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『幻想郷の三大守護者 ―― 巫女と賢者と…… ――』 作者: NutsIn先任曹長

幻想郷の三大守護者 ―― 巫女と賢者と…… ――

作品集: 23 投稿日時: 2011/01/09 21:26:41 更新日時: 2011/04/04 23:59:06
0.序



幻想郷。

それは、忘却の下水に押し流されたものが辿り着く淀みの世界。

それは、妖怪の賢者、八雲紫が管理する幻想入りした者達の住まう箱庭の世界。

それは、博麗の巫女、博麗霊夢が華々しく空を舞い、問題――『異変』と称する――を解決する箱庭の世界。

それは、魑魅魍魎の類である、人間の不条理な思考が生み出したモノが具現化、
個の生命体として存在可能な隔離世界。

それは、理想郷――だと、一部の者は思っているようだ。

その世界に暮らす者達は、そのようなことを思ったりせず、世界とはこういうものだとしか自覚していない。
だが、幻想郷=理想郷と考えるものは、彼らごく少数のみの都合に適合した理想郷を望んでいた。
それはすなわち、幻想郷の支配である。





地底の地霊殿。

当主の古明地さとりは、博麗霊夢をペットに欲していた。

地霊殿に呼び出された霊夢は、さとり一派の襲撃を受けた。
さとりの妹である古明地こいしの『無意識を操る程度の能力』によって霊夢の行動が固定化され、
さとりが『心を読む程度の能力』でトラウマを発動、霊夢の思考が停止した。

これら戦闘行動は、博麗霊夢が制定した幻想郷独特のROE(交戦規定:Rules Of Engagement)
――通称『スペルカード・ルール』や『弾幕ごっこ』を大幅に逸脱したものである。
さとり達は、己が持つ能力を宣言も準備動作も無く、不意打ちでフルに行使したのである。

ルール違反には厳罰が下されることは、聡明なさとりは当然知っている。
知っていてやった、幻想郷に対する造反行為である。

地霊殿の手に堕ちた霊夢は、僅かな期間でさとりの精神操作とペットに対する『躾』と『愛情表現』、
そしてさる筋より入手した薬物によって洗脳され、さとりに絶対服従するペットと成り果てた。



妖怪の山の山頂にある守矢神社。

そこに住まう三人の神。

山坂と湖の権化、八坂神奈子。
土着神の頂点、洩矢諏訪子。
祀られる風の人間、東風谷早苗。

彼女達は、幻想郷を支配下に置き、信仰の更なる獲得を狙っていた。

同盟関係にある地霊殿が『計画通り』に霊夢を確保したとの報を受け、
幻想郷のもう一方の守護者である八雲紫の制圧作戦を開始した。

作戦といっても、博麗神社に現れた紫にさとりの軍門に下った霊夢が一服盛った茶を飲ませ、
前後不覚になったところで博麗と守矢の能力封じの術を行なって捕らえるという、至極単純なものであった。

紫は守矢の二柱が施した術により意思を奪われ、守矢の傀儡と成り果てた。



迷いの竹林にある永遠亭。

幻想郷最大の医療機関としての最高責任者である月の賢者、八意永琳。
永遠亭の名目上の当主にして、永琳が絶対の忠誠を誓う月の姫、蓬莱山輝夜。

月からの逃亡者である彼女達は、永遠の安息の地を望んでいた。

かつて術を用いて隠れ住んでいたが、異変解決に現れた霊夢や紫達に術を破られてからは、
念願の平穏な日々を送ることとなった。

――と思っていたが違った。

幻想郷は二度目の月侵攻を行い、月の守護者である綿月姉妹に目を付けられてしまったのだ。

永琳は平和裏に事が進むように、かつての生徒である綿月姉妹に書状を送って策を授け、
なおかつ幻想郷――正確には紅魔館一派が移動手段とするロケットは正常に月に到達できるように工作を行なった。

これで月と幻想郷双方から敵視されないようにしたのだが、永琳を以ってしても予測不能な要素が多々あった。
博麗の巫女である霊夢だけ綿月姉妹に留め置かれて帰郷が遅れたり、秘蔵の古酒が月から盗み出されたりといった事で、
幻想郷と月の関係が友好とも緊張状態ともつかない微妙なこととなり、さらにそんな状態にも拘らず、
綿月姉妹がお忍びで永遠亭に遊びに来るようになった。

これはまずい。
月の守護者たる綿月姉妹が重罪人を頻繁に訪れていることが月の過激思想を持つ勢力に発覚したら、
月と幻想郷が戦禍を被ることになり、輝夜との永遠と思われた平穏が破られかねない。
周囲には幻想郷の生活に満足しているように見せ、その実は胃に穴が開く思いで永琳は毎日ビクビクしていた。

そこに守矢神社から幻想郷を共に征服しようとのお誘いがあった。
永琳は結界を強化して、外界から、特に月から幻想郷を隠すことを条件に、同盟に加わった。
霊夢の洗脳や紫に盛った薬物は、永遠亭から提供されたものである。



他の幻想郷内の勢力はどうだろうか。

霊夢の朋友であるレミリア・スカーレットが当主を務める紅魔館。
紫の親友、西行寺幽々子の白玉楼。
霊夢と共に異変の解決を行なった霧雨魔理沙。
魔理沙の恋人であるアリス・マーガトロイド。

彼女達はいち早く異常事態に気付いたが、それを上回る迅速さで永遠亭配下の因幡達がこれ見よがしに周囲を監視していた。
さらに博麗神社は天狗の兵隊が詰めて警備していた。
実質的に守矢神社指揮下にある大天狗が兵を展開したのだ。

幻想郷の二大重要人物が敵方の手に堕ち、監視の目を光らされては手も足も出ない。

竜宮の使い、永江衣玖から龍神の詔は伝えられなかった。
幻想郷を滅ぼそうという訳ではないので、龍神は関心を示さないのだろう。





幻想郷の管理人と博麗の巫女。

この二人を手中に収めた守矢神社連合軍は、幻想郷を手にしたも同じである。










――と考えるのは早計である。










幻想郷を愛する彼女達を、

幻想郷もまた、愛していた。










反逆者達は、



幻想郷を、



怒らせた。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜










1.三精による巫女の確保



博麗霊夢が管理する博麗大結界と、その外周にある八雲紫が管理する大結界。

幻想郷を外界と断絶させて、曰く夢の世界を維持するための重要な壁。



その二大長城に綻びが生じ始めた。

地霊殿では霊夢が、

守矢神社では紫が、

それぞれ結界の修繕に悪戦苦闘していたが、結界は決壊寸前まで崩壊が進んでいった。



「さ、さとり様!! 駄目です!! 博麗大結界の崩壊が止まりません!!」

「何で!! 何でこんなことに……」

「分かりません!! 地脈が乱れたのか、外界で何かあったのか……、紫なら何か分かるのでは!?」

「守矢神社でも大騒ぎです!! おそらく紫さんも原因が分からないのでは……!?」

「そんな……」

じゃらり。

霊夢が首輪につけられた鎖を鳴らしながら発する悲痛な叫びに、その鎖の一端を握るさとりは答えることが出来ない。
結界の専門家に分からないことがさとりに分かるわけがない。

「こうなったら……」

霊夢が何か思いついたようなので、さとりは霊夢の心を読んだ。

結界の側にあり、設備の整った博麗神社で原因の調査と結界の修復を行なう。

もうそれしかないようだ。

「分かりました。直ちに博麗神社に向かいましょう」

「有難うございます。さとり様」

霊夢はさとりの英断に感謝を述べた。

さとりは妹のこいしと側近のペットである火焔猫燐と霊烏路空と共に霊夢をエスコートして、地上に向かった。



警備の天狗達に簡単な挨拶をしたさとり達は博麗神社の祭事用の部屋に儀式の準備を行い、霊夢は部屋の真ん中に座した。

「それじゃ、お願いね、霊夢」

「任せてください。さとり様」

さとりは、片時も離さなかった鎖が繋がった首輪を霊夢から外し、
霊夢はさとりに笑顔で請合った。

「…………ムム」

印を組み、なにやら念じ始める霊夢と、部屋の外から不安そうにそれを見つめるさとり達。

霊夢の心の中は、複雑な呪文で一杯であった。

二人のペットの心の中は、言葉に出来ない不安で一杯であった。

妹の心は相変わらず読めない。



そんなさとりにこの場にいる者以外の思考が聞こえてきた。

―― ……。



さとりは辺りを見渡した。

誰も、いない。



―― ……い。

??

さとりは再度周りを見渡した。

「さとり様、どうかしましたか?」

お燐が尋ねてきた。

「……何か、います」

さとりはそう答えた。

「うにゅ? ……誰もいませんよ?」

お空もきょろきょろ辺りを見渡して、何も発見できなかった。

「お姉ちゃん……、な、なんかいるよ……」

こいしが何時になく怯えた様子でいた。

―― ……るい。
―― ……わるい。



―― 薄気味悪い……。
―― 汚らわしい……。



―― 覚りの化け物め……!!
―― 人の心を玩ぶ化け物め……!!
―― 地底に帰れ!! クズめ……!!



!!

「嫌っ!!」

さとりは頭を抱えてその場に蹲ってしまった。

「さ、さとり様!! 大丈夫ですか!?」

「うにゅ!? さとり様!!」

「お姉ちゃん!! お姉ちゃん!!」

心が読めない三人はさとりの挙動に混乱してしまった。



なおも、何者かの敵意、いやもはや殺意と化した負の思考がさとりを苦しめる!!



―― 死ね!!
―― 死ね!!
―― 地上の空気を吸ってんじゃねえ!!
―― 失せろ!!
―― くたばれ!!
―― 外道!!
―― 呪われろ!!



「あ、ああぁ……」










―― 「「「「「死ねぇ!!」」」」」



ボコッ!!



「ひぃっ!!」

ひときわ大きな殺意の声を読んださとりの眼前の畳に穴が開いた!!

「ひ……、い……、いやぁ……」

じょ……。

じょろ……。

じょろろろろろろろろろろ…………。

怯えきったさとりは、遂に失禁してしまった。

「ひ、う、うぅ……」

「さとり様!! しっかり!!」

「う、うにゅ〜、さとり様ぁ……」

「……や、やだ……」

涙ぐむさとりを表に連れ出すお燐。
心配そうなお空。
姉の失態を見たせいなのか、それとも他の理由があるからなのか、より怯えた様子のこいし。

「さとり様!! どうしました!?」

さとりの異常に気付いた天狗達が駆け寄ってきた。



―― 死ね!! 呪われた古明地の化け物め!!
―― おいおい、ションベンチビッてんじゃねーぞ!!
―― 薄汚い覚り妖怪にはお似合いだ!!
―― ゲラゲラゲラ!!
―― ゲラゲラゲラ!!
―― ゲラゲラゲラ!!



―― ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!
―― ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!
―― ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!
―― ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!
―― ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!
―― ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!
―― ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!
―― ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!
―― ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!
―― ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!



憔悴したさとりを、何十、何百もの嘲笑が攻め立てる!!

「う……、や……、やべで……、も゛う゛、いじめ゛だいで……」

顔を涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃにしながら、ブツブツとつぶやき続けている。

「さとり様……、あたいの肩に捕まって……」

「うにゅ……」

「お姉ちゃん……、ここ、嫌だよ……、離れようよ……」

「うぅ……、れ、霊夢、は……?」

ふと、嫌な予感を感じたさとりの言葉に、お燐が神社の開け放たれた玄関を振り返ると――!!



「い、いない!?」



玄関から儀式の間は見えるはずである。

特に遮蔽物は無い。

にも拘らず、

霊夢の姿は、部屋に無かった。



「や……、やられた……!!」

さとりは呻いた。

先程の膨大な敵意は、博麗の巫女を守る術か何かだったのだろう。

霊夢の身柄を失った、ということは……、守矢神社の八雲紫も危ない!!

