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『ウミガメのスープ。及びそのレビュー』 作者: sako
インクを宙に溶かしたような闇の中。十六夜咲夜は前方を鋭い目つきで見据えていた。
手にはナイフ。脇腹を開いている方の手で押さえ、腰を落とし、鬼気迫る表情で何かに耐えるようじっとしている。
「……」
その額をどろりと汗が流れ落ちた。
油のように粘つき氷のように冷たい汗。暑いせいでも、体温が上がっているからでもない。青白い馬の嘶きを聞き、襤褸を纏った骸骨に睨まれたような―――そんなときに流れるもの。
咲夜をつつんでいる闇は非道く濃い。
見えるのは僅かに五足先、松の木の幹とそこへ至るまでの苔むした大地だけ。ここは山中だというのに風に揺れる枝葉が擦れる音も小鳥の囀りも耳には届かず、総毛立った肌にはそよ風すら感じられない。浅く早く息を繰り返す鼻孔からは森林の僅かに潤いを帯びた新鮮な空気の味わいもない。試してはいないが味覚も、ここでは感じられないだろう。
五感を奪う闇…奪うような、ではない。断定だ。この闇は尋常の暗がりなどではない。現実的に咲夜の五感を遮断している。錯覚ではないし、もとよりこの闇はあり得ぬものだからだ。
咲夜の手元の懐中時計が指し示している時刻は正午過ぎ。いくら山深い森の中といえど日の光も指さぬような時刻ではない。そして、現にこの闇に襲われる僅か数分前まで咲夜は少しばかり曇ってはいるもののまだまだ明るい夏の昼下がりの空を休息しながら眺めていた。
尋常ではない暗がり。怪異による仕業。それもただ咲夜を驚かせたがっているような悪戯心の持ち主が作ったものではない。
見えぬ闇を見据える双眸。ともすれば過剰に力が込められてしまう握った柄。意識と体調に反してだらだらと流れ続ける脂汗。その全てが一つの感覚―――五感を封じられてなお覚える第六の感覚、その一つ、場の雰囲気や顔にすら出ないような感情、それらを読み取る力がある気配を闇の向こうに捉えているからだ。
―――殺意
ナイフを手に、銃爪を引き、首を絞めるときに思い浮かべるイドに属するもの。
それが闇の向こうから伝わってきているのだ。
五感を奪う猛烈な闇に自分の命を刈り取ろうとする死神の鎌。
常人ならば発狂しそうな極限状況に置いて、十六夜咲夜はなおも自身を失わず、自身を喪わないための行動を起こしている。驚嘆を通り越し畏怖さえ覚える精神力。
否、畏怖すら生ぬるい。
「嫌なときに…出逢ったわね」
つぶやきはしかし咲夜自身にさえ聞こえない。けれど、その台詞は確かにたった今、自分が身を置いている怪奇現象に対してではなく、それ以前から引き続き自分が抱えている問題を恨み、口惜しく感じているが故の台詞だった。
見れば咲夜が押さえている脇腹はそこは女中服が破れ、赤黒く染まっている。
スカートの裾の辺りまでを赤く染め上げているそれは深い怪我の痕。出血はとうに止り、傷口はソーイングセットでぞんざいに縫い付けられてはいるものの、熱を帯び、化膿し始めている酷い怪我。けれど…
先ほどの台詞はつまりはそういうこと。怪我さえなければ非常の闇も五感を奪われることもどうということはない、死の恐怖を覚えるまでもない些末な出来事だと彼女は語っているのだ。
人間が、霊長の代表が格下に数えられるこの幻想郷においてなお化物を前に怯えを見せない気概。もはやそれは気丈などという強がりなどではなく、あり得ぬ感情を抱く一種の狂気だ。
その狂気が咲夜を見据えさせる。ナイフの柄を握る指に力を込めさせる。おぼつかない大地をしかと踏みしめさせている。
けれど、それもこの状況ではあがきに過ぎない。
ふらつく頭。異常な体温。低下した体力。どれをとっても咲夜がこの殺戮空間から逃れる可能性を限りになくゼロに等しくさせている。
「クソ…」
