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『狭い部屋に閉じ込めた魔理沙さんをピストル自殺させるだけのお話』 作者: sako
机の上に無造作に投げ出している腕の上に一つ、影が落ちた。
どこからか迷い込んできたのだろうか。蛾が一匹、電球の回りを羽ばたいている。鱗粉を煌めかせ、電灯の笠の上に積もった埃を舞わせ、ぱたぱた、と、ぱたぱたと、飛んでいる。その動きは休まることなく、盲目的に、或いは白痴のように、光により近づこうと、羽をはためかせている。頭を何度、白熱電球の表面にぶつけても、迷いもせず、躊躇いもせず、蛾はぱたぱたと、ぱたぱたと、電灯の回りを飛び続け、手の上に影を落としている。
ぱたぱた、ぱたぱた。
その影が鈍く光る銀色の上…リボルバーの上へ落ちた。
かつては鏡のようだった表面もオイルと手垢、細かな傷で曇り、何かに引っかけたのだろうか、人差し指ほどの長さしかない短い銃身にはまっすぐ、深い傷が出来ている。使い古され、倉庫の隅にでも仕舞われ、忘れ去られていたような拳銃だ。
撃鉄は上がっていないが、銃爪を引けばハンマーも上がるダブルアクション方式の拳銃のようだ。そして、回転弾倉には鉛の弾丸が五つ、全ての弾倉へ込められている。トリガーを絞ればいつでもその収められた.38splは目的を果たすために、勇み足で飛び出す猟犬のように空を裂き、大気を焦し、その先にあるものを穿ち貫くことだろう。
人が殺すためだけに作った凶悪で極悪で創造性の欠片もない、無慈悲な鉄の塊。武器。
それを握っているのは…握らされているのは、魔理沙、霧雨魔理沙だった。
「……」
魔理沙はスチールの椅子に腰掛け、同じ材質と意匠の机の上に無造作に両腕を投げ出していた。背もたれには背中が触れる程度、浅く腰をかけ、浅くゆっくりとした呼吸を繰り返している。視線は宙を眺めるよう、テーブルの上に向けられている。スチールのテーブルは使い古さているのか細かな傷が幾つも走っていたが、落書きは愚か、何かしらこの机が普段はどういった用途に使われているのか、それを推測させるような、日焼けや汚れの跡も残されてはいなかった。
部屋にある備品はそれだけだ。
五歩も歩けば反対側の壁に行き当たるような部屋は狭く、寒い。白い壁と白い床、飾り気のない椅子と机に、白々しいまでに強い光を放つ電灯のせいで余計に寒く、狭く感じられた。
部屋にいるのは魔理沙と蛾だけで、他には誰も、鼠やヤモリの一匹さえもいない。
いや、ある意味ではそれは当然だ。
正方形の形をした部屋は六面、四方向の壁と床天井、何処を見ても真っ白なコンクリートで出来ているだけで、出入り口は愚か窓さえも見当たらない。天井の電灯さえなければ横に転がしたところで、何処が上だったのか、その判別がつかないほど、部屋はまるで箱の中のような印象を与えてくる。
舞台装置はただの三つ、蛾がまとわりついている電灯と、無骨な椅子とテーブル、そして、魔理沙の手にテープでしっかりと固定された回転式の拳銃だけだ。
それ以外にフィールドはなく、それ以外にアイテムはない。そして、プレイヤーは魔理沙だけだった。
「……」
寒い部屋で長い間じっとしていたせいか、魔理沙の唇は青ざめ、スカートから除く足首は鳥肌が立っていた。コンクリートから冷気がしみ出てきているような寒さは、骨に伝わり魂まで凍えさせるよう。殺風景な部屋と相まって余計に体感温度を低くさせている。
「………畜生」
と、不意に魔理沙はそんな悪態を漏らした。
久方ぶりに口を開いたせいか、両方の唇同士がひっつき、僅かに皮が剥がれた。小さな痛み。けれど、魔理沙は指でそっと血が滲みだした唇をなぞるような真似はしなかった。代わりに、凍えるように打ち震え、うつむき、悔しそうに歯を食いしばる。ぽたり、と部屋の気温よりもなお冷たい涙がスチールの机の上に落ちた。
「………」
歯を食いしばって、目をきつく瞑って、震える魔理沙。
その手がぎりぎりとぎこちなく、緩慢に、けれど確実に動く。
持ち上がり、肘を折り、腕を上げ、こめかみへ。
「畜生」
