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『泣いた赤鬼巫女』 作者: NutsIn先任曹長
朝。
博麗神社。
今日も、楽園の素敵な巫女、博麗霊夢の一日が始まる。
季節は晩秋、いや初冬といっても良い。
霊夢は温い布団に留まりたい甘美な誘惑を打ち破り、上体を起こした。
「ん、ん〜〜〜〜〜んっ」
霊夢は伸びをして、体中に血液が循環していくのを感じた。
もそもそと布団から出て、手早く布団を押入れに仕舞っていると、
背後に現れたスキマから妖怪の賢者、八雲紫が現れた。
「おはよう、霊夢」
「おはよう、紫。今日は早いわね」
「今日は『会社』で会議があるのよ」
紫はいつものドレスでも導師服でもなく、洗練されたスーツを着ていた。
こういった格好をすると、いつもの胡散臭さは影を潜め、凄腕の会社経営者に見える。
実際そうなのだが。
一流企業である株式会社ボーダー商事のCEO(最高経営責任者)。
それが外界での紫の肩書きである。
「ったく、冬眠前の眠たい時分に早朝に会議をセッティグするとは……」
「優秀な社員に恵まれて良かったわね」
「ん〜、霊夢のいけずぅ」
そういって霊夢に口付けをしようとする紫であったが、
「ふわあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ぁ」
霊夢が大欠伸をかましたため、断念せざるを得なかった。
霊夢の両目に涙が浮かぶ。
紫はポケットからハンカチを取り出したが、
ごしごし。
霊夢が寝巻きの袖で目元を拭ったため、これまた断念した。
紫はポケットにハンカチを戻すと、居間に腰を下ろし、
霊夢の身支度と朝食を経済新聞を読みながら待つことにした。
博麗霊夢は、博麗大結界の維持管理を行い、幻想郷に対する重大な侵犯行為
――通称『異変』――の武力鎮圧を行なう巫女である。
八雲紫は、幻想郷創設の立役者であり、もう一つの結界の維持管理及び、
幻想郷内外の異常事態に対する対策を龍神に任ぜられた妖怪の賢者である。
霊夢と紫の関係は、緩やかな部下と上司のそれであり、
現在は婚約関係にある。
このことは、彼女達に近しい人妖にしか知らせていない。
二人の左手薬指を見れば、シンプルであるが、同じデザインの指輪を確認できる。
紫は霊夢の側に現れてはセクハラまがいの愛情表現をするが、
霊夢は苦笑を浮かべ、紫の好きにさせていた。
度が過ぎるようであれば、護符と退魔針を雨あられと浴びせかけるが。
現在、紫は冬眠前の仕事が山積みであり、
霊夢の方も冬眠前の下等妖怪の退治で久々に忙しい日々を送っている。
おかげで、結婚式は紫が冬眠から覚めた春に行なうことになった。
忙しい二人は僅かに時間の融通が利く朝、朝食を共にするようにしている。
「明日は休みが取れたから、今日はここに泊まるわね」
「あら、良いわね。夕飯はどうする?」
「ん〜、多分、飲んでくるから要らないわ」
「そう……、じゃ、お土産、楽しみにしてるわね」
「任せて」
霊夢との会話と朝食を済ませた紫は、いってらっしゃいのチューを頂戴しようと霊夢に顔を近づけたが、
「いいの? 時間」
その一言で腕時計を見、
「え……、わー!! 遅刻遅刻!!」
出勤予定時間を大幅に過ぎていることに気がついた。
少しのんびりし過ぎたようだ。
いつもなら、紫の忠実な式神であり、外界では秘書を務める藍がスケジュールを管理しているのだが、
いつも紫のために働いてくれる彼女へのご褒美として、無理やり休みを取らせたのだった。
で、その結果がこの体たらくである。藍が見たら、休みを返上しかねない。
霊夢とキスをした後、玄関から悠々出勤する予定であったが、
紫は急遽その場に会社の会長室に直結したスキマを開いて、その中にダイブした。
「いってらっしゃい」
霊夢は愛しい人の醜態を苦笑と共に眺めた後、
洗い物をするために、食器類を台所に運ぶのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
午前。
博麗神社の境内の掃除を終え、霊夢は素敵な賽銭箱のチェックをしていた。
相変わらず空だ。
ため息を一つ。
今日は久々に妖怪退治の依頼は来ていない。
霊夢はお茶を飲もうと思い、居住部に移動しようとした。
「ごきげんよう、博麗の」
霊夢に声を掛けたのは、
傾国の姫君と呼ばれた程の美貌と、
高位の霊獣の証である九尾を持ち、
妖怪の賢者、八雲紫の名代である、
式神の八雲藍であった。
「あら、何の用?」
「つれないな、博麗の。お前の良人の式神にもう少し愛想の良い挨拶をしても良いのではないか?」
「今日は紫と一緒に……、ああ、今日はあんたは非番だったわね」
「ああ、お前と付き合い始めてからだ。紫様が式神風情にも慈悲を見せるようになったのは」
「そうなの? あんたの働きをちゃんと見ていたからじゃないの?
