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『済世の唄』 作者: pnp

済世の唄

作品集: 20 投稿日時: 2010/09/21 09:38:24 更新日時: 2010/10/04 18:35:18
 地霊殿の玄関に備え付けられている呼び鈴が鳴り響いた。
その音を聞いた火炎猫燐は、地霊殿内で行っていた仕事の作業の手を止め、誰に言うでもなく「はいはい」と呟き、玄関へと来客を招きに向かった。
他の地霊殿の住民も聞いているであろうが、主である古明地姉妹を除けば、一番まともな接客ができて、一番素早いのは自分だと自負していた。
 玄関の扉を開けながら、
「どうもお待たせしました」
 と一声。
 続いて簡素な歓迎の辞でも言うつもりでいた。だが、訪問した客人が誰であるかを認識した瞬間、燐は言葉を失ってしまった。
客人の方も、自分があまり歓迎されない身である事を分かっているようで、燐の対応に不快感を示す事もなく、簡単に会釈をし、それっきりだった。
 重苦しい静寂を、燐は慌てて打破した。
「い、いらっしゃいませ」
 ようやくこう一言言うと、客人は再び会釈をした。やはり言葉は無い。 用件すら言わない。
言葉など不要だった。燐は、この客人がどういった用事でこの地霊殿を訪れたか、分かっているからだ。
「さとり様を呼んできますから、ここで少し待っていて」
 そう言い残し、燐はそっと扉を閉め、地霊殿の主である古明地さとりの元へ向かった。

 さとりの私室を、燐がノックする。
室内から返って来た「どうぞ」と言う返答の後、失礼しますという言葉を添えつつ、燐は扉を半分だけ開けた。
半開きにした扉の隙間から部屋の中を覗いてみると、ドアへ背を向けながら椅子に座り、何かの書類にペンを滑らせているさとりの姿が確認できた。
「さとり様、お客様です」
「どちらさま?」
 燐は少しだけ間を開けて、
「その……レミリア、なのですけど」
 と、小さな声で告げた。
 これを聞いた途端、さとりの作業の手がピタリと止まった。
そして、向きを椅子ごとを燐の方へと変えた。その瞳は驚きを示している。
 レミリアとは、地上に住まう吸血鬼の名前である。本名をレミリア・スカーレットと言う。
この地霊殿は、嫌われ者が集わされている地底を管理している場所だ。基本的に地上と地底はあまり干渉し合わないようにしている。
だがさとりの驚きは、地上に住まう吸血鬼が、地底へやってきた事に対するものではない。
彼女も燐と同じように、彼女がここを訪れる理由を、何となく察している。それ故の驚き、そして緊張があったのだ。
「レミリアが?」
「はい」
「そう……」
 暫くじっと、何かを思案していたさとりであったが、決心したように、唐突に席を立った。
そして、室内の棚に置いてある薬箱を開けた。中には錠剤から湿布まで、様々な医薬品が入っている。
彼女はその中の、瓶詰めにされている白い小さな粒状の薬を三粒取り出し、部屋の外で待っていた燐に一粒を渡した。
薬を手渡された燐は、まず手中の薬に目をやり、次にさとりの顔を見据えた。さとりもその視線から目を離さないで、
「一緒に来てくれる?」
 こう問うた。
これに対し、燐はゆっくりと頷いた。
「勿論です」


*


「急に邪魔して悪かったわね」
 燐と共に玄関へ来たさとりの案内を受けながら、地霊殿内を歩くレミリアが詫びた。
さとりは「別に構わないわ」と、素っ気無く返した。
 レミリアが地霊殿を訪れたのは初めての事だ。
普段の彼女なら、初めて目にする様々なものに興味を示し、ちょろちょろと動き回る事だろう。そして従者の十六夜咲夜を困らせるのだ。
だが、今の彼女はやけに落ち付いている。いつも連れ回している咲夜の姿もない。
「さすが地底ね。薄暗くて過ごしやすそうだわ」
 レミリアが長い廊下を歩いてみての感想を述べると、
「ありがとう。でも、あなたみたいなペットは御免だわ」
 と、さとりは苦笑を交えて返答した。
これを受けたレミリアもふふっと笑み、
「安心なさい。ペットになるつもりなんてないわ」
 と一言。
 冗談を交え、和やかな雰囲気ではあるが、これ以上言葉は続かない。
無言と言うのはすこぶる居心地が悪いものだが、これから三人が向かう場所の事を思うと、楽しく談笑などしている雰囲気ではなくなってしまうのだ。

 暫くの間、三人が石質の床を歩む足音だけが響いていたが、それが遂に終わりとなった。
廊下の末端に、大きな扉が現れたのだ。
さとりと燐がそれを押し開けると、その先に鉄製の長い長い下りの螺旋階段が姿を現した。
「鬼が作ってくれたのです」
 自身の住んでいる館に無い、特異な形状を持つ階段に圧倒されているレミリアの心を読んださとりが、静かに付け加えた。
 階段近くの壁に掛けてあるランタンを手にとって火を付け、さとりが階段を降り始めた。レミリア、燐の順番でそれに続く。
「足元が暗くなっていますから、気を付けて下さい」
 さとりの警告を聞いたレミリアは、階段の先を見下ろしてみた。
言われた通り、そこには完全な闇が広がっていて、螺旋階段の終わりを確認する事ができない有様だ。
 コツン、コツンと、鉄製の階段を一段一段下っていく音が鳴り響く。
規則的に鳴るその音に耳を傾けていたレミリアだったが、ふと、それとは全く異なる音を耳にした。
低く長い、地鳴りの様な音だった。
「地底は変わった音がするのね」
 何の気なくこう呟いたが、さとりは進むのは止めぬまま、首を傾げた。
「変わった音?」
「どんな音が?」
 さとりだけでなく、レミリアの後ろにいる燐まで問うてきた。
前後からの質問に、何だか尋問のような快くない雰囲気を感じたレミリアであったが、聞こえた通りの音を表現した。
「地鳴り、というか、なんというか。低くて……ゴォォ、って感じの」
「……ああ、それですか」
 さとりはそう言ったきり、言葉を止めた。燐も何も言わなかった。
結局何の音なのかが分からない上に、あまりの二人の反応が素っ気無いので、不快感を残したままレミリアは進んでいたが、暫くするとさとりが口を開いた。
「さっきの低い音の正体ですけど、地鳴りじゃないの」
「そう。何なの?」
「声ですよ」
 誰の声なのか、何の声なのか、さとりは一切触れなかった。
しかしレミリアは“声”と聞いただけで、背筋を冷たいものが通り過ぎるかの如し戦慄を覚えた。
その声の主を、レミリアは知っているような気がしてならなかったのだ。
そして、
「彼女の」
 さとりがこう付け加えた事で、自分の憶測が外れていなかった事を確信し、更に大きく身を震わせた。


 音の正体を知ってからそう時間が経たない内に、螺旋階段が終わりを迎えた。
 最後の一段を降りた先は、踊り場の様に広い空間があって、その先には螺旋階段の前にあった扉より、更に大きな扉があった。
さとりはその扉を撫でながら言った。
「これには強力な防音機能が備わっています。これも、鬼が作ってくれました」
「防音……」
 重要な言葉だと察し、レミリアがそこだけを口に出して繰り返した。
すると、まるでこの会話を聞いているかのように、螺旋階段で聞いた音――声――が木霊した。
防音機能のある扉の向こうから伝わって来る空気の震え。地底を揺るがして響く、“彼女”の声らしい。
 物怖じするレミリアに、さとりは囁いた。
「大丈夫です。声が大きい訳ではありませんから」
 何の励みにもならなかったが、レミリアを意を決し、扉の前に立った。
彼女の背丈の二倍以上はあるであろう巨大な扉を見上げ、大きく深呼吸をする。嫌な汗がじっとりと体中に纏わり付き始めた。
 次第に決心が固まったように、レミリアはよし、と呟いた。
それを見たさとりが、
「レミリアさん、これを」
 先ほど、燐にも渡した薬を一粒、レミリアに手渡した。
 レミリアはこの薬の持つ意味が理解できず、手渡された薬をまじまじと眺めていた。すると、さとりがその心を読み、疑問に答えた。
「気付け薬です」
「気付け薬?」
「奥歯に軽く噛ませておいて、いざと言う時に思い切り噛んで下さい」
 なるほどと、レミリアは心中で呟いた。
 防音機能の備わった扉の先にいる者の声から逃れる為の、保険の様なものだろうと思った。
「……分かった。ありがとう」
「気を付けて」
 レミリアは頷き、気付け薬を口に入れた。そして、重く巨大な防音扉を押し開ける。
力の強い吸血鬼であるレミリアですら、開けるのに一苦労する程の重量を持っていた。
 ゆっくりと開いて行く扉の先は、踊り場とそう変わらないくらい狭い部屋だった。
壁に幾つもの蝋燭が掛けられていて、部屋を照らしている。
 薄明るい部屋の真ん中に、“彼女”がいた。
 薄い桃色の髪は、レミリアの記憶にあるよりも長くなっていた。伸びるがままに伸ばした、と言った感じで、手入れの形跡が一切ない。
出鱈目に伸びた長い髪は、俯き加減でいる“彼女”の顔をすっかり隠してしまっている。
鳶座りの状態で開いている脚の両足首と、股の前にぺたりと置かれている手の両手首には鉄製の枷が付いていて、その枷から壁の留め金へと鎖が伸びている。
彼女にはいつも愛用していた帽子があるが、今はかぶっていない。着衣はレミリアの記憶と同じものであるが、取り替えていないようで、所々破けていたり、汚れていたりしている。
 ずぅん、と重々しい音がして、扉が閉まった。
顔が隠れていて口元が見えないが、“彼女”ずっと小さな声で唄を口ずさんでいるようであった。
防音機能のある扉のお陰で室内が気が狂いそうになる程の静寂に包まれる事で、初めて聞き取れるような声で。
 地底の奥深くに封じられてしまったこの少女の余りに痛ましい姿に、レミリアは言葉を失ってしまった。
 暫く経ってからようやく、
「ミスティア……」
 レミリアは少女の名を呼んだ。
 地底の深部に囚われているこの少女の名は、ミスティア・ローレライ。夜雀と呼ばれている、元地上の妖怪である。
「久しぶりね」
 レミリアはもう一度、ミスティアに語りかけてみた。
しかし、ミスティアの方はレミリアの言葉に少しの反応も示さず、俯いたまま小さく歌を囁くばかりである。
レミリアの入室に気付いていない可能性もある。何故なら、ミスティアは聴覚が完全に失われているからである。
失われた、と言うより、彼女は自らの手で自身の聴覚を失わせてしまったのだ。
 聞こえていないとは知りつつ、レミリアは言葉を続けた。
「今日は、謝りに来たの」
 慎重に言葉を選びつつ、レミリアは言った。
「きっと、何を言ってもあなたは私を許してはくれないでしょう。だけど、本当に悪い事をしたって思っている。これだけは信じて欲しいの」
 聴覚の無い相手に謝罪したって無駄である事は、レミリア自身重々承知している。
しかし、言わねばならなかった。
 どうにか自身の言葉を相手に伝えようと、レミリアはミスティアに歩み寄った。
そして俯くミスティアの肩を揺すった。
「ねえ、ミスティア!」
 ようやくミスティアは、室内に誰か入ってきたのに気付いたらしく、驚いて顔を上げた。
レミリアと目が合うと、大きく目を見開いた。
「あ……ああっ、ああぁっ」
 目を見開いたまま、喉の奥から絞り出すように呻き声を漏らし始めた。
 変わり果ててしまったミスティアに、レミリアが哀れみと恐れの入り混じった眼差しを向けていると、
「――」
 急に呻き声が止み、ミスティアは唄を歌い始めた。

 訳の分からない歌詞だった。
文章として意味が分からないのではなく、本当に人の話す言葉として意味が分からなかった。
知らない言語である、と言うより、実在する言語であるかが疑わしくなってくるような歌詞だ。
 だが、そんな訳の分からない歌詞であるにも関わらず、耳にも心にも残る、確かな魅力を持っていた。
ゆったりとしていて、独創的だが、しかし耳に焼き付いて離れない哀愁漂うメロディ。
レミリアは謝りにに来ている事も忘れて、すっかり唄に心を奪われてしまっていた。
 唄の初めこそ耳障りがよく、聞いていて気持ちの良い唄であった。
しかし、次第にレミリアは言い知れぬ不安を感じ始めた。
胸の奥に巣食っている、もやもやとした感覚が段々と強くなっていく。
肺の辺りに感じるその感覚は、まるで物質化して、呼吸のたびに上へ、上へと上がって来るかのようである。
「ミ、ミスティア――」
 唄を止めてくれ、と言いかけたが、できなかった。言葉を発せる様な状態ではなかったのだ。
まるで、大人に叱りつけられた子どもが、言葉に詰まってしまって弁明ができなくなるかのような、そんな感覚に陥っていた。
 完全にレミリアはミスティアの唄の呪縛にとらわれたのである。
奥歯に軽く噛んでおけと言われた気付け薬が、ぽかんと開け放たれた口からぽろりと転がり落ちて行った。
それを追うように、彼女の頬に涙が伝い、地面へと落ちて行く。
「ごめ……なさ……」
 消え入りそうな声でどうにか謝罪をしたが、当然の事ながらミスティアには聞こえていない。調子を変えず唄を続ける。
 胸中に渦巻く後悔の念を直に突かれている感覚のレミリアは、耐え切れずミスティアから後退りだした。
耳を塞いで曲が耳に入ってこないようにしたが、一度刺激された感情はなかなか鎮まってはくれない。
 後退していくレミリアへ、ミスティアは視線を向ける。その目は、レミリアには睨みつけてきているようにも見えた。
「ほ、本当に悪かったって思ってるの、本当よ! だから、だから……唄を止めて!」
 唄を止めろと懇願するレミリア。謝罪などしていられる状態ではなかった。だがミスティアは唄うのを止めない。
聴力が失われているから聞こえていないと言う事だけが原因ではない。もしもレミリアの声が彼女へ届いていたとしても、彼女は唄うのを止めないだろう。
彼女は、この唄を歌う事こそ、自分に課せられた使命だと思っているからである。
 唄から逃れらないと悟ったレミリアは、扉とミスティアの半ばで頭を庇うように蹲ってしまった。
小さな体をがたがたと震わせ、自身を責めてくる驚異の唄から身を護るように。
 謝罪も懇願でもできなくなったレミリアは、そうやって唄が収まるのを待っていたのだが――

「見っとも無いですね」

 後ろから響いた声に反応し、びくりと顔を上げた。
涙と洟でぐちゃぐちゃになってしまっている顔を背後へと向けてみると――
そこには、ミスティア・ローレライが立っていた。
短めの薄い桃色の髪と、特異な形をした帽子。帽子と同色の衣服、ニーソックス。
背後に立っているミスティアは、レミリアの記憶の中にある彼女そのものだった。
「ミスティ……え? あれ?」
 部屋の真ん中で唄っているミスティアと、背後で蹲るレミリアを見下ろしているミスティアを見比べる。
どちらが本物で、どちらが偽物か。あるいは、どちらも本物か、どちらも偽物か――
気が動転していて適切な判断を下せていないレミリアに、立っているミスティアが言葉を投げ掛けた。
「ようやく自分の罪に気付いてくれたかしら?」
「罪……」
「そう。あなたが私にした仕打ちが、どれだけ酷い事だったか」
「でも、でも私は……あなたの歌が聞いていたかっただけなの。それだけなのよ」
 これを聞いた立っているミスティアは、ため息をついて首を横に振った。
「駄目ね。あなたは何も分かっていない」
「そんな事はない。私だって……」
「まだまだ。まだまだよ。そんなのじゃあ、罪は償えない」
 この一言を皮切りに、胸中のもやもやとした感覚がますます重く、ますます大きくなって、その存在感を大きくしはじめた。
まるで体がこの感覚の塊の巨大化を受け入れきれず、内から破られてしまうような錯覚さえ覚えた。
「ああ、うあああああ!! うああ、ああっ、うぁああああ!!」
 堪え切れず、レミリアは胸を抑えて絶叫した。
償いきれない罪に、罪悪感を突いてくる不思議な唄――この波状攻撃に、レミリアの精神は崩壊寸前だった。
 背後に突然現れたミスティアを見上げる。
これと言った表情もなく、ミスティアはレミリアを見下ろしていた。
じぃっと自身を見下ろすその瞳から、レミリアは逃れられなくなってしまった。
 何もできずに、その場でひたすら泣き続けていたレミリアであったが、次の瞬間、立っているミスティアの胸から、一本の腕が伸びてきた。
その腕はレミリアの襟首を引っ掴むと、強引に彼女の体を引っ張った。
どういった訳か立っているミスティアとぶつかる事なく、レミリアの体は扉の方へと寄せられ、気付けば彼女は螺旋階段終わりの踊り場のような空間へ出ていた。
 ミスティアは、レミリアが外にいるらしい人物に救出されたのを見て、唄うのを止めた。
はぁ、と息を付き、鳶座りはそのままで、また別の歌を歌い始めた。
何の気なしに、手首についている枷を目の高さまで上げて眺める。ちゃりちゃりと鎖の擦れる音がした。



「レミリアさん、レミリアさん! しっかりして下さい!」
 さとりが放心状態のレミリアの肩を揺するが、反応は無い。
暫くすると、レミリアの耳から離れようとしなかった歌が止んだ。防音機能を持つ扉に遮られ、唄が聞こえなくなったのだ。燐が扉を閉めたのである。
吸血鬼ですら開け閉めに苦労する巨大な扉を一人で閉めると言う大仕事をやり遂げた燐は、壁に凭れかかってすとんと腰を下ろした。
少しだけミスティアの唄を聴いてしまい、燐も僅かだが唄の影響を受けてしまっていた。
額に玉の様な汗を浮かべ、荒い呼吸を必死に整える。発汗も息切れも、重たい扉を閉じた際の疲労だけが原因ではない。
この唄の持つ力の脅威、歌うミスティアの姿の悍ましさを感じたが故の、異様な緊張感や威圧感も作用している。
朦朧とする意識のまま、先刻さとりから渡されていた気付け薬を夢中で口へ放り込み、噛み潰した。口の中に刺激的な辛みと臭気が充満し、大事に至る前に燐は意識を取り戻した。
 それから少し時間を置いてして、レミリアもようやく正気を取り戻した。
覚醒するや否やぐるりと周囲を見回し、鎖に繋がれているミスティアも、突如背後に現れたミスティアもいない事を確認し出した。
それの確認ができた瞬間、再びレミリアは双眸から大粒の涙をぼろぼろと零し、さとりの胸に泣き付いた。
吸血鬼が自身の主に泣き付くとは思ってもいなかった燐は、その様子を見て驚いたように目を丸くした。
さとり自身も相当驚き、燐と顔を見合わせてしまったのだが、レミリアの心を読んでみると、突き放すのはあまりに気の毒だと思い、それを受け入れた。
「罪を償う事は、とても難しい事ですね」
 子どもの様に無茶苦茶に泣き叫ぶレミリアの体をぎゅっと抱き締め、さとりは囁いた。
「しかし、償わなくては。それがあなたのやるべき事です」
 さとりに宥められたが、レミリアの涙は止まらない。
「でも、どうすれば、どうすればいいの? どうすれば私は許されるの?」
 泣きじゃくりながら叫ぶような声でレミリアが問うたが、それに答えられる者はいなかった。



 レミリアが訪れた日の夜、さとりと燐は再び、ミスティアの部屋を訪れた。夕食を運びに来たのである。
二人で力を合わせて扉を開け、燐が夕食の乗った盆を持って中へと入る。さとりは外で扉を半分開いた状態を維持し、燐の帰還を待つ。
「御飯よ、ミスティア」
 聴力が無い事は知っているが、燐はこう囁き、そっとミスティアの目の前に食事を置く。
レミリアが来た時と同じように俯いていたミスティアは、夕食が目の前に現れた事で、ようやく燐の入室に気付いたようであった。
驚いたような表情を見せたが、すぐにそれも解かれた。
「ありがとう」
 ミスティアは薄く笑み、礼を言った。
 もうミスティアが来て数週間が経つ。だが、何度聞いても、惚れ惚れするような可愛らしい声であった。
さすがは地上で名を馳せた歌姫と言った所であろう。その声質は、こんな地底に堕ちて尚、衰えを知らない。
燐は音楽に関する知識など皆無であるが、彼女の声質は、地底にきてすぐよりも、落ちるどころが、精度が上がって来ているようにも感じていた。
 盆に置いてあるスプーンを手に取り、ミスティアは食事を始めた。
食事中は、ミスティアと最も安心して交流ができる時である。口が塞がってしまうので唄が歌えないからだ。
 昼間、レミリアが見せたあの取り乱した様子を、燐は笑おうと言う気にはなれなかった。
何故なら、ミスティアが地底に封じられ、その監視を命じられて間もなく、さとりがミスティアの唄の脅威に晒されたからだ。
聞いているだけで言い知れぬ不安感に駆られ、古い記憶を掘り返され、後悔や自責の念押し寄せてくる――そんな唄だとさとりは語ったが、燐には想像ができなかった。
同行していた地獄烏の霊烏路空が、暴力的にミスティアを黙らせたから助かったものの、あのまま唄を聞き続けていたら、主は一体どうなっていた事か――考えるだけでもぞっとしてしまう。
 最近のミスティアは、割と落ち着いてきていた。
突拍子もなく歌ったりはしているが、手がつけられないという程ではない。
 簡単な交流も持てるようになってきていたので、燐はミスティアの事を少しずつ理解する努力をしてみていた。
彼女の事を理解する事が、彼女に関わる事件の解決に繋がると思ったからだ。
 以前、さとりに「心を読んでみてはどうか」と提案したが、さとりは首を横に振った。できないのではなく、やりたくない、との事であった。
 ミスティアの歌っている唄は、歌詞が全く理解ができない。実在する言語であるのかすら疑わしい、奇怪な歌詞である。
それ故に、彼女の歌う唄から、彼女の気持ちを考える事はどうしてもできない。歌詞が理解できないからだ。
ならば、先に彼女の思っている事を理解し、そして唄に秘められた真意を探ってみよう――燐はそう考えたのだ。
 ミスティアは聴力が無いので、筆談と言う手法を取っていた。
紙に質問を書き、答えられる質問であればミスティアが答える、と言うものである。
 最近始めた事だが、早速質問のネタが尽きかけていた。
しかし、レミリアが謝罪に訪れた事で、新たに聞いてみたい事が幾つか生まれていた。燐はそれを紙に書き、食事中のミスティアに差し出した。

『レミリアが謝罪に来たが、どう思った?』
 地面に置かれた紙に書かれた字を、ミスティアは租借をしながら眺めていた。
口の中の食べ物を飲み込むと、
「別に」
 と一言、素っ気無く返事をし、食事を続けた。
 続いて、
『レミリアはどうして、あなたの唄を聞いてあんなに取り乱していた?』
 こう問うてみた。これさえしっかり答えて貰えれば、彼女の唄についての理解はぐっと深まる。
返ってきた返答は、
「罪深いからよ」
 この一言だけであった。どうも核心には迫れない。さとりも同じような感想を抱いていた。
ならばと、燐は自身の憶測の正しさを測ろうと、こう質問した。
『あの唄は、悪い事を思い出させる唄なのか?』
 ミスティアは骨付きの肉を齧りながらその紙を見たが、首を横に振った。
食べられる部分がすっかりなくなって、骨を投げ出し、ようやく口を開いた。
「正確には向き合わせるの」
「向き合わせる?」
 燐は言葉を声に出して繰り返し、それを疑問として投げ掛けたつもりだったが、ミスティアに聴力が無い事を思い出し、慌てて首を傾げて見せた。
ミスティアはそれに反応し、首を縦に振った。
「どんな人にも、罪悪感は常に心の中に潜んでいる。だから嫌な事、悔いている事はなかなか完全に忘れられない」
 言葉はそこで切れた。燐は首を縦に振り、続きを促した。
「でも決して快いものじゃない。だから誰もが目を背ける。無いものとする。あの唄は、そんな罪悪感と向き合える曲なの」
 そこまで言って、ミスティアは唐突ににっこりとほほ笑んだ。
「この唄は、全ての人が罪と向き合える。罪を購う気持ちになれる。まさに世界を救える唄なの。私はこの唄で、世界を救うの」


