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『クリスマスの短期バイト』 作者: sako

クリスマスの短期バイト

作品集: 22 投稿日時: 2010/12/24 09:53:43 更新日時: 2010/12/24 18:53:43
 ダンッ!

「………」

 ダンッ!

「……?」

 ダンッ!!

「な、に…?」

 鍵山雛は一定間隔で刻まれる重苦しい打撃音で目を覚ました。けれど、覚醒はまだ半分ほど。わかるのは室内の薄暗さと寒気、それと異様な体の気だるさだけだ。

「ここは…」

 徐々に光を捉え始める瞳にやっと自分が今いる場所が写しだされていく。無骨な黒い煉瓦の壁。錆びついた鉄の窯や鋸、火かき棒。明暗を繰り返す裸電球の薄明かり。血と黴の退廃した臭い。そうして…

「………ッ!?」

 その時雛は自分が悲鳴を挙げなかったことを心底感謝した。
 今自分がいる見慣れぬ部屋の壁際、大きな作業台を前に一人、何者かが立っていたのだ。一応、女性と思わしきシルエットのその人物の手にはこの薄闇の中、禍々しく輝く肉切り包丁が一振り握られていた。作業台の上には雌鳥が一匹、謎の人物の手によって押さえつけられている。苦しいのか作業台の上で雌鳥は暴れ耳に五月蝿い金切り声を上げていた。
 その首めがけ頭上まで掲げていた肉切り包丁を振り下ろす謎の人物。ぐぇっ、と不気味な断末魔をあげ、雌鳥の首がスッぱ飛ぶ。作業台の上をコロコロと転がっていった雌鳥の生首はそのまま台脇のゴミ箱替わりの籠の中へ落ち込んでいった。見ればそこには幾つもの雌鳥の生首が入れられている。

 そうして、謎の人物は今しがた首を落として殺した雌鳥の足を掴むと逆さまにし、天上からぶら下げられているハンガーに引っ掛けて吊るした。そこには籠に入れられていた首の持ち主たちだろう、既に何羽もの雌鳥が逆さまにつられ、血糊を床に向けてポタポタと滴らせていた。醜悪なシャワーの様だった。

「………」

 謎の人物が雌鳥を吊るすとき、雛はその顔を一瞬、垣間見た。見てまた悲鳴を挙げなかったことを感謝した。謎の人物の頭は分厚いゴムで出来たマスクで覆われていたのだ。口の部分には寸胴の様な円柱が一つ付けられていた。ガスマスクという奴だろう。あの謎の人物…いや、怪人はガスマスクをつけて鶏を捌いているのだ。それに…同じく一瞬見えた怪人が身につけていた分厚いエプロン。一体アレはなんで出来ているのだろうか。動物の革を鞣して作られたものだとは思うのだがあんな肌色をした革製品をついぞ雛は見たことがなかった。それにあのエプロン…出鱈目に布切れをつなぎあわせたようなデザインのあのエプロンの左下部分に見えた並行する二つの小さな穴とその下にある大きな穴、三つの穴のだいたい中央に盛り上がっていた突起は一体…人の、ああ、考えたくはないが人の顔を想わせる形をしていたが…

 雛が恐怖に震えている間にも怪人は機械的に雌鳥を捌いていた。ダン、ダン、ダン。雛を眠りの淵から呼び覚ましたのはこの音だったのだ。
 一体、あの怪人は何者なのか。自分はどうしてこんなところにいるのか。あいつは何故、雌鳥を捌いているのか。疑問は募るばかりだったが、それを確かめている場合ではなかった。雛は身の危険を感じ、逃げ出そうとする。幸い、怪人は雛が目を覚ました事に気がついていないようだった。今ならもしかすれば…と、雛は体を動かそうとして怪人が自分の方に注意を払っていなかったその理由、そして自分が逃げられないことを悟った。

「嘘…っ」

 雛は椅子に座っていた。いや、それだけではなく両手は後ろに、背もたれの部分に縛り付けられそして両足もまた一纏めになるよう縛り付けられていたのだ。見れば足は何故か薄汚く凹んだ金属製の桶に突っ込まれている。桶には水が貼られ、雛は頭から水をかけられている状態だった。凍える寒さはこの為だった。こらえていても歯の根が合わずカチカチと奥歯が打ち鳴らされる。
 身の危険と恐怖が加速度的に増す。自分は恐らくあの怪人に捉えられこうして拘束されているのだと思い知った。

「あ、ああああ…」

 打ち震える雛。その間にもダン、ダン、と怪人は鶏を捌いている。
 と、

―――!

