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『脳漿ニ咲ク愛ノ花』 作者: sako
その日、リグルは朝から上機嫌だった。
「〜♪ 〜♪ 〜♪♪」
いや、もっと言うなら一週間は前から上機嫌だった。
自分の部屋の壁に掛けられたカレンダーには今日の日付に花まるのしるしがつけられ、今朝はいつもより一時間以上早くぱっちりと目が覚めた。昨日は興奮して眠れなかったにもかかわらず。
「こっちの服にしようかなぁ、それともこっちがいいかなぁ」
ハンガーに掛けたままの二着の服を見比べながらうーむ、とかれこれ三十分以上悩んでいる。リグルの周りにはそれ以外にもタンスの中から引っ張り出してきたアクセやスカーフが乱雑に置かれている。朝食を食べてから三時間、ずっとリグルはこうして鏡の前でおめかししているのだ。
「よしっ、こっちにしよう!」
やっと、決心がついたのか右に持っていたワイシャツを投げ捨て、残った左のカットソーを羽織るリグル。胸のリボンを結んで、色を合わせたショートパンツを履いて、首にチョーカーをつけて服選びは殆ど終わりだった。
「次はお化粧〜♪」
そう言って化粧台の前までいくリグル。リグルのお化粧は薄くさりげないものだったが、それが終わるまでここから更に一時間の時を要した。
最後に玄関の姿見で身だしなみをチェックして、準備は完了だった。玄関の扉を開けて、陽光の眩しさに目を細め、手で影を作りながら視線をあげる。
「幽香さん、まってるかな。急ごうっと」
ちょうど、真上に昇り始めた太陽を見てリグルは呟いた。雲一つない今日の空のようにリグルの心は晴れやかだった。
さぁ、鍵をかけて出発しよう。今日は大事な記念日だ―――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
リグルが風見幽香とつきあい始めてから今日でちょうど三年になる。つまり今日はその記念日。リグルが昨日の夜、なかなか寝付けず、今朝は早くに目が覚め、上機嫌に何時間もかけて準備をしていたのはそのためだ。リグルにとっては盆やお正月、自分の誕生日以上に一年の内で一番、待ち遠しい日だった。入念に準備してめかし込むのも無理はない。
いや、実のところそれ以外にもリグルがいつも以上にめかし込んでいるのには理由があった。
この処、二人の仲は少々冷え込んでいるのだ。以前は二日に一回は顔を合わせていたのが最近は週に一回まで減り、そうして、前回リグルが幽香と会ったのはもう二十日以上前だった。その時も適当に話をしてお茶をしてご飯を食べて、それだけだった。夜の相手もなし。一時は一晩中愛し合っていたのに。
喧嘩したわけではない。明確な理由をリグルに尋ねても答は出せず、むしろ考えすぎで胃に穴が開いてしまいそうなぐらいだ。倦怠期、というやつなのだろうか。
そういう訳で心機一転。リグルはかつての幽香との仲を取り戻すために、記念的な今日という日を最大活用することに決めた。
いつも以上におしゃれに気を遣い、頭の中では何通りも今日の段取りをシミュレートし、大枚を叩いてプレゼントも用意してある。今日は何とかして幽香に心の底から喜んでもらって、昔のように仲良くやっていこう、そういう腹づもりだ。
だから、昨日の夜、寝付きが悪かったのを興奮のためだけ、と断定はできない。それと僅かばかりの緊張。それを今も心に抱えてリグルは幽香の家までの路を急いでいるのだった。
「ごめんくださ〜い」
幽香の家に到着。チョコレートを思わせる大きな扉をコンコンとノックし声をかける。しばらく、直立不動の姿勢で扉が開くのを待つリグル。僅かな緊張に心拍数が増える。どくん、どくん。けれど、心臓が十回、鐘を打っても幽香は現れなかった。
「ごめんくださいーい」
疑問と僅かな不安を抱えながらもう一度、声をあげる。今度は扉につけられた真鍮のドアノッカーを打ち鳴らす。けれど、やはり、扉の向こうからは廊下を足早に進む音も、ハイハイただいま、なんて台詞も聞こえてこなかった。
「聞こえてないのかな…?」
幽香の屋敷は湖の傍の紅魔館程ではないがとても広く、玄関でちょっとやそっと声を上げても中の住人が気がつかないことが多々ある。別館にある植物庭園にいれば尚更だ。加えて幽香は使用人の類を一切雇っていないのだ。昔は大勢、雇っていたそうだが巫女に喧嘩を売られた後に全員解雇した、とリグルは聞いていた。というわけで、玄関で大きな声を上げても幽香が出てきてくれないことは今まででもよくあった出来事だった。
「……」
けれど、今回は少々、タイミングが悪かった。よりにもよって三週間近く、しかも、リグルにとっては特に理由がないにも関わらず幽香に会っていないタイミングでこれは拙い。もしかして、避けられているのでは、とリグルは考えてしまう。避けられて、居留守を使われているのでは、と。
もう一度、ノックしようと振り上げていた手が止る。一抹だった不安が一抱え程にも膨れあがる。
帰ってしまおうか、そんな考えがリグルの頭を過ぎる。こうなってしまうともう駄目だ。わりに直情的なリグルは自分の感情を無視した行動ができない。ポジティブな考えを持っているのならそのままポジティブに。けれど、そこに一瞬でもネガティブな考えを抱いてしまったら、あっという間に方向転換してしまう。あまり、褒められた性格ではない。幽香はそこが可愛いと評してくれたが…はたして、今でもお世辞抜きで同じ事を言ってくれるだろうか。
力なく振り上げていた腕を降ろすとリグルはまるで、救いを求めるように屋敷の二階部分を見上げた。開け放たれた窓からカーテンが揺れているのが見える。
と、
「この香り…」
僅かに鼻をくすぐるその香りにリグルは気がついた。薔薇を想わせる甘い香り。幽香がよく使っている香水の一つだ。この香りは特に印象深いからすぐに分かった。なぜならいつも幽香が夜伽の時に身につけているものだったからだ。
その時の事…自分の恥ずかしい姿と幽香のいやらしい姿を思い出し、思わず赤面してしまうリグル。けれど、すぐにぶるぶると頭をふるってその桃色の想像を振り払った。とにかく、この香りがすると言うことは屋敷の中に幽香がいるということだ。そして、この香水を使っている理由は一つしかない。
