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『箱庭を手に入れた紅の暴君』 作者: NutsIn先任曹長
夜の幻想郷。
人里。
炎に包まれている。
命蓮寺は人々を可能な限り収容すると、聖輦船に変形して飛び去っていった。
レミリア・スカーレットは空飛ぶ船をちらりと見ただけで、直ぐに目の前の脅威に注意を戻した。
楽園の素敵な巫女、博麗霊夢。
彼女は、幻想郷侵略の手始めに人里を占領した紅魔館の当主であるレミリアと向かい合っている。
そんな霊夢を見ている女性。
幻想郷の管理人、妖怪の賢者と呼ばれる大妖怪、八雲紫。
幻想郷を征服しようとするもの、守るもの、管理するもの。
三者の均衡は、崩れた。
紫が、
ごめんなさい。
霊夢に一言つぶやくと、
スキマを開き、その中に身を躍らせた。
紫はこの場を離れたのだ。
どこに?
遠くへ。
具体的には、結界の外。幻想郷の外である。
霊夢の目の前で。
レミリアの目の前で。
紅魔館の幹部達の目の前で。
兵士となったメイド妖精達に一箇所に集められた里の人々の前で。
幻想郷の管理人は、去っていった。
レミリアは手にしたグングニルの槍を集めた人々に向けた。
霊夢はその方向に割り込んだ。
レミリアは槍を消すと、紅魔館へ歩き始めた。
霊夢はその後に続いた。
霊夢を間に挟むように、十六夜咲夜、紅美鈴が続いた。
パチュリー・ノーレッジと小悪魔は霊夢の頭上を飛んで続いた。
メイド妖精達は、人々に向けていた武器を納めると、雲霞の如く飛翔し、引き上げていった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
八雲紫が妖怪の賢者と呼ばれるほどの強大な妖力を失いつつあることを公表したのは、
妖怪達の主だったものが集まった会合でのことだった。
紫は、幻想郷の管理人を辞めて外の世界に去ること、
後任は博麗の巫女である、博麗霊夢が兼任することを一方的に告げると、
スキマを開きその場を去っていった。
残された者達は混乱して、幻想郷の将来、というより自分達の今後のことを心配した。
そんな中、一部の者は混乱の極みにある会議場を抜け出し、いち早く自分の陣営を幻想郷のトップにせんと目論んだ。
大天狗は妖怪の山に戻ると、配下の天狗達に非常呼集を掛けた。
幻想郷の混乱を未然に防ぐため、博麗の巫女を保護することを決定した。
もちろん本音は、霊夢の身柄を押さえ、錦の御旗にして幻想郷の最高権力を得んとするためである。
神速を尊ぶ烏天狗で構成された先遣隊が博麗神社に着いた時、そこは無人であった。
幻想郷中を監視していた白狼天狗の一人から、人里が紅魔館勢に占拠され、
霊夢がその幹部達に取り囲まれて紅魔館に入っていったことが報告されたのは、
先遣隊の出迎えが空振りに終わった直後であった。
天狗軍は霊夢の身柄を奪取するために、本来は霊夢の身柄確保後に人里に治安維持の名目で派遣する予定の
完全武装した一個大隊を紅魔館に向かわせた。
しかし、山を飛び立った部隊は悉く打ち落とされた。
背後から。
無数の御柱や鉄の輪、突風によって。
攻撃は、山の山頂、守矢神社から行なわれた。
徒に幻想郷の平和を乱すことはまかりならん。
我等の言うことが聞けぬならば、容赦はせぬぞ。
軍神、八坂神奈子と祟神、洩矢諏訪子、現人神、東風谷早苗は毅然とした態度で、
妖怪の山の血気溢れる者達を押さえ込もうとした。
この時から、守矢の神々は、天狗達の敵となった。
天狗達の信仰を失い、たった三人で大軍の猛攻を防ぎ続けた守矢神社の神達。
予想よりも遥かに時間がかかったが、ついに二柱は地に伏し、早苗の身柄を拉致されてしまった。
天狗達は、早苗を新たな博麗の巫女に仕立て上げ、霊夢と紅魔館に不満のある勢力を糾合せんとしたのだ。
早苗を人質にすれば、守矢の神々も手出しは出来ないだろうという意図もあった。
甘かった。
腐っても神。
軍神と祟り神である。
二柱は傷も癒えぬ内に大天狗の居城に乗り込んで来た。
しかも、異変解決の名目で、最初に身柄を押さえようとした霊夢もやって来た。
スペルカードルール無視の猛攻。
満身創痍の神二人に人間一人。
天狗達は万単位で戦闘要員がいる。
満身創痍で信仰を失った神など恐るるに足らないと侮ったのがいけなかったのか。
霊夢も捕らえようと色気を出したのがいけなかったのか。
博麗の巫女の実力を所詮人間と過小評価したのがいけなかったのか。
三人にとって、数の差など無意味だった。
選りすぐりの護衛。
信頼に足る側近達。
そんな彼等の屍の山を踏み越えてやってきた三人に、満身創痍の大天狗はただただ言い訳をし続けた。
早苗が死んだのは事故だ。いいや、自殺だ。まさか死ぬとは思わなかった。
早苗に呪術封じの札を貼り付け、油断したためであった。
奇跡が使えなければただの人間の小娘だと思ったのだ。
いつでも『盾』として使える様にと、大天狗の傍に控えさせられていた早苗は、
霊夢と二柱の接近を感じたときに、自身の霊力を限界まで放出した。
その放出された力は、早苗の拘束を易々と破り、大天狗達のいた大広間を地獄に変えた。
側近達が身を挺して庇わなければ、大天狗の命も無かっただろう。
大爆発のおかげで、早苗の居場所が判明した。
霊夢達が駆けつけたとき、早苗は虫の息であった。
己の限界を超えた奇跡は、早苗の寿命を使い尽くしたのだった。
霊夢は泣いた。早苗の冷たくなった手を取って泣いた。
ごめん。ごめん。ごめんなさい。
もう少し、早く来ていればこんなことには……。
守矢の二柱は泣かなかった。
いざという時の心得を早苗に教えたのは、他ならぬ二人であったし、まだやることがあるからだ。
神二人と巫女一人、現人神の亡骸一人分。
大天狗と対峙した。
神奈子と諏訪子は、霊夢に去るように言った。
二柱の表情は、『自爆』しようとした時の早苗のそれと同じであった。
霊夢は早苗の遺体を抱いて、飛び去った。
途中、咲夜と出くわした。
「霊夢、勝手な行動は慎んで頂戴」
咲夜はナイフを玩びながら言うと、紅魔館へ向かい飛び始めた。
霊夢は黙ってその後に続いた。
早苗が、重い。
妖怪の山。
爆発。
轟音。
守矢の二柱の『自爆』により、
妖怪の山の半分が消し飛び、台地と化すまでの一部始終は、
紅魔館のテラスからも見ることが出来た。
守矢神社と天狗勢力は壊滅した。
巻き添えを食った河童達にもかなりの犠牲が出た。
レミリア・スカーレットは、声明を出した。
紅魔館は、幻想郷の管理人兼博麗の巫女、博麗霊夢の名代として、彼女を全力で補佐する。
紅魔館と霊夢に逆らうものは、幻想郷の平和を脅かす賊として、正義の鉄槌を下すものとする。
事実上の、紅魔館による、幻想郷の支配宣言である。
顔見知りの天狗、射命丸文と姫海棠はたて、犬走椛、河童の河城にとりを始め、
生き残った天狗と河童達、春の妖精、秋の神々、冬の精霊と厄神は地底に逃げ延びたそうだ。
後日、負傷したにとりに肩を貸して地底まで生存者達を案内したという、
黒谷ヤマメから霊夢が聞いた話である。
良かった。
などと思う資格は自分には無いと、霊夢は自分を責めた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
妖怪の山が壊滅してから数日後。
人里と妖怪のテリトリーの中間地点。
霊夢とレミリアと咲夜は、上白沢慧音の庵を訪れた。
「これはこれは、幻想郷の最高責任者殿と侵略者ご一行様ではないか。
このようなあばら家へ何の用だ?」
慧音が皮肉たっぷりに霊夢達を出迎えた。
霊夢はうつむいた。
そんな霊夢の襟首を引っつかみ後ろに押しやると、
レミリアが代わって前に出た。
「巫女殿はお疲れのようなので、名代の私が代わって用件を伝える。
死んでくれ」
ザッザッザザ〜ッ!!
