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『もつべきものは』 作者: 家具
「……………おなかすいたぁ」
ぽつり。
可愛らしい少女の姿をした宵闇の妖怪、ルーミアは、お腹を押さえてもう何度目になるか解らない呟きを零した。
ルーミアは、妖怪としては弱小の部類に入る。
無論腐っても妖怪のはしくれ、普通の人間ならば大の男数人くらいは相手に出来る。しかし最近は度重なる異変や教訓を経て人間の警戒心も高まり、襲うのも大分難しくなってしまった。
更には里を護る半獣が教育を整備し浸透させた結果、危険な場所に出歩く子供も少なくなった。
その上、下手に人間を襲おうとしたものなら、最近調子づいている山の巫女が喜び勇んで退治に来る。奴は何もしていなくてさえ妖怪と見れば難癖をつけて退治する、いやいや退治なんてものじゃない、一度奴の視界に入れば最期、紅白巫女への嫉妬や恨みつらみを聞かされながら酷い拷問の末に惨殺されるのだ………とまことしやかに囁かれ、今や弱小妖怪にとって、山の巫女は恐怖の代名詞だった。
それ以外にも言わずと知れた黒白魔法使い、竹林の不死者に寺の連中等々、妖怪から人間を守ろうとする実力者は増加傾向にある。人間達にとっては生きやすい世の中になったのだろうが、ルーミア達にとっては堪ったものではない。
妖怪は精神に依存する生き物だ。例えば境界の妖怪や花の妖怪のようにある程度高位に達した妖怪は、人を襲わずともその精神力のみで自己を確立する。半獣や寺の妖怪のように確固とした信念を持つ妖怪も、人を襲う必要はない。だがルーミア達弱小妖怪―――ある意味ではかなり原始的な妖怪達は、人を襲わないと妖怪としてのアイデンティティを保てない。襲った人間を直接食べない代わりに食物を献上させるならともかく、寺に駆け込んで温かいご飯を恵んで貰うだけでは、心の飢えまでは満たされないのである。
「ううぅー…………、おなかすいたよぅ………」
かといって、なりふり構わず人間を襲えば高確率で退治される。軽いお仕置き程度で済めばまだいいが、まずい相手―――最近目が血走っている山の巫女とか―――に出くわして、命まで落としたら本末転倒だ。
一応、今もふらふらとさ迷って食べられそうな人間を探してはいるが、いい加減空腹に負けて集中力が途切れかけていた。こんな状態では、都合良く人間を見つけて上手く仕留めるなど出来るはずもない。
「もう限界ぃー………」
これは無理だ、と、ルーミアは判断する。この状態で都合の良い人間の訪れを待ち続けていてもどうしようもない。
しかし、精神の飢えは最早無視出来ないレベルにまで至っている。先程落ちていた木の実を拾って食べてみたが、味のない粘土でも食べているようだった。
なら、このまま精神が弱り果てるのを待つのか? 言語道断である。これがただの弱小妖怪なら力尽きて死を待つ緩慢な自殺か、一か八かで人里に特攻する積極的な自殺という究極の二者択一を迫られていたかもしれない。だが、まだルーミアには手があった。
弱小妖怪は弱小妖怪でも、ルーミアは他の多くの妖怪とやや異なる点がある。
即ち、あまり知的でない原始的な妖怪は通例群れを好まないが、ルーミアには友人がいる、ということである。
あまり頼りにしすぎるのも気は進まないけれど、こうなっては仕方がない。背に腹は代えられないと、ルーミアは両手を広げ、一路霧の湖を目指すのだった。
+++++
「チルノー。いるのかー?」
「お? ルーミア?」
友人のうちの一人―――氷の妖精チルノの姿はあっさりと見つかった。ルーミアが十字架のポーズを保ったまま近づくと、大妖精と遊んでいたチルノもすぐに気付いて振り返る。因みに最近お気に入りなのは、チルノが投げる氷のボールを大妖精が打ち返す、という遊びである。最初はキャッチボールの予定だったのだが、チルノ以外氷のボールに触りたがらないため野球もどきに変更になった。
「あ、ルーミアちゃんだ。どうしたの?」
「大ちゃんもいたのかー。うーんと、ちょっとチルノを最強と見込んで、手伝ってもらいたいことができたのだー。今、大丈夫なのかー?」
「ふえ? さいきょーのあたいに、頼み事?」
ルーミアが首を傾げて尋ねると、チルノも首を傾げて聞き返す。チルノは暫し悩んだ後、大妖精の方を向いて「大丈夫?」と尋ねた。
チルノは頭はやや悪く態度も大きいが、その実人一倍友達想いの妖精である。ルーミアを今すぐ助けたくても、今まで遊んでいた大妖精をいきなり放り出すことには抵抗があるのだろう。
大好きな友人のそんなさりげない気遣いに、ルーミアと大妖精は小さく顔を綻ばせる。
