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『Touhou_TPS_MOD B−1』 作者: マジックフレークス
“俺”は眠っている。ならばこれは夢なのだろうか。そこには俺の顔がある。“そいつ”は眠っている。コンベアのようなものに乗せられて、ピシッとした姿勢で横たわる。機械で狭い円形の空洞の中に送り込まれるさまは、まさしくMRI検診を受ける患者のようだった。だがそいつ―俺は病院服を着るどころかごわごわした出来のいいジャケットを羽織っているばかりか腰にはナイフや銃までさしていた。
ゆっくりと運ばれた先の機械の中で俺は出荷される缶詰の様に密封されたが、中の様子を見るためか入り口はアクリルのような透明な板で覆われていた。その場所から大きな光が漏れた。俺はいなくなっていた。俺の視点はそこからパンして背後を見やる。ガラス窓に覆われた、機械をコントロールするコンソール室らしきものがあった。
中にいた研究者風の男達は手を取り合ったりして喜び合い、軍服姿の男達はしきりに頷いては満足そうな顔をした。俺はもういないからそんな光景を見れるはずが無い。
そうかこれは俺の夢じゃなくて、俺のことを見ている誰かの視点なのだ。
だから俺には関係ない。
目が覚める。良い寝起きではなかったらしい。視界がグラグラと揺れてぼやける。頭を振って立ち上がる。周囲は林だった。無意識に腰のポケットからPDAを取り出して操作した。
任務:幻想郷の調査
冒頭は最も単純であり、かつ抽象的過ぎる記述。そこからブレイクダウンして細かな任務や困難への対処法が載っている。出発の前に何度もブリーフィングを受けて頭に叩き込んだ情報。俺にそれをさせたがった奴らは、俺が転送のショックで記憶でも無くすと考えたのだろうか。その心配が杞憂になった以上、この情報は不要であるだけでなく危険なものとなった。端末からその項目を削除する。最初の仕事が済んだ。
腰のホルスターから銃を抜いた。
CZ52と刻印されている。弾倉を抜いて遊底を少し引張る。薬室にはまっていた弾が見えたところで元に戻した。弾倉を戻した銃をヒップホルスターに戻した。しばしの間体の力を抜いて立つ。素早く腰の銃を抜き放ち正眼に構えて一瞬で照門と照星を利き目で覗き込んだ。利き手の肘を曲げ反動を吸収できるように、それでいて狙いは逸れないようにもう片方の手で支える。指は引き金には掛けず、それを覆うトリガーガードに添えるだけ。
再度銃をホルスターに戻し、再度抜いて構えた。大丈夫だ、俺は動ける。いざとなれば撃てる。いざとなれば殺せる。そのために訓練をし、実際にそのいざという時を体験したこともある。あれは仲間がやられて訳が分らなくなった時だった。だがきっと今の俺は、俺のために、冷静にやれるはずだ。さもなくば。
あなたは食べてもいい人類?
素早く振り向き、3度目となる動作を瞬時に行った。
黒い球体が見える。運動会で転がす大玉の表面を真っ黒に塗り上げられているだけ、その中に声の主が入ってふざけているだけ。そう思いたかった。それに銃を向ける。それは直径が4メートル程と大きくどこに狙いをつけるべきか迷った。それそのものを撃てばいいのか、その中の一部分でなければ意味がないのか。解決見込み無き混迷など時間の無駄以外の何者でもない、思索を切り上げて中心に狙いをつける。
勘弁願いたいものだな。男は黒球に話しかける。
良いか悪いかは私にとって。やめて欲しいとか欲しくないとかはあなたにとっての話。私はそっちの話には興味ないの。
黒い玉は近づいてきた。撃った。
まるで視界を封じていた白い霧が晴れてゆくように。それとは正反対の色をした、それでいてまったく同じように視界の一部を封じていた黒い闇が晴れた。金髪に赤いリボンをした少女が立っていた。少女の上着は黒で一見して分かりにくかったが、穴の空いた腹から血を流していた。肉を裂き内臓に穴を開けてなおエネルギーを失いきらなかった弾は背中から飛び出していったらしい。少女は前のめりに倒れて背中が見えた。
ああ、畜生。俺は呻いた。ああ、畜生。
男はややあってから少女に近づいた。少女の命が体から流れ出ていき大地に滲みこんでいった。
痛いよ。痛い。
君は妖怪か。
うん、妖怪。妖怪は人を食べるの。あなたを食べたかったの。ねぇ、わたし死ぬの?
