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『東方新政治 第4章』 作者: ゴルジ体
霊夢たちが氷精の殺害現場を目撃している頃、紅魔館――
「なんということを……っ」
窓が少ないために日中でも暗い回廊を、十六夜咲夜は駆けていた。
今しがた八雲の式が訪ねてきて、開口一番、
「レミリア・スカーレット殿が重症、パチュリー・ノーレッジ殿が死亡云々」
などとのたまったかと思うと、直ぐに消えてしまった。彼女によれば、レミリアは永遠亭で治療中だという話である。
(……糞! 何様のつもりだ?)
純金で緻密な装飾が施された回廊の壁を殴りたい衝動に駆られつつ、咲夜は門番小屋へ向かっていた。レミリアが重症、パチュリーが死亡というこの最悪な状況下で、唯一頼れるのは美鈴だけだ。
(八雲紫……あいつの立場を考えても、今回の急なスペルカードルール廃止令はおかしい。合理性に欠けるどころの騒ぎではない。昨晩、お嬢様とパチュリー様は新政府議員選出という名目の会議に出席なされていた……そしてあれの式の話では、現在天人の娘と、あの古明地さとりも共に治療中だという)
咲夜は長い廊下をコツコツ靴音を響かせて小走りしながら、頭は状況の整理に追われていた。
十六夜咲夜は当初、つまり八雲紫が新制度設立宣言をした時点では、霊夢と同様に冗談だろうと断定していた。
まず、冷静に考えれば完全に矛盾している。八雲紫の存在からして、だ。
あれは幻想郷の管理者であるし、何よりも彼女が幻想郷を心の底から愛していることは知っている。それはつまり、幻想郷に生きる全ての者を愛しているということだ。そうだと、思っていた。
それがどうやら本気らしいと感じざるを得なくなったのは、どこから嗅ぎつけたか"文々。新聞"がトップ記事にそのニュースを貼り付け、幻想郷全域にばら撒いているのを知ったことや、レミリアとパチュリーの元に"新政府始動! 議員選出会議のお知らせ"などと印刷された要項が届いたことが主な原因である。
そして今、昨晩の会議について知っている限りの情報を脳内に展開してみると、咲夜は何かしら別角度の陰謀を感じずにはいられなかった。
つまり、八雲紫やその関係者が、この新制度設立に伴う混乱に乗じて、自身にとって邪魔な勢力の排除にかかっているのではないか、ということだ。
レミリア・スカーレット、比那名居天子、古明地さとり――咲夜はこの3名に、共通点を見つけた。
(3人とも、かなりの嫌われ者だ……)
さとりはあれだとしても、レミリアと天子は勢力的に強い位置に立っている上、野心家である。当然、敵も多い。
紫と他の幾つかの勢力が同盟を結んで、いずれ邪魔になるこれらの勢力を排してしまおう、と考えたのでないか――これが、咲夜の推測である。
実際、それは全くの見当違いな憶測ではあるのだが、この勘違いは後々厄介な状況を齎すことになる。
まあ、絶大な信頼を置いていたパチュリーが殺されたことや、自身の主人が傷つけられたことを考慮すれば、彼女がこのような被害妄想的な考えに至ってしまうのも仕方の無いことではあるだろう。
そして、報告に来た八雲藍が、会議の詳しい状況説明をせずに結果だけを彼女に知らせてしまったことも、咲夜の思考過程を飛躍させる一因になったのだった。
彼女が門番小屋に到着し、美鈴に現状を説明、2人で今後の行動方針を話し合っている間、紅魔館の地下では新たな状況が展開されていた。
フランドール・スカーレットと小悪魔だ。
咲夜と八雲藍のやり取りを盗み聞きしていた小悪魔は、あまりの衝撃と悲しみに打ちのめされながら急いで地下のフランの元へ行き、それを伝えた。当然フランは、親しかったパチュリーが殺され、姉のレミリアが傷つけられたことに怒り狂った。
そして初めて、心の底から他人を殺したいと思った。
今までのように、能力の制御が利かずに行った殺害などではない、純粋に、憎悪に任せた殺戮をしたいと、思った。