「で、では、我らは上にこのことを連絡します!!」

警備の天狗達は慌てて妖怪の山に飛び立っていった。

「……急いで、守矢の方々が結界の修復をしている八雲紫の屋敷に向かいます!!」

さとりはまだふらつきながらも急いで鳥居をくぐり、石段を駆け下り、ペット達もそれに従った。

こいしは何度も後ろを振り返っていたが、結局は姉達の後に続いた。










「……どう?」

「……大丈夫。私が感知できる範囲にあの四人も天狗もいないわ」

「サニー!! もういいわよ〜!!」

「は〜〜〜〜い!!」

どこからともなく声が聞こえたと思ったら、周囲は一気に賑やかになった。

玄関の影にいる二人の妖精。

スターサファイアとルナチャイルドである。

そして儀式の間の前に現れた妖精。

サニーミルク。

そして、神社の屋根には、

彼女達光の三妖精、通称三月精が動員をかけた大勢の妖精達がびっしりとひしめいていた。



さとりに対する精神攻撃のタネを明かせば、極めて単純。

サニーの『光を屈折させる程度の能力』で姿を消した大勢の妖精達が、頭の中でさとりの悪口を言っていただけなのだ。

しかし、協調性の無い妖精達がチームワークを発揮して行動することは、極めて珍しい。



「な!? え!? どういうこと!? さとり様!! さとり様!! どこですか!?」

さとり達から姿を隠され、ルナの『音を消す程度の能力』でさとり達の騒ぎが聞こえなかった霊夢が術の集中から我に返って、
ようやく異常事態に気付いた。

「!! あ、あんた達ね!! さとり様はどこ!? どこに隠した!!」

護符と退魔針を構えて臨戦態勢に入る霊夢。

お互いの手を握り合い竦み上がる三月精。



「フリーズ(動くな)」



途端に、霊夢の手足が氷付けになって動かなくなった。



「な!?」



「やったね!! あたいってさいきょう!!」

何時の間にか霊夢の背後にいた氷精、チルノが『冷気を操る程度の能力』をピンポイントで発揮して、
霊夢の動きを封じたのだ。

「くっ!! 何企んでんのよ!!」

「ふっふっふ。それは……、何だっけ、大ちゃん?」

思わずずっこける、霊夢とチルノ以外の一同。

「もう、チルノちゃんたら……、霊夢さん、これ、分かります?」

緑髪をサイドでポニーテールにした人間の少女と同じ背丈の妖精が、
手にした小さな何かを二つ、霊夢に見せた。



「何よ、これ……? え、あれ、な、何!? ……紫!? あ、あぁ……。

 ……!?!?!?

 う、ぐ、紫!! ……さとり!! クソッ!! やられたっ!!」



ぴしっ!!



先程はビクともしなかった氷の枷に亀裂が入り、



ぴしっぴしぴしぴし、ぱ〜〜〜〜〜ん!!



砕け散り、霊夢の両手足は自由になった。



「ひゃっ!!」



びっくりして腰の抜けた大妖精が放り投げてしまった先程見せられた物を、
霊夢は左手で難なく二つともキャッチした。



「あんた達!!」

「「「「は、はひぃ!?」」」」

霊夢の声に、お互いの手を握り合いながら竦み上がる三月精+チルノ。

「紫はどこ!? 守矢神社!?」

「あ、いいえ、たしかさとり達は八雲紫の屋敷に行くって聞きましたが……」

「くそっ!!」

博麗神社から幻想郷を縦断しての強行軍になる……が仕方が無い。

「あ、待ってください!!」

ルナが神社を飛び出そうとした霊夢を呼び止める。

「何!?」

「ハイウェイを使うと早く行けるそうです」

「はいゑゐ?」

「えっと……、博麗大結界と八雲の大結界の隙間のこと……らしいです」

「!! そうか!!」

博麗大結界の綻びは……、神社の裏手と……、紫の家のすぐ側!!

二つの結界によって発生する呪術的反発を利用すれば、飛行時の霊力を効率良く推進力に回せる!!



霊夢は神社の裏手に走って行き、目には見えない結界の綻びに飛び込んだ!!

強力な二つの大結界から放出される霊力の反発力で宙に浮き、自らの前方に円錐状の衝角(ラム)を形成、
空気抵抗を可能な限り減らす対策を取った霊夢は、

ただ、飛ぶことを念じた。

それだけの手順で霊夢は弾丸の如く、轟音を放ち、結界間を飛んだ、いや、発射された!!

それは、リニアモーターカー、いや、超電磁砲(レールガン)の砲弾の如く!!





ルナ達が結界の隙間の利用方法を誰から聞いたのか、そんなことは些細なことであった。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜










2.四季と巫女による賢者の解放



八雲邸。

この屋敷の主、八雲紫は書斎で黙々と結界修復作業を行なっていた。

紫の周りに大小様々なウィンドウが蝶のように宙を舞い、文様のような数式及びグラフを主に披露していた。

守矢神社の神々は応接間のソファにふんぞり返り、茶や菓子を頂きながら一家団欒を楽しんでいた。



「ようやく、信仰と一家安住の地を手に入れられるね〜」

「信仰を得るために外の世界からやって来て、実力も無いのに幻想郷の支配者をやっていた八雲と博麗を屈服させ……、
 私達守矢が幻想郷を発展させていくのですね……。神奈子様、諏訪子様……、うぅ……」

「早苗、湿っぽいのは止めておくれよ。まだまだこれからぞ。反抗的な紅魔館や人里に食い込んでいる命蓮寺、
 在野の勢力も見逃せぬ。だが、地霊殿や永遠亭の同志と共に我ら守矢が幻想郷を平定する日も近い」

幻想郷支配の決意を新たにする守矢一家であったが、

「む」

今まで日の光が差し込んでいた応接間が闇に包まれた。

空が曇ったとか日が暮れたとかそういうレベルのものではない、正真正銘の闇が迫っていた。

「神奈子様……!!」

「さっそく守矢に楯突く者が出たと見える。どうれ、早速神の鉄槌を下してやろうぞ」

「馬鹿だね〜。ここには神が三柱、いざとなれば紫も出せるしね〜」

神奈子は胸を張り、
諏訪子は注意深く、
早苗は始めての弾幕ごっこではないリアル・バトルに緊張して、

それぞれ戦闘態勢に入った。



この粘つくような闇は、闇妖のルーミアが繰り出した物だろう。
早苗が取り出したマグライトの明かりで周囲を照らすことが出来ない。
この闇によって守矢一家の視力と連携を奪おうというのだろうか。

だとしたら、甘い。

軍神である神奈子は、視力どころか聴覚や嗅覚を封じられても確実に敵を屠れる自信があるし、
古の時代では、実際少なからぬ敵をそのような状況で仕留めたものだ。

祟り神の諏訪子は、眷属に光届かぬ土中で暮らす者が大勢いる。
彼等の助けを借りれば、周囲の状況など手に取るようにわかる。

年若く、戦闘経験自体が少ない早苗は、下手に動けば自身が二柱の足手まといになることを自覚していた。
なので初期の位置から一歩も動くことなく精神統一していた。
事前の打ち合わせで、神奈子と諏訪子が敵を早苗の前に追い立てるので、
そのときに全力で広範囲に神風を吹かせ、八つ裂きにする手はずになっていた。



早速、神奈子に近づく気配があった。
神奈子は御柱を四本具現化させ、いつでも投擲できるようにした。

がさがさ……。
諏訪子が地面に展開した蟲達が、近くに味方でないものがいると報告した。
この辺りはかつては紫が結界を張っていたが解除させた。
だが、こんな人里離れた場所に来るものなど、敵か野盗か人食い妖怪の類だろう。
要するに、殺しても良い連中である。
諏訪子は幾つもの鉄の輪を取り出し、両手に構えた。

突如、上空から無数の弾幕が打ち込まれた。
神奈子と諏訪子は慌ててその場に伏せて、弾幕が放たれたと思われる方向に御柱や鉄の輪を放ったが手応えが無かった。

弾幕の雨は直ぐに止んだ。
二柱は改めて獲物を準備すると、当初の目標にそろりと向かった。

両者共に敵を獲物の射程に捕らえた。


諏訪子は何か聞こえたような気がしたが、耳を澄ませても敵と蟲達と自分の吐息しか聞こえない。
気のせいか。
気を取り直して、諏訪子は鉄の輪を構え、

神奈子は宙に浮かべた御柱を敵のほうへ向け、



同時に放った。



シュシュシュシュシュッ!!
バシュバシュバシュバシュッ!!



「わ!!」
「うひゃ!!」

そして、お互いの攻撃をよける羽目になった。

何とか双方かすり傷で済んだが、腹の虫は収まらない。

「神奈子!! どこ投げてんのさ!!」

「諏訪子だって!! 危うく私の美しい顔が膾になるところだったじゃないか!!」

「大和の軍神も衰えたもんだね〜!!」

「なにおう!? な〜にが土着神の頂点だ!!」

「なんだと〜!! やるか〜!?」

「おう!! やってやるあ〜!!」

「お二人とも!! お止めください!!」

二柱のいがみ合いに、早苗の叫びが割って入った。

「こんな闇の中で何しているのですか!! まだ敵はいるのですよ!!」

!!

ようやく冷静になる二柱。

「ご、ごめん、神奈子……」

「いや、諏訪子、私こそ大人気なかった……」

これで同士討ちの危機は回避された。



――訳ではなかった。



どかっ!!
「げこぉっ!?」

ずばっ!!
「がっ!?」



諏訪子は腹に御柱の一撃を受け、

神奈子は右肩を鉄の輪で切り裂かれた。



「げほ……、か、神奈子……、何を……」

「うぅ……、諏訪子ぉ……、不意打ちとはやってくれるじゃないか……」

怒りに我を忘れた神奈子は、ありったけの御柱を諏訪子がいると思われる場所に、一斉に放った。

びゅんびゅんびゅんびゅんびゅんっ――!!

どかどかどかどかどかっ――!!

なおも放とうとする神奈子の足を無数の蟲が這い登ってきた。

「くっ、このっ、虫けらの分際でぇ!!」

蟲を払い落とし、踏み潰すのに忙しく、神奈子は攻撃が出来なくなった。



「神奈子ぉ……、やってくれたねぇ……!!」

先程の御柱のシャワーを何本か浴びた諏訪子は、
先程よりも大量の鉄の輪を次々と投げつけた。

ひゅんひゅんひゅんひゅんひゅんっ――!!

しゅしゅしゅしゅしゅっ――!!

なおも投げようとする諏訪子の鉄の輪にツタが絡みついた。

「な!? あ、畜生!!」

ツタが絡みついた鉄の輪は次々と錆付き、ぼろぼろと崩れ落ちていった。



「神奈子様!! 諏訪子様!! 先程からどうしたのですか!? 返事をしてください!!」

叫んだ早苗には、返事のつもりなのか、御柱と鉄の輪が飛んできた。

びゅんっ!!

ひゅんっ!!

どすっ!!
「ぎゃ!!」

すぱっ!!
「あっ!!」

御柱は早苗の右足に命中、
鉄の輪は早苗の左腕を切り裂いた。

「あ、あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

早苗の絶叫が闇の世界に響き渡る。

「い、いだい゛ぃぃぃぃぃ……、だずげでぇぇぇぇぇ……。血がででるぅぅぅぅぅ。じにだぐだい゛よおぉぉぉぉぉ……」

「神奈子ぉ〜、早苗にまで……、何考えてるんだ!!」

「諏訪子!! お前〜!! 自分の失態を他人の所為にするとは良い度胸じゃないか!!」

二柱は口では早苗のことを気にかけてはいるが、早苗を助けに行くよりも相手を罵ることを優先していた。

この混乱状態が続いている間、二柱の罵声と早苗の泣き言が途絶えることは無かった。





ドカアアアアアァァァァァンンンンン!!!!!

八雲邸の天井を突き破って、霊夢は紫の書斎に飛び込んだ。

「紫!!」

紫は霊夢の呼びかけに答える代わりに、顔色一つ変えず、密度の濃い弾幕を霊夢に放った。

「!!」

最早、問答をしている時間も惜しい!!



「夢想天生!!」



いきなりの大技!!

紫に襲い掛かる無数の弾幕!!

質量を持った残像を残しながらの、超、超高速機動を発揮する霊夢!!

紫は霊夢により濃密な、多種多様な弾幕を放ったが、その悉くが霊夢の身体にグレイズもしない!!

思考を制限された、操られた状態の紫はなすすべも無くダウンした。



「紫!! 大丈夫!?」

「ウウ、レ……イム……?」

「紫、これ見て!!」

霊夢は神社で見せられた物を紫にも見せた。



「コレ……、ウゥ……、ア……、あ……、これって……、

 ……!?!?!?