「幽香さん…」
きっと、風見幽香も今日という記念日のための準備をしていた、ということなんだろう。リグルは幽香に対する愛おしさで胸がいっぱいになった。
先程の不安も何処へやら。リグルは勢い良く玄関の扉を開けると風見邸へ足を踏み入れた。
大理石で作られたこじんまりとしたエントランスホール。それでもリグルの家の全部の部屋の広さを合わせたより広い場所を横切り、螺旋階段をかけ登っていく。壁際や廊下の曲がり角に置かれた花瓶に活けられている花が通り過ぎるリグルがおこした風に揺れる。まるで、リグルを応援しているようだ。
鼓動を高鳴らせ、頬をほんのり赤く染め、ちょっぴりおちんちんを勃てながら幽香の寝室の扉を開ける。はたしてそこには―――
「え―――?」
「リグル?」
たしかにそこに風見幽香はいた。
リグルの期待通り、扇情的な格好で。
ベットに両手と両膝を付き、獣のような体勢をしている。身につけているのわ僅かにワイシャツ一枚だけ。そのワイシャツもお腹の辺りのボタンを三つほど止めてあるだけでほかは外されている。下着も身につけておらず、幽香のたわわな乳房は衣服の拘束に囚われず体の動きに合わせて揺れている。熟れた果実を思わせる紅潮した肌には蜜のような汗が浮き出て窓から差し込んでくる陽光に煌めき、それと薔薇を想わせるあの香水の香りが混じりあい、部屋にはリキュールか、はたまた媚薬か、嗅ぐ者の心を惑わせる濃密な空気が立ち込めていた。
そして、幽香自身の興奮を指し示すよう、湿り生い茂る密林からは脈打つ剛直が破砕槌のように突き出されていた。
ただし、それで貫いているのはリグルの菊座ではなく…
「何?」
博麗神社の巫女、博麗霊夢だった。
幽香の裸体の下、同じように生まれたままにほど近い格好をして、僅かに毛が生えそろっただけの秘裂を刺し貫かれている。気だるげな瞳でリグルを見据える。まるで蛇に睨まれた蛙のようにリグルは射竦まる。
「えっと…?」
訳がわからない。今日は記念日だ。ボクと幽香さんが出会ったという。それなのにどうして霊夢さんと?
様々な考えや思いがグルグルとリグルの頭の中で混ざり合い、泥のように重みを増して行く。その重みに耐えかねたのか、ガラガラと足元が崩れていく。そんな感覚を味わい、リグルの頭の中は真っ白になる。混乱と絶望に支配される。
「もう、タイミングが悪いわね…」
苛立たしげに声をあげながら幽香はベッドから降り立った。ぞぶり、と萎えてきた剛直を霊夢から引きぬき、ワイシャツの外れていた幾つかのボタンを止めながらリグルのところまで歩いて行く。
「どうしたの、リグル」
「えっと…その…」
幽香に視線を合わせられず、うつむきしどろもどろになるリグル。萎縮し、肩を震わせ、床板の節の数を数えるように視線をさ迷わせている。口から出てくるのは意味のないつぶやきじみた言葉だけで、まるで、幽香に怒られているようだった。客観的に見ればどちらかと言えば幽香のほうが怒られるべき立場だというのに。
「……」
幽香は思案げに腕を組んでリグルの言葉を待っている。こちらも言葉は発していないが態度は威圧的だ。これだけで二人の関係が窺い知れることだろう。
「リグル、ごめんなさい。見ての通り、今日は私、霊夢の相手をしてるの。貴方はまた、今度に…」
待ちきれなくなったのか、幽香はため息混じりにそうリグルに言い聞かせ始めた。後ろでは霊夢が暇そうにあくびをしている。
「あ、あの…っ」
と、リグルが幽香の言葉を遮り口を開いてきた。一瞬、目を丸くする幽香。今の今までリグルが自分の言葉を遮るような真似なんてしてきたことがなかったからだ。いつだって、リグルは幽香の言うことにはハイ、としか返事をしてこなかったというのに。
「なにかしら、リグル?」
多少、面食らいながらもその先を促そうと問い返す幽香。やがて、意を決したのかリグルはわなわなと震える拳を握りながらも、勢い良く顔をあげた。
「あのっ、幽香さん、今日は何の日か覚えていますか!?」
大きな声でリグルはそう、訴えるよう、幽香に問いかけた。また、幽香は驚いた顔をする。リグルの大きな声なんてベッドの上か自分の下であげる嬌声ぐらいしか聞いたことがないからだ。さしもの幽香も僅かに狼狽えながら、ええっと、と考え込む。
「………」
寝室にカレンダーはないが、朝見た日付を思い出す幽香。けれど、思い出せたのはそこまでだ。朝食を食べた後は庭いじりをしていると霊夢が偶然通りかかり、一緒にお茶をして、気分が乗ってきたのでベッドに誘った。それが今日、半日の出来事だ。この後も予定らしい予定はない。現に幽香が愛用している手帳の今日の日付の欄には何も書かれておらず、つまるところ…
「ごめんなさいリグル。憶えていないわ」
幽香はすっかり今日という日がなんだったのか覚えていなかったのだ。
「そんな…」
がっくりと肩を落とすリグル。その手から幽香のために持ってきたプレゼントがこぼれ落ち、リグルはまるで雷にでも撃たれたように自我呆然と立ち尽くす。
「それで、リグル、今日は一体、何の…って」
聞こうとした幽香の言葉を無視し、リグルは踵を返すと逃げ出すよう、勢い良く部屋から出て行った。
「ちょっと! 待ちなさい! そうしたのリグル!?」
幽香が呼び止めるもリグルの足は止まらない。そのままリグルは一度も振り返ることなく、風見邸を後にした。
「なんなのよ、もう…」
「ところで、乾いてきたから、帰りたいんだけど。雨も振りそうになってきたし」
訳がわからず怪訝そうに首をかしげている幽香に霊夢はそんな言葉をかけた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ううっ、ぐすっ…」
リグルの頬からこぼれ落ちているのは涙なのか、雨の雫なのか。気がつけばあれだけ晴れ渡っていた幻想郷の空はいつの間にか雨雲に覆われ、滝のような雨が降り始めていた。人々は家に帰り、魔女は軒下に転がり込み、妖精たちは木々の下へ身を隠すような豪雨。そのまっただ中をリグルは走り抜けていた。