「世界を救える唄……」
 質問し終え、部屋を出た燐は、一人、ミスティアの言葉を思い出していた。
 彼女が地上で受けた仕打ちを思えば、確かにレミリアは彼女にとって、罪深い存在となる。
だが、それならばレミリアだけにあの唄を歌えばいい。関係の無い者まで危険にさらされる事は無い筈だ。
一体、彼女はどうしてあんな唄を歌っているのか。どうして世界を救おうなどと考えているのか。
 一妖怪でしかない燐には察し難く、難儀な事であった。




*




 鬱蒼としている森林地帯の一角が、妙に明るく照らされている。
生い茂る木々の葉が、ありとあらゆる光の侵入を拒む森林としては、この雰囲気はあまりに異様である。
それもその筈、この明りは自然光ではない。人為的な光である。
「こんばんは」
 その異様な雰囲気に沿った明るい声が響き、
「いらっしゃいませ」
 やはり同じような調子で挨拶が返された。夜雀ミスティア・ローレライが営む屋台に客が訪れたのである。
客人の名はメルラン・プリズムリバー。冥界で暮らす騒霊三姉妹の次女である。
癖のある薄い青の短髪と、白を主とした衣服、姉妹の中で最も高い身長が主な特徴である。
 周囲を見回しても無人である事から、メルランは自分が一番乗りである事を悟った。
「今日は私が一番ね!」
 得意げに胸を張るメルランに、ミスティアは苦笑した。
何故なら店に置いている時計の短針は、まだ6を指したばかりであったからだ。
いくら務めもやることも無く、暇だからと言っても、午後6時から酒を飲みに来る者はなかなかいない。
 一見すると背が高く、大人っぽいイメージを抱いてしまうが、彼女はプリズムリバー三姉妹の中で最も特異な性格の持ち主である。
騒霊であるプリズムリバー三姉妹は全員、音楽を奏でる能力があるのだが、メルランの奏でる音楽を聴いていると、とにかく落ち着いていられなくなる。
気持ちが高ぶり、何もしていないのに楽しい気分になる――と言えば聞こえがいいのだが、聴き過ぎると気が狂ってしまう。
だから人前で長時間演奏する時は、気持ちを沈ませる効果を持つ音楽を演奏できる長女ルナサ・プリズムリバーの音と重ねて聞く事でバランスを取らねばならない。
彼女の演奏する曲調がそんな感じだからこんな性格なのか、性格あっての曲調なのかは不明だが、とにかく彼女はいつでも明るく、笑顔が絶えない。
 折角店へやって来てくれた人へそう辛辣に当たる事もないだろうと思い、ミスティアは頷いた。
「ええ。今日はあなたが最初のお客さんよ。ありがとうね」
「今日は退屈だったから早くに来てしまったわ」
「お酒飲まれます? 今から飲むと、他の人が来る頃には酔い潰れて帰る羽目になっちゃいそうだけれど」
 こうミスティアが問うと、そうねえと、メルランは顎に手を当てて考え始めた。
暫くそうした後、首を横に振った。
「お酒はいいわ」
「それじゃあ、何か食べます?」
「ううん。食べ物もいい」
「じゃあどうしましょう」
「唄を歌って頂戴」
 いきなり唄を求めてきたメルランに、ミスティアは少し驚いた顔を見せた。まさか食事や酒類よりも先に、唄を求めてくるとは思っていなかったからだ。
唄はこの店では、所謂おまけかBGMみたいなもなので、唄単品で求めてこられた事は今まで一度も無かった。
夜からの本格的な営業に向けてまだ準備をしている最中なので、今やっている仕事から手を離す訳にはいかない。
しかしメルランはそんな迷惑は考慮していない、と言うより迷惑だと気付けてもいないようで、にこにこ微笑みながらミスティアが歌い出すのを、今か今かと待ち構えている。
 客の要望には極力答えようと言う事で、ミスティアは苦笑しつつ問うた。
「お店の準備しなくちゃいけませんから、準備しながらでもいいですか?」
「構わないわよ」
「では、失礼します」
 そう言うとミスティアはコホンと咳払いし、少しだけ発声練習をした後、小鳥の囀りのような、小さく可愛らしい声で歌い始めた。
初恋をテーマにした唄だと、歌詞から察する事ができた。
メルランは目を閉じてその唄へ耳を傾ける。そして、歌詞から想像できる誰かの初恋の情景を思い浮かべていた。
 初めは少し緊張気味であったが、次第に歌っている事で気分がよくなってきたようで、仕事の手際もよくなってきた。
そもそも意図しなくとも、彼女は普段から仕事中に鼻歌を歌ったり、唄を口遊んだりしている。それを誰かに聞かれている程度の事であったのだ。
 一曲歌いきった所で、ミスティアは仕事の手を止め、深々と礼をした。
「ご清聴、ありがとうございました」
 メルランはぱちぱちと拍手をし、言った。
「素敵な唄だった! あなたが作ったのかしら」
「ええ。オリジナルです」
「まだ自分で作った唄はあるの?」
「一杯ありますよ」
「じゃあ、もっと歌って!」
 メルランに更なるリクエストを受け、ミスティアはそれに応え、唄を歌った。
様々なテーマで唄を作っているらしく、そのレパートリーの広さにメルランは圧倒されてしまった。
まるで地底から溢れる湧水のように、清く、澄み切った唄が次から次へと奏でられ続ける。
 そうしている内にメルランは我慢ならなくなったようで、普段から肌身離さず持ち歩いているトランペットを構えた。
そしてミスティアの歌う唄に合わせて、即興で作った曲を奏で始めた。
今度はミスティアが驚く番だ。唄に合わせてあっと言う間に曲を作ってしまったメルランの創造力に感銘を受けて、一瞬唄を止めてしまった程だった。
 しかし、伴奏が付いた事で、ミスティアは更に調子よく歌い出した。
明らかにミスティアの唄の精度が上がったのを感じたメルランは、負けじと気合いを入れて演奏する。それを感じたミスティアが更に心を込めて唄を歌い……。
こんな感じのシーソーゲームを二人で展開している内に、辺りはすっかり暗くなっていて、時計の短針は30度程先へと進んでいた。
ふとした瞬間に、ミスティアが時計に目をやったからよかったものの、もしも気付かなかったら、二人の唄はまだまだ続いていた事だろう。
「あら、もうこんな時間」
 ミスティアが歌うのを止めた事で、メルランもようやく時間の経過に気付いた様子であった。
いつの間にか暗くなっていた周囲と空を見て、暫く呆気にとられていたが、次第に顔を綻ばせた。
「楽しい時間はあっと言う間に過ぎてしまうね」
「そうですね」
「幸せな気分だわ。ああ、何だか私たち二人なら、世界を救える気がする」
「そんな大袈裟な」
 ミスティアは苦笑したが、メルランは本気であったようで、
「大袈裟なんかじゃないよ。ほんとにそう思っているもの。あなたの落ち着いた歌声と、私の軽快な音色で」
 こんな事を、相変わらずの笑顔で言った。
 二人で少し笑いあった後、メルランは席を立った。
「さて、それじゃ私はそろそろ帰ろうかな」
「え? ええっ、帰っちゃうんですか?」
 唄を歌っただけで、まだ鰻も酒も出していないのに店を去ろうとしているメルランを、ミスティアが慌てて呼び止めた。
 呼び止められたメルランは振り返り、笑みを深くして答えた。
「こんなに楽しい時間を過ごせて、こんなに幸せな気分になれたんだもの。お酒なんかでこの気分を紛らわしたくないわ」
「はあ」
「もしかしてお唄も有料だった?」
「いえ、無料です」
「そう。ああ、よかった。あれだけの唄を一人占めさせてもらえたんだもの。私が支払える額である筈がないわ」
 メルランはこう言った。あまりのべた褒めぶりに、ミスティアは照れ臭そうに顔を赤らめ、「恐縮です」と言う言葉と共に頭を下げた。
照れている彼女を見てメルランはまたも笑みを深くし、礼を言いながら手を振り、去っていった。
 屋台にいるのはミスティア一人だけとなってしまった。
ついさっきまでいたのも二人であり、その差はたった一人なのだが、やけに賑わったので、いざ一人になってしまうと森林本来の静寂がより際立った。
無意識の内に唄に専念してしまっていたせいで、肝心の準備が疎かになってしまっていた。
七時ともなれば、酒を求めている客が大勢屋台に集まってくる。蟒蛇だらけの幻想郷の居酒屋は、予め準備をしておかないと、接客が間に合わなくなる事がある。
 時間があまりないのだが、どう言った訳か焦りは無かった。準備が足りない為、今夜は多忙を極めるであろうと思えたが、気落ちする事もなかった。
「これもメルランの音楽のお陰かな?」
 改めて、音楽に秘められている力の強大さを感じたミスティアであった。



 夜が深まるとミスティアの予想通り、多くの客人が屋台を訪れ、酒を求めてきた。
そして、やっぱりと言うべきか、準備の足りなさがツケとなって表れ始めた。
よりによってこの日は、小鬼を筆頭に河童、天狗と言った古参妖怪が来訪したので、その多忙さは他の日と比較にならないものとなった。
極め付けに、小鬼が自身の能力を使って更に客を“萃めた”所為で、文字通り、目が回る程の忙しさになってしまった。
普段なら愚痴の一つくらい零してしまいそうな状況だ。しかしこの日は、この多忙ささえ何故か愛おしく感じた。
それくらい、今日のミスティアはやる気に満ち溢れていた。
 そんな感じでどうにか耐え忍んでいる内に、忙しさがピークを過ぎた。小鬼の暴走により、多くの者が酔い潰れたからである。
飲み比べを強要できる相手がいなくなってしまい、小鬼も幾分落ち着いたのだ。
この頃には小鬼もすっかり酔ってしまっていて、自分で萃めた客である博麗の巫女に、訳の分からない事を言いながら抱きついたりし始めた。
 多忙の最大の原因となっていた萃香が落ち着いたのを遠目で確認し、ミスティアはほっと胸をなでおろした。
すると、
「さっきから忙しそうなのに、妙に楽しそうだな」
 魔法の森に住まう魔法使いの霧雨魔理沙がひょこっと現れ、ミスティアに声を掛けた。彼女も小鬼に萃められてここへやってきた客人である。
「何だか、今日はとてもやる気が出るの」
「夕方演奏し合ってた唄の影響か?」
 魔理沙はにやにやと笑いながら囁いた。
まさか見られていたとは思っていなかったミスティアは、少しだけ顔を赤らめた。
「見てたの?」
「偶然ここらを通りかかったら聞こえたから、ちょっとだけ観賞させて貰った。あんまり長く聞いていると体に悪そうだったから、早めに退散したけど」
「そんな……。体に悪い唄なんて歌って無かったよ。メルランの曲だって、いい曲だったし、あの曲のお陰で、私元気が出てきたんだから」
 自分の唄はともかく、メルランの曲の印象を勘違いされるのは、なんだか釈然としなかった。
ミスティアは、今日自分がこんなにもがんばれているのは、恐らくメルランの曲の効果だと思っているからだ。
だからミスティアは、彼女の名誉の為にこう反論したのだが、魔理沙はケラケラと笑った。
「お前の今日の頑張り、傍から見りゃ病的だよ。ある意味体に毒じゃないか」
「もう! そんなのじゃないんだってば!」
「事実を言ったまでだ」
 ミスティアがこれだけ怒っても、魔理沙は自分の主張を曲げようとはしない。
 コップに入った酒を少量体内へと流し込み、言葉を紡ぐ。その表情は、笑んではいるものの、ふざけている様子は見られない。
「薬は量を間違えれば毒になる。毒は量を加減すれば薬になれる」
「……」
「お前らの唄とかもそうだろ。加減を間違えれば人を狂わせられるし、逆に落ち着かせることもできる」
「確かに、そうだけど」
「現に今日のお前はがんばりすぎだ。頑張ってる内は薬だが、いき過ぎれば間違いなく毒になる。今日だけだからいいけど、連日続けてみろ。過労死するぜ、きっと」
 魔理沙の言い分に恐らく間違いはないので、ミスティアはその場で黙り込んでしまった。
しかし、反論が無いのが魔理沙にとっては少しばかり居心地の悪いものであったようで、彼女はこの雰囲気をどうにか打開しようと画策した。
すぐに努めて笑みを深くし、更に言葉を続けた。
「けどまあ、好きな事を止めろと言われても、止められないよな! 私だってそうだ。いくら魔法の研究が危険でも、止める気なんて毛頭ない。お前、唄が好きなんだろ?」
「ええ」
「それなら話は早い。歌ってくれよ、何か数曲」
「今から?」
「あれから忙しくて歌えてないだろ? 萃香が酔い潰れた今が絶好の機会じゃないか。ギャラリーも多いぜ」
 そう言われてミスティアは、屋台周辺で好き勝手騒いでいる大衆を見回した。
「誰も聞いて無さそうだけど……」
「じゃあ私だけの為に歌ってくれ」
「恥ずかしい言い方をしないで」
「冗談だよ。……なに、歌い出せばみんな黙るさ」
「どうなることやら……」
 ミスティアは苦笑を見せたが、すぐに表情を変えた。
メルランに歌った時と同じように、咳払いをし、発声練習をし――
全ての準備が整うと、まるで騒々しい大衆の声を打ち壊すかのように、唄を歌い始めた。
 魔理沙の予想は的中した。
歌い始めてからそう時間の経たない内に、喧騒が段々と収束していき、仕舞には屋台の周りにいた誰もが黙ってミスティアを注視し始めた。
「ほら見ろ、私の言った通りになった」
 唄に差し支えない程度の小さな声で魔理沙が囁いた。
「お前の唄は、世界を支配できる魅力がある」
 大げさな表現だと心中で微笑しながら、ミスティアは唄を続けていた。


*


 準備が足りず、多忙を極めた一夜を乗り越えて迎えた次の日、ミスティアは布団の中で横になりながら、魔理沙の言葉を思い出していた。
――現に今日のお前はがんばりすぎだ。今日だけだからいいけど、連日続けてみろ。過労死するぜ、きっと
 昨晩はメルランの奏でる曲の影響で気分が高揚していた。そのお陰で、準備が足りない状態でもどうにか屋台の多忙さに対応する事ができた。
あの状態はいわば催眠状態のようなもので、ミスティアが持っている以上の能力を発揮できた。
 そのツケが、今になって回ってきた。疲労感から、布団を出ようと言う気になれないのである。
 魔理沙の言葉を全く信じていなかった訳ではないが、まさかここまで疲労感が残るとは、彼女自身思っていなかった。
連日続けたら過労死する、と言うのは、強ち間違いではないかもしれないと思えた。
 時計の短針は3を指し示している。もう午後三時なのだが、屋台は夜遅くまで営業しているので、これくらいの起床はそう珍しい事ではない。
元々、夜雀は夜行性である。屋台を営業していなくても、こんな生活をしている夜雀は多い。
「起きなくちゃ……また準備が遅れちゃう」
 声に出してみたが、やはり体は起床を嫌がっている。掛け布団を除けるのも億劫な状態であった。
今日一日くらい休んでしまおうかとも考えたが、自分の営む屋台を楽しみにしてくれている人の事を思うと、そう言う訳にもいかない。
客商売は信頼感が大切なのだ。客を裏切る行為はきっと営業に大きく響いてくる。
それに、ちょっと張り切った翌日に休んでしまうのは、どうも決まりが悪いように感じた。
 いちにのさん、の掛け声を心中で唱えて、その勢いで布団から飛び出した。
それから寝間着から普段着へ着替え、昼食を済まし、夜から始める屋台の準備をしに出掛けた。


 

 午後六時になった。
 ふと時計に目をやり、時間を確認したミスティアは、ちょうど一日前の事を思い出した。メルランと唄を歌った時の事だ。
彼女の奏でる音楽は、本当に人を明るく、前向きにしてくれる。その驚くべき効果は、昨日自分の身を持って体験できた。
昨日の疲労感が抜けていない今、またあの曲を聴けば元気が出てくるかもしれないと、ミスティアは思った。
「メルラン、来てくれないかなぁ」
 昨日、魔理沙に注意を促されたばかりであったが、ミスティアは自然にメルランの唄を求めていた。
あの曲さえ聞けば、この疲労感を封殺して仕事を頑張れると確信していた。
メルランの奏でる音の持つ不思議な力だけの影響ではない。娯楽として音楽を楽しめた事による、精神的な安息も影響していた。
 昨日の賑やかな雰囲気の中での準備とあまりに異なる今日の状態を想い、ミスティアはふうとため息を付いてしまった。
「ああ、いけない。気が緩んでる」
 接客業において客人を前にため息をつくなど、絶対にあってはならない事だ。普段から意識しておかないと、仕事中に失敗してしまう。
無理にでも気分を高揚させておこうと決め、ミスティアは一人で小声で唄を歌いながら準備を進め始めた。
 そうしている内に、この日最初の客人が、屋台を訪れた。
「また一番乗りね」
 開口一番にそう言った客人の声を聞いたミスティアは、はっと顔を上げた。
「メルラン!」
 客人はメルラン・プリズムリバーだった。
まさか二日続けてこんなに早く来店してくれるとは思っておらず、ミスティアの胸の中は喜びと驚きでいっぱいになった。
そんな彼女の心境は、恐らく理解していないであろうメルランは椅子に座り、何を注文する訳でもなく話を始めた。
「昨日はごめんなさいね。いつもより大変そうだったと、姉さん達から聞いたわ。準備ができなかったものね」
 最初に来て、本格的な開店前に気分を良くして帰ってしまったメルランだったが、本当は昨日は姉妹でこの屋台へ来る予定であった。
姉のルナサや、妹のリリカが止めるのを無視して早くから屋台へ行き、そしてさっさと帰って来て「私はもう屋台へ行かない」と言った時には、さすがの姉妹達も困惑した。
姉妹らが理由を問うと、ミスティアと歌って来たから気分がいいとだけ答えた。どう説得しても来そうになかったので、仕方なくメルランだけを置いて二人はミスティアの屋台へ向かった。
やけにミスティアが忙しそうな印象を受け、この事を何の気なくメルランに報告した。何故あんなに忙しそうだったのか、理由を知るのは数名だけである。
 ミスティアは準備の手を止めず返した。
「そんな、とんでもない。昨日、あなたの曲を聞けたからこそ、私は昨日がんばれたんですから」
「そう? そんなによかった? 私の曲」
「とっても。聞いているだけで元気になれました」
「えへへ。そう言ってもらえると嬉しいわ」
 メルランは微笑み、言った。
「他人を幸せにすると、私まで幸せな気分になれるわ。他人を幸せにする事は、とても幸せな事ね」
 何やら不思議な雰囲気を持つメルランの言葉に、ミスティアはええと頷いて応えた。
「今日も唄を?」
「いいえ、今日はいいの。準備の邪魔はできないでしょう。とりあえず、昨日の事を謝りたかっただけ」
 そう言うとメルランは席を立った。
「お帰りですか?」
「また邪魔しちゃうかもしれないからね。お店が開いたらまた来るから、その時はぜひお唄をお願い」
「かしこまりました。ご来店、お待ちしています」
 ミスティアが深々と礼をすると、メルランは笑みながら軽く手を振り、去って行った。
 メルランの奏でる曲を聴く事は出来なかったものの、夜になれば彼女が来てくれる事を思うだけで、自然と力が湧いてきた。
あわよくば、また彼女に伴奏を頼みたいと思った。自分一人で歌うより盛り上がると言う確信があったからだ。
 もしも伴奏をしてくれたら、どんな唄を歌おうか――そんな想像をしながら、準備を続けた。



 夜になると、昨日程ではないが、やはり多くの客が屋台を訪れた。
鰻を焼いたり、酒を運んだりしながら、ミスティアはメルランの来店を今か今かと待ち侘びていた。
しかし、なかなかメルランは姿を現さない。
彼女の事だから、後日、何とも理解し難いような理由があって来れなかったと言ってくる可能性もある。
 結局、開店から三時間経っても、彼女は店に来なかった。
わざわざこんなに夜遅くになってから来店する事はないだろうと思い、ミスティアは気落ちしてしまった。
周囲に気付かれぬように注意を払っていたつもりなのだが、自然とその心理は態度に表れてしまっていたようであった。
 そんな最中、
「不機嫌ね」
 急に注文以外の声を掛けられ、驚いて顔を上げると、吸血鬼レミリア・スカーレットが意味深な笑みを浮かべてカウンター席に座っていた。
『永遠に幼い紅い月』の異名の通り、幼げな風貌であるが、それ故に人の心を見透かしているかのようなその笑みが、何とも不気味にミスティアの目には映った。
「そ、そうですか?」
 苦笑いを浮かべてどうにかそう返したが、どもった上に、声は上ずってしまった。
突然雑談を持ちかけられて驚いていたのもあるが、何より自身の心情を見抜かれたことへの動揺が強かった。
「少なくとも私は不機嫌そうに見えているけど」
「それは失礼しました」
「別に気にする事はないわ」
 そこで言葉を区切り、傍に置いてあったグラスの中の透明な液体を飲み干し、彼女は言った。
「唄をお願いできるかしら」
「唄ですか?」
「ええ。嫌な気分もどうにかできるかもしれないわよ。私もあなたの唄を聴いていたいし」
「それもそうかもしれませんね……。では、お唄を提供させていただきます」
 そう言いミスティアはいつもと同じ手順を踏み、唄を歌った。
レミリアは音楽の知識など持ち合わせていないが、目を閉じ、その歌声に耳を傾けていた。
「素晴らしい歌声だわ」
 歌い出して間もなく、周囲にいた他の客も、昨日と同じようにミスティアの歌に耳を傾け始めた。
屋台を包み込んでいた喧騒がやんだ事で、レミリアはその事に気付き、心中で舌打ちをした。
何者でも代替が利かないであろうミスティアの歌声を他者と共有している現実が、何とも気に入らなかったのだ。
――こんな素晴らしい歌声を自分だけのものにできたら、どんなに幸せな事だろう。
 そんな事を考えながら、唄を聴いていた。


