核融合の利用から始まった幻想郷の産業革命は一気にすすみ、わずか数年で幻想郷の景色も大いに変わっていた。
犬走椛はいつもの哨戒活動を終えると、妖怪の山のふもとのを通る道路の脇に腰かけた。目の前にはアスファルトで舗装された道が続いている。ほんの少し前まではこの道は雨がふったら泥まみれになるむき出しの道だったのに、変われば変わるものだ。
「ふぅ」
ため息をついて、空を見上げる。いい天気なのだが、少し太陽の光がチカチカする気がするのは、最近幻想入りしてきた「光化学すもっぐ」とかいうもののせいなのだろうか?
そんな事を考えながら、腰にたらしていた水筒を取り出すと、中に入っていたなまぬるい水を飲み干した。そのまましばらくぼぅっとする。
何台かの車が目の前を走り過ぎていく。車は、おもに里の人間たちが利用している。車にのっていると、早く動けるし、何より妖怪たちに襲われにくいからだという。弱肉強食が自然の摂理のはずなのだが、最近は妖怪と人間の関係が少しずつ変わってきているような気がする。
このまま人間の立場が強くなれば、妖怪はどうなってしまうのだろう?幻想郷からさらに幻想に入るのだろうか?それは、ただの消滅なのではないか?
そんなことをぼんやりと考えていると、空の向こうに小さな黒い点が見えた。目を凝らす。犬走椛の能力は千里先を見通す程度の能力、である。つまり、どんなに離れた場所のものでも、鮮明に見ることが出来るのだ。
「文様」
「椛、ここにいたのですか」
飛んできたのは、椛の上司でもある射命丸文であった。片足ですたっと地面に舞い降りると、「探しましたよ」といって椛を見つめる。
いくら幻想卿に文明の利器が増えてきたと言っても、まだまだ文の速度にはかなわない。車で移動するよりも、空を飛んできた方が早いのだ。風で乱れた髪を直すと、文は言葉を続けた。
「大天狗さまがお呼びですよ」
「私を、ですか?」
「ええ」
そういうと、文は何やら意地の悪い表情を浮かべた。
「私を使いっぱしりにするなんて、椛も偉くなったものですね?」
「もう!文様、からかわないでください!」
「別にからかっているわけではありませんよ?私は真実を伝えたまでです」
「だから!」
「ふふ」
そんな、いつも通りのやりとりが行われていた。
こんな日常が、これからも、ずっと続くはずだった。上司の文と、部下の椛の関係。軽口を叩きつつ、それでも底の底ではつながっている関係。恋人通しではもちろんないけれど、いてくれなくては困る、そんな腐れ縁のような仕事仲間のような、微妙な距離感の関係。
その関係が終わることになるとは、この時の二人には知る由もなかったのだ。
■■
「幻想郷の外に、私が、ですか」
「そうだ」
天狗社会は完全なる縦社会である。「天魔」を頂点として、大天狗が管理職につき、その下に射命丸のような鴉天狗や、椛のような白狼天狗が位置している。上から下への命令は絶対であり、断るわけにはいかない。
文に連れられて妖怪の山の奥にある大天狗の屋敷を訪れていた椛は、以外な命令にとまどっていた。
ちらちらと、横に立っている文を見つめる。文も、意外そうな、何ともいえない表情をしていた。文も「椛を連れて来てくれ」と言われていただけで、話の内容までは聞かされてはいなかったようだ。
「最近、幻想郷の近代化が著しいのは分かっているな」
「はい・・・今日も、ふもとの道を何台もの車が通って行きました」
「このままでは、妖怪と人間との節理が崩れてしまう」
大天狗はそういうと、怪訝そうな顔をした。大きな体で椅子に座り直す。ぎぃ、と椅子がきしんだ。
「人間は、妖怪を恐れなければならない。それこそが唯一にして絶対な、幻想郷の真理だ。それがどうだ?最近は科学、とかいうもののせいで、弱い存在であるはずの人間が、日に日に勢力を増しているではないか?」
「・・・」
「人間は、妖怪よりも弱い。そうでなければならないのだ」
大天狗の言いたいことは分かる。けれど、それがどうして、自分が幻想郷の外に行くことと結びつくことになるのか、それは椛には分からなかった。分からないのに、分からないなりに、「はい、はい」と真面目な顔をして大天狗の言葉一つひとつにうなづいていく。
