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『賢者が失敗から学んだこと』 作者: NutsIn先任曹長
――妖怪の賢者の、たった一つの、些細なミスにより、幻想郷は大打撃を受けた。――
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幻想郷の外の世界。
いわゆる我々が住んでいる世界の、
ほんの少し未来の世界。
その世界に平和が訪れた。
価値観の違いは互いを理解することで乗り越え、
同族同士の血みどろの殺し合いは家族愛が払拭し、
武器を手に戦地に赴いた兵士達は、花を一輪携えて故郷に帰ってきた。
数多の命を奪った者は、己が殺めた者達に対して追悼の涙を流した。
世界中の国家元首が一箇所に集い、神妙な顔で不戦を誓い、笑顔で抱き合った。
人々の生活は豊かになった。
人々の心は豊かになった。
人々は平和の大切さを噛み締め、その味を忘れないことを誓った。
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幻想郷。
今、未曾有の危機に瀕していた。
幻想郷の中心地。
その真上を見上げれば、『幻想郷の危機』を目視することが出来る。
巨大な爆弾。
外界の争いと恐怖の象徴が爆弾の形をとり、幻想入りしたのだ。
通常であれば、幻想郷を護る博麗大結界がフィルターとなり、幻想郷に侵入は出来ないはずであった。
しかし今回のケースは、フィルターを透過するほどの薄い薄い幻想が、長い長い時を掛け、
幻想郷内に蓄積し、具体的な姿を得るまで察知できなかった。
妖怪の賢者にして幻想郷の管理人である八雲紫は、博麗大結界の内側に具現化した珍妙な新入りを精査した。
その結果、この爆弾は、幻想郷を壊滅させるのに十分な威力があることが分かった。
なら、話は簡単。
『異変』として、博麗の巫女が討伐すればよいのである。
今回は向こうは一切の攻撃をしてこない。
存在そのものが武器だからである。
その巨躯を幻想郷の大地に叩きつければ、それで全てが終わる。
まだ爆弾は完全に具現化していない。
完全に具現化した時、爆弾は落ちて幻想郷は最期を迎える。
紫は具現化する日時を、精密な観測と計算から割り出した。
日数には余裕がある。
紫は早速、今回の異変対策を練り始めた。
爆弾が具現化、つまり幻想郷に落着する当日。
楽園の素敵な巫女、博麗霊夢は爆弾と向き合っていた。
爆弾を結界内に封じ、その中で爆破するのである。
衆人環視の中、博麗の巫女による、爆弾退治ショーが行なわれようとしていた。
皆は、博麗の巫女がどれほどの危険と向き合っているか知っているのだろうか。
マヨヒガにある八雲邸。
紫の書斎。
幻想郷中に飛ばしたUAV(観測用飛行型式神)がライブで送ってくる数々の映像を凝視しながら、
紫は常々、そう思っていた。
紫は、霊夢にほのかな恋心を抱いていた。
愛しい霊夢が不当な評価を受けるのは我慢ならなかった。
異変を起こした者達は、当然、霊夢の活躍を身に染みてよく知っている。
しかし、里の一般大衆はどうだろうか。
妖怪退治を兼業する結界守としか見ていないのではないだろうか。
妖怪のシンパと思われていないだろうか。
境内の掃除とお茶を飲むことと宴会をすることが巫女の仕事だと思われて――いるかもしれない。これは。
今回の異変は、そんな霊夢の悪印象を払拭する千載一遇のチャンスではないかと思い、
紫は霊夢の活躍を披露するエンターテイメントを企画した。
当然、周囲には――親友の西行寺幽々子や腹心の藍にも――内緒である。
霊夢は大勢の人妖の注目を集めている。
霊夢の相棒、霧雨魔理沙が箒にまたがって霊夢の周囲を飛んでいる。
その魔理沙と共に、アリス・マーガトロイド、パチュリー・ノーレッジ、河城にとりも魔理沙を、いや、霊夢を見守っている。
紅魔館。
レミリア・スカーレットは、紅魔館の屋上でティータイムと洒落込んでいた。
パラソルの下で寛ぐレミリアと妹のフランドール。
スカーレット姉妹の側に控えるメイド長、十六夜咲夜。
門番の務めを終え、内勤を行なおうとしたところを特別に同席を許された紅美鈴。
たった今、パチュリーに言いつけられた図書館の業務を終えた小悪魔がやって来た。
一堂に会した紅魔館の幹部達を一瞥すると、レミリアはオペラグラスを覗き込んだ。
親友、博麗霊夢の雄姿を見るために。
冥界の姫、西行寺幽々子は、従者の魂魄妖夢と共に峠の茶店にいた。
妖夢が事前に予約しておいた座敷は、普段は眼下の幻想郷を一望できることが売りであるが、
今回は上空の爆弾が主役である。もう一人の主役の霊夢は、流石にここからだとよく見えない。
ついでに言えば、幽々子は茶店名物の三色串団子――大皿に山盛りにされている――と
釜飯――業務用炊飯器で炊かれていた――の攻略に夢中で景色など見ちゃいない。
妖夢はこの二大要塞攻略が、また主の勝利で終わろうとしているのを見てため息をつき、空を見上げた。
永遠亭。
永遠亭の実質的No.1である八意永琳は、弟子の鈴仙・優曇華院・イナバと共に診療所の勤務に当たっていた。
地上妖怪兎のTopである因幡てゐは、永遠亭の名目上のNo.1、蓬莱山輝夜と共に爆弾見物に出かけていった。
私も行きたかったなぁ。ぽつりと言った鈴仙の一言を永琳が咎めた。
こういう時に医療機関に誰も詰めていないでどうするの。
私達がいるからこそ、人々は安心して物見遊山に現を抜かすことが出来るのよ。
