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『No Country for Old Women 3』 作者: マジックフレークス
「カードを配りながら瞑想する しかも勝負する相手に悟られず
金を稼ぐために勝負するでもなければ 尊敬されるために勝負するでもない
カードを配って探し求める答えは 偶然という聖なる幾何学
起こりうる結果に隠された法則 数字が全てを支配する
スペードは兵士の剣で クラブは戦争の兵器 ダイヤはお金を意味している
だけど、それは私のハートの形じゃない
人は配られたカードで勝負するしかない。手元にないカードで勝負することは出来ない。運命を左右する一戦で敗れ去った私には何も無かった。訓練で身につけた技能、生まれ持った能力、銀製の武器、考えられるだけのカードを準備して私という役を揃えた。ベットしたのは私自身の命、相手は途方も無い額のレイズを重ねることの出来る相手で私はそれにコールするので精一杯。それでも手札をオープンにするところまで持ち込むことが出来た。私は対等な舞台、私自身のカードで勝負する事が出来た。そして負けた。私は私の人生を相手に譲り渡した。そいつは私を自分の持ち札に、カードにすることを望んだ。他者のカードでいる人生も悪くない。カードとしての幸せがあるのなら」
ぎゅむっ ぎゅむっ
「ふん! ふん!」
ぎゅむっ ぎゅむっ
小麦粉に砂糖、バター、ココアパウダー、卵、そして少量の牛乳を加えたものを捏ねる。力強く捏ね繰り回して息が鼻から漏れる。
「ふん! ふん! ………こんなものかしら」
ふっくら柔らかく膨らむ菓子を作るときはベーキングパウダーを加えて捏ね、この後生地を寝かせるといい。今回はティータイムのクッキーなのでその必要は無い。
ゴロゴロゴロゴロ
調理台の上で麺棒を使って生地を伸ばす。5mm程度の厚みになるまで伸ばした生地の型抜きをする。
「今日は星型がいいかしら」
オーソドックスな丸型、波打った丸型、ハート型、四角に三角。お嬢様の頭に羽が生えた、今にもうー☆うー☆言い出しそうな型。金物屋にお嬢様の凛々しい御姿の型を作るよう頼んだのにどうしてこうなった。
紅魔館の完全に瀟洒な従者十六夜咲夜が手に取ったのは5つの鋭角のある星型。
カポンッ カポンッ
手際良く型を抜いていく。穴だらけになった生地を再度捏ね直し、伸ばし直して無駄なく使う。最後に残った僅かな生地だけ丸く小さく潰してこれでよし。
「星型は熱の通りがいいから15分のところを14分にして…………と」
薪オーブンの中は既に熱く熱している。生地を捏ねているときには火をつけておいた。オーブンシートを敷いた上にクッキー生地を並べて中に入れる。
カチッ
咲夜特製のストップウォッチをスタートさせた。無論能力的な意味でなく単なる道具としての使用として。
「さてと………」
焼きあがるまでは時間がある、調理台の上に並んでいる使用した道具を洗い材料の残りを棚に戻しても余る程度には。咲夜は厨房の隅にある小さな椅子に腰掛けるとメイド服のポケットに忍ばせていた文庫の本を取り出した。
紅魔館の動かない大図書館パチュリー・ノーレッジは小説を読むときはハードカバーで読むのを好む。彼女は図書館でじっくりと読むことが出来、紙質が良く劣化しにくいそれを選ぶのは当然だが、彼女に薦められて読み始めた咲夜は仕事の合間に気軽に読める形態を好んだ。普段から持ち歩いたり湿気の多い調理場に持ち込むことを考えると、パチュリーの大事にしている本を借りっぱなしには出来ないという配慮もあっただろう。
本の中身は女性同士の精神的繋がりを描写した挿絵付の小説だった。購入した香霖堂の店主が言うには外の世界ではこの手の本の購読者は男性の方が多数派らしい。反対に男性同士の恋愛を描写した作品は女性に人気があるとか、…………外の世界の感性は理解しにくい。
「…………」
女性同士の精神的繋がりと言ったが、その小説では専ら彼女達の恋愛やその結果としての交渉などは描かれていない。あくまで親密な友情や互いを敬い慕う気持ちが主軸に置かれている。
静かだが精細な描写、心と心の通じ合う様、時にはすれ違いや諍いも。読んでいて美しいと思えた。
チン!
咲夜のストップウォッチがセットした時間を知らせる。巻き上げられた発条がハンマーを動かして音を鳴らせた。
「ふぅ……」
立ち上がりながら本に栞を挟んで閉じ、元のポケットの中に戻した。
「どれどれ?」
手袋をはめて熱く熱したオーブンの扉を開き、クッキーの焼ける匂いを嗅ぎながらそれらがのった鉄板の取っ手を掴んで引き出す。調理棚の上に置いて手袋を脱ぎ、一枚だけ味見をしてみた。
「…………うん。おいしい」
うっすらとしたココアの風味、バターの香り。表面はサクッとし中はふわっと崩れ落ちて甘い味が口の中に広がる。
星型であるから表面積の大きい5つの頂点近傍はサクサクの食感、中心部はふわぽろのクッキーが焼きあがった。
「もう一枚」
味見は済んでいるのでつまみ食いである。力をこめて大きな生地を練り上げたのでクッキーはざっと50枚は焼けている。これはまだ半分で、星型にくり貫かれた生地は同数くらい残っていた。紅魔館の大きな調理場、Lサイズのピザが同時に2枚焼けそうな大きなオーブンだからこれだけいっぺんに焼けたのだった。
焼きあがった残りのクッキーをバスケットに入れる。それが済むと残りの生地を板の上に並べて第二陣を焼き上げにかかった。ストップウォッチで時間を計り、先程と同様にして小説を読みながら待った。
チン!
同様にクッキーを取り出して一枚だけ味見した。最初のと比べて遜色ない、むしろ最初の焼き加減で失敗があった時の為に二回分の量を仕込んでいると言ってもいい。失敗を修正可能でかつ焼き立てとなる第二陣を館の当主とその御友人のティータイムの軽食として添える。紅茶を淹れてそれを出し、二人が飲み終えてカップとソーサーを下げるまで側に従う。
ティーセットを下げる時に再度この調理場に戻ってくることになり、洗い物を済ませた後で残りのクッキーの出番になるわけだ。冷めてしまっているが失敗もなく美味しい菓子に仕上がっている。メイド妖精達に配ってやれば彼女らも喜ぶだろう。
そんなことを考えながら紅茶を入れはじめる。ティーポットに湯だけ入れて温め茶葉の缶を開けた。湯を捨てて茶葉をティースプーンで掬う、一杯、二杯、三杯。熱湯を注ぎいれるとガラス製で透明なポットの中で茶葉が舞う。
ヒラヒラ クルクル フワフワ
何もせずにも自身で勝手に攪拌されるセイロンの紅茶。
シルバートレイに焼きたてのクッキーが入ったバスケットが二つと温めた牛乳の入ったミルクピッチャー、ティーポットとシュガーポット、お嬢様とパチュリー様の分のティーカップとソーサー、そして湯呑みを置いた。
「だからさぁ、最近は神とか地底とか天界とか魔界とかさぁ、なんかインフレしてきてない? って話よ。紅い館に住む吸血鬼とか普通すぎるとか思われたら嫌じゃない、そこで月にまで行ってみたっていうのに。結局あの時は噂の月の都には一歩も入れず側で見ることもなく波打ち際で遊んでたら満足しちゃったから帰ってきちゃったしさぁ。それで今度はその時の感動を再現するべく室内プールを作って幻想郷に海を作ったとか言ってみてもなんかこう………なんかなのよねぇ」
図書館で本を読んでいるパチュリーと彼女に向き合った席に腰を下ろしながらも、退屈そうに手元の本のページをピラピラとめくりながら愚痴なのかなんなのか良く分からない、愚にもつかない話をだらだらと友人に相談している館の当主レミリア・スカーレットがいた。
「お嬢様、パチュリー様。セイロンティーと軽食をお持ちいたしました。ティータイムになさってはいかがですか?」
紅茶を煮出す1分半は廊下を普通に歩き、それだけの時間が経過した後は時を止めて図書館まで移動して主の前に立ってから時を動かした。
