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『此処に居る理由 前編』 作者: 冥
私がこの地に住み着いて、かれこれ数百年は経っただろうか。
時は平成。
至る場所に、コンクリートでできた建築物が 所狭しに敷き詰めて建てられ、車輪をつけた鉄の塊が道を走り、空には轟音を響かせた巨大な鉄の鳥が飛んでいる。
私が神となり 此処へ祀られた時のあの頃と比べ、当時の面影は見る影もなく すっかり変わり果てていた。
それでも、私が居座るこの社だけは 当時のまま、変わることなくその場所に在り続けた。
『洩矢之御神社−モリヤノミカミヤシロ−』
小さな社ながら、いつからか傍らには そんな字が掘られた小型の石碑が立てられ、この地でもそれなりに名の知れた場所となっていた。
街から少し離れた やや大きめの山の中腹にある 私の社。
辺りには樹木が生い茂り 人の住まう気配はなく、近くには自然に育まれた池がある。
自動車一台通れる程の砂利の山道が社の隣を通るだけだが、その道を利用する人間はほぼ皆無であり この社の周辺には いつも静寂が包んでいた。
その砂利道を 山頂方面へ少し進んだ先に、広い空き地があった。
………正確には跡地だ。
数百年も前。
私の社が建てられるよりも、私自身が神と成るよりも前の事。
永き時を経て尚、その跡地は 失われることが無かった…
時は奈良時代。
かつて現人神となり命を捧げられ 祟りを鎮める。
そんな子供たちがこの地には居た。
祟り、つまり災害を神の御業として扱う。
それを畏れるのは 元来人間が精神の安定を図るためのもの。
だが、そういった不安や畏れが 逆に祟りを呼び寄せるのだ。
たたり(祟)とあがめる(崇)は 同じ字を書く。
人は神々に どうか祟りを起こさぬようにと お祭りするのだ。
いつしか祟りによる大きな犠牲を避ける為に、少数の犠牲もやむなしとする意識も同時に生み出され、命ある動物達をも贄に捧げる事になった。
そうやって 諏訪の土着神ミシャグジは 贄を貰い受ける代わりに祟りを鎮める神となった。
贄には獣だけでなく、無論人間も含まれる。
それほどまで、人間には祟りへの畏れがあったのだ。
捧げられる贄は 特に神は他者と異なる者を、特異な能力などを持った者を好むと信じられていた。
この地には 小さな奇跡を操ることが出来るという特異な一族がいた。
一族の中から、私はその最初の贄に選ばれた。
大祝、風祝の「はふり」とは、「葬り」の意味。
葬られるのは 捧げられた供物のことか
それとも荒ぶる神そのもののことか…。
怒れる神を鎮める為に 同一視した存在を殺し、克服する。
それがこの地の 自然と共生する為のしきたりであった。
人は畏れるだけでは生きていけない。
つまり現人神とは 多くの者の畏れ、不安。そういったものをその身に集め 祓う者のことである。
天災を、祟りを抑える為に ミシャグシの一部、和魂に 諏訪子は成った。
神の力を借り、『ちいさな』ではない奇跡を操れるようになった諏訪子は 人々を天災から護り続けていた。
諏訪子を贄に捧げて以来、この地には天災が起きなくなり 次第に人々はこう思い始めた。
『奇跡を操ることができたあの一族の者だからこそ、この地に平穏が訪れたのだ』
と。
そうして 人々に神への信仰は、土着神ミシャグジから 最初の贄となった諏訪子個人へと移っていった。
結果、人々の信仰が集いに集った諏訪子は神格化し、やがてミシャグジから孤立、和魂から開放され 八百万の一柱を担う神へとなった。
ミシャグジから開放され 自由の身を得た神と成っても、王として 神として 人々の為にこの地を治め続けていた。
そして現在。
今尚も残っているその跡地こそ、当時 洩矢の…私の一族が居住を据えていた場所なのである。
人、環境、地形こそ変われど 社と跡地の距離や位置は変わらなかった。
もしかしたら、無意識のうちに私がそうしていたのかもしれない……。
そんなある日、一組の家族が 私の社を訪れてきた。
あの跡地に新しい神社を建て、そこに住まうことになった一家だという。
東風谷と名乗るその一家は、父と母、娘の三人全員風祝であり、かつての私と同じく 奇跡を操ることができるそうだ。
何故 街から離れたあの跡地を居住地に選んだかは定かではないが、自身と同じ力を持つ者が現代にも残っていた事の驚き。
そして運命めいたものすら感じ、私はあの跡地に住むことを許し 安泰が続く様にと 彼らと約束した。
程なくして、数多の木材を積んだトラックが 隣の砂利道を行き交うようになった。
場所が場所だけに、一度に多くの木材を持ってこれず 何度も街とを往復していた。
この地の主として、そして現代建築を近くで見る為に、私は毎日のように神社の建設現場へと向かっていた。
