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『貴女と居ること A』 作者: 冥
時を同じくして、場所は博麗神社
霊夢は虫達の鳴き声に耳を澄まし 月を眺めながらお茶を啜っていた
ボーっと月を眺めていると、その月(−正確には 月と自分の間の空間−)に亀裂が入る
左右に拡がったかと思うと 拡げられた空間の中から一人の女性が姿を現した
『ごきげんよう、霊夢。今宵は如何御過ごしかしら?』
足先から音も無く地に脚を付け、扇子を口元にやり 妖しく笑う
が、特に何かを企んでいる様子でもない
この妖怪ともそれなりに長く付き合って来た為、それくらいの見極めはできる
『とても良い雰囲気の夜を過ごしていたわ。あんたが来るまではね…』
霊夢はふぅっと息を吐いた
熱いお茶を飲んで 身体が温まっていたせいか、白い色を纏って やがて無に還る
『で?こんな時間に何の用よ』
『まぁまぁ、そうせっつかない。ちょっと霊夢に訊いておきたい事があってね』
いきなり空間から現れた女性(−八雲 紫−)は、幻想郷最古にして最強の妖怪と謂われる人物だ
幻想郷大結界の発案と維持にも関わりを持っており、境界を操る事で 自由に姿を消し 突如として姿を現す、神出鬼没な妖怪である
今日もまた例によって突然現れたその妖怪は 服と髪を風に靡かせ、夜だと言うのに日傘を差しつつ 私の前まで来た
彼女を見上げ、やや不機嫌そうに 何か用?という
この妖怪を嫌っての態度ではない
彼女とは何度か力を合わせて異変を解決したり、助けてもらったりしており、どちらかと言えば好感を持っていた
そんな霊夢の態度を鼻で軽くあしらい、紫は言った
『紅魔館のメイドについて、話は聞いてる?』
『えぇ、いつだったか 魔理沙から聞いたわ。眠ったままずっと起きないんだってね』
今や幻想郷では その話題で持ちきりだった
知らない人を捜すほうが難しい。そう言えるまでに…
それは 魔理沙の発言を元に書いた新聞を 文がばら撒いたのが切っ掛けだ
レミリアが取材に応じない為に、文は新しく記事が書けない。と嘆いていた
対象が吸血鬼なので、変に捏造したら 怒りを買いかねないしなぁ。と
(−真実を伝える記者として この発言はどうかと思ったが、敢えて突っ込みは入れなかった−)
実際の所、美鈴はよく頑張っている
ここ最近は 文を相手にしているようだ
美鈴を倒したからといって、レミリア本人に返り討ちにされるのがオチだと思うが
里のとある店の人間は言った
『はやく咲夜ちゃんの元気な顔が見たいねぇ』
と
湖のある妖精は何故か威張った
『あたいがこっそり弾幕を当てたからこうなったのよ!あたいったら最強ね!』
と
ある妖怪は呟いた
『どんな力を持っていても初戦は人間。闇に棲む強力な妖怪と一緒に暮らせはしないのよ…』
と
文の中途半端な新聞でも、その内容に多くの者が目を通し 多くの考えを抱いていた
そして 周りの者より一足遅くその新聞を手にした目の前の妖怪は、文より一足早くその情報を知り得ていた霊夢に こう言った
『これは異変なのではなくて?』
『ないわね』
『どうしてかしら?』
霊夢は 紫の問いを予め知っていたかの如く即答し
紫もまた その返事を待っていたかの様に 一息入れずに聞き返す
これは異変ではないのか
こう考えた者は 他にも少なからず居ただろう
だが、『博麗の巫女が動かない』ということから
その考えは無いものだと思うしかなかった
霊夢は煎餅を齧り、お茶を一口啜ってから答えた
『ん〜…何て言うかね。胸騒ぎがしないのよ』
『…………胸騒ぎ?』
流石の紫も この答えは予測していなかったのか
どういう意味かを探る様に その単語を返した
『私も何て言ったら良いのか判んないんだけどね。いつもなら異変が起きた時、もしくは起きる前には 変な感じがするというか…妙な気配がして落ち着いてられないんだけど、今回の咲夜に関しての事は それが一切ないの。だから異変じゃない』
『勘…かしら?』
『そう、勘ね。きっとレミリア達は 些細な事を見落としているだけだと思う』
勘。本来ならば当てになる筈も無い根拠だが、霊夢が言うのであれば それはまた別だ
おそらく霊夢は、まともに考えて出した答えより 勘によって出された答えの方が信頼できるかもしれない…
それほどまでに 霊夢の勘は信憑性があった
再びお茶を啜ってから 霊夢は続ける
『それと もうひとつあるわよ。異変じゃないと思う理由。あんたが今の今まで動かなかった。これが二つ目』
『………………』
やはり紫は言葉に詰まる。霊夢は何が言いたいのか…
黙る紫をそっちの気で 更に霊夢は続けた
『文によって 文字通り幻想郷中に広まるくらいの事だもの。もっと早くにあんたが知って 此処に来てもおかしくはなかった。この時期はまだ冬眠の季節でもないでしょ?もし本当に異変なら、動こうとしない私に あんたから動くようにと促したハズだからね』
異変だと思わない理由が 紫にある
そう言い張った霊夢を見ながら、彼女には見えないように 紫は怪しげに笑った
『余計な演技なんて必要ないって。あんただって異変だと思ってないから動かなかったんでしょ?』
『ふふ。さすがは霊夢ね。バレてたかしら』
『バレるも何も、私は最初から判ってた』
『そう。残念ね』
体勢を崩し もう少し霊夢に近寄り そのまま隣に腰掛けた
勝手に座る紫に 今度は霊夢が聞いた
『で、あんたは今までなにしてたのよ。文がいうには 紅魔館へ見舞いにすら行ってないみたいだけど』
『《あの吸血鬼は、自分達の力であの子を助けたい》のでしょう?私が行ったとしても 吸血鬼達には良い思いをさせないわ。だから ちょっとだけ大人しくしてようとね』
『…ちなみに『それ』、誰から聞いた?』
『魔理沙から、霊夢より後に、鴉天狗より先に』
ハァ…と深い溜息をつく霊夢
横でそれをおかしく笑う紫
『でもね、ずっと大人しく じっとしているのも、やっぱり私の性には合わないみたいでね。それで、私と同じ境遇に居る筈の貴女の処に来てみたって訳よ。はい、コレ』
そう言って隙間を拡げ、一升の酒瓶を取り出した
その酒の名を見た霊夢はすぐに反応し瞬時に目を輝かせる
『ちょっ、それもしかしてあの八塩折酒じゃないの!?』
『そう。遥か昔、須佐之男命が八俣遠呂智を討伐する際に用いた、神代の御酒よ。手に入れるのに苦労したわ。多頭龍を酔わす為に8度まで醸造した強いお酒だから、いくら酒豪の鬼といえど ただでは済まな…って、聞いてるかしら?私の話…』
『幻の銘酒一度で良いから呑んでみたかったのよね〜。やっぱり持つべきは友達だわ〜!』
霊夢は紫の話に聞く耳持たず、鼻歌を歌いながら 杯を持ってくるべく部屋へと向かった
現金すぎる霊夢の豹変っぷりに 紫は苦笑いするも、それもまた 霊夢の良さの一つであると理解していた
その後二人は 虫達の輪唱を肴に、月見酒を酌み交わすのだった
==========
『ぉ……ま…おじょ……ま』
『…ん……』
『お嬢様、起きて下さい。こんなところで寝ていては風邪を引かれますよ』
『ぅ……んん?…さ…咲夜?』
『疲れているのであれば、お布団の用意はしますから。椅子は寝るところではありません』
『あぁ…悪いね……って咲夜。まだそんな格好のままなの?早く着替えてらっしゃいな』
『え?…あっ、も 申し訳ありません。すぐに着替えて参りますっ』
寝間着の状態で私を起こすなり ドタドタと部屋を出て行く咲夜
『ふふ。完全で瀟洒な従者が聞いて呆れるよ、全く』
やれやれと言った感じに咲夜を見送り ベランダへと出た
湖に反射する月光が 程よく身体に当たる
殆どの者が眠りに就くこの時間
空からの熱源が無くなり 冷気が溢れるこの世界には、暖気を好む妖精はもちろんのこと 人間の姿も、夜行性である妖怪さえも姿を見せなかった
夜の闇は 私の身体を熱くさせる
太陽の光こそ 身体を冷やす唯一の光だ
満月ともなれば 通常の倍に及ぶ力が出せる
いつか蓬莱人が起こした永夜異変。私から見れば あれは実に素晴らしい異変であった
僅かに欠けていて正確には満月とは呼べない代物だったのは残念であるが、永遠に夜が続くと言うのには大賛成だ
『…お待たせ致しました。お嬢様』
いつものメイド服に着替え、息を切らせて駆け足で戻ってきた咲夜
そんな彼女の全身を一見し 一言
『遅かったじゃないの。80点だね。ほら、そこ』
『…あっ』
ある一箇所を指差し、咲夜もその箇所を見た
いそいそと帯からはみ出た服を直す
急いで着てきたからといって、はみ出していては格好もつかない
今一度全身を見直し、他に指摘されるところはないかと確認する
『よし、やっと満点だ。次からは気をつけてよ』
咲夜は顔を赤らめながら返事をする
その後 咲夜に紅茶を持ってくるように指示し、私はベランダの椅子へと座った
暫くして 咲夜が紅茶を持って来て いつもと同じくテーブルに広げた
その紅茶を飲んだ時、私はある事に気がついた
この紅茶には 味が無かった
それだけではない。色も、薫りも、全く無い
私は咲夜の顔を見上げて聞いた
『ねぇ咲夜。これは一体何か…』
『お嬢様。御話があります』
『な…何かしら?』
私の言葉を遮るように 咲夜は目の前に座った
紅茶のことも忘れ、咲夜のいつになく真剣な眼差しに 聞き手に回る
私の両手を握り 静かに言った
『私の――――…』
『…え?』
『…私の――――…』
私の…。そこから先が どういう訳か聴こえなかった
何度聞き返しても 口は動いているが、声だけが消えてしまったように…
『ねぇ咲夜。ふざけるものいい加減に…』
ゴオォーーン……
ゴオォーーン……
今度は鐘の音が私の言葉を遮った