レミリアと慧音の間に駆け込んできた人影。
「待て!!悪魔共!!」
藤原妹紅が紅の炎を身に纏い、慧音を背にして立ち塞がった。
「貴様ら!!人里を征服しただけじゃ飽き足らず、慧音まで!!何故だ!!」
「我々の偉業の歴史を食われてはたまらないからな。だから殺す。そうですな、巫女殿」
「……」
霊夢はかすかに首を縦に振った。
「分かっているだろうな、これは幻想郷の意思なのだ。博麗の巫女の僕たる我々の邪魔をするな」
「霊夢!!大丈夫!!私が助けてやる!!人里も開放してやる!!」
「ほう、どうやってだ?」
「永遠亭と渡りをつけた!!八意永琳と蓬莱山輝夜、そして私。蓬莱人三人相手はきついぞ!!」
「いいや、お前一人だ」
「何!?」
「もう、永遠亭は、無い」
「な……、何を言って……」
「蓬莱人共は幻想郷を出て行ったのさ。玉兎と因幡も何処ぞへと去っていったぞ」
「でたらめ言うな!!」
「嘘だというなら、確認しに行ったらどうだ?なんなら、もう戻ってこなくていいぞ」
「お前らを灰にして、霊夢を開放したら見に行くさ!!」
妹紅の炎がより大きく、より熱くなった。
慧音は、妹紅の背を不安そうに見ていた。
レミリアは余裕の表情で、真紅の炎を眺めていた。
咲夜はレミリアの横に控えて微動だにしない。
霊夢は、レミリアの背後で、
両手の指に挟んだ退魔針を、そっと構えた。
「ごめんなさい」
霊夢がそうつぶやいた刹那、
慧音の首筋から血しぶきが上がった。
レミリアの傍に控えていた咲夜が、ナイフを一振りして刃に付いた赤黒い液体を振り払うと、太腿の鞘に収めた。
「け、慧音ぇぇぇーーーーー!!!!!」
妹紅は炎の鎧を消し、斃れた慧音を抱え起こした。
慧音は、即死だった。
「慧音、慧音、慧音ぇ……」
涙をぼろぼろ零しながら、妹紅はただ、慧音を呼び続けた。
もう、妹紅に戦意は残っていなかった。
生きる気力も。
「ようやく、あたいの出番だね」
「へ?」
呆けた顔の妹紅に振り下ろされる大鎌。
鎌の刃は妹紅の眼前すれすれを一瞬で通り過ぎた。
鎌は一切妹紅に触れていない。
にも拘らず、妹紅は崩れ落ちた。
息をしていない。
心臓は動いていない。
死んでいた。
蓬莱人なのに、死んだ。
何度も願った死が訪れたというのに、
妹紅は相変わらず呆けた顔のままだった。
「蓬莱人ってのは、いつも死から逃げ続けてるのさ。永遠の距離をね」
死神、小野塚小町は語りながら妹紅達の遺体に近づいた。
「いくらあたい達が連れて行こうとしても、手を伸ばしたとたん、その魂は一瞬で無限長の彼方に逃げちまう」
小町は手を前方に伸ばし、何かを掴むような動作をした。
「しかし、逃げようとしない場合、つまり、死を望んだ場合、魂は逃げない。
無限の距離の向こうで立ちすくんでるのさ」
小町はどこか遠くを見るような目をした。
「動かない時点で、あたいとこいつの距離は、無限じゃなくなったのさ。
あたいの『距離を操る程度の能力』の前ではね」
小町は手にした大鎌を軽く振って見せた。
「じゃ、あたいは行くよ」
「すまない」
「ごめんなさい」
レミリアと霊夢は、小町に汚れ仕事をさせたことを謝罪した。
咲夜も主に倣い、小町に瀟洒に頭を下げた。
「いつも船ばっか漕いでるけど、あたいだって死神らしい仕事くらいするんだよ。気にすんな」
小町はひらひらと手を振りながら、二人に背を向けた。
「じゃあな、もう二度と会う事もないだろうさ」
去っていく小町を、レミリアと霊夢は、ただ黙って見送った。
無縁塚から三途の川に行けなくなったのは、この時からだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
粛清の対象は、博麗の巫女の友人とて、例外ではない。
普通の魔法使い、霧雨魔理沙は、
自宅のガラクタだらけの庭で、
パチュリーと霊夢の二人と対峙していた。
「魔理沙、貴方に与えられた選択肢は二つよ」
霊夢は魔理沙に迫った。
「魔法を捨てて、普通の人として里で暮らすか……」
「妖怪の魔法使いとなって、幻想郷以外の場所で生きていくかよ」
霊夢の言葉をパチュリーが継いだ。
「どっちも選べるか!!」
魔理沙は怒鳴った。
「私は魔法使いだ!!魔法を捨てるなんてまっぴらだ!!」
なおも怒鳴る。
「そして私は人間だ!!一人の人間として、霊夢!!
お前に克つ!!」
「魔理沙!!もうそんなことどうだっていいのよ!!お願い!!」
「じゃあ、貴方は三番目の選択をするというのね。
私達に殺されるという選択を」
「パチュリー!!止めて!!魔理沙は私が説得するから!!」
「ああなった魔理沙はもう誰にも耳を貸さないわ。
貴方や私、アリスが散々説得しても無理だったのよ。
放っておいたら、私達の邪魔をするわ。絶対にね。賭けてもいいわよ。
面倒くさいから、もう、殺しちゃいましょう?」
パチュリーの周囲に賢者の石が四基出現した。
「霊夢、貴方は防御をお願い。私が魔理沙を殺るわ」
「パチュリー!!あんた、魔理沙の親友でしょ!?そんなこと出来るの!?」
「……だからよ」
パチュリーは、ぼそりとつぶやき、
「私から勝手に借りていった魔道書、返してもらうわね」
賢者の石とパチュリー自身から五色の光線が放たれた。
魔理沙は箒に乗って高速で飛翔した。
光線は魔理沙が立っていた場所を通り過ぎ、
魔理沙の自宅でもある霧雨魔法店に命中。
建物をそれにかかっていた防御結界ごと粉々にした。
ゴミ屋敷が文字通りのゴミと化した。
「あらあら、貴方の帰る場所が無くなっちゃったわね。
お詫びに、貴方が持って行った魔道書をあげるから赦してね」
パチュリーが無表情で、小声で、それでいて周囲に聞こえるように、つまらない冗談を言った。
魔道書など、他のガラクタと同様に、先程の五色光線で粉砕されているだろう。
「ち、畜生!!」
霊夢は薄情なようだが、これで生きるための選択をしてくれることを期待した。
魔理沙は、
死を選択した。
「ああああああああアアアアアアアアァァァァァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
魔理沙は、
箒にまたがり、
その身に星屑を纏わせ、
ミニ八卦炉に魔力を収束させ、
霊夢とパチュリーを護る防御陣に突撃した。
霊夢は驚愕した。
魔理沙の魔力が想定を遥かに上回ることに。
失礼な話だが、霊夢は魔理沙を侮っていた。
確かに魔理沙は親友ではあるが、実力は大した事無いと思っていたのである。
自分には天賦の才があるが、魔理沙はせいぜい、常人より出来る程度と高をくくっていたのである。
魔理沙は、己が努力で、霊夢に匹敵する実力を身に付けていたのである。
霊夢は、そんな魔理沙を、死なすには惜しいと思った。
結界が緩んだ。
魔理沙は、結界を破った。
パチュリーは、霊夢とは違った評価を魔理沙に下した。
生かしておくには危険だと。
パチュリーは、魔理沙の前に躍り出た。
魔理沙は、病弱なパチュリーが向かってきたので、慌てて自身にかかっていた魔法を消去した。
「パチュリー!!何のつもり――」
ぐさ。
パチュリーが握ったナイフは、狙い過たずに、魔理沙の心臓を貫いた。
「!!が、ごほっ!!」
魔理沙の吐き出した血がパチュリーに降りかかる。
パチュリーは、無表情で、握ったナイフに捻りを銜える。
ぐりいぃ!!