二人からすれば紅茶を淹れた咲夜が瞬時に現れたようにしか見えない。まぁ、二人とも慣れた事だが。
「流石ね、丁度そんな気分だったのよ」
「ミルクも御座います。ストレートでの時間に合わせてお持ちしましたが、1分お待ち頂ければミルクティーで美味しく飲める濃さでお出しできると思いますわ」
「私はストレートでいいわ、注ぎなさい」
「せっかくだから私はミルクティーで頂くわ。丁度この章まで読んでからにしようと思っていたから」
主と友人がそれぞれ希望を伝える。
「畏まりました」
トレイを机の上に置いてクッキーの入ったバスケットを一つ二人の中央に出した。
カチャッ ジョボボボボッ
ティーカップとソーサーを自分の前に置き、ポットをその上で傾けて紅茶を静かに注ぐ。
レミリアが自ら何も言わないときは砂糖は2つ、何時も通りの個数をシュガーポットから摘んで紅茶に沈める。ティースプーンで音を立てないようにして混ぜた。
「セイロンのストレートに御座います」
向き合いに座る二人からみて横手に立っていた咲夜、彼女の手元で注がれた紅茶のカップとソーサーがレミリアの前に差し出された。
「いい香りね、んっ…………味も。上出来だわ」
「お褒めに預かり光栄です」
しばし静かに待ってからストップウォッチを見る、あれから丁度1分経っていた。
チョロロロロ
パチュリーのカップに紅茶を注ぐ。レミリアの紅茶よりも濃く紅い色と強く香り立つ湯気。
「パチュリー様、お砂糖は?」
「一つでいいわ」
角砂糖を一つ落としミルクピッチャーから温い牛乳を入れ、それらをティースプーンでゆっくりと混ぜる。砂糖が溶け長めに煮出した紅茶と牛乳が混ざり合って次第に色むらが無くなり、70℃程の温度でカップの中で熱平衡状態になった。
「セイロンのミルクティーに御座います」
「ありがとう咲夜」
パチュリーもカップに口をつける。口の中と喉でゆっくりと味わいを感じとり、まろやかながらも濃いめに淹れられたコクと深みを楽しんだ。渋みの強いセイロンティーはミルクで丁度良くマイルドな味わいになっている。
彼女は感想を口にしなかったが口元と表情に浮かんだ微かな安堵と満足。ミルクのカルシウム、トリプトファンと砂糖の糖分が精神の安定をもたらし、少し遅れてティータイムが終わる頃から紅茶のカフェインが集中力を授けてくれる。休憩とお茶の文化というのはなんと理に適っているのだろうか。洋の東西を問わず多くの文化圏で皆同様に乾燥させた葉っぱを煮出しているには相応の理由があるというものだった。
「ん、こっちも美味しいわね。あら、もう一つのバスケットは他の者への差し入れかしら?」
レミリアはクッキーを一枚齧りながら咲夜が持ち帰ろうとしているシルバートレイの上を見る。
「これだけあるじゃない、足りないこともないでしょうに」
「別にそんなつもりで言ったんじゃないわよっ」
二人の間には2回目で焼いたクッキーの半分、20枚ほどが入ったバスケットが。もう半分はトレイの上のバスケットにある。
「はい、そのつもりです。ですがお嬢様がお食べになるのなら―――」
「いいからいいから、パチェのジョークに乗っからなくていいから、皆に配っていいから」
「そう致します」
パチュリーは微笑をレミリアは苦笑を浮かべ、咲夜は二人に笑顔で応えてトレイをさげる。次の瞬間には二人の前から咲夜は姿を消していた。
「…………くぅー くぅー」
クッキーが冷めないように時間を止めて門まで来た。どうやら門番はシエスタの真っ最中だったらしい、咲夜の接近にも気がつかない。
「………まったく」
美鈴は最も危険の大きい夕刻から早朝までの時間を毎日受け持っている。訓練しているとは言え門番隊の妖精でもこの時間は難しいのだ、ただでさえ自然の具現である妖精達は睡眠などの生理現象には逆らわないことを是とするし反対に下級妖怪共は活気付く。彼女らは門番隊として戦闘訓練までしてはいるが基本的には美鈴が休息を取るときに数人がかりで歩哨に立つくらいである。と、言うより彼女の名誉を重んじるなら美鈴の代わりを務めるということがそれだけ厳しいと言い換えてもいい。彼女は一人で気によるレーダーを周囲に張り巡らし、強力な腕力と武術に長け、さらには不得手ではあるが弾幕ごっこのためのスペルカードも幾つか所持している。
紅魔館の威厳を保つためにも門番と言う役職は決して軽んじられる物ではない。
そして妖怪である美鈴は睡眠や休息は人間よりもずっと少なくても済むが、それでも毎夜の警備は疲労を蓄積させた。
しかしそんな彼女も来客に対しては外に張り巡らせた気のレーダー圏に入った時点で気がついて目を覚ますことができる。対して内側にはこの無防備っぷり、それだけ皆を信頼しているということなのかもしれない。
「…………」
咲夜は無言で美鈴のすぐ背後まで近づく。多少気配と呼べるものを隠した形だが、もし美鈴が本気であったならば全く無意味だったろう。それでも彼女は起きずくーくーと立ったまま寝ていた。
ふーーーっ
「わひゃぁっ!!!」
美鈴は飛び上がって起き自分の右斜め後方に対して攻防一体の構えをすぐさまとる。
「お目覚めかしら?」
「さ、ささささくよるさんっ!?」
「張っ倒すわよ………今度からは殴って起こしたほうが良かったかしら? それともナイフが―――」
「いいい、いえいえ結構です! そりゃあもう耳にふーふーの方がずっといいですよゾワゾワビクンビクンしてほぼイキかけましたからええはい」
「訳のわからない取り繕い方をしなくてもいいから。私は軽食の差し入れに来ただけよ、はいクッキーとお茶ね」
そう言って紅茶の入った湯呑みとバスケットを渡す。図書館を出てからポットに残った紅茶を湯呑みに移し変えただけ、だがその少しばかりぬるく濃く無糖の紅茶は門番の眠気覚ましには悪くない。
美鈴自身は好きなお茶が烏龍茶ということもあり砂糖は入れたり入れなかったりだ。東洋人はお茶やコーヒーに砂糖を入れずに飲む事があるが、西洋人は大抵の場合は入れるらしい。西洋では緑茶や烏龍茶にも砂糖を入れて飲むことすらあるそうな。ここ幻想郷では単に個人の嗜好というだけだが。
「うわぁ〜、ありがとうございます♪ 燃料補給で後何日も立っていられそうですよ」
「ふ〜ん。この後正午を回ったら昼食と一緒に3時間ほどの長い休憩を取ろうと思って、昨日と今朝のうちに必要な仕事を片付けておいたのに。一緒に休みを取ってくれないんだ。ふ〜〜ん」
「わわわわっ! 休みます代わってもらいますお供しますっ!!」
「ふふっ♪ じゃあお昼ご飯作って待っているわ」
「楽しみにしています」
キャッキャウフフ
「…………」
「何奴!?」
「都会派魔法使い」
二人から5mも離れていない位置に立っていたアリス・マーガトロイドはそう名乗った。
「い、いつから?」
美鈴がたずねる。
「“ほぼイキかけました”って発言は聞こえたわね」
「微妙なタイミングで微妙な部分だけ抜き出して盗み聞きしないで下さい!」
「来客に気がつかない門番と声をかけづらい雰囲気を醸し出していた貴女達が悪いと思うのだけれど?」
「め・い・り・ん?」
咲夜さんが見てる。顔は笑っているのに目が笑っていない。ついでに顔を赤くしてプルプルしてる。かわいい。
「あぁーいえいえこれは咲夜さんにも責任がありますよええもう咲夜さんが私をからかうものだからほかの事が考えられなくなってあなたしか見えない的なヘブン状態!」
「もういいわ;」
「二人のことは前から知っているわよ、公然の秘密というものだと思っていたくらいだし分かり易すぎだわ」
「新聞種になったら貴女の仕業と見なしてそのお喋りな喉を掻っ切るわよ」
「それは無いわ。私は貴女達も含めた他人に興味が薄いし、ましてや取ってもいない新聞屋のいけ好かないゴシップ記事に協力するいわれが無いもの」
