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『刹那に輝く月よ、私は―― その6・終』 作者: 上海専用便器
「何ですって?文がいなくなった?」
調薬をしていた永琳はてゐからの報告を聞くと、その手を止める。
「他の3人はいつも通りだったけど……」
「文の荷物は?」
試験管をひとまず片付けると、永琳はてゐの方に体を向ける。
「荷物……ああ、手帳ね。それも無くなってたよ。ただ………」
「ただ?」
てゐは手にしていた紙切れを永琳に見せる。
それを渡された永琳は、こちらを見るてゐの目と筆跡から文が書いたと判断した。
手帳の1ページを破ったものに書かれた文字は荒く、一部読みにくいところもあった。
その紙に書かれてあった言葉はこうだった。
『逃げてください。』
「どういうことかしら?」
永琳は書き置きをてゐに返しながら、そう言った。
「分からない………文がどうしていなくなったのか………」
書き置きが残されている以上、文が誰かに連れ去られた可能性は低い。
何かしらの意図があって、ここから去っていったのだろう。
だがその意図が一体どのようなものなのか。
てゐはもちろん、永琳でも分からなかった。
「…………てゐ、文の家の様子を見に行ってくれないかしら?」
永琳は、何か良からぬことが起ころうとしてるのではないかと考えていた。
その心情を、てゐは永琳の表情から読み取ったのか。
何も語らず、ただ首を縦に振った。
てゐは後ろに振り返り、永琳の部屋から外に出ようとした時である。
突然、てゐは永琳の方へと顔を向けた。
「えーりん。」
「どうしたの?」
すると、てゐは笑顔を見せて、こう告げた。
「今度、みんなと一緒にどこかに遊びに行こうね?」
「………ふふ。その時は、妹紅たちも一緒よ?」
「もちろんだよ。」
最後にそう告げると、てゐは文の家がある妖怪の山へと向かっていった。
「ふぅ………今日もがんばりましょう。」
一人残った永琳は、調薬を再開する。
その数分後、一匹の因幡兎が永琳の部屋へと押し入ってきた。
「どうしたの?そんなに慌てて。」
永琳はいつもと変わらない態度で、その因幡兎と話す。
だが、その兎の言葉を聞いた永琳は良い意味で、冷静さを失った。
「お、お師匠様!!妹紅たちが、妹紅たちが目を覚ましました!!」
どこまでも続く青空の下。
一つの影が、目にもとまらぬ早さで動いていた。
「早く………早くしないと!」
一秒でも早く、神奈子の元に行かなければ。
そうでなければ、全てが手遅れになってしまう。
文は二日前、ちょうど輝夜が妹紅の様子を見に治療室に入った時に目を覚ましたのだ。
輝夜は妹紅の側に寄っていることに気づき、声をかけようとした。
「輝夜さ――――ひっ!?」
その直後に文が見たのは、魂魄妖夢が輝夜の首を刎ねている姿だった。
(な、なんで!?なんで妖夢さんが輝夜さんを!?)
自分も殺される、そう恐れた文は目を閉じて、意識の無いフリをしていた。
文は目を瞑り、体が震えそうになるのを抑えながら全てが終わるのを待っていた。
数分後、治療室の扉が開かれる音が聞こえてきた。
(だ、だれ?)
目をかすかに開け、来訪者が誰なのかを確かめる。
それは、10数匹の因幡兎たちだった。
隣を見ると、妖夢はすでにベッドで眠っていたが、床には首を失った輝夜の身体が倒れ伏していた。
血も所々に付着しており、証拠は残っている。
(よかった………これで異変に気づいてくれる…………)
輝夜さんの悲鳴を聞きつけたのだろう。後は事情を話せば、私も安全だと文は思っていた。
ところが、因幡兎たちは文の思惑通りには動かなかった。
いや、誰も想像できない行動をし始めたのだ。
血で汚れた壁や床、そしてベッドを洗い始めたのだ。
――床で倒れている輝夜に目もくれず。
(ど、どういうこと?どうして輝夜さんを?)
輝夜は自分のペットを大切にしているはずだった。
無職、寝たきりと称されているが、本当はペットから愛されていることを取材で知っていた
だから、輝夜さんが首を刎ねられている姿を見れば真っ先に悲鳴をあげるものと思っていた。
しかし、かすかに見えている彼女たちは輝夜のことなど労っていないようだった。
十数匹の因幡兎たちはあっという間に部屋を綺麗にすると、輝夜の首を身体にくっつける。
すると、たちまち輝夜の身体は元に戻った。
そして因幡兎たちは部屋から出て行った。
(どうなってるのよ、これ…………)
妖夢と幽々子が自分と同じようにここで眠っていたことなど、今の文にとっては大事ではなかった。
いつの間にか、輝夜も部屋の外へと出て行った。
それからの文は、空腹に耐えながらも、永遠亭中を探っていた。
因幡兎たちや永琳、鈴仙、てゐには姿を見られないよう、輝夜の元へと向かっていた。
「何もないわよね………普段通りなのに、どうなってるの?」
永琳や鈴仙、てゐ、そして因幡兎たちと輝夜の関係が悪くなっているようには見えなかった。
何かトラブルがあり、輝夜に罰を与えているのかと文は考えていた。
屋根裏に隠れ、輝夜の部屋の様子を覗く文。
病室の棚に置かれてあった自分の手帳とペンを両手に持ち、文は息を殺して、眠っている輝夜を見ていた。
(もしも妖夢さんに何か異変が起こっているなら、必ず現れる……!)
屋根裏に籠もって数時間。
外は夜になっていたが、文はそのことを知るよしもない。
腹の虫が鳴ると、文は冷や汗を流しながら、輝夜の部屋を覗く。
(よかった、気づかれてないみたいね………うう、さすがにお腹が減ったわ。)
数日間何も食べていないのは、さすがの文にも応えていた。
何か食べ物を拝借しようかと思った文の耳に輝夜の部屋の障子が開かれる音が聞こえてきた。
(来たっ!今度は誰…………え!?)