「が!!あ……」
魔理沙は、パチュリーにしがみつき、崩れ落ちた。
パチュリーは、魔理沙の血反吐と返り血で真っ赤に染まった。
魔理沙は、完全に、死んだ。
パチュリーと霊夢の眼前に横たわる、魔理沙の屍。
「小悪魔」
パチュリーの呼びかけに小悪魔が現れ、
パチュリーに、鉈を手渡した。
パチュリーは、魔理沙の首目掛けて、鉈を振り下ろした。
非力なパチュリーによる、魔理沙の首の切断は、かなりの時間を要した。
次の日、アリス・マーガトロイドが紅魔館の地下図書館を訪れた。
「パチュリー、ご機嫌いかが?」
「良いように見えて?」
「流石に堪えているようね。親友を手に掛けたのだから」
「……何の用?」
「お別れを言いにきたのよ。貴方と、魔理沙に」
アリスが机の上を見る。
パチュリーも読んでいた本を置いて、そちらを見る。
そこには、
容器に詰められ、
ホルマリン漬けになった、
魔理沙の頭があった。
「……いい趣味してるわね」
「親友が悪魔ですから」
アリスはパチュリーに皮肉を言うと、きびすを返した。
「じゃ、さよなら」
「さよなら」
アリスは図書館を出て行った。
パチュリーは再び本を読み始めた。
アリスは紅魔館を去った。
アリスは幻想郷を去った。
アリスは魔界に帰っていった。
その帰路には、風見幽香とメディスン・メランコリーが同道した。
これで、魔法の森から全ての魔法使いが姿を消した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
レミリアは地下にあるフランドールの部屋にやって来た。
レミリアはドアをノックして、
「フラン、入るわよ」
「……どうぞ」
フランドールの部屋に入った。
「珍しいわね。お姉様が私の所に来るなんて」
「フラン、落ち着いて聞いて」
「?」
「魔理沙が死んだわよ」
「……何、それ?」
フランドールは、人間の寿命は吸血鬼である自分達よりも遥かに短いことを知っている。
だが、つい最近、一緒に遊んだ魔理沙がそう簡単に天寿を全うするとは考えられない。
レミリアはそんなフランドールの疑問に答えた。
「パチェと霊夢が殺した。私がそう仕向けた」
フランドールは、パチュリーも霊夢も魔理沙の友人であることを知っている。
姉の言葉から、諸悪の根源は姉であるとしか判断できない。
「何故!!どうして!!」
「幻想郷を統治するためには、彼女は邪魔だったのよ」
「だからって!!そんなこと!!」
「フラン、貴方、甘いわね」
「!?」
レミリアはフランドールに詰め寄った。
「貴方、以前、私を甘いって言ったわよね。
スカーレット家当主として、私は相応しくないって言ったわよねぇ」
「な……」
「幻想郷を力ずくで征服しないで、条約を結んで平穏を得たことを!!
咲夜や霊夢を眷族にしないで、人間風情の彼女達を側近や友人にしたことを!!
下等な妖怪達と肩を並べて宴を楽しむことを!!
貴方、甘いだのくだらないだの、言ってくれたわよねぇ?」
「い、今は……」
「今は何!?人間の友を得て、僅かばかりの自由を得て、図書館で知識を得て、
ようやく博愛精神に目覚めたってわけ!?」
「そ、そうかも……」
確かに、かつての自分ならそんなこと思わなかった。
自分の部屋にやって来た黒白魔法使いだって、最初は長持ちする玩具ぐらいにしか思っていなかった。
フランドールは、自分の心境の変化を指摘されて戸惑った。
「今、幻想郷は紅魔館のものよ。霊夢のお墨付きもあるわよ」
「え!?」
フランドールは地下に閉じ込められていたため、最近の情勢に疎かった。
「で、今日来たのは、その幻想郷のことなのだけれども」
「な、何?」
「貴方、幻想郷のために死ねる?」
フランドールは、姉のこの問いで混乱の極みに達した。
魔理沙が死んだ。
友人達の手にかかって死んだ。
姉の差し金で死んだ。
幻想郷が姉によって征服された。
姉が私に死ねるかと聞いた。
「い、嫌!!嫌!!嫌ぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
フランドールは頭を抱えてうずくまり、絶叫した。
「何で!?何で!?なんで!?
なんでなんでなんでナンデナンデナンデナンデナンデ、
何でぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜!?」
急にフランドールは黙った。
ゆらりと立ち上がった。
「そうか……、これは、夢、なんだ……」
フランドールの目は涙を流し、瞳孔が開いていた。
「こんな、夢、壊して、やる」
フランドールは右手を開いた。
手のひらに現れた『世界』の破砕点――『目』――を握りつぶし、
『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』を発動しようとしたが、
それは叶わなかった。
どすっ。
レミリアが握り締めた銀のナイフが、
フランドールの心臓を、
狙い過たずに貫いた。
「フラン、貴方、私を甘いといったわよね……。
領土を護るためなら、肉親だろうと手に掛ける。
そんな私を、まだ、甘いというかしら……?」
フランドールは、震える手でレミリアの顔に触れた。
「お姉様、貴方は、やっぱり、甘いわよ……。
自分が、殺した、相手のために、
涙を……、流すの、だから……」
フランドールは、灰になった。
吸血鬼の最期である。
レミリアの足元。
大量の灰。
降り注ぐ水滴。
一滴、二滴、三滴、……。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
幻想郷から、名だたる妖精、妖怪達が去っていった。
紅魔館の側にある湖から、陽気な氷の妖精、チルノと大妖精が姿を消した。
噂によると、友人の闇妖、蟲妖、夜雀と共に何処へと去って行ったそうである。
なけなしの荷物と、母であり末の妹であるレイラ・プリズムリバーの思い出を携え、
プリズムリバー三姉妹は住んでいた屋敷を引き払い、冥界に去っていった。
その後、冥界と幻想郷の道は閉ざされた。
はた迷惑な、我侭な天人くずれが博麗神社に来なくなってどれくらい経っただろうか。
霊夢が紅魔館で暮らすようになってからだろうか。
紅魔館勢が決起した時だろうか。
紫が妖怪の力を失い始めた時だろうか。
地底の入り口は賑わっていた。
地底の代表である、地霊殿の主、古明地さとりと旧都の実力者、星熊勇儀は、
地上から避難してきた者達を、種族を問わず受け入れることを表明したからである。
幻想郷の騒乱が収まりつつある中、地底に向かう者は減りつつあった。
だが、地底から地上に向かう者は殆どいなかった。
現在、幻想郷にいる勢力は、霊夢と人里を手中に収めた紅魔館と、
一握りの人妖と共に、かつて妖怪の山と呼ばれた台地を根城兼、聖輦船の発着場にした、
命蓮寺の一派である。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
レミリア達が人里を占拠し、数ヶ月が過ぎた。
紅魔館の軍勢は幻想郷をほぼ手中に収めた。
もう、地上は命蓮寺の連中が居座っている旧妖怪の山を除き、紅魔館の天下といって良いだろう。
人間は人里に集められ、紅魔館の庇護下に入った。
紅魔館にも命蓮寺にも属さない妖怪や妖精は、地上から姿を消した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
紅魔館。
レミリアの寝室。
股間に具現化した巨大な男性器を生やしたレミリアは、
巫女服の代わりにレザー製のボンテージに身を包み、
口にはボールギャグが入れられ、
両手を背後で拘束された霊夢を、
今日もまた、犯していた。
ばちゅん、ばじゅん、ぱちゅん。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「うぅ、ふぐぅ、ううぅ、うう……」
レミリアは、犬のような格好をした霊夢の腰を掴み、一心不乱に己の剛直を突き立てていた。
快楽を貪る行為に没頭するレミリアに、霊夢に掛ける言葉は無かった。
身体の自由を物理的に奪われた霊夢は、レミリアの激しい攻めを甘受するしかなかった。
口を塞がれた霊夢に、レミリアに文句の一つも言うことは出来なかった。
ぱちゅ、ぱちゅ、ぱちゅ、ぱちゅ、ぱちゅ、ぱちゅ、ぱちゅ、ぱちゅ、ぱちゅ、ぱちゅ。
「は、は、は、は、は……」
「う、う、う、う、う……」
レミリアの腰使いが早くなってきた。
「れ、霊夢、で、でちゃう、せ〜し、でちゃふよ〜〜〜〜〜!!!!!」
「ふ、ふぐ、う、うぐう、うううううぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜!!!!!」
ぱちゅんっ!!
どぶどぴゅぴゅぴゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!
レミリアは最後に思い切り霊夢に腰を打ち付けると、
大量に射精した。
「はぁ……、はぁ……、はぁ……」
「ふひゅ〜……、ふひゅ〜……、ふひゅ〜……」
レミリアと霊夢は達した後、身体をベッドに突っ伏して、ぐったりとした。
これで何回目の絶頂だろうか?
