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『レイマリスタイル side A』 作者: んh
幻想郷の夕刻には独特の趣がある。
西へと沈まんとする太陽が、それでもなお足掻こうと惨めに発する光は、澄んだ空の内へ静かに霧散していく。そしてその代わりに名状しがたい瘴気が、ゆったりと、黄昏の空を包み込むのだ。
人にとってそれは光の敗残を示す終焉の碑であり、妖にとってそれは目覚めを告げる開宴の灯であった。
外界ではとうに消え失せたであろう、そんな逢魔ヶ刻の残光をくぐるように、一つの黒が泳いでいた。
いつもと同じ黒衣を身に纏い、一目でそれとわかる帽子を揺らしながら、霧雨魔理沙はしかしいつもとは異なるゆったりとした速度で、東へと箒を向けていた。
箒に腰掛けるようにして飛ぶ彼女の、その視界の端には宵の明星が輝いていた。星と少女は並ぶようにして空をたゆたう。いつもそこにある、それでいて誰よりも早く地に沈む一際明るい星と。
魔理沙はこの時間が楽しかった。いつまでも飛んでいたかった。
――霊夢の奴、知ったらどんな顔するかな。
しかし同時にまた、彼女は一刻も早く目的地である博麗神社へ向かいたかった。そして何よりも、彼女はこの胸の内にある葛藤そのものが楽しくてたまらなかったのだ。
茜空よりも更に朱い鳥居が徐々に夕闇の中に浮かび上がる。同時に境内の喧噪も耳に届いてきた。
「このおせんべいもーらいっ」
「やめてよ紫!それ今日の晩ご飯よ、私に死ねと?」
「ふむふむ、巫女の晩ご飯はせんべいと…うーんこれは記事にならないかなあ。読んでて哀しくなります」
「だ〜か〜ら〜、紅魔館に来れば私がいくらでもご馳走してあげるって言ってるじゃん。霊夢来てよ〜」
「あんたんとこの飯なんか鉄臭くて食えるか。あー食べたなこのスキマ」
「じゃあこの口の中で咀嚼してるおせんべいを口移しで食べさせてア・ゲ・ル♪」
「おい、私を無視するな!あとそこの胡散臭いの、霊夢はこの私と話してるんだ、邪魔すると殺すぞ?」
「あやややや、スキマ妖怪と吸血鬼と巫女の三角関係ですか。こっちはいい記事になりそうです。えーでは早速口移しのシーンを写真にですね」
博麗神社には、この神社の巫女である博麗霊夢の他に、八雲紫とレミリア・スカーレット、そしてブン屋の射命丸文がいるようだった。彼女たちは神社にたむろする妖怪の常連であり、故に霊夢にまとわりつくこの光景は魔理沙にとっても見慣れたものだった。
神技「八方鬼縛陣」
妖怪共の横暴に耐えかねた霊夢がスペルカードを切ったようだ。水一滴漏らさぬような弾幕が縁側一帯を覆う。煌々と光る弾幕が、薄暮の空を一瞬明るく照らした。
魔理沙の位置からは、高密度弾幕の中に飲まれた三つの人影を窺うことはできなかった。なにせ霊夢のスペルの中でも動きを封じることに最も特化した弾幕である、普通の妖怪ならば髪の毛一本動かすことすら叶わないだろう。
それが普通の妖怪ならば。
「まっひゃく、れいふ、あなひゃしゅひょうがじぇんじぇんたひないわよ。あひょおひゃもたひない」
気付くと霊夢の後ろ、居間の卓袱台の前に我が物顔で座っていた紫は、最後のおせんべいを頬張っていた。
「あぁ、最後のいち…まいが…こっちは腹減って修行どころじゃないってのに。もうだめ、私は死んだ。だからお茶は自分で淹れろ、ついでに私の分も頼む」
「霊夢、かすってたら肘の所すりむいちゃった。薬塗ってよ」
「いいですねぇ。霊夢さん、レミリアさんに薬塗るときは上着脱がしてお願いします。後それが終わったら先程の口移しをですね…」
邪魔な弾幕を引き裂きながら、崩れ落ちる霊夢の元へ駆け寄るレミリアを文はばっちりカメラに収めていた。彼女たちの、あまりにも日常的な一幕である。
魔理沙にとってもそれは見飽きる程見てきた光景だった。だが、この滑稽なやりとりが微笑ましいものであることは変わらなかった。
「おう、お前ら相変わらず賑やかだな」
魔理沙は、その喧噪の中にゆっくりと降り立った。つい先程まで騒いでいた連中の目が、その声の方、この神社の常連筆頭と言える人物の方へと向く。
