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『霧の湖側道に設置された公衆トイレ前での決闘』 作者: sako
夕暮れ時。里と湖を繋ぐ道を足早に進む影が一つあった。
「ううっ、寒っ。は、早く帰ろう」
泉に釣りに出かけた帰り道を急ぐ釣り人の影かと思ったが、どうやら違う。日は徐々に落ち、薄暗くなってきているというのにその足はむしろ里から離れる方向に進んでいっている。暫くすれば向こうから歩いて来る人の顔も伺えないように暗くなる逢魔が時だというのに。
いや、それもその筈か。帰路を急いでいるのはどちらかと言えば魔に属するものなのだから。
「えへへ、咲夜さん待ってるだろうなー」
赤銅色の長い髪をたなびかせ、走っている彼女は紅美鈴。吸血鬼の根城である紅魔館に雇われている華人小娘だ。門番である美鈴が屋敷の前から離れているのは、なんてことはない、メイド長である十六夜咲夜にいくつかお使いを頼まれたからだ。手にした籠には野菜や塩、石鹸や電池といった生活必需品が詰め込まれている。
腰のあたりまでスリットが入った華人服から太ももを惜しげもなく晒し、村道を駆け抜けていく姿はその大きく揺れる胸と鼻は低いが愛らしい顔つきが合わさり、並の男たちなら思わず振り返ってしまいそうな色香を醸し出していた。けれど、あいにくと昏くなり始めた道では男はおろか女の人影も見えず、走る美鈴を見ているのは人形には劣情を催さない虫たちだけだった。
「ん…?」
いや、そうでもないかもしれない。美鈴が先に視線を向けると、湖に沿って大きく弧を描く道の先にゆらゆらと揺れる灯を見つけた。成程、日も昏れてきたし、少し早いだろうが里の人間が提灯片手に歩いているのだろう。青い光が時折、木の間に隠れ消えながら揺らめいている。
その時、びゅうぅーっと夜気をはらんだ冷たい一陣の風が通りすぎていった。思わず足を止めぶるり、と己の肩を抱いてふるえる美鈴。その顔が食べたサラダの中に青虫でも入っていたかのように歪む。
ううっ、とうなり声を上げて美鈴はお腹の辺りを押さえた。引き締まった腹筋の下、腸がゴロゴロと音を立ててうねっているのがわかる。どうやら冷たい風に当てられたようだ。それと買い物が終わった後、甘味処に寄りあんみつを食べたのことも原因の一端のようだった。だんだんと張ってくるお腹がついには痛みさえも訴え始める。
さっさと帰って敬愛するメイド長の顔を見ようと思っていた頭が一転、すぐにでもお花を摘みに行かなければ、と考え始める。
「こ、これは早く帰らないといけない理由が一つ増えたかな…」
いや、と美鈴はすぐに自分の言葉を否定する。
確かに屋敷はすぐそこだったが腹具合から察するにその距離は今の美鈴にとっては天竺よりもよほど遠く思える距離だった。その前にダムが決壊(暗喩)してしまう。
いったいどうすれば、と美鈴は普段、あまり使わない頭を振る回転させ必死に考える。そこいらの草陰でするのはまずいし、屋敷まではとても我慢できそうにない。と、プルプルと肩を震わせていた美鈴は天啓のようにあることを思い出した。最近、ここから少し行ったところに公衆トイレが設置されたことを思い出したのだ。お屋敷にはきちんとしたトイレがいくつもあるというのにわざわざ外へ用を足しに行く必要もないと美鈴はその存在をすっかり頭の中から消してしまっていたのだが、この劇的危機を前に脳が苛性化してくれたお陰か、思いだすことが出来たのだ。