流石師匠だ。
鈴仙は永琳を改めて尊敬した。
今日はイベント特価で薬の値を二割り増しにしましょうか。
その永琳の一言で、鈴仙の永琳に対する評価は急降下した。鬼だ、この人。
射命丸文は天狗代表として、今回の一部始終を記録するために霊夢をレンズに収めていた。
今回の彼女の使命は、8ミリフィルムを使用したカメラによる動画撮影である。
あややや。いよいよですね。
文は唾を飲み、カメラの発条をまわした。
守矢神社。
そこに住まう八坂神奈子、洩矢諏訪子、東風谷早苗は居間で寛いでいた。
神社は妖怪の山の山頂にある。
今日は晴れているので、幻想郷中を見渡すことが出来る。
その時が来たら、表に出れば良い。
だからそれまで、家族水入らずでまったりしていよう。
地底の入り口。
地霊殿御一行様が、地上に姿を現した。
黒谷ヤマメ、キスメ、水橋パルスィ、星熊勇儀も一緒だ。
彼女達も爆弾見物に来たのである。
勇儀のつてで高級酒処を確保できたので、そこで美味い物を飲み食いしながら霊夢に声援を送るのである。
火焔猫燐と相棒の霊烏路空は、地上の酒肴が楽しみで仕方が無いようだ。
古明地さとりはそんなペットを慈愛に満ちた目で見つめていた。
さとりの妹のこいしは、相変わらず笑顔を浮かべたままで、何を考えているか分からない。
命蓮寺は聖輦船に変形、霊夢の異変解決ツアーを企画した。
聖白蓮が設定した只同然の料金のおかげで、申し込みは想定した人数を大幅に上回り、
その全てを受け入れようと、聖輦船はキャパシティを増加させるために、限界ギリギリまでの肉抜きが行なわれた。
おかげで、何とか希望者達を全員乗せることが出来た。
聖輦船はえっちらおっちらと空に舞い上がり、霊夢対爆弾の一大決戦を見られる空域に進出した。
博麗神社。
伊吹萃香は黙々と宴会の後片付けをしていた。
昨日は霊夢の異変解決の前祝と称して、紫が宴会を主催したのだ。
これだけ騒いで、今日も霊夢の活躍を肴に一杯やるんだろうな。
口に唾が沸く。いいなぁ。
勇儀も地底の皆と見物に来るって言ってたなぁ。
とっとと終わらせて誰かと一緒に酒を飲もう。
萃香は片付けのペースを上げた。
幻想郷中の人妖が、あるものは空を見上げ、あるものはいつもの業務を行ないながら、
霊夢の爆弾退治を今か今かと待ちわびていた。
前評判は上々であった。
爆弾が幻想郷に落ちる寸前に霊夢が見事に処理する。
人々は霊夢の活躍を目にして、その評価を改めるであろう。
そうすれば……、霊夢は私のことを見直し、あわよくば……、うひひ。
おっと、いけない。
紫は垂れそうになった涎を腕でぬぐい、空中に表示された霊夢の雄姿に注意を戻した。
SkySpy01と左上に表示された画面に、愛しの霊夢が拡大表示されている。
紫はマグカップに注がれたコーヒーを啜りながら、その時を待った。
『その時』は、紫の予想よりも早く訪れた。
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八雲藍と橙は目を閉じて瞑想している。
彼女達は今回の異変の情報統括を行なっているのである。
藍の額から汗が一筋、たらり、と流れた。
藍は目を見開いた。
その顔色は真っ青であった。
「ゆ、紫様!!」
「どうしたの、藍?」
コーヒーを啜り、椅子にだらしなく寄りかかった紫が声を掛けた。
藍は黙って、紫の眼前に自分が知った情報を表示した。
霊夢の雄姿が小さくなり、代わりに無数の文字と数字の羅列が表示された。
半眼でそれを眺めた紫の表情がみるみる内に蒼ざめていく。
紫の持っていた金属製のマグカップが床に落ちた。
呆けたのはほんの一瞬。
続いて執った行動は神速。
紫は手元の操作盤をいじり、通信装置の接続を行なった。
接続先は全て。つまり通信手段を持った者達。
霊夢、魔理沙、文、そして聖輦船である。
「至急!! 至急!! 全員、爆弾より可及的速やかに退避せよ!!
繰り返す!! 爆弾から逃げて!!」
画面に写った霊夢と魔理沙に動揺が見られた。
紫は退避の理由を怒鳴った。
「爆弾の具現化が想定よりも早まったの!! 霊夢の結界形成は間に合わない!!
だから!! 死にたくなければ早く逃げて!!」
紫は眼前の大小様々な画面に視線を移した。
聖輦船。
通信機からの通信に、白蓮は直ちに反応した。
「村紗!!」
聖輦船の船長、村紗水蜜は船乗りの本分を存分に発揮した。
「取り舵一杯!! よ〜そろ〜!!」
村紗は舵輪を左回りに力いっぱい回転させた。
くっそう!! 船が重い!! やっぱ、お客さん乗せすぎだろ!!
聖輦船の機動は、村紗の意に反して愚鈍であった。
でも、やらなければならない。
村紗は精一杯、自分の職務を遂行した。
魔理沙が持っていたアリスの通信機人形からの緊急連絡を受け、
アリス、パチュリー、にとりは魔理沙の箒にしがみついた。
魔理沙はそれを確認すると、全力でその空域を離脱した。
進路は紅魔館。
記録係の射命丸。
文のイヤホンにも紫の緊急連絡は聞こえていた。
だが、逃げなかった。
もう少し。もう少し。
自分には、幻想郷最速の機動力がある。
じきに訪れる危機よりも、眼前のスクープ。
文は、良くも悪くも、記者であった。
通信手段を持っていない者達は、お祭り気分でその時を待った。
破滅の時を。
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紫は通信機を霊夢個人に接続した。
「霊夢、さっきの通信聞いたでしょう?