 首を切り落とし血抜きをするためにハンガーに引っ掛けようとした鶏が怪人の手の中で不意に暴れだし、その拘束から逃れたのだ。床の上に落ちた首ナシ鶏は仲間の血糊まみれになりながらも立ち上がると二本の足で頭があったとき同様、トテトテと走り始めた。まっすぐ。椅子に縛り付けられている雛の方へ。そして、鶏は当然か。頭がないせいで雛の足元の桶の存在に気がつかず、そこへ無様にも正面から衝突した。淵を乗り越え、桶に貯められた水の中へ落ちる鶏。バサバサと飛ぶには短い翼をはためかせ、羽毛と水、それに己の血をまき散らして暴れる。

「ちょ…あっちに…」

 桶に足を突っ込んでいる雛は何とか鶏を蹴り出そうとするが拘束されていてはそれも叶わない。鶏が跳ねた飛沫に体を更に濡らされる。

「―――」

 そこへ無言のままあの怪人がやってきた。

「ひっ…!」

 その存在に気が付き、顔を上げ、短い悲鳴を漏らす雛。怪人の顔色はゴムマスクに遮られ全く伺えなかったがたしかに雛は怪人の何の感情もこもっていないくすんだルーペの様な瞳と目があった。

「嫌っ!! 嫌っ!! こないで! こないでくださいッ!!」

 悲鳴を上げ拘束されたままでも暴れる雛。恐怖のあまりその顔はひきつり、涙さえ流し始めている。その雛の反応を見ているのか無視しているのか、怪人は体を折り曲げると血糊と脂で汚れたゴム手袋に包まれた手で無造作に首ナシ鶏を掴み上げた。そうして、そのまま…ぎゅ、っと両手で鶏の体を握り締め、絶命させてやった。その無慈悲な行いに今度こそ雛は発狂しそうな恐怖を覚える。

「イヤーッ、イヤ、イヤああああっ! こ、殺、殺さないでいやっ! いやっ!!」

 泣き叫ぶ雛。その顔に怪人の手が伸びる。顔の下半分を鷲掴みにされ口を押さえつけられる。

「フーッ、フーッ、フーッ!!?」

 口を抑えられたことにより鼻でしか息ができなくなり、激しい呼吸を繰り返す雛。備考に鶏の血の生々しい臭いが届く。

「………」

 その雛の顔をマスクの怪人は覗き込むと、絶命した鶏をもった手を自分の口元へ持って行き、人差し指を一本立てるジェスチャーをしてきた。

―――黙レ。殺スゾ。

 それはそういう意味に雛には感じられた。

 目を見開き口を抑えられた状態ながらもコクコクと頷く雛。自分の死の運命は決まってしまっていたが、少しでもそれ先延ばしにするために雛は尊厳も感情も切り捨てるしかなかった。

 満足したのか、怪人は鶏の死骸を手にしたまままた作業台の方へ戻っていった。地面には怪人の足跡が血糊によって出来上がっていた。



 その後も怪人は鶏を何羽か捌いた。一太刀で首を刎ね飛ばし、逆さにしてハンガーに吊るし血抜きをする。大きな金属製の籠に入れていた鶏をすべて捌き終えると続いで、窯に火を点し、そこに水を張った大鍋をかけた。火力が凄まじいのか、ものの数分でぐつぐつと沸き返る大釜。怪人はそこへ体中の血液が抜け落ち、一回りほど小さくなってしまった鶏を次々に潜らせていった。外気の寒さに反応してか、大釜から立ち上る湯気であっという間に怪人の姿は見えなくなった。今なら逃げられるかも、と雛は考えたがすぐに無理だと悟った。手足を縛る荒縄は固く、肉に喰い込むほどしっかりと結わえ付けられていたのだ。解こうと手を動かそうとも擦れ皮がめくれ上がるだけで縄は軋む音しか立てない。とても雛の力では解くことは不可能だった。

「寒い―――」

 ガタガタと震える雛。頭のてっぺんから足元までを濡らす水のせいで容赦なく体温が奪われていく。
 釜を沸かす焔の揺らめきが恋しかった。暖炉の暖かさが恋しかった。こんな隙間風吹く暗い部屋ではなく自分の家の居間が恋しかった。