咲夜は立ち上がり 鐘の音を響かせる時計塔に目を向けた
その横顔は とても悲しそうであった
そう、咲夜は今 涙を流さずに泣いている…
『ねぇってば!さく………っ!?』
彼女の名を呼んだ時、急に自身の意思とは反して身体が宙に浮かんだ
そして 後ろに強く引っ張られる感覚が襲う
咲夜が、紅魔館がどんどん離れていく
雲の高さまで来たのだろうか、周囲が白い闇で覆われていく
小さくなっていく咲夜はまだ、時計塔の方向を見ていた
私に気が付いて…私を見て…
両手を伸ばし 私は叫んだ
『咲夜ーーっっ!!』
…そしてついに 視界は完全に白に染まった
==========
『っ!!』
私は勢いよく上体を起こした
そこには見慣れた風景があった
カーテンが閉められ 様々な見舞い品が置かれた部屋
そして、ベッドに横たわる咲夜…
『ゆ……夢…か』
いまだに高鳴る鼓動を落ち着かせながら 力無くゆっくりと立ち上がる
落ちた布団を気にもせず 咲夜の元へと寄った
いつの間に寝ていたのか、咲夜の身体を拭いた時の容器がそのままだ
一体咲夜は 夢の中で何を言いたかったのか…
鮮明に残る記憶を辿るが、やはり何を言っていたのか判らない
考えるのを止め、そっと力をかけないように咲夜の上に跨った
前屈みになり 頬に手を添える
『ねぇ咲夜。朝よ、起きて』
軽く肩を揺する
『早く起きないと、この前みたくほっぺたムニムニするよ?ほら。ほら』
両頬にそれぞれの手の人差し指と親指で摘み、優しく動かす
『それとも、血を吸ってあげようか?ふふ。久しぶりだから、量の加減は出来ないかもね。咲夜の血は美味しいから 吸い過ぎない自信が無いわ』
襟元をはだけさせ、首筋に唇を近づけた。動脈の場所にキスし、少し舌を這わせる
咲夜はいつもこの時に なんとも可愛らしい甘い声を出すのだ
歯を当て ほんの少し力を加えた
いずれも 反応が無い事を承知の上で……
流れ出たのは咲夜の血液ではなく 私の涙だった
頭を下にずらし、咲夜の胸元に顔をうずめた
溢れる涙を拭くこともせず 彼女の寝間着を握っていた手に力を込めた
『咲夜…早く目を覚まして……グスッ…お願いだから……咲夜ぁ…』
〜
扉の向こうで啜り無くレミィに何て言ったら良いか判らず、私はただ 黙って佇んでいた
同じ様に 頬を涙で濡らしながら…
そっと涙を拭き 私は足音を立てずに図書館へと戻った
〜
部屋の中は 相変わらず私の泣く声だけがしていた
今まで一度も 本気で涙を流したことなど無かった
(−いや、泣いたことは多々あるが それは本気では…−)
今になって、まるで堤防を崩したかのように 止め処なく溢れて出てくる
ただ 頭の中で咲夜の事だけを考え、私は泣き続けた
==========
どれくらい時間が経っただろうか
咲夜の上に跨ってから 数時間は経過していた
流石に泣き疲れた私は 涙も声も出さず、いまだに咲夜の上に乗り しっかりと抱きついていた
胸に耳をあて 鼓動を聴く
一定の間隔を保ち 規則正しく動いている
−この人間はまだ死なない−
閻魔と共に居た死神が言うのなら、間違いない
−永遠に近い状態にある−
月の姫が言っていたあの言葉
本当に咲夜はもう、このまま起きないという意味なのか?
そんなのは嫌だ
もっともっと 咲夜の淹れた紅茶を飲みたいし、一緒に散歩だってしたい
もっと咲夜を困らせたいし、色々な話もしたい
…そして出来るならば、咲夜に ぎゅうって抱きしめてもらいたい
『また咲夜と一緒に居られる夢が見れたら良いな…さっきみたいな奇妙なのは御免だけどね…』
ウトウトと目を閉じ、睡魔に引き込まれそうになったその時
ボォーーン…ボォーーン…ボォーーン…
『!』
私は顔を上げた
室内に鐘の音が響く
無意識に先程の夢のそれと重ねてしまった私は、過剰に反応し その音源の時計を見た
針は午前零時を指していた
暫くその時計を見つめる
文字盤が表の時計塔を連想させ、更に その時計塔を見つめる咲夜を浮かべた
時計塔…鐘…咲夜…
私は夢を思い出し もう一度よく考えた
そして、夢の中の咲夜と 私が知る咲夜が一つだけ異なっていた点に気付く
あのとき咲夜は着替えに時間をかけ 戻ってくる際も駆け足でやってきていた
本来ならば 時間停止ですぐに戻るのに
私に伝えようとした時の口の動き
意味深に時計塔を見続ける咲夜…
『……懐中…時計…?』
そう、夢の中の咲夜は いつも持ち歩いている筈の懐中時計を持っていなかった
なら、私の下に居る咲夜は?
私は飛び起きて 部屋の中を探して回った
綺麗に畳まれたメイド服。箪笥。引出し。本棚に見舞い品の下
眠気もとうの昔にどこへやら。あまり埃を立てないように、それでいて隅々まで探した。が…
『無い…何処にも…』
だとすると、誰かが持ち去ったか 最初からこの部屋に無かったかの二点が挙げられる
今までにこの部屋には かなりの数の客が来ていたが、誰一人として怪しい行動をした者は居なかった
(−主の目の前で 堂々と物取りする様な奴は魔理沙くらいだが、その魔理沙でさえこの部屋には入れていない−)
そもそも私はずっとこの部屋に居た
片付けもしていたが、懐中時計らしい時計は一回も見なかった
となれば、残るは…
扉を開け 部屋を出ようとしたが、一度その足を止め 眠る咲夜を見た
『ちょっとだけ待っててね。咲夜の時計、必ず見つけてみせるから…』
静かに扉を閉める
その時計を見つけたからといって、咲夜が目覚めるとは思わない
何も進展が無い可能性の方が大いに考えられる
それでも 私は動かずにはいられなかった
咲夜自身から私に訴えてきた
このことに何かしらの意味があると信じ、私は居間へと向かい 美鈴、パチェ、小悪魔の三人を呼び集めた
==========
丸いテーブルを囲む四人
私が淹れた紅茶を飲みながら 皆に話をする
逸る気持ちもあるが、まずは落ち着かないといけない
そう思うに至った私は紅茶を用意した
(−私だって紅茶くらい淹れられる。バカにするな。…まぁ咲夜の紅茶には及ばないけど−)
『成る程、確かに興味深いわ』
『咲夜さんが伝えてきたことですもの。絶対に意味はありますって!』
パチェも美鈴も 私の考えに賛同してくれた
小悪魔も 進んで発言こそしないものの 頷いている
『よし!皆で探しましょう、咲夜さんの時計を!』
元気良く立ち上がり ガッツポーズをしながら言う美鈴を止めたのはパチェだった
『紅魔館は広いわよ。目星も無く 小さな時計を見つけるのは難しいわ。まずはある程度 場所を絞らないと』
『ぅ……』
一息おいて、美鈴は再び座る
美鈴の気持ちは嬉しいし、私だって今すぐ行動したい。けれど、パチェの言うことも一理ある
がむしゃらに探し回っても、体力を余計に使うだけだろう
私は 気にしていたことを言った
『魔理沙が図書館を壊した後、咲夜はずっと私と居た。片付けに向かわせる際 部屋を出る直前には懐中時計を手にしていた。……つまり、図書館で倒れたとき 時計は図書館に在った筈なんだ。…どう?パチェ』
彼女は首を横に振った
『ううん。今日までの殆どは図書館に居たけれど、時計は見なかったわ』
『…確かなの?』
『えぇ。魔理沙に壊されたところの本を調べた時も 念入りに周囲を見てみたけど、何処にも無かった。こあと二人で行動していたのだもの。見落としているというのはないと思う』
『それじゃあ…一体何処にあるんでしょう…』
皆は暫し黙って考える
もちろん、私の部屋から図書館へ行くまでの間 咲夜が寄り道し、時計を置きっぱなしにして図書館に来た。とも考えられる
しかし、寄り道した場所に時計を置いたまま 図書館へ行くだろうか?という疑問が残る
時間に律儀な上、媒体である時計がないと 咲夜は時を止める事はできない
いつだったか 随分前に、悪ふざけで咲夜の懐中時計を隠し持っていた時があった
とても困っていた咲夜を堪能したあとで しばらくして時計を返したのだが、その際に かなり本気で怒られた記憶がある
(−それ以降、懐中時計に関しての悪戯はやめた。本当に。−)
…それほどまでに大事な時計を手放してどこかへ行くなど、到底考えられなかったのだ
『あっ!』
静寂を壊し 突如として大きな声を出した小悪魔に、全員の視線が集まる
『あ…あの…ごめんなさい』
一気に注目を浴び 縮こまる小悪魔
パチェが 何か気付いたのか、と訊ねた
『えっと…あの時美鈴さん。咲夜さんと派手にぶつかりましたよね?それでもし、もしですよ?…もし その衝撃で咲夜さんの身から時計が離れて、そして穴の中に落ちてしまっていたとしたら…というのは 考えられないでしょうか』
『………………』
『………………』
『………………』
『…………えと』
三人は黙る。故に 小悪魔もまた 黙るしかなかった
『そうか…それならあるいは…』
『ねぇレミィ。咲夜を着替えさせた時、時計は持ってた?』
『いや、無かったね』
『私が咲夜さんを部屋に運んだときも 何かを落とした音はしませんでしたし』
『こ、壊れた場所以外にも いろんな場所を掃除しましたけど、図書館には何処にもありませんでした…』
小悪魔の発言から、全員が一ヶ月前の記憶を遡り 交互に言い合う
そして やがて推測から確信へと変わった
『やっぱり一番怪しいのは…』
『地下…しかないわね』
四人は顔を見合わせ 頷いた
きっと地下に手掛かりがある…
ティーカップをそのままに、一同は地下迷宮への入り口となる扉へと向かった
〜
居間からその扉までの道、私は列の最後尾に居た
ゆっくり歩いていた訳ではない。しかし 私以上に 皆が歩く速度のが速かった
美鈴に関しては、身長と足の長さから 歩幅が私の倍近くある為、先頭をせかせかと歩く彼女に付いて行くのもやっとだ
