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『貴女と居ること @』 作者: 冥
数少ない窓から射し込む光
庭で囀る小鳥
館の主人の起床よりもずっと早く 私の朝は始まる
服を着替えて 館内を軽く掃除する
明り取りの窓が極端に少ないこの館の中は 陽が出ているにも関わらず 常に薄暗かった
少人数で暮らすには、あまりにも広すぎるこの館。『紅魔館』
普段はパチュリー様の魔術や 私の力で 館内を少し圧縮している
床を掃き 壁を拭く
流石にこの館を一人で掃除するのは大変だ
時間を止めて作業したり、適度に休憩をとってはいるものの、もう少し妖精メイド達も役に立ってはくれないだろうか…
外から見る館の全貌に対し、その内部は数倍にも及ぶだろう
更に 沢山の書物が眠る大図書館、何処まで続くか判らないくらい 地下に張り巡らされた 迷宮ともいえる空間
住んでみて改めて実感できるが、幻想郷といえども これほど広い敷地を固有する者は殆ど居ない
(−私の知る限りでは、後は冥界の亡霊が済んでいる 白玉楼がある敷地だろうか。あの庭師には 様々な意味で同情できる−)
そんな館の主人、レミリア・スカーレット。
数百年を生きる吸血鬼であり、この幻想郷のパワーバランスの一角を担っている
外見こそ十にも満たぬ幼い女の子ではあるが、背に生えた 身の丈くらいもある大きな翼、吸血鬼特有の身体能力、他人に圧力をかける様な発言、対峙する相手の戦意を一瞬にして喪失させてしまう程の覇気
人間ならば 誰もが恐怖の象徴として見るだろう彼女だが、時折みせる 外見に反さぬ幼い言動、五百年近く吸血鬼をやっているにも関わらず、未だに上手く血が飲めない一面
(−血を溢してしまい、衣服を鮮血に染め上げるその姿が お嬢様が『紅い悪魔』と呼ばれるに至った所以らしい−)
悪魔と呼ばれているのが嘘だと思うくらい、可愛らしい寝顔
主従関係であることすら忘れ 時として姉と妹、母と子にも似た様な感情を抱くこともあった
吸血鬼の強大な力を持つ反面、それ相応の弱点も 幾つかあるようだ
月の出ている間は 力が最大限発揮され、誰一人として敵う者は居ないらしく『私は夜の帝王だ!』などと豪語していたが、代わりに陽の光には滅法弱く ちょっとでも浴びると お嬢様曰く『大変な事になるよ!』とのこと
それを物語る様に この館には窓が少なく、カーテンが多い
だが、日中に日傘一本持って平気で外へ出歩いてるのを見る限り、あまり大変な事が起きている様には見えない
『本調子ではないけど、これくらいは大丈夫よ』
と 笑って言った
どうやら直射日光でなければ平気らしい
一歩間違えば『大変な事』になるというのに 日傘をクルクルと回して散歩するお嬢様
『いざとなれば その運命を変えれば良いわ』
なんて言いながら、庭園をはしゃぎ回る
軽快な動きをしつつも、彼女の雪のように白い肌や 相反する漆黒の翼が陽に晒される事はなかった
特注品の大きい日傘を差しているとはいえ、見ていてこっちが怖い
運命なんて言わず 吸血鬼の再生能力を用いても良いと思うが…
彼女が有する『運命を操る程度の能力』
本人がいうには、やがて訪れる未来(運命)を視たり ある程度は創ったりできるそうだ
起こりえた現象(運命)を操作し、その現象そのものを無くしてしまうことさえ出来るという
彼女と出会った者は その能力に影響され、幸であれ不幸であれ 奇抜な運命を辿ると言われている
その辿る道は お嬢様の気分次第、つまりは気紛れ
私自身 彼女と出会う前、幻想郷に来るよりも前の記憶は覚えてないが、少なくともこの地で彼女と会えたこと、そして 一緒に居られる事は とても幸せだと感じている
例え気紛れで救われた命であったとしても、お嬢様がどう思われていようと、私はあの日 残された生涯を彼女の為に尽くすと誓っ…………
ドオォォォンッッ!!
『……………。』
突如として鳴り響く爆音
考えていたことを一瞬にして消し去るほどの大音量と振動
――またか。
時を止めずに片付けをしていた 束の間の油断
時間を停止し 音の発生源へと向かう
全く、何のために門番が居るのやら…
『おいおい、何怒ってるんだよ。私はただ借りに来ただけだぜ』
『盗みに来た。の間違いじゃない?今までずっとそう言ってたけど、まだ一冊も帰ってきてないのだけど。…中にはとても大切な物や いざ使おうってときに貴女に盗られてたっていうのも 幾つかあるのよね』
『だぁ〜かぁ〜ら。借りてるだけだって。私が死んだ後返すって何回も言ってるだろう。お前は私よりも長生きなんだから 別に良いじゃないか。本だって汚したりしてる訳じゃないんだしさ』
『貴女が死ぬまで……ね。なら、此処で貴女を殺してしまえば 本や道具も全て戻ってくるって事で良いのね。そうすれば 図書館を壊す奴も居なくなって一石二鳥だわ』
『へぇ…やる気なのか?』
『パチュリー様お止め下さい!今日は御身体の調子も優れないではありませんか!無理してはいけません!』
『こあは黙ってて。一度 熱い灸を据えてやらないといけないのよ。魔理沙は…』
『ですがっ!』
音源である図書館に着いた
倒壊した本棚、一面に散らばる本、立ち込める粉煙…
そして 天井に開いた大きな穴
直線を結ぶように 床を突き抜けて地下へと至る 同径の穴
魔理沙の十八番であるスペルカード
恋符『マスタースパーク』が 外から内部へ向けて炸裂したであろうことは すぐに理解できた
本の瓦礫の上空に 箒に跨って浮く魔理沙。魔理沙よりやや低い高度に浮くパチュリー様。小悪魔は地面でウロウロし、心配そうに二人を見ながら 主人に制止の言葉を投げ掛ける
一触即発の雰囲気の二人に 私は割って入った
再び時間を止め 宙へと飛び、魔理沙の背後へと回った
彼女の両腕を左腕で拘束し、右腕で首を抑え 時間停止を解除
『…動かないで』
『…なっ!?』
『っ!…咲夜』
二人にしてみれば、突然私が現れたのだから 驚くのも無理はない
気付いた時には身体の自由が奪われていた魔理沙にとっては 尚更のことだ
しかし、援軍として掛け付けた私ですら パチュリー様は良しとしなかった
『そこを退いて、咲夜。魔理沙は一回 痛い思いをしないと判らないのよ』
『……お断りします』
『……退きなさい』
魔道書を取り出し 手を魔理沙(−そして私−)へと向ける
パチュリー様の魔力が その小さな身体から溢れだし 禍々しく揺れ、煌々と光り耀く
彼女の目には 人を人とも思わぬ冷たい闇が拡がり その奥には 明白な殺意の焔が宿っていた
いつもと変わらぬ落ち着いた表情で居るパチュリー様が 逆に恐ろしく感じた
何かしら、怒りを感情で表せば そちらに目が行き その冷酷な表情が強調されることはないのだが……