口惜しく奥歯を噛みしめ、誰ともなしに悪態をつくその刹########################################################################################################################################################################################################################################################################################################################################################################################################################################################那
「殺った…ってあれれ!???」
今し方、否、今、咲夜がいたはずの空間を一凪にしていく闇を纏った強烈な斬撃。しかし、そこに咲夜の姿はない。襲撃者はあり得ぬ出来事に疑問符を幾つも浮かべる。
「何とか…0.5秒…!」
時を止めた回避。千載一遇のチャンスに咲夜は渾身の力でナイフを襲撃者めがけ振り下ろす。振り下ろそうとする。
けれど―――
「―――あ」
咲夜の反撃はそこまでだった。
振り上げたナイフはそのまま力なく、紙切れのように落ちていく。同じく、咲夜の膝も。乾いた木の枝のようにがくりと折れる。見れば傷を縫い付けていた木綿糸はちぎれ、そこから真新しい血が流れ出してきているではないか。激し動きに何とかふさがっていた傷口が開いてしまったのだ。くわえ、もとより咲夜は体力の顕界だった。そこへ多大な集中力を消費する『時止め』を使用すれば結果は歴然。
咲夜は自分の体を強かに打ち付ける襲撃者の打撃でそれを全て悟った。
「ッあ!?」
柔らかい苔の上に倒れる。幸い、ダメージらしいダメージは負わなかったがそれがどうだというのか。もはや、襲撃者が力尽き、倒れた咲夜を見逃す道理はない。今までのものを倍加させた殺意を纏って襲撃者は倒れた咲夜に飛びかかってくる。
生存のための活力か。僅かに残った力でナイフを振り上げるが敵はそれを苦もなく退ける。
「今度こそ、殺ったのか♪」
馬乗りの格好。両手を押さえられ、更に傷口を膝で踏みつけられる。焼けた鉄柱を突っ込まれたような激痛。けれど、それも…
「ああっ、ああ…」
喉へかかる熱い吐息…命一杯広げられた虎の顎が自分に迫るそのイメージ、死の想像には遠く及ばない。
身近に確かな死を感じ、咲夜は目を見開いてその瞬間が訪れるのを厳粛な精神で待つ。
ぶつり、と鋭い犬歯が咲夜の柔肌に突き刺さり、白い肌から紅い血がしみ出てくる。命の色。それはもうすぐ大量にあふれ出して、この妖怪を生かすために、咲夜から奪われていくものだ。
「うあ」
自分の体温が一度、二度と落ちていくのを実感しながら咲夜は目を見開いた。せめて、自分を殺した相手の顔を見てやろうと、そんな最後まで気丈な態度で。
「駄目なのか。お姉さんは食べられないや」
その瞳が、自分を見据えている妖怪の眼と会合した。金髪血眼の幼い姿。闇よりなお暗いノンスリーブのワンピースを着て磔刑に処される聖人のように両手を広げている。その顔からはもはや殺気は微塵も感じられない。
「……殺さ…ないの?」
かすれた声でなんとかその理由を問おうと口を開く。耳に届いたのか少女の形をした妖怪は小首をかしげてこう言った。
「だって、お姉さんも■■■■だから」
混濁し、闇に吞まれていく咲夜の意識は少女妖怪のその言葉を聞き取ることが出来なかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「…っ」
目を開けるとそこは見知らぬ天井だった。
造られてからどれほどの時を経てきたのだろうか。梁や天板は暗褐色に染まり、鈍い艶を浮きだたせている。
「ここは…」
咲夜は体を起こそうとして腹部に走る激痛にそれを阻害される。一瞬、視界が暗くなる。けれど、逆にそのお陰で下手に動いてはいけないという余裕が生まれた。
時系列を追うように今までのことを思い出す。
