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『東方新作って大体こんなの』 作者: 赤間
良く晴れた夏の日にぼんやり縁側でお茶を啜っていると、ひんやりとした空気が頬を撫で、ツンと匂う消毒液の臭いが鼻を突いた。
その冷気は扇風機や団扇から漏れ出す温いモノではなく、氷のたっぷり入った保冷庫に入ったような、自然を感じる冷たさだ。人工的なモノとは一癖も二癖も違う。
氷売りが近所を歩いているのかと思ったが、麓とはいえ神社の前を闊歩する歩き売りなどどこにいようか。おかげで食べたいアイスキャンディーも人里に出なければ買えないというに。
わざわざ人里に出るのは大儀だという気持ちと、それでも涼をとりたいという本能との狭間で揺れ動いていると、
「れーむ! れーむれーむれーむぅ!!」
冷気の原因であるチルノが大声で私を呼んだ。砕けてしまいそうな硝子がはめ込まれた羽が彼女のテンションと比例してぶんぶんはためくと、冷蔵庫を開けたときの爽快感が体を吹き抜けていく。嗚呼、天国。これで煩くなければもっといい。静寂があるだけで涼しさは10倍増しだ。
「ピンポーン! ピンポーン! れーむれーむ!! れーいーむー!!」
「ああもう五月蝿いっ」
「ふぎゃ」
イライラと理性が7:3ぐらいにブレンドされた私の思考はイライラに天秤を傾け、そこらへんにあった妖怪バスターをを掴んで思い切り投げつけると、
「甘いよッ!」
「なにっ!?」
瞬間、チルノの指先から放たれる絶対零度の冷気――
「ざま……ぁ」
「あ」
札はチルノの能力によりカチコチに固まった。
固まっただけであった。
――がすっ
氷が砕けたのか頭蓋骨が割れたのか、表現しがたい不気味な音が境内に響いた。
「あ、あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁああ!!!!」
固まった札はただの切れ味のいい刃になり、チルノの眉間へと突き刺さる。
「ぐ、ぁ……か、……ひゅっ」
筋肉は眉間に集中され、大きな穴を開けようと札はなおぐりぐりと眉間を突き続け、驚愕の表情でチルノの表情は止まっていた。
数秒ほど経っただろうか。機能しなくなった体はプツリと意図が切れたように膝をつき、口はひん曲がり、爬虫類のような瞳は揺らせば動くんじゃないかと思うほど黒目が左右違う方向を向いていた。額からは赤黒い液体が泡を立てて噴出している。ぶしゅ、ぶしゅ、と耳が爛れる音を出しながら。
額の黒い洞窟からは空気が入り込み、札が深く額に入り込むほどにチルノの頭はどんどん膨らんでいく。
そうしてチルノの頭は風船が割れるように破裂し拡散した。同時に、氷付けの札が消滅していく。パァンと弾ける音さえ聞こえなかったが、遠目で見るに、弾けた脳みそや骨がバラバラと境内に飛び散り、次々と液体化していく。主に暑さの所為で。
脳漿かと思い、そろりそろり亡骸へと近づく。首から下のはみ出た肉は太陽の光でじくじくと焼けて、強烈な臭いが鼻を突きぬけた。まだ液体になっていない肉の破片か骨の破片かわからない欠片はぬるりとした脂が肉を覆っててらてらと光っている。それも赤い水溜りに混ざってどこにあったかすらもわからなくなった。時折、キラリと光って自己主張する姿が夜空に輝く星のようだと思った。
肉からは薬の臭いがした。
麓の人間が――というよりは紫が――外の世界から新しく導入した加工食品、いわゆる食品添加物というヤツに惚れこんでしまったのだろう。可愛そうなことに、それは人間であるからこそ蓄積されるモノである。自然を具現化した妖精は蓄積することが出来ずに垂れ流し。つまり、猛烈に薬臭い。
元々食べなくてもいい体だというのに人間の真似をして飲み食いするから肉にも影響が出る。綺麗で、まさに純粋とも言えるべき存在を汚したのは人間の食べ物であった。
