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『幻想郷讃歌 第四話』 作者: んh

幻想郷讃歌 第四話

作品集: 24 投稿日時: 2011/02/27 10:39:49 更新日時: 2011/02/27 20:04:34
 







――戦争が暇つぶしじゃなければなんなのかしら?
           「妖精大戦争:スターサファイア」








レミリア・スカーレットはゆっくりと扉を開き、会場の群衆へ向かって両手を突き上げた。喚き立つ妖精メイド達をかき分けながら、ゆっくりと壇上へ歩を進める。むせかえるほどの装飾が施された大きな椅子に腰掛けると、レミリアの小さな体はその中に沈み込んで隠れてしまったように思えた。
妖精メイド達の歓声は益々大きくなっていった。それは主人の登場によって、というよりも今日という日を待ちきれずに、といった方が正しいのかもしれない。なにせこの日のために、ここ何日か掃除も洗濯もせずに皆一生懸命準備をしてきたのだ。それは彼女たちにとって久しぶりのパーティーだった。

その喧噪を断ち切るように、レミリアの横に立つ十六夜咲夜がパンパンと手を叩く。てんでばらばらに輪唱していた歓声がとたんに小さくなった。レミリアは待ちきれないといった表情の配下共をぐるりと見回すと、もったいぶった口ぶりで話しはじめた。

「あー、本日は大変お月柄もよく、絶好の侵略日和である。死を恐れず、スカーレット家の旗印の下に集結してくれた諸君の志にまずは感謝申し上げる。えーそもそも我がスカーレット家栄光の侵略史を振り返ってみると……」
「お嬢様。挨拶は簡潔明瞭に、でお願いしますわ。」

妖精のブーイングすら許さぬ咲夜のダメ出しに、レミリアは一瞬渋い顔をしたが、気を取り直して続けた。

「うー せっかく寝ないで考えたのに……じゃあいいや。お前ら、紅魔館はこれから幻想郷に宣戦布告する! しまっていくぞおらぁっ!!」

突き上げられたレミリアの左の拳に、そこにいた全ての者の拳も従った。浮ついた空気が一つに結集し爆発したような場の雰囲気に、レミリアは満足する。後は指示など必要ないのだ。こと遊びに関しては一流である紅魔館の妖精メイド達は、後は主人が何も言わずとも勝手に楽しみ出すだろう。レミリアはそういった自主性を好んだ。遊び方を強制するなどバカげている。

壇上の袖に下がったレミリアは、そこで待ちかまえていた三人の魔女に親指を立てた。同じように指を立てる霧雨魔理沙と首をすくめるアリス・マーガトロイドの二人と握手を交わしたレミリアは、パチュリー・ノーレッジと軽く笑みを交わした。二人は長いつきあいである。

「祝勝会はワインでいいかい、パチェ。」
「残念会でもいいわよ。」
「楽しけりゃどっちでもいいが、あいにく紅魔館には祝勝会用しかないんだ。」
「じゃあそれでいいわ。」

苦笑した魔女と共に持ち場へ向かおうとする小悪魔を、同じく持ち場へ向かおうとする吸血鬼に付き従う咲夜が呼び止めた。

「ちょっと待って。これ、貴方に。」
「え、あ、あたしですか?」

戸惑った顔をする小悪魔に、咲夜は一枚のカードを差し出した。

「そう。パチュリー様に手伝ってもらって私の力をカードに封じ込めたの。たいしたものではないけれど、ワインの熟成を早めたり、相手の攻撃を一瞬止めたりぐらいはできますわ。」
「そんなものを私に?」
「あら、パチュリー様の従者は貴方じゃない。私はお嬢様で手一杯だから、パチュリー様のことは貴方にまかせるわ。お願いしますね。」
「……はい、ありがとうございます!」

ばねのように頭を下げた小悪魔へ、咲夜はどこまでも瀟洒に、軽く手を振った。レミリアが呼んでいたのだろう、小悪魔が顔を上げた頃にはもう影一つなかった。





 ■ ■ ■





蓬莱山輝夜は久しぶりにワクワクしながら外出の準備をしていた。それは里に来てから初めての高揚感だった。ここのところ阿求の没落豪族っぷりをなじって遊ぶぐらいしか楽しみがなかったのだが、それにも飽きてきたところだった。タイミングとしても丁度良かったのだろう。

「輝夜、本当に大丈夫?」

着付けを手伝う八意永琳にもその心持ちが伝わってきたのだろう、一応それは疑問系ではあったが問いただすような疑問系ではなかった。むしろその問いに答えさせることで輝夜の高揚感をさらに高めさせる、そんな意図がうかがえた。

「当然じゃない。久々にあいつと顔を合わせられるしね。」

永琳の気遣いに合わせるように、鼻歌まじりの輝夜はくっきりした声で答える。初夏にあわせた青竹色の一張羅をめかしこんで、輝夜は鏡の前でくるりと回った。どうやら気に入ったらしい。
子犬のような足取りで玄関へむかう輝夜へ、永琳が一枚の書簡を差し出す。

「じゃあこれ、お願いね。なくさないでよ。」
「もう永琳たらっ。子供のお使いじゃないのよ。」

軽く舌を突き出して外へ駆け出していった輝夜を、永琳は何ともいえないような笑顔で見送った。色々言いたいことはあったはずなのだが、あの顔を見るといつも丸め込まれてしまうのだ。数万年の間成長しないあの子と自分の関係――永琳がそれを笑ったのは確かだった。



里の門から少し外に出たところで集合していた面子を見つけた輝夜は、早速満ち足りた気持ちになった。

「な、なんでお前が……」
「あら、永遠亭代表といえば私でしょ。なに言ってるの妹紅。」

引きつった顔をして自分を見つめる藤原妹紅に、輝夜は親しげに手を振る。やはり彼女はこの瞬間が好きだった。今にも飛びかからんばかりの顔をした妹紅をさらになじろうかと思った丁度その時に、二人の間に博麗霊夢が割って入る。

「ほら喧嘩すんな。今日はそういう集まりじゃないの。」
「私は別に喧嘩なんかしないわよ。妹紅に挨拶しただけ。」
「それが駄目だっつうの。早苗、妖夢、あんたらもこいつら押さえて。」
「別に私は押さえられるようなことしてないって!」

妹紅の言葉も空しく、東風谷早苗と魂魄妖夢によって分けられた二人の蓬莱人は背を向け合うようにして霊夢の前に座った。間に座った早苗と妖夢に見上げられながら、霊夢は不安でたまらないといった面持ちで四人に説明を始めた。

「みんな知ってるでしょうけれど、先日また紅い霧が幻想郷を覆ったわ。もちろん犯人はレミリア・スカーレット。これまでも咲夜と魔理沙の受け渡しに応じず、しかもよりによって新しい掟の施行直後にこの振る舞い。幻想郷への反逆として対処することになったわ。よって皆には幻想郷の代表として集まってもらったというわけ。」
「しつもーん。私はしがない里の住人Aで、別に代表じゃないと思うんだけど?」

輝夜がふざけた声をあげて、先ほど自分が妹紅へ言ったことを霊夢に尋ね返す。霊夢は彼女の方すら見ずに、一夜漬けの文章をそらんじるような調子で疑問に答えた。

「まあそれは人集めの口実よ。別に私が決めたわけじゃないし、それにあんたらは一応志願兵ってことになってるんだけど。」
「まあそうね。暇だったし。」
「私は志願しました。」
「私もそうです。」

あくびをかみ殺す輝夜に続いて、妖夢と早苗はそれとは対照的な思い詰めた口調で返した。一人残る妹紅は居心地悪そうに皆を見回していたが、やがて絞り出すように答えた。

「まあ、私は慧音に頼まれたのもあるけど……一応志願した、かな……」
「やる気無いわねぇ、クビよクビ」

再び茶化す輝夜をぐっと睨みつける妹紅、霊夢の溜息を待つまでもなく早苗と妖夢がそこへ割って入った。このままではいつまでたっても話が前に進まないと悟った霊夢は、とりあえず言うべきことをただ並べ立てることにした。