状況中止!! 術式を個人防御に変更!! 速やかに現場を離脱なさい!!」
SkySpy01の映像内の霊夢が組んでいた印を変更したのが見て取れた。
それを見た紫は、
「ばっ!! 違う!! 霊夢!! 何やってんのっ!!」
絶叫した。
霊夢の組んだ印は、個人防御ではなく、
広域防御の強化版であった。
「霊夢!! それじゃ完全に防ぎきれないわ!! 個人防御!! 急いで!!」
霊夢は、広域防御結界の完成を急いだ。
「止めて!! 霊夢!! 逃げて〜〜〜〜〜!!」
防御対象範囲が広いと、個々の対象の防御力は弱まる。
当然、爆心地中心にいる霊夢の防御力もだ。
爆弾は、完全に、具現化した。
爆弾は、降下を始めた。
ある者は酒席で、ある者は親しい人と共にその光景を見ていた。
また、ある者は通常の営みに忙しく見ていなかった。
そんな幻想郷の人々の事情にお構いなく、
爆弾は幻想郷の大地に叩きつけられた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
高速で飛翔する魔理沙達。
爆風。
さらに加速する。
紅魔館が見えてきた。
連中、屋上で見物を決め込んでいやがる。
好都合だ。
全員、ピックアップする!!
紅魔館の幹部を半ば無理やり全員乗せた魔理沙は、紅魔館内を飛び回った。
定員オーバーの箒の上から咲夜が叫ぶ。
メイド妖精隊!! 総員、地下室に退避!!
烏合の衆のメイド妖精達が粛々と地下室に移動し始めた。
魔理沙達もメイド妖精達が全員避難したことを確認後、地下室に飛び込む。
地下室はすし詰め状態だった。
ねえ、ねえ、魔理沙、何して遊ぶの?
フランドールの無邪気な問いに魔理沙は答える。
おしくらまんじゅうだ!!
魔理沙達が地下室に飛び込む!!
戸口にいたメイド妖精が扉を閉める!!
その刹那!!
轟音。
振動。
きゃ〜〜〜〜〜!!
わ〜〜〜〜〜!!
むきゅ〜〜〜〜〜!!
全員、悲鳴を上げながら、縮こまっていた。
峠の茶店。
閃光。
衝撃波。
妖夢は幽々子を押し倒した。
妖夢の全身に瓦礫が降り注ぐ。
妖夢は動じなかった。
妖夢の眼前に、幽々子が食べた無数の団子の串が突き刺さった。
妖夢はびっくりした。
びっくりして顔を上げた妖夢の、先程まで頭があった場所に、
ひじゃけた大釜がめり込んだ。
妖夢は、少しちびった。
幽々子は、
あらあら、妖夢、大胆ね。
幽々子の豊満な胸を鷲掴みにしていた妖夢を揶揄する余裕を持っていた。
永遠亭。
何時に無く、風が強い。
と、思った瞬間、衝撃波が来た。
対ショック対応姿勢!!
鈴仙は軍で教わった通り、側の柱にしがみ付き、目を閉ざした。
永琳は、即座にデスクの下に潜り込んだ。
がたがたがた。
ガシャン!! ガシャン!!
程なくして、揺れは収まった。
「ウドンゲ!! 永遠亭内の被害調査!! 急いで!!」
「はいっ!!」
永琳はデスクの下から這い出すと、鈴仙に指示を出した。
鈴仙は文字通り脱兎の如く、部屋を飛び出していった。
永琳は内線電話の受話器をとった。
電話は生きていた。
診療所オフィスに出た因幡に質問と的確な指示を出す永琳。
幻想郷最大の医療機関は、迅速にその機能を取り戻した。
輝夜とてゐの安否は心配しない。
蓬莱人と幸福兎だ。
心配する時間があるなら、永遠亭の機能復旧に回す。
永琳の判断は、いつも正しい。
幻想郷の最速のブンヤ、射命丸文は、そのままだと衝撃波に耐えられず、四肢をへし折られるはずであった。
何時もよりも密な哨戒に当たっていた犬走椛が文の首根っこを引っつかみ、大地にうつ伏せにならなければそうなっていた。
全く、余計なことをしましたね、椛。
文は身体に付いた土ぼこりを払い、全く懲りずに命の恩人である椛に文句を言った。
椛は何も言わない。
背中に負った無数の裂傷が、椛から会話に必要な労力を奪っていた。
こんどは文が椛を引っつかみ、永遠亭に飛んでいった。
守矢神社。
衝撃波が来た。
後ほんの刹那、三人が伏せるのが遅れたら、
窓ガラスとちゃぶ台の上の茶菓子と湯飲みの如く、
吹き飛ばされ、砕け散っていたことだろう。
衝撃波が収まり、三人は恐る恐る、ガラスが消滅した窓から外を窺った。
今度は、聖輦船が突っ込んできた。
もし早苗が外界にいたならば、陸上競技の世界記録が大幅に書き換えられたであろう。
そう言っても過言ではない見事なフォームで、守矢神社の軍神、祟り神、現人神はその場を疾風の如く逃げ出した。
高級酒処。
二階の座敷。
逃げて!!
無意識に危険の匂いを嗅ぎ取ったこいしの叫びは、その場にいる全員の無意識に働きかけた。
勇儀は右脇にパルスィを、左手にキスメを引っつかみ、
ヤマメが背中に引っ付いたことを確認すると、
座敷の窓から飛び降りた。
さとりとこいしはお空にしがみ付いた。
お空は座敷の窓から飛翔した。
お燐は猫の姿になり、窓から見事なキャット空中三回転を披露した。
地底の客が座敷から脱出した直後、衝撃波が襲った。
酒処は倒壊。
二階は跡形も無くなった。
聖輦船。
船は妖怪の山への衝突コースに乗っていた。
衝撃波に煽られ、船はコントロールを失いかけていた。
村紗は舵輪に齧りつき、船の制御を何とか維持した。
聖輦船の高度を上げて、衝突を回避しようとしたが、
「村紗!! 前!!」
「!!」
山頂の守矢神社が眼前に迫っていた。
「「南無三!!」」
村紗と白蓮は神仏に祈った。
がくん!!