痛みに耐えるためか地面の土を強く硬く握っている。
わからない。妖怪はすごく頑丈だと聞いていた。拳銃の弾程度など跳ね返し、首を切られても生きていると。君は俺を油断させて食べる気じゃないのか。
わたしにもわかんない。首は切られたことないけど、たぶんそこまでされたら死んじゃうと思う。銃とか言う武器を皆持つようになって、わたしのお友達が何人も死んじゃった。妖怪は人間を食べるものだったのに。きっとルールが変わっちゃったんだ。妖怪は人間に殺されるものってなっちゃったんだよ。
ルール?
スペルカードの時もそうだった。それまでは食べても良かったのに、決闘で勝たないといけないことになっちゃった。それを破ると怖い巫女が飛んできて酷い目にあうの。
誰がルールを変えたんだ?
誰かがだよ。
男は妖怪の少女に触れた。少女は彼に飛び掛って喰らい付いたりはしなかった。体を回転させて仰向けにしてやる。
ねぇ、わたし死ぬの?
これは君の体だからな。俺も俺の体のことはわかるが、君の体をこんな風にした俺にも君の体のことはわからない。
わたしは食べてる人間がいつ死ぬかわかるよ。
それは経験だろうな。人間なら個体差も小さいんだろう。俺は妖怪のことを良く知らないし、そもそも妖怪は種類ごとに全く違うと聞いている。
そうかも。
少女のスカートの裾を破った。これを咥えていろ。少女の口に噛ませる。上着の袖を肩から引き千切る。左右両方。片方をもう半分にして手の中でねじり先端を尖らせた。それを射入口に入れる。むぐぅっ! 少女は体を大きく振りしだいて暴れた。もう片手で強く押さえつけたが妖怪の力は強かった。鋭く尖った爪が頬をかすめて僅かに切り裂き、血が滴る。
布切れが弾丸で開いた穴の一方を塞ぎ、落ち着いてきた少女の頭を撫でてやった。少女は口に咥えていたスカートの一部を手で取り出した。
御免なさい。痛かった?
それを君に言われると複雑な気持ちになるよ。
わたしはルーミア。
そうかルーミア。背中にも同じことをするよ。
ルーミアは何も言わなかった。下を向いて布切れを再び口に咥える。体と指の震えは失血の体温低下だけではなかったろう。もう半分の袖をねじって弾丸の射出口に詰めた。ルーミアはうめき声を上げることもなく、暴れることもしなかった。ただ背中側に回ってしまったために抱きしめてくれることがなくなった男の代わりに自分で自分自身を抱きしめ歯が折れるくらいに強く喰いしばって耐え難きを耐えた。出血が止まった体に最後に残ったもう一本の袖で二つの傷口の上を押さえつけるように巻いて脇腹で結び目を作った。
あっち。そう少女が指差した方向に歩く。目印の何もない林の中を、ルーミアという妖怪の少女を背負って。体を覆う闇により姿を眩ませ、その闇に取り込むことで相手の視界の全てを奪うことのできる妖怪。彼女はとても軽く、冷たく、体の震えすらも今は止まっていて肩越しに回した腕が俺の胸元に触れる微かな指の動きがなければ、俺はきっと彼女を担いで歩く体力をもっと早くに失ってしまっていただろう。ルーミアは俺が里に辿り着くその瞬間まで俺に話しかけ導いてくれた。
どうしてわたしをおぶってくれているの?
そうしたいから。
あっちに歩いていけば里に出られるよ。
ありがとう。
里に入るときにわたしがいたら邪魔だと思う。あなた一人だけなら問題ないと思うけれど、わたしがいたら追い出されるかも。
人間は嫌い?
ううん。好き。食べ物としても好きだし、友達として好きなやつもいるよ。人間かどうか怪しいのばっかりだけれど。
人間が君の事を嫌い?
たぶん、普通の人は。でも今はどうだろう。この間友達の子が鉄砲で撃たれて死んでた。裸になってておっぱいに噛みつかれた跡があったの。わたし達みたいに食べてえぐれたんじゃなくて歯型だけ、それも牙みたいに鋭くもなかったし。だからたぶん人間。股の下から血が出てた。好きだからそういうことするんでしょ。
そうかもね。
そうなの。
里には行きたくない?
どっちでもいい。あなたの好きにしてくれていいよ。あなたはわたしのこと好き?
わからない。
じゃあそういうことしないんだ。
しないよ。
最近はあまり楽しくはなかったなぁ。男に背負われ運ばれながら寂しそうに呟く。
楽しかったときと比べて?
