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『東方ゲロ娘『吐き巫女』』 作者: 紅のカリスマ
何時からだったろうか。
私が“アレ”に対して、興奮を感じる様になったのは。
考えてみても解らない。
しかし、これだけは、はっきりと言い切れる。
私、博麗 霊夢は───吐瀉物が……ゲロが大好きである、と。
思い切り吐き出された胃の中のモノ。
食物と胃液が溶け合い混じり合い、黄や白、時には茶や黒く染まった特別な姿。
嗅げば、鼻に満ちる刺激的な香り。
一度は顔を歪めて背けるものの、再び近付けてしまう。
まるで、麻薬の様な中毒的な魅力がそれにはある。
そして、それを口に運ぶことによって押し寄せる背徳感と昂揚感。
決して、美味では無い。
むしろ、不味い。
不味くても、ストレートに飲み込めてしまうのだ。
そして、それをまた吐く。
飲み込んだゲロを吐き戻し、それを自分の顔へと浴びせ掛けるのだ。
それ程までに、私は吐瀉物が大好きなのである。
今日も今日とて、己の吐き戻したモノで、エクスタシーの境地へ到らんとしたのだ───が。
「そういう訳よ、永琳」
「ああ……取り敢えず、貴方が重度のエメトフィリアなのは、よく解ったわ。他人の性癖をとやかく言うつもりは、私には全く無いけれど……けど流石に、毎日は自重した方が良いと思うわ、霊夢」
「えー、何でよー」
「それがゲロ溜まりに顔面突っ伏して、気絶していた人間の台詞かしら」
「う……それは……」
……ここ最近、毎日食っては吐き、エクスタシーに浸る生活を送っていた私は、所謂、栄養失調状態(主に塩分)になっていたらしい。
確かに、連日やる様になってからは、何処となく気怠さを感じたり、眩暈がしたりはしたが、まさか倒れるとは自分でも思わなかった。
「魔理沙に見つけて貰ったことに、感謝しなさいな。あのまま放っておいたら、貴方そのまま閻魔のお世話になってたわよ」
「………」
永琳が言うには、発見してくれた魔理沙が何時も通りの軽口を叩きながらも、割と本気で心配していたらしい。
私がゲロ好きなのに、理解を示してくれている友人ではあるし、今度会ったら、お礼代わりにお茶でも奢って上げることにしようと思う。
後、流石にゲロが好きとはいえ、ゲロに突っ伏したまま死んで、あの口煩い閻魔のお世話になるのは御免だ。
何を言われるか、解ったモンじゃない。
「それでも、思い切りゲロ吐きたいのよねぇ。思い切り吐いた時の解放感とか、最高じゃない?」
「……自分だけじゃなくて、頭の中も空を飛んでるわね、貴方。羨ましい限りだわ」
「もう……褒めないで頂戴よ、恥ずかしい」
「呆れてるのよ……」
そう言葉を零し、永琳は深く溜め息を吐いた。
「……まぁ、どうしても吐きたいなら、週に一回〜二回にしなさい。身体に悪いから。ああ、後、今日の夜から一週間は栄養剤を飲んで貰うわ。出来れば、この一週間は嘔吐しない様に」
「むぅ……」
私は渋々了解するしかなく、栄養剤を渡されて帰途に着くことになった。
その日の夜は、渡された栄養剤を飲み、普通にご飯を食べるだけにしておいた。
思い切りモノを吐きたい衝動に駆られたが、また永遠亭に運ばれて永琳にどやされるのは嫌なので言われた通り、ここ数日は止めておくことにした。
しかしながら、吐くことを我慢していたら気分が悪くなった。
吐き気は全くしない。
だが、胃の中のモノを盛大にブチ撒けたい。
そういう欲求不満と自制心が頭の中で巡り、悶々とすることが二日、三日続いた。
「……ああ、もうッ!!」
