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『はたて、忘年会へ行く』 作者: んh
「あ〜ぁ、マジゆーうつ」
二つにしばった長髪を夜風にはためかせて、姫海棠はたてはため息をついた。右手に握りしめられた白い紙片は居心地悪そうに漆黒の空に浮いている。
ああそう言えば今日は冬至だったっけ、いや明日かな?――はたては現実逃避とばかりに興味もないことを考えていた。
「行きたくないなぁ……あたしがそういうの嫌いなの知ってるでしょうに、文の意地悪。」
だが結局思考は直近の問題に戻ってしまうようだ。はたては手紙をくれた同僚に行き場のない怒りをぶつけるしかなかった。
幸か不幸か、烏天狗のスピードはそんな煩悶の間すら与えない。気付けばはたての目的地である博麗神社はもう目と鼻の先だった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「忘年会?」
「ええそうよ。まあいつもの宴会とやることは同じだけど、一応毎年この時期に博麗神社でやることになってんのよ。」
「ふーん。で?」
「やる気ないわねぇ。まあいいわ。ほら、これあんたの参加状よ。幹事が渡しとけってさ。」
はたてが同じ烏天狗である射命丸文から一通の封筒をもらったのは今朝のことだった。封を切る様子もなく、ただくるくると手元で遊ばせるだけの新米記者を見て、文ははたての肩を叩く。
「あんた、まさか行かない気じゃないでしょうね。だめよそれじゃ。」
「えーだってこういうのタルいしーあとあたし好きじゃないんだよねーなんていうかさー人と話したりすんの。」
およそ記者とは思えないことをのたまうはたてに、文は思わず頭を抱える。
「あんたねぇ……」
つい最近までひきこもっていたはたては宴会の類が苦手だった。そもそも彼女は人と会ったり話したりするのが苦手なのである。最近になってようやく文を含む数名の妖怪と普通に話せるようになったが、それまで会話のひとつもまともにできなかった。ファインダー越しに罵詈雑言叩くのは得意なくせに、ひとたび面と向かうと声すら出せないその様は、どことなくシンパシーを感じさせるものがある。
「いーじゃーんべつにぃーそんなたいして人来ないんでしょどうせー」
「いやみんな来るよー鬼神様とか。」
口を尖らせるはたてにそう言ったのは河童の河城にとりであった。彼女もはたてが会話できる数少ない者の一人である。どことなく漂う人見知りオーラがはたてを安心させるのかもしれない。こういう手合いは大抵同族には態度がでかい。はたてもそうであった。
「げげっ、鬼くんの? じゃ余計行きたくないわ。」
「だから誘ってあげてるのよ。あんたこの間取材の時ろくに挨拶もしないで勝手な振舞いしたらしいじゃない。鬼だけじゃなくて他の連中にもね。だからこういう機会にちゃんと顔見せしとけって言ってるの。新聞記者ってね、そういう一つ一つの小さな心掛けが結果となって出てくるものなのよ。」
文はここぞとばかりに先輩風を吹かす。お前にだけは言われたくないという目つきでにとりに同意を求めていたはたてだったが、その顔は渋いままだった。よほど行きたくないらしい。
「っていうか、それ出欠確認じゃなくて、参加受理票だからね。宴会は今夜。あんたの申し込みはとっくに私がすましといたから。」
「なによそれ! ふざけてんの。あたしの意志とかないわけ!?」
「あんたに聞いたらこうなるのは見えてたもの。感謝しなさいよね。ああドタキャンしたら怖いわよ。みんなに新顔がくるって言っといたし。毎年ね、新顔の紹介スピーチみたいなのやんのよ。今年は新顔あんまいないから、みんなあんたに期待してんじゃない?」
はたての顔が凍り付いた。宴会に行くのでさえいやなのに、その上みんなの前でスピーチ――それは彼女にとって死刑宣告に等しい。
「やよ! やだやだそんなの! 今から断ってきてよー」
「何で私がそんなことしなきゃならないのよ。ああ私これから取材だから。バァ〜イ」
文はせわしなく飛び立っていった。残されたはたては、同じく残されたにとりに救いの手を求める。
「にとり、どうにかしてよ。無理よ私そんなの。無理、ぜ〜ったいムリ!」
「いやぁ、そう言われてもねぇ……」
にとりは頭を掻く。ここまで狼狽されると流石にフォローのしようもない。通り一遍のことを言うのが関の山だ。
「うーん、宴会の時は私と一緒にいればいいしさ。スピーチの時は気を遣うよう幹事に言っとくよ。」
「あんた幹事知ってんの?」
「多分魔理沙でしょ。大丈夫だよ。私も一度やったけど、そんなたいしたもんじゃないし。二言三言言えば後はあいつが適当にフォローしてくれるよ。」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「あ、来た来た。はたてー こっちだよー」
境内に降り立ったはたてに声を掛けたのは、一足先に来ていたにとりだった。彼女は玄関前に急ごしらえした受付所に座っていた。その横には、にとりが幹事だといっていた霧雨魔理沙が暇そうにしている。
「ど、どうも……こばは……」
「きたかきたか。お、何かかわいい服着てんじゃん? 天狗の流行りものか?」
「う、ぅん……まぁ……」
こういう集まりに出席することが滅多にないはたては、どういう格好をするべきかでまず数時間悩んだ。すったもんだの末いつもの目に眩しい女子校生ルックではなく、最近天狗の間で流行っている服を着ていくことにした。
腋の所は赤い麻糸が渡してあるものの、実質は巫女の装束と同じくスリット状となっている。スカートもいつものよりは幾分長いが、白と黒の布が重なったスリットスカートとなっていて、見ようによってはこちらの方が扇情的でもある。はたては既に来る最中にこの服を着てきたことを後悔し始めていたが、戻る時間もなかった。
そんな妙にめかし込んで気合い入っている癖に目を反らしてどもるはたてを、魔理沙はいぶかしげに見つめる。
「おいおいなんだ、こんな絶世の美少女が受付してるってのに。体調でも悪いのか?」
「……ん……ごめ……」
「魔理沙、さっきも言ったろ。こいつこういうの慣れてないんだ。頼むよ。」
「あーそういやこいつがあの新米記者だったか。まあそれはどうでもいいぜ。参加状だけくれよ。後でお前の紹介んとき使うからな。ちゃんと自己紹介のネタ考えとけよ?」
「……ぅ、ぅ……」
冬ということもあり、今回は室内での宴会である。にとりの背中に隠れるように廊下を渡ったはたては、宴会場の襖をそっと開いて中を覗きみた。
宴会場は大勢が入れるようと、間の襖を取り払って二つの部屋を繋げた形になっていた。卓は縦に二列配置され、それが部屋の敷居を切れ目としてさらにそれぞれ横に二つ分かれていた。つまり宴会場は大きく分けて4つのグループに分割できる。
既に多くの人妖が卓を囲み、気の早い者などはもう杯を空けていた。はたては襖越しに素早く座席の配置を確認し、思案を巡らす。
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右の上座はっと……えーと博麗霊夢、八雲紫に西行寺幽々子、その向かいには八意永琳、四季映姫・ヤマザナドゥ、聖白蓮ときて上白沢慧音までいる。うひゃーえらそうな奴ばっかね。あんなとこ座りたくないわ。プレッシャーで息が詰まっちゃいそうよ。
その反対側の上座グループは、レミリア・スカーレットとその取り巻きが座っているわね。横にいるのは確か妹のフランドール・スカーレット、その傍にいるのはアリス・マーガトロイドとパチュリー・ノーレッジだったかな。あいつらの落ち着かない様子と、二人の間の席が一つ妙に不自然に空いている感じからすると、あそこはさっき会った霧雨魔理沙の席ってとこね。他にはプリズムリバー姉妹やミスティア・ローレライ、あとは妖精共か。うわぁーやかましそうだなあ。レミリアって確かスーパーわがままお嬢様って話よね。無理無理、却下!