美鈴はこめかみから脂汗を流しつつ、足早に、けれど、決して走ることなく舗装された道を進み始める。歯を食いしばって、けれど、逆にお腹の辺りはリラックスさせ、お尻に力を込めつつ呼吸や足取りのリズムを崩さないよう、精神集中する。頭もなるべく余計なことを考えないよう、無心に務めた。
「あれは…?」
だが、果てなき道に試練はつきものの様だった。美鈴に行く先に何か青白い光が見えたのだった。先ほど、里の人間の提灯だと思った灯。けれど、よくよく見てみればその灯は蝋燭や鯨油の灯にしてはあまりに青白く、そうして冷たい輝きだった。加えあの動き。果して手にした棒の先につらくられた提灯があんなに高いところから低いところまで右往左往、動きまわるものだろうか。美鈴は背中に新たに悪寒を覚えたが、果してそれは腹痛からくるものだったのだろうか。トイレを目指し、一刻を争う勢いで歩いていたにもかかわらず、その歩みが自然と亀のそれに変わる。
「………」
口の中がカラカラに乾き、何とか生唾を飲み込む美鈴。辺りが一層と冷え込んできたのは日が完全に落ちてしまったからだろうか。この辺りでは日常茶飯事だが、いつの間にか霧も出てきた様だった。けれど果して、この霧は本当に常のものなのだろうか? 忘れ去られた古びた墓場に迷い込んだような悪寒に美鈴はいつしか腹の痛みも忘れて噛み合わぬ歯を打ち鳴らしていた。
そうして…
「ヒィッ!!」
道の向こうから現れたソレに短い悲鳴をあげる美鈴。
案の定、灯は提灯などではなかった。それは青い燐光を散らしながら燃え上がるただの焔の塊、火の玉、であった。灼々と燃え上がる火の球ではあったがそこに火炎の熱さは見いだせず、むしろ打ち捨てられた死骨さながらの冷たさしか想い起こせなかった。そして、その傍ら、青白い炎に照らし出され、死人のように青白い顔をした少女が一人―――
「ひぇぇぇぇ!! おっ、お化けぇ!!!?」
「いえ、確かにお化けですけど…半分は」
恐怖も顕に叫び声を上げる美鈴。
それを嗜めるような、半ば呆れ気味の声が火の玉を連れた少女の口から発せられた。
「っと、貴女は確か…?」
驚き今にも逃げ出しそうな格好の美鈴であったが、かけられた声と少女の容姿にはてと動きを止めた。
「妖夢さん」
「こんばんわです、美鈴さん」
美鈴の近くまで歩み寄りペコリと頭を下げたのは白玉楼に仕える庭師、魂魄妖夢であった。遅れて美鈴もコンバンワと頭をさげる。
どうやら、美鈴と同じくお使いの帰りのようで妖夢は肩に大きなズックをかけていた。
「えっと…その火の球は?」
相手がお化けなどではなく…いや、お化けなのだが危険のない相手と知って落ち着きを取り戻す美鈴。けれど、おどろおどろしい雰囲気の青白い火の球にはまだ恐怖をいだいているのか、恐る恐る妖夢に問いかけてみた。
「ああ、これは私の半霊ですよ。暗くなってきたので火の玉モードにしてみたんですよ」
どうです、これなら提灯みたく片手をふさぐことなく辺りを照らせるでしょ、と自分のアイデアを自慢気に説明する。ははぁ、と曖昧な笑みを浮かべる美鈴。ちびりそうなほど恐ろしい目にあったのだ。すんなりと頷ける筈がなかった。
「それじゃあ、これで…」
かける言葉もなかったのでそそくさと退散しようとする美鈴。トイレに行こうとしている途中だったのだ。愛想が悪いようだったが、今の美鈴にいつもの体面を守る余裕はなかった。
「あ、はい。それでは」