楽しかったときと比べて。
そう思うのは友達が減っちゃったからかな? ルールが変わったから?
それもあるけれど
今、里は単独活動している妖怪を中に入れちゃいけないことになってる。
怪我をしている。襲われる心配はない。
そういう問題じゃないんだよ。基本的にそういう妖怪を里に入れないことにしているから例外を認めると厄介なことになる。仮にあんたの言う通りだったとして、回復すれば襲われないとも限らない。入って良いのは里全体への利益を提示できる集団だけだ。
俺は?
勿論歓迎だよ。妖怪と互角以上に戦えるなら働き口はいくらでもある。仕事をしてくれるんなら飯も三食食えるし寝床も借りられるさ。
その前金でこの子を休ませてあげれないか。
男は背負われている妖怪の様子を良く見て眉をひそめる。
いやにそれに拘るな、そいつならここよりも命蓮寺に運んでやればいい。良くしてくれるはずさ。
ならその命蓮寺という場所に行こう。そう言おうと口を開いた。何かあったのですか? 青白い長髪の女性がこちらに向かってゆっくりと歩きながら自分と会話していた里外縁に立つ歩哨の男に尋ねた。いえ、外来人らしいのですが妖怪を中に入れて欲しいと仰っているんです。女はこっちを見た。俺の顔を捉え瞳を覗き込み次いでルーミアの様子を見た。ルーミアは力なく手と首が垂れ下がって辛うじて肩に引っかかっている。
私の家のほうに招きましょう。私は半分妖怪で半分人間みたいなものですから、私の一存で私の家に入れるのであれば問題は無いでしょう。
はぁ。
こちらですと女は口にして踵を返して里の中を歩いてゆく。俺は返事をしなかったし相手もそれを聞かずに歩き出したのでそのまま後をついていった。
家に上げてもらい布団を敷いてルーミアを横たえる。女は上白沢慧音と名乗った。
私もこの子のことは存じています。他の妖怪や妖精、果ては人間にも友達がいたと思います。彼女自身は人を食べる妖怪ですが、貴方もこの子に襲われたのですか?
そういうことになるかな。だが、こうして生きている。気にしてはいないよ、この子もそうでなければ生きていけないのだろう。
そういうことになりますね。基本的に妖怪というのはそういうものです。
彼は布団に寝るルーミアの頭を撫でてやった。綺麗なブロンドの髪が彼の指に従ってなびく。ルーミアは年相応の少女の顔をしていた。友達と遊びに行く楽しみな明日を夢見る寝顔。安らかで清らかな無垢な笑顔。上白沢女史は掛け布団をルーミアの体に掛けてやり白無垢の薄い手拭でルーミアの顔を覆った。
この子の遺体は丁重に埋葬致します。このご時勢です、里の中では出来ないでしょう。ここから少し行った所に林の中に開けた小さな花畑があります。連絡がつくのであれば彼女の友達も呼んでささやかですが見送ってあげたいと思います。
俺もその場に居させて欲しい。
それはご遠慮下さい。彼女の友達も妖怪です。貴方のことをどう話せば良いのですか? この子の事をどう話せば良いのですか? 貴方のお気持ちは判りますがどうか自重して頂きたいのです。
迷惑ならそう言ってくれていい。
ルーミアを寝かせた部屋から場所を移し、上白沢女史の書斎に招かれる。私はこの里に住む半人半獣、人か妖かとあえて分類すれば彼女と同じ妖の類に含まれましょう。男にはそれは自嘲する様な言葉選びに聞こえたが彼女自身の声色と表情からはそのような意図は汲み取れなかった。
私は里の人間を守りたい。私は寺子屋で教師をしています。私の教え子はこの里にいっぱいいます。遠い過去に教えた大人たちも、卒業して一線で働いている青年たちも、今現在教えている子供たちもいます。人の営みとは知識の継承に他ならないのです。どんな時でも、いえこんな時だからこそ私は皆に歴史やその他学問を学んで欲しい。それが人であることを守るということ。それが人里を守るということ。
俺に何をしろと。
貴方は外から来た方。銃器を扱えて応急手当なども出来る。そしてなにより自分を喰らおうとした彼女を救おうとしました。あのルーミアという妖怪の少女も自分を撃ったあなたを信頼してその身を委ねた。だから私は貴方に協力して欲しいのです。あの子が信じた貴方を信じます。
俺には何も出来やしない。いつだって信じてくれた相手に報いてやれない。自分を殺した相手を信用できるあの子のことを雇うべきだったな。
