Deprecated: Function get_magic_quotes_gpc() is deprecated in /home/thewaterducts/www/php/waterducts/neet/req/util.php on line 270

Warning: Cannot modify header information - headers already sent by (output started at /home/thewaterducts/www/php/waterducts/neet/req/util.php:270) in /home/thewaterducts/www/php/waterducts/neet/req/global.php on line 40
『東方ゲロ娘『世界の中心で 愛を吐いたケモノ』』 作者: sako

東方ゲロ娘『世界の中心で 愛を吐いたケモノ』

作品集: 24 投稿日時: 2011/02/18 16:20:30 更新日時: 2011/02/19 01:20:30
◆ 一月十二日

天狗党新聞部のお偉いさんが昼ごろ家にやってきた。私の花果子念報が新聞記事大会で最優秀賞に選ばれたみたいワーイヽ(゚∀゚)メ(゚∀゚)メ(゚∀゚)ノワーイ
文に言ったら『ふーんよかったですね』だって(´・ω・`)
きっと私のジツリキにパルパルしてるんだねぇうnうn


◆ 一月十五日

今日は天狗党新聞大会の授賞式の日( ゚Д゚ノノ"☆パチパチパチパチ
その前に文がご飯食べに行こうってキタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!
文とご飯食べに行くの初めて・:*:・(*´∀`*)ウットリ・:*:・
よーし、はたnおめかししちゃうぞーヽ(^o^)丿
あわよくば…(*´Д`)ハァハァ

◆ 一月十六日

吐いた

◆ 一月十七日

(何も書かれていない)















――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――












 暗く汚い部屋の中。床には足の踏み場がないほどゴミが散らばり、悪臭を放つ澱んだ空気が立ちこめている。部屋の明りは締め切られたカーテン越しに僅かに入ってくる陽光だけでとても薄暗かった。部屋は静かで、音といえば何年も洗っていない換気扇が回る寒々しい音だけだった。

「………」

 その六畳ほどの部屋の真ん中、表面の半分以上にゴミが置かれたテーブルを前に姫海棠はたては薄汚れた毛布を羽織り、まるで越冬する蓑虫のようにじっとしていた。
 テーブルの上には取っ手が欠けた小さな土鍋が一つ。中には雑穀粥が入っていたが…作られてからどれぐらい時間が経ったのだろう。表面は乾き、湯気が立ち上っていたであろうそれは外気温とさほど変わらない温度まで冷め切ってしまっていた。その雑穀粥を前にはたてはじっとしている。

「食べ…なきゃ…」

 ぽつりとしわがれた声がはたての喉から漏れた。長い間使っていなかった吹奏楽器を整備もせず久しぶりに吹いたような声。小さく掠れ、聞く者を不快にさせる声。それは自分自身の耳に対してもそうだったのか、はたては凍えるよう、ぶるりと震えた。

「食べたくない…」

 俯き、ぶるぶると震え出すはたて。それは何も部屋が寒いからだけではないだろう。毛布を握りしめる指は蝋のように白く、さらけだされている頬は冬の荒野もかくやと言うほど青白かった。

「駄目…食べないと、食べないと、食べないと」

 ぶつぶつと呟き続けるはたて。それは一応、自身を鼓舞するためのものなのだろうが、効果の程は殆ど現れていないようだった。冷え切った粥からそれは読み取れる。
 食べないと、食べないと、食べないと、とはたては壊れたテープレコーダーのようにその言葉を繰り返し続ける。

「食べないと…食べないと…食べないと…」

 いつしか言葉には啜り泣きが混じり始める。震え、乾いた頬に涙を流し、洟をすすり、はたてはひび割れた唇を噛みしめる。

「食べないと、食べないと、食べないと食べないと食べないと…死んじゃう。死んじゃうから…」

 ゆっくりと、はたての手が持ち上がる。毛布の中から現れた手。その先、爪は白い部分が無くなるほど噛み切られていた。
 はたては粥の中に突っ込まれたままだった匙を取ると口を開け、震えながら顔を土鍋の側まで近づけた。視線は真っ正面に。土鍋の中の粥を見ていない。では、何を見ているのかと言えば、答は何も見ていない、だ。はたては粥を、今から自分が食べる食物を見たくなくて真っ正面を向いているのだ。
 掴んだ匙を震える手で持ち上げる。冷たくなった粥がほんの少しだけ匙には乗っている。それをはたては口の側まで持っていき、一瞬だけ躊躇って戻して、そうして今度こそゆっくりと口の中へと入れた。口を閉じ、匙を抜く。

「ううっ…」

 口を動かすはたて。乾ききっていた口は酷く動かしにくかったが、半固形状の粥を噛みしめていると徐々に唾液がでてきた。粥の塩っ気が口内に広がる。

「………」

 噛み潰した粥を飲み込むとはたてはもうひとすくいを口に入れた。今度は躊躇いがなかった。続けて二度、三度と粥をすくっては口に入れ、噛みしめ、ごくりと粥を飲み込んでいく。はふっ、くちゃくちゃ、ごくり、くちゃくちゃ…だんだんと動作が早くなり、味わうそぶりも見せず適当に噛んでは粥を嚥下していく。匙から粥がこぼれ落ち、テーブルや三角座りにしている自分の膝を汚すがお構いなしにはたては食べ続ける。くちゃくちゃ、ごくん、くちゃくちゃ、ごくん。
 その様は文明人の食事風景というよりは何処か罪人の懲役のようだった。本人はしたくないのだが、しなければならず嫌々ながらにしている。力ない癖に荒々しい動作にもその一端が現れていた。そして、何より…

「ううっ、ぐすっ…うう…」

 その歪んだ顔がその事を物語っていた。嗚咽を漏らし、無理矢理に口へ粥を運ぶその様はけっして食事の風景ではなかった。乱雑に土鍋に突き入れられる匙。こぼれる粥。味わいもせず口に入れたものを飲み込み、間髪入れず次を食べる。そんな苦行を早く終わらせようとする意志が今のはたてには現れていた。

「食べないと…食べないと…」

 不意にまたあの呟きが漏れる。粥の粒が飛ぶがはたては気にしている余裕がない。呟きながら、嗚咽を漏らしながら、無理矢理粥を口に運ぶ。

「食べて…消化して、血にして、肉にして、元気にしないと。元気に、なら、ないと…」

 と、匙を持った手が止る。ふるふると禁断症状のように震える手。べちゃり、と粥の固まりがテーブルの上にこぼれ落ちた。

「元気に、元気に…元気になって、どうするの?」

 自問。自答は回答こそ呟かれなかったがはたての頭の中にわき出てくる。
 



 元気になったらお部屋を綺麗にしてヽ(゚∀゚)ノ パッ☆
 おめかししてヽ(*´∀`)ノ キャッホーイ!!
 お外に出て(^_^.)
 また前みたいに新聞を…

<フラッシュバック>

 聴衆:困惑。響動。
 天魔さま:心配。
 私:怖気。悪心。混乱。
 文:―――。―――。―――。

<フラッシュバック終了>






「ああッ! アーッ! アー!! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁ!!」






 唐突に上がる金切り声。
 それは信じられないことだがはたての喉から出てきていた。
 手にしていた匙を落とし、怪鳥の様に耳を劈く叫び声を上げ続けるはたて。口端が裂けるほど大きく口を開けて、顔の筋肉を引きつらせ、喉の奥から声にならぬ音を張り上げている。その音から逃れる為か、はたては自分の耳を押さえつけた。それだけでは手の平が耳から離れてしまうと思ったのかはたては髪の毛の間に指を突き入れ、爪を立てる。裂ける頭皮。髪の毛が千切れ血が流れ出す。それでもお構いなしにはたては半狂乱に叫び声を上げ続けた。