 客の姿が疎らになりだして尚、レミリアは屋台に居座り続けていた。
 さすがのミスティアも長時間の歌唱は疲れてしまったようで、途中からは鼻歌程度の声量に抑えていた。
それでも彼女の唄の魅力は少しも失せていない。
カウンター席に座っているレミリアは、何かを飲み食いする事もなく、ずっと彼女の唄を聴き続けている。
屋台を始めて、さした時間は経っていないものの、ここまで唄に集中する客は初めてだった。
「飽きないのですか?」
 ミスティアが唄を中断して問うてみると、感慨深げに俯き、目を閉じていたレミリアは顔を上げ、口を開いた。
「飽きないわ。聴き込めば聴き込む程、新しい発見があって」
「恐縮です」
 最近、唄の事で褒められてばかりのミスティアは、微笑しつつ頭を下げた。
 ここでレミリアは、周囲を見回した。
初めはごった返していた客も、時間の経過と共に数が減り始め、この頃になると残っているのはほんの数人だった。
カウンター席にはレミリアしかいない。
「ねえ、ミスティア」
「何でしょう」
「うちで働いてみないかしら」
「はい?」
 仕事をしながらレミリアの雑談に付き合っていたミスティアだったが、この一言を受けて顔を上げた。
「うちって、えーと……」
「紅魔館」
「そう、紅魔館。そこで、私が働くと言う事ですか」
「それ以外にどんな意味があるのよ」
 普段から酔った客に「妻として迎えたい」とか「うちへ住まないか」とか冗談で言われる事はあるが、相手がレミリアとなると冗談ではない可能性がある。
レミリアは、自分が吸血鬼である事に絶対の自信を持っている。プライドが高く、高圧的だが、それ相応の力を持っていることも事実だ。
一方で、幼い頃から様々な者に恐れられてきて、何もかもを思い通りに動かせてきた身故に、かなり自分勝手な性格である。
世にも恐ろしい吸血鬼である自分に、叶えられない願いなどないと、もしかしたら本気で思っているかもしれない。
 そんな彼女が「うちで働かないか」と声を掛けてきた。これを冗談だろうと笑い飛ばせる筈がない。
酒が入ってほんのり紅潮している彼女の顔は、やはり微笑を浮かべている。
その笑顔は、「断ったらどうなるか分かっているな?」とでも言いたげな程不気味な笑顔に、ミスティアには見えた。
 この憶測が正しいかは分からないが、相手が恐ろしいからと言ってそう簡単にハイ分かりましたと返事をできる訳がない。彼女にも彼女の生活があるからだ。
「すみません。ちょっとそれはできません」
 なるべく穏やかな口調でミスティアはこう返した。
レミリアは特に目立った反応を示す事も、表情を変える事もなかった。ミスティアのこの返答は想定内であったようである。
暫く黙っていたが、急に口を開いた。
「何故かしら? 個室も食事も与えられるし、しっかり働いてくれれば相応の報酬だってあげれる。少なくとも屋台で稼ぐよりはマシな生活が送れると思うのだけど」
「それは分かるんですけど、この屋台を楽しみにしてくれてる人がいますから……急にぱたりと止める訳にはいかないです」
 なるべく相手を刺激しないような言葉を選んで、ミスティアは返事をした。
レミリアはそう、と、心底残念そうな口調で言った後、席を立った。
「気が変わったらいつでも言って頂戴ね」
「はい。ありがとうございます」
 食事と酒の代金を置き、レミリアは屋台を後にした。
 実際、彼女はミスティアの勧誘を諦めた訳ではなかった。
なんとしてもあの唄を、自分のものにしてやろうと、心中で燃えていた。
そして、その為ならば、どんなに残虐な手段も辞さないと決めていた。
残酷で自分本位――これは吸血鬼のステータスみたいなものである為、少しも心が痛まなかった。



*



 ミスティアは働き者ではあるが、さすがに年中無休で働く訳ではない。
定期的に休日をとる。客の迷惑にならないよう、曜日で休む日を決めている。
レミリアの勧誘を受けた翌日が定休日だった。
夜の営業へ向けた準備が必要無いので、一日中自由な時間を過ごす事が出来る。
これこそ一般的な妖怪の一日の過ごし方なのだが、彼女からすれば嬉しい嬉しい貴重な一日だ。
 休日は眠かろうとも、彼女は普段よりも早くに起床する。休日を寝て過ごすのは勿体ないと言う意思の表れだ。
 屋台の掃除をし、その後はどこかへ遊びに出掛けようと決めた。善は急げと、久しぶりにまともな朝食を摂って、すぐに行動を開始した。
 普段は掃除をしない様な細部まで屋台を掃除していると、何者かがミスティアの屋台へ歩み寄ってきた。
手早く掃除を終わらせてしまおうと、夢中になって掃除をしていたので、その来訪者に気付くのが遅れた。
その距離が二メートル程度まで縮まってようやく、ミスティアは来訪者に気付いた。
僅かに足音を聞き、そちらに目をやったミスティアは、驚きの表情を見せた。
「あ、おはようございます」
「おはよう。精が出るわね」
 来訪者はレミリアだった。昨晩はいなかった従者の十六夜咲夜も一緒である。
大きな日傘を差していて、昨晩と同じような微笑を浮かべている。
 ミスティアは掃除の手を止め、軽く頭を下げた。
「ごめんなさい。今日はお休みなんです」
「そう。まあ、どうだっていいわ。今日は客として参った訳ではないし」
「はあ……」
「ミスティア、気は変わったかしら」
「気?」
 ミスティアは首を傾げた。
一瞬レミリアは怪訝な表情を浮かべたが、すぐに彼女がとても物覚えが悪いと言われてるのを思い出し、説明を入れた。
「昨晩、うちで働かないかと誘ったのだけど」
「ああ! そう言えばそうでした、すいません」
 手に握っていた雑巾をぽんと近くの台へ置いて、再び頭を下げた。
先ほどの挨拶を兼ねたものとは異なり、深々と頭を下げている。
「すみません。これから何度言われても、きっと気持ちは変わりません」
「どうしても?」
「どうしてもです」
「そう。それは残念だわ」
 そうは言いつつも、その口調からはあまり残念そうな雰囲気が伝わってこない。
やはり冗談の域を越さない提案だったのだろうとミスティアは解釈をした。
「それとは別に、頼み事があるのだけど、聞いてくれる?」
「何でしょうか」
「私の館で唄を歌ってもらえないかしら」
「今からですか?」
「ええ。勿論、無償でとは言わないわ」
 普段ならば喜んで彼女の住む館まで足を運んだだろうが、今日はいつもとは少し状況が異なる。
今日彼女は、屋台の掃除が終わったら、自由な一日を満喫しようと考えていたのだ。
レミリアの館へ唄を歌いに行くのは、出張や出前みたいなものなので、仕事の一環としてカウントできるだろう。
仕事と休養のメリハリははっきりと付けておきたいと言う気持ちがあった為、この頼み事に対して首を縦に振るのは躊躇われた。
「どうかしら」
 急かすようにレミリアが一言付け加えた。ミスティアは落ち着いて、自身の状況を考えてみた。
 屋台の掃除は大方完了しているし、早くに起きたから、早めに帰らせて貰えれば遊ぶ時間は確保できる。
そもそも夜雀は夜型の生物なので、夜更かしや夜遊びなんかは慣れっこだ。日没後も遊んでも何も問題ない。
仕事と休養にメリハリを付ける、と言う信条には反するが、客人に悪いイメージを植え付けるのはよくない。
しかも、相手は世にも恐ろしい吸血鬼だ。気分を損ねてしまうと、何をされてしまうか分かったものではない。
「今日はお休みの日なので、あまり長い時間はいられませんが、いいですか?」
 考えた結果、ミスティアはこう結論を述べると、
「構わないわ」
 とレミリアは頷いた。
 手早く掃除を終えると、いつも愛用している服に着替えた。
そしてレミリアと咲夜に連れられて、ミスティアは紅魔館へ向かった。歌唱の出前は初めての事で、少しだけ緊張した。



 遠巻きになら見た事のある紅魔館は、ミスティアの予想を大きく上回る大きさであったようで、門前で彼女はぽかんと口を開けて紅魔館を見上げた。
 門番は、珍しい客人を連れて帰って来た主とその従者に挨拶をし、ミスティアを連れてきた理由を問うた。
「彼女の唄は素晴らしいのよ。あなたも聴きに来なさい」
 レミリアはそう言い、館の中へと歩んで行った。
館の巨大さに圧倒されていたミスティアは、咲夜の呼び声でハッと我に返り、慌てて二人を追って駆けだした。
 館内は外観の割に広く、またもミスティアは言葉を失った。
果てはあるのかと疑わしくなるほど長い廊下を呆然と眺めていると、一瞬で目の前の景色が変化した。
異常に長い廊下を眺めていた筈なのに、いつの間にやら彼女は館内の一室にいて、見るからに高級な机の真ん前に突っ立っていた。
机の他にも椅子や本棚、動物のはく製、果ては蓄音機など、古めかしい館の雰囲気にぴったりな家具がいくつも並んでいる。
机の向こうの窓はカーテンがしっかりと閉められていて、日光の侵入を防いでいる。
「広い館でしょ」
 瞬間移動に呆気にとられていたミスティアの背後で、レミリアのどこか自慢げな声。
後ろを振り返ると、ティーカップを持ったレミリアと、十六夜咲夜が立っていた。いつの間に淹れたのやら、ティーカップの中には紅茶が入っている。
「咲夜がいないと移動も大変なのよ。まあ、この広さも咲夜が作っているものなのだけど」
 レミリアからの紹介を受け、咲夜はおもむろに頭を下げた。
館の広さも瞬間移動も咲夜のお陰、と言われても、ミスティアは理解できず、首を傾げた。
そんな彼女の仕草に、レミリアはふっと微笑みかけると、これまでの話題を「まあいいわ」の一言で一蹴した。
そしてゆったりとした足取りで、机と窓の間にある椅子に腰かけた。咲夜もそれに続き、彼女の傍に立つ。
それに次いで、わらわらと紅魔館の住民たちがその部屋に入ってきた。
思いの外ギャラリーが多いようで、ミスティアの緊張の色が濃くなっていく。
 粗方、人が集まった感じると、
「さあ、唄を聴かせて?」
 レミリアはこう囁いた。
「は、はい」
 緊張した面持ちと声色のミスティアがすぐさま返事をした。
そして、普段通りの準備を終わらせ、レミリア達に唄を披露し始めた。
 紅魔館の面々は、音楽の知識などないが、漠然と彼女の歌う唄の良さは感じているようだった。
初めは少しばかりざわついていた部屋は、次第にミスティアの歌声だけが響く空間となった。誰もが彼女の歌に聞き入りだしたのだ。
 それから数十分の間、ミスティアはレミリアに唄を披露した。
明確な時間を提示されていなかったので、ミスティアの判断で適当な時間に唄の披露を終わらせた。
しんと静まり返った部屋で、ミスティアはぺこりと礼をした。
「ご清聴、ありがとうございました」
 レミリアは無言で拍手を送った。それに倣って、他の住民も拍手を送る。
盛大な拍手を受け、照れ臭そうにミスティアはもう一度一礼した。
 その後、レミリアと咲夜以外の紅魔館に住む者は、部屋を後にした。残ったのはミスティアとレミリアらの三人。
「ありがとう。素晴らしかったわ」
「こちらこそありがとうございました。皆さんに喜んでもらえて、私も嬉しいです」
「そう」
 レミリアはにっこりとほほ笑んだ。
 ギャラリーもいなくなったし、レミリアも満足げなので、これで歌唱の出前はおしまいだろうとミスティアは判断した。
何となくもう一度礼をし、
「では、私はこれで」
 と、踵を返し、ドアノブに手をやった。
 しかし。

「あれ?」
 ノブは回るが、押しても引いても、ドアが開かない。
暫く困惑していたミスティアは、振り返って問うた。
「あの、ドアが開かないのですけど」
「ええ。開かないわよ」
「帰れないのですけど……」
「帰さないからね」
「え?」
 レミリアの言葉の意味を問うより先に、ミスティアの手に手錠がかけられた。
咲夜が時間を止め、手錠をかけたのだ。
 起こっている事が理解できず、ミスティアは声を荒げる。
「あ、あの! 何のつもりですか!? 何を……」
「今日からあなたは暮らしてもらうから」
「ですから、働く気はないって……!」
「そんなの関係無いわ。私が暮らせと言っているのだから、黙って暮らせばいいの」
 そう言い、レミリアは椅子から降りてミスティアに歩み寄る。
今にも泣きだしそうなミスティアの顔を見ても、彼女の中には何の罪悪感も芽生えなかった。
 こんこんと扉を叩き、外で待機していた門番の紅美鈴に声をかける。
「いいわよ美鈴。扉を開けて」
 言うや否や、ミスティアがどうしても開けられなかった扉が開き、長い廊下が現れた。
手錠を強引に引っ張り、レミリアはミスティアを連れて、館内の一室へ向かった。
そこが今日から、ミスティアの部屋となるのだ。
 その部屋は、唄を披露した部屋からそう離れていない場所にあった。
 部屋の中にはベッド、クローゼット、鉄格子付きの窓が一つずつあるだけで、とても殺風景だった。
「ここが今日からあなたの部屋」
 そう言われてミスティアは、部屋の全貌を見た。
ぞっとするほど何も無い殺風景な部屋。
――こんな中で自分は一体、どんな生活を強いられてしまうのだろうか。
いくら考えてみても、明るい未来は望めそうもない。
そもそも、どんな優遇を受けたとしても、これは彼女が望む生活ではない。やりたくない事を強いられる生活に、真の幸せなどある筈がない。
 絶望し切った顔のミスティアを部屋へ押し入れて、出口を塞ぐように立ち塞がっているレミリアが言った。
「あなたには明日から唄を歌ってもらうから。ここから逃げたり、怠けたりしたら承知しないからね」
 レミリアはそれだけ言うと、扉を閉め、施錠をし、去って行った。
 静かで何も無い部屋に一人取り残されたミスティアは、暫く呆然としていたが、ある瞬間我に返った。
そしてどうにか部屋から出られないかと、部屋の中を隈なく探索したが、逃走に使えそうなものは何もなかった。
本当にレミリアに捕まって、唄を歌う事を強いられる生活が始まってしまった――
 あまりに突発的に訪れてしまった、平穏な生活の終焉を思い、ミスティアは静かに涙を零した。
その蚊の鳴く様な泣き声は、紅魔館の無暗に長い廊下の半ばで消えてゆくばかりで、誰の耳にも届きはしなかった。



 無人の夜雀の住まいに、メルランは一人で佇んでいた。
夜雀は夜行性なので、昼間会いに行けば、眠っていたとしても確実に彼女と出会えると踏んで真昼間から夜雀の住まいを訪れたが、無人であった。
昨晩、店に行くと言っていたのに結局行けなかった事を詫びようとやってきたが、無駄足だったとため息をついた。
「何処へ行っちゃったのかしら」
 試しにトランペットでも吹いてみれば、音に釣られてやって来てくれるのではないかと本気で思い、軽く演奏をしてみた。
すると――
「一人で何してるんだ?」
 ミスティアの代わりに、音に釣られたかは不明だが、別の人物が音に気付いて彼女の傍に降りてきた。
付近を通りかかったらしい霧雨魔理沙であった。
「魔理沙」
「今日もミスティアと演奏会か?」
「そうしたいのはやまやま、ミスティアがいないの」
「寝てるんじゃないのか?」
 魔理沙もてっきり眠っていると思っていたようで、驚いた様子でミスティアの住まいに目をやった。
玄関扉をノックしてみたが、やはり何の音沙汰もない。
「今日は屋台が休みだから、もしかしたらどこかへ遊びに出ているのかもしれないな」
「屋台、今日は休みなのね」
 ならば夜に会うのも難しいかなと、メルランは悪態をついた。
「永遠に会えない訳ではないさ。お前らは長命だから、そんなに急ぐ事はない」
「長命と言うか、私は幽霊だけどね」
 苦笑いするメルランだったが、まさか昼間会えないとは思っていなかったので、妙な不安感が胸中に渦巻いていた。
夜にもう一度来ようと決め、一先ず冥界へと帰って行った。
 だが、ミスティアが紅魔館にいる事を知らない彼女が、ミスティアに出会える事はなかった。


*


 いくら紅魔館に幽閉されたからと言って眠らない訳にはいかず、ミスティアは部屋に置いてあるベッドで眠った。
良くも悪くもない、普通のベッドであった。
 太陽が天へ昇り切った頃、部屋のドアがコンコンと鳴った。
外から咲夜がノックをしているらしかった。
その音でミスティアは目を覚ました。眠ってはいるが、その眠りは浅いものであったようだ。
「起きている?」
「はい」
 小さな声で返事をすると、ドアが開かれ、咲夜が入ってきた。
そして、昨日との変化は無いかと、軽く部屋の中を見回した。逃走を図っているのではないかと言う疑心の表れだ。
 変化が無い事を確認すると、咲夜はこう言った。
「お嬢様がお呼びよ。こっちへ来なさい」
 行きたくなかったが、行かない訳にはいかないので、ミスティアはゆっくりと立ち上がり、咲夜の先導を受けてレミリアの元へ向かった。
 着いたのは昨日、紅魔館の住民全員に唄を歌った部屋であった。
あの部屋はレミリアの私室なのだ。だから、ミスティアでも分かる程高級な家具なんかが置いてある。
 対面すると、まずレミリアが挨拶をした。
「おはよう、ミスティア。よく眠れたかしら」
 夜中に何度も目を覚ましていたから、よく眠れたとは決して言えなかったが、ミスティアは声に出して返事をしなかった。
とてもそんな事を言う気分ではないし、よく眠れただろうなんて、きっと相手も思っていないだろうと思えたからだ。
無言のミスティアを、レミリアは咎める事はなかった。無意識の内に芽生えた自分への反抗心の表れだろうと、心中で笑い飛ばしていた。
「さあ、唄を歌ってくれるかしら」
 昨日と同じ椅子に座り、レミリアは言った。
 だがミスティアは黙ったまま、そこに突っ立っていた。どうやら、歌う事もしない体勢でいるらしい。
誰もが無言のまま、時間だけが過ぎて行く。だが一分少々経った所で、レミリアが再び口を開き、この静寂を破った。
「聞こえなかったのかしら、ミスティア。唄を歌いなさい」
「歌いたくない状態で歌っても、いい歌なんて歌えません」
 恐怖をどうにか抑え込み、ミスティアが淡々とした口調でそう答えた。
「歌いたくない、か。そう」
 レミリアはこの言葉を受け、ふぅと息を吐き、ミスティアの傍に立っていた咲夜に目配せした。
咲夜もそれに気付き、軽く頷いて応えた。
 次の瞬間、咲夜がミスティアの胸倉を掴んだ。
 彼女が悲鳴を上げるより早く、咲夜がミスティアの腹に拳を減り込ませた。
声を封殺され、低い呻き声を漏らしながら床に膝を付いたミスティアに、咲夜が更に追撃を加える。
腕を蹴られてバランスを崩して床に横になった彼女を、何度も何度も咲夜が踏みつける。
 あまりに突然の暴行に気が動転しているミスティアは、急所である頭を本能的に庇いながら、
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
 何度も謝った。しかし咲夜の暴行は止まらない。
次第に涙が溢れてきた。恐怖に痛覚、それにあまりに過酷な自身の境遇――要因は様々だ。
 暫くすると、暴行が止まった。
体を丸めてがたがたと震える彼女に、上の方から声が降ってきた。
「唄を歌ってくれるかしら」
 レミリアの要望に沿わぬ事をしたらどうなるか――それを彼女は身を持って教え込まれたのだ。
 痛む体に鞭を打ってどうにか立ち上がると、彼女は唄の準備を始めた。
心の動揺は大きいし、泣いたままでは上手く声など出せそうもない。
しかしやらねばならなかった。これ以上、痛い目に遭うのは御免であったからだ。
 普段通りの準備をし、そして唄が始まった。
 泣きながらではまともな声が出せなかった。終始震えていて、掠れていて、聴きとれない部分ばかりの酷い歌声だった。
レミリアの機嫌を損ねてはいけないと言う一心で、必死に唄を歌っていた。
今度はそればかりに集中していて、歌詞を忘れた。歌詞が出てこなければ、唄は続かない。続けられない。
半ばでピタリと止まってしまった唄。
目を瞑って彼女の唄を聴いていたレミリアは、片目を薄っすらと開けてミスティアを見てみた。
 あたふたと目を泳がせている。どうにか忘れてしまった歌詞を思いだそうとしているのが見え見えだ。
このままではまたレミリアの気分を損ねてしまう。酷い目に遭ってしまう――そう言いたげな、絶望に染まった彼女の顔が映ってきた。
薄っすらと目に残ったままの涙。今にもわっと泣き出しそうな表情。
レミリアにとって、それらは酷く心地の良いものだった。
吸血鬼特有の残酷性がそう感じさせているのか、それとは全く別の感情か、あるいはその両方か――それを知るのはレミリア自身だけである。
「どうして唄を止めてしまったの」
「か、歌詞……忘れて……」
「自覚が足りていないようね。……咲夜、部屋に戻しておいて」
「はい」
 そう指示され、咲夜はミスティアの手を引いて、退室した。
「次こんな失態を犯したらどうなるか……分かってるわね?」
 去り際、ミスティアの耳にこんな声が聞こえた。思わず身震いした。


 その日はこれ以降、レミリアに呼ばれる事はなかった。
だが彼女に安息の時はなかった。次に呼ばれた時、今日と同じ失態を犯してしまう訳にはいかないと、ミスティアは部屋で必死に自身の唄の歌詞を反芻していた。
楽しさなど微塵も無い。ただ、恐ろしい未来を避ける為だけに行う作業。
今まで何よりも楽しいとしてきた『唄を歌う』と言う行為である筈なのに、今は少しもそんな気はしなかった。
 覚えなくては、覚えなくてはと考える程、不思議と自然に出てきていた筈の歌詞は薄らいでいく。
これほど自分の物覚えの悪さを呪った事はなかった。
 泣きながら歌詞を呟き、頭に叩き込んでいると、ドアがこんこんと音を立てた。
びくりと肩を震わせてそちらを向くと、少しだけ開いたドアの隙間から、咲夜が顔を覗かせた。
「ご飯よ」
 咲夜はそれだけ言うと、朝食一食分が乗ったお盆を室内の床に置き、去って行った。
 朝食の内容は、良くも悪くもなく、至って普通だった。
テーブルも椅子もないので、床に座って食事をした。
 食べ終えてから暫くすると、咲夜が食器を取りに戻ってきた。
その際ミスティアは、紙とペンを所望した。歌詞を紙に書いていく方が、覚えが早いと言う理由だ。
まさかその二つが、ここから逃走する為の道具になる事はないだろうと思い、咲夜はこれを承諾し、大量の紙と一本のペンを与えた。
 咲夜は去り際、
「明日もお嬢様が唄を御所望よ。失礼のないようにね」
 そう言い残していった。
 次は失敗できないと、ミスティアは躍起になって歌詞の再確認を続けた。
明日は完璧に歌えるようにしておかなくてはいけない。「物覚えが悪いから」は、レミリアには通用しないのだから。

 翌日の同時刻、レミリアの私室に呼び出されたミスティアは、昨晩頭に歌詞を叩き込んだ唄を歌った。
今度は途中で歌詞を忘れる事もなく、無事に歌い切る事ができた。
極度の緊張や、終始歌詞に気を取られている事が影響し、精度は落ちているが、中断するよりは遥かにマシであった。
レミリアはその精度の低下に気付けていないのか、気付きつつも見逃しているのかは不明だが、一曲歌い切ったミスティアに拍手を送った。
「お疲れ様。よかったわよ」
 素っ気無い労いの言葉であったが、ミスティアはいくらか緊張から解かれたように、気付かれない程度に息を吐いた。
唄を褒めて貰えた喜びより、事なきを得た安心感が強かった。「無事歌い切る事ができた」と言う、唄を歌うのに伴う筈の無い感情が芽生えていた。
 レミリアを喜ばせたからと言って、彼女が館外へ出られる訳ではない。
一体いつまで、こんな恐怖に怯えながら唄を歌い続けなければならないのだろうと、ミスティアは思った。
終わりの見えない闇と向き合わされ、まだ大した時間も経っていないと言うのに、心は既に屈してしまいそうであった。