「はぁ……じゃあ作戦を説明するわね。正門には門番とメイド達が並んでる。まず先発隊が正面から入って奴らを陽動しつつ、別働隊が裏手から突入する。あいつらはおそらく地下の図書館に籠城しているはず。先発隊も突入次第図書館へ向かう。そこで合流し、全員共同で叩く。」
「ということは二班に分かれるわけですね。」
「そうね、まあ門番と雑魚メイド蹴散らすのにそんなに数はいらないでしょうから、こっちは妖夢と……」
「妹紅が良いわ。突貫バカだし。」

早苗と妖夢もさすがにガクリと頭を垂れた。懲りずに輝夜を睨む妹紅を霊夢は少し怒気を孕んだ調子で制する。

「はいじゃあ決まり。妹紅は妖夢と、このお姫様はこっちで預かるわ。まあ向こうにはパチュリーがいるからこっちの手なんて読まれてるでしょうし、罠を張られてる可能性も高いけど、あくまで今回の目的は魔理沙・咲夜の確保とレミリアに霧を止めさせること。それ以上は無理して手を出さなくてもいい。」

ようやく説明が終わることへの安堵感が混じった声色に合わせて、霊夢は袖口から紙を取り出す。

「これは吸血鬼が以前幻想郷に引っ越してきた直後に結んだ契約書の一部。今回は幻想郷の取り決めへの不服従にあたるから、この契約書にも違反していることになる。これに吸血鬼が触れると、あいつらは灰になって死ぬわ。一応みんなに渡しとくわね。レミリアもだけど妹のフランドールが一番厄介だから。」

パラパラと二枚ずつ紙を配った霊夢は、四人の返事を待つことなく紅魔館へ向かって飛び上がった。早苗も無言でそれに続く。妖夢は自分の後ろで険悪なままの二人に一抹の気遣いを見せたが、それが自分の手に余ることはお人好しな彼女にもよく判っていた。

「早く行きましょう、お二方。」

それだけ告げて飛び上がった妖夢に、何か言いたげだった妹紅が続いた。輝夜はそれに少しだけがっかりしたような様子を見せた。しかしそれを露骨に示すこともなく、空間から拒絶されたかのごとく浮き上がり皆の後を追う。今日の高揚感はその程度の失望を易々と打ち消すものであったに違いなかった。





 ■ ■ ■





「門番長、北東の方向からこちらに向かって二機、正面から来ます!」
「みんな、演習でやった通りだよ! 思い切っていこう!」
「「「おー!」」」

紅美鈴のかけ声に、メイドの衛兵達は大きな歓声で応えた。これほどの警備はあの紅霧の時以来であろう、彼女たちの士気も高かった。それは兵士としての誇りによるのではない。久々に思いっきり暴れられることがうれしいだけだ。その感情を煽るように美鈴は先陣を切ってクナイをばらまく。

「妖夢、来たよ!」
「先行きます!」

それらを全て切り落としながら、妖夢は一気に敵陣深くへ突き刺さった。メイド編隊の連続攻撃をまとめてなぎ払いながら、彼女は妖精を次々と切り捨てていった。
電撃的な先制攻撃に動揺した衛兵を、次は上空から降り注ぐ炎が襲う。

「今日は手加減無しだ。門ごと燃やしてやるよ。」

紅蓮の翼をまとった妹紅は、その幅数qとも見える城壁をあまねく燃やし尽くす程の炎の雨を振らせる。彼女にはメイド達の投げるナイフもクナイも届かなかった。それらは全て融けてしまったのだ。先ほどまで黒々と紅い城壁を覆っていた部隊は、あっという間に紅い炎だけとなろうとしていた。

紅魔館への道を一気に切り開こうと、妹紅は発散していた炎を一旦ため込んで集中させる――

「元気が良いじゃないか!!」

それと同時に妹紅の眼前へ収束したのは、酒気を含んだ濃密な霧だった。瞬間力を内へ押し込んだ彼女が伊吹萃香の奇襲に対応できるはずもなかった。ノーガードの妹紅を掴んだ萃香はそのまま地面めがけて彼女を思い切り叩きつけた。

「妹紅さん!」
「紅魔の門に背中を見せるかっ!」

門を目と鼻の先にしていた妖夢は、その轟音にほんのわずか意識を奪われた。そしてその隙は美鈴の反撃を呼び込むに十分であった。もうもうと立ちこめる噴煙の中を滑るようにして妖夢に近づいた美鈴は、彼女の膝めがけ脚を繰り出す。
しかし妖夢は速い。すんででその不意打ちを気取った彼女は、後ろに飛び間合いをとると、伸びる美鈴の脚に向かって楼観剣を振るう。滑り込むように蹴りにいった美鈴は、鍛え抜いた上腕の力でその推進力を上に向けた。垂直に伸びる脚と水平に滑る刃が、その瞬間かすめるようにして交錯する。

「ちいっ……」
「ここは通せませんよ……妖夢さん。」

そのまま後転した美鈴は、妖夢と門の間に立ち塞がった。そこが自分の立ち位置であることを確認するように龍脈を開いた彼女に、妖夢は間合いを合わせながら構えをとる。




「おーあっちはもりあがっとるねえ」

粉塵の中から起きあがった萃香は、美鈴が発散する気を嬉しそうに浴びながら、伊吹瓢を一つ呷った。よくよく辺りを見渡すと、ここは紅魔館の中庭らしい。庭を荒らしたと後でメイドあたり怒られるかなと、萃香は何となく反省した。

「テメェ……一体何のつもりだ?」
「おおもう蘇ったのかい? けっこうけっこう。」

リザレクションを終えた妹紅が立ち上がるのを待っていた萃香は、酒で赤らんだ顔を歪ませて、懐かしそうに嗤った。

「人攫いだよ。このままやられっぱなしじゃぁ癪だからね。地底へ帰る手土産に人間一匹頂戴するのさ!」
「ざけんなっ!! 人間に相手されないからって私みたいなのに八つ当たりか!」
「お前も人間だろうがっ!」

妹紅の構えを待たず、萃香は飛びかかる。炎でもってそれを弾こうとするも、鬼の前進はそんなものではびくともしない。炎壁を抜け、妹紅の右腕を手刀で切り潰した萃香は、逆の手で妹紅の胸ぐらを掴む。

「どうしたい? 人間が繰る火なんかね、あたしらにとっちゃあ火鉢の消し炭みたいなもんさ。」

軽々と、妹紅を頭から地面に叩きつける。八の字を描いて地面に真っ逆さまに刺さった妹紅の上体は、たちまち赤黒い汁になった。

「お前みたいな人間にも鬼の恐怖を教えてやろう。蘇るたびに殺して、蘇ることに恐怖を覚えるようにしてやろう。さあたっぷり震えな!」





 ■ ■ ■





「さあ、あっちはドンパチやってるみたいね。」

藤原妹紅が炎の雨を降らし始めた頃、博麗霊夢達三人は紅魔館の裏口にいた。目くらましの結界を張っているとはいえ、彼女たちへの襲撃は全くなかった。霊夢はまるで誘われているような嫌な予感がしたが、それで突入を変更するような彼女でもなかった。

「霊夢、ここからでいいんですね?」
「ええ、ここからなら図書館にも近いって前魔理沙が言ってたから間違いないでしょう。」

後ろで相変わらずのっぺらぼうみたいな顔して笑っている蓬莱山輝夜を余所に、東風谷早苗は真剣な眼差しを霊夢に向けた。霊夢はその入れ込みようを見て、後ろの奴よりはましだとは思ったものの、少し不安を覚えた。

「早苗、あんたやる気満々なのはいいけど独断専行はダメだからね。数的に見て戦力の分断はこちらにとって不利なんだから。」
「大丈夫です。私はもう神です。人間ではないんです。問題ありません。」
「ねーねーはやくいきましょーよ」

なにが大丈夫なんだかよくわからない返事に、霊夢の表情が凍った。さっきは早苗の方がましかと思ったが、今の二人の言葉から察するにたいして変わらない気すらしてきた。霊夢は不安を押し退けるように扉を開けた。