紫、ああ見えてもあんた等のこと、ちゃんと見てるわよ」
「そうか? ふふ、お前の何百倍もの年月、紫様に仕えている私よりも、
妻であるお前のほうが紫様のことを解っているようだな」
「相互理解のために、素敵な賽銭箱によろしくしても良いんじゃない?」
霊夢は、素敵な賽銭箱にもたれかかり、それをバンバン叩いた。
「これは失礼した」
藍は袖に手を入れ、つかみ出したものを賽銭箱に放った。
べちゃ。
明らかに貨幣が投じられたものではない音が発せられた。
「!?」
「!! それは……、私のお稲荷さんだ〜〜〜〜〜!!」
慌てて素敵な賽銭箱に駆け寄った藍は、
誤って投げ込んだ稲荷寿司を回収して、口に頬張った。
「あ……、あぁ……」
霊夢は、商売道具を油と出し汁で汚された事に声も出ない。
「え、え〜と、霊夢、それでは、私は橙を迎えに来たので、これで」
藍は慌てて神社の裏手に走っていった。
「ちょ、ちょっと!! 待ちなさい!!」
我に返った霊夢も慌てて後を追った。
「まったく……、どこいったのよ……」
悪さをした天狐を追ってきた霊夢はリンゴの木の下で辺りを見渡した。
右を見た。
左を見た。
異常無し。
バキッ!!
上っ!!
折れた木の枝。
降って来た二つ尻尾。
「ちぇええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんんんんん!!!!!」
探していた九尾。
藍に突き飛ばされた霊夢は仰向けに転倒し、さらに降って来た橙を腹で受け止めることとなった。
どすっ!!
「うげっ!!」
悶絶する霊夢には目もくれず、藍は橙に声を掛けた。
「大丈夫か、橙?」
「ら、藍しゃま〜!! 怖かった〜!!」
「よしよし、もう大丈夫だ」
藍と橙は中睦まじく、手を繋いでその場を去っていった。
しばらく呻いていた霊夢はよろよろと起き上がり、
「……なんなのよ、もう」
ひとりごちた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
正午前。
人間の里。
買出し兼昼食のために人里にやって来た霊夢は、
いきなり、自警団に逮捕された。
「いい加減に吐いたらどうだ!!」
「だから、やってないって言ってるでしょ!!」
「その派手な紅白の装束を見たって言う目撃者の証言もあるんだよ!!