文は自分の目を疑う。
藤原妹紅が輝夜の身体を揺さぶり始めたのだ。
その後ろに西行寺幽々子と魂魄妖夢を連れて。
それから行われた一方的拷問に、文は目をそらすことしかできなかった。
恥部へと刀を出し入れされている輝夜の姿など、不死者とはいえ、見るに耐えないものなのだ。
(くっ………ごめんなさい、輝夜さん………)
今すぐにでも助けてやりたいと思っていたが、妹紅と幽々子がいるのでは勝てない。
文に出来ることは、この事実を伝えることだけだった。
輝夜の絶叫を聞きながら、文は手帳に目の前で起こっていることを全て書き記す。
その時、文の耳に輝夜たち4人のものとは違う声が入ってきた。
(この声は…………え!?)
その女性と輝夜のやり取りが聞こえてくる。
(そう、なのね。これで、因幡兎さんたちがあんな行動を取ったのも分かったわ……!)
文はすぐにその女性の名前を手帳に書き、ほとぼりが収まるまで屋根裏に隠れ続けた。
そろそろ大丈夫だろうと思い、外に出たときには朝になっていた。
(早くしないと、他のみなさんも………!!)
幻想郷の危機が迫っているのかも知れない。
あの女の能力が不死者にも効果があると分かった以上、早く危険を伝えなければ。
そう危惧した文は、永遠亭が見えなくなるまで飛ばずに移動すると、空へと羽ばたいた。
病室の中に、『逃げてください。』という書き置きを一枚残して。
あっという間に守矢神社へとたどり着いた文は、神奈子の元へと向かう。
境内には、いつも掃除をしているはずの早苗がいなかった。
しかし、文は緊急事態だと思っていたために勝手に神社の中へと入っていった。
「か、神奈子様!!お伝えしたいことがあります!!」
文の声は、空しく響き渡るだけだった。。
守矢神社は不気味なまでに無音に包まれており、誰も姿を現さない。
「い、いないのかしら………」
必ず早苗が出てくるというのに、今日は出てこない。
こういう場合は、三人とも出かけているのだ。
「ま、不味いわね………こうなったら。」
焦り始める文だったが、次は誰の元に行くべきかをちゃんと考えていた。
上白沢慧音、彼女ならばまず人里にいるはずだ。
文は羽を広げ、再び空へと飛び去っていった。
「け、慧音さん!慧音さん、いますか!?」
慧音の家の扉をドンドンと叩くが、神奈子の時と同じように、返事が無い。
窓から部屋の中を覗くが、中には誰もいなかった。
「寺子屋かしら………」
文は再び羽を広げ、人里の寺子屋へと向かっていった。
だが、それすらも無駄足になってしまう。
「や、休み……なのね………」
寺子屋は完全に施錠されていたため、近くにいた人間に事情を聞くと今日は休みだったのだ。
これでは慧音の居場所が分からない。
人里の中にいるとも限らないし、もしかしたら永遠亭にいるかもしれない。
後者ならば、慧音すらもあの女の毒牙にかかってしまう可能性がある。
「こうなったら、霊夢さんのところに……!」
早く何とかして、あの女の悪事を知らせなければ。
勘がいい霊夢ならば、自分の様子を見て何か良からぬことが起きていると気づいてくれるはずだ。
文はそう思い、寺子屋から飛び立とうとした。
「こんなところで会うなんてな。」
誰かが文に声をかける。
それはどこかで聞いた声だった。
「勝手に抜け出して、どうしたというのだ?。」
後ろから聞こえてくる、その声を聞いて、文はホッと胸を撫で下ろした。
「け、慧音さん。実は―――っ!!」
「む。何をそんなに驚いている。」
文は目を丸くした。
確かに文が振り向くと、慧音はそこにいた。
慧音の見た目にはどこにも異常はなく、いつもと変わらない美しい姿を見せていた。
その背後には――あの女の姿があった。
「どうしたの、慧音?」
「いや、文が永遠亭で治療を受けているというのに勝手に抜け出してな。」
「嘘…………」
手遅れだった。
慧音もすでに、妹紅や幽々子たちと同じように、この女に始末されていたのだ。
そしてすんなりと罠に嵌った自分もまた、今から始末されるのだろう。
そんなことを思っている内に、自分の身体が何かに蝕まれていく感覚を覚えていた。
――ああ、これで私の記者生命もおしまいなのか。
文はそう覚悟すると、最後に罵声を浴びせようとする。
「こ、このクズ―――」
だが、それを言い終わる前に、文の意識はあっけなく底のない穴の中へと落ちていった。
自分を見下している、慧音とは違う女の顔を見つめながら。
「心配しないで。あなたたちは、誰も死なせたりしない。安心して、休んでなさい………」
てゐは文の家にたどり着いていた。
「文、いるー?別に怒ってないから、姿を現すウサー」
決まり文句のようだったが、それはてゐと永琳の本心だった。
二人は特に怒りを感じておらず、ただ文の身を案じていただけだった。
「ここにもいないのか……他に文が行きそうな場所は…………」
守矢神社かはたての元のどちらかだろう、とてゐは考えた。
守矢神社の場所はもちろん知っていたが、はたてがどこにいるかは全く分かっていなかった。
そうなると、てゐに残された道は一つしかない。
「こうなったら、守矢神社に行くしかないね。」
神奈子が呼びかければ、文がどこにいるかの情報がすぐに伝えられる。
友人の犬走椛のように千里眼を持つ者ならば、簡単に探し出せるのだ。
てゐは、そのまま文の家を後にして、守矢神社へと向かっていった。
「到着、と。」
守矢神社の境内についた。
今日は、早苗は掃除をしていない。
「自分で会わないとダメみたいだね。」
てゐは自らの足を進めて、守矢神社の奥へと向かう。
縁側を一人歩く。
聞こえてくるのは、自分の足音と廊下の軋む音だけだ。
神奈子や諏訪子が騒いでいる声も、それを叱る早苗の声も聞こえない。
てゐの心はなぜか、不安に包まれた。
(何だろう。何か、嫌な予感がする………)
胸に痛みを感じ始めたが、それでもてゐは守矢神社中を彷徨う。
ふと視界に赤い何かが入った。
てゐは足下を見下ろす
床に血の跡が長く続いていた。
「こ、これって…………!!」
その血の跡がどこまで続いているかを凝視したてゐは、言葉を失った。
少し離れたところで、何かがうずくまっていた。
その何かから、血が続いていたことにてゐは気づいた。
―――八坂神奈子の御柱が突き刺さった、姫海棠はたての身体から。
「嘘………嘘、でしょ?」
何がなんだか分からず、てゐはその場に座り込む。
「ど、どうなってんのよ、一体!!」
神奈子がこんなことをするなんて、誰が思うのだろうか。
てゐは、事件が全て終わったと思っていた。
腑に落ちない部分はあったが、犯人は幽々子だと思っていた。
まさか。
私たちは騙されていたのか、最初から。
真犯人は八坂神奈子。
はたてはそのことを知ってしまい、ここへと押しかけたために襲われた。
混乱しているてゐは、事実を確認することもせず、そう考える。
「おや………他にもいたのか。」
そして、その神奈子がてゐに声をかけた。
てゐは身の毛がよだった。
後ろを振る向いてはいけない、何があっても振り向いてはならない。
体がそう言っている。
「邪魔をしないでくれるかい?」
その言葉を聞いたてゐは、一目散にその場から逃げ出した。
後ろを振り向くことなどできない。
振り向いた瞬間、御柱が飛んでくる可能性だってある。
たとえ外れても、飛んでくるのを見るだけで尻餅を着いてしまう。
それぐらい、てゐは神奈子に恐怖していた。
てゐは立ち止まらない。
(追いかけてこないで………お願い、永遠亭まで行かせて!)