妖夢も適当に言葉を返し頭を下げる。殆ど同時に踵を返し歩き出す二人。同じ方向へと。
「へ?」「え?」
クエスチョンマークを浮かべたところまで一緒だった。踏み出した最初の一歩で足を止め、そのまま見つめ合う美鈴と妖夢。
「美鈴さん、紅魔館はあちらですよ」
「妖夢さんこそ。どこに行こうとしているのですか」
言葉を掛け合いながら再び同じ方向へと歩き始める二人。言葉は何とか丁寧さをコーティングしているようだったが、その実、中身は白々しさに満ちていた。
妖夢を横目で伺いながら競歩の速度で歩き出す美鈴。右手をお腹に、左手をきつく握りしめ、何故か膝を曲げない歩き方をしている。見れば妖夢の方もおかしな歩き方をしていた。俯き加減にお尻の方に手を伸ばし、時折、思い出したように顔を上げている。そうして、お互いがお互いのことを監視し合うよう横目で見ていることに気がつくと足の回転速度を上げた。殆ど走るような、けれど、ギリギリで走っていない速度で二人は同じ方向へ、いや、同じ場所を目指す。
「紅魔館はすぐそこじゃないですか!」
「間に合わないんですよ!」
大声を張り上げあうも、すぐに雷に打たれたように身を震わせる二人。美鈴は顔を青く脂汗を流し、妖夢はその白い顔をなお白く唇を振るわせている。そうして…
「私が先だっ!」
「わ、私の方が先です!」
同時に、そう同時にトイレの扉に手をかける二人。
美鈴だけではなく妖夢もまた不意の耐え難い便意に襲われているのだった。
「すぐに済ませますから、先に行かせてください!」
「同じ言葉をそっくりそのまま返しますよっ!」
普段から切れるナイフで地を行く妖夢は元より、温和な美鈴も流石にこの窮地にあっては譲る気が無いのか、二人は互いに阿修羅の形相で睨み合いを始めた。そのまま言葉もなく、 相手を威嚇する。相手の慈悲につけ込む、なんて心理戦は最早、通じないと早々に二人とも覚ったのだ。こうなれば後は獣の様に威圧感で相手を追い払うだけなのだが…そこは二人とも武人の端くれ。決して退かぬと寧ろなお強固な誓いを心に立てるのだった。
そうして…
「ええいっ、ままよ!」
「わっ!!?」
不意に逆袈裟に走る銀閃。妖夢が短刀・白楼剣を振り抜いてきたのだ。間髪、飛び退いて事なきを得る美鈴。けれど、妖夢の猛攻はそれで終わりではなかった。返す刀で峰を裏返すとそのまま踏み込みつつもう一度、斬撃を放ってきた。今度は体を半身にずらし、美鈴は回避する。
「さっ、先に行かせてください! でないと斬り、斬りますよ!」
攻撃を続けながらも妖夢はそう美鈴を脅しつける。これが魔理沙か早苗なら本当に斬らずとも良かっただろうに。けれど、美鈴に武力による脅しは意味をなさなかった。
「ますよって、もう斬りかかってきてるじゃないですか!」
「問答無用!」
苦しげに顔を歪めながらも剣を振るう妖夢。その顔が歪んでいるのは良心の呵責ではなくただの耐え難い便意のせいだろう。それを同じく脂汗を滴らせながら回避する美鈴。どちらも戦えるような体調ではないのにそれでも演舞するよう攻撃/回避を巧みに行う様は流石武人か。絶え間なく繰り出される斬撃を美鈴は回避、時に峰を腕で打ち払って何度か防ぐ。
だが、それもいつまでも続けられるという訳ではなかった。
ぐるるるるるるる〜
「う゛う゛っ!?」「だ、だめぇ…」