「えーっと、それでなんの御用でこちらにいらしたんでしょうかアリスさん?」
微妙な空気を変えようと、そして用事が済んだらさっさと帰って頂こうと来訪の目的に話を振る。さすがは気を使う程度の能力を有する美鈴である、使い所を間違えたり空回りすることもあるのが玉にキズだったが。
何処かの深海魚みたいに空気を読む力もあれば完璧だったのにね。
「本を借りに来たのよ、図書館の方にお邪魔してもいいかしら?」
「パチュリー様はお嬢様と図書館でティータイムになさっています。お二人の邪魔にならないようでしたら………、いえ貴女なら問題無いでしょう。後で紅茶をお持ちしますわ、ではご案内致しましょう」
一瞬にして瀟洒なパーフェクトメイドという本来(?)の姿に戻って来客を持て成す咲夜。
「ありがとう。今度本の返却に来るときはお礼を用意してから訪ねることにするわ。勿論本を見せてくれるパチュリーと真面目な門番さん、それから貴女の分もね」
「客人をもてなすのは従者の務め。紅魔館の主は返礼を期待するような小さい方ではありません(身長は別として)し、無論その下で働く私共も何事に於いてもよしなに収めるのは当然のことです」
「礼を尽くしてくれるホストに対して礼を持って応えるのがゲストの作法でなくて? 貴女が貴女達の都合で客人を丁重に接待してくれるというのなら、私は私の都合でもって菓子でも焼いて持ってきてはいけないのかしら?」
「しかし―――」
「あの〜、そんな難しい話をしなくても。咲夜さんのクッキーを頂戴したアリスさんが今度はお菓子を持ってきてくれるって仰っているんですから受け取っても良いじゃないですか?」
渋い顔をする咲夜とその横を澄ました顔で歩くアリス。
(お嬢様のことを心配される気持ちはわかるんですが、こんなことでお嬢様の権威にキズは付きませんよ。…………第一もうあまり残ってn いやいけないいけないそれいじょうはいけない)
それを見送る美鈴。
渡された湯呑みの紅茶に口をつけ、バスケットのクッキーを一口齧った。
「甘ーい。そういえばこの形、私の帽子の飾りみたいですねぇ」
「紅茶をお持ちしました」
パチュリーとレミリアが向かい合う机、その横に座らせてもらっているアリスは目当ての本数冊を持ち出して一冊一冊検分している。本に熱心に目を走らせてはいるが時々振られる話には適切に返した。なるほど大したものだ、二人の邪魔にならずかつぶつかりそうな時にはクッションになっているようだった。
二人の方は紅茶は既に飲み終わっていたが来訪者を迎えておかわりを注ぐように指示される。それを見越しての三人分の紅茶の入ったポット、今度は趣向を変えてベルガモットが香り高いアールグレイティーを各々に注いだ。
「それでは失礼いたします」
仕事を果たして調理場に戻る。昼食はどうしようか? 客人のアリスも食べていくかもしれない。お嬢様もパチュリー様も食堂ではなく図書館で食べてしまいたいと希望されるかもしれない。
「ならサンドウィッチかピザのような手軽なのがいいわね。お客人も招いて食堂でお召し上がりになるかもしれないならピザの方が手もかからないし臨機応変だわ」
食事を済ませたら美鈴と一緒にいる時間を作りたい。その時間を長く取るためには調理にも後片付けにも時間はかけたくないし、当然完璧な仕事をしてお嬢様の心証を良くしておきたかった。
「生地は30分寝かせるとして今は11時だから焼きも入れて正午にはお出しできる筈、寝かせている間に他の子達にさっきのクッキーを配って他の仕事を済ませてお嬢様にお昼をどちらでとるかを聞いて…………」
口を動かしてプランを練る。同時に小麦粉と水とベーキングパウダーを混ぜた生地も練る。
ぎゅむっぎゅむっ
ピザというのはいわばイタリア料理における“丼”のようなものだ、無論これは日本の食事処で言うところのどんぶり料理との対比であって両者は別物だ。どんぶり料理という物がホカホカの白米に多種多様な餡や具材を乗せて食べる庶民の味であるように。ピザも乗せる食材によって如何様にも変化するし、生地の厚さや練りこむ配合を変えるだけでその地方の特色、家庭ごとのお袋の味が出せる。ナポリ風やローマ風、所変わってアメリカのシカゴ風というのもある。日本の宅配ピザのような大型高価なピザも独特の物だろう。
「よっし、ボウルにこれを入れて蓋して放置。使うチーズはモッツァレラにしようかしら? ううん、マルゲリータは図書館に持っていく分には簡易だけど食堂で振舞うには見栄えがシンプルすぎる。普段はいいけど客人の前なら豪勢にした方がお嬢様も気分良いでしょうね」
調理場を後にしお伺いを立てるために三度主の下に赴く。
先程クッキーを持ってメイド妖精の休憩室に入ると案の定総員の半数近いサボりメイド共がたむろしていて咲夜を苦笑いで迎える。咲夜は手間が省けたちゃんと仕事してる他の子にも取っておいてあげなさいとだけ言ってクッキーを置いてきた。
生地を寝かせる時間を取る必要があるので能力を使用せず図書館までの廊下を歩いた。
「とりあえず生地にトマトソースを塗ってスライスしたゴーダチーズを満遍なくまぶし、それから具をトッピングしていきましょう。図書館でなら生地は薄めに延ばしてスライスたまねぎとピーマン、スイートコーンにベーコンを敷いて色合いも良く食べ易い一枚が一人分ピザにする。食堂でならジャガイモやお肉をブロック状でどかどか乗っけてブロッコリーの緑、パプリカで黄色と赤を添えた大きく厚めの生地、それをお嬢様達の前でナイフで切り分けてお出しすると…………と。こんな感じかしらね」
図書館の扉の前についた。
「美鈴」
「咲夜さん、お昼の時間ですか?」
「ええ、ピザが焼きあがるわ。食堂の方へいらっしゃい、お嬢様達は図書館でお召し上がりになるから二人でランチにしましょう」
「はい♪ それじゃあ交代の子を呼んで―――。6時の方向距離300低空を速度10b毎秒静かな闘気が感じられる―――これは」
「白玉楼の庭師じゃないかしら?」
咲夜と話すために館の側を向いていた美鈴が振り返りもせず接近する者の特徴を並べ挙げる。咲夜はそれを受けて空を見上げそれを視認した。
「ええー、これからピタリと言い当てるつもりだったんですよぉ」
「はいはい。一体何のようかしらね?」
美鈴の算出した速度が正しかったのだろう、丁度30秒ほどで彼女は紅魔館の門前に降り立った。
「こんにちは、咲夜さん、美鈴さん」
「こんにちは妖夢さん」
「今日は妖夢、なんの御用かしら?」
「故あって武芸を心得ている方々の下を回って私の修行に協力していただいているのです。宜しければ一手手合わせ願いませんか?」
そう言って背中の楼観剣と腰の白楼剣に手をかける。妖夢と二人の距離は3m程、剣術における縮地と居合いを修めている妖夢なら一瞬で斬りつけられる距離だ。
無論数度の異変で対峙した事のある二人は彼女の意気を見て取り、美鈴はカウンターを叩き込めるよう下半身にかかる重心を移動し、咲夜は解き止めとナイフ投擲が出来るよう両手をそれぞれストップウォッチとナイフホルスターに伸ばした。
「私たちこれから用事があって貴女に付き合ってあげる暇が無いんだけれど」
「門番隊の子達に交代をお願いしようとしていたんですが、彼女たちを痛めつけたりしないで下さいね」
「お忙しい中申し訳ありません。ですが早く一人前になるにはお二人の様な実力者の技をその身で受けることこそ早道と考えます。お二人にご了承頂けないのでしたら御当主のレミリアさんでも良いんですが」
「やれやれ、どっちみちここで弾くしかないじゃない。それで、方法は? 黄昏ルール?」
「咲夜さん、それメタ発言です」
「実戦形式でお願いします。美鈴さんは毎夜不眠不休で警護にあたり決闘でない実戦で侵入者を退けていると伺っています。白玉楼にそういった方が来たのは巫女がカチコミに来たときだけですから」
(あれはあんたらが悪いんじゃない)
(それはそれで羨ましいなぁ)