(−パチュリー様が 感情に任せ怒り狂う姿。それはそれで ある意味とても恐ろしいが−)
今のパチュリー様を見ていると、弾幕勝負など関係無しに 本当に魔理沙を殺してしまいかねない
彼女の只ならぬ殺気が自分に向けられていること、これはマズイ状況だと理解してか、私の拘束から逃れようともがく魔理沙
私は意を決して 一回時間を止め、右手で銀のナイフを取り出し 強く握る
過去に何度も同じ様な光景は見てきた
図書館を壊され その都度大事な本を持っていかれて…
魔理沙にしてみれば挨拶代わりの『軽い』一発であっても、静かな平穏を望むパチュリー様にしてみれば 迷惑この上ない騒動である
今日においては、一段と激しい図書館の崩壊に さすがのパチュリー様の堪忍袋の尾も 遂に切れたようだ
自分としても ここまでの実力行使はしたくなかった
だが、このまま引き下がり 流れに任せれば、運が良くて更なる図書館崩壊の拡大、悪くて それに足して魔理沙の死
それらを見ておきながら止めなかった事に対し お嬢様からの咎めを受けるのは、他でもなく私なのだ
いずれにせよ、好ましい結果には終わり得ない
私が何とかしなくては……
ナイフを魔理沙の首筋に沿え 時間停止を解除した
『…魔理沙 もう一回だけ言うわ、動かないで。死にたくなければ…』
『っ!!?』
『!』
魔理沙の首筋に走った 冷たく、そして硬い感触
相手が私である事から 魔理沙からは『それ』が見えなくとも、何であるかくらいはすぐに察知できたようだ
パチュリー様の位置からは、天井に空いた穴から射し込んだ太陽光に うまい具合に反射して輝く銀の刃が見えただろう
身体の動きを止め おとなしくなる魔理沙
眉間に皺を寄せ歯を食いしばる
身震いこそしないものの、この状況下では 文字通り手も足も出ない
『……………………』
『……………………』
『……………………』
私の思いもよらぬ行動に、魔理沙も パチュリー様も そして下で固唾を飲んで見ていた小悪魔でさえも、じっと動かずに私の次の行動を待っていた
かくいう私自身ですら、この後どうするかなど 全く考えていなかったのだ
そんな静寂を打ち破ったのは、図書館の入り口から響いた声
『ちょっとちょっと、これは一体どういうことかしら?』
皆がその方向へ目を向けた
この館の主人、レミリアが立っていた
辺りを見回して 状況を把握する
『ま。大方の予想はつくけどね』
少しこちらに歩み寄り、陽の当たらぬ 影の部分の縁まで来た
私は咄嗟にナイフをしまう
反射光であってもお嬢様には有害なのだ
それに お嬢様が現れたともなれば、ナイフが無くとも 魔理沙は無理に逃げようとはしない筈だ
いや、『今の』お嬢様からは 逃れられないと判断できた筈だ
近くの倒れていた本棚に寄りかかり 腕を組んでから魔理沙を見上げる
『さて魔理沙……うちに何の用だ?』
陽の届かぬ場所でありながら、緋色に光る眼がしっかりと魔理沙を捕らえて離さない
『今朝はちょっと寝起きが良くなくてねぇ、虫の居所が悪いんだ。冷静にお前の相手をしてられる程 今の私は良い気分じゃないんだよ』
そう言うと、足元に落ちていた 自分の頭くらいもある 天井のものだったであろう石の欠片を片手で軽々と持ち上げ、指の力だけでそれを粉々に砕いてみせた
パラパラと指の間をすり抜ける砂から魔理沙へと目を移し、もう一言
『だからさ、今日のところは悪いけど お引取り願えないか?』
ゆっくりと 一言一言に重みを持たせ 口元に怪しい笑みを浮かばせて魔理沙に言った
先の殺意こそもう無いものの、相変わらず冷たい闇で魔理沙を見据えるパチュリーと その従者の小悪魔
安眠を爆音によって叩き起こされて機嫌が悪く 恐らくは爆発寸前だろうレミリアに、私を拘束し いつでもナイフを突きつけられる状態の咲夜
この四人を一度に相手するのは 馬鹿か自殺志願者くらいなもんだ
きっと霊夢や紫であっても 今のこいつらを相手にしたら、無事では済まないだろう…
『わ…わかったわかった、今日のところは帰るよ。だから咲夜 離してくれ』
四対一、分が悪すぎるこの状況では 一旦退却するしかないだろう
『ふぅ、それじゃ さっさとズラからせてもらうぜ。……あぁ それとパチュリー』
『……何?』
『読み終わった本は 明日必ず持ってくる。後の本も、読んだらすぐに持って来るから…もう少しだけ待っててくれ』
『……ふふ。約束したわよ』
咲夜の拘束から逃れ 出口(−自分で開けた天井の穴−)へと上昇しつつ、去り際にパチュリーと会話する
そのパチュリーの目は 既にいつもと変わらぬ目に戻っていた
『全く、客人にはもう少し丁重に接するべきだぜ』
そう言い残し 魔理沙は紅魔館を去って行った
『門番を蹴散らさずに ちゃんと正面からやってくれば、望みの通りに持て成してやるよ』
過ぎ去りし魔理沙の方向をみながら、皮肉を込めてお嬢様は呟く
魔理沙が去った後、崩壊した図書館を見回して 改めて深い溜息をつくパチュリー様
私は図書館を後にするお嬢様の傍に降り立った
本館への通路の最中、お嬢様の三歩後ろをついて行く
顔は見えないが、お嬢様だって良い気分な筈がない
『あの、お嬢様。申し訳…』
『よくやったよ咲夜。ありがと』
『……え?』
先程の態度から パチュリー様同様 もしくはそれ以上に怒っているものかと思っていたが、私の言葉を遮ってお嬢様から返ってきたのは感謝の言葉
『全く、咲夜が居ながら何て様だ…情けない』
そんな言葉を覚悟していた私にとって 意外すぎた台詞だ
『えっと…仰る意味が…』
『だから、ありがとうっていったのよ。もし咲夜が割り込まなかったら きっとパチェと魔理沙はやりあっていたわ。あぁなったパチェはなかなか手に負えないからね、魔理沙も無事では済まなかっただろうよ。そうなれば契約とも反するし 博麗の巫女だって黙ってはいない。後にややこしくなるのは御免だわ』
『……………』
私は何故あの時 殺気を放つパチュリー様に反抗していたのか、よく判らない
それでも ただ、魔理沙を庇おうとだけ思った
その時の理由を 代わりにお嬢様が説明してくれた気がした
『それを防いで 魔理沙を無事に追い返せたのは咲夜のおかげよ。お礼を言って当然じゃない』
『…当然のことをしたまでですわ。お褒めに預かるなど とても…』
『そ?んまぁいいや。でも、当然と思ったことが あの状況で最善の策だったんだ。流石は私の従者ね』
最善の策
お嬢様はそう言ってくれたが、私はそうは思えなかった
確かに 小悪魔の話すら聞く耳持たなかったパチュリー様を説得するのは至難だったろうし、魔理沙を説得しても パチュリー様は魔理沙を帰そうとはしなかっただろう
あの場において 私が魔理沙にナイフを突きつけたことで、多少なりでも時間は稼げた
だがもし、あのタイミングでお嬢様が来なかったら?
私はあの後、どうしていた?