不意に大きく鳴動し、激しい痛みを訴えでてくる腹部。どちらがではない。どちらとも、だ。瞳をぐるぐると回し、急な運動のせいか腹痛は吐き気さえ催すようなレベルまで達し、二人は顔を青くしながらそれでも攻防を繰り広げている。もっともどちらともその動きにキレは見られなくなってきてしまっていたが。
「いい加減に斬られてくださ…うぐ、で、でりゅ…っ」
「もっ、目的が変わってますよ、ううっ…お、おならが…」
見事だった演舞は一転。なんのコントかと見まごう馬鹿らしい踊りに変わっていた。妖夢がへっぴり腰で勢いのない攻撃を放つと美鈴は煮詰めた青汁でも飲まされたような顔をしながら必死に回避する。酔っ払いか子供の遊びのような有様だった。
「ああっ、もう…だめ…い、いいや、ここで、こんなところで漏らしたら…幽々子様に顔向け出来ぬ…ええいっ」
それが無様だと妖夢自身にも分っていたのか、妖夢は残りの力を全て振り絞るよう、気合いを入れ直すと白楼剣を大上段に構えた。拙い、と美鈴は回避のために後ろに下がるが…
「しまった!?」
すぐ後ろには大きな松の木が生えていた。万全の状態なら自分が戦っている場所の地理地形ぐらい完全に把握しているというのに。手痛いミスだった。無論、その隙を妖夢が見逃すはずはなく…
「覚悟ッ!」
雷の速度で刀が振り下ろされた。
美鈴の右目が刀身の左半分を、左目が右半分を捉える。一刹那後には美鈴の体は体の中心線を通る形で文字通り、真っ二つにされてしまうだろう。この速度では松の木の側面に廻り、回避する余裕など無かった。ならば、
「!?」
打ち合わされる手と手。美鈴を真っ二つに切り分けるかに見えた一刀は、瞬前、見事な白羽取りによって止められたのだった。
「ぶぶぶ、ぶっつけ本番ですけど、なんとかなるもんですね…!」
っ――と今まで流していた脂汗とは明らかに別種の冷たいものを流し、美鈴は不敵に微笑んで見せた。もっともその笑みの半分は自分自身の冷えた肝を温めるためのものだったが。
「だったらこのままッ…!」
「えっ!? ええっ!?」
憤っ、と裂帛を放ち、剣に込める力を増す妖夢。柄を握り直し、手だけではなく腕の力も使えるよう手首の付け根を柄に押し当てる。剣を走らせ斬るのではなく押し切る動作だ。思いも寄らぬ連続攻撃に美鈴はそのまま力負けして膝を折ってしまう。妖夢とは頭二つ分以上、背丈があった美鈴だが今は妖夢を見上げる形になっている。両手で挟み込んでいる白楼剣も徐々にその位置を変え、鼻先から右の頬、そうして右肩辺りまで降りてきた。体から刀身を避けるための苦肉の策であった。
「今度こそいい加減に斬られて…ううっ」
「そうはいか…ぬぅうんっ」
対峙する目の前の敵以外に自分の内なる衝動とも戦わなければ行けなかった。腹痛はいよいよ耐え難いものとなり、ぐるぐると地震を前に不気味な唸り声を上げる大地さながらに鳴動している。放屁し、腹に溜まったガスを出せれば幾分、マシになるかも知れなかったが、少しでも水門を開けばそこから留処なく大量の水が溢れ出る事になることは目にみえずとも明らかだった。腕と、そして、お尻のデリケートな部分にひたすら注意力と力を込め妖夢と美鈴は対峙する。
「ううっ、駄目っ…!!!」
白楼剣の鋭い刃先が美鈴の肩に触れた。あと数ミリほど沈めばその刀身は美鈴の体に到達するだろう。そうなれば終わりだ。押さえている肩ごと押し切られ、哀れ美鈴のぶつ切りが出来上がる。間近に迫った死に美鈴は泣き出しそうな顔をし、情けない声を上げ、そうして…
ブビッ、ブチュ、ブブブブブブブブブブブブブブブブ…!!