聖輦船が減速した。
二人が前を見ると、
雲入道の雲山が聖輦船の真正面に立ちはだかり、これ以上の前進を阻もうとしていた。
が、押し負けている。
村紗は既に機関を後退に切り替えていたが、船は慣性で前進を続けている。
船内から悲鳴が聞こえてきた。
寅丸星が何とか乗客のパニックを押さえているが、下手したらこの忙しい時に暴動が発生しかねない。
「お〜もか〜じ!!」
まだ舵は利く。そのことに気付いた村紗は、舵を右に思い切りきった。
聖輦船は急な方向転換で失速した。
上手くいった。
船はそのでかいケツを守矢神社にぶつけた。
鳥居と境内の御柱と狛犬――蛙だが――をなぎ倒し、社務所に接触する寸前でようやく停止した。
ZU〜〜〜〜〜N!!!!!
聖輦船は、守矢神社の境内になんとか着地した。
断じて、墜落ではない。
操舵室の白蓮と村紗はしばらくじっとして、何も起こらないと判ると、そっと起き上がった。
「ダメージコントロール班、出動!!」
村紗が伝声管に怒鳴ると、了解!!、とナズーリンが返事を返した。
ネズミが逃げ出さないのなら、この船はもう安心だ。
白蓮は外を窺った。
神社の影から様子を窺っていた守矢一家と目が合った。
博麗神社。
幻想郷の外れにあるここにも衝撃波が来た。
萃香は自分の身体を疎にして細分化。衝撃波に身を任せた。
吹き飛ぶ敷物。
砕け散る食器。
中身は空なのに頑として動かない素敵な賽銭箱。
幻想郷の外れだけあって、神社自体に大した被害は無かった。
存在を密にして身体を再構成する萃香。
荒れ果てた境内を見渡し、遠くの霊夢の安否を心配した。
幻想郷のあちこちで大小様々な被害が発生した。
ある箇所では家屋が倒壊して火災が発生した。
ある箇所では収穫間近の作物が吹き飛ばされた。
ある箇所では衝撃波に煽られた妖精が頭を打ち気絶した。
死者こそ出なかったが、損害は計り知れない。
本来なら、これら損害は問題にならない筈であった。
幻想郷は消滅する筈だったのだから。
霊夢の広域結界によって、幻想郷の被害は最小限で食い止められた。
だが爆心地にいた霊夢本人は、今回の異変唯一の死者になる瀬戸際であった。
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紫の計画は、予想外の被害を出したが、
それを補って余りある、予想以上の成果を上げた。
しかし、その成果も、霊夢が無事でなければ何の意味も無い。
博麗霊夢の献身的活躍により、幻想郷の危機は回避された。
博麗の巫女は、幻想郷に無くてはならない存在であることを、人々は認識した。
稗田阿求は、今回の異変での博麗の巫女の活躍を、幻想郷縁起に多くの頁を使って記した。
人里の長と上白沢慧音は、見舞いの品や寺子屋の生徒達が書いた寄せ書きを持って、永遠亭の霊夢を見舞いに訪れた。
しかし霊夢は面会謝絶であったので、里長と慧音はICU(集中治療室)の方に向かって頭を垂れた。
八雲邸。
紫の書斎。
マヨヒガにあるこの屋敷は、強力な結界が張り巡らしてあったため、大した被害は受けなかった。
ノイズしか映していなかった画面の大部分は復旧した。
そこには復旧の始まった幻想郷の姿が映っていた。
だが、中央の一番大きい画面、左上にSkySpy01と表示されている画面。
この画面だけは砂嵐しか映していなかった。
映像を送信するUAVが消滅したからだ。
書斎の床は、無数の紙で埋め尽くされていた。
A4のコピー用紙。
ラインプリンターの連続用紙。
ミミズののたっくた様な字が書かれたメモ代わりのロスリスト。
「見つけた……」
憔悴した紫は、ようやく目当ての記述を見つけた。
紫が手にしている紙には、コンマ区切りで無数の数値が印字されていた。
そのうちの一つ、その数値の末尾は『m』となっていた。
他の数値の末尾は『M』となっていた。
その数値も同様となるはずであった。
同じアルファベット。大文字と小文字の違い。
しかし数値とすると、その意味は大いに異なる。
『m』は10の−3乗、『M』は10の+6乗を表す。
たった一文字の違い。10の9乗の誤差。
これによって、紫の計画に狂いが生じた。
紫は、正しい数値で爆弾具現化までのシミュレーションをやり直してみた。
実際の時間の近似値が算出された。
「私の……、私のせいで……、霊夢は……」
紫は自分を責めた。
愛の鞭と称して、霊夢にいびり同然の説教をした紫。
自分の都合ばかり考えて、霊夢を危地に向かわせた紫。
友人の家に遊びに行った霊夢に嫉妬して、その帰途、霊夢をスキマに引き込みレイプ同然に犯した紫。
自分は完璧だ。
完璧な幻想郷の支配者だ。神だ。
神に従属する博麗の巫女は、自分の指示に従っていれば良い。
紫には、そんな驕りがあった。
自分は支配者ではなく、住民の自主性を重んじる管理人であることを忘れていた。
自分は神ではなく、常に自分を戒める賢者を名乗っていたことを忘れていた。
その驕りが些細なミスを生み、大切な幻想郷を、愛しい女性(ひと)を危険に晒した。
紫は、涙の跡も生々しいやつれた顔をして、ふらふらと書斎を出て行った。
藍と橙は、ただ心配そうにその姿を見送ることしか出来なかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
霊夢が爆心地で発見されたとき、心肺停止状態であった。
人型を留めていたのが奇跡なぐらいの大火傷を負っていた。
霊夢は爆弾の衝撃を凌ぎ切れなくなった時、自身を仮死状態にする術を施していた。
呼吸が停止したおかげで肺が焼け爛れることは無かった。
しかし、危険なことには変わりない。
