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『魔界の母と悪魔の妹 6』 作者: 木質
アリスとの弾幕ごっこで負けた神綺が魔界に帰り、一週間が経とうとしていた
【紅魔館】
神綺が魔界へ帰った数時間後にレミリアたちは帰って来た
最初こそ館の修繕や暗示を受けたメイドの調整などで慌しかったが、今はもう普段の生活を取り戻していた
「迫り来る魔界人ども千切っては投げて千切っては投げて・・・最後には全員一列に並べて土下座させて『紅魔館はお返ししますから許してください』って言わせてやったわ」
レミリアは取材にやって来た鴉天狗、射命丸文に自慢げに話していた。魔界神が去って以降、魔界をその目で見てきたレミリアに取材を申し込む天狗は後を絶たない
「では、ドラゴンと戦ったときのお話をお聞かせください」
「へ? ドラゴン?」
「三日前に取材させて頂いた仲間の描いた記事のその話があったので、私にも詳しく」
(言ったっけそんなこと?)
隣に控えていた咲夜にしか聞こえない声で喋った
(覚えて無いんですか? 夕飯のあとにやってきたどっかの天狗に。ああ、たしかあの時、お酒が入っていましたから・・・・)
咲夜もレミリアにしか聞こえないように耳打ちした
(どんな風に言ったっけ?)
(激しい空中戦の末、ドラゴンの火玉の息をグングニルが打ち破って殺したという内容です)
相談を終えて、文に顔を向ける
「ああ、あれね。倒すのに苦労したわ、空を旋回する真っ赤なドラゴンの火を掻い潜りながら・・・」
「あれ? 黒い龍ではなく赤い龍? 仲間の記事には黒と、龍は二匹いたんですか?」
「うっ・・・・・・・・光の加減で赤くも見えるドラゴンだったのよ! そんなのどっちでもいいでしょう!」
「す、すみません」
恫喝まがいの声を出すレミリアに文は思わず萎縮してしまった
「申し訳ありませんがそろそろお引取りを」
嘘八百を並べたレミリアの魔界武勇伝にボロが出そうになったので、咲夜が帰るように促す
「お嬢様は連日の取材と明後日あるパーティの準備でお疲れのため、少々気が立っているの、察して頂戴」
今度は文だけに聞こえる声でフォローを入れた
「あ。いえ。こちらこそ配慮が欠けていました。またお時間のある時にお伺いします。それとパーティも楽しみにしていますね」
文が廊下に出ると、メイド達が慌しくダンスホールと倉庫を行き来していた
神綺の登場によって中止になった紅魔館のパーティはレミリアの強い希望で二日後に行なわれる予定になっていた
レミリアは幻想郷に送り返される際、神綺から『こちらの勝手な都合で迷惑を掛けた』という理由で城の財産の一部を貰っていた
今回はこの資金をパーティ運営に充てる
ちなみにこの資金は『無理矢理奪い取ってきた』と周囲にふれ回っていた
レミリアは魔界の住人に手も足も出ず敗北したことを、なんとしてでも隠したかった
【 図書館 】
小悪魔は自分のしたことをすべて魔界神に被せた
内通して神綺の情報を流していた功績もあり、周囲はその報告をあっさりと信じた
小悪魔の証言で、すべて都合の悪い出来事は魔界神のせいにしたお陰で、今回の騒動で最も渦中にいながら、何の糾弾も受けずにいた
そんな彼女は今、大いに苦しんでいた
図書館の隅、本棚に囲まれている中で、彼女は胸を押さえてうずくまる
「ぐぅ……あああっ」
小悪魔は正体不明の痛みに悶えていた。夢子に負わされた怪我のせいではない。それはすでに完治している
顔をしかめながら、棚から本を引っ張り出して、次から次へとページに目を通す
「ないないないないない」
お目当ての資料が無いとわかると、本を乱雑に床へ捨てて次の本を取る
「は、あ、く……」
焼けるような強い痛みでは決してなく、真綿で締めるような緩やかな苦痛と、心臓を見えない手で握られているような圧迫感があった
(なんですかこれなんですかこれなんですかこれ?)
原因は先日、魔界神が去り際に植ていった種のせいだというのは理解している
(一体どんな種類の呪いを?)
知りたいのは、その痛みの出どころだった。痛みの正体がわからなければ対処のしようがない
「あ゛ああっ!」
痛みには波があった、突然増したかと思ったら、突然和らぐ
今まで生きてきて、一度も感じたことのない類の未知の痛みだった
だからそれから逃れるために、こうして本棚の中身をぶちまけて、その参考になる資料を血眼になって探している
すでに彼女の足元は本の絨毯が出来上がっていた。足の踏み場はもう無い
「小悪魔、そこで何してるの?」
物音を拾い不審に感じたパチュリーが様子を見に来た
「本が傷んだらどうするつもり」
小悪魔の奇行よりも、大切な本を粗末に扱われていることのほうが気になっていた
「早く片付けなさ・・・」
「今それどころじゃないんですよ。いちいち話掛けないで貰えますか?」
本を乱暴に踏みつけて跳躍。一瞬で距離を詰めて、魔女の口に親指と人差し指を二本突っ込み舌を挟んだ。爪を舌に食い込ませる
詠唱を武器にする魔法使いには、この方法が最も有効的であることを小悪魔は知っている
古くから魔法使いと関りをもつ種族である小悪魔は、魔法使いとの戦い方を熟知していた
「・・・・ゥ、ッ!」
予想外の行動に魔女を白黒させる
「人の気も知らないでいい気なものです」
小悪魔は誰でも良いから憂さ晴らししたい気分だった
指をさらに奥に差込み、パチュリーがエズいた瞬間に足を払い後頭部から床に落とした
「ッァ!!」
軽い脳震盪を起こしてパチュリーは気を失った
「ハァ・・・八つ当たりなんて下らない理由で危うく殺すところでした」
それでも苛立ちはおさまらない
気絶するその憎らしい顔を踏みつけようと、足を上げたとき
胸の痛みが、今までに無い振り幅を示した
「ああがくぁあがごろじおあ!!!」
その場に倒れこんだ、ペンチで皮膚が剥がされたような激痛が万遍なく体に走った
「わかった! わかりました!! やめます! 止めますから!」
その言葉のあと、痛みは徐々に引いて行った
悪意が無いことを意思表示すると不思議と痛みが消える仕組みになっていた
気絶したパチュリーをいつも座っている椅子に寝かせる
起きたとき、今までのが夢だったと勘違いしてくれるのを願った
「とにかく。早くなんとかしないと」
過去の悪事を思い出す度に、胸が痛み出すのがこの症状の特徴だった
お陰で人の不幸が腹の底から笑えなくなり、碌な悪巧みも思いつかなくなってしまったすっかり調子が狂ってしまった
「これじゃあまるで、孫悟空の頭上の輪ですね」
自分で言って、ハッとした
彼女は気付いた。同時に激昂した
「畜生・・・なんて不純物を」
魔界神は悪魔には生涯無縁である感情を自身の能力で創造した
小悪魔に植え付けた種の名は“良心”だった
逃げ去るように小悪魔は自分の部屋に走る
部屋に戻ると、床に座り込み耳を塞いだ
正体を認識した瞬間、それは強いイメージとなり、彼女の中ではっきりと形付けられた