 ……霊夢……? ここは、家……? !!……あああ!!」



「ほっ、ようやく正気に返ったようね、紫」

「れ、霊夢……、くっ、してやられたわ」

「紫……、元に戻ったのね……、紫、紫ぃぃぃぃぃ!!!!!」

霊夢は床に座り込んだ紫に抱きつき、

「ゆがり゛いぃぃぃ……、う、ぐ、うわあああああぁぁぁぁぁあああん!!!!!」

豊満な胸の谷間に顔をうずめて泣き出してしまった。

「すん、すん……、よがっだ……、ほんどうに゛、良かった……」

そんな霊夢を優しく包むように抱きしめる紫。

「ありがとう、霊夢。貴方、洗脳が解けたのね。どうして……?」

「サニー達がどういう訳かコレを持ってて……、それを見た途端、さとりの呪縛がスーッと消えたのよ……」

霊夢は左手の薬指を見せた。

そこには指輪があった。

紫も霊夢から受け取った同じデザインの指輪を、自分の左手薬指に嵌めた。



泰然と、悪く言えば全てに無関心な霊夢。
思慮深く、悪く言えば人を見下したような含み笑いを浮かべる紫。

そんな普段の二人しか知らない者が見たら、己が目を疑う光景。

霊夢の過剰なまでの感情をむき出しにした、紫に対する親愛の態度。
そんな霊夢を慈悲深く受け止める、柔らかな微笑を浮かべる紫。

そして、ペアリング。

そう、この二人は恋人、それも現在婚約中で間もなく結婚する予定である。



二人の洗脳を解く鍵となった件の指輪は、紫と霊夢の婚約指輪である。
わざわざ二人は外の世界に出向き、高級宝飾店でこの銀製のペアリングを作ってもらったのだ。

ちなみに、指輪の代金は、二人が出し合った。
紫は断ったが、霊夢はコツコツ蓄えた大金――流石に指輪代の半額には満たないが、
3分の1以上に相当する額を紫に差し出したのであった。

そんな指輪を、霊夢と紫は愛の証として肌身離さず嵌めていたのだが、
洗脳された際に非道なさとり達の命令で、自らの手で妖怪の山の山頂から投げ捨てたのだった。

いったいこの二つの指輪はどのような経緯で妖精達の手に渡り、
誰が霊夢と紫の呪縛を解くことに使用することを思いついたのか、
この時点では謎である。



指輪は本来の持ち主に戻り、

霊夢と紫はは抱き合い、

キスをして、

さとりや守矢一家に受けた凄惨な恥辱は、二人の愛になんら影響を与えていないことを確認しあった。

「紫ぃ……、ごめんなさい……、私がさとりにヤられたばかりに……、うぅ、ぐずっ」

「霊夢……、もう大丈夫よ。ね、泣かないで……」

紫は指で霊夢の目元をそっと拭った。

「紫……、好きよ……、愛してる……」

「私も愛しているわ、霊夢……」

抱き合った二人は、久方ぶりに恋慕の言葉を交し合った。





そっと抱き合い、頬を赤く染める霊夢と紫。

それを覗き見て、やはり頬を赤くする四季を司る者達と闇妖、夜雀、蟲妖、騒霊三姉妹。



守矢一家の同士討ちは、彼女達が仕組んだことであった。

ルーミアが広範囲を闇に包んだのは、既に判明していることだが、実はすぐに闇を解除していた。
闇が晴れる前に、ミスティア・ローレライが守矢一家を鳥目にしていたのだ。
したがって、他の者達は何ら視覚に影響は受けていないのだ。

上空からリリー・ホワイトが春告げ名物の空爆を行い、その際に投擲された二柱の武器をこっそり回収した。
神奈子の方向感覚はミスティアが口ずさむ可聴範囲外の歌で狂わせた。
諏訪子の眷属は、レティ・ホワイトロックが地中に冷気を発生させて、強制的に冬眠させた。
代わりにリグル・ナイトバグが操る蟲達が眷属の振りをして、諏訪子を同士討ちに適したポジションに誘導した。

そして、無自覚のうちに操られた二柱は同士討ちを行なったのであった。

流石、一家の結束は固く、すぐに立ち直ろうとしたが、双方に鹵獲した御柱と鉄の輪を風見幽香が軽々と投げつけ、
さらにプリズムリバー三姉妹が心を操る曲を奏で、冷静な判断力を奪った。
精神状態が不安定になった守矢一家は、聞こえてくる音楽に対して誰も気に留めなかった。

リグルの操る蟲と、秋姉妹と幽香が急激に成長させた植物を二柱にけしかけ、
二柱から離れた場所で冷静さを保っていた早苗を御柱と鉄の輪で黙らせた――うるさく泣き叫んだが――ことで、
アットホームな守矢一家の結束は完全にズタズタになった。



リグル配下の蟲が飛んできて、さとり達が間もなくここに到着することが分かったので、
彼女達を代表して、幽香が咳払いを一つ、覗いていた縁側から八雲邸に入っていった。

「ちょっといいかしら、お二人さん」

慌てて離れる紫と霊夢。
その時、縁側で大勢がこちらを注目していることに、ようやく気付いた。

「幽香!? それに、あんた達……!?」

「な、何の用!? そこは私有地よ!!」

動揺した霊夢とトンチンカンな叱責をする紫に、
幽香は冷静に告げた。

「古明地の一党がこちらに向かっているわ。あと十分程で到着するそうよ。
 外にいる守矢一家にはちょっとした問題が発生していたようだけれど、そろそろ回復するわね」

「問題って……、あんた達がなんかやったのね……。とりあえず礼を言っておくわね」

「どういたしまして。とりあえず、貴方達のことを心配しているお友達に無事を知らせたほうが良いんじゃない?」

「そうね。では、お名残惜しいけれど、我が家とはまたしばらくお別れね」

幻想郷の管理人と博麗の巫女の顔になった紫と霊夢、及び幽香は皆がいる表に出た。



紫は大きめのスキマを展開すると、全員を中に入れ、

「ごきげんよう。身の程知らずさん達」

一瞬振り向いた紫の嘲笑と共にスキマは閉じられた。



主が出て行った、天井に大穴が開いた書斎。

ただ一つだけ浮いている小さな画面。

そこには、

―― 邸内防犯システム起動まで、あと8分30秒、29秒、28秒……。

―― 防犯システムは致死モードで起動。未登録者は抹殺、抹殺、抹殺……。

と、表示されていた。

カウントダウンは順調に進んでいた……。










鳥目と精神攻撃から回復して我に返った守矢一家と、駆けつけたさとり達は八雲邸内に駆け込もうとしたが、
雲霞の如く湧き出した、キル・モードで起動した防衛用式神の大群による攻撃を受け、ほうほうの体で逃げ出した。
彼女達が屋敷の敷地外に出た途端、防御結界が復活、八雲邸を認識することが出来なくなった。



幻想郷の管理者二名を取り逃がした彼女達は、それぞれの拠点に戻り対策を練ることにした。

守矢一家は大怪我を負った早苗を永遠亭に入院させた後に、天狗の軍勢がひしめく妖怪の山にある守矢神社に帰還した。

さとり達は地霊殿に戻ると、さとりに忠誠を誓う凶暴なペット達に館の守りを固めるように命じた。



守矢神社と地霊殿、永遠亭。

動員可能な戦闘員の数で言えば、これら勢力が他の勢力を大幅に上回っている。
月の頭脳の異名を持つ八意永琳や、切れ者のさとりといったブレーンもいる。

彼女達は、この軍事力と知力を矛と盾にして今回の件をうやむやに、隙あらば幻想郷を実質的に支配しようと目論んだ。

新参者で、蛮勇を誇る軍神と祟り神、世間を舐めている若き現人神が暮らす守矢神社。
相手の心を読むことを、相手を理解することと誤解している覚り妖怪の住まう地霊殿。
限りある命を持つ者達の心情に疎い、蓬莱人が統べる永遠亭。

彼女達は、まだ、自分達がしでかしたことを理解していなかった。



スペルカード・ルールを確信犯的に反故にしたことで、

二人の幻想郷の要人を拘束し、筆舌に尽くし難い暴虐を与えたことで、

二人の恋人の絆を引き裂いたことで、

二人の最強者を怒らせたことで、



守矢神社、地霊殿、永遠亭は、

壊滅が確定したも同じであった……。





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3.五行の御業を駆使しての護形展開



紅魔館。

大食堂。

そこでは、紅魔館の幹部達と共に、

霊夢と紫の親友達が昼食を摂っていた。



「はぁ……」

霊夢の永遠のライバルにして親友の霧雨魔理沙は、
半熟卵と一度炙った鶏肉のハーモニーが織り成す、
食欲をそそる香りを伴った湯気を漂わせた親子丼を前に、
箸を握り締めたまま、鬱な表情を浮かべていた。

魔理沙の二つ隣の席に座った人形遣い、アリス・マーガトロイドは、
そんな魔理沙を見て、彼女と同様の表情を浮かべていた。

むっきゅむっきゅむっきゅむっきゅむっきゅ……。

ごくん。

小学校の給食の模範的な食べ方のような、数十回の咀嚼をする、
七曜の魔女、パチュリー・ノーレッジ。

「貴方達、ちゃんと食べておきなさい。特にアリス、貴方一人の身体じゃないんだから精をつけないと」

その言葉に、アリスは自分の腹に手を当てた。

アリスは、魔理沙の子供を身ごもっていた。

魔理沙とアリスもまた恋人であり、最近双方の家族に認められて婚約したばかりであった。

魔理沙は疎遠だった父親と和解し、アリスの母親と姉達の『歓迎』を生き延び、
霊夢達とW結婚披露宴を開く算段までしていたのだが……。
出来ちゃった婚と称されるものである。

アリスが自身の腹――正確には、身ごもった愛の結晶――に当てた手に重ね合わされる小さな手。

魔理沙とアリスの間の席に座った、レミリアの妹であるフランドール・スカーレットである。

フランドールは彼女の持つ、『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』の所為で、
かつては姉の命で座敷牢同然の地下室に隔離されていたが、
そんなときに現れた闖入者――魔理沙と霊夢――と弾幕ごっこを楽しみ、
吸血鬼から見れば儚い命の彼女達と触れ合うことによって、
能力の加減と慈愛の心を学習しつつあった。

そのおかげで、フランドールは紅魔館の敷地内に限定されるが、自由に出歩くことが許される事となった。

パチュリーが管理する図書館で知識を得、
門番の紅美鈴と遊ぶことで力加減を覚え、
紅魔館唯一の人間にして、姉の側近である十六夜咲夜が供する菓子を堪能し、
そして、苦手意識のあった姉、レミリアとのティータイムから、姉の自分に対する愛情を感じることによって、
フランの情緒は安定しつつあった。

破壊をもたらす能力発揮時に対象の破砕点――『目』――を握りつぶすその手を、
この世に生まれ出でるであろう生命を慈しむ様に、『母』の顔をしたアリスに触れるフランドール。

「ありがとな、フラン」
「フランドールはいい子ね」

魔理沙とアリスの言葉に照れるフランドール。

魔理沙も照れたのか、それを隠すために、刻み海苔と三つ葉の乗った丼をかっ込む魔理沙。

そんな二人を見て、不謹慎であるが幸せを感じるアリス。

親友カップルと妹様の明るくなった様子を見て、微笑を浮かべるパチュリー。

「あらあら、若い人達は良いわねぇ」

若者達の微笑ましい様子を見た冥界にある白玉楼の姫、西行寺幽々子は久方ぶりの笑みを浮かべ、
主を気遣っていた庭師兼、剣術指南役兼、護衛の魂魄妖夢はホッとした様子で汁物
――西洋の出自の者が多い所為か、味噌汁ではなくチキンスープだ――を啜った。

大食漢で有名な幽々子の食は進んでいなかった。
彼女が手にした丼の中身は、まだ半分しか減っていなかった。

スモウ・レスラーでないと抱えられない特注の丼は、まだ三つしか空になっていなかった。

だが、徐々にではあるが幽々子の食べるペースが上がりつつある。
紫の身を案じて落ち込んでいた幽々子が復活の兆しを見せたことで、
間もなく、空の丼が山を作ることだろう。

だが、まだ妖夢の心配事は尽きない。
永遠亭には、妖夢の恋人である鈴仙がいる。

霊夢と紫。
魔理沙とアリス。

このような事態にならなければ、妖夢と鈴仙も彼女達と同様に祝福されただろうか。
紫達が捕らわれた後、消沈した幽々子を元気付けようと人里で流行の菓子を買いに出かけた時、偶然鈴仙と会った。

あの時の気まずさと言ったら……。
結局、別れようとも、永遠亭から抜けてくれとも言えなかった。
今度会うことがあったら、この半人前の命に掛けてでも、鈴仙を説得しよう。

妖夢は己が心の内でそう決心すると、丼の飯を噛み締めた。



場が明るくなってきたのを見て、

「そうだ、それで良い」

そう言って、すっくと立ち上がったのは、

霊夢の朋友であり、

紅魔館の当主である、

紅い悪魔、レミリア・スカーレットである。



「辛気臭くては我が友、博麗霊夢とその良人は喜ばぬ。

 皆、陽気に昼餐を楽しめ!!

 さすれば、霊夢達はその陽気さに誘われ、我らの元に戻ってくるであろう!!

 我が『運命を操る程度の能力』がそう告げておる!!」



その幼い容姿に似つかわぬ威厳は、まさに紅魔館の当主に相応しいものであった。

……口の周りの飯粒と、咲夜お手製のディフォルメされた紅き蝙蝠が刺繍された涎掛けを無視すれば。



それで運命が切り拓かれたのか、

空間にスキマが現れ、

紫と霊夢、及び八雲邸で紫救出に活躍した者達が続々と飛び出してきた。



「れ、霊m……」
「れいむぅ〜〜〜〜〜っ!!」

ぱたぱたぱた〜!!
げしっ!!