彼女の直接の死因は貴方の銃撃でしょう。しかし本来妖怪であるあの子がこの程度で絶命する筈が無いのです。あの子は飢えていた。他の何を摂取しても満たされることの無い飢え。人食い妖怪の自己実現性を満たせていなかったから妖怪たる頑健さと回復力を発揮できなかった。それは貴方の所為ではないのです。外界からの食料としての人間の供給が滞り里やその外延の人間達は銃で武装して逆に狩りたてられかねない。あの子を背負って来たと言いましたね。貴方の首筋に噛み付くことは何時だって出来たということです。貴方の肉と命を食らえば取り戻した力で傷は塞がったかもしれない。でもそれをしなかったのです。
俺に何をしろと。
貴方の思うところを為すべきでしょう。
とりあえず眠りたいな。あの子が寝ている部屋の隣を貸してくれるか。
後で布団をお持ちします。
この子は人間ではない。人でないものを殺したことは数え切れないほどある。家に出た虫やネズミのような小動物を駆除したことも鶏を絞めたこともある。とある訓練の一環でカエルを焼いて食ったこともあった。
人を殺したこともあったのかもしれない。憶えていない。思い出せない。自分たちは8人いて後で思い出しても何か良く判らない茫洋とした事が起き、それはその瞬間に措いては鮮明だったような気もするがやはりその時も自分は茫漠たる時間に取り残されていたのかもしれない。ただそれが過ぎ去った後自分も含めた4人は担架に乗せられ11の大きなバッグに人が入れられた後で運ばれてゆくのを寝かされていた場所から横目で見やった。バッグは色違いの二種類があって4つと7つに分かれていた気がしたがそれにどんな意味があるのかは今でもわからない。散らかった部屋の片づけをするのにいるものといらないものを分けていたようなものだろうか。
この子は人間ではない。だが人の形をしたものを殺したのもこれが初めてではないかもしれない。理想の実現の為に大事なことは喜んで死ねるかどうかではなく喜んで人を殺せるかどうかだと書かれた小説があった気がする。俺はこれを喜べるのか? 出来そうも無いかもしれないし、あっさりと受け入れられそうな気もする。所詮俺が彼女を救いたかったのは少女の姿形をした相手を屠ったという事実そのものが耐えがたく辛そうだったからというだけなのだろう。死を厭わない危険な行為に身をやつしたのもそれが辛く寂しく報われることの無い任務を投げ出すきっかけになるとの意図があったかもしれない。
俺は俺の行動や意思を分析した。まるで意味の無い行為だった。〜ないばかりだった。
上白沢女史は俺が任務を帯びてやって来たことに感づいているだろうか。その内容を知っているだろうか。
隣の部屋とを仕切るふすまを開けて安らかに眠る少女に語りかけた。
ルーミア、君の死は無駄にはならない。俺に殺されてくれてありがとう。女も子供もそういう格好をしているだけの化物も、たとえその子が君みたいな本当は優しいいい子でも。今後君以上に思い煩うことは無いだろう。幻想郷でなんとかやっていけそうだよ、俺。
上白沢女史が持ってきてくれた布団は暖かかった。すんなりと寝付くことが出来、何の夢も見ることはなく朝を迎えた。
目が覚めてまずしたのは隣の部屋を覗くことだった。ルーミアの体はそこに無く彼女が横たえられていた寝具も片付けられている。部屋には昨日は無かったラベンダーの花束が置かれその香りの所為で死臭が嗅ぎ取れない。朝早くに埋葬をしたらしい上白沢女史の配慮なのだろう。自分が借りていた布団を畳んでいると彼女がやってきた。
朝餉の用意が出来ています。お話はその折にでも。
彼女が作ったらしい朝食が食卓に並んでいる。たくあんとほうれん草のおひたし、なめこの味噌汁そして白米。二人は頂きますと唱え食事を始めた。たくあんを一切れ口に入れて噛み締めその味が口内に漂ううちに白米を放り込む。咀嚼するたびに二つは混ざり合った。飲み込んでから茶碗を置き味噌汁の椀に手をつける。昆布や煮干や鰹の獲れないらしい幻想郷ではなめこの味噌汁は具材そのものから出汁を取りつつそれ自体も美味しく頂ける優秀な和食だった。
貴方は食事も喉を通らないものと思っていました。昨日の様子を見る限りでしたが。
澆薄かな。
そんなことはありません。私も普通に食事が出来ています。亡骸を抱いて運び地を掘って埋めた手で。
澆薄だな。
そうですね。
あれから考えてはみたが結局行き着いた結論は今の俺に思うところなど無いということだ。だからすべきこともない。
今のところはそうでもしばらく考える時間があれば変わるかもしれません。ここ幻想郷で何をしてどう生きるかを考えるのです。色々と見て回るのも良いと思います。
上手だね。あんたは俺に何を望む。
幻想郷がこのような状態に陥ってしまった原因の探求。もしくはそれ以上の何か。
何か?
