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『産廃百物語「るなてぃっくらびっつ」』 作者: 家具
鈴仙が死んだ。
私が殺した。
鈴仙は、かなりの怖がりだ。
どれくらい怖がりかと言うと、私が適当にでっちあげた三流レベルの怪談を聞かせてやった日の夜には十中八九「てゐぃ………その、あの、一緒に………厠に……………」ってなるくらい。勿論私がまともにお供なんてするはずもなく、途中でこっそり居なくなったりいきなり大声を出したり「ねぇ……今、そこに何か、いなかった?」とかデタラメ言ったりするに決まってるのだけど、それでも鈴仙は私に頼む。師匠と姫様には見栄を張りたい、デキるイイ子に見られたいって気持ちがあるんだろう。だから鈴仙は何度も私に泣かされてるくせに、事あるごとに元凶の私を頼ってきた。
私はそんな鈴仙を、懲りないなぁってちょっぴり呆れると共に、可愛いなぁって、思ってた。………「虐め甲斐もあるし」って言葉は付属するけど。
その日も、そんな感じだった。
怖がりの鈴仙を、次はどうやって虐め倒してやろうかなぁと思案して、私が思い付いたのが肝試しだった。
「れーせんれーせん! 肝試ししようよ、肝試し〜」
「ええ!? ………い、嫌よ」
「え〜、何でぇー? 怖いから?」
「そ、そんな訳ないわよ! ただ、その、ほら………えぇと………」
鈴仙はにやにやと見上げる私から目を逸らして、もごもごと口を動かす。ふふん、甘いよ鈴仙。そこでつっかえるような口下手が、このてゐ様に敵うと思うないっ。
「そ、そう! 夜とはいえ、いつ師匠からお呼び出しがかかるか解らないしっ、みだりに永遠亭を離れる訳には………」
「あぁ、それなら大丈夫。お師匠と姫様にはもう許可を取っておいたよん」
「え゛」
「何なら確認してくれても構わないよ?」
そう、たかが鈴仙の言い逃れ方なんて、この私にはお見通し。事前に策を打っておくのは忘れない。
姫様は、勿論あっさりとOKしてくれた。何故なら、姫様と私は何を隠そう悪戯同盟。私は姫様の悪戯に知恵を貸し、姫様は私の悪戯に協力してくれる。そのかわり相手には悪戯しないことと、上手くいったらその様子を教えることが約束だ。
因みに姫様は私から聞いた話をそのまま師匠に伝えるので、鈴仙が悪戯に引っ掛かったり怖い話に怯えたりする情けない姿は実際しっかりバレている。知らぬはれーせんばかりなり。ま、知らぬが花だぁね。
そして、お偉方二人にアポ取得済みとあれば、我らが鈴仙ちゃんに断る術はない。断ったら臆病者と思われるかもしれない、と思ってしまうから。
以上、鈴仙捕獲プロジェクト完遂なのでした、ぱんぱかぱーん。
「………ううぅ、わかったわよ! やれば良いんでしょやれば!!」
「さっすがれーせん。その意気その意気」
「でも、具体的に何するのよ?」
「かーんたん、夜の竹林をちょっぴりお散歩するだけさっ。道案内は私がするよ」
「え? てゐ、ついてきてくれるの?」
途端、鈴仙の表情がぱっと明るくなる。
やれやれ。本当、お人よしだねぇ。1番近くなんて、最も悪戯しやすくて観察しやすい特等席だって気付いていないのか。
無防備に安心してくれる鈴仙の姿に笑いを押し殺しながら、私は「それじゃあ、今夜ね〜」と告げるだけ告げて、仕込みのためにさっさとその場を後にした。
「こん、や?」と聞き返す鈴仙の不安げな様子には、気を留めもせずに。
夜。
鈴仙は最初から凄く怯えた様子だったけど、肝試しにビビってるだけだと私は特に気にしなかった。
罠の仕込みも完璧。月明かりのお陰で竹林も適度に歩きやすい明度。なめらかな風のお陰で気温も程よく、まさに悪戯………もとい肝試し日和だ。
「じゃ、出発するけど………れーせん、怖いぃ?」
「え!? ………だ、大丈夫、よ。うん……………、………だいじょうぶ」
「むふふ。表情は正直だけどねぇ………そーだ、れーせん、手ぇ繋いであげよっか?」
「え?」
「特別サービスさっ。ほらほら、行こう」
私はにひゃひゃと笑って、鈴仙に片手を差し延べる。おずおずとその手を握った鈴仙は、それでも心から安堵したような笑顔を浮かべた。
私の優しさに感動したのか、片手を繋いだ状態ならあまり過激な悪戯も出来ないと安心したのか。どちらにせよ私の読み通り、作戦通りなんだけどね!