(多くの人を傷つけた、迷惑も沢山かけた、どうしよう、どうしよう、どうしよう)
生まれたばかりの新しい自分の心が胸のうちを吐露し出す
「黙っててください!」
心に浮かんでくる言葉や感情に爪を立てて必死に押し込めようとするが、その声は消えない
決して二重人格というわけではなく、もう一つの声は、紛れもなく自分自身のもの
生まれて一度も良心の呵責を感じたことのない彼女にとって、初めて経験するそれは耐え難い苦痛だった
(謝らなきゃ、謝らなきゃ、謝らなきゃ)
「このままじゃ。私が、私じゃなくなる」
悪意だけを持ってこの世に生を受けた彼女
死に勝る恐怖が見えない壁となって、音もなく背後からにじり寄ってくるようだった
「フランドールさえ、あそこで死んでいたら・・・」
イフの世界を想像する。フランドールが予定通り退場していたら、自分が疑われることは無かった
魔法陣を掌握して神綺に対し、絶対的優位な位置に立つことが出来たのに、それをぶち壊されることも無かった
「殺す。まだ私が正常でいられる内に」
疼く胸中を抑え、地下室へと歩き出した
地下室へ続く階段を降りたときだった
フランドールの部屋の扉が開いたかと思ったら、レミリアが勢い良く飛び出してきた
派手に床を転がり、壁にぶつかる
「あ、あの・・・」
とりあえず声をかけることにした
「平気よ、構わないで」
喋った拍子に、レミリアの口から何かが零れ落ちた
「これは・・・・歯?」
可愛らしい小さな歯が三つ。足元に転がった
レミリアの頬を見ると、大きな痣が出来ていた
「あの、お嬢様?」
「なんでもない」
落ちた歯を拾い、逃げ出すようにレミリアはその場から去って行った
レミリアはパチュリーが貯めた魔力を消失させたのがフランドールでないと小悪魔の報告で知った
そのためフランドールに謝罪する必要があった
レミリア本人に謝る気はなかったが、濡れ衣で妹を甚振っていたという事実が外に既に伝わっていたため、それを払拭する必要があった
そして謝りに来た姉に対して、フランドールの出した返事がこれだった
「謝罪に来た姉に顔面パンチですか?」
ノックもせず地下室に入り、ベッドに座るこの部屋の主に話しかけた
「ええ『これでチャラにしてあげるから、しばらくその顔を見せないで』って言ってあげたの」
「あれだけのことをされたのに、それだけで済ますとはなんともお優しい。私なら一日一回殴られにココに来いって言いますけどね」
「やめてよ。あれを毎日見ないといけないなんて拷問よ」
あの騒動以来、小悪魔がここにやってくるのは初めてだった
「で、何しに来たの?」
神綺と過ごしていたときは違う、冷めた目。まるでつまらない玩具でも見る子供のそれと酷似していた
この表情こそ、彼女の普段の姿だった。あらゆる温もりから最も遠い位置で育まれた感情
何に対しても価値を感じることの無い、卑下した眼差しが小悪魔に向けられる
「ええ、ちょっと。自殺してないか様子を見に」
目の前の吸血鬼を恐れることなく前に進む
そのまま空いている椅子に座った
フランドールの手元に一冊の絵本があることに、近づいてみてわかった。神綺に読み聞かせてもらったときの本だった
「私は実は絵本が大好きです」
「・・・・・・」
「おや、なんですかその疑いの眼差しは?」
机の上にあったティーポッドを勝手に取り、空いていたカップに注ぐ
「童話なんてのは、大元の話はどれもこれも残酷極まりないんです。絵本というのは、その残虐シーンを省いて都合の良い解釈で取り繕って子供向けに寄り合せたものです」
飲んでみた紅茶は温くもなければ冷たくもなかった、ただ薄っすらと鉄の味がした
「なんと言いますか、見た目が醜い生物に可愛いヌイグルミを着せられて、子供の前でミュージカルしているようで、それを想像したらなんだか滑稽なんですよ」
紅茶を飲み干して立ち上がり、彼女に近づく
おもむろに絵本に手を伸ばそうとする
「駄目。触らないで」
フランドールにそれを阻まれたので本は諦めて、彼女の隣に座った
「しかし馬鹿なことしましたね。あそこで『書ける』だなんて言わなければ、今も一緒にいられたのに、その本も最後まで読んでもらえたのに……」
皮肉や嫌味ではなく、本心からそう思った
「なぜあんなことを? それが解せません。もしかして褒められたいという一時的な感情ですか?」
興味本位で訊いた。あのとき何故フランドールは、神綺が魔界に帰る手助けをしたが知りたかった
「お母様を……」
「うん?」
「困らせたらいけないと思って」
「………」
呆れて、二の句が継げなかった
(この子は、母親というものを理解していない)
親に子がそんな気を使うものじゃない、大事な物を投げ出してまで子は親に尽くすべきではないというのが彼女の自論だった
(まあ仕方ないでしょうけど)
そんなものを学ぶことも、知ることも彼女には無かったのだから
「ですがまあ、お互い大損ですね」
自嘲気味に笑う
「私はあれだけ必死こいて立ち回ったのに、最後の最後でドボン。しかも得体の知れない物まで植え付けられるしまつ」
むしろマイナスだと感じていた
「そっちはそっちで、あれだけ体をなぶられて、手元に残ったのは何も無い」
「損なんてしてないよ?」
自身の胸に触れた
「ちゃんと残ってる」
「何ですかそれ? 『みんなと過ごした日々』ってやつですか? 下らない」
肺に溜めた空気を一気に吐き出した
「小悪魔、あなた死にたいの?」
「どうしてそう思われるのです?」
「私を挑発ばかりしている。殺してくださいと言わんばかりに」
「ええ、そうですともそうですとも。察しが良くて助かります。その通り。私は自分を殺すためにここに来たんです」
自殺は出来ない。植えつけられた良心がそれを許さなかった、だから第三者に委ねることにした
「あの魔界神が植えつけたモノは本来、悪魔が構造上もつはずの無いものです」
それをあろうことか、魔界の神は創造して小悪魔の中に植えつけた
「例えば、ある人が戦争で大事な者を失ったとしましょう。その人が自分のような被害者を出さないために戦争根絶を訴え、そうなるよう努力するか、
はたまた復讐のためにその手を血に染めるのか。前者は大勢の命を救い、後者は大勢の命を奪います。スタートこそ同じなのに、そのベクトルは真逆。
人をマイナス方向へ誘うのが私たち悪魔の存在意義、アイデンティティです。良心という概念が無いから人を道から踏み外させられるのです」
それが今、失われつつあった
「可能ならば胸を裂い取り出したいです、他人の体を乗っ取ってもやろうと思いましたが、それらはすべて無駄だと悟りました」
すでに種は私の魂に溶け込んでいた。いくら体を取り替えようとも魂の一部を引き剥がすことなど出来ない
「たとえ万人から罵られようとも、未来永劫マヌケと語り継がれようとも、陰惨に犯されようとも、醜くく殺されようとも構いません。私は悪魔なのですから
しかし・・・私が私じゃなくなる。それだけは絶対に嫌なんです。何も持たずに生まれた私は“これ”だけを信じてその思いに忠実にやってきました」