わかりません。
今俺が聞いたのはそういう巨視的な事じゃなくてもっと近視眼的な事なんだが。
最終的には我々への自主的な従属を期待しています。
その第一歩としては何をすべきだ?
人里が友好的にお付き合いをしている永遠亭という勢力があります。手紙を届けに行って貰えないでしょうか。案内人は紹介しますので。
ああ。
私が道案内の藤原妹紅。よろしくお願いするわ。
ああ。
後で考えればこの時の俺はなんとも頼りなかったろう。上白沢慧音から事情を聞いていたのか妹紅と名乗った少女は気にするでもなく快活に喋る。
こんななりだけれど腕っ節には自信があるの、銃なんて無くてもね。危なくなったら守ってあげる。
貴方はこれを持って行って下さい。今回のお仕事の前金です。
狩猟用の散弾銃と弾を手渡される。ミロクSP―102と4B散弾が20発。大人の男が危ないからと銃をわたされ素手の少女が護衛についてくれるという。なるほどここが幻想郷なのだ。どれだけ時間をかけたブリーフィングを受けても実際に昨日あれだけの体験をしていても大して実感が湧かなかった。俺はまだ人間でいるらしい。が、いつかはそれもやめてしまうのだろう。馴染むのが先か死ぬのが先かそのどちらがより幸福なのか。いや何も感じない今のこの不感症こそが人間らしくないのではないだろうか。
大丈夫? 銃は一応使えるって聞いてたのだけれど。
里を後にし竹林の中の永遠亭という場所に向かって歩みを進める。その道中無言で銃を見つめていた俺の様子が気になったらしい。妹紅が聞いてきた。
使えるだけだ。なるべくならそうならないに越したことはない。だが必要なときには使う。使えるのだから。
そう。まぁ、そんな玩具に限らず私の能力然り慧音の頭突き然り使わなくていいなら使わないにこしたことは無いわね。誰かに痛みを与えることを自分自身の苦痛に感じれることは良い事よ。私も自分自身の痛みは良くてもこれだけは慣れないわ。きっとそれが良い事なのよ。
鬱蒼と茂る竹藪の中をしばらく歩いていると小さく開けた場所に出る。人間らしい男の死体があった。もっとも人間らしさを判断した基準は、人間らしくない何物かがその男には付属していないというだけのことだったが。
彼は里の伝令役。昨日帰ってくるはずだった慧音の使いね。慧音から話は聞いていた?
いや。
そう、慧音も意外と策略家ね。話を聞いていたらこの仕事は請けなかった?
いや。
そう。
殺したのは永遠亭の者達か?