永遠亭にさえ行けば、永琳がいる。
不老不死者であり、月人の永琳ならば、神奈子相手でも互角に渡り合える。
だが、そこに行くまで、まだ守矢神社の境内にいるが、生きた心地はしないだろう。
紫とも互角に渡り合える神奈子から逃れられるなんて、てゐは思ってもいなかった。
てゐは走った。
何も考えずに、はたてのことも忘れて、ただただ走った。
永琳、輝夜、そして鈴仙とまだ別れたくない。
大切な家族たちともっと一緒にいたい。
その思いが、神奈子に追われていることへの恐怖を次第に忘れさせていった。
気づくと、そこは竹林の中だった。
すぐに周りを見渡す。
前後左右だけでなく、空も地面も見た。
どこにも、神奈子はいなかった。
「はぁ………はぁ………もう大丈夫かしら………」
早く永琳のところに行かないと。
息を切らせながら、てゐはそう思った。
「てゐ?どうしたの、そんなところで。」
「ひっ!?だ、誰………れ、鈴仙!」
急に名前を呼ばれると、てゐは飛び跳ねた。
神奈子に追いつかれたのかと思ったが、しかし、その声の主は親友の鈴仙だった。
お使い用のカバンを持った鈴仙の姿を見て、てゐは安心する。
「よかった………!」
「ど、どうしたの?」
てゐはすぐに鈴仙に抱きつくと、そのまま顔を鈴仙の胸に埋める。
「鈴仙、大変なの…………実は………」
身体を震わしながら、てゐは鈴仙に事情を全て話す。
「う、嘘………まさか、神奈子さんが……?」
「うん………間違いないよ。」
鈴仙もまた、信じられないような顔をしていた。
やはり、神奈子が犯人など誰も予想できなかっただろう。
「早く、師匠の所に行こう!」
「わ、分かった!」
鈴仙はてゐの手を引くと、永遠亭の方へと駆けだした。
てゐもその後についていこうとする。
その時だった。
「あ、あれ?」
てゐの身体が突然、重たくなったのだ。
当然、足取りも遅くなり、鈴仙は自分を置いて、遠くに行ってしまう。
「な、なに………なにこれ?」
身体に痛みがあるわけではない。
どこにも傷があるわけではない。
だが、てゐの動きは次第に鈍くなっていった。
「れ、れーせ…………」
声も出なくなっていく。
視界も暗くなっていく。
(神奈子が…………来たの…………?)
瞼も自然と閉じられていく中、てゐが見ていたのは―――
「どう?身体の調子はいい?」
「あー、うん。全然動けるよ。」
永琳は、目を覚ました妹紅の診断を行っていた。
どこか調子が悪いということはなく、精神状態も良好だった。
「妹紅………妊娠してるかどうかだけど………」
「大丈夫。これぐらい、慧音や輝夜、永琳たちと一緒に乗り越えられるよ。」
そう言って、永琳に笑顔を見せる。
無理をしているようにも見えなかったため、永琳の顔が少し明るくなった。
顔が明るくなったのは、永琳だけではなかった。
「ばーか。」
「はいはい。」
「妹紅のばーか。」
「照れ隠しね、輝夜。」
「違うわよ。」
輝夜も喜びを表現するために、妹紅に軽めの罵声を浴びせていた。
そして、目を覚ましたのも妹紅だけではなかった。
「よ〜む、ご飯はまだ〜………」
「幽々子様、私たちは病人ですよ。永琳様が良いと言われるまでは、おとなしくしなければなりません。」
「うう…………」
「はいはい。もうすぐウドンゲが返ってくるから、我慢してなさい。」
奇妙なことに、幽々子と妖夢までもが同時に目を覚ましていたのだ。
だが、妹紅とは違い、幽々子たちの精神には異常が起こっていた。
「ねぇ、永琳。」
「どうしたの?」
「私の身には何があったの?」
「そういえば………私も気になります。」
「妖夢が首を痛めて気絶した後、幽々子がそれを見て気絶しちゃったのよ。」
「そうなのね………うふふ、妖夢ったら、おませさんね。」
「ゆ、幽々子様も…………ご、ごほん。」
そう、一連の事件のことが記憶の彼方へと消え去っていたのだ。
不幸中の幸いなのか、事件のことだけを忘れているらしく、それ以外のことは全て覚えていた。
「しかし、慧音にも迷惑をかけちゃったなぁ………」
妹紅がふと呟く。
「無理に強がらなくてもいいからね?」
永琳はそんな妹紅を見て、真剣にそう言った。
「そうよ。私も真剣に助けてあげるわ。」
輝夜も同じように、妹紅の身を案じていた。
「永琳も輝夜も慧音と一緒で過保護だなぁ。私はこれぐらいじゃ、壊れたりしないよ。」
本気で心配してくれる二人を見た妹紅は、また笑顔を見せていた。
永琳は妹紅に、陵辱の犯人は私たちで捕らえた、とだけ伝えていた。
だから、幽々子たちのことを変な目で見たりすることはない。
(後で慧音と打ち合わせをしないといけないわね。)
慧音はまだ、この3人が目覚めたことを知らないはずだ。
下手に本当の事情を話してしまうと、誤解を招いてしまう。
これ以上、妹紅や幽々子、妖夢を傷つけることだけは避けなければ。
そう思いながら、永琳は妹紅の診断を続けた。
(それにしても、文やてゐはどうなったのかしら?)