「あら魔理沙、久しぶりね。最近顔を出さないから莫迦が風邪で治ったのかと思ってたわ」
「残念だが風邪ならつい9年ほど前に引いたばかりだぜ」
確かに魔理沙は最近ここに来なかった。久しぶりに会う友人に向けるとは思えない挨拶も、また今の魔理沙には楽しみの一つである。
最近顔を出さなかったに足る土産話が、彼女にはあるのだから。
「まあ賽銭を入れにこなかったのは理由があってだな、実は私――」
そう言って霊夢へ近づこうとしたその刹那、魔理沙は今しがた空中散歩で堪能してきたのと同じ浮遊感に全身が包まれた気がした。それが己の体が弾き飛ばされたためであったことを理解するのには、もう数瞬の時が必要であった。
数間ほど後ろで尻餅をついた魔理沙の目に映ったのは、巫女の視線、向けられたことのないような視線だった。
「……あんた、『魔法遣い』になったのね?」
「……あ…ああそうだ、そうなんだよ!よくわかったな。さすがいい勘しているぜ。実は最近やってた実験で偶々な、捨食の術ってやつか?、あれができちまってな、それでそのまま興に乗って研究を進めたら捨虫の術も会得してしまったんだ。いやなんというか、今までは妖怪になるつもりなんてこれっぽっちもなかったんだが、なってみるとこれがなかなか面白いというか、それでだな、霊夢にもいっちょ自慢してやろうかと思ってだな――」
しばしの沈黙の後、魔理沙は急き立てられるように、聞かれてもいない己の近況を語り出した。しかし語れば語るほど、あたかも仏像に法を説くような、あるいは異国の地で必死に身の上を説明するときのような、そんな空しさを彼女は感じていた。
――あれ、なんでだろう?みんな楽しんでくれると思ったのに、そう言えばさっき何で私は吹っ飛んだんだっけ?えと、居間に上がろうとして、縁側を上ろうとしたからだっけ?ああそうだ思い出した、さっきの霊夢の眼、どこかで見たことがあると思ったらあの時だ、終わらない夜、それをアリスと一緒に調べに行った先の竹林で霊夢に出くわした時、その時の――いやいやそんなことは今どうでもいいだろ。何でこんな雑念がぐるぐると浮かぶんだ?あれ、そう言えば私は今何を喋ってたんだっけ?
「――魔理沙、」
魔法遣いの意味を為さぬ独白を止めたのは、博麗の巫女の一言だった。夕刻の冷たい風がすっと神社を抜けていく。
「一応決まり事としてね、『新入り』を見つけたら退治することにしてるのよ。ちゃんとルールを教えないとつけあがるの、あんたらって」
その言葉と同時か一瞬早く、博麗霊夢は弾幕を展開した。一面に飛散する弾の中で、魔理沙は無意識に箒に跨る。それをかいくぐる。
霊夢の弾幕はいつも通り、いつも通りの鋭さだった。個々の弾幕の配置構成、弾幕戦における組み立て、相手を追いつめる戦略と回避経路の両立、そして美しさ、圧倒的なセンスと勘がそこには滲み出ていた。
その弾幕の中で、いやむしろその中であったからこそ、魔理沙は彼女なりの冷静さを取り戻していた。弾幕の雨を突き抜けるという彼女の日常が、条件反射的に先程までの違和感や寂寥感をぬぐい去っていったのだ。
弾幕ごっこの本質を火力に見いだす彼女も、こうした冷静さの重要性は本能的かつ経験的に理解していたと言えるのかもしれない。
そしてこのわずかな時間はまた、対峙する相手を改めて正確に認識することを可能にした。霊夢は強い――魔理沙は彼女を誰よりも認めていた。それは遥か彼方にそびえる頂であり、目標であった。だからこそ魔理沙は霊夢に勝つことをひたすらに求めた。
人を捨てたことも、結果的にそれが霊夢に近づくことになるのならば良かったと思った。だからこそまず、何処よりも先に、魔理沙はここへ来たのだ。
夢符「封魔陣」
紅白の巫女は、間を置くことなく最初のスペルカードを切る。足止めで魔理沙のスピードを殺す策。しかしこの手はこちらも十二分に予想している。だから魔理沙もやはりその先を見ていた。
――いきなり直接ぶっぱなしても当たらん。まずはレヴァリエあたりで迎撃か?いや、さっきから私の攻撃に対して霊夢はほとんど動いていない。密度を上げても同じだ。ならば無理矢理動かしてペースを奪う!
