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『ごめんなさい藍、橙は嫌いなの』 作者: 狂い
「紫様っ! 早く早く! ほら! 藍様も!」
青紫のポスターカラーで塗りつぶしたような、晩夏明けの晴れ上がった空が博麗神社の長い石階段を照らして、そこに伸びる背丈異なる3つの影。
「もう、橙ったら。そんなに急がなくても大丈夫よ」
私(わたくし)の主人と式、八雲紫様と橙が仲睦まじく手を繋いで登っていく。親子のような関わりを感じさせる紫様と橙の様子、そして黄金色に満ちた羽毛のような穂先たなびく階下の植栽の初秋告げる穏やかな風当たりを感じて思わず私の顔が綻ぶ。
「本当に元気ね、橙は」
「……ええ、紫様。橙はまだ幼いから、目の前にある物全てに磁石のように引き付けられるのでしょう。それに」
階段を登り切った橙の目がぱっちりと見開く。私たちの脇を兎が跳ねるような速さで駆け抜けていった。
「今日はお花見ですから、なお一層のことで」
紫様に歩調を合わせ階段を登り切ると境内では色とりどり、十数人の妖怪、人間、妖精取り乱れ、紅葉が掛かった木々と蒼穹の空を肴にどんちゃん浮かれ騒いでいた。
「幼いって良いわ。周りも気にせず騒げて」
紫様は口元を扇子で押さえ、橙の騒ぎっぷりを見詰めていた。切れ長の双眸を生糸のように細め、一見微笑んではいるが、先ほど橙と触れ合っていた時の温もりある笑顔は消失していた。ただただ橙を鼻で笑うような紫様の冷たい無機物で出来た仮面のような表情。私はすっと目を伏せた。
「紫様」
「何」
「橙はまだ子供なのです」
「知っているわ」
「橙の前で、そのようなお顔は控えて……」
紫様がぱちりと扇子を戻す。くっと小さい息が漏れた。濡れた睫と双眸の中心にある金色の瞳を向けられ、思わず私は目線を外す。
「またその台詞。そんな下賤な目で見るはずがないでしょう。橙を猫可愛がりし過ぎよ」
「しかし紫様……」
ちらりと紫様の目の色を伺う。ぞっと寒気が立つ。映写機のレンズのような動きで金色の瞳を拡縮させながら睨み返されていた。
「申し訳ありません」
私の言葉を聞き流され紫様は境内に向かい始めた。私は数歩後ろに下がり、こめかみを拭いその背を追った。
宴はまだ、度数の低い酒で腹を慣らし始めているような序の口。顔の赤いものといえば飲兵衛の鬼たちや下戸の若い人間くらいだった。私と紫様は空いていた一角に案内され腰を下ろす。橙は私たちから離れ同世代の妖怪たちとは笑顔ではしゃぎまわっていていた。
「紫様どうぞ」
手慣れた手つきで杯を満たす。紫様の愉悦のため数えきれないほど繰り返してきた行為。目をつむってでもできる、とは言い過ぎか。骨身にしみ付いた行為は今後消えることはなさそうだ。同時に私にはある癖が付いた。杯を渡す時に紫様の目を一瞥するのだ。特に初めの一杯は傾注して。そうすれば紫様がどのような気分で酒を呷っているのかある程度は理解できる。主人の機嫌を把握し然るべき対応を取らなければならない従者としての義務は肌に浸潤するシミのようにすっかり身に付いていた。
無言で目線を据えて杯を受け取る紫様。……紫様の機嫌が分かった。ふうっと嘆息し紫様の顔色を見る。
「……」
まだ変わらない冷めた目だった。礼儀を知らないの外界の下賤な乞食を見る目。あからさまな不快感で眉をひそめている紫様の視線の先を見て私は重く目を閉じた。このまま幾ばくか両目を覆う視神経や外眼筋を休ませこの闇の中に置いておきたい。鉛玉を吊り下げられたように重く気だるい瞼を開く。
また始まったのだ。橙への蔑視が。