三日前、とうとつに主人であるレミリアに『マツタケが食べたいわ』と言われた咲夜はキノコ博士である魔理沙にこの夏の盛りでも松茸が採れる場所を聞き出し、こうして、いつぞやか妖怪の山を登り切ってそのまま天界まで行ったときと同じく女中の格好のままでこの山までやってきたのだ。思えばそれがいけなかった。ただ登るだけでもその格好は軽装過ぎ。ましてやキノコ採集にはそんな格好、どう考えてもふさわしくない。くわえて咲夜は松茸がどういう茸なのかよく知らなかった。それでもお嬢さまに約束した手前、見つかるまでは帰ることは出来ないと山中を探し回った結果―――咲夜は足を滑らせて、腹部に深い傷を負ったのだった。
それから何とかぞんざいに傷口を縫い合わせた後、咲夜は半日以上、気を失い、意識を取り戻した後は何とか山を下りようと傷ついた体を庇いながらゆっくりと移動していたのだが…
「その途中で襲われて、それで…」
そこから先の記憶は曖昧だ。特に辺りが闇につつまれてからは殆ど気力だけで自分の意識を保っていた。何をしたのか、どうなったのかを一々記憶する余裕はなかった。
たしか、もう少しで…と、そこまで思い出したところで咲夜は自分が寝かされている部屋にもう一人、誰かがいるのに気がついた。
「あ、起きたのか〜」
声をかけられ一瞬、臨戦態勢に入るように体を強ばらせたがすぐに無駄だとさとり脱力した。こんな重傷の身ではまともに戦えるはずもない。それに第一…
「ええ、おかげさまで。この傷の手当ては貴女が?」
半死半生の自分を助けた妖怪がわざわざ、自分に襲いかかってくるはずもないからだ。咲夜はそう結論づけて、首だけを動かし、おそらくは部屋の主であろう妖怪の方へと顔を向けた。
「そうなの。お姉さん、死んじゃうところだったから」
危なかったんだよ、と咲夜の記憶では先ほどまで自分を殺そうとしていた妖怪は笑う。生と死と、殺意と友情が隣接している。けれど、その幻想郷特有の歪さを咲夜は今更、疎ましくもおぞましくも思っていなかった。
「そう。一応、お礼を言っておくわ。えっと…」
「ルーミアはルーミアって言うんだよ」
殺し殺されあう仲なのに今更、名前を聞くのもどうかと、一瞬迷った咲夜に少女妖怪…ルーミアは空気を読んでくれたのか、自然に名乗ってくれた。「ありがとう、ルーミアちゃん」と咲夜は続け、ついでに自分の名前も教えてあげる。
「あ、そうだ。お姉さん、お腹空いてないのか?」
「お腹…?」
咲夜はゆっくりと傷を庇うように体を起こしたところでルーミアにそう聞かれた。減っていないと言えば嘘になる。この三日間、口にしたのは僅かに山に自生している木の実や若い芽だけだ。食事とは言い難い。空腹過ぎて逆に空腹感など覚えていないが、それでも何かを口にしなくてはとても持たないと思った咲夜はそうね、と頷いた。
「できればお粥とか、そうおう軽めのものがいいんだけれど…」
鳥の丸焼きやボタン鍋なんてものを出されてもとても口に出来る気はしない。三日間、まともな食料を食べてこなかった胃は水や流動食のようなものぐらいしか受け付けそうにない。
その咲夜の注文にルーミアは「スープだから安心するの」と伝え、部屋の奥の方へ歩いて行く。咲夜からはよく見えなかったがこの家はいわゆるワンルームなようで一つの部屋に寝所も居間も台所もそろっている家のようだった
あちち、というルーミアの声と共に美味しそうな匂いが届いてきた。
「はい、どうぞなの」
木を削っただけの椀に注がれた湯気が立つスープを手渡してくるルーミア。咲夜はベッドの上で体を起こしたままでそれを受け取る。スープは何かの肉を煮込んで塩で味付けしただけのような粗末なものだったが、その暖かな湯気と出汁の匂いを嗅いだお陰か、咲夜は自分の胃が活発に動き出すのを感じた。
きゅるるるるる…
「あ…」
「あはははは、お姉さん、お腹鳴ってるよ」
悪気はないのだろうがわざわざその事を指摘するルーミアに顔を赤くして咲夜は俯く。
「い、いただきます」
バツが悪そうにそれだけ言葉にして咲夜はお椀の縁に口をつけた。久方ぶりに口にした水分に喉が潤いを取り戻したが、熱いスープはひび割れた唇に少し滲みた。それでも…
「美味しい…」
空腹は何よりのスパイスなのか。舌の上に広がる僅かな塩味を含んだ単純な味わいのスープは咲夜が今まで食べたものの中でも一番に匹敵するほど美味だった。舌の上から喉、食道、胃へと流れていく暖かさに体が活力を取り戻していくよう。