「――!?」
「な、なに?」

「あー巫女が分身してるー」

館に入った瞬間霊夢達が覚えた違和感を詮索する暇は、どうやら与えられないようだった。霊夢は頭上の声を聞いて慄然とした。早苗は目の前に浮かぶ小さな女の子を見て、少なからず寒気を覚えた。

「じゃあ私も分身しよっかな♪」


      禁忌「フォーオブアカインド」


二人の巫女を取り囲んだ四人のフランドール・スカーレットが、それぞれ気ままな弾幕をまき散らす。館に入った瞬間至近距離から放たれたそれに、霊夢と早苗は爆ぜるように上へ逃げた。尚も迫る混沌とした弾幕に二人の感覚がようやく追いつき始めても、彼女たちの混乱は尚も収まらなかった。

「霊夢、これどういうことですか!? うまく攻撃できない!」
「知らん! どうせあの魔女の仕業だクソっ!」

「ありゃ、時間切れだ。じゃー次」


       禁忌「禁じられた遊び」


距離をとってペースを奪い返そうとする二人の巫女に、フランは躊躇なく次のスペルを切る。彼女たちを追い立てるように回る巨大な十字架状の弾幕が、落ち着きを取り戻すための動きを制限する。霊夢と早苗は混乱したまま、次第にその距離すら離されていった。

「早苗っ、聞こえる?」

しかし霊夢は博麗の巫女だった。彼女は直感的に反撃の手だてを取り戻しつつあった。取り出した封魔針をフランがいるであろう方向へ投げながら、彼女は姿の見えない神の名を呼んだ。

「きこえません! うわっ」
「とりあえずこのエントランスをでて! こいつの攻撃にあたっても死なない!」
「私は神ですからね! 全然問題ないでっあぶないっ!」
「そういう意味じゃない! ああもういい。とりあえずこいつは無視。今は逃げろ! 地下でおち合いましょう。」



    QED「495年の波紋」


フランの弾幕に容赦の文字はない。既に早苗の声すら霊夢の耳には届かなかった。弾幕の中をあえて突っ切ることも頭を過ぎったが、現状考えると得策ではないと霊夢は判断した。まず優先すべきは館内に張られたトラップの解除。放っておけば確実にこいつらにペースを握られる、そう確信したからだ。
崩れ落ちる天蓋を避けるように、霊夢は側にあった階段を伝って地下へ向かった。




「ほらどんどんいくよー……ってもういないのか」

本能に任せるまま弾を撃ちまくっていたフランが、ふと我に返った。そこに誰の気配もないことに気付いた彼女は、めいっぱい広げていた禍々しい翼を閉じて、ゆっくりとかつて床だった所に降り立った。
そのままガレキの上に腰掛けると、今ではぱっくりと夜空が見える天井を仰いだ。肩についたリボンが風を受けてぱたぱたとなびく。
それは姉のレミリアが『前線部隊長』という称号を彼女にくれたときにつけてくれたワッペンだった。最初にそのワッペンをもらったとき、フランは思わず隣にいた魔理沙に『これって中ボスでしょ』と愚痴をこぼした。別に中ボスであることが嫌だったのではない。姉が自分の意見を聞かずに勝手に役割を決めたのが嫌だっただけだ。

実際彼女は相変わらず退屈だった。確かに久々に暴れることができるという喜びを全身に感じてはいたが、それでも彼女は退屈だった。その上巫女達にこうもあっさり逃げられては、わずかに得られた喜びすら満喫できない。

「……美鈴のとこにでも行こうかな」

フランは場の空気を振り切るように立ち上がった。美鈴が気にならないといえば嘘となるが、それよりも今はこの置き場のない身をどこかへ持っていかなければどうにかなってしまいそうだった。
久しぶりに手にした扉のノブも、外の風景も幾分かは彼女のやるせなさを慰撫するものであった。しかしそれにも増してフランの関心を奪ったのは、扉の向こうで転がっていた一人の少女だった。

「……なにしてんの?」
「だって、部屋に入ろうとしたらいきなり撃ってくるんだもん。もうやんなった……」
「はぁ……?」

玄関から大分離れたところで仰向けになっていた輝夜は、そこにどっしりと根を張ったまま動こうともしなかった。そういえばさっき巫女達を攻撃したとき後ろにもう一匹いたなと思いだしたフランは、とてとてと輝夜の方へ駆け寄りその顔を覗き見た。
フランはその顔を見たとき、妙な不快感を覚えた。まるでずっとその格好でフランのことを待っていたかのような、それでいてなにも待っていないかのような眼をしていたからである。
不快感と好奇心がないまぜになった見つめ合いは、フランの中に共感に近い感覚さえもたらした。

フランは敵ということも忘れて思わず輝夜を引っ張り起こした。相変わらずまとわりつく空気へ無意味に舌を突き出しているような抑揚のない顔立ちのまま、せっかくの一張羅が汚れたことに愚痴をこぼしていた輝夜を、フランはただ眺めていた。彼女より輝夜の方が少し背が高いのだろう、先ほどまで下にあったあの視線に今は見下ろされることになった。

「あんたなにしに来たの?」
「貴方がフランちゃん?」
「うんまあそうだけど……」

質問に質問で返され、戸惑いがちにそう答えたフランへ輝夜は話を続けた。

「貴方と遊びたいなと思ってたの。お外で遊ぶ方がいいよね?」
「別にそんなことないけどさ……遊ぶって、なにして?」

フランは自分でも変なことを言ったなあと思いながら、輝夜を見続けていた。遊ぶと言ったら一つしかないはずなのに、なぜかそう聞いてしまったのだ。それは輝夜が突然馴れ馴れしい態度でフランに話しかけてきたせいかもしれない。機嫌をころころ変えるのは彼女の姉の専売特許だったが、それとは少し違った。それはあたかも自分の横にいる見えない人間を欺くために自分と仲がよいふりをしているような、そんな空々しい印象をフランに与えた。
気付けば先ほど感じた共感は既に彼女の中から失せていたようだった。ただ最初に覚えた不快感だけがその心を満たしていた。フランは自分に言い聞かせるように、前日姉に言われたことをその通り口にした。

「あいつが言ってたんだよ。もし弾幕ごっこを挑んできたら半殺しにしろ。本気で戦ってきたら七割五分殺しにしろって。あんたはどっちで遊ぶの?」
「私はねぇ……」

輝夜は嗤った。やはりあの共感は誤解だったとフランは確信した。退屈の泥にどっぷりと浸かりながらただ気紛れな熱情で蠢いていたその表情筋に、フランの不快感は発作的な怒りに変わった。

「郵便屋さんごっこしたいの。」
「じゃあ死ね。」

フランの拳が握られると同時に、輝夜の頭が花火のようにはじけ飛んだ。





 ■ ■ ■





博麗霊夢は図書館の扉を破った。体当たりだったが特に痛みはなかった。興奮のあまり痛みを感じなくなったのかと思ったが、よく見れば鍵が掛かっていなかったようだ。図書館までの道中にも妖精メイドと魔導書の歓迎を受けたが、特にそれで熱くなることはなかったのだから当然だろうと霊夢は思い直した。前に見たことがある攻撃に熱くなるほど霊夢は熱血漢でもない。

図書館全体にはやはり能力制限のトラップと、煙幕が張ってあった。霊夢はそれに惑わされることなく、パチュリーの机がある図書館中央部に向かって真っ直ぐ進んでいった。ここに来る前ならそんな判りやすい所に彼女たちが陣を張っているわけがないと思っていただろうが、今の彼女はそう思わなかった。自分の勘が少しずつ研ぎ澄まされてきているのを、霊夢はうっすら感じていた。

「よう霊夢。やっぱりお前が来たか。」

そしてその予感は当たっていた。テーブルの上に足を組んで座っていた霧雨魔理沙の両脇には、アリス・マーガトロイドとパチュリー・ノーレッジがそれぞれ椅子に腰掛けている。不敵な表情で霊夢の到着を待ちかまえていた三人の横に立つ小悪魔の緊迫した表情が、かえって霊夢には場違いなものに見えた。