天儀「オーレリーズソーラーシステム」
カードを切ろうとしたその時、箒の動きが鈍る。いや、それは箒のせいではなかった。鈍くなっていたのは魔理沙自身の四肢。そしてそのことに気付いた時、眼前には弾幕が迫っていた。
――くそっ!
箒を地面から引き抜くようにして強引に旋回する。だが、回避した先に魔理沙が見たのは無数の針と、その向こうに光る『あの視線』だった。
「ぐはぁっ!!」
退魔針の束が、魔理沙の下腹部に命中する。それは弾幕ごっこにおける敗北であり、いつも通りの結末を意味していた。
――ちえっ、また負けか。まあいいや、腹減ったからとりあえずいつもみたいに茶でも飲んで飯でもたかるか――
しかしそんな魔理沙の考えは、空腹を感じたその腹によって裏切られた。
「……あれ?」
彼女の腹は無惨に抉れていた。
右の脇腹があったであろう場所からは、彼女の柔らかな肝臓を窺うことができた。ズタズタに引き裂かれた残りの腹膜からは、針が刺さったままの腸が顔を覗かしている。
人は五感を介することで意味をより明瞭に理解する動物である。
腹をさすり、それを見、己の体の状態を理解した魔理沙が次に感じたのは、言葉にならない程の激痛だった。
「――ああ、私の弾幕はね、妖怪には何倍も効くのよ、一応そっちの専門家だしね。あんたには今まで関係なかったから黙ってたけど。封魔陣とかその上位の八方鬼縛陣とかだと、中で避けてるだけでたいていの妖怪は力を持ってかれるわ。」
痛みで声を上げることも、身をよじることもかなわない魔理沙へ、巫女の説明が投げ落とされる。それはいつもの、気の抜けた霊夢の声だった。
「あとね、さっきあんたが吹っ飛んだのは、この家に貼ってある退魔符のせい。いちいち雑魚妖怪の相手してられないからね。あんたは確かに知らなかったわね、宴会の時は外してたし。次から来るときは気をつけてはいんなさいよ。」
霊夢のぞんざいな説明は続いた。それが魔理沙の耳に届いているかどうか、そんなことはどうでもよかったのかもしれない。ただ説明は巫女としての務めであった。
「ん?何、痛いの?」
「そりゃそうよ」
なおも一向に動く気配を見せぬ魔理沙を、巫女がようやく異変として認識した時、居間にいた妖怪達もまた二人を囲うように立っていた。肩から上だけを魔理沙の前に突き出した紫が、その表情を窺うようにして言葉を続ける。
「そりゃ確かにこれぐらい妖怪なら何でもないけれど、魔理沙は脆い『魔法遣い』の上になりたてよ?こういうのには不慣れだわ」
霊夢は面倒くさそうに頭を掻いた。紫は魔法遣いの腹であった部分にそっと手をかざして、簡単な治癒を始める。
脳が受容しうる刺激には許容量がある。だから過剰な刺激が集中すると、それ以外の感覚器が受容した刺激を脳は知覚できなくなる。
許容範囲を超える痛みが和らぐにつれ、魔理沙もまた眼に飛び込む光を一つの光景として理解できるようになってきた。
その眼がまず捉えたのは自分の顔を覗き込む紫の顔。そしてほんのり桃色に輝く薄い唇だった。ああ、紫の唇ってこんなにキレイだったっけ?
その柔らかな唇の上を、ぬらぬらした芋虫のようなイキモノがゆっくりと、静かにはいずり回っている。そのイキモノはとても魅力的で、なんだか吸い込まれてしまいそうで、そしてそのイキモノはとても恐ろしくて、
ナ ン ダ カ ク ワ レ テ シ マ イ ソ ウ デ ?