幻想郷を壊滅させられるほどの爆弾の衝撃を可能な限り防ぐため、
霊夢は全ての霊力を以って強固な結界を張った。
が、ほんの僅か足りなかった。
これでは幻想郷をぎりぎりで護りきれない。
だから、霊夢は使ったのだった。
自身の命を。
ほんの一瞬。
足りない分を。
数十年分の寿命が消費された。
さらに身体は重篤である。
前述の大火傷の他、全身のあらゆる箇所を骨折していた。中でも左腕が複雑骨折をしていた。
両腕で結界を襲う物理的衝撃を支え続けたが、利き腕が限界を超えたのだろう。
僅かに残った天寿を全うすることなく、死神の渡し舟に乗ることになりかねない。
幻想郷の名医である八意永琳は、その持てる技術を駆使して霊夢の治療に当たった。
霊夢の治療と平行して、続々と永遠亭に運び込まれる怪我人の治療も行なっていた。
今回の異変で死者がゼロだったのは、永琳の活躍あってのことである。
霊夢の治療には、無事に輝夜と戻ってきたてゐも動員された。
てゐの仕事は鈴仙の激務に比べれば楽なものである。
ただ、包帯でぐるぐる巻きになったこん睡状態の霊夢の手を握っているだけで良いと命じられた。
『人間を幸運にする程度の能力』を当て込んでのことである。
しかし、てゐは霊夢の手を握るだけでなく、血膿に塗れた包帯を交換したり、汗を拭いたり、甲斐甲斐しく面倒を見た。
今こそ大黒様の恩に報いる時だと思ったのかもしれない。
霊夢は一命を取り留め、一般の病室に移された。
霊夢の個室には様々な人妖が見舞いに訪れた。
風見幽香がやって来た。
森近霖之助がやって来た。
プリズムリバー三姉妹がやって来た。
紅魔館御一行様がやって来た。
バカルテットがやって来た。
妹紅と慧音と阿求がやって来た。
守矢一家がやって来た。
文とにとりが椛の見舞いのついでにやって来た。
萃香と勇儀がやって来た。
比那名居天子と永江衣玖がやって来た。
地霊殿の古明地姉妹とペット達がやって来た。
その他、大勢の人妖が見舞いにやって来た。
親友の魔理沙は頻繁にやって来て、茶を飲み、見舞いの品の菓子を一緒に食べ、世間話をした。
しかし、八雲紫は一度も永遠亭に見舞いに来なかった。
藍と橙は見舞いに来てくれたのに。
やがて、霊夢は退院して、自宅療養となった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
霊夢が博麗神社に戻ってきた頃、
八雲紫は何をしていたかと言うと、
何もしていなかった。
紫は自身のミスを発見した後、各勢力の当主を集めて緊急の会合を開いた。
会合と言っても、紫自身を弾劾してもらうことを目的としていた。
しかし、誰も紫を責める事はしなかった。
そんな些細なことで罰していたら、ここに居る殆どの者は磔獄門にされている。
皆、異変の当事者ばかりである。
そして、霊夢に誅され、霊夢に並々ならぬ借りがある者ばかりでもある。
霊夢に紫自身が詫びを入れること。
これが皆が決めた紫に対する仕置きである。
これが貴方にできる善行です。
四季映姫・ヤマザナドゥに駄目を押された。
しかし、まだこの刑罰を実行できずに今に至る。
紫は今、白玉楼に転がり込んでいる。
自身が傷つけた幻想郷に居辛くなったのか。
紫は白玉楼自慢の庭にある池を覗き込んでいた。
池では見事な錦鯉が泳いでいた。
あの幽々子が『美味しそう』ではなく『美しい』と言ったほどの鯉である。
鯉達が、ぼんやり見ていた紫の側を離れていった。
こいに逃げられた。
紫は自嘲気味に思いながら、
池に落ちた。
慌てて立ち上がり、濡れ鼠になりながら先程まで自分がいた場所を見ると、
萃香と幽々子、少し離れた場所に妖夢が立っていた。
紫は、萃香が自分を池に蹴り落としたことを理解した。
別に文句は言わなかった。
自分にはその資格が無いのだから。
代わりに萃香が紫に文句を言った。
「何時になったら、霊夢のとこに行くの?」
「……そのうち」
「今、行きな」
「……」
「紫」
幽々子が口を挟んできた。
「ウチには、無駄飯食らいを養う余裕は無いの」
妖夢が幽々子のほうを何か言いたげな目で見た。
「貴方、私みたいに霊夢が亡霊になるまで待つつもり?」
「……」
「人の命は短いわ。悔いの残らないようにしなさいな」
「……」
紫は一言も発しない。
幽々子と萃香は、ただ待っていた。
「行く」
遂に紫は決心した。
「「行ってらっしゃい」」
紫の二人の親友は、紫を笑顔で送り出した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「あんた、しばらく見なかったから、爆弾でおっ死んだかと思ったわ」
「あら、ご挨拶ね……」
霊夢の毒舌が紫を出迎えた。
博麗神社。
霊夢の寝室。
全身に包帯が巻かれた霊夢は布団に横たわっているが、思ったよりも元気そうだった。
「いや、そのね、霊夢、あ〜、今日は暑いわね」
紫は汗をだらだら流しながら、扇子をパタパタさせた。
「くす」
霊夢は思わず笑ってしまった。
「何か、私に、言うことが、あるんじゃないの?」
霊夢は意地悪い目つきで紫をねめつけた。
「う」
「ほらほら、早く言いなさい。怒らないから」
「……その」
「ん、何?」
「……ごめん」
「何謝ってんの?」
「今回の異変で、幻想郷中に被害が出たでしょ。霊夢も怪我しちゃったし」
「そうね、私がヘマしたから」
「違うの!! ヘマしたのは私なの!!」
「紫……」
「私が爆弾の具現化の見積もりをしくじったから……」
「もう良いわよ。済んだことだし」
「良くないわよ!!」
「!!」
「その所為で霊夢は死にかけたし、寿命も縮んだでしょ!!