ゲロを吐けないことにより、溜まってきたストレス。
苛つきで、卓袱台をトントンと叩き始める。
今の私は、最高に苛々していた。
「嗚呼、吐きたいッ……思いッ切りゲロ吐きたいッ……!!」
ゲロを吐けないことによる禁断症状に苛まれている。
つまり、アル中ならぬゲロ中。
そんな状態なのかもしれない。
肉体的に健康でも、精神的に不健康な状態だ。
「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ッ!!!!畜生ッ!!!!」
更に溜まってきたストレスの捌け口と言わんばかりに、卓袱台を殴り付けた。
卓袱台が軽く軋んだ。
手が痛い。
「……鬱憤溜まってるみたいだなぁ。そんなにゲロ吐けないのが辛いのかよ?霊夢」
「あ、魔理沙……えぇ、うん、まぁ……辛い」
聞き覚えのある声。
魔理沙が訪ねてきた様だ。
どうも、先程までの醜態を見られていたらしい。
ちょっと恥ずかしい。
「別に良いじゃないか、吐いちまっても。欲望には従順たれだぜ?」
「そうすると、また永琳にどやされんのよ……めんどくさい」
「意外と医者とかそういうのには素直に従うのな、お前」
「人の話を聞く気すらないアンタとは違うのよ。お医者さん怖いし」
「何処の子供だよ……」
「一応は、少女よ。年齢的には……にしても、何か用でもあるの?何時もと違って、手ぶらじゃないみたいだけど」
「ああ、お茶を貰うついでに、ちょっとな」
「本命は何時もと変わんないのね」
「当然だぜ」
用事はついでだったらしい。
まぁ、魔理沙らしいと言えば、らしい気はする。
取り敢えず、永遠亭へ運んで貰ったお礼代わりに、何時もの様な小言も言わず、お茶を注いでやる。
何時も出すお茶より、大分良いもので、自分でもたまにしか飲まない代物だ。
「はい、お茶」
「おう、サンキュー」
受け取って一口。
「ん、何時ものと違うな」
等と魔理沙は一言返す。
「この前のお礼代わり。何時ものより、美味しいでしょ?」
「成る程ね……確かに美味いな」
そう言って、また一口。
今度は、一緒に私も一口。
───美味い。
嗚呼、実に至福の一時だ。
「……んで、用事って何?」
しかし、目の前の友人を待たせるのは気が引けたので、すぐに至福の向こう側から帰ってくる。
さようなら、私の至福の時間。
「ああ、そうだそうだ。新しい魔法薬を作ってみたんだよ」
「へぇ……え?」
───魔法薬?
激しく嫌な予感がした。
まさか…と考えずとも、魔理沙が何を提案してくるか等、長い付き合いなのでお見通しだ。
「取り敢えず、その魔法薬の実験台に……」
「断じて断るッ!!!」
「……ならんよなぁ、やっぱり」
当然である。
以前にも似た様なことがあった。
その時は確か、膨乳剤とかいう触れ込みだった気がする。
一応飲んではみたものの、膨乳剤どころか搾乳剤であり、三日三晩、母乳が止まらなくなるという色々と壮絶な事態に陥ったのだ。
「そのことを忘れたとは言わせないわよ……私は、あれが原因で枯れ果てたんじゃないかって、心配してるんだからね……」
「あー、そんなこともあったっけなぁ、そういえば。あの時の霊夢、「あっ、あっ、らめぇ!!!れちゃう、れちゃうのぉぉ!!!れーむのみるくが!!!みるく、たくさんれちゃうのぉっ!!!!」……って感じで、見てて面白かったぜ」
「えぇい、その減らず口、黙らせてくれる」
「まぁまぁ、落ち着け霊夢。後遺症は無い、多分な」
「……アンタの口からそういう言葉が出ると、著しく信用性に欠けるわね。そもそも後遺症とかそういう問題じゃないし」
どちらかと言えば、人としての尊厳の問題だ。