なかなか帰ってこないために、さすがにてゐのことを心配し始めていた。
お使いに行く鈴仙に、一応てゐを捜すようにと頼んではいたが。
「師匠、ただいま帰りましたー」
「えーりん、文を見つけたよー」
てゐのことを心配した矢先、鈴仙とてゐが治療室へと入ってきた。
永琳のわずかな不安は一気に吹き飛んだ。
「心配して損だったわ。それで、どうだった?」
永琳は、文がどうなっていたかを尋ねる。
てゐは、頭の中にある自分の記憶を頼りに文の状態を伝えた。
「文は元気だったよ。『私には新聞を書く義務があるんです!』だってさ。」
「………どんな内容の?」
永琳はもしや文はこの事件のことを書こうとしているのではないかと考えた。
しかし、てゐの返答を聞いた永琳は拍子抜けしてしまうことになる。
「何でも、書きたいネタが寝ている間に見つかったって。」
「…………はぁ……ご苦労なことね。」
永琳は安堵と呆れの二つの感情の籠もったため息をついた。
だがしかし、まだ疑問に思うことがある。
『逃げて下さい。』
あの書き残しは一体、何を意味していたのか。
「それと、書き残しのことだけど。」
「何で、あんなものを?」
「書いた覚えはあるけど、それはずっと前のことだってさ。」
「ずっと前?」
永琳は首を傾げた。
「うん。それに置いておくつもりはなくて、ただ手帳の間に挟んであっただけだって。」
「それが落ちちゃっただけ。その程度のことだったの。」
うん、とてゐは頷くと、永琳はそれ以上、文のことについては何も聞かなかった。
いくつか変な部分もあったが、こういう話では、てゐは絶対に嘘をつかない。
文から聞いた話を、そのまま伝えてくれたのだろう。
「師匠、お菓子を買ってきましたよ。」
てゐは自分の伝えたいことは全て言い終えたと気づくと、鈴仙はカバンから饅頭を取り出した。
それは、輝夜の好物だった。
「お菓子!?」
「幽々子様、ダメです。」
ベッドから出て、鈴仙の手を取り、潤んだ目で見つめられた鈴仙はたじろぐ。
その手を引き離したのは、妖夢ではなく、輝夜だった。
「あら、約束通り買ってきてくれたのね。」
「はい!みんなで食べる約束でしたもんね。」
「ほんとう!?さすが鈴仙ね〜」
「よ、よろしいのですか?私たちはまだ病人で………」
「私が許可するわ、妖夢。」
「………それでは。」
いつまでも拒否し続けるだろうと思った永琳は、そう言った。
すると妖夢は、先ほどまでの幽々子への態度が嘘だったかのように、すぐに饅頭を手にした。
「いただきます………」
「いただきま〜す。」
鈴仙の持つカバンの中から、饅頭が5個消えていた。
一つは妖夢が食し、残りの4個は幽々子が両手で持っていた。
「ちょっと幽々子!」
「な〜に?」
「大丈夫ですよ、姫様。何十個もありますから。」
そしてカバンの中を見せる鈴仙。
言葉通り、中は饅頭だけで埋め尽くされていた。
「それじゃあ、私ももらおうか。」
妹紅もそれを一つ、鈴仙から手渡される。
「ちょっと妹紅。私の好物なのよ。」
輝夜は2つ、手にする。
「休憩の意味を込めて、頂こうかしら。」
永琳も1つ、口にした。
「私ももらうウサー。鈴仙にはこうウサー」
てゐは二つ取ると、片方を鈴仙の口に無理矢理押し込んだ。
「んぐっ!?て、てゐ!!」
「あはは、こんな初歩的な罠に引っかかるなんてまだまだウサー」
てゐの笑い声につられて、輝夜や永琳、幽々子たちも笑い声をあげる。
「うう〜…………恥ずかしいじゃないの………」
鈴仙は顔を真っ赤にし、顔をうつむけてしまった。
永琳はそんな何気無い光景を見て、思った。
――ああ、本当にこの娘たちと出会えて良かった。
輝夜、妹紅、鈴仙、てゐ、幽々子、妖夢。
こんなにも素晴らしい家族、友人と出会えるなんて。
今まで生きていて、こんなにも幸せな時があっただろうか。
いずれ消えてしまうかもしれないが、今は楽しんでおこう。
(次は慧音も連れてこないとね。)
そう思って、永琳はまた饅頭を一つ口にした。
鉄の壁で囲まれた部屋の中には、家具も何も無かった。
明かりのための蝋燭が数本あるだけで、それが部屋の中を明るくしている。
だが、その蝋燭の光が、部屋の不気味さを際立たせていた。
不思議なことに、そのわずかな光を求めにくるはずの蛾は、一匹も飛んでいない。
ここは、人里にある、今ではもう使われなくなった拷問室だった。
「ねぇ、文?」
「ぐっ…………」
射命丸文は手足を拘束され、身動きが取れなかった。
その前では、輝夜虐殺を指導していた女が立っていた。
「どう?私たち二人は、幸せそうにしているでしょ。」
「黙れ…………!」
「でも、私たち以外の馬鹿共はみんな邪魔なのよねぇ。」
「黙れ!!」
「でも、もういいわ。もう誰も、私たちの間に割って入ってこない。
他の奴らにもこうやって楽しそうにさせているのは、そのことへのお礼なのよ。」
「黙れって、言ってるでしょ!!」
文がどれだけ罵倒しようとも、その女は画面から目を逸らさなかった。
その女は、何かの装置で永琳たちの様子を映し出していた。
映像に見とれている女に唾を吐きかけようとするが、簡単に避けられてしまう。
「そうそう。この『びでおかめら』って装置、どこで手に入れたか知ってる?」
女は文にそう尋ねてきた。
言われてみれば、どうしてこの女はこんな機械を持っているのだろうか。
この女は、河童のような技術力は持っていなかったはずだ。
河童――その単語を思い浮かべた時、文の背筋が凍った。
「………まさか!!」
「せいか〜い。」
そして、女は懐から写真を数枚撮りだした。
その写真に写っていたのは、河城にとりが数人の男たちに犯されている姿だった。