「うっ……」
鼻を摘みたくなるほどの異臭を放って、チルノは徐々に溶けていった。肉の焼ける匂いではなく粉薬を顔中に吹きかけられたような不快さが博麗神社の境内に蔓延している。嗚呼、天国はどこへ行ったか。
溶けていく体、溢れ出す液体、薬の臭い、焼ける臭い。ほんの数分前にあった奇形じみた大きすぎる目玉も、日焼けしない桃色でぷっくりとした頬も、少し尖った膝も、全体的に小さな体躯も、天然のフライパンと化した境内の石と土の中に溶け込んでいく。
何故かわからないが、私はそれをぼぅっと見つめていた。まるで陽が堕ちて月が顔を出すのを見届けるように、何の疑問も不安も持ち合わせずに、臭いも暑さも感じず、ただそこに突っ立っていた。
ジーワジーワと蝉が泣き叫ぶ。ガサガサと木々が噂する。ヒュウヒュウと風が切れていく。
耳に入らない音を聞き流しながらとある風景が私の頭を横切っていた。無邪気に走り回っていた小さい頃の記憶なのかもしれない。ビールケースを椅子にして、売る気の無い茹蛸みたいに顔を真っ赤にした店主へ僅かなお小遣いを出し合ってアイスを買い、立ち寄る近所の子供らと話をして帰った思い出。夏は外に置かれたアイスのケース。冬には肉まんの湯気がごうごうと立ち込めて季節を感じさせた。そこには雨よけの屋根があって、そこの不自然にできたくぼみにはいつも水溜りができていた。雨の日は勿論のこと、晴れの日も、曇りの日も、日照り続きでも、私がそこへ行くたびに出迎えてくれるようだった。
もしかしたらあれはチルノだったのかもしれない。本人である私にも定かではないが、少しだけ懐かしいと思ってしまったのだ。
ポトリ、汗玉が睫毛を濡らす。
「あいたっ」
汗の味を目で味合わせられて、ようやく大量の汗が体中から吹き出ているのを知った。
しばらく痛みにのた打ち回っていたが均等の大きさに切りそろえ埋め込まれた境内の石畳を見てハッとする。そうだチルノはどうしたのだろう。
ぐりんと体を動かして、チルノがいたはずの石畳に目を向ける。そこには、小さな水溜りができていた。
「あ……、まだ氷残ってたかしら」
このまま蒸発してしまわないことを祈りつつ、私は足早に台所へと向かった。目指すは冷蔵庫である。
紫から気持ちの悪い笑みと共にプレゼントと称して渡されたぷらすちっくだかぷらとにっくだかワカラン大きな箱を開けると、そこには直方体に切り分けられた大き目の氷が箱の三分の一を占めていた。この氷の冷気で物を冷やすのだそうな。実際使ってみると結構に快適である。暑くて死にそうなときは冷蔵庫を開けるがいい。天国が見える。
私は冷蔵庫に入れておいたおやつ用のしうくりいむを無視し、氷を盆の上に取り出した。これが水の重さか。ずっしりとした巨体を持って境内へ。水溜りは少量であるがまだそこに踏みとどまっていてくれた。
チルノは妖精である。詳しく言えば、氷の妖精である。氷を命とし、魂とし、体とする妖精である。
チルノの場合、呼吸をすればそれだけで体中に冷気をまとうことができる。どれだけ猛暑であろうが、彼女の周りはいつも涼しい。彼女自身が涼しいかは未だにわからない。
というわけで、死んだら溶ける。心臓が止まると体が固まっていく人間とは逆に、魂が離れると冷気を創るのに必要な入れ物――つまり氷がなくなってしまい、自分で冷気を作成することができなくなるのだ。
これだけ簡単に死ぬのだから、当然生き返らせることも至極簡単である。
入れ物を用意してやるのだ。
つまり、私が持っているこの氷を水溜りの上にぶちまける。そうすることで液体と化したチルノの魂は入れ物と出会い、いつもの生意気な餓鬼が誕生する。
天然冷蔵庫と思えばそう難しくは無いだろう。
「えいやっ」
私は古典的な掛け声と共に五キロほどの氷を水溜りへぶちまけた。