で、右下座の卓、ああ鬼の伊吹萃香と星熊勇儀……さらに隣には守矢の二柱八坂神奈子と洩矢諏訪子。死神の小野塚小町まで……はぁマジないわマジありえない。論ずるに値しないわ。つうかあいつらもう既にできあがってんじゃない? 宴会まだ始まってないんでしょ? 馬鹿なの? ねえ馬鹿なの? うっわまたムチャぶりさせてる。今芸やらされてるのは霊烏路空と火焔猫隣だっけ? 「チェレンコフ光と怨霊によるイリュージョンショー!」って、あれやって大丈夫なのかなー
最後に左下座の卓、あそこは他三つに比べりゃマシな感じね。単独行動を好む奴らや騒々しい空気を好まない連中が自然と固まった、そんな感じかなー
そうなれば自然と選択肢は狭まるわね。狙うは左下座のあのゾーン。まあここまでは至極単純。でもここからが考えどころよはたて。あのゾーンがすべて安全とは限らないんだから。
例えばあの一番危険な右下座、鬼共が陣取るゾーンと背中あわせになる席、つまり卓の右側の席に座ると酔っぱらいの奇襲に巻き込まれる可能性が高いわ。あいつらにゾーンディフェンスなんて概念は存在しないからね。ここでは一番左側に座るのが必須。さらに左上座に近い席に座るのも危険ね。永遠のお子様レミリアも絶対に近寄ってはならない存在。そこに酔っぱらった魔理沙が加われば、そのウザさは鬼にも匹敵するはず。
なら左下座の一番下、部屋の隅の席に隠れるように座るのがベストじゃないかって? 甘いわはたて。そんなんじゃこの戦場を生き残れない。理由は二つ。まずああいう騒ぐ連中は隅でじっとしてる奴を気紛れで突然指名するのよ。奴らとしては気を遣っているつもりなのかもしれないけれど、こっちとしては特攻隊の赤紙召集と同義だってことになんで気づかないのかしら? 何しろ奇襲の上に逃げる手だてが一切ないのよ。
そしてもう一つ、こうした宴会をやり過ごすための切り札とも言える「ちょっとトイレ行ってきますカード」が隅の席では使いにくいわ。人をかき分けていくというのは非常にリスクをともなう行動、目立つし人と言葉を交わすきっかけを生みやすい。常に素早く部屋の外に出られる態勢を作っておくことが重要なのよ。であれば答えは一つ、左隅にできるだけ近く、かつ襖にできるだけ近い、そうあの席!
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「にとり、あそこらへんにしない?」
襖を開けてからこの言葉を発するまで、その間僅か0.7秒――はたてはにとりの手を引いて狙った席を素早く確保した。最初の難関である席取り、宴会を切り抜けるためのファーストステップを理想の展開で切り抜けたはたての顔に、思わず安堵の色が浮かぶ。
手を引かれたにとりは、しばし立ったまませわしなく首を動かしていたが、やがてリュックを下ろしてはたての隣りに腰を落とした。
「なんとか鬼の目はかいくぐれたわね。ところで文のやつどこ行ったんだろう?」
「あ……うん、文ならほら、あそこにいるよ。」
にとりの指さしたのは、あの最危険ゾーンだった。よく見れば射命丸文は偉く畏まった態度で鬼や二柱に酒を注いでいた。
「おぉ、お前はあの天狗だねぇ? 射命丸だったか。」
「いやいや勇儀様、今年も大変お世話になりました。おかげさまで勇儀様を扱った記事は大好評でして、へぇ。ささ、どうぞ一杯。」
「はっはっ、相変わらず口がうまいねえ。ほらお前こそ空じゃないか。呑みなよ」
「あやややや、勇儀様直々とは畏れ多い。」
「気にすんなって。無礼講ってやつだよ。どうだい八坂の。こいつら天狗は相変わらずかい?」
「まあ私が知ってる頃からかわんないねぇこいつらは。でもこの射命丸はなかなか面白いやつだよ。なあ諏訪子?」
「そーだねー。天狗は排他的なのが多いけど、こいつはけっこう外ともつるむし遊び甲斐があるねぇ」
「いえいえ、鬼神様に守矢様、素晴らしい方々の庇護の下で我々お山の妖怪は今も昔も平穏無事に過ごさせて頂いております。ささ、皆様どうぞ一杯。」
「またまた調子のいいこと言っちゃってぇ〜ほらメンドクサイからどんどん呑め呑め。」
「いやはや萃香様ありがとうございます。ただ、他の方々にも御挨拶をせねばなりませんので。この一杯を頂いたら少しばかりこの座を離れねばなりません。」
「なんだいなんだい、つれないじゃん」
「あやややや。これが報道に携わるところの辛いところでして。お世話になった皆様へ感謝の意を示すのがブン屋なりの義とでもいいますか。」
「確かにそりゃ大事だ。まあ萃香、無理に引き留めるのも野暮ってもんだ。行かせてやんなよ。」
「あやー申し訳ありません。必ずまたこちらへ顔を出しますので、その時は必ずお付き合いさせて頂きます。」
適当に理由をつけて、文は危険空域を脱出した。そのまま持ち前の素早さと口八丁手八丁で、卓から卓へとせわしなく飛び回る。
「なによあれ……」
「まあ文はいつもあんな感じだよ。あたしにゃとても真似できないねぇ。」
にとりは「ははは」と乾いた笑い声を上げる。そんな小声の会話を掻き消すほどの大音量が響いた。
「おまえら、もりあがってるかああぁぁ!!」
マイク片手に壇上に上がった霧雨魔理沙が拳を突き上げると、ノリのいい連中達もあわせて拳を突き上げる。
「まあ今日は忘年会って事になってるが、やることはいつも通り、堅苦しいことはナシだ。神社が倒壊しない程度に楽しんでってくれ。」
顔を真っ赤にして魔理沙に詰め寄る霊夢を見て、またどっと場が湧く。そんな空気に馴染めないはたては割り箸の袋を折って暇を潰していた。
「よっしゃとりあえず乾杯といこうぜ。酒はみんないってるか?」
全員がいそいそと立ち上がる。だが遅れて立ったはたてのグラスには残念ながら何も入っていなかった。座ってから箸袋にしか手をつけていないのだから仕方がない。
慌てて会話のきっかけを潰そうと自分で酒を注ごうとしたとき、横からすっと手が伸びた。
「ほら何も入ってないじゃないかあんた。これでいいかい?」
「ぁ、ぇ、ぁ……りがとござぃます……」
はたての消え入りそうな声を気を留めることなく、隣にいた藤原妹紅ははたてのグラスになみなみと酒を注ぐ。
「じゃあいくぜ。カンパァ〜イ!!!」
魔理沙のかけ声とともに、グラスのぶつかる音がそこら中に響く。とりあえずにとりとグラスを交わしたはたては、人目を忍ぶように席についた。
彼女はそのまま休む間もなく目の前の食事に手をつけはじめた。会話を遮断する最良の方法は、食べることである。一心不乱に食べている(ように見える)者に話しかける者はあまりいない。
しかし胃の容量には限界がある。この方法で誤魔化せるのは最初の時間だけなのだ。
はたての胃もやはり限界に達しようとしていた。元々食の細い方である。だが宴会との戦いはこれからが本番なのだ。箸が止まれば自然と隙が生まれ、話しかけられるリスクが高くなってしまう。
「なんだにとり、こんなとこにいたのかよ?」
にとりで時間を稼ごうかと隙を窺っていたその時、後ろからにゅっと顔を飛び出てきた。魔理沙である。
「あ、魔理沙」
「今さ、あっちのテーブルでこーりんが変な道具見せびらかしてんだよ。にとりも来いって。お前ならおもしろいと思うぜ。」
「え、いいのかな……」
にとりはちらりとはたてへ視線をやる。無論魔理沙はそんなことなど気にもとめない。
「なーに言ってんだよ。悪いわけないじゃん。さ、行こうぜ。」
半ば強引に腕を引いて、魔理沙はにとりを左奥のテーブルに引っ張っていった。向こうでは森近霖之助を中心に人だかりができている。向かい合うように座るレミリアは、卓に並ぶ訳のわからない品に行き当たりばったりな講釈を垂れていたが、その度ごとにパチュリーが小馬鹿にするようなツッコミを入れていた。周りの観客はその漫才を囃したてるようにヤジを飛ばしている。永遠に幼き夜の王は横に付き従う十六夜咲夜に今にも泣きつきそうな様子だったが、咲夜は霖之助が持ってきた鬼畜米英Tシャツに夢中であった。
裸一つで大海へ投げ出されたはたては、その輪に加わるにとりに呆然と目をやっていた。一気に崖っぷちに追い込まれた彼女の元に、後ろから声が掛けられる。
「また空だね。呑むかい?」
飛び上がらんばかりの勢いで正座のまま振り向いたはたてに、妹紅が酒瓶を差し出した。
「ふいぃっ! はい! 頂きます、どども……」
うっすら濁った日本酒がはたてのグラスに注がれる。話の流れを切ろうと、彼女は舐めるようにそれを口に含んだ。
「あんた、見ない顔だね。新人さんなの?」
ぎこちなく頷くはたてに、妹紅は小さく頷き返す。ポケットからキセルを取り出した彼女は、刻み煙草を丸め雁首に押し込むと火を点した小指をそこへ押しつけた。騒々しい宴会場にキセルの煙がゆらゆらと浮かぶ。
「さっきからガチガチだもの。私もあんたと同じで初めてこういうとこに呼ばれたときは慣れない思いしたもんだったけど、まああんまり気にしない方がいいよ。一人で好き勝手やってたって別に咎められたりするわけじゃないんだし。」
それだけ言って妹紅はキセルに口をつけた。今のはたてにとって、彼女は女神のように見えたかもしれない。どことなく漂うぼっちオーラ、でもそれを卑屈に構えず、はたてのような者にもただ無言で寄り添ってくれる妹紅は、正にこの戦場のオアシスだった。
――あれ、この人意外と良い人?
