今更です。ごめんなさい。
「ああ、もうお金ないのに……」
渋い顔で機械にお金を入れてカードにポイントをためているのは白黒の魔法使い、霧雨魔理沙だ。
「五百円で1ポイントとかぼったくり過ぎだろ……畜生、委員会のやつら」
ピーピーという電子音の後に出てきたカードを取るとポケットにしまい、急いで箒にまたがる。
「うう、やばい……漏る漏る」
魔理沙は箒を駆り疾風のような速さで飛び立った。
トイレを目指して。
―1―
あの悪法が施行されたのは一ヶ月ほど前のことだ。
幻想郷評議員会で『幻想郷トイレ衛生法』が強行採決の末、可決された。
どのような法案かというと幻想郷において指定された場所、つまりトイレ以外で排泄行為を行った者へ罰則を課すというものだった。
それだけならまだよかったのだが、『幻想郷衛生委員会』が認定したトイレ以外は使用できないという決まりになっていた。
魔理沙は自宅のトイレを認定してもらおうと申し立てたのだが、
「はー、汲み取り式ですか……。論外ですね」
「はあ!?なんでなのぜ!」
あっさりと切り捨てられた。
「我々委員会は幻想郷トイレ水洗化を推進していまして、このような時代遅れのトイレは認めるわけにはいきません。どうです、これを機に魔理沙さんの家のトイレも水洗化してみては?そうすれば100%認定いたしますよ」
そういって委員会の人間が見せた資料の値段を見て魔理沙は憤慨する。
「こ、こんなお金払えるわけないぜ!」
「そうですか。では我々委員会が設けた公衆トイレをご利用下さい」
魔理沙のことなどこれといって気にもかけていない様子の委員会の人間は、ポケットから一枚の白いカードを取り出し魔理沙に手渡した。
「なんだよこれ?」
「これは『トスポ』です」
「トスポ?」
「はい、自分の家以外のトイレを使用される場合はこの『トスポ』を通してから使用していただきます」
カードを見つめながら怪訝そうな面持ちで魔理沙は訪ねる。
「なんでそんな面倒なことしないといけないんだよ」
「まあ、これには色々ございまして、まあ順を追って説明いたします。まずこの『トスポ』、幻想郷住民の方全員にお渡ししております。ICチップにより個人認証されます。今お渡ししたのが魔理沙さんのカードです」
魔理沙の手にしたカードを指差して委員会の人間は言う。
「そしてこの『トスポ』ポイントがございます。こちらには120ポイント入っておりまして、自分の家のトイレ以外のトイレを使用するのに1ポイント必要です。知り合いの家のトイレでもポイントが必要になります。月をまたぐと120ポイント自動で追加されます」
「おいおい、一月に120回しかトイレ行けないってのか!?ポイントなくなったらどうするんだぜ?」
「ご安心をその場合には委員会の設置しましたチャージ機にて1ポイント五百円でポイントを購入いただけます」
「は!?金かかるのかよ!?冗談じゃないぜ。金がなかったらどうするんだ?」
「そこは自分の持ってる物を売るなりなんなりすればよろしいでしょう。それがいやならあきらめるかですね」
「あきらめるって……こんなん公衆トイレ使うやつなんていないぜ。みんなそこらへんでやるんじゃないのか」
「ふふ、大丈夫ですよ。皆、外でしようなんて考えられなくなりますよ」
委員会の人間は不適な笑みを浮かべた。
「もし、野外で排泄行為を行っている人間を発見いたしましたらその場で取り押さえて焼印を押させていただきます。さらに罰金。払わなければ野外で排泄をしたということをその排泄跡と一緒に撮った写真をともに各地の掲示板に掲載いたします」
「嘘だろ!?」
委員会の人間はとんでもないことをスラスラと述べると得意げな顔で魔理沙を見下した。
「ですから、みな公衆トイレをお使いになりますよ」
「なんだってそんな酷いことするんだ!こんなカードまで作って……お前らはトイレで用を足さしたいのか足させたくないのかどっちなんだよ」
「幻想郷は近年徐々に人口が増加しております。妖怪と人とが争わなくなったのが原因でしょうか。まあ、それはすばらしいことでございます。ですがそのことで問題も生じてまいりました。まず、食料の問題、そして衛生、糞尿の処理についての問題です」
委員会の人間はかけている眼鏡をクイクイと中指であげると話を続ける。
「それを解決いたしますのが、今回の『幻想郷トイレ衛生法』でございます。まず委員会にて幻想郷中のトイレを水洗化することで糞尿を一箇所に集め、効率的に処理できます。下水工事で雇用対策も万全。さらにこの『トスポ』。毎月お金を払えばいくらでも使えますが、皆そのようなことはしたくはないでしょう。ですのでトイレの使用回数を減らす。そのために食べる量を減らす。どうです?食料の問題も解決できるでしょう。まさにエコでございます」
言い終わった委員会の人間の顔はなんとも憎たらしいしてやったりという顔だった。
魔理沙は絶句した。いくらなんでもむちゃくちゃではないか……こんなことがまかり通ってよいのだろうかと。
「まあ、明後日から施行されますのでこの用紙に良く目を通しておいて下さい。暗証番号も書かれていますから無くさないで下さいね。では、間違いのないようクリーンな生活を送って下さい」
委員会の人間は『幻想郷トイレ衛生法』の説明が書かれた紙を魔理沙に手渡すと家を出て行った。
―2―
そうしてついに『幻想郷トイレ衛生法』が施行された。
魔理沙が困ったのはまず自宅で用が足せないということだ。
排尿するために態々迷いの森に設けられた委員会認定の公衆トイレまで行かないといけない。
しかも『トスポ』がないと入れないのだ。一度家に忘れて漏らしかけたことがあった。
「寝る前にオシッコいくのにもわざわざ外に出ないといけないなんて……」
魔理沙は寝巻きのまま箒にまたがるとトイレまで飛ばした。
「ああ、めんどくさいなぁ」
トイレの前におりたった魔理沙は先客がいるのに気がつく。
ジャーと水の流れる音がして扉が開いた。
「お、アリスじゃないか」
「あ、魔理沙……」
魔理沙と同じく寝巻き姿でトイレからでてきたのは七色の人形使いアリス・マーガトロイドである。
「アリスもトイレか」
「まあね。ホントわざわざここまで飛んでこなければならないなんて……面倒でしょうがないわ。もうちょっといっぱい立ててくれればいいのに」
アリスもこの法案には不満が募っているようで愚痴をたれる。
「てか、ホントめんどくさいよな。私なんかたまにお風呂場でやってるぜ」
魔理沙がそんなことを口走った瞬間、アリスはものすごい形相で魔理沙の口を手で押さえた。
「んんー!」
そのまま辺りを見回し、何事もないことを確認すると魔理沙の口を覆っていた手を開放した。
「なにするんだアリス!」
「あんたねぇ……もうちょっと用心しなさいよ!もし見つかれば焼印よ。どこで委員会の連中が聞いているかわかったもんじゃないわ」
アリスの狼狽っぷりに魔理沙も流石に少し怖くなってきた。
「そんなに委員会ってのは昼夜問わず私らのことを見張ってるのか?」
「ええ、奴等ホントに容赦ないわよ……」
そのときだった。
二人のすぐ近くで「キャー」という少女の悲鳴があがった。
「なんだ!?」
「いってみましょ」
二人は悲鳴がした方にかけていく。バサバサと翼の羽ばたく音とともに照明が照らされた。
夜中の森を照らす強力なライトにあぶりだされたのは闇を操る程度の能力を有する幼い少女の姿をした妖怪、ルーミアだった。
「ご、ごめんなさい!もうしませんから!」
目に涙をためて懇願する。
その相手は……
「ふふふ、残念ですが委員会の規定でね。現行犯を発見したら即罰則を課さねばならないのですよ」
ライトを背に受けルーミアを見下していた。数名いる天狗達の先頭に立っている黒髪の天狗、魔理沙やアリスもよく知っている人物だった。
「射命丸?」
「あやー、魔理沙さんにアリスさんじゃあないですか。どうも、幻想郷衛生委員会罰則課課長、射命丸文です」
ライトアップされた顔を不気味に歪ませにんまりと微笑むと射命丸文はルーミアのほうに向き直る。
「お二人もよくみておいて下さい。外で排泄した者がどうなるのか……」
文が片手を挙げくいっと前へ倒すと文の後ろに構えていた天狗がルーミアを羽交い絞めにする。
「腕か背中か腹か、好きな場所を選びなさい」
「お願い……許して……」
文は手下の天狗から真っ赤に焼けた焼印を手にすると、死刑執行人のようにルーミアに歩み寄る。
「選ばないのならこちらで勝手に押させてもらいます。おい、袖をまくれ!」
手下の天狗がルーミアの左腕の袖を肩まで捲り上げると文は持っていた裁きの烙印を肩に押し付ける。
「うあああ、熱いよおおお」
じゅうという嫌な音と皮膚が焼ける臭い、ルーミアの悲痛な叫びに魔理沙は思わず身震いした。
ルーミアの肩には【野尿】という文字が赤々と刻み付けられていた。
「ほら、写真を撮ります。顔をこちらに向けろ」
髪を捕まれ強制的に文の構えるレンズを向かされたルーミアの顔は涙や鼻水、よだれでベタベタに濡れていた。
文のシャッターが無慈悲に音を立ててフィルムにその光景を焼き付けていく。
「罰金は五万円です。払えますか?」
「う、うう……」
「くく、お金なんてもってないですよね。じゃあ、明日の朝には幻想郷中の掲示板にルーミアさんの情けない顔写真が張り出されますから楽しみにしておいてください」
そう言い残し文達は夜空へと飛び去っていった。
「うぐ、こりゃ、思ってた以上にひでえや……」
魔理沙の膝はカクカクと震えていた。
アリスはルーミアに駆け寄り頭を撫でてやった。
「酷いことするわね……大丈夫?」
「うう、ひっく、もう、闇から一生出れないよぅ。チルノちゃんにもきっとばかにされる……うああん」
ルーミアはアリスの胸で泣きじゃくる。
「この子は今夜うちで預かるわ。傷口の消毒もしてあげないと」
「そいつ一様妖怪だが、大丈夫か?」
「大丈夫よ。問題ないわ」
アリスはルーミアを抱っこすると魔理沙に別れを告げ自分の家のほうに飛んでいった。
「あ、すっかりトイレに行くの忘れてたぜ……」
―3―
健康優良児である魔理沙は一日に大きい方を2回、小さい方は5、6回は行く。
「まずいぜ……このペースだと半月でポイント尽きちゃうぜ」
魔理沙は浮かない顔をしながら博麗神社に向かっていた。
『幻想郷トイレ衛生法』ができてからはあまり行動的でなくなった。
紅魔館にも行ってないし、神社にも顔を出していない。
二週間ぶりくらいにあそこの巫女と会うな、などと考えながら飛んでいるといつの間にか目的地に着いてた。
「よう、霊夢。久しぶり」
「あらホント。久しぶりね」
紅白の巫女、博麗霊夢は最後に会ったときと同じように境内の穿き掃除をしていた。
「まったく、困ったもんだよな。『幻想郷トイレ衛生法』だなんて不便でしょうがないぜ。大体ポイントが少なすぎるぜ!あんなんで足りる人間なんているのかよ」
魔理沙は霊夢にあったらこのことについてとことん愚痴りたいと思っていたので早速切り出す。
しかし霊夢は、
「あら、私は普通に足りてるわよ」
「ええ?」
期待していた答えと違っていたためか少々困惑してしまう。
「足りてるって……一日平均4回しか行けないんだぞ!?それで足りるのか?」
「うん、だって私あんま食べないし、一日3回で済むわ」
「三回!?」
一日8回以上はトイレに行く魔理沙からすると3回という数字は考えられない数字だった。
「おまえ、いっつもお茶とか飲んでるじゃん!オシッコ行きたくならないのか!?」
「ああ、あれすっごい薄いお茶だからカフェインとかあんま摂取しないで済むし熱いからグビグビ飲んだりしないからね。正直1リットルも飲んでないと思うわよ」
霊夢の生活は衛生委員会の人間が望んだ生活スタイルそのものだった。
食べ物を控え、トイレを控える。『幻想郷トイレ衛生法』が施行される前からこの省エネ生活をしてきた霊夢にとってはこの程度なんということはなかったのだ。
「そうだ、一日3回ってことは、ポイント余るよな。だったら少しポイント分けてくれよ」
しめたとばかりに魔理沙は霊夢に頼み込む。