そうともいえないわね。私はあいつらの外面だけを見て信用している口じゃないけれど、それにしてもこのやり方はあいつららしくないわ。
何者かが邪魔をしようとしている。
だとしたら私らにもそれをして欲しいわ。私は死んだって何度でも蘇れる蓬莱人。返り討ちにして捕らえられれば言うことないしそれが出来なくても情報だけは持ち帰れる。
後者の場合俺は死体になってそこらに転がっているのだろうな。
涙を流しながら遺体を埋めてあげるわ。
とても嬉しいよ。
残念。永遠亭に着いちゃったみたい。
俺は俺が請けた仕事を果たせるわけだ。
私はここの責任者とちょっと折り合いが悪いから中までは案内しないわ。それくらいは向こうがしてくれると思うし。
遠くを良く見渡せる、即ち遠くからでも良く見える物見台に詰めていたのは兎耳の少女。屋敷の門を守っていたのは兎耳の少女。そして用件を伝えて中に通されたとき、中庭の警備についていたのは兎耳の少女だった。皆自分や里の人間が持つものより優秀そうな武器を持っている。外で一世代前くらいの歩兵銃。もうすでに国の一線に配備されてはいないだろうが訓練で扱ったことはある。
物々しい警備でしょう? 一体この何処が平和博愛主義の医療施設なんだか。肩を竦めてヤレヤレと呟いた。
言葉通り妹紅は屋敷の正面玄関の前で立ち止まりそれじゃあと一言だけ言って俺に手を振った。中から看護師の格好をした兎少女が現れてついて来るよう言われる。
広い屋敷の中を奥まで連れていかれ、一つの部屋の前で立ち止まった。
コン、コン 八意様里の遣いの方がお見えです。
扉を叩きそれだけを扉に伝えると案内役もそして俺自身も黙って待った。返事は無くしばらくするとノブが回される音がする。カチャッ
こんにちは。立ち話もなんでしょうからどうぞ中に入って。それと貴方も案内ご苦労様。
いえ、それでは失礼します。
開いた扉から永遠亭の責任者の一人であり薬師でもある八意永琳女史が直々に出迎える。
黙ったまま小さく会釈をして部屋に入った。散らかっていて御免なさいね。本来は応接室でお持て成しするのが礼儀なのでしょうけれどここからは遠いし私自身忙しかったから。その言葉を受けて部屋を見回した。小さな引き出しが沢山ついた棚。所々の引き出しはその名の通り引き出されて中身を晒し作業机の上は乾燥した植物の葉や根、動物の骨あるいは角か牙か。そういった雑多な原料の類と粉末やタブレット状に調合・精製された薬が広がっている。
お構いなく。俺の用事は貴方に手紙を届ける事だけなので。懐から取り出した手紙を渡した。
確かに受け賜わりました。手紙を受け取った八意女史は俺の目の前で手紙を開封して読み始めた。内容を覗き見ることに抵抗や罪悪感があったわけではない。自分が運んできた手紙の中身や受け取った当人の反応を凝視していることがこの聡そうな相手に悟られるのを恐れたわけでもない。俺自身がこの幻想郷で任務を遂行するにせよ放棄するにせよ大事なことが書かれているかもしれない手紙と重要な役割を負っているかも知れない人物の挙動。そういった戦略的重要性を無視して俺はひたすらに彼女の医療用手袋を凝視していた。細くしなやかでいながら恐らくは器用さを併せ持つ職人の手。綺麗な手だった。消毒薬の匂いがする。アルコールの匂いじゃない。血液をその痕跡ごと消し去れる洗浄液の匂い。
それら全てはどうでもいいことだった。どうでもいいことに傾注していた。
返事を持ち帰ることも貴方のお仕事の内かしら?
いや、その様には言われていないな。
ではこちらから依頼します。明日までに返事をしたためるので慧音さんに持っていって下さる? 報酬は前払いで支払いますわ。
どちらにせよ仕事の報告として里に戻るつもりでした。報酬など要りませんよ。
永琳は口に手袋をはめた手を当てて小さく笑った。
でしょうねぇ。こちらとしてもこれは単に里と永遠亭の交渉に過ぎないので里に属する貴方に賄賂を贈るつもりもありません。せっかく永遠亭にいらしたのですから私どもが作った傷薬や応急用のキットを僅かばかりお持ち帰り頂いて結構です、ということなのですが。
有難く貰っておきましょう。
はい。それと今日泊まっていける部屋と夕食、明日の朝食の二食を用意します。怪我などされないことに越したことはありませんが、今後もし何かあれば遠慮なく訪ねて来てくださいね。
彼女は案内の兎少女を呼び付け今俺はその少女に部屋まで案内されている。
部屋にご案内する前にてゐ様にお話しておきます。
看護師兎達の詰め所のような場所を通りがかり案内は立ち止まってそう言った。一人中に入っていき奥のデスクに座っていた相手に話しかける。話を一通り聞いたらしく立ち上がってこちらに来た。
あんたが里の遣いで来た人間だって? 私は因幡てゐ、ここの兎達のリーダーさ。今日泊まりなら妹紅にはそう言って先に帰ってもらうよ。あいつのことだから三食昼寝付きでもここに泊まってはいかないだろうからね。それより私があんたのご飯を用意させるわけだけれど、ちょっと豪勢な食事をしたかったりしない? もしくは今もっているような古臭い銃じゃなくてもっと新しくて強いのが欲しかったりとか?