 その日以降も、ミスティアは何度もレミリアの気まぐれで彼女の私室へ呼び出され、唄を歌った。
何度彼女の為に唄を歌ってみても、楽しさは一度も感じられない。あるのは恐怖だけであった。
 そんな感情を騙しながら、何日も何日も唄を歌わされていた。
 屋台の営業は、レミリアに監禁されたその日から完全に止まっている。
皆、自分を心配してくれているだろうか。それとも身勝手に営業をやめてしまったと憤慨しているのだろうか――そんな事を考えた。
ミスティア自身が確認する術はない。外へは出られないからだ。
実際は、彼女を探している者が何名かいるのだが、まさか紅魔館に監禁されているとは思っておらず、発見には至る事ができていない。
 もう、無事にここを出られたとしても、前のような生活はできないのではないかと考えた。
そもそも、レミリアが唄に飽きて、自分が不要になったとしても、ここから出してくれるような気がしなかった。
彼女はそんな素振りは見せていないが、間違いなくこの行為は悪事だ。その悪事の被害者を、ただで外へ放り出す筈がない――
そう考えてみると、自分自身の生に、価値を見出す事ができなくなってしまった。
今も、そしてこれからも、自分はただレミリアの為に唄を歌うだけの存在であるのだから。
 この思考が、小さな反抗心を生んだ。
 自分の無価値を悟った翌日、いつも通り、咲夜がミスティアの部屋を訪れた。
「おはよう。唄の時間よ」
 普段ならミスティアは黙って咲夜について行くのだが、この日は動こうとしなかった。
ベッドに腰を掛けながら、ドアを開いてミスティアを待っている咲夜に目をやり、すぐに視線を下へ落とした。
咲夜はこれと言って表情を変えずに待ち続けていたが、ミスティアは動こうとしない。
「ミスティア。早くしなさい」
 さすがの咲夜も業を煮やしたようで、行動を催促したが、やはりミスティアは動かない。
「行きたくないと言うのなら構わないけど……お嬢様がどう思うか、私は知らないわよ」
 レミリアの存在をちらつかされ、微かにミスティアの心は動揺した。
反抗心があれども、恐ろしいものはやはり恐ろしいのだ。
しかし、何かを変えねば、絶望的な未来を避ける事などできない。その一心で、ミスティアは咲夜の言葉を無視し続けた。
 暫くそうしていると、咲夜は何も言わずに退室した。
しばしの静寂の後、咲夜がレミリアを連れて部屋に帰って来た。
 レミリアは入室してすぐに、どこか不安げな、しかし反抗の意思をありありと感じられる瞳で自分の方を見ているミスティアと目が合った。
その反抗の意思に受けて立ってやろうと、レミリアは茶化す事も、目を逸らす事もせず、相手を見据える。
暫くの間、二人の視線がぶつかるだけの、静かな時間が過ぎた。
 静寂を破ったのはレミリアだった。
 目線は逸らさぬままミスティアへと歩み寄って行き、彼女の頬を引っ叩いた。
引っ叩かれてベッドから転げ落ちたミスティアの胸倉を掴んで、強引に体を起こし、
「何をしているの? 唄の時間はとっくに過ぎているのだけど」
 こう囁いた。気味が悪い程、優しい声だった。
 目に涙を溜めながらミスティアは、
「もう歌いたくありません」
 震える声でこう告げた。これまでどうしても言う事ができなかった、彼女の真意だ。
それを彼女は、ありったけの勇気と、自身の死を賭してレミリアに伝えた。
「こんな生活は嫌です。家に帰して下さい」
「……」
「この事は絶対に誰にも言いません。だから……」
 咲夜はドアの傍で、この要望に対し、自身の主がどう応えるかを見守っていた。
家に帰す事はありえないが、さすがに彼女を殺してしまうような事は無いだろうと高を括っていた。
それ故に、レミリアがミスティアの胸倉を掴んだまま、その体を床へ叩きつけたのを見た時、ひどく驚いた。
 背を強打し、仰向けで悶えるミスティアを見下ろし、レミリアは口を開いた。
「帰さない。あなたはここで歌い続けるの。私の為に」
「歌いたくありません」
 即答したミスティアのわき腹をレミリアの脚が蹴り抜いた。
 蹴られた後も、激しい痛みが残留した。
苦しげな呻き声を漏らし、わき腹を抑えるミスティアに、レミリアがもう一度問うた。
「歌うのよ」
「いや……です……」
 またもノーと答えたのを確認すると、今度は腕を踏みつけた。
少し力を加えられると、ミスティアの腕は、硬い床とレミリアの履く靴の靴底に挟まれてずきずきと痛んだ。
 そのままの状態で、レミリアは命令を下す。
「歌え」
 ミスティアはすぐには返答をしなかった。
もしもこの問いにノーと答えたら、レミリアは何をしようとしているのか。自分の腕はどうなってしまうのか――
そう深く考えなくとも、何となく分かる事だった。
だが屈してはいけない。屈する訳にはいかない――
「歌いません」
「歌え」
 レミリアが更に脚に力を込める。
みしみしと、腕が軋むのをミスティアは感じていた。
痛みと恐怖に耐え切れなくなって溢れてきた涙が双眸からこぼれ、頬を伝って床を濡らした。
それでも、彼女の答えは変わらない。
「歌わない、絶対に!」
 痛みを紛らわす為であろうか、ミスティアは叫んだ。
レミリアはその態度が気に食わなかったようで、激情に任せて踵でミスティアの腕を思い切り踏みつけ、へし折った。
 瞬く間に、室内はミスティアの絶叫に包まれた。
咲夜は思わず目を伏せたが、加害者であるレミリアは眉ひとつ動かさない。
折れた箇所を更に踏みつけながら、再びレミリアは彼女に命令をする。
「歌えと言っているのよ」
「ああっ、あっ、ひい、いいぃ」
 激痛に動揺しているのか、まともに返事ができない状態であった。
 なかなかイエスの返事が聞こえないので、レミリアは追撃を始めた。
傍に転がっていたペンを手に取り、折れた方の腕の先にある手を取った。
そして、親指の爪の付け根に、ペン先をぴたりと当てた。
「ひ、ひいぃ」
「歌って?」
 にっこりとほほ笑むレミリア。悪魔と呼ばれている彼女だが、その笑顔はまるで天使のようであった。
こんな状況でなければ、ミスティアは喜んで唄を歌った事だろう。
しかしこの笑顔は作りものだ。
現に、爪の付け根に添えられたペン先は少しずつ少しずつ力を加えられていて、薄皮を削り、皮膚の爪の間へと侵入を開始し始めている。
爪はじくじくと痛む。その痛みは時間を経る毎に増していく。
 だが、それでも、ミスティアは首を横に振った。
「ふぅん。残念だわ」
 小さなため息を号砲として、ペン先が一気にミスティアの爪の付け根へと入り込んで行く。
指にペン先と同じだけの膨らみができた。
そしてそのまま手首を動かして、ペンを強引に指の中から外界へと飛び出させた。
指の皮膚を強引に突き破って、血に塗れたペン先が姿を現した。
「あああああぁぁぁ! いぁ、あぁっ、やぁ、やああああぁぁぁあ!!!!」
「さあ、まだ足を含めて19回チャンスがあるわよ」
「い……!? ひぃい……も、もういや、いやぁ……やめて、やめて」
 遂に心が屈した。しかし――
「だから歌えと言っているのよ」
 これに対してミスティアは首を横に振る。
「まだ分からないのね?」
 心が屈したのは、痛みに対してだ。
「ならやってやるわ」
――あんなのは、唄じゃない。あんなにつまらなくて、退屈で、恐ろしい事が、唄である筈がない。
「何度でも、何度でもね! さあ、次は人差し指よ!」
 これだけは、唄を愛する者として、絶対に譲れなかった。腕を折られても、指を傷つけられても、例え命を奪われたとしても。




 陽の光に照らされているミスティアの両手は、血に塗れていた。
 手の指全てにペンを刺されても、ミスティアは唄を歌うとは返事をしなかった。
手の指が終わった所で、レミリアは不機嫌なまま部屋を後にした。
しかし、消毒や応急処置をするためのものは一切貰えなかった。
ペン先と同じ径の溝が掘られたかのような指を見て、ミスティアは身震いし、痛みを思い出して泣いた。
 その日、昼食と夕食は出なかった。
 次の日、咲夜から声は掛からなかった。食事は一切出なかった。誰も彼女のいる部屋を訪れなかった。
そんな日が何日も続いた。食べ物は愚か、水分すら摂取できなかった。
 次第に視界がぼやけだした。
何処を見ても靄が掛かっているかのような視界だった。
――どうしてこんな目に遭ってしまったんだろうか。
 途切れそうな意識を繋ぎ止める為だけに、ミスティアはこんな事を考え出した。
 屋台、客、鰻、唄、吸血鬼、館、監禁、反抗、暴行、絶食――記憶に強く残っている要素を一つ一つ思い出してみた。
だが、どの要素を思っても、自分の落ち度を見つける事ができなかった。
普通に屋台を営み、いろんな客と触れあい、鰻と唄を提供していた。その最中、吸血鬼が表れ、館へ誘われて……
「……レミリア・スカーレット……」
 元凶と言える人物の名を囁いた。
これほど酷い事をしてしまう彼女を、ミスティアは恐れや呆れを通り越して、感心しそうな気分だった。
彼女の中で、罪悪感と言うものは生きているのだろうか――
 彼女はふと、それが気になった。
「罪悪感……」
 レミリアは罪悪感を感じにくい者なのかもしれない。
ならばそれを正せば、彼女は自身の凶行の愚かさに気付き、ここから出られるのではないだろうか。
 ミスティアは床を這い、血塗れのペンを握り、紙を用意した。
そして、一体いつぶりであろうか、唄を作り始めた。
 聴いた者を感動させる為の唄ではない。罪悪感を刺激する唄である。人を惑わせる能力を応用したものだ。
 極限まで精度の高い催眠効果を持つ唄を作ろうと、途切れ掛ける意識やぼやける視界を繋ぎ止め、作業を進める。
歌詞などどうでもよかった。むしろ、歌詞に意味など無い方が好都合だった。そんな事に集中してもらう必要はないからだ。
 その唄は、二日後の夕方に完成した。作成中、やはり誰も部屋を訪れなかった。
人を感動させるよりは、こちらの系統の唄の方が付き合いが長く、得意であった。
しかし、これほど精度の高い催眠効果を狙った唄を作ったのは初めてで、効果の程は不明だった。
 皆が寝静まってから、この唄を練習しようと決めた。


 やはり誰も訪れないまま、夜が訪れた。
 血が滲んだ紙に書いてあるメロディを口にする。歌詞は即興、そして完全な出鱈目だ。
唄を聞かれて住民が起き出してきては困るので、あまり大きな声で唄う事はできない。
小さな声で、しかし強大な催眠効果が出てくるよう、ありったけの気持ちを込めて歌う。
 初めは何ともなかった。
しかし――
「……やだ……な、何……これ……」
 ミスティアは胸中に、異様な感触が芽生えたのを覚えた。
心臓が暴れ回り、吐き気の様な不快感を感じ始めた。しかし、体調不良とは明らかに違う。
「これ……これ、なの? これ……唄の……」
「そう。唄のチカラ」
 急に背後から響いた声に、ミスティアはびくりと体を震わせた。
恐る恐る後ろを振り返ってみると、
「随分、恐ろしい唄を作ったわね」
 そこには、自分――ミスティア・ローレライ――がいた。
 この部屋に入るには、ドアを使わねばどうやっても入る事ができない。窓はあるが、鉄格子が備え付けてある。
それなのに、ドアの開閉の音はしなかった。
そもそも、どうして自分が自分に語りかけられているのか。
「恐ろしい唄?」
「そう。罪悪感はどんな者にもある感情。しかし不愉快だから自然と目を背ける。心に潜むそれを刺激して、再び自責の念を芽生えさせる。こんなに恐ろしい唄、他にあるもんですか」
 ここで“ミスティア”はくすくすと笑い、言葉を区切った。
 自分自身の笑顔とはなかなか見られないものであるが、この笑顔は、見ていて気分のいいものではなかった。相手を嘲笑しているような印象を受ける。
「さて、ミスティア・ローレライ」
 “ミスティア”はぴっと立てた人指し指を、ミスティアに向けてきた。
その指に、いつかレミリアに傷つけられた傷はない。
「あなたはこんなに恐ろしい唄を作ってしまった。この罪、一体どうやって償うつもりかしら?」
「償いですって? この唄は、レミリアの罪悪感を浮き彫りにする為……!」
「そうね。この唄を作っている最中、あなたはずーっとそうやって自分に言い聞かせていたわ。そうしてここから出してもらうんだって、ね。しかし、実際はどうかしら?」
「何……」
「本当に出たかっただけ?」
 そう言うと同時に、“ミスティア”はにっこりと微笑み、可愛げに小首を傾げて見せた。
 この言葉を投げ掛けられたミスティアの心臓がどきりと跳ねた。
こんなまやかしに言いくるめられてはならないと、他者に気付かれないよう警戒していた事も忘れて声を張り上げた。
胸中に芽生え、どんどん大きくなってきている抽象的な異物感を吹き飛ばすかのように。
「そうよ! 私はここから出る為にを……」
「違うわ。あなたはこの唄でレミリアへ復讐をしようとしている」
「そんな事する訳ないじゃない!」
「あれほど酷いことされて、さすがの貴方も怒った。だけど怒ったからってどうにかなる相手じゃない。だから唄に復讐の刃を忍ばせた」
「違う……!」
「違わないわ」
 作曲者故に薄々気づきつつあったが、彼女の胸中に生じた異様な感触と言うのは、胸中に密かに潜んでいた罪悪感だ。
 自分を館へ監禁し、理不尽な理由で暴行したレミリアに、ミスティアはどうにか復讐をしようと考えた。
しかしそれは容易な事ではない。吸血鬼を相手に戦う力はないし、優秀な従者も連れている。
 歌う行為は楽しい事。それが彼女の信条であった筈だったのに、彼女はその大好きな唄を、復讐の凶器を巧妙に隠す道具に使った。
自身の信条に反する行為だが、生きてここを出る為仕方がないと言い聞かせ続けていた。正当化し続けた。
 そして完成した、罪に気付かせる唄。
 怨恨の炎で焼かれ、殺意と言う衝動に打たれて完成した復讐の刃は極限まで研ぎ澄まされていて、あまりにも鋭利だった。
まさか使用者まで傷つける程だとは、ミスティア自身、思っていなかったのだ。
作者である自分にまで及ぶ強力な催眠効果。その催眠効果が、罪を具現化した幻影を見せている。その具現化されたものこそ、目の前の“ミスティア”だ。
唄を楽しむものとしてきた頃の自分が、唄を凶器として使用した自分を責め立てているのだ。
 ミスティアは、膝を床に付き、がっくりと項垂れた。垂れてくる冷汗が、次々と地面へと落ちて行く。
 罪悪感は自身の非を認めたから生まれる感情だ。そんな感情を言い包める術などある筈がない。勝ち目がないのだ。
目の前の幻影の自分に何を言おうと、それは所謂『言い訳』にしかならない。重ねれば重ねる程に、自分が惨めに、そして罪深くなっていく。
そして彼女もまた例外でなく、幻影に屈した。
「この唄が、私の罪……」
「そう」
「だけど、どうやって償えばいいの」
 確かにこの唄は残酷な凶器だ。しかし、使用者さえも脅かすこの唄に耐えうる者は、ほとんどいないだろう。
誰にも効果のある、罪と向き合わせる唄。胸中に潜んだまま忘れ去られかけている罪を、再び思い出させる唄――
全ての者を罪と向き合わせる事ができる唄。
 ミスティアの口元がゆっくりと、しかし大きく緩んだ。笑いながら涙を流していた。
「誰もが、罪を償える」
 まさに世界の救済だった。誰もが心中に潜む罪を償い、浄化し、清き心を持って生きる事ができる。
「あは、ははは、はははっ!! あはははははっ!!」
 壊れたように笑うミスティア。
一しきり笑うと、落ちているペンと紙を拾いながら、
「これしかない。これしかないわ。この唄さえあれば、きっと……!」
 こんな独り言をつぶやいた。
そして、拾い上げたペンの先端をまじまじと眺めた。
カーテンが開かれた窓からは眩い月明かりが入り込んできていて、無骨な鉄格子の影を映し出している。
鉄格子を避けて部屋の中腹まで入り込んできた月明かりが、血の染みたペンの先端を照らし出す。
「私がこの唄で惑う訳にはいかないわね」
 ぐっとペンを握り締め、大きく振りかぶり、血の染みたペンを、自身の耳へ突き刺した。





 十六夜咲夜が長い廊下を歩いていると、ある一室のドアからこんこんと音が聞こえてきた。
咲夜は訝しんだ。何故なら音が鳴っているドアの部屋は、ミスティアがいる部屋だからだ。
警戒しつつドアに近づき、
「うるさいわよ。どうしたの」
 咲夜がドアの向こうにいるであろうミスティアに問うた。しかし返事はない。
当然である。咲夜の声がミスティアには聞こえていないのだ。
もう一度同じように咲夜が話しかけたが、ドアがノックされるばかりで、それ以外はなにもない。
 このままでは埒が明かないと、片方の手にナイフを握らせ、もう片方の手でドアを開けた。
 すぐにミスティアと目が合った。髪はぼさぼさで、衣服は汚れや血で変色している。その上酷く痩せこけていて、とても痛ましい姿であった。
まさかここまで酷い状態になっているとは咲夜は思っていなかったようで、一瞬目を逸らしかけた。
 ドアが開いた事に、ミスティアは驚いているようで、眼球が飛び出さんばかりに目を見開いている。
そして、
「ごめんなさい」
 すぐにこう言った。
 咲夜は呆気にとられたまま、ミスティアを見下ろしていた。
「ごめんなさい。もう、生意気な事は言いません。唄を歌います。歌いますから、レミリアさんの所へ行かせて下さい」
 遂に堪忍したのかと、咲夜は思った。
「ちょっと待っていなさい」
 少しだけ廊下に出てきていたミスティアを部屋に押し戻し、ドアの鍵を掛け、レミリアの元へこの事を報告しに行った。
 報告を聞いたレミリアは小さくふぅと息を吐いた。
「案外長かったわね。いいわ。ここへ案内なさい」


 いつぶりの対面かは、双方覚えていなかった。
 痩せこけたミスティアを見ても、レミリアは何も思わなかった。
罪悪感など微塵にも感じれない。それどころか「いちいち手を煩わせてくれたな」とでも言いたげな目であった。
 しかし、ミスティアは確信していた。
言動や表情に出さないだけで、罪悪感とはどんな者にもあるものなのだ、と。
「反省したのね?」
「歌います。歌いますから、許して下さい」
「仕方がないわね」
 レミリアは椅子へ座った。
 聴覚の無いミスティアは、レミリアの仕草だけで、何となく状況を察していた。
――座った。口が動いていない。喋っていない。もう歌ってもいい状態か。
 そう察したミスティアは、
「レミリアさんと二人きりにしてもらえませんか?」
 こう要望を出した。
 咲夜は驚いた表情を見せ、レミリアの指示を待った。
レミリアはすぐに首を縦に振った。
「いいわよ。咲夜、席を外してくれるかしら」
「大丈夫ですか」
「ええ」
「では、失礼します」
 言われるがままに、咲夜は一礼して退室していった。
レミリアと二人きりになると、ミスティアはこの後の行動をすぐに考え始めた。
 日光に弱い特性を持つが、雰囲気を大切にしたいようで、座っているレミリアの背後には大きな窓がある。
カーテンは閉められているが、鉄格子なんて不細工な装飾はない。
見えはしなかったが、ミスティアはこれを的確に読んだ。
――脱出経路は窓しかない。
「いきます」
 以前と比べていくらか簡素になった準備を済ませると、ミスティアは唄を紡ぎ出した。
世界を救う唄――済世の唄を。

 歌い始めた直後、レミリアは顔を顰めた。歌詞が全く聞き取れないからである。
それもその筈、この唄に歌詞はない。ほとんど知られていない言語とか、そういうものでもなく、本当に歌詞が存在していないのだ。
 しかしそれでも、ミスティアが自分自身を毒す程精巧に作られた唄のメロディは、確実にレミリアの心を虜にした。
何をテーマにし、どんな内容の唄であるかは分からなかった。
だからこそ、メロディから唄の情景を想像する為、普段以上に唄に聞き入っていた。
 それ故に、
「……?」
 彼女の身体に異変が表れるのも早かった。
 体調不良とは全く異なる身体の異常を感じ始めたレミリアは、苦しげに胸を抑えた。
次第に呼吸が荒くなり、頭の中に重たい鉄の塊を埋め込まれたかのように、頭が、視界がぐらぐらと揺れ始めた。
「ミ、ミスティア」
 ようやくこう一言、言葉を漏らしたが、ミスティアは気付かない。気付けない。
「唄をやめなさい」
 レミリアは何となく、この唄の影響なのではないかと感づき、こう囁いた。
 目を閉じて唄を歌っていたミスティアの目が、薄っすらと開き、レミリアを見た。
苦しげなレミリアと、ミスティアの目が合った瞬間、ミスティアの口元が小さく釣り上がった。
 この仕草で、レミリアは確信した。この唄は自分へ向けられた呪詛なのだと。
「やめなさい」
 もう一度レミリアが言うが、ミスティアが唄を止める気配はない。
それどころか、初めこそ静かであった唄は佳境を迎えたようで、その盛り上がりを一気に強くした。
「やめろと言っているでしょう!」
 遂にレミリアは耳を塞ぎ、身を屈めて声を荒げ出した。
 ミスティアに何を言っても、彼女は唄を止めようとしない。
ならばとレミリアは、異常をきたしている自分の身を奮い起こし、目の前で唄う夜雀を殺してやろうと決めた。
「唄をやめろ、やめないと……ここで殺すわよ……!」
 荒れる呼吸を歯を食いしばって抑え、片手をぐっと握り締める。
薄く開けた目でレミリアを見ていたミスティアは、その様子を見て笑みを深くした。
耳は聞こえないが、彼女の仕草、表情などから、何を考えているかが手に取るように分かった。
「また罪を重ねる気?」
「何……!」
「罪悪感を押し殺すなんて、随分我儘なのね」
「訳の分からない事を!」
 今までとはまるで異なるミスティアの態度に困惑しつつも、まずは唄の発信源たる彼女を殺してしまおうといきり立ち、ミスティアに飛び掛かる。
しかし、唄による変調は攻撃の手に大きな影響を及ぼした。
ぐらぐらと揺れる視界に惑わされたレミリアは、ミスティアの元へ到達するより先に転倒してしまった。
 その隙を見たミスティアが、一気にカーテンへの向こうにある窓へと突っ込んだ。
がしゃんと窓が割れる音がし、外と中の隔たりが消え、外で吹いている風が室内へと入り込んできて、カーテンをはたはたとはためかせる。
割れた窓ガラスは白昼の陽光に照らされてきらきらと輝き、地面へ向かって落ちて行く。
 カーテンが身体に引っ掛かって、思ったほど遠くへ跳ぶ事ができなかったが、落下中、ミスティアは久方ぶりに翼をはためかせた。
紅魔館の外周をぐるりと囲っている柵に体が触れるぎりぎりの所で、ミスティアは真横へ逸れ、串刺しを避けた。
 日光、風の匂い、遠くに見える湖、木々、葉――それらを見て、遂に自分は紅魔館を脱する事ができたのだと実感した。
 とりあえず、住み慣れた森に降り立ち、ほっと一息ついた。
 そうしたのも束の間、無事に逃げる事ができ、緊張がほぐれた為か、疲労感や空腹感が一気に押し寄せてきた。
しかし、休んだりしている暇はない。彼女には使命が――贖罪が待っている。
「世界を、世界を救わなくちゃ」