皆 終始無言で歩いていたが、夫々の中では ある事を考えていた
咲夜と共に『その穴の深さ』を目撃していた美鈴は、とてつもなく広いと噂の地下迷宮の どの場所にあるのか
と。小さな不安を抱いていた
穴の修復の際、その壁面を見ていたパチュリーは 指を折りつつ何かを数えていた
普段運動をしない主人を気遣ってか、小悪魔は心配そうにパチュリーの後に続く
地下への扉までの道が こんなにも長いものだったとは…
皆の気持ちと咲夜のことを考えながら 私は思った
咲夜が居ない今、パチェ一人では限度があるのか、紅魔館を圧縮する力が足りない為に 館は本来あるべき広さに戻りつつあった
少しだけ息を切らせ 皆の後についていく私は、視界の隅にある物を捕らえ その足を止めた
それは、普段咲夜が使用していた掃除道具
綺麗に手入れされて 整頓されている
私はその掃除道具を見つめた
足音が止んだことに気付いたパチェが振り向き、私の名を呼ぶ
やや遅れて 美鈴が戻ってくる
『レミィ。どうしたの?早く行きましょう』
呼びかけにも応じず 私は立ち尽くし、掃除道具を見ていた
その掃除道具の場所に座り 雑巾を洗ったり 箒に付着した塵を落としている咲夜の姿が浮かんだ
あの箒や雑巾を使って掃除していたのか。この広い館を嫌な顔一つしないで 文句も言わずに、たった一人で…
パチェが私の傍に歩み寄り、そっと腕を握り 優しく引っ張った
『レミィ。急ぎましょう』
そこでようやく応じ 再び足を動かした
美鈴もパチェも小悪魔も それに続く
〜
先頭を歩くレミィを 歩幅故に美鈴が追い越そうとした
私はそんな美鈴の前に腕を出し それを阻止した
美鈴が 何事かと私を見た
私は レミィの後ろを歩け、と 言葉に出さず仕草で伝えた
私は確かに見た
先ほど掃除道具を見ていたレミィの頬に 一粒の涙が伝って行くのを…
先頭はレミィに歩かせないといけない
私は 心のどこかでそう感じていたのだ
〜
一向は遂に扉の前までやって来た
一際大きい金属製の扉に、厳重に幾つもの鍵が掛けられている
その鍵と共に 私の妹である フランドールの能力(−ありとあらゆるものを破壊する程度の能力−)を封じる為の結界が張られている
これは 幻想郷そのものすら破壊しかねない彼女の能力を忌避した境界の妖怪と、初代博麗の巫女によって 私達が幻想郷に来た時に創られたものだ
聞く話によると、幻想郷大結界並みに強力らしい
フランドールの身体能力や弾幕を持ってしても壊れず フランドールが出す気が外部に漏れて 悪影響を及ぼさぬようにと、あらゆる波長を完全に遮断に遮断する特殊なものだとか
歴代の巫女を紡ぎ 今は霊夢の力で維持しているとのことだ
私は一つ一つ鍵を解除し 扉に手を当て、ゆっくりと力を込めて押し開けた
ギギギギギギギ…………‥‥
錆び付いた蝶番が鈍く軋む
10cm以上は扉の厚さ
闇が続く通路の奥から、生暖かい風が四人を包む
私が内側で扉を支え 三人が入ったあと、手を離した
ギギギギギギギ…………‥‥
ゴォォォォ…………ン
開けた時と同じ音を鳴らし どれ程の重量があるのかを物語るくらい 低く、重く、長い音が 地下通路の壁に反響した
もちろん光源の類は一切無く、目の前に掌をやっても全く見えない
『ちょっと、待っててね』
どこからかパチェの声がし 呪文を唱え始めた
すると両側の壁に、美鈴の背よりやや高い位置に 一定の間隔をあけて焔が灯った
まるでそこにランタンや松明でもある様だ
これで明かりは確保できた
『ありがとうパチェ。さぁ、行きましょう』
ある程度進むと 後ろの方の焔が消え、そして前の方で発火する
上手い具合に四人の周囲を照らしていた
『それで、どの辺りを探せばいいのかしら?』
私はパチェに聞いた
それは美鈴も、小悪魔も気にしていただろう
場所が地下に特定できても、ここだって相当広い
(−地下のどこかにある、それは逆に言えば 地上のどこかにある。と言うのと同意である−)
『えっとね……』
パチェは立ち止まり 俯いて目を閉じ、こめかみを人差し指で軽く叩きながら 記憶を引き出すかの如く答えた
『穴の断面から 幾つもの通路が見えていたわ。図書館の真下にある通路であの立て札は確か…地下二階のE−6区画へ続く通路の筈よ。それから…地下四階のK−17への通路と、同じく地下四階L−17。あとは…地下六階のN−31…あっそうそう、地下五階のL−19が少しだけ見えてた。通路はそれくらいね。あの時のマスタースパークの威力から、穴の底は大体 地下十階P−6第二区画辺りになるわね。その辺を探せばいいと思うわ』
『そうか…そんじゃまずは 地下二階のE−6へ行ってみよう』
説明を聞いて 私とパチェは歩き出した
やや遅れて小悪魔と美鈴が続く
言っていた事は何一つ判らなかったが、探す場所はある程度絞られている
美鈴はほっと一息
小悪魔は改めて主人のことを 凄いと思った
いつの間に 複雑に拡がる地下の構造を把握し、英数字を用いて区画分けをしていたのか
しかもほんの一部を見ただけで場所を特定できるなんて…
そして、それをすぐさま理解していたお嬢様もまた凄い
『そういえば美鈴?』
『はい?』
私と並んでアレやコレや話していたパチェが、途中で思い出した様に美鈴を呼んだ
『穴の中に落ちた本は まだ回収していないのかしら?』
『え…えぇ。先に周りを片付けてからにしようと、穴の中は後回しにしまして…それからの出来事だったので まだ…』
『そう。道理で本が少し足らない訳だわ』
『なら、ついでにその本も集めれば良いじゃない。次いつ地下に入るのか判んないんだし』
『そうね。そうする』
『それじゃ行きましょう。変な罠みたいなのは無いけど、はぐれないように纏まるのよ』
初めて地下に訪れた美鈴は 好奇心からあっちこっち行っていたが、私の注意を受けて急いで戻ってきた
地下構造を知らない彼女がもし一人ではぐれでもたら、それこそ大変だ
==========
地下に入り、かれこれ数時間は経過していた
太陽が昇っているのかどうかすら判らない地下で 私たちはパチェの言うところの 地下四階Lー17地点に居た
地下構造を把握しているパチェが小悪魔と、私が美鈴とでペアを組み 手分けして探した方が効率良くないか?
との提案が途中で出たが、通信手段を持たぬ状態で別れるのは危険だし
時間を知る術もない現状において いつに何処へ集合。といった方法もとれなかった
ならば四人で行動し 見落とし無いよう 重点的に探した方が良い
という結論に至った
『ここにも有りませんねぇ…』
『もっと深部になるのかなぁ』
小悪魔と美鈴が並んでキョロキョロし、棚などを退かしたりしている後ろで 私はパチェと ある話をしていた
『ねぇ、本は何処へ行ったの?』
『私に聞かれても困るわよ…』
検索を始めてから今まで、中間地点となるこの区域まで来ても まだ一冊の本も見付からないのだ
美鈴も小悪魔も 本のことをすっかり忘れているみたいだが…
『幾つか考えられるわね。最初から本は穴に落ちなかったか、それともこの区域には落ちず もっと深い場所に纏めて落ちているか…』
『あの穴の大きさと崩壊具合から見て、穴に落ちてないっていうのはあまり考えられないわね。可能性はゼロじゃないけど』
『まぁ、もう少し先に行けばあると思うわ』
私は別の可能性も考えていたが この時はまだ言わなかった
==========
途中で何回か休憩をとりつつ、ついに かつて穴の底だった地下十階P−6へと到達した
流石に皆の体力も限界に近づき 疲労の色を隠せなかった
『ついに…ここまで来ましたね…』
『此処にありますよ…絶対に…』
若干息を切らせる美鈴と、最後まで望みは棄てないという眼差しの小悪魔が言った
気合を込め 最後の場所の捜索に取り掛かる二人
その二人を見たまま パチェは私に言った
『ねぇレミィ。私思うんだけど…』
『…それは 此処を探し終わった後に言っても遅くはない。私達も始めるわよ』
パチェの思っていることが 私の考えと同じなのか、それとも別のものなのか…
私は彼女の言葉を聞かず 先に始めている二人の所へ向かった
==========
ここP−6は ちょっとした広場になっているため、探すには一層の時間を要した
この空間を大まかに四等分し、手分けして各持ち場にあたった
が……
『…どうでしたか?』
『私の処には…何処にも…』
美鈴も小悪魔も腰を下ろしている。その表情は落ち込んでいた
『ねぇパチェ。穴を直した時、壁に埋めてしまったんじゃない?』
『それはないわ。断面の組織を再構築していく際、障害となる物体反応は返ってこなかったもの。本棚などの破片は こあが全部回収していたし』
『でも、懐中時計はともかく 本が一冊も見付からないとなると…どうしてその時に ついでに本も回収しなかったのかしらね』
『本』という単語に 小悪魔と美鈴はハッとした
『わっ私の所にも 本は無かったです!』
美鈴は慌てて言う。小悪魔もつられるようにコクコクと頷く
やはり本の事を忘れていたようだ
だが、あれほど懸命に探していたのだ。その言葉は嘘ではないだろう
『レミィ…やっぱり…』
『あぁ、行ってみる価値はある。ほら二人とも ボサーッとしてないで行くよ』
『ぇっ…い、行くってドチラへ…?』
歩き始めた私は 美鈴に背を向けたまま、黙って床を指差した
美鈴と小悪魔は顔を見合わせ、立ち上がった
==========
【地下十三階:A−1】
私たちは地下をどんどん進み、やがてひとつの扉の前に来た
その扉の上には そう書かれた古寂びた札が貼ってあった
『ここは…』
『紅魔館の地下空間、最下層の区画よ』
『…ということはもしかして』