散乱した大量の使用済みのティッシュがイカ臭いバラの花園の様相を呈していた。
しばらく気だるい余韻に浸っていると、
「ううっ、うううぅ!!」
霊夢が何か訴えているようだ。
「……霊夢、何……?」
レミリアが霊夢のギャグを口からはずしてやった。
「ぷはぁ!!はぁはぁはぁ……」
霊夢は一息つくと、
「レミリア……、お願い……」
「ん、なあに……?」
レミリアに頼んだ。
「いい加減に、これ、外して欲しいんだけど?」
霊夢が拘束された両腕をもそもそ動かして見せた。
「!!ご、ごめん!!忘れてた!!」
「忘れたで済むか〜〜〜〜〜!!」
霊夢の咆哮にビビッたレミリアは、慌てて皮ベルトの手錠を外そうとした。
「あれ、えっと、え?」
ベルトの締め付けが硬くてなかなか外れない。
「早くしてよ!!着けた時は電光石火だったじゃない!!」
「え、うん、そうなんだけど……、どうしよう……」
あせればあせるほど手元が覚束なくなり、精神も追い詰められていった。
「レ〜ミ〜リ〜ア〜〜〜〜〜!!」
「う、ひぐ!!うぐ……」
霊夢の地獄から響いてきたような声音に半泣きのレミリア。
もう、なりふり構っていられない。
レミリアは最終手段をとった。
「助けて〜〜〜〜〜!!しゃくや〜〜〜〜〜!!」
「お傍に控えております。お嬢様」
瀟洒なメイド長、十六夜咲夜。
只今参上。
「しゃくや〜、これ、取れないの〜。取って取って!!」
「いだだだ!!レミリア!!人間の腕はそんな方向には動かないのよ!!」
「少々お待ちください」
咲夜は何とか霊夢の戒めを外すことに成功した。
「ふ〜ふ〜、ったく、何であんなカッチカチにしたのよ!!」
「ご、ごめ〜ん。咲夜だったらいつも自分で外していたから……」
「!!あんた、どうやって外してるのよ!?これ、ナイフや時止めは関係無いわよね!?」
「簡単です。肩や手首の関節を外せば直ぐに抜けますよ」
「どこが簡単じゃ〜〜〜〜〜!!」
幻想郷を管理する者と支配する者。
二人は、和気藹々とした夜伽を楽しんだ。
今宵の休息はおしまい。
これで、また非情に徹することが出来る。
明日は、人里の不逞分子を処刑しなくてはいけない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
八雲紫が霊夢とレミリア、守矢神社の三人、八意永琳、古明地さとりを自宅に招いたのは、
紫が管理人を引退する一月前だった。
霊夢以外の面々は、始めて訪れた紫の邸宅に興味津々であった。
紫の屋敷は、外の世界ではお大尽が住むような和洋折衷の日本家屋であった。
屋敷の其処此処に置かれた花瓶や絵画は、高価で品の良いものばかりである。
普段の紫しか知らない者達は、もっと成金趣味の調度が並べられているのかと思っていたようだ。
紫の式神、八雲藍に応接間に案内された一行は、
式神の式神、橙が並べた茶菓に舌鼓を打ちながら、紫を待っていた。
程なくして、紫が大荷物を持った藍と橙を従えてやってきた。
そこで皆は、紫がまもなく死ぬことを聞かされた。
紫の妖怪の力が衰えてきている。
原因は、紫の寿命が尽きようとしているためである。
永遠亭や外界の紫の息のかかった大病院で検査して、共に同じ結論に達した。
「本当なの……?」
「ええ、本当よ」
霊夢にとっても寝耳に水の話である。
「私は妖怪としての能力を失い、只の人として、老いて、死んでゆくわ」
「紫……」
「美人薄命と言うしね。私の寿命は、残り僅か百年となったわ」
霊夢と早苗がずっこけた。
人間の基準からすると十分に長寿の部類だ。
「私の死を惜しむ気持ちは分かるわ。でも、本題は此処から。
私の死によって、幻想郷は、滅びるわ」
流石に、これには全員が驚いた。
「賢者殿の死と幻想郷が滅びることと、どういう関係があるのだ?」
八坂神奈子が尤もなことを尋ねた。
「幻想郷は……、この箱庭の世界は、私のイメージ、つまり想像で出来ているのよ」
!!
一同、驚愕。
紫は幻想郷について話し出した。
「外の世界では架空の存在とされる妖――妖怪、神、妖精――、彼等の理想郷を作るにあたり、
私は自身の記憶、人間が忘れ去った妖に対する感情――恐怖、畏怖、感謝、神秘、等々――
妖が妖でいられるための情報、それらを維持、管理するために私は幻と実態の境界を操作して、
分離した自身の幻――想像で幻想郷の結界を構成したわ。
外界で消失した記憶を回収して、幻想郷で再生するために。
彼らが幻想郷内で、人間がイメージした能力を行使できるように。
さらに、その結界を強固なものとするために、人間の中でも情緒が豊かな者に、
結界内の補修及び暴走した幻の修正――所謂『異変』の解決ね――を任せたわ。
博麗の巫女のことよ、霊夢。
このように幻想郷は成り立っているわけだけど、私が死ねば、当然幻は維持できないから結界は崩壊。
幻想郷は外界に取り込まれるわ」
「じゃ、じゃあ、私達はどうなってしまうの……?」
霊夢が恐る恐る尋ねる。
「人間は、幻想的な能力、空を飛んだり、奇跡を起こしたり、時を止めたりといった能力ね。
それらを失うわ。普通の人間になるの。尤も、そんな能力を持っているものはごく少数ですけれどね。
少なくとも、命までは失わないわ」
微笑を浮かべていた紫は、一転、真顔になると話を続けた。
「だけど、妖は存在自体が幻想、想像の産物なの。結界が消えた途端、消滅するわ」
さとりは、紫の心を読んで、彼女は真実を語っていることを知った。
「私が衰える毎に、幻想郷内の妖や人間の能力者はその力を失うわ。
力無き妖から徐々に消滅していくでしょうね」
徐々に起こる幻想郷の破滅に一同は戦慄したが、直ぐに立ち直った。
「私達を此処に呼んだということは、何らかの対策があるということではなくて?」
永琳が紫に問いかけた。
「えっと、誰かが紫さんの代わりに結界を維持するということですか?」
早苗の質問に対し、
「それは無理ね。はっきり言うけれど、幻想郷は私が自分のために作った世界ですから。
全てが自分の都合に合わせてあるの。無理に他人が私の幻に合わせようとすると、
その人は発狂、幻想郷の滅びが早まるだけよ」
紫が無情の回答をした。
「では、賢者殿の策を聞こうではないか」
レミリアが紫に対策を語るように促した。
「妖達を、地底に移住させるわ」
さとりは目を丸くした。
「地底に……、ですか?」
「そう。魔界等他の世界につてがある者はそちらに行ってもらうけれど。
大多数は地底に移住することになるでしょうね」
しかし、問題が有る。有りすぎる。
さとりは紫にその点を指摘した。
「しかし、地底には、地上の妖怪達を受け入れるだけの土地がありません。
当然、彼らを養うだけの食料も作れません」
紫は回答した。
「それについては、この資料を見て頂戴。
地底の各所に空洞があるわ。丈夫な地盤だから崩落の危険も無いわ。
地下水脈も側を流れているから、其処まで旧都を拡張して、開墾すれば移民達は住処と食料を得られるわ」
「既に調べていたのですね……」
藍が配った資料に目を通したさとりは感嘆した。
旧都の地図とその側にある地下空間、水脈、鉱脈、竜脈が詳細に記されていた。
「地底の土木工事を百年以内にやらないといけないのか〜。でも、私の『坤を創造する程度の能力』を使えば……」
洩矢諏訪子の言葉を紫は遮った。
「いいえ、一ヶ月以内にやってもらうわ」
!!
一同、再び驚愕。
「地底は、幻想郷と地続きなのよ。結界が無くなれば地底世界も影響を受けるわ。
そうならないために、私の持てる力を全てつぎ込んで地底の入り口を封印するわ。
それを除いた余力で幻想郷を維持するとなると、一年が限界なのよ。
で、猶予が一月といった理由だけれど、私は一月後、幻想郷の管理人を引退するわ。
外界で色々と準備しなければいけないから。
後継者は霊夢、貴方よ。
それによって幻想郷は混乱の極みに陥るでしょう。
レミリア、貴方と霊夢には幻想郷を征服してもらうわ。十一ヶ月以内にね」
「な、何だと……」
「何故、レミリアと私なの!?征服って……」
「皆で協力して事に当たれば良いと思っているの?甘いわね。
権力争いや足の引っ張り合いで、あっという間に一年なんて過ぎるわよ」
「そうか……、だから、幻想郷の結界守となった霊夢を旗印に、力ずくで幻想郷をまとめようという訳か……。
ふふふ、面白い。その役目、このレミリア・スカーレットに任せてもらおう。
霊夢、お前はただ黙って私の側にいるだけで良いぞ」
「ふふ、やっぱり貴方が適任だったわ」
紫は、他の者にもやるべきことを告げて言った。
「守矢神社の方々には、天狗の動きに注意していただきたい」
「天狗?」
「天狗の首脳陣は保守派ばかりよ。それでいて権力の亡者ときているわ。
きっと、私が霊夢に管理人の権限を委譲したら、直ぐに霊夢を拉致しようとするはずよ。
そうならないように先に紅魔館に保護してもらうけれど、今度は紅魔館を攻めるわね。
そうしようとしたら……」
「我等がその出鼻を挫けば良いんだな」
「流石、軍神。話が早くて助かるわ」
神奈子は、配られた天狗の内情を記した資料を見ながら答えた。
資料には、天狗のお歴々の名前と役職が写真入で掲載されており、
軍事関係の項目には、トップシークレットである天狗の実働部隊の編成まで載っていた。
天狗の上層部が権力志向の石頭では、説得には応じないことが推察できる。
これは、我等は只では済まないな。
「霊夢、レミリア、早苗の身柄を預かってくれまいか?」
「神奈子様!!」
「だいじょ〜ぶだって。万が一の保険だって」
「嫌です!!私だって戦えます!!」
「早苗、分かっておくれ」
「分かりません!!私は八坂様達の風祝です!!現人神です!!」
「早苗……、私達のことは忘れて、普通の人として生きておくれ」
「外の世界では、奇跡など使えたために、ずいぶんと辛い目にあわせたね……」
「!!」
神奈子様と諏訪子様は、早苗がその能力のために苦しんだことに気付いていた。
だが、早苗はそんな二柱のために能力を使うことを決めていた。
「確かに、そうでした。
でも!!私は!!お二人のために、戦います!!