夢想封印使ってでも、完全に封印してやりたい黒歴史を抉られた私の尊厳。
「兎にも角にもだ。この魔法薬をただの薬だと思っちゃいけないぜ」
「そりゃあ、まぁ……魔法って付くくらいだから、普通の薬とは考えてないけど、悪い意味で」
「フフン、聞いて驚くなよ霊夢。この魔法薬は───」
「───催吐薬だ」
「さいとやく?」
あまり薬品類に詳しくない私でも、語感を聞いただけで何となく想像が付いた。
催吐薬───所謂、無理矢理にでも嘔吐させる薬なのだろう。
しかし、そんなレベルの物なら、永遠亭どころか人里で探しても見つかる代物であろう。
魔理沙が自作し、自慢してくる程の薬なのだから、何かあるのは間違いないだろうが。
「……でも、そういう薬って普通にあるわよね?わざわざ作らなくても」
「甘いな、霊夢。自力で作ったことに意味があるんだぜ?それに、他の催吐薬と同じに見て貰っちゃ困るね。私のは、毒キノコの嘔吐を誘発する成分だけ抽出したものに、軽く脳の嘔吐中枢を刺激する魔法を掛けた二重の構えなんだ。これで吐かない奴はいないぜ?多分」
自分で作った催吐薬のことを嬉々としてドヤ顔で説明しているが、心底思う。
誰得だよ。
───あ、私得だった。
「……ねぇ、魔理沙。その薬、何の為に作ったの?」
先程、自分の中で出した結論を踏まえて、魔理沙にこの薬を作った理由を問うてみる。
もしかすると、私の為だった……
「んあ?そんなの分かり切ってるだろ。自分の向上と悪戯用に決まってるじゃないか」
……訳無いか。
私は何に期待していたのやら。
そして、向上の為は良いが、悪戯用というのが妖精レベルの頭の足りない考え方過ぎる。
「でも、人間で投薬実験するのは、流石に躊躇したからな……」
そもそも、躊躇するんだったら、そんな薬を悪戯目的に作るなという話なのだが。
「……で、霊夢に頼みたかった訳だ。霊夢は思い切りゲロを吐けて幸せ、私は薬の効果を確かめられて幸せ───ギブアンドテイクだろ?」
「………」
本当にギブアンドテイクなのかという疑問はあるが、ゲロを思い切り吐けるという点でなら確かに、私に利はあるが損は無い。
「……本当に大丈夫なんでしょうね?」
「信じろ。死にはしないはず」
……より一層不安になる言葉だ。
だが、一応は友人である者の言葉である。
それを信じて、私は一思いに一口飲んでみようと思った。
永琳の良いつけを無視することになるが、バレなければ問題ないはずである。
ただ、部屋の中で吐くと流石に後処理が大変なので、私達は一先ず、外に出ることにした。
どうせ誰も来ないだろうから、表でしても問題は無さそうであったから。
「ほら、これだ」
魔理沙から、件の魔法薬が入った透明な容器が手渡される。
渡されたその薬は、ほんのり白み掛かっていた。
入ってる容器を軽く揺らす。
若干ながら粘性があるのが見て取れる。
意を決して一口分、口に含む。
口に含んだ感触は、さながら練乳の様。
しかし、全くの無味無臭で違和感しか無く、気持ち悪い。
そして、私は口に含んだソレをゆっくりと嚥下する。
喉の辺りを粘ついた感触が降りていく。
喉がパサパサしてくる。
「………」
「どうだ?」
「……うがいさせて、口の中が気持ち悪い……うぇ」
「まぁ、実際は料理の隠し味に使うものだし……そのまま飲めば色々気持ち悪いだろうな」
「隠し味ってねぇ……ぅッ……!!?」
口の中の気持ち悪い感触を取り払おうと、魔理沙に水を頼もうと思った時。
ソレは唐突に、私へ襲い掛かってきた。
「う……ぇえっ……おぁ……」
強烈な吐き気。