橙を式に迎えた時、九尾として低俗な人妖を軽視し生きてきた私は、紫様の存在以外を半ば嘲笑しながら暮らしていた。崇高な紫様の式を務める。恐悦だけが私の生きる糧だった。橙を式化したのは吐息に含まれるガスのような軽い理由からだ。紫様のお世話をさせるための奴隷を雇う。それだけ。幾つかの奴隷を私たちは今まで養ってきたが、数年と持たず気と体を犯されて廃物になった。紫様と私の性的な折檻を受けて半日で壊れた少年もいた。心は痛まない。味の無くなったコカインをぽいっと唾棄するように使い捨てにしてきた。今回も私でさえ到底及ばないほど美貌深い紫様に失礼のないよう、なるべく顔立ちの整った黒猫を選んだ。位の低い猫又でよい。屈服を刻みやすく従順な私有物に仕立て易い。気高き紫様と九尾の私を見上げ、幼い猫又の体はがちがち震えていた。
───低俗な猫又……喜ぶといい。私々の奴隷になれるのだから
猫又の未来を鑑みて、内心ほくそ笑みが止まらなかったのだが
「ひっぐ、ぐす……うううわあああん!!」
「お、おい?! なんだ! 離れないか!」
橙は私の膝もとを抱きしめ、さめざめと泣き始めたのだ。足を軽く振っただけで吹っ飛んでしまいそうな華奢な体つき。
「ふふ、気に入られたわね」
「ゆ……紫様」
紫様の奉仕しか頭になかった私は子をあやし方などわからない。私は泣いている橙にただ困惑するしかなかった。
「藍、あなたがこの子を教育なさい」
「しかし紫様、私は子の世話など知りません」
「いいじゃない、その子から学べば」
他人任せなお言葉が飛んできた。妙な所は軽い紫様らしいと言えばそうなるが……
「あなたにも計算できない物があるのね」
そう言うと紫様は暗緑色のスキマの奥に姿を消された。
私は、はあっと嘆息した。目線を下ろす。まだ黒猫はすすり泣き裾から手を離さない。
難解な数式を解いている時のように考え込んだ後私は
「ああ……とりあえず……泣くのを止せ。私の瞳を見ろ」
真っ赤に腫らした大きな瞳が私に向けられる。紫様と私の、権謀術数に塗れた瞳からは想像できないほど澄んだ目を真正面に見せられ思わず身がすくんだ。
「う……よいか、お前は今から私の式になったのだ。式だ。わかるか?」
「し……き?」
「そう、式だ……わからない? ああ、うん。そうだな……家族……そうお前は今から私の家族になるのだ」
考え込んで過熱した頭を働かせて言葉を紡ぐ。
「家族……」
「八雲紫様という気高いお人の家族になるんだ。わかるな。そうだ。だからもう涙を拭け」
黒猫はごしごしと眼を擦り上げた。涙は止まっているようだ。
「良いか? 私の名は八雲藍。藍様と呼べ」
「らん……さま……」
橙が私の名を繰り返し呟く。ふっと息を付きたかったが
「藍…さま……らんしゃまあああああああ!」
大きな双眸からまた涙がこぼれ始めた。私の肩に小さな手を回してぎゅっと抱きしめてくる。
「ちょ……泣かないと言ったろうに……ほら泣くな」
たどたどしく小さな背と髪の毛を撫でる。か細い体のどこにそんな力があるのだろうと言うくらい大声で泣いていた。手に伝わる折れてしまいそうな体つき。むず痒さが籠る生温かい感情に私は心身が浮かされる。私を一身に頼っている小さな命。紫様からの信頼とはかけ離れた血が通った信望。通念ぶって硬直的な私の思考が少しずつ融かされていく。
「ね、ほら。泣かないの。いい子だから」
生ける者、子を持つ生類が本能的に備え持つ……親愛という情念をこの日初めて覚えた。
私は橙に引きこまれ付きっきりになった。低級の妖怪なら見境なく見下していた私だが
「藍様……らんさま……」