しかも、にとりだけではない。
全裸の犬走椛が、首に鎖をつながれて、舌で男のモノを舐めている姿も写し出されていた。
「………許さない。」
「どうしたの?」
「許さないわよ、あんた!!」
「はいはい。暴れると、怪我するわよ?」
文は今すぐにでも、この女の首を刎ねてやろうかと思っていた。
しかし、手足は縄で強く縛られ、身体を揺さぶることしかできなかった。
「でも、面白くなかったわ。あの河童と犬。『文様助けて!!助けて、文様!!』
『文、助けてぇ!たすけてよぉぉぉぉぉ!』みたいなことしか言わなかったのよ。」
「椛………にとり…………」
「やっぱり、あのお姫様が一番だったわ。」
文は、自分の目から熱い何かが流れていくのを感じていた。
自分の親友二人の笑顔が頭に浮かぶ。
自宅にいた時、この女の手先に襲われなければ、助けてあげることができたかもしれないのに。
悲しみと悔しさのあまり、涙が止まることはなかった。
「あら………泣いちゃた?」
女は泣き出した文の髪をつかんで、涙が流れていくのを目で追っていた。
加虐心を掻き立てられた女は、文をもっと泣き叫ばせてやろうとあることを思いつく。
「新聞記者なら、このことも記事にしないとね。」
「っ!?や、やめて!!お願い、それだけ!!」
文は冷や汗をかいた。。
この女ならば、無理矢理自分に記事を書かせることはできる。
しかも、にとりと椛が陵辱されている写真もあるのだ。
もし、二人の陵辱のことを新聞に書かされた暁には―――
「お願い………もうあの娘たちを傷つけないで………ううっ………」
文は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、その女に嘆願する。
分かっていた。
こんな願いを聞き入れるほど、目の前に立っている女がまともな奴じゃないということぐらい。
椛とにとり、この二人の行く末を想像すると、文は泣くことしかできなかった。
「何を言ってるの?私が傷つけるわけじゃないわ。」
これからあなたがすることなのよ、と女は付け加えた。
「どうして………」
どれだけ言っても、もう無駄だと感じた文はせめて目的だけでも聞こうとする。
「また質問?」
女は呆れたような顔をしながらも、文からの言葉に耳を傾ける。
「どうして、なのよ…………あんたを嫌ってる奴なんていないのよ………」
様々な人妖たちのことを取材で知ってきた文は、交友関係も把握していた。
誰と誰が仲が良く、誰と誰が仲が悪いのか。
しかし、目の前にいる女のことを嫌っている人妖がいるなんて文は聞いたことがなかった。
「どうしてなの!?恨みがあるとでもいうの!?」
「………………」
文の言葉を聞くと、その女はなにやら考え込んだ。
「あの人の命令!?あの人の命令なのね!!」
突如として黙り込んでしまった女を見て、文は黒幕が誰なのか把握した。
この女には、心から愛している女性がいた。
彼女は幻想郷でも随一の実力者。
幻想郷の支配も、あの人にかかれば容易に成す事ができるかもしれない。。
しかし、そんな文の推測は全て外れていた。
「邪魔なだけって、言ってるでしょ。」
笑顔から無表情になった女は、冷たい目で文を見ながら、そう言った。
「邪魔………?」
「どいつもこいつも………私たちの間に入ってきて………」
女は一歩ずつ、文の方へと歩み寄ってくる。
女の手が震えていた。
しかし、それは恐怖や怯えからのものではなく、怒りからくる震えだった。
「あの人は何も悪くないわ。何もさせていない。」
再び女は、文の目の前にまで近寄った。
「何もさせたりしない……」
「じゃあ、なんで………なんでなの………?」
女の様子から、黒幕と思わしき人物は何もしていないのだろうと考えた。
ならば、目の前にいるこの女は何が目的でこんなことを。
その答えは、文が考える間もなく、女の口から発せられた。
「私はただ―――師匠と一緒にいたいだけ。」
女――鈴仙・優曇華・イナバは、文にそう告げた。
「一緒に………いたいだけ?そ、それだけのために……!!」
「それだけ?」
その言葉を文が口にした瞬間、鈴仙は文の顔を思い切り蹴りつけた。
「ぐっ!!」
文の身体が床に倒れると、さらに腹に蹴りを入れた。
「何がそれだけのためよ。私と師匠のことを、何も知らないくせに。」
「うぐっ…………はぁ、はぁ…………」
ろくに身体を動かせなかったが、文は何とか身体を起こす。
「………小物ね。」
「何ですって?」
文は口から血を吐き出すと、突然、挑発をし始めた。
圧倒的に自分が不利だったが、鈴仙の本意を知った今、文の怒りは爆発しそうになっていたのだ。
「永琳さんに好かれるために、自分の周りの人たちをみんな消す………」
「何が言いたいのよ。」
「ふふ、結局一人じゃ何もできないのね。臆病者。」
臆病者。
それは、鈴仙に決しては言ってはならない言葉だった。
「黙れ!!」
鈴仙は、文の顔に鉄拳を喰らわそうとする。
「聞きなさい!!もう私は、とっくに貴方が犯人だということを伝わるようにしてあるわ!!」
それよりも早くに、文は鈴仙に言葉をぶつけた。
『鈴仙が犯人』と他人に伝えたというのは事実無根だった。
自分の手帳に書いただけだが、この嘘は、生来の臆病者の鈴仙には効果がある。
文の一か八かの賭けは成功だったように見えた。
「え………?」
拳は、文の頬のすぐ側にまで迫っていたが、直前で止まる。
「何ですって………?」
「ふん、あなたが妹紅さんたちを操って、輝夜さんを襲わせていたのを私は見ていたのよ。
どこに隠したかも、私に無理矢理しゃべらせるだろうけど、もうとっくに神奈子様の元に届いているわ。」