動いた手はリボルバーが握られた手だった。がたがたと、もはや、荒波に吞まれる船のように暴れる腕を何とか御し、ほの暗い、宇宙の穴を思わせる銃口を自分の頭…側頭部へ押し当てる。
或いはそれは敬礼のようなポーズ。けれど、そこには微塵の忠義や尊敬の意味などなく、ただただ怨嗟と絶望、恐怖と憤怒の感情だけがあった。
「ッあ、あああ、ああああああ」
食いしばった歯の間から荒々しい呼吸と声にならない声が鳴る。啜り泣き、洟を啜り、握り潰すように絞った目蓋からはとめどなく涙が溢れている。銃を構える腕はぐらぐらと砂上の楼閣、崖の上の寺院のように震えていたが銃口だけはぴったりと、まるで接着したように魔理沙の金糸の柔い髪の毛の間に埋もれ、離れようとはしなかった。
銃把を握る腕には必要以上に力が込められている。雁字搦めにされたテープの下、親指、中指、薬指、小指は白蝋のように血の気が失せてしまっている。逆に手のひらは鬱血寸前の赤さをしていた。その手の中、ただの一本、テープに巻かれず、自由に動けるその最後の一本だけは、けれど、自由意志どころか無意識でさえも無視するよう、ぴくりとも動いていなかった。
銀色の輝きを放つ銃爪にかかる人差し指。それだけは鉄心でも突きさしたかのように、トリガーに触れたまま、そこから髪の毛一本分でさえも、どちらにも銃爪から離れるのか、それとも絞るのか、どちらにも動く様子を見せていなかった。
いつの間にか、目を見開いた魔理沙は宙ではない何処か一点を凝視したまま、奥歯を噛砕くと言わんばかりの強さで歯を食いしばっていた。首筋が引きつり、こめかみに血管が浮かび上がる。心臓は爆ぜるように早鐘を鳴らし、不整脈の基本通り、ぞんざいな周期で血液を全身に過剰に、時に過疎に送り届ける。がまの油のような滑り気をおびた汗が流れ始め、この寒さだというのに魔理沙のシャツはべったりと肌に張り付いていた。
「ああああああああああ…!!!」
荒い呼吸、激しい鼓動、見開かれた目、引きつった顔。それは死を目の前にした人間がとる絶望の表情だった。
そんなもの人は長く耐えきれるわけはない。秒刻みにまともな心は削がれ、狂心か、或いは虚心へと、その精神は劣化していく。
断頭台にかけられた政治犯。追い詰められた兵士。船の縁に立たされた囚人。彼らが浮かべる表情をまた魔理沙も浮かべているのだ。
小刻みに震える顎はやがて一定のリズムを取り始め、荒々しかった息は産婦の様に長く浅い呼吸を繰り返すようになる。そして、汗だくの手が滑るよう、銃爪にかけられた人差し指にも僅かに力がこもり始め、そうして―――
眼を瞑った状態で尖った鉛筆の先を突きつけられるような、先端恐怖症を煩ったものが憶えるソレ。ソレの億倍の幻覚。
「ッあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」
トリガーを引ききれず、魔理沙は叫び声を上げながら、無理矢理、逆の手で銃を引きはがすよう、樹霜を握りテープで固定されていた腕を動かした。
その勢いのまま、魔理沙は椅子から転げ落ちる。
「っあ、はぁーはぁーはぁーはぁー」
全力疾走そしてきた後のように荒い息を繰り返す魔理沙。倒れた拍子に頭をコンクリートの床に強かにぶつけたがその痛みも今は遠い。
魔理沙は胎児のように丸まり、嗚咽を漏らし、自分の生を確かめるように未だに鼓動する胸に腕を抱き、カタカタと歯を打ち鳴らしている。
銃把を握った腕だけは、よそ者のように疎外しながら。
「畜生…」
それから数分。また、唐突に悪態の音が漏れた。
「畜生、畜生」
けれど、今回のソレは腕に握られた鉄と火薬と僅かばかりのプラスチックで出来た死に対する絶望と怨嗟の為ではなかった。
「畜生、畜生、畜生ッ!!」
繰り返される悪態。胸を掻きむしるよう爪を立て、全身の筋肉という筋肉に過剰に力を込め、肺腑の奥底から声を絞り出す。
それは、その悪態は自らに降りかかっている理不尽について憤怒、絶望の裏返しの激高から生まれてきたものだった。
「畜生ッ!! うあぁぁぁ!!」
叫び声と一緒に、勢いよく足を蹴り出す。がたん、と椅子が蹴り飛ばされ困苦委r-との床に転がった。