それも、今まで感じたことの無かったレベル。
喉の奥を指で押した時に来る吐き気等とは訳が違う。
尋常では、無い。
「あ゛、うェ……う゛……ま、ま゛り゛、さァ……うぷッ……」
「あー……流石に原液そのままは、ヤバかったか?」
「うう゛……う゛ェ……」
言葉がまともに発せない。
これ程までに、本気で胃の中のモノをブチ撒けたい気持ちは初めてだ。
気持ち悪い。
だが、この吐き気の気持ち悪さすら、私にとっては快感をもたらす過程の一つ。
気持ち悪ければ、気持ち悪い程に、私の中が静かな興奮で満たされていく。
この気持ち悪さを吐き出したい。
その感情が、私を嘔吐へと駆り立てる。
身体がこの気持ち悪さからの解放を望んでいる。
腹中から何かが上がってくる感覚。
神社の石畳に膝を突き、右手を突く。
左手は喉の辺りに。
そして───
「う───ウボァェェエエエエエッ!!!!!」
───吐いた。
「オェェエエェエエッ!!!!ウヴェェェエェエエッ!!!!!!」
思い切り吐いた。
胃の中身どころか身体の中身を……腸(はらわた)の全てを引っ繰り返さんばかりの勢いで。
胃の内容物が喉を上がっていき、それが口の中に強い酸味を一瞬もたらした。
涙目になりながら、自分の吐き出したモノを見やる。
昼に食べた米と味噌汁。
それらと胃液の混じり合わさった黄色い吐瀉物が拡がっている。
「エグッ……ウッ……オゲェェェエエッエッエェエエ……!!!!」
若干嘔吐きながら、吐瀉物の第二波を更にブチ撒ける。
今度は先程より勢いは無い。
数少ない残りのモノを搾り出す様に吐いている。
そんな感じだ。
「ウェエェ、エェエッ……!!!」
暫く吐き続けていたら、もう何も出なくなった。
ゲロを吐き出し切った。
ただ、嘔吐くのみ。
三日振りの解放感に身が震えた。
自分の中から、一般的には不浄なモノを吐き出したというカタルシス。
私は、その興奮に一時酔い痴れていた。
「……あ」
……そういえば、あまりにも興奮し過ぎて、魔理沙がいたことをすっかり忘れていた。
脇をチラと見やると、魔理沙が割と冷静な表情で私を見ていた。
様子見。
観察。
その表情には、そういう言葉が相応しいだろう。
「成る程……やっぱり、直は回りが素早いぜ」
「幾ら何でも、早過ぎでしょうが……飲んだ直後に来たわよ、吐き気……」
「だからさっきも言ったじゃないか、料理の隠し味とかに使うって。一応、分量としては小さじ一杯で、自然な時間に吐き気が来る様に作ってあるんだが……一回で飲み過ぎるとこうなるのか」
「先に言いなさい、そういう大事なこと……てか一旦、ゲロの処理させてくれない?表にブチ撒けておくのは、好きでも割と抵抗があるわ……」
「まぁ、そうした方が良い気はするな。誰も寄り付かない神社が、更に寄り付かなくなるし」
「……誰も寄り付かない神社で悪かったわね」
一先ず、目の前に拡がっている吐瀉物を片付けることにした。
話はそれからだ。
……これを掬って飲みたかったが、流石に人前でやるのは気が引けた。
ちょっと満足出来ていない気分で、私は自分の吐き出したモノを片付ける作業を始めた。
───十数分後。
「おー、綺麗になったなぁ」
「……ただ見てるだけじゃなくて、アンタにも手伝って欲しかったんですがねぇ?」
「おいおい、自分の広げた小間物くらい、自分で片付けるものだぜ?」
「元凶はアンタの薬でしょうが……全く」
……しかし、この催吐薬の効き目は、本当に凄まじかった。
あれ程の吐き気は、今までに感じたことが無い。
そこで、私は一つ考えた。
───この薬さえあれば、私のあの“野望”が成就出来るのでは?