汚らしい音をたて盛大に粗相した。
薄いピンク色のレースの間から漏れた半流動状の汚物は緑色の華人服を汚し白い腿を伝わり赤松の根の上へ流れ落ちる。夜気に臭う湯気が立ち上り、一瞬、美鈴は苦痛から解放され恍惚とした表情を浮かべるが、すぐに羞恥に顔を赤らめる。
「いっ、イヤッ、み、見ないでくださいっ!!」
熟れた林檎よりもなお赤くなった顔を美鈴は手で覆い隠し、意図しない排便を止めようと力を込めるがもはやどうにもならなかった。羞恥と開放感からか次いでちょろちょろと水音も聞こえ始める。小水も漏らしたのだ。
あぁ、と斬るつもりでいた妖夢も思わず剣から力を抜き半ば放心状態で逃げるように一歩離れた。手の中から白楼剣が滑る落ちる。
「そ、その…」
赤松に背を預け、自分の汚物に下半身を汚している美鈴、その美鈴に声をかけるつもりだったのか、妖夢は手を伸ばした。だが、伸ばしただけだ。何か言わなければならないのに、何も言うべき言葉がなかったからだ。
その時、やっと妖夢は自分がしでかしたことの重大さを思い知った。
――自分はこの穏和な女性に非道い恥をかかせてしまったのだ。
剣など振るわず最初から譲り合いの精神で美鈴に先にトイレに行ってもらっていれば良かったのだ。もしかするとそれだったら二人とも漏らさずには済んだのかも知れない。少なくとも暴力に訴えでればどちらかが、どちらとも漏らす可能性は十分にあったのだ。
「ご、ごめんなさい、美鈴さん…」
居ても立ってもいられなくなり、妖夢はその場に膝をついて額に土がつくほど深々と頭を下げた。土下座だ。けれど、これは謝って許される問題ではなかった。数年後、酒の席の肴の一つとして話すような出来事でもなかった。否、だからこそ妖夢もまた斬ってでも、と美鈴を脅しつけたのだった。そうだ、今の幻想郷では妖夢の突飛な行動もあながちキチガイじみた行動ととられることはない。ある意味で死活問題、トイレに行くことは、今の幻想郷にとって文字通り死活問題であるのだから。死とは即ち社会的な死を意味しているが、続く活はどのみち代わりはしない。そう、今の幻想郷において、『トイレ衛生法』が施行された現在の幻想郷において、こんな、こんな場所で粗相をするということは即ち、
「あはははは、違反者をみつけたんだねぇ、うnうn」
ばさばさばさ、という黒翼の羽ばたく音と共に闇夜から三羽の烏が舞い降りてきた。否、真に烏の形を取っているのは後続の二羽だけだ。その烏たちも地に降りると同時に白い毛並に端整な顔立ちの武装した山伏の様な格好の者に変わる。そして、先頭の一羽は…
「はいはい、どうも。幻想郷衛生委員会罰則課よ、クソ漏らしさん♪」
鴉天狗の一人、姫海棠はたてだった。
はたては熱にうなされているかのように呆然としている美鈴に腕章を見せつける。
――幻想郷衛生委員会罰則課
数ヶ月ほど前に施行された幻想郷衛生法は所定の、若しくは委員会の許可を得たトイレ以外での排泄を禁じるという法だ。幻想郷の衛生面の向上と、排泄の管理による食糧消費の低減を狙いに定められた法律ではあったが、幻想郷の住人たちにとっては衛生面や食料云々よりもいつでも好きな時に好きな場所で用を足せないこと、委員会が定めた以上の回数トイレを使用する場合には使用料金が掛かるということ、そして何より違反者への厳しい罰則が恐ろしい悪法であった。
はたて属する罰則課、というのはその名の通り、逮捕権と刑務執行の権利を有し、日夜幻想郷の空を飛び回り、違反者を見つけてはその体に焼き印を押しつけ、恥辱以外の何物でもない写真を収めるという今や幻想郷で最も恐れられている一団だった。
「うわー、臭い臭い。これだから野に住んでる妖怪は。ホント、いいモノ食べてないんだねぇ、うnうn」