お二人だけでは逝かせません!!」
二柱は、早苗が自分達の覚悟に気付いていたことに驚いた。
おそらく天狗達は自分達を敵とみなして攻撃してくることにだって気付いているだろう。
当然、天狗達の信仰を失い、弱体化することにだって気付いているだろう。
そんな状態で、天狗の軍勢の猛攻を受けた場合の結果にだって……。
どのみち、幻想郷が無くなったら、神である自分達は消えるのに……。
「あい分かった。紫殿。我等三人、天狗共を押さえることを約束しよう」
「ご協力、感謝いたします」
紫は、守矢の神達に心からの感謝をした。
「次に永琳だけれど……」
「地底には、私の弟子と因幡達に行ってもらうわ」
「貴方は……?」
「私と姫は、幻想郷を去るわ」
永琳は、紫にそう告げた。
「穴倉暮らしだと、姫は直ぐに飽きて、なにか良からぬことをするかもしれませんから」
「貴方達、何処に行くのかしら?」
「何処にするかは、姫に聞かないと分からないわ。
今度は、異国にでも旅してみようかしら?姫に勧めてみないと。
医療の面は心配しないで。ウドンゲ――弟子はちょっと押しが弱いけれど、もう立派な医者よ」
紫は、月から来た蓬莱人が去ることに、一抹の寂しさを感じた。
「あと、幻想郷の征服と平行して、これをやってもらうわ」
紫は、特に霊夢とレミリアに向けてそういった。
皆が新たに配られた書類に目を通す。
其処には、人里の有力者と共に見知った人物の名が記されていた。
その書類のタイトルは、
『抹殺リスト』と書いてあった。
「何……、これ……」
「計画に邪魔になる可能性のある者達の名簿よ」
「どうしようっていうのよ……?」
「手っ取り早く、殺して頂戴」
ばんっ!!
霊夢は卓を両手で叩いた。
「何で!?何でよ!?何で、魔理沙を殺さなきゃいけないのよ!?」
「霊夢、魔理沙は魔法に固執して、色々と無茶をやっていることは知っているわね?」
「知ってるわよ!!それが何!?」
「幻想郷が消えて、只の人になると知ったら、どうするかしら?」
「それは……」
「最悪、自殺しちゃうかもしれないわね〜」
「!!」
「或いは……、幻想郷を護ろうとか考えて、要らぬことをして、計画を台無しにするかも」
「それでも、何も、殺すなんて……」
愕然とする霊夢に、紫は助け舟を出した。
「魔理沙が死なずに済む方法が、一つだけ、あるわ」
「何!?」
「妖怪の種族としての魔法使いになればいいのよ」
「え!?」
「人間のままで地底や魔界に行った場合、結界が消えた時の影響が魔理沙を通じて、
その世界に影響を与える可能性があるの。
最悪、魔理沙のいる世界が破滅する恐れがあるわ」
「そんな……」
「だけど、魔理沙が幻想の存在、妖怪になった場合、そんなことは無いわ」
「……そう、魔理沙が助かる方法が分かっただけでも良しとするわ」
紫は、魔理沙がその方法は受け入れないだろうということを、
あえて口にしなかった。
そんなこと、親友でありライバルである霊夢が一番知っていることだからだ。
「上白沢、慧音……?彼女もか?」
レミリアが紫に尋ねた。
「ええ。彼女は『歴史を食べる程度の能力』で色々と不都合なことを幻想郷の歴史から抹殺してくれたわ。
もし発覚したら、人里がパニックになること確実なことを」
「万が一、その能力が消えると、それらが一気に明るみになるということか。この忙しい時に」
「不測の事態は避けたいの。分かる?」
「歴史を食べた口を塞ぐ訳か……。任せろ」
「でも、彼女に手を出すとなると、妹紅が出てくるわよ」
永琳が指摘した。
「そのために助っ人を手配したわ。蓬莱人を殺せる、ね」
紫は既に対策を立てていた。
慧音に罪は無い。
能力が消えなかった場合、彼女は墓場まで秘密を持っていくだろう。
だが、結界が消えた時、幻想の力も消え、隠された歴史が明るみになった時。
人間同士の諍いが始まる……。
妹紅は抹殺リストに名前は載っていない。
死ぬ必要は無い。
だが恐らく、彼女は、邪魔をする。
「ごめんなさい……」
この言葉を、これから何度も言うことになるだろう。
霊夢は漠然とした予感がした。
まだ、博麗の巫女の勘は当たるだろうか。
結局レミリアは、リストに自分の妹の名があったことには、一言も触れなかった。
打ち合わせ中、来客があった。
紫から通すように言われていたので、藍は客人を皆がいる応接間に通した。
客人は、龍宮の使い、永江衣玖である。
「主からの伝言をお伝えします。
『宜しい』
以上です」
それだけ告げると、衣玖は去っていった。
天のお許しが出た。
「命蓮寺の奴らはどうするんだ?リストにも名が出ていないが」
「ほっといていいわよ。あんな口先だけの理想論者達。
せいぜい、皆で念仏でも唱えるか、集団自殺でもするのが関の山よ」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
地底。
拡張工事は急ピッチで行なわれた。
諏訪子は能力をフルに使い、見る見るうちに地下空間が広がっていく。
さとりと事情を知らされた勇儀は可能な限りの人手を、力自慢のペット達を、自分自身も工事に投入した。
霊夢から頼まれた伊吹萃香が助っ人に駆けつけたことで、工期が短縮できた。
皆が地上に知られないように細心の注意を払いつつ、不眠不休で工事を行なった結果、
何とか一月以内に移民向けの住宅やライフラインの完成のめどが立った。
そんな時、四季のフラワーマスター、風見幽香がやって来た。
仕上げを行なうためである。
紫の引退発表後。
人間の里。
炎に包まれている。
幻想郷を征服しようとするもの、守るもの、管理するもの。
三者の最期の顔合わせは、終わった。
守矢神社。
二柱は改めて、早苗の覚悟を確認した。
早苗は既に覚悟完了していた。
三人は、妖怪の山を飛び立った天狗の軍勢に向け、攻撃を開始した。
思いとどまってくれ。
淡い、叶わぬ願いをしながら。
紅魔館。
守矢神社と天狗軍が戦闘を開始した直後、
霊夢が失踪した。
無断で守矢神社に向かったのだ。
せめて、早苗だけでも助けようと。
レミリアは咲夜に霊夢を止め――いいや、迎えにいくように命じた。
アリスの家。
霊夢から事情を聞いたアリスは、魔理沙を説得しようと試みた。
人間をやめて、一緒に魔界で暮らそうと。
説得は失敗した。
魔理沙は家に帰ってしまった。
霊夢もパチュリーも説得に失敗している。
アリスも失敗した場合、魔理沙を殺すと聞いていた。
魔理沙はじきに親友二人に殺される。
アリスは、魔理沙を助けるために、加勢するために家を飛び出そうとした。
玄関に幽香とメディスンがいた。
途端、アリスは昏倒した。
メディスンが麻痺毒をアリスに浴びせたためである。
幽香は倒れたアリスをベッドに寝かせた。
アリスが目を覚ましたのは、魔理沙が殺された後であった。
香霖堂。
店主、森近霖之助は、地底に移住することになった常連の妖怪少女に、
餞別として自分の日記の写本を渡して送り出した。
霖之助は、地上で人として生きていくことにした。
魔理沙が生涯こだわった人間の生について、考えてみたくなったからだ。
人間になったら、食事を取らなければならない。
稼げる商売をしなくては。
『こんびに』とやらを始めるか。
地底。
チルノと大妖精は歓声を上げた。
其処には大きな湖があった。
この湖の水は、移民達の生活、農業、工業に使用されることとなる。
湖の周りは草原であった。
二人の妖精は走り出した。
二人が向かった先。かけっこのゴール。
其処に咲く、大きな向日葵。
地霊殿。
地霊殿の周囲も内部も、随分と賑やかになった。
さとりが地上の動物や下等妖怪を庇護したからだ。
最近、さとり様は明るくなられた。
こいし様をよく『見かける』ようになった。
火焔猫燐と霊烏路空は、ふと思った。
つい最近からだ。
さとり様が『ペット』という言葉を使わなくなったのは。
私達を『家族』と呼ぶようになったのは。
地底に新設された診療所。
眼鏡を掛け、真新しい白衣に身を包んだ新人の医者は緊張していた。
何度も眼鏡をいじり、豊満な胸の間に挟まっているネクタイをいじり、
頭上の長い耳をいじっていた。
「先生?」
「ひゃはっ!?」
看護士姿の因幡に声を掛けられて、医者は素っ頓狂な声を上げた。
「そろそろ診療を開始します。宜しいですね」
「は、はひっ!!」
地上からの移民が本格的に来る前に、実地に慣れさせようという、
医者の師匠の計らいで、今日、開所することとなった診療所。
この医者は、高名な師匠が太鼓判を押すほどの優れた腕前を持っているのだが、
あがり症で緊張のあまり暴走することがある。
『狂気を操る程度の能力』を遮断する特製眼鏡を掛けているのもそのためだ。
いざとなったら、私がサポートすればいいや。
そう、看護師の因幡てゐは考えていた。
「早速、最初の患者さんですよ、鈴仙センセ!!」
「ど、どうなひゃれまひたか〜?」
患者第一号は、不安になった。
紅魔館。
幻想郷滅亡まで後、数日となった。
空から明るい音楽が聞こえてきた。
プリズムリバー三姉妹か?