「イやっ!! いやっ!! イヤだ! イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ!!」

 暴れ、テーブルを蹴飛ばすはたて。ゴミが散乱し、土鍋が宙を舞い、タンスに当たって割れて落ちる。それでも発作のような狂乱は止らない。はたては足をばたつかせ、己の頭蓋に爪を突き立て、終わらぬ叫び声を上げ続ける。毛布をはね飛ばし、体を弓なりに仰け反らせる。見開かれた目に映っているには天井…などではなく、過去の光景。

「いやっ、イヤッ、見ないで…見ないで…私を、見ないで、文ッ…うっ!」

 不意に顔をしかめ、口を噤むはたて。仰け反らせていた体を反動のままもどし、そのまま俯くような格好になる。暴れ叫び声を上げていたため多少、血色良く赤くなっていた顔が一気に真っ青になる。見開かれた目が血走り、はたては耳から手を離すと今度は自分の口を押さえにかかった。窒息するのでは、と思えるほどしっかりと。俯いたままぶるぶると震え出すはたて。何かを堪えるよう、体のあちこちに過剰な力を込める。だが、無駄だった。

 ぴたりと震えが止ったかと思うと、一際大きく目が見開かれうっ、とはたては腹を大きく動かした。そして…

「うぷ…うげ…」

 胃から逆流してくる噛砕かれ溶けた胃液唾液混じりの粥。それは留まることを知らず、一気に口内まで駆け上り、あっという間にそこを一杯にする。押さえていた指の間から流れ出てくるかつて胃の内容物だったもの。息が出来なくなりたまらずはたては手を離す。開いた口からどろどろと嗚咽と一緒に流動物が溢れ出てくる。はたての着ぱなっしのチェックのスカートの上に落ちる。

「おぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ…」

 嘔吐は止らない。自分の意志では止められない。イビツに歪めた瞳からはぽたぽたと涙がこぼれ落ちる。苦しさからか。いや、情けなさからだ。

「えほっ…えほっ…ううっ、あああああ…」

 あらかた掃き終えてもまだ胃や食道の痙攣は止らなかった。ケホケホと苦い胃液を吐き続ける。息が出来ず、錐でも差し込まれたような酷い頭痛が起る。視界がホワイトアウトし、はたてはそのまま力尽きたように倒れた。それでも喉は嘔吐きをくり返す。吐瀉物で汚れた手を喉に当て、喘ぐはたて。泣きそうな、苦しそうな、許しを乞うているような、そんな顔をしている。どんどんどん、どんどんどん。頭痛が酷くなり、ひっきりなしに耳鳴りがする。はたての中で現実と記憶の境目が無くなっていく。現実感が消失、自分が今倒れているのは自室ではなくここではない何処か。永遠の虚の様な場所。そこではたては嗤われていた。無貌のペルソナどもに。ケタケタケタケタ。無様無様無様。キモチワルイ。キモイ。ウザい。キモチワルイ。…ンパイ! ケタケタケタ。先輩。イヤだ。笑わないで。笑わないで。ケタケタケタケタ。気持ち悪い。ケタケタケタケタ。見ないで! お願いだから! 先輩、しっかりしてください! ホント、こんなところで吐くなんて…気持ち悪いですねぇ、はたては。ああぁ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、文…






「はたて■■ッ! しっかりしてください!」



 自分を現実に引き戻す声を聞いてはたては滲んでいた視界をそちらの方へと向けた。霞がかった視界の向こう、あの黒髪の鴉天狗の姿が見えた。
 あの時、そうして欲しかったこと、こうなって欲しかったことが目の前で現実になっている。そう思うと心の中にタールのようにこびりついていた悪心も浄化されていったみたいだとはたては感じた。うれしさのあまり、一滴涙が流れ出し、そっと自分を覗きこむ顔に向かって手を伸ばす。吐瀉物で汚れた手を。

「うぁ…あ、文ぁ…」

 焦点を結び、その姿を捉える。けれど、涙が晴れるにつれて自分を揺さぶっていた相手の髪の色が黒ではなく白だったとはたては理解した。決壊した堤防から濁った水が流れ込んでくるよう、新の現実がはたてに突きつけられる。曖昧になっていた願望と認識の境目が流れ込んできた現実にはっきりと切り分けられる。

「しっかりしてください、先輩! 私ですっ、椛です!」
「あ…」

 そこにいたのは白狼天狗の犬走椛だった。真っ青な顔をしてはたてを覗きこんでいる。

「どう…して…」

 掠れる声で椛に問いかける。

「その…最近、先輩の姿が見えなかったので…家まで来たら、先輩の…叫び声が…聞こえたので…それで…」

 言葉に詰りながらも説明する椛。なにか後ろめたいような恥ずかしいようなことがあるような態度だった。案の定、すいません、と頭を下げる。

「その、鍵掛かってたんで、扉、壊してしまいましたっ!」

 すいません、ともう一度、椛は頭を下げた。気怠げにはたては頭を持ち上げて玄関の方へ視線を向けると、成程、椛のいうとおり、薄い木の扉はドアノブの辺りで斜めに亀裂が走るよう壊れていた。椛が鍵を壊そうと愛刀でばっさりと斬ったのだろう。入り込んでくる冷たい風にはたては思わず目を細めた。

「すいません。でも、ただごとじゃないと思って…」

 服や床を汚す吐瀉物に視線を向ける椛。すえた臭いが冷たい風に晒され湯気となって立ち上ってきている。

「どうしたんですか、一体…? どこか、お体の具合が悪いんですか?」
「う、ううん…ちが、ごはん食べて…戻しちゃって…」

 たどたどしく説明を始めるはたて。肩が小刻みに震えているが寒さのせいだけではないだろう。罅割れた唇から漏れてくる言葉は聞き取りにくかったが椛はその狼の耳をぴんと立てて一言一句聞き逃さまいとしていた。

「このところ…一週間ぐらい、ずっとなの。何食べても、すぐに吐いちゃって、それで…」

 成程。やつれボロボロになったはたての姿はここ一日二日で変わるようなものではなかった。まるで、大病を患っているのに適切な治療が受けられていない、といった感じ。いや、正しくその通りだ。聞いていて心が痛むのか、椛ははたての辛さにつられるよう唇を真一文字に結んだ。

「やっぱり、病気じゃ。お医者さんのところへ行きましょう」

 弱々しいはたての姿をどうにかしたいと椛は強く思ったが、自分一人の力ではどうすることも出来ないこともすぐに分かった。風邪なら美味しいご飯を食べてぐっすり寝るのが一番だと椛は経験則で知っていたが、そのご飯が食べられないとあってはお手上げだ。仕事柄応急処置などは得意だが、あいにくとこんなに酷い病気の治し方なんて椛には想像もつかない。それでそう提案する。けれど、はたては頭を小さく横に振るい、それを否定した。

「ち、違うの。ごはん食べて、お腹いっぱいになったら思い出しちゃうの…」
「何をです…?」

 はたての口から出てきた言葉に疑問符を浮かべる椛。けれど、はたてはそれ以上、何かを口にすることはなかった。項垂れたまま小さく震え、思い出したように、イヤ、イヤ、と呪いのような言葉を呟くだけだった。

「………先輩、取り敢えずシャワーを浴びましょう。汚れたままじゃいられないでしょ」
「あ…」

 顔を上げるはたて。そこには力なく微笑むもみじの顔があった。

「うん、わかった」

 もそもそと椛の力を借りながら立ち上がるはたて。今更ながらに自分がひどい格好――今しがた嘔吐しただけではなく三日以上、風呂にも入っていない事を思い出したのだ。

「ありがと…ありがと、椛」

 シャワールームの扉を閉じるとき、ポツリとはたては椛にそう、礼を言った。











 壁に引っ掛けたシャワーノズルから激しい雨のように暖かなお湯が降り注いでくる。その下に自らの身体を置いてはたては項垂れたまま、滝に打たれる修行僧よろしく、頭からシャワーをかぶった。