友の帰還に喜色満面の魔理沙の頭を踏みつけ、レミリアは跳躍、
霊夢に抱きついた。

「わ、私を踏み台にした!?」

黒い一連星、魔理沙は絶句した。

「紫、お帰りなさい。ちゃんとお嫁さんを連れ帰ったようね」

「ただいま、幽々子。私が大事なお嫁さんを手放すと思って?」

幽々子と紫の方は、静かに、それでいて互いの信頼の上に成り立った再会の喜びを堪能していた。



ここに、幻想郷の管理人と博麗の巫女は帰還を果たした。





「……そう、じゃ、博麗神社の結界展開後、妖精の勇者達と一緒に紅魔館に来て頂戴。分かったわね、藍」

紫は携帯電話であらゆる所に連絡しては、なにやら話し込んでいた。
幻想郷内に携帯電話の基地局はあるのだろうか、などと考えるだけ無駄である。

「アリス、体調はどう? お腹の赤ちゃんは元気?」

「大丈夫。流石魔理沙の子ね。すっごい元気」

「おいおい、アリスの子でもあるんだぜ。さぞかし頑固者だろうな」

「もうっ、魔理沙ったら」

「……お熱いことで」

「むきゅ……、私はずっとコレを見せ付けられたのだけれど」

霊夢は魔理沙とアリスのカップルと話をしていたのだが、何時の間にかパチュリーと共に惚気を聞かされていた。
紫の手が空いたら、こちらもイチャイチャしてやろうかしらん。



そうこうしている内に、紫の忠実な式、八雲藍とその式である橙、三月精、チルノと大妖精、
それに途中で合流した伊吹萃香が紅魔館にやってきて、霊夢達と再会を喜んだ。




昼食の席は、戦意高揚の宴となった。

「それでは、友の帰還の祝福と幻想郷奪還を祈願して」

「「「「「乾杯!!」」」」」

レミリアの音頭の元、

各々が酒の入ったグラスを掲げた。



ここに幻想郷解放軍――自機キャラとボスキャラ達による精鋭部隊――が結成され、

幻想郷奪還のための反抗が開始されることとなった。





最初の攻略対象は、人里に近い、永遠亭である。

本来医療機関である永遠亭は、
因幡てゐが設置したブービートラップと、
鈴仙・優曇華院・イナバのジャミングによって、
堅固な要塞と化していた。

しかし、何時に無く調子が良いパチュリーの『火+水+木+金+土+日+月を操る程度の能力』による様々な属性の魔法、
それに何時に無く調子が良い霊夢の防御結界によって、
解放軍は大した被害も無く、竹林の最深部に進撃した。



因幡てゐが率いる妖怪兎の軍勢。
『狂気を操る程度の能力』を有する鈴仙・優曇華院・イナバ。

永遠亭の実質的トップである八意永琳は、そんな部下達に取り囲まれていた。

妖怪兎のリーダーであるてゐは、霊夢と彼女が召喚した大国主が交渉したことによって、
永琳の弟子である鈴仙は、恋人の妖夢が行なった決死の説得によって、
永琳を造反したのであった。

「こ……、この裏切り者共め……」

「お師匠様……」

「師匠、もう、止めにしましょう」

永琳は満身創痍でありながら、自分の席にあるコンソールに手を伸ばした。

永遠亭には、危険な細菌や実験動物が流出した際の最終手段として、
月の技術で作られたプラズマ爆弾による自爆装置が仕掛けられていた。
それを起爆しようとしているのだ。
その威力たるや、永遠亭どころか、幻想郷の半分を灰燼に帰することが出来るが、
蓬莱人である自分と輝夜が無事ならば、それで良い。

あと、キーを二つ三つ入力すればそれが成されようとした時、



「永琳、止めて頂戴」



永琳の手が止まった。

彼女が敬愛する月の姫、蓬莱山輝夜が屋敷の奥から出てきたのだ。



霊夢と紫、

それに彼女の好敵手、藤原妹紅による、

直接交渉の成果であった。

輝夜のほうが永琳より年若い分、
まだ有限の命を持つ者に近かったようだ。



「輝夜……」

「私のお願い、聞いて頂戴」

輝夜の真剣なお願い。

永琳が輝夜の真摯な顔を見るのは、月に帰りたくないと『お願い』されたとき以来だ。

永琳は、その時同様に、輝夜の願いを叶えた。



ここに、永遠亭は幻想郷征服を断念。

幻想郷への帰順を、永遠と須臾に誓った。



「いやっ!! 止めてっ!! あ、あぁ、殺さないでぇ……。

 あ、あれは、神奈子様達が言い出したことで……、私は反対したんですよ。ほ、本当です!!」



永遠亭に入院していた東風谷早苗は、
見舞いのフルーツ盛り合わせに付いていた果物ナイフを振り回して無駄な抵抗をしたが、
あっけなくその身柄を霊夢達に拘束された。



霊夢と紫は、魔理沙、アリス、パチュリー達魔女の支援を受け、幻想郷の結界を修復した。

さらに、人里や博麗神社といった重要拠点に結界を展開。
人里の守護者、上白沢慧音や自警団、命蓮寺の聖白蓮に情報管制と周辺警戒を依頼した。

これで敵の占領を気にする必要が無くなった。

幻想郷の二大結界の崩壊は、霊夢と紫が復帰したあたりから止まっていた。
なにやら作為的なものを感じるが、そんな大それたことが出来るのは、
幻想郷には霊夢と紫以外にはいない筈である。

霊夢達は、ひとまずその追求を止めて、別なことを思考した。





次の攻略対象は、守矢神社である。





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4.六十の武闘と夢祷と霧盗による現状復帰



闇に包まれた幻想郷。

ルーミアの能力を拡張して太陽を覆い隠し、
レミリアとフランドールは能力を十全に振るうことが出来るようになった。

妖怪の山に向け飛翔する、霊夢達解放軍の精鋭。

そんな彼女達に向かってくる者があった。

「紫様、こちらに向かってくる高速飛行物体三つ。

 おそらく、天狗のFI(要撃戦闘員:主に空中戦を主体とする戦闘員)が2、
 FS(支援戦闘員:FIの援護を行なう、対地戦闘を主に行なう戦闘員)が1」

藍は相手の移動速度からそう判じた。

「総員そのまま、彼女達は敵ではないわ」

紫は戦闘態勢に入ることを禁じ、向かってくる相手を出迎えようとした。

向かってきた三人は弾幕を打つことなく、解放軍の間合いに入ってきた。

やってきたのは、霊夢達も知っている烏天狗と白狼天狗であった。

射命丸文。
姫海棠はたて。
犬走椛。



「八雲紫様、博麗霊夢様。

 我ら天狗及び河童は、貴方様方に恭順いたします」

三人の天狗は、紫達に臣下の礼をとった。

きょとんとする一同。
紫を除いて。

「天魔様は上手くやってくださったようね」

「はっ、勇儀様率いる鬼達の助成により、大天狗以下不満分子を拘束、妖怪の山には守矢に従うものはおりません。
 全天狗と河童は紫様達を助けよとの下知を受けております」

文の口上で、霊夢はようやく事態を理解した。

「紫、やったわね」

「ふふ、何も武力でぶつかるばかりが戦ではないわよ」

天狗達のトップは天魔であるが、実質的には大天狗が仕切っていた。

天魔は守矢神社との結びつきを強め、軍神の過激思想に染まっていく天狗達を、常々心配していた。
そこで、幻想郷創設より親交のあった紫と謀り、天狗及び河童の各部署に安全装置となる者を極秘裏に潜入させていた。

紫と霊夢が無事に復帰、反乱勢力の鎮圧を行なうことを知り、
天魔は紫と密に連絡を取り合い、決起する時を待った。

極秘裏に地底よりやって来た、星熊勇儀率いる鬼の軍勢を山に招き入れ、
解放軍が決起したとの報を受けると、呼応して妖怪の山の重要拠点を迅速に制圧、大天狗の逮捕に成功した。

なので、霊夢達が相手にするのは守矢の二柱の神のみとなった。





追い詰められた蛇と蛙の抵抗は、激しかった。

天狗達の信仰を失い、弱体化している筈であったが、

霊夢達解放軍の精鋭を以ってしても、その荒ぶる神の猛威には手こずらされた。



流石に、ミスティアの歌や鳥目攻撃もプリズムリバー三姉妹の音楽攻撃も受け付けなかった。
ビーム砲や物理的攻撃に使用される無数の御柱や、気が付くと物陰から沸いてくる古の神の眷属。

そんな猛攻に対して、更なる猛攻を仕掛ける者。
八雲紫。

彼女は怒っていた。

自分を木偶人形にした二柱を許すまいと、
スキマを駆使した瞬間移動や空間断裂で相手の体力を、肉体そのものを削っていった。



しかし、怒りは心の隙を生み出す。

「なかなかやるな、八雲紫。
 それはまるで、我が寝所でお前に情けをくれてやった時の腰つきのような激しさだぞ」

ぴく。

「な〜に? またアソコに神奈子の御柱を突っ込んで欲しいのかい?
 それとも私の舌で腸の中を舐めて欲しいのかい?」

ぴくぴく。

「心は封じられていても、身体は正直であったぞ。
 それはまるで、淫売のようであった。かっかっかっ!!」



「き、貴様らあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」



紫の手の爪が伸び、目の前の神奈子を切り伏せようと腕を振り下ろした。

大振りな一撃。

神奈子は後ろに下がり、易々と避けると、

にやり。

紫の背後には諏訪子が召喚した大蛇――ミシャクジ様――の頭に乗り、
祟りの毒に塗れた牙をその身体に食い込ませんと襲い掛かった!!



しゃーーーーーっ!!



かぽっ。



ミシャクジ様の一撃は、その口に博麗の秘宝である陰陽玉――それもとびきり大きい陰陽鬼神玉!!――をねじ込むことで防がれた。

ずずずっ。

陰陽玉はミシャクジ様の口から体内に侵入を始めた。
蛇は顎を外すことで大きな獲物を飲み込むことが出来るが、
生憎とこれは食べ物ではなく、武器である。

ずずずぶぶぐぐぶぐぶじゅぐじゅじゅぐりめきぐきぐじゃぐじゃめきゃ!!

陰陽玉はミシャクジ様の中で暴れまわり、
骨や内臓をずたずたにして、尻尾の先端を突き破って飛び出した。

ミシャクジ様は、大ダメージを負った身体を維持できなくなり、消滅した。



「ああぁっ!!」
「ぐっ!!」



苦しみだす守矢の二柱。

ただでさえ信仰が尽きようとしているのに、
ミシャクジ様のような大物を召喚したのだ。
その力は目に見えて衰えた。



そろそろトドメと行こう。



「それじゃ、最後の晩餐の出前を取ってあげるわね」

烈火を髣髴とさせた怒りの表情は何時の間にか消え失せ、代わって酷薄な冷笑を浮かべながら、
紫は携帯電話を取り出し、何桁かの番号をプッシュ。

「そ、その番号は!!」

神奈子の鋭い視線は、指の動きから紫の押した番号を鮮明に読み取った。
外の世界にいた時、頻繁に掛けていた番号。

「そう、貴方達の愛しい風祝へのラブコールよん」

そして通話ボタンをピッ。



博麗神社。

守矢神社の分社である祠。

その前に置かれた大きなダンボール箱から、電子音が聞こえてきた。

外界から持ち込まれた早苗の携帯電話が鳴っているのだ。
外界にいたときは片時も離さなかったこれは、幻想郷への引越し荷物に紛れ、忘れ去られていた。
それを以前守矢神社に遊びに来た魔理沙が偶然見つけ、拝借したのだった。

解放軍の出発前、紫は守矢の二柱攻略の仕掛けを依頼しようと、魔理沙と共に彼女の店を訪れた時に早苗の携帯電話を見つけ、
守矢への意趣返しに急遽それを仕掛けに使うことを思いついたのだった。

箱の中には一部の外装が剥ぎ取られ、基盤を露出させた携帯電話が包みの上に置かれていた。
基盤の一部に後から半田付けされたらしい何本かの銅線は、箱の中の大部分を占める包みの中に延びていた。

包みの中身は、魔理沙特製の大量のボムである。

『爆弾』ではなく、弾幕ごっこで使用する広範囲攻撃及び弾幕消去に使用される、非致死性のボムである。

ボムはこれらのような手に持てる容器に炸裂する薬品を封入した物の他、同様の威力を持つ呪術が施された護符がある。
前者は誰でも使えるがかさばり、後者は呪術の使い手が使用しないと満足な効果が得られない。
そして共に物理的には、使われた相手の衣服の損壊及び身体に軽度の負傷をさせる程度の威力しかない。

しかし、精神的にはどうだろうか。

使用すると何故、弾幕が消えるのか?
弾幕は、打った相手の魔力、霊力が固化形成され、特定パターンの飛行経路で放たれる。
ボムは使われた相手の精神にダメージを与え、弾幕の形成維持を困難にし、さらに戦闘意欲を削る。

単純な効果は、武器としての爆弾よりもむしろ、外界のスタン・グレネードに近い。
スペルカード・ルール制定前、人里では暴徒鎮圧や害獣駆除、妖怪の撃退に、ボムの基となった魔法爆竹が使用されたとか。



何回かのコールの後、箱の全てのボムは爆発した。



前述の説明の通り、大量のボムといっても物理的被害は、
入っていたダンボールが吹き飛び、祠が多少損壊した程度である。

しかしこの祠は、

守矢の二柱と精神的に接続されているのである。

これによって、遠隔地での信仰の取得や奇跡の行使を行なうのであるが、

それと同じ要領で、疲弊した神奈子と諏訪子の精神に、大量のボムが生み出した心を挫く爆風が襲いかかった!!