「んー、じゃあ、百円ね」
「はあっ、金取るのかよ!?」
なんという守銭奴、親友が困っているというのに足元をみるなんてなんて奴だ、と魔理沙は思った。
「なあ、私たち友達だろ?」
「じゃあ、五十円でいいわよ。友達価格」
目を潤ませて霊夢を見つめながら頼んだのだがタダにはならなかった。
「ぶう、タダで分けてくれよぉ」
「ええー、だってこのポイントって窓口でお金に換金できるのよ。1ポイント百円で」
「え、そんなことできんのか?」
「うん、委員会の人が渡してくれた紙に書いてあったわ。だから、月末に20ポイントほど売って小遣いでも稼ごうとと思ってたのよ」
紙は貰ってから斜め読みしてそのまま放置していた魔理沙はそんなことが出来ることを初めて知った。
「だから、五十円ってのは友達価格なのよ。普通に機械で買うとこの十倍かかるのよ。十分良心的だと思わない?」
「んー……まあ、確かに……じゃあ、20ポイントほど買うぜ」
「あ、10ポイントまでだから」
「けちんぼ」
魔理沙はサイフから五百円玉を取り出すを霊夢に渡した。
「はい、確かに。じゃあ、トイレに行きたくなったら私に言ってよ。でも寝てるとこ起こしてとかは勘弁ね。朝九時〜夜7時まで。7時からはパトロールあるからね。来てもいないわよ。あんたの箒なら神社まですぐでしょトイレなら階段降りてすぐのとこにあるから」
「わかった。めんどくさいけどしかたないな……」
「なんなら、魔理沙。私と暮らしてみる?きっとトイレの回数も減らせて一石二鳥よ」
「やめとくぜ。訓練された巫女だからできる生活を一般人の私がやったら一週間で倒れるぜ」
「あはは、それもそうね。魔理沙さあ、ポイント欲しいんなら自分の家に委員会認定のトイレを持ってる人から買ったら?機械で買うよりは安上がりになるんじゃない?」
「ああ、そっか!なるほど、霊夢は頭いいぜ。だれか家が水洗トイレの奴知らないか?」
霊夢に聞いたところ「家デカイところ適当に回ったら?」と返ってきたのでとりあえず大きな建物を訪ねて交渉することにした。
―4―
博麗神社をとびった魔理沙はどこへ向かおうかと考えあぐねていた。
大きな建物といえば紅魔館だがあそこの住人に魔理沙はあまりいいように思われていない。
きちんと交渉してくれるかどうかあやしい。
魔理沙が悩んでいると、後ろの声からすすり泣く声とともに顔をしかめる悪臭が漂ってきた。
「うわ!お前は……」
魔理沙の後方をふよふよと漂っていたのは唐傘お化けを携えた妖怪、多々良小傘だった。
人を驚かせるためにちょくちょく魔理沙にちょっかいをかけていたのだが、本当に驚いたのは今回がはじめてかもしれない。
本来なら、その事実に小傘は喜びをあらわにしただろう。
だが、小傘は魔理沙のことなど眼中にないようにフラフラと横を通り過ぎていった。
赤と青のオッドアイからはポロポロと涙が零れていた。
その理由はすぐに判明した。
小傘の下着が茶色に染まりモコモコと盛り上がっている。
足の裏には【漏糞】の焼印が刻まれていた。
「あちゃー、やっちまったか」
ふと、小傘はどこへ向かっているのか考えた。
そんなのはわかりきったことだった。彼女が困ったときになきつくのは常日頃kら妖怪の保護を訴えている命蓮寺の連中のところなのだ。
「そういや、命蓮寺って水洗かな?」
命蓮寺はかなり立派な寺だったと記憶していた魔理沙は、そのまま小傘の後をつけて命蓮寺まで行くことにした。
ポイントを買う交渉をするのが目的だが、小傘がどうなるのかちょっとみてみたいというのもあったかもしれない。
そのまま、魔理沙は小傘の数メートル後ろを飛行して、命蓮寺までたどり着いたのだった。
命蓮寺に着くなり小傘は、本堂に向かって寺の主の名前を叫んだ。
「聖ーー!、聖ーー!ぐす、たすけてぇーー」
小傘のSOSを聞きつけるやいなや、本堂から飛び出した命蓮寺の僧、聖白蓮は電光石火の如きスピードで小傘の前まで駆け寄ると膝を突いて涙を流す弱小妖怪の顔を覗きこんだ。
「どうしたんです?」
「うう、ひっく……」
「ああ、漏らしてしまったんですね」
白蓮は漸く小傘の涙の正体に気がつくと、
「水蜜!お湯を沸かして下さい。あと一輪は換えの服と下着を、サイズ的にナズーリンの服辺りが調度いいでしょう」
仲間にすぐさま呼びかける。
「うえええん。前の人がいつまでたっても出てこなかったぁぁ」
「あらあら、それは気の毒でしたね」
「ううあああ、足の裏が痛いよおお」
白蓮は小傘を座らせ、足の裏の焼印を確認した。
「まあ、痛かったでしょう。よしよし、あとで軟膏を塗ってあげますからね。その前に身体を綺麗にしましょう」
小傘の足の裏を確認した際、白蓮の袖口に小傘の汚物が付着した。
白蓮のお召し物といえばかなりの上物だと聞く。しかし、白蓮はそんなことは気にすることなく泣き続ける小さな妖怪を慰め続けていた。
その様子を魔理沙は上空からぼーっと眺めていた。
「聖、お湯が沸いたよー」
それを聞き白蓮は小傘を抱えて風呂場に向かった。
白蓮の姿が建物の中に消えると、魔理沙は命蓮寺に着陸した。
「なあ、命蓮寺は水洗便所か?」
小傘の着替えを運ぼうとしている雲居一輪を見つけ、そう訪ねた。
「いや、うちはまだ汲み取り式だよ」
「そうか……」
一輪は魔理沙の質問に答えると風呂場に向かおうとした。
「なあ」
「なんだい?」
再度歩みをとめられ少し不機嫌そうに一輪が聞き返してきた。
「白蓮って、その、面倒見いいな」
一輪は魔理沙の返答にポカンとしてしまう。だが白蓮を褒められたことですぐに表情をにこやかなものに変えた。
「まあね。あの人はホント優しいよ。私も村沙も姐さんに助けてもらってばかりさ。なんというか誰に対しても母親みたいに接するんだ」
「確かに雰囲気そんなだな」
「あ、私が姐さんのことを母親みたいって言ったことは内緒にしてておくれよ」
一輪は恥ずかしそうに顔を赤らめると、風呂場へとかけていった。
「命蓮寺はだめか……人里にでも行ってみるかな」
人里へ向かう間、魔理沙の頭の中には小傘と白蓮のやり取りが何度も繰り返されていた。
―5―
人里に着いた魔理沙は普段と空気が違うことをすぐさま感じ取った。
何か切迫した、言いえぬ不安感のようなものだ。
「なんか、あったのかな」
魔理沙が里の中を歩いていると、悲鳴が聞こえてきた。
「まさか……」
魔理沙が駆けつけるとそこには数名の烏天狗が男を取り囲んでいた。
「助けてくれ、腹の調子がわるかったんだ!」
「言い訳をしたところでどうにもなりませんよ。おい」
烏天狗達の先頭に立っていたのはやはり射命丸文だった。
文は手下から焼印を受け取るとなれた手つきでそれを男の腕に押し当てる。
「うああああ!!」
男は焼かれた腕を押さえてのたうつ。
「罰金のほうはどうします?五万で写真は非公開にできますが払いますか?」
「こんな、こんな里のど真ん中で醜態晒したんだ……今更写真の一枚や二枚張り出されたってかわらねぇよ……」
「そうですか。では明日には掲示板に張り出されるんで楽しみにしておいて下さい。くふふ」
嘲り笑うと文達はその場から引き上げた。
去り際に魔理沙に気がついた文が魔理沙の元へ近づいてくる。
「どうもです。魔理沙さん」
「……仕事熱心なことだな」
「ええ、忙しくてこまっちゃいますよ」
そういいながら文はケラケラと笑った。
「なんでも、人里で食中毒が流行してるみたいでトイレはすごい込みようです。こういうことも想定して設けたはずだったんですがちょっと数が足りなかったみたいですねぇ」
文の言うとおり、街の至るところにあるどの公衆トイレの前にも人が並んでいる。
「魔理沙さんも人里で食べ物を口にするときはきをつけたほうがいいですよ」
文は親切心か意地悪か、魔理沙の不安を煽ると翼を羽ばたかせて空に上っていった。
「腹減ってるけど我慢したほうがいいな」
魔理沙は人里で水洗トイレがある家を探して訪ねることにした。
キョロキョロしながら歩き回っていると、あるものが目に付いた。
「これが、掲示板か……」
人々の往来の多い道にどんと立てられている板に幻想郷の各地で醜態を晒した者たちの写真が掲載されていた。
その中には魔理沙のよく知っているものたちのモノあった。
「こないだのルーミア。それにミスティア・ローレライ……蓬莱山輝夜……マジかよ」
彼女たちの写真の横に出した物の写真も掲載されているた。その下にはことにいたった経緯を綴った文章が添えられている。文の仕業だろう。
「いったいこの写真っていつまで掲載されるんだ……」
もしも、この掲示板に自分の写真が載ったら……想像して魔理沙は身震いした。
暫く掲示板を眺めていたが、本来の目的を思い出し、その場を離れた。
人里で大きな家といえばやはり一番に思い浮かぶのは稗田家だろう。
あれほどの屋敷なら水洗トイレを完備していてもおかしくはない。
魔理沙は期待に胸を膨れませ稗田家に向かった。
門を叩くと使用人と思われる初老の女性が魔理沙を出迎えた。
早速、水洗トイレかどうか訪ねてみたところ、
「はい、稗田家のトイレは水洗トイレでございます」
と魔理沙の睨んだとおりだった。
続いて、ポイントを売ってくれるように頼んでみる。
「ふむ、ポイントをですか……。申し訳ありませんが魔理沙さまにはお売りできませんね」
「な……なんでなんだぜ?」
「実はもう先客がございまして、その方にポイントはお売りすることになっているのです」
なんと、稗田家のポイントにはすでに先客がいたらしい。世の中、似たようなことを考える人間がいるものなんだなと魔理沙は思い知った。
魔理沙はがっくりと肩を落として稗田家を後にした。
また、来た道を重い足取りで引き返す。
その途中、若い夫婦が言い争いをしているのを目にする。
「ま、待ってくれ!どうか考えなおしてくれよ」
「いや、もう無理よ。ウンコ漏らした人となんて一緒に住めないわ。あんたなんかと一緒にいたら笑いものにされてしまうわよ」
そう吐き捨てると女の方は男を振り切り、手に大荷物を抱えて歩いていってしまった。
「畜生……あれは仕方なかったんだ……仕事場から一番近いトイレがあんなに混んでたなんて、うう、クソ!写真が掲載されてからろくなことがない。仕事はクビになるし……女房には逃げられるし、もう俺の人生おしまいだ……」
世間のトイレ違反者に対する目は冷たかった。糞尿に関係する事柄であるためかまるで汚いものを見るかのように扱われる。掲示板に張り出された者たちには容赦のない憐憫のまなざしがむけられた。
さめざめと泣く男を見て魔理沙はなんともいえない気持ちになった。とても放って置けなくなり、魔理沙は男に話しかける。
「あの、元気出せよ。人の噂も七十五日っていうだろ」
「……そんなことわざは嘘っぱちさ。小さい頃寺子屋でウンコを漏らした俺のダチは未だに酒の席でそのことを笑い種にされる。お漏らしってのは人々の記憶に深く残っちまうんだ!!だから俺は一生ウンコ垂れ野郎として生きていかなきゃいけないんだよおおおお!!」
男は年甲斐もなく涙と鼻水とよだれを飛び散らせながら泣き叫んだ。
大声で泣き続ける男に魔理沙もほとほと困ってしまった。
「えと、その……」
魔理沙は何も出来ずにその場に立ち尽くした。ただ黙って暫くの間男を見守ってやった。
「うう、もう、放っておいてくれ……」
「……自殺とかするなよ」
「ふふ、なさけねぇ……こんな小さな女の子に心配されるなんて……ありがとよ。こんなクソッタレのこと心配してくれて」
顔をあげ、泣きはらして真っ赤になった目で魔理沙を見つめると男は感謝を述べた。
「もうちょっと頑張ってみるよ」
「ああ」
男の顔は少し晴れやかなものになっていた。
魔理沙はにこっと笑うと男に別れを告げた。
―6―
稗田家がダメだったことで魔理沙は人里でのポイントの取引は半ばあきらめかけていた。
魔理沙と面識のある人里の大きな家というと稗田家以外にこれといって思い当たらなかった。
仕方なしにふらふらと彷徨っていると、周りと比べて随分と立派な民家が目に入った。
稗田家ほどではないが、その大きさは一般人のものではなかった。