「………………」
鈴仙は言葉を失っているかのようだ。
(やっぱり、こいつはダメな女ね。)
速さだけでなく、他人を言葉で打ち負かすことでも幻想郷一の自信があった。
この程度の嘘に騙されるようでは、私に勝てるはずがない。
文はそう考えて、鈴仙を陥れるために、最後に一矢報いるために言葉を続ける。
「ふふ、はたてがあなたのことを新聞に書いているでしょうね。もうあなたは――」
「あぁ、そうそう。言うのを忘れていたわ。」
文は気づいていなかった。
確かに最初、鈴仙は慌てた。
しかし、神奈子に伝わっていると言った時から、鈴仙の頬が緩んでいたのだ。
鈴仙は、文が思っていたよりもずっと、恐ろしい力を手にしていたのだ。
「山の上の神様にも、すでに手を回しているわ。」
「―――――え?」
「あの3人はなかなかだったわ。早苗だっけ?あの娘の両目を潰したら、神様は泣き始めたのよ。
『ごめんね、早苗……ごめんね………』なんて、神様らしくないわね。」
「う………そ……………」
文は、鈴仙は嘘をついているだけだと願っていた。
「諏訪子っていう祟り神は、神奈子の御柱で痛めつけてやったわ。
神奈子は私に攻撃しようとしたようだけど、簡単に目標を弄れたわ。
そうしたら、諏訪子のお腹に御柱が三本も刺さっちゃって………ふふふ。」
口論で、鈴仙を打ち負かせようとしていたことなど、すでに文は忘れていた。
勝てない。
この女の能力だと、神すらも蹂躙してしまうなんて。
「そうそう。もう一人の新聞記者の天狗も、とっくにやられてるでしょうね。」
「あんた、はたてにまで!?」
「その天狗には、何もしなかったわ。死体を調べられたら、大変だし。」
博麗霊夢、八雲紫ならば、自分の能力が使われているかどうかが簡単にバレる。
とはいえ、はたての念写能力は鈴仙にとって厄介だった。
「そこで、神奈子たちの出番というわけ。守矢神社には、無闇に立ち入ることもできないしね。」
てゐが守矢神社に行ったとき、御柱の突き刺さったはたてを見たときに出会った"神奈子"。
あの"神奈子"は、早苗と諏訪子以外の全てを自分たちの敵と見なすようにされていたのだ。
「……………………」
鈴仙が言葉を失ったように、文もまた言葉を失う。
しかし、文が何も話せなくなったのは、思案に暮れていたためではない。
神を操ることができるなら、霊夢や紫も操ることができるのだろう。
幻想郷の賢者たちを全員、支配することだってこの女には可能だ。
もっとも、自分と永琳の邪魔をする人妖だけを排除するだけつもりだろうけど。
どちらにせよ、この女の狂気に対しては、なすすべが無い。
「他に質問は?神奈子のことをもっと詳しく?妹紅のこと?慧音のこと?幽々子たちのこと?」
絶望に包まれて、頭が十分に動かない文に、鈴仙は新たな写真を見せてきた。
眼を潰された早苗、腹に御柱の刺さった諏訪子、鈴仙に踏まれている神奈子の写真。
泣き叫びながら、陵辱されている妹紅の写真。
その光景を背景に、刀を首に突きつけられている妖夢。
そして、幽々子が明らかに作り笑いをしている姿が映った写真。
ナイフの刺さった子供の死体と、涙を流しながら靴を舐めさせられている慧音の写真。
幽々子が歯を食いしばって縄を咥えており、その縄の続く先にはギロチンがある。
そのギロチンの真下で、口を塞がれた妖夢が涙を流している写真。
文はそれらの写真を見ると、さらなる絶望に襲われる感覚を覚えた。
自分如きの女では、もうどうにもできない。
せめて、誰かがこの女の悪事に気づいてくれることを願うばかりだった。
「壊れちゃった?なら、そろそろね。」
文の視界に、赤く輝く瞳が入ってくる。
自分が消えていく感覚、それを文は生まれて初めて体験する。
(ああ、私もこれで終わりか…………)
記者として生きてきたこの生命も、もうこれで消え去るのか。
この程度の女のせいで、終わるなんて。
誰か、誰かこの女を―――
文の思考は、途中で途切れたまま、それっきりだった。
永遠亭に朝がやってきた。
輝夜も珍しく、目を覚ます。
太陽の位置を確認してみると、まだ朝だということに気づいた。
「眠い………」
その重い体を起こし、永遠亭の食卓へと向かった。
「おはよう、輝夜。」
「おはようございます、姫様。」
「今日は、早いウサー」
家族の様子もいつもと変わらない。
妹紅たちはすでに退院し、慧音や霊夢、紫などにも事情は全て話された。
事件は全て解決し、永遠亭もいつもと変わらぬ毎日を過ごしていた。
「ふぅ、今日は最悪よ。」
「あら、どうしたの?」
「眠れなかったし、二度寝しないで起きちゃったの。」
「珍しいわね。」
「珍しいですね。」
「珍しいウサー。」
「うるさい!」
永遠亭の食卓には、いつもと変わらない笑い声が響き渡った。
(妹紅をもっと引き留めておけばよかったわ。)
笑わている最中、妹紅のいない食卓を見て、輝夜はそんなことを思っていた。
そして、自分の席につくと、輝夜は箸を手にし、鈴仙の作ってくれた朝食を取り始める。
上白沢慧音の自宅でも、朝を迎えていた。
「おはよ………」
「む、妹紅。」
「何………」
「寝癖が酷いぞ。」
「いつものことだよ………」
朝食の準備をしていた慧音は、起きたばかりの妹紅を見てそう言った。
すると、妹紅は慧音に後頭部を見せる。
「はい、寝癖を直して。」
「まったく………お前という奴は。」
ちょうど朝食の準備も終わるところだ。
慧音はいつもの言葉を妹紅に投げかけると、櫛を取り出し、妹紅の髪の毛の手入れをし始めた。
「けーね。」
「どうした、妹紅。」
「今日も平和だね。」
「……ふふ、それなら家事の一つぐらいをしたらどうだ?」