みるみるうちに大きな氷は水溜りと絡み合いガラス細工のように形作っていく。骨格、輪郭、羽という順番でたった五キロしかない氷からどうしてこんな姿になるのだろうと不思議に思うほどチルノは再生していき、水色のワンピースまで氷で作られたあと、ガバッと起き上がった。
はやっ。
チルノは安否を確認するかのように顔中をぺたぺたと触りまくり、髪をぐちゃぐちゃにしまくり、きょろきょろと大きな瞳を動かしながら状況を把握しようとして――私と目が合った。
「おまえ なんで ここにいる」
「なーに言ってんのよ。アンタからきたくせに」
「そうか?」
「そうよ」
「……そんなの知らん!」
「記憶がないだけでしょうが」
ごいん、と拳骨を叩き込む。
「なぜなぐる!?」
「ちょっとイラっときて……」
「気分でひとを殴るのか! まったくこれだからおとなは!!」
「うるさいっ」
ごいん。
「……霊夢がいぢめる」
「これが私なりの愛よ」
「ふん」
鼻で笑われた。ちょっと悔しい。
起き上がったチルノはパンパンとワンピースをはたいて、退院直後の患者みたいにぼーっと空を見ていた。暑いなぁ、と呟く。
「生き返った後だと、空が珍しくなるわけ?」
「いーや、なんか、昔のことを思い出す。――といっても、何度か死んでるからいつのことかわかんないけど。私はそのときまだ力も無くて、とある店に居候させてもらってたような、そんな記憶が」
うーん。いつだろう、と。
いつになく真剣な面持ちで、チルノは腕を組んで唸った。
「そのときの私は冷水のようなモノで。話すこともできなかったけど、居心地はよかったことだけ覚えてる」
「あ、そ」
涼しげな風が体を吹きぬけていった。チルノが深呼吸をしているのだ。
日は沈むことなく、私たちを照らし続けている。昔のことなど私たちは明確に覚えていなくて、記憶なんてものは曖昧にもほどがある。
だからそれがただの憶測であっても、私は口に出さなかった。
「ま、いいやそんなこと。今となってはどーでもいいことだしー」
「そうね」
「……なにいきなりしおらしくなってんの。気持ち悪い」
「拳骨喰らいたい?」
「えんりょする」
死人に口なし、記憶もなし。
私はそんなフレーズを呟いて、ヒンズースクワットをする氷精に声をかけた。
「ねえ、アイスキャンディー食べに行かない?」
「なにいきなり」
「この暑さで頭がおかしくなりそうなのよ。ついてくればもれなくアイス一本奢るわよ」
「もうおかしくなってんじゃないの?」
「拳骨」
「行きます!!」
素直でよろしい。
私の腹までしかないチルノの幼い体躯が小躍りしながら、隣に並んだ。
「あたいイチゴがいいなー。ソーダだと共食いだし、メロンとかあまったるいし、ぶるーはわいとか意味わかんない」
「それには悔しいけど同意ね。ブルーハワイは意味わかんないわ。甘いだけだし」
「なー! わかんないよなー!」
パッと花が咲くように笑う子だ。
もっと私が幼いときに出会っていれば、いい友達になっていたのかもしれない。
「アーイスッ、アーイスッ、アイースキャーンディー」
けど、まぁ。
過ぎたことは仕方ないし、今更無いものねだりもしない。
そんときアンタは、いなかったのかもしれないしね。
多分こんなゲームじゃない。
でも攻略したらスターがブラウザから出てきてご奉仕してくれたらいいなとは思ってる。
多分そんなゲームでもない。
>>1様
ありがとうございます。励みになっております。
>>2様
チルノの乳を捥げるほどにつねって搾り取った母乳からできた濃厚バニラアイスですね。
赤間
作品情報
作品集:
19
投稿日時:
2010/07/26 04:55:33
更新日時:
2010/08/16 23:02:10
分類
ネタバレじゃない妖精大戦争
チルノ
霊夢