胸の位置に手を当てた
「私は、今もうすでに自分がしたことを『過ち』と認識して後悔の念を感じつつあります。アナタに対しても償いをしなければならないという強迫観念に駆られています
きっとそのうち、この種を植え付けたあの魔界神にすら感謝するようになるでしょう。誰かのために無償で働くことを美徳を思えるような吐き気を催していた存在に成り下がってしまう
そんなのは御免なんです。だから、まだ悪魔の気持ちが正常に働いている今のうちに、死んでおきたいんです。私が私であった証として、これから変異していく自分を感じないようにするために」
この世で最も嫌う人種、偽善者となるであろう自分自身に憎しみすら感じていた
「強きにかしずき弱きを踏み砕く、病人には冷水を浴びせ、溺れる者がいれば棒で沈める。それが私です。これが私なんです」
だから変わってしまう前に死にたかった
「あなたなら私を殺す動機もちゃんと持っている。先ほども言いましたがあなたに対して罪悪感も感じている。だから妹様に殺されるのが一番納得がいくんですよ」
懐に忍ばせたナイフを握り真横に振った。至近距離のそれをフランドールは容易くかわした
「さあ、これで正当防衛が成立します。早く殺してください」
小悪魔は床に両膝をついて、心臓を差し出すような形で両手を広げた
「嫌よ、断るわ」
「こう言えばあなたは私を殺さないだろうと、見越しての演技かもしれませんよ? 本当は生きたいと必死で考えているかもしれませんよ?」
「そんな狙いがあるのならワザワザ口に出さない」
「それも計算のうちかもしれません。私が計算高いのは知っているでしょう?」
「殺さないよ。今のあなたはそのままでもすっごく苦しそうだから。それに・・・」
フランドールには小悪魔を殺さない理由がもう一つあった
「あの人に会えたのは、あなたのお陰だから。憎んではいるけど、その分感謝もしてる。だから殺したくない」
「か、感謝ぁ?」
これまでに無いくらい、小悪魔の顔は歪んだ
「神綺さんに会わせてくれた。だからありがとう」
「・・・・・・・」
この時の小悪魔の顔をなんと形容して良いのか
まるで世界の終わりでも目の当たりにしたかのような、驚愕とも恐怖とも取れる表情で固まっていた
その目から一滴の涙が流れ出たが、それが何を意味するのか、小悪魔はわからない
ただ一つ言えるのは、フランドールの感謝の言葉が、彼女の中の何かを完全に破壊したということだけだった
【 天界 】
この日、妖夢は天子に会いに来ていた
お屋敷の表に立つ侍女に用向きを伝えると、彼女の部屋まで案内された
妖夢は負傷した半霊の治療を受けた後、絶対安静を破り庵を飛び出した
白玉楼に帰ると、門で待っていた主の幽々子を見つけて真っ先に土下座をした
切腹しろと主人が言うのならそうする気でいた
しかし幽々子は『早く寝なさい』の一言ですべて片付けてしまった
「総領娘さま、お友達がお見えになりました」
「ご苦労様、下がっていいわ」
「失礼します」
一礼して侍女は立ち去り、妖夢だけが扉の前に残される
「……」
妖夢は部屋の前で入ることを躊躇っていた
ノックをする手が扉の前を彷徨う
「ぼーーっと突っ立ってないで入ったら?」
急かすように中から声がした
「あ、はい」
ぎこちないノックを二回してから入る
ベッドに腰掛けて窓から外の方向に顔を向ける天子の姿があった
「せっかく来てくれたのにお茶が出せなくて悪いわね」
天子はゆっくり立ち上がる。その目は焦点があっておらず、棚に触れ、壁を支えにして手探りで妖夢まで歩いてくる
「あまり、ご無理をなさらないでください」
妖夢が天子の手を取って引き寄せた。壁に立てかけてあった杖を渡す
「ありがとう。ついでに庭に出たいから、このまま手を引いて連れてってくれない?」
「はい」
彼女の望むままにした
手を繋ぎ、廊下を進みながら会話を続ける
「昨日、やっと包帯が取れたのよ」
夢子によって潰された目の傷が塞がり退院したという知らせを妖夢は受け。居てもたってもいられずにここに飛んできたのだ
庭にはすぐ辿り着いた
「ここまででいいわ。手を離して」
庭の飛び石を踏んだ彼女はそう申し出た
「杖もいらないから持ってて」
両手を横に広げて、バランスを取りながら歩を進める
天子は入院していたときのことを話しだした
「周りの奴等は、みんな私のことを『良くやった』って褒めてくれたの」
「・・・・」
黙ってその言葉に耳を傾ける
「でもね衣玖だけは私をこっぴどく怒ったわ」
紫の誘いを受ける際、彼女は猛反対する衣玖を押しのけて参加していた
「私を褒めてくれた連中がそのときどんな顔をしているのか、はっきりと頭に浮かんだのに、衣玖の顔だけはイメージとして、全然頭に浮かばなかった」
あれが一番見慣れている顔のはずだったのに、と小さく呟く
「怒っていたあの時の衣玖の顔は、どんな表情だったのかしら?」
光を捉えることの無い目が、小さく揺れ動く
「……」
共に強敵に挑んだ戦友に、妖夢はかける言葉が見つからなかった
「おっと」
途中、天子は段差の高い石に蹴躓いた
「だ、大丈夫ですか!?」
体を地面に強かに打つ彼女のもとまで急ぎ駆け寄って、屈み片膝を付いて手を差し出す
「ありがと・・・・・・あら?今日は可愛い下着穿いてるのね?」
「なっ!!」
慌てスカートを抑える
「このあいだ捲られたから、見られることを意識するようになった?」
「あの、ていうか見えてるんですか?」
「あ………うん」
庭の池の前に座り、鯉を眺める
「あーあ、折角医者に賄賂つかませてカルテ改ざんしてもらったのに」
今しがた殴られてできた頭のコブを撫でながら口を尖らす
「なんでそんなことを?」
「盲目の剣士ってカッコイイじゃない? 入院中は盲目の真似に時間を費やしたわ」
「不謹慎なのでやめてください」
「それと見てこの杖、実は仕込み刀」
杖の上部を引き刀身を誇らしげに見せる天子に呆れ、深いため息を吐いた
「天子さんの目が無事なのは、魔界神の力ってやつでしょうか?」
「そうじゃない、でないと私は盲導犬。あんたは車椅子の世話になってるわ」
妖夢の半霊の傷とて、後遺症の残るほど深いモノだった。それなのに次の日には生活に支障が出ないほど回復していた
二人が気絶している間に、魔界神から施しを受けたとしか考えられなかった
「あの天子さん」
「今度は何?」
呼ばれ、鯉に餌をやる手を止めた
「私達は、あのメイドに勝てたのでしょうか?」
「あんた、まだそんなこと考えてたの?」
今度は天子がため息を吐いた
「あいつらは逃げ帰った。私達は生きてる。完全勝利でしょうが」
「それでも私は・・・」
妖夢は納得していなかった『相手に自身の存在を認めさせる』それを目的にして参加した討伐隊
卑怯にも二対一で戦い、両手まで斬り飛ばしたのに達成感は湧いてこなかった
まだ手には彼女の腕を切断した感触が残っている。それをジッと見た
(私は、どのような形で彼女と決着を着ければ良かったんだ?)