「あら、ここは全面禁煙よ。も・こ・う?」
そんな一瞬の希望を打ち消す声が、はたてと妹紅の上から投げかけられる。それは正に女神のように美しい少女だった。
「ああ゛? 聞いてねぇな、そんなこと。」
「今私が決めたの。たった今ね。タバコは体に悪いって永琳が言ってたわ。妹紅が病気で死んじゃったら私悲しいもの。」
「輝夜テメェ!!」
嘲るような眼で微笑む蓬莱山輝夜に、妹紅は突っかかった。それがたいそう愉しいのか、輝夜は袖の中から酒瓶を取り出すと妹紅の前でゆらゆらと揺らす。
「なぁに? 殺るぅ?」
「望むとこだ。あたしも一瓶持ってきた。」
妹紅が出した酒瓶には96%と書いてあった。プリン体カット率ではない、アルコール度数である。
「いいけどぉーそんなの私の口には合わないかなー だってそれガソリンでしょ? まあ火吹くしか能のないあんたにはお似合いでしょうけど。」
たちまち場に立ちこめる殺気に、はたては完全に取り残されていた。さっきまで物静かだった同席者は今やはたてとは完全に別の世界にいるようだった。
もちろんはたてもこの二人のことは写真を通して知ってはいる。しかし実際に見たときに対応できるかどうかはまったく別問題である。
「るせぇ黙れ! おい魔理沙、強い酒ありったけ持ってこい! どっちか先に急性アルコール中毒でくたばるか、勝負だ輝夜!!」
「はいはい。妹紅がどうしても殺りたいみたいだから、付き合ってあげる。」
「おお、また今年もやんのか。おいみんな、妹紅と輝夜の飲み比べだぜ。別名殺し合い!」
魔理沙の声に、周りの妖怪共も興味を示し始めた。はたては知らないだろうが、これは毎年恒例のイベントである。
よく見れば物好き共は既にどっちが勝つかの賭けを始めていた。さっきまで不機嫌そのものだったレミリアは、途端にこっちに興味を示したようだ。人妖の人だかりが次第に輝夜と妹紅、そしてはたてを取り囲む。
はたてはこの空域を放棄せざるをえなかった。
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「なんなのよ全く……」
廊下の軋む音が、はたてにつきまとうように響く。なし崩し的にトイレカードを切ったはたては、なかなか部屋に戻る決心を持てずにいた。このまま帰ってしまおうかとも一瞬思ったが、やはり後が怖くもある。なんとかスピーチまで時間を潰せないか、そのことだけを彼女は考えていた。
「とりあえず台所行くかー」
片づけの手伝いのというのもこういう場では大事なカードである。皿を片づけたりゴミを始末したりしていれば、不審がられず人目を避けることができる。さらに皆にとって良いことをしているので、呼び止められて絡まれるというリスクもない。
皿洗いでもしていれば、時間つぶしにはもってこいだろう。そう思ってはたては台所へ向かう。そこには二人の先客がいるようだった。人手が足りなくなるその一瞬を狙って部屋に入ろうと、はたては物陰で様子を窺う。
「いやすまないね。こんなに運ばせてしまって。」
「構わないですよ。力仕事は得意ですし。ここ置いちゃっていいですかね? えーと……」
「ああナズーリンだ。ありがとう。君は紅魔館の……」
「はい、門番をしている紅美鈴です。貴方はあのお寺に住んでいるでしたっけ?」
「まあ色々あってね。腐れ縁というやつさ。」
水の流れる音と、皿がこすれ合う甲高い音だけが、流し場に響く。仕事慣れした二人はテキパキと皿の山を消化していった。
「あの、いいですよ。残りは私がやっておきますから、もう戻って頂いても――」
「別にいいさ。御主人は少し呑んだら寝てしまったし、聖には一輪や村紗が付いているだろう。君こそいいのかい?」
「お嬢様達には咲夜さんや小悪魔さんが付いて下さってますし、私も特に用事がないですから。」
「用事なんて、ただ呑んで楽しんでくればいいじゃないか。酒はダメなのかい?」
「うーんお酒は好きですけど、なんかこう動いてないとしっくりこないというか……変ですかね?」
「いや、よくわかるよ。私もそうだ。」
最後の一枚を洗い終えて、ナズーリンは蛇口の栓をきゅっと締めた。宴会の賑やかな声が、向こうから微かに聞こえる。流し場のしんとした空気を揺らすのは、食器を拭く音だけだった。
「ナズーリンさんはお仕事大変なんですか?」
「うーんどうだろう……まあ昔からいろいろと雑用ばかり任されているが、別に大変と思ったことはないよ。彼らと過ごせることが何よりなのかもしれないな。御主人はどこか頼りないが、あれでなかなかいいところもあるし、聖達も嫌いじゃない。彼らと一緒にいると自然と手が動く。」
「そうですね。お嬢様や咲夜さん、パチュリー様にフランお嬢様、皆厳しい方ですけど、あの輪の中にいられると何か楽しいというか。」
美鈴が食器を全て拭き終えると、彼女たちのすべきことはなくなってしまった。仕事が片づいたことになのか、それとも相手への労いか、またまたこの些細な出会いにか、二人は思わず微笑みを交わすと、土間に腰掛けた。
「どうだい、次の仕事ができるまで少し付き合わないか?」
「ええ、喜んで」
「よかった。丁度一本くすねてきたんだ。一杯やろう。」
ナズーリンは懐から酒瓶を取り出す。美鈴は側に転がっていた台で即席のテーブルを作ると、そこに今洗った杯を二つ置いた。
「じゃあ、乾杯」
「何に乾杯しましょうか。」
「そうだね……じゃあ愉快な主人達に、かな?」
「ええ、じゃあ愉快な主人達に、乾杯!」
チンと杯の当たる音がした。ささやかで、満ち足りた小間使いとしての生き様を互いに讃え合うように、二人は酒を口にした。
――混ざる空気じゃねーし、つーかそもそも仕事ねえ……
残念ながら、はたてが入り込む隙はここにはないようだった。
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台所からすごすごと引き返し縁側を行ったり来たりしていたはたては、そこに見慣れた顔がいることに気付いた。白狼天狗の犬走椛である。
「ん。ああ別の方の烏天狗ですか。なにか御用で?」
丁寧語だが全然丁寧ではない口調で、椛ははたてに声をかける。
一応烏天狗の方が位は上ではあるのだが、公の場を除いて普段からそんなに明確な上下関係があるわけでもない。元々烏天狗と白狼天狗は仕事柄仲が良くないこともある。
「ぃゃ、別に……ぁんたこそ……なに……」
「私はただ夜風に当たってただけですよ。うるさいの好きじゃないですし。」
以前椛をネタに記事を書いた際、ついしょうもないことを書いたせいで今二人の仲は微妙な冷戦状態にあった。はたてが今回の宴会で彼女に助けを求めなかったのはそのためである。少なくともはたては、椛と普通には付き合えなかった。
「……ふん」
「貴方こそ珍しいですね? こんなところで。」
「わたしだって……偶には宴会ぐらぃ……」
「あぁそうなんですか? てっきり人と顔合わせるのが嫌になって会場を逃げ出してきたのかと思ってました。」
椛は鼻で笑った。はたては尖った耳を真っ赤にして声を上げる。
「な、何言ってんのよ! そんなわけないじゃない!」
「図星みたいですね? じゃあせっかくだから仲直りしましょうか。貴方って一人じゃないとダメなのに、一人ぼっちだとダメなんですよねぇ。」
「う、うるさいな! 誰があんたみたいな狗っころと。こっちから願い下げよ!」
澄ました顔をした椛に背を向けてはたてはその場を立ち去ろうとした。だが彼女を呼びとめる声が頭上から届く。
「すみませーん、その帽子とってくれませんかー?」
はたてが足元を見回すと、鉄紺の帽子が一つ、ひっくり返った状態で転がっている。たじろぐ彼女をよそに椛がそれを拾い上げた。帽子には桃の飾りが付いている。
「いやはやすみません。全く総領娘様はお転婆が過ぎますねぇ……」
そう言って二人に一礼したのは、龍宮の使い永江衣玖だった。彼女が飛んできた方向へ視線をあげると、他にも幾つかの人影が空に浮いている。
「はいどうぞ。弾幕ごっこですか?」
「ええ。総領娘様が突然飽きたと言いだしまして、仕方なく外にいた者たちと一緒に。」
「まあ麓の宴会ではよくあることみたいですからね。」
「いーくぅー おそーいー」
空に浮いていた人影が一つ降りてきた。天人崩れの比那名居天子は、自分の思い通りに動かない衣玖から帽子をとり上げる。
「なにしてんのよー」
「いえこの方々が、帽子を拾ってくださったのですよ。」
「あっそ。あんがとねー さ、衣玖早く戻るわよ。」
はたてたちの方へぞんざいに手を振って衣玖を引っ張り上げようとする天子を、丁寧な口調で椛が呼び止めた。
「すみません天人様、一つお願いがあるのですが。」
「なによ? 帽子拾った程度で結構な御身分じゃない? 今日は桃も徳も開店休業よ。」
「この子混ぜてあげて下さいませんか。今暇してるみたいでして。」
そう言って椛ははたてを指差した。はたては思わず飛び退く。
「えっ……ぃゃぁたしそん」