「……ねぇ、魔理沙」
「んあ?何だ?」
「これ、悪戯用とか言ってたわよね?」
「ああ、言ったぜ」
「フフン……ちょっと、耳を貸しなさいよ」
「?」
「かくかくしかじか……」
「……ふんふん……ほほぉ……成る程……良いじゃないか、その考え。乗った!」
私が考える“野望”について、魔理沙に提案してみたところ、あっさりと快諾して貰えた。
そもそも、そういうことを目的に作った薬なのだから、快諾という答えも当然だろう。
「それじゃあ頼んだわよ。何時も宴会を仕切ってる、魔理沙じゃなきゃ出来ないことだから」
「オーケー、任されたぜ。それじゃあ……次の宴会で、だな」
「えぇ、次の宴会で……」
そう、次の宴会で───
───私は、私の為の楽園を見ることが出来る。
───数日後の夜。
その日は、宴会だった。
魔理沙が開くことを伝え、私の神社に集ってドンチャン騒ぎ。
何時も通りの宴会だ。
───表面上だけは。
「───」
私は、宴会に集まった面子を一通り見渡す。
萃香は当然の様に。
ただ、傍には地底から勇儀が参加。
紅魔館と冥界から何時もの主従コンビが。
守矢神社は、珍しいことに早苗だけ。
天界の不良天人もいる。
他は、そこら辺に住んでいる妖怪やら、妖精やら。
その他大勢がいる程度の集まりだ。
命蓮寺。
永遠亭。
この二ヶ所からの参加者はいない。
そして、個人で言えば、アリスとパチュリーも参加していない。
「……魔理沙は上手くやったみたいね」
魔理沙に頼んでいたのは、この宴会に参加する者の調整。
今この場にいない永琳と魔法使いの面子が参加しない様にする日程合わせだった。
彼女達の内、一人がいるだけで、この計画は水の泡になってしまうから。
故に出来る限り、彼女達が来ない宴会の日程を定めた。
「───ふふ」
私の夢見ていた考えが、今ここで成就する。
そう考えただけで、心が躍り、胸が熱くなる。
その思いを胸に秘め私は、準備を始めた。
───私の“野望”を完遂させる為の準備を。
「お待たせ」
言いつつ、魔理沙の隣に座る。
「お、霊夢……準備に時間掛かってたみたいだな」
「まぁね。料理とか行き渡らせるのに時間が掛かったわ」
「成る程」
妙に思われない様に、自然体で話し合う。
「んで、何に仕込んだんだ?」
「別に分かり切ってるじゃないの。宴会の参加者全員に渡るものよ……だから、手を付けてないんでしょ?それ」
魔理沙が手に持ち、まだ一口分も減っていない杯の濁り酒。
この中にあの薬を仕込んでいた。
色が似ているし、味も舌触りも酒に混じったことで、誰も気付いていない。
もし、入っていることに気付くとしたら、それは薬に精通する永琳か、もしくは魔法に精通する魔法使い達。
だからこそ、彼女達が来なければ、計画は滞りなく進むのだ。
「案の定、これに混ぜてたかー……」
「アンタが言ってたじゃない。隠し味だ、って」
「……実際は料理の隠し味なんだがなぁ」
「結局、吐くんだから変わらないでしょ?」
「そりゃあそうだが……おっと、始まったみたいだぜ?見てみろ」
魔理沙に言われた通りに、ドンチャン騒ぎしている方を見る。
萃香がミッシングパワーで巨大化して騒いだりしていたらしいが、どうにも様子がおかしかった。
何処か、気分が悪そうな表情をしている。
鬼だから酒に酔って気分が悪い……等ということは考えられない。
つまり───
「……始まったわね」
───“野望”は成就した。
「ううっ……何だこりゃ……何だか、凄い、吐き気が……」
ミッシングパワー状態の萃香が酒に酔って火照りつつ、青ざめた表情で吐き気を訴え始める。
「す、萃香……お前もかい……?」
「まさ、か……うぷ……勇儀も……うっ……」
宴会の最初の方から大量に酒を飲んでいた鬼達に、早くも効き目が出始めたらしい。