と心許ない不安に満ちた声に呼ばれるたびに刺々しく角張った私の自尊心は砕かれ丸く削られていった。目の前にいる幼く非力な娘は私だけが頼りなのだ。思い出すのもはばかれるくらい遠い過去、一国の王族や大衆全てを謀り“傾国の美女”とも呼ばれた私は、側近から上辺の信頼を感じることはあっても親愛を覚えることはなかった。欠けていた感情を発現させてくれた橙に虜になってしまっていた。あれほど誓っていた紫様への恭順は水に浸かった融鉄のようにその熱を失った。林檎の虫食い穴の引力に吸われるガス雲のように……堪えがたい魅力を持つ橙に引かれ溺愛するようになったのだ。無論主人の忠義は忘れていないはずだったが私にとって橙は紫様と同等以上のものになりつつあった。
橙を迎えて幾年、厚い雲上の機嫌損ねた雷神が幻想郷に怒り振り撒く真夏の真夜中のことだった。不規則な雷鳴と降雨の湿り気に当たったのか、橙が熱を出して寝込んだ。私が付きっきりで看病していたのだが……橙の様相を知ってか知らずか紫様は私の服を脱ぐように言われた。暗に夜伽を命じている証だった。
「申し訳ありません紫様。橙が気がかりなのです。今日はご勘弁願います」
紫様の命令は絶対だが、橙が心配で心配でたまらなく私は断りを嘆願した。紫様は細く揃った眉の端を引きつらせ
「主人より橙を選ぶのね」
「今日の所は……いえ橙が快復するまではお許しを」
紫様は
「橙と一緒にいてあげなさいな」
と柔らかく微笑みそのまま自信の部屋に戻られた。良かったと安堵の気分でいっぱいになる。以前の紫様だったら無理やり連れ込まれ体中を弄り回されていた。しかし、橙が来てからの八雲家は猛々しい獣性剥き出しの過去は虚ろのごとく消え去り、穏やかでぬるま湯のような雰囲気が流れている。これも一重に橙が私だけではなく紫様の心さえも丸くしたのかなと私は思っていた。
橙の熱は下がらない。うわ言のように私の名を呼びうなされ続けていた。心配でたまらなかった私は橙の真横で体を横たえた。しきりに橙の顔色を伺う。料理の素人が何度も繰り返し鍋蓋を取って様子を見ているみたいだなと思わず苦笑しそうになる。意識が続く限り額の汗を拭ってやった。
「橙、大丈夫か……」
わが子を思う母の気持ちはこのようなものだろう。出来ることなら橙の代わりに病を受けたかった。本心でそう思う。
「らんさま……ゆかりさま」
橙の弱々しい声がする。幾刻か経つと、うわ言は治まり橙は静かな寝息を立て始めた。止むことなく降り注いでいた雷雨も潜み始めた。薄暗い寝室と橙の小さな吐息。体内の気疲れが吐息となって口から漏れる。愛らしい橙の寝顔が睡魔を導き私も意識を手放した。
「んんんん……! んんんん」
橙のうなされで半ば覚醒する。また熱が返し始めたのか。寝ぼけ眼で橙の様子を見た。
「っは…… ん、かっは……?」
瞬間に私の全身が金縛りにあった。小康していた落雷は再び鳴りを強めていた。雷光が寝室を刹那照らし出した瞬間
橙の枕元に不明瞭な人影が見えた。初めは橙が目覚め、起き上っているのかと錯覚して声を掛けようとしたのだが、布団の膨らみは存在したままだった。視線を枕元に戻……さなければよかった。瞬間、私の尾先から鼻柱まで鳥肌が弾丸のように駆けて行った。
紫様が橙のそばで正座しだらりと前屈するように頭を下げ橙の顔を覗き込んでいたのだ。ぶつっ、ぶつっ、頬に唾が溜まってじゅくじゅくとした形容しがたい粘着質な水音を立てながら。その表情は伺えない。闇の中で光る紫様の黄色い髪が細かく割かれたカーテンのように橙の頬に垂れ、顔の形を隠していた。
「……は……渡さな……藍は……いわ……わ」
私の耳は異常に張り詰め、火を当てられているような熱を持ち始めていた。鋭敏になった聴覚は紫様の聞いたことがないような低い声がと橙のうなされ声を自覚する。
「はあ、はあ、はあ」
金縛りに遭っていることさえ分からない。神経も敏感になっているのか異常に耳が利いてしまっている。地底のおぞましい眷属が出すような聞くべきではない声をとうとう私は拾い取ってしまった。