 魔法の森に『霧雨魔法店』と言うなんでも屋がある。
その店名から察せられる通り、店主は霧雨魔理沙。但し、真面目に経営をしているかは定かではない。
瘴気の漂う危険な場所として知られる魔法の森だが、その瘴気は所謂「案山子」のような働きをしてくれる。こんな危険な場所を訪れる者は少ないのだ。
人が少ないからこそ、怪しげで危険な魔法の研究をのびのびと行う事ができる。
 この日も、成功か失敗かはやってみないとはっきりしない、非効率的な魔法研究を行っていた。
キノコを煮込んでいる鍋の傍には、食用から毒物まで、様々な種類の大量のキノコ。
鍋の置かれた竈から一メートル程離れた所にあるテーブルには、乱雑に置かれた本とメモ用紙。本の多くは、紅魔館の図書館から“死ぬまで借りてきた”ものだ。
 鍋の中身が煮込み終わるまでの時間を使って、前回の研究の成果などを纏めていた最中の事だった。
「?」
 ぐつぐつと音を立てている鍋と、その下の竈の薪が爆ぜる音。それから筆で字を書く音と、時々呟く独り言。
それ以外の音はこの空間にはない筈なのだが、ふと魔理沙は、場違いな美しい音を、その耳で捕えた様な気がした。
 空耳かと気にしないようにしていたが、一度気になってしまうと、どうにかその音を探そうと、無意識の内に耳をそばだててしまう。
狭い自宅の中で犇めいている、住み慣れたこの家ではすっかり聴き慣れてしまった音の間に、その場違いな美しい音を探し求めた。
 そしてすぐに、それは空耳でなかった事に気付いた。唄が聞こえてきたのだ。
 しかもその歌声に、魔理沙は聞き覚えがあった。ここ数週間、聴く事ができなかった、夜雀の歌声だ。
「ミスティア?」
 聴いた事の無い唄であったが、その声を間違う筈がなかった。何度も屋台で聞いた、ミスティアの歌声に違いない。
 ある日突然、ぱたりと姿を消してしまった夜雀の帰還に、魔理沙は心を弾ませた。
歌声が聞こえるのだからすぐ近くにいるのだろうと思い、外へ出迎えに行くため席を立ち、玄関へと歩んでドアノブに手を掛けた。
 しかし、ドアノブを回す直前、魔理沙の体に変調が表れた。
胸の中がずんと重くなり、頭がぼーっとし始めた。
 ドアから後退し、後退し、後退し――暫くすると、壁にその後退を妨げられた。
壁に凭れてすとんと腰を落とした魔理沙は、ほのかな懐かしさを感じるこの身体の変調に、恐怖し、そして困惑していた。
この感覚は、彼女がまだ幼く、両親のもとで暮らしていた時、幾度も感じた事のある感覚だった。
悪戯をしてしまい、叱責を恐れて無い知恵を絞ってその悪戯を隠蔽し、そのまま両親と過ごす時の居心地の悪さ――即ち、罪悪感に酷似していた。
 実際、彼女のその憶測に間違いはなかった。
彼女は既に、外にいるミスティアから、霧雨魔法店の中にいる彼女へと贈られた『済世の唄』の呪縛に囚われてしまっていたから。
だが、彼女はそんな唄を聞かされている事も、唄にそんな効果がある事も知る由もない。
突如として姿を現した罪悪感に魔理沙は困惑した。何が起きているのか分からず、一人床に腰を降ろして小刻みに震えていた。
すると、

「あなたはいつ死んでくれるのかしら?」

 こんな声が聞こえた。
茹る熱湯、爆ぜる薪、荒れる呼吸に、夜雀の唄――重なる四つの音よりも、急に響いたその声は、遥かに大きく聞こえた。
声のする方へ魔理沙が目をやると“贖罪の使者”が立っていた。彼女が心の奥底に仕舞い込んでしまっていた罪悪感に、最も深く関わっている人物――パチュリー・ノーレッジ。
「パチュリー? 何でこんな所に……」
「そんな事はどうでもいいから質問に答えて。あなたはいつ死んでくれるのかしら?」
「な、何言ってるんだよ。どうして私が」
 あまりに脈略の無い心無い言葉に魔理沙は苦笑い交じりで返事をしたが、
「あなたが死ぬまで借りていった物を、さっさと返してほしいから」
 言葉の半ばでそれを妨害し、幻覚のパチュリーは冷たくこう言い放った。
急にいろんな事が起き過ぎていて、困惑し、言葉を失っている魔理沙に、尚も幻覚は言葉を紡ぐ。
「死ぬまで借りるだけなんて、馬鹿げたいい分で窃盗を正当化しているようだけど、それなら寧ろ話は早いわね。早く死んで」
 あまりにも冷たい口調で放たれる辛辣な言葉に、魔理沙はたじろいだ。
パチュリーが急にここへ現れた事より、どうして彼女が自分にこんな酷い言葉を投げ掛けてくるのかの方が疑問であった。
こんな事を言われる筋合いはない、と言えば嘘になる。先の言い分を使って、彼女の所有物を無許可で持って行った事なら何度もある。
だがその都度、彼女は困ったような、呆れたような表情を見せるだけで、こんな暴言を吐かれたのは初めての事だった。
「どうして急にそんな事言うんだよ」
「こうでも言わないとあなたは自分の罪と向き合おうとしないから」
「罪……」
 ほんの悪戯の延長線のつもりのこの窃盗行為だが、罪と言う言葉に置きかえられた途端、その重みが何倍にも増した気がした。
「勝手に人の物を持っていく行為が悪い事だって事はあなただって気付いている。なのに止められないのは、そうやって自分の中で罪を正当化し続けているから」
「わ、分かった、返すよ、返すから……許して……」
「盗品を返せば全て許されると思っている? あなたの悪事を妨害する為に費やした労力と時間はどうなる? あなたが盗んだ本さえあればすぐに解決した問題に無駄な時間を使ってしまった損失は?」
 相変わらず冷たく、無機質な口調で淡々と喋り続ける幻覚。
 だが幻覚が口にする言葉は、一度魔理沙が考えた事のある自分の罪だ。明るみにしておいてもつらいだけなので、意識的に心の奥底へ追いやった感情。
それを他人に指摘されてしまう事は、自分で気付くより、その重みが何倍にも膨れ上がる。
高々十数年の時を生きてきただけの少女の心は、その重さに耐えかね、軋んだ。
「それじゃあ、どうすれば許してくれる? 私は何をすればいいんだよ」
「さあ? それは自分で考えなさい」

 やけに大きく、まるで脳に直接語りかけてきていたかのような、幻覚の声が消えた。いつの間にか歌声も聞こえなくなっていた。
再び魔理沙の狭い家の中は、鍋、薪、それから自分の呼吸の音だけがする、静かな空間となった。
変わった所は、魔理沙の心の持ちようだろう。目を背け続けてきた罪悪感そのものに叱咤を喰らったのだから。
 暫くの間魔理沙は、壁に背を預けたまま蹲って、静かに泣き続けた。
泣きながら、どうすれば長い間蓄積し続けてきたこの罪を償えるのかを考えていた。
だが、どうしても、どう考えても、この罪を消す術があるとは思えなかった。
いろいろな方法はあれど、どれも非現実的で、自分では到底こなす事の出来ない贖罪だった。
 考えている内に、自身の罪深さに呆れさえ感じ始めた。
その末に辿り着いた答えは、自害と言う一番明快で、単純な罪滅ぼし。
「私なんて、私なんて……」
 譫言の様に自嘲の句を呟きながら、魔理沙はゆっくりと立ち上がり、台所へ向かい、洗って乾かしている最中だった果物ナイフに手を伸ばした。
手首を傷つけても死ぬ事が出来ない可能性が高い事を聞いていた魔理沙は、ナイフの尖端を首に向けた。
ゆっくりとその尖端が、魔理沙の喉へと近づいて行く、その最中だった。
「ごめんくださーい」
 家屋内の雰囲気とは正反対の明るい声の挨拶と共に、玄関のドアが開かれた。霧雨魔法店に客が訪れたのだ。
客人はメルラン・プリズムリバーであった。
 ミスティアが消息を絶ってから、彼女はずっとミスティアを探していた。
しかし自分の力では限界があると言う事で、なんでも屋である霧雨魔法店に通い詰め、情報を集めていた。
勿論の事だが、魔理沙がミスティアの消息について情報や噂を得る事はなく、メルランの努力は徒労に終わっていた。
それでも来店を止めないメルランに「何回来ても無駄だ」と魔理沙は忠告していたのだが、それでもメルランはここを連日訪れていた。
その徒労としか言えなかった行いがこの日、功を奏した。
 店に入るや否や、ナイフの刃を自身に向けている魔理沙が目に入り、メルランは目を丸くした。
「魔理沙!?」
 急に他者から話しかけられた魔理沙は、驚いたようにメルランの方を見た。
余計な事は一切考えず、メルランは魔理沙に駆け寄り、飛び込むようにして彼女に手中の果物ナイフを離させた。
「何してるのよ!」
 メルランが問うと、急に魔理沙はわっと泣き出し、メルランに泣き付いた。
何があったのかをいくら聞いても、魔理沙は「ごめんなさい」と繰り返すばかりで、何も解決しない。
その取り乱し方から、彼女が正常でない事は明確だった。
 メルランは暫く悩んだ後、泣き喚く魔理沙を無理矢理引っ張って、竹林の奥にいる薬師の元へ向かった。




 竹林の奥にある永遠亭に住まう薬師――八意永琳――の薬の効果もあってか、魔理沙は暫くすると落ち着きを取り戻した。
しかし、取り乱していた時に見た幻覚症状や恐怖は鮮明に覚えているらしく、なかなか体の震えを止める事ができなかった。
「一体何があったの?」
 永琳が問うと、魔理沙は震えながら、先刻体験した全ての事を説明した。
永琳は怪訝そうな表情を見せただけだったが、メルランは興味を示した。
「ミスティアの歌声が聞こえたの?」
「ああ。姿は見れなかったけど、間違いない」
「さっき言ってた幻覚も、夜雀の唄の影響だと言うの?」
 永琳が問うと、魔理沙は頷いて応えた。
「それしか考えられない。唄が聞こえてから、急に見えたものだったから」
「そんな。どうしてミスティアがそんな事を?」
 唄を愛していた彼女が意味も無く人を苦しめる様な唄を歌う筈がないと、メルランは付け加えた。
それについては魔理沙も永琳も同意したのだが、魔理沙が恐ろしい目に遭ったのは事実で、捻じ曲げようがない。
「起きた事を否定しても仕方がない。どうして夜雀がそんな事をしたのかを知るべきね」
 魔理沙は唄を聞いた後のミスティアの行方を知らなかったので、これからの被害なんかを頼りに探していくしか、彼女を見つける方法がなかった。
しかし、事が起きてからでは遅いと、メルランは即座に博麗神社へと向かい、起こっている事態の深刻さを伝えた。
初めは半信半疑であった博麗霊夢だったが、メルランの様子にふざけた様子が見られなかったので、ミスティアの捜索に乗り出す事にした。
さすがに広い幻想郷で個人を探し出すのには人手がいるであろうと、役立ちそうな者に手を貸して貰う事にした。


*


「お嬢様」
 咲夜が、顔色の悪い主――レミリアに声を掛ける。
レミリアは無言のままゆっくりと振り返った。
「霊夢が博麗神社へ来てほしいと」
「どうして」
「ミスティアの事、らしいですわ」
 あまりに悪いタイミングでミスティアの名が出てきた事に、レミリアは戦慄した。
彼女が逃げる間際に聞かせて行った、あの恐ろしい唄――あれが関係しているとしか思えなかった。
そうでなくても、彼女がミスティアに関わりたい筈がない。
「私は行かないわ」
 声の震えを抑え、レミリアはこう返した。
 咲夜は何も言わなかった。ミスティアが逃げた直後のレミリアの怯え方は、咲夜も異常と感じていた。
彼女がミスティアに関わりたくないのも無理はないと思えたのだ。
だが、ここで霊夢の招集を拒めば、レミリアはミスティアの失踪や、彼女の起こしている異変について、何かしら疑いを掛けられる事だろう。
「このままでは、お嬢様がミスティアを監禁していた事が知れ渡るかもしれませんよ」
 頭の中を過った推測をそのまま主に告げたのだが、
「それはそうかもしれないけれど……」
 レミリアは即答した。
「とにかく私は、あの子を見たくない」

 咲夜は玄関へ赴き、ミスティア捜索の以来の為に紅魔館を訪れていた霊夢へ、レミリアは行けないと告げた。
しかし、これを簡単に承諾する訳にはいかない。
「人手が足りてないの。つべこべ言わずに来なさいよ」
「とにかくお嬢様は行けないの。ごめんなさい」
 咲夜は無理に話を切り上げて扉を閉めようとしたが、閉まり切る前に霊夢がそれを制止した。
幻想郷で有名な博麗の巫女の勘の鋭さが、咲夜の変異を感じ取ったのだ。
「待ちなさい」
「何」
「あなたかレミリア。何か知っているのね?」
 暫く二人は無言で睨みあっていたが、咲夜が再び強引に扉を閉めようとした。
だが先ほどと同じように、霊夢はそれを妨害した。
「話しなさい。知っている事、全部」




 数十分後、博麗神社に集まった者数名が、紅魔館に場所を移し、レミリアを囲んでいた。
レミリアを見ているその視線は、威圧的なものばかりだ。
そんな視線に晒されているレミリアは、怯えているような瞳を周囲に投げ掛けている。
だが、彼女をそんな状態にしているのは威圧感だけではない。自身の悪事が周囲に知られる事。そして、ミスティアの唄の脅威を思い出してしまう事。
「その様子だと、何かミスティアの事で思い当たる事があるのね?」
「……ええ」
 霊夢に問われ、レミリアは静かに呟いた。
「あの子は今、何をしているの?」
「それは、分からない。分からないけど……」
 そこで一旦、レミリアは言葉を噤んだ。その先の言葉が表す事実を恐れているのだ。
しかし、周囲の視線はその先の言葉を待ち望んでいる。噤もうとも噤み切れない雰囲気だ。
 レミリアは意を決し、ミスティアの監禁から脱走までの経緯を説明した。
自身の罪を認めたのもあるが、脅威へ対抗する仲間を増やしたかったと言うのもある。
「逃げた時に歌った唄を、魔理沙も聴いてしまったと?」
 霊夢と共に紅魔館へ来ている八雲紫が問うたが、レミリアは分からないと首を横に振った。
「身体の変調の特徴はそっくりだけれど」
「まあ、その真相がどうであれ、あんたのせいで夜雀がおかしくなった可能性は高い訳だ」
 面倒くさそうに伊吹萃香が吐き捨てた。レミリアは唇を噛み、ゆっくりと頷いた。
「夜雀をとっ捕まえて聞き出してみた方がよさそうだ」
「どこにいるか知っているの?」
 紫が萃香に問うたが、霊夢が素早くそれに返答した。
「命蓮寺の鼠と一緒に、永琳達が探してる。そう時間が掛からない内に見つかるでしょう」



 彼女らがそんな会話をしている最中、ナズーリンの先導を受けた八意永琳、鈴仙・宇曇華院・イナバ、そして同行を志願したメルラン・プリズムリバーが、竹林の中を散策していた。
「まさか脅威の存在が、こんな近くにいるなんて」
 鈴仙が苦笑い交じりに呟いた。
「好都合だわ。永遠亭も近いし、おかしくなったらすぐに助けられるかも」
「唄に付ける薬があるんですか?」
「唄による疾患に効く薬なら、作ろうと思えば」
 鈴仙は先ほどから、絶えず永琳に話し掛け続けている。未知なる力を得ているらしいミスティアに恐怖しているのだ。
その恐怖をどうにか紛らわそうとしているらしい。
だが、
「そろそろ無駄話はお終いだ」
 唐突にナズーリンが囁くと、誰もが押し黙った。
ナズーリンが身を屈め、進行方向を指さした。
「いたよ。夜雀だ」
 目を凝らし、視界を遮る程群生している竹の合間を見てみると、ミスティアが呆然と突っ立って、空を仰いでいるではないか。
目は虚ろで、身に着けている衣類はボロボロである為、まるで死者が動いているかのような印象を受ける。
口がぱくぱくと動いているが、出している声は竹の葉擦れより小さいようで、四人へは聞こえてこない。
「面倒な事にならない内に捕まえてしまいましょう。鈴仙、牽制をよろしく」
 永琳の指示を受けた鈴仙はこくりと頷き、手でピストルの形を作った。
そして永琳と一緒に、ミスティアへと歩み寄っていく。メルランとナズーリンはその場へ残り、様子を窺う。
 四人はミスティアの聴覚が失われている事を知らない。
どれだけ近づいても自分たちに気付く様子の無いミスティアに若干の不穏な空気を感じたが、立ち止っていては何も始まらない。
その距離が2メートル程にまで縮まった、その時、ようやくミスティアが接近していた二人の気配を感じ取り、後ろを振り返った。
 気付いた時にはもう遅かったようで、ミスティアはあっと言う間に二人に組み伏せられてしまった。
大声で喚き散らしながらじたばたと抵抗しているが、そう簡単に二人から逃れられる事はできない。
いくら永琳が落ち着けと言っても、ミスティアは少しも静かにならない。それもその筈、聴覚がないので、永琳の言う事が聞こえていないのだ。
「二人とも、こっちへ」
 永琳が手招きし、遠ざかっていたナズーリンとメルランにこちらへ来るよう指示した。
 指示されるがままに、二人とも組み伏せられているミスティアへ近づいた。
地面へ俯せで倒されているミスティアがふと顔を上げると、メルランと目が合った。
「ああ、メルランさん」
「ミスティア……」
「助けて。助けて下さい。私はやらなくちゃいけない事があるんです」
「何があったの、ミスティア。どこにいたの?」
「早く世界を救わなくちゃ。だから……」
 いくらメルランが事情の聴取を試みても、まるで会話が成立しない。
ここでようやく、ミスティアの聴覚に異常があるのではと、そこにいた誰もが思い始めた。
 唄に警戒しつつミスティアを永遠亭に移動させ、彼女に起きた事を問いただした。
聴覚を失っている為、紙に質問事項を書いて見せると言う方法を採択した上に、ミスティア自身が少し気が触れているようで、作業は難航した。
 その後、紅魔館でレミリアの話を聞いた霊夢らと合流した。
長い時間を掛けてようやくミスティアから聞き出した出来事をレミリアの証言と比べてみると、見事に合致した。


 ここから話し合われたのは、レミリアへの制裁より、ミスティアの処遇だった。
一先ず永遠亭の一室に、唄を歌わせない為に猿轡を噛ませて幽閉したが、狂ったように泣き、暴れた。
止まぬ夜雀の叫びを聞きつつ、彼女の処遇を話し合う。
「あいつの言ってる『世界を救う唄』ってのを聞くと、魔理沙みたいな症状が出る訳ね」
「どうやらそうみたい」
「なら唄は確実に封じなくちゃいけないわ」
 霊夢はそう言った。
確実に唄を封じる方法――大した思考をしなくても、とても簡単な方法がすぐに皆の脳裏をよぎった。
ミスティアを殺してしまう事だ。
 誰もが無言になり、ちらちらと周囲を窺う。
彼女が悪い事をした訳ではないのに、あまりに理不尽な処遇を思い付いてしまった自分と同意見の者を探ったのだ。
 不穏な空気を感じ取ったメルランが口出しする。
「ミスティアは悪い事をしていないんだから、あんまり酷い事するのは可哀想だと思う」
「そりゃ分かっちゃいるけどさぁ」
 口を挟むだろうと思った、とでも言いたげな口調で、萃香が呟いた。
「変な唄を歌わないって、あの様子じゃ約束できそうもないし」
「紫、あんたがどうにかして唄の事忘れさせちゃえば?」
「それはそれで酷な事じゃない」
「なら、どこか唄の聞こえない所へ幽閉するか」
 その後も様々な案が出たが、結局彼女は、唄の聞こえてこない場所に幽閉されることとなった。
話し合いの最中、ずっと何かを叫び続けていたミスティアの猿轡が外された。
それと同時にミスティアは、またも唄を、世界をと叫び出した。
 メルランは、変わり果ててしまったミスティアに言葉を掛けようとしたが、ついに掛けてやれる言葉を見つける事ができなかった。
結局、姿が見えなくなったその瞬間まで、ミスティアのまともな姿を見る事は叶わなかった。


 ミスティアはその後、地底にある地霊殿の深部へと幽閉された。事情を全て説明した上での取り決めだった。
無論、地霊殿の主である古明地さとりは嫌がったが、本来地底は嫌われ者を封印する場所なので、嫌々ミスティア幽閉を承諾した。
ミスティアの声が騒音問題に発展したり、さとりが一度ミスティアの唄を聞かされて狂いかけたりと、問題は続いたが、どうにか全てを解決し、ミスティア幽閉はうまくいった。
 残った問題は、身勝手な理由でミスティアを狂わせたレミリアへの制裁だった。
 霊夢、紫、萃香の三人がレミリアの元を訪れた。
咲夜は沈んだ顔で紅茶を四つ、テーブルに置いた。主が叱責されるのを見るのは快いものではない。
「幸い、早く見つけられたから被害者は魔理沙だけに留められたけど、あれ以上被害が出ていたらどうするつもりだったの?」
「……ごめんなさい」
「ごめんなさいで済む問題じゃないわ」
 萃香が呆れた様な苦笑を交えて吐き捨てた。
ごめんなさいで済む問題ではないと言うのは、レミリア自身理解していた。彼女の罪は許されざる程に大きなものだ。
しかしレミリアはどうにかしてこの罪悪感からの脱却を望んでいた。
「許してくれるかは分からないけど、ミスティアに謝りに行くべきだと思うわ」
「ええ。そうのつもりよ」
 レミリアは頷いた。
後悔からくる決意なのか、それとも、ただの自分への気休めなのか、三人には判断しかねた。
ともかくレミリアは謝罪へ行くと言って、それを捻じ曲げようとはしなかった。



 ミスティアが地底へ幽閉された数日後、レミリアは一人、地霊殿を訪れた。
彼女ははっきり言って、自身の謝罪に意味を見いだせていなかった。
一応最低限の行動として謝罪へは来てみたが、言ってしまえばこれは所謂『ポーズ』でしかなかった。
 萃香の言葉を借りてしまえば「ごめんなさいで済む問題じゃない」だと思っていたのだ。
恐らく何を言おうとも、自分は彼女に許されない。許される事の無い謝罪に意味があるのか――そればかり考えていた。
 地霊殿には呼び鈴が備え付けてあった。自分の館よりも少し技術が進んでいると思った。
 呼び鈴を押すと、家屋の中で来客を知らせるチャイムが鳴り響いた音が聞こえた。
暫く無言のまま待っていると、ばたばたと音がした。誰かが近づいて来ているのだ。
そして次の瞬間、目の前のドアが開かれた。
「どうもお待たせしました」
 中から出てきたのは猫の耳を持つ妖怪。レミリアは知らないが、名前を火炎猫燐と言った。
地霊殿では猫が接客をするのかとレミリアは思った。
 やけに機嫌が良さそうに出てきたのに、レミリアの姿を見た途端、燐は言葉を失ってしまった。
この対応からレミリアは、この者は全ての事情を知っているのだなと思った。
所詮は猫だ。接客技術などこの程度か――全く無関係な事を考えながら、軽く会釈をした。
 燐は暫く狼狽えた後、
「い、いらっしゃいませ」
 ようやくこう言った。
レミリアは会釈してそれに答えた。
この様子なら、自分が何をしに来たのかは察してくれるだろうと、レミリアは何も言わないでいた。
すると燐は、
「さとり様を呼んできますから、ここで少し待っていて」
 こう言って扉を閉め、地霊殿内へ戻って行った。