「全然オッケーよ! 『往者不追、來者不距』ってね! ジャンジャンかかってきなさい!」
一方の腕で衣玖を、もう片方の腕ではたてを掴んで、天子は力強く空へ舞い上がった。椛の失笑だけを残して。
「おせーよ天子ー 逃げたかと思ったぜ。」
「ふん、調子こくんじゃないわよ氷精風情が! さっきのはちょっと手加減してあげただけよ。」
弾幕ごっこの会場へ戻った天子を迎えたのは、腕を組んでふんぞり返るチルノだった。周りにはレティ・ホワイトロック、リグル・ナイトバグ、ルーミア、多々良小傘に橙がいた。天人の遊び相手がこれでいいのか、メンツを見たはたてが思わず心の中で突っ込むような集まりである。
「へん、なに言ってんだい。さっきから負けまくりじゃんか。」
「あんたら全員対私一人なのよ! 調子乗ってんじゃないわよ。さあ、もっと私を責めなさい!」
「総領娘様、そろそろルールを変えた方が楽しいのでは……」
このメンツに負けが込むのはさすがにまずいと思ったのか、さっきから審判役を務めていた衣玖がそっと天子に耳打ちする。
「衣玖! あんた何言ってんのよ。それじゃ負け逃げみたいじゃん。」
「まあしかたない。こっちにはEX中ボス二人に隠しEXボス、キックの鬼と黒幕、そして最強の自機であるあたいがいるんだからな。あたいも少しおとなげないとはんせーしていたところだよ。」
相変わらずふんぞり返った恰好で、自分が言っていることの意味を理解しているのかあやしいチルノが言葉を続ける。
「よーしじゃあこうしようぜ。二人一組でチーム戦やろう。最後まで当たんなかったペアの勝ち。」
「それ面白そうね! じゃあペア作るわよ!」
「では私は審判を……」
とっさに状況を把握し空気を読もうとした衣玖に天子は抱きついた。天子は残念なくらい空気が読めない。
「じゃああたしは衣玖とー」
「あ、ずりぃ! まああたいはレティと組むからいいもんね。」
「じゃあリグル組むかー」
「橙、私とあんたであいつら吃驚させてやろうよ!」
自然とペアができる。リグルとルーミアの一ボスペア、小傘と橙は驚かしコンビである。
そしてそれが必然のように一人余った。レティがそのことに気づく。
「あら天人様、そちらはどなた?」
「あー忘れてた。さっき連れてきた……あんた名前なんだっけ?」
ポツンと一人余るはたては、余りに無邪気な仕打ちに怒りすら湧かなかった。衣玖はできる限りのフォローを入れようとする。
「そうだ、三人一組にしませんか? ちょうど9人ですし」
「もうペア作っちゃったし、めんどいからいいじゃん。」
「じゃ、じゃあやっぱり私が審判を」
「なによ! 衣玖は私と組みたくないの!?」
残念ながらここに気を遣えるような奴はあまりいない。今度はレティがフォローに走る。
「そういえば、貴方さっき縁側で誰かと話してましたよね?」
「ああそうでした。あれは同じ天狗の方でしょう? 彼女も誘いましょう。」
衣玖がすかさず迎えに行こうと縁側に目を落とすと、椛はこちらに手を振って部屋の中へと入っていった。
――う、うるさいな! 誰があんたみたいな狗っころと。こっちから願い下げよ!
さっき自分が言った言葉が、はたての真っ白な頭の中を反芻する。いつまでたっても煮え切らない場の空気に、チルノは我慢ならなかった。
「じゃあしかたねーな。お前ちょっと下行ってだれかペア連れてこいよ。そしたらいつでも混ぜてやるからさー」
はたては声もなく小さく頷くと、そのまま下へ降りていった。氷精の無配慮な提案ははたてにとって逆によかったのかもしれない。これ以上ここに彼女を留めておくのは残酷すぎた。
小さくなっていく後ろ姿にチルノは首をひねる。
「変な奴。友達いないのかな?」
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結局はたては会場に戻るしかなかった。今の彼女に外の空気は冷たすぎる。とりあえず襖をちらりと開けて中の様子を窺う。
さっき妹紅が言っていたように、宴会場では一人酒をしている連中もちらほらといたはずだ。第二の妹紅に辿りつければしめたものである――はたてはそう考え、先程と同様素早く状況を把握する。
今舞台の上では、真夜中のコーラスマスターミスティア・ローレライと地底のアイドル黒谷ヤマメによる「第3回幻想郷歌が上手い妖怪選手権」が催されていた。それに便乗してか、幻想郷の各勢力がそれぞれ代表を担ぎあげて、紅白歌合戦を開こうという流れが出来つつあるようだ。もちろん参加者は紅組ばかりのはずなのだが、細かいことを気にする連中でもない。
壇上を中心とする盛り上がりから外れた奴をはたては探す。
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あそこにいるのは厄神の鍵山雛ね……でもあいつはこの間書いた記事でえんがちょキモいと散々こき下ろしちゃったから、たぶん怒ってるだろうなあー。厄とかばらまかれたらたまったもんじゃないよなあ。
ええとその少し横にいんのが、森近霖之助ってケチな道具屋だっけ? うわ無駄にグラスゆすっちゃって、かっこいいつもりかしら? でも、男となんか生まれてこの方話したことないからなぁ……男ってけだものなんでしょ? 文がそう言ってた。やっぱないわー
そういやあっちにいるあいつ、あれ誰かしら……見たことないなあ。文の写真にもあんなん写ってたっけ? なんとなくさっきの奴と似たオーラを感じるわね。きっと同族よ! なんかあそこだけ変に静かで人もまばらだし、まあ知らないってことは大した奴じゃないんでしょ。よし決まり!
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襖を開けてからこの決定まで0.2秒――はたては目をつけた名も知らぬ少女の向い側の席に、できるだけ静かにかつ自然なそぶりで腰かける。少女の前には琥珀色の液体が入ったショットグラスとチェイサーがあった。他に何か手をつける様子もなく、彼女は頬杖をつきながら舞台の上で踊り跳ねる連中を眺めていた。
現在舞台上では十六夜咲夜、魂魄妖夢、鈴仙・優曇華院・イナバ、東風谷早苗、八雲藍の5名からなる謎のコスプレアイドルユニットが、素人臭い歌と踊りを披露している。主人の強制かと思いきや、みな意外とノリノリのようだ。
向い側に座る者の気配に気づいたのか、その少女ははたての方へちらと視線を遣る。だが特に興味を引くこともなかったようで、ショットグラスの液体をくいと流し込むと、また舞台の方へ顔を向けてしまった。
――な、なんか気まずいなぁ……
はたてはぎこちない笑みを浮かべる。先程の妹紅とは明らかに違うその雰囲気に彼女は蹴落とされていた。気を利かせて酒を注いだ方がいいのかとも思ったが、そんな介入すら許さないようなオーラが眼の前の少女からひしひしと感じられる。
それは孤独というより孤高といった方が適当なのだろう。彼女は空になったショットグラスにバーボンを注ぎ直すと、黄色のネクタイを軽く緩めて再びはたての方を向いた。
「何?」
「ぁっ……ゃ……ぃぇ……」
消え入りそうな声に再び興味を失ったのか、少女はショットグラスを一気に呷って視線を反らした。その空気に漠然とした危機感を覚えたはたては、携帯型カメラを取り出すと目的もなくいじり始めた。それは彼女にとって心のよりどころ、現実逃避の要である。
「……ねえちょっと。うるさいんだけど、その音。」
緑髪のショートボブを軽くかきあげながら、彼女は初対面のはたてへ向かってはっきりと話しかけてきた。部屋の熱気が不快なのか、格子柄のベストをぱたつかせながら、彼女は自分の胸元をトントンと指差す。そこははたての持つ携帯型カメラと同じ位置だった。
生まれてこの方マナーを気にする暮らしをしたことのないはたての携帯型カメラに、マナーモードなるものは存在しない。
「ぁ……ごめ、ごめんなさぃ……」
「別にいいのよ。ちょっと気になっただけ。ところでそれ何?」
「……ヵ、ヵメラです……」
「ふーん。ちょっと見せて。」
さっと差し出された手のひらの上に、はたては急き立てられるようにカメラを置く。
彼女はしばらくそのカメラを手の中で転がしていたが、やがてそれをテーブルの上に置くと、再びはたてに問いかける。
「へえこんなのもあんのね。ってことは貴方ブン屋?」
「ぇ、ぇまぁ……」
置いたカメラの上面を、彼女はコツコツと指で叩く。愛想笑いが精一杯のはたてに彼女の言葉の含意を探る余裕はなかった。
「じゃあ貴方もいろんな奴のとこ取材して回ったりしてるの?」
「ぁ、まぁ少しばかり……」
「ああそう。でも私のところには一度も来たことないわよね。」
コツコツという音が響く。徐々に凄みを帯びる声質に、はたての本能は彼女の方へ視線を向けることを拒否していた。
「前の一斉取材の時も、今年の騒ぎの時も、あんたらはこの私のところにはついぞ取材に来なかったわよねぇ……ねえなんでかしら。」