「魔法使いが雁首揃えて仲のおよろしいことで。」

霊夢の挨拶にアリスは軽く手を振って否定した。その反応に魔理沙は少し不満そうだったが、特に咎めることもなく霊夢に挨拶を返す。

「まあな。三人寄ればなんとやらってやつだ。」
「確かに私の魂百ね。」
「矢は横に曲げると簡単に折れるって話だっけ?」
「お前ら全然違うのぜ。」
「あんたらの夫婦愛人漫才に付き合ってる暇はないんだけど。」

支離滅裂なやりとりをする三人に霊夢も応酬した。皮肉と機知で飾った会話とも言えない会話もずいぶんと懐かしいものだった。霊夢は不思議と自分が興奮しているような錯覚を覚えた。

「失礼しちゃうぜ。こんな美少女を愛人呼ばわりかよ。」
「誰がオスになるのかは興味あるわね。」
「ちょっとまって、魔界は一妻多夫制なんだけど。」
「あんたらいい加減話進めてもいいかしら?」
「おう、どんとこいと言いたいところだが、まずすることがあるだろう。」

それまで全然話のかみ合っていなかった三人は、示し合わせたように手にあったカードをかざした。

「12枚だ。」
「10枚。」
「今日は喘息絶好調だから20枚。」

パチュリーの大盤振る舞いに魔理沙とアリスは思わず囃したてる。盛り上がるテーブル周りを、霊夢は離れたところから見ていた。

「あんたら……どういうつもり?」
「どういうつもりって、弾幕ごっこよ。霊夢は何枚?」
「アリスまで下らない冗談を吐くようになるとは思わなかったわ。」
「あら霊夢、笑えない冗談を言っているのは貴方よ。私たちの決闘法はこれしかないわ。」

じわりと感情を滲ませる霊夢に、パチュリーはそっと包み込むような口調で話しかけた。

「パチュリー、あんただって知ってるでしょう。もうスペルカードルールによる決闘は――」
「そうだよ。だからこそこうやってわざわざパチュリーに無理言って作ってもらったんだぜ。弾幕ごっこ以外の力を封印する能力制限魔法をな。霊夢も気付いてたろう?」
「そうよ、だからこんな下らないことは止めろと言っているの」

パチュリーは苦笑し、アリスは首をすくめ、魔理沙は口笛を吹いた。もう話すことはないと言いたげなそぶりで打ち切られた会話に、霊夢はまたテーブルが遠く感じた。

「……カード持ってきてないわ。」
「なくとも枚数の提示はできるでしょう。まあ神業であれ魔術であれ"いわれ"のない力は弱い。今なら紙とペンを貸すけど?」
「いらん」

気丈に返す霊夢に、三人はまた同じしぐさをした。にもかかわらず霊夢はそれに先ほどの冷たさを感じなかった。魔理沙は三角帽のつばを指で押し上げて、霊夢へ軽くウインクした。

「じゃあこっちが勝ったら霊夢は私らの奴隷だ。里には二度と帰してやらん。一生こき使ってやるから覚悟しろ。主な仕事は宴会の場所取り、宴会の準備、宴会の片づけだ。」
「そりゃ残酷ね。うちの人形より仕事がなさそうだわ。」
「だったらうちの庭の掃き掃除も追加願おうかしら。」
「ふざけてられんのも今のうちなんだからね……私が勝ったらこの下らない魔法を止めてもらう。あと魔理沙、あんたには里に来てもらうわよ!」
「「「お好きにどうぞ!」」」





 ■ ■ ■





東風谷早苗は弾幕の波を掠めながら廊下を飛んでいた。
妖精メイドの隊列が自機ねらいの全方位弾を連発してくる。早苗はそれをなんども切り返しながらさばいていった。廊下での連戦をこなすことで、彼女もようやく自分にかけられた能力制限の意味を理解できるようになった。久しぶりに使う弾幕ごっこ用の弾を妖精に向かって撃つ。相手は真っ二つに裂けて「一回休み」になった。

「このぉっ!」
「うわーやられたー」
「がんばれー」

早苗は違和感で胸がいっぱいだった。もう人ではないその体は今も疲労の色を見せることなく動いている。あの腹の傷も、儀式から三日経って目を覚ますとすっかり塞がっていた。問題はそこではなかった。先程から出てくる妖精メイドの顔、それがみな笑顔で、楽しそうに倒されていくこと――それがさっきから彼女の心に引っかかっていた。

早苗はこの討伐に並々ならぬ決意を持って志願した。神奈子と諏訪子は神格を得て間もない早苗の志願に反対したが、彼女は頑として譲らなかった。
この討伐に際して声明された「幻想郷の危機に対する各勢力の自発的協同」があくまで表向きのお題目であり、実際は里に新しく入った旧勢力に対する"テスト"を兼ねていることは早苗も承知していた。いや、だからこそ彼女は絶対に参加しなければならないと考えたのだ。
里に入った"人間"が新体制に従うことを内外にアピールさせるのが目的であれば、山を選んだ"元人間"である自分もまたその証明をはっきりと打ち立てねばならない――早苗はそう思った。だから彼女は絶対に武勲をあげねばならなかった。山のため、そして守矢のため、自分のこれからの生活にために。

「あははっ」
「いけいけー」
「くそっ、一体何なのよ!」

しかし、あの笑顔はその決意を嘲笑う。まるで自分にじゃれついてくるようなその笑顔は、早苗の想いとは正反対の位置にあるはずのものであり、彼女の考えていた"紅魔館"には決してあってはならないものであった。
規則正しく計算された攻撃、なんらかの回避方法が用意されている攻撃を、早苗は妖精もろとも吹き飛ばす。それでも続く笑い声、楽しそうな笑い声――早苗の違和感は次第に不快感に変わっていった。

「……ここは?」

一番きつい攻撃をしてくる妖精を撃破し廊下を右に曲がると、そこには大きな扉があった。霊夢とあのエントランスで別れてから地下を目指していたはずの早苗は、妖精達をさばいているうちに屋敷の一番奥、最上階の部屋に来ていたようだった。物々しい雰囲気を醸し出す大きな扉は、そこに最後の敵がいることを分かり易すぎるほど分かり易く示していた。
早苗は意を決して扉を押す。それは霊夢の約束に逆らう行動であった。だが早苗はそこへ入ることを決定づけられているような気がした。そこには必ずいる、自分の力を証明するための敵が――彼女はそう確信していた。

「よく来たな人間。」

月の光を背に受けて、椅子に座る小さな影が早苗に声を掛けた。あまりにも典型的な出迎えに、早苗は一瞬自分がゲームの世界に引き込まれたのではないかと思った。その声と同時に部屋の蝋燭が灯る。そのでき過ぎなタイミングは、椅子に座るレミリア・スカーレットの凝った演出によるものだったのか、はたまたその横に立つ十六夜咲夜の時間操作の賜物だったのか、早苗にはわからなかった。

「って青い方かよ。」
「賭けは私の勝ちですねお嬢様。」
「ちぇー 久々に運命操作緩めて霊夢が私を選ぶの待ってたのになー」

頬杖に載った頬を膨らませて、レミリアはしたり顔の咲夜の方へ唇を尖らせた。軽妙な主従のやり取りに、早苗は返すべき言葉を失っていた。

「まあいいや。おい青巫女。どうだった"道中"は? 確かあのエントランスを抜けると、最初は自機狙いのクナイ弾と魔導書のレーザー地帯だったはずだ。でその次は……ええと……」
「36WAY位置固定ワインダーとばらまき弾のセットですわお嬢様。」
「ああそうだそのワイなんとかだ。でその次はんーと確か……」
「私が全部言いましょうかお嬢様?」

涼しげな笑顔を向ける咲夜に、レミリアはバツの悪そうな顔を返す。

「う〜……もういいやメンドイメンドイ。あーまあそういうことだ青いの。あいつらみんな、今日のために仕事もせずに新しく考えたんだぞ。」
「仕事をしないのはいつものことなんですのよ。」
「あなた達は、あなた達は一体なにを言っているのですかっ!!」