「一番悪いのは、科学というものだ」
椛の態度を知ってか知らずか、大天狗は熱弁をふるっていた。
「科学などというものの存在を知ってから、人間どもの態度も大きなものになってきたのだ。人間は妖怪よりも下の存在だということを、ここらでもう一度、知らしめてやらねばならぬ」
「・・・はぁ」
気のない返事をする。そろそろ本題に入ってもらいたいものだ。分からないことにいちいち頷いて見せるのも、なかなか気も使うし体力も使うものだ。
「そこで・・・」
大天狗は目配せをすると、部屋の奥から一人の・・・一匹の妖怪があらわれた。その妖怪は、椛もよく知っている妖怪であった。
「・・・にとり?」
「やぁ」
その妖怪、河城にとりはつかつかと歩くと、大天狗の横に立った。大天狗はぽんとにとりの肩を叩くと、椛に向かっていった。
「我々妖怪が、人間に後れをとるわけにはいかない・・・そこで、我々妖怪の山の総力を挙げて、人間の先を行くため・・・ロケットを作ることにしたのだ」
そして、ニヤリと笑った。
「妖怪初のロケット・・・乗り込むのは、椛、お前だ・・・ただし、二度と帰ってこれられぬ一方通行だがな」
■■
狭い箱の中に、椛は閉じ込められていた。
手を伸ばすと、箱の内側にあたる。箱は鉄製で、少しひんやりとしている。息を吐くと、鉄製の壁の内側が少ししめったような気がした。
「・・・少し寒いです・・・」
ぽつりと、椛はつぶやいた。
座ることは出来ない。座る広さがない。この鉄製の箱は、椛の体の大きさギリギリで作られている。
(ロケットの中は狭いからね〜・・・まずはそれに体をならしておかなければならないんだよ)
にとりはそういうと、椛をこの鉄製の箱の中に閉じ込めたのだ。いつも大将棋をしてくれている、暖かい目ではなかった。こちらを見てはいるのだが、何かうつろな、私を見て、私を見ていないような、そんな瞳。河童の技術に対する妄信というものの恐ろしさを、あの時初めて知った気がする。
「・・・わっふぅ」
椛はため息をついた。天狗社会は完全なる縦社会で、上の命令を拒否することは出来ない。大天狗さまが「椛はロケットに乗れ」と言ったからには、椛に残された選択肢はもうロケットに乗るほかはないのだ。
「・・・二度と、帰ってはこれないのか・・・」
実感がわかない。
本当のことなんだろうか、とも思う。
そもそも、ロケットというものがよく分からない。
(今、幻想郷で、車が走っているだろ?車は道を走るけど、ロケットは空を飛ぶんだ)
にとりはそう言って、笑いながら椛を鉄製の箱へと閉じ込めていった。ガチャンと音がして、扉のカギが閉められた。このカギが開くのはあと一回、椛がロケットに乗り込む時だけだ。
鉄製の箱は、椛の顔の部分の少し上に、穴が開いていた。そこから光も入ってくるし、食事もこの穴から差し入れられる。ただ、身動きがほとんど取れない状態なので、食事もうまくとることが出来ない。狭い箱の中だから、もちろんトイレもついてはいない。ただ、椛の股間の間にチューブが取り付けられており、排泄はそのチューブの中にすることになっている。チューブは鉄製の箱から外へと出ているので、鉄製の箱の中は清潔、とまでは言い難いが、少なくとも不潔なものではなかった。
「・・・わっふぅ」
椛は体をぶるっと震わせた。いつもなら、妖怪の山の中を哨戒して回っている時間だ。山の匂い、風のざわめき、川のせせらぎ、それらすべてを感じ取っているはずだ。それが、今は、
「・・・鉄の匂い」
何もない。
いくら千里を見通す程度の能力を持っている椛とはいえ、鉄の箱に閉じ込められたままでは千里先どころか、目の前一寸すら見ることが出来ない。上部に穴があいているので光は差し込んでくるのだけれど、暗くなってくるのは心の方だった。
「にとり」
友達だと思っていたのに。いつも一緒に遊んでいたのに。私のことを見つめる目は、ただの実験動物を見つめる目にしか見えない。ぶるっと震えが来る。私はこれから、どうなるのだろう?