「実戦形式だそうよ美鈴。例のアレ、この娘で試してみない?」
「普通だったらあんまり機会がなさそうですしねぇ。良いと思いますよ、別に秘密兵器ってわけでもないですし」
二人だけに分かる短い言葉を交わしアイコンタクトを図った。
「あ、ありがほうごふぁいまひら」
両の手の甲を痛め頬を腫れさせ少し口の中を切った妖夢が、そのほうほうの体で地に落とした二振りの刀を拾い上げながら二人に礼をした。服の上からは窺い知れないだろうが脱いだら体中に大小の痣があるのだろう。半人半霊の彼女なら一週間くらいで綺麗に無くなるとは思う。
「ちょっと可哀想でしたかね? 二人がかりでぼっこにしたのは」
「ゲームならまだしも実戦ならあってしかるべき状況よ。彼女には良い勉強になって、私たちには用件が早く片付いた。みんな幸せになる道だわ」
「それにしても咲夜さんは徒手空拳の筋もいいですよ、優位性ゆえの手加減とはいえナイフを封印しても十分やっていけますね。今まで教授してきた甲斐があったっていうものです」
「数十本のナイフを飛ばしてもちょっと体力が削れるだけで傷痕も残らないなら良いんだけれどね。ここだと洒落にならないことになりそうだし、あの子だって一応女の子なんだから」
「ここって………メッタメタですね」
「この場も片付いたみたいだし食事にしましょう」
「はーい♪」
「ぷはーっ! ご馳走様でしたっ!」
Lサイズのピザ一枚半を平らげ冷えた烏龍茶をゴキュゴキュと喉を鳴らして飲み干した。
「大きいのを二枚焼いてこれだもの、私は半分で丁度良いわ。やっぱり門番の仕事はハードなのねぇ」
「あううっ、すみません見苦しかったですか」
「なに謝っているのよ、豪快に美味しそうに食べてくれる人がいると作り甲斐があると思っただけよ」
たははっ と美鈴は気恥ずかしそうに笑い、咲夜はそれを見て静かに微笑んだ。
「それじゃあ食後の運動といきますか!」
食器の片付けに立ち上がった咲夜の腰に手を触れる。
「もう! 片付け終わったら行くから部屋で待っていて頂戴」
顔を紅くしてその手を払いのけ、プリプリと怒りながら皿を洗った。
「んはっ! いいっ! もっと激しく突いてッめーりん」
「はぁっ はぁっ まだまだっ! さっきので体力回復しましたからこんなもんじゃないですよっ!!」
直径4センチ、全長30センチ以上はあるだろうか、両端は男性器の亀頭を模したらしいピンク色の独特な形状、端から端までは肌色で所々血管が浮き上がった状態をやや強調したらしい凹凸が刻み込まれている。双頭ディルドーと呼ばれるそれは、まさしく女性同士で愛し合うための擬似男性器であり、そしてどちらかが男性役になるペニスバンドと違い二人を対等にするものだった。
「すごいっ! 子宮までゴツンゴツン突かれてるぅ、子供を生むところが壊れちゃうよぉっ!!」
「さ、咲夜の子宮が近いのがいけないんです! わ、私の方は半分以上飲み込んでますよ。それに他の男のちっさいモノに咲夜の奥の奥まで触れられて、子種を注ぎ込まれるくらいなら私が咲夜を壊してやりますっ! 私だけのものにしちゃいますからねっ!!」
「もう、私はめいりんのものよぉ。あんたみたいなタフな奴じゃなかったらもうイケない体になっちゃったもの」
食事を終え、自分たちの分と主たちの分の片づけを終えたのが午後一時。夕食の仕込などメイドとしての後の仕事のことを考えても、夕方には危険度が増す門番の仕事を再度交代することを考えても、3時までが最大限取れる二人の時間。
双方が相手を想っていたことが分かり合えた最初はこの時間は逢引の時間だった。
時間の短さゆえに遠出も出来ない二人の関係、美鈴が趣味の花壇に花畑デートを誘った。花輪を作ったり匂いをかいだり、花を潰さないように横の草場で手を繋いで横になった。園芸の薀蓄を語りだす美鈴に、聴いている振りだけして相槌を打ちつつその横顔を眺めていた咲夜。
その次の時は食事だった。咲夜が普段とは違う豪勢な食事を振舞った。
主の食べる豪華な食事と従者のまかないは当然差がつけられてしかるべきである。レミリアはそこまで細かいことは言わないが、自主的に咲夜は材料費からなにから自分と主人達に差をつけていた。その上で自分の分と定義した食費を一切変えることなく、少しずつ節約して捻出したお金で豪勢な料理を作った。
美鈴はほとんどすべて食べた。美味しかったような気もするが、それより机に肘をついて両手であごを支え自分を見つめてくる咲夜が可愛すぎてよく憶えていない。咲夜は自分の分の少量を食べ終えた後、美鈴が食べるのを嬉しそうにしていた。無理をした豪華さなんていらない、咲夜さんもちゃんと食べなきゃだめだ、そう言いたかったがその日は言えなかった。彼女の努力と喜びを否定したくはない。
時間はかかったが今は互いに自然な状態で付き合っていられる。
二人が近しい場所にいながら制約があることが良かったのかもしれない。あるいは女性同士というのは男女の関係とはまた異なる精神的主柱があるのかもしれない。二人にはいわゆるマンネリというものはまだ訪れず、性行為の様に両者とも女性的で乙女なまま互いが互いを必要とした。
………まぁ、美鈴は筋肉質だし仕事がアレなのでマッチョというかそういう男性的な側面もないわけではないし、自身も女性器で感じているとは言え咲夜の求める荒々しさに応えてやりたいという義務感を(勝手に)持ってはいる。
「咲夜、さっきはごめん。本心じゃないの、子供を産めなくなって欲しいとかそんなこと思ってないから―――」
キスで言葉の続きを塞いだ。
「良いの、私も謝らなければいけないわ。私は私を感じさせてくれる性豪なら誰でも良い訳じゃない。貴女じゃなきゃだめだもの。たとえレイプされて体だけが感じてしまったとしても、貴女の腕に抱かれてこうやって横になっている幸せは、絶対に得られないものだと分かっているから」
「レイプでも感じてしまうんですか?」
意地悪な笑いを浮かべて聞く。
「う、うるさいっ! 貴女以外とこういうことした事ないんだから分からないわよ、自分で弄るときだって美鈴のこと考えてだし………。そうなのかなって適当に言っただけ! もう、知らない!!」
枕を投げつけてベッドから起き上がる。
汗と淫臭を漂わせて皆の前に顔を出すわけにもいかない。服も先程着ていたものをもう一度使う必要がある。全てベッドから離れたクロゼットに入れ全裸で愛し合い、シャワーを浴び服を着てそれぞれの仕事に戻る。
「そうですね、もう2時50分です。門の子達にも3時には戻ると言ってしまいましたし」
「そうそ、わぷっ!?」
「二人でシャワーを浴びれば時間短縮です!」
「だからって胸とアソコに触らなくても、アンッ♪」
「早くよく洗わないと臭いが取れませんからね、咲夜の臭いに私の臭いでマーキングしてしまいましたから」
「もう///」
事実上二人が交わっていたのは1時間半ほどであり、普段もそれ以上の時間が取れることは稀だった。
二人の馴れ初めについては言及しない。デートや食事から体の関係になった過程も。それはなるべくしてなったとしか言いようがない。
咲夜が百合小説を読んでいるのが何のためなのかも分からない。単に共感できるからなのか、勉強の(何のだ?)為なのか。
美鈴は咲夜が初めてではないだろう。少なくても処女ではなかったし、咲夜の十倍以上生きているのだから当たり前だ。
咲夜はいつか死ぬだろう。美鈴は悲しんでくれるだろう。寿命の違う人間の私の後を追ってくれるというなら、それ程想いが通じ合っていることはないだろうがそれは咲夜にとって決して幸福ではない。
自分がいつかいなくなった後、美鈴は悲しみに沈んで生涯孤独に―――いや、主や友人には囲まれている事とは別にして、愛を捨てた生涯を送るのだろうか? それとも新たに愛する女性あるいは男性かもしれないが、添い遂げて私の事は思い出になってゆくのだろうか?