「確かここって……」
表札の上白沢という字を目にして確信した。
この立派な家は人里の守り神として誉れ高い、上白沢慧音の自宅である。
もしかすると水洗トイレを備えているかも知れない。
そう思った魔理沙は慧音邸の門を叩いた。
ドンドンドンと何度か玄関の戸を叩いたのだが返事はない。
留守かと思いきや戸を引いてみると鍵がかかっていない。
「鍵のかけ忘れかな?」
普段、紅魔館には平気で侵入している魔理沙だが、今回は「おじゃましまーす」と小さな声で断ってから上がることにした。
「慧音。いないのか?」
廊下を通って居間まで行くと、微かに声が聞こえる。
「慧音?」
「ん……ああ……」
魔理沙の問いかけに応答しているのか喘いでいるのかわからなかったが声のする方、寝室、の扉を開けた。
「慧音!」
寝室の扉を開けると顔面蒼白で苦しそうに壁にもたれかかってへたり込んでいる慧音を発見した。
「……魔理沙か……」
「おい、大丈夫か!?」
魔理沙は駆け寄って、慧音の額に自分の額を合わせる。
「熱があるな……」
「熱はたいしたことないんだ……ただ、うっ」
慧音が呻くと彼女の腹からゴロゴロという音が聞こえてきた。手で腹を押さえ、慧音はよりいっそう苦しそうな顔をする。
「もしかして、お腹痛いのか?」
「ああ……今流行の食中毒に私もかかってしまったらしい」
「立てないのか?トイレまで肩貸そうか」
魔理沙は心配そうに語りかける。
「おまえんちトイレは水洗か?」
「いや、残念だが汲み取り式だ」
「じゃあ、外のトイレに行こう」
「……『トスポ』がないんだ」
慧音はそういって俯いた。
「『トスポ』がないって……無くしたのか!?再発行してもらえよ!」
「なくしたんじゃないんだ。教え子にな、『トスポ』のポイントを食中毒で使い切ってしまった子がいるんだ。その子に今かしている」
「貸してるって……お前はどうすんだよ!?カード二枚作れないのか?」
「それは無理だ。カードを再発行すると前に使っていたカードは使用できなくなる。それに再発行したカードのポイントは0だ」
「だからってお前がこんななってるじゃないか!」
「……お漏らしするとやっぱ馬鹿にされるだろ。それで教え子がイジメられるのは嫌なんだ。私はどうなってもいい……」
それを聞いた魔理沙は慧音の腕を肩に担ぐと慧音を立たせる。
「私のカード貸してやる。トイレまで我慢できるか?」
「……すまない」
魔理沙の肩を借りて慧音は家をでた。
魔理沙のすぐ横で慧音の苦しそうな息遣いが聞こえてくる。それを聞き出来る限りトイレへの道を急く。
「はあ、はあ……」
「我慢しろよ」
「ああ……」
何とか慧音の家から一番近いトイレまで辿りついたのだがそこには長蛇の列が出来ていた。
食中毒や仕事をする人間のトイレ休憩と重なったのが原因だろう。他のトイレも同じような感じだった。
「くそ!」
「はあ……はあ……うくっ……」
魔理沙にも慧音がすでに限界だとわかった。
「そうだ。里を出て少し行ったところに公衆トイレがあったはずだ。そこなら人里の人間もこないだろ」
魔理沙は進行方向を里の出口に向けると歩き始めた。
「ちょっと歩くけど我慢しろよ」
「ん、うん」
普段はハキハキとした受け答えをする慧音だが、今現在に至ってはその声は弱弱しく蚊の羽音にもかき消されてしまいそうな程だった。
慧音を励ましつつ、なんとか里を抜け、舗装されていない砂利道を進む。
「はああ、ああ……」
「大丈夫か?もうちょいだから」
慧音の顔が苦悶の色に染まる。
「がんばれ」
「……魔理沙……私な、昔、そう私がまだ普通の少女だった頃だ……」
今まで無口だった慧音が急に昔話を始める。
魔理沙は嫌な予感がした。
「その頃も寺子屋ってのはあってな、私はそこに通っていた……そこで凄い仲のいい子がいてな……すごい頭もよくて運動神経もいい子だった」
「どうしたんだよ急に?」
「いっつもな、その子と一緒に登下校してた。家が近所だったからな……」
急に饒舌になった慧音に魔理沙は困惑した。
息も絶え絶えに語る彼女の顔は死期を悟った人間の安らかさに近いものを感じさせた。
「ある日な、寺子屋の帰り道、その子がお腹が痛いって……私に訴えてきたんだ……」
「慧音?」
「授業中ずっと我慢してたみたいでな……家までもう持たないって草むらに入って行って、その子、用を足したんだ……」
「おい」
「絶対誰にも言わないでねって……その子いったんだ。私も約束した。指きりげんまんってやったよ」
「慧音……」
「でもな……ある日寺子屋で喧嘩になってな……私はあんま喧嘩強くなくて、でも、負けるのが嫌で……」
「お、おい!」
「言っちゃったんだ……野糞したくせにって、言わないって約束したのに、言わないでって言われてたのに……」
「がんばれよ!?もうちょっとでつくからな」
「その子、それがきっかけで……みんなから馬鹿にされて……寺子屋やめちゃったんだ。うああ、私の、私のせいで……」
「慧音ッ!!」
「……だから、これはその報いなんだ……」
慧音の頬を涙が伝った。それと同時に堰を切ったようにブジュブジュと不快な音を立てて下痢便が下着から零れ落ちる。
止め処なく溢れるそれは彼女の下着を、スカートを、脚を、靴を茶色に汚して行く。辺りを鼻をつく下痢特有のきつい悪臭が覆った。
慧音はその場にペタンと座り込むとなすがままに糞を垂れ流した。
「……慧音」
そのときだった。
悪臭をかぎつけた烏天狗どもが黒い翼を羽ばたかせ、二人の周りを取り囲んだ。
「おお、くさいくさい。今度は誰かと思ったら、これはこれは人里の守り神、寺子屋で大人気の慧音先生じゃありませんか」
「まて、文!慧音は……」
文はニタニタと笑いながらカメラを構えると前や後ろ、横から下から、様々な角度から写真を撮る。
「やめろ、撮るな!」
魔理沙が必死に妨害するが、文はするりするりと魔理沙の腕を交わしてシャッターをきる。
「あーもー、うざったいですね!慧音先生への処罰が済むまで抑えてろ」
烏天狗三人に押さえつけられ魔理沙は身動きできなくなる。
「先生。焼印はどこにします?」
文は焼印を手にとると恍惚な表情を慧音に向ける。
「じゃあ、無難に肩辺りにでもおしときましょうかね」
慧音はなにも答えなかった。
「沈黙は肯定とといらせていただきますよ。では」
「慧音、やめろ文!!」
忌々しい烙印が慧音の肩に押される。
「……う、つっ……」
「はい、終わりましたよ。傷口を良く消毒しておいて下さい。お風呂は入りたければどうぞ。それじゃあ、写真ですが、罰金は5万円です。どうします払いますか?ちなみにこの出来事は稗田家の違反者リストにも記されますんで能力使って隠蔽しても無駄ですよ」
「……金はない……」
「じゃあ、仕方ありませんねぇ」
文が嬉しそうに口角をつりあげる。
「待った!私が払う。だから写真の掲載はやめてやってくれ」
「ほう、まあ、それでもかまいませんが……」
魔理沙はサイフを取り出した。
しかし、中には2万円しか入っていなかった。
「おやおや、足りないですねぇ」
「ちょっと時間をくれ、家までとりに戻るから」
「ダメです。私たちは忙しいんです。その場で払えなければ写真は掲載です」
文は魔理沙の頼みを突っぱねる。
「だったらこの帽子。これは特殊な繊維を編みこんで作った特別な帽子だ。売れば10万は下らないぜ」
魔理沙は被っていた三角帽を差し出す。
「魔理沙さん。私は質屋じゃないんですよ?こんなもので罰金は払えません」
「じゃ、じゃあ」
魔理沙は次の手を提案しようとしたが、
「魔理沙、もういいよ。写真は掲載するなり何なりしてくれ……今はもう家に帰って寝たい」
慧音は魔理沙の言葉をさえぎり天狗にそう伝えた。
文もそれに了承し、「明日掲載されるので楽しみにー」と毎度のセリフを残して引き上げていった。
魔理沙は慧音を家まで連れて行き、服を換えてやった。汚れは濡れタオルで綺麗にふき取ってやった。
布団を敷いて慧音を寝かせる。
汚れた服と下着は桶に水を張って手洗いでごしごし擦って汚物を落とす。
下痢が付着しているのでとてつもない悪臭を放っているが、それを手で洗う魔理沙は不思議と不快に感じなかった。
洗濯を終えると慧音に飲み物を持って行く。
「これ、飲めよ。水分補給だ」
一つまみの砂糖と塩を溶かしたぬるま湯を慧音に渡す。
「ありがとう……」
「今から永遠亭に行って薬もらってきてやるよ。だからそれ飲んだら寝てろ」
「すまない……何から何まで……」
「気にするなよ。誰だって弱ってる時はあるさ」
魔理沙はそういうと慧音の家を後にした。
箒にまたがると永遠亭のある竹林に向かって飛び立った。
―7―
魔理沙は竹林を歩きながら自分はこんなに献身的だっただろうかと考えていた。
慧音とはそれほど親しいわけでもない。だというのに彼女に大して世話を焼くことを心地よいと感じている。
恋愛感情だとかただ単に恩を売りたいからとかそういう気持ちは無かった。
そんなことばかりを考えていたためか、竹林で迷ってしまった。
「まいったな……てか前来たときはどうやって永遠亭まで行ったんだっけか」
そうして竹やぶを彷徨うこと小一時間、流石に魔理沙もうんざりしはじめた時、視界の端に見覚えのある真っ赤なモンペを捕らえた。
「調度いいやつがいたぜ」
魔理沙は赤いモンペがトレードマークの竹林の案内人。藤原妹紅の元にかけよった。
「助かったぜ。ちょっと永遠亭まで案内してくれないか?」
こうしたお願いに対して普段なら何も言わずに引き受けてくれる妹紅なのだが、今日に限って様子がおかしい。
「わるい……今、ちょっと、そういう気分じゃないんだ……」
妹紅は魔理沙から視線をそらす。
「おい、気分とかなに馬鹿なこといってんだよ!慧音が食中毒で苦しんでんだぞ!」
「え、ホントか!?」
「ホントだぜ!」
友人である上白沢慧音が苦しんでいるとわかると妹紅も顔色をかえた。
「……わかった。案内するよ」
妹紅はそそくさと歩き始める。魔理沙はその後に続いた。
右も左も似たような景色の中、妹紅は迷うことなく歩みを進めて行く。
妹紅は後ろを一度も確認しない。魔理沙がついてきているかどうか気にもせず早足で竹林を進む。
そんな彼女から魔理沙は過ちを隠蔽する罪人のような余裕のなさ、怒られて癇癪を起こす子供のような幼稚さを感じた。
「……どうしたんだよ?さっきから……そりゃ、早足なのはありがたいけどさ」
妹紅は暫く、だんまりを続けそのまま歩き続けた。
そのまま200メートルほど進んだところで漸く口を開いた。
「掲示板みたか」
「……衛生委員会のやつか?ああ、見たぜ」
「輝夜の写真載ってたろ」
妹紅は少し歩く速度を落とし話始める。
「あれ、私がやったんだよ。その、輝夜にお漏らしさせたの……あいつに恥をかかせてやろうと思ってさ……。父の受けた屈辱をあいつにも味合わせてやりたかったんだ。私の目論み通りあいつはウンコを漏らした……天狗達が沢山やってきて写真を撮って焼印を押したよ。まあ、蓬莱人だったから焼印の跡は残らなかったけどな」
妹紅は目線を地面に落とし続ける。
「あいつ、サイフとか持ってなくてさ。写真掲載になっちゃって……なんかショックだったみたいだな。すげえ泣き喚いてたし。最初はざまあみろって思ってた。父の仇をとったんだって思ってた……」
そう語る彼女の表情は長年の雪辱を果たした者の表情とは思えぬ、苦く重々しいものだった。
「でも、全然すっきりしない……あいつの泣き叫ぶ顔も全然面白くない」
「……」
「そりゃ、そうさ。私のもっとも嫌悪するやり方で相手に仕返ししたんだからな……」
妹紅は自嘲気味に薄く笑うと額に手をあて、長いため息を吐いた。
「で、お前はどうしたいんだよ」
「……私は、ただ謝って欲しいだけだったんだ。父に酷いことしたことを。上辺だけじゃなくて心から悪かったって……」
「じゃあ、お前も輝夜に謝ればいいじゃないか」
「輝夜に謝る!?」
「自分の望んだやり方じゃなかったんだろ?輝夜に悪かったって思ってんだろ?じゃあ、きちんと謝ってこのことにけりをつけてもう一回お前の望む復讐をすればいいじゃないか」