水たまりを踏みつけ、選びに選んだお気に入りのお洋服を泥水で汚し、せっかくのお化粧も雨と涙で流れていく。それでもリグルは走るのを止めなかった。
「憶えていない…なんて…」
噛みしめた唇の間から嘆きが漏れる。降り注ぐ雨の音にかき消され、その声は世界には広がらなかったが、確かにリグルの中で絶望として広がっていった。
幽香が自分以外の人と関係を持っていることをリグルは知っていた。いや、幽香に聞かされていた。
幽香は長い年月を生きた妖怪の例に漏れず快楽主義者だ。やりたいことをやりたいだけやる。あまりに長く生きすぎたため、大抵のことは経験し、何事にも感動を…この場合は喜怒哀楽の全て、を覚えてきたからだ。残りの生きる楽しみと言えば快楽を貪ることのみだ。だから、幽香は多くの相手と性的な関係を持っている。リグルが知っている限り、幽香の相手をしているのは自分と比那名居の娘と付喪神の小傘ちゃんだ。その話を聞かされた時、リグルは今と同じようにショックを受けたがそれでもすぐに立ち直れた。続いて幽香が言った言葉に救われたからだ。
『でも、恋人なのはアナタだけよ、リグル』
一緒にピクニックに行ったり、カフェでランチしたり、おそろいの洋服を仕立てに行ったり。そういうことはアナタとしかしていないわよ。そう、幽香は言っていた。
そうして、それは事実だった。
本当に幽香はリグル相手にだけは性的なもの以外の関係をもっていたのだ。
それがリグルの心の支えだった。
他の人たちとは違い、自分は幽香さんと確かに付き合っているんだ。そういう支え。だからこそ、耐えられた。あの豊満な乳房に自分以外の誰かが舌を這わせ、あのおみ足に自分以外の誰かが踏みつけられ、あの丸みをおびた大きなお尻の下に自分以外の顔が敷かれることも、擂粉木の様に固く太い剛直が自分以外の菊座を貫くことも、自分以外が幽香の精を受けることも、耐えられた。自分だけが幽香の愛を一身に受けているんだ、という支えがあったから。
けれど、今日、それは脆くも折れた。朽ちた柱のように、ポキリと、中程から。
「ううっ…あっ!?」
水たまりに隠れていた石に躓き、つんのめるリグル。ばしゃり、と水たまりの上に盛大に倒れる。洋服は泥水を吸って茶色くなり、顔まで水たまりに浸かる。そのまま、リグルは暫く動けずにいた。転んだ痛みに震えているのではない。心の痛みに震えているのだった。
「酷いです…幽香さん…」
水たまりから顔だけ上げ、呟くリグル。
幽香は覚えていないと言ったのだ。忘れてしまっていたのだ。今日はその愛が作られた大切な記念日だったというのに。その事をすっかり忘れきってしまっていたのだ。
自分は一ヶ月も前から準備して、今日という日を楽しみにしていたのに、とリグルは涙を流す。
雨の中、泥水に塗れながらリグルは泣き続けた。
それから、どこをどうやって帰ってきたのか。体中から水を滴らせたまま、家に帰ってきたリグルはそのまま体も乾かさず、適当に濡れた服を脱ぎ捨てただけで殆ど裸のままベッドの上に倒れ込んだ。
「………」
濡れた服はとても脱ぎづらく、途中でボタンを引き千切ってしまったが、それを悔やむ余裕はなかった。シーツも雨と泥と涙と鼻水で汚れてしまうが構っている余裕はない。いや、その構う余裕がないということを感じる余裕さえ今のリグルにはないのだ。
「ひぐっ…ぐすっ…」
あれだけ雨の中で泣き続けたのに未だに涙が溢れてくる。いくら泣いても涙は涸れ果てそうにない。ぐすり、ぐすり、と鼻を啜っては、リグルはシーツを握りしめ、やり場のない嘆きに打ち震える。
「なんで、なんで、忘れるんですか…幽香さん…」
幽香と付き合って初めて彼女を恨みたい、とリグルは思った。
けれど、できなかった。歯を食いしばって、シーツに爪を立てて、激情に身をゆだねようとしても思い浮かぶのは幽香の笑顔ばかりだった。
バスケットにサンドイッチを詰めてピクニックに行ったこと。幽香に膝枕してもらっていたら、気がついたら寝てしまっていて、目が覚めると夕暮れだった時のこと。
流行のカフェにランチを食べに行って、ほっぺたにマスタードがついているわよ、と取ってもらったこと。その後、指についたマスタードを舐めた幽香の舌の艶めかしかったこと。
奮発して、村一番の仕立屋で服を作ってあげようとしたら、逆に自分用に同じデザインの服を作ってもらったこと。その日はそのままおそろいの格好でデートしたこと。
そんな幸せな事ばかりが思い出される。
「ボクは…こんなに覚えてるのに…幽香さんとのこと」
そのギャップが何より悲しかった。
幽香との関係は自分の一方的なもので、彼女は自分ほど、自分のことを愛してくれていなかったのか。そう思ってしまう。自分もあの大勢の幽香のセックスフレンドの一人に過ぎず、彼女に快楽を与えるだけの価値しかないのかと。
「ううっ…ひぐっ…ひぐっ…」
その凍えてしまいそうな絶望的な考えに心が満ちる。暗く日の光の当たらない古井戸に溜った汚泥まみれの感情に支配される。きりきりと心が悲鳴をあげる。
「そんなこと…そんなことないですよね…幽香さん…」
それでも、それでもリグルの心が凍り付くことはなかった。ほんの寸前だけれども、永久凍土に芽吹く小さな双葉のように、ほんの僅かだけリグルの心は温かさを保っていた。
そこにあるもの、それはやはり、想い出の中の幽香の笑顔だった。忘れられないあの笑顔。思いの丈を伝えた時、少し驚いた顔をして見せた後、向日葵のように笑って、幽香はありがとうとリグルに言ったのだ。
『私を好きになってくれてありがとう』
と。
あの笑顔を嘘にしたくないから、あの笑顔が嘘だとはとても思えないから、リグルの心は絶望に支配されず、幽香を恨むことができないのだ。
三年も付き合ってきたから分かる。あの笑顔は本物だった。確かにあの『ありがとう』は真実だったのだ。
「ううっ…幽香さん、幽香さん」
それなのに、それなのに、それなのに、幽香は忘れていた。ありがとうと言ったその日のことを。綺麗さっぱり忘れてしまっていた。ありえないことだ。おかしいことだ。
「この処…幽香さんと仲良くできなかったのはそのせい…だったのかな…」