「ううっ…ぐすっ」

 目端から涙が溢れ出し、頬を伝わり流れ落ちた。怖いからではない。ある意味で悔しさ、辛さ、寂しさを覚え雛は涙を流したのだ。どうして私がこんな目に… 応えてくれる親切な人はいない。怪人は無言のまま機械的に黙々と作業を続けている。

 全ての鶏を煮え滾る湯に通し終えた怪人はその濡れた羽根を無造作に掴むと、力任せに引っこ抜き始めた。ミチリ、ミチリ。鳥の羽を引きぬく嫌な音が暗い室内に満ちる。抜き取られた羽は刎ねた首が入れられている籠へ同じように投げ捨てられた。己の羽毛に埋められゆく虚ろな最早何も映すことのない瞳と雛の瞳があう。もう暫くすれば自分も同じ運命に陥るのかと思うと心底、体が震えた。まるで氷柱を背骨に突き刺された気分だった。

 羽を毟り終えた怪人は裸にした鶏をその大きさで幾つかのグループに分けるととりわけ大きな五羽を選び、その腹をナイフで切り開いた。怪人は切り開いた腹へ無造作に手を突っ込み、ナイフで建や軟骨を切り裂きながら内蔵を丁寧に引きずり出し始めた。黒光りする肝臓。動くのをやめた心臓。濃黄緑色をした胆嚢。哺乳類に比べれば短く程度の低い腸を引っ張り、砂が詰まった胃を引きちぎる。取り出したハラワタは幾つか必要な部品だけを取り除き、不必要なものはやはり籠へと投げ捨てた。それを五羽分行い、ハラワタを引き抜いた鶏たちを怪人は凍えるような冷水で洗うとそこへくすんだ緑色をした妙な匂いを放つ乾燥した草や種子、それに寸胴の妙に太ましい根や石ころのような形状の物を乱切りにしたものを詰め、切り開いた腹をとても縫い糸とは思えぬ太い紐で縫合し、それらを灼熱に熱せられた窯の奥底へ入れた。

 その他にも怪人は肉切り包丁で残った鶏の翼や足、胸、内臓といった部位ごとに切り分けていった。切り落とした腿は更に足を落とし塩化ナトリウムの結晶を振ってまた別の窯に入れられた。全ての羽を毟り取られた羽の部分や乱雑に切り分けられた腿はイリーガルな雰囲気のする白い粉をまぶせられ、そのまま火がつくのではと思えるほど熱く熱せられた油の中へ投じられた。江戸の時代の大盗賊、石川五右衛門宜しく沸騰した湯よりなお熱い液体に沈められ、その身を凝固させる鶏の身。腹から引きずり出された内臓は魔女が育てたと思わしき禁断の地にのみ生えうる薬草やその種子などをすり潰したものと一緒に熱せられ、鱗に覆われた足や肉を削ぎ落とされ残った骨は一個の大きな寸胴鍋へ放りこまれた。ある程度までそれら不要な部分を煮込み終えると怪人は鍋から白くなった骨や足を掬いだし、鍋の中身を濾過し、更に卵白だけをそこに入れ軽くかき混ぜ、更にもう一度濾した。澄み透った液体に怪人は刻んだ何かしらの球根や鶏の肉片、化学薬品を入れ再び火にかけた。

 それらを黙々と行い続ける怪人の様子を怯えた表情で雛は眺め続ける。アレは一体何をやっているのだろうか。手馴れているというよりはまるでプログラムでもされているかのような正確さ。触れれば火傷は必死の鍋や窯に躊躇いなく手を突き入れ、そうして、作業を進めていくのはもはやただの人間が行える作業の範疇を超えていた。何に突き動かされているのか、怪人は狂気じみた動きを取っている。

 怪人は出来上がった物をこの場の雰囲気にはまるで似つかわしくない小奇麗な皿に載せ、何処かへ運んでいった。何処かとは雛の後ろの方だ。どうやら雛が座らされている場所は部屋の端の方でもっと広大な空間が後方には広がっているようだった。けれど、それを雛は確かめようとはしなかった。出来なかった。