どれだけ考えても結論が出なかった
「割り切りなさいな。もう奴らとは一生会えないのだから。一生敗者でいるつもり?」
迷う妖夢を諭すように、雲の無い空を眺めながら天子は言った
幻想郷の末端、そう名状しても差し支えない荒廃した場所に八雲藍と聖白蓮はいた
夢中で続けている内にこんなところまで来てしまっていた
衣服も所々ほつれたり破れたりして、肌を大きく露出している
高速で迫る三本のクナイを白蓮は素早くお辞儀をする動作で回避した
顔を上げざまに、弾幕ごっこでは絶対に使うことのない殺傷力の高い弾を作り出して飛ばす
藍がそれを径の細いレーザーで相殺させる隙を見逃さず、拳の届く範囲まで飛び込む。藍も詰め寄る彼女を迎撃するべくレーザーを消して体を捻る
「ハッ!」
「シッ!」
強化された拳が藍の腹にめり込む、硬質化した九つの尾が聖の体の左側面を叩く
反発しあう磁石のように、二人は同時に吹き飛んだ
白蓮は枯れた木にぶつかり、藍は風化して脆くなった岩にぶつかって勢いが止まる
「ごぽっ」
藍は腹を殴られた衝撃で、胃がひっくり返るような痛みと喉が絞まる気持ち悪さを感じてその場で嘔吐した
「やはり、もう胃液しか出ないか」
すえた液体を唾と共に吐き出してから袖で口元を拭う
二人は出会ってから一週間。飲まず喰わず、一切の睡眠を取らずにで戦っていた
魔力や霊力もほとんど使ってしまったため、高度な妖術や魔法はもう使えない
幻想郷が今どうなっているのかを二人は知らない。気にする余裕がないくらい我武者羅だった
「こちらも、回復に回せる力が十分ではありませんね」
藍の尾に殴られた白蓮の体の側面から血が噴き出してた。固い尾に削られたのか、左耳は欠損していた
「どうでしょう藍さん、お互いに疲弊しています。これ以上の争いは無意味です。引きませんか?」
白蓮の目的は、藍を討伐隊に合流させないことだった。今の藍の疲労具合では碌な戦力にはならないため、目的は十分に達成されたといえる
「わかりました。ここで手打ちとしましょう」
「ありがとうございます」
殺気が消え、藍の言葉に偽りは無いとわかると地面に倒れこんだ、目蓋が重くなるのを感じる
(みんな、心配してるでしょうか?)
もしかしたら今ごろ探し回っているのかもしれない
(申し訳ないことをしてしまいました)
少し寝れば、帰れる分の魔力は溜まる
(もう少しで、帰りますからね)
仲間の顔を思い浮かべて、目蓋を閉じようとしたときだった
「 ? 」
何か歪な音がして、痛む首を庇いながらあたりを見回す
藍が傷だらけの体を引きずって歩いていた
「どこに行こうというのですか?」
「紅魔館です。そこで紫様と合流しなければ」
さも当然のように言い放った
「無茶です、そんな体で。ここで体を休めるのが最善では?」
休息を取らずに動き回るだけで死んでしまいそうに見えた
「あなたに譲れぬモノがあるように、私にも譲れぬモノがあります。紫様が私に下した命令は魔界神討伐」
命令を忠実をこなすのが式としてあるべき姿だと彼女は主張する
「自分が死ぬかもしれないのにですか?」
「無論。手が千切れようが、足が飛ぼうが。道具の私は気にするべきことではありません」
「そうですか」
白蓮は身を奮い立たせて立ち上がった
「ならばあなたを行かせるわけにはいきません」
「これは異なことを。私が戦力にならないと、そう判断したから休戦を申し出たのでは?」
「死地に飛び込もうとしている怪我人を、みすみす行かせるわけにはいきません。あなたを救うために、あなたを打ち倒します」
「左様ですか」
お互いに向かい合う。もう何度も打ち合う気力も体力も無い
ぶつかりあったのは一度だけだった
体に残った力を振り絞り、相手に当てるというシンプルな決着方法
白蓮の突きは空を切り、藍の爪が僅かに白蓮の腹を掠っていた
(終わった)
指先に確かな感触を得た藍は悟った
次の瞬間、白蓮の腹に薄い切り込みが入った、薄っすらとしたその赤い線は徐々に赤みを増して太くなる
線が一定の太さになると、ばっくりと開き、中に押し込められていた臓物が零れ落ちそうになった
「ぐっ」
傷口に手を当てて、外にはみ出そうとする小腸を押さえる白蓮を見て、藍は勝利を確信した
「それでは向かわせていただきます」
踵を返し、白蓮に背を向けたその時だった。首に何かが巻きついた
「くぉ・・・」
そのまま後ろに引っ張られて、白蓮のすぐ前に背中から倒れこむ
巻きついたものに触れて藍は理解した、その正体を
「正気ですかあなた?」
「行かせません。アナタを死なせるわけにはいきません」
それは白蓮の腸だった。あろうことか、自分で腸をずるりずるりと引きずり出して伸ばし、去ろうとする藍の首にかけたのだ
「微弱ですが魔力を流してあります。今のあなたでは解くことも、引き千切ることもできません」
腹から血を流し、顔を青くしながら言う
「少しの間だけ、私と眠りましょう」
首に巻かれた腸が絞まる。脳へ向かう酸素が断たれて、藍の視界はだんだんと暗くなっていった
「ん・・・・・・?」
藍の目に見慣れた天井が映った。紫と自分の住まいの天井だった
「帰って来たのか? それとも・・・」
布団の心地が良過ぎて、彼岸にいるのではないかと勘ぐってしまう
「あ、起きましたか?」
自身の式が心配そうな顔で覗き込んでくるのを見て、ここが此岸であることを理解する
橙が水の入ったコップを差し出してきた
「飲めますか?」
「ありがとう」
豪快に飲み干して、橙にコップを返す
「橙、私はどれくらい気を失っていた」
「半日よ」
答えたのは橙ではなく、今しがた部屋に入ってきた紫だった
紫は隙間を使い、幻想郷中を探し回った、そして半日前に白蓮の臓物で首を絞められて失神する藍を見つけた
「申し訳ありません。命令を遂行できませんでした」
主人の顔を見るなり、真っ先に謝った
「まあ、いいわ。結果的に敵対していた聖を抑えていてくれたんだから」
許してあげると小声で言った
「それで、あの魔界神は?」
薄っぺらい新聞を一枚渡す。『魔界神撃退に成功』という大きな見出しが載っている
「そうですか、良かった」