「ぃ、ぁ……ぁ……その」
前の時の話ははたてとは一切無関係なのだが、そんなことはもはやたいしたことではない。今はただこの殺気だけが問題だった。
今更壇上の歌がはたての耳に届く。どこか抜けた調子の野暮ったいフレーズが、はたての頭をぐるぐると回っていた。
「まあいいわ。でも今度は来てね。」
声色が急に反転する。はたては赦されたかのように顔をあげた。眼の前に座る少女の顔には笑顔が浮かんでいる。そう、強い者は大抵笑顔である。
「ねえ、せっかくだから注いでくれない?」
少女はショットグラスの縁をコツコツと指で叩く。はたてはしつけられた仔犬のように即座にその指示に従った。礼儀を知らないはたてでも、生命の危機の前には体が自然に動くようだ。
トクトクと、琥珀色の液体が注がれる。それはゆっくりと小さなグラスを満たしていき、そして1/2を超えたあたりで、パリン、という音がした。注いだバーボンがテーブルの上一面に広がる。
ちょうど先程爪で叩いた所から、真っ二つに割れたグラスを唖然として見つめるはたての前に、風見幽香はそっと携帯型カメラを差し返した。同じように真っ二つに割れたそれを。
「絶対来てね。約束よ。」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
二枚目のトイレカードを使って、はたては部屋を脱出した。トイレ宣言がむなしい言い訳に過ぎないことも、あの四季のフラワーマスターには分かっていただろう。ただ彼女はもう十分満足したのか、それ以上はたてを押し留めようとはしなかった。
はたてとしても実際トイレに行きたかった。顔の一つでも洗わねばこの震えはおさまりそうもなかったからだ。
だが残念なことに博麗神社の質素な厠に、"手洗い"はなかった。流し場にも行きづらいはたては途方に暮れる。
このように宴会との戦いが終盤に近付くにつれ、徐々に行動範囲が狭まっていくのは常と言える。同じところに何度も顔を出したり、うろつくのはどうも気まずいものがあるものだろう。残り僅かな居場所を求めるはたてが、奥まったところにある小部屋の前に辿り着いたのはその頃である。
「この部屋……なんだろ?」
襖はぴちりと閉じられ、灯りもない。宴会場とは少し離れたこの部屋に宴の賑やかな空気は及んでいないようだった。
大方物置代わりに使っているのかと考えたはたては、誘い込まれるようにそこへ入った。今は少しでも一人になりたかったのだ。
部屋は思ったよりも奥行きがあった。そのせいで逆に鳥目のはたてには部屋の全貌が窺えない。閉じた襖の傍で、はたては丸くうずくまった。
「ハァ……もう、やだ……かえりたい」
ほんの少し視界が潤む。精神的には限界に近かった。何か愚痴の一つでもひねり出そうと、ため息しか出ない口を動かそうとした時、はたての耳は似たような吐息を捉えた。
「……あっ、ぅん、んんいたいよぅ……」
「ちょ、おくう。痛い、痛いって。翼で殴んなバカ」
「ぅ、うんうにゅぅ……だってぇおりん舌ザラザラしてるんだもん……」
「おくうが敏感すぎんの。ほらこことか。」
「ふにゅぅっ……」
それはため息ではなく、艶声だった。暗闇に慣れたはたてが顔をあげると、奥の方に大布団が敷いてあるのに気づく。それはこんもりとふくらみ、そして小刻みに動いている。ウブなはたてにもその動きの意味は理解できた。
「――!?」
思わず声を出して部屋を飛び出しそうになるのを、はたては必死にこらえた。おそらく彼女達は地霊殿のペットである。ここにいるのがバレでもすれば、実力的にも立場的にもタダではすむまい。
全身の筋肉を押し固め、彼女はゆっくりと襖を引く。心臓の高鳴りだけが、頭を割らんばかりの勢いで響いていた。
細身のはたてが通れるぎりぎりの幅が開く。さしこむ月光が、救世の光のように彼女を照らした。その光の道の上をそろり、そろりと這う今の彼女を、烏天狗だと思うものは誰もいないだろう。肩が、腰が、膝が、部屋を抜ける。後ろを振り向くことはない。そうすればまた闇の中に引きずり込まれるという一種確信めいたものが、はたてにはあった。
かかとが抜け、つま先が抜ける。開いた時よりほんの少し荒っぽく襖を閉じると、はたては腰が抜けたように廊下に座り込んだ。高鳴る鼓動だけが、部屋にいた時と同じくはたての中で鳴り響いている。
「な、なにしてるのよあいつら……」
「うちのペットが何か粗相をしましたか?」
再びはたての心臓がとび出そうになる。くず折れるはたての耳元に囁きこんだのは、地霊殿の主古明地さとりだった。
「ぁ……ぁ」
「まあ顔が真っ青ですよ。ほら立てますか。あちらへ行きましょう。今お水を持ってきますからね。」
そういってはたてに肩を貸したさとりは、彼女を裏手にある小さな物置部屋に連れ込む。そこは人の姿もなく、はたてが探し求めていた理想の場所そのものだった。さとりはどこからか水の入ったコップを持ってくると、それをはたてに手渡す。
「さぁ、これを飲んで落ち着いて。随分と心をすり減らしているように見えますよ。」
「見える」というのは比喩でなく本当に「見える」のだが、そんなさとりの言葉遊びに気を回す余裕は今のはたてにない。差し出された水を一口流し込みながら、彼女は気持ちを落ち着けようと、もう火が噴けそうにないカメラをぎゅっと握りしめる。
「あらまあ酷いことをなさる方もいるのね。それはとっても大事なものでしょう?」
「ぃ、いやいいの……ありがとう。」
「いえいえ気になさらず。」
さとりはそう言ってほほ笑む。
そこから先は静かな時間だった。さとりは特に声をかけることもなく、ただ彼女の横にずっと座っていた。
はたてがひと口、ふた口と水を飲み進めるにつれ、心の動揺も腹の奥へ溶けていく。
「少し落ち着いたようですね。」
久方ぶりにさとりが声をかける。落ち着きを取り戻しつつあったはたてが沈黙に不安を感じ始めた、ちょうどその瞬間に掛けられた言葉に、彼女は一層心の警戒を解く。
「うん。本当にありがとう。」
「少し酔いが回ってしまったのでしょうか……いえいえそんなことはないですよね。酔っ払いに脅された、そんなところでしょうか?」
「ん、まあそんなとこかな……」
ゆっくりと、言葉を選ぶように話しかけるさとりに、はたてはかつてないほどの話しやすさを感じていた。
「人と話すのが苦手なのは私も似たようなものですよ。私もなかなか会話がうまくできず、嫌われてしまうことが多いのです。」
そう言ってさとりはくすくすと笑う。はたてにはその言葉が信じられなかった。自分が話したいと思うタイミングで、自分が話したいと思った話題を向こうから振ってくれる彼女が、話下手だとはとても思えなかった。
「あら、私の言ってること嘘だと思ってるでしょう。でもうれしいですね。私と話せてうれしいだなんて思ってくれる方、そうはいませんから。」
さとりの微笑みに、はたても思わず微笑み返す。人前でこれだけ自然に笑えたのは初めてかもしれないと、彼女は思った。
「ふふっ、そんな初めても下さるのね。うれしい。」
はたての表情が少し陰る。さとりの言葉の意味がよくわからなかった。三つの眼が、はたての顔をぬるりと覗き込む。
「そういえばさっき気にしていたでしょう? あの部屋にいた私のペット達が場所もわきまえずふしだらなことをしていたと。でもね、あの部屋は元々そういうことのために用意されているのです。酔った流れで逢引する方々への配慮としてね。そこらへんでおっぱじめられても困る……ふふっ、あの巫女らしい考え方でしょう? さっきも幹事の方が河童を引きつれて部屋に入っていきましたよ。貴方は気もそぞろでそれどころではなかったでしょうが、合間合間にお忍びで席を立つカップルが結構いたのです。」
そろりと、さとりの手が伸びる。今日のためにめかしこんだ新しい服、脇のところにスリットある服へ。
「ぇ、ゃ……」
「おや、今その河童のことが少し頭にちらついているようですよ。もしかして想い人だったのでしょうか? まあ酒の席での関係です。今の私とはたてと同じくね。」
胸元に滑らせた指先で、はたての小さなふくらみの突端を、優しくなでまわす。緩く無防備に巻かれたさらしを、さとりの手は易々とかいくぐった。
「ぃっ! やぁ……」
逆の手をスリットスカートの中で遊ばせながら、細く締まった太ももを指で舐めまわす。経験したことのない刺激に身をよじるはたてを抱き寄せて、その尖った耳の先をさとりは甘噛みする。
「『いやだそんなとこ気持ち悪い……』ですか? じゃあ耳はやめましょうね。大丈夫、私も烏を飼っているので、あやすのには自信があるんです……」
耳にまとわりつく感触を振りほどこうとする動きを先読みしたさとりは、その動きにあわせて顎を掴み、はたての顔をくいと引き寄せる。甘いワインの香りが、二人の唇の間を漂う。
「リラックスして。最初に会った時から知っていましたよ。貴方がキスもしたことのない生娘だってことはね。さぁ怯えないで、優しくしてあげます……はたての初めては全部私がもらってあげますからね……」