疑念が理屈に代わる。
「あの時の事を忘れてしまったから、今日の記念日を忘れて、ボクのことを忘れて、霊夢さんとあんな事を…してたのかな」
同時にこれまでずっと消してきていた嫉妬の炎が燃え上がってくる。
いいや、その感情はずっと燻っていただけだ。心の奥底で。ずっと、小さな小さな残り火のように。
話で聞いていただけならまだ耐えれた。幽香の部屋を掃除している時に他の人の縮れたアンダーヘアーを見つけた時もまだなんとか。けれど、だめだ、霊夢と幽香が体を重ねていた光景を思い出す度にリグルはこう思う。どうして、そこにいるのはボクじゃないんだ。ボク以外がそこに収まっているのはとても変だ。違和感を感じる、と。その感情は独占欲だ。幽香を自分のものだけにしたいという。ある意味で当たり前の感情。それをリグルは抱き始めている。いや、その心も嫉妬の炎と同じく心の奥底で燻っていたものだ。
「幽香さん…ボクはっ、ボクはっ…」
嘆きから生れた絶望というものは実は盛大なエネルギーを秘めている。絶望の淵から立ち上がる者を勇者と謂い、絶望を振りまく者を魔王と呼ぶことからもその一端が伺いしてる。リグルはその嘆きと絶望を糧に、幽香を恨むでもなく、自分自身を殺すでもなく、今まで蓋を閉めてしまい込んでいた感情を復活させようとしていた。
嫉妬と独占欲。
幽香を他の誰にも渡したくないという感情/ボクのものだけにしたいという想い。
「そうだ…そうだ…幽香さんはボクの恋人なんだから…ボクの、ものなんだから」
どれだけリグルはベッドの上で泣いていたんだろう。いつしか、涙は渇ききって頬に痕を残しているだけだった。
「明日…幽香さんに、もう一度、ボクの想いを…幽香さんが好きだって事を伝えに行こう…」
決意は固く、もう、涙を流すこともなかった。
「けど、どうすれば、幽香さん、忘れないでいてくれるかな? もっと、もっと、もっと、もっと、ちゃんと、ちゃんと、ちゃんと、ちゃんと、憶えて、憶えて、憶えて、憶えて、憶えていてもらわなきゃ、困る」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その日もリグルは朝から上機嫌だった。
「〜♪ 〜♪ 〜♪♪」
いや、もっと言うなら昨夜から上機嫌だった。
自分の部屋のテーブルの上にはああでもないこうでもないと何枚もの便せんを埋め尽くすほど書き込まれた計画書が広げられ、昨日は一時間も眠っていない。一睡する間も惜しんで今日の計画、そしてこれからの事を考えに考え抜いていたのだ。
「今日はどれにしようかな〜」
昨日選ばれなかった服を並べて、また一からコーディネイトを考え始める。服以外にもアクセサリーや小物も一新。朝食も食べずに三時間、ずっとリグルはこうして鏡の前でおめかししているのだ。
「よしっ、これにしよう!」
やっと、決心がついたのか、昨日、悩みに悩んで選ばなかったワイシャツを羽織るリグル。ホットパンツを履いて棒タイを結んで着替えは完了。すっかり汚れてしまった昨日の服はそのまま忌々しいのでゴミ箱に。アクセサリーも何もかも縁起が悪いので捨ててしまおう。
「次はお化粧〜♪」
そう言って化粧台の前までいくリグル。今日のお化粧はちょっと濃いめ。幽香と同じようにしっかり、丁寧に。それでいてきつすぎないように心がけながらファンデーションを、ルージュを、マスカラを塗っていく。
最後に玄関の姿見で身だしなみをチェックして、準備は完了だった。玄関の扉を開けて、昨日の雨もどこへやら、水たまりに反射する陽の眩しさに目を細め、手で影を作りながら視線をあげる。
「幽香さん、まってるかな。急ごうっと」
ちょうど、真上に昇り始めた太陽を見てリグルは呟いた。雲一つない今日の大気のように、過剰に澄み渡っていた。
さぁ、鍵をかけて出発しよう。今日を大事な記念日にするんだ―――
「こんにちは、幽香さん」
チョコレートのような扉をノックし、力強く幽香を呼びかける。暫く待っていると扉の向こうから足音が聞こえてきた。どうyら、今日はすぐに気がついたらしい。
「はい、どなた…って、リグル…」
扉を開け、来客が誰なのか確認して一瞬、幽香の表情が陰る。ばつが悪そうな、居心地の悪さを憶えているようなそんな表情。けれど、それも一瞬。幽香はほんの一刹那だけ視線を下げると相手を警戒させないような、柔和な笑みを形作った。
「…私の方から行こうと思っていたのに」
そう切り出す幽香。
実は幽香は幽香で一晩悩み、昨日が一体何の日だったのかを思い出していたのだ。そうして、気がついてから先は自己嫌悪に陥っていた。どうしよう、リグルに酷いことをしてしまった、と。幽香は不遜で暴力的なキャラクターではあるが自分を好いていてくれる相手を無下にあしらえる程、邪悪ではなかった。そして、やはり、恋人として好きならば尚更だ。恋する乙女のように悩み抜き、そうして、あと五分だけ経ったらリグルの処へ謝りに行こうとしていた矢先、尋ね人の方からやってきたのだった。それで、すこし面食らう幽香。けれど、尻込みしている場合ではない。これは好機だし、ここで狼狽えるのは自分のキャラクターではないと幽香はさりげなく、平常を装う。
「その、リグル。昨日はごめんなさいね。私ってば大切な日を忘れていて、それで、その…」
「いいんですよ、幽香さん。誰にだって、そういうことはありますよ」
謝罪の言葉を口にする幽香を遮るよう、朗らかな調子でそんな彼女を許してみせるリグル。幽香はそんなリグルに感動し、少し、瞳をうるわせた。
「あ、そうだ、幽香さん、これ。仲直りのしるし…って言ったら変ですけれど」
そう言ってリグルは背中に隠していた花束を差し出してきた。ピンク色の薔薇を集めて作った花束だ。花ならば何でも好きな幽香はそれを受け取って、ぱぁっと顔を輝かせる。
「私に? これを?」
「はい、今日という記念日を忘れてしまわないようにするために用意しました」
薔薇の花束とリグルを見比べる幽香。心はうれしさで一杯のようで笑みがこぼれるのを止められないでいる。
「幽香さん」
「なに?」