さくさくと草を踏み分けながら、初めは世間話に花を咲かせる。肝試しっていうより夜の散歩状態だけど、勿論これも作戦通り。油断させておいて最後にお楽しみ大爆発、って寸法だ。古典的だけどこれがまた効いちゃうんだよねぇ、鈴仙てば。
初めはおどおどきょろきょろおっかなびっくり挙動が不審だった鈴仙も、歩くうちに落ち着いてきたのか、今では私の手を逆に引くまでになっていた。私の方が歩幅が小さいから、普通に歩いてたら当たり前にそうなる。
「因みに、どこまで行くの?」
「んーっと、蝶々広場まで行って帰ってこようかなと。道わかる?」
「あぁ、あそこ。うん、行けるわよ」
蝶々広場というのは、竹林の中にある少し開けた場所のひとつだ。形が羽を広げた蝶々みたいだからそう名付けた。
慣れなければどこもかしこも同じに見える竹林の中でも、幾つか特徴的な場所はある。私達はそういう場所にそれぞれ名前をつけて、何かにつけて目印がわりにしていた。
「じゃ、れーせんが先歩いても大丈夫だね。鈴仙追い抜きながら歩くの、結構疲れるんだよねぇ」
「もう、わかったわよ。………手、離さないでね?」
「はいはい。不安だからって振り向きながら歩かないでよぅ? こっからは特に道がわかりにくくて私でも迷いそうになる位なんだから。しっかり周り見て歩かないと遭難しちゃうよ」
「……………わ、わかってるわよ!」
ほんとかなぁ、なんてけらけら笑ってやれば、鈴仙は顔を真っ赤にしながらムキになってずんずん進む。私は待ってよぉ、と言いながら早歩きで後を追わなきゃいけない。
にしし。鈴仙は注意深く進行方向を睨みながら、『私の手』をしっかり握ったまま。計画通りですなぁ。
周りの風景と鈴仙の様子から、仕掛け時と判断する。そっと気配を殺すと、私は音を立てないようにしながら、静かに鈴仙から離れた。
「………てゐ? さっきから静かじゃない、どうしたのよ?」
暫く歩いた後、鈴仙はようやく異常に気付いた様子でそう問い掛ける。私は勿論答える筈もなく、少し離れた場所からそれを見守っていた。会心の結果に、笑いを堪えるのに苦労した。
鈴仙が私の手だと思い込んでいるのは、この悪戯のためだけに特別に作った精巧な義手だった。本物の腕はさっきまで鈴仙を騙すために無理に引っ込めていたから少し痛いけど、悪戯のためならこれくらいの努力は惜しまないのが私という兎だ。
鈴仙が私の沈黙を訝しんで振り向いた時、自分の手の先にぷらーんとぶら下がっている『私の手』を見たら、どれだけイイ反応を見せてくれるだろう。結構作るの大変だったんだから、それに見合うくらいは笑わせて貰わないとにぇー、にひひ! なぁんて。
「てゐ………? もう、何とか言って―――――」
と、遂に鈴仙が振り返る。