「………」

 お湯を浴び、潤いを取り戻していくはたての体。ほんの少しだけ活力というものが戻ってきたみたいだったが、それでもまだ、十全には程遠かった。
 後頭部に降り注いだシャワーの湯は体やツインテールを解いた髪の毛を伝わり、そうして、排水口へ吸い込まれていく。いっそ、自分もその暗い穴の中へ吸い込まれていきたいとはたては願ったが、それは叶わぬ願いだった。左手首や両方の太ももに自ら付けた傷口が滲み、はたては顔をしかめる。ざぁー、と絶え間なく降り注ぐシャワーとその痛みだけが熱に浮かされた頭にはっきりと現実感をもって聞こえてきていた。いや、それだけではない。扉一枚隔てたはたての部屋からはごそごそと色々な物音が聞こえてきている。椛がはたてがシャワーを浴びている間、部屋の掃除をしますと言ってきたのだ。はたては遠慮ではなく、勝手に部屋の中を弄られるのが嫌でそれを断ったが椛は、扉を壊してしまったお詫びです、と言って聞かなかった。それ以上、無理に止めるほどの気力が今のはたてにあるはずもなく、言うがまま椛は部屋の掃除を始めた。

「………」

 項垂れたまま、はたては壁に手を付いた。
 傷口が開いたのか、腕から滴り落ちてきた水には僅かに朱色が混じっていた。

「………」

 どうしてこんなことになったのだろう、とはたては考える。
 去年の暮れまではこんな事になるなんて予想もしていなかった。秋口に文にスポイラー勝負を挑み、敗北し、それでも次こそはと思って取材方法を真似たり、無理言って一緒に取材しに行ったりしているうちに…はたての中で文の存在がライバルとしてではなくもっと別の、別の大切な何かに変わっていったのだ。あるいはライバル視していたのもその徴候だったのかも知れない。見返してやろうと文と同じ取材方法で書き始めた新聞だが、気がつくとそれは見返すためではなく認めてもらうために書いていた。茶色い髪も今は文と同じく濡羽烏色…黒に染めている。その想いが結果として、自分の新聞のクオリティの向上にもつながり、文ではなかったものの天狗党新聞部の目に止まった。長い間、新聞を書いていての初めての受賞。そして、その前祝いに文とごはんを食べに行って、そうして新聞部の授賞式、まさしくその授与の瞬間に…

<フラッシュバック>

「気持ち悪いですね、ホント」

<フラッシュバック終了>



 あの時、文の口がそう動いたように見えたのははたての見間違いだったのだろうか。
 その後、はたてはショックのあまりか、魂を抜き取られたように気絶してしまった。ちょうど、今のように。

「はたて先輩ッ!!」

 物音に驚いた椛が浴室のドアを開けるとそこにはシャワーの湯を浴びながら風呂場の床に倒れピクリとも動かなくなってしまったはたての裸体があった。椛は自分が濡れるのも厭わず浴室に飛び込むと兎に角シャワーを止め、はたてに声をかけた。けれど、はたては椛にはなんの反応も示さなかった。あや、あや、あや、とあの烏天狗の名前ばかりつぶやき続けている。


「先輩…ッ」

 自分にはもはやどうしようもないのだと、椛は唇を血が滲むほど噛み締めるしかなかった。はたての手首から流れた血混じりの朱色の湯が排水口へとゆっくりと流れていった。









――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――











「栄養失調状態だけれど、取り敢えず、命に別状はないわ」

 急患として運び込まれてきたはたてとその付添人である椛に八意永琳はそう説明した。

 ここは竹林の奥にある永遠亭診療所。あの後、目を覚まさぬはたてを毛布に包み椛はこうして彼女を幻想郷でも一番と謳われる名医のところに連れてきたのだった。
 目を覚ましたはたては治療と診察を受け、今は点滴を受けながらベッドに横たわっている。眠ってはいないが何処か心ここにあらずといった感じだった。

「これぐらいなら二、三日入院してしっかりと栄養のあるものを食べれば治るわ。ただ…」
「ただ?」

 口ごもる永琳の言葉をオウム返しする椛。ええ、と永琳は頷き、ベッドの上で体を横たえているはたてへ視線を向ける。

「ただ、それはあくまではたてさんの体がそうすれば治るというだけではたてさんの病気を治すことにはならないわ」
「…?」

 永琳の言い回しが理解できず椛は疑問符を浮かべた。

「病気、ですか? 先輩はご自分で病気じゃない、と言ってましたが…先生の見立てではやっぱり」

 胃にデキモノができたのか、それとも蛔虫か何かですか、と椛。けれど、永琳は少し出来の悪い生徒を見るような目付きになった後、いいえ、と首を振るった。

「そういう原因が分かりやすい病気ではないのよ。ここじゃあ、あまり聞かないような話かも知れないけれど、はたてさんが悪くしている所…患部は心よ」
「っ…それはまさか先生…先生は先輩が、はたて先輩がキチガイになったと言っておられるのですか!」

 永琳の説明に不意にいきり立つ椛。椅子から立ち上がり、今にも永琳に掴みかかりそうなほど憤りを顕にしている。

「違うわ。落ち着きなさい。それにあまり大声を出さないで。はたてさんの体に障るわよ」

 それを永琳はなだめすかす。きちんとした説明を聞くまで椛は座るつもりはなかったが、はたてのことを口に出されはっ、と諭されたようにすいません、先輩とはたてに謝りながら腰を下ろした。

「先生も、申し訳ありませんでした」
「いいえ、いいのよ」

 難しい話だから、と永琳。この手の輩には慣れているのかも知れない。

「そうね、どう説明すればいいか…うーん、椛さんは何か苦手な物とかあるかしら?」
「苦手な物…ですか?」

 苦手な食べ物とかは、と具体例を示す永琳。椛は暫く考えた後、そうですね、と応えた。

「辛いもの、でしょうか。以前、知人の河童にお裾分けだといって唐辛子を頂いたのですが、その時私は唐辛子がどういうものなのかよく知らず、赤く熟しているのだから甘い野菜なんだろうと思って生で食べてしまったんですよ。そうしたら…」

 ヒー、と正しく唐辛子をそのまま食べてしまった時のマネをする椛。甘い唐辛子もあるんですけれどね、永琳。

「それ以来、辛いものがどうにも苦手で。けれど、先生、それが一体?」
「そうね。じゃあ、椛さん、今仮に私の手に平に唐辛子があったら、いえ、既にその唐辛子のことを思い出したのだから、今、口の中がどうなっているかわかるでしょう。 唐辛子を食べたときのことを思い出して過剰に唾液が出たりしていません?」

 言われ椛は口の中をもぐつかせ、確かに、と頷いた。

「じゃあ、椛さん、もし仮にその唐辛子を食べたときの感覚が鮮烈に、鮮明に思い出されたら? しかも、唐辛子そのものの話を聞いたり現物を見たりしただけではなく、なにか別のものを口にしただけでも、その時と全く同じあの口の中が火で炙られたような感覚に陥ってしまったらどうなると思う?」
「…まさか先生、そんな事にはならないでしょう。いえ、仮に本当の話だとしたら、当然、ごはんなんて…あ」