「チルノちゃん、私のことは気にしないで。今はルーミアちゃんを助けてあげて?」
「………わかった。ルーミア、さいきょーのあたいに何でも任せてね!!」
「チルノ………それに大ちゃんも、ありがとうなのかー。じゃあチルノ、ついて来て欲しいのだー」
「うん! 続きはまた今度ね、大ちゃん!」
「うん、ばいばいチルノちゃん!」
チルノと大妖精は仲良く手を振り合い、大妖精は湖の向こうへ、チルノはルーミアと共に森の方角へと飛び立った。
体力が足りていないためやや速度が落ち気味のルーミアに動きを合わせながら、「それで、あたいは何をするの?」とチルノが尋ねる。
「………後で説明するのだー」
「ふーん………。………ルーミア、なんか具合悪そう。どうかした?」
顔を覗き込んでそう聞いてくるチルノを、ルーミアは複雑な表情で見詰め返す。
チルノは妖精。自然と共にあるだけで生きる為の必要条件を満たせる、先天的に能天気な種族。
そんなチルノにどれだけ言葉を凝らして説明したところで、今のルーミアの抱えるどうしようもない飢餓感は理解出来ないだろう。
………一瞬の間の後、ルーミアは明るい笑顔で「へっちゃらなのだー」と答えてみせる。
チルノは「そっか」と頷き、ふらふらと飛ぶルーミアの体力を気遣ってか、それ以上あれこれと尋ねる事はしなかった。
数分後、二人は「このあたりでいいのかー」とのルーミアの言葉の元、とある森の一角に降り立っていた。
林立する木々の小さな空隙。森の広場というには些か狭すぎるが、小柄なチルノとルーミアであれば、並んで座ってのんびりと談笑出来そうな場所だった。お誂え向きに、椅子代わりに丁度良さそうな平らな岩も転がっている。
「じゃあチルノ、ちょっと私の指示に従ってくれるのかー? チルノにしか出来ないことをしてもらうのだー」
「わかった!」
「まず、こーんなポーズを取ってー」
と、ルーミアは両手を真横に、両足を肩幅程度に開いて、地面から少しだけ浮いてみせる。チルノは素直に頷いて、鏡合わせに同じポーズを取る。
「ポーズをとってー?」
「目を閉じてー」
「めをとじてー?」
「動かないでねー」
「うごかないでねー?」
ルーミアはチルノが指示に従っているのを確認すると、音を立てないように移動してチルノの背後に回った。
チルノは疑わない。
1、2、3、4。ルーミアは、静かに妖力弾を準備する。少しでもエネルギーを節約するために、最低限の数と威力で、正確に。
チルノは気付かない。
「えいっ」
「えい……? ッぁ、 え」
余裕をもって用意された弾が無防備に晒された両肘と両膝を容易く貫通し、衝撃で細い体躯を吹き飛ばして尚。チルノの無条件で無邪気で無防備な信頼は、何が起こったかを即座に理解するのを妨げる。
その小さく能天気な脳が友人の裏切りと法外な激痛を認識するのは、ルーミアが飛び掛かりその背中を押し倒し慣れた手つきで羽根をもぎ取った後だった。
「ぁ、あぁぁああ゛ぎゃぁァああッッ!!?」
「うひゃー、ちべたい。凍傷になりそう」
「ぅ゛、ぁぁあア痛い痛いいだい!! い゛だい゛よ゛ぉぉお!!!」
「チルノ、うるさいなー。はいはい、おすそ分けあげるからこれでも食べてて」
ルーミアはもぎ取ったばかりの羽根を無造作にチルノの口に突っ込むと、ばーさーかーそーるー、まず一本目ー、ドローなどと口ずさみながら、チルノの細い右腕を力任せに捻じ切った。
ごぎべじゃぶぢぃッ、と形容し難い音と共に、それが肩の付け根の辺りからチルノと分離する。口に詰め込まれた緩衝剤のお陰で若干くぐもった友人の絶叫を虫の鳴き声と同等に無視して、ルーミアは上機嫌に岩に腰掛け、その獲物にかぶり付く。
「んむ。人間程じゃないけどおいしいよ、ありがとーチルノ」
「ぁ、か、がッ……………、ぅ、みぁ………ひゃ、で………」
「んー? 『ルーミア、何で』って?」
両手両足を破壊され羽根を失い、チルノは逃げ出す術も持たず、無様に地面をのたうつしかない。
そんな友人を冷めた笑顔で見下ろしながら、ルーミアは淡々と答える。
「チルノが馬鹿だから」
「……………ぇ゛………?」
予想もしなかった答えに、チルノは涙を流しながら目を見開く。とっくにこの状況は、チルノの理解力を超えていた。氷精の頭の痛みに灼き切れていない部分を、纏まらない疑問符が埋め尽くす。
何でルーミアはこんな怖い目をしてるの。あたいの何が馬鹿なの。ルーミアは何を食べてるの。何でこんなに痛いの。ルーミアは、こんな喋り方だっけ? ルーミア、いつも遊ぶ仲間の中で一番弱くて間抜けで無邪気でのんびりした喋り方の、あのルーミアは何処?