彼女達は冥界に引っ越したのでそれは無い。
人里の上空を、聖輦船が飛んでいる。
音楽は船から聞こえてきた。
船からビラが大量に撒かれた。
内容は分からない。
全て、霊夢が人里に張った結界に触れた途端に、燃え尽きたからである。
これは毎日の日課となっていた。
咲夜は懐中時計を確認した。
時間通りだった。
紅魔館の皆は、この派手な時報で、お茶の時間を知った。
人間の里。
里を占領したレミリアは、次の日、被災した人々に賠償金を支払った。
焼け落ちた家は建て直され、教師が不在となった寺子屋では、パチュリーが講師として教鞭を振るった。
大荷物を抱えて、道端で困っている老人がいると、美鈴が荷物を老人ごと抱えあげて目的地まで連れて行ってあげた。
霊夢とレミリアは一軒ずつ人々の家を訪問して、占領したことに対する謝罪と、
紅魔館が全力で皆を保護することを博麗の巫女の名に懸けて誓った。
里は、数週間で元の、いいや、前よりも活気に溢れた姿になった。
里の住人達は、少しずつ、紅魔館の人々に心を開いていった。
先の占領の際、一人も死者を出さなかったことが幸いした。
今では、小悪魔がオープンカフェでチョコレートパフェを食べていても、
誰も石を投げたりしなかった。
パフェには、サービスのフルーツがふんだんに盛られていた。
空を飛ぶ聖輦船には、誰も見向きもしなかった。
とっとと逃げ出した卑怯者だと、誰もが思っていた。
不逞分子の処刑は、率先してレミリアが行なった。
霊夢も一緒にいるのだが、まだ一度もその手を人間の血で汚していない。
レミリアが、全て泥を被ってくれた。
幸いというか、処刑対象者は、いわゆる札付きのワルで、
彼等の家からは、違法薬物や外の世界の銃火器が出てきた。
幻想消滅後の人里でこれらが使われると思っただけで、怖気が走った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『その日』の前日、夕刻。
逢魔が刻。
レミリアと咲夜、パチュリー、小悪魔、霊夢はテラスに立ち、
眼下に整列した完全武装のメイド妖精隊を閲兵していた。
メイド妖精隊の解散式である。
彼女達の身柄は、地霊殿が再雇用することになっていた。
彼女達は、行軍時のバックパックの他、私物の詰まった旅行かばんを携えていた。
普段はメイド長である咲夜が指揮を取るが、今回は副長のメイド妖精がその任に当たっていた。
副長が胸元に掲げた剣を眼前に突き出し、続いて高々と掲げた。
それに続いて、他のメイド妖精達も同様に、剣を、槍を、クロスボウを掲げた。
副長が剣を鞘に納めた。
それを合図にメイド妖精達は、一糸乱れぬ動作で二列縦隊に整列した。
副長を先頭に、メイド妖精隊は行進を開始した。
紅魔館の門をくぐった時、門の脇に立っていた美鈴は敬礼をした。
メイド妖精隊も敬礼を返した。
メイド妖精隊はしばらく行進をすると、先頭から五人一組になり、次々と飛び立ち始めた。
編隊を組んで飛行するメイド妖精隊は、紅魔館上空を一周して飛び去っていった。
殿の部隊は、先行した部隊とは違った動きをした。
予定と違う。
咲夜を始め、誰も行動の変更を聞いていなかった。
彼女達は、発炎筒を焚いたのである。
紅い発炎筒の光は空中を思い思いに踊った。
発炎筒が燃え尽き、一見不規則な動きを終えると、彼女達は再び編隊を組んで飛び去った。
僅かに赤みを残し、星がちらほらと見え始めた夜空のなりかけ。
そこに描かれた、
紅き翼の蝙蝠。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
とうとう、『その日』がやって来た。
「ハンカチは持ったか?ちり紙は持ったか?」
「持ったわよ」
「御札は持ったか?針は持ったか?」
「持ったって」
「ちゃんとトイレに行ったか?大きいのは出したか?小さい方も出したか?」
「済ませたわよ!!」
「後は、え〜と、え〜と……」
「だあぁぁぁ!!しつこい!!」
レミリアの世話焼きぶりにキレそうになる霊夢。
「神社には担当のメイド妖精がいるから彼女達に声を掛けてね。
彼女達が地底に退避したら、入り口を封鎖する手はずになっているから」
「分かったわ」
咲夜との会話を終え、
霊夢はいよいよ紅魔館を出発することとなった。
「さらばだ。博麗の巫女。幻想郷の管理人。我が朋友」
「さようなら。幼きデーモンロード。真紅の闇の皇。私の親友」
霊夢とレミリアは最後の挨拶を交わした。
咲夜は、相変わらず完璧に、瀟洒に、お辞儀をした。
「お元気で。霊夢さん」
「貴方もね。美鈴」
今日も門番の勤めを果たしている美鈴に挨拶をすると、
霊夢は門をくぐり、最高速度で博麗神社へ飛び去った。
泣いているところは、親友に見せたくない。
霊夢はスピードを上げて飛んだ。
これは、今生の別離になる。
レミリア達は、紅魔館と運命を共にするつもりだ。
レミリアは、自分の妹を手にかけた。
部下が彼女のために多くの人妖を殺めた。
気に病んでいるのか?
償いなのか?