大きく安堵の息を吐いた
「にしてもあんた達本当に馬鹿ね」
「真顔でそのように言われるのは些か心外です」
「だってそうでしょう? 丸一週間も寝ないで血反吐を吐きながら戦い続けて・・・・・・・一週間もあったらとっくに魔界神と決着がついていると考えるのが普通でしょう?」
紫の言葉は極めて正論だった
「そうですね。それは薄々わかっていました。恐らく聖もそうだったのでしょう」
その気になればいつでもこれを理由に終わらせることが出来た
「じゃあなぜそうしなかったの?」
「譲れないモノが、お互いにあったんです」
どれだけなじられても、これだけは胸を張って答えられる自信があった
「ところで、聖白蓮は?」
「ああ、彼女なら少し前に帰って行ったわ『みんなが待ってるから失礼します。藍さんによろしく』って」
白蓮も一緒にこの場に運ばれて治療を受けた、傷が塞がるのも待たず、彼女はここを発った
「よろしかったのですか? 彼女は我々の敵では?」
「もう全部終わったことだからいいのよ」
魔界側に協力した勢力は今回はお咎め無しと紫は発表していた
それぞれの勢力に主義や主張があり、紫自身、魔界神を追い出すことに固執しすぎて大人気ない面があったのを反省しての決定だった
「ところで藍、あとどれくらい休めば十分に動けるようになる?」
「そうですね三日・・・いや、二日あれば」
「なら二日後に『新と旧の境界』を強固なものに張り直す予定でいるから。その日までには全快なさい」
「かしこまりました」
「あと明日、紅魔館でパーティやるみたいだけど、参加できそう?」
【 魔界 】
神綺は自室で魔道書の向こういるアリスと話していた
アリスの持つグリモアを通じての交信だった
「でも、アリスちゃんがこっちの呼びかけに応えてくれるなんて。初めてね」
『そりゃ身内の不始末なんだから。事後処理がどうなっているか把握するのは義務よ』
アリスはこの一週間、各勢力を飛び回り事後処理についての情報をかき集めていた
そしてつい先ほど神綺からグリモアを通じて通信が入ったのだ
神綺はまず自分達に力を貸してくれた者たちの安否を聞いた
そして今回協力してくれた古明地さとり、星熊勇儀、風見幽香、聖白蓮について何の処分も下らなかったことを聞き、胸を撫で下ろしていた
ちなみに聖が八雲藍と一週間の死闘を繰り広げていたことを今しがた知って大層驚いた
『でもあの図書館の小悪魔が黒幕だったなんて』
「正直、肝を潰したわ」
『それにしても、フランドールも不憫ね』
母の事情で散々振り回された彼女に対して非常に申し訳ない気持ちになった
『他になにか気になっていることはある? 多分、このグリモアを通して話せるのはこれが最後になるかもしれないんだから』
「最後?」
『明日、紅魔館で大規模なパーティがあるの。母さん達に潰されて延期になっていたやつが』
「そういえば、レミリアちゃんがそんなこと言ってたわね。悪いことしちゃったわ」
『それが終わった次の日。八雲紫は『新と旧の境界』をより強固なモノに作り変えるみたいね』
魔界神を追い返したという功績から、紫はそのような重要な情報を簡単に開示してくれた
境界を引き直されたら、今まで使っていた魔法陣での行き来や、魔道書での会話が不可能になる
「なら明日がラストチャンスというわけね」
『ラストチャンスって一体?』
本の向こう側のアリスは怪訝な顔をした
「さーなんでしょう♪」
『まさかまた良からぬことを・・・』
「“また”合いましょう、アリスちゃん」
『あ、ちょっと!?』
そこで神綺は本を無理矢理閉じた。閉じた本がバタンドタンと激しく動くが、指先で軽く触れて詠唱を唱えるとすぐに大人しくなった
丁度、そこへ報告書を手にした夢子がノックしてやってきた
「城の修繕が完了しました。耐震試験も全箇所基準をクリアしております」
「ご苦労様」
書類を受け取り目を通す。それにサインをしてから夢子に返す
「体の傷、もう大丈夫?」
「ええ、お陰さまで」
妖夢、天子、小悪魔によって受けた傷はすべて元通りになっていた
「二つばかり、お尋ねしてもよろしいですか?」
「うん。いいわよ」
「小悪魔に打ち込んだアレは一体?」
「彼女にとって最も忌避すべきものよ」
小悪魔は『そんなもの』が芽生える土壌は無いと言った
「だから創ったの、そんな土壌でさえ芽を出す強い強い種を」
魔界の創造神だからこそ創れた
いずれ、小悪魔は種の正体に気付く。そのときに取る行動を決めるのは彼女自身
「もう一つですが・・・・その、えっとですね・・・」
夢子には珍しく、歯切れが悪く言い淀んでいた
意を決したように口を開く
「なぜフランドールを連れてこなかったのですか?」
「・・・・・・・」
その言葉に神綺は意外な顔をした
「なんでそんな顔をするんでしょうか? 私、おかしなこと言いましたか?」
「いや、夢子ちゃんが他の子のことを気にするなんて今まで無かったから」
生み出した時を思い出す、その頃の彼女はもっと冷淡で、それこそ与えられた仕事を無感情にこなす機械仕掛けの人形のようだった
姉妹にこそ表情を見せるが、それ以外には無愛想を貫いていた
「私にだって情の一つや二つ持ち合わせる心の広さはありますよ」
「ふふふ。そうね、ごめんなさい」
我が子の成長というのは。いくつになっても嬉しいものである。そう実感した
「気付いていたんでしょう? 彼女が神綺様に何を求めていたのか」
「ええ。最後の最後。別れる直前で」
向けられたあの目は良く知っている
それでもあえて離別を神綺は選んだ
「もしかして怪我をした私のせいですか? 急いでいたからフランドールを連れてくる余裕が無かったというのなら・・・」
夢子はそうだったらと思うと、責任を感じずにはいられなかった
「違うわ。あえて連れて来なかったの」
「何故です?」
「少しだけ。準備の時間が欲しかったの。あそこで連れて来るのは最善じゃなかった」
神綺なりの考えがあっての決断だった
「大丈夫。このまま終わらせるほど、薄情ではないわ。アリスちゃんからもさっき、あの子のことは気に掛けて欲しい言われたばかりだし」