博麗の巫女だからって、何をやっても許されると思うなよ!!」
「だ〜か〜ら〜、野菜泥棒なんてしていないわよ!!」
「黙れ!! 妖怪とつるんだ鬼巫女の言うことなんざ、誰が信用するか!!」
自警団詰め所の取調室。
霊夢は女性警察官から苛烈な取調べ――尋問と言い換えても良い――を受けていた。
自警団員でありながら警察官を自称するこの女は、霊夢の言葉に耳を貸そうとしない。
この『警察官』は、普段は『潜入捜査』と称してどこぞのお姫様と見間違うような着物を纏っているが、
今回は、能力者をも屠れる38口径の回転式拳銃をぶら下げた外界の女性制服警官のなりをしている。
異変解決や妖怪退治で、悪意を持ったものは鬼巫女と影口を叩くほどの武勇を誇る霊夢を威圧するためだろう。
頑なに否認を続ける霊夢は留置所に放り込まれることとなった。
「念願の巫女がコレクションに加わった……。うひひ」
警察官のこの剣呑な呟きを、霊夢は聞かなかったことにした。
「早く白状して楽になりな。旦那も泣くぞ」
霊夢がはめた婚約指輪を目敏く見つけた警察官のこの発言も無視した。
「これから天狗の記者を呼んで記者会見を開かなくちゃならんから着替えんとな。
着付けに時間が掛かるんだよ、あの着物」
これは、ああそうだろうな、と内心で思った。
「後でカツ丼を差し入れてやるからな、楽しみにしていな」
これは少し心を動かされた。
いけ好かない警察官が去った後、霊夢は牢屋の片隅で体育座りをしてじっとすることにした。
御札と退魔針は没収されたが、霊夢の能力ならば檻も石壁も紙同然である。
だが、揉め事を起こすことは得策ではないと判断して、大人しくすることにしたのだった。
直ぐに自分の無実は証明されるだろう。
霊夢が釈放されたのは、それから五時間後のことであった。
霊夢の無実は、霊夢がブタバコに放り込まれた数分後には判っていた。
目撃者でもある被害にあった畑の所有者が、赤いちゃんちゃんこを着た還暦を迎えた祖父を誤認したとのことで
被害届を取り下げたのだ。
さらに、やって来たブンヤの射命丸文から霊夢の婚約者が幻想郷の管理人である八雲紫であると聞かされた。
「あややや、これは不味いですね〜。こんなことを報道した途端、潰されますよ。いろんな意味で」
青くなった女性警察官達。
「貴方達のヘマは記事にしませんから。いつものことですからね〜。全然面白くないんですよ」
面白くないのは記事のことか今回の事態のことか知らないが、
文は侮蔑を含んだ社交辞令の笑みを浮かべて帰っていった。
幻想郷の重要人物を冤罪で拘束した。
最早、これは警察官一人の失態では済まされなくなった。
自警団の幹部達は人里の有力者も呼んで、この度の不祥事について協議した。
数時間の会議の末、人里の知識人である上白沢慧音にとりなしてもらう事となった。
慧音は寺子屋で授業中だったので、それからさらに授業が終わるまでの数時間、自警団連中は無為な時間を過ごした。
寺子屋。
霊夢は無表情で慧音の弁明を聞いていた。
「その、な、霊夢。彼らにも悪気があったわけではないんだ。だから、な……」
身柄を拘束されていた霊夢は牢から出され、荷物を返されると有無を言わさず寺子屋へ連行された。
霊夢を慧音に引き渡すと、彼女を引っ立ててきた自警団員達は早々に帰っていった。
慧音は霊夢を空き教室に連れて行き、しどろもどろの釈明をしたのだった。
慧音は授業が終わって、寺子屋の外で待っていた自警団員から説明を聞いて、事の重大さを始めて知ったのだ。
これは授業中の慧音にアポを取った時に言うべき重要事項だった。
慧音に自警団の尻拭いをする義理は無い。
ある意味、厄介事を押し付けられた彼女も被害者だ。
あの警察官の暴走は今に始まったことではない。
自警団の妖怪や親妖怪派の人間に対する強硬な扱いも同様である。
人間と妖怪のハーフである慧音は、日々双方の対立を防ぐために奔走していた。
最近は命蓮寺のおかげで慧音の労力は減ってきてはいるが、
命蓮寺を妖怪の巣窟と見ている自警団は、厄介事を相変わらず慧音に押し付けていた。
霊夢は、なおも言い募ろうとする慧音を静止して、帰り支度を始めた。
「今回の一件は、本当にすまない」
「もういいわよ。気にしてないから」
本当ははらわたが煮えくり返る思いであったが、
霊夢は自警団に代わって真摯に謝罪する慧音の顔を立てて、この件は終わりにすることにした。