それとも、
これは運命か。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
霊夢は、久しぶりに博麗神社に帰ってきた。
境内は掃除が行き届いている。
素敵な賽銭箱も磨き上げられている。
まるで新品のようだ。
中身が入っていないところとか、特に。
霊夢は居住部に声を掛けた。
「こんちわ〜。誰かいる〜?」
「は〜い」
出てきたのは、
メイド妖精の格好をした、
サニーミルクであった。
「あ、霊夢さんだ」
「え、霊夢さん!?」
「あら、ほんと」
続いて出てきたルナチャイルドとスターサファイアも、同様にメイド妖精の格好をしていた。
「何?神社付きのメイド妖精って……、あんた達だったの!?」
「えへへ〜、そうなんですよ」
「地底に移住して無職というのも……」
「そこを咲夜さんにスカウトされまして……」
誰も訪れなくなった神社で、いたずらもできずに途方にくれていたところを、咲夜に拾われたのだろう。
「それじゃ〜」
「私達〜」
「もう行きますね〜」
光の三妖精はまとめてあった荷物を持つと、
あっという間に飛んでいった。
ルナがこけかけた。
霊夢は三人を見送ると、神社裏に向かった。
しばらく歩くと、外界との境界に辿り着いた。
別に、線が引いてあるわけでも壁があるわけでもない。
だが、確かに霊夢の眼前に『在る』。
霊夢は合図を待った。
ちかっ、ちかっ。
空間が瞬いた。
今だ。
霊夢は印を組み、呪文を唱えた。
結界は光となり、
その光は、地底の入り口に向かっていった。
地底の入り口は、三妖精が入っていった直後に、
待機していた勇儀が予め紫が文様を掘り込んだ大岩を持ち上げ、
入り口を塞いでいた。
結界が分解されて出来た光が大岩の蓋に集まっていった。
光はなおも地下入り口に集まっていった。
光は結界からだけではない。
外界から幻想郷に供給されていた。
霊夢の額に汗がにじんだ。
どれだけの時間が経ったのだろうか。
光が消えた。
地底の入り口は、封印によって、最早どこにあるのか分からなくなっていた。
霊夢は地面に倒れこみ、荒い息を吐いた。
さくっ、さくっ。
誰かが、霊夢のほうへ歩いてきた。
結界があった場所の外側から。
霊夢は疲労困憊の身体に鞭打ち、立ち上がった。
「ごくろうさま。霊夢」
日傘をくるくる回している、
紫のドレスを着た、
八雲紫。
霊夢は、紫に抱きついた。
抱きついて号泣した。
終わった。ようやく。
幻想郷が、終わった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
幻想郷は終わったが、全ての幻想が一気に消えるわけではない。
冬に降った雪が、春になったからといって、直ぐに消えることの無いように。
夢から覚めて、その内容をいきなり全て忘れることの無いように。
徐々に、儚く、消えるのである。
泣き止んだ霊夢は人間となった紫と共に、消え行く幻想郷を眺めていた。
かつて妖怪の山と呼ばれていた台地。
聖輦船が離陸した。
何かがぼろぼろと落ちている。
それは人型をしていたような……。
台地が消え始めた。
聖輦船が爆発した。
あちこちから煙と炎を上げた聖輦船は墜落していった。
だが、地面に激突する前に、消えた。
外界――いや、この世界のどこかに時空を超えて墜落したのだろう。
そう、紫は解説した。
紅魔館では、残った皆を集めて、最期のティータイムを楽しむことにした。
お茶は、裏庭に設けられた東屋で行なわれることにした。
ぱらぱら。
紅魔館のあちこちから、何かが落ちる音がした。
レミリアは席に着いた。
咲夜はお茶の準備をした。
カップは三つ。
レミリア、咲夜、美鈴の分である。
「パチェと小悪魔は?」
「図書館で召し上がるとのことです。
同席できなくてすまないとのご伝言を預かっております」
「……そう、じゃ、いただきましょう」
三人は、咲夜の淹れた最期のお茶に口をつけた。
紅魔館の地下図書館。
パチュリーと小悪魔は、美味しいお茶と菓子を楽しんだ後、読書をしていた。
小悪魔は、パチュリーと読書をするのは初めてのことであった。
いつもは、パチュリーの研究の手伝いで、指定された書籍の内容を確認する程度であったから。
二人だけの静かな時間。
静寂は、剣呑な音で破られた。
ゴゴゴゴゴ……。
図書館が揺れ始めた。
咲夜の空間拡張の術が解け始めているのだ。
二人は読書を続けた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
バサバサバサッ。
ドサドサドサッ。
床に重ねて置いてあった本の山が崩れ始めた。
二人は読書を続けた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。
バサササササササササッ。
ドザザザザザザザザザッ。
ガタンガタガタンガタッガタンッ!!
本棚が倒れ始めた。
二人は読書を続けた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。
ガタガタガタバキグシャガタンガタッゴトンバキグキッベキグシャ!!
図書館が縮まり、本棚が押しつぶされた。
二人は読書を続けた。
小悪魔が涙ぐみ始めた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。
バキバキバキバキグシャベキボキバキバキベキベキベキガタッ、ガタンッ!!
「ぐえっ!!」
小悪魔が、蛙を潰したような声を上げた。
パチュリーは本から顔を上げた。
小悪魔の下半身が、巨大な本棚に押しつぶされていた。
パチュリーは本を投げ出し、小悪魔のもとに駆け寄った。
小悪魔の身体は、下半身が完全に潰れ、上半身から千切れていた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。
ベキベキバキバキベキグシャ、グシャバキバキバキバキ……。
ボワッ!!
ゴウゴウゴウゴウゴウ……。
図書館には大量の魔道書がある。
魔道書には古の大魔法がかかっているものがある。
しかし、幻想郷が滅んだことにより、魔法が消滅し始めた。
ただ消滅するわけではない。
マッチを擦るが如く、高熱を発するものが出始めた。
最早、古い紙束と化した書物はよく燃えた。
あっという間に図書館は炎に包まれた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。
ゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウ……。
図書館の縮小は続いていた。
炎の勢いは強まっていった。
机が倒れた。
がしゃん!!
その上の、魔理沙の首の標本が落ちた。
落ちた衝撃で容器が割れ、中のホルマリンに炎が引火、有毒ガスを発生しながら火勢がより強まった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。
ゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウ……。
パチュリーは、虫の息の小悪魔を抱きしめた。
「パ……、パチュリー……、さ、ま……」
「今まで有難う、――――」
小悪魔は微笑んだ。
涙を流して微笑んだ。
パチュリー様が、私の真名を、呼んでくれた。
小悪魔は微笑んだ。
微笑んだまま、事切れた。
パチュリーは、小悪魔の亡骸を抱きしめた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。
ゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウ……。
紅魔館の知識人、パチュリー・ノーレッジは、
忠実な使い魔の遺体と、人間の親友のみしるしと共に、
知識の残骸に埋もれ、
命を散らした。
紅魔館の本館も崩落していた。
だが、それを予期していたので、
この東屋は館崩落の影響を受けない場所に建ててあった。
早苗、魔理沙、慧音、妹紅、フランドールの墓もここにあった。
それでも瓦礫やガラスの破片が幾つも飛んできた。
だが、これらは全て咲夜と美鈴が叩き落したので、レミリアに一つも届くことは無かった。
紅魔館の崩壊はようやく収まった。
お茶もお茶菓子も品切れになった。
レミリアは、そろそろ内輪のお茶会を終わりにすることにした。
「美鈴」
「はい、何でしょう?」
「おいきなさい」
「はい」
美鈴は、門番の仕事に戻るため、門に向かった。
「咲夜」
「はい、お嬢様」
「今日はいい天気ね」
「え……、そうでしょうか?」
「ああ、人間の基準で、よ」
空は霞がかっているが、晴れ渡っていた。
「私、一度、日の光を浴びてみたかったのよね」
「お嬢様……」
レミリアは、日傘無しで東屋の屋根の下から歩み出た。
咲夜は、黙ってそれを見ていた。
日の光とは、かくも凍てつく物だったのか。
寒い。寒い。寒い。
レミリアは暖かな日光に凍えていた。
レミリアは目を閉じた。
寒い。だが、安らぐ……。
レミリアの身体は灰になっていった。
咲夜は、黙って、涙をこらえて、主の最期を看取った。
レミリアが完全に灰になったのを確認すると、
咲夜は懐から皮袋を取り出し、その中身の灰を、主の成れの果てにかけた。
袋の灰は、フランドールだったものである。
姉妹が交じり合い、一つになったことを確認した咲夜は、
「咲夜もお嬢様方のお側に参ります」
自らの身体を塵に変えた。
最後の力を振り絞り、自分の身体の時間を一気に百年単位で進めたのであった。
