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『あやや』 作者: 赤間
さらさらと流れるような雨が文の頬を濡らしていた。
傘を差すほどのものではなかった。視界を遮る霜のような。ゴーグルのレンズを何度拭っても、とれない。
それは血痕のようだった。拭っても拭っても、何度擦り合わせても消えることのない名残。一つ大きな雫が広がって、それはシャツに染み込んでいった。二度と取れない匂いと色を撒き散らして、繊維へと沈んでいく。文はシャツのボタンを弄った。僅かに黄ばんだ円形を見つけて、ある日のことを思い出していた。
「ふぅ、ん…はっ…」
ざあざあ降りの雨と、水のような、蜜のような、滴る雫を手の先で受け止めながら、文は股間を弄られる感覚に体を捩った。
背中から漏れるばちりばちりという音が痛々しい。頭の辺りは木の陰になって傘代わりをしている。むせ返るような湿気と、素肌を外に晒している清涼感が文の乳首を硬くした。股間から一つ、また一つと衝撃が加わると同時に、形のいい胸も大きく跳ねた。
文は見知らぬ天狗と和姦をしていた。きっかけというものは一つもない。生きのいい男を前にして欲情しない女がどこにいようか。文はそれでなくても体を欲していたのだ。女でも男でも構わなかった。その中で、若くて凛々しい天狗を見つけられたことは、文にとって最良であった。
「あっ、は、ふぅ、ひっ…」
予想は当たっていた。その天狗は二つ返事で了解してくれた。接吻や愛撫などいらなかった。ただ芯を抉り取られるような、子宮を突き刺すような刺激があればよかった。痛みでさえも快感に代えられた。天狗は獣のようにがつんがつんと腰を突き動かしている。幾度となく子宮口にキスされた。その度に文はよがるのだ。狂ったように背中を逸らして、雨に濡れる。
「んん、あっ、きてっ…! あっ――」
ぶるぶると相手のモノが震えた。さざなみのように一度大きくうなった肉棒が大きくなって、蛇口から捻ったような水を注がれている気分になった。次には体の真ん中に液体を注がれていた。何億という種が入ってくる。一つも着床しないのに。
文はいつの間にか涙を流していた。悲しいわけではない。笑えるわけでもない。ただ、何故か、哀れに思えたのだ。
この種は文の中でなかったことにされてしまう。まかり間違ったとしても、子供なんて。
交尾にも似た行為はすぐに終わりを告げた。ずるりと抜けていく感覚に心が粟立つ。はぁ、はぁ、と荒い息遣いが土砂降りの雨の中に消えていった。
若い天狗はモノをしまうと、文の頭を軽くなでる。文はその手を払って、全裸のまま服を掴み飛び立った。
雨に打たれる。涙もそのまま混ざってしまえばよかったのに。瞳を突き刺す雨はやまず、膣から精子があふれ出た。
文は、子供が産めない体であった。
「そりゃあさ、あんだけピル飲んでたらできるものもできないってわけよね。それだけじゃないみたいだけど?」
姫海棠はたては注射器を恍惚とした表情で見つめていた。今からそれを静脈に打ち込むのだ。
文は無表情でポケットから取り出した煙草に火をつけた。白い煙が舞っている。
「だってさあ。若い精液って、いいじゃない。こう水っぽくて、量が少なくて。すごく哀れ」
「そんなものより私はコッチのが好きなんだけどなあ。ほらあ。いいでしょうこれ。文も一度やってみればいいんだよ。すごいから。もう、すんごいの」
「あーあー、水零してる」
机から乗り出したはたての肘がぶつかって、コップが横たわる。中身を拭こうとする前に、はたてがべろんと舌を伸ばして水もろとも机を舐めた。
フィルターを咥えて大きく吸い込んだ。吸い込んだところで、文の体が、言えば下半身が、上手く働くことはないのだ。
「ねえ。あーやーちゃーん」
「はいはい。また今度ね」
「ちぇーっちぇっちぇっちぇ。文ちゃんほんと、つれないなあ。ばかん」
「私の不妊が治るなら考えてもいいかもね」
「うんそうなんだって、不妊が治るんだって。ね、ぽんぽん孕むから。ねね。すごいっしょ」
「はいはい」
空返事でごまかした。もう少し頭を捻れというものだ。いやもう、こいつにはそんな処理能力もないのかもしれない。
文は寂しげにまたフィルターを咥える。はたては何が面白いのかはしゃぎにはしゃいで、今にも家から飛び出してしまいそうだ。それでもいいのかもしれない。こんなやつは崖から落ちて腹を抉られ死ねばいい。
「ねえねえ文ちゃん。窓のそとであんたの旦那が手振ってるのが見えるよ」
「誰よ旦那」
「椛」
「ないわ」
短い言葉のうちにも、はたての瞳には焦点というものがなかった。
「ねえなんで文ちゃんはそんな意固地になるの? はたたん悲しい」