くすくすと嗤うさとりが、はたてを押し倒す。横にあったコップが倒れて、残っていた水が辺りに飛び散った。
――いやぁっ……
「あ〜お姉ちゃんまたプロレスごっこしてる〜 あたしも混ぜてっ!」
眼をつぶって観念したはたてが次に見たのは、横からタックルを受けて吹っ飛ぶさとりと、彼女に馬乗りになってゲラゲラ笑う古明寺こいしだった。
酒瓶を片手にメトロノームのように揺れるこいしは完全にできあがっていた。自分の感知できないところから一発もらったさとりは、懸命に上に乗る酔っ払いを振りほどこうとする。
「ちょ、こいし! 離れなさい! 離れてっ」
「でへへーやらぁーあたひもおねぇちゃんとえっちぃことするぅー」
残念ながら力勝負では妹の方が上らしい。こいしはガラス瓶の中身を景気よく呷ると、それを口に含んだまま姉に容赦なく口づけした。
「だっ、こいしあたひお酒つよくなひ、ぶっ、んぐぐっ!」
妹の唾液0.5:ジン9.5のカクテルをたっぷり呑んで目を回したさとりの服をこいしがひんむき始めたあたりで、はたては物置部屋を飛び出した。
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とりあえずあの覚達から逃げようと、前も見ずに廊下を掛け宴会場に飛び込んだはたての顔に、柔らかいものがぶつかった。
「おやぁ? その格好は天狗じゃないかい? 」
思わずその感触の先をまさぐったはたては、声を聞いて固まった。はたての上で顔を真っ赤にしていた星熊勇儀は、自分の胸を揉むはたての手を掴み上げる。
「あたしの胸を揉むたぁ、中々根性ある天狗じゃないか。よっしゃこっち来なよ。」
死とは突然襲ってくるものである。そのままはたては引きずられていった。死刑台へと。
「おーい萃香、今そこで天狗捕まえたよん!」
「でへへ〜勇儀ぃ〜いくら人攫いができないからって、天狗攫っちゃだめじゃーん」
「こいついきなし私の胸揉んできたんだぜ。そりゃ捕まえんだろよぉ」
「いーじゃんへるもんじゃないし。揉めるほどあんならサービスしてやんなよ? ねえ神奈子?」
「はん、お前らちんちくりんコンビこそ揉んでもらったらどうだい? ちったぁ大きくなるかもよ?」
伊吹萃香は八坂神奈子の買い言葉にげらげらと笑った。勇儀ははたてを仲間の輪の中へ押し込むように、背中をバンバンと叩いた。普通の人間が食らったら多分ミンチである。
「おうお前、名前なんてぇんだい?」
へべれけになって転がっていた、これまたジャンボサイズの小野塚小町が声を掛ける。はたてはなぜか胸が痛んだ。
「は、はたて……です」
「おうはたてか。ま、とりあえず呑めや。」
さっそく萃香が杯を渡す。その中身はようとして知れないものだった。おそらくそこら辺に残っている酒を全部混ぜたのだろう。リアルちゃんぽんである。
鬼のすすめを無碍にはできず、はたてはそれをグイと呑む。天狗の端くれとして酒には強いはずのはたても思わずグラリとくるほどの、強烈な液体だった。
「おうおういい飲みっぷりじゃんかよ。よっしゃ天狗様に『洩矢カクテル』もう一杯ついかあぁーー」
萃香がバシバシと手を叩くと、横にいた洩矢諏訪子が怪しげな呪文を唱えながら酒を自分の帽子へぶち込み始めた。祟りがたっぷり詰まってそうなその呪文にあわせて、萃香が適当に踊り出す。
「ギャハハハハ、萃香なんだそりゃ!」
勇儀と神奈子は腹の底から嗤った。もしこの部屋に結界が張ってなければ、二人の咆哮で神社はまた倒壊していたかもしれない。
煉獄のただなかで、はたては最早作り笑いすらできそうになかった。
「はい完成〜さあどんぞ。これが大和のヘタレ神共なら一瞬で潰せるスーパーカクテル、その名も『ミジャグジ』よ!」
みなの中心に諏訪子の帽子が置かれた。
「おうおうおう諏訪子ちゃん、今のは聞き捨てならないねぇ? こんなんであたしらが酔いつぶれるとでも思ってんのかい? んなもんあたしにとっちゃションベンみたいなもんだよ? ぇえ?」
神奈子は自慢の髪形をぐらんぐらん揺らしながらバーテンダーに絡む。しかし赤蛙より真っ赤な顔した諏訪子は、酒気だか瘴気だかよくわからないものを口から吐きながらそれに噛みついた。
「な〜に言っちゃんてんだい? あんた私に飲み比べで勝ったことあったっけぇ? 大和のお嬢ちゃんとは体のつくりが違うんだよつくりが。」
本日何度目かの口論を始めた二柱を鬼達はまた笑い飛ばしていた。
「タンマタンマ。喧嘩は華だが、ここでやっちゃぁ巫女にどやされる。せっかく造ったんだ、とりあえずこれでみんな乾杯といこうじゃないか?」
絶妙なタイミングで小町が割って入る。元からふざけてるだけの二柱も特に反論はせず、帽子から酒を汲んで皆に配った。もちろんはたてにも。阿鼻叫喚の図にすっかり収まった彼女はただ出される酒を呑みまくるしかなかった。
「そーいゃはたて、あんた確かこの間地底に来てあたしらに取材しなかったかい?」
云十杯目の酒がはたてに供された頃、勇儀は何を思い出したか突然そんなことを言い出した。
「あにゃ? そうなの?」
「なーにいっちゃんてんだい萃香、あんたもあんとき旧地獄に里帰りしてたろうが。」
「そだっけ?」
「あたしらんとこにも来たよね?」
すっかり記憶のぶっ飛んだ萃香の代わりに答えたのは諏訪子だった。
「あーそういや、あのいつも来る射命丸とかいう奴の後にもう一匹来たが、それお前だったか。」
「神奈子あん時真面目にやんなかったでしょ? なんだよ『御神渡りクロス』って。ロボットアニメの第三クールに出てくる新技かよ?」
諏訪子のツッコミに萃香はまたも笑い転げた。ちなみに萃香は去年の宴会の時この話題でレミリアと大喧嘩したことがある。
「いーじゃねーか。つぅか『ケロちゃん』にいわれたかねぇよバーロー。なぁはたて? あれムズかったろ?」
「はっ、ふぁぃとれませんでしたはい!」
「ほぉ〜ら、どぉーだいどうだい!!」
ぶっちゃけ一つ前のLVの印象が強すぎてあんまり記憶がないのだが、フラフラのはたてはとりあえずそう答えた。神奈子は満足そうに杯に残った酒を一気呑みする。
「そうぃやそんときの新聞みせてもらってないねぇ、今ないのかい?」
横隔膜がひっくり返った萃香に一発拳骨を入れながら、勇儀が尋ねた。
「へ、ええちょっと今日は持ってきてないというか、ぇぇ……」
「まあ宴会に新聞持ってこられてもゲロ袋にしかなんないからねぇ。」
小町の一言に萃香はまた嗤いだした。もう箸が転がっても嗤いそうだ。その隙に伊吹瓢から酒を失敬した勇儀は言葉を続ける。
「そうなんだよ、こいつら断りなく取材する癖にあたしらには新聞見せてくれないんだよな。おう八坂の、今度まとめて持ってきておくれよ。」
「あぁん? おぅいいよまかしときな! そんなおもしろいもんでもないがねぇ。この前は……なんだっけ?」
「山のお祭りのやつじゃなかったっけ?」
やはり記憶がぶっ飛びはじめた神奈子に代わって答えたのは諏訪子だった。
「おうそうだそうだ!」
「懐かしいねぇ! あれまだやってんのかい!」
勇儀は顔をぱあっと輝かせて膝をぽんと叩いた。
「最近適当になってたから、うちの神社名義で元の形に戻したのさ。最近の若いのはどいつもこいつも祭りやりたがんないからねぇ。」
「じゃああれかい、あれもまだやってんのかい? “妖怪音頭”」
「もちやってる。踊らない祭りなんてつまんないじゃん。」
二柱の言葉に、勇儀は今までで一番楽しそうな顔になった。
「あれ考えたのわたしなんだよ。いや久々に見たいねぇ……そうだ! はたて、あんた踊っとくれよ!」
もうろうとし始めていたはたての酔いが一気に醒めた。引きこもり歴×××年のはたてがそんなもの踊ったことあるはずもない。
「ほら立って立って!」
死は不意にやってくる。小町に首根っこを掴まれて強引に立たされたはたては、紛れもなく自分が死刑台にいたことを思いだした。眼前には期待に満ちた目で自分を見上げるかつての上司と今の上司。
はたては最期の活路を求めて、辺りを見回した。先程の文の振る舞いをとっさに思い出したのだ。理由をつけて別の卓に飛び移れば、この絞首台からあるいは逃れられるのではないか――はたては細い細い糸を求めて、会場に入る際に見せたあの驚くべき分析能力を三たび駆使する。
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右上座の卓は大きく二つのグループに分かれてんのね。奥の方は八雲紫、西行寺幽々子、八意永琳辺りがいるのか……
紫「だからさ、私はね、幻想郷のみんなの為を思ってやってるの。なのになんで私が裏で陰謀仕組んでるみたいな話になるのかなぁ……」
幽々子「そうよね、ほら先週の妖怪連絡会、あれ誰も幹事やらないからしかたなく私と紫で色々セッティングしたのよ。そしたらあいつらなんて言ったと思う? 『龍神様もお二人の働きぶりにはさぞお喜びでしょうね。いやはやそのご寵愛ぶりが羨ましい』ですって! あいつらがちゃんとやらないから私達が代わりにやってんのに、何あの言いぐさ?」