「ならば何も言いません。すべては神綺様の御意志のままに」
「ありがとう」
ここで夢子は他の報告事項を思い出したので、その話題に切り替えた
「そういえばご存知でしたか? 私たちが幻想郷に行っている間、魔界はその話題で持ちきりだったそうです」
「あら、そうなの?」
「そのせいで今、魔界の住人は憤慨しております」
「え?」
持っていたペンを落とした
「わ、私が不甲斐無いから?」
ガタガタと肩を震わせて涙目になる魔界の母
「あ! いえ! 決してそんなわけでは!!」
「折角、長いこと魔界を留守にして幻想郷に行ってきたのに成果ゼロだもんね・・・・支持率が下がっても・・・」
「すみません、私の言葉が足りませんでした、だから落ち着いてください」
改めて状況を説明する
「今回の件で、幻想郷の住民が神綺様に働いた無礼の数々に対して、怒りを感じているんです」
自分の慕い崇拝する神が侮辱されたと、今回の件で多くの住人がそう感じていた
「『幻想郷を滅ぼす』と物騒なことを唱える輩もいます」
今でこそ秩序で治められているが、魔界の住人とは本来凶暴な者が多い
溜まった感情が何かを引き起こすのではないかというのを夢子は危惧していた
「それと幻想郷を好いている者達にとって、向うとの交流が完全に絶たれたということで、落胆の色が強いようです」
ルイズなどの、幻想郷に行きたがっていた者がそうだった
またアリスと神綺のように、突如張られた結界のせいで家族や友人と会えなくなってしまったというのは以外と多く、その者たちも落ち込んでいた
「何かしらの手を講じなければこのままだと今後の魔界に・・・」
「夢子ちゃん」
「はい」
「神様は大きく分けて二種類いるって知ってた?」
「二種類ですか? いいえ存じません。どうやって分類されるのでしょうか?」
「それはね。信仰する者の願いを『叶える神』と『叶えようと頑張る神』よ」
フフンと、なぜか得意気に鼻を鳴らした
その言葉に夢子は違和感を感じた
「神様も中には『どれだけ祈っても叶えてくれない』のがいるのでは?」
「そんな者は神様でもなんでもないわ・・・・・・ただの偶像よ」
『偶像』の部分が酷く冷たく聞こえた。その一言に、神綺がどのような心情で神をしているのかが垣間見えたような気がした
夢子は、神綺が他者に対して否定的な言葉を使うのを初めて聞いた
「自分ではどれだけ頑張っても出来ないから神に縋るしかない。そんな人が世界には溢れている」
神綺は立ち上がり、バルコニーのドアを開け一歩跳び手すりに上に着地する。目の前には自らが統治する世界が広がっている
「もしその人たちを『他力本願だ』と否定する者がいるのなら、私はそれを許さない」
彼女こそが魔界の神。無から有、0から1を作り出すことの出来る唯一神
「魔界で最も大きな広場はどこだったかしら?」
「城から東の方角にある、広場が最も大きな場所かと」
「夕刻。そこにみんなを集めて」
「みんなというのは?」
「魔界に住むすべて、集められるだけ集めて」
「何をなさるおつもりで?」
「今、夢子ちゃんが言った問題、それを解消するわ」
幻想郷を滅ぼすという者達と、幻想郷に行きたいと願う者達の問題
「要は幻想郷に対する不満と『新と旧の境界』を取り払えばいいのね?」
「そんなこと可能なのですか?」
「魔界の神に不可能はないわ」
夕刻。指定した会場には魔界の住人が集まっていた
何千何万という魔界の住人が犇めき合う
その姿は一人一党。人の形の者もいれば、何の生物にも当てはまらない異形の姿まで。種族の幅は広い
会場を上空から見れば、統一感の無い色鮮やかなペルシャ絨毯を思わせる光景だった
ざわついていた会場も、壇上の上に神綺が現れることで静寂に包まれた
「皆さん、ごきげんよう。突然ですが・・・」
神綺は天高く拳を突き上げた
「幻想郷に行きたいかーー!!」
大声で叫んだ
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
反響する神綺の声が消えて、会場に再び静寂を取り戻す
「行きたいかー・・・・・」
蚊のなくような声がはっきりと聞こえるほど、あたりは静まり返っていた
「グスッ」
おもむろにポケットから押しボタンの付属した小さな箱を取り出す
透明なプラスチックのカバーを外し、震える指でボタンを押そうとする
「ちょっと!!」
段の袖で控えていた夢子が神綺を羽交い絞めにする
「何ですかそのボタンは!?」
「邪魔しないで夢子ちゃん!」
他の姉妹も取り押さえるために壇上に上がる
「サラ! そのボタンを没収して!」
「合点・・・ってなにこれ!? 『核マーク』と『バイオハザードマーク』がパッケージにプリントされてる!?」
「返してー!!」
「うわっ、すごい馬力ッ。ユキ、マイ、ルイズ。押さえるの手伝って!」
五人がかりで壇上から引きずり降ろす
「ごめんなさい。みんなのアノ冷めた目が怖くてつい暴走してしまったわ」
「てか、どこの施設に繋がってるボタンですかコレ?」
「あと会場のみんなは神綺様のハイテンションにみんながついて行けずに、面喰らってただけですから。みんな神綺様の演説を待ってますから」
落ち着いてと励ましてから壇上に送り出す
「えーー。改めまして皆さんごきげんよう」
その声に反応して、会場の全員は小さく頭を下げるしぐさをした
「はじめに。皆さんのおかげで今の魔界の繁栄があります。それに感謝の意を」
恭しく頭を下げてそれから本題に移った
「ご存知かと思いますが。先日私は幻想郷へ行って来き、そこの代表者の方とお話して『新と旧の境界』を取り払うお願いをしました」
会場が小さくざわつき始める
「結果は知ってのとおり。結果は決裂です。これにより幻想郷と魔界は完全に断絶されたことになります」
ざわつきは次第に大きくなり、やがて張り上げる者が出てきた
「「「奴等は横暴だ」」」
「「「幻想郷に死を」」」
「「「報復を」」」
「「「恐怖を」」」
「「「絶望を」」」
「「「蹂躙を」」」
物騒な言葉が弾丸のように飛び交う
神綺が手を挙げて、パーからグーに形を変えると静かになった