その答えを見つけられぬ以上、お嬢様無くしてあの場を制する手段が無かった以上は、それは最善とは言えないだろう…
『咲夜。何をそんなに気にしているの?』
『え?』
黙っていた私に お嬢様は言う
『何が気に入らないか判らないけど、こう考えなさい。私が来るまであの状況を維持することが咲夜の役割だった…とね。咲夜があのときに手詰まりだったとしても、それは咲夜が気にする事ではないわ』
『…………っ!』
『良い?この世界に完璧な生物なんて存在しない。あの境界の妖怪も、博麗の巫女も、そして私も。どんなに強い力を持っていても 必ず弱点や欠点はある。それは妖怪や人間に限らず 全ての生物に言えることよ』
『………………』
『あの時咲夜が あれ以上進展させる手段が無くても それは決して欠点などではない。逆にそれでいいの。一人で全て片付けようとしないで もっと周りを頼りなさい。紅魔館には咲夜一人じゃないでしょう。咲夜は私の従者として 私を守ってくれるけど、私だって主人として、咲夜を守る責任がある。もっと私を頼りなさいな』
『……………。』
『って、私の話訊いてる?…さ〜く〜や〜…………えいっ!』
ムニュッ
『…なっ!?おっおじょうひゃまっ!?』
『訊 い て た ? 私の話』
いつの間にか 私の目位置と同じ高さに浮き 両手の平で私の両頬をムニムニと捏ねる様に動かした
眉を寄せ ジト目で私を見ながら 口を『へ』の字に曲げ、更に頬を弄くりまわす
『やっやめてくだひゃ…』
『訊〜い〜て〜た〜の〜?』
声を1オクターブ下げ、相変わらずの膨れっ面で 上目使いで問い詰める
まともに喋れない私はその問いに頷くことしかできず、必死に訊いていた旨を伝えた
それに満足したのか、よろしい。と一言だけ言って お嬢様は床に足をつけた
こんな悪ふざけも、たまになら可愛いものだが…
『ふふっ咲夜のほっぺた。柔らかいねぇ』
『もぅ…』
お嬢様は満足気な笑みを浮かべて再び歩き出し、私もそれに続く
『さて、朝のゴタゴタ騒ぎのせいで喉が渇いたわ。咲夜、いつもの紅茶を淹れて来て頂戴ね』
そう言うと 颯爽と自室へと戻っていく
私は給湯室へと向かい、お嬢様の好きな紅茶を作り始めた
〜
ポットに紅茶の葉を入れ この紅茶本来の旨味を最大に引き出す温度で湯を注ぐ
瞬く間に芳ばしい香りが溢れた
カップやスプーン、お嬢様が好んで加える蜂蜜と檸檬汁を適量用意しながらも、茶葉が開くのを待つ
ただ紅茶を淹れると言っても、葉を入れて湯を注ぐだけでは 美味しい紅茶は作れない
紅茶によって 適温となる温度、葉を浸す時間、葉と湯の分量、後に加える香辛料の類、それら全てが異なる
更に、同じ紅茶であれど これらの一つでも変えれば また違った味になるのだ
『……………。』
ポットから漂う湯気を眺めながら、私は先程のお嬢様が言っていた言葉を振り返る
お嬢様は全て判っていた
私の思っている事も
私が出せなかった答も
そして 私が欲していた言葉も…
時間を逆算し、頃合を見てカートに乗せ 部屋へと向かった
部屋についてカップに注ぎ お嬢様が口に運ぶ頃には、丁度良い味になるだろう
『お嬢様、紅茶を持って参りました』
『はいはい、ご苦労様。其処に置いといて頂戴』
窓際に佇み、庭の方を眺めるお嬢様
数枚に及ぶレースのカーテンで仕切ってるとはいえ、多少なりでもお嬢様には辛いはずだ
テーブルに紅茶一式を広げ、早くその場から離れる意も込め 彼女を呼んだ
『お嬢様、どうぞ此方へ』
『……………。』
『……お嬢様?』
私の呼び掛けにも応じず、未だにカーテン越しに外を眺めている
その視線は 遠い遠い場所を見ていた
そんなお嬢様の背後に近づいて、左右の肩にそれぞれの手を置く
『紅茶が冷めてしまいますよ?お座り下さいませ』
『…ん?…あぁ、悪いね』
ようやく呼び掛けに応え、椅子へと座った
少し様子がおかしいお嬢様に 聞いてみた
『どうか されましたか?』
『……んや、別に』
『………………?』
簡潔に答え 蜂蜜と檸檬汁を加える
私が逆算によって導き出した時間通りに カップを口へ運ぶ
『うん。やっぱり美味しいな、咲夜が淹れる紅茶は』
それ以上は何も言わず 目を閉じて、一口一口味わうようにゆっくりと紅茶を飲んでいく
おそらくお嬢様は 今朝方魔理沙に対しとった態度について思っているのだろう
それなりに親しい仲である魔理沙に あれほどの敵意を見せたのだ
少しくらいは申し訳ないと思っていても 不思議ではない
『お嬢様、何も気にすることはありませんよ』
『…ん?』
手を止め 目だけ向けて私を見た
『魔理沙に対しとった行動。あの時のパチュリー様に味方するような態度は 結果としてパチュリー様を宥める形となり、そのお怒りをいくらか鎮められたでしょう。魔理沙には少々キツかったでしょうけど、これに懲りて もう図書館を破壊することは無いと思いますわ』
『………。』
『今度会うときにお茶菓子でも振る舞えば、きっと魔理沙も許してくれますよ』
『……咲夜』
『それに魔理沙の性格上、あまり気にはしてないでしょう。ですから お嬢様がそれほど気に病む必要はないかと』
『咲夜』
『はい?』
『何で、そう思った?』
口元に笑みを浮かべ お嬢様は言う
当てずっぽうでそう言った訳ではないが、その笑みに 私は事の確証を得た
『私は、お嬢様の従者ですよ?』
『…………ふっ』
『ふふっ。では私は 図書館の片付けを手伝って参ります。美鈴もまだ魔理沙とやりあった疲れも残ってるでしょうし』
『あぁ。頼んだよ。咲夜』
『では 失礼します。カップはまた後程片付けに参ります。ごゆっくりどうぞ』
そう言い残し、咲夜はドアを閉めた
きっと今頃はもう 図書館にいるだろう
『ふふ……はははははっ』
一人残った部屋で 私は笑った
溜息をつき カップの中の紅茶を見つめる
変わらずに湯気を上げ 美味そうな色合いをしている
咲夜は全て判っていた
私の考えている事も
私が考えなかった事も
そして 私が欲していた言葉も
私が言おうとしていた言葉までも…
『さすがは、私の従者だ…素晴らしい』
残った紅茶を飲み終え、私は暫しの間 眠りに就いた
==========
改めてじっくり見ると、図書館の崩壊ぶりは相当のものであった
粉煙こそ治まったものの、辺り一面に散らばる本や棚の破片など まるで妹様が『遊んだ』あとのようにも思えた
軽く見回して現在の状況を確認する
パチュリー様は天井に空いた大きな穴の修復に、小悪魔は本棚を直して元の場所に立てる。二人のように魔術的手段でそれらを実行できない美鈴は 散らばった本を回収し、小悪魔の指示によって何箇所かに纏めて置き 本棚が修復されたらそれらを棚にしまう
私はパチュリー様の指示で 美鈴と共に本の回収作業に当たった
『しかしまぁ 大変でしたねぇ〜』
傍らで本を拾う美鈴が言った
『貴女がちゃんと魔理沙を食い止めていれば こうにはならなかったのよ?』
『ぅ……』
弱気な声を発する美鈴
彼女の身体の所々に見える傷が 魔理沙との戦いの規模を想定させた
きっと美鈴だって 通すまいとして頑張っただろう
嫌味はそれくらいにして、彼女を労う
『まぁ、相手が魔理沙なら仕方ないかもしれないわね。お嬢様も怒ってなかったみたいだし。また頑張れば大丈夫よ』