フランは何度か、八雲紫に会ったことがある。紫がレミリアに、妹さんの顔が見たいと言ったそうで、何度か地下まで足を運んで世間話をした。
そのときは、フランは紫に対して負の感情は無かった。むしろ、物腰の柔らかい紫に好印象を抱いていたのだ。
しかし、そんな感情はばらばらに壊れて、どす黒い憎しみだけがフランの思考を支配した。
ぶち切れたフランドールは、傍らにいた小悪魔を衝動に任せて"壊した"。
小悪魔の全身は一瞬膨張して、ぱあんと音を立てて破裂した。
体液その他諸々が狭い地下室の苔の生えた壁にへばり付き、咽返る臭いが部屋に充満する。
小悪魔の頭に生えていた小さな羽が片方、ベッドの上にぼとっと落ちて、真っ赤な汁が真っ白なシーツを染めた。
不幸なことに、小悪魔の生命力は目を見張るものがあり、肢体を爆砕されても、数秒間意識があった。
「えぶ」
何か言おうとしたのだろうが、気管に詰まった血液、体液が口から押し出されて音を立てただけで、言葉には成らなかった。
そのまま息絶えた肉塊をルビーのような瞳で一瞥してから、フランは赤く染まった石の壁を粉末レベルに分解して、久々に仰いだ青い空へ飛び立っていった。
東方新政治――第4章――
同時刻、白玉楼。
広い屋敷の一室、書院造りの和風部屋で魂魄妖夢は熱い緑茶を飲んでいた。
昨夜から姿を消している主人、西行寺幽々子のことを気にかけながら。
(はあ、全く……出掛けるなら一声掛けてくれればいいのに)
自由奔放な主人を持つ彼女は、日頃から苦労が絶えない。特に問題なのは、ふらりと何処かへ出掛けて行って、帰ってきたと思ったら大量の食事を要求されることだ。食事代が馬鹿にならないのはいつものことだが、突然言われても手持ちの食材などたかが知れている。毎日多くの食材を買い込んでいるのだが、一日経たずに全て平らげてしまうあの食欲には閉口する。
だからいつしか彼女は、主人が出掛けたことに気付いたら、速攻で人里へ買い込みに行く習慣が身についてしまった。
それでも妖夢と幽々子が良好な主従関係でいられるのは、互いが互いを必要としているからだ。その程度のことでは曲がらないくらいに、互いの魂が固く結びついているからだった。
食材の買い込みも終え、一息ついて愛刀の点検をしていたところに、幽々子が帰宅してきた。がらがらと無造作に障子戸を開けて、いつものように気の抜けた表情で妖夢を見る。
「あ、お帰りなさい、幽々子様」
「ただいまぁ」
気の抜けた返事が返ってくる。しかし妖夢は、少し違和感を覚えた。
「……あの、幽々子様。ご飯食べますよね?」
いつもの幽々子なら、ただいまのすぐ後に、まるで語尾のようにお腹空いたという言葉がくっつくのであるが、今日は違った。
「ああ、妖夢。出掛けるから、今すぐ準備しなさい。刀も持ってね」
返ってきたのは、肯定でも否定でもなく、命令だった。妖夢は打って変わって真剣な口調になった幽々子の顔を覗き込む。
彼女は、視線を空中で踊らせ、何か思案しているようだった。
「どこに行くんですか」
妖夢の問いかけに幽々子は答えない。聞こえていないようだ。妖夢は訝しんで、近付いて耳元でもう一度問うた。
「幽々子様! どこに、行くんですか?」
幽々子はびくっと体を揺らし、妖夢に向き直ると、少し微笑んで言った。
「永遠亭よ――早くしないと、死人が出るわ」
「え?」
妖夢は一瞬、幽々子の言葉の意味が分からなかった。風が吹き抜けるように、言葉が耳を通り抜けていった。
「それってどういうことですか、そういえば、昨日はどこに行ってらしたんですか」
妖夢の頭脳は混乱して、突発的に浮き出た疑問を幽々子にぶつけた。
「まあ、詳しいことは道中話すから、さっさと用意しなさいな」
そう言って幽々子は障子戸を開けて部屋を出ようとしたが、ふと思い立ったように振り向いて言った。
「いざというときに相手をぶっ殺せる方の刀を持っていきなさい」
◇
さて、会議終了後各々が独自の動きを見せる中、幻想省議員が一角、鬼の四天王の星熊勇儀と伊吹萃香は地底旧都の繁華街の大通りに面した居酒屋で、酒をあおっていた。