買い物をする気分じゃなくなったのでもう帰ることにした。
寺子屋を出て帰路に着く霊夢に向かって、慧音は何時までも頭を下げていた。
しばらく歩いて、霊夢は重大なことに気が付いた。
「あ、カツ丼、食べ損ねた」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
夕方。
人里の外れ。
神社に向かい、のんびり歩いている霊夢の耳に、ヘンテコな鼻歌が聞こえてきた。
む〜きゅむきゅむきゅむきゅむきゅ〜。
こ〜あこあこあこあこあ〜。
パチュリー・ノーレッジと小悪魔であった。
二人とも大量の本を抱えている。
「珍しいわね。あんたが大荷物持って出歩くなんて」
「むきゅ? その声は霊夢ね。ねえ、聞いてよ」
パチュリーは自分が持っていた本を小悪魔に押し付けると、
嬉しそうに語りだした。
今日、パチュリーと小悪魔は魔理沙の家に奪われた――魔理沙曰く、死ぬまで借りた――本を
奪還しに行ったそうである。
だが、魔理沙は不在だったので、玄関に掛けられた鍵と盗人の癖に厳重な防犯用の術を破って家に入り、
うずたかく積まれた紅魔館地下図書館の蔵書を発見、全て回収したとのことであった。
「それでご機嫌でこの大荷物を抱えてるって訳ね」
「そうよ、もうあきらめかけた希少本の数々。ようやく取り戻せた……」
「パチュリー様……、私……、もう……、駄目……」
自分の積載容量を遥かに超えた大量の分厚い本に押しつぶされそうな小悪魔が、か細い声を上げた。
「むきゅ? ごめんなさい、今本を……!? げほっ!!」
パチュリーが突然、吐血した。
嬉しさのあまりハイになっていた為に自覚は無かったが、日陰少女パチュリーの体力は、
重量物を抱えての徒歩移動でとっくに尽きていた。
パチュリーが吐き出した大量の血で霊夢は彩られた。
「こ、こあ〜〜〜〜〜!! パチュリー様〜〜〜〜〜!!」
小悪魔は本を放り出し、倒れそうになったパチュリーを抱きかかえた。
「大丈夫ですか!? パチュリー様!!」
「むきゅ……、有難う。いつもすまないわね」
「それは言わない約束ですよ。急いで帰りましょう」
二人はどこかで見たような寸劇を繰り広げた後、
小悪魔はパチュリーをお姫様抱っこして、猛スピードで紅魔館に飛んでいった。
「……どうすんのよ。これ」
霊夢は、路上に放置された大量の本を呆然と見ていたが、
ため息を一つ吐いた後、黙々と拾い上げ、紅魔館に向け歩き出した。
日が暮れかかった頃、ようやく霊夢は紅魔館に辿り着いた。
体力には自信があったが、流石に疲労困憊で汗だくになった。
「誰だっ!! 本の押し売りかっ!?」
珍しく仕事をしている門番の美鈴が誰何した。
「私よ。霊夢よ。ちょっとこれ、受け取ってくれない?」
「霊夢さんでしたか。ちょっと失礼」
美鈴はひょいと膨大な量の本を軽々と抱え上げると、傍らに置いた。
置いた時、ドスンと音がした。
「!! 霊夢さん!! どうしたんですか!?」
明らかになった霊夢の血塗れのなりをみて美鈴が驚いた。
「ああ、これ? パチュリーが血を吐いて私に掛かったのよ」
「そうでしたか。パチュリー様なら夕刻に小悪魔に抱えられてお戻りになりましたから」
「大丈夫? パチュリー」
「ええ、いつものことですから」
他人に血を吐きかける事例はそれほど多くはありませんが、と美鈴は付け加えた。
「それじゃ、私帰るから」
「あら、霊夢じゃない?」
そこに閉じた日傘を手にしたレミリアがやって来た。
霊夢はレミリアにここに来た経緯をかいつまんで話した。
「ああ、それでパチェは幸せそうな顔をして気絶していた訳ね」
レミリアは門の傍らに積まれた魔道書を一瞥して納得した。
「ねぇ、良かったら家で晩御飯食べていきなさいよ。紫、今日も帰りは遅いんでしょ?」
魅力的な提案ではあったが、
「ごめん。今日は帰るわ」
今日は早々に休みたいので断ることにした。
「えぇ〜? いいでしょ〜?」
レミリアはパチュリーの血で染まった霊夢の袖を掴み、上目遣いで見つめた。
「いいでしょいいでしょねえねえねえ〜〜〜〜〜?」
目を潤ませながら、腰を官能的にくねらせる仕草。
こんなレミリアを咲夜が見たら……。
ぶしゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!