 合点がいった、とそんな風に目を丸くする椛。納得してくれましたか、と永琳は目を伏せる。

「でも、先生。そんなまさか…だって、実際に唐辛子を食べたわけじゃないんですよ…?」
「思いの外、脳というものは出来事を覚えているものなのですよ。ことさら、その時、痛烈に心に刻まれるような出来事と一緒に起きていれば」

 まるで再びその時の光景を再現させられたような感覚に陥るでしょう、と永琳は締めくくった。

「はたてさん、教えてくれるかしら。貴女がご飯を食べ、それを嘔吐してしまった時、何を思いだしているのか。それを」
「………」

 ベッドの上のはたてにそう話を振る永琳。聞いているのかいないのか、はたてはじっと天井の染みを見つめたまま一言も話そうとしなかった。先輩、と立ち上がってはたてに詰め寄ろうとする椛を永琳は制する。
 と、

「賞状…賞状を受け取った時のことを…」
「賞状?」

 ぽつり、とはたては呟くよう応えた。くり返す永琳。

「賞状を受け取った時…気分が悪くなって…それでっ…う」

 訥々と口を動かしていたはたてだったがその時の事をまた思い出したのか、途端に顔を青くし始めた。慌てて永琳は立ち上がるとはたてを介抱し始める。

「大丈夫です。分りましたから、落ち着いてください」

 暫くはたては顔を青ざめさせて震えていたが、幸い発作は軽度で済んでいるようだった。永琳が宥めれば、すぐにはたては落ち着きを取り戻した。安心しつつも自分のとった行動が早急だった、と永琳は内心で反省する。

「先輩、賞状って…新聞部の」

 事情を知っているのか、椛がはたてに声をかけた。口元を押さえながら頷くはたて。

「どういうこと、椛さん?」
「その…先輩、この前、自分が書いた記事が新聞部で賞を取ったと言うことで表彰式に出たんですけれど…そこで…その自分は式に出席できなかったので、伝聞なんですけれど、その賞状を受け取る時に吐いてしまったらしくて…」

 成程、と合点がいったように頷く永琳。

「はたてさん。貴女は食事の度にその時の事を思い出してしまう。そういう訳ですね。成程。大事なイベントで大失態を犯してしまった、というのは確かにトラウマでしょうね」
「………」
「けれど、それを気にしているのは貴女だけですよ。ほら、椛さんも今、こうして話題が登るまで忘れきっていたじゃない。だから、安心して、貴女も忘れればいいの」
「………」

 永琳はそうはたてに優しげに言葉を投げかける。だが、はたてはまだ沈鬱な顔を俯かせたままだ。

「まぁ、ゆっくり治していけばいいのよ。風邪と一緒よ。こんなものは」

 それだけ言うと永琳ははたてから離れた。とりあえずは大丈夫だと判断したのだろう。

「それでは。私はこれで。すこし、調べなきゃ行けないことが出来たから。もし何かあれば看護婦兎を呼んで。それと椛さん、あまりはたてさんを興奮させないように」

 何処か釘を刺すよう、椛にそう告げて永琳は病室から出て行った。僅かに沈黙が流れた後、椛ははたてのベッドの側まで自分が座っていた椅子を寄せてそこへ座り直した。

「…先輩。あの事は気にしなくていいですよ」

 静かに口を開く椛。はたてを励まそうとしているのだろう。

「ほら、賞も取り消しになんてならなかったって話ですし、飲み会の席でちょっと場を和ませようと話す程度の内容ですよアレぐらい。自分だって哨戒任務中にすごくトイレに行きたかったのにあの黒い魔法使いがやってきてですね、ついつい相手をしちゃって…それで弾幕ごっこの最中にそりゃもう盛大に…」

 そんな風に自分の体験談を持ち出すもはたては何も言い返さず、椛の乾いた笑いだけが病室に響いた。それも時間と共に消えてなくなり、また、重苦しい鉛のような沈黙がたちこめてきた。

「…その、はたて先輩」

 やがて、沈黙に耐えきれなかったのか、神妙な顔つきで椛は再び口を開いた。けれど、続く言葉が発せられるまで間があったのは躊躇いの結果だったのか。僅かに時間を要した。

「先輩が、気にしているのは…文、さん、の事なんですか…?」
「……っ」

 それまで魂が抜けたような様子だったはたてだったが椛の言葉にはあからさまに反応らしい反応をおこした。目を開き、一瞬だけ視線を椛の方に向けてすぐに逃げるよう、戻した。ほんの一瞬、機微な反応だったがそれで椛には十分だった。椛は少しだけ黙祷するように深く目蓋を閉じると、暫くの間、そうしてじっとしていた。次に目を開いた時はもう、それは決意した者の瞳だった。

「ですよね。先輩、ずっと文さんの名前、呟いてましたから」

 と、破顔し、笑みを見せる椛。けれど、何処かその笑顔は儚げだった。

「わかりました。えっと…それじゃあ…いいえ、うん、自分、そろそろ帰りますね。しっかり養生してください」

 椅子から立ち上がり、そう椛ははたてに告げた。はたては何も言わなかったが、椛はもう一度だけそれじゃあ、と別れの挨拶を告げ部屋から出て行った。

「………」

 けれど、椛はすぐに帰ろうとはしなかった。はたての病室の前に佇み、苦しそうな顔をして俯いている。

「そっか、やっぱりはたて先輩は文さんのことが…」

 呟きは誰かに聞かせるための言葉ではなく、自分を納得させるもの…いや、それ以前に諦めさせるものだった。そもそもそんなこと前々から分りきっていたことなのに、ずっと目を背けていたのだ。今更ながらに声煮出し、そうしてやっと納得、することができた。
 椛は軽くため息を付き病室の扉にもたれかかる。

「ちぇっ、自分、先輩のこと狙ってたのに…」

 ふてくされたような呟き。顔にはあからさまに作ったような微笑が。そして、その言葉の後半部分は鼻声で濁っていた。椛は折角、上を向いていた顔を俯かせるとぐすり、と洟をすすった。

 椛がはたてに献身的だった理由。それは別に先輩後輩の間柄、というだけではなかった。椛にはそれ以上の関係になりたいという想いがあったのだ。そしてそれははたてが文に向けているものと同種の想いだった。
 それは例えるなら意中の相手に向かって一直線に転がり続けるボールだろうか。想い続けていればいつかは想い人という名前のボールに追いつく。けれど、もし想い人のボールもまた別の誰かを想って転がり続けていたら? その距離は永遠に縮まる事はないだろう。つまりはそういうこと。そういう失恋だった。

 椛は目尻に浮いてきた涙を服の袖でぬぐって顔を上げた。

 自分のボールがはたてのボールに追いつくことはない。その事は分かったけれど、それではたての為に何もしないなんて話にはならなかった。
 もう一度、決意を込めて椛はやっと病院から帰ることにした。










 翌日、椛は一人、ある人物に会いに出かけていた。
 妖怪の山の中腹にある近代的な建物。場所が場所だけにそこはまるで山岳基地の様に思える建物だったが、厳しい顔つきの番兵に軽く頭を下げると椛はほとんど顔パスといって同然の様にすんなりと中にはいれた。当然だろう。ここは妖怪の山を統括する天狗たちの総本部。椛の勤め先もまたここなのだから。
 とはいうものの勝手知ったる建物とは言えこれから向かう先は椛はあまりよく知らない場所だった。そもそも天狗党に属しているとはいえ基本、椛の仕事といえば哨戒任務、屋外が仕事場だ。この建物に来るのは給料日と三ヶ月に一度の会議、あとは緊急の用の時だけで、行くとすればやたら乱雑で天井や壁がタバコのヤニで汚れている警備部の部署部屋か後は狭苦しい第三会議室だけだ。今向かっているのはそんな下っ端・体育会系くさい場所ではなくもっとインテリ・エリート・出世街道、なんて言葉が似つかわしい場所だ。現にすれ違う烏天狗たちはみな綺麗な身なりをしていて、顔つきもどこか知的だ。白狼天狗の自分には酷く場違いな場所なのだと針の筵のような心地を覚えながらも、椛はずんずんときれいな廊下を進んでいく。
 幸いなことに特に迷うこともなく椛は目的の場所にたどり着くことができた。