しかし、それは議員に選出された祝賀会という訳ではないようだ。
「なあ、萃香……どう思う?」
勇儀は焼き鳥を串ごと口に放り込んで、器用に肉だけ飲み込んで串をぷっと吐き出すと、隣で瓢箪に噛り付いている子鬼に言う。
「うまく議員に潜り込めたはいいが、あいつらはもう駄目だ……完全に腐ってる」
萃香は瓢箪を膝に乗せて、おでんを注文してから勇儀に応答した。
「私はまさか紫が本気だったとは思わなかったよ……それに閻魔が殺された。閻魔だけじゃない、他にもやられた」
萃香は目を伏せた。
「私たちは止められたんじゃないか? 私たちが止めなきゃいけなかったんじゃないか?」
「全くだ、何が鬼だよ……何のために会議に出たのか分からんじゃないか! ……しかし、議員の面子を見れば分かるが、とてもじゃないが私たちに太刀打ちできるメンバーじゃない」
そう言って勇儀は自嘲的に嗤った。
「畜生! 何としても阻止するべきだった! 紫の奴が本当にびびってたのは、閻魔だけだったんだ」
「これで政府は好きに幻想郷を牛耳れるようになっちまった」
「ともかく、早く霊夢たちと接触した方がいいな」
勇儀は立ち上がって、勘定を店主に渡した。
外に出る。繁華街だけあって街灯やら店舗からの光源が多くあるために明るいが、少し歩けば道は闇に染まり、ここが地底だということを実感させられる。
地底には人間も妖精もほとんどいない。故に、<敷令法>の影響を受けない数少ない地域だ。
大小の鬼が並んで街灯の下を歩いていく光景は、傍から見れば親子のようにも、姉妹のようにも見えた。
ふたつの影が長く通りに伸びて、揺らめいている。
震えているようであった。
その鬼たちが通り過ぎた寂れた居酒屋で、ひとり小汚いテーブルに突っ伏している者がいた。
水橋パルスィ、橋姫である。
彼女は最近は地上に出る機会が無かったため、スペルカードルールから新制度<敷令法>に切り替わったというニュースは先日勇儀から聞いて知った。
新制度に関しては彼女は別段何の感情も抱くことはなく、自分には関係の無い話だ、と聞き流していた。
彼女にとって目下の問題は、交友関係の少ない彼女にとって数少ない友人のひとりである古明地さとりが重症を負って永遠亭に入院したらしく、その見舞いに行くべきか否か、そして行くなら見舞い品として何を持っていけばいいか、という点である。
(やっぱり行ったほうがいいよね……でも重症ってことは絶対安静で会えなかったりするのかな)
などということを酒の入った緩慢な頭で考えていたのだが、段々彼女に忍び寄ってきた睡魔に身を委ねかけており、意識を手放してしまうのも時間の問題だった。
パルスィが完全に睡眠体勢に入った丁度そのとき、からんからんと音を立てて数名の妖怪が来店してきた。
数名――古明地こいし、火焔猫燐、霊烏路空は、大きめの木製テーブルに腰を下ろすと、わいわい話し始めた。
「だから無謀なことはよしなよって言ったのにさあ」
「全くですよ、さとり様ったら、強い人たちの喧嘩に巻き込まれてボロ雑巾だったらしいじゃないですか」
「さとり様はそんな上に立てる器じゃあないですよぉ」
「だよねえ」
折角気持ちのよいまどろみを泳いでいたのに、急速に意識を引き戻されたパルスィは不愉快な顔で不遜な客たちを睨み付ける。
「あれ? 地霊殿組じゃない」
しかしそれらが見知った顔だと分かって、パルスィは彼女らに近付いていった。
「でさあ――あ、パルスィじゃん」
こいしはこちらに真っ先に気付いて手を振ってきた。
次いで燐と空もこちらに振り向いた。
「やあ、あんたら何やってんの? さとりが入院したって聞いたんだけど」
「そうだよ。だからこれからお見舞いに行くのさ」
彼女らは別ルートで会議の情報を得ていたようだ。適当な品を買ったから、このまま永遠亭に直行するという。
「じゃあさ、私も連れて行って欲しいんだけど」
パルスィはよいタイミングで来てくれたものだと思った。