 ここまで来れば怪人が何をしているのか、おおよそ検討がついた。
 

 ―――サバトだ。


 悪しき力を持った人外の民、悪魔や魔人、悪霊たちが崇拝する邪悪なる神々を召喚するための儀式を執り行っているのだ。端くれとは言え雛も八十万の神々に名を連ねる者。この場の邪悪な雰囲気は肌でひしひしと感じられた。ならば、振り返った先にはその邪神を召喚するための祭壇が用意されているのだろう。 ユークリッド幾何学に属しないナル・アリストテレス的な人智はおろか、この地球上の如何なる存在の考えにもそぐわない冒涜的な様式に則って作られた祭壇が。
 そんな邪悪なものを見て雛は己が理性を保っていられる自身はまるでなかった。一瞥すれば正気を失い、眼を開いてみれば狂気の淵に陥り、直視すればSUN値をマイナスに。たとえ神々であろうとも狂い殺す奇っ怪にして邪悪なオブジェクトが飾られていることだろう。

 怪人が自分の脇を通りすぎていくたびに雛はガチガチと奥歯を打ち鳴らし、恐怖と狂気に怯えた。


 それからどれぐらいの時間が流れただろうか。窯に入れられ赤銅色まで焼きあげられた最後の供物を雛の後方に運び終えたところでどうやら儀式の準備は粗方、終わったようだ。供物を作るのに使用した道具類を片付け終えるとマスクの怪人は雛の元へ歩み寄ってきた。

「ッッッ、こ、来ないで…お願いだから…許して…!」

 首を振り必死に懇願する雛。だが、願いは聞き届けて貰えそうにない。怪人は雛ごと椅子を掴むと半ば無理矢理にその体を反転させた。祭壇を見るのが恐ろしく、雛は固く瞼を閉じ、俯いた姿勢を取る。と、それが気に入らなかったのか、怪人は雛の頭を鷲掴みにすると無理やり前を向かせるよう、力を込めてきた。

「イヤッ! イヤッ!!」

 瞼を固く閉じたまま叫び声をあげる雛。その首筋に冷たいものが押し当てられた。ナイフだ。

「ひッ…!」

 凍えた体より尚も冷たい切っ先に鳥肌が立つ。目を開くか、喉を“切り”開かれるかどちらか好きな方を選べという脅迫。首筋に押し当てられたナイフのせいで頭を振るう事もできず、雛は観念する他なかった。

 恐る恐る瞼を開く雛。視界は涙で滲み良く見えなかったが、何時までも薄目をあけている状態ではいられない。ナイフの鋭い切っ先が雛を急かすよう、その首筋の薄皮を軽く削ぎ切ってくる。

「っ………あ、れ?」

 観念して一気に目を開く雛。
 と、目の前に広がっていた光景に雛はある種、拍子抜けしてみせた。
 邪悪なゴートヘッドの彫像でも飾られているのかと思った後方はその実、ただの食堂だったようだ。何十人もかけれるような長いテーブルに深紅に染め上げられたシルクのクロスがかけられている。エーブルの上には小さな灯りが点った燭台や先ほど怪人が作った供物…と雛が勝手に思い込んでいた料理が並べられているだけだった。

 だが、このものものしい雰囲気。サバトでないにしろまともな食事会の訳がなかった。一体何が行われるのだろうと雛は震えて待っていると、部屋の奥の扉が開き、何人かが列をなして部屋に入ってきた。その彼らの格好に目を見開く雛。

 入ってきた五人は皆一様に黒ずくめのローブをはおり、頭からすっぽりと顔まで隠す同じく黒い三角の頭巾をかぶっていた。ちょうど目の位置に開けられた穴から鋭い眼光が光っているのがわかる。

 五人がそれぞれ席に付くのを見ていた雛であったが、ごそごそと隣で何かが動いている気配を察し、驚き振り返った。見ればあのガスマスクの怪人も入ってきた五人同様、漆黒のローブを羽織り、黒い三角頭巾を被っているところだった。

 同じ奇異な格好をした六人の晩餐。ああ、と雛の冷静な部分は納得し始めた。これは何かの秘密結社の集会なのだと。なるほど、ああやって奇抜な同じ格好をすることによって一体感を高め、且つ黙したまま行うことで精神を集中しているのは確かにまっとうな集まりの者たちでは行えない狂気の所業だ。これから行われるのは幻想郷転覆のための会議か、はたまた大恐慌への引き金を引くための会合なのか、それは分からなかったが雛は背中に冷たいものを覚えずにはいられなかった。

