙に刀が突き刺さった。

「魔理沙ぁぁ!!」

霖之助は魔理沙の元へと走り出す。
だが、爆発の衝撃で右足を痛めたらしく、その速度は速くない。

白蓮には、何がなんだか、分からなかった。
阿求を問い詰めようと振り返るが、阿求は姿を消していた。
再び魔理沙の方を振り返ると、早苗が刀を捨て、歩き出すのが見えた。
白蓮は、早苗の方へと歩き出す。

「お待ちなさい」

ある程度距離が縮まったところで、白蓮が話しかける。
早苗は振り返り、白蓮を見る。

「…ああ、貴方は…法界に封印…されていた…聖白蓮…でしたよね…何か…用ですか?」
「何か用、ではありません!何故ですか!!何故、魔理沙さんを刺したのですか?!」
「なんだ、そんな…事…」
「そんな事?!人の命を何だと思ってるんですか!!」

早苗は一瞬、戸惑ったような表情をする。が、すぐに無表情に戻る。
白蓮は話を続ける。

「人の命というものは、いやそれだけじゃない!妖怪も、生きている者の命は、そんな簡単に奪っていいものではありません!
皆、それぞれに大切な人が居るのです!それを奪われる悲しみを、貴方は理解できないのですか!
貴方に大切な人は居ないのですか?!」
「……魔理沙さんは…私の邪魔を、阿求を、助けたのです!理由としてはそれで十分!!
何も知らない輩が!他人のやる事に口出ししてんじゃねえぇぇ!!!」

早苗は突如激昂しだし、右腕を大きく振りかぶって、白蓮に殴りかかった。
白蓮は左足を引き、拳を避ける。

「なにをするのです!」
「ああああああ!!!!」

尚も早苗は右手をめちゃくちゃに振り回し、何度も殴りかかる。
白蓮は何とか避け続けるが、とうに体力が限界に達しており、十数発避けたところで足がもつれてしまう。

「あ!」

白蓮は何とか倒れまいと踏ん張るが、体制を崩し、右膝をついてしまう。
早苗は、バランスを崩した白蓮に渾身の一撃を入れんと、一際大きく振りかぶる。

「おらあぁ!!」

足が言うことを聞かず、避けられないと判断した白蓮は、袖に防犯スプレーを仕込んでいたのを思い出し、
取り出し、早苗に吹きかける。
OCガスが早苗の目、鼻、口全てに入り込む。

「ぎゃあああぁぁぁ!!」

早苗は反射的に右手で目を覆う。そして両膝を折り、地面にうずくまる。
白蓮は早苗の背中に跨り、右腕を首に絡ませ、早苗の首を締め上げようとする。
だが、早苗の頭部が下がっているため、顎が邪魔して完全に極まらない。

「が…ぁ……」

早苗は右手で白蓮の腕を掴み、引き剥がそうとするが、その力は弱々しく、ピクリともしない。
白蓮は、早苗の頭部を上げさせるべく、左手で早苗の前髪を掴み、自身の胸元へ引く。
初めはそれに抵抗したが、引っ張る力のほうが強く、頭部を上げさせた。
そして極まる裸締。

ふと、白蓮の脳裏に、このまま殺すべきだ、という考えが浮かんできた。
そして以前言われた、『人間を殺して回る殺人鬼を助けてるのと変わらない』という言葉を思い出す。

白蓮は考える。
早苗は多くの人妖を殺しすぎた。
このまま早苗を生かして帰すことは、まさに『人間を殺して回る殺人鬼を助ける』ことと同義だ。
少なくとも、里の人間はそう判断するだろう。
そうなれば、私は里から再び非難を浴びせられる。
いや、前回の比どころではない。
前回は過去の事だから、あの程度で済んだのだ。
また同じ事を繰り返したと思われたら、もう人里には居られない。
それどころか、寺の住人が皆、以前の私のように封印されてしまうかもしれない。それはダメだ。
殺るんだ。いつもより、長めに締めるだけでいいんだ。それだけだ。簡単だ!
殺れ!

寺のみんなの為に、締める。
人里の平和の為に、締める。
これで良いんだ、と自分に言い聞かせながら、締める。
とっくにブラックアウトしたであろう早苗の首を、尚も緩めることなく、締め続ける。

だが、白蓮の脳裏に、本当にこれで良いのだろうか、と疑問が浮かんできた。
早苗を殺すということは、自分に不都合な者を排除するということだ。
今、自分がしようとしている事と、妖怪を排除しようとする結社の行ってきたことと、一体何が違うというのか!
やめるんだ!