咲夜といつも通りの掛け合いをするレミリアを、早苗はあらん限りの声で怒鳴りつけた。部屋に掛けられた蝋燭さえもびりびりと震える。へらへら笑っていたレミリアも一瞬真顔になったが、すぐさま笑顔に戻った。

「何って……紅魔館のもてなしはお気に召さなかったかな?」
「私はあなた達と下らないおふざけをする気はない。直ちにそのメイドさんの身柄を引き渡し、この霧を止めなさい。」
「おふざけ? おふざけねぇ……まあ別にそれでもいいか。じゃあお前の条件はそれだな。」

早苗の言葉にやれやれといった感じで眉をひそめながら、レミリアは襟元からカードの束を引き出した。

「10枚だ。私の条件は一つ。お前が負けたら宴会に付き合ってもらう。紅魔館のパーティーだ、楽しいぞぉ? 酒と食い物は奢ってやるからかくし芸の一つぐらいは披露しろよ。」
「料理は特製の創作中華です。どれも鉄分豊富で健康に良いものばかりですわ。」
「どういうつもりですか!?」

咲夜はちょっと困り顔になった。

「どういうって……和食の方がよかったのかしら? 今からおかず足せるかな……」

一方のレミリアは澄ました顔つきで指をピンと立てる。

「どういうって、スペルカードだよ。やったことあるでしょ?」
「そんなことは聞いていません。貴方は幻想郷の規則に違反し、霧を起こして里を混乱させた。それを今さらスペルカードルールだなんて――」
「そ。霧を起こしたのは私。これは異変でしょ? だから異変を解決するのはスペルカードルール。」
「ふざけるのもいい加減にしろ! 貴方は吸血鬼条約に違反した。これを見なさい。これでも弾幕ごっこなどと言い張りますか?」

早苗が突きつけた条約書に、レミリアは懐かしいものを見たという風にとぼけた表情を見せる。

「あーそんなのあったなー。昔の約束だから忘れてた。」
「約束は絶対忘れないと仰ってましたよねお嬢様?」
「まあ弾幕ごっこにこだわるのは仕方ないだろう? だってそっちの方がずっと楽しいじゃん。他に理由いる?」

レミリアは笑った。その満面の笑みは、先ほどまで妖精達が見せていた笑顔と一緒だった。
かざした契約書を無碍にされ、早苗は怒りに身を打ち振るわせていた。その笑顔は、彼女の悲愴な覚悟を、意志を、これ以上ないほどに侮辱していた。どす黒い視線で睨みつける早苗に、レミリアは涼しい顔で再び枚数の提示を求めた。

「……12枚です。」
「よしじゃあやろっか。いよいよラストステージだ。」
「待って下さい。そちらのメイドさんはいいのですか。」

意外な提案にレミリアはきょとんとした顔つきになった。

「咲夜……ねぇ咲夜中ボスやる?」
「中ボスですか? ……そういえば私あの一番強いメイドの子にボムアイテムちゃんと持たせたかしら?」
「おーいさくやー? まあいいや、もうメンドイからいいよ。」
「そうではありません。貴方一人でいいのですか? レミリアさん。」

嗤ったのは早苗だった。レミリアはふっと無機質な顔になったが、すぐにいつもの表情に戻る。尊大な、あの表情に。

「ふふっ……スペルカードの方が楽しいから好きだって言ったろ。理由を教えてやろうか? この私は史上最強・最凶最悪な吸血鬼だ。ド田舎の神ごときと普通に戦ったら勝負にならなくてつまんないんだよ。わかったら大人しく悪魔の厚意をうけとけザコが。」
「残念ですが貴方の前にいるのは一柱ではありません。私の隣には八坂様と洩矢様が、そして多くの信者の方がいる。ここに立っているのは三本の柱です。もう一度だけ聞きます。二人でいいのですか? 日没する国から来た吸血鬼さん。」

レミリアも嗤っていた。目の前にいた元巫女がまっとうな幻想郷の住人であることに彼女は至極満足していた。弾幕ごっこの前に挑発の一つもできない奴なんて、面白くもなんともないだろう。

「咲夜――」
「3枚です。」

早苗はそれを少ないと思った。レミリアは丁度良いと思った。主人の邪魔をせず、かつ主人の邪魔にならない程度の数。先ほどまでのとぼけた佇まいを脱ぎ捨てて、冷えきった表情の咲夜は無言でレミリアに目配せした。彼女は主人の合図を待っていた。そして主人もそれに応えた。

「こんなにも月が蒼いから本気で殺すわよ!」





 ■ ■ ■






魂魄妖夢は苦戦を強いられていた。

「はあっ!!」
「ふっ!」

みぞおちへの正拳突きが迫る。後ろに跳んでそれを交わしながら楼観剣を振り上げた。刃は気の鎧を抜けて、紅美鈴のわき腹から肩口までを斜めに切り裂いた。
しかし美鈴の前進は止まない。突き出した拳の慣性そのまま、妖夢の着地点めがけての下段蹴り、そこから喉への手刀を狙う。
だが妖夢が着地したのは地面ではなく美鈴の蹴り出した足首だった。そのまま胴を横一閃に切り抜こうとする庭師に、門番は続けざまの手刀を頓挫される。
妖夢へ思い切り体をぶつけた彼女は、振り抜かれようとする楼観剣のつばへ気を練った両腕を当てた。まだ加速しきっていない妖夢は、その壁を打ち抜けない。砕けた尺骨と引き替えに、美鈴は妖夢を弾きとばした。

「ふんっ!」
「はっ!!」

二人はともに接近戦を得意としていた。しかしスピードはもちろん、リーチにおいても刀持ちの妖夢の方が勝っていた。
刀が振れないような近接距離での回転力に活路を求める美鈴は、幾度も懐に入ろうと試みる。だが速さに勝る妖夢は絶えず一定の距離をとりながら離れざまに美鈴へ刀を振るった。
既に彼女は全身血みどろ、体中のどこ一つをとっても刀傷のない部分はなかった。

「まだぁっ!!」
「くそっ……」

再び美鈴は跳ぶ。顔面への初撃を妖夢は屈んでやり過ごす。それは囮だった。美鈴の狙いは楼観剣を握る手首めがけ振り上げられた膝。妖夢はすんでで柄をその膝にぶつけ、反動で上へ跳ねる。重力に引き戻される妖夢へ、美鈴のアッパーが迫る。
だが妖夢の抜刀は、落下速度よりも、美鈴の追撃よりも速い。楼観剣を美鈴の腕めがけて振り下ろすと、そのまま両腿へ切り返す。手首から肘が縦に裂け、膝頭が真横に裂ける。それでも美鈴は構えを解かなかった。

「まだ立つのか……」
「甘い、甘いですよ。」

そして傷一つない妖夢は傷だらけの美鈴に圧倒されていた。彼女の攻撃に気を緩めることが出来ないということもあった。まだ一度もまともにはもらってないが、もし一度もらえばその後つるべ打ちをくらうことは明らかだった。それは即妖夢の敗北を意味する。
彼女が想像以上に丈夫というのもあったろう。既に致命傷に近いダメージを幾度も与えているのにもかかわらず、美鈴は倒れなかった。
だがそれだけではない。対峙を終える度、妖夢は確実に一歩一歩、門から離れた位置に誘導されていた。どれだけ瞬間の対峙で勝ろうと、最後のポジショニングで妖夢は常に完敗していた。いや美鈴は最初からそこだけに勝負を絞って妖夢と対峙していたのかもしれない。

「……っ」
「そんなんじゃダメですよ妖夢さん!」

今度先に動いたのは妖夢だった。駆け引きもハッタリもない、スピードを生かした真っ直ぐの一閃。妖夢が最も磨いてきたその一刀は到底美鈴の目に追える代物ではない。見えるはずのない一撃に美鈴は動かなかった。
両手を突き出し、気の壁を幾重にも練り込む。そして刃が手に当たった瞬間、それを万力のように上下から手の平で挟み込んだ。視覚が駄目なら痛覚を使えばいいだけの話だ。
手首までくい込んだところで、楼観剣のスピードが鈍る。美鈴はその隙を逃がさなかった。妖夢の顔面へつま先を振り上げる。避けられることなど最初から織り込み済み。のけぞって完全に速さを失った妖夢のみぞおちへ、肘を叩き込む。自らの片の手と一緒に美鈴は妖夢の一閃を吹き飛ばした。