『…咲夜さん』
『その時の為に、早く身体を治して起きなさいな。紅魔館の安泰は貴女に掛かっているって言っても過言じゃないんだから』
『…はいっ』
右手を額にやり 敬礼の仕草をしてみせる
今日からまた一段と修行に励むことだろう
これで昼寝とかしなければ 実に頼れる人なんだが…
―完璧な奴なんて居ない―
お嬢様の言葉が ふと頭をよぎった
私が掃除に加わって 少し過ぎた
既に騒動が起きた場所の半分以上は綺麗に片付き、天井の修復を終えたパチュリー様は 床の修復に取り掛かろうとしていた
私と美鈴もまた その穴の周囲の片付けをしていた
その穴の淵から覗き込むと、吸い込まれそうなくらいの空洞が 何処までも続いていた
穴の壁面には 地下に張り巡らされた道なのだろう、いくつもの通路の断面が見えている
流石に天井と違って『これ』の修復には一層の労力を要するとみたパチュリー様は 一旦穴から離れ、小悪魔を連れて図書館の奥へと向かった
『ふわぁ〜…すんごいですねぇ〜』
隣で覗き込んでいた美鈴が 驚きの声をあげる
『きっと この中に落ちてしまった本も、幾つかあるわね』
『どうします?ソレは』
『どうも何も、拾うしかないでしょう。パチュリー様が良いと言えばやらなくて済むでしょうけど…あのお方の事だから 拾えと言うわ』
『でも さすがにこの中に落ちたの全部見つけるのは大変ですよ?』
『そうでしょうね』
二人は深い溜息をついた
その溜息は 穴に吸い込まれて消える
今一度、魔理沙にはハッキリと言っておく必要があると実感した
『まぁ、考えてても仕方ないわ。まずはこの周囲を片付けておきましょうか』
『ですね、そうしましょう』
私達は穴から離れ 付近に散乱する本を集める
小悪魔が居ないので、とりあえずは一箇所に纏めて置いておく事にした
私は ふとある事を思い出した
今は何時だろうか、そろそろお嬢様の部屋にある紅茶一式を片付けに行く頃だろうか
時間を確認しようと時計を取り出したとき、背後から美鈴の叫ぶ声がした
それと同じくして、多くの書物が上から落ちる音が聞こえる
間一髪で飛び退き 本の雪崩の直撃を避けた美鈴であったが、あまりに唐突な出来事だったので 回避する方向を確認しなかったようだ
『ちょっ どうしたの?美り…』
『はっ…咲夜さっ!?』
『…え?』
私が振り向いた時には、美鈴がこちらに勢いよく突っ込んで来ていた
現状を理解し 時間を止めて美鈴を避ける間もなく、彼女の体当たりの直撃を受ける結果となった
周囲に響く二人の悲鳴
その衝撃で 私は持っていた懐中時計を手放してしまった
縺れ合って倒れる二人
遠くから駆け足でやってくる小悪魔
やや遅れて 歩いて来るパチュリー様
『お二人とも大丈夫ですか!?お怪我は…』
『ほらそこ。こんな所で抱き合ってないで、早く片付けをして頂戴』
小悪魔に引っ張られ 起き上がる美鈴
一方に退かない気鈴から開放され、ようやく起き上がれた
『ご、ごめんなさい咲夜さん 怪我は無いですか?』
『怪我は無いわ、でもね 美鈴。もう少し周りに気をつけてくれないと…』
『わっわかってます!大丈夫です!以後気をつけます!』
衣服に付いた汚れを払いながら言う私の言葉を遮るように 美鈴は慌てていった
必死にペコペコと頭を下げる美鈴を余所に、私は周囲を見回す
懐中時計はどこだろう
媒体であるあの時計が無いと、時間を止めることはできない
つまりは日常の仕事に支障が出る
早く見つけないと…
しかし時計だけを探していては、パチュリー様に何か言われ兼ねない
本を片付ける過程で時計を探せば より効率がいいと踏んだ私は、その旨を美鈴に伝えようとした
『ねぇ。美鈴』
『すみませんすみませ……え?』
『って、何をしているの』
『いえ別に…なっ何でしょうか』
私が考え事をしている最中も、ずっと謝っていたようだ
少し出鼻を挫かれたが 再度時計の件を伝えようとした
『あのね、私のとけ……』
そこまで言ったとき、急に視界が歪んだ
グイッと後ろに引っ張られる感覚がしたかと思うと、急に力が抜け 私はその場に倒れた
いや、私には『倒れた』という自覚すらなかった
気が付いたら 視界のすぐ横に壁(−つまり床−)があったのだ
『…………え?』
目の前でいきなり倒れた私を見て、美鈴は一瞬 何が起きたか判らなかっただろう
『さっ…咲夜さん!?』
私に駆け寄り 肩を揺する
彼女の呼び掛けにも 私は応じる事はできなかった
既にもう 私の意識は無かったのだから
==========
騒ぎを聞きつけ やってきた子悪魔とパチュリー
パチュリーは 無理に動かすなと美鈴に命じ ゆっくりと咲夜の身体を仰向けに直した
慌てる美鈴から事情を聞きながらも パチュリーは咲夜の状態を調べる
呼吸はしている。脈も瞳孔も正常。目立った外傷も無し…
『さっき倒れた時、打ち所が悪かったのかしらね…』
パチュリーは現状において 最も妥当となる推測を挙げた
医学の専門ではないが 多少の知識はある
その範疇で今 咲夜が倒れている原因が解けない以上、パチュリーでなくとも直前に起きたこと。
即ち先ほど咲夜の身体に衝撃を与えた出来事を疑うだろう
『美鈴。咲夜を部屋に運んであげて。慎重にね』
『ぁ…はい。判りました』
『あの床も あと少しで直し終わるから、そしたら私も部屋に行くわ。こあはレミィに事情を話して 咲夜の部屋へ連れてきて頂戴』
美鈴と小悪魔に指示を与え、残り数メートル程となった穴を完全に閉じるため 作業に戻る
彼女なら数分とかからずに終わるだろう
美鈴はそっと咲夜を抱き上げ 咲夜の自室へと向かい、小悪魔はレミリアの部屋へと向かった
この時 一同は、咲夜の身に起きた事の重大さを 知る筈も無かった
==========
『…成る程ね、原因は判らないと。確かあの辺りには、結構危ない本とかも在るのでしょう?』
『うん。禁書扱いされる程の本は置いてなかったけれど、普通の人間には影響を与える書物が幾つかはある。一応魔術的な干渉が無いかも調べてみたけど 咲夜からは一切の魔術反応は無かったわ』
『ん〜……。ま、その内目を覚ますでしょう。今はゆっくり寝かせてあげましょう』
場所は咲夜の個室
ベッドに横になり 静かな寝息をたてる咲夜
傍らには四人の人物が立ち、皆 心配そうに咲夜を見る
パチェと小悪魔、美鈴の三人は 未だ残っている本を片付けに図書館へと戻る
私は椅子をベッドの隣に持ってきて腰掛け 再び咲夜の寝顔を見据えた
『私を起こしに来てくれるかと思えば、先に寝てるなんてね』
身を乗り出し 咲夜の左頬に右手を添える
親指で目の下、頬のやや上を撫でる
『少し 無理させちゃったかしら』
口元に微笑を浮かべながらも、逆にその目は哀しみの光を宿す
『ゆっくりお休みなさい』
立ち上がって椅子を戻し、個室を後にした
==========
次の日、私は永遠亭へと向かっていた
一晩経っても起きない咲夜さんを気にしたお嬢様が 医者に診せると言い出したのだ
永遠亭の住人が起きているだろう昼間に行くことにしたのは良いが、お嬢様は陽の出ている間は外に出たがらず(−咲夜さんと一緒に居ないと どうにも不安らしい−)。咲夜さんが寝ている今、紅魔館の護衛に美鈴さんは欠かせなかった。パチュリー様も昨日の一件で 持病の喘息が少し悪化した為、消去法で私が行くことになったのだ