お、きたきた! と身を乗り出して、鈴仙のビビりを子細まで観てやろうと期待する私の視線の先で。
鈴仙の表情が、冗談で済まされないレベルまで引き攣った。
「………………ぇ…………あ…………………」
「……………鈴、仙?」
鈴仙の口から流れ落ちた小さな音が、風に乗って私の耳まで届く。つまり風向きの問題上、逆はない。
鈴仙は遠くからでも解るほど真っ青で、その手はぶるぶると震えていて、瞳は真っ赤な色が今にも零れ落ちそうで。
その異常さに気圧されて咄嗟に声をかけられなかったのが、私の最後の失敗だった。
「―――――いやぁあああァああぁアアあッッッッ!!!!!」
夜を引き裂く、高い高い悲鳴。
鈴仙は『私の腕』を投げ捨てて、狂いながら走り出す。その背が親指くらいの大きさになってようやく、私も走り出せた。
「れ、鈴仙!! 鈴仙!?」
私も、鈴仙程ではないけど頭が真っ白くなっていた。鈴仙の怯えようは、とてもただの悪戯に驚いたなんてものじゃなかったからだ。
何がいけなかったのかを頭の端で思考しながら鈴仙を追って走る、いや飛ぶ! 鈴仙は混乱のあまり飛ぶことも忘れてるみたい。足場の悪いここなら、竹にさえ気をつければ飛ぶ方が早い、追いつける! 運よく今夜は満月だから、暗くて障害物が見えないなんてこともな―――――、
満、月?
そこで、私はようやくそれに気付く。重大な問題として認識する。
今夜は、満月。―――鈴仙が、不安定になる日。
詳しいことは知らない、聞かされていない。ただ、月にいた頃の何やかんやが関係しているらしい。とにかくそのトラウマのせいで、月が完全な姿になる日、鈴仙は精神が不安定になる。一時期は師匠に処方してもらった薬を服用しなきゃいけなかったぐらいだ。でも最近は安定していて、していて、だから、私は。
ああ、畜生、なんてこった。忘れていたんだ! 私は! 大事な鈴仙の重大な病を!! 『最近は落ち着いていたから』なんて甘い見通しで!!
『てゐ、ついてきてくれるの?』
『こん、や?』
『………手、離さないでね?』
いつも以上に不安げな鈴仙の声が耳に蘇って、私は舌打ちする。予兆はあったじゃないか。鈴仙は、ちゃんと私に伝えようとしてくれていたじゃないか。調子に乗って、見過ごした。完全に私のミスだ。
よくは解らないけど、私の悪戯が鈴仙のトラウマと何かしらシンクロしてしまったのは間違いない。本当に私の腕がちぎれたとか、そう誤認してしまったんだろう。そして、パニックに陥った。
「鈴仙、鈴仙!! 私はここだよ!?」
「いやぁぁああぁあ!! あぁぁ!! わぁぁぁぁぁアぁ!!!!」
必死に呼び掛けるけど、鈴仙は聞こえていない様子で叫び続ける。私は耳がちぎれ飛びそうな程限界までスピードを上げて、………鈴仙に、追いついた!