「くそっ、なんでだ……」
「貴方では私に勝てない。」

もんどりうった妖夢が立ち上がる。美鈴は龍脈に支えられてその身をもたせていた。彼女にも追撃する体力はもはや無いようだった。そんな状態にもかかわらず、美鈴の妖夢への声は澄み切っていた。

「どういうことですかっ!?」
「貴方は迷っている。だから貴方は私に勝てない。」

妖夢がこの討伐隊に志願した理由は、何かをしていないとそわそわして落ち着いていられないからだった。かつて毎日のように朝から晩まで仕事をしてきたのだから、そうした感覚を抱くのは当然のことだろうと妖夢は思っていた。

「私は、迷ってなどいない。」
「いいえ迷っている。貴方は絶対に信じなくてはならないものを信じていない。立つべき所に立っていない。だから今の貴方は弱い。」

美鈴は断言した。今までも紅魔館にお邪魔をするとき、妖夢はこの門番となんども顔を合わせていた。しかし、こんな顔の彼女を見るのは初めてだった。それは客人へ向ける顔ではなかった。美鈴は紅魔館へ迎えるべき者とそうでない者を差を知っている。主人が誰を客として招き入れたいと望んでいるかを、誰よりも知っている。

「門を通ったのは四人。館にはお嬢様、フランお嬢様、パチュリー様、咲夜さんがいる。だから貴方をここでくいとめれば、紅魔館は絶対に負けない。それが私の使命です。貴方をここに立たせる決意は、それよりずっと弱い!」

妖夢は答えなかった。楼観剣を握り直し、また真っ直ぐ美鈴へ切り込むための構えをとる。動いていないと気が滅入りそうだった。挫けてしまいそうだった。従者としての負けを認めてしまいそうだった。
先ほどよりももう一歩速く、妖夢は跳躍する。斜め下から入り、美鈴の脇腹を捉え、そして一気に振り抜く!


――うおおおぉおおおおぉっ


しかし妖夢は切れなかった。美鈴の体、丁度その真ん中までくい込んだ楼観剣はそれ以上動かなかった。美鈴はズタボロの両腕でその刃を抱え込み、体を丸めてそれをおし止めた。


――はああああぁぁぁぁっ!


美鈴は吼えた。彼女は抱えた両腕をねじり上げるようにして、挟み込んだ楼観剣を真っ二つに折った。刀身を失った楼観剣を振り上げた妖夢は、躊躇なく背中にあったもう一本の白楼剣を抜いた。上段から美鈴の額へ、それが止めの一撃。

「私に迷いはない!!」

妖夢が砕いたのは美鈴の額と、白楼剣だけだった。割れた頭から血を吹きながら、なお目の前の門番の意志は砕けなかった。剣士の刀を二本折り、役目を全うした美鈴は、最後まで真っ直ぐ妖夢を見ながら、門の前に崩れ落ちた。
おそらく妖夢は勝ったのだろう。しかし敵の命を仕留めた彼女は敗北感で胸をいっぱいにしながら、門の前に立ちすくんでいた。館から上がる一本の光が、俯いたままたちすくむ妖夢の銀糸をきらきらと照らしていた。





 ■ ■ ■





伊吹萃香は手に持っていた脚を投げた。膝から上がなかったそれはもう彼女の興味を引くものではなかったらしい。萃香は景気づけに伊吹瓢を呷る。一息ついた頃には、膝から先の部分が元に戻った藤原妹紅がもうそこに立っていた。

「戻んのだけは早いねぇ。でもそろそろ飽きてきたよ。歯ごたえが足りん。」

それでも萃香は楽しそうに口元をつり上げた。久しぶりに味わう"人殺し"の感覚を、彼女は堪能していた。五十回ぐらいまでは数えていたが、そこから先はもう萃香も面倒くさくなった。回数など満足感の一要素に過ぎない。

「私も飽きたね。」

妹紅もまた、久々に味わう"死ぬ"という感覚を堪能していた。彼女は最初から回数を数えたりなどしない。そんな暇潰しはとっくに飽きていた。

「この程度の死に方じゃあ、面白くない。蘇っては喰われるってのを数年ずっと繰り返してたこともある。やっぱり今さら鬼なんかじゃ誰も驚かないよ。」
「言うじゃないか人間。でもどだい鬼とじゃ体力が違う。喰われたいんなら後で喰ってやるよ。私は生食が嫌いなだけだ。」

萃香は拳を握った。極限まで圧縮された空気が高温を発し、気圧の差で小さな竜巻が二人を囲む。もう庭は原形を留めていなかったが、萃香は気にしなかった。今が楽しければいいのだ。

「融かしてスープにしてやるよ。人間の火遊びとは違う地獄の炎、たっぷりと味わいな!」

そしてその拳を妹紅めがけて振り上げた。

「ぐっ……」

顔が歪んだのは萃香だった。楽しいだけの喧嘩など本当の喧嘩ではない、本気で苦悶を味わえるからそれは楽しいのだ――白く輝く妹紅の手に拳を押さえ込まれながら、萃香は以前勇儀にそんなことを言われたのを思い出した。

「ったく……最近はヤタガラスだの核だの、今度は鬼火か? わたしだってなあ、高圧下なら核融合ぐらいできんだぜ?」

まばゆい光の中に、手を握りあったままの二人は熔けていった。




妹紅が再生すると、目の前の萃香が聞いたことのないような唄を歌っていた。おそらく即興だろう。だがそれは妹紅にも幾分か懐かしさを与える旋律だった。

「お、起きたかい。」

上体を起こした妹紅に萃香は手を差し出した。妹紅は躊躇なくそれを取る。その腕越しに見えた萃香の顔は、仲間と認めた者へ向ける顔に他ならなかった。

「あんがと。」
「いや、今のはよかった。最高だ。とっさに霧にならなきゃ融けてたのは私だよ。人間の火はお遊びってのは謝る。やっぱり火の扱いに関しちゃ人間は上手だ。」

妹紅の肩を叩きながら、萃香は自慢げな口ぶりで話した。彼女にとって人間が強くなり、鬼と対等に戦えるということは自慢なのだろう。妹紅は酒を勧められた。仕方なく一杯だけ付き合う。できたての体に鬼の酒は随分と染みる。

「で、鬼退治は終わりなの?」
「んー」

また酒を呷る萃香に、妹紅は呆れたような口調で尋ねた。向かい合って腰掛ける二人の上には綺麗な月が浮かんでいる。それは素敵な月見酒だった。

妹紅がこの討伐隊に加わったのは慧音が喜んでいたからだった。人間の里を代表して、という言葉に妹紅は激しい違和感を覚えたが、慧音はそれをたいそう喜んだ。じゃあいいかと思ったのだ。どうせ死ねない体だ。こういう役回りがぴったりだと思った。まさか輝夜が来るとは思わなかったが。

それが今こうして鬼と酒を呑んでいる。妹紅は思わず笑い出しそうになった。こうやってこいつらと杯を交わすのもずいぶんと久しぶりのことのように感じた。

「まあさっきのはよかったけれど、引き分けだからね。あんまり引き分けって好きじゃない。やっぱり白黒はっきりつけないと。」
「そう言うと思ってた。はい杯返す。」
「いいよ。やる。」

杯を投げ返そうとする妹紅を制しながら、萃香は元気よく跳ね上がった。こういうのも少し前はよくあったことだ。ここで喧嘩は特に悪いことじゃあなかった。スペルカードを使わないのはずいぶんと久しぶりだったけれども。
妹紅は杯をポケットに入れて立ち上がる。

「じゃあ今度こそぶっ殺すよ人間。」
「はいよ、できるならやってみな。」

萃香は巨大化した。ふらつきながら繰り出すパンチを妹紅は軽々と交わす。大きくなれば威力は上がるが、大きくなくとも当たったら死ぬのだ。むしろスピードが落ちる分、妹紅は与しやすしの印象を受けた。萃香の体をぴょんぴょんとはね回り、彼女の肩の上に載る。顔面に一発かまそうと、妹紅は炎を出そうとする。