『そう、この扉の先は フランの部屋よ』
私が言ったきり 美鈴と小悪魔は何も言わなかった
元より 何故此処に来たのか、その理由すら聞いていないのだ
更に、あのフランの部屋ともなれば緊張しないわけが無い
『レミィ。私の…いや、私達の考えが合っていれば、きっとこの子が絡んでる』
『フランが本を拾い集めていたのなら、もしかしたら時計も持っているかも知れないわね…』
二人は揃って扉へと近寄り 私がノックをする
中に居るフランに一声呼びかけ 扉を開ける
入るとすぐに、フランの声が聞こえた
『あら、お姉様お久しぶりね。それにみんなも居るじゃない。一体どうしたの?』
こちらにはさほど興味を示さない。とでも言った感じにベッドに寝転がり、膝から先を動かしつつ本を読んでいる
足とともに 七色に耀く不可思議な光体を揺らしなら 彼女の歪な翼も小さく上下に揺れていた
その本(−そして近くに積まれていた本の山−)を見たパチェは、やっぱり…といった表情をした
パチェの疑問はとりあえず解決した。あとは頃合を見てフランから取り返すだけだ
私は懐中時計について聞き出そうとした
『ちょっとフランに聞きたいことがあるのよ』
『ん?私何も悪いことしてないよ?お姉様じゃないんだから』
『いや、そうじゃなくてね』
『いつだったか、地下に強い衝撃が伝わってきたよ。アレお姉様でしょ?おかげで起こされちゃった…気持ちよく寝てたのにね』
『もぅ。良い?フラン。アレは私じゃなくて魔理…』
『でね、私 その衝撃があった所にあっちこっち行ってみたのよ。そしたら本がいっぱい落ちててね、嬉しくて全部持って来ちゃった。お姉様の言う通り、良い子にしてたら良い事があるって本当ね』
ようやく本から目を離し 私の方へ振り向く
我が妹ながらなかなかに やらしい微笑みをしてくれる
そして 相変わらず会話というものをしない
再び視線を本に戻し、ページを捲る
『……ねぇフラン。拾ったのは本だけかし…』
『それにこの本、とっても素敵ね。何度読んでも全然飽きないんだもの』
『……………』
『レミィ落ち着いて。冷静に』
『わ…判ってる』
無視して話し続けるフランに、思わず眉間を寄せてしまったが、パチェの制止で深呼吸をした
そんな私の事もお約束通り無視し フランは言う
『そこに積んである本は もう読み終わったから持って帰って。この本は私が貰うからダメだけど』
『そう。それじゃ そうさせてもらうわ。こあ、美鈴、手伝って頂戴』
フランの気が変わらぬ内にと思ったのか、すぐに本の回収にあたるパチェ
今を逃し フランが駄々を捏ねでもしたら、取り返せる物も取り返せなくなってしまうからだ
積まれている本に 一通り目を通し、フランが読んでいる本も確認した
が、やはりそれほど危険な書物は無かった
横で回収作業に入る三人に、フランは言った
『あ、そうそう。ついでにアレも持ち帰って。なんか判らないけど読めないのよ。だから要らない。お姉様にあげる』
『……っ!!』
自分を挟んで 三人とは反対側の壁際を指差した
小さな机の上に一つだけ置いてあった 一冊の本
それを見たパチェは急いで駆け寄り 本を手にした
『フラン…これをどこで?』
『そこの本と一緒に落ちてたの。変な鎖が巻いてあって 全然取れないのよ。そのせいで本は開かないから読めない。だからお姉様にあげるの』
私は そんなフランの物言いを相手にせず、パチェの隣に移動した
彼女は 本を回してあちこち見ていた
『やっぱり…そうだったのね…』
『どうしたの?パチェ』
『……これを見て』
そう言ってパチェから本を手渡された
何かの皮で作られた 焦げ茶色の厚い表紙、所々剥げていて 色褪せており 文字が霞んでいる
さながら魔道書の様な雰囲気の本だが、何より目立つのは その本に巻かれた 酷く錆び付いた鎖だった
これでもかと言うほど隙間なく 必要以上にその本を縛り付けている鎖のせいか、とても重い
フランが壊せないというのなら 私が試しても同じだろう
『ここよ』
パチェと同じように本を回して見ていた私に、隣からある一点 私の右手の甲を指差した
持ち変えてその一点を、そしてそれを見た
本の隙間、まるで栞みたく挟んである…いや、僅かにはみ出ている物に 見覚えがあった
『え…これって……』
驚きの表情をし パチェと目を合わせる
事情を飲み込めない小悪魔と美鈴は ただ本を持って立ってた
『フラン、この本に変なことしてないわよね?』
『んーとね…。外そうとして鎖を引っ張ったり、噛んでみたりはしたよ。でもビクともしないから放っといた。地下から出れば目を潰せるのに。あぁ残念』
口を尖らせ、物惜しそうに私が持つ本を見た
その眼差しは 純粋に残念がる 拗ねた幼い子供の様にも
獲物をみすみす逃してしまい 己の不甲斐無さに憤怒する野獣の様にも見えた
そしてすぐに 視線を読書中の本へと戻す
『まぁいいわ、この本は確かに預かったよ。…美鈴、小悪魔。行くよ』
私達三人のやり取りに介入出来なかった二人は 突然名前を呼ばれ、急いで駆け寄ってきた
先にパチェ、小悪魔、美鈴の三人を部屋の外に出し 私はフランに言った
『それじゃあフラン、邪魔したわ。また今度ね』
『ん。じゃあね お姉様。また本をいっぱい落としてね』
『…良い子にしてたらね』
未だに読んでいる本から目を離さないフラン
私はそっと扉を閉めた
次 地下に用があるその時まで、また彼女とはしばらくのお別れ
それを感じさせない他愛ない会話
この姉妹にとっては 至って普通のこと
扉から少し進んでいる三人を追いかけ、私は一冊の本を大事に抱えて 地上へと向かった
==========
紅魔館一階。中央ロビー
館の正面玄関 入ってすぐのこの場所は、ひとつの空間としてならば 他に類をみない広さがあった
そのロビーへとやってきた四人
パチェは床に大きな魔方陣を描いていた
『お嬢様…これから何をするんですか?』
『その本は…一体…』
フランの部屋から出て、図書館を経由して本を置き この場所に来るまで何一つ聞かされていない小悪魔と美鈴は、ようやく自ら聞きだした
『見なさい』
それだけ言って 二人に本を渡す
黙って受け取る美鈴、隣で美鈴と一緒に本を見る小悪魔
美鈴があれこれ回して見る中、先に『それ』を見つけたのは小悪魔だった
『あっちょ、ちょっと美鈴さんストップ!』
『へ?』
美鈴の腕を付かんで動きを止めさせる
自ら本を動かして それが上に来るようにした
そこでようやく美鈴も それに気が付いた
『……これって…』
『…鎖?』
『そう。咲夜の時計は その中にある』
本の間、古びた紙の隙間から 本を縛る太く 錆びた鎖とは別の、金色の細い鎖が僅かに見えていた
そう、咲夜の懐中時計に付いているのと同じ鎖だ
だが、本はぴったりと閉じている
時計が間に入っているなら 完全には閉じないと思うが…
『それは 封縛の書と呼ばれる禁書よ。その本が開いた状態で中の紙に物が触れると、大きさや質量に関係なく本の中に閉じ込めてしまう。そして見ての通り 完全に束縛して封じてしまうのよ。実態有る物ならば、対象は問わない。もちろん生身の生物だって例外ではないわ』
ロビーを歩き回り、陣の形を確認しつつ パチェは言った
『更に厄介なのはもう一つ。封じた対象が『誰かが所有していた物』だった場合、その所有者をも巻き込んでしまうということ。肉体的にではなく、精神のほうをね…』
あまり理解していないのか、黙って顔を見合わせる二人に 私は軽く補足した
『つまり、髪の毛や小道具などを持ち主に気付かれずに奪ってこの本に触れさせてしまえば、持ち主の人数に関係なく その精神も一緒に封印してしまうということね』
『そう、その本が禁書扱いされるに至った由縁よ』
変わらずに陣を描き続けるパチェが頷いた
『そ…その人はどうなるんですか?』
『今の咲夜をみれば、判るだろう』
私はそう言って 美鈴から本を取った
『精神を抜き取られてしまえば、器だけとなった肉体は 唯眠り続ける。精神が戻るまで 身体の成長は強制的に止められてしまい、再び本が開かれるまで 半永久的にとても深い眠りに就くのよ。死者と生者の境界を彷徨いながらね』
−あの子は今、永遠に近い状態にある−
私はふと 以前月の姫に言われた言葉を思い出し、その真の意味を理解した
あいつは一体、何を視ていたのだろうか…
『……遥か昔、肉体が老いることが無いというのを逆に利用して、不老不死を求めた魔術師達が…。他人の恨みを買い、意思に反して封じられた人が…。後の世界を夢見て 自ら身を投じた人が…。権力者の私利私欲の目的で 無差別に封印された大勢の人間達が……。経緯はどうであれ、何百 何千 何万という人間がこの『本の中』に入った。そしてこの本が開かれる度に ある人は目覚め、ある人は眠りに就く。でも大抵は 戦や天災、人為的等で精神が戻る前に 肉体は壊されてしまったそうよ。そうなればもちろん 戻り場を失った精神はそのまま消滅し、事実上の死を迎える…』
時代を超え、所有者を渡り歩き、世界を巡るうちに やがて人々から忘れ去られて 遂にこの地へと流れ着いてきた
と パチェは語る
彼女がこの本を手にし、本に纏わる逸話を解明したのが 今から数十年も昔のこと
以降、人の目に付かぬ様に 図書館の奥深くに静かに保管していたのだが、どういう訳か いつの間にか場所を変えていたようだ
(−泥棒猫が一人いる。思い当たるとしたら彼女しかいない−)
魔理沙によって持ち出され、その本はどういう代物かも知られぬまま『適当な本棚』に置かれた
後日 その付近にマスタースパークが放たれた。振動や衝撃で封縛の書が穴の中に落下し、その弾みで本が開いた状態となる