そうして、魔理沙は身体を起こし、親の敵でも見るような強い、憎悪の籠もった視線を適当に天井や壁へ向ける。
「おい、いい加減にしろ!」
怒号。大きな声はコンクリートの壁に反響し、耳に五月蠅いほどだった。
「なんだってんだ一体! こんなトコに閉じ込めて! こんなもの握らせて! 畜生! 何だって言うんだよ一体!!」
立ち上がり、あちらこちらへ視線、いや、敵意を向き変えながら叫ぶ。
「聞いてるんだろ、オイ! いい加減にしろって言ってんだよ! ここから出せよ! うちに帰してくれよ! もう、十分だろ! イタズラなのか! それとも、復讐なのか知らないがもう気が済んだだろ! いい加減にしてくれ!」
叫びは誰かに聞かせるものだった。今なお我関せずと電灯の回りを飛び回っている蛾にではない。誰かに。或いはいて欲しいと思う誰かに。
「寒いんだよ! お腹空いたんだよ! 疲れたんだよ! いい加減、止めてくれよ! もう、沢山だ! 何時間、ここに閉じ込めておく気なんだ! おい! ああ、クソ、畜生。そうかよ、私が、私が…」
もはや流し尽くしたと思われた涙が、っうーと魔理沙の頬を流れ落ちる。
顎先からしたたり落ちたそれは冷たく乾いたコンクリートの床に染みを作る。細かな砂の隙間へ吸い込まれていき、魔理沙が出たがっている外へ流れ出ていく。
それを羨むよう、自由にならぬ自分の運命を呪うよう、魔理沙はここに閉じ込められている、その理由を口にする。けっして、口にしたくない、その言葉を。
「私が死ぬまでなのか!? 畜生!」
フィールドはこの部屋。アイテムは拳銃。プレイヤーは魔理沙。そうして、このゲームのルールは―――ソレ、魔理沙のピストル自殺、だった。
憤怒の形相で俯き、肩をふるわせる魔理沙。やり場のない怒りは暴力に変わり、魔理沙はスチールの机を思いっきり蹴り飛ばす。魔理沙の力では大きな机は倒れるようなことはなかったが、がた、と音を立てて位置がずれる。それが気に障ったのか、自分の力ではこんな机でさえ思い通りにならないのが嫌だったのか、続けて二度三度と机を蹴りつける。
五度目で机は倒れ、壁に当たった。
「ッ! 出せ! 出しやがれ!!」
次の標的は壁だった。
真っ白な壁際まで歩み寄ると魔理沙は無造作に握った拳を白い壁に叩きつけた。
「出せ! 出せ! 出せ!」
ばしん、ばしん。
銃を握っていない、片腕だけで何度も何度も壁を殴る。拳骨の辺りの皮が剥がれ、白い壁に血の跡がつくがかまいはしない。何度も何度も、いつかは壁が砕けて外に出られるのではと儚い望みを抱くように拳を叩きつける。何度も、何度も、何度も、何度も。
「出せって言ってるだろぉぉぉぉ!!」
裂帛。激高。片腕だけでは足らなくなったのか、もう片方の手にも力を込め、勢いよく叩きつけようとしたところではた、と動きを止めた。遊んでいた片腕。そこには拳など比較にならない暴力の体現者が握られていたのだから。
「ッ―――!!」
忌々しげに腕の中の銀色を睨み付ける魔理沙。自分を死に誘う、凶悪な道具。すぐにでも投げ捨ててやりたい塵。けれど、腕に巻き付いたテープは強固で決して剥がすことが出来ない。まるで、要らない新しい手足を無理矢理移植されたようなおぞましい気分。人面疽も湧いているよう。だが、それ以上にこの理不尽な状況に対する怒りが勝った。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
叫び、吠え、迸らせ、魔理沙は腕を、銃を構えた。
銃の扱いなど知らない。猟銃も扱ったことがない。けれど、トリガーを引けば弾が出ることぐらいは知っている。
プロから見れば危なげな手首の角度のまま、魔理沙は構えた銃のトリガーを、今の今まで引けなかったその発射の起点を、ここに来てやっと、引いた。引き絞った。
―――パン
思ったより高い、けれど、腹に響くような大きな音が鳴り響いた。
「はぁーはぁー…」
手の中の拳銃。その先、銃口からは紫煙が立ち上っている。鼻をつくのは火薬が燃えた後のある種の甘さを憶える匂い。そうして、白くまっさらだった壁には…小さく、穴が穿たれていた。