永遠亭には初めて向かうが、パチュリー様によって細部まで記された地図を持って来ていたので『あまり』迷わずに、竹林に佇む永遠亭を見つけ出せた
木製の正門を叩くと、暫くして一匹の兎が現れた
白い耳に、私と同じ辺りまで伸びている薄紫の髪の毛
紺色の不思議な上着を着ており 大腿部が見えるくらい短い丈のスカート
身長は私よりやや高く その紅い瞳が印象的であった
『えっと……どちら様?』
『え?あっ』
思わず相手をじろじろ観察してしまい、肝心の用件を言っていなかった
彼女にしてみれば 会うなり何も言わずに身体を見回されたのだから、さぞ不審に思ったことだろう
『あっあの 私、紅魔館に仕える者なのですが』
『紅魔館?…あぁ、あの吸血鬼が居る館ね』
『はい。それであの、少し問題が発生してしまいまして、ちょっとお医者さんに診てもらいたい。と お嬢様が仰ってまして』
『…?あの吸血鬼が怪我でもしたの?』
『あっいえ。お嬢様ではなく咲夜さんなのですが』
『ふむふむ。まぁ、こんなところで立ち話ってのも何だし 中に入って。診察の依頼みたいだから 直ぐに師匠を呼んでくるわ』
その兎は私を連れて 屋敷の中へと進んでいった
東洋建築技術を主とした紅魔館から滅多に出ない私は、和風造りのこの屋敷にとても驚いた
紅魔館のように大理石や絨毯、硝子張りの窓といったものは無く、木でできた廊下に 不思議な手触りがする床(−畳というらしい−)。横に動かして開ける紙製の扉、場所によっては 竹で組まれた仕切りもあった
普段からパチュリー様に仕えて紅魔館(−図書館−)から出ない為、幻想郷の同じ空の下でありながら 別世界に来た感覚がした
先程の兎に案内された部屋で、『師匠』と呼ばれていた人を待つ
その人に話せば、きっと咲夜さんを治してくれる…
その人が来るまでの間、どうしても落ち着く事ができない私は その場に座ったままで 部屋の構造をまじまじと見る
そして 見れば見るほどに、館と全く反対の風景に目を奪われるのだった
本に綴られた文字を元に、空想でしか描けなかった世界が 現実として目の前に広がっているのだ
落ち着いていられる訳もない
暫くの間 永遠亭に来た理由すら忘れ、屋敷の造り、空気、匂い、音を 記憶に刻んだ
『師匠、あちらです』
『あの部屋ね』
『今お茶をお持ちしますね』
『えぇ、ありがとう』
遠くから聴こえた声に ふと我に返った
そうだ。こんなことしてる場合じゃない
半透明二透ける紙が貼られた扉(−確か…障子だったかな?−)の向こうに浮かぶ影から、長身の女性であることはわかった
静かに障子を開けて 中に入る
後ろで束ねた長い銀髪を揺らし 青と赤の服を纏い 鞄を一つ持ったその女性は、八意永琳という名らしい
月と深い関わりを持つ者であり、人は彼女を『賢者・天才』という
いつか起きた『夜が終わらない異変』の際にも 彼女が関わっていたとお嬢様から(−その名前だけは−)訊いていた
『いらっしゃい。待たせてしまって悪かったわ』
優しく笑い 私の正面に座った
『あっいえ。こちらこそお忙しい中 急にお邪魔してしまって…』
『ふふ、良いのよ別に。改まった話はまた今度にして 早速本題に入りましょう。今日はどういったご用件かしら?』
私は事の全てを話し、館を出るまでの咲夜の様態を 細かに説明した
鞄から数枚の紙を取り出し 何かを記入していく目の前の女性
お茶を持ってきた兎を呼び止めて 隣に座らせる
『外見では異常が見られなくとも 身体の中枢の方で異常が起きているかもしれないわね。脳震盪などの疑いもあるし…。判ったわ 今すぐ行きましょう。ウドンゲ、出かけるわ。準備して』
『あ、はい。姫様にも留守にすると伝えてきます』
『急いで』
ウドンゲと呼ばれた先程の兎が部屋を出る(−それにしても妙な名前だ−)
永琳さんは紙を鞄にしまい 立ち上がる
この部屋に来たときには既に 出かける支度はできていた様だ
玄関に向かい いざ出ようとすると、兎が駆け足で戻ってきた
その兎の傍に 初めて見る人物も一緒に居た
兎と永琳さんに軽く言葉を交えて見送る 十二単のような衣服を纏う、長く綺麗な黒髪のその少女
私を含め この場に居る四人の中でも最も幼い外見で 最も低い身長ながら、不思議とその存在感は誰よりも飛びぬけていた
遅れながらも その少女とも挨拶をした
そして少女は 吸血鬼にお大事にと伝えてくれ。と私に残して 静かに去っていった
(−彼女こそが あの有名な月の姫、蓬莱山輝夜であったことは 後で知って吃驚した−)
出発の準備を終えた二人と共に外に出て、紅魔館へと向かった
私は最後に 竹林の影へと消え行く前に 永遠亭の全貌を見ようと振り向いた
しかし既に 其処に在る筈の屋敷の姿は無くなっていた
==========
紅魔館の一室
ベッドに眠る咲夜に付き添う二人
テーブルの上に医療道具を広げ、咲夜の様態を細かに調べている
部屋の壁に寄りかかりながら 私はその様子を見ていた
異常無し。
それは 三十分以上に及ぶ月の賢者の診察によって出された結論であった
『…異常がないだと?そんなわけないだろう』
『本当よ。体温と心拍数、眼球運動に血液検査。ウドンゲの特殊な波長を当てて脳波その他いろいろ 身体の隅々まで調べてみたけど、何処にも異常は見られない』
『………………』
『医学的観点から見て、彼女は至って健康体そのものよ。急に倒れたというのが嘘だと思うくらいにね』
『……病気の類じゃないのか?』
『ないわね。倒れた原因は定かではないけど、寝続けている要因は…考えられるとしたら、過労によって身体が休息を必要としているのかも知れないわ。聞く話によると 彼女は随分と働き者だそうじゃない』
紅魔館には 咲夜の他にも多くの妖精メイドが仕事しているが、所詮は妖精
その働きは得てして期待出来るものではなく、実際 掃除に洗濯、炊事など 紅魔館の家事は殆ど咲夜が行っていた
月の賢者が指摘するように、相当の疲れを溜めていただろう
時間を止めたりして 適度に休憩しているものだと思っていたが…
『下手に薬は処方できないから、今日のところは引き上がらせてもらうわ。彼女が起きた時に 何か身体の異変を訴えてきたら、また呼んで頂戴ね』
『……あぁ、済まないね』
帰り支度を終えた二人を ロビーまで見送る
これより先は陽が当たるので、後を美鈴に託し 再び咲夜の部屋へと戻った
そこには既にパチェの姿があり、私が戻るなり早々に質問した
『レミィ…医者はなんて?』
『異常は無い。だそうよ』
『……………まぁ、あの医者が言うのなら 間違いは無いのでしょうけど…』
パチェの どうも歯切れの悪い物言いで会話は自然と途切れる
それでも私には その先の言葉を読み取ることができた
その疑問は 自分だって抱いている
『昨日の晩、小悪魔と一緒にもう一度咲夜を調べてみたけど、やっぱり魔術的反応は一切示さないの』
『呪いの類でもなし…か』
医学でも魔術でも解明できないとなると パチェに打つ手はなく
咲夜が倒れた原因が判らない以上 下手に運命を変える訳にはいかない私もまた 打つ手がなかった