「「ふぅ」」
二人して体を拭いて服を着直し、咲夜の部屋を出た後でそれぞれ反対の方向に歩きながら。
咲夜はそんなことは考えていなかった。
もうすでに、嫌になるくらい考えた事であるし、その問いに答えが出ないことは知っていたから。
ちなみにベッドとシーツはそのままだ。夜、全ての仕事を終えて休む前に部屋に充満する愛の営みの残り香をクンカクンカスーハースーハーし美鈴の愛液の染みオイシィヨォペロペロペロしながらオナってそのまま寝るのだから。ちなみに美鈴は知らないがこれでもまだ改善した、明日にはちゃんと片付けるから。最初の頃なんて次の営みまで うわなにをするやめ
「はい、美鈴。お昼の差し入れよ」
「ありがとうございます。今日はサンドイッチですね、こんなに沢山作るのは大変じゃないですか?」
「私の分もあるわ、今日はお嬢様は妹様と二人でお昼にしているから食事の時間だけ一緒に居ましょう」
毎日のように長い時間が取れるわけではない。あれから一月ほど経ち、その中でレズファックしたのは4,5回というところか。
二人は花畑の方へ移動し、草場に小さなシートを広げてそこにサンドイッチの入ったバスケットを置いて自分たちは直接地面に腰を降ろす。
二人して寝転がったこともあるここは、館の中ではないにせよレミリアも領有権を主張する土地だろう。なぜなら美鈴が時折伸びすぎた草を刈ったりと花壇ほどではないにせよ管理はなされていたのだから。
だからここで服や体を地につけても土や草や花の自然な匂いを纏いこそすれ、軽くはたけば目立つ汚れがつくこともないし嫌な匂いもしない。
「相変わらず手間隙かけた豪勢なランチですねぇ」
「サンドイッチ程度で豪勢も何もないでしょうよ」
「ハムレタスにゆで卵マヨネーズ、スライストマトときゅうり、ポテトサラダ、これだけの種類を一度の食事の為に用意するのは豪勢ですよ」
パンを強力粉とドライイーストから作り上げ、それぞれの中身を一品一品用意するのだ、一人で行うとすれば当然かなり大変なことである。
「だってこれだけあるのに一種類や二種類じゃ飽きちゃうじゃない。かなりの量を食べる美鈴が悪いわ、作っていてあんまり楽しいから夢中になって作りすぎちゃったのも美鈴の所為よ」
「まったくだ、美鈴、お前が悪い。作りすぎたんなら私も協力してやる」
「「…………」」
「うん、美味しい美味しい。流石は咲夜だな、私もこんなことをしている暇はないんだが、通りがかりに良いものが見えたから降りてみたが正解だったみたいだ」
ひょいぱく ひょいぱくと横から伸びる手が二つ三つとサンドイッチを掴んでは口へと運んでゆく。
「………貴方の進入に慣れすぎていて無意識に警戒リストから排除しているみたいです」
「そいつはいい、これからも精進してくれ」
「っていうか何で貴女がここにいて、しかも私たちのお昼ご飯を食べているのよ?」
普通の魔法使い霧雨魔理沙は4つ目のサンドイッチを飲み下そうとしたところで、急に顔色を変えて胸をたたき出した。
「んー! んー!!」
「はぁ………」
溜息と共に円筒の瓶に淹れて来ていたアイスティーをコップに注いで渡した。
「んぐっ んぐっ っぷっはぁーー! あ〜死ぬかと思ったぁ」
「貴方みたいな悪党は簡単には死なないわよ」
「しぶとそうですよね」
「そう褒めるなって」
コップを咲夜に返す。
「それよりさっきこんなことしている暇が無いとか何とか言っていなかった?」
「ん、あぁ。まぁちょっとばかり覚悟を決めなきゃいけないことと向き合っててな。人間っていうのは妖怪と違っていろいろ大変なんだよ」
「なんだか馬鹿にされたような気がしますが………、とにかく一大決心をする何かと対峙しているのですね?」
「まぁそんなとこ」
美鈴は立ち上がり花畑の一角に歩み進んでその場の草を摘んで戻ってきた。
「これはスイートマジョラムです。今はまだ青々としている元気な………、元気だった葉っぱですけど、乾燥させるといいポプリになります。この香りは幸運をもたらすと言われていて縁起の良いハーブなんです。魔理沙さんの前途に幸運があるといいですね」
「そういえば以前話してくれた事があったわね、リラックス効果のある香りだったかしら? この草の近くで横になると眠ってしまいそうになるから休憩中は危ないわ」
そう言って咲夜と美鈴は顔を見合わせて笑った。
「…………悪いな、ありがとう」
照れくさそうに俯いて礼を良い、彼女にしてはあっさりと帰っていった。
「人の役に立ちつつ邪魔者を追い返して一石二鳥ですね♪」
「あの娘がわりと真剣に悩んでいたのねぇ、随分としおらしかったわ」
「誰かに思いのたけをぶつけるとかでしょうか? 私は本当にハーブに幸運の効果があるかどうかは分かりませんが、たしかにあの香りには気持ちを安らげ落ち着かせてくれる力がありました。そういう時の方が物事が上手くいくこともあるでしょう」
二人が昼食に手をつける前にやってきて嵐のように(荒らしとも書ける)過ぎ去っていった。少女の飛跡が見えなくなってから、二人はサンドイッチを食べ始めた。
アリス・マーガトロイドが本を返しに来た。その時の彼女の言葉が未だに胸に響いてくる。
あの時自分の口から出た言葉に偽りは無い。紛う事無き本心だ。それについてはいくら考えても仕方ない、余計なことは美鈴への思いで胸を一杯にして締め出してしまおう。
アリスはまた、重要な助言を残してもくれた。
美鈴が野菜を栽培していること、おそらく私に、いやもしかしたら私と一緒にそれらを料理したがっているのかもしれない。
あの時はごちゃごちゃと考える事があって、そのことは美鈴には聞けずじまいだったが咲夜は密かに計画を立てた。
と、言っても美鈴の野菜とハーブを使い、足りないのは買って来ざるを得ないがそれで一晩の夕食を供する。アリスの受け売りそのままの計画だ。
あれから数日経ったある日、美鈴に話をした。とても喜んでくれて二つ返事でオーケーし、今日の晩までには収穫しておくとの事だ。
「料理は手伝えるかどうか分からないけれど、良かったら咲夜さんが料理しているところを見せてください」
昼から夕方、そして夕食を取り終えるまでの長い時間。門番隊の妖精に無理を承知で頼み込んだ。普段から常に働きづめの美鈴の姿を見ていた彼女達は了承し、鼻息荒く全員で警戒に当たると意気込んでいた。美鈴は安心して畑仕事に精を出し始めた。
咲夜のほうは里に買出しだ。流石に畑で取れる数種の野菜とサラダに使えるハーブの葉っぱだけでは精進料理になってしまう。変わった趣向を好んでくれる主人とは言え相応に満足させられなければ従者失格だ。それは門番の仕事を全く危なげなくこなしている美鈴の評価も連座で下げかねない。
穀物にスパイス、必要なら肉だって使うしそれでいて美鈴の野菜を主役に据える料理などいくらでもある。腕の見せ所だ。
「よしっ、これで全部ね。さてと皆が待っているから帰らなくちゃ」
食材を買い込み、両の手に重い手提げ袋を提げて帰路に着こうとした。
「あの、紅魔館で家政婦さんをなされている十六夜咲夜さんではありませんか?」
声をかけられた。
「貴女は?」
「私、近くこちら幻想郷に移り住んできた聖白蓮といいます。命蓮寺というお寺を開かせてもらい、幻想郷の全ての人と妖怪が理解し合えるように努めようと考えています」
何とまぁ最近は山の上の神といい流入してくる者達の多いこと。そういえば何度かそれらで悶着があったらしいが、それこそ巫女が勝手に出張っていくのだから私の出番はもう無いだろう。私自身今はそんなことに興味もなくなってしまっている。
「それでそのお寺の方が我が主に何のご用ですか?」
咲夜は手提げ袋を地に置き質問をした。麻布製で中の物が汚れる心配はないし、相手が何を考えているか分からない以上両手が塞がったままなのは拙い。お寺さんが積極的に吸血鬼を退治するのは聞かないが、少なくとも目の前の女性が只者ではないのは感じ取れる。パチュリー様か、あまり考えたくはないがもしかしたらそれ以上の実力者。そのような魔法の力をその身に宿していると見た。