コンクリートや鉄骨、釘や接着剤等は一切使わず、緻密な計算の上 木を切り抜いて嵌め込んだり 木製の楔で固定したりと、まさに職人芸ともいえる現場に 飽きることなく魅入っていた。
着々と神社の全景が整えられつつある最中も、東風谷の一家は毎日欠かさずに私の社に参拝し、事故が起きぬようにと祈願するのであった。
中でも、早苗という娘は 特に熱心であったと記憶している。
足場の第一手が組まれてから約六ヶ月の月日を要し、ようやく神社は完成した。
ただの空地だった所に 立派な神社が建ち 石畳や鳥居、賽銭箱などもきちんと設置されている。
鳥居には『守矢神社』の名が記されていた。
街のコンクリートや鉄塊だらけの無機質な世界から一転、この場所だけは 四季の変化を充分に堪能できそうな 風情ある地となった。
神社完成の連絡を受けた東風谷一家は 新築の我が家を見るよりも前に私の社に訪れ、感謝の気持ちを伝えていくのであった。
神社が建てられ、一ヶ月ほどが経った。
荷物の整理なども落ち着き 新しい神社での暮らしにも ある程度慣れてきていたようだ。
神社に越してからというもの、早苗は毎日欠かさずに 日が昇り始めた頃と沈みだした時間帯に 社へと参拝に来た。
学生服とよばれる衣装を纏った早苗が行く先は 学校という場所らしい。
神社との距離はそれなりにあるし、巫女と学生の両立も大変だろう。
顔色一つ変えない早苗をみると、彼女の真面目な性格が伺い知れた。
私は早苗が学校に行っている間も、時々神社へとお邪魔していた。
ある日聞いた東風谷夫婦の会話で 何故此処に越してきたのか、理由がわかった。
東風谷歴代の巫女に比べ、早苗の現人神としての力は 強力すぎる。
『多くの人の畏れをその身に集め、祓う者』
しかし早苗は、現人神としてはまだまだ未熟。
畏れを身に溜めても、それを上手く奇跡として発散させられるほど、風祝の業を持っていないのだ。
現代の人間は 神をあまり信仰してはいない。
人々の前で奇跡を起こしたとしても 誰もそれが神の力だとは信じないだろう。
逆に、変な力を持つ者として邪険に扱われたり、好奇な目で見られかねない。
そのため、人々の地から離れた場所に住み、力が暴発しないように 早苗に力の使い方を指導していくのだという。
我々と同じ力を持っていたとされる洩矢之御神の社の近くに住むことで、学校からは遠退いてしまうものの、早苗には良い影響を与えられるだろう。
と。
私から見ても 早苗の未熟さは見てとれるし、父母が懸命に早苗を指導しているのも判る。
もちろん早苗も 父母以上に懸命に指導に臨んでいる。
そんな早苗の一途な姿を見ていると、とても立派だと思えた。
父母は早苗に対し 直接未熟と言った訳ではないが、早苗自身 思うところもあるのだろう。文句の一つも言わず 教えをよく聞き 従った。
年頃の娘が、友人と遊ぶ時間を割いてでも家業に励んでいるのだ。
これだけでも 一般の娘と比べてとても立派なのに、口答えもせず 決して怠惰な態度もとらない早苗を、私も心から応援していた。
しかし、運命とはどこまで非情なのだろうか。
父母も、そして早苗も懸命に頑張っているというのに、『それ』は起きてしまった。
――――――――――
私はいつもの様に早朝に 洩矢様の社へ参拝に行き、学校へと向かう。
以前住んでいた家に比べ 学校への距離はあるものの、私はそれを苦には思わなかった。
自然に溢れた静かな場所で…。
車のクラクションや排気ガスの臭い。街のざわめきに 行き交う人々の煙草の煙。
それらすべてが此処には無く、代わりにあるのは 鳥達の囀りや 風に揺らめく木々の葉音。色とりどりの花や 野生の動物達。
そして何より 周囲の人に気を使わず自身の力を使える場所。
束縛が苦手な私にとって、開放感あるこの場所は とても居心地がよかった。
お父さんの指導は少し厳しいけど、自分の力を上手く制御できないと人々に迷惑が掛かる。
文句の一つも言ってはいられなかった。
山の麓にあるバス停から学校へ向かう。
実際のところ、バスを使っているから学校との距離もさほど気にはならないのだ。
途中で何人かの同じ学校の生徒も乗り込み、バスは学校近くの停留所に停まった。
予鈴が鳴る頃には教室に着き、席に座る。
友達と挨拶を交え 少しお喋り。
予鈴が鳴って先生が来て、ホームルームが始まる。
いつもと変わらぬ始まりだった。
一時限目と二時限目を終え、三時限目に入ろうとしたとき 私は急に頭が痛くなった。
授業は続けられそうな微痛ではあるが、心配性な友人が『休んだ方がいい、無理しちゃダメ』
といって きかなかった。
その友人が勝手に先生に断り 私を保健室へと連れて行く。
保険の先生はあいにく不在だったが、友人は私をベッドに寝かせ 手際よく湿らせたタオルを額に乗せた。
「良い?絶対に無理しちゃダメだからね?」