「因みに、今の質問はこれで8回目ね。前回も、前々回もチルノこうやって死んだんだよ。学習しないチルノが悪いよ。まぁ私はおかげで助かってるけど」
チルノは妖精。自然と共にあるだけで生きる為の必要条件を満たせる、先天的に能天気な種族。
無垢さ無邪気さ能天気さをアイデンティティの一つとして抱え持つ彼女ら妖精の脳は、辛く苦しい記憶を受け入れられるようには出来ていない。
友達に裏切られて餌にされたなんて記憶は、死に至るまでの激痛の記憶は、だから復活する際に全て、消去される。
自然がある限り『死』にはしない彼女達には、危険の学習も防衛の本能も必要ないのだから。
「はい、右足貰うねー」
みちみちぎぢぶぢぃ。
絶叫。
チルノは時折びくりびくりと痙攣しながら、目の前に投げ捨てられた自らの右腕の骨に虚ろな視線を向ける。
遂に頭がショートしたのかなぁと、氷精の冷気を失って徐々に生温くなっていく腿の肉を咀嚼しながらルーミアは無感動にそれを見下ろしていた。友人の衰弱に反比例するように、心なしかその頬には健康的な血の色が戻り、瞳も生き生きし出したように見える。
ルーミアは弱小妖怪だ。にも関わらず彼女が今まで淘汰の手を逃れ、それなりに上手く生存して来られたのは、他の弱小妖怪とやや違う点が幾つかあったからである。
一つに、ルーミアには彼女の願いとあれば何でも喜んで協力してくれる、心優しい友人がいるということ。
そしてルーミアは、他の妖怪よりも『許容範囲』が広かった。妖怪の本来のアイデンティティは『人間を襲うこと』だが、ルーミアは持ち前の旺盛な食欲と適当さによって、それを『人間っぽいものを襲うこと』にまで昇華した。つまり他の妖怪と違い、ルーミアは人間っぽければ相手が妖精でも妖怪でも別に構わないのである。人形は食べても美味しくないので対象外だが。
妖怪は精神に依存する生き物だ。例えそれが客観的には間違えていても、本人が満足出来ればそれでいい。
普段は一応人間に狙いを定めてはいるが、今のようにどうしようもなく飢えた時、ルーミアは生存のために妖精を襲える。それなら巫女に退治されることもないし、記憶のリセット効果のために恨まれる確率も極めて少ない。よしんばその獲物と親しい妖精数匹に睨まれたとしても、妖精に妖怪が遅れを取ることは殆どない。更には痛め付ければ痛め付けるだけ嗜虐心も満足し、関連する都合の悪い記憶も消去されやすくなるという、正にお手頃な非常食なのである。
強いて言うなら死んでしばらくすると死体が消滅してしまうため、のんびり味わう暇がないのが難点か。
「………ふー、ごちそうさま。うん、これで暫くは大丈夫そう」
程なくしてめぼしい部位をあらかた食べ終え、ルーミアは満足げな息を吐く。当然ながらチルノはとっくに息絶え、『チルノだったもの』と呼ぶのが相応しいような肉塊に成り果てていた。
食後の幸福感に浸りながら、ルーミアはぼんやりと想像する。
あと半刻もしないうちに、この残骸は跡形もなく消滅するだろう。明日にはまたあの湖で、大妖精と遊ぶチルノの姿が見られるだろう。
私が遊びに混ざりに行けば、大妖精はきっと「そうだ、問題は解決できたのルーミアちゃん?」と聞くだろう。そして私は「ばっちりなのだー、昨日はチルノに助けられまくりだったのだー。やっぱりチルノは最強なのかー」と、『友達』に対する時の間抜けな口調で言ってやる。本物の馬鹿のチルノは単純な頭で適当な事実を疑いもしないで捏造して、ありもしない武勇伝を得意げに語るだろう。私が適当にそれに合わせて頷けば、丸っきりいつも通りの日常が始まる。
完全犯罪を思いついた人間のようにくすくすと悪戯っぽく笑い、ルーミアは誰にとも知れず感謝の祈りを捧げた。
全く、幻想郷は楽園だ。残酷なほどに平等だ。たとえ弱小妖怪でも、上手くやればちゃんと生き残れるように出来ている。
「やっぱり持つべきものは友だよね。ねえ、チルノ?」
立ち上がって飛び立つ寸前、まるで墓標のように両腕を広げたルーミアは、とてもとても妖怪らしい可憐な笑顔でそう言った。
はじめましてこんにちはさようなら。何の捻りもなくて申し訳ありません。
思いっきり夏風邪を引いてむしゃくしゃしたので、38度の熱に浮かされつつこうなったら憧れの産廃デビューしてやらぁこなくそと勢いで書きました。
矛盾点多々ありそうで超すみません。多分に捏造乙状態ですが、寛大に読み流して頂ければ幸いです。
読んで下さった方、ありがとうございました。
家具
- 作品情報
- 作品集:
- 18
- 投稿日時:
- 2010/07/21 11:28:32
- 更新日時:
- 2010/08/07 02:26:52
- 分類
- ルーミア
- チルノ
- ぬるい
- 多分よくあるネタ
- 友達と知恵と警戒心
- 俺設定
誰が上手いこと言えとw