「が……、ぁ…………」
「あ……、ぅ…………」



信仰を失い、精神力で支えていた二柱の肉体は、

その精神を吹き飛ばされ、あっけなく消滅した。





「か、神奈子様……、諏訪子様……」

守矢神社の境内。

夢破れ、二柱を失い、奇跡を起こす能力を失った早苗は、現人神から只の人になっていた。

かつて二柱の神が存在した証は、

神奈子が胸に着けていた割れた鏡と、

諏訪子が被っていた破れた帽子のみであった。



「東風谷早苗。貴方の処分ですけれども……」

「ひ!! い、や……、殺さ、ないで……」

二柱の形見を抱きしめながら怯えきってへたり込んだ早苗に、

紫はその刑罰を告げた。



「貴方は外の世界に追放します。ここは、貴方がいて良い世界ではありません」



紫は早苗の首根っこを掴んで無理やり立たせた。

「八坂神奈子と洩矢諏訪子は消滅しましたが、貴方が信仰を集めれば二人は帰ってくるでしょう」

「え……、ほ、本当ですか!?」

「ええ、もともと貴方達が幻想郷に移住したのも、力を取り戻すために信仰を得るためだったではないですか」

紫はスキマを開き、

「だから、信仰が得られれば、二柱は復活するでしょう」

「そ……う……ですか。私、やります!! 絶対に神奈子様と諏訪子様を復活させます!!」

「では、健闘を祈りますわ」

早苗を外界に送り出した。

これで、幻想郷から異物が排除された。





紫はスキマを閉じた後、

「まあ、無理でしょうけれど」

ぼそりとそう付け加えた。










外界――元いた世界に戻った早苗は、神奈子と諏訪子を復活させるべく、
傷が癒えていない身体を引きずり、精力的に活動した。

駅前で演説を行い、各家庭を訪問し、道行く人々に守矢の教えを語り――





人々は、



割れた鏡を胸からぶら下げ、



破れた帽子を被った、



そんな早苗を、



狂人として扱った。










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5.夢幻の憤怒晴らす刹那の報復



地底。

星熊勇儀と伊吹萃香の先導で、地霊殿に向かう解放軍。

既に紫と勇儀達の手回しは済んでいる。

浅い階層に住む黒谷ヤマメとキスメ。
橋姫の水橋パルスィ。

彼女達は幻想郷に恭順の意を示した。

なので、地霊殿の前までは何の問題も無く到着した。



さとりのペット達、特にさとりへの忠誠心と凶暴さだけが取り柄の獣共の相手は手こずった。

熊ほどの大きさを持った狼だか犬だかの群れは、連携して襲いかかってきた。
天井まで結構な高さはあるので飛行は問題無いが、
それは小型飛行機ほどの翼長を誇る猛禽もその戦闘力を発揮できることを意味する。

動物達の俊敏な機動に翻弄され、フランドールはロックオン(『目』を掴むこと)が出来ない!!

「も〜〜〜〜〜っ!! あんた達!! 壊してやるからじっとしなさ〜〜〜〜〜い!!」

さとりのペット達はフランの言葉など分からない、分かったところで従うわけが無い。
動きを止めて癇癪を起こしたフランは格好の獲物と見たのか、
身の丈5メートルはあろうかという虎が背後から飛び掛った!!

「ひゃっ!!」

とっさにしゃがんだフランを飛び越えた虎は、
巨体に似合わぬ敏捷さで着地後すぐにまた飛び掛ってきた!!

「フラン!!」
「お姉様!!」

フランはまたしゃがんだ!!

虎はまたフランを飛び越えたが、
レミリアが投げたグングニルの槍が尻の穴から進入して口からはみ出した為、
そのままの勢いで地霊殿の壁に突き刺さった!!

「うどんさん!!」
「みょんちゃん!!」

鈴仙から放たれた弾幕は、一発一発が迫り来る狂犬の眉間を丁寧に打ち抜いていく!!
妖夢の二刀は鈴仙の弾幕を突破した畜生を膾に刻んでいく!!
愛する二人に死角は無かった。

乱戦の中、霊夢は小柄な人影を見た。
内心を文字通り見透かしたような嘲笑を浮かべた幼い顔。
人影はすっと地霊殿の中に入っていった。

「!!」

霊夢の心は怒りに包まれた。

そのまま何かに憑かれたように、霊夢は人影を一人で追っていった。



霊夢は地霊殿に入り込み、何時の間にか大広間に来ていた。

「お帰りなさい。霊夢」

広間の奥。

玉座を思わせる立派な椅子に、

追っていた人影、

古明地さとりが足を組んで座っていた。

彼女の手には、

見慣れた首輪が繋がれた鎖が握られていた。

「さとりぃ……!!」

霊夢は護符を取り出し、攻撃態勢に入った。

「ご主人様に牙をむくように躾けた覚えはありませんよ」

「だれが……っ!!」

さとりは席を立ち、霊夢の元に歩いてきた。

霊夢は動かない。

「身体は忘れてはいないようね。私が貴方に与えた愛と快楽の日々を」

霊夢は動かない。

つかつかと、さとりは霊夢の間合いに入ったが、

霊夢はやはり動かない。

「妖怪の賢者を気取るお年寄りには、貴方のような若い肢体を満足させられないのではなくて?」

霊夢はそこまで言われても動かない。

「私なら、貴方を下らない博麗の巫女の呪縛からも、下等な人間のモラルからも、解放してあげられますよ」

さとりは息がかかるくらいに霊夢の眼前に迫った。

霊夢は全然動かない。

「さあ、私の可愛い可愛いペットの霊夢。もう一度、貴方を躾けてあげますよ」

さとりは、首輪を嵌めようと、霊夢の首筋に触れた。

霊夢の手から護符がはらはらと舞い落ちた。

霊夢は、さとりのペットに堕ちた時のことを思い出していた。

望まぬ快楽で、意識を何度も絶頂に押し上げられては、絶望に叩き落された。
さとりに歯向かい、罰として四肢を拘束されて、家畜の豚と交わらされた。
霊夢は最初は悲鳴を、後に嬌声を声高に上げ、それをお燐やお空に嘲笑された。
やがて、さとりに媚びて褒美に与えられる愛撫の虜となった。
さとりのペットに身も心も成り果てた時の安らぎ。

霊夢は微笑んだ。

再び訪れる、さとりとの腐臭を漂わすような退廃的な悦楽の日々に、思いを馳せていた。










――訳ではなく、



ぐしゃあっ!!



「!? ぷぎゃあぁああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」



根暗変態下衆妖怪さとりの顔面に、拳から放たれる力任せの一撃をお見舞いをした時の快感は、
いかほどのものか考えていたのである。

霊夢の左ストレートが、お人形さんのように整ったさとりの顔面ど真ん中に、拳の半ばまでめり込んだ!!

薬指に嵌った紫との愛の証である指輪の硬さ。
さとりの面の皮の厚さ。
拳から脳に達する僅かな痛みと爽快感!!



「あぎゃああああぁあああああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜!!!!!」

さとりは両手で顔面を押さえながら、鼻血を振りまきながらのた打ち回っている。

どすぅ!!

「おぁあああ〜〜うげっ!!」

霊夢はさとりの体を踏みつけ、さとりのローリング体操を強制的に中断させた。

「な……、なびぇ……、なげ、わだひのこうげひきゃぎかにゃひ……?」

鼻血塗れのさとりは、何故、私の攻撃が効かない、と言っているようだ。

「何故……ですって?」

ぐぐっ!!

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛〜〜〜〜〜!! いだひぃぃぃぃぃ……!!」

霊夢はさとりを踏みつけた足に力を込めた。

「あんたのまやかしなんて、一度掛かってそれが破れたら、二度と効かないわよ!!」

どすっどすっどすぅっ!!

「げ、がひぃっ、ぎゃ!!」

霊夢はさとりを何度も踏みつけながら、そう答えた。

さとりの術中に堕ち、思考を放棄した日々から霊夢を救い出した光。
光が霊夢の心の闇に僅かな穴を開けた。
そこから漏れ出す、輝ける思い出。
闇が光に駆逐されていく。
霊夢の心の闇が消滅した時、霊夢自身に変化が訪れた。
一度光に満ちた心は、もう闇に染まらないということだ。

いうなれば、同じ病気には二度とかからない、免疫が付いたようなものだ。

精神攻撃に耐性が付いた霊夢に、さとりは馬鹿の一つ覚えであるトラウマ攻撃を仕掛け、
その結果、今、霊夢の足の下で無様を晒しているというわけだ。

しかし、さとりだってトラウマを克服した者と戦った経験は何度かある。
その時はどうしたのだろうか?

!!

霊夢はその場を飛びのいた。

ガガガッ!!

全く意識していなかった方角からの弾幕!!

気配が存在しないさとりの妹、古明地こいしが攻撃を仕掛けてきたのだ。

「むんっ……!!」

霊夢がなにやら念じると、先程床に落とした無数の護符がひとりでに舞い上がり、
同一方向に襲い掛かった。

これは霊夢が愛用している追尾護符『ホーミングアミュレット』である。

「ぎゃ!!」

被弾したこいしは姿を現し……、いいや認識できるようになり、
相当痛いだろうに笑みを浮かべたまま、手近な出入り口から飛び出していった。

霊夢は護符を構え周辺を睥睨する。
また、こいしの奇襲があるかもしれない。

そこで、霊夢はさとりが自身の攻撃が効かない者への対応を知ることになった。



逃げたのだ。



統率する者のいなくなった地霊殿は、陥落した。



古明地姉妹の他、側近のペットである火焔猫燐、霊烏路空の両名も戦死したペットの中にいなかった。

解放軍はさとり達が逃げたであろう、間欠泉地下センターに進撃を開始した。





間欠泉地下センター。

その中枢である地下施設。

今は亡き守矢の神が設立したこの施設は現在無人であるが、
彼女達に次ぐ責任者であるさとりが、地下入り口からマスターキーで入り込んでいた。
さとり達は地上と繋がったエレベータ及び隔壁を閉鎖して、この施設に篭城した。
地下施設は核融合炉が暴走した場合を想定して頑強に建設されている。
呪術的にも閉鎖され密室となったここには、八雲紫のスキマも開けないだろう。
立てこもるのに、これほど適した場所は無い。

さとりがここに来たのは、立て篭もるためだけではない。
この施設は地上の間欠泉やボイラーの制御も行なっている。
だから、意図的に温泉を超高温にして水蒸気爆発を起こしたり、
不純物――例えば地霊とか――を混入することも出来る。
安全なここから地上を攻撃できるのである。
これで解放軍も手が出せなくなる。