「藍は渡さないわ藍は渡さないわ藍は渡さないわ藍は渡さないわ藍は渡さないわ藍は渡さないわ」
「いっ!」
肺から空気が押し出されしゃがれた声。反射的に発してしまったそれに紫様がぴくりと体を震わせる。目まいを起こしてしまいそうなくらい緩慢な動きで紫様が上体を起こす。
「うああ」
機械人形のような動作で紫様の首ががくっがくっと私の方に向く。紫様の瞳孔が縦長にすっと湾曲した。竜や湖底に潜む水生生物の瞳に酷似していた。私の方の黒目は思い返したくない程の恐怖で極端に矮小しているだろう。視線を外す事が出来ず四つん這いの紫様の、恐ろしい顔が近づく。目を閉じられないまま紫様を見詰め
「橙死死橙死橙死橙死」
ごっと紫様の額が私の額を打った。私は舌を聾唖者のように垂らしてそのまま失神した。
それからだ。紫様の橙を見る目が気になり始めたのは。橙に構い過ぎていて呆けていたのだ私は。橙がやって来てからよく見るようになった紫様の冷めた目線。眉を小刻みに揺らし扇子で口元を押さえる紫様。厄介な異変の度に見せていた背筋が凍るような険しい瞳。あれは橙に向けられたものだったのだ。紫様が橙と接している時には柔和な笑みを浮かべておられてはいたが、橙が気が付かない所では敵愾心剥き出しの、吐き溜めを見る瞳で橙を見詰めておられたのだ。
宴会の喧騒が私の心を現実に戻す。紫様は山の住人や地底の面子と酒を酌み交わされている。
「私はあいさつに回りますので」
紫様の元を離れ、私は各人に酌をしに立った。途中大声で走り回っている橙が目に入った。ああ、紫様は今も橙を侮蔑こもった目で見られているのだなと、憂いた気持ちが私の心を萎えさせた。
紫様と親交深い西行寺幽々子様などを回る。新興した二柱や紅魔館の者などは後回しでいい。淑やかに酒を煽っている佳人、聖白蓮様の元へ足を向ける。幻想郷に寄住してまもない白蓮様だが私に対して構えた様子も見せず、柔らかい笑みで迎えてくれた。もの静かで温かみのある声が私の心を安堵感で満たしてくれる。
「ああ、なんと……これは強いお酒だ。白蓮様。さぞ大きな別腸をお持ちのようで」
白蓮様から頂いた酒を飲み、冗談交じりに言った。まあ、と白蓮様はくすくすとにこやか、少女のようにお笑いになられた。
──紫様にもこのような気丈をお持ちいだたければ……橙とも
白蓮様の微笑みが私の心に一時の安寧を取り戻させるが、徐々に失せていく。真っ白な砂糖菓子がみるみる黴に侵され変色していく様を想像した。
白蓮様とは対照的な紫様の放縦な性格を鑑みる、杯の中に揺れる自分の表情は曇っていた。
「……白蓮様」
思いのたけを白蓮様に告白しようとした。この方なら、私を隘路から導いて下さるかもしれない。
「お話に入れたいことが」
「ら〜んさまっ!」
後ろから腕を回されはっとする。
「どうしたんでしゅか……らんさまぁ……浮かない顔しっひっく」
ふらふら呂律の回っていない橙は妙に艶やかなで声をして私の体をさすって来る。
「ああ……橙。お酒は大人になってからとあれほど言っただろう?」
「はひぃ……みんなと飲み比べぇを」
相当な量を空けたのだろう。元々くっきりとした二重瞼はとろりと垂れ下がり、三重になっていた。橙は私の膝に乗り胸元に顔を擦り寄せる。
仲のよろしいこと、と白蓮様がお笑いに
「とんだ失礼を……白蓮様。これは橙。私の式です。ええ……もう式や従者と言うよりは私の、大切な……家族。娘のような……っ!?」
突然、橙が頬ずりしていた胸に生温かい感触が襲った。橙の舌か? と思ったが橙ではなかった。橙は頬を赤らめて顔を胸に押し付けているだけ。
「……んん」