何時の間にかレミリアの傍らにいた、
紅魔館の瀟洒なメイド長にして、レミリアお嬢様LOVEな十六夜咲夜は、
両の鼻から大量の鼻血を噴射して卒倒した。
霊夢は放物線を描いて降って来た鼻血のシャワーを頭から浴びることになった。
「……帰るわね」
「ごめん!! 霊夢、本当にごめん!!」
レミリアは今度は引き止めなかった。
ぶっ倒れた咲夜を前に慌てふためくレミリアと美鈴の声を聞きながら、
血塗れ霊夢は今度こそ博麗神社に帰るために飛び立った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
夜。
博麗神社。
風呂を沸かす手間を惜しみ、すっかり寒くなった中、
霊夢は井戸端で身体と巫女服を洗い、換えの服に着替えた。
今日は買い物が出来なかったので、有り合わせの材料で夕飯を作らないといけないな。
などと考えていたら、魔法の森の人形遣い、アリス・マーガトロイドが駆け込んできた。
「霊夢!! 大変よ!!」
「どうしたの? 今日は遅いからお賽銭は手渡しでもかまわないわよ」
「魔理沙が、魔理沙が……!!」
「!? 魔理沙がどうしたの!?」
「魔理沙がいなくなったの!!」
「……ほんと?」
尋常じゃないアリスの慌てように、霊夢は事実確認をした。
「本当よ!! 魔理沙の家に行ったらドアが破られているし……」
「ああ、それ、パチュリーよ。魔理沙が『借りていった』本を勝手に返してもらったんだって」
「そうなの……。でも、それでも、帰りが遅くない?」
「私が本を抱えたパチュリー達と遭ったのは夕方だったから、それより前から留守のようね……」
「私が魔理沙の家に行ったのは十分ほど前よ。で、家が荒らされていたから急いで貴方のところへ駆けつけたの」
「魔理沙の家の中が荒らされたように見えるのは元からよ。大方、珍しいキノコでも採るのに夢中なんじゃない?」
「だといいんだけれど……」
アリスはすっかり不安に憑かれたようだ。
霊夢はアリスの気持ちが解らない訳ではない。
愛しい人にもしものことがあったらと思うだけで、じっとしていられなくなる。
霊夢の良人にそんなことがあったら、幻想郷はただでは済まないが。
霊夢は本日何回目かのため息を吐いた。
「じゃあ、探しに行きましょう」
そういうと、アリスの顔が明るくなった。
「たしか、魔理沙は妖怪の山に出かけるって言っていたわ」
アリスは、魔理沙と朝食を摂っていた時の会話を思い出した。
霊夢とアリスは妖怪の山に向かった。
途中で哨戒任務中の犬走椛に出会い、魔理沙を見なかったか尋ねると、九天の滝の側で見かけたとの情報が得られた。
早速滝に向かい、魔理沙を探した。
すっかり日が暮れたが、アリスが魔法で生み出した明かりのおかげで見通しが悪くなることは無かった。
早々に手がかりが得られた。
滝つぼに、
魔理沙の帽子が浮いていた。
アリスに明かりの強度を上げてもらい、
霊夢は滝つぼに飛び込んだ。
身を切るような冷水に気力と体力がみるみる削られていき、
霊夢は限界を迎えたが、結局、魔理沙は見つからなかった。
霊夢の服と体を魔法で乾かし、体力回復の霊薬を飲ませると、
アリスは霊夢に代わって滝つぼに飛び込もうとした。
霊夢はそれを押しとどめ、人里に向かうことを提案した。
人探しにうってつけの者がいることを思い出したのだ。
霊夢とアリスは命蓮寺を訪れた。
夕食の準備中らしく、霊夢のすきっ腹に響くような香りが漂ってきた。
応対に、丁度目当ての人物が出てきた。
「ナズーリン、夕餉時に申し訳ないけれど、探し物を手伝ってくれない?」
「かまわないが、一体何を探せばいいのかな?」
「魔理沙よ」
「魔理沙? その必要は無いと思うが」
言い方が悪かったと思い、言い直した。
「魔理沙は確かに手癖は悪いし女垂らしだけど、彼女を待っている人がいるのよ。
お願い、手を貸して」
霊夢はナズーリンに深々と頭を下げた。
アリスも同様に頭を下げた。
「…………ぷっ」
「?」
霊夢とアリスが頭を上げると、
ナズーリンは身体を震わせ、笑いをこらえていた。
「くっくっくっ、いや、失敬失敬。魔理沙の評価は実に的を射たものだよ。でもね……」
ナズーリンは、二人にあがるように手招きをして、
「そういうことは魔理沙本人に言ったらどうだい?」
案内された座敷には、命蓮寺の面々――多々良小傘もいる――と共に鍋を囲む魔理沙がいた。
「あれ〜? 霊夢とアリスじゃん? どうしたんだ、二人もお相伴に預かりに来たのか?