それだけじゃないわ。幻想郷中が滅茶苦茶になっちゃったし……」
「博麗の巫女である私が許すって言ってんのよ」
「霊夢……」
「もう、グダグダ言わないで頂戴。あんた、怪我人の気を滅入らせてどうするつもり?」
「ごめん……」
「はいっ。もう、この話題はお終い」
「本当に……」
「あぁ? 紫、怒るわよ」
「……」
紫は、赦された様だ。
赦されたはいいが、話題が尽きた。
なので、紫は取り留めの無い話を始めた。
「私ね、理想郷を作りたかったの」
「幻想郷がそうじゃないの?」
「そのつもりだったのだけれども」
「違うの?」
「出来たのは、排水口の金網だったのよ」
「何、それ?」
「外界から忘れ去られた汚物を受け取る金網。
外界が綺麗になる代わりに、幻想郷はゴミ溜めになるの」
「こりゃまた、自虐的なこと言うわね」
「本当じゃない。外界は平和になったわ。だから争いの象徴である爆弾が幻想入りしたんじゃなくて?」
「まあ、そうね」
「私は、そんなゴミ溜めを維持管理するのが仕事って訳ね」
「じゃあ、私はゴミ溜めの清掃員ね」
「ごめんなさい。貴方にこんな汚れ仕事をさせて」
「あやまるなってんでしょ。でも捨てたものでもないわよ。この仕事」
「何故?」
「清掃員は、たまに素敵な余禄にありつけるからよ」
霊夢は枕元を見た。
紫もそちらを見た。
そこには、小さな花瓶があった。
正確に言えば、野に咲く花を一輪活けた、中にビー玉が入った牛乳瓶である。
透き通ったビー玉も、牛乳瓶も、幻想郷では流通していない。
「どうしたの、これ?」
「悪戯妖精のお見舞いってとこね」
気配が三つ、神社を出て行った気がした。
「だから、私は嫌いじゃないわよ。この幻想郷」
「そう……」
「だから、あんたも嫌いになるんじゃないわよ」
「ええ、幻想郷を嫌いになんかならないわ。博麗の巫女もね」
「え!?」
「霊夢、幻想郷の管理人は、お嫌い?」
「だ、大胆なこと、言うわね」
「プロポーズのつもりだけれども」
「ま、ま〜た、冗談を……」
「本気よ」
紫は、本気で、霊夢に結婚を申し込んでいた。
霊夢の答えは決まっていた。
「ごめんなさい。あんたとは、結婚できない」
「そう……、じゃ、この話は忘れて……」
「だけど」
霊夢は紫の話を遮って続けた。
「私が博麗の巫女を引退した後、ただの人間の霊夢になった時、
まだ私のことを愛しているのなら、プロポーズして頂戴。
期待に沿う返事をしてあげるから」
包帯の隙間からのぞく霊夢の顔は、真っ赤であった。
博麗の巫女は中立でなければならない。
霊夢が愛している八雲紫が決めたことである。
愛している人の言うことは守らなくてはならない。
「わかったわ。じゃ、その時までのお楽しみね」
「ええ、楽しみにしているわ」
紫は、霊夢に口づけをした。
しょっちゅう戯れでしてるのに、二人とも、まるで生娘になったような恥じらいを覚えた。
霊夢は、今までサボっていたリハビリを急にやる気になった。
紫が来たから、自分の元気振りをアピールしたくなったようだ。
「あ〜、散歩に行きたいわね」
「動けるの?」
「動かなくならないように、少し運動したいのよ」
霊夢は布団から出て、立ち上がった。
「わかったわ。付き合ってあげる」
「ん、ありがと」
霊夢は寝巻きからいつもの改造巫女服に着替えた。
最後にトレードマークのリボンに伸ばしかけた手が止まった。
霊夢の頭には包帯が巻かれている。
頭髪は、全て焼け落ちた。
ひょっとしたら、毛根が全て死滅しているかもしれない。
霊夢は見る見るうちに暗い表情になってきた。
紫はスキマから取り出したキャップを霊夢に渡した。
「これ、プレゼントよ」
「!! これって……」
「うふふ。私とおそろいよ。嫌?」
「……、ありがたく頂くわ」
霊夢は右手で紫のものと同型のキャップを受け取った。
サイズは霊夢に合わせてあり、ちょうちょ結びされたリボンが、
霊夢愛用の白い縁取りがされた赤いリボンと同じデザインになっていた。
早速かぶってみた。
「似合う?」
「素敵よ、霊夢。今すぐ押し倒したいぐらい」
「今は駄目よ」
「霊夢のいけず」
紫はさらにスキマからなにやら取り出した。
「プレゼント第二弾よ」
「杖ね」
「杖よ。私の日傘を作ってくれている職人に依頼して作ってもらった逸品よ」
「有難う。大事にするわね」
「あらぁ、杖は使ってナンボよ。使い倒して頂戴」
紫は霊夢の見舞いには行かなかったくせに、霊夢の容態は詳細に知っていた。
霊夢が歩くとき右足を引きずっているのを、紫は見逃したりはしなかった。
玄関から出た二人。
霊夢は、まだ杖に慣れていないのでよろける。
紫は慌てて霊夢を支えた。
霊夢は、ゆっくりゆっくりと歩き出した。
紫が側にいてくれるのなら、霊夢は何処までも歩いていけた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
霊夢の足は完治した。
頭髪も元通り生えてきて、霊夢は前より長めに髪を整えた。
しかし、霊夢は杖とキャップを使うのを止めなかった。
あの爆弾異変から数年が経った今では、
この二つはすっかり霊夢のトレードマークとなっていた。
火傷の跡は一生残るが、霊夢の美しさを損なうことは無かった。
何より、紫が気にしなかった。
紫が外界から連れてきた博麗の巫女の後継者は、修行も家事もそつなくこなした。
博麗に伝わる秘術を短期間で会得し、
霊夢が晩酌を要求すると直ぐに燗をつけてくれた。
師匠、少しお酒を控えてくださいと、お小言も付いたが。
彼女は私事では、守矢神社の早苗に懐いていた。
外界出身者同士、馬が合うのだろう。
霊夢は一抹の寂しさを覚えたが、決して霊夢のことを蔑ろにはしていなかった。
例えば、霊夢が血を吐いて気を失った時、彼女は霊夢を寝室に寝かせると、
永遠亭から永琳を拉致同然に連れてきた。
永琳の見立てでは、霊夢の身体は崩壊し始めているとのことだった。
霊夢の寿命が尽き始めていた。
それは、霊夢自身もうすうす解っていた事だった。
まだだ。
後継者に巫女の技術を全て伝えていない。
博麗の巫女を引退したら、紫のプロポーズを受けなければ。
霊夢は、体調が回復したその日から、後継者に猛特訓を行なった。
悪いけど、私のために早く博麗の巫女になって頂戴。