乳頭の突起になめくじが這うような濡れた弾力ある何かが纏わり付いている。なん……なのだ? その……性的な愛撫されている時、敏感な突起だけを執拗に弄ばれ続けている……まるで覚えがある行為。
酒で熱くなった体を冷ます振りをして上着に摘まんで左右に振る。その隙間から恐る恐る胸の膨らみを見た。びくりと全身が不意に波打つ。
私の乳房と衣服の間に、見覚えある紫様の小さいスキマから……暗紫色の異空間から唾に塗れた赤い舌が私の乳首を音を立てながらしゃぶり付いていた。羞恥で頬がさっと熱くなる。離れた場所に座られている紫様をみると
「……くちゅく……くちゅく」
と扇子で口元を隠しビンロウでも噛んでいるかのようにもごっもごっと動かしていた。きいっと主人に対して蔑視めいた視線を送るが、紫様は視線を合わせない。時折ちらりとこちらを見て、ふっと口角を釣り上げるだけで愛撫を止めては下さらない。扇子で隠された口内にスキマを広げ、そこから舌を私の胸元に差し入れているのだろう。橙が抱き付き頬を寄せてくるごとに舌の動きは速さと強さを増す。橙との触れ合いを邪険いるかのように。
……ああ……橙よしてくれ。そんなに顔を胸に……擦り寄せないで……
橙は露知らず、猫撫で声で私の名を呼ぶ。紫様の舌の動きはあからさまだ。橙が体を寄せると舌の動きは力強くなり、遠ざかると穏やかなものになる。
本当に仲がよろしいこと、と白蓮様。
「………んん……はい、びゃく、れん様」
白蓮様の視線さえ耐え難く私に突き刺さって来る。
……ああ白蓮様。見ないでください。私は今、子供のように嫉妬した主人に人知れず愛撫を受けていて……羞恥でおかしくなってしまいます。
「え、あ。はい? 白蓮様? あ、ああ私の顔が真っ赤と? あは……はは……ぁん、さきほどのお酒にあ、当てられてしまったのかも……んんぅ」
返すのでいっぱいいっぱい。駄目元で紫様を見返したが、今度は愉悦そうな表情で微笑み返されてしまった。紫様の愛撫はいよいよ激しさを増す。乳頭を舌で押しては陥没させては吸引しては元に戻す。ふっふうっ!と鼻息が漏れてしまい、はっと口元を押さえていると
「抱っこしてください藍様あ」
私が受けている辱めに気付く訳なく橙がねだってくる。
「ああ……いいよ。おいで」
断る理由も思いつかない。私は橙を抱きかかえる。
「藍様、橙の事好きですか」
「……も、もちろんだ……んん。言うまでもないよ……あぅっ……!」
紫様の舌が乳房から離れ、つーっと肋骨を通り下腹部に向けて下っていく。
──紫様……橙が、橙がいるのです……!
「……んんっ!!」
ついに紫様の舌は私の充血したクリトリスに達してしまったと同時に
「本当ですか! 藍様大好きー!」
と背中まで手を回されて押し倒された。
「んああん!」
大きな衝撃が私の口元を緩ませてあえぎに似た嬌声を出させる。
「藍様? 顔が赤いです。どうしたんですか」
「ふう、はあ……お酒に酔ってしまったのかな……うっ!」
紫様を一瞥する。あごを突き上げ露骨に不快そうな表情をされていた。紫様がくっと眉をしかめると
「ああ……!」
私のクリトリスを猛烈な勢いで擦り始めた。橙への不満、嫉みを私の体で晴らすように加減なしで。反射的に目の前の橙をぎゅっと抱きしめる。
「ああ、橙、橙!」
息をつかせる余裕も与えずにただ絶頂に導くだけの愛撫を与えられ、下半身の奥から熱くじんとしたうねりが流れていた。
「んん! んんんんんん!」
無意識のまま橙を力強く両腕で抱え込む。目の前にある橙の髪の、むっとした臭いを思いっきり吸いこみながら私は絶頂に達してしまった。
「っはっはあはあ……」
「藍様……本当に大丈夫?」
青息吐息で顔も赤くなっているだろう私を不安そうに橙が見ている。顔が真っ赤よ、酔い覚ましを持ってくるわと、隣にいた白蓮様にも心配され