そのタイミングでリグルはさりげなく口を開いた、薔薇の花束に感動しながら幽香は応える。最高のタイミングだ。そのタイミングでリグルは言葉を続ける。
「好きです」
「えっ…」
リグルの言葉が大気を伝わり、幽香の耳に届き、三半規管を振るわせ、神経を伝わる電気信号に代わり、大脳皮質まで送られ、シナプスを経由して心に到達する。顔を赤くする幽香。
「ふふっ、ありがとう」
そうして、赤ら顔のまま幽香は向日葵のように微笑んだ。ああ、とリグルは嘆息を漏らす。やっぱり、幽香さんはボクのことが好きなんだと。昨日はちょっとばかり、忘れていただけなんだと。忘れさせてはいけないんだと。
だから、この隙につけいる。この隙を狙う。
ぶーん、と小さな羽音を立てて一匹の蜂が幽香の持つ薔薇の花束から姿を現した。幽香は笑っていて蜂には気がつかない。蜂は少しだけ飛ぶとすぐに幽香の首筋に止った。羽を休めるため…ではない。証左に蜂は幽香が自分の首筋に何かがついていると気がつくより先にその黄色と黒の縞模様のお腹から鋭い針をつきだし、躊躇いなくそれを幽香の首筋にへと突き刺した。
「痛っ!?」
驚いて、自分の首筋を押さえる幽香。ぷつり、と蜂はそれで潰れてしまう。けれど、毒胞を頭につけた毒針は深々と幽香の柔肌に突き刺さっていた。
「何よ、も…う?」
文句を言おうとして、幽香はかつて経験したことがない程の目眩に襲われた。視界が地震のようにぐらつき立っていられなくなる。慌てて何かに捕まろうと手を伸ばすが遅い。幽香はその場に膝をついて、そのまま倒れてしまった。手から離れた薔薇の花束が床に落ち花びらを散らす。
「り、リグル…助け…」
懇願するよう手を伸ばす幽香。けれど、それを取ろうともせず、リグルはニコニコと笑みを浮かべているだけだった。
「大丈夫ですよ幽香さん。幽香さんなら死なない程度の毒ですから。暫く体が痺れて動けなくなるぐらいの」
その言葉を聞いて幽香は目を見開いた。
幽香を刺した蜂はリグルの差し金だったのだ。
昨晩遅く、計画を思いついたリグルはそれをより盤石の物とするために一路、地底にへと急いだ。博麗神社の近くにある地底の都、旧地獄街道行きの縦穴の中腹、そこに住む自分と同じ昆虫妖怪のヤマメに助力を求めに行ったのだ。ヤマメに援助してもらったのはリグルのある意味で部下である昆虫の内の一匹の強化だった。何千年も生きているような大妖怪を速攻で動けなくするほどの凶悪な病気のキャリアに昆虫の一匹を改造してもらったのだ。その一匹とは言うまでもなく…今の蜂だ。
その事に気がつき、幽香はどうして、と声に鳴らぬ声を上げた。意識は混濁し、指先一つさえ動かせない。
「幽香さんは忘れっぽいですから、絶対に忘れないようにしてあげようと思いまして。それでこんな事を…すいません」
風見邸に足を踏み入れるリグル。幽香の手を取ってヤマメ特製のヴィールスの毒が効いているかどうかを確かめる。手首を掴んで適当に振るったり、親指をあらぬ方向に曲げても幽香はぴくりとも反応しなかった。ヴィールスの効き目に満足し、よし、と頷くリグル。
「ちょっと、お風呂、借りますね。ここじゃ、何ですし」
そう言ってリグルは幽香の腕を引っ張り、ぐったりとした体を引きずり始めた。向かう先は一階の奥にある部屋の一つ。
扉を開けて幽香の体を床に横たえる。そこはタイル貼りの小さな浴室だった。シャワーと四つ足のバスタブがあるだけで、タイル目には黴も石鹸の滓も残っていない。この幽香が使っているものではなく、昔雇っていた使用人たち専用のお風呂で、彼女らを解雇する前に掃除したままずっと使っていなく、その為かなり綺麗なのだった。かつて知ったる恋人の家でリグルの計画書にはきちんとこの部屋を使うことが記されていた。
「さて、幽香さんに今日のことをずっとずっと憶えていてもらうために今から大事な事をするんですけれど…その前にちょっと、レクチャーいいですか」
倒れたまま全く動けない幽香にそう語りかけるリグル。その顔は得意げで、そうして、とても狂っていた。
「幽香さん、記憶ってどこにするか知っていますか? ええ、そうですよ、頭の中につまっている脳みそです。幽香さんの頭にももちろんボクの頭にも鯖の缶詰みたいに詰っている脳みそは考えたり、体を動かす指令を出したりする以外に見たこと聞いたこと感じたことを記憶する機能が備わっているんです。でも、やっぱり、完璧なことってないんですね。せっかく憶えたことも時間が経ったりすればついぽーんと忘れてしまうものじゃないですか。忘れなくても間違って憶えてしまっていたり。ボク、これって人が物事を記憶するのに目とか耳とか口とか手とか、余計なものを経由しているからだと思うんですよね。伝言ゲームみたいなものです。Aって事をいの人に説明して、そのいの人が次はろの人に話して、次ははの人がそれを聞いて、最後にすの人にどう伝わったのか聞くと絶対にAって答は返ってこないと思うんですよね。すの人にAについて伝えたいならそんなに大勢の人を経由しないでいの人がすの人に、ううん、直接、すの人に説明すべきなんですよ。だから、幽香さん。今日の出来事…ボクが幽香さんをとってもとってもとーっても大好きなことは直接、幽香さんの脳みそに刻み込む事にしますね」
それだけ一気にまくし立てるように説明するとリグルはぎらりと光るバタフライナイフを取り出した。ロックを外して、柄を兼用している鞘の部分を広げ、反対側でまたロックする。そうして、リグルは幽香の頭を鷲づかみに、しっかりと押さえつけた。
「や…め…」
何をされるのか、うすうす感づいて暴れようとする幽香。けれど、毒素は猛烈に強く、未だ、幽香は体の自由を取り戻せていない。
リグルは幽香の後ろ髪をかき上げると、丁度いい位置を選び、すいません、と謝ってから頭皮にナイフを突き立て、ぐるりと一周させた。場所はちょうど、後頭部の中心あたり。ついで、切り取った場所の髪の毛を引っ張りながら傷口に斜めに刃を差し入れる。刮ぐようにゆっくりと頭皮を引きはがす。途中、何度か切っ先が頭蓋に引っかかっては一度、刃を放しては角度をかえて滑り込ませるのをくりかえし、リグルはなんとか綺麗に幽香の頭の皮の一部を切り取ることに成功した。切り取った頭皮と髪の毛を無下に捨てるのはもったいないと思ったのか、リグルはそれを静かにバスタブの縁に置く。血がバスタブの壁面を流れ落ちていく。