【新聞部・第一部署】

 警備部の建付けの悪い引き戸とは違い、総曇りガラス製の綺麗な扉にはそう銘打たれた金属製のプレートが貼り付けられていた。こんな扉でもノックはすべきなのかと椛は一瞬、迷ったが結局セオリー通りに軽くガラス板に拳を打ち付けた。けれど、どうぞ、なんて声はかからなかった。訝しみながらも扉を開けるとなるほどと合点がいった。扉を開けたそこはすぐ事務室になっているのではなく、仕切板が設けられており三つも四つも受付と思える椅子とテーブルが並べられているのだった。警備部なんて受付は元より来客さえ来ないのに、と同じ党内でも相当の格差があるのだな、と椛は思った。
 適当に受付の一つに近づき、テーブルに置かれていたベルを鳴らす。と、すぐ側のデスクに座っていた若い烏天狗の男性が立ち上がり

「はい、いらっしゃいませ。どういったご用件でしょうか」

 と、親切丁寧に訪ねてきた。といっても椛はその貼りつけられたような笑みの裏に明らかに天狗として立場が下の白狼天狗である自分を訝しく思っている裏の顔を見逃さなかったが。

「射命丸文さんをお願いしたいのですが」

 椅子に座ることなく椛はそう、受付に出てきた男に告げた。はっきりと。男は一瞬、値踏みするような視線を椛に送ってきたが本当に一瞬だった。すぐさま、少々お待ち下さい、と尺定規な台詞を口にして小走りにデスクの山の中へと消えていった。その後姿を視線で追う椛。男が止まった先で目尻に力を込めた文と視線があった。


「それで、何のようですか?」

 案内された応接間の柔らかなソファーに腰を下ろしてすぐに文はそう椛に切り出してきた。社交辞令も何もなかった。やっぱり、苦手だな、この人、と椛は内心苦い顔をしながらも曖昧な笑みを浮かべつつ応えた。

「えっと、その…ですね」

 さて、どう言えばいいのか。昨日の夜、寝ないで色々と椛はシミュレーションしてきたのだが、いざこうして面と向かい合うと考えていたことがすべて真っ白になってしまった。
 ええいままよ、と椛はなかばやけっぱちに思いついた事をかたっぱしから伝えていくしかないんだと、腹に決め、口を開いた。

「はたて先輩のことなんですけど」
「………」

 と、はたての名前を口にした途端、それまで椛が意味のある言葉を口にするまでまるで興味なさ気だった文の表情が変化した。それはほんの僅かなものだったが、まるでチクリと針で肌を突き刺されたような、そんな反応だった。

「…? 文さん」
「いえ。で、あの子がどうかしたんですか?」

 椛が疑問符を浮かべたときにはもう、文はいつもの調子を取り戻していた。椛に問い返して、テーブルの上に用意されたお茶を一口啜ってみせた。

「その…新聞部の大会での出来事は知ってますよね。授賞式の時、壇上ではたて先輩が戻してしまったの」

 新聞部の大会には記者をしている天狗は原則、参加するよう命令されている。当然、文も特別な事情がない限り参加しているはずだった。ならば居眠りでもしていない限り、あの出来事は知っている筈。案の定、ええ、と興味なさ気ではあったが文は是と応えた。

「それからずっと…はたて先輩、具合が悪いんですよ。ほら、ここにも顔を出してないと思いますし…今、竹林の病院に入院してるんです」
「ああ、それで最近顔を見ないと思ったら。成程。そういうことね」
「………」

 椛に言われ、たった今気がついた、文の言葉はそんな台詞だった。
 同じ部署で、しかも、自分を慕ってくれている人なのに、と椛は内心に怒りを抱き、拳を握りしめたが何とか顔には出さなかった。あるいは想い人の想い人だからこそ嫉妬というフィルターを掛けてしまって、必要以上に文を悪く見ようとしているのではないかと椛は自分を戒めた。一区切りつけるよう背筋を正し、話を続ける。

「その…はたて先輩は授賞式の時に吐いてしまったのがすごくショックだったみたいで、なんていったらいいんでしょう。胃潰瘍だとか蛔虫をもらっただとか、そういう分かりやすい病気ではないんですけれど、体の方ではなく…心の方を悪くしてしまって、それで…」

 なんとか永琳から受けた説明の内容を思い出しながら椛は文に説明した。拙く分かりにくい説明だったが、今は自分の言葉で頑張るしかないのだと、椛は必死に頭の中を整理する。

「何を食べてもですね、その授賞式で戻したことを思い出してしまって、全部、吐いちゃうそうなんですよ。そのせいで、今はすごく、痩せていて…心の方も、ちょっと、不安定で…自分、とても見ていられなくて…」

 椛は強く拳を握り締めた。声が震えだし、瞳がうるおい始める。辛そうな顔。それはこれから自分が言わなければならない言葉の痛さに耐えている姿だった。

「お願いです、文さん。はたて先輩のお見舞いに行ってあげてくれませんか?」

 涙で滲んだ視界に文の姿を捉える。まっすぐ、自分ではまっすぐと思いながら文の顔を見つめる。身を切るような思いで。

「はたて先輩は文さんにあんな恥ずかしいところを見られたってすごく気にしてました。他の誰にあんな大事な場面でおエッ、って吐いてるところを見られたことより、文さんに見られてしまったのがすごく恥ずかしくて辛かったんだととても気にしてました。それこそ体を壊してしまうぐらいに」

 何故、どうして、その相手が自分じゃないのですかと、声を大に叫びたかった。問い詰めたかった。けれど、そんなことをしても意味が無いことぐらい分かっていた。

「これだけ聞くとはたて先輩が変な人に思えるかも知れません。でも、違うんです。違うんです。ちゃんと、理由があるんです。文さんにだけははたて先輩はあんな酷い所を見せたくなかった理由が。ちゃんと、あるんです。それは…っ、それは…」

 転がるはたてのボールに追いつけない自分は、ならばせめて文のボールをはたての方へ転がす役目を担うしかないのだと。キューピットの格好をした滑稽な道化を演じるしかないのだと。

「はたて先輩、文さんのことが……好き、なんです」

 椛は泣き、笑いそうな顔をしながらそう恋敵に自分の想い人の想い人が誰なのかを告げた。

「お願いですッ、文さん!」

 そこから先は最早、堰を切ったような有様だった。椛は隣の事務所まで聞こえるような大きな声を上げ始めた。驚いた天狗たちは仕事の手を止め一斉に応接間の方へ目を向ける。

「どうか、どうか、はたて先輩のお見舞いに行ってあげてください。文さんが先輩に気にしてないって言ってくれればきっとはたて先輩は治ると思うんです! こんな、こんなこと、私が頼める立場じゃないのは分かってます!でもっ、でもっ、どうかお願いですっ! ………先輩を、先輩を…助けてあげてくださいっ…!」

 深々と頭を下げる椛。言いたいことは言えた。拙い言葉だったけれど、自分の想いは伝わったはず。後は結果を待つだけ。そうしてそのまま椛はじっと、文が何か言葉を返してくれるのを待った。

 最も客観的に見ればこれは滑稽な話だっただろう。
 失恋した女の子が暴走して、必要以上のことを言ってしまい結果、大事になってしまった。そんな喜劇だ。それでも、これだけ必死に頭を下げれば誰だって分りましたと応えるだろう。内容はさして大変なことでもなんでもないのだから。普通ならば。