「れいせ―――」
「ひッ…………!?」
振り向いた鈴仙の瞳に映ったのは、
恐怖。
「―――――来ないでェェェェェェ!!!!」
目の前で、鈴仙が、閃光が弾けた。少なくとも私はそう錯覚して、それから一瞬思考が途切れたのは竹に頭をぶつけたからで、ぶつけたのは私が吹っ飛ばされたからで、鈴仙の放った本気の弾幕によって奇しくも鈴仙を騙していた方の私の腕が鮮血を散らして弾けて千切れてぼとりと転がったからだった。
「っぁ、あ゛あぁぁあッ!?」
鮮血が吹き出す、その反作用のように腕から脳まで激痛が迸る。痛い痛い痛いでも動け動かなきゃ動いて私の足、だって鈴仙が走り去った方角は痛みに滲む視界が微かに捉えたあっちは
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――」
崖が。
鈴仙の細く高い最期の悲鳴は、夜と私の喉を鋭く鋭く切り裂いて。
鼓膜に宿った傷痕は、私が死ぬまで消えそうにもないなと、思った。
+++++
私が、奇跡的に野良妖怪に襲われることもなく救出されたのは、翌日の朝の事だった。
あの後、のろのろ這いずりながら、崖の際まで行って。下を、覗き込んで。
槍のような鋭利な岩に頭蓋を砕かれた鈴仙を見て。
………そこで、私の記憶は途切れる。
後で聞いた話だと、その場で死んだみたいに呆然としているところを、たまたま通りかかった妹紅が発見して、永遠亭に連れ帰ったらしい。姫様は柄にもなくぼろぼろ泣きながら妹紅にお礼を言ったそうだ。
落とした方の私の腕は、妖怪に食われたのかどこにも見当たらなかった。師匠は義手を作ることも手術で再生することも出来ると言ってくれたけど、私は断った。………これは、私の罪の証なのだと、思ったから。
そして鈴仙は、手遅れ。
流石の師匠でも、死人につける薬はない。
死んだのだ。
鈴仙は。
私のせいで。
私が殺した。
私が殺した。
私が殺した。
私が殺した。
私が。
私が。
わたしが。
わたしが、れいせんを、ころしたんだ。
それから暫く、私は死んだように過ごした。
永遠亭の一室に篭り、毎日毎日自分の罪に押し潰されながら呼吸していた。
姫様が手ずから運んでくれる食事も、喉を通らなかった。食欲がなかった。何も出来なかった。生きているだけで罪のようで、けれど死ぬことはできなかった。
罪に苛まれながら生きるのが私の罰だと信じたから―――なんて言えば、まだ少しは救われたのだろう。けれど違った。そんなんじゃなかった。
私はただ、死ぬのが怖いだけだった。
鈴仙をこの手で殺めておきながら、私は、それでも自分の身が可愛くて仕方ないんだった。
嘘吐き兎は、本当は誰より臆病だ。擦れた言動も過激な悪戯も、小さな自分を隠すためだけのもの。重すぎる罪を背負っても命ひとつ捨てられない、誰より卑怯な最低兎。
それが、私だ。
姫様もお師匠様も、私を慰めてくれる。
過ぎた事は仕方ないわ。てゐの所為じゃないわよ。だけどその裏に、鈴仙を失った悲しみが透けて見えては私を責める。
………ううん、違う。姫様達が許しているかいないかは問題じゃない。きっと私は誰を見ても、私を責める声を聞くだろう。
私が、許していない。
鈴仙が、赦していないのだ。
鈴仙を殺した私。私が殺した鈴仙。
あの夜の重なりあった悲鳴が、夜毎私の耳を刺す。
それは多分、私に下されるべき、当然の罰なのだろう。
―――――とは言っても、時の流れとは強力なもので。
次第に私の心は癒えたとは言わないまでも、このままでいいのか、と思うようになっていた。
精神的な意味だけでなく現実的にも、鈴仙の死が永遠亭に与えた打撃は大きかった。私と鈴仙、一応姫様と師匠を支えていた二大兎が一度にいなくなったのだから当然だ。
あわや永遠亭が立ち行かなくなるところでその穴を埋めたのは、姫様と妹紅という、世にも意外な取り合わせだった。
内の仕事を、今までお姫様らしく殆ど働かなかった姫様が。外の仕事は、そんな姫様と犬猿の仲の筈の妹紅が受け持つことで、どうにか今まで通りやっていけているらしい。