主従は一つになり、温かな風に舞い上がり、かつて幻想郷と呼ばれた土地に消えていった。
美鈴はいつものように門の前に立ち、
いつものように居眠りを始めた。
美鈴は夢を見た。
草原に、紅魔館の皆でピクニックに行く夢だ。
麗らかな陽気の中、フランドールが草原を走り回っていた。
フランドールはレミリアの手を取り、一緒に遊ぼうと誘っていた。
レミリアは最初はしぶしぶだったが、何時の間にか元気に追いかけっこを始めていた。
咲夜はそんな二人を微笑みながら見ていた。
パチュリーは屋外だというのに、分厚い本を読んでいた。
小悪魔は、パチュリーの横に座り、微笑んでいた。
自分は、美鈴は、やっぱり昼寝をしていた。
幸せな一時。
これは夢だ。
吸血鬼であるお嬢様と妹様が日の光を浴びていられるわけが無い。
美鈴の視界が白く染まった。
夢が覚めた。
だが、美鈴の視界は真っ白なままだった。
ああ、これまでか。
美鈴は悟った。自分の最期を。
お嬢様、咲夜さん、
それでは、
逝ってきます。
かつて紅魔館と呼ばれた紅い瓦礫の山。
原型を留めている立派な門。
星型の帽章を付けた人民帽が、ぽつんと、落ちていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
幻想郷崩壊から十年後。
世界に名だたる多国籍企業、株式会社ボーダー商事。
そのCEO(最高経営責任者)である八雲紫。
彼女は側近達を引き連れ、かつて幻想郷と呼ばれ、今ではボーダー商事の城下町となった土地を訪れた。
ここ数年は世界中を飛び回っていたため、久しぶりの里帰りでもあった。
紫一行はリムジンに乗って、湖のほとりにある記念公園に向かった。
今日は、記念公園に設置された石碑の落成式に招かれたので、全ての予定をキャンセルして駆けつけた次第であった。
リムジンが止まり、釣り目の美女である運転手と、助手席から降りた可愛い顔をした女性が、
それぞれ後部座席のドアを開けた。
車から降りたのは、何年経ってもその美貌を保っている八雲紫と、
その懐刀である、スーツをカッチリ着込み、サングラスをかけた長い黒髪の女性顧問弁護士であった。
彼女達を出迎えたのは、今回、石碑の文を作成した大学生、稗田阿求であった。
「八雲殿、ようこそいらっしゃいました」
「くすくす、堅苦しいのは無しよ。阿求。お仕事や勉学に勤しんでいるかしら?」
「ええ、毎日が新鮮に感じます。ですが、徐々に『過去』のことを忘れてきています」
「別にいいじゃないの。それで今の生活に不都合があって?」
「……いいえ。……そうですね、私は今は普通の女の子なんですから」
「そうそう。短い人生、楽しまなければ損よ〜」
「紫さん、貴方は楽しみすぎです」
弁護士が表情を変えずに口を挟んだ。
紫は、う〜ん、いけずぅ〜と、口を尖らせた。
何はともあれ、石碑の除幕式が始まった。
出席者は名だたる面々がずらりと並んだ。
その筆頭は紫であるが、他にも国会議員だの県会議員だの教育委員だの有名芸能人だのといった
絢爛豪華なキャスティングであった。
皆、幻想郷出身者であった。
妖怪の跋扈する土地で生を謳歌した若者達が、今ではこの国に無くてはならない人材となったのであった。
小説家として高名な女子大生、阿求が石碑に掛けられた布を取り払った。
皆がその文面を見た。
がくり。
紫の隣。
鉄面皮で有名な、弁護士が膝をついた。
口元を押さえている。
肩を震わせている。
紫はそっと、彼女のサングラスを取った。
案の定、その両目から涙を溢れさせていた。
「う……、うぅ……、うぅ……」
彼女の様子を見て、紫は微笑んだ。
「何時までも泣き虫ね、霊夢」
石碑には、こう彫られていた。
――あえて汚名を被り、人々を、幻想を救った、紅の名君とその忠臣達。
我々は、貴方達を忘れない。
幻想からの帰還を願いながら。――
今回のお話のテーマは『男前な死に様』として、書いてみました。
2010年10月27日:誤字修正。ご指摘、有難うございました。皆様のコメントに対する返答は、後日行ないます。
2010年10月30日:皆様の多大なコメントに対しての感謝の意を込めた返答追加。
>1様
紫がそう思われるように書きました。で、後から真相が分かって評価が変わると。
白玉楼組以外は大体話に絡められたかな。
拙作に対してのご愛顧に感謝いたします。
>2様
書いた私自身もびっくりです。
>3様
おぜうさまは最初から格好良く書くつもりでしたが、
意外と早苗が化けました。
>4様
…私、いつも変なオチを付けると思われてます?
>5様
早苗は暴走しがちな性格を正しい方向に向けてやれば、きっと活躍してくれる。
私はそう信じています。
幻想郷の崩壊から逃げようと、聖輦船は信者達が全員乗る前に慌てて離陸したのです。
しかし幻想的な力を失い、さらに船内でパニックやそれによる機器の損壊で墜落したというわけです。
>6様
紅魔館組は面子が個性的で、色々な内容の話に使えますからね。
>7様
私は、国家規模、世界規模でのパニック物が好きなんで、こういった話を書いてみました。
『休息』シーンは、どういうわけか最初に書きあがった箇所でもあります。
>砂時計様
書いてる自分でも、あそこまで泣けるとは思いませんでした。
>9様
後の方が指摘しているように、要するに、どうでもいい内容です。
>10様
幽々子様と紫の話、か…。
あのシーンは、書いてる自分も泣きそうになりました。
>11様
冥界か…。
この話の番外編を書いてみようかな…。
映姫様と小町は異動かな。
>13様
皆さん、よくあんな文章から藍と橙だと分かってくれましたね。
紫がまだ能力が使えるうちに式神と人間の境界をいじったとか、
まあ、貴方が考えたような方法で人間にしたと思ってください。
ナズーリンの命蓮寺での立場は結構低いですからね。
星はドジッ虎だし、ひじりんにべったりですから意見など聞かんでしょうね。
>14様
彼女達自体には罪はありませんからね。
そんな彼女達を殺めたからこそ、紅魔館の皆は幻想郷と運命を共にしたのです。
>15様
ビラの内容は、大体そんな感じですね。
竜脈は、この作品では、大地の気の流れのようなものだと思ってください。
竜脈に関するエピソードとして、
中央構造線を龍に例えて、要石で封じたとか、諏訪の龍神様とか、
タケミナカタ(八坂神奈子に関係する神様)関係があります。
…って、この文を書いてるときに気づいたんですけどね。
>16様
可能な限り、登場キャラクターを漢に書くようにしました。
>17様
報告、有難うございました。
お褒めに預かり、光栄です。
>18様
緊急事態で平和を叫んでもパニックを誘発するだけですから。
ひじりんが現実主義者だったら、リーダーシップを発揮して妖怪達の避難誘導をやらせたかったんですけどね…。
>灰々様
私も貴方の風刺の効いた作品は好きですよ。
NutsIn先任曹長
作品情報
作品集:
21
投稿日時:
2010/10/24 12:51:07
更新日時:
2010/10/30 02:50:37
分類
霊夢
紫
レミリアと紅魔館の仲間達
守矢神社
魔理沙
アリス
慧音
妹紅
小町
永琳
鈴仙
てゐ
さとり
衣玖
地底キャラ
命蓮寺
三月精
その他の幻想郷の皆さん
面白かった
紅魔の連中もだけど出てくる奴三月精とかチョイ役にいたるまでみんながみんな輝いていた
シリアスで切ないんだけどところどころ笑えるところや微笑浮かべれるところもあってなんだろ、真の意味で救いのある幻想の終わりだった
泣いた
命蓮寺から落ちたのは誰かとか考えてたけど一番最初に人を詰め込んだって書いてあったな
爆発したのは重量オーバーか内部抗争か
紅魔組の人気が衰えない理由はここだな、うん。
時に迷い、弱い姿を見せ、苦しみ倒れながらも最後まで己の譲れないもののために
戦い抜く姿に惚れた。
そして「平等」という奇麗事にこだわり続ける命蓮寺組がこの状況において
愚物に成り下がるのはやむなき事か。
あとレミリアと霊夢の「休息」のシーンが、エロくて微笑ましくて切なくて最高に素敵だった。
とにかく面白い話だったよ。
だだ泣いた
ラストの紅魔館崩壊シーンでは全俺が泣いた
結局えーりんとぐやは何処に行ったのか気になるところ
夫々の世界の人々は現在どう過ごしているか、軽い後日談みたいのがあれば、是非とも読んでみたいですね
幻想郷無くなったら死者の魂は何処に行くんだろうね
映姫様の仕事は無くなりそうだけどw
しかし藍や橙みたいに人として生きる選択肢も有ったのに紅魔の面子は潔く逝っちまったなあ
妖怪は消滅するはずだから、むしろ式が生き残ってる方がおかしかったりするが
紫が転生させるか、作った体に魂移植でもしたんだろうか
命蓮寺組は他の勢力と比べると上に頭脳がいないのが
ナズーリンあたり情勢見極められなかったのかなぁ
ところで竜脈って何?風水用語らしいけど…。
>三人は、昨夜の淹れた最期のお茶に口をつけた。
久々の大作だ
とても良かったです。
ファンになりました
抹殺リストとか絶対反対して、天狗達とは違った形で計画の邪魔をする可能性が高いだろうし、
こういう結末は逃れられなかったのかもなぁ。
こういうSSは大好きです。
エイリアンの侵略が始まってたり地面から石版が出てきたりするとこまで
幻視した…ごめんなさい。
紅魔館跡地の塵を使ってアイテムを作るととんでもない物ができたりしそうですね
咲夜さんにはレミリア・スカーレットの名前を語り継ぐ役をして欲しかった・・・
腐った幻想郷だな
最もとる手段がこれしかないなら滅んでしまった方が良かったのかもしれない