「みなさんの願いは、幻想郷に行くことですか?」
両手を耳に当て、会場の声を拾う
その言葉に同意する意見が多数聞こえてきた
「では幻想郷に行き。皆さんは何をしますか?」
「「「奴等に死を」」」
「「「幻想郷に裁きを」」」
「「「我等とその神をないがしろにした幻想郷に償いを」」」
「それは許しません」
首を振る。突然、神に自分達の行動を否定されたことで民衆の間に小さな恐怖が生まれる
そんな不安がる者たちに神綺は微笑んだ
「恨みを晴らしたいのなら殺すのは間違っています。殺すというのは間違った行動を取る者を止めるための使う最終手段です
恨みを晴らしたいのなら屈辱を与えてあげましょう。三日に一回、寝る前に思い出して悶え狂うような屈辱を」
幻想郷の地図が神綺の背後に浮かぶ
「花を踏まず、家を焼かず、川を汚さず、誰も殺さず。屈辱だけを与えましょう」
「殺しては、傷つけてはいけません。その瞬間、屈辱は怨みに姿を変えます」
「かつて阿鼻叫喚の地獄よりも地獄だった魔界。そこで生き抜いた皆さんなら相手を傷つけず御すことなど容易いはずと私は信じています」
「今宵、魔界は季節外れのハロウィンを行ないます。お菓子を貰う先は幻想郷。貰えないならとびきりのイタズラをしてあげましょう」
「突然のことに幻想郷の皆さんはさぞ困惑するでしょう。ひょっとしたら彼等は『魔界が戦争を仕掛けてきた』と思うかもしれません」
「その時は彼等に教えてさしあげましょう。『暇だったので遊びに来た』と。魔界にとって幻想郷は遊び場の一つでしかないということを、滅ぼす気は無いということを」
「プライドをへし折り、心の底から見下して、小馬鹿に扱い、怒りで顔を真っ赤にしてあげましょう」
「すると数年後には、幻想郷の方から勝手に境界をこじ開けて仕返しに来てくれます。その瞬間こそが魔界の勝利です」
「では行きましょう。奪われたもの取り返しに、落としたもの拾いに、失くしたもの探しに、まだ持ってないのならこれから見つけに」
【 紅魔館 】
パーティ当日
妖夢は紅魔館にやってきた。当然、主人である幽々子と一緒である。二人とも普段着ではなく余所行き用の服だった
受付には長蛇の列が出来ており、その一番後ろに並ぶ
「あら妖夢じゃない」
聞き慣れた声がしたので隣を見ると、天子と衣玖がいた、二人も煌びやかな衣装に身を包んでいる
「見て見て、招待状が届いてたわ、今度はダフ屋から買わずにすんだわ」
封筒に入ったそれを上機嫌に見せる
「ええ良かったですね」
受付のメイドに招待状を見せてかつてあのメイドと戦い血を流したダンスホールへと足を踏み入れた
『今回、パーティにお越しいただき感謝するわ。私が紅魔館の主、レミリア・スカーレットよ。まあ言わなくてもわかるでしょうけど』
ステージの上に立ち、マイクを手に挨拶をするレミリア
「しかし。私たちも来てよかったのかね?」
「いいんじゃないですか? 招待状はちゃんと頂いたのですし」
「それにこのパーティは紫さん達と仲直りするいい機会です」
さとりと勇儀、白蓮は会場の隅で固まっていた
「あらあら、敗者がこんなところに集まってなんの雑談かしら?」
幽香がその輪に加わった
『えー、魔界を退けたのは紅魔館の力によるものだけれど、それに微細ながらも力を貸してくれた者達に感謝を』
「神綺さんのお役に立てなかったのが無念です。それどころか。命蓮寺のみんなにまで迷惑をかける始末」
魔界神に恩義を感じていた白蓮の表情は浮かない。まだ体の所々に包帯が巻かれていた
紫のもとで手当てを受けた後、すぐに命蓮寺に帰った白蓮は心配した星をはじめとする仲間たちに泣きながらの説教を受けた
「私も魔界と交流が持てないのは残念です。せっかく差別を受けないで済む場所が見つかったと思ったのですが」
さとりと勇儀も残念がっていた。地上で迫害を受け、地底に追われた仲間たちが人生をやり直すことの出来る新天地になるのではという期待があった
全員、心残りが無いといえば嘘になる
『この度のパーティは、それに関する労いの意味も篭められているわ』
幽香たちと正反対の場所、紫と神奈子と永琳がいたが、さとりにトラウマがあり、近づくの少しだけ躊躇していた
『それでは、挨拶はここまでにして。乾杯するからみんなグラスを』
【 魔界 】
選び抜かれた精鋭が、魔界の門の前に集結していた
「それじゃあ。行きましょうか。アリスちゃんの連絡によれば今あっちではパーティをやっていて、強いヒトはみんなそこに集まっているらしいわ」
神綺は門の前に立ち手をかざす
これから魔法陣を用いないでの幻想郷への転移を試みる
以前、向こうへ行ったとき『新と旧の境界』を張った紫本人から、境界の特性を聞いた
この時。八雲紫は、重大なミスを犯していた
特性を喋るというのは、境界の仕組みを教えたのと同義であり。境界の設計図を神綺に手渡したようなものだった
今まで魔界側からしか境界を見ることが出来なかったが、これで全体が浮き彫りになる
お陰で境界の通り抜け方はわかった
あとは境界の向こう側にある幻想郷の座標、その着地地点がわかれば良かった
神綺は目を閉じて、魔界から幻想郷の道を作るために集中する
(あの子が居る場所は・・・)
目印として置いてきた吸血鬼の少女の気配を探した
彼女が自分に対して願う声を耳を澄まして探した
【 紅魔館 地下室 】
パーティに呼ばれることも、参加する意思も無いフランドールは、ベッドの上で虚空を見つめていた
(戻っただけだ。いつもに)
幼い頃に、地下に幽閉されたときから続く無機質で色の無い、感動も喜びも、悲しみも苦痛も何もない毎日が再び始まっただけだと自分に言い聞かせた
(あの思い出だけで十分)
神綺と過ごした日々だけあれば、残りの人生を過ごせることが出来る気がした
思い出という棺桶の中で残りの余生を過ごすのも悪くないと思えた
(でも、叶うならもう一度)
我が侭だとわかっていてもそう願い、目を閉じた
「起きて、起きてフランちゃん」
耳に心地の良い声が届いて本能的に体を起こした
「これは・・・・夢?」