あ、それ、私の帽子!! いや〜、滝に落っことして困ってたんだよ。
なんだ、届けにきてくれたのか? あれ、アリス、何泣いてんだ?
お、おい、いきなり抱きつくなよ!! いや〜、モテる女は辛いぜ!!」
霊夢は、周りの皆に冷やかされる魔理沙と、
魔理沙に抱きついて泣きじゃくるアリスをその場に残し、
静かに立ち去った。
紫に会いたい。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
すっかり夜も更けた。
霊夢は居間で何をするでもなく、ただ座っていた。
夕食を作る気力も無く、ただぼんやりとしていた。
今日は散々な目に遭った。
胸の奥に、なにやらもやもやとした物が澱のように溜まっていくのを感じた。
霊夢はどうすれば良いか分からなかった。
日付が変わった。
ガラガラ。
玄関の引き戸が開く音がした。
ガラガラ。ピシャ。
続いて、閉まる音。
どたっどた。
どことなくふらついた様な足音が近づいてくる。
しゃーっ。
襖が開いて、
「たらいま〜。れいむ〜、ダーリンのお帰りよ〜ん」
酔っ払った紫が帰ってきた。
霊夢は、
紫の姿を見るなり、
胸のもやもやを取り除く手段を本能的に理解した。
霊夢は紫に抱きつき、
「う、うう、うぅぅぅ……、うえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!!!」
恥も外聞も無く、
号泣した。
「ぐすっ、ぐすっ……」
ようやく落ち着いた霊夢と一発で酔いが醒めた紫は、ちゃぶ台を挟んで座っている。
ちゃぶ台の上には、紫が淹れたお茶が注がれた湯のみが二つと、
典型的な『酔っ払いのお土産』の体裁をとっている寿司の折り詰めが置かれている。
「霊夢、何があったか言ってごらんなさい。スッキリするわよ」
霊夢は、最早昨日となった一日の出来事をぽつりぽつりと話し出した。
「…………そう、そんなことがあったのね」
「うん。もう嫌んなっちゃうわ」
語り終え、紫の言ったとおりスッキリとした表情の霊夢はいつもの調子を取り戻したようだ。
「偉いわ。霊夢」
「紫……?」
「以前の貴方なら、そんなに自制できたかしら?
藍と橙をぶちのめしたり、
自警団を壊滅させたり、
路上の本を捨て置いたり、
アリスを門前払いしたり、
そういうことをしたんじゃなくて?」
「……もうしないわよ。そんなこと」
「あら、何故? 博麗の巫女ならその程度、お咎め無しよ」
「だって……、紫に……、嫌われたくないから……。迷惑掛けたくないから……」
霊夢は手にしたハンカチを握り締めた。
このハンカチは、朝、紫が霊夢の涙を拭こうとした物である。
泣きじゃくった霊夢の涙を拭いたそれは、朝と変わらず未使用状態であった。
普通に使うハンカチは別に持っている。
このハンカチは、愛しい人の涙を拭うためだけの、紫の取って置きだった。
今回初めて、その用途に使用されることとなった。
別に紫が涙フェチだとか、霊夢を泣かすために今回の出来事を起こしたというわけでは、断じて無い。
ただ、ほんの少し、まじないが掛けてある。
「素敵な私のお嫁さん、霊夢。実は、このハンカチには魔法が掛かっているのよ」
「魔法?」
「そう。このハンカチが涙を吸うと、その分だけ泣いた人を幸せにする魔法」
霊夢は、濡れ雑巾と化したハンカチをまじまじと見た。
「これで、霊夢にはたくさんの幸せが訪れるわね」
「……もう来てるわ」
霊夢は紫の隣に座ると、
顔を赤くして頭を紫に凭れかけた。
「……私にも、幸運の女神が来たみたい」
紫の顔も真っ赤になった。
紫は霊夢の肩に両手を置いて向かい合った。
目を閉じる霊夢。
紫は、そっと唇を霊夢のそれに近づけ……、
ぐ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!