後継者は逃げ出そうとしたが、霊夢が蛇蝎の如く追いかけてきて連れ戻された。
それはそれは、血の滲む様な、などという生易しいものではなかった。
後継者が霊夢より早く落命しかねないものだった。
死線を彷徨うこと数度。
後継者は見事、博麗の秘術の免許皆伝となり、
その日のうちに霊夢は、博麗の巫女を引退することを幻想郷中に触れ回った。
霊夢の博麗の巫女引退及び、後継者の博麗の巫女襲名記念宴会が、
賑々しく博麗神社で執り行われた。
宴会がお開きになり、後継者は自室でグロッキー状態になっていた。
霊夢は身体を清め、自室の布団の上で正座をして待っていた。
紫が、霊夢にプロポーズしに来るのを、今か今かと待っていた。
べつに、紫は今日来るとは言っていない。
だが、霊夢は今日のような気がした。元・博麗の巫女の勘である。
ふと、紫は博麗の巫女で無くなった霊夢に興味を無くしてしまったのではないかという妄想に囚われた。
ぞっ。
そんなことは無い!!
紫に限ってそんなことは……、
そういえば、紫は後継者によくちょっかいを出していたことを思い出した。
かつての自分にしたように。
まさか、後継者に愛を囁いたりしてはいまいか。
どうしよう、どうしよう。
決して後継者の前では見せたことのない、見せられない、霊夢のうろたえっぷりであった。
「霊夢」
「ひゃ!!」
唐突に声を掛けられた霊夢は、素っ頓狂な悲鳴を上げた。
待ち人、八雲紫の御到着である。
「な、何の用?」
「ええ、新しい博麗の巫女についてだけれど」
「え、あ、そう……」
仕事の話だったことに、あからさまに落胆する霊夢。
くすくす。
「へ?」
「ほんっとうに、可愛いわね、霊夢。苛め甲斐があるわ〜」
霊夢は、ようやく、紫にからかわれた事に気が付いた。
「ゆっ、ゆっ、紫ぃ〜〜〜〜〜!!」
「落ち着いて、新しい巫女が起きてしまうわ」
慌てて自分の両手で自分の口を塞ぐ霊夢。
「はい、どうぞ」
紫は、霊夢の左手薬指に指輪を嵌めた。
「え!? これって……」
「待ったわよ〜。確か私のプロポーズ、受けてくれるのよね? もう一般人になったのだから」
霊夢は再び両手で自分の口元を押さえた。
「霊夢?」
霊夢の両目から涙が溢れてきた。
これは、嬉し涙である。
「霊夢……」
紫は霊夢をそっと抱きしめた。
霊夢も紫に抱きつき、涙を流しながら、愛しい人のぬくもりを感じていた。
妖怪の賢者、八雲紫と、
元・博麗の巫女、霊夢が、
晴れて夫婦となった瞬間であった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
某月吉日。
今日は紫と霊夢の結婚披露宴が、博麗神社で執り行われる。
博麗神社の境内は、何時にも増して、宴会の準備に余念が無い。
無数の酒樽や一升瓶。
西洋の色とりどりの美酒の数々。
紫が外界から取り寄せた山海の珍味。
気の早いものが勝手に飲み食いを始め、メートルを上げている。
紫は霊夢の控え室――霊夢の私室だ――に、いそいそと向かっていた。
花嫁を迎えに行くのである。
ちなみに、紫が花婿役で、霊夢が花嫁役である。
紫は豊満な体をタキシードに包み、ウェディングドレス姿の霊夢に期待していた。
紫は、花嫁控え室の襖をノックした。
「霊夢、いい?」
返事は無い。
「霊夢?」
紫は、そーっと、襖を開けた。
紫は息を飲んだ。
霊夢は、
紅白のウェディングドレスに身を包み、
椅子に腰掛けていた。
紫は、霊夢を美しいと思った。
紫の目から涙が溢れた。
霊夢が紫のタキシードと共に仕立てたウェディングドレスは、
純白の筈であった。
事切れた霊夢の口から溢れた鮮血は、なお、ドレスを鮮やかな赤に彩っていった。
紫の目から溢れた涙は、心を哀しみに彩っていった。
結婚披露宴は、急遽、霊夢の葬式となったが、
参加者が全員泣き上戸になった以外は、
いつもの宴会だった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
深夜。
八雲邸。
紫の寝室。
本来、霊夢と共に寝るために新調したダブルベッドで、
紫は独り寂しく眠っていた。
紫は不意に目を覚ました。
起き上がり、部屋を見渡すと、
霊夢が、いつもの巫女服を着て、
左手薬指に指輪を嵌めて、立っていた。
『ごめんね。死んじゃって』
「いいのよ。いいや、よくないけど」
『私だってよくないわよ。でも、もっと生きたいと思う間もなくポックリと逝っちゃったから』
「はぁ、そうなの……」
『で、小町の渡し舟に乗って、四季映姫に会って来たわ』
「そう。でも、ずいぶんと早いわね。あの世に行く前に会いに来てくれたの?」
『そのことなんだけれど……』
霊夢は紫にわざわざ会いに来た理由を話した。
「え? えええええぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?!?!?!?!?」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
霊夢の死去から一月後。
博麗神社。
本殿前から素敵な賽銭箱がどかされた。
続いて、本殿の格子戸が開け放たれた。
本殿の中は空であった。何でも、かつて悪霊が住み着いたことがあるとか。
本殿内は、事前に博麗の巫女の手によって掃除がされていた。
くぱぁ。
本殿前にスキマが開き、紫が人間サイズの梱包された像のようなものを携えて現れた。
紫と巫女の二人がかりで本殿内に荷物を運び込むと、梱包を解いた。
中からは、現在の博麗の巫女と同年代の頃の霊夢が現れた。
これは、現役巫女時代の霊夢を象った銅像である。
今日よりこの像が、博麗神社の御神体となる。
あの日、紫の前に現れた霊夢の霊は、
博麗神社の神をやることになったと告げた。
爆弾異変の活躍が、あの世のお偉いさんに認められたとか何とか。
たまげている紫の頬に軽くキスをすると、
博麗の巫女の元に同じ内容を伝えに行くといって、その姿を消した。
次の日、博麗神社を訪れた紫は、巫女から霊夢が夢枕に立ったことを聞いて、夢ではなかったことを認識した。
早速、紫は職人に手配をして、生前の霊夢に瓜二つの像を作ってもらった。
そして今日、出来上がった像を本殿に安置して、博麗神社には霊夢が祀られることとなった。
紫は、霊夢の像に話しかけた。
その場所は気に入った?