いや、今日はもう休ませてもらうよ。部屋に案内して欲しい。
ふん、向上心の無いことね。つまんないの。
くるりと背を向けて歩きトサッともといた椅子に腰掛けた。その手でシッシッとポーズをすると案内の兎少女が部屋を出て歩き出したのでそれについて廊下を歩いた。
小さいが一晩の宿として十分に過ぎる部屋に通された。しばらくすると兎の少女が襖を開けて食事を持ってきてくれた。病院食らしく質素ながらも栄養素を考えられているそれを口にしまたしばらく待っていると膳を下げに再びその子がきた。それ以降は誰も襖を開けはしない。
幻想郷の時刻にあわせたPDAの時計機能がしめす時間はフタフタサンマル。畳の上を歩く音も襖を開ける音も、西洋建築と土足文化のそれと比較すれば格段に小さい。だがシンと静まり返ったこの夜の静寂の中でそれを聞き逃すほど耄碌してはいないはずだとまず思った。
次いで仮に誰かがその襖を小さく開けて覗き見ていたとして、あるいは唐突に開かれてその姿を晒したとして何の問題があるのかとも思った。拳銃を腰のポケットから取り出してカチャカチャと弄る。布団の上に足を投げ出して座ったまま寝室の壁に背を預け腕を伸ばして銃口を入り口の襖に向けた。
上白沢慧音の事を思った。話しぶりは淡々としていたがその双肩にはおよそ女性が持つにはつらい重さの荷を背負っていた。彼女が彼女の言うように半人半獣の妖怪だとしたら、その重みを背負う労力が小さくなるのだろうか。ルーミアという少女を、4,50キログラムの重さを、冷たくて硬いその感触を背に感じながら早朝誰にも見られないように森の中に捨てに行けるように。彼女の信念は善良たることを望みその善良さは苦悩を生みその苦悩を自らの喜びや快楽に結び付けられるほどには自らの信念を盲信してはいない。そんな女性に見受けられた。
藤原妹紅の事を思った。死なない彼女は他者に痛みを与えることを忌避していると語った。自分が死ぬことが恐ろしくて誰かを殺してしまうことは良くある事のように思える。きっとそれは生き物として自然で真っ当な事なのだろうと思う。だからそれを法は限定的には許し、仮に許されないケースであってもそれをするものはでてくる。どれだけ自分勝手で利己的であれ、自己保存は通常の個人においては最優先事由なのではないか。自分が死なないから誰かが死ぬことのほうが恐ろしいのか。彼女は俺を身を挺して守ると言ってくれたが守りきれなくても守ってもいずれは死ぬ人間を守る意味を俺は考えた。
八意永琳の事を思った。誰彼の区別無く治療を施す医者にして薬剤師。美しい銀の長髪を後ろで編み慈愛に満ちた表情を向けてくれていた事を思い出した。この場所永遠亭で働く兎の少女達の事を思った。藤原妹紅の言うようにここで治療を行う彼女達にも利益や裏はあるかもしれない。だがそれは全うな経済活動だ。ここへやって来てからの僅かな時間で自分に判っている事は、彼女達の存在が救いになっている者達は多いということだった。案内の途中で見かける数多の病室と数多の怪我人と数多の救い。彼女達が善良で有るか否かなど、ましてや当事者でない者からの視点など何の意味も無く、今も彼女達に救われている者達は存在し続けているのだ。
上白沢慧音、藤原妹紅、八意永琳の姿を思い浮かべ視界に投影した。3人が並んで目の前にいる。
チキッ
コックトアンドロックト(cocked and locked:撃鉄を上げて安全装置を掛ける)の状態にあった銃の安全装置を外した。
カチン カチリ カチン
引き金を引くと撃鉄が落ち撃針が何も無い空間を突いた。撃鉄が落ちたときの金属同士が生んだ音のみが響く。その余韻に浸る間も無くその機械部品は親指によって再度持ち上がり再度落ちた。
イメージの中の上白沢慧音が崩れ落ちる。胸に数センチずれた二つの穴が開き、血がドクッドクッっと鼓動にあわせたポンプのように漏れ出している。彼女の鼓動は速いだろうか遅いだろうか。ゆっくりと毎分45ほどの刻みで血溜まりが波打つのをイメージした。
カチリ カチン カチリ カチン
幻影の中の藤原妹紅が仰け反りながら倒れ伏した。穴の開いた肺がゴボゴボと音をたてる。仰向けに沈んだ彼女の銀髪が背中から抜け出ていった銃弾が作り上げた二つの穴から漏れ出る血を吸い上げて朱に染まってゆくのを幻視した。
カチリ カチン カチリ カチン
妄想の中の八意永琳が穴の開いた腹を押さえながら膝を突いて座り込む。それからゆっくりと時間をかけて脇腹を下にしながら横たわった。白い手袋の上からでもわかる美しく整った手と指。患部を抑えるため大きなRを描く手先と小さく曲がる指の関節が鮮血に塗れているのを想像した。