「ここからが問題ですね」
露わになった頭蓋を前にリグルは思案げに呟く。真っ白な頭蓋骨は瞬く間に流れ出てきた血に赤く染まり、リグルが拭いてもまた赤く染まってしまう。幽香の緑髪に血の赤が混じり黒にほど近い色に汚れる。これ以上、拭いても無駄だとリグルは諦め、別の道具を取り出した。朝早くから金物屋の扉を叩いて手に入れてきた道具…クランクと連動する歯車、その先にドリルが付いた金属加工用の切削器具だ。店主曰く外からの流入品というそれはドリルの切っ先に触れれば指が切れるほど鋭く、鋼でも容易く削れるという触れ込みだった。
「へへ、今日はボクが上ですね、幽香さん」
幽香の体が動かないよう、肩の上に自分の膝を乗せるリグル。そうして、両手でドリルを構え、今しがた頭皮を切り取ってさらけ出した頭蓋骨の上にその切っ先をあてがう。頭蓋骨は微妙に曲面を描いており、血糊と脂で滑ってなかなか狙いを定めるのが難しかった。それでも何とかリグルは思う位置にドリルを持って行き、先端を固い頭蓋骨の上に押し当てた。
「ちょっと、痛いかもしれませんけど、我慢してくださいね、幽香さん」
「あ、ああ…」
そう言ってクランクを回し始めるリグル。クランクの回転は一つ目の歯車に伝わり、回転方向を変え、ドリルに螺旋力を送る。きゅるきゅると音を立てて回り始めるドリル。何度か、滑らせながらも鋭い切っ先は幽香の頭蓋を削り、ある程度、穴が出来上がると後はそう切っ先を固定するのに気を使わなくてもすんなりと削れ始めた。血と脂と骨を削った滓が混じりあい薄桃色の粘液となって幽香の髪の毛の間に流れていく。小指の先が僅かに埋もれるぐらい削ったところでリグルはドリルを離した。辞典で調べたところによると後頭部の骨の厚さは僅か5mm程度。気を付けないとドリルの切っ先で脳味噌まで穴をあけてしまう。
穴をあけるのは一箇所ではない。少しずらした位置にもう一箇所。更にその隣にもう一箇所と数珠つなぎに穴をあけていく。チケットの半券をちぎり取るためのミシン目のように。いや、ようにではなくまさにそれと同じ原理だ。幽香の後頭部に作った傷の内側をぐるりと巡るようにリグルは穴をあけていく。五つも開ければコツを掴んだようで一つの穴をあけるのに一分もかからないようになっていた。途中で脂と血糊まみれになったドリルを予備と交換し、リグルは作業を続ける。体が動かず、自分の体の見えない部分を弄られている恐怖からか、幽香は目を見開き、涙を流し、タイルの上に涎をこぼしていた。
「あと少し、あと少し…」
荒い息で作業を続けるリグル。傷口を一周し終えると血まみれのドリルをタイルの上に置く。そして、毒虫、ナイフ、ドリルに引き続いてリグルが用意したのは極小の丸のこだった。これも金物屋で購入した品だ。木彫り職人が使うような精密作業用の小さな丸のこ。これで、ドリルで明けた穴と穴の間を切ろうという考えだ。小さな刃を二つの穴の間にある橋のような頭蓋骨にあてがい、ごり、ごり、と削り始める。これはドリルで穴をあけるよりも難しい作業だった。丸のこの乱杭歯が動かせるのは僅かに数ミリ程度。一度の往復で削り取れるのは一ミリにも満たない部分だけだった。それでもリグルは額に汗しながらゆっくり、丁寧に幽香の頭蓋を削り取っていく。作業を始めてからかなりの時間が経過している。それにもかかわらず手元が全くぶれず、休憩さえも入れないのはリグルなりの愛なのか、狂気なのか。常人にはその境目すら見いだせない。僅かにもどかしそうに、顔をひきつらせながら、時折、幽香の血で汚れた指で垂れてきた自分の汗をぬぐい、こめかみを汚しながらも作業を続ける。焦りともどかしさに身を焼いている。いや、もどかしさが見えるのは顔だけではない。丈が非常に短いホットパンツの股間部分、そこは活火山のように大きなテントを作っていた。撫でれば暴発しそうなぐらい、リグルはその内側で己自身を怒張させていたのだ。さかった雄がリグルを急かさせる。作業中、性器はずっと勃起しぱなっしだ。はち切れんような痛みも、今すぐ果てたい衝動も抑えこみ、リグルは荒い息をついて作業を続ける。
そうして―――
「終わっ…た」
最後のつなぎ目を削り、やっと幽香の頭蓋骨に切り取ることに成功した。かぱり、と蓋のように切り取った頭蓋骨を外し、それも先ほど切り取った頭皮の隣に並べておく。
頭蓋骨にあけた穴の向こう側には薄い皮膜があった。リグルはバタフライナイフを取り出すと慎重に慎重にその切っ先を皮膜へ突き刺す。皮膜に切り込みを入れると、今度はそこへ指を差し入れて、半ば力任せに皮膜をつまみ上げ、引きちぎった。そうして、顕になる…
「とっても綺麗ですよ、幽香さんの脳みそ…」
ピンク色のババロワみたいな固まり。リグルが意図したとおり、ちょうど穴をあけた部分は右脳と左脳の境目だった。中央に渓谷の様な溝が走っている。リグルはそこに顔を近づけると愛おしそうに口づけをした。血と、何かよく分からない体液の味が、幽香の味が口いっぱいに広がる。愛おしさに溢れる。
「ここに、ここに挿入れますね、幽香さん。幽香さん、忘れっぽい、ですから。脳に直接、ボクの愛を注ぎ込めば、もう、絶対に忘れないでしょ。ねぇ、幽香さん。幽香さんとボクは付き合ってるんですから、やっぱりボクは幽香さんが他の人と一緒にいるのを見るのは辛いですよ。だから、もう、幽香さんにはボクの事で頭の中がいっぱいになるようになってもらいます。今日は…その、大切な記念日です。今度は忘れないでくださいね」
もどかしそうにズボンのチャックを下げるとショーツを押しのけるようリグルの小さな雄しべが姿を表した。皮から僅かに頭をのぞかせ、鈴口から淫水が珠のように溢れでている。
リグルは幽香を抱き起こすと、座らせるような格好にした。力が入っていないせいで、手足はしげどなく投げ出され、リグルが押さえていないとすぐにでも倒れてしまいそうに幽香はうなだれていた。
「あ、あ…りぐ…」
「大丈夫です。安心してください幽香さん」