*





 ふらふらとした足取りと、呆然としている双眸、少し開かれた口。
まるで魂でも抜かれてしまったかのような状態のレミリアが、地上へと這い出た。
朝に地底を訪れ、出た頃には太陽が頭の上へ昇る頃となっていた。
長い廊下、螺旋階段、防音扉、夜雀――これらが先ほどまで自分のすぐ近くにあったというのが、とても信じられなかった。
 おもむろに持ってきていた日傘を差し、そのままの状態で紅魔館へと歩んだ。
その道中、誰かに会う事はなかったが、もしも誰かと出会っていたら、彼女の変調に目を疑った事であろう。
 謝罪から帰還した彼女を一番初めに目にしたのは、紅魔館の門番である紅美鈴だった。
遠目からでも確認できた、主の明らかな変異に目を丸くし、門番の任を一時放棄して歩いてくる主に駆け寄った。
「お、お嬢様!」
「ああ、美鈴」
「おかえりなさい……しかし、どうしたのですか?」
「唄よ」
「唄……夜雀の?」
 美鈴が問うと、レミリアはゆっくりうなずいた。
「とんでもない唄を作り出したものだわ」
 館内へ帰ると、咲夜も美鈴と同じような反応を見せた。
時間を止めて食事や寝床の用意をし、すぐにレミリアを休ませた。
 美鈴が門番の仕事へ戻り、レミリアは自身の私室で咲夜と二人きりになった。
椅子座って無言のままベッドで横になっているレミリアに視線を落とす咲夜に、レミリアが語りかける。
「咲夜」
「どうされましたか、お嬢様」
「ミスティアは、私を許してくれそうにない」
 涙を堪えての一言であったようで、声が震えていた。
そんな自分の声を聞き、情けなさを感じたのか、遂にレミリアはぐずぐずと泣き始めた。
嗚咽と吃逆交じりの声で、どうにか声を絞り出し、自分の気持ちを咲夜に伝えた。
「もう、謝りに行きたくない」
 レミリアの言葉を受けて咲夜は、少し言葉を考えた。
彼女が追い詰められていく様など見ていたくはないが、これ以上、彼女のよくない風評が立つのは避けたかった。
「許されない謝罪は確かに無意味に感じるかもしれません。しかし、誠意を見せなくては……」
「許されるとか許されないとか、そんなのはもうどうだっていいの」
「では、何が?」
 溢れてくる涙を手で押さえ、言った。
「怖いの」
「怖い?」
「あの唄が怖くてたまらないのよ」
 ミスティアが紅魔館を脱した際、彼女も少し彼女の唄を聴いてしまったが、逃走に徹底していたお陰で、その影響は半ばで途切れた。
しかし、今回の謝罪の際は、唄の影響を大きく受けてしまった。
だから幻覚のミスティアが現れ、彼女の心中に潜んでいた罪悪感をさらけ出し、責めた。
 そこで彼女が反省をする気になればまだよかったのだが、彼女はさとりに助けられ、またも寸での所で唄から――罪悪感から逃れた。
唄に対する恐怖だけを心に宿したままの帰還という、最悪の結果に終わった。
恐ろしさを知ってしまったが故に、彼女は再び謝罪へ赴くのを拒んでいる。
 だが、周囲がそれを許す筈がない。
 最初で最後となりそうだった謝罪の数日後、レミリアは外出先で、偶然萃香と出くわした。
ミスティアが地底へ幽閉されてしまった所為で、彼女の経営していた鰻屋も必然的になくなってしまった。
その事が、レミリアの身勝手な行動と同等に気に入らないようで、彼女のレミリアに対する憎悪は周囲のそれよりも激しかった。
 目が合うや否や、萃香は嫌悪感を剥き出しにした表情を見せた。
萃香に同行していた霊夢でさえ一触即発の事態を危惧する程、険悪なムードが二人を包み込んだ。
レミリアの方には、反抗の意思など微塵にも感じられなかったが。
「レミリア。久しぶりだね」
「ええ」
 挨拶こそしたが、明らかに萃香の口調には棘が含まれている。
「ミスティアの様子はどう? 許して貰えたの?」
「分からない」
「分からない? 謝りに行ってるんじゃないのか?」
 嘲るような口調ではあるが、その表情は驚愕していた。
この萃香の一言に対し、レミリアは何も反論しなかった。と言うより、できなかったのだ。
俯いて、彼女と目線を合わせないようにするのが精いっぱいだった。
 何も言ってこないレミリアに、萃香が問うた。
「まさか私らに言われて行ったきり、一度も謝りに行ってない?」
 やはりレミリアは無言だったが、これを肯定と受け取らない者は恐らくいないだろう。
萃香は暫く唖然としていたが、暫くしてくすくすと笑い始めた。怒りを通り越し、呆れも通り越し――全く訳の分からない感情が芽生えたようだった。
「たった一度? 許されてるか許されてないかも分からないような謝りを一回して、あんたは謝った気になってるのか?」
「違う……そんなことは」
「じゃあどうして謝りにいかない? 許されていないかもしれないんだろ?」
「怖いの。ミスティアの唄が、怖くて、それで……」
 そう言ってレミリアは、ぶるりと身を震わせた。思い出すだけで身震いしそうになるほど怖い思いをしたらしい。
しかし、彼女がどんな体験をしたかなど、萃香にとってはどうでもいいことだった。
遂に堪忍袋の緒が切れたらしい萃香が、手に持っていた瓢箪を地面を投げつけ、同時にレミリアとの距離を一瞬にして詰めた。
 距離を詰めた際の勢いを少しも殺す事なく、萃香がレミリアの頬を殴り抜いた。
折られた牙が地面へと転がり、そのすぐ横にレミリアが仰向けになって倒れた。
空は曇り空で日が出ていないのは不幸中の幸いだった。もしも太陽が照りつけている日であったら、レミリアはもうこの世にいないかもしれない。
 急襲に全く対応できていないレミリアは、何が起こったのかも理解しかねているようで、ただ目を丸くしていた。
そんな彼女に萃香が近づき、胸倉を掴んで体を起こした。
「怖いから嫌だ、だって?」
「……!」
「そんな子どもみたいな言い訳が通用すると思ってるの? あんたが撒いた種だ。芽を摘むのもあんたの仕事だ。ふざけるのもいい加減にしろ!」
 小鬼と言えども、やはり鬼は鬼であると言う事を知らしめた瞬間であった。
少女らしからぬ剣幕で吠える萃香に、咲夜は愚か、霊夢まで圧倒されてしまっている。
それを直に受けているレミリアが恐怖を覚えない筈がないのだが、それでも彼女は首を横に振った。
「お、お願い、勘弁して……もう許して」
「許すのは私じゃない。あんたでもない。ミスティアなんだ。ミスティアしかいないんだよ」
「分かってる、分かってるけど」
「分かってるならさっさと地底へ行って土下座でも何でもして来いってんだよ!」
 レミリアを地面へ叩きつけると、不機嫌そうに瓢箪を拾い上げ、萃香は歩き去って行った。
気の毒そうな視線をレミリアへ投げ掛け、霊夢もそれを追って駆けだした。
 二人が去った後、咲夜が手を差し出し、レミリアを起こした。
「大丈夫ですか、お嬢様」
 殴られて口から血を垂らしているレミリアは、立たされたまま暫くボーっとしていたが、不意に歩き出した。
咲夜もすぐにそれに続く。
 歩いている最中、レミリアが口を開いた。
「咲夜」
「はい」
「こんな主で、ごめんなさいね」
「そんな事を言わないでください」
「本当にごめんなさい。本当に」



 その翌日レミリアは、再び地霊殿を訪れた。


*


 真夜中になってから、レミリアは地霊殿へ赴いた。
呼び鈴を押すと、やはり火炎猫燐が、眠たそうな眼を擦ってやってきた。
こんな真夜中に来客が来る事がそもそも珍しいが、その客人がレミリアであったので、完全に目が覚めてしまったらしい。
大きな目を丸くして、
「ご用件は?」
 と問うた。
「ミスティアに会いに来たわ」
 やっぱりか、と、口には出さなかったが、思った通りだと言わんばかりの表情を見せた。
熱心なのはいいが、やはり燐は接客には向かないのかもしれない。
「でもあの子、もうとっくに寝てるのだけど……」
「いいの。手紙を渡すだけだから」
「なら私が預かるから、明日渡しておくよ」
「私が渡したいの」
 何を言ってもレミリアはミスティアに会うと言って譲らなかったので、仕方なく燐はレミリアをミスティアのいる部屋へ案内した。
夜なので寝ている者に迷惑をかけないよう、静かに。
 螺旋階段を下り、防音機能のある大きな扉を開け、中を覗く。
案の定、ミスティアは眠っていた。拘束具を付けられたままなのに、器用に眠るものだと燐は思った。
「はっきり言って、起こさない方がいいと思う」
「ええ」
 燐の助言にレミリアは頷き、部屋へ片脚を踏み入れた。
その際、
「扉を閉めておいて。もしも起きて歌い出したら、迷惑でしょう」
「大丈夫?」
「私が撒いた種。芽を摘むのも私」
 萃香に言われた言葉をそのまま引用し、レミリアは弱々しく笑った。
燐は頷き、そっと扉を閉めた。閉まっていく扉を確認し、レミリアは再び眠るミスティアの方を見た。
「摘むも摘まぬも、私の自由だわ」

 眠るミスティアに歩み寄る。
歌う唄は驚異的だが、寝息はとても可愛らしく、穏やかだ。
「ミスティア」
 名を呼んでみたが、ミスティアは目を覚まさない。ぐっすりと眠っているようだ。
 レミリアは懐に忍ばせていた封筒に手を伸ばし、それをぐしゃりと握りつぶした。
再度後ろを振り返り、扉が閉まっているのを確認する。
防音機能のお陰で、中の音は外へは漏れださない――
「ごめんなさいね」
 レミリアは一言呟き、握り潰した手紙を投げ捨て、ミスティアと壁を繋ぎ止めている鎖を全て引き千切った。
夜雀の力ではどうしようもなかったが、吸血鬼程になれば破壊は容易であった。
 眠っているミスティアを見下ろす。
 大好きな夜雀の、大好きな唄を己が手中に収めたかったが故の凶行――まさかこんな結末を迎えるなんて、当初は思ってもいなかっただろう。

 横になって眠るミスティアの投げ出されている手を、レミリアが踏み潰した。
骨は砕け、肉は潰れ、まるで踏み潰されたトマトの果汁の如く血が噴き出した。
次いで出てきたのはミスティアの絶叫だ。レミリアの耳には嫌という程響いたが、防音扉に阻まれて、燐には届かない。
 レミリアは、ぐちゃぐちゃになっている自分の手を見て更に泣き叫ぶ声を強めるミスティアの胸倉を掴んで体を起こすと、一気に壁へと追い込んだ。
何度も何度も壁にミスティアの体を打ちつける。久しぶりに自分の行動に強い罪悪感を覚えたが、その手を休めようとはしない。
 理由の分からない暴行を受けているミスティアは、ただ自分の置かれている状況を理解しようと努めていた。
「レミリア、さん、何を、何を?」
「ごめんなさい。もう死んで」
 頭を壁に打ちつけられて意識が朦朧とし始めた頃にの腹に拳を減り込まされ、再び一気に覚醒した。
レミリアは絶対的な殺意を持ってミスティアを暴行している。故に力には少しの加減もない。
そんな彼女の放った一度の腹部への殴打は、骨は勿論、内臓まで傷つけたようで、口から胃液に混じって血まで溢れてきた。
 前のめりに倒れたミスティアへ、レミリアは無茶苦茶に追撃する。
背を踏み、頭を踏み、腕と脚を蹴って折り、死ね、早く死ねと絶えず囁き掛け続けた。
 殺されかけて尚ミスティアは、唄を歌おうと努めた。しかし、まともな呼吸ができない状態で、唄など歌える筈がない。
喉から漏れてくる声は掠れていて、とても歌声と呼べるものではなかった。
だが、口が動いているのを見たレミリアは、彼女が歌おうとしているのを察し、眼をギラリと光らせた。
「歌うんじゃない!!」
 そう叫び、頭を強く踏みつけた。ミスティアは顔面の半分近くを地面に押し付けられてしまった。
鼻と口を強打し、そこから血が流れ出した。
歌うには呼吸をする必要があると、ミスティアは必死に呼吸をする。床に広がる血には、彼女が呼吸する度にぽこぽこと気泡が生まれ、弾けた。
 まだ息ができているのかと、レミリアは更に脚に力を入れた。
折れてしまった鼻が地面に当たり、激痛が走る。だからと言って逃げられる訳でもない。
このままこうしていれば、呼吸困難で死んでくれるだろう――もう少しの辛抱だと、レミリアは更に力を入れた。
 ミスティアはぎんと眼を見開き、涙を流し始めた。
――世界、世界を、世界を、世界、を、使命、私の、唄、世界、罪、罰、贖罪、世界、唄、うた
 意識が再び途切れ掛け始めていて、自分のやらなくてはいけないことが断片的にしか出てこなくなってきた。
 口と鼻から流れ出た血に染まった床を映し出していた目が、段々と霞んできた。
涙によるものだけではないなと、ミスティアは思った。
ここ最近は泣き過ぎて、涙でかすむ視界を何度も拝んでいた。それとは全く異質の霞み方だった。
死が近づいて来ているのだろうと感じた。
――でも私には使命がある。やらなくてはいけない事が。こんな所でこんな形でこんな奴に殺されて死んでしまう訳にはいかない。
 そんな彼女の思いは露知らず、レミリアは止めを刺そうと、ミスティアの後ろ髪を掴んで持ち上げた。
このまま、地面へ彼女の顔を打ちつけてやろうと言うのだ。
 封じられていた口が解放された。
もう逃げる事はできないとミスティアは思った。だから彼女は、言葉を残してやる事にした。
 すぅ、と息を吸い、最後の気力を振り絞り、囁いた。
「ありがと」





「レミリア、まだなの?」
 手紙を渡すだけにしては時間が掛かり過ぎている事を不審に思った燐が、扉を開け、中の様子を見に来た。
暗い部屋の中で目を凝らすと、部屋の真ん中に拘束されて座っている筈のミスティアがいない事に気付いた。
目を丸くして部屋を見回すと、奥の方にレミリアが立っていた。
その足元には、見るに堪えない多くの傷を受けたミスティアがいた。目は虚空の一点をじっと見つめていて、少しも動かない。
死体集めのプロである燐は、横たわっているミスティアを見て、彼女がどうなってしまったのかを瞬時に理解した。
よく見てみれば、立っているレミリアも血に塗れている。
それらから察すれば、この状況がどんなものか、容易に理解できるであろう。
レミリアが、ミスティアを殺したのだ。
「レ、レミリア! あんた、なんて事を!」
 燐の言葉にレミリアは何の反応も示さない。ただ足元のミスティアの亡骸を見つめている。
燐は、この異常事態をどうしようかと慌てふためいた。
何せさとりの許可を得ずに彼女をミスティアに会わせてのこの失態だ。燐自身も責任を問われる可能性もある。だからと言って秘密裏に処理できる問題でもない。
真夜中に主人を起こしてもいいものか、しかし自分の独断で処理できる程小さな問題ではない――
 完全に混乱していると、レミリアが不意に口を開いた。
「いつかこうなる日が来るような気がしていたの」
「は?」
 燐は思考を一旦止め、レミリアの言葉を脳内で再生し、問うた。
「け、計画していたの?」
「いや、こうなるべきだって思っていたのだわ」
「なるべき!? 罪から逃れる為にミスティアを殺すべきだと思っていたって言うの!?」
 ミスティアと特別仲が良かった訳ではないが、レミリアの言う事に吐き気を催す程の嫌悪感を覚えた燐は、相手が吸血鬼である事も厭わず声を荒げた。
それを聞いたレミリアはくすくすと笑った。
「でもこうする勇気が無かった。けれど、やっぱりこうするべきだって思っているのよ」
「なんて奴なの……! どこまで自分勝手な奴なんだよ、あんたは!」
「ねえ、燐」
 燐の言葉を無視し、レミリアがくるりと振り返った。
そして、にんまりと笑い、問うた。
「あなたは誰と話しているの?」
「な、何……?」
 レミリアは笑んだまま自分の胸にそっと手を当て、
「確かに、これはレミリアよ」
 こう言った。
燐はやはり意味が分からず、呆然と目の前に立つ吸血鬼を見やっていた。遂に気が狂ったかのかとも思えた。
だが、
「でも私はレミリアじゃない」
「レミリアだけど、レミリアじゃない。……!」
 次第に意味を理解した。
そして理解した瞬間、さぁっと顔を青くした。
「まさかあんた、ミスティ――」
「ありがと、レミリア」
 吸血鬼の驚異的な身体能力を生かし、一瞬にして燐の目の前に立った。
そして、彼女を殴り飛ばした。
白兵戦などやった試しのない燐は、どうする事もできずに壁際まで吹き飛ばされ、気を失った。
 “レミリア”は自分で大きな扉を開け、まるで体を慣らすように腕を回したりしながら、部屋を出て行った。


 ミスティアの部屋で起きた惨事にさとりが気付いたのは、翌日の早朝だった。
燐がいないのに気付き、無断で夜遊びでもしているのかなと悪態を付き、気は向かなかったが、空と一緒に自らミスティアへ朝食を届けに行ったのだ。
空を扉の外で待たせ、さとりは部屋の中へ入り、ようやく異変に気が付いた。
いるべき所にミスティアはおらず、部屋の奥で血まみれで横たわっている。
視線を横にやれば、愛猫であり、地霊殿に住まう数少ない頼れる住人である燐が倒れている。
 ミスティアよりも先にさとりは、燐を揺すって起こした。
「お燐! 起きなさい!」
 頬を赤くしている以外の外傷はなく、暫くすると燐は目を覚ました。
覚醒するや否やがばりと起き上がり、周囲を見回した。
「ミスティア……!」
「ミスティアなら、あそこにいるけど……死んでいるわよね?」
「そう、肉体は死んでいます。けど、あの子はまだ生きています」
「何を言っているの?」
 さとりは意味が分からず、顔を顰めた。
燐は早口で説明をする。
「真夜中になってレミリアがミスティアに会いに来て、あの子を殺したんです」
「何ですって?」
「でも、ミスティアは最期まで唄を歌おうとしていたんでしょう。その所為で、あの子は恐らく騒霊と化しています」
「騒霊に?」
「そしてレミリアに取り憑いて……地上へ行って……唄を」
 燐の言葉は、終わりに近づくに連れて小さくなっていく。
それを聞くや否や、さとりは立ち上がり駆けだした。
「お燐、ちゃんと傷を癒しておくのよ」
「さ、さとり様、ごめんなさい。勝手にレミリアを……」
「気に病む事はないわ。私は地上へ行ってこの事を伝えてくるから、留守番よろしくね」
 そう言い残し、重たい扉を開け、さとりは去って行った。




 同じ頃、地底の入口付近に、地上の幽霊が入り込んできていた。
小さめの体躯に、白い帽子と白い服――メルラン・プリズムリバーだ。
ミスティアの様子を見ようと、本来立ち入りを禁止されている地底へ赴いたのだ。
友人思いなのは結構だが、まだ時刻は午前六時だ。地霊殿の住人への配慮が足りていないのがいかにも彼女らしい。
間欠泉から怨霊が湧き出てくる異変以降、彼女が思っている程、地上と地底の不可侵条約は厳重なものではなくなってきている。
だが、地上からの来訪者はやはり地底の者からすれば珍しいようで、多くの者が地霊殿を探す彼女へ目をやった。
そんな視線に若干の居心地の悪さを覚えながら地霊殿を探していたが、当てずっぽうに進んでも見つかる筈がない。
 完全に迷子になって、あちこち回って困り果てていると、酔っぱらっている様子の鬼が何か困り事かと声を掛けてきた。赤い一本角が印象的だった。
地霊殿への道を尋ねると、快く答えてくれた。メルランは一礼し、指示された方へと向かった。
 暫く進むと地霊殿に到着した。さとりとは違う道を進んでいた為か、鉢合わせになる事はなかった。
呼び鈴を鳴らして暫く待つと、黒い翼を持った地獄烏の少女――霊烏路空がメルランを迎えた。
「どちら様?」
「メルラン・プリズムリバーと言う者なのだけど、ミスティアに会いたくて」
「ミスティア? 死んだわよ」
「え?」
 あまりに素っ気無く衝撃的な事実を告げられ、メルランは目を見開いた。
メルランが呆然としていると、空の背後から声がした。
「お空、もうちょっと物の言い方ってものがあるでしょう」
 空を押し退け、燐が代わりに来客を担い出した。安静にしていたかったが、やはり空に接客を任せるのは不安があるのだ。
「ミスティアは昨晩、レミリアに殺された。それから騒霊になって、地上へ逃げてしまったわ」
「それは確かですか?」
「殺されたのは間違いない。騒霊になったのも、恐らく確実よ。ずっと唄を歌うんだ、唄を歌うんだって言っていたもの」
 ミスティアが地上へいた頃も、ずっと唄を歌わなくてはと言っていた。
その真意を理解する前に彼女は地底へ幽閉されてしまい、そして死んだ。もう彼女の口からあの言葉の真意を聞く事はできない。
「ねえ、あなたはどうしてミスティアがあんなに唄に固執していたか、知っている?」
「私も詳しくは分からないのだけど、あの唄は罪と向き合える唄なんだって、ミスティアは言っていたわ」
「罪と向き合う……」
「全ての人が罪と向き合える。この唄で世界を救うんだって言っていた」
 燐はこれを聞いてもピンと来なかったが、音を扱う騒霊であるメルランは、彼女の真意に近づく事ができた。
「罪と向き合える唄……魔理沙はそれを聞いて自殺を図ったのね」
 ぶつぶつと独り言を言いだしたメルランに燐は怪訝な表情を見せた。
暫く呟き終えた後、メルランはありがとうと言って一礼し、地霊殿を後にした。
唄の効果や真意を知ったメルランは、ミスティアを救おうと地上へ急いだ。



*



 レミリアが私室のベッドで目を覚ましたのは、午前六時頃の事だった。
直後、耐え難い悪寒に襲われた。
 昨晩、こっそり館を抜け出して地霊殿へ赴き、ミスティアを殺した事は覚えている。止めを刺した感触もあった。
しかし、その先が、まるで切り取られたように真っ白なのだ。
そして自分は、まるで何事も無かったように、私室のベッドで寝ている。
 体を起こし、必死に昨晩の事を思い出そうとしたのだが、いくらそうしてみても殺した後の記憶がない。
それもその筈、彼女がミスティアを殺し、帰宅するまで、彼女は騒霊となったミスティアに取り憑かれていたのだ。
ミスティアの意思で体を動かされていたので、彼女に記憶はない。
 小さく体を震わせ、頭を抑えながら、私室を出た。
出た先に咲夜が立っていた。時間を止めて他の仕事を済ませてしまい、レミリアの起床を待っていたのだ。いつも通りの完璧な仕事振りである。
「おはようございます、お嬢様」
「え、ええ」
 目覚めの悪すぎる朝を迎えたレミリアの返事の声は、沈んでいた。
それを受け、咲夜が心配そうな表情を見せた。
「体調が優れないのですか?」
 確かに万全ではないが、これは体調不良なんかではないと言う事に気付いていた。だがレミリアは首を縦に振った。
「そうかもしれない」
「朝食は?」
「いい。このままもう一度寝るわ」
「そうですか。では、ごゆっくりお休み下さい」
 咲夜は何も知らないようで、すぐに一礼し、去って行った。
 レミリアはすぐさま私室へ入り、鍵を掛け、ベッドに腰かけた。
 ミスティアの死はもう誰かに知れた頃だろうか。
――自分が殺害した事を、誰か知っているのだろうか。
それすら分からない状態だった。
 言い知れぬ恐怖感から逃れようとベッドへ潜り込むと、布団以外の質感の布があった。
何かと思って中を覗くと、血塗れの私服が入っていた。昨晩、自分がミスティアを殺したと言う証である。
 小さく悲鳴を上げてそれを蹴っ飛ばし、再びベッドへ潜り込んだ。
「ミスティアは死んだ、殺したから死んだんだ……」
 何度言い聞かせても、恐怖から逃れる事ができなかった。
漠然と胸中にある不吉な予感を忘れようと、必死に眠りに就こうとした。