魔理沙は反射的に顔を後ろへ引いた。視線は眼前の妖怪に囚われたまま。
――なんだ?これが紫?紫はいつも私らにちょっかい出してる胡散臭いスキマ妖怪だけど意外と話が面白くてでも年寄り臭い幻想郷の賢者とかなんとかでそれに最強クラスの大妖怪だから私なんか一瞬で――
「ダメよ」
舌舐めずりしていた紫は、魔理沙の帽子のつばを引っ張り下げて、彼女の震える視線を遮った。
「落ち着きなさい。いいですか、妖怪にとって肉体の傷は大きな意味を持ちません。でも畏怖、絶望、恐怖、そういった精神の傷はその力をひどく衰えさせてしまいます。だから今はダメよ、まだね」
「おやまあ、随分とお優しいことで」
「あら、さぼってばかりの巫女の代わりに基本的なことを教授差し上げているだけですわ」
魔理沙の横にはレミリア・スカーレットがいた。沈む太陽を背に、彼女はそのシルエットだけを魔理沙に向けていた。
「ふん、まあいいさ。おい黒白、気にするな。貴様が今味わっている感情は至極当然のものだ。我々妖怪の関係は力によって絶対的に拘束される。だから雑魚が強者に対して恐れおののき、強者がその畏怖を糧にするのは、いわば摂理。その間抜け面はお前が妖怪であるという確かな証だよ」
レミリアは高らかに続ける。その影は背丈とは不釣り合いな程大きく感じられた。
「またいつかお前と弾幕ごっこができるのを楽しみにしているよ。今度からは人間相手と加減せずにすむからなあ。腕の2,3本持っていっても別に構わんだろう?どうせすぐ生えてくる」
宵闇の帳を纏いし夜の王は、それでいて眼だけを赤々と輝かせながら微笑んだ。
「パチェにもこのことは伝えておかんとな。図書館の鼠取りを妖怪用に変更できると知ったらあれも喜ぶだろう」
「まあそんなことせずとも、次の『文々。新聞』でこのことは伝えますので、数日中には幻想郷中に知れ渡るでしょう」
霊夢のすぐ横では射命丸文がいそいそとペンを走らせていた。薄闇の中、魔理沙の位置からはその表情をうかがい知ることはできない。
「貴方の迷惑を被った人妖は多いですからねえ。まあ人間からすれば妖怪退治という名目が立ちますし、妖怪同士の殺しは禁じられてませんし…スペルカードルールにもありますしねえ。ご存じでしょう魔理沙さん?『不慮の事故は覚悟しておく』ことって。貴方に御挨拶に来る客で霧雨魔法店に前代未聞の大行列なんて、いいスクープになりそうだとは思いませんか?」
文は嘲っているようだった。
「まったくあいつらも趣味悪いなあ」
気付けばあの化け物共は姿を消していた。ただそこに残るのは、楽園の巫女と、一匹の妖怪だけ。
先程までのやりとりを興味なさげに傍観していた博麗霊夢は、蹲る霧雨魔理沙に向かってぶっきらぼうに声を掛けた。
「驚かすのが妖怪の仕事っちゃそうなんだけどねえ。魔理沙、あんたまだ痛いの?大丈夫?」
その声はいつもと同じ。やる気のないいつもの声だった。
「竹林でもらった薬まだあったかなあ…ああでもあれは人間用だから使えないか。まあツバ付けときゃそれくらいすぐに治るわよ、多分。いつもそうだし」
霊夢は、彼女の腹を抉ったこの女は、どうしたらいいかわからず困っている風だった。
「魔理沙、ねえってば。なんかあいつらの奢りでこれから宴会やるみたいだからさ、あんたも来るでしょ?ただ飯ただ酒だもんね」
気づけば空は完全に闇に包まれていた。向こうからは煌々とした光と共に、宴の準備の音が響いてくる。
「あいつらも巫山戯てやってただけだから、一緒に呑んで機嫌直してさ。私先行くからあんたも早く来なさいよ」
飽きるほど見てきた、とびきりおぞましい笑顔を残して神社へと戻った後ろ姿を見ながら、しかし彼女の脚はすっかりあの光の方へ向かうことを拒んでしまっていた。
キャリアアップしたら現実を思い知らされたぜ!的な。
side Aは魔理沙→霊夢になります。
んh
作品情報
作品集:
20
投稿日時:
2010/09/12 11:16:46
更新日時:
2010/09/12 21:15:09
分類
魔理沙
霊夢
紫
レミリア
文
特に続きません
魔理沙は親友を失った!!
いや、そういうわけじゃねえけどさ、これは
周りが魔理沙に合わせてレベル引き上げちゃったというか
紫もだけどレミィがかりすまってる!