「貴女の話は大体、わかりました」

 文の言葉にあ、と椛は顔を上げる。いつの間にか文はソファーから体を起こし、立ち上がっているところだった。高みから睥睨するような鋭い視線を向けられている。

「ですが、お断りします。私はあの子の見舞いには行きません」
「え?」

 一瞬、椛は自分の耳が狂ってしまったのかと思った。
 行きません。行かない。嫌だ。否。
 この女はそう言っているのだ。自分がこれだけ辛酸をなめ、深々と頭を下げたというのに。

「なっ…!」

 何故です。そんな言葉も口に出来ぬまま椛も立ち上がった。今にも殴りかからん勢いで文を睨み付けている。

「行かない理由を聞きたそうな顔をしてますね。簡単ですよ。行きたくないから行かない。それだけです」

 それで話は終わりだと言わんばかりに文は踵を返した。さっさと応接間から出て行こうとしているのだ。慌てて椛は手を伸ばし、文の肩を捕まえる。

「どうして!? ちょっと、病院に行って顔を会わせるだけじゃないですか! なんでそんな事を嫌だって言うんです!」

 あからさまに不快な顔つきで振り返った文に浴びせかけるよう、そう言う椛。放してください、と文は椛の手を払いのける。

「私の勝手でしょう」

 短く、それだけで十分だと言わんばかりにきっぱりと言い捨てて再び部屋から出て行こうとする文。部屋の外ではなにやらどよめきが起っていた。

「ちょ、待って…待てっ!」

 今度は逃がさないと椛は文の腕をしっかりと掴んだ。いよいよ持って文の顔も険しいものに変わる。

「ああっ、もう、鬱陶しい! アレと同じようなことを…」
「アレ? アレというのはまさか、はたて先輩の事を指してるんですかッ!」
「……だったらどうだというんです。ほら、さっさと放してください。私は忙しいんですよ。やっと鬱陶しいのが来なくなったんです! 静かに仕事させてくださいよ」
「ッ…はたて先輩をそんな風に言うなんてッ!!」

 睨み合ったまま言葉の応酬を続ける二人。今にもそれは殴り合いの喧嘩に発展しそうなほど、鬼気迫る雰囲気が二人の間には広がっていた。はたして、そのきっかけになるのは。
 と、文が唐突にああもぅ、と唸り声を上げ、頭を大きく振るった。ショートの髪が乱れる。内心も同様だろう。文は一際強く椛を睨み付けるとその胸ぐらを掴んだ。

「いいか、犬ッころ! 一つ、教えてあげますよ! 私はですねぇ」

 何かを言おうと、何かを告げようとする文。その後ろでゆっくりと扉が開いていく。別の来客か。素足にスリッパを履いただけの足が見えた。あ、と椛がそれに気がつく。ダメです、と声を上げようとする。けれど、遅かった。

「はたてのことが、嫌いなんですよ!」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」

 開け放たれた扉の前に入院着を来たはたての姿があった。

「先輩…っ?」
「え、あ、あ、あの…私、ご、ごはん、永琳先生のお陰でちょっとだけ食べられるようになったから…そ、その、また、あ、文とごはん、食べに行こうと思って…その、びょ、病院、抜け出してきたんだけど…え、え?」

 そんな風に椛の疑問符にどうして自分がここにいるのか説明するはたてであったが、果たして自分の言葉でさえ今の彼女の耳には届いているのだろうか。目を見開き、瞳孔を明るみにいるよう閉じさせ、何度も何度もはたては目を瞬かせていた。

「ちっ、退いてください。私は仕事がありますから」

 そのはたての脇をすり抜けるよう文は部屋から出て行く。瞬間、椛の瞳が鋭く光った。

「待てッ!!」

 文を追い部屋から飛び出す椛。文は歩みさえ止めなかったが、それでも走るものと歩く者だ。僅か数歩で距離は縮まり、そうして…

「射命丸文ッッッ!!!」
「ッ!!?」

 椛は渾身の力で握りしめた拳を文に向けて放った。短い悲鳴を上げ倒れる文。体を支えようと伸ばした手がすぐ側の棚に収められていたバインダーをひっつかみ、落とす。ばらばらと床の上に落ちたバインダーを踏みつけ椛は文に迫った。うつ伏せに倒れていた身体を仰向かせ、腰の上に馬乗りになり胸ぐらを掴みあげてもう一発、文の顔面を殴打した。

「なんでッ! なんでだよ!」

 殴打は一度では続かなかった。二度、三度と拳を握りしめなおしては椛は文の顔面を殴打した。同時に口からは痛烈な問いかけが。顔を火のように赤くし、歯を噛みしめ、泣きそうに顔を歪めながら椛は文を殴り続ける。

「なんで、なんで、なんで、なんで、あんな事を言った! なんで! はたて先輩はアンタのことが好きなのに…どうして、どうしてッ!」

 振りかぶった椛の手には血がついていた。けれど、それは文の血だけではなかった。出鱈目に無我夢中で殴りつけたため、椛の拳骨もまた切れたのだ。殴りすぎて腕の方も腫れ上がっている。それでもなお椛は拳を振り下ろす。

「それなのにどうして、どうして、気持ちに応えてあげなかったんだ! いいや、応えないのならまだいい! まだ、納得できた! なんで、なんで、なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんで! 先輩が嫌いだなんて言えるんだ!」

 ぽたり、と文の胸ぐらを掴んでいる椛の腕の上に涙の一滴がこぼれ落ちた。悔し涙か。それとも…

「畜生! 畜生! 畜生! 畜生畜生畜生ッ! この…ッ!!!」

 自壊するのではと思えるほど強く椛は拳を握りしめた。そこに怒りを込めるよう。そこに憤りを込めるよう。そうして…

「ッ、やめ、て…椛っ!」
「どうしてですッ! こいつははたて先輩の事を…!」

 けれど、その渾身の一発は振り下ろされることはなかった。振り上げた腕をはたてが押さえてきたからだ。放せ、放せ、と椛は腕を暴れさせるが、病気の身の何処にそんな力があるのだろうか、はたては決して椛の手を放そうとはしなかった。

「理由なんて…ないに決まってる」

 そこへぽつりと一つの言葉が投げかけられた。暴れるのを止め耳を傾ける椛。はたても腕こそ放さないものの声の主の方へと注意を向けた。

「理由なんて、ないに決まってるんですよ」

 声の主は椛の下で倒れている文だった。殴られ、切れ、腫れた唇で喋りにくそうにしながらも独白じみた言葉を続けている。

「衝動みたいなものなんですよ。気がついたらそうなっていた。気がついたらそう想っていた。だったら後はなりふり構わず盲目的に。喩え、自分が嫌いだと言ってきた相手も守ろうとしてしまう。理由なんてないんですよ。気持ちが強すぎて。理由なんて最初から無くても、とうに喪われてても。想いだけは残るものなんですよ」
「………」

 不意に語られた言葉は文の恋愛観だろうか。だが、別段、奇妙な観念ではない。それがどうした、と言わんばかりに椛は文を睨み付ける。

「最初は私も、無闇矢鱈に私をライバル視してくるのが鬱陶しいだとか、私の真似事をしてくるのがウザったいだとか、それぐらいしか想っていなかったんですよ。けれど、だんだんとその想いが募って、募って、気がつくともう、心底、それこそ親の敵のように嫌いになっていたんですよ」
「………っ」