頭が多少冷えて周りのことが見えてくるにつれ、日に日に申し訳ない気持ちが込み上げる。全ての原因は私なのだ。本来なら、私が二人分の仕事をしなくちゃいけないんじゃないか。
その程度のことが、鈴仙に対する罪滅ぼしになるなんて思わない。けれど少なくとも、散々迷惑をかけた姫様達に対しては、それくらいしなくちゃいけないはずだ。
―――そう考えて、結局鈴仙の死から一ヶ月ほど経った頃。私は、仕事に復帰した。姫様も師匠も、取り立てて何も言ってこなかった。気を遣ってくれたのだろう。
一生懸命、働いた。悪戯も止めた。鈴仙の仕事ぶり、昔言っていた事を思い出しては参考にして、少しでも良く仕事をするために毎日必死で考えた。ブン屋に心変わりを茶化されても負けなかった。
姫様達は私が動くようになった事を喜んでくれたけれど、一方で時々私に哀れむような視線を向ける。人が変わったような私の姿はきっと、痛ましく映るのだろう。
そう思われても仕方ないほど、私は死に物狂いだった。毎日過労死寸前まで働いた。
私には、それしかないような気がして。
人里に薬売りに行くために、竹林を抜ける。………だけどあの日からどうしても、蝶々広場の近くは通れなくなっていた。
遠回りをして竹の間を縫いながら飛んでいると、後ろから「おーい!」と声が聞こえた。妹紅だ。空中で急ブレーキをかけて、追いつくのを待つ。
「妹紅………どうしたの?」
「ん、いや、今から行商だろ? 手伝おうと思って」
「ありがとう。でも、一人で大丈夫だから。私の仕事なんだし」
「いいからいいから。私が好きでやってるんだ。ほら、半分持つよ」
「………………ありがとう」
複雑な気分になりながらも、妹紅が善意で言ってくれているのを断るのも気が引けて、大人しく片手で無理に抱えていた薬箱の片方を渡す。妹紅は私よりも遥かに軽々とそれを抱えて、ゆっくりと歩き出した。
私は早く里に行って、仕事をきちんとこなしたいのに。でも、仕方なく妹紅に歩調を合わせる。荷物が軽くなったことで、逆に何だか疲れが染み出してきたみたいだった。………疲れたなんて言う権利、私にはないけれど。
足を一歩一歩投げ出すような気の抜けた足取りで歩きながら、妹紅がぽつりと口を開く。
「てゐ、さ………もうちょっと休んだら?」
「………………」
「いや、偉そうかもしんないけど、アンタの気持ちだって解るつもりだよ。私だって長生きだしさ。でも、アンタは充分、頑張り過ぎてる。そんなんじゃいつか体、壊すよ。健康が自慢なんだろ?」
………妹紅の言いたい事は、わかる。
わかる、けど。
「……………私はさ。誤解しないでね? あの兎の子が死んだのが良かったなんて言う気はない。でも、でもさ……全部が全部、悪い方に転がった訳じゃないと思うんだ。
例えばね、個人的な話で悪いんだけど………私、あの子が死ぬまで、本っ当に輝夜が嫌いだったんだ。あいつは高飛車で血も涙もない、悪魔みたいに思ってた」
そうだ。だから昔はこんな風に私と妹紅が並んで歩く事なんてなかったし、私は妹紅を「藤原」と呼んで、妹紅にとって私は「あの兎の小さい方」でしかなかった。
妹紅は今でも鈴仙のことを、「あの兎の子」と呼ぶ。仲良くなる前に、鈴仙が死んだから。
「けどさ。あの日、ぼろぼろのアンタを連れてった時に、ああ誤解してたんだなって思ったの。輝夜、めちゃくちゃ泣いてたんだよ。ありがとう妹紅、てゐを助けてくれて本当にありがとうありがとうって何度も言うんだよ。なんか……気が抜けちゃったんだ。すとんって」
「……………」
「………こういう言い方、良くないんだろうけど。そのお陰で、私は輝夜と、アンタと、仲良くなれた」
知ってる。
だから妹紅は私がいない間も、そして私が復帰してからも、永遠亭の仕事をこうして手伝ってくれる。
「あれ、何かちょっとズレたかな。私慧音みたいに頭良くないから、上手く言えないんだけど………んー、つまり、アンタは自分責めすぎだよって事。ほんとは言うまでもないことなんだろうけどさ………物事の暗い方ばっか見てると、辛いよ」