「じゃあ、私は…」

 一体、何のためにここに連れてこられたのだろうと雛は顔をひきつらせる。いくら考えようとも当然、答えは出てこなかった。

 そうして自分の命運を得体の知れぬ連中に握られている恐怖に打ち震えている雛の元ヘまたあのガスマスクの怪人…今はマスクを脱いで頭巾を被っているため一見ではそうとは分からないが、が近づいてきた。その手には何か茨のような長いロープ状のものが握られている。

「なっ、なにするの…!?」

 驚く雛を無視して怪人は手にしているロープ状のそれを雛の体に巻き付け始めた。頭のてっぺんから足元までぐるぐると何の規則性も見いだせない感じで。体に巻き付かれたことによって雛はそれが何なのか知ることが出来た。そこいらの玩具店で売っているような電飾だ。等間隔に赤青黄色の電球が取り付けられている。
 こんなものを巻きつけて一体、どういうつもりなのだろう。訝しむ雛はそこで今の自分の状態に気がついた。
 頭の先から足元まで全身びしょ濡れ。加え足は水を蓄えた桶さえ置かれているのだ。電飾は当然のように桶の中の水中にまで入れられる。まさか、と雛は顔を青ざめさせる。

「電気―――」

 怪人はその後も幾つも雛の体に電飾を巻き付けるとコンセントを手に電飾を引っ張っていき、それと次々と壁から伸びる延長タップへと繋いでいった。最初の一個がコンセントに入れられる瞬間に雛はビクリと体を震わせたが電気は流れなかった。どうやら、まだ電気は来ていないらしい。失敗、と雛は安堵の溜息を漏らそうとしたがどうやらその考えは甘いようだった。延長タップから伸びるコードを辿り、電線を追っていくと壁に備え付けられた大きなレバー型のスイッチに目が入った。レバーは今、上げられており隣の通電ランプはオフを示す赤色を点灯させていた。

 延長タップのコンセント穴三つを全て埋め終えると怪人は壁際まで歩いて行った。無論、レバーのある場所だ。

 ひっ、と雛は悲鳴を漏らす。

「嫌だ、やめて、お願いだから、ねぇ、殺さないで、お願い、お願いします。嫌だ、嫌だ」

 震える雛。だが、誰もその声に耳をかさない。
 席についていた五人は祈りを捧げるよう腕を組み合わせ、静かに頭を垂れた。一人立っている怪人はレバーに手をかけると、最期の確認をするよう、一同を見渡した。
 恐怖のあまりか、それとも何か考えがあってか、雛は力の限り、否、限界を超えて暴れ始めた。だが、拘束は強固で椅子は重く、雛がどんな力で暴れようとも逃れることは出来なかった。

「ヤメテ、ヤメテ、ヤメテ、ヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテ」

 狂ったように悲鳴をあげる。電飾の間から垣間見えた雛の瞳は完全に正気を失っていた。見開かれ血走った瞳には絶望と慟哭に染め上げられていた。

「ヤメテ――――――――――――――――――――――――――――――――――!!」

 その一際大きな悲鳴が合図だったのか、断頭台の刃のように無慈悲に躊躇いなく迷いなく淀みなく、電源のレバーはガチャンと真下に落とされた。

 そうして…





















 ジングルベル♪ ジングルベル♪ 鈴が鳴る♪♪



「へ…?」

 死んだ、と思っていた雛の耳に届いてきたのはそんな軽快なメロディだった。
 恐怖のあまり、失禁してしまったがどうやら無に帰した訳ではなさそうだった。
 はてどうしたのだろう、と訝しむ雛。と、メロディに続いて、

「「「「「メリー・クリスマス」」」」」

 そんな掛け声と共にクラッカーが打ち鳴らされた。火薬の匂いと一緒に紙テープが方々へ飛ぶ。
 天井の電気シャンデリアも輝く始め、部屋を明るく照らし始める。テーブルについていた五人も頭巾とローブを脱ぎ捨て暑苦しかった、と笑みを浮かべている。物々しかった雰囲気も何処へやら。気がつけば食堂はすっかりまっとうなクリスマスムードに包まれていた。