魔理沙の言葉に妹紅は少し考えたあと、
「そうだな」
と短く答えた。
そうこうしているうちに永遠亭にたどり着く。
門を叩くと永遠亭の薬師、八意永琳が姿を現した。
「あら、魔理沙……」
魔理沙の後ろに妹紅の姿を確認した永琳は顔をしかめる。
「なんの用かしら?」
「慧音が食中毒みたいでさ。薬を貰いに来たんだ」
「わかったわ。食あたり全般に効く画期的なのがまだ残ってたみたいだからそれを出してあげる。で、そっちの案内人は何しにきたのかしら」
永琳は妹紅を睨みつける。
「……輝夜に会わせて欲しい」
「あの子、今誰にも会いたくないっていって部屋から出てこないのよ。よほどショックだったんでしょうね」
「頼む……今日はそのことで誤りに来たんだ」
妹紅は深々と頭を下げるとそのままの姿勢で永琳の返事を待った。
「はあ、わかったわ。でも、今あの子かなり精神的にまいってるから気をつけてね。ああ見えてすごく繊細なのよ」
永琳は渋々了承した。
彼女に連れられ二人は永遠亭に招き入れられた。
永琳はいくつもある小さな引き出しの中の一つを開け、薬を取り出すと魔理沙に手渡した。
「朝昼晩、一回一錠。水でのんでね。二日もすればすっかりよくなるわ」
「ありがとだぜ」
「で、妹紅。これから、輝夜の部屋に案内するわ。多分許してはくれないと思うけどそれでもいいの」
妹紅はコクリと頷いた。
「なあ、私も一緒に行っていいかな?」
「……刺激したりしないでよ?」
永琳は二人を輝夜の部屋まで案内すると戸をそっと開ける。
永遠亭の姫君、蓬莱山輝夜は布団に包まって眠っていた。
「輝夜、起きなさい。お客さんよ」
「……ん、何よ……」
輝夜は眠気眼を擦りながら起き上がる。
「……!?」
妹紅の姿を確認した瞬間、表情をこわばらせた。
「……何しに来たのよ!私を笑いに来たの!?」
輝夜は噛み付かんばかりの表情で妹紅をみた。
「輝夜……私は」
「もう、いいでしょ?私に恥をかかせたんだから。それで、あなたの復讐は終わり。それでいいじゃないもう会う必要はないわ。それとも何?こんなんじゃ足りなっての?私を人里まで引きずっていって公開排便でもさせる!?」
「……謝りにきたんだ……」
「帰ってよ!もう、来ないで!!」
輝夜は涙を流しながら手元にあった枕を投げつける。
枕はボスンと妹紅にあたって落ちた。
「……」
「聞こえなかったの!?帰れって言ってんのよ!」
妹紅はその場で黙って動こうとはしなかった。
「うああ、帰れよおお!!帰れ!」
「……輝夜!」
妹紅叫ぶように輝夜の名を呼んだ。その声に輝夜は少しビクリとした。
チョロ、チョロチョローーーー
静まり返った部屋に水の流れる音が響き渡る。
妹紅のモンペの鮮やかな赤色がまたぐらの辺りだけ暗く染まっている。
右足を伝って妹紅の足元に尿が流れ出た。足元に見る見る琥珀色の水溜りが出来上がる。
輝夜と魔理沙、永琳の三人はその光景にあっけにとられていた。
妹紅はそのまま水溜りの上にしゃがみこむと腹に力を込め踏ん張りはじめた。
「ん……くっ、……」
「ちょ、ちょっと何してんのよ!?」
「……んん。ダメだ……今朝行ったからやっぱ出ないや……」
「あ、あんた、頭おかしいんじゃないの!?」
「どうすれば許してもらえるか……誠意を示せるかここに来る途中ずっと考えてた。でも、うまい方法が思いつかなくって。こんなことしかできなかった。やっぱ恥ずかしいな。人前で漏らすのって。すっごい惨めだ」
妹紅は頬を赤らめ周りを見渡す。
「やっぱ建物の中じゃ、天狗達は来ないか……ちょっと待ってろ。今外に出て……」
妹紅は部屋を出ようと踵を返した。だが、それを制止するように輝夜の手がモンペを付かんでいる。
「……いい、もういいわよ」
「天狗に晒さないでいいのか?」
「いいって言ってるじゃない!私も悪かったわ、もう許す。恥をかかされるっていうのがどんなものかわかった。悔しくて、惨めで、殺したいくらい憎くて……涙が出てくるわ。私も謝る。ごめんなさい。あなたのお父様に恥をかかせてしまって……だから、外には出ないで……、お風呂に入って服が乾くまでここにいなさいよ!」
輝夜は涙を零しながら妹紅を引き止めた。
「そうか、じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな……」
妹紅は目じりに涙を溜めて輝夜に微笑んだ。
「永琳。お風呂沸かして。あと、着替え持ってきてあげて。それと雑巾も」
「かしこまりました」
永琳は姫の命令に嬉しそうに応えると急いで雑巾をとりに行くため廊下を走っていった。
「じゃあ、私もそろそろお暇するぜ。あとは不老不死どうし仲良くやってくれ」
「ああ、魔理沙……ありがとうな」
「気にするな!あと、お前が小便漏らしたのは黙っててやるから安心しろ」
魔理沙はなんとも清清しい気持ちで永遠亭を後にした。
「あ」
永遠亭が水洗トイレかどうか聞いておけばよかったと少し後悔した。
だが、よくよく考えるとカードを借りるため態々ここまで来るのも面倒だなと思った。
―8―
「開始三週間で処罰者、71名。水洗トイレの発注は300件をこえています」
厳かな部屋に呼び出された文は手元の資料をみると目の前の人物に説明する。
「ご苦労様。これからもその調子で頑張って頂戴」
「は!お任せ下さい。幻想郷評議員会会長兼幻想郷衛生委員会委員長、八雲紫様」
文は頭を下げると部屋を後にした。
「大丈夫でしょうか紫様」
八雲紫の式、八雲藍が不安そうに尋ねる。
「こんなことしていたら今に暴動が起きますよ?」
「ふふふ、どうなるかしらね」
あいまいな答えで藍の問いかけをはぐらかすと紫は不適に微笑んで見せた。
『幻想郷トイレ衛生法』が出来て三週間後の朝。魔理沙の身体も『幻想郷衛生委員会』の推奨する生活スタイルに近づいたのか、一日にトイレに行く回数は今までの二分の一になった。
「慣れれば何とかなるもんだな……大きい方も一日に一回で済むようになったし。もしかしたら来月からはチャージせずに生活できるかもな」
朝食を食べながらそうつぶやいた。朝食のご飯の量も以前に比べると少なくなっていた。
はじめはトイレに行かないように抑えていたのだが、トイレを我慢していたためか食欲の方がなくなってきた。
食費は少し抑えることができたが、代わりにチャージ代が高くつきそうだった。
はじめ120ポイント入っていた魔理沙の『トスポ』には、今現在12ポイントしか入っていない。
霊夢から買ったポイントもすでに使い切ってしまっており、今のペースで行くと三日後にはポイントを使い切ってしまう。
一週間分のポイントを1ポイント五百円で購入する必要がある。
「一日最低4回として一週間で28回……ええと、14000円もかかんのかよ……参ったぜ」
魔理沙は計算の答えにがっくりと肩を落とす。
「以前の妖怪退治で稼いだ金ももうそんなないし……来月辺りからまた妖怪退治のバイトするかなぁ」
朝食を食べ終え食器を洗っていると、下腹のあたりからグルルという音がした。
胃に食べ物を入れたことにより腸の蠕動運動がはじまったのだ。
「あー、やばい、ウンコ行きたい……」
便意と格闘しながらなんとか食器を濯ぎ終わり、急いで箒にまたがる。
「うー、トイレトイレ」
魔理沙は普段から利用している魔法の森の公衆トイレまで箒でやってきた。
ポケットの中から『トスポ』を取り出すと、急いでトイレに備え付けられている機器の溝にカードを通す。
トイレのロックが外れ、扉が開くようになった。
「はー、間に合ったぜ」
扉を開け、トイレに入ろうとした時、
「ハーイ、スイマセーン。オといれ利用シタカッタラ、有リ金全部、オイテイッテクダサーイ」
黒光りする筋肉を湛えた大男が魔理沙の腕をがっしりと付かんでいた。
「な、なんなのぜ!?離せよ!」
魔理沙は腕振って、男の拘束から逃れようとした。
だが、がっしりと握られた手は魔理沙が必死に抵抗しよとも外すことはできなかった。
「い、いい加減にしろよ!!」
「ダカラ、持ッテル金全部出セバ、うんこサセテヤルッテ言ッテルジャナイデスカー」
「ふざけんな!誰がそんな……う!」
威勢よく吼えたところ、魔理沙の腹の中のものが危うくドロワーズの中に飛び出してしまいそうになる。
「は、離せよぅ……」
先ほどまでの勇ましさは何処かに吹き飛び情けない声で男に抗う。
魔理沙のお腹はもう限界だった。
それでも、魔理沙がお金を出すのを渋るのは、今サイフの中にあるのが魔理沙の全財産だからだ。
慧音が焼印を押されたとき、罰金を払えなかったことを悔やみ、また万が一自分が間に合わなかったときのためにサイフの中に全財産を入れて持ち歩くことにしていた。
今回それが不幸にも裏目に出てしまった。
「オ金。オ金。サッサト出シテ下サイヨー」
「お前なんかに、屈してなるものか!!」
魔理沙は三角帽の中に手を突っ込むと、八卦炉を手につかみ男に向けた。
「喰らえ、マスター……」
バシっとい快音があたりに響いた。
「え」
八卦路は魔理沙の手を離れ、ニメートルほど先の地面に転がっていた。
「オット……スイマセン。ツイ咄嗟ニ払ッテシマイマシタ……落トシマシタヨ」
そういうと、男は魔理沙の腕を背中で曲げると地面に組み伏せた。
「うぐっ、こ、このぉ……」
「悪イ子デスネ。アンナ危ナイモノ人ニ向ケテ。オ金出サナインダッタラ、代ワリニ黄金出スカ??」
地面に押さえつける男の力が強くなる。
腕と地面に挟まれ魔理沙の腹が圧迫される。
「うわああ、わかった、わかったから!有り金全部出す!だから押さえるのやめてくれぇぇ」
魔理沙は涙目で敗北のセリフを口にすると、サイフを男に差し出した。
開放された魔理沙は飛び込むようにしてトイレに駆けこんだ。
急いで下着を下ろし便器に座ると、腹に溜まっていたものを全てひり出す。
「は、あああ……」
安堵と快感の入り混じった情けない声が口から漏れ出た。
魔理沙が全てを出し切りトイレから出ると、男の姿はすでになかった。
札と小銭を抜き取られた財布が無残にも捨て置かれていた。
「う、うええええん」
全財産をまんまと奪い取られた魔理沙はその場で暫く泣いた。
そのことを霊夢に慰めてもらおうと博麗神社に魔理沙はやってきた。
「……よう」
「あー、魔理沙」
霊夢は神社の縁側に座って何かを呼んでいた。
「ん、何読んでんだ?」
「ああ、なんか最近トイレに入ろうとしてる人を襲って金品を巻き上げる犯罪が増えてるんだって、その注意を呼びかけるチラシ。神社にも張っといてってさ」
「それって!……」
「トイレを我慢してる人は漏らしそうになるから仕方なくお金を差し出して用を足しているうちにおさらばって寸法らしいわね」
まさに、魔理沙が先ほどあった被害だ。
「じ、実はさ……」
「しっかし、こんな奪われ方したら恥ずかしくて被害届出すのも躊躇しそうよね。もしかしたらそれも狙ってるのかも。ははは、よくできてるわ。まあ、私がトイレに入ろうとすろのを邪魔したら0.2秒でバラバラに切り刻んでトイレに一緒に流してやるわ。この犯人ってトイレに張ってるんでしょ、なんかすっごいキモイわよね。トイレに来る人ばかり襲うとかどんだけよ。ぜってー喧嘩弱いやつでしょ。女子供ばかり襲うクソザコ妖怪と一緒。まあ、魔理沙ならこんな奴にはやられたりしないわよ、安心しなさい。遭遇したらマスパで焼き払ってやればいいのよ」
そのあと、霊夢が「で、何?」と訪ねてきたので魔理沙は適当な話題で話をそらして、十分ほど会話すると用事を思い出したと言ってすぐに博麗神社を離れた。
「ううー、クソ!あわよくば霊夢に犯人捕まえるのに協力してもらおうと思ってたのに……言ったらきっと馬鹿にされる……」
魔理沙は一人で犯人を捕まえること心に決めた。
霊夢が言っていたようにこの犯罪の犯人はトイレで張っているのだろう。
ならば、こちらもトイレで待ち構えていればいずれ姿を表すに違いない。魔理沙は魔法の森のトイレよりもう少しばかり使用頻度の高い魔法の森入り口近くにあるトイレを見張ることにした。
見張りのためにアンパンと牛乳を香霖堂でくすねて行く事にする。