「も、申し訳ありません、白蓮さ」
「藍」
凛と響く声が近くから聞こえる。見上げると紫様が私と抱き付いている橙を見下し
「忘れ物をしたの、少し付き合って」
と真顔で言う。
「……はい」
「橙、いつまでそうしているの。早く離れなさい」
橙は耳を垂らし、しょんぼりとした感じで私から体から退いた。紫様は大きなスキマを展開すると腕を組み上げ私を待った。白蓮様と橙に気が付かれないように熱くなった息を整え、私は紫様のそばに立つ。
「大丈夫よ橙。すぐに戻って来るわ」
紫様が橙に微笑みかけながら言った。間違いなく本心ではない。だらんとぶら下げていた私の手を
「こうでもしないと酔った藍がどこに行くか分からないわ」
と半ば強引に掴み、引っ張られながらスキマに連れ込んだ。
スキマの中にある、得体のしれない何百の目の視線を感じながら降り立った先は八雲家の自宅、私の寝室だった。
「……っあ!」
腕を投げ出されて私は寝室の隅に体を預けた。どっと壁に背を打ち付けられると、紫様が私の首根っこを押さえつけながら
「んん、ううちゅ……」
と口内に舌を滑り込ませてきた。紫様の薄く塗られた赤の口紅の味が口に押し寄せ唾液とともに飲み干してしまう。長い接吻に満足されたのか、舌を引っ込め紫様は軽く私の唇を啄ばんだ。
「……紫様、どういう、ことです?……忘れ物を取りに来たのでは……」
撫でまわされた唇を手で押さえ困惑しながら私は言った。
「……」
黙っているだけで紫様はお答えにならない。ただ、とろんと瞼を垂れ、自己満足たっぷりの視線を私に送るばかり。公然での破廉恥な行為、本人に発覚されないよう送り続けている橙への蔑視。
日頃積もった紫様に対する理不尽さを抑えることが出来ず
「一体……なんなのですか!……先ほども紫様は私を……衆人の目の前で……その」
こみ上げてくる言葉を吐露せずにはいられなかったが
「絶頂に達してしまったの?」
「……!」
けらっと笑われる紫様。少女のいたずらっぽいはにかみと妖艶な熟女の笑みを両方張り付けて私に迫って来る。紫様の膨らんだ乳房が私の胸に当たり形を歪ませる。鼻と鼻が触れあうほどに顔を近づけられて
「橙との契約を切りなさい」
耳元でつぶやいた。
「え……あ……そ、そんな。いくら紫様の仰せのこととはいえ……確かに橙はまだ未熟者で紫様に仕えるほどの力はありません。粗相もします。気分を損なわれたことも何度かあるでしょう……しかし私が責任を持って橙のことを……」
「わからない人ね。あなたも」
「……え?」
「橙が憎いのは……」
「私から藍を掠め取ってしまったからよ」
「うああ……!? はぅううああ……」
急に下腹部の内側に生温かい違和感を急に覚えた。自分のものではない、軟柔な寄生体が内臓に滑り込み、じゅくじゅくと体液を散らしながら蠢動している感触。こらえきれずに下腹部を押さえ私は紫様の前で膝をつく。
「変わったわね藍。橙がうちに来て。抜き身の刀剣のように鋭くて魅力的だったあなたの気質も、私以外の人妖は白眼視する気位高い性格も……私への情愛も……全てあの子が壊してしまった」
ああ。なんてこと……先ほど私が絶頂してしまったときと同じしぐさ……また紫様は扇子を口に当てている。
「ゆ、紫様、お、お止めを……ああ」
自分でさえ触れたことも見たこともない未開の部分を弄られている。体内から伝えられてくる性感は徐々に膨れ上がり頬が朱に染まる。
「まんざらでもないようね。その顔見ると」
「なに……して……紫様……」
「初めてかしら? 子宮の中を舐めつくされるのは」
目尻の緩む紫様のその声を聞いてぞっと総毛立った。私のお腹の中に紫様の舌が?