虚ろげに言葉を発そうとする幽香。けれど、全くろれつが回っておらず、出てきたのはふひゅーふひゅーという呼吸音だけだ。リグルは優しい口調で幽香を安心させようと耳元に囁きかける。
「それじゃあ、挿入れますよ。力、抜いてください、なんてね」
幽香の頭を両手でしっかりと支えるリグル。少し、腰を落とさなければいけなかったが、位置は何とか大丈夫なようだった。リグルは両足に力を込めて、位置を調整し、怒張した性器の切っ先を頭蓋に明けた穴にあてがう。
そうして―――
「ああ、あ…っ!?」
左目だけを眼球が飛び出さんほど見開く幽香。ぞぶりと嫌な音がありえない位置から聞こえてきた。左右の脳の隙間、脳漿を押し分けリグルの性器が脳に侵入してきたのだ。
「ああっ、幽香さんの脳内(ナカ)暖かいです…」
腰を幽香の後頭部に密着させた状態で恍惚とした笑みを浮かべるリグル。初めて幽香と一つになれた時のような、いや、その時以上の幸福感を味わっていた。
「動きますよ…」
断ってからゆっくりと腰を引くリグル。ずずず、ずずず、と性器が頭から引きぬかれていく。出てきた肉棒は血と脳漿に汚れ、いやらしくぬめり輝いていた。亀頭部分が出るか出ないかという所まで引きぬいてリグルはまたゆっくりと腰を押し出した。
「け、け、けら、けら…」
幽香の口から奇妙な声が漏れ出す。顔の左半分は泣いたように目が伏せられ、右眉は怒ったように立ち、右目と口元は微小をたたえている。タイルの上にだらしなく置かれた五指は各々が勝手に動きまわり、左膝が不意に持ち上がったと思うとタイルをたたき割るような勢いで一瞬だけ暴れだした。脳を犯され、出鱈目な信号が神経を伝わって幽香の体に間違った命令を下しているのだろう。
「はぁはぁ…幽香さんっ、幽香さんっ!」
引きぬき、腰を打ち付ける。その動作を繰り返すリグル。目頭に涙を浮かべながら一心不乱にその動作を繰り返している。動きはだんだんと早くなり、水音が混じってくる。幽香さん、幽香さん、と愛おしい人の名前を呼び続け、快楽に体を支配されながらも自分の目的…幽香の頭の中を自分でいっぱいにすること、を果たすため、一瞬でも長く、一筋でも多く幽香の頭に自分自身を刻み込むため、ともすればすぐに果ててしまいそうなのをこらえ、腰を動かし続けている。
リグルが動くたびに幽香はめまぐるしく表情…と呼べるのだろうか、奇っ怪な顔つきを変化させ、狂ったように手足を痙攣させている。ヴィールスの毒で麻痺させていなかったら強力な電気を流したみたいに暴れ狂っていたところだろう。弛緩し、だらしなく開かれたままの口からは止めどなく涎が溢れ、両方の目からは涙がぽろぽろとこぼれ落ちてきている。幽香の顔面は涙と洟と涎でベトベトだ。そこに朱色のものが混じり始める。充血した左目から血の涙が溢れ出してきたのだ。洟に混じり鼻からも血が垂れてくる。見ればタイルの上にはそれ以外の生温かくも匂う液体が広がっていた。体じゅうの筋肉がその役目を止めてしまったせいで幽香は小水をこぼしてしまったのだ。濡れた赤いチェックのスカートの上に血と涙と洟と涎の混合液の雫が落ちる。
「っ…ごめん、なさい、幽香さんっ…ボク、もう、我慢…できっ」
唇を噛みしめて、お尻に力を入れて、活栓筋を締めリグルは耐えようとするが無理だった。腰は意識に反して絶頂に上り詰めるために激しく動き、幽香の後頭部を打ち付けては乾いた音を立てている。背筋を駆け上ってくる快楽に脳髄は痺れ、リグルは紅潮した頬を涙で濡らした。噛みしめた唇の間から熱い吐息が漏れる。股にぶら下がっているふぐりがぎゅっと締め付けられているような感覚を覚える。体が絶頂しようとしているのが分かる。それに抗う術はない。
リグルはぎゅっと幽香の頭を強く愛おしく押さえると、今までで一番強く腰を打ち付けた。脳髄の最奥まで突き刺さる肉茎。
「んっ…」
その姿勢のまま、小刻みに体を震えさせるリグル。陰嚢から精が、自分の愛が駆け上ってくるのが分かる。尿道を通り、陰茎を膨れさせ、そうして、鈴口まで到達し、精が、リグルの想いが迸る。
「出ます、出てます、幽香さんのっ…なか…脳内にっ…」
体を弓なりに反らし、精の最後の一滴までも注ごうとしているリグル。足を痙ったように伸ばし、尻に窪ができるまで力を込めている。どくどくと鈴口から多量の精が放たれ、幽香の脳髄を満たしていく。
「あ゛っ゛、う゛う゛ぅ…」
リグルに頭に精を注がれ、がくがくと頭を揺らす幽香。いろいろな体液で汚した、呆けたような虚ろげな様なそれでいて多幸感を憶えているような恍惚とした顔をしている。それはおおよそ人らしい表情ではなかったが、ある種の慈愛や貴さを憶える顔つきだった。
「幽香さん、好きです。愛しています。だから、これからも、ボクのことを忘れないでくださいね」
ぞぶり、と頭から萎えた陰茎を引き抜くとリグルは幽香を振り向かせ、その涎に塗れた唇に自分のソレを重ね合わせた。ちゅるちゅるとリグルはそれを愛おしそうに舐め
啜り、何度も何度も幽香に口づけをした。どろり、と頭蓋に開けられた穴から血と脂と脳漿と精液と、それらが入り交じった薄桃色の粘液がこぼれ落ちてきた。
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その日もやはり、リグルは朝から上機嫌だった。
「〜♪ 〜♪ 〜♪♪」
いや、もっと言うなら一ヶ月前からずっとずっとリグルは上機嫌だった。今なら巫女もメイドも魔女も雄鳥のマークも好きになれそうなぐらい上機嫌だった。そのお陰か、毎日快眠快食快便続きで体調の悪いところなど一つもなかった。いつものように朝早くに目が覚め、朝食をとってから着替え始める。
「こっちの服にしようかなぁ、それともこっちがいいかなぁ」
洋服ダンスの中にかけられた服を取り出してはしまいを繰り返し、今日着ていく服を選ぶリグル。この選んでいるという時間ですら今は愛おしかった。まるで世界が輝いて見えているようだ。
「よしっ、これにしよう!」