暫くの重苦しい静寂を打ち切るように 私は言う
『月の賢者はこうも言ったわ。日頃の疲れが溜まりに溜まって 脳が休息を必要としているのではないか。と』
『咲夜はただ、眠っているだけ?』
『その可能性もある…とね』
『そう』
自分達では成す術なく ある種の絶望感すら覚える中、ほんの少しでも希望の光が欲しかった
咲夜はきっと、すぐに目を覚ます
月の賢者がその可能性を推したことで、多少なりでも信憑性は上がった
咲夜が倒れた瞬間を見てない二人には こう思うことで幾らか気持ちは安らいだ
もしこの場に美鈴が居たならば、その希望もまた 無きものになっていただろう
正面で直にその瞬間を見ていた美鈴に言わせれば
『会話中に 急に意識が途切れた様に倒れた。疲労のそれではない』
と 断言しただろう
その事実を知らない二人は 咲夜を少し見つめ、静かに部屋を後にした
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三日後の図書館
私はパチュリーと一緒に居た
先日の約束通り、本を返却しに来たのだ
約束を交わした翌日に 数冊の本を持って来て、今日は二度目の返却日となる
それでもまだ 持っていかれた数の半分にも満たないが…
それもまた 読み終わったら返すと約束してるので、近いうちには再び図書館を訪れることになる
小悪魔が用意したお茶菓子をはさんで 私はパチュリーと話をしていた
内容は咲夜について
いつもなら 紅魔館に来た際に咲夜が出迎えに来るのだが、今日もそれがない
一昨日に続き 今日も同様であったので、不思議に思った私が パチュリーに聞いたことから始まった
『……そんな事があったのか』
『魔理沙は何か判らない?怪しいキノコとか 変な薬草とか食べて、同じ様に倒れたことが 何回かあったでしょう?』
『そ…それと咲夜が倒れた事とは関係ないだろう。私の場合は摂取したものの影響だって判るから 事前に幾らか対処法は用意してあるけど…でも咲夜は…』
『月の賢者が診ても、咲夜は医学的に健康だと言ってたそうよ。疲労からくる昏睡状態だとしても 幾ら何でも寝すぎだと思うわ。丸三日以上あの状態だもの…起こそうとしても 一向に目覚める気配すらない』
『疲労を訴えるような 事前兆候も無かったんだよな?』
『えぇ。倒れる前の咲夜を見る限り いつもと変わらない元気な状態だったわ…それに疲れているなら 時間を止めて休んでいる筈だもの。咲夜の性格上、レミィには絶対に迷惑を掛けまいとするわ。倒れるに至るまでの無理は決してしない…』
『つまりお前は 咲夜は疲労で倒れて寝ている訳ではない。と?』
パチュリーは黙って頷く
昨日はレミリアと そうであろうと言ったものの、後に冷静に考えてみれば 咲夜だからこそ それは考え難い。と言ったのだ
身体の問題でないとすれば、考え得る原因はやはり魔術干渉しかない
パチュリーはもう一度、先日騒ぎがあった周囲の本全てを確認した
自分が著した本や 外から集めた本がいろいろある
中には 少々危険な書物もるが、今の咲夜の様な状態にさせる効果を持つ本は一つも見当たらない
そして極めつけは 依然として咲夜から魔術反応が無いということ
これらのせいで パチュリーは完全に行き詰まっていた
『お前に判らないのであれば、私にはちょっとな……なぁパチュリー。これが何者かの仕業による可能性はないか?』
『…どういうこと?』
『第三者が咲夜を無理やり眠らせ…』
『それは無いわ』
『なっ…ど どうしてそうキッパリと言い切れるんだ』
落胆するパチュリーを元気付けようと 可能性の一つを挙げたが、言い終わる前に否定された
半ば意地になって問いつめる私に パチュリーは静かに答えた
『私は咲夜が倒れた瞬間を見てはいないけど、咲夜のすぐ近くに居たわ。その時は貴女が壊した床を直す為に 魔法を使っていた。すると図書館内には自然と 私から放出された魔力が溜まる。図書館を包む結界が貴女に破壊されたから、私はその魔力で簡易的に結界を張っていたわ。あの場において 何者かが結界内に侵入した場合、もしくは結界の外側から中にいる咲夜に手を出そうとした場合、間違いなく私は気付く』
『………………』
拳を握りしめる私を余所に パチュリーは続けた
『事前に何かを仕掛けて咲夜を陥れる。つまり時間差によって発動するものだったとしても それは考えられない。広い紅魔館を圧縮するために使っている私の魔法と咲夜の力。この二つが合わされば 紅魔館を覆う膜のようなものができる……紅魔館を圧縮する結界だもの、例え、膜のように薄くても とても強力なもの。ついでに 内から厄災を逃がさないと同時に 外からの厄災も招き入れない効果も持たせてある。咲夜は普段から館、つまりこの結界からは出ない。出たとしても レミィと一緒だから安全は保障されてる。だから…』
『…それならっ!!!』
彼女の言葉を遮るように、勢いよく立ち上がり テーブルを強く両手で叩く
バンッ!という大きな音と共に、震源近くにあった自分のティーカップが硝子音を響かせて倒れた
まだ中に残っていた紅茶が テーブルに拡がる
声と音を聴いた小悪魔が急いでタオルを持って来て 零れた紅茶を拭いていく
自分を視線だけ向けて見つめるパチュリー
そんなパチュリーを やや睨み付けるような眼差しで見る私
小悪魔は紅茶を拭きつつも その空気を何とかしようと懸命に考えていた
おそらくは先日の続きだと思ったのだろう
『それじゃあお前は…このまま咲夜が目覚めないとでもいうのかよ…』
荒い息を落ち着かせながら言った
−もう、それ以上言うな−
そう言いたげにパチュリーを見る私の目を見て 彼女は理解してくれた
打つ手なしのパチュリーに 少しでも元気付けようと挙げた可能性だが、パチュリーはそれを静かに耽々と否定し続けた
自分の首を自分で締めている
他人からすれば、そんな自虐的ともいえる思考で まともに私を見ずに喋り続けていた彼女の態度に 私は耐えられなかった
尚も真剣な眼差しで見ている私より先に パチュリーは視線を下に落とした
カップの中で微かに揺れる紅茶をみながら、小声で言う
『…そうは言ってない。ただ…』
顔を下に向けたまま、目だけで私を少し見て もう一度紅茶へと視線を戻す
『ただ、中途半端な希望を持っても それが打ち砕かれた時に余計に辛い思いをするのは嫌なの……無いなら無いってはっきりしていれば、そうはならないでしょう』
ここが図書館で 周囲が静かな環境でなければ聞き取れないくらい、小さな声だったと思う
パチュリーは私よりも永い年月を生きている。私には想像できないような 辛い体験もしてきただろう
それを連想させる程に パチュリーの言葉には重みがあった
私は再び椅子に座った
暫しの間 気まずい空気が流れる
互いに何を考えているのか…
先にその静寂を止めたのは私だった
『レミリアは今 何を?』
紅魔館外部の人間が咲夜の状態を知り、次に気にするのはやはりレミリアだろう
一昨日、今日と姿を見せないレミリアを 最初こそは寝ているものだと思ったが、事情を知れば やはりレミリアの身を案じる
『今も咲夜の傍についてるわ。倒れてからずっと、隣で咲夜が目覚めるのを待ってる』
『…そうか』