ロケットに乗るのだ。
どうなるのだろうも、何も、結果は決まっていた。今、突貫工事で作られている河童のロケットに載せられ、はるかかなたにまで打ち上げられるのだ。妖怪初のロケット。しかも、目指す先はどこか先の恒星らしい。
にとりの話によると、椛はロケットで発射した後、薬で強制的に眠らされるということだ。こぉるどすりいぷ、とかいう技術らしい。詳しいことはよく分からないのだけど、それで何百年も、何千年も、何万年も、私はロケットの中で眠り続けることになるということだ。
(もう、帰れない)
ふいに、悲しくなってきた。
目の前がにじむ。どうして?と思ったら、それは椛が泣いていたからだ。
大好きだった山の匂い。
大好きだった風のざわめき。
大好きだった川のせせらぎ。
もう二度と、それらを味わうことは出来ないのだ。
「う・・・」
こみあげてくる。
胃の中がぐるぐるする。
何か逆流してくる。
吐く。
「げぇえええぇええぇええぇえええ」
椛は、お腹の中の物が全て逆流してくるのを感じていた。喉の奥が熱い。焼けつくようだ。胃液が苦い。吐きだしている間は息が出来ない。苦しい。狭い鉄製の箱に閉じ込められているから、体勢を整えることもできない。
椛は立ったまま、その場で吐き続けていた。吐しゃ物は全て、そのまま椛の胸をつたい、足元へと落ちていく。凄い匂いだ。鉄製の箱の中だからこそ、匂いがそのままこもってしまう。その匂いのせいで、ふたたび吐き気がしてくる。
椛はずっと吐いていた。吐きながら、泣いていた。
(辛いです)
(辛いです)
(・・・ここから出してほしいです)
(・・・)
(・・・文様・・・)
しかし、助けは来なかった。
もやのかかった、霞のかかった思考の中で、椛は泣きながら吐きながら、ただ鉄製の箱の内側を見つめていた。
みじめだった。
どうして自分がこんな目に合わなければいけないのだろう?
妖怪が人間に負けるわけにはいかない?いいじゃないか、負けたとしても。そんなくだらない理由のせいで、どうして私が犠牲にならなければならないのだろう。妖怪の威信?それがいったい何になるというのだろう?
思考がぐるぐるする。
吐しゃ物の匂いのせいで、更に思考がまとまらなくなっている。
泣く。
泣きじゃくる。
・・・けれど、助けは来なかった。
■■
出発の朝が来た。
妖怪にとって、歴史的な一日。
そして、椛にとって、幻想郷で過ごす最後の一日。
何ヶ月ぶりかで、椛は鉄製の箱から外に出された。広い場所に出ると、逆に心が痛くなる。椛は部屋の隅にいき、ガタガタと震えていた。椛の体は洗われて、綺麗になり、そしてまた、鉄製の箱に入れられた。
今度の箱は、ロケット。
外から見ると違いがあるのだろうが、中に入れられる椛にとっては違いはなかった。
いや、いくつか違いがある。
まずは、椛の体にいくつも付けられたコードだった。このコードで椛の体調が調べられ、それはデータとなって幻想郷にいる河童たちの所に送られていくことになっていた。宇宙空間が妖怪に及ぼす影響を調べるのが目的らしい。
(椛のデータは、今後の妖怪の発展に役立つんだよ)
にとりは笑ってそう言ったけれど、椛にとっては関係のない話だった。いくら幻想郷の妖怪たちが発展したとして・・・その頃、自分はもう幻想郷にはいないのだから。
鉄製の箱の中にいた時のように、お尻にチューブは・・・つけられなかった。なぜなら、もう必要ないからだ。ロケットが打ち上げられた後は、椛は薬によって強制的に眠らされれる。そしてそのまま、目覚めることもないのだ。息もしないらしい。もちろん、食事もない。椛は眠ったままで、そのまま見知らぬ星へと向かい、その星に突入して消えていくのだ。
このロケットは、色々な実験要素が込められているらしい。