「貴女のご主人、レミリア・スカーレットさんともお話したいとは思います。ですが咲夜さん、こう呼んでも構いませんか? ―――「どうぞ」――― では咲夜さん、先程申し上げましたように私は人と妖怪が平等に暮らせる世界を目指しています。妖怪であるレミリアさんを主人と仰ぎ、妖怪の方達の中で暮らしている貴女のお話を伺いたいのです。買い物帰りでお忙しいところとは思いますが、きっと私たちにとって実りあるお話が出来るのではと」
「白蓮さん、私もこう呼ばせてもらいますが、お察しの通り私は今日は急いでいます。それと私には貴女の教えというのは必要なさそうに思いますわ、私には私の思う所があってこの生き方を選んでいるのですから。それについてお話しするのはまたの機会にして頂けると助かります」
「そうですか、お引止めして申し訳ありませんでした」
シュンとなってうなだれてしまう白蓮。自分より年上、いや時間に関しては目鼻の利く咲夜には彼女はそれ以上の存在に映る彼女。ただでさえ強力な魔力持ちだ、もしかしたらお嬢様よりもババ
まぁそれは置いておいて、忙しいのは確かだがちょっとだけそっけなさすぎたかな? とは思い直す。もしお嬢様に匹敵する実力者なら私が紅魔館全体の心証を悪くするのも拙い話だ。
「………いえ、こちらも少々礼を欠いた行為でした。お話の人と妖怪の平等ですが、私は実現性はさておきその必要はないと考えます。両者は違う生き物なのですから差があって当然です。差別と区別の線引きは難しいことですが、両者を全く同様に扱うことは非合理で時に不平等です」
「しかし―――」
「そしてそのうえで、両者は理解しあうことが出来ます」
白蓮の言いかけた言葉を上塗りするように、咲夜は言い切った。
出来ると『思います』でも『考えます』ましてや『信じます』でもない。力強い言葉だった。
「そう………、ですよね」
一瞬面食らった白蓮だったが、少女のように破顔した。
「それでは私はこれで」
手提げ袋を再び手にし、紅魔館の方向に向かって飛んだ。
「咲夜さん、あの、貴女とはもっとお話をしたいです。今度里でお会いしたらお茶を奢らせて下さい、それともしかしたらお屋敷の方をお訪ねするかもしれません」
彼女も飛んで咲夜の少し離れた横について来た。その言葉に咲夜は頷きで返す。
もう一度白蓮は笑みを見せ、別の方向へ、おそらく命蓮寺という自分の家へと飛んでいった。
「じゃがいも、にんじん、たまねぎ、ピーマン………普通の野菜が揃ってるわね」
「えっ!? 普通の野菜育てたらまずかったですか?」
アリスからは花壇にまぎれて綺麗な花のつく野菜を〜云々と言われていたが、あんまり関係ないようだ。いや、もしかしたらあの場所以外に秘密の畑が………。
やっぱりご飯が足りていなかったのだろうか?
「まぁいいわ。たまねぎはみじん切り、他のは乱切りね。ハンバーグと野菜炒めにしましょう。ひき肉と貴女が育ててくれたたまねぎとオレガノを練りこんで香り高く仕上げたメインディッシュにするわ。他の野菜はクミンシード、コリアンダー、ターメリックにチリペッパーで辛めに味付けメキシコ風に。そういえばこれ、オレガノってピンク色の綺麗な花が咲いていた葉っぱね。こんなのがあるならもっと早く言ってくれなきゃ、どう? 料理は楽しいでしょ?」
次から次に手順を指示し、指示を出しながらもテキパキと自分の分の仕事をこなしていく咲夜。献立も説明しながら動いているが、美鈴にはとても憶えきれない。大変なのは知っていたがこれ程とは思わなかった。
「あわわ、あわわわわ、あわわわわわわ」
「じゃがいもは表面がちょっと焦げるくらい、にんじんはテカリが出てくると火が通ったって分かるわ、ピーマンは少し後から入れて歯ごたえを保つの。高い火力で一気にかつ焦がさないようにやるの、中華の基本でしょ?」
「あわわわ、さっきメキシカンって言ってませんでした?」
美鈴はてんてこ舞いになりながらも持ち前の器用さと体力と集中力できっちりと指示をこなし、咲夜は人を使いながらも全体を把握しながら全ての時間とタイミングを計った。
白米が炊き上がった釜を取り出し、ハンバーグの中心まで完璧に火を通し、野菜が最高に美味しい状態で食べられるそれぞれの硬さで皿に盛り付けた。
「すごい、全部が同時に出来上がって並ぶなんて」
「並んでるって言っても調理場じゃない。お嬢様達の下にお持ちしないでどうするのよ」
「あっ、それもそうですね」
皆は隣の食堂で待っている。今回の趣向は伝えてあるが、それ故にお嬢様は食通よろしく批評する気満々でいるし、パチュリー様はハーブやスパイスの効能なんかが載ってる本を読んでいるし、妹様は自主的に3時のおやつを抜いてお腹をすかせて待っている。
「お待たせ致しました」
「お待たせしました〜」
「わぁっ! まったよぉ〜、んーいい匂い。早く食べさせてぇ」
「もう少しだけ待ちなさいなフラン、せっかくだから料理についての説明を聞かせてもらいましょう」
「僭越ながらお嬢様、本日は私の方からのご説明は控えさせて頂きます。ただ、ハンバーグに使用したたまねぎとオレガノ、それとエスニック風野菜炒めの野菜は全て美鈴の手によるものです。彼女の趣味にて作成された作物ですが、その味わいはお嬢様たちをご満足させられるものと考えこのような機会を設けて頂きました。野菜など里でいくらでも買ってくることは出来ますが、“美鈴の手作り”というもう一つのスパイスと共にお召し上がり頂けますよう」
ちょっと美鈴に対して酷いんじゃない? っていう言葉だ。だが美鈴は胸を張って立っている。隣にいる咲夜もまた、胸を張っていたから。
「そう、じゃあもう我慢できないような子もいるのだし頂くとするわ」
「いただきまーす♪」
「頂きます」
レミリアはハンバーグにナイフを入れて切った端を口に入れる。
パチュリーはフォークで野菜炒めのじゃがいもを突き刺して口に運ぶ。
フランはハンバーグをあっという間に賽の目切りにして(どうやったか良くわからない)ご飯のお椀と箸を持ってハンバーグと一緒にご飯をかきこんだ。
「ふむ………」
「…………」
「おいしー! 美味しいよ美鈴、咲夜!」
黙って味わう二人と素直な感想を素早く述べてくれる一人
「「ありがとうございます」」
二人の声がハモった。
続けてレミリアは野菜炒めの方にも箸をつける。それぞれの野菜を一つずつ口に入れて味わった。
「なるほど、確かにこの野菜はいつものとは違うわね。そうね、言うならば素人臭いわ。食べられる為だけに作られたプロフェッショナルな野菜じゃない。当然だわ、それが仕事でそれだけをやってきたヤツとうちの門番が片手間で作ったものとが比べられるはずがないもの」
「えぇーーっ!? おねぇさまひどいっ! こんなに美味しいじゃない」
「野菜は全体的に糖度が低いわね、たまねぎは辛くピーマンは渋く、にんじんとじゃがいもは単純に甘みが少ない」
「それはそうでしょうね、野菜というものは古来から品種改良の歴史。食べられる為だけに作られるそれだけが単独で自然には存在し得ない種類も数多くある。糖分はすなわち地中の肥料と太陽光でできる人間のエネルギー源の一つだから高める研究をするのは必定。同じ苗や種から育てても、蓄積された知識で効率化した農家の物とは違いが出てしまったわね」
レミリアの言葉を引き継いでパチュリーが話す。
「「でも―――」」
レミリアとパチュリーが同時に言いかけ、友人は当主に譲った。
「でもこのハンバーグ、火が通っても辛味の残るたまねぎに対して今日のデミグラスソースはかなり甘口で濃厚ね。口ではピリッと辛さは感じるけれど、たまねぎ独特の鼻につく匂いはソースに包み込まれて失せている。オレガノの苦味と清涼感がくどさも残さない。そしてこの野菜炒め、どの野菜もおそらくそれ単独だと味の呆けたものでしょうけれど、手のかけ方が流石咲夜ね。スパイスがそれぞれの野菜と結びつくように融合しているわ。まずじゃがいもだけどこれはクミンとターメリック、カレースパイスの代表格ね、そのままカレーの風味がついているじゃがいもだけれど、普通より甘みがないせいか素材の味ってヤツを感じるわ、勿論嫌味な味じゃない。他のにんじんにしてもピーマンにしてもそう、にんじんはコリアンダーのレモンっぽい風味が強く結合していて、ピーマンは唐辛子の辛さがすごく良く合っている。完全にフライパンの中で混ざり合っているはずなのに全体が同じ味で均質化されていない。それぞれ一品ずつ別々の皿で出されても分からないわ」