「おっす、香霖!ちょっと、飲み物と食い物貰ってくぜ」
「おいおい、ぞれは僕がおやつに取っておいたものなんだが」
香霖堂の店主、森近霖之助は迷惑そうに反論する。
「いいじゃんか、店先に並んでないからタダだろう」
「いや、その理屈はおかしい」
魔理沙は「いいじゃーん」と普段、霊夢やアリスにも聞かせたことのない甘えた声で頼み込む。
こういう頼み方をすると大抵霖之助は最後に渋々魔理沙のお願いを聞いてくれるのだ。
魔理沙は密かに霖之助に好意を寄せていたが、好きだとかプレゼントをするだとかといったストレートな行為にはでなかった。
かわりになれなれしい口調ではなしたり生意気なことを言ってみせたりといったアプローチを試みるのだった。
いわば一種の照れ隠しだった。
幼い頃意中の男の子にプロポーズしたことがあったのだがそのことをからかわれそれ以来色恋沙汰には奥手になってしまっていた。
霖之助は冷蔵庫から牛乳とアンパンを持ってくると魔理沙に手渡してやった。
「ありがと♪」
「はあ、用は済んだろ。もう、帰ってくれないか」
魔理沙の好意を知ってか知らずか霖之助は魔理沙を邪険に扱う。
「また来るぜ」
「そうかい」
魔理沙はちょっと寂しかったが今はあの憎き犯人を捕まえるために気持ちを切り替える。
数時間、見張っていたが、なかなか犯人は姿を表さない。
日も傾きはじめた頃、一人の派手な服装の痩せ型の男がトイレに向かって疾走してきた。
あのあせりようからするとウンコだなと魔理沙はすぐにわかった。
「チョット、オ兄サーン」
出てきた。魔理沙を襲ったあの筋肉魔人だ。
魔理沙は身を潜め、男を観察する。
「なななな、何をするんだ!」
「有リ金全部出シナー」
「わ、わかったから離してくれ」
魔理沙にやったように男から金を奪い取る。
痩せ型の男がトイレに篭っている間に筋肉魔人はその場から逃走をはかった。
「逃がすかよ」
魔理沙は男に見つからないよう、空から尾行した。
男は地上を走っているというのに中々のスピードだった。
男は二十分ほどそのペースで走り、森の中にある人気のない廃屋の前まできた。
「ん、誰だ?」
すると廃屋から、白い頭巾を被った人物がでてきた。
男は白頭巾の人物に深々と頭を下げる。
「今日ノのるま達成イタシマシタ」
「ご苦労様です」
声は女のものだった。しかも魔理沙はその声を聞いたことがある。
「では、この調子で頑張って下さい」
「カシコマリマシタ。早苗サマ」
女の正体は守矢の風祝、東風谷早苗だった。
「早苗!お前が黒幕か」
魔理沙は姿を隠すのをやめ、二人の前に歩み出た。
「ふぅ、ゲイリー?あれだけ尾行には注意するように言っておいたはずですよ」
「スススススススイマセーン!気ガツカナカッタンデース」
ゲイリーと呼ばれた男は慌てて謝罪する。
「私の全財産返してもらうのぜ!ついでに悪事を働く悪い巫女は退治してやる!」
「あー、まあ、落ち着いて下さい」
「うるさい!問答無用」
魔理沙は八卦路を取り出すをマスタースパークを繰り出す。
「おっと、危ない」
早苗はそれを紙一重でかわした。
「くたばれ!」
爆風に紛れていた魔理沙が後方から早苗に蹴りを叩き込む。早苗はそれを両手でガードした。
グルル……
魔理沙のお腹の中から不快な音が聞こえてきた。
「な、こんなときに……」
魔理沙が腹痛でよろめいたところに早苗が蹴りを叩き込む。
「ああああ……」
魔理沙はあえなく脱糞した。
尻に熱いものが広がる。
「いやー助かりました。“奇跡的”に魔理沙さんが腹痛を起こしたみたいでその隙を突くことができました」
早苗はにやぁと笑うと魔理沙を見下す。
ポケットから携帯電話を取り出すとピロピロリーンという音を鳴らしながら魔理沙の失態をフォルダ内に納めていく。
「や、やめて……」
「ふふふ、安心してください。魔理沙さんがこのことを黙っていてくれれば“奇跡的”に衛生委員会の天狗共に見つからずに家まで送って差し上げますよ。写真もばら撒かないであげます」
涙を浮かべてへたり込んでいる魔理沙の身身元に甘ったるい息がかかる。
「どうします?」
「……お、お願いします」
魔理沙は早苗に頭を下げた。
「何をお願いするんですか?」
「私を家まで送って下さい……」
「何をしたから家までおくるんですか?」
「お、お漏らししてしまった、から、グス……家まで天狗に見つからないように送っでぐださい゛」
魔理沙は惨めに泣きながら早苗に懇願した。
早苗は暫く腹を抱えて笑ったが約束はきちんと守ってくれた。
家まで“奇跡的”に烏天狗に見つかることなく帰ることができた。
家に帰った魔理沙は泣きながら下着を洗った。
―9―
『幻想郷トイレ衛生法』が施行されて調度一ヶ月がたった。
魔理沙はあれから、ポイント代を捻出するためコレクションのマジックアイテムを売り払い、なんとか一週間を乗り切った。
「やっと、月が変わったか……」
ポイントはすでに空だったので、月が変わりポイントが加算され再び120ポイントになる。
「やっと、トイレに行けるぜ」
夜の九時位からずっと尿意に耐えてきたので日付が変わるとすぐに箒にまたがりトイレに向かう。
「いつまでこんな生活続けなきゃいけないんだ……」
夜風を身に受けながらそうぼやいた。
月が新しくなり三日目の夕方だった。
魔理沙は晩御飯の仕度をするためにキッチンでお米をといでいた。
コンコンと魔理沙邸のドアがノックされる。
「すいませーん」
聞き覚えのない男の声だった。
「なんだ?」
魔理沙がドアをあけるとスーツをきた神経質そうな男が立っていた。
「私『幻想郷衛生委員会』のものなんですが」
「はあ、委員会さんが何のようだぜ?」
魔理沙は委員会の人間に言い印象を持っていなかったため冷たくあしらう。
「実はですねぇ『トスポ』のほうがリニューアルされまして……今度から毎月200ポイントずつ溜まるようになったんです」
「ホントか!」
予想だにしないありがたい知らせに少しテンションがあがる。
「ええ、委員会も120ポイントは少なすぎるのではないかという意見がでまして、今月から急遽200ポイント加算されるカードに変えることになったんですよ」
「おお、やったぜ。てか120ポイントはだれが考えても少なすぎだ。はじめっから200ポイントにしとけっての」
「はは、おっしゃる通りでございます。それでですね。今度からこの青い『トスポ』を使っていただくことになるんですよ」
男は鞄から青いカードを取り出して魔理沙に見せた。
「こちらが、魔理沙さんの新しい『トスポ』です。……あの、本人確認ために暗証番号のほうよろしいですか?」
「あ、ちょっと待っててくれ」
確か、はじめに貰った紙に書いて買ったはずだと思い出し、引き出しの中から衛生委員に貰った用紙を引っ張り出す。
「あった」
紙を見ながら男に四桁の暗証番号を伝える。
「はい、間違いありません。ではこちらの新しい『タスポ』をお使い下さい」
男は魔理沙に青い『トスポ』を手渡した。
「それにつきまして古いほうのカードを回収いたしますので、お出し下さい」
「ああ、わかった。ほい」
魔理沙は今まで使っていた白い『タスポ』をポケットから出すと男に渡す。
「では、私の役目はすみましたので。これからもクリーンな生活を送って下さい」
男は何度かお辞儀すると去っていった。
「200ポイントあれば結構楽に生活できるな……」
魔理沙は新しいカードをポケットにしまうと夕飯の準備に戻る。
夜七時、魔理沙邸のテーブルに晩御飯が並ぶ。
「いただきます」
今晩のメニューは大好物のキノコの炊き込みご飯に焼き魚、けんちん汁に金平ごぼうだ。
魔理沙は黙々とご飯を口に運ぶ。
「そういや、もう三日出てないぜ……」
かつて一日二回がスタンダードだった魔理沙は今現在便秘に悩んでいた。
自分の腹の中に老廃物が溜まっていると思うとどうも気持ちが悪い。
夕食につくった、大好物のキノコの炊きこみご飯も美味しく感じない。
食事が喉を通らずに残してしまう。
「なんか、体もだるいな。ちょっと、横になるか……」
ゴロンとベッドに横たわり以前紅魔館で借りてきた本を読み始める。
時計が7時半を回っ頃、お腹に微かにな痛みが走った。
「あ、きた。三日ぶりのお通じってやつだぜ」
魔理沙はよろよろと起き上がり、外へ出ると箒にまたがった。
トイレにつく頃には、腹痛は確かな便意はと変貌しており、ギュルギュルと腸が便を外へ排出しようと動くのを感じる。
魔理沙はトイレの機器に今日貰ったばかりの青い『カード』を通す。
しかし、いつもなら外れるロックが外れない。
「?どうなってんだよ。こんなときに」
もう一度通すが状況は変わらなかった。
「ちょ、マジでふざけんなよ……」
魔理沙は急いで家まで帰ると『幻想郷衛生委員会』に電話をかける。
「はい、『幻想郷衛生委員会』です」
「あの、今日貰った、新しい『トスポ』にポイントが入っていないようなんだけど……どうなってるんだぜ!?」
魔理沙は右手で受話器を持ちながら左手で腹部をいたわるように摩る。
「えー、私どもは新しい『トスポ』という物は発行しておりません。恐らくあなた様は“200ポイント詐欺”にあわれたのではないかと思います」
「200ポイント詐欺!?」
「はい、200ポイント加算される新しい『トスポ』が発行されると嘘を吐いて『トスポ』を騙し取る詐欺です。昨今日でそのことに対するお電話が殺到しておりまして……」
「な、じゃあ、どうするんだよ!い、今すごいトイレ我慢してるんだ!新しいカード、ポイント全快で再発行してくれ」
「申し訳ございません。そういったことは出来ないようになってまして……きちんと確認しなかったそちらの不注意ですので我々は責任を取ることは出来ません」
「ふ、ふざけんなよ!じゃあ、私はどうすればいいんだよ!」
「あー、ご友人にでもお借りしてはどうでしょうか?では、そろそろ切らせていただきます」
「おい!こら、待てよ!あ……」
受話器の先はツーツーという電子音に切り替わっていた。
「ーー!くっそッ!!」
魔理沙は家を飛び出した。
「と、とにかく今はだれかに『トスポ』を借りなきゃ……霊夢か……いや、たしか7時以降はダメとか言ってたか……パトロールがあるっていってたなクソ。じゃあ……」
アリスしかいない。魔理沙は箒を矢のようなスピードで飛ばす。
三十秒足らずでアリス邸までたどり着くことができた。
「あ、アリス!あけてくれ!」
ドアを激しくノックする。
「何!?どうしたの魔理沙」
「た、頼む。『トスポ』貸してくれ……」
魔理沙はお尻を押さえプルプルと震えながらアリスに訴えかける。
「あー、もしかしてあんたもやられた?」
アリスが取り出した青いカードを見て魔理沙の顔も青くなった。
「あ、アリスもとられたのか??」
「……うん」
魔理沙は絶望した。
もう彼女にはここから他の誰かに借りてトイレに行く時間など残されていなかった。
魔理沙の頭の中にこの間の苦い記憶が蘇る。
「う、うう……漏らしたくないよぉ……」
そう考えただけで魔理沙は泣き出してしまった。
「やだ、もう、やだぁ……」
「……魔理沙。中入って」
魔理の手を引くとアリスは自分の家に魔理沙をあげた。
「こっちきて」
アリスは家の奥へ魔理沙を連れて行くと床板を外した。
床下にはおおきな蓋が置いてあった。
蓋を開けるとぽっかりと穴があいており中には汚物が入っていた。
「これにしなさい」
「これって?」
「闇トイレってやつよ。委員会にばれないように作ったトイレのこと。私が作ったわ」
説明するアリスの顔は赤かった。自分のしたものを見られたというのが恥ずかしかったのだろう。
「もう、我慢できないんでしょ?」
「う、うん。ごめん、使わせてもらうよ」
魔理沙はドロワーとずらすと、
「あ、あの……できれば隣の部屋に行っててもらえると、その、嬉しいぜ……」
「あ、ごめん。か、紙ここにおいとくから……」
アリスが部屋を出てドアを閉めると、魔理沙はいそいで穴の上に屈み、三日間溜め込んだものをその穴に落とした。
紙で尻を拭っていると、いきなりドアが開けられた!