八雲紫は、そんなさとりの意図などとっくに見透かしていた。

紫は、地底の攻略に天空の助力を要請した。



幻想郷のはるか上空。

天界。

外の世界であれば、酸素が薄く気圧も気温も低くて人が住むには適さない高度であるが、
ここはそのようなことは無く、快適な環境で天人や天女が平和に暮らしていた。

だが、何事にも例外がある。
不良天人と呼ばれる総領娘の比那名居天子がその代表である。

現在彼女は、本来は龍神の代理人であるが天子の世話役のようなこともしている、
竜宮の使いの永江衣玖と共に、天界で最も幻想郷に近い場所、有頂天に来ていた。

「は〜い、総領娘様、後もう少し……、もう、ちょい……、はい!!」

「ふぅ……、これで八つ全部終わったわね」

「はい、ご苦労様でした」

「ふんっ、私はこの空のように広い心の持ち主だから、頭を下げたスキマババアの願いを聞いてやっただけよ」

衣玖は天子の不器用な照れ隠しを、空気を読んで黙殺した。

天子達は眼下の景色に目をやった。
妖怪の山から微かに上がる噴煙が見える。

天子が紫の指示で設置した八つの要石は、
妖怪の山から若干ずれた箇所を中心とした範囲内の上空に、ゆがんだ円を描くように浮かんでいる。

待つことしばし。

妖怪の山の山頂、無人の守矢神社から一筋の煙が上がった。

「総領娘様、信号弾です。……青です!!」

「見えてるわよ。じゃ、衣玖、お願い」

「では、開始します」

衣玖は現在位置から足元の地上までの気象を読み、タイミングを計る。

「問題無し。アルファからお願いします」

「いつでも良いわよ」



「……Now,Now,Now,Drop!!」
「アルファ、投下!!」

その声と同時に、浮いていた要石の一つが落下した。
落下した要石は地上に落着。そのまま想定された深度までめり込んだ。

「Drop!!」
「ブラボー、投下!!」

「Drop!!」
「チャーリー、投下!!」

以降、デルタ、エコー、フォクストロット、ゴルフ、ホテルの順に、
時計回りで八つの要石は幻想郷に落下した。



一仕事終えた天子は、足元の幻想郷を一瞥した。

「ふん、帰るわよ、衣玖」

「はい」

「……結婚披露宴に呼ばなかったら、また神社に要石落とすわよ……」

最後の言葉は天子の独り言であった。
衣玖は空気を読み、この発言もまた黙殺した。



幻想郷に限らず、台地には龍脈と呼ばれる、大地の気が流れる道筋のようなものがある。
その流れに不具合が生じた場合、地震や大雨、干ばつ等の異常気象が発生する。
異常気象の人為的原因として、龍脈の上への無計画な土木工事が挙げられる。
また、異常気象自体が常時発生する箇所に、重要施設を建築する必要が発生する場合がある。

そのような場合、龍脈の特定のスポット――建物の敷地内等――に要石を設置して、
気の流れを抑制することで問題を解決する。

今回、紫が天子に依頼したことは、間欠泉地下センター攻略のための龍脈の制御である。

具体的には、地上への温泉や核融合炉冷却用地下水を供給する地下水路の遮断、
地底の地盤に掛かる負荷の分散、地霊が集まりやすいスポットの浄化、そして施設の地盤のみの弱体化である。



これで地上への攻撃手段と補給ルートを失った間欠泉地下センターは、
派手に破壊しても地底の他の箇所に影響を与えることは無くなり、
いつでもさとり達の棺桶兼、墓穴とすることが出来る。



しかしこれは最終手段なので、さとり達のみ掃討できればそれに越したことは無い。



ガコッ!!

間欠泉地下センターにいくつかある会議室の一つ。

天井の通気口の格子が外され、中から二つの人影が、
一人は音も立てずに飛び降り、もう一人はなにやらワイヤーのようなものを伝って静かに、
それぞれ床に降り立った。

白狼天狗の犬走椛。
河童の技術者、河城にとり。

彼女達は、封鎖された施設の地下ゲートを開放するために潜入したのだ。
ゲート開放のための機器制御はにとりが行ない、
椛は戦闘が不得手な彼女の護衛を行なう。

椛は音を立てないように包んだ緩衝材を太刀と盾から剥がし、装備した。
盾を眼前に、太刀を背中に隠すように構えると、会議室の出口に向かった。
ドアをそっと開け、廊下の様子を窺う。
人影は見当たらない。
にとりに来るように促そうと後ろを向くと、にとりは震えていた。
椛はにとりの側に来て、彼女を気遣う視線を投げかけた。

「……だ、だいじょうぶ……、いや、やっぱり、駄目っぽい……」

無理も無い。
にとりは地底の覚り妖怪の性質の悪い誇張された噂を散々聞かされている。
その噂を聞かせたのは、他ならぬ椛であった。
椛は申し訳なさから、当初の予定通り、にとりに手順を聞いて一人でゲートの開放を行なおう。
にとりは椛が単独で潜入を行なうと聞いて、施設を熟知している技師が必要だと、志願して強引に付いてきたのだ。

ここで隠れているように。
そう言おうとした椛の唇は、
にとりの唇で、ほんの刹那、塞がれた。

「……もう大丈夫、いこう」

にとりの震えは泊まっていた。
本当なら、こんな危険な場所に大切な恋人であるにとりを連れて来たくなかった。
椛は、いざとなれば身体を張ってでも、このかわいい河童を守ろうと心に誓った。

ゲートの制御室まで、何の障害もなかった。

敵は僅か四人。
警備まで手が回らないのだろう。
そう椛は楽観的な推測をして、にとりをエスコートしながら制御室に入った。

にとりは壁面を覆いつくした制御盤を舐めるように見ると、

「ひゅい〜、起動用のキーはやっぱり抜かれているね……。
 やっぱ、バラさないと駄目か……」

背嚢を床に下ろし、工具箱を取り出した。
椛はにとりを手伝おうと彼女の側に歩み寄り、

「!!」

殺気!!

天井!?

にとりに覆いかぶさるようにして、紅葉が描かれた丸い盾を構えた。

ガッ!!

何かが盾の上に飛び降り、乗っている!!

椛は盾を部屋の隅に投げ捨てた!!

から〜ん!!

床に落ちたのは盾のみであった。
だが、椛の視線は床ではなく天井を向いていた。

「ははっ!! 見たよ、見ちゃったよ!!
 お姉さん達、門を開けようってんだろう!!
 だけど、そんなこと、このあたいがさせないよ〜!!」

地獄の輪禍、火焔猫燐が天井に張り付き、
その視線だけで相手を呪い殺せるのではないかというような、凄みのある嗤い顔を浮かべていた。

「ひゅ、ひゅい〜……」

恐怖のあまり、にとりは頭を抱えて蹲ってしまった。
素人が下手に動かれるよりよっぽど良い。
椛はポジティブにそう考えると、最も効率良くお燐に斬撃をを浴びせられ、
かつ最も効率良くにとりをガードできる太刀筋を瞬時に脳内で組み立てた。

狭い制御室での死闘が開始された!!

椛は突きの姿勢でお燐に飛び掛る!!
お燐は直線的な攻撃を椛の斜め後方に跳躍することで回避、
部屋の隅に蹲るにとりに、手入れの行き届いた自慢の鋭い爪を振り下ろした!!

椛は、お燐がいた天井に太刀が刺さる直前に体の向きを百八十度転換、
天井に両足を押し付け、弾丸のようにその対角線上にある部屋の隅、にとりの側にダイブした!!

ガキィッ!!

火花が散った!!

その結果、横薙ぎに振るわれた太刀がお燐の爪と激突!!
お燐は後ろに飛びのき、間合いを開けた。

「やるね、犬のお姉さん!! 楽しい、楽しいよ!!」

お燐はざらついた舌で人耳まで裂けた唇をぺろぉり、と舐めた。
犬ではなく白狼天狗だ!!
と心の中で叫んだ椛には、お燐のお遊びに付き合っている暇は無かった。

椛はお燐の間合いにあえて入り、部屋の幅一杯に太刀を振るった!!
これでお燐は太刀、または椛の体当たりを受けることになる!!

「!?」

太刀が重い!!

見ると、太刀の刀身が、地霊に食い込んでいた!!

「ざ〜んねん!! あたいには『お友達』がついてんのさ!!」

椛は力任せに太刀を振り切った!!
地霊はこれで真っ二つになり、消滅した!!
だが、そんな隙をお燐は見逃さなかった!!

「シャッ!!」

お燐の目にも留まらぬ一閃!!
ほんの少し、間合いが遠かった。
おかげで、椛は頬と被っていた頭襟を切り裂かれただけで済んだ。

ホッとした椛の眼前に地霊がもう一体!!

慌てて太刀を振るう椛!!
その一撃で地霊は真っ二つになったが、
無理な体勢で重量のある太刀を振るったせいで、
手から太刀がすっぽ抜けてしまった!!

「!!」
「ひゃはぁっ!!」

お燐は椛を押し倒し、左手で椛の首を押さえ込んだ!!

「!?」

さらに、右手の鋭い爪を椛の顔面目掛けて突き入れようとした!!
椛は片手でお燐の腕を掴みそれを阻止した!!

ぎりぎりぎり。

椛の首が絞まっていく!!
お燐の爪が徐々に眼前に迫っていく!!

「はぁはぁはぁ、綺麗だねお姉さん。怨霊になったら、あたいがた〜ぷり愛でてあげるからね〜!!」

お燐が狂気と劣情が入り混じったギラついた双眸で、椛をねめつける。
あの主人にして、このペットありか……。
椛は、徐々に薄れ行く意識で、そんな詮無い事を思った。

「も、椛を離せぇ!!」

ひゅっ!!

ごんっ!!

「がっ!!」

お燐の頭に、
にとりが投げつけたモンキレンチが命中した!!

「こんの、河童風情がぁ!!」

お燐が睨みつけると、

「ひゅいっ!!」

にとりはあっという間に萎縮した。

お燐が視線を椛に戻すと、

ごっ!!

「がっ!!」

今度は、あまりに近すぎる距離まで近づけたお燐の顔面に、
椛が頭突きをかましたのだ!!

寺子屋教師程ではないが強烈な一撃で、お燐は手を椛の首から離してしまった!!
続いて、椛はお燐の右腕を掴んだまま立ち上がり、膝の一撃をお燐の腹に打ち込んだ!!

ドスゥッ!!

「ぎゃぴ!!」

悲鳴を上げながら、後ろの壁面にある制御盤に背中を叩きつけられるお燐!!
苦痛に呻いたお燐は目を見開いた!!

「へ?」

煌き。

それが、お燐が最後に見たものだった。

お燐は、額を椛愛用の剣鉈で貫かれた!!
その刃は、背後の制御盤まで達していたため、
お燐は立ったままで絶命した。

げほげほ。

ようやく強敵を仕留めて、椛に絞められた首をさすりながら咳き込む余裕が出来た。

「だ、大丈夫!?」

にとりが駆け寄ってきた。
椛は右手の親指を立てた拳を見せて、無事をアピールした。
続いて、お燐が磔になった制御盤を指差した。

「あ、そうだ!! ゲートを……」

ぴー!!

電子音に椛とにとりはビクッとなった。

『ゲート、開放します。ゲート、開放します……』

続いて機械から音声が聞こえてきて、

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。

何か重たいものが動く音。
正面ゲートの金庫のような門扉が開いているのだ。

にとりの検分の結果、手間が省けた理由が分かった。

お燐の額を貫いた剣鉈。
その鋼の刃は、丁度制御キーを差し込む鍵穴に刺さっていた。
その結果、刃がキーの代わりに伝導体となり、機械が起動したのだ。

にとりは制御盤の特定の箇所を破壊した。
これでゲートが閉じることは無くなった。

椛は剣鉈をお燐から引き抜き、太刀と盾を回収すると、
丁度工具類を背嚢に仕舞い終えたにとりの手を取り、
解放軍本隊と合流すべく、ゲートに向かった。





核融合炉内に深い穴がある。
その中心には、直径は人一人が立つのがやっとの長い長い筒状の物体が、
穴の底から部屋の高い天井まで続いていた。
この筒は、核融合炉の重要なパーツである、制御シャフトである。
この中にお空が入り、日がな一日、核融合に精を出すのである。

「うにゅ〜〜〜〜〜!! 熱い!! 熱いよ〜〜〜〜〜!! さとり様〜、お燐〜、助けて〜!!」

冷却水の供給が激減して、シャフト内のお空は己が発する高温に苛まれていた。
お空の心は、苦しみで言葉の態をなしていなかった。

「お空、お空、がんばって!! しっかり!!」

こいしは制御シャフトの中で苦しむお空に、シャフトの覗き窓越しに声援を送ることしか出来ない。

「お姉ちゃん!! 何とかして!! お空、死んじゃうよ!!」

「うるさい!! 今やってるから、静かにして!!」

ここ数百年は聞いた事のない姉の罵声に、こいしは黙り込んだ。

さとりは先程から制御機器を操作して、炉内温度を下げようと試みていた。
冷却装置はフル稼働しているが、冷却水の供給が全然足りていない。
それどころかボイラーで沸かした温泉水の水圧が、地表近くで減少している。

ぴーぴーぴー。

警告音。

このままいけば安全装置が作動して、核融合炉は強制停止してしまう!!

『強制停止』、それは、シャフト内のお空を薬物で安楽死させる処置のことだ。

いやだ!!

そんなことになったら……、





どうやって、地上の連中を脅せばいいのだ!!





熱かい悩む神の火の二つ名を持つ霊烏路空の『核融合を操る程度の能力』は、さとりにとって切り札である。

かつて、『覚り』の能力で周りから忌み嫌われ、また戦略的な武器として使って今の地位を手に入れたさとり。
お空は念願の戦術的な武器である。ちょっと他のペットよりも待遇を良くしただけで、
さとりの言いなりになる可愛い下等生物。

かつて、そうやって手駒にした火車のお燐は、正面ゲートの制御室に潜伏している筈だが、
少し前から定時連絡が来なくなった。
殺られたのか。使えない駄猫め。



どかあぁぁぁぁん!!