「………………」
妹紅の優しさが、じぐじぐと胸を刔る。
言い方は確かに悪いところもあったけど、妹紅がどうにか私を励まそうとしてくれているのは解る。
多分、妹紅の言う通りなんだろう。鈴仙の死について考えて考えすぎることがあるのかとは思うけど。
………私はいつの間にか、仕事を責任じゃなくて、逃げ場にしていたのかもしれない。
仕事に一生懸命に酔うことで、自分の罪を忘れようとしていただけなのかもしれない。
そう気付いた瞬間、自分が無性に情けなくなって。やり切れないような感情の熱が、凝集して眼球を焼く。
「だから、そのー………あ、え、わ、ごごごめん!! 泣かせるつもりじゃなかったんだ! ほ、ほんとごめんっ!?」
「…………っ、………ううん、っ大丈夫………」
妹紅は慌てて、片手で上手く動けない私の代わりに涙を拭ってくれる。
優しい妹紅。この温もりも、鈴仙の命と引き替えに与えられたものだけど。
「………大丈夫だよ。有難うね、妹紅」
私はそれでも少しだけ穏やかな気持ちで、妹紅に精一杯の笑顔を向けた。
+++++
妹紅と話をしてから、また一ヶ月近くが経過した。
あれ以来、私はたぶん吹っ切れた。未だに夢は見る、ふと考え込む、発作的に自己嫌悪に陥る。仕事に没頭するのは相変わらずだけど、前よりも清々しい気持ちで余裕を持って取り組めた。姫様達の私を見る視線にも、心配や非難よりも微笑みが多く見られるようになった。
少しずつだけど、鈴仙の死が私の中で解決してきている気がする。
気付けば、私はいつの間にか笑うことさえ思い出していた。
あぁ。
全く。
とんだお笑い草だ。
一朝一夕で、本性までが変わる筈もないのに。
臆病兎は臆病兎。
愚かな兎は愚かな兎。
怠慢に慣れた悪戯兎は、取り繕っても最低兎。
トラウマは乗り越えたように見えた頃が一番危険なのだと、自らの快復に酔いしれた私はまた忘れて、同じ過ちを繰り返す。
「………れ? ありゃりゃ?」
外が闇色に染まる頃。永遠亭のとある部屋で荷物をひっくり返して、私はううぅと眉根を寄せていた。
「………………うー。足りないー………」
師匠に頼まれていた薬草摘み。しっかり遂行したと思っていたそれが、少しだけ足りないことに気付いてしまったのだった。
明後日までにお願いねと言われているし、多少の誤差なら師匠は笑って許してくれるだろう。だけど、出来れば明日の朝一番にちゃんと揃えて渡したかった。そうすれば師匠も余裕を持って薬が作れる。それに………真面目な鈴仙ならきっと、そうした。
「……………」
考える。
幸い、摘み忘れの薬草が生えているのは竹林の外れ。今からどうにか行って帰れる距離だ。外は雲が出ていてやや暗いけれど、もう竹林も慣れたものだ。気をつけて行けば大丈夫だろう。
「………よしっ」
行って帰るだけだしと、師匠達には何も言わない。薬草を入れるための籠だけを片手に抱えると、私は軽く地面を蹴って夜の竹林へと飛び立った。
「…………んん。この辺かな」
軽く急いだこともあって、目的の場所には10分足らずで辿り着く。作業もさっさと済ませてしまおう。様々な雑草の中から目的の花を見分けるために、私は地面に跪く―――と。
さぁぁっと風が吹くように、私の背に光が照り付けた。
「ん………?」
雲が切れて、月が覗いたのだろう。案外一気に明るくなるもんだなぁと思いながら、私は何の気無しに空を振り仰いで
瞳みたいな
まぁるい
ひかる
満月
が
「―――――え」
私を見ていた。
あの日と同じ。
まぁるい月が。
あの日の月が。
目を見開く私の視界の真ん中真ん中真ん丸お月様が真っ赤に染まってくるくる廻って降ってくる激突するだけどそれは幻覚で私には何も触れなくて当たらなくて触らなくて障らなくてだけどだけど動かずぴったりきっちりしっくりそこにある月は真っ赤なままでそこにあって底に会って何で何で何、で?
なんでれーせんがわたしをみてるの?