いつもそうだった。辛いことがあると、いつもこんな夢を見た。これもきっとその類だと思った
「夢と現実。どっちだと思う? もとい、どっちが良い?」
初めて与えられた選択しだった。選ばせてもらえるなら、答えは一つしかない
「現実が良い」
神綺の手がフランドールの頬を撫でた
「覚えてる? 『また会いましょう』って約束したのを?」
【アリス邸】
パーティから三日が過ぎた
この日、彼女の家に暇を持て余した魔理沙が訪ねてきていた
「結局、あいつらは何をしに来たんだ? 報復という感じでは無かったような気がするし」
一晩で魔界の軍勢は紅魔館を占拠したと思えば、夜明けと共に姿を消していた
誰も殺さず、けれど掻き回すだけ掻き回された
まるで一睡のうちに見たタチの悪い夢のようだった
「アリス、神綺から何か聞いてるんじゃないか? いや、絶対に聞いてるだろ? その時、廊下でお前と神綺が話しているのを見たっていう奴だっていたし」
「さあ。どうかしら?」
意味有りげに笑いつつ、手元の糸の操作に集中する
「ただ単に遊びに来たんじゃないの? 終始馬鹿にしてるみたいな声が聞こえていたし」
「それってなんだ、私たちは魔界の連中に舐められてるってことか?」
「有り体に言えばそうなんじゃない」
「なんか悔しいなそれ」
「ええ、悔しいわね」
人形操作に没頭するアリスは、その片手間という感じで魔理沙に返答した
「ところで、さっきから操ってる人形。一体何なんだ?」
「人形は人形よ、それ以上でもそれ以下でもないわ」
彼女の手の下で六枚の羽を持った不細工な人形が踊っている
「そうじゃなくて私が訊きたいのは、何に使うのかっていうことだ」
見たところ、弾幕ごっこや魔術の類で使うものではない
「来週、里でやる人形劇の練習よ」
「シンデレラ? 白雪姫? それても桃太郎か?」
「創作よオリジナルの。最近、有名な話は全部やりつくしたから、新しいのをやってみようと思って。今回はその試作」
「なら私が内容を評価してやる。詰まんないところを全部指摘して扱き下ろしてやるから覚悟しとけ」
「あらそう。じゃあ見て頂戴」
喧嘩を売ったはずなのに、事も無げにいなされて魔理沙はムッとした
「最近あった話をね、30分程度の劇にしてみたの」
「元ネタがあるのにオリジナルを謳うのは詐欺じゃないか?」
「その内容を子供向けにアレンジしたのよ」
それは童話や絵本のように、残虐シーンを省いて都合の良い解釈で取り繕い寄り合せた物語
最後は子供が喜ぶハッピーエンドで締めくくられる
「タイトルはなんていうんだ?」
「童話っぽく、主人公の俗称をそのまま入れたの」
そう言っている間に、上海人形が他の人形に指示を出して小さな人形用の舞台を組み上げていく
「シャンハーイ」
「お、サンキュー」
舞台が組み上がると、上海人形が魔理沙に水飴の絡まった割り箸を手渡した
そして舞台の上から糸を垂らすアリスはナレーションを始めた
「本日はお集まりいただきありがとうございます。さて、これから始まります演目はと申しますと・・・」
舞台の幕には『魔界の神と悪魔の妹』と名が打たれていた
fin
今回が最終話となります
5から結構な時間が空いてしまいました、申し訳ないです
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました
※上海専用便器さんからご指摘いただいた誤字脱字を修正しました。
ありがとうございます。
木質
- 作品情報
- 作品集:
- 19
- 投稿日時:
- 2010/08/13 18:19:17
- 更新日時:
- 2010/08/22 00:26:20
- 分類
- 神綺
- 夢子
- フランドール
- 小悪魔
- アリス
- 天子
- 妖夢
- 聖
- 藍
- 紫
魔界から戻ってきた神綺様たちにレミリアの嘘八百がバレないようにお祈りしますw
魔界核ミサイルwww
しかし、おぜうは最後までおぜうでしたな
誤字報告
>>他の姉妹も『取り押さえり』ために壇上に上がる
>>そう言っている間に、上海人形が他の人形に『支持を出して』
ただ殺すでもなく自分が死ぬのでもなく憎むわけでもなくまさかすぐに許して更に感謝をするなんて、
このフランちゃんは最強です、力だけではなく色々な所が、今後神綺様をきっかけにいっぱい幸せになれる事を願います。
今回の神綺さまのカリスマが半端ないです
皆が皆、幸せになれることを祈っています。
というか、勝手に想像します。
懐が大きい人ってのは強いですね
これまでの言動全てが最後まで邪悪で外道だったんですけどねぇ。
小悪魔の言うとおり、今後彼女が改心して周囲の状況がどれだけ平穏になったとしても、そこに溶け込む小悪魔は罰を受け続けているのと変わらないんでしょうね。
しかしまあ、やったことはともかく、やはり一つの信念を貫くダークなかっこよさを持った黒幕でした。素晴らしい!
それに対比するようにレミリア様の小物臭が半端ないっすねww
もうこれから取り繕う生き方しか残されてないでしょう。最後のパーティー乱入で面目も丸つぶれだろうしw
演説の冒頭は笑わせてもらった
終始、おぜうが小物なのも面白かった
せっかくハッピーエンドで終わらせたんだし
番外編みたいなのやって欲しい^^
波瀾万丈な展開も然ることながら、やはりその根底にあるフランちゃんへの愛に痺れました…。イキロ小悪魔。
あと小物レミリアもかわいい。ドラゴン(笑)
カリスマ(真)
小悪魔がただの悪役で終わっていないところも素敵ですね
彼女なりの生き方だったのでしょうし これからどう変化するかが楽しみです
このシリーズ程魔界組が強く、かっこいい作品は初めてです。
魔界組が大好きな私大歓喜。
神綺様の演説はとても素晴らしかったです。マジ、カリスマ。
色々酷い目にあったコ(主にフランちゃん)もいましたが、誰も死なずに大団円を迎えられたのは本当に良かったです。
ラストのアリスが里で披露する人形劇の題がこの作品のタイトルなのもニクイ演出だなと思いました。
私もいつか木質さんのような強くてカッコイイ魔界組メインの話が書きたいです。