 椛は眉を顰める。文は今ここで、この状況で自分がはたてを嫌っていると言うことを親切丁寧懇意に、皮肉を込めて説明してきているのだ。そこまで、嫌いなのかと、嫌悪を通り越しある種の感歎さえ椛は憶え始める。けれど、その嫌悪感も続く言葉の前にはちょっとした身震いに過ぎなかった。

「でも、それってそこのヒキコモリ天狗が私に向けている感情と、ああ、それと犬ッころ、貴女がソレに向けている想いと何か違うところはありますか? 属性が少し違うだけじゃないですか。相手を強く想う。それが愛なのか憎なのか、その違いだけで。誰か特定の相手に強く思いを抱いている。どちらも同じ事ですよ」




―――だから、



 だから、私がはたての事を嫌いだと言うことが理解できない、なんてこと理解できないなんて言うな、盲人が。
 そう、文は言い放った。
 するり、とはたての腕から椛の手が滑り落ちた。









「だからって、はたてさんに毒を盛るのはやり過ぎでは?」

 雷が落ちた後の様な空気だったその場に更に四人目の声が入り込んできた。椛もはたても、そして文も驚いて視線をそちらに向ける。そこに立っていたのは外行きの外套を着こんだ永琳だった。病院からいなくなったはたてを連れ戻すためにここまで来たのだ。

「…なんのことです?」

 永琳の真っ先に反応したのは不穏なことを言われた文だった。仰向けに倒れているために逆さまの視界の向こうに立つ永琳にそう疑問符を浮かべる。僅かな間があったのは果たして。

「私も医者ですからね。一応、最初にはたてさんが嘔吐した原因を調べないと行けませんので。本当なら、吐き出した物をすぐに調べれれば良かったのだけれど、時間が経っていたでしょう。まぁ、それでも月の科学力にかかれば造作もないこと。授賞式会場の雛壇の床板の木目からはたてさんの吐瀉物を採取させてもらったわ。そこから、微量だけれど毒物が検出された。はたてさんに聞いた話だけれど、射命丸さん、貴女、式の前にはたてさんと食事に行ったそうね」
「………」

 沈黙。文は沈黙する。けれど、それも一瞬だった。まるで諦めるよう文は肺に溜まった酸素を吐き出し、やれやれ、と皮肉げに笑った。

「だから言っているでしょう。恋は盲目。戦争もまた然り。私も気持ちが強すぎたんですよ」

 そして、己の犯罪を認めた。
 何が起こっているのか理解できず呆然としている椛を突き飛ばして立ち上がる文。

「どうする気なの?」
「…とりあえず、部長に辞表を出してきますよ。同じ部署の天狗に毒を盛るようなヤツとは誰も一緒に仕事したくないでしょうから」

 幻想郷内の巨頭の一人でもある永琳に看破されては最早言い逃れも出来ないと思ったのか、いっそ清々しい口ぶりで文は永琳の横を通り抜けようとした。待って、とはたてが手を伸ばす。その声にほんの僅かな間だけ文は足を止めた。

「あ、文…ほ、ホントなの…ほ、ホントに私が、私が嫌いだから、ど、毒なんて飲ませたの…?」
「………」

 目頭に指を当て、考えるようなポーズを取る文。

「そうですよ。だって、私は貴女が嫌いですから」
「わ、私は文のこと…好きだよ」
「私は貴女のことは大嫌いですよ、はたて」










<フラッシュバック>











「美味しいねぇ、うnうn」
「…そうですね」

 お昼時、繁盛している店の片隅ではたては文と肩を並べて鰻重を食べていた。ここはミスティアが経営する焼き鰻屋。幻想郷でも評判の居酒屋だが、時間が時間なのか、今は飲み客よりも圧倒的に飯を食べに来た客のほうが多い。店内は大繁盛しており、店の外には木枯らしに吹かれながらも席が空くのを待っている人間や妖怪の列が何時まで経っても途切れない様子だった。
 二人が店を訪れたのは午前中11時過ぎ、それから三十分以上待たされてから二人はやっと席に付くことができたのだ。鰻重の梅、二人前とさっさと注文する文にはたてがせっかくのお祝いだから、奢るよ、と言って最上級の松を注文しなおした。祝を受けるほうが、奢る、と言ったのだ。
 そう祝い。今日この後、はたてには天狗党新聞大会の大賞授与式という晴れ舞台が待っているのだ。この豪勢な昼食はその前祝いのようなものだった。

「でも、珍しいね。文が私をごはんに誘ってくれるなんて」
「誘わないほうがよかったですか」
「ううん、そ、そんなことないよ。とってもウレシイから!」

 首が取れてしまうのでは、と思えるほど大きく頭を振るい否定するはたて。鰻重の松を食べて、顔を綻ばせる。対して肩肘をついて物憂げな顔をしている文はほとんど鰻に手を付けていなかった。お腹いっぱいなのかな、とはたては横目でその様子を伺った。

「ホントに…嬉しいんだから」

 暫く続いた沈黙を破るようにはたてはそう口を開いた。憮然とした顔つきでメニュー表を意味もなく眺めていた文が視線だけをはたてに向けてきた。

「がんがってがんばって、やっと文に追いついたんだから」

 箸を止め、じっと中身のなくなった重箱を見つめ続けるはたて。いや、見ているのは重箱ではない。それは敬愛する彼女の後ろ姿で…

「だからね…だからね、文。その…表彰式が終わったら、聞いて欲しいことがあるの」

 意を決したようにはたては告げた。顔はほんのり桜色に染まり、瞬き多く左右に揺れている視線は緊張とある種の達成感を見せていた。対して文の顔は…

「………」

 暫く、文が何も言わないでいるとはたては椅子をひいて立ち上がった。

「ちょ、ちょっとお花を摘みに行ってくるね」

 恥ずかしさからか、そう言って席を立つはたて。その後ろ姿を唇を結んだ顔つきで文は見送った。



 暫くして、トイレから用もたさずにはたてが戻ってきた。と、あれ、とはたては首をかしげる。食べきったはずの鰻重が殆ど手つかずの状態で置かれていたからだ。

「私、いらないから食べて」

 そう視線も向けずに言ってくる文。はたてはテーブルに置かれた鰻重と文を交互に見比べたが椅子に座ってありがとう、と応えた。

「ちょうど、お腹が空いてたんだ。おいしい物はいくらでもはいるしねぇ、うnうn」

 満面の笑みを浮かべてはたてはもらった鰻重をかっ込み始めた。文はどこか明後日の方向を向いて、眉を顰めていた。





 それから食事を済ませた二人は天狗党新聞大会の会場へと向かった。二人、と言うよりは先ゆく文の後をはたてが追いかけていったといった感じだったが。けれど、それは文が早く歩き過ぎているというだけではなく…

「た、食べ過ぎたかな…?」

 すこしはたての調子が悪い、という理由もあったようだ。お腹の辺りをさすりながら置いてかれないよう、なんとか足を交互に動かす。

「ま、待ってよぅ、文ぁ」
「…早くしてください。遅れますよ」

会場についた二人はそこで別れた。文は並べられた席の何処に座ってもいいと言われたが、受賞者であるはたては会が滞り無く進むよう、専用の席が用意されていたのだ。離れ離れになって少し心細いな、とはたてはつまらなさそうにひとり座っている文の顔を眺めていた。この後控えている一大イベントを前に出来るだけ元気づけられるよう、文の側に居たかったのだ。けれど、更にその後に控えている大々イベントの事を考えるとここで一端、離れるのも落ち着くためにはよかったかも知れないとはたては思い直していた。新聞部の部長のありがたく長いお話が始まるまでは。