『て、ゐ』
「ッ………ひぃっ、」
『て、ぇ、ゐ。なぁん、でぇ、私を殺したの』
「ち、違う! 違う違う違う!!」
『なぁにぃがぁ、違うのぉ?』
「殺す気じゃ、殺す気じゃなかったよっ!? ただ、鈴仙が、鈴仙にぃ!!」
『………嘘つきぃ』
うそつきうさぎは。
さいていうさぎ。
「る…………さい! うるさいうるさい五月蝿い!! 黙れ! アンタは死んだんだよ、死んじゃったんだよぉ!! それならさぁっ、大人しく………死んでてよッ!!」
私は叫びながら、弾幕を手当たり次第に撒き散らす。
そこに蘇った鈴仙がいるなら、
本気で殺す気で、撃った。
自分の身が可愛くて。
「っ………はぁ、っはぁ、あ………」
撃って撃って撃ちまくって、辺りの竹も薬草も片っ端から吹き飛ばして、霊力が尽きかけるくらい撃った後、ようやく私は荒い息を吐きながら攻撃をやめた。
軽い耳鳴りがする。辺りはしんと静まり返って、夜の空気が耳にねっとりと纏わり付く。
そして、
『そうね。私は死んだ』
「っ!!」
『死んだ死んだ。死んじゃったぁ。てゐに殺されたの、殺されたのぉ!! あっははははははは!!!』
上から、下から、右から前から後ろから左から、鈴仙の笑い声が、声が、声が。
くすくすと、げらげらと、あははは、けらけら、ひひひ、うふふ、きゃはは、ぎゃはははは、
「っい………やぁ!? 嫌っ、あああぁぁぁあ!?!!?」
恐怖に駆られて→周りを見渡す→私の目に飛び込んだ→赤赤赤赤→瞳瞳瞳瞳←無数の鈴仙。
ぴこぴこ、不釣り合いに和やかに耳が揺れる。幾千幾万、竹と同じ数、数え切れない耳が生えている。その下には耳と竹と同じ数、赤い瞳が生えている。
「ぁ、あぁっぁ、わぁぁぁぁぁあ!!」
『あははははははははは』
私は逃げた。出せる限りの速度で走った。だけど鈴仙は追ってくる、何処までも追ってくる。耳元で幾つも幾つも鈴仙の声が反響する。そして振り向けば夜空に煌めく星みたいに水に千切れた月みたいに赤赤赤赤赤赤赤。
「ひぎゃ!?」
『あははは、どうしたのぉてゐ、てゐ、てぇゐ、私を殺した最低兎の因幡てゐぃ』
「あああぁぁあッ!! 来るな! 来るなァあ!!」
転んだ。鼻っ柱を強かに打ち付ける。慌てて手をついて立ち上がろうとして、ごろんと無様に半回転したことでその手がないのを思い出した。
こうしている間にも後ろから鈴仙の、大群が、来る。
やばい。やばいやばいやばいやばいやばい。逃げないと。逃げないと!
「ぁっ、ぅあっ、ひゃぁ、ひぃ、っぃいぃ」
涙と鼻水と鼻血も流れるままに放置して、私は片手と全身でのた打って這いずり逃げる。
殺される、殺される。このままじゃ鈴仙に殺される。
そうだきっとそうなんだ。私は鈴仙に殺される運命だったんだ。だって私は鈴仙を殺したんだから。それが相応しい罰なんだ。
でも。
「ゃだ………ぁ、っひぐ、ぅ、や゛だよぉ……………」
もう、何処をどう動いているのか解らない。鈴仙の声は無数に混ざってもう私の耳じゃ認識できない。私の垂れ流す液体に尿が加わった。
それでも私は、自分に相応しい筈の罰から逃げるために、必死で足掻いていた。
「じにだぐ、ない゛ぃ。じに゛だぐ、ないよぉ゛………っ」
死にたくない。
それだけだった。
永遠に続くような地獄の恐怖の逃避行も、いつか終わりは訪れる。
それは呆気なく、私の指に違和感と共に、手遅れを告げた。
(あぇ?)