わざとらしく鼻をつまみながら嘲りの声を上げるはたて。きっ、と美鈴は怒りにまかせはたてを睨み付けたが、呼応するようはたての後ろに控えた白狼天狗たちが武器を構えてくる。余計なことをすれば蜂の巣にするぞと言う暴力による脅しだ。さしもの美鈴も公安権力に楯突く気は起きないのか、苦虫を噛み潰したような顔をするしかなかった。
「さて、アンタは胸がおっきいみたいだから、そこに焼き印をいれてあげるよ。野糞、失禁、脱糞。3倍満なんだねぇ」
ケラケラと笑い部下の白狼天狗に目配せするはたて。白狼天狗の一人が武器をしまい代わりに鉄棒を取り出してきた。片割れがその先に鋼鉄製の判子を取り付け、二三語、呪文のような言葉を唱えるとあっという間にその鉄の塊は爛々と輝き始めた。
「ほら、早く胸を出しなさい。それとも、レイプされるみたいに無理矢理脱がされるのがいいのかしら?」
はたての言葉に美鈴は悔しげに唇を真一文字に結び服に手をかけた。言うことに従うしかなかった。
「美鈴さん!」
思わず妖夢が叫んだ。美鈴がこんな目に遭うのは半分以上は自分のせいだと自責の念に駆られ、なんとか助けてあげたいと思ったからだ。けれど、声を上げたところで妖夢は罰則課の注意を自分に向けさせる程度のことしかできなかった。振り返ったはたては妖夢の顔を見て、続いてその下半身を見て、あからさまにため息をつく。
「なんだ。今日は一気に二人ゲットだと思ったのに、残念。その様子だと早くトイレに行きたいんでしょ。漏らしてない以上は私には関係ないわ。漏らしてから呼んでもらえる?」
しっしっ、と野良犬でも追い払うようなマネをするはたて。顔色から妖夢がトイレに行きたいのだと覚った…わけではなかった。実は二人が争い始めた頃からはたてはこの場所の上空でどちらかが、あるいは二人が漏らすまでじっと様子を伺っていたのだ。罰則課の鴉天狗はそれぞれ鼻のいい白狼天狗を連れていたり、各種河童の最新技術を駆使したセンサー類を持っているが、それでもこんなに早く計ったように美鈴が漏らした後で現れたのにはそんな理由があったのだ。
クソ、と妖夢は白楼剣を拾い上げ好戦的な顔つきで立ち上がるが美鈴に窘められるような視線を送られる。
「妖夢さん、いいから早く行ってきて。我慢は体に毒ですよ。ほら、私はもう終わりましたから。気分爽快ですよっ」
自分のことは気にするなと、はにかんでみせる美鈴。その笑顔に妖夢は胸を締付けられた。だが、それ以上のことは何も出来ず、結局、白楼剣を鞘に収めるととぼとぼとすぐそこのトイレの前まで歩いて行った。便意はいよいよもって激しいものになっていたが、妖夢はいっそ漏らしたい気分だった。それでも美鈴の好意を捨てきれることが出来ず懐をまさぐる。衛生委員会が定めたトイレで用をたす場合はトスポと呼ばれるIチップが埋め込まれたカードが必要なのだ。
「あれ?」
けれど、出てきたのは疑問符だった。妖夢は続いてスカートのポケットも、戦いの前に投げ捨てたナップザックの中も調べたが何処にもトスポカードはなかった。そんな、と絶望の表情を浮かべる妖夢。
「そ、そうだ。委員会の方、確か委員会ではトスポを売ってくれましたよね。今、買いますから代わりのカードを貸してくれませんか」
自分がカードを紛失したことを説明し、そう訴えでる妖夢。けれど、はたてはそれを聞いても肩をすくめるだけだった。
「アンタ馬鹿ァ? この字が見えないの? 私は罰則課課員なの。そーゆーのは経理課の仕事。トスポの再発行とポイントが欲しけりゃ、お山の本部まで行くことね」
そう言ってにやつきながら夜空を背にそびえ立つ妖怪の山を指さしてみせるはたて。当然、今からそこまで行って間に合うはずがなかった。