どこぞの料理人を呼びつけるグルメのように長々と批評するレミリア。
うんうんと頷くパチュリー。
「良く分かんない、素直に美味しいって言えばいいのに」
「美味しいわ」
咲夜と美鈴は互いの右手をパシンと打ち鳴らし、そのまま握り締めた。
「片付け終わりましたお嬢様」
あの後咲夜と美鈴も自分たちの分を一緒に並べさせてもらい、5人で和気藹々とディナーを楽しんだ。
レミリアとパチュリーは普通に完食、フランはご飯を2杯おかわりした。美鈴は4杯おかわりした。
「じゃあこっちに来てあなたも次から混じりなさい。ゲームは人数が多い方が良いわ」
4人はテーブルの上でスタッドポーカーをしていたらしい。本来美鈴はそろそろ戻らないとまずいのだが、レミリアの依頼でパチュリーが対侵入者用の結界を張り、就寝まではこうやって遊ぶことになった。
“普段からそうしろよ”とは言わないで欲しい。たぶん魔力が減るとかで常時展開はパチュリーが嫌がるし、それだと美鈴がクビになるだろう。
「ギャンブルは運だとかいう奴がいるけれどそれは間違いよ。相手の顔色を見て自分の顔色を隠し、時に騙し騙され奪い合う。運命は何かに委ねるものじゃなくて自ら掴むものなのよ」
「偉そうな事言ってるけれどレミィはあまり勝ててないわね」
「じゃあ私3枚レイズね〜」
「ベットは7枚ですね、コールします」
「うぐぐ………。3枚レイズよ!」
「うぐぐって、それがブラフじゃなけりゃ駄目っぽいじゃない」
「なによっ、このオープンのエースとジョーカーが見えないの? 私の手札は最強よ!」
「お姉様駄目すぎ、私なんてこの四枚明らかにバラバラのブタでしょう? でもレイズ2枚」
「えぇ〜、これで場は12枚だからコールするには5枚必要で、でも二人が強かったら大損、だけど降りたら今までの7枚がぁ」
「そういう損得計算が出来ないとこういうのは成り立たないわ。私は最初の一枚目の支払いだけで降りたもの」
館の中であまり金銭は意味を成さない。ゆえにプラスチック製のチップがどう移動しようが最終的にはなんでもないのだが、ゲームというのは熱くなるときは熱くなるもの。金がかかってる云々はあまりここの住人には関係ないらしい。
スタッドポーカーは7枚のカードを配るポーカーで、内3枚は伏せて本人だけが、残りの4枚はオープンにされる。カードを配る3枚目から賭け(ベット)が始まり、一枚配るごとに全員が一度は賭けを行う。ベットは賭ける額、ここでは最初に全員が1枚ずつ場に出す。最初に二枚が伏せて配られ、3枚目がオープンで配られて最初のベット。自分の3枚のカード、他人の1枚のカードを見て掛け金をどうするか順番に言う。
コールは維持、場の金額と同じ額のチップを出して勝負を続ける。既に同じ額のチップが出ていれば支払いは無い。
レイズは上乗せ、場の金額を自分が宣言し支払った額だけつり上げる。最初の1枚から2枚を上乗せした場合、場のベットは3枚となり、1枚ずつしか出していない他の参加者も勝負を受ける場合2枚出さなければならない。無論それを払った上で更にレイズすることも可能。
降りることはフォールドともいい、場のベットに合わせるチップを支払いたくないとき、勝ち目が薄いと判断したときにゲームを降りる。最初の1枚も含め、ゲーム中に積み上げた上乗せ分も全部勝者に持っていかれることになる。
3枚目の賭けが終わったら4枚目、5枚目、6枚目と表のままカードが配られ続け、そのたびに今のやり取りが一周する。7枚目は裏で受け取り最後のベット、ここでコールすれば手札をショーダウン、公開して勝負するのだ。
「ううっ、お、おりますっ」
「ほらほらぁ、美鈴も降りちゃったわ。12枚よお姉様、後2枚出して勝負するの?」
「うくくっ、さっきも貴女そうやって超強気で限度までレイズしまくって全員降ろしたらブタだったじゃない! その手には乗らないわよ! 私もレイズ1枚で13枚だわ」
「それじゃあ1枚コールしてオープンね、はい♪ 私のはフラッシュ、最初の二枚がスペードだったしオープンのも2枚きてたから最後の一枚は4分の1の博打だったけど。その分想像もつかなかったでしょ?」
「うぁあ……」
「なぁに、お姉様のは。ふーん、普通にエースのスリーカードかぁ。フルハウスだけは警戒してたけど残念だったね、中途半端に強いから退くに退けなかったんだねぇ。最後の一枚は私に微笑んだって事で、やっぱりギャンブルは運よお姉様」
咲夜が入る間もなくショックに沈む主人。
「ダイヤのジャックを切るのか スペードのクイーンを場に出すのか
キングを手の内に隠し持ったまま その記憶が薄れ行くのか
スペードは兵士の剣で クラブは戦争の兵器 ダイヤはお金を意味している
だけど、それは私のハートの形じゃない」
咲夜は何気なく、ふと知っている詩を口にした。
「「?」」
「それ、何なんですか?」
スカーレット姉妹と美鈴が不思議そうな顔で咲夜を見る。
「え、あぁ、うん。なんか思い出して出てきちゃったっていうか」
「スティングっていう外の歌手の歌ね。シェイプ・オブ・マイ・ハートっていう曲のその歌詞。音楽自体を聞くには機械が必要で、向こうの技術を模倣している河童の開発待ちだけど、歌詞カードっていう同梱の小さい詩集があるのよ。入れ物と中の円盤が溜まり過ぎて溢れたっていう店主が中の紙だけ抜き取って他は捨てて、その詩集の束を格安で売ってたっていう訳」
「それを読んで憶えていたんですか? すごいですね」
「続きはどうなるのかしら?」
「えっと、この続きは………
あなたを愛してるって言ったら どうかしてるんじゃないのってあなたは思うかも
私はいくつもの顔を持てる人間じゃないから 被る仮面はひとつ
お喋りな奴ほど無知なのさ そして結局は痛い目にあう
あらゆる所で自分の不運を罵る者や それを笑っている奴らが負けるように
スペードは兵士の剣で クラブは戦争の兵器 ダイヤはお金を意味している
だけど、それは私のハートの形じゃない
それは私のハートの形じゃない
」
「「「…………」」」
「あの……」
「ねぇ咲夜、私が今日貴女を寝所に誘って夜伽を求めたらどうする?」
「キャッ姉さまのえっちぃ」
「そっ、それは…………」
「いい歌詞ね。人間はくっきりはっきりしている方が良いわ、八方美人は好かないもの。それにむらさきババアみたいなのは最後には負けるって言ってるしね。明日は久々に霊夢の所にお茶をたかりに行きたくなったわね」
「ねぇねぇ! 私たちってカードに喩えると何だろう? お姉様はキングで美鈴がジャック? パチュリーがクイーンかしら、エースはナイフみたいだから咲夜ね。うーん、じゃあ私は? ロイヤルストレートフラッシュだと10が残るけれどあんまり面白くないし」
「いやあんたはジョーカーでしょ J(常識的に)K(考えて)」
「私はクイーンっていう柄じゃないわ。………これも柄じゃないけどあえてエースに置かせて、咲夜がクイーンよ。それとうちの子悪魔を10に入れてあげて頂戴」
「咲夜さんをクイーンにするために動いたんですか? どうして?」
「面白い逸話を思い出したの、外の世界の機械の話。J−Kフリップフロップという機械があって、二つの入力JとKと出力QをカードのJ,K,Qに喩えたの。入力は1と0、1はお誘いとして、0は何もなし。Jが1でKが0のとき、QはJの所に行く。Jが0でKが1のとき、QはKの所に行く。どちらからもお誘いがない0,0のとき、Qは前にいた相手の所にそのままいる。どちらからも誘われた1,1のとき、Qは前にいた相手と反対側に行く。ジャックとキングの合間で動くクイーンって言うわけね」
「私はそんな浮気性じゃありません!」
「私は別に咲夜が変わらない忠誠を誓ってくれている以上好きにしてくれて構わないけれど」
「はううっ」
「あら美鈴どうしたの? 貴女達のこと私達が知らないわけがないでしょう?