既に声を出す気力もなく、衰弱死寸前の体で這い続けていた私の手が、空を掴んだ。そして次の瞬間、手が、釣られて身体全体が、バランスを崩して、落ちる。
(あぁ、そっか)
ざぁっと―――それは走馬灯の代わりだったのかもしれない―――一瞬に思考が晴れる。酷く冷静に、周囲の状況が情報に変換される。当然ながら誰もいない。気づけば辺りはもう明るかった。狂気の欠片もない、朝陽の爽やかな明るさだ。
(ここ、蝶々広場だ)
そして私がゆっくりとコマ送りで不可逆に落ち込んでいるのは、私があの日鈴仙に最後に仕掛けようと用意していた、特製の落とし穴。
(やっぱり)
私は鈴仙に殺される。
ミイラ取りがミイラになっちゃったみたいだ。
笑えないなぁ。
真っ逆様な体勢で穴に、私の顔が上半身が吸い込まれて、穴の底は其処には鈴仙の顔が大きく大きく口を広げて笑っていて私を待っていて嗚呼私ハ鈴仙ニ殺サレルが私の最期の思考となって
折れちゃいけない骨が砕けるごきりという重い音とほぼ同時に、私の意識は永久に閉じた。
「あら、ぬえ、お帰りなさい。何処に行ってたの?」
「えへへー。竹林で兎の大群を見つけたから、正体不明の種を仕込んでおいたの。竹林に入った奴は、兎ちゃんをどんな化け物に見間違えるのかな〜」
「もう。あんまり悪戯ばかりしていたら駄目よ」
「は〜い。………でもあの兎達、誰かを探してるみたいだったけど、何だったのかなぁ?」
+++++
こんにちは。三回目の投稿ですが表明もなしに百物語参加です。相変わらず無理矢理なテンプレ話ですみません。楽しかったです。
ホラーなんて書いた事ないので、これでホラーになってるかどうか……そぐわないようだったら百物語名義消して一般投稿に紛れ込もうと思います。
やっぱり一人称は書きやすいなぁ。
というか短編書きの私にはこれで十分頑張った方なんですが、この量の数倍が平均みたいな某氏とか某氏とかマジ尊敬します。後書きばっかり長くなる。
あ、因みに自分は技術指導系意見も歓迎タイプの作者なので批評も是非是非。上手く反映出来るかは確約できませんが参考にさせて頂きます。
では読んで下さった方、前作にコメント下さった方、どうも有難うございました。St.π存外にコメついてて心臓ねじれた。寧ろそれこそちょっとしたホラー気分だったよ!
家具
作品情報
作品集:
20
投稿日時:
2010/08/20 15:31:09
更新日時:
2010/08/21 00:31:09
分類
産廃百物語
鈴仙
てゐ
後は輝夜とか妹紅とか
ホラーって何ですか
謎展開
フォントはただの趣味です
素晴らしすぎるけど怖すぎる。
展開も分かりやすかったですし、フォントも雰囲気に合ってました。
てゐが可愛かったと思える俺は此処の住人だなあ
しかし何気に因果応報
鈴仙同様満月がトラウマになったてゐが鈴仙同様いたずらで死ぬなんて上手いぜ
これは予想よりずっと綺麗な因果応報です。
優曇華と同じ感じで満月がトラウマって、崖から落ちて苦悩しての自殺扱いになるのかな?とかそんな程度しか予想出来ませんでした。まさかぬえとは…
おかげで話がすぅっと頭に入ってきて・・・
私もいたずらに気をつけよう・・・
全く無関係なぬえのいたずらで死んでしまうとは……まさに因果応報ですね。
でも鈴仙の死をきっかけに輝夜を妹紅が結果的に仲良くなれたりして、世の中って不思議ですね(もしかしててゐの能力が発動したのかな?)。
てゐの死を永遠亭の住民は悲しむでしょうが、これをきっかけに幸せになる者ももしかするといるのかも知れませんね。
前半の、鈴仙の死が好転しているのだが、徐々に迫ってくる不協和音のような雰囲気があり、読んでいてハラハラさせられました。
そして、落ちもぬえのいたずらというのがいい。