「へ? へ?」

 目をぱちくりさせ何事かと混乱する雛。体に巻き付いている電飾は明暗を繰り返しているが眩しいほどではない。当然、体を貫くような高圧電流も流れていなかった。

「な、なんなの…・?」

 訳がわからず疑問符を大量に浮かべている雛の元ヘあの怪人がまた歩み寄ってきた。他の人達同様、雛の前で頭巾を取る怪人。真っ黒い三角の下から顔を表したのは…

「メリー・クリスマス」

 紅魔館のメイド長、十六夜咲夜だった。見れば確かにテーブルに付いて先に食事を始めているのは紅魔館の住人である吸血鬼姉妹や魔女、その使い魔や門番だ。

「これはいったいどういう…?」
「ああ、実はですね…」

 目を丸くしている雛に咲夜は説明をし始める。

「お嬢さまがクリスマスパーティを開きたいと仰ったんですが、ほらお嬢さまを始め妹さまにそれにこあも闇の眷属じゃないですか。クリスマスと言えば主の誕生を祝う聖なるお祭りですからねぇ。普通に行うと雷に討たれたり、全身の穴という穴から火を吹いて燃え上がってしまったり、体を塩に強制置換されたり、灰になって消え失せてしまうおそれがあったんですよ」

 それでですね、と咲夜は話を区切る。

「こうして邪悪さを加味することでクリスマスの神聖さを中和。何とかお嬢さま方にも耐えれる普通のパーティにしようと思ったんですよ」

 雛が見れば確かにスカーレット姉妹や小悪魔はラジカセから流れるクリスマスソングに耳を痛め、聖なる光を放つキャンドルに肌を日焼け程度ではあるが焦がされている。それでも楽しそうにしているのはもとよりお祭り好きだからだろうか。

「えっと…それはわかりましたけれど…私の役目は?」
「もちろん、クリスマスツリーですよ。ほら、貴女って緑色で綺麗な飾が付いているから前々からそれっぽいと思ってたんですよね」

 あ、七面鳥じゃなくて鶏料理を出してるのも同じ理由ですよ。幻想郷じゃドードー鳥は手に入っても七面鳥は無理ですからねー、と咲夜。

「電飾はちゃんと防水性ですから安心してください。感電なんてしませんよ」
「えっと、あの、私、おしっこチビってまでそんなことやらされたんですか?」
「ああ、それならご心配なく。お洋服はクリーニングさせていただきますし、お給与も僅かばかりですけれどお出ししますよ」

 そう言って懐から寸志袋を取り出す咲夜。封を切って雛の膝の上に中身を出してあげる。コロコロと転がりでてきたのは…

「二百五十円!? ほんとに僅かばかりじゃないの!」

 銀色の硬化三枚だった。
 雛の耳にクリスマスソングが虚しく届く。




END
さて、今日も平常運転独り酒。

あれ?


何度変換しても、ひとりが独りになっちゃう…?


なにこの不具合。




なんで『一 人』って変換されないの?




おかしいなぁー





…Fuck It All
sako
http://www.pixiv.net/member.php?id=2347888
作品情報
作品集:
22
投稿日時:
2010/12/24 09:53:43
更新日時:
2010/12/24 18:53:43
分類
鍵山雛
クリスマスツリー
バイト
1. 名無し ■2010/12/24 20:16:41
なんてこった、もうクリスマスツリーにしか見えない
どうでもいいけど、幻想郷の物価で250円って僅かばかりじゃない気が
2. 名無し ■2010/12/24 20:29:03
海外から見ると日本のクリスマスは異様にに見えると聞くからクリスマスパティーが幻想入りしててもおかしくないけど・・・

俺も雛がクリスマスツリーにしか見えなくなった・・・
3. 名無し ■2010/12/24 22:02:21
雛を250円で買えるなら買うよ!

なぜか初めからからなんとなーく咲夜さんぽいと感じていた俺は咲夜さんへの愛情いっぱいなんでしょうね
4. NutsIn先任曹長 ■2010/12/25 00:06:31
おぜうさま達、そこまでしてクリスマス・パーチーやりたかったのか!?
雛、割に合わないとは、このことですね。
5. 名無し ■2010/12/25 01:18:38
「平常運転独り酒」って飲酒運転だな
6. おうじ ■2010/12/25 23:05:23
展開はだいたい読めたが
咲夜か…
あと料理描写細か過ぎるw

素晴らしい
7. 名無し ■2010/12/26 01:28:29
sakoさんになら掘られてもry
タイトルで予想はついていたけど、その分滑稽さにによによできたw
ってか給料もふくめて流石悪魔の館、神さまの扱いひどすぎるw
神聖さを中和ってのにも吹いた
8. 13 ■2011/01/10 23:00:33
首なしマイク
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