「いたっ。」
妹紅の頭に軽い頭突きを喰らわすと、慧音は何も言わずに寝癖直しを再開した。
「あんな事件もあったが…………妹紅は元気でよかったよ。」
「だから、私は大丈夫だって。」
「ふふ、ありがとな。」
「こっちの言うことでしょ。」
慧音はこんなやり取りを交わしながら、今日は寺子屋で妹紅にどんな授業をしてもらおうかと考えていた。
朝の仕事である、白玉楼の庭の掃除をしている妖夢。
そんな庭師に、主がとぼけたような声で呼ぶ。
「よ〜む。」
「できてますよー」
名前の呼び方だけで、幽々子が何を要求しているか分かった妖夢はそう答える。
幽々子もまた、妖夢が何を意図してそう言ったのか理解していた。
「ありがと〜」
「……私も、食べようかな。」
妖夢は手にしていた箒を壁に立て掛けると、幽々子の後を追って、居間へと向かった。
「いっただっきま〜す。」
「いただきます。」
幽々子と妖夢は同時に挨拶を言うと、それぞれ箸を進めた。
「今日はいい天気ですね。」
「うん、ご飯もおいしいわ〜」
「もう、幽々子様ったら………」
ご飯粒を頬についてもお構いなしに、幽々子は食事を続ける。
とはいえ、永遠亭から退院して、それほど時間が経ってないから仕方が無いのだ。
幽々子の好物である、妖夢の料理は幽々子のお腹を満足させる唯一のものなのだ。
(でも、本当に何もなくてよかった………)
妖夢は心の中でそう思い、幽々子の頬に着いたご飯粒を取る。
「あ、妖夢ありがと〜」
「いえ。これぐらいは当然のことです。」
「ふふ、だから妖夢は大好きよ〜」
「っ!?も、ももも、勿体ない、お、おお言葉で、でで、でですすすう!!」
「かわいいわね〜」
幽々子に大好きと言われて、混乱してしまった妖夢。
そんな妖夢に微笑みかけながら、幽々子は幸せな時を過ごしていた。
「よし、今日も新聞ができたわ。」
綺麗にしたばかりの自宅の中で、文は今日もまた新聞を書いていた。
「ふふふ………我ながら、よくできているわね。これなら、はたての勝負にも勝ったわね。」
ネタに困っていたとはたてと話をしていた時のことを思い出す。
確かにここしばらくは大して面白くも無い記事ばかりだった。
ところが、今日の新聞はひと味違う。
「さぁて………これを刷ってもらいに行くわよ。」
文は、新聞の原紙を手にすると、空へと羽ばたいていった。
その新聞の一面に書かれてあったのは―――
それから数日後のことである。
輝夜は昼寝をしており、珍しくてゐがお使いに行っている永遠亭。
鈴仙と永琳は、永琳の部屋で二人きりだった。
「師匠、これはここでいいですかー?」
「ええ、そこに置いておいて。」
鈴仙は大量の本を、永遠亭の倉庫から運んでいた。
妖怪の鈴仙にも応える量だったが、愛する師匠のためだ。
そう思うことで、鈴仙は疲れを感じなかった。
「ふぅ……師匠、これで終わりです。」
「ふふ、ありがとう。」
「い、いえ。これぐらいは当然で………し、師匠?」
「ウドンゲ………」
突然、永琳は鈴仙を抱きしめ始めたのだ。
「し、師匠…………どうしたんですか?」
鈴仙は、永琳の行動の真意が掴めなかった。
永琳には何もしていないというのに、なぜ自分を抱きしめに来たのだろう。
頭を混乱させている鈴仙に、永琳は優しくこう言った。
「ウドンゲ………ううん、鈴仙。いつもいつもありがとうね。」
「師匠………私は、別に………」
「いつも頑張ってくれているお礼よ。――キスがいいかしら?」
永琳は悪戯っぽく、笑いながらそう言ってきた。
顔を真っ赤にした鈴仙は、俯きながら、永琳に返答をする。
「それじゃあ、お願いしま―――」
「お師匠様、お客様が…………」
永琳と鈴仙の唇が近づいていく瞬間に、因幡兎の一匹が部屋に入ってきた。
「「あ。」」
「し、失礼しました〜〜!!!」
因幡兎は一目散に、その場から逃げ出す。
だが、鈴仙はその兎を呼び止める。
「待って。」
「は、はい!!」
「何の用件なの?」
鈴仙は、特に怒ることもなく、因幡兎に誰が来たのかなどを尋ねた。
「えっと………鈴仙様にご用があると。」
鈴仙が呼ばれるなんて珍しいと思った永琳は、誰が来たのか尋ねる。
「誰かしら?」
「えっと………聖白蓮という人のご使者のナズーリンだと。」
「白蓮のところの?」
永琳は首を傾げる。
一体、白蓮は鈴仙に何の用があるというのか。
「師匠、行ってきますね。」
「れ、鈴仙?」
鈴仙は何の疑いも持たずに、部屋から出て行こうとするのに驚く。
「聖さんたちなら、怪しいことなんて何もありませんよ。早く、終わらしてきますね?」
鈴仙は、屈託無い笑顔を見せて、そう言った。
「そうね。行ってらっしゃい、鈴仙?」
「………はい!」
その様子を見て、白蓮のことだし特に何もないだろうと考え、引き留めようとはしなかった
鈴仙は強く頷くと、そのまま永遠亭の玄関へと向かっていく。
(たまには、夜の相手をしてあげないとね。)
永琳は頭の中で、今晩鈴仙をどうやって可愛がってやろうかと考えていた。
「それで一体、何の用なのですか?」
ナズーリンと出会った直後、鈴仙はただ「ついてきてくれ。」とだけ言われた。
鈴仙は言われるがままに、ナズーリンの後をついて行く。
その道中、ナズーリンは決して後ろを振り向かなかった。
しばらく歩き続け、永遠亭から遠ざかった時に、ナズーリンはその重い口を開けた。
「守矢神社で、姫海棠はたてが重傷で見つかったそうだ。」
「え…………」
「神奈子の御柱で襲われていてね。」
「う、嘘……………」
ナズーリンは、鈴仙が今どんな顔をしているかを見てやりたいと思っていたが、後ろは振り向かない。
後ろを振り向いてはならないのだ。