葛藤の結果、白蓮は締め付けを緩めた。
そして早苗がまだ生きていることを確認すると、自分のスカートの裾を破り、まだ出血を続けている早苗の左腕を止血する。
さて、これからどうしようかと思案していると、ふっ、と辺りが暗くなった。
上を見上げると、巨大な何かが、白蓮目掛けて降って来た。

「きゃあ!」

白蓮は、ヘッドスライディングの形で飛び退く。
落下物は先ほどまで白蓮が居た場所を押しつぶした。
白蓮は急いで立ち上がろうとするが、体力切れのため、思うように腕に力を込められない。
何が起きたのかを確かめるべく、膝に手を付き、なんとか立ち上がる。
それは、巨大な柱だった。
直径1m、長さは17mはあるだろう。もし、落下に気が付かなかったらと考えると、ぞっとする。

「はっ!そうだ!早苗は?!」

白蓮は、自分の近くに早苗が居たことを思い出し、柱の根元へ目を向ける。
そこに、早苗の姿は無かった。最悪の事態が頭を過った。

「よう」

その時、頭上から声がした。
声のした方を見上げると、柱の上に人影が見えた。
その姿は逆光でよく見えないが、特徴のある背中のしめ縄から、八坂神奈子だと思われた。
神奈子の両手には、早苗が抱きかかえられていた。

「うちの早苗が迷惑かけたみたいだね。
でも、悪いんだが、人里にもあんたにも、早苗は渡せない。この子は私が連れて帰るよ。すまんね」
「ま、待ちなさい!そんな勝手が-----」
「ああ、自分勝手なのは承知の上だ。でもね、たとえこの子がどんな悪事を働こうと、私達は助けたいんだ。
あんたなら、私が言ってることが理解できるだろ?聖白蓮」

白蓮は言い返せなかった。神奈子の言いたいことが、理解できてしまったから。
神奈子は白蓮の様子を見て、ふっ、と笑う。

「それじゃあ、私はこれで失礼するよ。
……私達がそれまで存在できていたのなら、また会おう」
「あ!」

神奈子は、早苗を連れて飛び去っていった。
白蓮はしばらく立ち尽くした後、魔理沙はどうなったのかと思い、周囲を見渡すが、既に魔理沙と霖之助の姿は無かった。
そうこうしている内に、空から雪が降って来た。

「…帰りましょうか」

誰に言うでもなく、そう呟くと、命蓮寺へと歩き出した。
ふと、どこからとも無く、歌が聞こえてきた。
歌声は森の中を反響していて、方向はわからない。
体力的にも、精神的にも疲労しきった白蓮に、歌っている者を確認する気力は残ってなかった。
歌声は小さくなり、やがて聞こえなくなった。
白蓮は俯きながら、ゆっくりと、一定の速度で、ひたすら歩いた。
さく、さく、という白蓮の雪を踏む音だけが、辺りに響いた。

やがて森を抜け、命蓮寺までもう少しという所で、寺の入り口が騒がしいのに気が付いた。
どうやら、門の前に里の人が押し寄せてきているらしかった。

「あ、帰ってきたぞ!聖白蓮だ!」

群集の一人が白蓮の姿を発見し、指を指しながら叫んだ。
わっ、と群集が白蓮の周りを取り囲み、人垣ができる。

「白蓮さん!稗田の屋敷が襲われたとき、近くに居ましたよね?阿求様の姿を見ませんでしたか?!」
「…阿求殿はご無事です。屋敷の所ではありませんが、森の中で先ほどお会いしました。
今はどこかに身を隠しておられるのでしょう」
「それで犯人は?!竜巻が治まった後に山の風祝が飛び去ったのを見たと申す者がおります!
そして白蓮殿がその後を追ったとも!当然、仕留められたのですよね?!」
「…風祝……東風谷早苗は、仕留められませんでした」

民衆がざわつく。

「それは、わざと殺さなかったという意味ですか?それとも、逃げられたという意味ですか?」
「両方です。殺さずにおいた為、取り逃がす結果となりました」

民衆のざわつきが大きくなる。

「なぜすぐに殺さなかったのですか?!ヤツのせいで、何十人と死傷者が出たんですよ?!!」
「それは………」

言い淀む白蓮に、ビシッ、と石が投げつけられた。

「やっぱりお前も人間の敵だ!!
人間を殺しまくったやつを殺さずに逃がしただと!!ふざけんなぁ!!!」
「そうだそうだ!お前が逃がしたせいで、また里に被害が出たらどうすんだ!」
「出て行け!何が人間と妖怪の共存だ!ちったあ、人間を助けたらどうなんだ!!」

いつしか、集まった民衆全てが白蓮を非難していた。
そして絶え間なく、白蓮に石が投げつけられる。

降り注ぐ石の雨の中、白蓮は静かに微笑んでいたが、目からは涙が溢れた。
白蓮にはもう、何が正しくて、何が悲しいことだか、分からなくなっていた。
前回コメントしてくださった皆様、本当にありがとうございます。
これ、もうちょっとだけ続きます。
タンドリーチキン
作品情報
作品集:
18
投稿日時:
2010/07/18 19:35:08
更新日時:
2010/07/19 04:37:35
分類
命蓮寺
1. 名無し ■2010/07/19 08:11:42
なんでだよ、なんで白蓮を苦しませるんだよ……

いいぞもっとやれ
2. 名無し ■2010/07/19 08:17:34
ぬえが生きてて良かった。
3. 名無し ■2010/07/22 01:16:02
この世界には一体何が起こっているのか
最高クラスに続きが気になる作品だ
次回も楽しみにしてます
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