更に運悪く 美鈴とぶつかった際 咲夜の手から離れた懐中時計も穴に落ち、先に落下していた 開かれた本に触れてしまい 咲夜の精神諸共、懐中時計が本に封印されるという結果となったのだ
奇跡ともいえる数々の偶然が重なった不幸
その発端には 全て魔理沙が絡んでいた
(−対象を完全に封印する本から 懐中時計の鎖が僅かにはみ出ているのも、ある意味では奇跡といえる−)
『さぁ、陣を描き終えたわ。レミィ ここに…』
私は本を持って陣の中に入り、中央の円に本を置いて 自身もその傍に立つ
『美鈴とこあは離れてて。少し危ないかも』
『い…一体何を…』
『今からこの本の封印を解くわ。通常のやり方と違って少々荒っぽいやり方だから、近くにいるとどうなるか判んないわよ』
それを聞いた二人は ロビーの壁まで移動した
そこまで離れる必要もないが、万一のことも考えそのまま待機させた
陣の中央で本(−本の中の懐中時計−)を見据え ただ静かに立っていた私の足元に パチェはある物を置いた
『本当に良いの?これでなくとも、代用できる物なら他にも…』
『いや、これが良い。…このナイフじゃないとだめなの』
銀の光沢を放つ一本のナイフ
吸血鬼の弱点である物と同時に いつも咲夜が持っていたものだ
私の覚悟を受け止めてくれたパチェは、何も言うことなく 陣の少し外側に立った
『準備は良い?』
『いつでも良いわ』
『……それじゃ 始めるわ』
一呼吸置いて、パチェは静かに口を開いた
==========
それは 時間を遡ること ほんの十数分前。場所は図書館
地下から回収した本を小悪魔と美鈴に戻させている間、私はレミィと本について話をしていた
やはり 咲夜の昏睡に関わる原因は 魔術的要因であったこと
地下と地上を隔てる あらゆる波長を遮断するあの結界が、その強力さから私の感知魔法すらも遮断してしまっていたこと
そして どうやって封印を解除するかについて
フランを少しの間 地下から出して…とも考えたが、隙有らば脱走しようとしているあの子を結界の外に出したらどうなるか
容易に想像はついた
それを防ぐ為に 充分に対策を練ったとしても、その状況下でフランが快く了承する訳もない
仮にしたとしても、以前から気にしていたこの本をよこせと言ってくるだろう
この本がフランの手に渡ったらどれ程危険か…
フランに協力を仰げば 確かにこの鎖を破壊することは簡単だが、手軽さに反比例し かなりの危険性を伴うことにもなる
レミィはそれを考えていた上で フランの名を出した直後に却下したのか
それとも 咲夜の身を案じ続けた故に 何も知らないフランに、一番肝心な部分を取られたくない。との 彼女の我儘だったのかは定かではない
ともなれば 私にはあと一つの方法しか思いつかなかった
魔法使いとして、幻想郷に来るよりも前に知っていた とある方法
しかし私は それを言うのには抵抗があった
この手段を用いれば 大抵のことは解決できる
咲夜の件に関しても問題なく解決できるだろう。が、私はどうしても言えなかった
ところがレミィは そんな私を余所に、あっさりと言ってのけた
まるで その考案を実行する事を、予め決めていたかの如く
【−血の代償−】
遥か古代より伝わる儀式
『代価』を支払う事で、あらゆる望みを叶えてしまうという 禁忌に指定されている魔術行為のひとつだ
相応の痛みを伴い 血肉を捧げることで、自身の欲望を満たす 悪魔との契約である
その願う欲望によって、請け負う苦痛も 流す血液も 失う部位も増加する
それを見誤り、命さえ落としてしまう者が後を絶たず、運が良くても身体の一部を失い 残りの生涯に支障をきたしてしまうという
私は幻想郷に訪れるよりも前に…レミィと出逢うよりも前に、欲に目が眩み『血の代償』を行い、無残な姿に変わり果ててしまった仲間を何人も見てきた
僅かな可能性を信じ、その仲間を助けようともしたが 悪魔と契約した人間を救済できる程の力を、当時の私は持ち得ていなかったのだ
悪魔の力に魅了されやがて廃人と化していくのを 黙って見ているか、無慈悲に見捨てるしか出来なかった
中途半端な希望を持っても それが打ち砕かれたときに余計に辛い思いをするのは嫌……
助からないなら助からないってはっきりしていれば、そうはならないのに…
過去の記憶から、あの時の魔理沙に失礼な態度を取ってしまった
この案を知っておきながらも発言できず、そして現在において無二の親友であるレミィの口から出たことに対し 代案も無しに否定したのは言うまでもない
そんな私を レミィは言い宥めた
――私の望みは 咲夜の解放、ただそれだけ。それほど危険な代償は無いはず――
――私だって吸血鬼。悪魔の端くれだ。そのくらいなんともない――
―――と。
それに、パチェだって もうあの頃とは違う
あれから多くの知識を得て、数々の技術を習得し 最上級の魔法を扱えるまでになたのだ
(−伝説上の代物とされている賢者の石すら扱えるほどに−)
例え私の身に何かあったとしても、今のパチェなら大丈夫だ
と 言ってくれた
私がレミィを無二の親友と思っているのに対し、彼女もまた 私と同様に考え そして信用してくれていた
だからこそ、彼女と共に血の代償を行おうと決意したのだ
==========
私は詠唱を続けた
日頃の喘息が嘘のように、途切れることなく その過程を進行させる
私の視線は レミィの背中を見ていた
僅かながら レミィの足が、指先が震えている
勿論、自身も同様に
詠唱が進むにつれ 魔方陣を成す線が怪しく光りだす
徐々に光の出力は増し、やがては一番外側の円線を境に 大きな光の柱となり、ロビーの天井を照らした
過去に見た 変わり果てた仲間の姿
目前に聳える光の柱に 彼らの姿が浮かぶ
彼らの姿に重なって その向こうに佇むレミィ
吸血鬼として、悪魔として私以上に生きているレミィもまた、血の代償の恐ろしさは知っていた
(−普段は そんな人間を嘲笑う立場であるのだが…−)
それでも 咲夜を思う一心で恐怖を押し殺し、私を信じて立っていた
代償を払う立場の彼女は 私よりも不安を抱いているだろう
そんな彼女に 一声かける。彼女は振り向いた
『大丈夫、私がついてるもの。一緒に咲夜を助けましょう』
力強く 彼女に笑みをみせた
恐れてばかりではいけない。壁を乗り越えてこそ 人は強くなれるのだ
例外なく 私も、そして彼女も
レミィは目を閉じ 僅かな微笑みで返した後、私に優しい眼差しを向けて言った
『……ありがとう』
と。
==========
詠唱も最終段階に突入し 悪魔に血を捧げる時が近づいてきた
壁際で心配そうに見ていた子悪魔と美鈴
儀式とは関係ない二人が巻き添えを受けないように、陣から一番遠い壁へ移動する様に指示した
『…良いわ レミィ。代価を支払って…』
暫くして レミィに言った
遂に代価を支払う準備が完了した
レミィはそっとしゃがみ、足元に置かれていた銀のナイフを取ろうと 手を伸ばす…が、触れる直前 手を少し引いた
咲夜が普段から弾幕戦などでも幅広く使用しているこのナイフは、本来は吸血鬼に止めを刺す為の代物である
普通の刃物では レミィにまともな傷一つ付けられないが、このナイフであれば レミィに傷を負わせる事ができる
勿論傷だけでなく、触れただけでもかなりの激痛を与える
炒った豆と違って 皮膚が焼けはしないものの、豆なんか比ではないくらいに
レミィにとって これほど危険なものはなく、何故そんなものを従者の咲夜に持たせているのか
その真相は 私には判らなかった
苦痛と血を捧げる血の代償にとって、これが適任だろうと レミィ自ら選んだのだ
一度手を引いた行為に対し、開始前の彼女の覚悟を受け入れた私は 敢えて何も言わなかった
一息置いてレミィは再び手を伸ばし、ナイフに触れる
『……つっ!』
立ち上がり 激痛に顔を歪ませ 何度も落としそうになるが、懸命に耐えている
本の丁度真上に左腕を伸ばし、震えながら右手で握るナイフの刃を左腕に当てる
遠くで小悪魔と美鈴が 両手を強く握り締めて主の身を案じ 背後で私が支える中、レミィは右手に力を入れ ゆっくりと刃を移動させた
動きに沿って レミィの腕に一筋の傷が生まれ、白い腕を伝って 真っ赤な血が手先へと流れる
『咲夜…もうすぐだからね…もう少しだけ……待ってて…』
死力を振り絞って 咲夜へ言った
右手に激痛が走り その根源で左腕に切創を作り…
それでも尚 レミィは微笑んだ
私は詠唱を再開させる
左腕から溢れ出る血液は 指先を辿って本へと落ちていった
見た目以上に傷は深いのか、とどまることなく流れ続け 本を紅く染め上げる
詠唱の最後の一説を唱えた時、陣を包む光の柱の色が 鮮やかな赤色や桃色から、紫や黒といった 深く、暗い色へと変わっていく
『さぁレミィ。貴女の願いを…』
左腕の傷を、溢れ出る血を、自分の血で染まっていく本を、その中の懐中時計を、そして握り続ける咲夜のナイフを見つめた
レミィは 和らぐ事なんて決して無い右手の激痛を ものともせずに言った
『あの子を……咲夜を…本の束縛から解放して!』
レミィが言うと 周囲に風が吹き荒れ、陣を成す線から 一層激しく光が溢れた
どこからか四人の耳に 何とも例え難い声が響く
頭の中に直接響いてくる。といった方が正しい
まるで 地獄の底から這い出た亡者達の悲痛な叫びとも、死の恐怖と絶望に直面した生者達の叫びとも、あるいはもっと別の…
そんな複雑音よりも鮮明に、はっきりと聴こえた一つの声が レミィと私に対し『何か』を言った
(−初めて聴く言葉。レミィと私でさえ解読し得ぬ、遥か古の冥府の言葉−)
その言葉が終わった直後、本にかかったレミィの血が まるで命が宿り意思があるかの如く蠢きだした