立ち上がり倒れた三人を見下ろす。カチリ カチン カチリ カチン カチリ カチン それぞれの頭に狙いをつけて撃鉄を落とした。2回、2回、2回、3回。計9回。
部屋の隅に置かれた小さな机に近づく。パチッシャコン。弾倉を抑えていた部分を押し込んでそれを外す。重力に曳かれて落ちようとしていたそれを空いていた左手で受け止めた。弾倉には弾丸が最大まで、即ち8発入っていた。ガチャッ。手に握る銃の遊底を引いてそれが後退した位置で止まるように留め金を上げる。机の上に置かれていた一発の弾丸を手に取り本来は遊底が後退することによって空になった薬莢を排出する場所から薬室へと弾丸を填め込んだ。遊底の抑えをおろすとジャコッと音を立てて弾丸が装填された。遊底を引いたときに一緒に上がっている撃鉄をそのままに安全装置を掛け、先ほど外した弾倉を銃に填め直した。
3人の、それぞれ違う方法で人を救おうとしている美しい幻想郷の女性達が倒れている布団の中に入った。枕の下に銃を入れて横になる。
目を閉じて演習を打ち切る。目を開いているときに仮想の世界を見つめ目を閉じて現実に浸るとはなんと言う皮肉だろうか。
ここ幻想郷では麗しい少女ですら人外、化物、怪物だという。半人半獣、不死身、妖怪。
おれはまだ迷っている。どうすべきか。何をすべきか。
だがおれは善良なる者のその善良さを信じ愛していながら必要となれば殺せるだろう。
おれはボーっと喫茶店でコーヒーを啜りながらレポートをやっていたときを。学生時代を思い出した。
自分が何者で何をしたら良いかわからなかった。絶対善と絶対悪を疑い始めていた。それでも毎週のように出される課題、レポートはこなして提出していた。そういうものだから。それがなんであってどういう意味を持ち善だとか悪だとかは考えなかった。周りの奴らも同じ。そんなものに突っかかっている奴の方が可笑しくて集団では浮いてしまう。
なんだ大して変わらないじゃないか。
良かった。
自分はまだ真っ当なちっぽけで取るに足らない極普通の人間でいるらしい。
レポートの問題を解くように。
俺は不死身の少女を行動不能にする方法を考えながら眠りについた。
あとがき
それほど長くもない話を一度に2連続で投稿する事をお許し下さい。
普段自分が話を作るときは最初と最後と大まかな流れが出来てから肉付けして完成させているのですが、この話は全然そういったのが出来ていないまま見切り発車です。ノープランです。gdgdになったりエターナるようであればしっかりしろコノヤロウと怒鳴りつけてやってください。お願いします。
とまぁ中身に関してはこんなノリで今後の話も書いていけたら良いなぁなどと思います。
マジックフレークス
作品情報
作品集:
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投稿日時:
2011/02/26 15:26:50
更新日時:
2011/02/27 01:12:25
分類
TPS型RPG東方MOD
今度は『A』とは異なり、まぁまともな部類の主人公の話ですね。
台詞に鉤括弧の無い文章は、何だか物語というより記録――ログを見ているような気分になりました。
異なる主人公。
異なる文章形態。
成り行き任せなストーリーの続編、楽しみにしております。
こちらのBが物語として正当かつシリアスな流れな分、Aの方はハメを外す意味で楽しめます。
二種類の主人公、いずれの物語も期待大ですw
もしもA,Bで同じ場所(MAP?)が登場するのならば、秩序だったBで先に見てからハッチャけたAで見た方が理解しやすいかも知れませんね。
Aの方は初期武装が派手な分、こちらでは私は今までに見たことが無い、「ミロクで銃撃戦を繰り広げる主人公」が見れたら、なんて勝手な期待…
しかしこの手のゲームに成ったとしたら、やはり厄介なのは不死身組は勿論、お空かもなぁなんて。
ガリガリガリ…「RAD+2000/sec」とかやられたらCNPP(地霊殿原子力発電所)には、幾らさとりんに「イデェーカムニェー…望みは分っているわよ…」とか言われても行けやしないw
ウォッカで被爆が治るロシア、ウクライナ人体質なら酒の多い幻想郷なら問題なさそうですけれども。
不死身だろうが殺せるような気分になれます。
それでも普通とは言えないのが産廃らしいw