「ぅえ……こんな量で酔ったなんて……今までに……なか、っ」
勇儀の方が先にキタらしい。
完全に動きが停止した。
辺りはまだ、騒ぎ立てている。
だが、何名かは鬼二体の様子がおかしいことに気が付き始める。
そして
「───おげぇえぇええええっ!!!!」
勇儀が吐いた。
決壊したダムから溢れる濁流の如く、豪快且つ盛大に口から吐瀉物が零れ落ちていく。
宴会中に何も口にしていなかったのか。
はたまた、鬼の胃は消化が早いのか。
吐き出されたモノは、大半液体。
濁り酒の色そのままに近い白いゲロだった。
―――鬼が吐いた。
この事実を見て、ドンチャン騒ぎ状態だった周囲の人妖達の動きが止まった。
皆、呆とした表情で、勇儀と萃香のいる方を見ている。
「勇、儀……大、丈……夫?」
心配そうに萃香が勇儀へと問い掛けているが、当の萃香の方も明らかにギリギリだと見受けられた。
「だ、大丈……ブ、ゥエエエェエッッ!!!!」
勇儀が更にもう一発、嘔吐した。
今度のも、鬼らしく豪快な吐きっぷりだ。
傍にいる萃香の鼻に、吐き出されたゲロの香りがまとわり付く。
「───う」
遂に、吐き気が彼女の臨界点を超えたらしい。
顔を歪め、膝を地面に突き、吐く直前の姿勢になる。
───ミッシングパワー状態のままで。
「……あ゛?」
勇儀は一瞬、時が止まった様に錯覚した。
目の前に大口開けて、顔を歪めた友人を見て。
今の状況を悟った時には、もう手遅れだった。
「───オゲェェエエエェエェエエエッッッッッ!!!!!」
「……ウワァァァアアアアアアッ!!!!!!」
ミッシングパワー状態のまま、萃香はゲロを吐き散らした。
飲食後に自分の密度を高めたことにより、自分と共に密度を高め、遥かに量を増した胃の内容物
それが、巨大な萃香の口から一斉に溢れ出した。
比喩ではない滝の様な嘔吐。
さながら、妖怪の山にある九天の滝を彷彿とさせる豪快さ。
そして、勇儀とその近くにいた一部の妖精や妖怪達が、その滝に呑み込まれた。
再び人妖達が騒ぎ出す。
ドンチャン騒ぎではなく、悲鳴と叫び声が飛び交う阿鼻叫喚。
「……おぇぇえええっ……!!!」
「キャァアアアアァァアアアッ!!!!!」
むせ返る程の吐瀉物の臭いに、一匹の妖精が貰いゲロ。
傍にいた妖精の体に掛けてしまう。
吐き掛けられた側は、思い切り裏返った悲鳴を上げ、泣き喚き始める。
そこからは、まさに地獄絵図だった。
私にとっては、天国だったが。
そこかしこで吹き荒れる貰いゲロの嵐。
そして、酒を飲んでいた連中に効き目が出始めてのゲロ。
そこで更に、萃香が二発目をブチ撒け、天子が巻き込まれた。
「………」
彼女は全身にゲロを浴びて、呆然と立ち尽くしている。
何故か、恍惚とした表情を浮かべている気がしなくもない。
「……ゲロかぁ……良いかも」
……何かに目覚めた様な呟きが聞こえた気がしたが、おそらく気の所為であろう。
「……あの鬼共め。せっかくの楽しい宴会が台無しじゃないの。ねぇ、咲夜?」
不機嫌そうに、レミリアが言う。
レミリアも酒を飲んでいたはずだが、薬が効いていない様子。
そういえば、魔理沙が脳に作用して云々等と言っていた気がする。
それなら、吸血鬼には脳が無いから効く訳が無いということなのだろう。
「えぇ、全くです。品性に欠けていますね、宴の場で吐く等……」
咲夜にも効いていない様に見えた───が、よく見ると、鼻の穴からゲロの跡らしきモノが垂れている。
時間を止めて、何処かで吐いて来たのだろうか。
「………っ!!」
咲夜の顔がピクッと歪んだが、すぐに元の顔に戻った。
代わりに、片方から垂れていたゲロの跡が両方に増えていたが。
「ねぇ、咲夜……貴方、もしかしてゲロ───」
流石に、レミリアも気付いた様だ。
というか、ここまで近い距離だと間違いなくゲロ臭いはずだから気付かない方がおかしい。