もっと、もっとと体が久方ぶりの栄養をどん欲に求める。咲夜は今度は大目にスープをすすり、小さくなった胃に一気に温かな液体を流し込む。
「けほっ、げほ、げほっ…!」
それに胃がびっくりしたのか、咲夜は咳き込んでしまった。慌てて、ルーミアが布巾を持ってくる。
「お姉さんって慌てん坊さんなのか?」
「…そういう時もあるわ」
涙を浮かべつつ、ルーミアから受け取った布巾で口元を拭う咲夜。それも落ち着いて咲夜はゆっくりと体を馴染ませるように残りのスープを飲んだ。
胃を満たしていく温かな液体。そのエネルギーが全身に染み渡っていくよう。滞っていた血液の流れが、冷え切っていた細胞の働きが、それぞれ自然体へと戻っていく。一口ごとに生き返る、そんな心地だった。
「ふぅ。ごめんなさい、もう一杯、いただけるかしら」
お椀一杯分のスープを飲みきると体も本調子を取り戻し始めたのか、正当な欲求でもっと栄養を、と訴え始めた。咲夜は空っぽになったお椀をルーミアに向けて差し出す。
「はーい、お姉さんは仲間だからね。お友だちには良くしなさいってけーね先生も言ってたし」
受け取ったルーミアはまた、キッチンの方へお椀を手に歩いて行くと、コトコトと煮込まれている寸胴鍋の側の所まで行った。お玉を手にその中身をすくい取る。
「今度はお肉、多めに入れるのか?」
「そう言えば、この肉、何なの?」
最初に口にしたスープに僅かばかりに入っていた肉の破片は咲夜があまり食べたことがない味がしていた。
「ちょっと酸味があるし、脂身が少ない割には筋張ってないわね。何かに似てるような…」
マトン? ラム? と肉と言えば猪か鹿を指す幻想郷では珍しい肉の名前を挙げてみる咲夜。けれど、違うよ、とスープをよそぎ終えたルーミアは戻ってきながら答える。まるで、咲夜が常識を訪ねているような間抜けであるような口調で。
「何言ってるのお姉さん、■■■■だよ」
「え?」
ルーミアの言葉は良く聞こえなかった。
■■■■? なんだそれ? 聞いたこともないお肉の名前だ。咲夜は思わず聞き返す。
「だから、■■■■」
半分、呆れながらもう一度ルーミアは説明する。大きな肉の塊が入ったスープを手にしながら。湯気立つお椀の中に収められた肉塊には見覚えがあった。けれど、やっぱり、ルーミアの言う■■■■は咲夜には理解できなかった。
「お姉さんも好きでしょ、■■■■」
「ごめんなさい、何を言ってるのか…」
聞こえない。聞こえないし、見たくもない。■■■■? そんなもの知らない。見たことも(いつも見ている)聞いたことも(そんな馬鹿な)ない。そんなもの食べちゃいけない。毒と酷い味がするもの以外で人が食べてはいけないものだ。そいつは古今東西、あらゆる文明で否定されている。僅かに少数の民族が儀式的に食していた過去があるが、それさえもクロイツフェルト・ヤコプ病の類縁疾患の発生を原因に取りやめられた過去がある。システム的にそいつを食することは危険なことだとヒトの遺伝子の螺旋に刻み込まれているのだろう。
いいや、違う。それ以前の問題だ。そんな医学的、種の保存のシステム的に忌避されているわけではない。もっと根本的な理由でそれを食べてはいけないと人類は自分たちに言い聞かせてきたのだ。ルールなどではない。根本的な理由。すなわち、
「ニンゲンのお肉だよ。美味しかったでしょ」
同種食い。
自分と同じように泣き笑い、恋人を作って家族と共に生活し、そうして、仲間達に見送られながら死んでいくその者をただの食物として見られるかどうかという答える必要性すらない疑問。宗教儀式的、或いは極限状態の狂気の縁にでも立たされなければ決して食べられないようなもの。ルーミアが差し出したスープの中には煮崩れた人の手首が入っていた。
「いやぁぁぁっぁあ!!! うっぷ…うげぇぇぇぇぇぇぇ!!」
半狂乱になりながら叫び、そのまま床の上へ今し方、食べたばかりのスープ/人を煮込んだものを嘔吐する咲夜。びしゃびしゃと、液体ばかりの吐瀉物が床板を叩く。
「うぇぇぇぇぇぇぇ、おぇっ、げぇぇぇ…」
ほんの一吐きで胃の中は空っぽになったが嘔吐感は止らない。床に向けて大きく口を開けたまま咲夜は自らの喉を押さえ、血走った目を見開いてお腹の筋肉に力を込めて全てを吐出そうと嘔吐き続ける。ともすれば口から胃を裏返しに吐出してしまいかねない勢い。