「ッ………」

 壇上から聞こえてくる部長の声も今のはたてにはBGMにすぎなかった。腹を抑え、ガマの油のような粘っこい汗を流し、顔を青白くさせている。明らかに具合が悪いといった様子だった。はたての席の隣に座っていた天狗が大丈夫ですか、と小さな声をかけてきてくれたが、けれど、はたては大丈夫ですと余裕をかますよう応えた。せっかくの晴れ舞台なのだ。別段、今ここで仮にはたてがいなくても賞が取り消されるということはないが、出来ることなら自分で賞状を受け取りたい。そうはたては思ったのだ。
 だが、そう考えていたのも最初の十数分だけだった。部長に変わり天狗たちの党首、天魔が話し始めたところでもはやはたての体調は劣悪の極みに達していた。ぐるぐる回る視界。ずきずき疼くこめかみ。ごろごろと唸る腹部。天魔の声も最早遠く、まるで現実味がなかった。夢のなかにいるような心地。ただし、とびっきりの悪夢の中。はたてはどうして自分がこんな所にいるのかも忘れてしまい、ただただ、小さくうなり声を挙げているだけだった。

「…て! 姫海棠はたて!」

 それを現実の世界に戻したのは自分を呼ぶ声だった。顔を上げれば司会進行の天狗がはたてを見て声を上げている。ああ、そうだ、とはたては思い出す。

「名前、呼ばれたら賞状、受け取りに行かないと」

 自分を呼び止める隣の席の烏天狗の言葉も耳には遠く、はたては立ち上がり、ふらつきながらも壇上を目出した。転げ落ちそうになりながらも階段を昇る。会場からははたての様子がおかしいことに気がついて、小さくどよめきが起こっていたが今のところ、無理に止める者もいなかった。桧舞台だ、緊張しているのだろう、その程度だと誰もが思っていたのだ。あるいは悪心に苛まされながらも歩いているはたて自身も。大丈夫かね、と小声で問いかける天魔にも曖昧に頷いて返す。仕方なく、天魔は式を続けることにした。

「姫海棠はたて。貴君は…」

 賞状を手にその文面を厳かに読み上げる天魔。

――賞状、賞状を受け取ったら終わりだ。終わったら、文に、文に、告白するんだ…だから、早く、早く終わってよぉ…

 もどかしく、焦りながらもはたてはじっと天魔が読み終えるのを待った。賞状の文面は僅か十数行ほど、ゆっくり読んでも一分とかからない程度のものだ。けれど、それがはたてには永遠に感じられた。炎天下、のどを潤すことなくひたすら片足で立ち続けるような拷問じみた時間が流れていく。

「はたて、はたて君!?」
「は、はいっ!」

 と、またも自分を呼ぶ声ではたては我を取り戻した。一瞬、気を失っていたようだ。焦点を結べば天魔が厳しい顔つきで賞状を渡そうとしているのが見えた。なんとか段取りを思い出し、恭しく頭を下げてからそれを受け取るはたて。紙面に達筆で書かれた自分を褒め称える言葉。頑なな努力と一途な想いの結晶だった。にじむ視界に文の顔が浮かび、にこりと微笑みかけてくれる。それは想像だったけれど、もう少しすれば本物が見られるとはたては一瞬、心に暖かなものを感じた。

「あり…」

 後はここでお礼を言って下がるだけ、そう段取りを思い出した。これで終わりなんだ、と気を抜いた。あるいはそれが起点だったのかも知れない。

「はたて君?」

 再び、はたての様子がおかしいことに心配そうに眉を顰める天魔。はたては有難うございます、の三文字目、が、の口のまま石像にでもなったように固まっていた。青い顔。その表面に浮いた油のような汗。虚ろな視線。そうして…

「がおぇ…ッ…うぉぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

 その場ではたては吐瀉した。
 一瞬、堪えはしたもののせり上がってきた胃の内容物の両は多く、閉じた口は一瞬で満杯になり、後はもう止めることは出来なかった。折角頂いた賞状の上にはたての口から溢れ出してきた吐瀉物が降り注ぐ。更に吐瀉物は紙面を伝わり、まるでウォータースライダーのように流れ、はたてのスカートや膝へと流れていった。
 来賓や参加者たちから悲鳴があがる。それは席の壇上にほど近い前の列からだんだんと後ろの列の方まで伝播していき、ついに会場中がどよめきに包まれた。司会進行役もあっけに取られはたてが嘔吐する姿を呆然と眺め続ける。その騒ぎの中、最初に動いたのははたてに最も近い位置にいた天魔だった。身分も関係なく彼ははたてに近寄ると大丈夫か、と肩に手を触れ声をかけた。あう、と胃の中のものを全て吐き出し終えたはたてはけれど、自我呆然と入った様子で反応らしい反応は返せなかった。代わりに夢遊病患者のような調子で誰かに声をかけられたよう、ゆっくりと振り返り、誰かを探すよう会場を見渡して、









<フラッシュバック終了>










「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ…………っ」
「気持ち悪いですね、ホント」

 あの時と同じようにその場で戻し始めたはたてを見て文は嫌悪も露わに言い放った。




END
>嘔吐鉄山靠ッ!(奈良県内にあるさる山村のみに伝わっている奥義

 というわけで企画参加表明はしておりませんが参加させて頂きました。
 いえね、書き上がってから参加表明して日付変更と同時に投下してやるぜヒャッハーとか下衆な事を考えていたんですけれど、どうにも筆が重くってゴホゴホ
 間に合いはしましたがルールを踏みにじるようなこのていたらく。どうか、ご容赦の程を。

 ナニワトモアレ、素敵な企画を立ててくださった方に感謝感激です。
sako
http://www.pixiv.net/member.php?id=2347888
作品情報
作品集:
24
投稿日時:
2011/02/18 16:20:30
更新日時:
2011/02/19 01:20:30
分類
東方ゲロ娘
はたて
ハタ!モミ!アヤ!ハ・モ・ヤ!ハモヤッタ!
1. 名無し ■2011/02/19 02:54:22
救いがねえ…
2. NutsIn先任曹長 ■2011/02/19 03:06:22
文。
椛。
はたて。

それぞれ相手を思う気持ちの力は同じ。
ベクトルが違うだけで。
吐いたのはゲロだけではなかった、と。

頭がはたて(念写能力)、腕が椛(剣と盾)、足が文(幻想郷一のスピード)ですか。
SCANNING CHARGE!!
せいや〜〜〜〜〜!!
3. 狂い ■2011/02/19 03:25:00
射命丸も可哀そうだな
偏執的な後輩が出来たおかげで失脚に追い込まれた。

まさに「気持ち悪い」
4. イル・プリンチベ ■2011/02/19 07:39:01
天狗どもがすんごくいい感じに壊れていますな。
文ちゃんも
椛ちゃんも
はたてちゃんも
揃いもそろって輝いているんですが、
特にはたてちゃんのゲロの吐きっぷりには痺れました。
5. ふでばこ ■2011/02/19 17:20:09
 もうどうやってもくつがえしようのない拒絶ですね。
 そして軽く椛がイケメンになってるという。三角関係になってるのかなと思ったら、文がドギツすぎて三角形じゃなかった。
 おつかれさまでした。面白かったです。
 
6. うらんふ ■2011/02/20 21:34:35
大好き、と大嫌い、って、ベクトルが違うだけで思いの強さは同じなんですよね・・・
最初は、「なんだかんだいって、実は文もツンデレなんでしょー!」と思って読んでいて、最後まで貫かれたその姿勢にガツンときました〜
7. 名無し ■2011/02/22 21:24:12
文は自分の地位をはたてに撮られるのが嫌だったのか、?
でも自分も嫌な物を取ってきたいいわけにはならないぞ。
名前 メール
パスワード
投稿パスワード
<< 作品集に戻る
作品の編集 コメントの削除
番号 パスワード