「吐いてませんよ、私は」
「いや、でも、ゲロ臭……」
「吐 い て ま せ ん よ ?」
一方の咲夜は、物凄い剣幕で頑なに否定している。
「え、えぇ……吐いてない……吐いてないのよね……」
それ以上の詮索は危険とレミリアは考えたのか、後は黙っていた。
「うぇえ゛え゛え……ゲロ、臭い……神奈子様ぁ、諏訪子様ぁ……だずげで、ぐだざいぃい……お゛ぇええええ゛っ……!!!」
早苗は、神社で待っている二柱の神の名前を泣きながら呼び、何度も吐いていた。
酒自体は飲んでいない様なので、完全に貰いゲロらしい。
「……何でこんな目にぃ……うう゛ぇえええ……」
気が向いたから珍しく宴会に来たらしいが、そんな時に限ってこんな状態になったのは、不運と言わざるを得ない。
その半分以上、私の所為ではあるのだが。
取り敢えず、流石に哀れ過ぎたので、心の中で謝罪はしておいた。
「あらあら、妖夢。大丈夫?」
「大丈夫、じゃ……ありま゛ぜんよ……オエェッ!!!」
そう言って、軽く吐く。
途切れ途切れで、何度も吐いているらしい。
貰いゲロと薬が同時に来ているパターンの様だ。
「粗相はいけないわよー、こういう宴の場で」
「それは……あ゛の鬼達に、先にいってぐださい゛よぉ……オゥエエェエッ!!!」
「困ったわねぇ」
こんな状況でも何時も通り天然ボケ気味な主人に、涙目で吐きつつもツッコミを入れる。
ある意味、凄い根性だ。
幽々子は亡霊だから、薬等が効く訳がなかった。
そもそも、亡霊の類がゲロを吐くのかすら怪しいが。
そこも何となく気になりはした。
「……これはひどい。思った以上にひどい。今更になって、やったことを後悔したぜ……反省する気はないが」
「ひどい?最高じゃないの、ゲロだらけで」
「それは、お前だけだろうに……」
「あら、私だけじゃないわよ?」
「ん?どういうことだ?」
「実は私の同志なのよねー、アイツが」
「アイツ……誰だ?」
「こいつよ」
そう言って、私は手でカメラの真似の様な仕草をする。
それを見て魔理沙は合点がいった様で。
「あぁ、ブン屋か……」
「そ、文よ。アイツは見る方専門だけどね。今回のことを伝えたら、喜んで盗撮の準備してたわ。今頃、何処かに潜んで撮ってるんじゃない?」
「おいおい……この状況、カメラに撮られてんのかよ……」
宴会場……とはいえ、ほぼ人妖問わずの小間物即売会場と化している博麗神社。
その神社から少し離れた木の上に、射命丸 文は身を潜めていた。
その手に握られているのは、何時も使っているカメラに、望遠レンズを搭載したものだ。
「むふふふふ……素晴らしいじゃない、この状況。まさに天国ッ……!!」
そう言いながら、カメラのピントを合わせ、現在進行形でゲロに溢れていく宴会場。
そして、ゲロを吐き、ゲロに塗れ、ゲロの中にいる宴会参加者達の姿を何枚も撮り続けていく。
見る専の彼女はそういった写真を撮影・保管し、ゲロ好きの同志達に提供している。
因みに、今まで撮っていた相手は霊夢がメインである。
「いやはや、霊夢さんには感謝せねば!こんなにゲロに溢れるステキ空間、見たことが無い!!ヒャッホー!!!撮りまくるわよッ!!!!」
ハイテンションになりながら、彼女の宴会場盗撮の夜は続く。
皆がゲロを吐き終えるその時まで。
私の“野望”。
それが今まさしく、今宵この場に成就した。
ゲロが好きで好きで堪らない自分。
何時しか、自分のモノだけでは満足がいかなくなっていた。
故に、私は求めた。
他者の嘔吐する姿を。
幻想郷の住人達が、こぞってゲロを吐き散らす状況を一度で良いから見てみたい。
その“野望”が叶ったのだ。
鼻を突く、吐瀉物の臭い。
地面に溢れる、色とりどりの吐瀉物の海。
まさしく、私の楽園。
私にとっての天国だ。
―――だが、まだ今宵の分は足りていない。