「そういうさ、クスリで感情を左右されるのって嫌いなんだよね」
「へー」
文はバッグから本を取り出した。萎れたページはインクが滲んで、擦ればべろりとページがはがれた。
舌打ちする。外でするべきではなかったか。
「ねえ文ちゃん」
しびれを切らしたようにはたては言う。
「椛のこと見てあげないの?」
「見る? 何を? アソコ? やあねえ、あいつ生えてないわよ」
「そーじゃなくってぇ」
はたては土砂降りの窓を擦り、はぁーっと汚い息を吐いて、自らの袖で曇りを拭った。そんなことで鈍麻する意識の向こう側がよく見えるはずもない。
「だってさあ、見るからに好きじゃん。文ちゃんのこと」
「本人はそうじゃないって言ってたけどね」
「あったり前じゃん。馬鹿?」かちんときた。「んなの、告白じゃないんだからはい好きですとか言うわけないじゃん。乙女心がわかってないねえ」
「わからずとも体つきは自信あるから別にどうでもいい」
あーあー、ダメだダメだー。なんて肩を上げて挑発のポーズ。うざい。
文だって気づいていないわけではない。彼女からは寵愛とも言えるほどの感情を放っていることを知っていた。だからこそ嫌なのだ。
文がしたいのは恋愛ではない。欲しいのも恋人ではない。ほんの少しある劣情の炎を燃え上がらせることのできるひとであれば誰でもいいし、そのついでで子供ができれば文句がない。
子供が欲しかった。
「女同士でも確かに気持ちいいけどさあ。繋がるものがないわけよ」
「文ちゃんってそんなところが乙女だよね。数あるビッチの中でも変なビッチだよ」
子供が欲しいだなんて、変だよ。とはたてはえらく真面目な顔で言う。
「ダメなわけ?」
「ううん。そうじゃないけど。椛もそういうことわかって、だからこそ言ってると思うんだよね」
「そ。でもそれだと余計近づいて欲しくないわ。たまにセックスしてくれるならいいんだけど。あいつ、テクだけはあるし。キス上手いし」
「好きなんじゃん」
「ないわ」
同じようなやりとりの後、はたては注射器を手にとり、小さく喘いだ。きっと静脈にアレを打ち込んでいるのだろう。
「…っふぅー」
いっぱいいっぱい息を吸った後のような深いため息とともに、はたての意識は飛んでいった。あと数時間はこのままだろう。
涎を垂らし、気持ちよさそうに舌を出しながら呼吸をしている。それを間近で見る文は、いつもそれを犬のようだと思う。
どのくらい時間が過ぎただろうか。鳴り止まない雨の音が一段とうるさくなったとき、文は視界の端にはたてを捉えた。
「ねえ、ねえ。文ちゃんがなんで妊娠できないか知ってる?」
「病気」
「違うよ」
戦慄した。
「文ちゃんの子宮さ、私がアレ、注射しちゃったんだよねえ」
ぎゃははははと下品な笑いが部屋に広がった。
文は呆然としたままはたてを見やる。一世一代の告白をした後のようにスッキリとした顔をしていた。瞳の端に涙を浮かべて笑いもした。
無意識だった。
そのはたての首が、驚くほどの磁力を放っていたとしかいいようがない。
「ね、だからさ。コレしようよ。楽しいよ」
くるりくるりと部屋を飛び回るはたて。
タバコの火を消して文は立ち上がり、そうしてはたてへと近づく。
嬉しくて嬉しくて。その首を、どうしようもなく、抱きしめたくなったのだ。
「文さん」
ボタンを弄っていると、椛が声をかけてきた。
「ここにいましたか。まったく、フラフラするのはよしてください」
「ごめん」
「まあ、いいですけど…それにしても」
椛ははたての家を見つめる。そこには天狗の列ができていた。喪服。黒。
「姫海棠はたて。あのひと結構なヤク中だったようで。まあとち狂ったんでしょうね」
「かもしれないわね」
「文さんはそんなこと、しないですもんねえ」
「嫌いだしね」
雨が強くなっていく感覚がした。
秋の雨は長いのだ。
「文さん。そろそろ入りましょう。風邪を引きますし」
「うん」
文は小さく笑んではたての家を見る。
そうして、妖艶に、にやぁりと、笑った。
「ねえ椛」
「はい?」
抱いてよ。
今年最後になります。皆様良いお年を。
来年もよろしくお願いします。
赤間
- 作品情報
- 作品集:
- 22
- 投稿日時:
- 2010/12/29 12:56:39
- 更新日時:
- 2010/12/29 21:56:39
- 分類
- はたて
- 文
刹那の快楽。
刹那の殺意。
刹那の愛…で終わるかは、文と椛次第。
雨が全てを洗い流してくれる…ことなく、全てをぐちゃぐちゃにする。
これは良い短編でした。
俺はそこまで言葉にはできなかったが、それでも
この話には心に染み入るものがあった
心に染み入るね
ビッチな妹紅でお年玉を希望します〜
来年が赤間さんにとって良い年になりますように…