「お、お願いしますっ、も、もう、漏れそうなんですよ…衛生委員は幻想郷を綺麗にするのが仕事なんでしょ。だ、黙って私が漏らしちゃうのを見てるだけなんてのは職務放棄じゃ…」
「だ・か・ら! 私は罰則課なの! 私の仕事はうんこたれに焼き鏝押しつけて恥ずかしい写真を撮ること。それだけなの。それ以外なんて知ったこっちゃないわ。それにね」
にやり、と口端を歪めるはたて。
「私としてはアンタが漏らしてくれた方がありがたいの。スコア稼ぎになるしね」
もうちょっとで文に追いつくんだから、と誰とも為しにはたては拳を握ってみせた。そんな、と妖夢はトイレの扉に力なくもたれ掛かる。
「さ。早く漏らして。遠慮することはないわよ」
ぷーくすくす、と笑いながらはたては妖夢を煽った。そうするしかないのか、と悔しそうに唇を噛みしめる妖夢。
そこへ、
「喰らいなさいッ!!」
ぶん、と宙をカッ切る足蹴が放たれた。
美鈴だ。その自慢の足を完全に円弧を描く形で回し、大上段に蹴りつける。うおっ、と驚きの声を上げて間髪躱すはたて。腐っても鴉天狗の動体視力か。だが、はたてはまだその点では最近やっと外に出てきて弾幕ごっこに興じるようになった謂わばルーキーだ。弾幕とはなんなのか理解し切れていない。弾幕とは即ち、闇雲に逃げ回っているだけでは決して避けられぬ弾の幕のkと尾を指すのだ。美鈴が振り抜いた足から飛ぶものがあった。それは悪臭と汚れに満ちた物で、詰るところ…
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」
美鈴が漏らしてしまったうんち、だった。
半流動状の糞便を顔につけられ悲鳴を上げるはたて。その叫び声は近隣の木々に止っていた鳥たちを飛び立たせるのに十分な音量を持っていた。
「やっ…やーい、やーい、えんがちょ!」
「えんがちょって、アンタが出したもんでしょうがァ!!」
脚撃から体勢を立て直すと美鈴は悪ガキのように人を小馬鹿にした顔を作ってはたてを煽る。安っぽい挑発ではあったが、顔を汚されたはたては怒り心頭の様子。顔を拭いながら熟れすぎて腐り始めたトマトのように顔を真っ赤にしながら吠えた。
「絶対に許さない! 胸なんて生やさしい! めこと額に焼き鏝いれてやんよォ!」
「うわっ、それは勘弁してください!」
ひゃぁぁ、と演技掛かった悲鳴を上げて逃げ出す美鈴。はたてが鬼の形相でそれを追いかけていく。痕に残された白狼天狗二人も一瞬、あっけにとられたように顔を見合わせたがすぐさま自分たちの仕事の内容を思い出し、逃げた美鈴を追いかけ始めた。
「………」
そんな彼女らの後ろ姿を呆然と見つめ続ける妖夢。
と、先頭を走る美鈴が妖夢に目配せしてきた。言葉は届かない。けれど、美鈴は置いてあった彼女の荷物を指さし、そうして、まるで小さなカードをスリットに通すような真似をして見せた。真意に気がつき、あ、と声を上げる妖夢。
「ありがとうございます、美鈴さん」
妖夢はもう見えなくなってしまった心優しいお姉さんに対し頭を下げるとぽろぽろと涙を流し始めた。洟をすすり、目元を拭って急いで美鈴が残していった荷物に駆け寄る。果たしてそこには…美鈴名義のトスポカードがあった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
それから数日後…
「いやー、非道い目にあったアル」
紅魔館は正門前。高く登ったお日さまの光に目を細めながら美鈴は自分の腰の上辺りに痛々しそうに触れて見せた。服に隠れてはいるもののその部分には不自然な膨らみがある。肌に貼り付けたガーゼの膨らみだ。そして、その下にはまだ傷口が塞がっていない焼き印の痕があった。