紫「私らだって龍神様と直接話したりなんかないってのに。まだあんの。あいつらその後私に『やっぱり冬眠なんてなさらないんですね』とか言うのよ。こちとら寝たいのにあんたらの為に睡眠時間削って頑張ってるっつーの。どうしてああいう風にしかとれないのかしらね。もうやんなっちゃう。」
永琳「そう、その時診療所までの道を安全にしましょうって私が提案したじゃない? そしたら天狗あたりが『人間様が随分増長しておられる。五体不満足になってさえも食われるのが嫌かね。』とか陰で文句つけてるみたいなのよ。私は手負いでうちに駆け込んで来る妖怪のことまで考慮して提案してるのに、何でああいうこというのか理解できないわ。」
幽々子「それはもっと酷くてね、なんだか紫が永琳や里に手を回して、邪魔な妖怪を排除しようとしてるとかいう話になってるらしいわ。この間の連絡会で採択された『種族間融和宣言』が気にくわない奴らが吹聴してるっぽいんだけど。」
永琳「だったら会議で言えばいいのにねぇ。表では黙って裏ではグチグチと、ったくどっちが陰謀好きなんだか。」
……ああ偉い人の愚痴ね。昔天狗の会合に無理矢理引っ張り出された時、大天狗が部屋の隅であんな話してたわ。しかも話題は天狗への文句。あたしだって大天狗や天魔のやり方にムカつくことあるけど、でもあそこに潜り込むのは無理だよなぁ……
その隣の集団は、四季映姫・ヤマザナドゥ、聖白蓮、上白沢慧音あたりが中心ね。
慧音「やはり最近の不健全な情報の氾濫は目に余るものがあるのではないか?」
白蓮「だからといって情報の流通に制限を課すことが善行とは思えません。」
映姫「ふむ、つまり白蓮さんは『青少"人間"保護条例』に反対だというのですね?」
白蓮「『保護』というのは執行する者がすべてを決めることができるという奢りからなる思想です。それは私の考える人間と妖怪の平等とは異なる。」
慧音「真に有害なものに、種族の垣根などないだろう。」
白蓮「『真』なるものを判断するのであれば、それこそ正邪全てを知る機会を皆が持てるようにせねばなりますまい。貴方も教育者であればそのことは理解しているはず。」
慧音「それが理想論だというのだ。実際にそうしたものに晒されている子供たちに日夜触れていれば、そんな考えが無益なことはわかるはずだ。」
うわなんかメンドクサイ話してるなあ。しかもテーマが「知る権利」やら「情報公開」……もしあたしがあそこ行ったら『記者として君の意見はどうだね?』とか言われちゃうんだろうなあ。そういうかったるい話に興味なんかないし話すことなんかないってのに。無理無理、次、次!
左列はっと……うわあの怖い人まだいるよ。でもそれ以外にも二つ集団があるわね。手前の方の大きなグループは、あれは東風谷早苗と村紗水密、あと因幡てゐと秋穣子だっけ?
早苗「えーじゃあてゐさんは結局オオクニヌシにコクらなかったんですか?」
てゐ「うーん、まあねぇ……ちょっと良い感じになったんだけどさぁ、やっぱヤガミヒメの顔立てなきゃなんなかったし……」
早苗「でも怪我してるとこ助けてもらったんですよね。いいなあそういう出会い超憧れます。」
穣子「あいつはモテたもんねぇ。まあ結局女つくりすぎた気がしないでもないけどさ。」
てゐ「そうだよねぇ、側室で逆玉コースも考えたんだけど、まああんときは私も若かったからなぁ……」
穣子「そうなんだよねえ。」
村紗「そういう穣子ちゃんだってカレシとの馴れ初めスゴイ癖にぃー」
穣子「いやスサノオがさ、私助けてくれた時はやっぱビビッときたんだよ。でもねぇあいつちょっとナヨいよなぁ……あんときはそういうのがかわいいなあとか思っちゃったんだけど、うーん馬鹿だったよねぇあの頃は」
早苗「でもイケメンに命助けてもらうなんて全女子の憧れシチュエーションじゃないですか。」
村紗「そうそう! あたしも昔助けてもらっちゃったからなぁ〜」
てゐ「あんたはグレてたの更生させられたんでしょ?」
穣子「そういうのはあんまお勧めしないよ。なんか相手じゃなくてシチュエーションに恋しちゃうんだよね。」
村紗「え〜そんなことないですよぉ〜 私は千年間ずっと聖一筋ですしぃ//」
早苗「うわぁラブラブぅ〜!」
穣子「そこまでいくともう尊敬に値するわ。」
てゐ「よくそんなに飽きないわよねぇ。そういえばさ、イザナミの奴、あいつ今でも律儀に毎日1000人殺してんの?」
穣子「うん。それどころか最近元旦那から連絡こないからムカつくって1500人以上殺してるらしいよ。」
てゐ「いい加減未練ったらしいからやめろよなーどんだけホレてんだよ。」
ああ、恋バナですね。まあ女子がこんだけいて、宴が煮詰まってきてんだから、そりゃそうですよね。でもあたしにそんな話あると思う? 普通に会話しようとして傷付いた話は出来るよ。どんな失恋話にも負けない自信あるね。でもそんな会話自体があたしにとっちゃ拷問だよチキショッタレめ。ああもう次!
次、ねぇ……えーとアリス・マーガトロイドとパチュリー・ノーレッジ、あとフランドール・スカーレットか。うわ暗……
フラン「魔理沙がね(ry」
パチェ「魔(ry」
アリス「m(ry」
はいはいもう聞く必要もないわね。さすがの私もあれには引くわ。つうかなんでBGMが「暗い日曜日」なのよ。しかも演奏がルナサ・プリズムリバーでVocalが水橋パルスィよ! あんなとこ近寄ったら明日のお天道様見る前に首括って死んでまうわ。はい投了! あたし死んだー! さよならあたしの人生!
……ん? ちょっと待てよ。あの暗黒集団になんでにとりがいないんだろう? あいつも一応あのメンバーの一人よね。あいつどこいったんだ? よく考えれば別れてから全然姿を見てないような……あ、いた。舞台の裾の近く、霧雨魔理沙と博麗霊夢の集団から少し離れたとこにちょこんと。あいつあんなとこで何を……ん? そう言えばさっきどっかであいつの話を聞いたような……外で酷い目に遭いかけた時、なんかどさくさに――
――さっきも幹事の方が河童を引きつれて部屋に入っていきましたよ。
-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
ここまでの間約1.3秒、手拍子を打とうとしていた鬼と神を制止するように、はたては大きな声で叫んだ。
「勇儀様、私なんかよりずーっと適任がいますよ。あの向こうにいる河童のにとり。あいつはもう踊りがうまいってんで有名で、もう"妖怪音頭"の名人とまで言われているんです。一つ一つの動きを見れば指先まで神経が行き届き、それでいて全体の所作は豪放磊落。あいつが踊ると酒を呑む手も思わず止まって誰彼構わず一日中踊り出しちまうってぇんで、私ら下っ端天狗の前では踊っちゃならねぇって事になってるんです。」
自分の口から適当なでまかせが次々と出てくることに一番驚いていたのは、他ならぬはたてであった。手拍子を中断させられたことより、はたての豹変ぷりへの驚きの方が勝ったのか、下で囃したてていた連中もしばしぽかんと口を開けていた。
「――はーん、なんだかよく分かんないけどまあいいや。おいそこの河童!! ちょいこっち来な。」
「ひゅいっ!!」
鬼にその嘘がどうとられたのか知らぬが、勇儀はニヤリと笑って振り返るとにとりを呼びつけた。さっきまで少し伏し目がちに艶っぽい顔をしていた彼女は、突然の死刑宣告にたちまち真っ青になっていた。
はたては黒々とした顔に笑みをたたえていた。さっきまではたてが立っていたところへ引きずられてきたにとりは、はたてのその表情を見て、すぐさま状況を理解した。裏切りを憎々しげに見つめる視線と、裏切った報いを嘲笑う視線が、その瞬間火花を散らして交錯する。
鬼から説明を受け覚悟を決めたにとりが、大して踊ったこともない"妖怪音頭"を踊ろうとした、その時――
「おうお前ら!! 盛り上がってるとこすまないが、ちょっと時間借りるぜ。」
壇上から響いたのは魔理沙の声だった。マイク片手に手を振り回す彼女に、会場の視線が集中する。
「まぁ毎年恒例のイベントってやつだ。みんなもお楽しみのアレだぜ。」
とたんに場内が拍手と歓声に包まれる。魔理沙の手には白い封筒が握られていた。前門の虎を幾度もかいくぐってきたはたては、自分の後ろに狼がいたことをすっかり失念していた。
「おお、アレやんのか?」
「楽しみだねぇ。今年は誰だい?」
勇儀達もそちらのイベントに興味が移ったのか、にとりをほっぽって壇上の方へ視線を向ける。魂が抜けたような顔をしていたにとりの隣で、はたての顔は死んだように生気を失っていた。
――どうしよう、なに言うか全然考えてない。スピーチでなに話すか全然考えてなかったよ! というかこの盛り上がりは何? この中であたし喋るの? なんか言うの? 無理、無理無理無理!