くだんの「こぉるどすりいぷ」という技術もそうだし、さらには「わぁぷ」という能力もついているとか。詳しくは椛にも分からないいのだけれど、小町だか紫だかの協力をあおいでつくられた機能らしい。
まぁ、どちらにせよ、もはや椛にとっては関係のない話だ。どうせ、一度ロケットが発射してしまえば、椛は帰ってこれないのだから。
『いよいよ、記念すべきこの日がやってまいりました』
アナウンスの音が聞こえる。
ずっと閉じ込められていた今までの鉄製の箱と、今回のロケットとで一番違うことは、今回のロケットには椛の顔の前は特製のガラスで出来ており、外の景色がはっきりと見えることだった。
幻想郷全ての妖怪が集まったのではないか、と思うくらいのたくさんの妖怪たちが集まっていた。椛の能力は、千里を見通すことが出来る程度の能力だ。どんなに離れていても、どんなに遠いものでも、くっきりとはっきりと見ることが出来る。
だから、ロケットを見つめる妖怪たちの顔が、ありありとはっきりとくっきりと見えた。知った顔もたくさんある。知らない顔もたくさんある。その全てが、自分を、自分の乗っているロケットを見つめていた。
『今、幻想郷は、科学の力によって新しい世界が開けています』
『人間どもも、科学の力によって増長しております』
『しかし!』
『やはり人間と妖怪とでは、その格が違うのです!いくら人間が努力したところで、このようなロケットを作ることはできないでしょう!』
『今日は、記念すべき日です!』
『これからの妖怪の未来のために、犬走椛が自らロケットに乗ることを志願してくれました!』
『二度と帰ってこれぬ旅、しかしそれでも、妖怪の未来の為に、と熱い志で志願してくれました!』
『みなさん!』
『我らが妖怪の英雄、犬走椛に、最大の拍手を!!!!!!』
志願なんてしていない。
私はただ、命令されただけだ。
声を大にして、そう叫ぼうかと思った・・・けれど、ロケットを見つめる妖怪たちの顔を見ていて、そう叫ぶのをやめた。
みんな、高揚した顔をしている。本当に、このロケットが誇りなのだろう。誇りを無くした妖怪に生きる価値などない。ならば、もう・・・いいや。
カウントダウンが始まった。
アナウンスが叫ばれる。
椛はその間、ずっと幻想郷を見ていた。
もう二度と帰れない、故郷。
ロケットが発射されたら、椛は薬で眠らされて、そして二度と目覚めることはない。
なら、これは。
最後に見る幻想郷の景色だ。
心に・・・刻んでおこう。
(・・・文様?)
全ての妖怪たちがほほ笑みながらロケットを見つめる中。
ただ一人、射命丸文だけが。
泣いていた。
「文様!」
その瞬間。
ロケットは、発射された。
■■
一年.
十年.
百年.
千年.
万年.
暗い宇宙の中を、白いロケットは飛んでいく。
■■
頭が痛い。
頭が重い。
ぐらぐらする。
ぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐら。
あー・・・
あーーーーーー・・・・・
眠い。
眠たい。
寝ているのに、それでもなぜ、こんなに眠たいのだろう?
あーーーーーーーーーーー
霞がかった頭の中。
夢すらも見あきた永劫の時の過ぎた後。
椛は、目覚めた。
暗い。
本当に、暗い。
目が、景色になれるまでに、少し時間がかかった。
時間がいくらかかろうが関係はないのだけど。
あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
うっすらと、眼を開ける。
少しだけ光が見える。
ロケットの窓の外には、星が見える。
椛は、宇宙空間にいた。
霞がかった頭を、少し働かせる。
動く。
どうしたのだろう?