閉鎖された融合炉の入り口がぶち破られた!!

現れたのは、

幻想郷の管理を任された賢者と巫女。

八雲紫と博麗霊夢である。



解放軍の他の者達は炉の外に待機させている。
さとりのトラウマを玩ぶ能力と、気配の無いこいしの攻撃を警戒して、
それらに対抗できる二人のみで乗り込んだのだ。



「さとり!! 観念なさい!!」

「古明地さとり。貴方は灼熱地獄跡の怨霊管理者を解任されました。
 閻魔様が貴方を裁くそうです。大人しく逮捕されなさい!!」

しかし、融合炉にはこいしと、シャフト内で苦しむお空しかいなかった。

「こいし!! さとりはどこ!?」

「お空を……、お空を助けて!!」

霊夢の詰問に、こいしは泣きじゃくって同じ事しか言わない。

可愛い私の愚妹、こいし。
そうやってピーピー泣き叫んで、連中の気を引いていなさい。

制御盤に取り付いていたさとりは、丁度霊夢と紫の死角に隠れていた。
さとりの手は、『緊急弁』と書かれたボタンに伸びた。
これは、シャフト内の熱を放出するための弁を開放するためのものだ。
シャフト内のお空を苦しめている内部温度は、人間はもとより妖怪でも致命傷を与えるものだ。
そして弁は丁度こいしの真上、つまりこいしに近づいた霊夢と紫に死の熱風を浴びせられる。

さようなら、霊夢。
さようなら、八雲様。
さようなら、こいし。

さとりは下卑たにやけ面で、スイッチを押した!!

かちっ!!

ぶしゅうううううううううううぅぅぅうぅぅぅぅぅ……!!!!!

「ぎいやあああががががががががあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ………………」

超高温のガスが噴出す音!!
この世のものとは思えない悲鳴!!

悲鳴は不意に小さくなっていった。

物陰のさとりにも真夏の風程度にまで温度の下がった熱風が届いてきた。

かちり。

さとりは再度ボタンを押して、弁を閉じた。

そ〜っと、さとりは物陰から先程までこいし達がいた場所を覗き込む。
誰もいない。
心の声に耳を澄ます。
か細いお空の苦痛に満ちた声しか聞こえない。

さとりはこいし達が立っていた場所に来た。
眼前のシャフト内のお空はぐったりして気を失っている。
さとりは手すりに手を……、

「熱っ!!」

掛けるのを止めて、シャフトが聳え立っている穴の中を覗き込んだ。

何か黒い物がひらひらと落ちていくのが見えた。

あれは、こいしの帽子だ。
こいしは、この穴に転落したのだろう。

と、なると、幻想郷の管理者達も……。

ふ、ふふふ。

「ふふふふふ、あ〜はっはっは〜!!」

さとりは嗤った。

後一歩のところまで追い詰めながら、間抜けに死んでいった霊夢と紫を嘲笑った!!

「あ〜はっはっはっはっはっ〜。勝った、勝ったぞおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!」

さとりは笑った。勝利を祝して笑った。

腹を抱えて爆笑した!!



「やったあああああぁぁぁぁぁ!! あはははは〜!!

 私の名を言ってみろお!! 幻想郷の最強者、古明地さとり様だあああああ!!

 や〜っはあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」





「誰が、幻想郷の、最強者だって?」





さとりの笑いが止まった。





さとりの背筋を、嫌な温度と粘度の汗が一滴、流れ落ちた。



さとりは、

そ〜っと、

声のした方、

自分の頭上に視線を上げた。



そこには、

日傘を手にした八雲紫と、

無数の陰陽玉を浮かべ、
大麻(おおぬさ:紙のビラビラが付いたお払い棒のこと)を左手に、
護符の束を右手に握った博麗霊夢が、

凍てついた視線をさとりに向けながら、

ふわりと、浮いていた。

その視線には、何の感情も見て取れない。

さとりは、二人の心を、

読みたくなかった。





霊夢達がこいしに詰め寄ったとき、
こいしがふいに視線を上に向けた。
そこには、『緊急弁』と書かれた蛇口のような形状の弁があった。
その弁は、苦しむお空が入っているシャフト内に続いていた。

霊夢と紫は即座に弁の上まで飛び上がり、
耐熱結界を展開した。

全ては無意識の行動であった。

こいしを連れてくる暇は無かった。





「あ……、あは……」

さとりは笑った。涙を流して笑った。

「あはは、はははははぁ……」

さとりは笑った。涎を垂らして笑った。

「あ、は、は……」

恐怖のあまり失禁して、さとりは、もう、笑えなかった。



霊夢は大麻を腰に挟むと、周囲に浮いている陰陽玉の一つを手に取った。

一度、二度、ぽ〜ん、ぽ〜んと左手で上に投げては受け取る動作を繰り返した。

ぽ〜〜〜〜〜ん。

三度目は下に投げた。

陰陽玉が投げつけられた場所。

そこは、さとりの頭上であった。

そこには、『緊急弁』と書かれた蛇口のような形状の弁があった。










ぶしゅうううううううううううぅぅぅうぅぅぅぅぅ……!!!!!

「ぎいやあああががががががががあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ………………」










にとりが機器を操作して、機能を停止した核融合炉。

紫は、地獄鴉と八咫烏の境界を操作して、お空を、お空だったものを開放した。

八咫烏は天に帰り、

地獄鴉は地底に飛んでいった。










がしっ!!

シャフトが聳える深い穴。

その穴の壁面に続く、長い長い点検用の梯子。

その梯子を掴む、赤くただれた小さい手。

古明地さとりは生きていた。

高熱ガスを浴びた際、自ら穴に飛び降りたのだ。
焼け死ぬより転落死のほうがましと考えたのかは分からない。

全ては無意識の行動であった。

火傷の激痛に耐え、なんとか飛行能力を発動、梯子に捕まりほとぼりが冷めるのを待った。

核融合炉の動作音が消え、遥か頭上で何かが光った後、無音の状態が続いた。



……。

…………。

………………。



しばらく待ってから、さとりは梯子を上り始めた。
火傷の激痛で精神が集中できず、飛行能力が発動できなかった。
なので、地道に梯子を上るしかなかった。

一段、二段、三段……。

気の遠くなるような時間をかけ、ようやく穴の中腹まで登ってきた。

はぁはぁはぁ……。

さとりは梯子に縋り付き、僅かばかりの休憩をした。

息が整い、再び長い長い梯子を上ろうとした。



がしいぃっ!!

!!

誰かがさとりの足首を掴んだ。

さとりは下を見た。

「ひぃっ!?」

そこには、

黒焦げの、

こいしが、

いた。

「ア、アアア…………」
『オネエチャン……』

!?

「ア、ウウウ…………」
『オネエチャン、タスケテ……』

さとりは、黒焦げのこいしを見た。

黒焦げのサードアイ。

皮がずるむけて、ゼラチン質の白濁した球体を晒していた。

「こいし……」

『オネエチャン……』



げしぃ!!



「この手を離しなさい!! 離せぇ!!」

げしっげしっげしっ!!

さとりは、黒焦げのこいしの縋り付いた手に、頭に、
何度も足を振り下ろした!!

足で蹴られる度に、炭化したこいしの皮膚はぼろぼろと崩れ、
中の赤い肉を腐汁と共に露出させた。

「離せ!! 離せえええええぇぇぇぇぇ!!!!!」

げしっげしっげしっ!!
げしっげしっげしっ!!

『オネエチャン……』

「離せええええええええええっ!!!!!」

がしぃっ、げしぃっ、げしいぃぃぃぃぃっ!!

『オネエチャン……』

「ああああああああああっ!!!!! こいしいぃぃぃぃぃ!! 死ねええええぇぇぇぇぇ!!!!!」

どかっ、どかっ、どかあっ!!





『ダイスキ』





ずるっ!!

「え?」

梯子を掴んでいたさとりの手が、滑った。





「あ……、ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………………………」










二度と駆動することの無い核融合炉。

そこには、深い深い穴がある。

深い深い穴のそこに落ちている二つの死体。

二つのご馳走。

一羽の地獄鴉が、屍肉を啄ばんでいた。

そのうちの一つ、焼き加減がレアの死体は、まだ死体になっていなかった。

なりかけ死体の三番目の目がギョロリと、自分の最後を見取る相手を見た。



「オイシイ……、オイシイ……、ウニュ……? サトリサマ、コイシサマ、オリン、ドコ……?

 サビシイ……、マタ、イッショニ、ユデタマゴ、タベヨウヨ……。

 ……? サトリサマ……ッテ、ダレ? ウニュ……、アレ……、ナニヲワスレタンダッケ?

 マア、イイヤ……。ウニュウ、シタイ、オイシイ。オニク、オイシイ……」





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜










6.跋



幻想郷征服『未遂』異変から、数ヶ月の月日が流れた。

博麗神社。

締め切られた居間には、ウェディングドレスを着た二人の美女が椅子に腰掛けていた。

薄紅色の初々しい花嫁は、博麗霊夢。

紫の艶やかな花嫁は、八雲紫。

今日は二人の結婚披露宴。

現在、神社の境内では披露宴の準備中のため、主賓の二人は神社の中で待機していた。
まだ時間が掛かるようなので、霊夢と紫はあの異変のことについて離していた。

「結局、この指輪に救われたのよね……」

「そうね……」

霊夢と紫は、自分と相手の指に嵌ったおそろいの指輪をしげしげと眺めた。

「二つとも拾ったのは確か、チルノとよくつるんでる大柄な妖精だったのよね」

「長いこと幻想郷を見守ってきたけれど、絵物語の如くに思い出の指輪で恋人の呪縛を解くなんて、
 良く思いついたわね。成功したから良かったけれど……」

「ああ、何でも本好きの妖怪に読ませてもらった本にあったネタらしいわ。
 でも阿求が言っていたわ。こんな出来すぎた話を書いたら、幻想郷縁起が作り話だと思われてしまうってね」

「おかげで、私が『これは事実です』って直筆で署名することになったわ」

「それに、二大結界の間の、何だっけ、はいゑゐ、だっけ?」

「ハイウェイ、ね。霊夢も外界に行った時に見たでしょ、自動車用の道のことよ。
 結界間に生ずる霊力の均衡、反発を利用して高速飛翔なんて誰かしら、そんな素敵なこと思いついたのは?」

「後でルナ達に聞いてみたけれど、外から来た人が言ったらしいわね。何でも技術屋さん?だとか」

「河童達ならその人を厚遇するかもね。で、その人は?」

「三人組と気が合って、彼女達の家でお酒を飲んだんだって。で、幻想郷の大結界の話題が出て、
 こんな使い方が出来るんじゃないかって、その人もお酒の勢いで思い付きをで言ったみたいだけれど」

「お酒が脳細胞を活性化したのかしら? まあ、この世界は酔客に寛大だから」

「その人が三月精に教えたのは、そのことと一緒に飲んだ美味しいお酒の混ぜ方だって」

「混ぜ方? ……それって、カクテルのこと?」

「そうそう、それ、えーと、ラム酒とこあんとろ?と檸檬汁少々を混ぜて作るんだって」

「……つかぬ事を聞くけれど、その外界の人、どうなったの?」

「ルナが神社の方向を教えたそうだけれど……、その人、逆のほうに歩いて行っちゃって、
 慌てて追いかけたけど、気が付いたらいなくなったって……」

「……また、結界のほころびに入っていったのね……」

「……!! そういえば、私が地上に出るきっかけになった、博麗大結界や紫の大結界の崩壊って、
 あれ、何だったのかしら?」

「幻想郷を構成する二大結界、これは私達の分身でもあるの。私達に不測の事態があった時、結界に不具合が生じるの。
 良く聞くでしょ? やんごとない方が病に伏したとき、その方が治める国が乱れる、とか。それと同じ理屈よ」