蛇の様にも 鎖のようにも見える縄状に形を変えて、本を縛る鎖と同じく本に巻きついてく
全ての血が本に巻きつくと 陣を包む光の柱が地面から分離し、上方で一箇所に集って球体を成し そして本に向かって落下した
辺り一面 ロビー全体を照らす程の眩しい光が発せられ 四人は目を覆う
冥府の雄叫びが一層に増し、美鈴と小悪魔は 意味が無いにも関わらず耳を塞ぐ
そして 気体が弾けるような爆発音と共に 光が拡散した
風も止み、耳障りな声も消えた
四人は目を開けた
床にあった筈の魔方陣が消えており、床には一冊の本と レミィが手放してしまった銀のナイフ
それに加え 懐中時計が一つ、置かれていた
足元に落ちていた懐中時計を レミィは血が付かないようにと、痛みに震える右手でそっと拾い上げる
私はレミィに近づく。こあと美鈴も駆け足で来た
『レミィ…大丈夫?』
左腕の血を優しく拭き取り 顔色を伺う
レミィは少しだけ目を私に向けて 力なく笑った
既に血は止まっていたが、刃をあて横に動かしただけだと言うのに 傷口はやはり相当深い
普通の切創のそれとは違い とても酷いものであった
もしあのナイフで 本気で止めを刺そうとして身体に突き立てたなら…おそらく想像を絶する光景になるだろう
私はその傷に強力な治癒魔法を施そうとしたが、レミィはそれを拒んだ
咲夜を助ける為に付いた傷
咲夜を想ったその心故に耐えられた傷
皆が見守ってくれて、私が皆を信じたからこそ生まれた印
この傷は 私が皆を想った証なのだ
−この傷を治さないでくれ−
それは レミィの我儘ではなく 願いなのだと私は理解した
吸血鬼の再生能力を以ってしても 回復には数日を要すると見た私は
せめて傷口が露にならぬようにと ガーゼと包帯を巻いた
落ちている本とナイフを拾い、再びレミィの近くに寄った
レミィの持つ懐中時計を囲むように四人が集まる
『これで咲夜さんは…』
『うん。封印は解かれている筈よ』
『じゃあ直ぐに行きましょう!咲夜さんの部屋へ!』
『そうね。急ぎましょう』
『……………』
『…レミィ?』
三人が喋って 先に向かおうと移動し始めた中、一番喜びを表現し 我先にと咲夜の部屋へ走って向かうであろうレミィは、その予想を裏切った
暫く懐中時計を見つめた後、何も言わずに歩き出す
あまりに素っ気無いレミィの態度を気にしたのか 美鈴もこあも、黙って後ろを付いていった
今の彼女の心境を 私はなんとなく判っていた
目覚めているであろう咲夜に 何て声をかけて良いのか…
やっとこの時がきた。待たせたね、咲夜…
私を一ヶ月以上も心配させるなんて、普通のお仕置きじゃ物足りないったら…
咲夜の異変にすぐに気付けなくて 悪かったね。こんな私の為に、いつもありがとう…
地下へ向かう時と同じく、先頭を歩くレミィの背中からは 咲夜を想う気持ちが溢れ出ていた
==========
咲夜の部屋の前まで来た。扉の前に立つ四人。皆が皆、夫々の想いを抱いていた
『ほら、レミィ』
時計を両手で持ち、胸の前で大事そうに握って立っていた私の背を パチェが軽く叩いた
弾みで一歩前に出る
振り向くと 美鈴も、小悪魔も、そしてパチェも一歩後方に下がっており、私と若干の距離をつけた
『貴女が開けないと』
パチェが笑いながら言った
美鈴も小悪魔も、同じ様に微笑んでいる
館の主として
部屋に居る従者の主として
眠り続ける女性の目覚めを 誰よりも待ちわびていた一人の少女として…
この扉を開けるべき人物は 私を無くして存在しない。と
三人の表情から その意思を汲み取った私は、言葉にせず 三人に習って表情で礼を伝えた
(−私は本当に いい仲間を持った−)
ドアノブに手を触れ、開ける直前に私は思った
そして 欠かす事のできない、もう一人の仲間が居る部屋への扉を開けた
そこには………
==========
窓辺に佇み寝間着姿のまま眼下の湖を眺める 一人の女性
カーテンを開けて 部屋に明かりを取り入れ、陽の光を銀髪に絡ませ 美しい光沢を放っている
その髪型と色から、後姿であっても簡単に個人を特定できるだろう
『さ………咲夜…?』
『………………ん?』
ドアが開いた音にも気付かなかったのか、名前を呼ぶ声で ようやく振り向いた
レミリアには 彼女がこちらに振り向く時間が とても永く感じていただろう
目が合った。咲夜が起きている……
『お…お嬢様?それに皆も、どうして此処に……あっ』
レミリアの姿を確認するや否や、咲夜は思い出した様にカーテンを閉め 陽の光を遮る
この際に 部屋に訪れた四人に背を向けたので、自身に駆け寄る影にも気がつけなかった
『咲夜っ!!』
『…きゃあ!』
レミリアがいきなり背中へと飛びついたので、その慣性で 咲夜は勢い余って窓に額をぶつけてしまった
ゴンッと響く鈍い音
しばらく硬直する咲夜
その音を聞いたパチェリーは『やれやれ…』といった具合に腰に両手を置く
小悪魔は 痛そうな表情で片手で額を押さえ、美鈴はそんな風景に 唯々笑っていた
〜
『 お じょ う さ ま 〜 』
カーテンがそこそこクッションの役割りを果たしたとはいえ、結構なダメージを受けた
ゆっくりと動き出し 額を左手で押さえ、腰にしがみ付いているお嬢様を右手で剥がそうとした。が、お嬢様は一向に離れない
『何度言ったら判って頂けるんですか!壁際で飛びつかれたら危ないからとあれほど…!』
私はいつもの悪ふざけだと思い、今度こそはとお嬢様を叱ろうとする
しかし、両手で離そうとする私以上の力で お嬢様はしっかりと抱きついてきた
『ばか……咲夜のバカ!』
『………はぁ?』
お嬢様の様子がいつもと違う
これはどういうことだろう
私は確か 図書館で掃除の手伝いをしていた筈だ
気が付いたら何故かベッドで寝ていて、起きた早々に皆が来て お嬢様に飛び付かれて額をぶつけて…
先ほど確認した太陽の位置から、大体昼頃だということはわかる
図書館で掃除を始めてから まだ数時間も経っていない…
だけど、この部屋の状況は…?
『えっと…お嬢様?一体何が……』
私はお嬢様に聞こうとしたが、その表情から 聞くのをやめた
お嬢様が泣いている…
されどその涙は 日頃から見慣れている涙とは違っていた
手足をバタバタさせて あーだこーだ文句を言う時の涙とは違う
スペルカード戦で霊夢に負けて ぶーぶー不貞腐れる時の涙とも違う
哀しみとも 嬉しさともとれ、やがて安息と歓びに満ちた表情で涙を流している
ようやく母親を見つけた迷子の子供の様に泣きじゃくるお嬢様を、私は黙って抱き返す
部屋の状況を、涙の理由を聞くのは 後ででもいいだろう
『お嬢様、咲夜は此処に居ますから。もう涙を流すのはお止めくださいな』
額の痛みも忘れ、お嬢様の頭をそっと撫で まさに母親の包容力をもって優しく抱きしめた
応えるように一層腕に力を入れるお嬢様
扉の近くにいた三人も こちらに歩み寄ってきた
==========
その日の夜、紅魔館では盛大なパーティーが開催された
レミリアが鴉天狗に銭を握らせ、幻想郷中の者に伝えろと命じたのだ
顕界の住人達は勿論、冥界や彼岸、地底や天界に至るまで、あらゆる種族の妖怪、妖精、人間を紅魔館に集めさせた
咲夜が目覚めたという朗報を聞いた者
酒や料理目当てで来る者
人混みに紛れて 悪戯を企む者
やって来た者の真の目的こそは定かではないが…
咲夜の指示の下、妖精メイド達が大至急料理を作り、多くの種類の酒を用意し、庭園を会場仕様に装飾していった
久しぶりの慌てぶりに パーティーが始まる頃には 殆どの妖精メイドはヘトヘトだったそうだ
咲夜にしてみれば いつもと変わらぬ仕事になるのだが、妖精メイド達にとっては一ヶ月以上ぶりの超重労働だ
それでも 久しぶりに咲夜の怒鳴り声を聞けるとあって、慌しくも楽しく 各持ち場に就いた
誰一人としてサボる者や愚痴を溢す者は居らず、率先して指示を仰いでいたという
レミリアは咲夜に ゆっくり休んで良い。といったのだが、咲夜の性分『妖精メイド達だけでは不安でしょうがない』という
どうしても譲らないので、妖精メイド達の引率をお願いした。それでこそ咲夜というべきか
ただ、妖精メイド達も 咲夜不在の一ヶ月を頑張ってきたのだ。咲夜は思っていた以上の働きを見せ付けられ 逆に驚いていた
過去に幾度となく紅魔館ではパーティや宴会を行ったが、人数と会場の規模から 今夜のそれはかつてないくらい大騒ぎとなるだろう
パーティの開始と共に 咲夜はあっという間に人々に囲まれ、数秒も経たぬうちにレミリアから引き離された
博麗の巫女や境界の妖怪。月の姫と賢者。更に閻魔、そして魔理沙
要人と話を終えたレミリアが やっと席に腰掛けると、周りには誰も居なかった
パチュリーも美鈴も小悪魔も いつも傍に居る筈の咲夜も、今回ばかりは多めに見よう
妖精メイドが持ってきた酒を一口で飲み干した後、レミリアは館内への正面玄関を開け 静かに中へと入っていった
酒や料理に夢中になる会場で ただ一人だけ、館に消え行く彼女の後ろ姿を捉えていた
==========
『ふぅ。予想はしてたけど、相変わらずの大騒ぎねぇ…』
自室のベランダに出て、夜風にあたり 少し酔いを醒まそうとする
この場所からは 月光を反射させる湖も、下の会場も一望できる
上から覗いてみると、その騒ぎっぷりがよく判る
会場の中央で 騒霊姉妹と夜雀が組んでライブを開き
隅っこの方に特設された舞台上では 天界から来た非想非非非想天の娘と美しき緋の衣がフィーバーして下の観客が歓声を挙げる
怪力乱神と小さな百鬼夜行が酒瓶をラッパの如く咥え一気飲み勝負しており
別のところでも 魔理沙をめぐってパチェと七色の人形遣いが 呑み勝負をしていた