故障したのかな?
本当なら、自分はずっと、ずっと、眠っているはずなのに。
まさか、眼が覚めるとは思わなかった。
しかし、まぁ。
目が覚めた所で、何かを出来るわけでもない。
そもそも、食事もない。
空気もない。
じわじわと死んでいくだけだ。
いや、もう、死ぬのは分かっていたんだけど。
眠ったまま死ぬのもいいけど、こうやって、独りぼっちで死んでいくのもいいのかもしれない。
独りぼっち。
独りぼっち。
独りぼっち。
本当の意味で、椛は、独りぼっちだった。
あの、ロケットが発射した瞬間に、眠らされて、それが最初の「死」だと思っていたのだけど。
まさか、もう一回、二回目の「死」が来るとは思わなかった。
体のふしぶしが痛い。
それも、仕方のないことなのかもしれない。
「いったい、どれくらいの時がたったんだろう?」
ふと、思った疑問を、口に出してみた。
と、その時。
『・・・椛、聞こえる?』
声が、響いてきた。
どうして?
なぜ?
今、ここには、自分しかいないはずなのに。
ロケットの中には、自分しかいないはずなのに。
声が、聞こえる、はずがない。
『返事はしてくれなくてもいいよ。残念だけど、この声を聞いている頃は、私はもう、死んでいるはずだから』
声は、頭の上から聞こえてきた。
首を動かそうにも、動かすスペースはない。
椛は、ただ、黙って、流れてくる声だけを聞いていた。
聞き覚えのある声だ。
それは、河城にとりの声だった。
『ごめんね』
『こういっていいのかどうか分からないけど、いったところで仕方がないとは分かっているんだけど、それでも、ごめんね』
『この声は、あらかじめ録音してあるものなんだ』
『椛が幻想郷を飛び立ってから、きっかり一万年後に、再生されることになっている』
『ごめんね』
『辛い目にあわせてしまって、ごめんね』
『許してもらおうとは思わない。私は、ロケットを作りたかったんだ。全部私のわがままさ。それでも、それでも言わせて、ごめんね』
もういいよ。
椛は思った。
もう二度と聞けないと思っていた声を聞けただけで、満足だ。
椛は目を閉じて、にとりの声を聞いていた。
『目覚めさしちゃってごめんね』
『でもどうしても、伝えたいことがあったんだ』
『椛の口の中に、カプセルをしこんである』
『そのカプセルを噛み砕けば、今度こそ、楽に・・・眠れるから』
その声を聞いて、椛は、口内で下を動かした。本当だ。どうして今まで気がつかなかったのだろう?たしかに、カプセルがある。それを舌先でころころと転がす。眠れる、か・・・まぁ、そういう意味なんだろうな。
椛は、思った。
一万年。
もう一万年も経ったのか。
ずっと眠っていたから、そんな気はしなかったけど。
自分の中では、つい昨日の事なんだから。
『光はね』
『すごく速いんだ』
椛がそう思う間も、にとりの声は続いていた。
『距離の単位で、光年、っていうのがあるんだ』
『これは言葉通りの意味で、光が一年間かけて進む距離のことなんだ』
『ものすごく、遠い、遠い距離だよ』
『想像もつかないねぇ』
ぼんやりと、聞く。
『このロケットはね』
『紫と小町の協力を得ているから、ワープの機能もついてるんだ。本当なら光の速さって超えることは出来ないんだけど、ワープを使えば、その速さを超えることが出来る』
『私はね、ずっとずっと、計算していたんだ』
カプセル、飲み込もうかな。
そうすれば、楽に眠れるし。
にとりの声を、子守唄にして。
独りぼっち。
独りぼっち。
独りぼっち。
けれど、今、このロケットの中には、にとりの声がある。
独りぼっちじゃ、ない。
『それでね』
『計算通りなら、今、椛が目覚めた時は、このロケットは、ちょうど、幻想郷から一万光年離れた場所にいるはずなんだ』
一人はいやだ。
一人はさびしい。
一人はいやだ。
『椛』
『窓の外を見てみて』
『他の誰にも出来ないけど、椛にだけなら、出来ることがある』
私にだけ、出来ること?