「魔理沙!」
「うわっ、ちょ、ちょっと……」
「糸に何かかかったわ……数は六匹……家の周りを囲んでる。恐らく衛生委員のやつらよ」
「え、え、どうしよう!?」
「大丈夫……あんたは天井裏に隠れてなさい。箒も一緒に。早く!」
アリスは穴に蓋をして床板で隠すと魔理沙を天井裏へ案内する。
「いい、何があっても声を上げちゃダメよ」
「アリスはどうするんだ!?」
「私はいいわ。どの道逃げられはしないわよ。わかったら、ほら」
アリスに促され魔理沙は天井裏に身を潜めた。
板の隙間から下の部屋の様子が見える。
そのとき、バンという音ともに玄関のドアが蹴破られ、天狗達が押し入ってきた。
「こんばんは、アリスさん。ちょっとお宅を改めさしてもらいますよ」
文が顎でクイクイと合図すると手下の天狗達はアリス邸を探索しはじめた。
花瓶をどけたり、クローゼットを開けたり、絨毯をひっぺがしたりと部屋にあるものどれもこれもをひっくり返し、めちゃくちゃにしていく。
綺麗に整頓され、美しくコーディネートされていたアリスの家は物の数分で泥棒が入った跡のようになってしまった。
「課長、ありました。闇トイレです」
「ふむ、ごくろう」
そして、ついにアリスの作った闇トイレが天狗達に見つかってしまう。
「あやー、やはりありましたか。夜空をパトロール中に河童がこの間完成させた糞尿の臭いを探知する機械『スカトロくん』が反応したんでもしかしたらと思いましてね」
文は嬉しそうに語る。
「んー、見るとついお先ほどこの闇トイレを使われたみたいですねぇ。立派なのが一本、形を保ってるじゃないですか。こいつのおかげで発見できたといっても過言ではないですね。いやはや感謝感謝」
穴を覗き込み文は手を合わせる。
「で、証拠写真をとるんでこの立派なのを手に持って顔の高さまで持ち上げてもらえますか」
文の命令にアリスは少し戸惑ったが、おとなしくしたがう。
自分でほった穴に手を伸ばし、魔理沙が先ほどひりだした一本糞を手に取る。
(う、うあああああああ)
魔理沙はその様子を天井裏から覗き見て悶絶した。
「こ、こう?」
「そうです、そうです。じゃあ、写真撮るんでそのまま固定して下さい」
文はカメラを構えると何枚か写真を撮った。
「じゃあ、焼印ですね……どこがいいですか?」
「……肩にお願いするわ」
「かしこまりましたぁー」
アリスは袖を捲り、肩を露出する。
「いきますよー」
肩に焼印が押し当てられる。
「うう……っつ!」
アリスの肩には【闇便器】に文字が刻まれていた。
(アリス、ごめん、ごめんよ……)
魔理沙は自分も名乗り出ようと思ったが、焼印のことや写真のことを考えるとそんなことはできなかった。
もしも写真が掲載されて霖之助に見られたりしら……想像したくなかった。
魔理沙はただ天井裏で身を丸めて震えていた。
「じゃあ、写真についてですが、私ども幻想郷衛生委員会としてはこのような悪質な違法行為は厳しく処罰せねばならないとおもってまして……本来罰金で掲載のほうは取りやめることができるんですが今回のようなケースでは問答無用で掲載いたします!」
アリスは何も言わなかった。ただ黙って結果を受け入れた。
「では、明日の朝を楽しみにしておいてください。闇便器さん」
文達は大声で笑いながらアリスの家から出て行った。
「アリス!」
文達が出ていってすぐに魔理沙は屋根裏部屋から降りてきた。
「大丈夫か!?」
「うん、ちょっと肩をヤケドしただけよ……」
「ごめん、ごめんな……私のせいだ……」
「なんで、魔理沙が謝るのよ。私も使用してたんだからこうなるのは仕方のないことだったのよ」
「私一人だけ助かって……怖かったんだ……」
「ねぇ、魔理沙、覚えてる?ある日さ、みんなでお酒飲んでて、そん時に私オナラしちゃったの……そしたら魔理沙が、ごめん今の私だって言って……庇ってくれたでしょ?嬉しかったわ。魔理沙って優しいって思った。でも恥ずかしくてお礼言えなかったの。だからいつか恩返ししたいと思ってたの」
「そ、そんな前のこと……」
「だから、泣かないで」
アリスは魔理沙の頭を撫でようとしたが寸でのところで思いとどまった。
「あ」
魔理沙の顔が羞恥で真っ赤になる。
「汚いもん触らせてごめん……」
「気にしないで、その、あんまうまくいえないけど、魔理沙の持ったとき不快ではなかったは、その変な意味じゃないけど……」
汚れた手をかかげ、それをマジマジと見るアリス
「うう、はやく洗ってこようよ」
「そ、そうね……」
手を綺麗にした後は二人で部屋を片付けた。
魔理沙が三十秒ごとに謝るものだからしまいにはそのことでアリスを怒らせてしまった。
―10―
「も、もう……おしめぇーだ!」
男は尻を押さえてフルフルと震えていた。
「食中毒のせいで先月はチャージしまくるはめになった。おまけにトイレに行くときに金も脅し取られた。今月に入ってやっとポイントが加算されたと思ったらカードを騙し取られる始末……再発行したがポイントは0。なんとか今日まで物を売ってポイント代を稼いできたが、それももう終わりだ。おらにはもう売るもんがねぇ……」
男は悔し涙を流した。
「もう、もうここで脱糞してしまおう……女房に怒られるかな……すまねぇなこんな情けない夫で」
男は覚悟を決め括約筋を緩めようとした。
「あんたーーーーーーー!!早まるんじゃないよ!!」
「おまえ、どうしたんだ……お、おれはもう限界なんだ。ここで漏らす」
「馬鹿な真似はおよし!今広場に守矢んとこの巫女さんがきてて私たちに無料で自分の『トスポ』を使わせてくれるっていってるんだよ」
「な、なんだってー。わかった。おらももうちょっとだけ我慢するだ!」
広場には大勢の人だかりが出来ていた。
「皆さん。ここのところ不運が重なり、ポイントがない人もいるようですね……。トイレで用を足したくても行くことが出来ない。私、東風谷早苗はそんな人達にトイレを使わせてあげたい。その思いを胸に人里まではせ参じました」
早苗は周りの民衆より一段高い場所から演説を行っていた。
「幸い、私の神社は水洗トイレを備えております。ですのでこの私と私の崇拝いたします守矢の二柱の『トスポ』、この里の皆々様にお使いいたします」
早苗の芝居がかった演説は集まった人間たちには受けたようで、あちらこちらで早苗を称える声援が聞こえてくる。
(ふふ、食中毒を引き起こし、部下を使って金とカードを奪わせた……人々は今トイレに行きたくとも行けぬ状態……私のシナリオ通りです)
「さ、早苗さまーうちのだんながもう限界だって……」
「わかりました。限界が近い者は手をあげておっしゃって下さい。まだ耐えられる方は我慢願います。部下にもカードを持たせて対応させますので暫しお待ち下さい」
(ポイントは奪った金と騙し取ったカードのポイントを売却した金で購入した。さらに早い段階から水洗トイレを持っている人間から安くポイントを購入する約束を取り付けている)
早苗は尻を手でおさえ震える男をトイレまで案内すると『トスポ』でトイレの扉を開いてやった。
「ありがとうございます!!」
「お気になさらずに……」
男は涙を流して感謝を述べた。
(くくく、飢えたる者にはパンと魚を……トイレに行きたし者にはカードを。奇跡ってのはこうやって起こすのですよ!!)