あれから美鈴は結局、そう大した距離も逃げることは出来なかった。何せ相手は足の早さでは幻想郷でも一、二を争う種族、鴉天狗、そして、猟犬部隊とも揶揄される白狼天狗のチームだ。物の数分で追いつかれ、容易く組み伏せられてしまった美鈴は自分の命運はここまでですか、と諦念を抱いたのだがある意味で美鈴はゴールまで逃げ切ることが出来ていた。美鈴が捕えられたその場所は紅魔館の真ん前でそこには美鈴の帰りが遅いのを心配したのか、ただの気まぐれかメイド長の咲夜が立っており、そうして…
『ウチの門番に何手ェ出しとんだコラァ!』
その後の事は筆舌にしがたい。
ただ一つ、言えるとすれば一歩間違えれば山の軍勢vs幻想郷にいる少数ながらも実力者である西洋妖怪の連合軍との一大戦争が開かれていたかも知れないということだ。
結局、博麗の巫女の仲裁というなの両成敗という名の殲滅で事なきを得たのだが、結局、美鈴は落とし前の付け所として衛生法の罰則通り、焼き印を押されてしまった。まぁ、元より、その覚悟があって逃げたのだから仕方がないと思いつつも、美鈴は腰の疼きに耐えられず、ここ数日は眠れぬ夜を過ごしていた。
ふぁあ、と暖かな日差しに包まれながら欠伸を一つ。眠気覚ましに体を伸ばしてみせる美鈴。けれど、その顔は晴れやかだった。
「うーん、まぁ、良いことをした後ってのは気持ちが良いもんですしね」
自分のやったことは間違いではなかったと誇らしげに微笑む美鈴だった。
END………?
「こんにちは、紅 美鈴さん」
「どちら様でしょうか?」
「初めまして。私の名前はナズーリン。毘沙門天の使いだ。もっとも今は別の正義にも仕えているけれどね」
「今一、話が読めないんですけれど…?」
「何、私も貴女と同じく、衛生法は間違っているという正義に仕えている一人、と言うことだよ」
To Be Continued……
といううわけで、灰々氏作『幻想郷トイレ衛生法』三次創作であります。
氏の作品ないにおける面白いガジェット、トスポと衛生法にただならぬ興味を抱き、一筆とった次第ではありますがどうでしょうか? 同じ題材でも書き手によって違う側面が出てくるので違和感バリバリということもあり得ますでしょうが、どうかその点はご容赦の程を。
作成&掲載の許可を頂けた灰々さんにはこの場を借りて深く感謝致します。
〜どうでもいい後日談〜
この後、美鈴は反トイレ衛生法を掲げる地下組織、『オシュレット』の一員として幻想郷の権力者と戦っていくわけですが、それはまた別のお話と言うことで…?
sako
http://www.pixiv.net/member.php?id=2347888
作品情報
作品集:
24
投稿日時:
2011/02/09 16:46:00
更新日時:
2011/02/10 01:46:00
分類
美鈴
妖夢
東方スカ娘B
スカトロ
トスポ
ある意味窮地に陥った二人の緊迫した空気が文から存分に感じました。
バカバカしく見えても己の尊厳を守るために戦ってるんですよね。
はたてがグレイズ失敗するところで笑いました。初見殺しすぎるでしょww
そして、このSSはこれから始まる物語のほんの序章に過ぎないんですよね。
次回どう話が展開していくのか大いに期待して待っております。
美鈴は汚辱に塗れながらも、同じ武の者である妖夢に敬意を表した。
…そして、同じ志を持つ者達が巨悪を打ち倒すことになる、と。
素晴らしい!!
紫の思惑は大当たりですね!!
ひょっとしたら、こういった勇者達のエピソードが、まだまだ続くのかな?
『手前のケツも拭けない奴等は、天に代わって洗浄よ!!』(オシュレットの標語)
しかし美鈴、なんちゅうもんで妖夢を庇ってるんだ、吹いたw