「ぷっ!!」
思わず噴出してしまった。
幸い、霊夢の顔に唾は掛からなかった。
霊夢の顔が一層赤くなった。
「ご、ごめんなさい……。朝から何も食べてなくて……」
霊夢は、お茶で喉を潤しながら、お土産の寿司を食べた。
十数時間ぶりのお茶と食事は美味しく感じた。
紫が微笑みながら見ているとなおさらだ。
ほろり。
「あら、まだ悲しいの?」
「ううん。山葵がツンときただけよ」
そう言って、霊夢はその涙を幸福のハンカチに染み込ませた。
鬼巫女の目にも涙。
いや、
もう鬼巫女は卒業だ。
そのことは、あの日の行動を見ていた人々が一番理解しているだろう。
今回はアメリカのコメディ映画にあるような、主人公が散々な目に遭い、最後に幸せになるようなお話を書いてみました。
誤字修正:的は得るものではなく、射るものですね。
2010年12月18日:皆様のコメントへの返答追加
>1様
誤字報告、有難うございます。
私の書くユカレイを好いていただき、これも有難うございます。
たまには死に別れにならない作品も…ね。
>ヨーグルト様
感動、または言葉に出来ない温もりといったようなものを感じていただき、光栄です。
>3様
ちゃんとユカレイしていましたか。良かった。
今回は霊夢に足りない忍耐とか慈悲の心とかを、恋によって成長して得たことを書いてみました。
>4様
心がほっこりしていただけましたか。
>5様
そういっていただけて光栄です。
>6様
もうすぐ終わる。そう、ぱちゅこあのなく頃に。
>王子様
王子様の創作意欲を刺激できて良かった。
早速、王子様の力作、読ませていただきました。
にとりへの愛を感じましたよ。
>イル・プリンチベ様
パチュリーは病弱だけど、絶対に死なないイメージがあります。
ゆかりんとラブラブになった霊夢は精神的に成長したでござるの巻。
>9様
私が書いたその両方、お気に召したようで。
>10様
今回の作品をそのまま表しました。
>Sako様
私がFu○kを描写しようとすると、どうにも陳腐な陵辱物になってしまうようで。今回は寸止めにしてみました。
幻想郷の女性は、男性と女性の両方の性質を兼ね備えていますから、文字通りのバイプレーヤーですね。
2010年12月23日:更なるコメントに感謝を。
>12様
有難うございます。これからも私の甘チャンなお話をご愛顧ください。
NutsIn先任曹長
作品情報
作品集:
22
投稿日時:
2010/12/12 08:57:28
更新日時:
2010/12/23 20:31:27
分類
霊夢
紫
ユカレイだけど紫が登場するのは最初と最後だけ
式神達
自警団の警察官
紅魔館の面々
アリス
魔理沙
命蓮寺の面々
霊夢の不運な一日
的を射た○
俺はあんたが書くユカレイが大好きだ
なんか、絶対にどこか悲しいんだ
でもそれ以上に暖かくなるんだ
本当に暖かいんだ
愛情とか友情とか、そういうのが合わさってか、それとも超越してなのかは分からない
だけど読んでればほんわかするんだ
妖怪も人間も、おんなじ、心を持ったものなんだな、って痛感するんだ
今回は2人で幸せになれて良かったね
…どうでも良いことだが藍の口調が、雨の日無能な大佐に見えてしょうがない
紫が帰ってきて、そのときはいい感動が………いや、あれ、ああ、え、感動が………はい、温もりが………よかったです。
謙遜必要なし、ちゃんとゆかれいしてたぜ
そしてなるほど、言われてみれば確かに霊夢変わったな
他はともかく誤逮捕には暴れそうだし、普通なら
こ〜あこあこあこあこあ〜。
「セミ」かお前らは!!
僕も近々あげるとしよう
どんどん良作をうみだすね、ほんとに
良い意味で脱帽。
霊夢の言動が大人すぎでござる。
ユカレイも良いものだ
紫が仕事に行ってるんで旦那のイメージでしたが、ナルホド。後書きまで読んでみれば霊夢のイメージはメリケンのホームドラマでペットの犬とか赤ん坊に愚痴る父親のそれ。たまにはこういう話もいいですねぇ。
あなたのSSに出てくるキャラは
みんな好きです。