そうだ、畜生、と咲夜は涙を流しながら考える。
自分を助けてくれた少女の形の物の怪は人食いの妖怪だ。人語を解し、一のように振る舞っているがこいつは捕食者だ。虎や鮫と変わらぬ食物連鎖において一より上に位置している存在。それが出してくる食事など人以外に何があろう。
見れば部屋の壁に作られた棚には削いだ耳や鼻が塩漬けにされ瓶に詰められている。壁際の風通しのいいところにフックでジャケットのようにつり下げられているのは血抜きをし、腸と脂を取った人の胴体ではないか。今し方、咲夜が頂いた寸胴鍋から伸びているのはずくずくになりつつある成人女性の足のようだった。大きすぎて入らなかったのだろう。スープ用の白ネギかセロリの幹のようにそいつは外へ伸びている。壁の飾りは指の骨や歯を使って作られたものだ。タンスの上には乳児のものと思われる小さな小さな頭蓋骨を加工して作られた置物が鎮座している。
常人であれば一瞥しただけで正気を失いかねない狂気のショールーム。それがこの山中に建てられたこじんまりとしたあばら屋の正体だった。
もはなにも出ないと咲夜は涙を流しながら、涎と胃液で汚れた口元も拭おうとはせず顔を上げた。
「貴女…なんてものを…食べ、させるのよ…」
全て出し切っても未だに強烈な悪寒は残っている。
胃から見も知らぬ他人の体液や何か、或いは魂と呼ばれるようなものが染みこんでくるような錯覚を覚える。まるで、強姦でもされ、汚濁を口から飲まされたような気分。酷い吐き気は収まらず、腹をかっ捌いて胃を取り出して水洗いでもしたくなってくる。
そして、それでもなお、自分は人を食べたのだという事実が消せないことに咲夜は絶望する。
「私、嘘…まさか…そんな…」
爪を立てて頭を掻きむしる。逃避が裂けて血が流れ出るが構うものか。激しい痛みか、阿片か紫煙かアルコールの熱でしかこの絶望からは逃れられないのだと、咲夜は体を震わせる。昨晩、山中で身を覆うものもなく、岩の間で眠ったときよりも酷い寒気を感じる。このまま、凍り付いて死んでしまうのではないかと思えるほどの悪寒。むしろ、それを望む。忘却に至る一番の手段は死なのだから。
「ああ…ああああああああああ………」
「なんで、そんな顔してるのお姉さん」
自分の手が己の首筋に伸びてきたところでルーミアが声をかけてきた。
「あ、貴女には分らないかしら。じ、自分が自分と同じ生き物を食べてしまった、この絶望が…」
そいつは世界の終わりを目撃した狂える予言者の独白だった。理解しきれないのか、ルーミアは小首をかしげ、疑問符を浮かべる。
「それってお友だちを食べちゃうってことなのかな? ああ、うん。それはしちゃいけないってけーね先生が言ってた」
だから、とルーミアは言葉を続ける。
「だから、私、お姉ちゃんを食べなかったんだよ」
「え?」
えらいでしょ、と胸を張るルーミア。けれど、その言葉の真意が理解できず、今度は咲夜が疑問符を浮かべるばかりだった。
「だって、お姉ちゃんも人食いなんでしょ。私と同じ。そういう匂いがしたもの。だから、お姉ちゃんは私の仲間。お友だち。だから、たすけてあげたの。けーね先生はお友だちは助けてあげましょうって言ってたし」
今度こそ咲夜は真に絶望した。
ああ、そうだ確かに。この味は初めてではなかった。余り食べたことはないけれど、確かに一度か二度、口にしたことがある味だった。
今更ながらに咲夜はその事を思い出し、アハハハ、と力なく笑った。
暫くして、レミリアが美鈴と共に咲夜を迎えに来たがそこにいた咲夜はもう、昔の咲夜ではなかった。
人の肉を好んで食らう、ただの人でなしに成果てていた。
END
海栗くらげを肴に本酒で書きました。
執筆ペース落ちてるなぁ…
ギャバンダイナミック
sako
作品情報
作品集:
19
投稿日時:
2010/08/03 19:27:35
更新日時:
2010/08/04 04:27:35
分類
咲夜
ルーミア
8月はコミケで人が食えるぞ♪人が食える食える♪人が食えるぞ♪
だが、行き倒れを同胞だから、って言うだけの理由で救うってのは
なんという純粋な隣人愛だろう。
人間でもそうそうできることじゃない
(え、この場合救われてないって)
悪い子だ咲夜は!