「残念、火は出ないよ。」

妹紅の手は着火しなかった。続いて彼女は妙な嘔吐感を覚えた。何が起こったかわからぬ彼女に萃香の手を伸びる。拳の中に収めた妹紅をゆっくりと握りつぶしながら、萃香は楽しそうに解説を始めた。

「お前の周りにある元素を疎にしたよ。燃やしたくても燃えるもんがない。さあどうする人間?」

脳が機能停止したのが先か、萃香に内臓を潰されたのが先か、妹紅は萃香の説明を待つことなく、また絶命とリザレクションのループに入った。
しかし蘇った妹紅にできることはなかった。炎は出せず、頭は眩む。スピードの落ちた萃香のパンチを易々ともらうほど、彼女は体をまともに動かせなかった。
萃香のゆったりとしたなぶり殺しの度に四肢が吹き飛び、死に、そして蘇る体は、だが蘇っても自由にならなかった。やけのやんぱちと自分自身を燃やしてみたが、たいした燃料になるはずもなかった。
以前地球上から空気がなくなったとき自分はどうなるのか、妹紅は少し考えたことがあった。その時は深く考えなかった。あの薬師によれば、永遠を生きるコツは過去と未来を真剣に考えないことらしい。――ふとそんな記憶がフラフラの妹紅の頭をもたげた。どうしようもない時、人間はしばし雑念に逃げ込むのだ。妹紅は自分の人間らしさに驚いた。

「ほらどうすんだい。智慧のあるところ見せてみなよ、人間!!」

千鳥足の妹紅に、萃香の蹴りが決まった。胸の辺りから真っ二つに割れた妹紅は、肋骨と呼吸器官を飛散させながら宙を舞う。
再生を待って、仰向けに転がる妹紅へ拳を落とす。頭の先からつま先まで綺麗にすり潰された妹紅は、今度は再生に少し時間が掛かりそうだった。萃香は手にこびりついた肉片を舐めながら、再びそれを待つ。戻っては潰し、潰しては戻るの繰り返しをしばし繰り返した後、萃香は妹紅をつまみ上げた。

「ほら降参しなよ。地下に行ったらまともな空気吸わせてやるよ?」
「ぁ゛……ゃ……」

声は出ずとも顔でわかる。反抗的な妹紅の目つきは萃香の心を満たした。もし一月前の幻想郷ならば、二人はきっといい仲になっていただろう。
妹紅をはたきつぶそうと、萃香は指で体をはね上げる。そして妹紅はそれを待っていた。

「ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
「――んぐっ!?」

最後の力を振り絞り、妹紅は飛んだ。萃香の口めがけて。口の中で右腕を噛みちぎられたが、妹紅は構わず喉の奥へ飛び込んだ。胃の中にはたっぷり入ってるはずだ。燃えやすいあの液体が。

「ぐぞっ――」

萃香の今際の言葉は、食道からこみ上げる熱風によって遮られた。異様なほど膨れた腹が風船のようにはじけ飛ぶその感覚に、何故だか萃香は満ち足りた幸福感で一杯になっていた。



「はぁっ、はあっ……鈍角の酒は控えとけ、あれはマジで揮発して燃えるんだ。」
「はははっ、考えとくよ。」

気付けば東雲がわずかに顔を覗かせようとしていた。大の字に寝っ転がる萃香は、腹が破けたまま満足そうに笑った。へとへとの妹紅は彼女の前で膝に手を当てながら溜息を返す。白む空をいっぱいに仰いで、萃香は満足だった。今際の際に見る空としては最高だ。

「はっ、かっこつけてでかくなるからだよ。腹に入るのは伝統的な鬼退治のやり方だもんね。」
「ああ、文句ない。こういうやられ方は最高だ。さあ鬼が人に負けたんだ。残念ながら宝は持ってないが、煮るなり焼くなり好きにしなよ。」

萃香はいっぱいに息を吐き出して、微笑んだ。最期に霊夢の顔が見れないのは残念だが、こんなやり方で追儺されるのなら本望だった。彼女は妹紅に心から感謝していた。これだけの満足を得られるとは思っていなかった。

「……私は、人間なのかな。」
「またそれかい。お前は立派な人間だ。私が認めてやる。だから早く退治しておくれ。」

ふっと、妹紅の気配が弱々しくなった。萃香は少し怖くなった。人間は弱すぎるのだ。

「……できないよ」
「やめてくれ。そんなこと言うな。お前は立派な人間だ。お前ほど勇気があって、真っ直ぐな人間はいない。だからやってくれ。ちゃんと最後まで鬼を退治してくれ。」

その声に妹紅は答えなかった。萃香は叫んだ。穴の空いた腹のことも忘れて何度も呼んだ。人間の名を。自分たちのことを忘れた、あの種族の名を。しかし妹紅はそれに応えなかった。ただ絞り出すように、彼女は萃香に詫びた。

「ごめん、できない……」
「またか人間! またこうやって鬼を捨てるのか!」
「私は……"まっとう"な人間なんかじゃないよ。そうだ、私は人間なんかじゃない。あんたらを殺すなんて、無理だよ。」

聞こえるか聞こえないかという声で、それだけ告げた妹紅は逃げるように飛び立った。里とは真逆の方向へ。萃香の目に映るのは、館から伸びる白い閃光と、白む空だけだった。彼女はそこを駆け巡る星と月へ向かって、あらん限りの声で思い切り吼えた。

「嗚呼情けない!! 千年生きた人ですら、もはや追儺の一つも満足にできないのか!!」





 ■ ■ ■
 
 



フランドール・スカーレットはまた我に返った。目の前には頭の吹き飛んだ死体が一つ。彼女は溜息をついた。

「あ〜あ、またやっちゃった……」

フランはしゃがみ込んでその死体をつつく。初夏を意識したのか、青竹色を基調とした涼やかな羽織は血と組織片で黒々と汚されていた。死体のスカートをぱたぱためくって遊んでいたフランは、やがてそれにも飽きた。やっぱり部屋に戻ろうか、それとも思い切って家出でもしようか、フランは以前から練っていたろくでもない計画を頭の中で巡らせる。なんでもいいから考えていないと退屈に押し潰されそうだった。

「あ〜あ、やっちゃったわねぇ……」

フランは飛び上がらんばかりの勢いで振り向いた。それは聞こえるはずのない声だった。

「痛そうよねぇ……」

蓬莱山輝夜は、目の前に転がる蓬莱山輝夜の首なし死体に眉をひそめながら、横に座るフランに同意を求めた。フランの思考は完全に止まった。妙なことしか起こらないこの幻想郷に慣れはじめたフランも、その光景は理解できなかった。

「え、あ、あん――」
「ん? ああ私? 私は私よ。これも私。ただし5.39121×10^-44secよりちょっと前の私ね。」

死体を指差しながら、輝夜は口元をほころばせた。フランのその唖然とした表情は、彼女の大好物だ。

「私ね、時間を操れるの。ここのメイドさんとおんなじね。でもちょっと原理が違うのよ。私は時間をそのまま止めたり早めたりできないけれど、ものすごく短い時間、誰にも感知できないほど短い時間を操作できるの。それを使って私はいくつもの未来の中に同時に併存できる。貴方が能力を使ったとき、私も二つに別れた。この私は死んで、私は死ななかった。」

説明を待たず、フランはその輝夜の頭を潰した。言っている内容はわからなかった。しかし耳を貸してはいけないと本能が告げていた。

「また私が死んだわね。でも私は生きてる。そう、私の能力ってもう一個あるの。永遠を、感知できないほど長い時間を私は操作できる。だから誰にも感知できない刻の中に、永遠に亡骸を閉じこめておける。そう、私の背中には、数え切れないほどの私の亡骸が隠してある。こういう風に死んだ私は、ここにはいっぱい、いっぱいいるの。」