「ふ〜ん……、なんかまだもやもやするけれど……」

「同様に、私達が無事に復帰したとき、皆絶好調だったでしょう?」

「ああ、そうね。あのパチュリーなんか、喘息の発作を一度も起こさないで大魔法をバンバン使いまくってたし、
 私もすごい身体が軽かったわ」

「そうね、そのときの貴方はまるで、弾幕の花吹雪を舞う紅白の蝶って感じね」

「じゃあ、紫は殺気を孕んだ暴風にも動じない、皆を見守るお月様ね」



とんとん。

襖がノックされた。



「? どうぞ」

「お邪魔するわね」

「幽香!!」

「あら、幽香じゃない」

「ふ〜ん。博麗の鬼巫女や八雲のペテン師も、おめかしすると結構見れるようになるわね」

「あら、ご挨拶ね。で、御用は何かしら?」

「私は、あんたが後ろに隠しているものに興味があるんだけれど?」

「全くせっかちね、はい、お二人さん」

「あらぁ」

「……綺麗」



それは、幽香お手製のブーケであった。

二つのブーケは、四季のフラワーマスターの名に相応しい見事な出来栄えであった。



「ありがとう、幽香」

「ありがとう……って、あ、そういえば、あんた達、紫ん家で守矢の連中に一泡吹かせたそうだけれど、
 一体どうやったの?」

「ああ、あれ? 話せば長くなるけれど――」



あの日、太陽の丘で行なわれるライブの打ち合わせで、ミスティアとプリズムリバー三姉妹は幽香の家を訪れた。
話し込んでいると、レティが訪ねてきた。氷室に保管している種子を渡しに来たのだ。
レティを交えてお茶を飲んでいると、秋姉妹がやって来た。種芋の買い付けに来たのだ。
お茶は何時しか秋姉妹のお持たせの葡萄酒になった頃、リリーホワイトが飛来した。
幽香は酒の勢いもあって即座にリリーを撃墜した。そのままほうっておくのも何なので、彼女も家に入れてやった。

季節感が滅茶苦茶の面子で賑やかになった風見邸。こんなにお客が訪れるのは、幻想郷に引っ越す前にも無かった。

さらに客は増える。
幽香に好意を抱いているリグルがルーミアを連れて飛んできた。
ルーミアが何も無いところに豪邸が現れたと言ってきたのだ。
異変は巫女に任せろと幽香は言ったのだが、博麗神社に物々しいなりの天狗が屯していて近づけないとの事。
そこで、在野の実力者である幽香に相談しようと――実際は、幽香に会う大義名分を欲していたリグルが強引に提案したのだが――
やってきたというわけである。

酒が入って気が大きくなったこともあり、幽香はその場の全員を引き連れて謎の屋敷を見物しに出発した。
その屋敷の表札には『八雲』とあった。
八雲といえば紫の家――とすれば妙だ。彼女の家は普段は秘匿されている筈だ。
幽香はリグルに命じて蟲を物見に出した。
そして幽香達は、蟲の見たこと聞いたことを知り、幻想郷が深刻な事態に陥っていることが判明した。




「――で、皆で知恵を出し合って、連中をやっつけようってなったのよ。
 紫に貸しを作っておけば、たっぷり利子をふんだくれるというのもあるけれどね」

「そうだったの……。披露宴、楽しんでいって。貴方にだけ、秘蔵のお酒を出させていただくから」

「楽しみにしているわ。じゃ、お先に会場に行っているわね」



そういって、幽香は退室した。



「紫、私達、良い友達を持ったわね」

「剣呑なお友達だけれどもね」

「……魔理沙もいれば、もっと賑やかになったんだけど……」

「確かに残念ね、色々あって披露宴の日程がアリスの出産予定日に重なってしまったから……」



あの異変の事後処理で、幻想郷の勢力図が大幅に書き換わった。

守矢の神々がいなくなり、後ろ盾を失った大天狗は失脚した。
天狗社会は、天魔主導で大幅な刷新が行なわれている。
近日中に、地底世界と平和条約が締結される予定である、と文々。新聞が報じていた。
上とはあまり係わり合いの無い下っ端でよかったと椛が言っていたと、
にとりから聞いた。

地底は、勇儀の仕切りで特に混乱は無かった。
もともと地霊殿にはあまりヒトは寄り付かないし、
唯一分け隔てなく接していた霊夢にはあの仕打ちであった。
地霊殿は取り壊されるとのことである。

また、間欠泉地下センターも取り壊されることになった。
久しぶりに訪れた施設を調査した紫達は、核融合炉の竪穴の底で変わり果てた古明地姉妹の遺体を発見した。
死体は烏にでも啄ばまれたのか、酷い有様であった。
だが、こいしらしい黒焦げの遺体はさとりの遺体の足にすがり付いていた。
お姉ちゃんに甘えていたこいしらしい。さとりも愛する妹と一緒で喜んでいるだろう。
二人の遺体は、一つの墓に丁重に葬られた。

永遠亭は、外見上は特に変化は無かった。
内情はどうだろうか。
鈴仙の仕事量が、以前より格段に増えた。
永琳の報復か。いいや、その逆である。
永琳は、鈴仙に己の医療技術を伝承することを決めたのだ。
そのことは、てゐはもとより、輝夜が積極的に賛成した。
近い将来、故郷を捨てた玉兎は、幻想郷のどこかに診療所を開くことになるだろう。
そして独立した鈴仙の傍らには、彼女の気力を二倍にも三倍にもする半人前が付き添うことになる……かな。

紫と霊夢は幻想郷中の結界のチェックをしたり、各勢力の様子を窺ったり、宴会したり、神社の掃除をしたり、
素敵な賽銭箱の中身を確認したり、妖怪退治したり、異変を解決したり……まあ、そんな日々を過ごした。

月日が経つのは早いもので、霊夢が披露宴の準備に忙しく神社で手伝いの人妖と動き回っている最中、
魔理沙とお腹がすっかり大きくなったアリスが訪ねてきた。
アリスの出産のために、魔界のアリスの実家に行くことになったので、その挨拶に来たのだ。

次に魔理沙達『三人』に会えるのは、霊夢と紫が新婚旅行から帰ってきた後になるだろう。



「……霊夢、赤ちゃん、欲しくなった?」

「え!? いや……、それは……、うん……」



霊夢は顔を真っ赤にして、うなずいた。



「あ、でも、生まれた子は、博麗の巫女と妖怪の賢者のどちらの後継者になるのかしら?」

「私はまだまだ元気だから、『今回』も境界をいじって人間にして、次の博麗の巫女になってもらうわ」



紫は、霊夢の前にも何度か人間や妖怪と結婚していることを霊夢は知っている。
紫は、生まれた子供達を全員結婚相手の種族としたことも霊夢は知っている。
紫は、結婚相手がこの世を去るまで、相手を愛し抜いたことも霊夢は知っている。

そして、紫の今回の結婚相手は自分だということも、霊夢は十分に知っている。



とんとん。



「紫様、霊夢様、宴の準備が整いました。

 表においでください」



「あら、話し込んでいるうちにもうそんな時間。

 わかったわ藍、すぐ行くから待ってて〜」

「かしこまりました」

「じゃ、霊夢、行きましょうか」

「ええ、紫。ところで……」

「何?」

「幻想郷は私達が守っているのだけれど、私達は誰が守ってくれるのかしら?」

「それは……」

「それは?」

「もう、うすうすは分かってるのではなくて? 勘の鋭い博麗の巫女様。

 『3人目の守護者』よ」



そうか。

だとしたら、合点が行く。

何故、偶然指輪が二人分同時に拾われたのか。

何故、我がまま気ままな妖精達が一致団結したのか。

何故、孤高の実力者の元に、必要とされる者達が集結したのか。

何故、都合良く結界の崩壊が始まったり、止まったりしたのか。

何故、幻想郷奪還作戦が快調に進行したのか。



「私達……」

「ん?」



霊夢は、紫の腕に自分の腕を絡めた。



「私達、『3人目の守護者』に愛されているのかしら」

「もちろん」



縁側に面した障子が開け放たれた。

部屋に流れ込む、喧騒。

二人を祝福する、歓声。



「私達が、幻想郷を愛しているぐらい、にね」










幻想郷。

それは、忘却の下水に押し流されたものが辿り着く淀みの世界。

それは、妖怪の賢者、八雲紫が管理する幻想入りした者達の住まう箱庭の世界。

それは、博麗の巫女、博麗霊夢が華々しく空を舞い、問題――『異変』と称する――を解決する箱庭の世界。





それは――、



幻想郷を愛する者達が、

幻想郷に愛された者達が、

幻想的な物語を紡ぐ、



素晴らしきセカイ――。




 
新年明けましてずいぶん経ってしまいました。
いや、実家から帰ってすぐに執筆に取り掛かろうと思ったんですけど、
その、投稿された方々の作品が面白くてですね、
えと、読むのに夢中になって、手前の作品が疎かになったと、はい。

今回、脳内の幻想郷住人に大量の酒を飲ませたところ、無駄に長い作品になってしまいました。
お暇なら、読んでください。


2011年1月18日(火):コメントへの返答追加

>1様
本当は永琳と輝夜を仮面ライダー剣よろしく符に封印して、月の綿月姉妹の元へ送りつけようかとも思ったのですが、
脳内のキャラたちが勝手に説得を始めてしまいこうなってしまいました。

元の世界に戻った常識に囚われない早苗は、まあ、こういう末路がお似合いです。

>2様
確かに永遠亭が無くなったら、幻想郷の医療レベルが急降下しますからね…。
書いている私も、ここまでさとりがろくな死に方をしないことが確定しているような悪党になるとは思いませんでしたよ。
こいしがここまで健気になることも予想できませんでしたが…。

びくっ!! そ、そんなシーン書いたら、読者の皆さんの胸糞が悪くなり、それと反比例して股間が元気になってしまいます!!

>IMAMI様
こんな争いごとが起きないで、住民の皆が幻想郷で平和に暮らすのが一番ですけれど、それじゃ〜お話にならんですから〜。

反乱分子ってな訳じゃないでしょうけれど、なんか危険分子のイメージがありますから。

地霊殿:いろいろな方の二次創作の影響ですが、最早妖怪に限らない幻想郷の人妖の弱点である精神を陵辱するイメージがあります。
永遠亭:思ったより二次創作に無いですが、永夜抄で霊夢、紫ペアを倒し、倫理観の無い蓬莱人による拘束、陵辱、人体実験…とか。

>イル・プリンチベ様
相変わらず、東方キャラが無様な末路を迎えるのがお好きなようで…。
お空は疲弊した状態で地獄鴉に戻った所為で、人型に変身する能力と共になけなしの記憶力まで失ってしまいました…。
喜んでいただき、光栄です。

>木質様
なんか無意識のうちに、こいしが健気キャラになってしまいました。
紫と霊夢が並び立つのは、エアフォース・ワンに合衆国大統領と副大統領が同乗している位に危険な行為でもあるのですけれど、
今回は幻想郷の危機でしたから、当然、敵は完膚無きまでに叩きます。

流石に幻想郷のキャラ全員は無理でしたけれど(道具屋の店主とか厄神様とか…)、拙作へのご支持、ありがとうございます。

>6様
お空を直接戦闘に参加させずに核融合炉の部品扱いとしたら、はい、健気キャラとなりました。
幻想郷を愛する彼女達に対する愛と読んでも過言ではない幻想郷の意思を、『三人目の守護者』と表現いたしました。


2011年4月4日(月):コメントへの返答追加

>7様
妖怪の賢者と博麗の巫女の天下無敵のカップリング!!
これで幻想郷は安泰です!!
NutsIn先任曹長
作品情報
作品集:
23
投稿日時:
2011/01/09 21:26:41
更新日時:
2011/04/04 23:59:06
分類
ゆかれいむ
マリアリ
みょんうどん
もみにとり
ゆかれいむの敵は守矢神社とその指揮下の妖怪の山、地霊殿、永遠亭
ゆかれいむの味方は紅魔館、白玉楼、及び在野勢力
長編
1. 名無し ■2011/01/10 11:10:50
永遠亭だけマシな扱いですなww
原作の力関係をガン無視して永遠亭メンバーを不遇な目にあわすSSも納得いかないけど、これはこれでもやもや感ww
超大作お疲れ様です
特に早苗の末路が笑えました
2. 名無し ■2011/01/10 14:00:19
永遠亭が無くなったら人里の住人達も困りそうだから一番円満な終わり方だな
さとりの小物っぷりが半端なくて笑ったww こいしちゃんはかわいかった

紫と霊夢が堕とされてるシーンがあったらもっと良かったのになー(チラッ
3. IMAMI ■2011/01/10 19:19:14
これは…円満………なんだ。うん。
地霊殿と永遠亭って、やっぱ反乱分子だよなぁ、立場的に
4. イル・プリンチベ ■2011/01/11 17:22:31
さとりんと神奈子と諏訪子と早苗ざまあですなぁ。
お空は知性を失い、飼い主を食べてしまう最悪な結末ですね。
読んでて面白かったです。
5. 木質 ■2011/01/11 19:38:37
こいしが健気すぎる……
やはりゆかれいむのタッグは最強ですな、この二人が組んで本気出したら負ける気がしない

幻想郷の全主要勢力が参戦し、たくさんのキャラが動いてるのに、ちゃんとそれぞれに見せ場があるのがすごいです
読んでいる間、一本の映画を鑑賞しているような気分でした
6. 名無し ■2011/01/14 12:57:56
健気さと切なさじゃあお空も負けてないぞ!
しかしいいな 幻想郷もまた彼女らを愛してくれてる、か
7. 名無し ■2011/04/04 18:57:36
ゆかれいむは幻想郷の真理!
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