ここからならよく見えるでしょう?
貴方の好きな、
素敵な賽銭箱が。
霊夢の神昇格記念宴会が、博麗神社で執り行われることとなった。
最初は皆、半信半疑であったが、
守矢の二柱、八坂神奈子と洩矢諏訪子が境内に霊夢の気配がすると言った事から、
ようやく信じてもらえた。
信仰が集まり、長い年月が経てば、私達のように具現化できるかもよ。
こうも言った。
信仰か……。
博麗神社に最も縁遠いものである。
大体、無理やり信仰を集めたりすることを霊夢は嫌っていた。
博麗の巫女にそんなことをやらせたら、かつての守矢の風祝のような目に遭わされるかもしれない。
まあ、気長に待つことにしよう。
神社の縁側でお茶でも啜りながら。のんびりと。
――!!
不意に紫は辺りを見渡した。
周りでは、酔っ払い連中が奇声を上げているだけである。
でも、紫は確かに聞いた。
素敵な賽銭箱の中身を確認した時の、霊夢のため息を。
はあ……。
ゆかりん苛めをリクエストされたので書いてみましたが、こんな風になってしまいました。
2010年11月27日:この作品を読んでくださった方々に感謝とコメントのお返事を追加。
>1様
女同士であることなど、常識に囚われない幻想郷では取るに足らない問題です。
霊夢が具現化して、神社潰すような奴に天罰を下し、幾多の巫女の生死に慣れるのに何百年必要か…。
>2様
偶にはこんな話もいかが?
>3様
今回の話のメインは紫と霊夢ですから。
皆にそう言われていじける新巫女が、具現化した霊夢に鉄拳制裁を受けるシーンが脳裏をよぎりました。
「こんの、バカ弟子が〜〜〜〜〜!!」
>4様
現役の巫女がピンチの時に颯爽と現れ…るかな?
なんか、いつも通りに縁側でお茶を飲んでたり、素敵な賽銭箱をチェックしているだけのような気が…。
>5様
本当は、ミスを犯したゆかりんが幻想郷中から総スカンを食らうような話を考えていたんですけど…。
気付いたら、こんなんなっていました。
>6様
すいませんね。
私は、ドラマのシリアスなシーンで『焦点』という言葉が出ると、
脳内で『笑点』のテーマが再生されるような性質でして。
>7様
気付きましたか。
もう、私が書くパチュリーはむきゅむきゅ言い続けるのでしょうね。
>8様
私、SSに変なオチを付ける印象あります!?
>9様
その擬音、ツボにはまりましたね。
>10様
どうも。皆さん察してくださったようですね。
>11様
本当は、博麗神社にめでたい色した貧乏神が出没するオチにしようかとも思ったのですが、流石にアレなので自粛しました。
>12様
霊夢、漢(おんな)です!!
2010年12月4日:コメントの返事追加
>13様
いや〜、ゆかりんがそこまで思いつめなくて良かった。
いざとなれば、幽々子様や萃香が止めてくれるでしょう。たぶん。
NutsIn先任曹長
作品情報
作品集:
21
投稿日時:
2010/11/21 09:19:37
更新日時:
2010/12/04 22:43:23
分類
紫
霊夢
ユカレイ
幻想郷の各勢力
幻想郷の危機
新しい博麗の巫女
紫と霊夢の結婚
博麗神社の御神体
死んでからも神社として機能してない神社に縛り付けられるとかマジ悲惨。
今後何回神社壊れたり、巫女を看取るんだろうなー。
これからずっと(特に今までの異変で関わった相手)「霊夢の代わり」って言われ続けるんだろうか。
世界の救世主の信仰は嫌でも篤いだろうよ
これは苛めじゃないw
なんというゆかれいむww
……ちげえよ!目に鳥のフンが入っただけだって!
作者さんよ、1つ言わせてくれ
ZU〜〜〜〜〜N!!!!!
これどうにかならんかねw
ここまでシリアスに読んできたのに一気にギャグかと勘違いしてしまった
そして最後の涙なしでは読めないシーンの後の余韻に浸ってる時に
くぱぁ。
色々台無しだよ畜生www
いい作品だったよ
後、むきゅー可愛いです
しかしこれはいいオチだな。幻想郷の皆の結婚葬式宴会での反応もほんの一文なのにすごく好きだ
そんなことはなかったぜ
くぱぁ。www
いやぁ
巧いこと言うねぇ…。
でも面白かった
霊夢が死んだのは外の人間のせいだ、って逆恨みするんじゃないかと。