「さて、と―――私達も乾杯しましょ?魔理沙」
「―――へ?」
「―――あの時、私の“野望”を聞いてたわよね?」
「……あぁ、宴会に参加した連中がゲロを吐く姿が見たい、とか……そんな感じ、だったよな……」
次第に魔理沙の顔から、血の気が引いていく。
もう気付いているのだろう。
「……まさか、私のまで見たいとか、そういうこと……なのか?」
「当然よ。それにどの道、逃げるなんて無理でしょ、この状況。アンタの薬が原因だって知れたら、アンタが殺されるわよ?唯一吐いてない人間で、少し離れた場所にいて、宴会の日程を決めていた―――犯人として、疑われるのに十分よね」
「いや、お前も吐いてないじゃないか」
「あら、私はすぐにでも、薬入りのこの酒を飲むから、何時でも吐けるわよ?」
「……ハメやがったな、畜生め」
「ごめん。見たいから仕方ない」
「……解ったよ。こうなったら腹括る」
漸く、魔理沙がやる気になってくれた。
これで、今宵は十分に満足出来る。
「はい、乾杯」
「……乾杯」
魔理沙は酒を見つめながら、やはり何処か嫌そうな顔はしている。
だが、一度深呼吸して、一気に杯に盛られていた分を飲み干す。
それを見届け、私も杯の酒を飲み干した。
「吐くことが解ってる状態で待つなんて、何て拷問だよ……」
「それも楽しいじゃないの」
「お前と一緒にすんな」
「あら、酷い」
「……気持ち悪くなってきた」
「私も……そろそろ吐きそうなのかしら……」
「多分、な……おぇ……」
魔理沙の顔色が段々と悪くなってきた。
私も気分が悪くなっている。
まさに、吐く一歩手前。
そんな状況に、二人共に陥っているのだろう。
そういう状況こそで、私の中の興奮が高まり始める。
早く吐きたい。
今すぐ吐きたい。
吐いて、解放とカタルシスを感じたい。
そう考えている内に、それは遂にやってきた。
「「う」」
私と魔理沙が同時に顔を歪める。
魔理沙は咄嗟に口を押さえたが、私はただ勢いに任せることにした。
そして―――
「「―――オェェェエエエェェエエエエエエッッッ!!!!」」
―――同時に吐いた。
何故だかその時の嘔吐は、何時も以上に気持ち良かった気がした。
また何時か、これ程の解放感を感じる日が来て欲しい。
そう思わせる程に。
本当に。
―――気持ち良かった。
どうも、紅のカリスマです。
今回は、企画のゲロ娘に参加させて頂きました。
やはり、嘔吐には解放感とカタルシス的なものがある気がします。
吐いた時、気持ち良いじゃないですか。
執筆中に、他の方のゲロ娘作品も読ませて頂きましたが、絵もSSも、共に素晴らしい作品ばかりで、興奮させて頂きました。
不出来な私の作品で興奮して頂けたかは解りませんが、もし、興奮して頂けたのなら、幸いで御座います。
では、また何時の日か……。
紅のカリスマ
http://twitter.com/The_red_C
作品情報
作品集:
24
投稿日時:
2011/02/19 12:20:27
更新日時:
2011/02/19 21:20:27
分類
霊夢
魔理沙
宴会
東方ゲロ娘
嘔吐
カタルシス
いや〜、スペクタクルな光景が神社の境内に広がりましたね〜。
私も感じます。嘔吐して胸のむかつきが消滅したときの開放感といったら…。
吸血鬼には脳が無いって…。聞いてはいけない事を聞かない程度の能力はあるようですが。
ちゃんと、事後の情報操作とかしておかないと、薬師や魔女達や神々が不審に思いますよ。
酸っぱい『楽園』の素晴らしき巫女の夢が成就した話、堪能しました。
…飲みすぎたせいか、私も気分が…、オエッ。
自分の場合、吐き気が収まっても開放感が得られないタイプなので羨ましい・・・のだろうか
とりあえず魔理沙が可愛いです☆
霊夢も魔理沙も揃いもそろってろくでなしだ。