 妖怪の山のふもとを流れる河のほとりに、河童の少女が住まう家屋がある。
小さな家屋で、中には壊れた冷蔵庫やクーラーなどの家電、携帯ゲーム機やポケベルなどの電子機器、果ては拳銃やナイフなど、外界の珍しい物が散乱している。
その量があまりにも多いので、普通に生活するのすら難しい状態になっている。
そんな物置の様な家屋とうまく付き合って眠っているのは、河城にとりと言う少女だ。
夜遅くまで工学に明け暮れ、日が高くなった頃に目を覚ます……と言う、不健康な生活を続けている。
 この日も例外でなく、朝に目覚めそうな様子はなく、スパナを握ったままボロい布団に包まって眠っていた。
そんな最中、家屋内のどこかから、ザ……ザァ、と、ノイズの様な音が聞こえてきた。
「んー?」
 この音が原因でにとりは目を覚ました。時計に目をやってみると、時刻はまだ六時半。
貴重な睡眠を阻害するこの正体不明の音の音源を探そうと、不機嫌そうに布団を出た。
寝起きでなかなか働かない頭を出来る限り動かし、音源を探す。
 音源はすぐに見つかった。幻想郷に入ってきたラジオカセットであった。香霖堂で見つけ、大金をはたいて購入したものだ。
「故障かな?」
 とりあえず適当にボタンを押してみたが、ノイズは治まらない。
壊すなど言語道断だし、不用意に解体すると取り返しのつかない事になりそうだしの八方ふさがりで困り果てていると、ぴたりとノイズが止んだ。
あまりに不自然にピタリと止まったので驚いていると、再び音が鳴り出した。
 だが、今度はノイズではない。
歌声だった。
「こんな曲、カセットテープに入ってたっけ」
 カセットテープも外界にあったものなので、初めから録音されている曲しか聞けない状態だったが、聞こえてくる唄は聞き覚えのないものだった。
録音されているのに気付けていなかった曲だろうかと思った。彼女は外界の機械に目が無いが、その使用方法や仕様を全て理解している訳ではない。
勝手に再生し始めている辺り、恐らく故障しているのだろうと結論付けた。
 勝手に始まった唄は聴いた事のないものだったが、耳障りはいいから、暫くの間は黙って唄に耳を傾けていた。
この唄が、カセットテープを媒体にして発せられた、騒霊ミスティア・ローレライの『済世の唄』だとは知らずに。



 にとりの住まう家屋の外で、ミスティアはじっと目を閉じ、座っていた。
騒霊の彼女は、遂に自ら歌わずして唄を他者に聞かせる事ができるようになっていた。音の鳴る物を媒体にすれば、自然と音を鳴らす事ができるのだ。
便利なチカラだと思った。世界を救う程の大事をやってのけるのなら、やはりこのくらいの事をしなくてはいけないのだと思った。
 ラジオカセットを媒体にして発した自分の唄を聞きながら、彼女は自分を戒めていた。
――こんな恐ろしい唄を作ってしまった罪は、絶対にこの唄で償って見せると。
 暫くそうやって唄に耳を傾け、たまに唄を口ずさんだりしていると、家屋の中でパンと乾いた音が鳴り響いた。
その音を聞き、ミスティアがゆっくりと目を開いた。
幽霊っぽく壁をすり抜け、家屋の中を確認した。確認が終わるとすぐに踵を返して血に染まった家屋を後にし、次なる標的を探しに歩み出した。
「贖えない程の罪は背負わないようにね」


*


 地底を出ると、さとりはすぐに博麗神社へ向かった。
この頃には、メルランが地底を訪れてからおよそ一時間が経過していた。
こんな時刻でも霊夢はまだ眠っていたようで、さとりが母屋の戸をどんどんと叩くと、不機嫌そうな目をして起き出してきた。
だが、さとりが地底で起きた出来事を聞くと、さすがの霊夢も目を覚ました。
「殺された? 騒霊になった?」
「悠長に寝ている場合ではありません。すぐに対処しなくては」
「でも、どこにいるのよ、ミスティアは」
「探して退治するのがあなたの仕事でしょう。さあ!」
 さとりに言われ、服を着替えて外へ飛び出した霊夢だが、ミスティアの居場所に全く見当が付かない。
とりあえず情報集めでもしようかと、さとりと共に人里へ赴いた。
だが、人里は既にミスティアの唄に囚われ、死んだように静まり返っていた。
今くらいの時間になれば、起き出して働いている者が何人もいるものだが、この日は一人も見えない。
「どうしちゃったの、これ」
 そこらに居座っている岩に腰かけて俯いている男の心を、さとりが恐る恐る読んでみた。
第三の目に届いた彼らの心の声に、さとりは戦慄した。
「この感じ、唄を聴いた時と似てる……」
「じゃあ、人里はもう唄に毒されちゃってるって訳?」
 ミスティア捜索より先に人里の者達を助けようと、霊夢は動きだした。
一先ず、先ほどさとりが心を読んだ者へ語りかけた。
「ちょっと、大丈夫?」
 男は虚ろな瞳を霊夢へ投げ掛け、大きなため息をついて再び俯きだした。
「俺は、どうしてこんなに罪を重ねてきたんだろうなぁ」
「人間誰だってちょっとは悪い事するもんよ。気をしっかり持ちなさい。他の人はどこよ」
「さあな。みんなちゃんと生きてるかな」
 さらりと縁起でもない事を言い出した男に、二人は思わず身を引いた。
「他の人を見てきます!」
 そう言ってさとりは里の中へと駈け出して行った。
 霊夢はどうにか男を救おうと尽力してみたが、どんな言葉を投げ掛けても、男の様子は変わらない。
そして霊夢にはこの男を救う能力はない。
魔理沙が唄を聞いて自殺を図ったと聞いていたから、もしかしたらこの男や別の人間もそうし始めるのではと言う事態を危惧していた。
 そんな最中、霊夢のいる地点とは全く別の場所から、人里の惨状を見て絶望している者がいた。
地底から大慌てで地上へ戻ってきたメルランだ。
活気が完全にと言っていい程失われた人里を高台から見下ろし、彼女は思わず身震いした。
生きている者がいる筈のに、人里からは生気を感じられない。まるで廃村だった。
「もう、ここはミスティアの唄にやられてしまったのね」
 ミスティアの唄でしかこんな状況は作れないだろうと思えたし、こんな事をする必要があるのもまた彼女くらいなものだ。
もう彼女は、世界を救う作業を開始している――その先駆けがこの人里だったのだろう。
 次はどこへいくのか、その見当はメルランにはつかない。
しかし、暫く経ってから彼女が行きつくであろう場所は、何となく察しが付いていた。
当てずっぽうに動き回るより、その場所に照準を絞って待った方が賢明だと思い、メルランはその場所へ向かった。





 美鈴は普段通り、紅魔館の門前に立ち、館を守衛していた。
何者かが襲ってくる事などほとんどないが、これが任せられた仕事だからと、彼女なりに精を出している。
しかし、やはり何事も無い館を護るのは退屈なようで、よく居眠りしている姿が目撃されている。
 この日も例外ではなく、朝からうつらうつらとし始めていたが、何者かが近づいてくる気配をいち早く察知し、ぱっと覚醒した。
目を凝らしてみると、宴会で時折見かける騒霊姉妹の次女が、猛スピードでこちらへ近づいて来ているではないか。
「ストップ、ストップ! 止まりなさい!」
 彼女の知る次女の性格と、見た感じの勢いから、もしかしたら止まらずに突っ込んでくるのではないかと危惧し、早めに美鈴は声を張り上げた。
声を聞いたメルランはぶつかる前に慌てて止まった。
「こ、こんな時に限って真面目に働いているのね!」
「いつも働いていますよ、私は……。何をそんなに急いでいるんです」
 メルランの無垢な毒言を軽くあしらい、美鈴は用件を問うた。
「レミリアに会わせて頂戴。話があるの」
「残念ですが、お嬢様は本日、体調不良によりあらゆる来客を拒んでいます。お帰り下さい」
 美鈴はいかにもマニュアル通りと言った感じの口調でこう言い、頭を下げた。
だが、「はいそうですか」と帰る訳にはいかない。事態は深刻なのだ。
「そう言う訳にはいかないの! レミリアに会わせて!」
「すみません。お引き取り下さい」
 じれったくなったメルランは強引に突破しようと、美鈴の横をすり抜けようとした。
そうしたメルランの体を、美鈴はやすやすと受け止めてしまった。放せ放せと暴れるメルランを、困り果てた様子で宥めた。
 手荒なまねはしないつもりだったが、止むをえないと、メルランは唐突に、自身のトランペットからとんでもない高音を奏でた。
高音と言うより、とにかく音を大きくしようと力んだ結果、盛大に裏返ってしまったような、聞くに堪えない音であった。
そんな音に、耳を至近距離から劈かれたものだから、美鈴はびっくりしてメルランを手放してしまった。
その隙にメルランは紅魔館の扉を開け、館内へ入った。

 入館してすぐにあるエントランスホールで、メルランが声を張り上げた。
「レミリア! 出てきなさい!」
 広々としたエントランスホールに、メルランの声が響き、消えた。
荒れた呼吸を元へ戻しながら、誰か来るのを待っていると、どこからともなく咲夜が現れた。
あまりに急に現れた咲夜にメルランは驚いていたが、
「いらっしゃい。何か用?」
 こう問われて我に返り、用件を告げた。
「レミリアに会わせて」
「美鈴から聞かなかった? お嬢様は体調不良で、誰にも会いたくないと言っているわ。帰りなさい」
「このままじゃ、レミリアの身が危ないのよ!」
 縁起でもない事を口走りだしたメルランに、咲夜は怪訝な顔を見せた。
メルランの表情に冗談の色は見られないが、普段から少し異質な雰囲気を漂わせている為、真偽の程を見定めるのが難しい。
とりあえず話だけ聞いておこうと決めた。
「どうしてお嬢様が危ないの?」
「あいつ、昨晩ミスティアを殺したわ」
「は?」
「それでミスティアは騒霊になって、地上へ逃げたのよ! いずれあの子はここに……」
「待ちなさい、待ちなさい」
 咲夜は力説するメルランを宥め、一息ついた。
そっと屈んで背の低いメルランに視線を合わせ、
「お嬢様が、ミスティアを、殺した?」
 先ほどメルランが言った言葉を、丁寧に問いなおした。
メルランは即座に頭を縦に振り、口を開く。
「今日の朝、ミスティアに会いに行ったら、地霊殿の猫の妖怪が教えてくれたのよ」
「そんな事がある筈ないわ。出鱈目よ」
 平静を装いつつ咲夜は反論したが、朝から見せていたレミリアの様子や、周囲に責め立てられて追い詰められていた状況を考えると、やけに現実味が強く感じられた。
だが、いくらなんでもそんな事をする筈がないと、咲夜は自分に言い聞かせた。
そればかりに気を取られていたが故に、その後メルランが始めた状況説明は、完全に上の空で聞いていた。
咲夜が何も言わないのをいい事に、メルランは早口で自分の考えを全て説明し終えた。
「……と言う事なの。分かった? 分かったらレミリアの所へ」
「ええ」
 呆然としたまま咲夜が頷き、突然メルランの手を取った。
行動の意図が分からず、
「何するのよ、急に」
 こうメルランが問うと、
「時間を止めて移動するの。広いから」
 淡々とした口調でこう言った。
なるほど、とメルランは納得し、咲夜に身を任せた。
 そして次の瞬間、視界が変化していた。
 広いエントランスホールはなく、仄かに血の臭いがする、薄暗い石質の部屋へ移動していた。
「ここがレミリアの部屋? あいつにしては随分と陰気な……」
 振り向きながら問うたが、既に咲夜の姿は無く、メルランは困惑した。
もう一度前を向き直し、部屋の全体を見回した。
 部屋は広いのだが、煌びやかな装飾も、家具もない。
出入り口は背後にある巨大で武骨な鉄製の扉だけで、窓の類は一切ない。
使われてい無さそうな草臥れた家具や、何が入っているのか分からない木箱なんかが乱雑に置かれていて、一個人の私室とも、客間とも言い難い。まるで物置だった。
汚れが混ざって闇と同系色になってしまっている床を目を凝らしてみると、血痕が見つかった。
すっかり変わって黒色に変化している部分もあれば、まだ触れば手に血が付きそうな程新しいものまである。
そしてその血痕の向こう側に、誰かが身を縮めて眠っていた。
 レミリアなのかと一瞬思ったが、すぐにそうではない事に気が付いた。髪が金色であったからだ。
宴会で何度か見かけたレミリアは、薄い青色の髪をしていた事を、メルランは覚えていた。
 レミリアの部屋ではない、どこだか分からない、物置の様な所へ連れてこられた。
 ここまで考えて彼女は、ある噂話を思い出し、苦笑いを浮かべた。
「まさか、ここは地下室? で、あれは妹?」
 彼女が思い出したのは、都市伝説的に噂だけが囁かれている、レミリアの妹、フランドール・スカーレット。
フランドールは、姉でさえ手に負えない程強力なので、地下室に長らく監禁され続けている。
ありとあらゆるものを破壊する能力を持っていて、おまけに正真正銘の狂人であるが故に、出会ったら無事ではすまされない――と、メルランは聞いた事があった。
「ど、どうしてこんな所へ」
 メルランは部屋から出ようと、扉に手を掛けた。
しかし、さすがはフランドールを監禁する為の部屋とだけあって、そう簡単に開けたり壊したりできるものではない。
錠の他に結界が貼られていて、幽霊の体を生かして壁を抜ける事すらできない。
「ちょっと! 何を考えているの! 開けなさい!」
 声を張り上げて、かちゃがちゃと扉を揺さぶるが、開く気配も、返事の声もない。
代わりに、騒音に気付いたフランドールが目を覚まし、ううんと唸った。
 メルランはびくりと体を震わせると、反射的に木箱の後ろへと身を隠した。
「誰かいるの?」
 フランドールが声を出したが、メルランは息を殺し、身を潜め続けた。
フランドールは部屋の中を見回していたが、暫くして、
「気のせいかぁ」
と間延びした声を出して、フランドールが再び眠り始めた。それを確認し、メルランはほっと胸を撫でおろした。
騒いでも誰かが扉を開けてくれる訳ではない。むしろ眠っているフランドールを起こしてしまうだけだと悟り、メルランは黙り込んで、ただただ好機が訪れるのを祈り続けた。






 漠然とした不安感を払拭できぬまま、レミリアはベッドで寝転んで過ごしていた。
外出は勿論、読書をする気も、紅茶を飲む気も起きてこない。
――この不安感が杞憂であると言う事を証明してくれる何かが、ふっと湧いて出て来てくれないものか。
 そんな妄想をしていた。無論、そんな都合のいいものは現れる筈がない。
 無益な考え事をしていると、こんこんと扉を鳴らし、咲夜が入室してきた。
「どうしたの、咲夜?」
 咲夜にしては珍しく、入室の許可を求めずに入ってきた事に違和感を覚えたのだろう。レミリアは体を起こして問うた。
「お嬢様、お尋ねしたい事があるのですが」
「何?」
「昨晩、ミスティアを……」
 ここまで問われただけで、レミリアの心臓はどきんと跳ね上がった。
どの程度周囲に知られているかを彼女は認識できていない為、咲夜に知られていると分かり、驚いてしまったらしい。
明らかに動揺の色を見せた主を見た咲夜は、悲しげな表情をし、顔を伏せた。
「まさか、本当に……ミスティアを……」
「さ、咲夜、その、私は……」
 何か言おうとしたが、もはや弁明の余地はなかった。
自身の背負った大罪の根源を絶とうと言う思惑以外、何も考えようがない。
よりによって咲夜に知られてしまった事がショックであったようで、レミリアも黙って俯いてしまった。
お互いに何の言葉も発せないまま、重苦しい雰囲気が二人を包み込んだ。
静かで居心地の悪い二人の耳に、ある音が聞こえ始めた。
 咲夜は何事かと顔を上げた。レミリアは俯いたままびくりと体を震わせ、目を見開く。
「何でしょうか」
「唄だわ……」
 咲夜の独り言に、レミリアが即答した。
「唄?」
「ミスティアよ、ミスティアが来たのよ! どうして、ミスティアは死んだ筈じゃ……」
 先ほどまでの悲壮感に溢れた表情はどこへやら、恐怖に顔をゆがませ、きょろきょろと部屋の周囲を見回し始めた。
隠れる場所を探しているらしかった。その狼狽える様は、咲夜も見た事がない程のものであった。
 幸い唄は微かに聴こえるだけで、二人はまだ唄の影響を受けていない。
「美鈴は何をしているのよ……」
「きっと唄にやられてしまったんだわ! ああ、もうお終いよ!」
 結局隠れる場所などなく、レミリアは再びベッドの中へ潜り込んだ。
咲夜は恐怖に身を震わせ始めたレミリアと部屋の扉を交互に見た後、時間を止めてエントランスホールへと向かった。


 その頃、エントランスホールには、門番をしていた美鈴を唄で惑わせ、難なく館内に侵入したミスティアが立っていた。
きょろきょろと周囲を見回す。彼女はレミリアを探していた。
世界の救済における最大の障壁であったのは、紛れもなくレミリア・スカーレットだった。
罪を認め、償う事を人一倍嫌った彼女の更生はかなり難儀な事であったのだ。
しかし、もう彼女に逃げ場はない。
罪から逃れようとミスティアを殺して、騒霊化させた。その騒霊ミスティアは世界を混乱させた。
これほどの罪から逃れることなど、できる筈がない。
 当てずっぽうに歩き出したミスティア。
そんな彼女目掛けて、どこからか銀のナイフが数本飛んできた。
命中寸前でピタリと静止したミスティアの鼻の先を、ナイフが飛び去っていき、先の壁へ突き刺さった。
 ミスティアがナイフが飛んできた方へ視線を移すと、見慣れたメイド長が立っていた。
「こんにちは」
 笑顔でミスティアが挨拶したが、返ってきたのは挨拶ではなく、ナイフだった。
自分の頭目掛けて飛んできているのが分かると、ミスティアは急にわっと甲高い声を発した。
その常軌を逸している声は空気を大きく震わせ、飛んでくるナイフを落した。
 まさかそんな方法で自分のナイフが落とされるとは思っておらず、咲夜は一歩退いた。
喉を摩りながら、ミスティアはまたも笑顔を見せる。
咲夜は険しい表情を見せつつ口を開いた。
「何を迷っているのよ。早くあっちの世界へお逝きなさい」
「まだよ。まだ逝けないわ。世界を救うまでは」
 ゆっくりと手と翼を広げ、大きく息を吸う。
彼女の翼には美しさはないが、その堂々とした姿は、咲夜の目に酷く荘厳に映った。
 おかしな唄を歌われる前にケリを付けてしまおうと、咲夜は時間を止め、手元にあるナイフをありったけ投げつけた。
全方位からミスティアを取り囲んだナイフ。時が動き出すと共に、全てがミスティア目掛けて飛んでいく事だろう。
気力を振り絞って、できる限り長く時間を止め、ナイフを設置する。
 気力の限界の訪れとともに、時間が流れ始めた。
ミスティアを取り囲んでいるナイフが一斉に彼女を目掛けて動きだした。
逃げる隙間など一寸たりともない。
 ミスティアはその場から動かなかった。
そして、先ほどとほとんど同じように、わっと声を上げた。違いは、その声量だ。思わず咲夜が耳を塞いでしまう程の声量であった。
 すると、どうだろう。
彼女を取り囲んでいたナイフが、目に見えない空気の波に弾かれ、一つ残らずばらばらと地面へ落ちて行くではないか。
地面へ落ちてがらんがらんと音を立てるナイフを目の当たりにし、絶望する咲夜。
――これが、歌う事を未練に死んでいった者の霊の力なのか。
 対するミスティアは、そんな声を出して尚、涼しい顔をしている。
 敵わないと悟った咲夜は抵抗を止め、レミリアを護ろうと時間を止めて私室へと向かった。
 一瞬で掻き消えた咲夜に、ミスティアはこれと言った反応を示さなかった。
先ほどまで咲夜が立っていた所から一番近い扉の先へと進み、ゆっくりとレミリアを探し始めた。
彼女にそんな気は無いが、そのゆっくりとした歩みは、まるで勿体ぶっているかのようにも思えた。




 咲夜が再びレミリアの寝室へ戻ってみると、まだレミリアはベッド掛け布団に包まって震えていた。
彼女の移動の時間は他者からすれば一瞬である為、実際はまだそれほどの時間は経っていないのだ。
「お嬢様!」
 咲夜が声を上げると、レミリアが少し顔を出した。
「逃げますよ!」
「ど、どこへ?」
「地下室なら、ミスティアもすぐには入ってこれない筈です」
 レミリアからすれば、できるだけ遠くへ逃げたかったのが本音だが、返事をする前に咲夜が時間を止め、レミリアを地下室へ移動させていた。
急に薄暗い地下室に移動し、驚いているレミリアに、咲夜が言いつけた。
「いいですか、絶対にここから出ようとしてはいけませんよ。妹様も出れない程の結界、いくらミスティアでも通り抜けられない筈」
「咲夜は?」
「私はもう少しがんばってみます。ですから……」
 二人の会話の声を聞いて、物陰に身を潜めていたメルランが二人に駆け寄った。
レミリアはメルランの来訪を知らなかったので、彼女の登場に酷く驚いていた。
「待ちなさい。あんたじゃミスティアには敵わないって言ってるでしょ!」
「それならあなたにはもっと無理よ」
「いいえ。私はあの子を救えるわ」
 そう言いメルランは、愛用のトランペットを二人に見せつける。
目には目を、音には音を――咲夜はそれを何となく理解したようだった。
だが、咲夜はやはりメルランの同行を許さなかった。
これ以上、レミリアと関係の無い者がおかしくなってしまうのを防ぎたかったのだ。
メルランは、彼女を救えると豪語しているが、それの真偽は分からない。彼女に何かあってからではもう遅いのだ。
 鍵をレミリアに押し付け、言った。
「いいですか、ここにいて下さい。幻想郷全土がおかしくなれば、霊夢や紫も動く筈です。それまで、絶対にここを出てはいけません」
 そう言ったと思ったら、次の瞬間にはもう咲夜はその場から姿を消していた。




 全部回ると気が遠くなる様な程の扉のある廊下を、ミスティアは唄を歌いつつ歩いていた。
部屋のどれかにレミリアがいれば、きっと姿を現してくれるだろうと思っているのだ。
メルランと違い、ミスティアは生前から唄に精通した者である為、騒霊としての格が高いらしかった。
彼女の発する声は尋常でない程に館内に響いている。生身の肉体であったら、いくら彼女でもこれほどの声を出す事はできないだろう。
 だが、そんな彼女でも、さすがに止まった時間の中で歌う事はできなかった。
止まった時間の中で、唄を聴かないままミスティアの眼前まで詰め寄った咲夜が、時を動かすと全く同時に、歌うミスティアを蹴り飛ばした。
倒されて唄が途切れてしまった事が気に食わないミスティアは、不機嫌そうに立ち上がり、自身の前に立ちはだかる咲夜を睨みつけた。
世界を救う上でまた新たな障害が生まれた事にうんざりとしているようだった。
「ナイフで幽霊を殺せると思っているの?」
「幽霊となら戦った事があるわ」
「弾幕ごっこの話でしょ?」
 くすくすとミスティアが笑う。生前の彼女からは想像もできないような余裕の表情を見せている。
「これはごっこ遊びじゃないのよ」
「承知しているわ」
 これ以上、減らず口は叩かせまいと、咲夜はエントランスホールと同じように、数本のナイフを放つ。
だが、時を止めずして放たれたナイフくらい、ミスティアでも回避は容易であったようで、あっさりとそれを避けた。
それでも咲夜は攻撃の手を緩めずに、次々にナイフを投げる。手元のナイフは見る見る内に減っていき、すぐに底が尽きた。
 それに気付けない程攻撃に集中していた咲夜は、ナイフのストックを保持している場所に手をやった時、何にも触れない事に驚愕し、それに気を取られてしまった。
ほんの一瞬の出来事であったが、ひたすら反撃のタイミングを窺っていたミスティアからすれば、十分すぎる時間であったようだ。
彼女を取り囲んでいたナイフを一瞬の内に地面へ弾き落した甲高い声が、今度は咲夜自身へと襲い掛かる。
 廊下に置いてあった台、窓ガラス、花瓶、照明器具などを悉く吹き飛ばし、不可視の巨大な空気の波が咲夜を直撃した。
鼓膜を揺るがすきぃんとした音と、生まれてこの方受けた事のない独特の衝撃の波状攻撃を打ち付けられ、咲夜も廊下の家具同様に吹き飛ばされてしまった。
受け身を取ってすぐさま体勢を立て直したものの、それを見計らっているかのようにミスティアが再び声を上げる。
実体を持たない故に大きさや速度も見当がつかないこの攻撃は避けようがなく、咲夜は立ち上がるのが精いっぱいだ。懐中時計を媒介に時を止める隙すらない。
廊下は酷い有様となった。咲夜自身も蓄積された痛みが徐々に表れてきたようで、遂に受け身を取る事もできなくなり、廊下に仰向けで倒れ込んだ。
 時間を止めようと懐中時計へ手を伸ばすと、ミスティアが弾幕を放ってそれを阻止した。
反撃の隙も、退路も無くなった咲夜にできる事と言えば、意地で立ち上がろうとする事くらいであった。
そんな彼女を、ミスティアは薄く笑みながら手を踏みつけ、それすらも阻止した。
そして、笑みを保ったまま、咲夜に問うた。
「自分の罪に気付けている? それとも、気付いていたけど目を背けていたの? 大好きなお嬢様の意向だから」
「黙りなさい……!」
「どうだっていいわ。嫌でも気付かせてあげる」
 そう言い、ミスティアは準備をし始めた。レミリアの私室で幾度も見た、唄の準備だ。
「あなたは死ぬ気で罪を償う? それとも、償い切れない罪から死んで逃げる? はたまた、死で償う? あるいは、罪を恐れて死ぬ?」
 笑みをより一層深くして、ミスティアは小首を傾げた。