そう言い残し、友人は授業がある教室へと走っていった。
これくらい何ともないのに…
微かに重く 響くような頭痛がする中、私は横になりながら窓の外を眺めた。
雲ひとつない快晴。
こんな日に外で走ったら気持ちいいだろうな…
急に雨なんか降らしたら、皆驚くだろうな。
そんなことを思いつつ、校庭で体育の授業中の生徒達をみながらクスッと笑う。
学校の皆は、だれひとりとして私が風祝だと知らない。
巫女であることも教えていない。
もちろん、奇跡を操れるだなんて知りもしない。
教えてしまうと 皆と壁が出来てしまうような気がするから。
良い目だろうと悪い目だろうと、特別視されたくはなかった。
ただ 皆と同じ立場でありたかったのだ。
いずれ知られる事だとしても、学生生活をしている間だけは 学校に居るときだけは 友達と気軽にお話していたかった。
目を閉じ 深呼吸をする。
なんだかさっきより頭痛が酷くなっている。
こんな状態では まともに授業は受けられなかっただろう。
私はあの友人に感謝する。
その一方で 頭痛の痛さはどんどん増していき、ほんの数秒も経たぬうちに 強く殴りつけられるような痛みに襲われる。
「いっ…痛いっ!!」
とっさに上体を起こし、両手で頭を押さえる。
これほどの痛さは 過去に一度としてなかった。
自然に涙を流し 苦痛に顔を歪ませ ただ蹲って頭を押さえるしか出来なかった。
その激しい痛みは 約二〜三分続いた。
僅かながら痛みも引き 涙を拭ったあと、ふと外を見て我が目を疑った。
校庭を横切るように 巨大な竜巻が吹き荒れていたのだ。
フェンスを壊し 木々を倒し 外にいた人達を巻き込み 近くの校舎の窓硝子を割り 石砂を盛大に巻き上げていく。
徐々にその威力を弱め 遂には完全に消滅したが、校庭に残された爪痕はとても凄惨なものであった。
至るところの窓硝子は吹き飛び、木々は殆どへし折れ、体育の授業で外にでていた生徒達は 瓦礫の下敷きになっていたり、壁や床に叩きつけられて動かない。
物にしがみ付いて難を逃れた生徒や 駆けつけた先生達が校庭に集まる。
連絡を受けた救急車や救助隊の車が何台か到着し、現状を把握しつつも生徒達の救助にあたり 怪我をした人を乗せて、病院へと搬送していく。
もちろん授業どころではなく、学校長は生徒に帰宅するようにと緊急指示を出す。
殆どの生徒が帰り支度を済ませ、心配そうに校庭に目を向けつつも 帰宅していく。
警察が駆けつけ 騒ぎを聞きつけたテレビ局のカメラが報道にやってくる。
今頃街でも 突如発生した竜巻についての話題で持ちきりになっている筈だ。
私はただ愕然とそれを見ていた。
開いた保健室の扉、入って私に駆け寄る人にも気付かずに。
「早苗!!」
私の名を叫ぶ、が 私は動かない。身体が言うことを利かない。
「早苗!大丈夫!?」
私を保健室につれてきた友人だった。
帰り支度を済ませ 鞄を持っていた。
私の鞄も 持ってきてくれていた。
「私……私………」
両腕を押さえ ガタガタと震える。
それを見た友人は鞄を置き 私を抱きしめた。
「大丈夫だよ早苗。私も怖い。でも もう大丈夫」
私の頭に回された彼女の腕もまた 小刻みに震えていた。
無理も無い。いきなりこんな惨劇が起きれば 誰だって怖いと思う。
しかし私の震えは 皆とは違うところから来ていた。
そう、この竜巻を発生させたのはおそらく…いや、紛れもなく 私自身なのだから…。
――――――――――
風神録より少し前、早苗が幻想郷に来る少し前のお話になります。
作成するにあたり 少しばかりオリジ設定(想像)を追加しておりますが悪しからず。
全て読み終わったあと、グロやえち要素とはまた違ったスッキリした気分になってもらえる。
そんな作品になれば良いなと思います。
頑張ります(`・ω・)
ちなみにキャノンは最後に少し登場する程度です^p^
冥
- 作品情報
- 作品集:
- 21
- 投稿日時:
- 2010/10/31 14:05:48
- 更新日時:
- 2010/10/31 23:19:08
- 分類
- 早苗
- 諏訪子
- 神奈子
竜巻の被害ってマジやばいからな・・・・おお、こわい
だから、普段何気なく使っている言葉の連なりは呪文となります。
なるほど、冒頭の文字の説明では、なかなか素敵な解釈をしましたね。
早苗さんの能力が暴走したようですね。
この世界にいる間に、能力を制御することができるのか?
今後の早苗さんと諏訪子様とお八坂様の3人が、
幻想郷に移住するまでの話を楽しみにしています。
この文を読ませて頂いて、それを痛感しました。
なぜ突然、いつもの日常の中で「力」が発生してしまったのか?
次編、とても楽しみにさせて頂きます。
友人の対応が早苗を思う一念であるだけにめちゃくちゃ辛いな、これは