河童は地底の連中と何やら話しており そんな最中、熱かい悩む神の火は右腕の筒で 夜空へ向けて花火を打ち上げている
(−そんな事にも使えるのか、うちにも一匹ほしいな。ただ、方向を間違えると大惨事だぞ−)
幻想郷に来てまだ日が浅いという命蓮寺の連中は、禁酒禁煙に重んじているためか、妖精メイドに頼んで ノンアルコールの物を口に運んでいた
無様に酔い潰れる他の者をやや呆れる眼差しで見つつも 初対面の相手との会話に花を咲かせ、初めて参加する紅魔館のパーティに 満足そうに笑っていた
酔い潰れた者を介抱することもなく、傍らで火花を散らし合う月の姫と蓬莱の人の形を抑止することもなく
賢者は天衣無縫の亡霊と封印された大魔法使い、そして境界の妖怪と話していた
(−きっと、特別に永く生きている彼女達だからこそ 解り合える話もあるのだろう−)
その一方で 蓬莱の人の形の保護者役にもなる知識と歴史の半獣は 稗田九代目の娘と二人で話をしていて 見向きもしなかった
(−あらゆる種族が集うこの場所を好機と見て里から来たのだろうが、稗田の娘もこんな時くらいは学問は控えたらどうか−)
鴉天狗は そんな彼女達の普段と違った一面をカメラに収めている
(−弱みでも握るつもりなのか、変な新聞のネタにでもするのか−)
いずれにせよ 皆が皆、思い思いに楽しんでいた
主催者としては それだけで充分だった
暫くの間、上から会場を眺めていたレミリアはあることに気付いた
柵から少し身を乗り出し、未だ見ぬその人を探そうとした…その時
『そんなに乗り出されては危ないですよ?』
突然背後から聞こえた声に レミリアはその行動を止めた
柵から身を引き 今まさに探そうとしていた人物へと視線をやる
ふぅっと軽く息を吐いて 再び椅子に腰掛けた
『…どうして此処にいるのかしら?今日は咲夜の為のパーティーだというのに』
『私はお嬢様に仕える身ですから。お嬢様の居る処に私は居ますわ』
『ふん。主役が居ないとパーティーも盛り上がらないでしょう。今日くらいは私を気にしなくていいから早く戻りなさいな』
『あの者達ならば 酒とツマミと料理があれば勝手に盛り上がりますから、その心配は必要ないかと』
そういって咲夜はテーブルの上に紅茶を広げた
『この紅茶は 酔いを醒ます効果のあるハーブを使って淹れました。お身体も大分よくなるかと思いますよ』
『ん…あぁ、ありがと』
レミリアはそれを口に運ぶ
いつもと違った風味だが、これもなかなかに美味しかった
咲夜は少し歩いて柵の近くへ行き 会場で騒ぐ者達を見た
『私…多くの人にご迷惑をお掛けしていたのですね…』
『咲夜のせいじゃないわ。気にしてはダメよ』
紅茶を飲みながらレミリアは言った
既に魔理沙はこっぴどく叱った
咲夜は寧ろ被害者であるのだ
目が覚めた後、レミリアから話を聞いた咲夜は 未だに自分がそんな状況に置かれていた事が信じられなかった
先程人々に囲まれ、質問責めに遭い たくさんの人に身体を気遣われ、心配され、事の重大さを思い知らされた
レミリアからは聞かされなかったが、後にパチュリーから聞いた封印解除の方法と その時のレミリアの心境
そして 内緒で渡されたレミリアの日記帳
誰よりも迷惑を掛けまいとしていたレミリアを 誰よりも心配させていたことへの罪悪感
今の咲夜にあるのはそれだけだった
そんなものがある中、例え主人が楽しめと言えども 素直に楽しめるはずなどなかった
言うなら今しかない。彼女と二人きりで居られる今しか…
そんな咲夜を余所に レミリアは紅茶を気にしていた
『ねぇ咲夜、これには一体なんてハーブが…』
『お嬢様。御話があります』
私の言葉を遮る様に 咲夜は目の前に座った
紅茶のことも忘れ、咲夜のいつになく真剣な眼差しに 聞き手に回る
私の両手を握り 静かに言った
『私のーーーー…』
ゴオォーーン……
ゴオォーーーン……
突如として鳴り響く鐘の音に レミリアはふと ある事を思い出した
『まったく、なんてタイミングが悪い…』
これからという肝心な時に妨害にされた咲夜
ゆっくりと立ち上がり、時計塔を見た
針は深夜零時を指していた
音が鳴り止むまで時計塔を見続けていた咲夜の腕を レミリアは咄嗟に握った
紅茶…咲夜の話…鐘…時計塔…見続ける咲夜…
まさにあの夢で起きたとおりの展開であった
ならばこの後 あの夢では確か後ろに…
これは夢?
咲夜が目覚めたのは 幻なの?
そんなのは嫌だ
これは現実だ。紅茶の色も薫りも、味だってある
だからこれは…
『…お嬢様』
ほんの僅かに震えるレミリアの手をそっと腕から離し再度 椅子に座る彼女の前に向き合う
レミリアの腰に左手を添えて 身体を近づけ、そのまま昼間レミリアがやったのと同じ様に 強く抱きしめた
『んぁっ…ちょっいたい…咲夜ぁ』
軽いうめき声を出すレミリアを気遣う事もなく 咲夜はレミリアの左腕の傷痕を右手で覆い 耳元で言った
『レミリア。私の為に 貴女に辛い思いをさせてごめんね。こんな私じゃ、まだまだレミリアを満足させられないと思う。それでも…それでも私を 貴女の傍に居させてほしい。誰よりもレミリアが大好きだから…レミリアと一緒じゃないと いやなの…』
――私の為に いつも咲夜に辛い仕事をさせてごめんね。こんな私じゃ、まだまだ咲夜に迷惑を掛け続けると思う。それでも…それでも私を 貴女の傍に居させてほしい。誰よりも咲夜が大好きだから…咲夜と一緒じゃないと いやなの…――
咲夜のその言葉は、まるで以前より思い続けていたレミリアの心を読んだかの様に 全く同じ文章だった
レミリアにそう話す咲夜は 従者としてではなく人間として、吸血鬼であるレミリアに言った
耳元を吹き抜ける彼女の囁き
この一ヶ月、レミリアが咲夜を必要としていたように、今は咲夜が私を必要としている
先人の吸血鬼として、この娘の主として、格好良いことの一つでも言って応えてあげたかった
同じ事を考えていた歓びを隠し 自由に動く右側の手で咲夜の頭を撫でる
咲夜と同じように 彼女の耳元で囁くように 小声で言った
『ねぇ咲夜。私達が主従関係を結んだあの日、私が何て言ったか覚えてる?』
『……うん』
『言ってみて』
『……『貴女は人間、私は吸血鬼。今まで生きた月日も この先続く年月もまるで違う。でも、共に《今》を歩むことは出来るわ。貴女を救い その命を延ばし 死に逝く筈の運命を変えた責任として、私は貴女が生き続ける限り ずっとこの手で護り続けると誓う。そして貴女は その能力を、その命を、私の為に尽くすと誓いなさい。』…と』
『そう。…ちなみにその続きは言えるかしら?』
『『私に仕える身となる貴女に 名前をあげるわ。私は夜型だから、やっぱり夜にちなんだ名前がいいわ。貴女と会って確か今日で六十日目だから、そうね……
《夜》に輝く 白銀の刃花を《咲》かせる娘、《夜》の王と交える《六十》日目の悪魔の契り……これを逆十時のように反対にして…よし、今日から貴女は《十六夜 咲夜》と名乗りなさい。いいわね?』……と言ったわ。』
『ふふ。そうそう、そんな事を言ったわね。あの言葉は 勿論今でも変わらない。それに私だって 咲夜と一緒に居たいもの。何があっても どんなことが起きても 他の誰かに渡したりはしないし、ましてや手放したりなんかもしない。…改めて 十六夜咲夜に命じるわ。これからもずっと 私の傍に居なさい。わかった?』
『…はい、仰せの通りに。致しますわ…』
『悪魔の契約は絶対よ?…これからもよろしくね』
肩を軽く二回程叩き レミリアはそっと咲夜を離した
いつからだろうか、人間である咲夜が こんなにも愛しく感じたのは
『さ、紅茶のおかげでもう酔いも覚めたし、そろそろ会場に戻りましょう主催者と主役がいつまでも油売ってる訳にもいかないわ。ほら 行くわよ』
どこか 未だに物言いたげな表情をしている咲夜であったが、お構いなしに手を引っ張り 廊下を歩く
きっと 今は何を話しても同じだろう。互いに互いを必要としている。それだけ判れば良い
久しぶりに咲夜を連れて歩く廊下は やはり私にとって特別な意味を持っていた
『あの、お嬢様?えっと…先程の御無礼は…その 申し訳ありませんでした』
レミリアに対しての言葉使いの事を詫びたのか、今更ながらに謝罪の言葉を出した
もちろんそんなのは気にもしていなかったが、久しぶりに咲夜をからかってみたくなった
『全くよ。痛いって言ってるのに止めなかったり 私を呼び捨てにしたりするなんて、一体どういったつもりかしらね』
腕を組んで 少し眉間に皺を寄せてみた
それだけで咲夜はしゅんとする
その可愛さといったら…
『でもね……そんなことはどうでもいいの。それよりもね』
後ろに振り返り 少し宙に浮いて咲夜の頬に両手を伸ばす
彼女の目位置よりやや高かったので、咲夜の顔を若干上へ向けて目線を合わしてから精一杯笑って言った
『好きって言ってくれて嬉しかったわ。私も咲夜のこと 大好きよ』
『ぇ……ぁ、ちがっ別にそ そういった意味での好きではなくてですよ?なんと申しますかその…』
上へと向けるレミリアの手に反発し、下を向いて口ごもらせる
咲夜ったら 耳まで真っ赤にしちゃって
『ま、咲夜がどんな意味で言ったのかは 今は聞かないことにするわ……それっ』
ムニュッムニュニュッ
両手に力を加え 捏ねるように動かす
この状況で隙を見せる咲夜が悪い
『っ!?…おっ…おぜうひゃ…』
『ほんと、咲夜のほっぺたは柔らかいねぇ。美味しそうなくらい…ねぇ、味見してみてもいいかしら?』
『お お止めくらさ……何を仰るんですかっダメですよもぅ…』
『ふふふ 冗談冗談。怒った顔も可愛いったら』