「橙の式を解きなさい。楽になりたいのなら」
「ち、橙を……ああ、はあ……!ああああああ!」
子宮がある下腹部の奥深くからとっとっ……内壁を叩く音を感じる。
「ほら、藍の子宮口を内側から舌で叩いているのよ、ええ、わかるでしょう?」
ぴりぴりした電気的な感触がじわっじわっと股間に伝わり膝ががくがくに震え始めた。
紫様は舌をスキマ通じで私の子宮を撫でていると言うが、それならばどうやって声を出しているのか? 凡俗な人妖とはかけ離れたお方だから常人とは違う発声器官を別に持っているのか、それとも他人の舌をスキマから引っ掴んで発声しているのか。霞掛かった脳内で浮かんだ疑問を紫様の言葉が遮断する。
「この子宮口の締り具合だとまだ子供を宿したことはないのね。傾国の……とも言われたあなただから一人や二人孕んだことがあると思っていたのに」
「あああ……ぐっ……ふああっ!」
「今無理やり内側から子宮口をこじ開けているの。そうよ藍」
私からは、くぐもったうめき声しか出なかった。膝立ちにもなっていられず紫様の足元にごろりと体を横にした。そうしなければ鈍痛の“痛”が快楽になったような、下半身からじわり圧して来る心地良さに耐えることができないからだ。
「さあ、藍」
紫様のお気持ちは明白だ。私から憎い橙を引き剥がせることがようやく叶おうとしている。未知の快楽をぶつけて手篭めにして私の口から橙なんていりませんと、半ば強制的に吐かせれば、品の無い、低級なあの猫又の顔を見なくて済むのだと。紫様の口角を釣り上げた表情を一瞥して私は悟った。
「さあ契約を解きますと言いなさい」
「あはぁ……く……ゆ、紫様……橙は私がいないと何もできない子なのです……それに」
「それに?」
「橙は私の生き甲斐なのです!」
本音を紫様にぶつけた。橙を裏切ることなんて……衣食を共にし肌を触れ合い暮らしてきたのだ。実子を持ったことが私にはないが、実母が“お腹を痛めて産んだ子”と例えて我が子を可愛がるような、慈愛の情を捨て去ることなど到底不可能だった。
「私は何があっても、橙を裏切るようなことは……誓ってできません」
数秒後までは。
「あっひひひっ!! いあっああっあつくはあ、あああうあ!!」
燻っていた紫様の舌が苛烈に激しさを増した。とうとう私の子宮口を内側からこじ開け始めたのだ。
「っつぉほほおおお!! うへえっひひっひっひっひ!!」
途端に下腹部内部から厚い脂肪を通して総毛立つような鳥肌が下肢、指先まで届き波が返すように上半身、額の隅まで駆け抜けていった。電撃的な快楽にあれほど想っていた橙の事など頭からきれいさっぱり弾け飛んでいった。想像するのも嫌になるほどの未知の快楽が下半身をぐしょぐしょに濡らす。それに起因して私は顔をひどく歪ませ、だらしなく犬畜生のように舌を垂らして喘いだ。
「何が生き甲斐よ……藍。こんなにアヘって涎垂れ流して……それでも橙のことがいいの?」
「えへえっへ……っ!ゆか。うかりさま止めって止めってえへ!!」
「止めないわよ、式外すって明言しないと」
「いやあっはああ! 舌が、しきゅうからべろが出てきてまふうううおっほほほ!」
紫様の厚い舌数センチが、気味の悪い幼虫がびらびらと体をくねらせ、巣から這い出して来るような感じで、子宮口から這い出始めている。
「ほら、もう舌が子宮口から飛び出そうよ……どうするの藍?」
「は、はひ!! う、産ませてくださひいい!! 紫様の舌産みったひいんですぅ!」
「ふふふ……橙は?」
「ち、橙なんてもういりませんんんんん!! あんな出来の悪い猫より紫様を、ゆ、紫様を出産させてええくだざいいい!」
「約束よ」
「はい! はひ!! 紫様みたく、二枚舌じゃないですぅぅう!! だから産ませて下さいいい!!」
紫様は満足げに微笑み、
「舌一枚ではもの足りないでしょう?」
頬を紅潮させてさらに大きく口を動かした。
「? いっいっきぃ!!」
胎内にどっとした重みが加わり、子宮内壁を圧す。団子状の丸まりがもたれかかっているような心地がして……
「選りすぐり分厚い舌、10枚仕立て。白痴の式神橙デスペル祝いの紅白饅頭よ。しっかり味わいなさい」
「ひぎっ!」
ぼとりと子宮口へ転がり込む。紫様特製の“舌団子”はそれぞれが独立してくねくね忙しなく動き引っ掛かり、私の肉壁に刺激を与える。