はたては本能的に横にいるにとりの肩にすがりついた。だがにとりはその手を払いのけると、ゴミを見るような目つきではたてを睨みつける。
「よーしじゃあ今から名前呼びあげるから、呼ばれたらこっち来て一言頼むぜ。」
耳をつんざくばかりの歓声。
今日一日たっぷりストレスにさらされた末友人に見捨てられ、これから一人あの壇上に向かわねばならないはたての脳みそは、機能を完全に停止しようとしていた。
歓声が、風景が、遥か遠くの世界で行われているように思える。スローがかった景色の中、ディレィして届く人妖共の声が幾重にもダブリングしてはたての鼓膜を優しく揺する。歪み熔けていく世界の中心で、先程まで一心不乱に流し込んでいた祟り神カクテルが胃の中を暴れ回り食道を駆け上ってくる感覚すら、はたてはどこか他人事のように感じられた。
「さて今年はどいつのスペルカードかねえ。おいはたて、あんたはだれに賭けたんだい?」
ふと後ろを振り向いた勇儀の目に飛び込んできたのは、はたての口から滝のように流れ落ちる黄色い液体だった。
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「じゃあ早苗、お願いね。」
玄関口にたつ霊夢は、疲れた様子で早苗に声をかけた。片付けも大方済んだせいか、徹夜で騒いだ疲れがどっと出てきたようだ。しょぼしょぼの目をこすりながら、霊夢は一つ大きな欠伸をかく。
「はいはい。っていうかなんで私がこの人おぶってかなきゃいけないんだろう。」
「しょうがないじゃない。文も椛も気付いたらいないし、にとりは絶対にやだって言うし。他にいないでしょ。それともあんたの神様たちに運ばせるの?」
「神奈子様と諏訪子様にゲロぶっかけた奴をなんで私が運ばなきゃならないのかって言ってるんです! ほっときゃいいじゃないですか。」
声を荒げる早苗の背中にははたてがいた。穏やかな寝息を立てるはたてがずり落ちそうになるのを、早苗はおぶり直す。
「あんたが三年前にぶっ倒れたときだってみんなで運んだのよ。こういうのは助け合いなの。」
「私は吐きましたが人にはかけてません。」
「ゲロにまみれて便所の前で死にかけてたやつが何言うか。」
その話題に触れられたくなかったのか、口をへの字に曲げたまま、早苗はそれ以上何も言うことなく空へ飛び立っていった。
ちなみに三年前の時は永琳が心肺蘇生をする間、幽々子が半分飛び出しかけた早苗の魂を使って宴会史に残る芸を披露したと記録に残っている。
阿求のよればそれは『筆舌に尽くしがたいほど優雅で、見たもの全てが魂を吸われたように立ちすくむほどの美しさ』だったらしい。
「ようやくおかえりになったか風祝様は。」
朝日の中に消える早苗を眠たげな視線で見送る霊夢へ、魔理沙が声をかける。
「ああ魔理沙。どう? 部屋の掃除終わった?」
「ブツは撤去したが臭いと祟りはとれんな。まあ後で永琳が脱臭剤と土着神コロリ持ってきてくれるらしいが。」
「やーよゲロくさい祟り部屋で年越しとか。」
霊夢は頭を掻く。例年こういうことが起きるのだが、妖怪にぶっかけた莫迦は霊夢も聞いたことがない。次こそは紅魔館でやってほしいと、彼女は毎年繰り返し訴えている。
今はゲロに一緒にぶちまけられた祟りを回収するため、鍵山雛が一生懸命部屋で回っていた。流石にこのまま年越しでは霊夢が不憫すぎるとみんな思ったらしい。
「しかもゲロかけられた鬼がそのまま暴れまわるんだもん。部屋中にゲロが飛び散るわ、みんな二次被害にあうわ、たまったもんじゃないわ。」
「そーいやあいつらどこ行ったんだ。」
「風呂入った後守矢の二莫迦や紫とか連れてどっか行ったわ。どーせウン次会でしょ。」
「うへぇまだ呑むのかよ。」
魔理沙は顔をしかめる。霊夢も苦笑いで返した。
「しっかしよりによってMVDのセレモニーの時に吐くなよなあ。あれで余計被害が大きくなっちゃったぜ。」
「そうねぇ、ちょっとしらけちゃったわねえ。」
MVD(Most Valuable Danmaku)は、「弾幕日報」の後援の元、その年一番サイキョーね! だったスペルカードを投票形式で選ぶという幻想郷年末の一大イベントである。優勝賞金の高額さもあって、この時季となると誰のどのスペルカードが良かったかなどという話でみな持ちきりとなるのだ。
ちなみに今年栄冠を勝ち取ったのは、「新聞拡張団調伏」を1票差で振り切った「龍宮の使い遊泳弾」だった。専門家による事前の予想では「胎児の夢」の文学性を高く評価する声が多かったのだが、意味がさっぱりわからなかった妖精達の票が三月精のスペルにばらけたため、蓋を開ければ大接戦となったようだ。
「まあいいか。一応無事終わったし。魔理沙、茶でも飲んでく?」
「おお迎え出涸らしか。ありがたく頂戴するぜ。」
「そういえばさ、ゲロ吐いたあいつ、名前なんだっけ?」
「さあな。ところで私なにかイベントを抜かしてしまった気がするんだが、そんなことあるか?」
「んなこと知らないわよ。忘れるってことは別にどうでもいいモンだったってことよ。」
「まあそうだな。過ぎてしまったことは仕方ない。」
そう言って二人は家の中に戻った。何気なくポケットに手を突っ込んだ魔理沙は、中に何か入っていることに気づく。
「ん?」
それは白い紙片だった。
「姫……は、たて? なんだこりゃ?」
「魔理沙、どったん?」
「んーおそらくなんでもないぜ。」
身に覚えのない封筒を丸めてゴミ箱に放り投げると、魔理沙は居間の方へと駆け込んでいった。
知ってる人がほとんどいない忘年会へ行ってきた直後の感情を元に、思いついたネタをどんどん継ぎ足したら収拾がつかなくなりました。
皆様よいコミケとお年を
1/1 皆さまあけましておめでとうございます。
>1
最初は特に目指していなかったのですが、途中から出来るだけ多くキャラを出したいなと思って書きました
魔理沙のは実際にやられたことが(ry
>2
本当に飲み会の座席取りは難しいですよね。あれで酒の味が変わります
恋バナは…
>3
半分ぐらい実体験の脚色です。
魔理沙のは(ry
>4
はたては本当は宴会好きなんですよね。はーたんごめんね
>5
ご愁傷様です
社長の隣はないなあ。主賓テーブルに押し込まれたことはありましたが
>6
ゆゆゆかえーりんみたいなのと本当にこの間相席しました
>7
最初書いた時、産廃っぽくないかも(いつもか)と思ったのですが、そういって頂けてホッとしました。
んh
- 作品情報
- 作品集:
- 22
- 投稿日時:
- 2010/12/28 16:31:23
- 更新日時:
- 2011/01/04 20:47:42
- 分類
- はたて
- その他大勢
- 1/4米返信
はたてちゃん、何とか危機を回避できてよかったね〜。
おそらく彼女の記憶は消えていると思いますが、友人と親友を失い、
いつの間にやら大物妖怪にアポを取ったことになっていたり、いろいろ大変でしょうが、
…はたて、生きろ。
…最後、魔理沙、そりゃあんまりだ〜。
我輩でしたらこの面子で一緒に飲むなら、恋バナしてる面子かナズーリンと美鈴か幽香さんあたりでござる。鬼2匹と神奈子とケロちゃんは絶対避けて通りたい。
状況分析はそれなりなのに、変に好奇心あるってやばい方につっこむは、後さき考えないで見捨てられは。
それまでの行い的なもんも加えて、自業自得な面も多いなあ
うん、でも最後のまりさはひでえw
はたはた・・・イキロ
はたてにものっそい感情移入したわ……
愚痴言い合ってるゆかりんとゆゆ様とえーりんが
なんか可愛かった
さとりにコマされてた方がこれよりはまだハッピーエンドだったかも知れないなぁはたて…
にとりを失ったのが一番の痛手っぽい