手を離して床に足を着け 再び歩き出す
この悪戯も 咲夜にしてみれば『一日前』にもされたこと
だが、レミリアからすれば『一ヶ月以上』ぶりの戯れでもあった
『やっぱ根に持ってらっしゃるではありませんか…』
頬を擦って付いてくる咲夜
本来在るべきこの形を どれほど待ちわびたか
しかし咲夜も咲夜だ
やられっぱなしじゃなくて たまにはやり返すくらいの姿勢を見せても良いのに…
『冗談はさて置きね。咲夜は 私の思っていた事も 言ってほしかった事も そして、今私が言いたいこともきっと判ってる。ならば私から言うことは何もないわ。後は咲夜自身が決めて 行動で表せば良いのよ』
『私が決めること…?』
その後二人は何かを話すこともなく廊下を進み、やがては玄関前のロビーにたどり着いた
相変わらず外で騒ぎ続ける連中のせいか 普段静かな館内でさえ、音が反響し 幾らか煩い
そんな騒音の中、玄関の扉まであと少しという所で 不意に咲夜がレミリアを呼んだ
『もしかして、お嬢様が仰った 好き は、私と同じ意味だったりしますか…?』
『さぁてね、咲夜の望む様に解釈なさいな』
特に咲夜を気にもせずレミリアは答えた
同じ意味だろうことは レミリア自身判っていたが、敢えて言わずに咲夜に考えさせようとしたのだ
が。レミリアにとって これが仇となった
『そう…ですか。……お嬢様。申し訳ありません』
『ん?』
これは何に対しての謝罪なのか判らなかった為に 確認をとろうと足を止め 振り返ろうとした
刹那、突然咲夜が目の前に現れた。そして…
プニュ
『……………』
『……………』
ムニムニ…ウニュ〜…
レミリアの頬に走る、何とも言い難い奇妙な感覚
視界に映る咲夜の両手と顔
『ふふ。お嬢様の頬こそ、とってもお柔らかいですわ』
『……………』
口元に笑みを浮かべ、いつもと逆の立場でレミリアの頬を指先で弄る咲夜
ようやく自分がされている事を理解したのか、ハッと我に返るレミリア
『なっ何してんのよ咲…って、姿を現しなさい!こんな時に時間を止めて逃げるなんてズルいわ!』
忽然と 目の前から咲夜が消えた
辺りを見回し その場所を探る
『ご…ごめんなさい。お嬢様がそう望んでおられた御様子でしたので…つい…』
背後から小さく声がする
コソコソと柱の陰からこちらを伺っていた
思わずレミリアは 声を上げて笑った
『?』な表情で 相変わらず柱の陰に隠れる咲夜
『いやいや、流石と言うべきね。私の側近となる以上は 多少噛み付く位でないと性に合わない…ほら、もう怒ってないから出て来なさいな』
そそくさと柱の陰から出てくる
こんなやり取りも 日頃の咲夜からは想像も付かなかった
やはり、二人きりと言うことに意味が在るのだろうが 一応念を押しといた
『今回は特別に許してあげるわ。だけどもし次に 時と状況も考えずに同じことしたら…判るわね?』
『は…はい。心得ました、すみません』
最後に軽く頭を下げて謝る
咲夜なら 今の言葉を正確に捉えただろう
つまり、時と状況さえ見極めれば いつだって…
『ほら、こんなバカなことしてないで 早く行くわよ。料理もお酒も無くなっちゃうじゃない』
正面玄関の扉に手をかけ 開けようとした時、もう一つ咲夜に言おうと その力を弱めた
『咲夜が私の従者であることは 誰もが知っている。勿論それは 紅魔館のメイド長としての咲夜のことよ。
でも今 此処にいる十六夜咲夜は 私だけのものにしたいの。この扉を開けたら 完全で瀟洒なメイドに戻りなさい。いいわね』
少しの間を空け 咲夜はいつもの通りに返事をした
レミリアは再度 その腕に力を込めた
目の前に広がる人々、一層音量を上げる騒音
やはり咲夜の言った通り 主催者と主役が居らずとも、勝手に盛り上がっていた
『さ、行くわよ』
『はい。お嬢様』
そんな人々に愚痴すら溢さずレミリアが先に歩き始め、二〜三歩遅れて咲夜も続き 二人の姿は扉の向こうへと消えていった
〜
結局 そのパーティは夜が明けるまで続いた
頃合を見て一人、また一人と帰路に着き 最終的に残ったのは 博麗の巫女と境界の妖怪だった
咲夜の指示の下 後片付けに勤しむ妖精メイド達
その邪魔にならぬようにと、加えて 太陽の光が苦手なレミリアを考慮し 三人は館内の数ある客室の一つで話をしていた
==========
一ヵ月後
満月に映る紅魔館の一室
そのベランダに レミリアと咲夜は居た
あの騒がしかったパーティから一ヶ月、その日を境に紅魔館では様々な変化があった
まず一つ目
魔理沙が図書館を壊すことがなくなり、好き勝手に本を持っていかなくなった事
事前にパチュリーと話し合い、合意の上で借りているという
そして二つ目
万一にも前回と同じ、もしくは似た様な出来事が起きぬようにと、地下結界の範囲を拡大した事
地下のみではなく 紅魔館全体を包む形にしてくれと 以前に博麗の巫女と境界の妖怪に交渉したのだ
その結果 フランドールの行動範囲も増え 無理に脱走しようとも考えなくなり、結界内ではあるが 夜中に庭園等で遊び周る彼女の姿を度々見るようになった
他人と接する機会が増えた為、コミュニケーション能力も向上するといいが…
それに加え フランドールの部屋を館内に新しく設けた
最後に三つ目
咲夜の仕事の量が大幅にカットされたこと
咲夜不在中 エリート妖精メイド達も仕事のコツを掴んだのか、一匹に一つの仕事をやらせれば それなりに形にはなってきた
レミリアの身の回りに関することだけ、咲夜に担当させた
それはつまり 四六時中 常にレミリアと行動することを意味していた
まるで ひとつきの空白を埋めようとするかの度如く…
そんな中 改めて見つけた咲夜の一面、意外な事実なども明らかになっていった
咲夜の淹れた紅茶を飲みながら レミリアはふと 咲夜との過去を振り返った
十六夜咲夜としてこの館に住み始めた当初、自分より少し背が高かった程度の彼女は
無口で無愛想で レミリアですら何を考えているのか判らず、まさに悪魔の狗と呼ぶに相応しい雰囲気が有ったが…
この数年で随分と丸くなったものだ
五百年の歳月を何とも思っていなかったレミリアだが、咲夜と一緒に居ると ついつい考えたくなってしまう
『時の流れというのは とても興味深いね。果てしない程永く感じた時間でさえ 過ぎてしまえば一瞬だもの…』
『?…何か仰いました?』
『いや、なんでもないわ。それより咲夜。紅茶のおかわり お願いできるかしら。…そうね たまには…』
気に掛ける咲夜の問いに答えることなく レミリアは話を逸らした
『あ、それでしたら、新しく作った特製の紅茶がございますわ。折角ですから お召し上がりになられては如何でしょう』
―たまには、新鮮な味も愉しみたい―
そう言おうとした矢先、咲夜は自慢の紅茶を勧めた
『…そうね、いただこうかしら。持って来て頂戴』
『少々 お待ちくださいませ』
笑みを溢し レミリアの部屋を後にする咲夜
『ふふ…流石は 私の従者だ。素晴らしい』
空を見上げ 月を眺める
今宵の月は どういう光の加減なのか、普段よりも紅味を帯びて 漆黒の闇に浮かんでいた
眼下の湖の水面が 全面的に月光を反射させる
上からも そして下からも紅い光に照らされた幻想郷は 以前レミリアが起こした紅霧異変のそれと酷似していた
風に乗って移動する雲は 永遠に続く空の何処までいくのだろうか
『私は吸血鬼。お前は人間。異なる種族である以上 いつかは別れが来る。…その時まで もう二度と咲夜を一人にはさせないよ』
レミリアはそう言って残り僅かとなった、紅茶を口へ運んだ
――――――――――End
ヴォーカルアレンジの『revius.』を聴いてて ふと思いついて勢いで作りました。反省します。
というわけでエンディングテーマにrevius.を採yおや誰かが来たようです
でも良い曲ですよねー。闇に佇む紅魔館の雰囲気にピッタリかなと思いました
地下の構造やフランの部屋の場所、その他いろいろやっぱり原作無視ですが気にしない方向で^^:
おぜうのネーミングセンスには笑ってやってくださいw
ちなみにおぜうが他人の事を二つ名で呼んでいるのは何となくです。その方が格好良いかななんて。
いろいろと急展開なので読み難かったり、違和感あったりするかもですが 最後まで目を通して下さった方に感謝します
>>1様
魔理沙が図書館を壊す冒頭の作製時 地下であれこれな展開を考えていたので、おぜうに内緒で勝手に増設させていただきました(笑
おかげで無駄に長くなってしまいましたが(汗
お嬢様と咲夜さんは きっとガチレズ一歩手前の関係まで来てるんでしょうねw
今後とも 期待に副えるような作品を作っていけたらなと思います(^・ω・^)
>>2様
ご指摘いただき感謝です。直しておきましたー
紅魔館の人々は、エログロシリアスホラーギャグ何でも違和感なく溶け込む名女優揃いじゃないかとw
どんなに辛いことがあっても、最後の最後で報われる。そんな作品は自分も好物です^^
冥
- 作品情報
- 作品集:
- 23
- 投稿日時:
- 2011/01/08 01:34:17
- 更新日時:
- 2011/01/09 04:44:52
- 分類
- 咲夜
- レミリア
- その他幻想郷の方々
紅魔館の地下はダンジョンとな!?
確かにフランは最下層に巣食う魔王って雰囲気ですが。
私が期待した以上の素晴らしきエンディング、堪能しました。
原作よりもネーミングセンスの良いおぜうさま。
咲夜がレミリアを名前で呼んで心情を吐露するシーンはなかなかのものでした。
では、これからも素晴らしい作品を期待して待っております。
指示の誤字かな?
いい話でした、やっぱりハッピーエンドが大好きです。