椛は、ゆっくりと、外を見つめた。
目をこらす。
遠い遠い、星を見る。
『千里先を見通すことのできる程度の能力』
遠い、遠い、星の姿。
その星の姿。
『一万年後』
『一万光年先の場所』
『見えるかい?』
『それは、一万年前の光なんだ』
幻想郷が、見えた。
にとりが、空を見つめているのが見える。
文様が、空を見つめているのが見える。
みんなが、空を見つめているのが見える。
見える。
幻想郷が、見える。
星の光は、今の光ではなく、遠い昔の光。
他の誰にも見えないけれど。
椛には、見える。
通り昔の光。
一万年前の光。
椛にとっては、つい、昨日の光景。
『ごめんね』
にとりの声が聞こえた。
一万年前に、録音された、声。
椛の見ている幻想郷のみんなが、垂れ幕を用意しているのが見えた。
なにやらしゃべっているけど、音は聞こえない。
ただ、見えるだけだ。
それでも。
見える。
垂れ幕が広げられた。
そこには、はっきりと、
「椛、有難う」
と描かれていた。
椛は、口の中のカプセルを転がした。
このカプセルを噛み砕けば、楽に眠れるのだろう。
でも、私は、飲まない。
嗚咽する。
椛は、カプセルを、吐きだした。
もうすぐ、お腹がすいてくるだろう。
もうすぐ、空気もなくなってくるだろう。
そうしたら、苦しくなって、死ぬだろう。
それでもいい。
椛は、眼を凝らして、幻想郷を見た。
大好きな、文様の姿が見える。
文様は、手に、一枚の写真を持っていた。
椛の写真。
その写真に、「椛、大好きです」と描いているのが見えた。
「私も」
椛は、泣いた。
「私も、大好きです、文様」
でも、それは、一万年前の光景。
今、いきいきと動いている幻想郷の光景は、一万年前の光景。
本当は、今は、文も死んでいる。
本当は、今は、にとりも死んでいる。
本当は、今は、みんな死んでいる。
けれど。
「わぁ・・・みんな・・・楽しそう・・・」
今、椛の目の前には、みんながいる。
独りぼっちの宇宙空間の中。
椛は、一人では、なかった。
おわり
ゲロ娘、遅刻いたしました(汗)
その果てに、彼ら自身も含めた皆が犠牲になった。
全く、吐き気がする!!
一万年前の幸せな光景を、死ぬまで見られるなんて、椛は幸せだ。
生贄の余禄だ。
ゲロ娘だからギャグ系かと思ったら、何だこの大作は!
妖怪のしょうもない(?)プライドと幻想郷の暗黙のルールによって独りでロケットに乗せられ、飛ばされた椛がかわいそうだ
畜生!後半は涙と嘔吐物で全然見えなかったよ!責任をとってくれ!!(誉め言葉
『椛は、口内で下を動かした。』
『通り昔の光。
一万年前の光。』
舌 と 遠い でしょうか。
ただSF的に色々突っ込みたくなるのは宿命なのか。
幸せな光景を永遠に見ることができるのが唯一の慰めか…。
さあどんなゲロを吐くのかなとわくわくしながら読み始めたが、「読み終わったら泣いていた」
なにを言ってるのか(ry
やっぱり最後に残るのは不死の三人というわけですね
泣けますw
格の違いを見せ付けられました。
椛ちゃんがかわいそうで凄く共感できます。
えーりんとぐやともこたんは平常運転ですかそうですか。
その距離まで正確に計算出来る技術が在るのなら帰還させてやる訳には行かなかったのかにとり…
それにしても、光に先回りしてそれを後に能力で観測し過去を見るとは面白いです。
ボブ・ショウのスローガラスを彷彿とさせます。
こっちの世界の文明が破壊されて幻想入りしたってことか
ああ、だからこその椛か
にとりの役回りもいいなあ
そして最後の蓬莱人がまた切ない