魔理沙は人里にいた。彼女もポイントを欲していた。
再発行した『トスポ』にはポイントが入っておらず、魔理沙は自慢のコレクションを売ってなんとかトイレに行くことができた。
だが、その生活も限界を迎えようとしていた。
すでに大半のコレクションを手放しており、収入源は今のところ森で見つけたキノコを売って稼いだお金のみ。
毎日、食って出すだけで精一杯だった。
「あの……トイレに行きたいんだけど……」
「ふふふ、お久しぶりですねぇ。魔理沙さん。おトイレですか。任せてください」
早苗はニコニコしながら魔理沙をトイレに案内する。
「さ、トイレの扉は開かれましたよ。思う存分出して下さい」
「あ、ああ」
トイレに入り、スカートを捲る。
下着をずらして便器に座った。
チョロチョロと自分の中に溜め込んでいたものを排出する。
「魔理沙さん」
「な、なんだぜ!?」
トイレの外から、早苗が話しかけてきた。
「実は、近々妖怪を狩ることになると思うんです」
「……そうなのか?」
「ええ、ザコ妖怪共から『トスポ』を奪うのです」
「な!?そんなことしたら……その妖怪はどうなるんだ?」
「大丈夫です。妖怪は人間に比べ生命力が強い……何日か食べなくとも死にはしません。焼印を全身に押されようともくたばることはないでしょう」
「でも、だからって」
ふー、と早苗は一息つき続ける。
「魔理沙さん。本来トイレとは文化的な生活を営む者が使用するのです。獣や民度の低い塵どもはトイレなんか利用しないでしょ。私はですね、魔理沙さん、『トスポ』はトイレを使うことの許された者へ与えられる文化人としての証だと思っています。ですが、『トスポ』を与えられた者たちすべてがそれを持つにふさわしいかというと答えは否です。下等妖怪共が一丁前にトイレで用を足す必要はありません。トイレを使えるのは……そう、選ばれた者だけで十分。特に守矢を信仰する方々には優先的に使用していただきます」
早苗は饒舌に語る。
「ですので、もっとポイントがいるんですよ。文化的で健康な生活を送るには一日4回では少なすぎる。下等妖怪や知的教養の欠片も感じられない屑共からカードを奪い、私を慕う賢き人々に与えねばなりません」
「……」
「ですので、魔理沙さんにはそのために協力していただきたいのです」
トイレの中からでも早苗のいやらしく微笑む顔が想像できた。
「考えさせてくれ……」
魔理沙が頭を抱えてそう搾り出したとき、
「早苗様、うちの息子がトイレに行きたいって……」
「わかりました。すぐ行きます」
早苗が男呼ばれた。
「最後に言っておきます。この世は、トイレで用を足す者とそれ以外の者の二者がいます。トイレで用を足せない者は畜生と同じ。それ相応の扱いを受けるのですよ。魔理沙さんも畜生にはなりたくないでしょう?」
それは、命令に従わなければ携帯電話に収めた魔理沙の醜態を晒すぞという早苗の脅しだった。
「では、よいお返事を期待しております」
早苗の足音が遠のく。
魔理沙は暫くトイレで放心した。
トイレの水音だけが虚しく響いた。
魔理沙はトイレを出ると、人里をどこへ行くでもなく、ただフラフラと歩いた。
瞳は虚ろでどこを見ているかわからない。
(私は、どうすればいいんだ……)
魔理沙は道端の長椅子を見つけ、力なく腰掛けた。
(妖怪を狩るのか……?あのルーミアや小傘のような……)
考えたくはなかった。彼らにだって心はある。そのことを魔理沙は知っていた。
どうすることもできず、魔理沙はその長椅子に長い間座っていた。
暫く座っていると、横に幼いわが子を抱えた母親が座った。
お腹が空いたとぐずる子供に母親は餡子のつまった、お餅を差し出す。
それを貰った子供は嬉しそうに餅をほおばる。
クチャクチャとお餅を嬉しそうに租借して青鼻をたれる子供。
それを、嬉しそうに見守る母親。
「まあまあ、お口に餡子がついてるわよ」
母親は子供の口の周りの餡子を指で掬って自分の口へ運んだ。
それは他愛ない親子のやり取りだった。
魔理沙は不思議な気持ちでその様子を横目で見ていた。
日が落ちてあたりが暗くなった頃、魔理沙は漸くその重い腰をあげた。
(帰るか)
夜になると人里も昼間とは違った賑わいを見せる。
屋台が軒を連ね食べ物の美味しそうな臭いが漂ってくる。
以前にくらべてその騒がしさは半減したが、それでも十分な活気はあった。
(私も何か食べていこうかな)
辺りを見回し、何処かよいお店はないかと探す。
どの店にも少なからずではあるが客はいた。
しかし、一軒だけ一人の客のいない店があった。
なんだかかわいそうという同情心と一人になりたいという気持ちが合わさりその店の暖簾をくぐった。
「あ、いらっしゃい」
少し驚いたような顔で挨拶したのはミスティア・ローレライだった。
「ミスティアか。へぇ、おでんとかもやってんだなおまえのとこって」
魔理沙は煮立った大根や卵をみながらミスティアに話しかける。
「ええ……毎年、今頃になるとはじめるんですよ。おでん……」
「……じゃあ、おでん貰おうかな。卵とちくわぶ、こんにゃくと大根。汁もたっぷり頼むよ」
ミスティアは心なしか以前あった時よりもやつれているようだった。
「あの、魔理沙さん……」
「ん?」
「魔理沙さんはどうして私の屋台で食べようと思われたんですか?」
ミスティアはおでんよそる手を止め、魔理沙に質問した。
「うーん、なんというか空いてたからかな?」
「うちで食べることに抵抗はないんですか」
「なんだよ……抵抗って」
ミスティアを見ると、目尻に涙が溜まっていた。
「このおでん……結構な人気メニューだったんですよ。毎年お客さんがいっぱいきて、おいしい、おいしいって食べてくれるんです。でも、今年はまだ一人も来ていません……そりゃ、そうですよね……う、ウンコ漏らした奴の作るおでんなんてみんな食べたいわけないですよ……うう、しかたなかったんです。我慢できなかったんです」
「ミスティア……」
ついに溜まった涙が彼女の頬を流れ落ちた。ボロボロと流れる涙は鼻水と混じっておでんに零れた。
「うあ、す、すいません……すぐにお取替え……」
「いや、いい!」
「あ、ああ……」
ミスティアは魔理沙が怒って出て行くと思った。「こんな鼻水をおでんにいれる店で食えるか。二度とこない」そんなことを言われると思っていた。
だが、魔理沙はミスティアから彼女の涙と鼻水の滴ったおでんがよそられた器をひったくるようにとると、ヤケドするのもおかまいなしに一気に口の中へかきこんだ。
「魔理沙さん……」
「……いよ」
「え?」
「うまいよ。おでん」
あっという間に器を空にしてポケットから一万円札を取り出すとポンとおいた。
「ごちそうさま」
「あ、あのおつり……」
魔理沙は振り返ることなくその場を去った。
その歩みは堂々としたもので、彼女の背中からは何か覚悟じみたものを感じることができた。
答えはきまった。自分に出来ることは―――
―11―
翌朝、魔理沙は博麗神社に向かった。
「何の神様を祭ってるか知らないのにお参りってのも変だよな……」
神社に行くと当然ではあるが、霊夢がいた。
「あら、もうポイントは売れないわよ?」
「今日はただのお参りだぜ」
魔理沙はポケットから五百円玉を取り出すと賽銭箱に放る。
それをみた霊夢ははとが豆鉄砲を食らったような顔になった。
「え、何!?どうしちゃったの魔理沙ちゃん」
霊夢は魔理沙に近寄り頬を叩いたり、熱はないか確かめたりしながら理解できないといった様子で魔理沙を見た。
「ちょっと、お茶が飲みたいな」
「あ、ああお茶ね。今入れるわ。お客様用の良いやつを」
霊夢は普段滅多に人に出さないような濃いお茶を注いで魔理沙に差し出した。
「ありがと」
縁側に座って魔理沙はそのお茶をゆっくりと味わった。
「うまいなこのお茶」
「……ねぇ。どうしたの?今日の魔理沙変よ」
「そうか」
「うん、すっごく変」
霊夢は今日の魔理沙がどうにも気になるらしくお茶を飲む魔理沙を嘗めるような視線で観察した。
「霊夢……私さ……」
お茶を飲み干した魔理沙は遠くのほうを見つめていた。湯の身はまだ温かい。
「ウンコ漏らしたんだ。この間……」
「……ふーん、そう」
霊夢はこれといったリアクションもせずにそのカミングアウトに対して返す。
「笑わないのか?」
「んー。まあ、私も前酔っ払った時おねしょしたし、誰にでもあるんじゃない?そういうの」
霊夢は人差し指を顎に当て、そのときのことを思い出すように目線を上に向けた。
「あれは、あせったわねぇ。だって朝おきたら布団びしょびしょだし。オシッコ臭いし……いや、ホントあれには参ったわよ。この歳で何やってんだーーーーいやーーーウィルオゥルウェィズラァァアヴュゥゥゥゥって感じだったわ」
「……そうか」
「あれ、面白くなかった?私の新ギャグ」
「いや、面白かったよ。今度使ってもいいか?」
霊夢は「どうぞどうぞ」と嬉しそうに笑った。
「よっこらせ……じゃあ、そろそろ行くかな」
湯の身を置くと魔理沙は立ち上がった。
「行くって、どこに?」
霊夢の問いかけに振り返らずに答える。
「ウンコ」
人里の広場に設けられた壇上の上で、守矢の風祝が演説をする。
人々はそれを食い入るように聞きいていた。
「ここにお集まりの皆様は恥じらいと良識を合わせもつ大変教養高い方々だと信じております。そんな方々だからこそトイレへの渇望は日々強くなるばかりなのではありませんか?」
人里中の人間が早苗を前に一言も聞き逃さぬように必死で耳をを欹てている。
「皆さん!我々人間が、健康で文化的な生活をおくるには!一日4回のトイレでは少なすぎます!今、人々に必要なのはトイレです!」
早苗の声が広場に響く。
「そこで、私……いえ、守矢神社は、皆様の健やかなトイレ生活を実現すべく、ポイントの獲得に全力を尽くします!!」
「おおおお」という歓声が人々から上がる。
「私たち守矢に任せて下されば、一日6回……いえ、今までの二倍、8回はトイレに行けるようにして見せます!!」
パチパチとあちらこちらから早苗を賞賛する拍手が巻き起こる。
「皆様はトイレで用を足したいですか!?それとも外で糞を垂れて醜悪な烙印をその身に刻み、己のもっとも下劣な姿を世間に晒したいですか!?そんなことはわかりきっています。トイレです!!皆様はトイレで用を足すべきなのです!!人間という高等な生物として生を受けたのなら!先人たちが築き上げた文明という名の至宝を重んじるのであれば!トイレを求めよ!!!」
民衆たちは猛り狂った戦士のように咆哮をあげ「トイレ!トイレ!」と繰り返す。
「ならば崇めよ!称えよ!!守矢の教えをその身に刻め!あなた方を照らし作物を育む光と風を与えたるは八坂様のおかげと知れ!あなた方を支え足を地に着いて立っていられるのは洩矢様のおかげと知れ!我々を見守って下さる偉大なる二柱に感謝を示せ!!……それだけです。それだけやっていれば、この私が、あなた達にトイレの扉を開いてあげますッ!!!」
広場に集まった人の群れはどっと沸き、早苗を称える言葉を唱え続ける。
「ジークコチヤ!ジークコチヤ!」
「ハイルサナエ!ハイルサナエ!」
「守矢万歳!守矢万歳!」
早苗は両手を広げ、人々からの万歳のシャワーを全身に受ける。
(ああ、私を称える人々の声がこんなにも心地よいだなんて……)
早苗が止めねばいつまでもこの称賛の大合唱は鳴り止まぬのではないかと思えた。
「トイレが無いならッー!!!――草むらですればいいじゃないッ!!!」
猛る人々を止めたのは早苗の言葉ではなかった。
皆が一斉に振り返る。
「……あなたは……」
群衆の遥か後方。一人の少女が佇んでいる。
「霧雨魔理沙ぁ……」
顔に青筋を浮かべた早苗が魔理沙を睨みつける。
「よう!」
魔理沙が早苗に近づくために前へ踏み出す。その並々ならぬ雰囲気に魔理沙と早苗の間の人々が左右に避ける。
人の海はモーゼの奇跡さながらに裂け、二人の間に道が出来た。
「魔理沙さん。私は大事な話をしていたんです。それを邪魔するとは……一体何を考えているんですか」
「……今日私は、間違いを正しにきた……」
魔理沙は二つに割れた人の群の間を半分まで進み早苗を見上げた。
「間違い?一体何のことですか」
「……汲み取り式トイレは認めない。委員会の認めたトイレ以外使うな。一月にトイレにいけるのは120回。野外で排泄したら焼印。罰金が払えなかったら写真を掲載。これらはどう考えてもおかしい……」
「まあ、確かに不満はありますね」