「ふんん、ふっー! っふうああ!!」
鈍い陣痛が巻き起こり辛抱たまらない。私は両手で膝を抱えた。少しでもお産が楽になるように指で秘所の割れ目を押し開かせる。紫様はわざわざ私の股座が見える所に動き
「藍……もうびしょびしょじゃないの……こんなに漏らして」
と言い、ぴんっと私の充血したクリトリスを弾いた。ふっ! と嘆息して私は顔を仰け反らせる。
「うはあ!! ああぐぐっうう!」
初産でまだ拡張されていない産道に舌の塊がずんずん進んでいく。
「あら、お顔が見えてきたわ」
他人事のように紫様がつぶやかれた。
「ほら出ちゃうの? 出ちゃうの?」
紫様は膣口から露出した舌の塊を指で押して、元の場所へ戻そうとする。
「ゆ、っゆかりさまあああ!! それ駄目っ!! 引っ込ませちゃあめええ!」
「さっきの約束、反故にされちゃ困るから」
紫様は粘液で塗れた塊を指で押さえながら
「最後の確認よ。本当に橙はいらないのね?」
「あああ……ふうう……ふう、ちぇ……」
「いらないのね?!」
紫様が産道内へまた押し返そうと力を強めたのを感じ
「いりませんんんん! いりまぜんから指離してっ!!」
出産の戒めを解かんと絶叫して嘆願する。
「ふふふふ、いいわ。お腹の子、出してしまいなさい」
「ふっぐうう、ふーふーふうっ! っつぐう!!」
膣口から半分ほど出掛かっているのはおぼろげな意識でも感じることが出来るが
「ああ! 引っ掛かって、引っ掛かりがああ!」
舌の一端が意識を持っているかのようにぴんと張り詰め、中で突っかえている。
「出ない……出ない……うあああ!」
「もう少しだから。手伝ってあげる」
紫様に勃起したクリトリスを摘ままれ、思わず腰が仰け反る。固い芽を解きほぐすようにこねられ、強引にいきまされ
「ああ! もう!! もう産まれっ!!」
舌の塊のほとんどが出ようかという時、紫様にクリトリスを上下左右と何往復も指で擦りつけられた。
「んんん! う、産まれりゅっ!!産まれていっぐうううう!!!」
と絶叫と嬌声を混じらせ、濃い尿を失禁しながら舌の塊をぼとっと産み落とした。きんとした耳鳴りが響き、私の顔を涙と唾と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
「最高よ藍」
絶頂に導かれながら出産させられ、息も絶え絶えの私の上に紫様が覆い被さった。お産のショックで呆けている私の半開きの口に舌を入れ唾液を注がれている。吐くのも飲むのも億劫で口内に溜まっていく一方だった。
「久しぶりにあなたを一人占めできるなんて」
と紫様。
私の心の中は、一時の、耐えがたいと言えばそれまでだが、ほんの数刻の快楽を与えられて、橙を簡単に裏切ってしまったという自責と後悔の念に襲われていた。
──橙、ごめんね。橙ごめん……
紫様に隠すことなく涙した。しかし
「藍……藍愛してる」
と紫様に耳や鼻や眼球を唾液がたっぷり乗った赤い舌で舐めつくされ、紫様の中へ涙は消えていった。
──橙ちゃんは、紫さんや藍さんのこと好きなの?
……はい白蓮様。紫様も藍様も大好きです。それに……
──それに?
……藍様と約束したんです。もっといっぱい勉強して紫様や藍様みたく立派になるって。そして……紫様からいつか、八雲の姓を貰うんです……
──そう。橙ちゃんならきっとできるわ
……はい……私、紫様と藍様の家族になれて本当に良かった
狂い
作品情報
作品集:
21
投稿日時:
2010/09/28 21:01:35
更新日時:
2010/10/02 19:31:01
分類
藍
紫
橙
子宮責め
出産
誤字指摘ありがとうございます
紫様、嫉妬の度合いと愛撫の凄まじさが正比例しています。
橙は契約解除された後、どうなるのだろうか。
『廃棄処分』されるのか?
愛なら仕方ない
…せめて白蓮かさとりが橙を引き取ってくれますように…
紫は藍の普段見れない顔が見れたからおもしろがって橙育てさせようとしたのかな
それがどんどん藍様取られていってきっと焦っただろなあ
なははははww
八雲の性を貰うんです→八雲の姓を貰うんです
「橙の式が紫によって解かれ藍にも追い出される」
読むとしっくりくる