*



 咲夜が上階でミスティアに抗戦しているのを、レミリアとメルランは地下室で察していた。
やけに上階が騒がしくなったからだ。
これほど館内が騒がしくなったのは、霧の異変の際、霊夢や魔理沙が館内に侵入した時以来の事だった。
 メルランはどうにか扉を開ける、若しくは地下室から出る術を模索していたが、狂った悪魔の妹の独房をそう簡単に突破できる訳がない。
レミリアはやはりミスティアを恐れるように、身を縮めて震えていた。
「ねえ、鍵貸してったら!」
「咲夜が、ここにいろと……」
「そんな事言ってる場合じゃ……このままじゃ咲夜も無事じゃすまないわよ」
 軽く脅してみると、レミリアはとても悲しそうな顔をした。
自身の身の安全は確保しておきたいが、従者も助けたい――我儘と言えば我儘だが、極自然な思考だ。
 押しても引いてもびくともしない扉を蹴飛ばし、メルランは悪態を吐いた。
そうこうしている内にフランドールが目を覚ましていて、どうにか部屋から出ようとしているメルランに物珍しそうに近づいてきた。
「無駄よ。私でも壊せないもの」
「知ってるわよ」
 姉がいるから、無意味に殺されはしないだろうと高を括り、メルランは少し高圧的な態度をフランドールに対して取った。
しかしフランドールは久しぶりの来客が珍しいようで、気を悪くしたりする事はなかった。
「ねえ、上がうるさいけど、何かあったの?」
「あなたのお姉さんがとても悪い事をして、それを正そうと必死になってる幽霊がここへ来ているの」
 メルランがそう説明すると、フランドールはメルランとレミリアを見比べ、ふーんと呟いた。
「お姉様を正そうと、どうして幽霊は必死なの?」
「悪の根源だから。それに、あの子の目的の最大の障害なのよ、あなたのお姉さん」
「どういう事?」
「二度もミスティアの唄を聴いて、奇跡的に助けられている。なのに罪から逃れようとした。根っからの我儘なのね。罪と向き合う事をしようとしない」
 事情を全く知らないフランドールは、分からない単語が続き、果てと首を傾げていたが、それに気付いていないメルランは、お構いなしに説明をする。
「だから、より多くの罪を背負わせてから唄を聴かせようって思ったのね。さすがに世界を混乱させるほどの罪から逃れはしないだろうと思ったんじゃないかなと私は思っているけど」
「よく分からないわ」
「分からなくていいの」
 説明する気も失せて、メルランはそう吐き捨てた。
そして、やはり開く事のない扉を再び蹴飛ばし、傍の壁に凭れて座り込んだ。
誰も何も言わない時間が暫く続いた。変化に乏しく、時間の流れが遅くなったような錯覚を感じた。
 だが、突然変化が生じた。上階が静かになったと思ったら、唄が聞こえてきたのだ。
メルランは上階へ目をやり、レミリアは体の震えを一層強くして更に縮こまった。
フランドールは見知らぬ唄に興味津津と言った様子で耳を傾け始めたが、聴いちゃ駄目だとメルランに制され、今度は聞かぬようにと耳を塞ぎ出した。
「まさか、あなたのメイド、やられちゃったんじゃない?」
「咲夜が? そんな……」
 どうにかそれだけ声を絞り出したが、その後は唄を聴いてしまった時の記憶がフラッシュバックしてしまったようで、ぼろぼろと泣きだした。
 こうなってしまえば、もう咲夜も使い物にはならないだろうとメルランは思った。
まともに罪を償うかもしれない。自ら命を絶ってしまうかもしれない。罪を償おうと新たな罪を重ね始めるかもしれない。
 これ以上、ミスティアが自分の歌で誰かを苦しめるのを見ているのは、メルラン自身もつらかった。
生前の彼女との二人だけの演奏会がまだ記憶に鮮明に残っている。あれほどの唄を歌う彼女が、その唄で何かを苦しめているのが、メルランは耐え難かったのだ。
 メルランが震えるレミリアの胸倉を引っ掴んだ。
「鍵を貸しなさい! メイドがどうなってもいいの!?」
「どうやって、あんたなんかがどうやって咲夜を……」
「音よ。ミスティアの唄に、私のトランペットの音で対抗する。目には目を、音には音を。分かるでしょ?」
 レミリアは不思議そうに首を傾げた。
「音? 音なんかで……」
「あの子の唄と私の音色は対極の関係にあるのよ。罪に打ちひしがれて絶望するのがあの子の唄、気分が高ぶって罪を目の前にしても開き直れるのが私の音!」
「それで、どうやって咲夜を……」
「ああ、もう! どうだっていいわよ! とにかく、助けたいのなら早く鍵を貸しなさい!」
 ずいと、レミリアの目の前に手を差し出すメルラン。
レミリアは、咲夜に押し付けられた地下室の鍵を、恐る恐るその手に乗せた。
メルランはそれを握り締め、地下室の扉を開けた。
扉を閉める間際、鍵を室内へ投げ込んだ。
「戸締りしておくのよ!」


 メルランは上階へ向かいながら、歌声の大きい方へと進んで行く。
「なんて悲しげな歌声なのかしら……」
 噂に聞く罪と向き合える唄は、近くで聞いてみると、悲しげで、聴いているだけで気落ちするような唄だった。
強力な催眠効果があるのも頷ける。
 メルランはトランペットを取り出し、高らかにそれを鳴り響かせた。
『済世の唄』と相対する、明るく楽しげな、幸福の旋律――
 館内はミスティアの悲しい唄と、メルランの幸せの曲の二つが鳴り響く、異様な空間と化した。


*


 意識が遠のき掛けていた咲夜の耳に、ミスティアの歌と違う旋律が流れ込んできた。
音楽の知識はないが、少なくともミスティアのものよりも明るい調律である事が分かる。
「メルラン……まさか、地下室から」
 ミスティアもこの旋律を耳にし、ぴたりと唄を止めた。
結果、薄暗い館内は、雰囲気に似つかわしくない、やけにおどけたメロディが流れる結果となった。
しかも、音は段々と大きくなってきている。
「……この音……」
 忘れまい、忘れまいと思っていた、紅魔館での忌々しい記憶の、ほんの少しだけ前にある、幸せな記憶。
断片的ではあるが、それが少しだけ蘇った。
屋台、準備、午後六時、客、音楽――
負の記憶に埋められて風化しかけていた記憶が、再び少しだけ色づいた。
 完全な着色が施される前に忘れてしまおうとした、その時――
「ミスティアッ!!」
 風化しかけた記憶の中にある声が聞こえた。
 声の主は、忌々しい記憶の後にも見た記憶があったが、声を聞くのはとても久しい気がした。
無理もない。死ぬ前の彼女は、聴覚がなかったのだから。
「メルラン……」
 目の前に現れた、小さな騒霊の少女の名前を、ミスティアがぽつんと呟いた。
その表情は、呆然としているようであり、微かに嬉しそうなようでもある、複雑な表情だ。
「よかった、覚えててくれた」
 メルランは安心したように、荒れる呼吸を整えながら言った。
呼吸を整え終えると、真っ直ぐとミスティアを見据え、彼女の説得を始めた。
唄に関して言えば、今の状況なら自分が誰よりも彼女を分かってあげられると思っていた。
「ミスティア、もうやめよう。あなたの歌声は、こんな事に使われるべきじゃない」
「こんな事? 何を言っているの?」
 ミスティアは表情を変えずに言い返す。
「私はこの唄で世界を救っているのよ。みんなが罪と向き合って、みんなが罪を償って、償えない者は死んで……」
「でも、世界はちっとも平和じゃない。魔理沙は死のうとしたし、人里は元気がなくなっちゃった」
「これからよ。妖怪の山も、魔法の森も、人里も、これからきっとよくなるの。これほど鮮明に罪を感じれば、誰ももう悪い事なんてしたくなくなるわ」
 咲夜を踏みつけていた足が動き、咲夜は束縛から解かれた。
すぐさま距離を置く為に飛び退いたが、ミスティアはそんな事は意に介さず、言葉を続ける。
「これは私の償い。この恐ろしい唄を生み出した罪を償っているの。邪魔をしないで」
 言い終えるとミスティアは、メルランに飛び掛かって行った。
襲ってくるとは思っていなかったメルランは、紙一重でその急襲を避けた。
そして、何を言っても無駄だと悟り、トランペットを取り出した。
「それがあなたの歌いたい唄なの!?」
 強引に彼女を贖罪の意識から遠ざけようと、メルランは先ほど、ここに来るまで奏でていた旋律を奏で始めた。
ミスティアは舌打ちをした。贖罪とか、罪とか、死とか、そんな事を考えるのが馬鹿らしく、面倒くさくなるメルランの陽気な旋律が、非常に鬱陶しいらしい。
「うるさいッ!!」
 感情を露わにした一喝と同時に、先ほど咲夜を苦しめた空気の波がメルランにぶち当たり、彼女の小さな体が跳ね飛ばされ、地面をごろごろと転がった。
すぐさま起き上がったメルランにもう一発喰らわせてやろうと、再びミスティアが発声する。
だが、メルランも負けじと、トランペットを暴力的に吹き鳴らした。過剰な空気を送り込まれてひっくり返った、耳鳴りのする様な音が鳴る。
すると、二人の間の何も無い空間で、二つの音がぶつかり、爆ぜた。巻き起こった風圧が、崩れた壁の破片や割れた窓ガラスを吹き飛ばす。戦闘の最中であるにも関わらず、咲夜は思わず目を伏せた。
 聴くに堪えない二つの音色が混じり合うと、まるで絶叫や断末魔、獣の雄叫びの様な音が生み出された。
「罪に気付けない、気付こうともしないあいつのせいで、私は……私は! 私はあああぁぁあああぁぁ!!!」
 再びミスティアが発声した。
対抗するようにメルランがトランペットを吹き鳴らし、二人の間で音がぶつかり、爆ぜる。
「確かにレミリアは我儘だった。でも、もういいでしょう!? これ以上罪を重ねちゃ駄目!」
「引き返せない! 戻れない! 唄を冒涜した罪を! この唄を生み出した罪を償わなければ!」
「これ以上罪を重ねても、元の生活には戻れない! 罪滅ぼしで新しい罪を重ねても……」
「うあああぁぁぁあああああ!」

 ミスティアが涙を流し始めた。
そして、彼女の罪である唄を歌い始めた。
泣き声と混じった震える声は、唄の物悲しさを助長させるが、催眠効果は薄らいだ。
 訳の分からない歌詞と、聴く者を魅了する美しく、悲壮感溢れるメロディ。そして、彼女の感情を露わにしている歌声――
催眠効果が薄らいでいる筈であるのに、メルランまで貰泣きを始めてしまった。
 死ぬ間際まで追い詰められて生み出した、生きる為の武器。生きる為の唄。
武器は――唄は――、罪そのものだった。聴く者を殺める事も、生かす事もできる。
彼女は世界の行方を、その手中に収めてしまった。彼女は世界の支配と言う大罪を犯した。
「こうする以外に、私に生き延びる術はあったの? 私は生き延びる事が罪だったの?」
 怒りが涙を留め、ミスティアは再び唄を奏で始めた。メルランもトランペットでの即興曲で対抗する。
しかし騒霊としての格も、音楽に込められた力も、ミスティアには及ばない。
メルランは確かな劣勢を感じていた。やはりそう簡単には越えられないか、と。
 だが、傍観している咲夜には、メルランの奏でる音色ばかりが耳に入って来ている。
何故なら、メルランの奏でるのは、気分をよくさせる旋律だからだ。
罪と向き合う陰気な唄と、開き直る陽気な音――罪など本来、向き合うよりは開き直っていた方が楽だ。だから咲夜は無意識の内に、メルランの奏でる旋律ばかり聞き取っていた。
それ故に、咲夜はミスティアの唄の効果を受けなかった。
「メルラン、ちょっと耐えていて! お嬢様の様子を見てくる!」
 彼女の声を聞いて驚愕したのはミスティアだ。
罪に塗れながら作った唄の効果が、まるで出ていないからだ。
 咲夜がいなくなって暫くすると、自然とミスティアは歌うのを止めてしまった。
再び双眸から涙を零しながら、その場にぺたりと座りこんだ。
「どうして……? 私の唄、聴いてる筈なのに……あいつ……」
 “歌合戦”の休戦に、メルランはほっと息を吐き、その場にへたり込んだ。これほど緊迫した唄は初めてであったので、とてつもない疲労感に襲われていた。
「きっと、人の弱さだよ」
「人の……弱さ……」
 泣きながら反芻するミスティア。しかし、意味は分かっていないようだ。
そこでメルランは、
「そして、ある意味、人の強さでもある」
 そっとこう付け加えた。


 次の瞬間、何かがメルランの頬を掠めて飛び去って行った。
その何かは呆然としているミスティアにぶつかるとぺたりと体にくっ付き、幽霊である彼女の体を蝕みだした。何かの正体は御札だった。
生身の体で受ける痛みとは別格の激痛に、ミスティアは絶叫し、のたうち回る。
呆然としているメルランの横を、同じものが二枚、三枚と飛び去っていき、同じようにミスティアに貼り付き、彼女を苦しめる。
 そうしている間に、ミスティアの体はどんどん霧散していき、形が崩れて行く。
メルランが後ろを向いていると、ばつの悪そうな顔をしている霊夢が立っていた。手には、ミスティアに張り付いている御札と同じものがある。
「こっちに来て正解だったみたいね。よかった」
「ミスティアは……どうなるの?」
「これで消えるわ。完全にね」
 そう言われ、再びメルランはミスティアの方へ目をやった。
完全に体が浄化されていく最中、ミスティアは手を伸ばし、何かを訴えかけていた。
声は出せないが、ぱくぱくと動く口から、彼女の求めているものを察した。
「……歌……歌ね? 歌が聴きたいのね?」
 座ったまま、メルランは即興で歌を作り、消えゆくミスティアに披露した。
消え失せると言う事は、冥界へ行く事すら許されないのかもしれないが、せめて幸福な気持ちのままで逝ってほしい――そんな切なる願いを込めて。
 メルランの奏でる旋律の美しさを感じ、ミスティアは御札による激痛に苛まれながらも、最期の最期で穏やかな表情を見せた。
「私の唄じゃ、世界は救えなかったか」
 この言葉を最後に、ミスティアは完全に掻き消えた。



*



 森の中に作られたミスティアの小さな墓石の前に花を手向け、それっぽく目を閉じたり、手を合わせたりした後、メルランは踵を返した。
すると、背後にいつの間にか、魔理沙が立っていた。手首には包帯が巻かれている。
「気の毒にな」
 魔理沙は、哀れんでいるような、そうでもないような微妙な笑みを浮かべてそう言った。
「気の毒なのは私だけじゃないよ。死人だって出たし、未だに情緒不安定な人もいるし、屋台はもう完全に終わっちゃったし」
 そう言ってゆっくりと歩み出した。付いて来て話相手になってほしいと言う表れかと悟り、魔理沙もそのゆっくりとした歩調に合わせて歩み出した。
「どうすれば、こうならずに済んだのかな」
「あの頃の私たちじゃあ、どうしようもなかったかもな」
「今の私たちなら?」
「平気さ。そもそも、レミリアがあんな暴挙に走らない」
 ミスティアが消えても、レミリアだけは、彼女に与えられた恐怖から解き放たれる事はできなかった。
酷く恐ろしい目に遭って、ようやく自身の行いを見つめ直せるようになったのだろう。
どうすれば、ミスティアは自分を許してくれるのか。私はどうすれば許されるのか――取り憑かれたように、そんな事を繰り返しているらしい。
「やっぱり助けてあげるべきなのかしら」
「やるならちょっぴり、な。ミスティアも程度を誤っていたのさ、きっと」
「程度、か」
 それだけ言って、二人は押し黙ったまま歩んだ。
暫くすると、
「お前は歌を聴かせて回ってるんだっけ?」
「ええ」
「今度もお前が世界を救うんだな」
 魔理沙はおどけてこう言ったが、メルランは首を横に振った。
「私だけじゃ世界は救えないよ。ミスティアのやりすぎた分を、私が補うの」
「時間差はあれども、二人の演奏会か。いつぶりだ?」
 魔理沙の一言に、メルランもミスティアとの小さな演奏会を思い出した。
紅魔館での歌合戦とは異なる、準備中の屋台で行った、幸せな演奏会を。
 愛用のトランペットを眺め、きゅっと抱き締めた。
――ああ、何だか私たち二人なら、世界を救える気がする。
 今こそ、これを現実にしてみせよう。そう思い、メルランは歩みを速めた。
 pnpでございます。

 146kb。超大作となりました。
『歌を失った夜雀』と世界観が似ている気がしますが、気のせいではありません^^;
ミスティアの歌とレミリアの相性が何だかとてもいい気がするのです。
もうこのシチュエーションでSS書くのは4度目です。(人様に見せた作品は3作だけですが)
 独自設定が目立つ作品になりましたが、お口に合っていればこれ幸いです。


 長い作品でしたが、ご観覧、ありがとうございました。
これからもどうぞよろしくお願いします。

―――――――――――
>>1
今まで書いた中で最も長い作品となりました。楽しんでいただけたようでよかったです。

>>2
割と活躍させたつもりでいましたが、足りませんでしたかね。

>>3
ありがとうございます。

>>4
何のお薬でしょうか?

>>5
そもそも吸血鬼はレミリアとフランしか(ry

>>6
白蓮さんは何かしら悩みまくるでしょうが、自殺に至る雰囲気はありませんね。人生掛けて贖罪する事でしょう。

>>7
因みに私は、こういった話を作る事に罪悪感を感じていないつもりです。

>>8
騒霊みすちーはどんな感じかと言うのを説明したかった、銃による自殺がかっこよかったなどの理由で登場しました。

>>9
真面目な方ですから、案外些細な事に罪悪感を感じてる印象があります。

>>10
どんどん妄想してみてくださいませ。

>>11
もっといろんなキャラの苦悩を書くべきだったですかねぇ。
いいのがあまり浮かばなかったり、描写が似たり寄ったりになりそうだったりで、この程度にとどめたのですが。

>>12
録音されてたーと言うのは、私も考えました。意味分からん歌詞のこの唄を逆再生すると世界滅亡を願ってる歌詞になるとか、そんなことも。

>>13
プリズムリバーの誰かを主軸に置いての作品は私も初めてです。

>>14
ありがとうございます。みすちーかわいいです。

>>15
にとりの死体は……発見されたのでしょうね、きっと。

>>16
エルシャダイ人気すぎて困る。

>>17
なるほど、そういう言い回しがあるのですね。一つ賢くなれました。
おほめの言葉も、ご指摘も、両方ありがとうございます。
pnp
http://ameblo.jp/mochimochi-beibei/
作品情報
作品集:
20
投稿日時:
2010/09/21 09:38:24
更新日時:
2010/10/04 18:35:18
分類
ミスティア
メルラン
レミリア
咲夜さん
1. 名無し ■2010/09/21 18:45:55
みすちー………

長いけど面白かった
2. 名無し ■2010/09/21 19:53:31
もっとメルランを活躍させてもいいと思うんだ
3. 名無し ■2010/09/21 20:38:35
とても面白かった!
レコードさえあればこんなことには・・・
4. NutsIn先任曹長 ■2010/09/21 21:49:46
取り扱いに関して、この歌は特定の薬物とよく似ている。
鳥用ではなく鹿用の12番をプレゼントしよう。
自分の口に。

…BANG!!
5. 名無し ■2010/09/21 22:49:26
レミリアほど自業自得とざまぁみろwが似合う吸血鬼はいない。
6. 名無し ■2010/09/22 01:15:09
この唄を白蓮に聞かせたいという思いを読んでる間ずっと感じたので、レミリア命蓮寺に出家してくれ
7. 名無し ■2010/09/22 01:38:55
俺含む産廃民がこの歌を聞いたりしたら東方キャラが出てきて…みたいなことになりそうで嫌だなぁ
現実でも嫌な記憶とかはこびりつくのに
とても面白い作品でした
8. なかなかさいそく ■2010/09/22 02:05:52
にとりは関係ないから出て来なくてもよかったのでは?
9. 名無し ■2010/09/22 03:08:28
四季様に聴かせたらどうなるんだろう
10. 名無し ■2010/09/22 10:49:42
他のキャラがこの歌を聞いたらどうなるかとか妄想が膨らむいい作品でした
えーりん白蓮辺りに聞かせたら面白そうだ
11. 名無し ■2010/09/22 13:19:34
嫌な記憶や罪悪感ってのは何度思い返してもまったく変わらない
苦しみをもたらすものですよね。
題材がすごくいいだけに、苦しむキャラが少ないのが残念。
この歌をもっともっと多くの人妖に聞かせたいと思う。
レミリアでこれなんだから、きっと皆素敵な姿を……
12. 名無し ■2010/09/22 16:28:48
銀星号!

>>8
みすちーは居なくなったけどカセットテープに録音された歌は残ったのであった
13. 名無し ■2010/09/23 04:04:59
メルランが主軸に置かれるSSは創想話や夜伽でも少ないので
メルラン好きの俺にとってこのSSは貴重だな
14. 名無し ■2010/09/23 04:54:39
ミスティアー!
メルランー!
pnp氏のみすちーはいいなー。唄に真面目すぎるほど真摯すぎる
だからこそ最後のセリフが切ないけれど世界を救えるメルランの唄を聞けていけたことは幸せだったのかもな
15. なかなかさいそく ■2010/09/25 12:49:02
あの後にとりの遺体はどうなったんですか?だれかに発見されたのですか?
16. 名無し ■2010/09/28 00:30:43
人里で何人死んだか知らないが、描写されてる限り唯一の死者のにとりよ…
――神は言っている――
全てを救えと――
17. 名無し ■2010/09/29 23:01:34
ミスティア大好きなので泣けた。
そして何度も読み返す。感情移入しすぎて凄く重たい気分です(笑)
pnp様の作品大好きです。
ひとつだけ、『耳障りはいい』という表現がありますが『耳に心地よい』などの言葉の方が良いと思います。

博麗の巫女によって唄と共に消されることが彼女の償いだったのかも。
18. ハッピー横町 ■2011/02/01 13:48:31
綺麗な花も手折ればあっという間に枯れる。永き夜を生きるレミリアには、有終の美が理解出来なかったようですね。
美しい歌も、暴力と抑圧によって穢されたなら呪いとなり――

ミスティアのことを想うと胸が締め付けられます。
19. tg ■2011/10/31 20:36:30
レミリアとミスティアの確執が素晴らしかったです。唄を作り出すミスティアの描写にこちらまでわくわくしました。
メルランの動き方ぶつかり方もアツいしで、あっというまの150kbで、いいものを読ませていただきました。ありがとうございました。
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