「うん、わかり易すぎだし二人とも」
「美鈴、今日一日は結界は張りっぱなしにしておくから一晩ゆっくり休みなさい。尤も、どう休んだら貴女の気力が充実するのか私たちにはわからないから任せるわ」
「「…………」」
三人がニヤニヤと見つめてくる。
顔から火が出そうな二人はそそくさと休みを申し出、当然の様にさっくりと受理された後で逃げるように部屋を出て行った。
「私の部下でメイドの咲夜は、本当の咲夜じゃなかったのね。あの顔が一番の咲夜の顔だったわ」
「貴女が彼女にそれを気づかせる時間と機会を与えてあげた。それはあの子達もわかっているし、感謝もしているわ。まぁこれで咲夜が面倒な仮面なんかつけずに普段からあの顔だったら良いと思うのだけれど」
「むずかしいことはいいよ、二人が仲良くして美味しいご飯を作ってくれればそれでいいじゃん」
今日のお昼はどうしようか。朝が忙しくて食材が足りないのに気がつかなかったし、買い物にでたは良いけれどこれでは帰りは殆ど正午だ。
これでも行き帰りを時止めをした結果なのである。買い物をするのに店主の時が止まっていては話にならない。万引きなど紅魔館の面子が許さない。と、いうよりそんなこと普通にしないけれど。
「これしかないわよね」
あまり気は進まないが出来合いのものを買ってきてしまった。里で評判の店なので満足しては頂けるだろうが、正直に自分の料理ではないと言わなければ。自分の分と妖精達の分は、彼女らには悪いが帰ってから作って1時過ぎに昼食になるかな。
考え事をしながら時を止め、空を飛んで紅魔館に帰り着く。器用なものだ。
美鈴の姿が門前に見えない。視点を移動すると花畑の側で横になっている、昼寝か。
「まったく」
館に直行して出来合いの料理を一応皿に盛り付けて相応の見栄えにし、その食事をレミリアに届ける。正午の僅か前にいきなり現れ、料理を出して弁明を述べる。器用なものだ。レミリアはそう思って少し笑った。
今度はパチュリーの下に運ばなくては。また時止めと移動で図書館へ入る。図書館独特の紙の匂いのほかに混じるものがある、ピリピリとした違和感、違和感、違和感。
パチュリーと、共にいる筈の小悪魔の姿を探した。広い図書館の数ある本棚の中、それはあった。
かつて小悪魔としてパチュリーに召喚、使役され、とはいえおそらくは自分と同じようにその中で分相応の生きる喜びを見出していたであろう娘が。
「小悪魔、しっかり! しっかりして!!!」
駆け寄り抱き起こし呼び掛ける。それ程には彼女は無事に見えた。顔にも胴にも手足にも傷も痣も無い。ただ首だけが抱きかかえた時にぐらんぐらんと支えが無いかのごとく振る舞い、その上下が内側では繋がっていないことが見て取れた。
「ううぅっ!! パチュリー様ぁ! パチュリー様はご無事ですか!!!」
大きく声を上げて走りまわる。小悪魔とは離れたところで見つかった。こっちはわかりやすい、頭が潰れているから。広辞苑並みの大きさの本が血塗れで横に転がっている。もしかしたらこの背の高い本棚の一番上から落ちたのかも、そうだこれは事故なんだ、そのかのうせいが1%でもあるならそうにきまっているんだ。まったく頭上には気をつけなきゃ駄目ですよ今日は地震はあったっけ?
「…………」
逃避に走るのは後でも出来る。とりあえず自分の頭はフリーズして回りそうにない。お嬢様に報告してそれから指示を仰ぐしか現況を打開するすべは無さそうだ。ましてや襲撃者がまだ付近にいるかもしれないのだから。
レミリアは聞いた。咲夜が涙で顔をグズグズにしながらの報告を。信じたくは無かったが、仮に本当だとしても咲夜があまりに取り乱していてレミリアは悲嘆に沈む事が出来なかった。
「私は図書館に行ってこの目で確認をしてくる。もしその、パチェを殺した奴がいたならブチ殺す。貴女は美鈴のところに行ってやりなさい、あの娘は門番なのよ」
どうして今までその事に思い至らなかったのだろう。
どうして今まで彼女が寝ているだけと考えたのだろう。
どうして今まで美鈴が死んで――――――――――――。
時を止めて花壇まで飛んだ。美鈴を揺すり呼びかけ抱き起こし殴りつけその胸に顔を埋めて泣いた。
彼女の側には団子のようなものが落ちていた。ピンク色の団子みたいなお餅みたいなそれは、勿論咲夜が作って渡したものじゃない。
美鈴の口の周りに粉がついてる。
「いくらお腹が減ったからって私の手料理以外を食べるなんて」
そう言って今日レミリアとパチュリーの分の昼食を買って済まそうとした事を思い出した。
咲夜の口に笑みが漏れる。
落ちていた団子を口に含んだ。ゆっくりと噛み砕いて飲み下したが全く味がわからない。たぶん普通のお団子とは全く異なる変な味だった気がしたのだが、それ故に今の頭では情報を処理しきれないらしい。
咲夜は既にカードではなくなっていた。ずっと前に愛する女性によって、そしてそれを許容する本当は心優しき主によって、彼女は人間に戻っていた。いや違う、彼女は今最も人間らしくなっていた。レミリア達吸血鬼を抹殺することに執念を燃やしていたあの時よりも、彼女の部下になった時の方が。そしてただの従者でカードだったその時より想い人と共に過ごしていた時の方が。
再び美鈴の胸に顔を埋めて横になる。彼女の手をとって自らの背に回し腕の中に抱かれてその時が訪れるのをただ待った。
彼女が生きているときにそうしてくれたように、穏やかな気分になった。
今咲夜は最も人間らしくなっていた。カードは自分自身を破り捨てはしない。
館の時計塔が十二時の鐘を鳴らす。
花畑の上で寄り添って横になる二人。
愛した相手の腕の中でどれだけ時計の針が進んでも、咲夜の待ち望んだ瞬間は訪れなかった。
あとがき
もう少し続きますので宜しければこのままお付き合い下さい。
マジックフレークス
作品情報
作品集:
21
投稿日時:
2010/11/20 22:48:25
更新日時:
2010/11/26 01:05:58
分類
血と暴力の土地
すべての美しい女
咲夜
遂にパターンが変化しましたね!!
妖夢!?白蓮!?紫!?
朝及び午前中のケースと著しく異なる!?いや、彼女達も運試しを!?
咲夜さんは自らゲームを降りたのか…。他者と運命を共にする人生…。
はてさて、運命の一日が終わるまでにあと何人…?
あいもかわらず最後の落としまでの上げ方がうめえ!
間に挿入される魔理沙にもほろり
うう、しかし白蓮が続いてい登場しているからそろそろ彼女が魔の手にかかりそうだなあ
この話の人物はみんないい人だから辛くも楽しい
そうすっと次は妖夢か?
いやこの場合は死ねなかったになるのか
文章が瀟洒過ぎて私の読解力では正しい解釈が出来てる自信が無いのれす
産廃とは思えないくらい紅魔館の住人がいい人ぞろいだったのが余計ショックだ…
上げて落とすとはこのことか
パチュリーがコイントスに負けたから小悪魔、美鈴ともども始末した、というより
コイントス前に既に美鈴は毒殺されてそうだな
8時過ぎに魔理沙、9時頃にアリス、11時頃?にパチュリー
さて白蓮は…
何のためにこんなことしてるんだろう
泣いたわ。
楽しみにしてます。