「だが、そんなこと以前にだ……トイレで用が足せなかった者が笑われ、蔑まれ、避けられること……それが間違ってるッ!」
魔理沙は声を大にして訴えた。
「はっ、何を言い出すかと思ったら……いいですか?我々は人間なのです。野を駆け回る獣共とは違う。獣は自分の縄張りを示すのに糞尿という手段を用います。それは下等な生物故仕方の無いこと。しかし、高等生物たる我々人間はもっと上品で美しく理性的な方法で縄張りを主張することができるのです。故に糞尿というのはただの臭く、汚い、体内の老廃物。邪魔な存在なのです。それらを体外に排出する姿のなんと下劣で情けないことか……故に我々は人の目につかぬ様、晒さぬよう、囲いを造りそこで用を足した!トイレで用を足すことは人として当然のことです。それが出来ぬものが馬鹿にされ嘲笑の的となるのは仕方の無いことです。何故なら我々は恥じらいという崇高な精神を持ち合わせているんですから」
周りから早苗を称える拍手が起こる。
「確かに、恥じらいというのは大切だ。人の金品を無断で奪ったり、仲間を敵に売ったり、そういった許されざる過ちを犯したのなら大いに恥じるべきだし糾弾されるべきだ。だけど……寺子屋で授業中にオシッコを漏らしたとか。外で我慢できなくて野糞してしまったとか。お酒を飲みすぎておねしょをしてしまったとか、そういう、だれもがしうるほんの些細な失敗をだ……馬鹿にするのはよせ……。笑うな……、そんな小さな失敗……」
魔理沙は深く息を吸い込み大きな溜めをつくる。
「笑えるような失敗は笑うんじゃねぇーよッッ!!!みんな、食ったら出すんだ!誰しもがウンコをするんだ!偉い政治家も、美しい舞台女優も、みんな、またの下から汚物を垂れるんだ!!“ウンコに行きたいとき”と“ウンコに行けないとき”、この二つが重なったとき、人はだれしも脱糞してしまうんだよ!そいつは不幸な爆弾だ……ウンコをする者全ての頭上に落ちる可能性がある。それを、たまたま自分に落ちなかったからって落ちた不運な人間を見て笑ったりするのが間違いなんだ!!」
魔理沙は心のそこから叫んだ。
「必死ですねぇー。不運にも?じゃあ、不運にも人にぶつかってそのぶつかった人間がこけて頭を打ち亡くなってしまったら、人々はどう思いおますか?ぶつかった奴が悪いんだよ!!ウンコも同じだ、漏らすなッ!!ウンコやオシッコってのは臭いんだよ!汚いんだよ!見るだけで不快なんだ!そんなものを人の目につくようなところで垂れやがった日には夕食も喉を通らぬほど気が落ちるんです!これは許されざることです。臭いんだよ。糞尿っていうのは……臭いの暴力なんですよ!!」
早苗も憤怒を露に、魔理沙の主張に反論する。
「ウンコは臭いし汚い……これは私も認めるさ。だがな……耐え難いほどのものか?」
「はあ?何言って……」
「私は幼い頃、自分の家の庭で排泄することにハマってた……よく、庭に生えてる大きな木や敷き詰められた砂利石の上にオシッコしたよ。親父は庭をすげぇ大事にしてたからな、定期的に庭師を呼んで手入れさせてた。だから、私が鯉の泳いでる池に放尿してるのがばれたときにはこっぴどくしかられたさ。でも、外でやる開放感が病みつきになってたのか、親父にかくれて続けてた。そんで、ある日ウンコをしてみようとおもったんだ。庭の隅にある大きな石の上に、親父が留守中にな。でやったわけだ。でもやった後で気がついたよ。オシッコは液体だから水で流せば問題ないけど、ウンコは物が残ってるからな。そうこうしてるうちに親父が帰ってきて……あせったよ。どうにかしなきゃって。で、どうしたかっていうと、トイレに流すことにしたんだ。そのためにさ……ウンコを手で持ったんだよ。臭かったさ、ぞりゃウンコだからなでも不快ではなかった。自分のウンコだからだ。むしろ愛おしいとすら感じたよ。みんなだってそうだろ?毎日ウンコするんだ。そのときに自分のやつの臭いを嗅ぐだろ。不快か?耐えられないようなものか?そんなことはないだろ。あの狭い個室に充満した臭いを嗅いだとき私たちは気にすることはない。むしろ癒されるだろ」
人々は何か思うところがあるのか少し俯いて魔理沙の言葉を脳内で反芻する。
「子供の口の周りについた餡子を嘗めれるか?ってきいたら何人の人間が出来るって答えるかな……あんまいないんじゃないか?涎と鼻水がまじったべちゃべちゃの餡子だ。普通の人は汚いって思うよな。でもなそれを難なくやってのける人間がいる。母親だ!昨日私はその光景を見てた。母親は餡子を指で掬って自分の口にいれたよ。なんでそんなこと出来るか……そりゃ我が子が可愛いからだ!愛おしくてしかたがないからさ!母親にとって子供ってのは身体の一部なんだ。子供の喜びは親の喜び。子供の悲しみは親の悲しみ。子供の痛みは親の痛みなんだ!だから、子供が漏らしたときでもいやな顔せずにそいつを処理できる」
人々はいつのまにか魔理沙の話を真剣に聞いていた。
「その関係は親子の間にしか生まれないのか?……そんなことはない!私は、慧音がウンコ漏らしたときに服と下着を洗ってやったが不快に感じたことはなかった。アリスの闇トイレにもとからあった汚物を見てもそうだ。もし、霊夢がおねしょしたらいっしょに片付けてやれる。嫌な顔なんかしないさ。それは、漏らした本人の苦しみだとか恥ずかしさだとかそういのを自分の身に置き換えて考えることができるからだ!共感することができるんだ!!もし複雑なAIを作ったとして、もし、精巧なオートマタを作ったとして、もし、会心のゴーレムを作ったとして、それらがこのすばらしい精神を持ち合わせているか!?アンドロイドは電気羊の夢を見ることができるのか!?人間が他の動物よりも多くの群れを作り生活出来るのはこの共感があるからなのではないのか?私たちには他人のウンコを自分のもののように感じることが出来るんじゃないのか!?」
「……!!」
早苗は魔理沙の気迫に思わずたじろぐ。
「みんなウンコは臭いし、みんなウンコはする。だから、だから……恥ずかしくないもん!!!」
魔理沙はドロワーズを脱ぎ捨てじゃが見込む。
白いドロワーズが風に乗り早苗の頭に被さった。
「な、何をする気ですか!?」
ドロワーズを手に取り早苗は魔理沙に叫ぶ。
「私はここでウンコをする!」
「正気ですか!?そんなことをすれば……」
「見てろ、私の生き様を!今照明してみせる!恥ずかしくなんか……ない!」
魔理沙はその場で脱糞した。魔理沙のお尻の下にはトグロを撒いた大きなウンコが鎮座していた。
「なんてことを……魔理沙さんあなたは……」
早苗はその場で膝をついて魔理沙の勇姿を見届けた。
そのとき、魔理沙の周りをグルグルと回る陰に気がついた。
上空をみる。
「どうもー、幻想郷衛生委員会罰則課課長、射命丸文です。違反者に罰則を課しに参じました」
文は魔理沙の頭上で嘲笑を浮かべカメラのシャッターをきる。
「オシッコの我慢のし過ぎで脳に毒素がまわっちゃいましたか?では、烙印を押させてもらいますよ」
「待っ……」
早苗は驚いた。何故自分が魔理沙を庇おうとしているのかと。
「待ちなさい!」
だが、文を止めたのは早苗ではなかった。
「おや、霊夢さんじゃないですか」
博麗霊夢が魔理沙の上空で文と対峙している。
「……邪魔立てする気ですか?」
「よくわかんないけどさ……あいつが必死で何か頑張ってんのよ。だから、それを邪魔立てするなら、邪魔立てするわ!!」
ばさりと文の翼の羽ばたきが聞こえたかと思うと、文の身体はその刹那に霊夢との距離を詰めており、彼女の腹部を抉らんと文の手刀が霊夢に繰り出される。
手ごたえ……風を切るのみ。霊夢は文の視界から姿を消し、一瞬にして背後に回りこんでいた。
「ち、あいかわらず博麗の巫女はチートですね……」
文が振り返ろうとしとき、背中をドスリと穿つ感触を感じた。
「なッ!?」
文の背中にはかつてノッキングマスターとして恐れられた霊夢の封魔針が深々と突き刺さっていた。
下半身が麻痺して力が入らなくなる。
「クソ、この程度……」
文は針を抜こうと手を伸ばした。
「文、漏れてるわよ」
「え?」
気がつくと文の足の間から糞尿が滴っていた。
ノッキングにより文の下半身の筋肉が弛緩したためである。
「あ」
気がついたときには霊夢のとどめの封魔針が文の首に刺さっていた。
全身から力が抜け浮いていることができなくなった。
(落ちる……)
文は頭かまっ逆さまに落ちていった。
頭の中に幼い日の苦々しい思い出が走馬灯のように蘇った。
幼い頃、上がり症で何事にも緊張する体質だった。
その上緊張するとお腹を下してしまう。
そのことで失敗することもあった。
しかし、文はめげなかった。失敗しないよう彼女は最大限努力した。
お腹を下しても絶対にトイレに間に合うスピードを彼女は会得した。
彼女は幻想郷最速の烏天狗になった。
(そうだ、私が誰よりも早く飛べるのは……お漏らししないため……なのに、またやってしまった。いやだな、こんな最後だなんて。きっと他の天狗にも馬鹿にされてしまう)
文の身体は地面への激突を免れた。
魔理沙が文の身体をがっしりと受け止めていた。
「魔理沙さん……あ……」
文は自分を受け止めたときに魔理沙の服に自身の汚物がべっとりとついてしまったことに気がついた。
「すいません……汚してしまいましたね……」
「気にするな……私は全然嫌な気持ちはしないし、お前のことを馬鹿になんかしない。なんならお前のアソコをペロペロして綺麗にしてやってもいいぜ」
「ははは……魔理沙さん……あなたは、やさしいですね……ありがとう。それから、ごめんなさい。私が馬鹿にした全ての人に謝ります……本当に申し訳……ありませんでした……」
文の瞳から一筋の涙が零れた。
「ふ」
霊夢は軽く微笑むとドロワーズを脱ぎ捨てた。
それを目にした幻想郷の少女たちが次々と空に舞い上がった。
早苗も下着を脱ぎ捨てるとその輪に加わる。
少女たちは一斉に放尿した。
人里に金色の雨が降り注ぐ。
だが、人々は嫌な顔一つしない。
「そうだ、俺たちはみんなウンコもするしオシッコもするんだ。恥ずかしくなんて無いんだ!」
里の人間たちも着ているものを脱ぎ捨て、そこら中で排泄を行った。
「紫様!人里が……」
藍は大慌てで紫のもとへ駆けつけた。
「ふふふ」
紫は笑っていた。それは嘲笑とは違う。それはわが子の成長を感じたときに見せる母親の笑顔だった。
「まさか、紫様……こうなることがわかっていて……!」
藍ははっとして紫をみた。このお方は本当にとんでもないことを考える……藍は心底そう思った。
「藍。私たちも行くわよ」
紫は着ているドレスを脱ぎ捨てた。
「あなたも来なさい。すきでしょ。こういうの」
藍も羽織っている衣を脱ぐ。
「久々に野外で、全裸で、排泄できるかと思うと……疼きますね。野生の血が」
「ふふふ」
紫が隙間を作り出すと二人はその中へと消えていった。
後日、人里がとんでもない悪臭に包まれたのはいうまでもない。
だが、そのことをきにする者は誰一人いなかったという。
めでたしめでたし
―おわり―
感動しました!!
真のクソッタレは糞尿を漏らしたものではない。
そんな人々を食い物にする外道だ!!
しかし、まだ私はスカを理解できない…。
無駄に壮大かつシリアスなのが吹いた
魔理沙の演説パワーもあったしなあ
しかしトスポ関連の詐欺他はなかなか考えられてると思ったぜい
悪役の清清しい外道さにも胸糞が悪くなりましたが、それ以前に話の構成としてよく考えられていると思いました。
みすちーのおでんを食った魔理沙がかっこよすぎて惚れた。
最終的にはハッピーエンドになったけど、怒りで覚醒した魔理沙達に皆殺しにされる悪役達も見てみたかったな。
これほどカッコイイ魔理沙は産廃は元より表のSSでもそうそう見たことがない。
悪い奴をビシッとやっつけるとか、弱い者を助けるとか、そんなんじゃあない。本当の優しさとカッコよさって奴がこれなんじゃないだろうか。
冗談抜きで魔理沙の叫びは胸に来ました。感動した!あと、脱糞した!
イラストもついてさらに大満足です
トスポの詐欺は現実世界で起きそうだから怖い
魔理沙かっこよすぎるぜ…
最後の尻二つがカオスを加速させているッ!
排水溝はやはりいいな、自分の属性が拡張されていく。
あ、そういえばN○Kがネットつないでる奴からも受信料取ろうとしてるらしいね、実現には法改正が必要だとか書かれてて引いた
文章の見事さ、ストーリーの巧みさに目が行きがちですが、ところどころの挿絵も半端ないっすねぇ!
ラストの紫様と藍様の背中が男前過ぎて失禁したw
挿絵も上手いし、ほんと凄いわ……