悩むこと数分。選んだのは胸元に赤いリボンがついた黒いキャミソール。その上から胸の下辺りまでしかない薄手の白いベストを羽織って、膝上ぐらいまでの黒いフレアスカートをはいて、適当にアクセサリをあしらって、コーディネイトは終わりだ。
「次はお化粧〜♪」
薄く、それでもお目目ぱっちり、頬は明るく、ルージュはきらり。そんな感じにお化粧する。これもてきぱきともの十分程で済ませてしまう。けれど、ぞんざいと言う訳じゃなく、動きが洗練された結果、早くなったというところだ。
最後に玄関の姿見で身だしなみをチェックして、準備は完了。玄関の扉を開けて、陽光の眩しさに目を細め、手で影を作りながら視線をあげる。
「幽香さん、まってるかな。急ごうっと」
ちょうど、真上に昇り始めた太陽を見てリグルは呟いた。この処続いている晴天のようにリグルの心は晴れやかだった。
さぁ、鍵をかけて出発しよう。今日も、明日も明後日も、毎日が大切な記念日だ―――
「こんにちわ、幽香さん」
チョコレートの扉の前で大きな声を上げる。返事もお出迎えもないのは分かりきっているからこれは儀式のようなものだった。リグルは少しだけ待つように間を開けてから真鍮の取っ手をつかみ、ドアを開けて勝手に風見邸へと入っていく。
エントランスホールを横切って螺旋階段を上って二階へ。
その途中、エントランスホールから伸びる廊下の向こう、扉が開け放たれたままの使用人用のバスルームには乾ききり、バスタブの縁にべったりと張り付いている髪を生やしたままの頭皮と歯車を思わせる形状に削り取られた骨が置かれていた。
大理石の廊下を進み、花瓶に生けられた花を揺らしていく。目指す場所は廊下の突き当たり、愛おしい人の私室だ。
「幽香さん、こんにちわ」
勢いよく扉を開けて元気いっぱいに挨拶する。
部屋の中から漂ってきたのはあの薔薇の香水と―――淫臭/悪臭。
幽香さんの香りだ、とリグルは笑みを浮かべる。
「ァ――――――」
その部屋の中央、肘掛け付の足の長い椅子に幽香は腰掛けていた。二日前にリグルが帰った時と全く同じ格好で。まったく、そこから移動した形跡もないままに。
けれど、幽香が二日前と完全に同じかと言えばそうではなかった。
薄ぼんやりと開けられた瞳には目やにがたまり、鼻の下には乾いた洟がこびり付いている。開きっぱなしの口から流れ出る涎でブラウスと赤いチェックのベストはべとべとに汚れ、緑色のロングスカートは失禁して時間が経っているのか濡れつい鼻をつまみたくなるような臭いを発していた。尻の部分は不自然に盛り上がり、そこも黒く汚れていた。
「こんにちは、幽香さんっ」
「ゥ、ア…」
返事がなかったからか、リグルは幽香の側まで寄ってきて、両肩に手を置いて耳元で聞こえるよう、もう一度、挨拶した。その声でやっと反応らしい反応を見せる幽香。振り返り…けれど、フォーカス機能が壊れているのか視線は定まらず、眼球はまるで重心がおかしな位置にあるボールのように眼窩の中でごろごろと転がっている。
「アナタ…ダ、ダ、ダレ…?」
ぐらぐらと首を揺らしながら問いかける幽香。リグルはもー、と肩をすくめる。
「また忘れちゃったんですか。幽香さんの恋人のリグルですよ」
胸を張って、何故か自慢げに応えるリグル。幽香は聞いているのか聞いていないのか、体を揺らしたままだ。また、おしっこを漏らしたのか、水音が聞こえ、床の上にピチャピチャと雫が落ちる。
「コイ…ビ…」
やや間を置いてからそう返す幽香。けれど、それは反応と言うよりオウム返しに近かった。それだけ口にしてまた幽香は深海に降り注ぐマリンスノゥじみた視線を彷徨わせる。
「そうです。恋人なんですよ。忘れちゃったんですか。もう、仕方ないですね」
そう言って自分が汚れるのも厭わず、幽香の体を抱き上げるリグル。まるで死人のように幽香はリグルの腕の中でぐったりとしている。そのだらりと熟れすぎ腐り始めた果実のような頭の後ろ、後頭部にはぽっかりと孔が開いていた。汚濁が、そこからどろりと流れ落ちる。
幽香をベッドの上にうつ伏せに寝かせるリグル。自分の方も既に準備万端のようでスカートを持ち上げる程、股間の陰茎は怒張していた。
「うーん、でも、幽香さん、日に日に忘れっぽくなってるし、あんまり動かなくなって着てますね。誰か雇うなりして身の回りのお世話をしてもらった方が…それとも、ボクが住み込みで幽香さんのお世話しましょうか。ボク、一人暮らしが長いですから、炊事洗濯掃除、一通りできますよ。うん、そうしましょう。えへへ、なんだか、同棲するみたいですね。嬉しいです、ボク。まぁ、それはそうとして…」
自分もベッドに昇るリグル。ショーツをずらしてスカートをめくりあげ、そそり立つ肉棒をさらけだす。
「今日もしっかり、憶えていられるよう、ボクの愛を注いであげますからね、幽香さん」
そうして、リグルはいきりたった己自信を今日もまた幽香の脳髄にへと突き刺した。彼女に自分のことをずっと忘れずに憶えていてもらうために。記憶野そのものを壊してでも。
END
- 作品情報
- 作品集:
- 21
- 投稿日時:
- 2010/11/20 13:09:30
- 更新日時:
- 2010/11/20 22:09:30
- 分類
- 幽香
- リグル
でも、sakoさんのゆうかりん不死身設定がもっと凄いです。
実際、幽香は霊夢とただれた関係をしていそう。
私と同じゆうかりんのイメージを持っている方を初めて見た!そうだよね!!そんな感じだよね!!!
でも少し違うのはかめはめ波を撃たれても「…痛いわね…」って言いながらかめはめ波を片腕で受け止めて無くしたけど、微笑みながら耐えるってことかな!!
そんな感じ!
そしてこの話も好きだなぁ…脳とか本当に最高です!
………最高ですっ!
ゆうかりん大好きです!
ぶくぶく泡を出すゆうかりん可愛いー
あとがきとまでいかなくともすぐに死ねないせいでの反応いかすぜー
そして何をとっても繰り返し挿入されるリグルの朝の始まりシーンがどんどん怖くてガクブルに
面白かったです!
逆にあとがきなゆうかりんも見てみたいなw
失禁したり涎まみれになったりする姿はやっぱりいいですね。
汚濁に満ちた沼に咲く一輪の蓮の花を見た時のような涼やかな気分になりました。