「ああ、いいよ」
簡単に承諾を得られ、地霊殿組とパルスィは同行する運びとなった訳だが、この出会いがパルスィにとって決して"よいタイミング"で無かったことは、いずれ彼女自身が痛烈に感じることになる。
◇
幻想省評議会終了から12時間後、つまり正午の時間帯。
守矢神社では、ひとりの現人神が最悪も最悪、底なし沼のどん底を通り越して二番底に落ちてしまったような心持でいた。
現人神――東風谷早苗は、自分がまさか人間に区分されるとは思ってもみなかった。自分はあんな俗物共とは一線を画する存在なのだと信じて疑わなかった早苗は、帰宅した2柱から死刑宣告に等しい決定を聞いて、しばらく惚けたようになった。
勿論、賢明な諸君には詳細を描写せずとも彼女のその後の行動はお分かり頂けると思う。
概要を述べるのなら、彼女は自分の神も殺さんとする勢いで食って掛かった。それから、そんな決定を下したあのクソババアを、一刻も早く知っている限りの全ての拷問にかけてねじり殺したい衝動に駆られ、神社を飛び出していったのだった。
飛び出したはいいが紫の棲家を知らない早苗は、手持ち無沙汰になって適当に歩き回るしかなかった。
そしてしばらく進んだ先の道端で出会った一匹の妖怪が、彼女のその後の全てを変えさせることになる。
その蜥蜴みたいな容姿をした気味悪い妖怪を、初め早苗は無視して通り過ぎようとした。
しかし突然、
――ボギン!
と自分の右腕が子気味よい音を立てて変な方向に捩れるのを見た。
追って凄まじい痛みが腕から広がって彼女の全身を苛む。
考えなくても分かる、何故かは知らないが、横の蜥蜴妖怪が彼女の右腕を渾身の力で殴りつけたのだ。
「ッんだ! らあっ」
などとよく分からないことを口走って、蜥蜴妖怪は早苗の襟元を掴んで引き寄せた。
「……なんですか」
「あァ!? 何ですかじゃねえよ糞アマ! 小汚ねえ人間が何堂々と妖怪様の御前を通ってるんだよ!? 殺すぞ糞ァ」
荒い鼻息と唾が飛んでくる。
「意味が分かりません。誰が人間ですか」
「は? おめえ以外に誰がいんだよ売女! マジ調子乗ってんのか、あァ? 新聞見たか? オイ、制度変わったんだよ、もう胸糞悪い人間共は家畜みてえなモンだぜ!」
早苗は、何も言わずに蜥蜴妖怪の"両目を丁寧に刳り貫いた"。
「――っ!」
相手が痛みの余り気絶するのを防ぐためにぱちんと頬を叩いて、それから、下半身に巻きつけられた布を脱がせて、落ちていた木の棒で性器の先端の穴からずぽっと刺し込んだ。
相手は白目を剥いて泡を吹いたが、さっきよりも強く顔を叩いて気を確かに保ってもらう。
奥深くまで刺し込まれた棒をぐりぐり捻って、今度は少し出っ張った腹の贅肉を掴んで、毟り取った。ぷちぷちぷち、と肉の繊維が千切れていく爽快な音をバックグラウンドミュージックに、もう片方の手で小腸らしきものを引っ張り出してぶっこ抜いた。
小腸の詰め物を失って空洞になった部分に手を差し入れて、適当な臓物を掴んで取り出したりしてしばらく遊んだ。
妖怪が既に壮絶極まりない顔で絶命しているのに気付いて、血だらけの全身も気にしないで早苗は立ち上がった。
それから肉塊になった妖怪に一言、優しく呟いた。
「私は現人神、神様ですよっ」
ふふっと笑って彼女はその場を去った。
血溜まりと、臓器とその抜け殻だけがいつまでも残っていた。
久しぶりに新政治のつずき
もし待ってくれてた人がいたら、遅くなってすいませんでした
ゴルジ体
- 作品情報
- 作品集:
- 19
- 投稿日時:
- 2010/07/30 14:38:57
- 更新日時:
- 2010/07/31 11:08:37
- 分類
- 早苗とかそこらへん
早くも死傷者が多いな
次も楽しみにしてます。ゆっくりでいいからね
こんな時、頼りになるはずの霊夢がこの世界では全然ダメ。今後人間サイドには不安しかない……そんな風に考えた時期が、自分にもありました。
何この早苗さん、マジ頼りになるw
この早苗さん実は妖怪なんじゃね?