「それで、だ。諏訪子と早苗のことは知っているな?」
「は、はい………もちろん、知っています。」
「彼女たちも、神奈子の仕業で瀕死の重傷を負っていたんだ。」
「か、神奈子さんに何があったんですか!?」
「………全部、君がやったことだろう。」
鈴仙の演技に耐えられなかったナズーリンは、怒りが爆発しそうになった。
「ど、どうしたんですか?わ、私が………やった?」
「そんな態度を取っていられるのも、今のうちだぞ。」
「な、何の話です?」
「どぼけないでもらおうか。君が、その能力で彼女たちを操ったことはもう分かっている。
聖と私たちで、彼女たちを保護してね。すると、誰かに操られていることが分かったんだよ。
それに、姫海棠はたての持っていた『かめら』。あの装置には、全てが映し出されていた。」
ナズーリンは淡々と、自分たちが突き止めた真実をその当事者に伝えようとする。
「…………………」
鈴仙は何も語らなくなった。
「………何も言わなくなったか。認めたんだね、臆病者。」
煽るような発言をしても、鈴仙は何も話さない。
間違いない。
聖の推理は当たっているとナズーリンは考えた。
「私を殺そうとしても無駄だぞ。大量のネズミが潜んでいるからね。」
その言葉を合図に、辺り一面の竹や草が一斉に揺れ始める。
鈴仙にも、しっかりとネズミが潜んでいることは分かり、しかもその数は膨大だった。
操ろうにも、視界に全てが入りきる数ではない。
だから、ナズーリンが鈴仙の連行の役割を担ったのだ。
「人里で最近、死体として見つかった男たちもお前が―――」
その時、先ほどから言葉を全く発さなかった鈴仙が、ついに言葉を発する。
「え!?ど、どうして師匠が………!!」
「な、何だ?」
何かが鈴仙に迫っているのか
しかし、ナズーリンの方を向くわけにはいかない。
(この女の師匠………八意永琳がなぜ、私たちの後を?)
鈴仙の仕業と言うことは分かっていたが、永琳の関与はまだ分かっていなかった。
しかし、自分たちを追いかけてきているということは―――
「し、師匠!だめです、まだ殺しては!!」
八意永琳、彼女は聖以上の実力者だ。
これは鈴仙を追い詰めている場合ではない。
彼女を怯ませて、すぐに命蓮寺まで帰還しなければ。
ナズは、鈴仙の言葉を聞いて、永琳との戦闘に備えるために、ついに後ろを振り向く。
『ナズ。何があっても、絶対に振り向いてはだめよ。』
――白蓮の言葉を思い出した時には、すでに遅かった。
「可哀想に。あなたたちの大好きな、聖様も…………ふふふ。」
鈴仙はそう呟きながら、命蓮寺へと足を進めるナズーリンの後を追いかける。
ナズーリンは鈴仙に対する警戒を完全に解いており、ネズミたちが鈴仙を見張る事はなくなった。
焦ることも恐れることもせず、鈴仙は命蓮寺へと歩いて行く。
ネズミの共食いという、つまらない幕間を見ながら。
鈴仙は、いつか誰かが自分を犯人だと突き止めると思っていた。
だから、変に隠蔽したりせず、利用した男たちを堂々と放置したのだ。
その死体を調べ、自分が操っていたということを突き止める人妖を誘い出すため。
しかも、霊夢や紫がそれほど関与しない場所である、人里の廃屋の中に。
たとえ、人里で信仰を集めている聖人だろうと幻想郷の管理者だろうと、関係ない。
もう誰にも邪魔なんかさせない。
邪魔なんか、させたりしない。
「師匠………もう少しで、二人きりになれますよ。」
笑顔を向けてくる永琳のことを想いながら、鈴仙は次の邪魔者をどうしてやろうか考えていた。
そして今夜も、月は昇る―――
鈴仙は、どれだけ不幸な目に遭っても、全く同情できない
そういう宿命を背負っているのね、と書いてて気づいた
虐めてばっかりだし、そろそろ誰も苦しまない話でも作ってみます
>>1>>2
何というミスwご指摘、ありがとうございます
>>11
一応言っておくと、後日談などの予定は一切ありません
ですが、まだまだ力不足のせいで、今回も消化不良感を与えてしまったようですね……
上海専用便器
作品情報
作品集:
20
投稿日時:
2010/09/14 09:31:59
更新日時:
2010/09/16 16:41:54
分類
文
輝夜
永琳
鈴仙
てゐ
妹紅
慧音
妖夢
幽々子
神奈子
「どうしてなの!?恨みがあるとでもいうの!?」
「………………」
文の言葉を聞くと、鈴仙はなにやら考え込んだ。
ネタバレこらぁぁぁぁぁ!!
でもいい作品だった。
口論で、文を打ち負かせようとしていたことなど、すでに文は忘れていた。
勝てない。
ミスその2。
東方で感動した
…途中で食事が喉を通らなくなりました。
対不死者戦に精通―そりゃ、不死者2名と同居しているから。
陰湿な性格―臆病者だしね。
意外と、切り札は早苗さん?
或いは鏡を見て自滅?
或いは―
誰か止めてくれるのを期待しているのか?
―月夜が明けても、明日は来ない……。
鈴仙、恐ろしい子!
しっかし臆病に徹する人間は慎重ってことでつええなあ
犯人を知った今、もう一回はじめから読み直してみたいと思います
でもかなりきゅんきゅんできた名作です!
まったくと言っていいほどなかったなあ。なるほど。
「逃げ場を失った臆病者」は恐ろしいということがよく解りました。
あとがきにはかなり同意。ついでに言うと、鈴仙だとどんなに
絶対的な力を持ってても、下らない理由で失敗しそうな気がwww
その後の展開をいろいろと考えられるいい話でした。
次回作にも期待してます!!
動機が読めなかったなあ
この状況から逆転する方法はあるのか?
無事なのは紅魔館・地霊殿に霊夢と八雲一家だけか
……主に幻想郷壊滅方面で