「くくっ、くくく、あは…」
穴が穿たれた。完璧に思えるほどまっさらだった壁に穴が。この世に完璧なものがあるかという問いかけの簡単な反論を示す証拠のように。穴が穿たれたのだ。
「あはははははははははは!!!」
それが何かおかしかったのか、魔理沙は笑いながら続けて、二度、三度とトリガーを引き絞った。ばんばんばん、と続けてタイヤが破裂したような音が鳴り響き、狭い部屋に硝煙が満ちる。
「あははははははははははははははははははははははははは!!!」
かち、かち、かちかち。
都合、続けて四度。弾倉の弾、全てを吐き出し終えるまで魔理沙はトリガーを引き続け、その後もなお、無意味に銃爪を絞った。撃鉄が空の弾倉を叩く音だけが聞こえ、そうしてやっと、魔理沙はソレを止めた。
「ざまぁ! ざまぁみやがれ!」
ソレ見たことかと、勝ち誇ったように相手の神経を逆撫でするようなお調子者の表情を作る魔理沙。
「残念でした! 使い切ってやったぜ。これで! これで私は死ななくて済むな! ああ、あははははははは!!」
何かの星座の様に壁に穿たれた五つの穴を背に狂喜の笑みを浮かべる魔理沙。激しい反動を受けて、手首はすぐにでも湿布を貼らなければならないぐらい痛み、腫れていたがその痛みでさえ、今は心地いいと思えているような笑い声だった。かんらかんら、とコンクリートの壁にこだまする笑い声。
げらげらげら、げらげらげら、げらげらげらげらげらげらゴトッげらげらげれあげらげらげらげらげ…!?
「え?」
物音に魔理沙ははっと笑うのを止めた。
重い物が固いところに置かれるような音。
今の今まで自分が立てる音以外は何の音も聞こえなかったこの部屋に久方ぶりに聞こえてきた当たらしい音。けれど、魔理沙はそれを手放しでは喜べなかった。否、寧ろ、恐怖をかき立てられた。
何故ならその音は、自分の手に今も貼り付けられているその凶悪な塊を机の上に置いたときと全く同じ音だったからだ。
「嘘だろ…なんで…」
緩慢な、春先の蛇の動作で物音の方…自分が先ほど蹴飛ばしたテーブルの方へ向き直る魔理沙。はたしてそこにあったのは―――
「なんでもう一個あるんだよ…ッ!!」
黒光りする一丁のオートマティックだった。
「なんだよ、クソ…畜生、駄目なのかよ。いくら壁に撃っても代わりが出てくるって寸法なのかよ…ああ、畜生、それじゃあ私は」
ふらつき机に歩み寄る魔理沙。
顔には笑みが張り付いている。けれど、それは先ほどの狂喜の笑みではなく、絶望の果て、人が諦めの極致に達したときに浮かべる諦念の笑みだった。
腕を伸ばし、黒い銃を握る。銃把はまるで、いや、当然か、魔理沙のために用意されたその銃は握れば肌にぴったりと張り付くよう、手に馴染んだ。
安全装置を外して 片手では操作しづらいので、スカートの裾に引っかけ遊底をスライドさせ、初弾を薬室に送り込み、ハンマーを上げ―――その動作は訓練されたよう、淀みなく行われ
「ひふひょうめ…(畜生め…)」
そうして、魔理沙は銃口を咥えて、悪態をついた。
END
作品情報
作品集:
20
投稿日時:
2010/09/13 18:35:26
更新日時:
2010/09/14 03:35:26
分類
魔理沙
S&W
M60
コルトガバメント
…銃についても
5連発のステンレス製回転式拳銃、グリップはローズウッド、本体には『Lady Smith』の文字。
魔理沙が持っているM60チーフズ・スペシャルは、それをイメージしました。
あと、お代わりのM1911A1は軍用の飾り気の無いタイプかな。
かっこよかったです。
口に咥えたのは正解だと思うよ、うん。こめかみに38口径程度だと運が悪いと即死出来ない事もあるらしいからね。
弾薬使い切って、むしろ楽に死ねないで餓死かと思ったけど、45ACPでより一層、安心して即死狙えるの物が出てきて良かったな魔理沙!
引き込まれる作品でした。
描写も秀逸、展開も無駄が無し、この作品の一分でも書けるようになりたいです。
素晴らしい展開と描写の前には、論理性など関係ない。
純粋なホラーとしての魅力ある作品、堪能しました!!
ほんのわずかの救いを入れるといいかも。