そうであろうとは思っていた。
以前より見てきたが、あの二人の間には 種族を超えた厚い信頼関係が築かれていた
咲夜は あの吸血鬼が誰よりも特別扱いする人間なのだ
その咲夜が原因不明で目覚めないとしたら 今のレミリアがどういった心境なのかは、容易に想像できただろう
レミリアや咲夜とは それなりに友好な関係を持っている。故に 自分自身もどうにかしてやれないかと必死に考えていた
だが、パチュリーとレミリアの二人でさえ 打開策が見付からないのだ
私の力では きっとどうすることも出来ない…
『霊夢や紫には 話したのか?』
ふと その二人の名を思いついた
霊夢なら 博麗の巫女として 何らかの特別な力をもっているだろうし、ましてや紫なら 直接的に原因となっている境界を弄って 咲夜を目覚めさせる事すら可能だろう
それができなくとも 幻想郷最古の妖怪と謂われる程に永く生きた紫なら、過去に咲夜と似た症状になった者を見ていて 対処法を知っている可能性だってある
事情を話せばあの二人だって判ってくれる
無理難題な謝礼を求める事だってない筈だ
パチュリーは頭を横に振った
まだ二人には話していないという意味らしい
起きたばかりの出来事なのだ
話に行く余裕が無かったのだろう
『なら、これからすぐに…』
『それはもう少し先になるわ』
『っ…』
またしても パチュリーに遮られた
先ほどと同様、疑問を爆発させてしまうところだったが 落ち着いて考え直した
レミリアとパチュリーですら解決策が見付からないとするのなら、他の者に協力を仰ぐのは至極当然な流れだろう
(−さっき私に訊いてきたように−)
しかし 私が咲夜について訊かなかったら パチュリーはこの話題自体に触れなかった
二人だって、霊夢や紫なら解決できるかも知れない事くらいは とっくに考えていた筈
パチュリーは霊夢と紫に話すよりも前に私に話したということになる
この二人程の力は無い私に、恐らくは真っ当な案も出ないことを理解した上で
それらが意味することは……
『昨日 レミィとその話をしたのよ、霊夢や紫に話してみたらどうかって。でもレミィは頑なに拒んだわ。理由は聞けなかったけどね』
『…………………』
プライドが高いレミリアにとって、誰かを頼るという行為自体が嫌なのだろう
幼い思考からなのか、五百年を生きた吸血鬼としての思考からなのか、咲夜に関わる事だからこそ 自分の力だけで。せめて身内間だけでなんとかしたいらしい
例え何日かかろうとも……
『だったらせめて、言うだけならどうだ?手助けして欲しいとは言わないで…』
『咲夜が動けないこの状況を皆に言ったらどうなるか 判るでしょう?守備が薄くなった紅魔館を狙ってくれと言っている様なものだわ』
『この状況の紅魔館を狙うような薄情な奴が 幻想郷に居ると思うのか?』
『霊夢の神社を乗っ取ろうとした奴が居るくらいよ。紅魔館を狙う目的は判らないけど、前例がある以上は有り得ないとは言えない。それに 現に何度も紅魔館は泥棒の被害に遭っているんだけど』
『そっそれは時と状況によるだろう!天子や私だってもうそんなことは…』
『おい。少し煩いぞ魔理沙』
『!?』
私とパチュリーの口論に割って入ったのは 本来は咲夜と一緒に居る筈のレミリアだった
どうにも意見が食い違う間に 半ば自棄になっていたせいか、近寄るレミリアに気が付けなかった
『お茶の席くらい、静かにしたらどうだ。品性の欠片も無い…』
『どうしたの?此処に来ていて平気なの?』
『どっかの誰かが煩く騒ぐものでね。落ち着いて咲夜を看れやしない』
三日ぶりにみるレミリアは どこかやつれていた
レミリアは そんな皮肉を込めて言ったあと 改めて私と目を合わせて言う
『他の者に言いたいなら 好きなだけ言うといい。博麗の巫女にも境界の妖怪にも、あの鴉天狗にもな。だが覚えておけ。私は誰の力も借りない。私達だけで咲夜を治してみせる…。紅魔館を狙おうものなら 私が直に相手してやる。判ったら静かにしててくれ…』
言うだけ言った後、レミリアは図書館の闇へと消える
遠くの方で蝶番の軋む音と 重い扉が閉まる音だけが響いた
パチュリーは一度だけ溜め息をついた
レミリアの発言に対してなのか 私の騒がしさに対してなのかは定かではない
読み終えた本を閉じ立ち上がる
横に積まれていた数冊の本を 小悪魔が抱えて後に続く
『それじゃあ魔理沙。今日はこの辺でお開きにしましょう』
背を向けて歩き出すパチュリーを 私は意味も無く呼び止めた
だがパチュリーは振り向かずに されど立ち止まって言う
『例え手詰まりでも、私にはまだやれる事がある。何も見付からないから何もしないっていうのは 違うと思うの。見付からないのなら 見つければ良い。見付かるまで 捜せば良い。私はずっとそうして来たわ……』
私の物言いも耳に留めず、パチュリーと小悪魔もレミリア同様 闇へと消えた
一人残された私は ただ黙ってその場を去るしか出来なかった
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魔理沙と別れた ほんの数分後、私は小悪魔と共に図書館内部を一望できる小高い場所に居た
端の方は闇に霞んで見えず 所々に灯火がポツンと揺れている
このフロアだけでも 億を超える書物が眠っている
同じ様なフロアが まだ十以上もあるのだ
今 行っている事がどれだけ果てしない道のりか、考えたくない程に…
『パチュリー様。くれぐれも無理はなさらないように…』
『判ってる。でも、私が頑張らないと レミィは……』
その先は言わなかった。小悪魔にも それは理解できただろう
私は手摺に両手を置き 眼下に所狭しと敷き詰められた本棚を見据えて言った
『貴方達の中に、少しでも助けになってくれる子は居るのかしらね?…必ず見つけ出してあげるわ。それまでの間 少しだけ待っていて…』
虚空へ向けて微笑んだ後 私は階段を下りて行った
−少しだけ 待っていて…−
小悪魔にはその言葉が やがて逢うべき本へ向けて言ったとも、レミリアに向けて言ったとも、あるいは 咲夜に向けての言葉とも取れた
『パチュリー様が頑張るのならば 私もそれ以上にサポートしなくては…』
そう意気込み 小悪魔はパチュリーの後に続いた
これだけの蔵書があるのなら 片っ端から目を通せば 必ず参考になる本は見付かる筈
これは私にしかできない…
一息落ち着いてから 私は幾億もの本を相手にし、その第三百二十六冊目となる本を開いた……
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咲夜が眠いに就いてから、早いもので一ヶ月近くも経とうとしていた
既に図書館の約半分ほどは読み終えていた私は 今日もレミィと咲夜が居る部屋へと向かった
レミィは毎日図書館に赴き 顔を合わせに来てくれる。せめて私に余計な心配を掛けさせぬようにと、レミィなりの気遣いでもあろう
その際に 咲夜の様子を訊いてはいるが(−毎日変わりない答えが返ってくるだけなのは判っていた。ただ、些細な変化でさえもあれば…と−)、やはり直接見ておきたいのだ
咲夜の部屋へと付き ノックをするが、返事はない
レミィは居ないのだろうか?
静かに扉を開け 中に入る
こそにレミィは居た
床に座り込んだまま ベッドに顔をうずめ、咲夜の手を握っている
きっとレミィだって随分と疲れているのだろう
咲夜の身体を拭いたと思われる 水の入った器とタオルをそのままにし、眠っていた
今はそっとしておこう
そう思い レミィが読んでいたのか、あちこちに散らばる本を拾い集め 机に纏めて置いた
その時、一冊の見慣れぬ本が目に映った
表紙には何も書いてない。本というよりは 手帳といった感じの小さめのものだった
手にとって開いてみると 中は白紙。項を捲っていくと 途中から手書きの文字が記されていた
持ち直して最初から軽く読むと、これはレミィの日記であることが判った
これを見て良いのかどうか 少し戸惑い、寝ているレミィを見た
私は普段から図書館からは出ない
図書館でレミィと会っているとはいえ、それは僅かな時間にすぎない
今日までレミィが どのように思い生活し、何を考えていたのか
それを知りたい一心で 私は心の中で彼女に謝りつつも日記帳の最初の項を捲った
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七月九日 天気:晴
昨日から咲夜はずっと眠たまま。
退屈だから日記でも書こうと思う。
今日、咲夜を医者に診せたが、異常はないとのことだ
パチェが言うには魔術的要因でもない、と。
咲夜は疲れているんだろう。きっとすぐに目を覚ます。
少し仕事の量を減らしてあげないと…
七月十日 天気:雲
咲夜が起きるまでの間は、エリートメイドを集めて仕事を割り当てた。
一人一つの仕事に集中させれば、いくら妖精とはいえ何とかなるだろう。
少し不安はあるが…。仮にもエリートなので信じてみよう。
それにしても、魔理沙の声は少し大きくてうるさい。
図書館へ行って注意したが、今度ゆっくり話でもする必要があるな
咲夜は必ず私が治してみせる。
そうでないと、私があの子の主人である資格など無い。
必ず……。
七月十三日 天気:晴
エリートといえども、やはり妖精か。なかなかに要領を得ない。
残る汚れ、絨毯の皺、口寂しい食事に 薄くてぬるい紅茶。
どれ一つとして 咲夜に敵うものなどない。
やっぱり私は 咲夜じゃないとダメみたいだ。
七月十九日 天気:晴
この三日間、やたらと訪問客が多かった。
やはり魔理沙は他の者に言ったのだろう。
やってくる妖精やら妖怪やらが 揃って咲夜の名を口にし、花束や見舞い品を持ってくる。
部屋が狭くなっていくな…少し整頓しないと。
七月二十日 天気:雲
一向に目を覚まさぬ咲夜の噂を聞いたのか、また月の賢者がやってきた。珍しくあの姫君も一緒だ。
前回以上に細部まで咲夜を診るが、やっぱり何処にも異常はみられなかったそうだ。
さすがの賢者といえども、首を傾げていた。
去り際に、月の姫が言っていた言葉。
『あの子は今、私と永琳。そして妹紅の次に 永遠に近い状態にある』
…それは咲夜が永遠に目覚めないという意味か?
ふざけるな。私が絶対にそうはさせない。
絶対にだ。
七月二十二日 天気:雨
雨が降る中、今日も見舞い客だ。
里の方で教師をしているという 知識と歴史の半獣。
森に住む 七色の人形遣い。
わざわざ冥界からやって来た 半人半妖の庭師。
時々世話になっている 道具屋の店主。
先日に引き続き、咲夜の顔の広さには改めて驚いた。
私のお使いで幻想郷のあちこちを飛び回っているからだろう。
咲夜も随分と有名になっていたもんだ。私としても嬉しい。
しかし今日は、半分の奴が多いと思うのは気のせいか。
七月二十八日 天気:どうでもいい
咲夜。一体いつまで寝ているの?
咲夜さえいれば 私は他に何も要らない。
早く起きて………
7月2ч日 天気:
何が運命を操る能力だ
目の前の人間一人さえまともに助けられないじゃないか
大切なものすら自分の手で守れないなんて…
7月3〜日 天気:
もう一度 私の為に美味しい紅茶をいれて
もう一度 その可愛い顔で笑ってみせて
もういちど その声をきかせて…
おねがい
私はも〜〜−
所々日が抜けていたが、日記の日付はそこで途絶え それ以降 更新される事は無かった
最後の一文には 水を一滴溢したような痕があり、インクが滲んでいて読むことが出来なかった……
それと同様の痕が 新しく日記に追加される
そっと日記を閉じて元の位置に戻し、頬を伝う涙を拭きもせず周りを見る
見舞い品として持ってこられた花は どれも水差ししてあったものの、既に枯れてしまっていた
もともとレミィが居られるように日光を遮断しているせいもあり、まともな栄養が得られなかった花は 数日と経たずにその鮮やかな色を茶色に変えた
私はレミィの傍に行き、眠る彼女を後ろからそっと抱きしめる
何も言えなかった。私が思っていた以上に レミィは思い詰めていた
きっとあの二人の来訪で 考え方がずれてしまったのだろう
私の記憶が合っていれば、それは今から十二日くらい前になる
レミィの日記でいえば 七月二十四日
その日紅魔館に、何とも珍しく 閻魔と死神がやってきたのだ
今までは来訪者を普通に出迎えていたレミィだが、何を勘違いのか この二人の入館は頑なに拒否した
『咲夜をまだ連れて行くな!!』
目に涙を浮かべ こう叫んだのを覚えている
相手が幻想郷最高位の人物であることなんか気にもしない
咲夜に近づけまいとして 閻魔に攻撃を仕掛け、飛び掛らんとしていたレミィを押さえつけたのは 美鈴と私なのだ
放たれた攻撃は死神の能力によって、閻魔に到達することなく大地に着弾した
結局 閻魔の説明と私の説得で 二人を館内に入れる事になった
少し不安だった為に 私も動向し、咲夜を診せた
死神が言うには
『生きとし生ける全ての者には、その寿命を示す蝋燭がある。長寿の者ほど蝋燭は長く、逆に短命の者ほど蝋燭は短い。と言った具合さ。そして蝋が尽き その灯火が消えた時、所持者である人間は死を迎える。我々死神が引導を渡す際も この蝋燭の長さを見て 憑くべき人間を判断するのさ』
彼岸のシステムは知らないし、知ったところで私にはどうすることもできないが、尚も死神は続けた
『この人間の蝋燭を見る限りは……まぁ正確な残りの寿命は教えられないけど、まだまだずっと長く生きる事になる。あたいらの世話になるのは 当分先さね』
と言うのであった
それが希望か絶望か、レミィにはどちらとして聞こえたのかは判らない
その間も咲夜を見続けていた閻魔は レミィと二人きりにしてほしい、と言い 私と死神を表に出した
二、三十分は話していただろう
その後閻魔は死神を連れて 彼岸へと帰って行った……
あの時閻魔に何を言われたのかは知らないが、日記を見る限り 相当な説教を受けたようだ
レミィから離れ 咲夜の寝顔を見る
幻想郷中の視線が自分に集まっている事も知らずに 静かに寝息を立てている
一人の人間と吸血鬼。咲夜の何が これほどまでにレミィに影響を与えているのか、私には判らなかった
…いや、判らなくても良いのかもしれない
寧ろ 判ってはいけないものなのかもしれない
二人が二人である為に
レミィにそっと布団を掛け、私は再び図書館へ戻ろうと部屋を出て歩き出した
その直後 部屋の中からレミィの声が聞こえた
足を止め、扉の前へと戻り ドアノブに手を触れた…
==========
二作目。
今度は紅魔館を舞台に作製しました
前作同様、やっぱりエログロは使わないで完結させようかなと思ってます
割と長いっぽいので分割させていただいますm(_ _)m
冥
- 作品情報
- 作品集:
- 23
- 投稿日時:
- 2011/01/05 19:57:22
- 更新日時:
- 2011/01/06 04:57:22
- 分類
- 咲夜
- レミリア
- その他幻想郷の方々
なんだかんだで幻想郷の皆に愛されている咲夜さん。
今回の作品は、一人称が『私』である複数のキャラの視点で語られていますね。
少し読みづらいような、読み進めて誰の視点か分かるのが楽しみなような…。
レミリアと咲夜さんの絆が、ハッピーエンドの運命を引き寄せることを楽しみにしています。
レミリアはカリスマと弱さを兼ね備えているし、そんな彼女との互いに補いつつの、咲夜との絆もしっかりと描写されていた
だからこその咲夜が倒れてからの彼女は見ていて辛いし、最後の日記には泣いた
パチュリーも良い友人思いだ
結果がどうなるに連れ、続きを楽しみにさせていただきます