輝夜の声がフランの背中から届いた。再び振り向くと、二つの輝夜の亡骸はもうフランの前にいなかった。フランはまた輝夜の頭を潰した。

「でもこうやっていちいち死体隠すの面倒なのよね。だからちょっと交代しましょう。蓬莱の薬を飲んだ私に。」

次の輝夜は横からだった。フランは振りほどくようにその輝夜を潰す。しかしその次は出てこなかった。代わりに潰した輝夜が元の輝夜に戻った。

「薬を飲んだ私と飲まなかった私が別れたのは1500年ぐらい前だったかな? それからも飲まなかった私はずっと永遠の須臾の中で、この世界に現れるのを待ってた。500年前の私も、昨日の私も、8000年前の私も、2500年前に死んだ私も、さっき死んだ私も、みんなみんなここにいて、今はみんなみんなフランちゃんのことを見てる。」

ぬっと輝夜の後ろから輝夜が出てきた。その下からも輝夜が出てきた。フランの肩を後ろから輝夜が叩いた。耳たぶを啄むように、輝夜が顔を近づけてきた。フランは輝夜を壊し続けた。輝夜の死体で裏口前はたちまちいっぱいになった。輝夜の死体の上に輝夜がいた。青竹色の羽織がまるで芝生のように辺りを埋め尽くした。その上を輝夜が歩き、フランに話しかける。どれだけ経ってもそれは変わらなかった。

「やだっ……なんなのよ、一体何なのよっ!」

フランはたまらず逃げ出した。もう館には戻れない。扉の前には輝夜しかいなかった。すぐ近くにあった小さな倉へフランは駆け込む。思わず逃げ出した自分の胸を支配する感情がなんなのか、彼女はわからなかった。吸血鬼であったフランにとって、その感情は未知のものに他ならなかった。閉めた倉の扉がゆっくりと開く。沈もうとする月の残照を背中に受けて、姿を見せたのは輝夜だった。

「どうして逃げるの。ねえ遊びましょう?」
「うるさい、消えろ、消えろっ!!」

握りしめようとした拳は、しかし全く動かなかった。フランは自分の手をあわてて見つめる。それは傷一つないのに、まるでそこだけが永遠に止まってしまったかのように、ピクリとも動かなかった。

「ごめんなさいね。フランちゃん怯えてるみたいだったから、ちょっとそこだけ永遠にしちゃった。」

輝夜は止まったフランの手を取り、指を絡めた。震えぬ震えをもっとよく感じられるように。フランは逆の手で目の前の輝夜を壊した。横に立つ輝夜は蓬莱の枝を持っていた。輝夜はフランの腕を持ち上げ、脇腹に枝を突き立てた。

「ひぐぅっ!」

体はすぐさま再生した、はずだった。いつまでもひかない痛みに、フランはあわてて傷口をまさぐる。それはどういうわけか消えていなかった。傷口はいつまでたっても体に残っていた。痛みがこれだけ続くこと、傷がなかなか治らないことをフランは初めて知った。

「いたっ、いだ、いだい゛ぃ……」
「どう? 人間ってこういう風にずぅっと痛みに苦しむんですって。傷口だけ永遠にしてみたの。どう? 痛い? 苦しい? ねえどんな感じ?」

悶えうずくまるフランの腕を、輝夜は思い切り踏みつける。彼女は興味津々だった。初めての痛みとはどんなものか、未知の苦しみとはどういうものか、輝夜は知りたくてたまらなかった。

「いやっ、来ないでっ、くるなっ!!」

フランは四肢をばたつかせてあえぐように逃げた。脇腹の痛みも今はたいしたことではなかった。本能が告げていたのだ。あの女から逃げなくてはならない。あいつには勝てない。輝夜が怖い――それは吸血鬼という存在にとって致命的な心の破壊だった。
逃げ回るフランを、輝夜はゆっくりと追い回した。時折気紛れにどこかの間接を止めたりして、無様に転がる吸血鬼を見下ろして嗤っていた。
蛇行しながら這い回るフランは部屋の隅に追いつめられる。もはや羽根で飛ぶことも、コウモリになって飛んでいくことも、その頭にはなかった。ただ恐怖だけが、フランの心を破壊していた。

「やだ、やだやだやだこないでぇっ……ヒグッやだぁ、こわぃ、こわいょ……」

喚き散らす子供のように、フランは辺りに転がっていた物を手当たり次第に投げた。そのいくつかは輝夜の体に当たって、そのままなにごともなく地面に落ちた。

「じゃー今度はフランちゃんまるごと止めてみよっか? 試しに4000年ぐらい。」
「ぃやだっ! ひっくるなっ、たすけ……おねえさまたすけてえぇっ!!」

とうとうフランは泣き出してしまった。子供が訳のわからないものを見たといってぐずるように、悪夢を見たといって布団の中に潜り込んでくるように、彼女はレミリアのことを呼びながら、ただうずくまって泣き出した。輝夜は少し俯いたまましょげた様子で、フランの前にゆっくりとしゃがみ込んだ。

「もういいわよ。大丈夫、そんなことしないから。」

金色の柔毛を軽くかき上げて、輝夜はフランに囁きかける。触られた瞬間大きくびくついたフランも、その指が涙を拭うためだと知りそれ以上飛び退くことはなかった。ゆっくりと、あやすような視線を送りながら輝夜はフランを見ていた。その視線はとても優しく、愛情に満ちていた。最初に会ったときからずっと、一切変わらず。

「ごめんね。久しぶりだったから少し調子に乗ってしまったわ。でもちょっと残念。なんでも壊せる吸血鬼がいるって聞いたから楽しみにしてたんだけど……私の『永遠』を壊してくれると期待してたんだけど、でもまだちょっと幼すぎたわね。」

頬についた涙跡を愛撫しながら輝夜は微笑んだ。目の前で唇をわななかせながら顔を真っ青にしたかわいらしい吸血鬼を、彼女は自分の物にしたかのように愛でていた。フランはまだガタガタと震えている。その無様な姿はそれで暇潰しにはなったのだろう。

「じゃあ仲直りの印にね、さっき言ったように私と遊びましょう? 郵便屋さんごっこ。」

そう言って輝夜は胸元から紙をとりだした。その瞬間またフランの体が震える。輝夜はくすくす笑いながら、彼女の目をぐいと覗き込んだ。

「これ大事な手紙なの。まだ日が昇るには少し時間がある。その間にね、霧になって姿を隠してこの手紙を届けにいって欲しいの。ここから湖を抜けて森の縁沿いをずっと進むと、竹林が見えてくる。その奥に大きなお屋敷があるわ。そこにはいっぱいウサギさんがいるの。その中に一匹、鈴仙っていうウサギがいる。やらしい耳を頭からビンビンに生やして、短いスカートからパンツをちらつかせる扇情的な格好をしたウサギよ。そいつにこれを渡して欲しいの。私はもうじき里へ帰らないといけないから、よろしくお願いね?」

輝夜はそう言って紙をフランの前へちらつかせた。それは出掛けに永琳から預かった書簡だった。フランはポカンと呆けた顔をしたまま、魅入られたようにその手紙を見ていた。いっぱいに心を満たしていた恐怖が融けていくと、代わりを満たすものなど容易に見つからないものなのかもしれない。
だから倉が激しく揺れたことも、倉の外の閃光も、今のフランには知覚しえないことだったろう。ただ、なにか轟音のようなものが遠くで聞こえたような、そんな気がしていた。





 ■ ■ ■





博麗霊夢はタイミングを計っていた。


   金木符「マーキュリーポイズン」
   蒼符「博愛のオルレアン人形」


パチュリー・ノーレッジとアリス・マーガトロイドが同時にスペルカードを切る。それは霊夢をもってしても近づくには密度が高すぎた。改めて距離を計り直す霊夢の前に、光の一団がおし寄せる


   天儀「オーレリーズユニバース」


パチュリーとアリスがばらまいた弾幕の海から霧雨魔理沙が飛び出す。彼女が切ったスペルカードに、霊夢は待ちかまえていたといった様子で相対した。使い魔の繰り出す高速のレーザー、それに混じるパチュリーとアリスの整然として複雑な網の目を丁寧に、かつ大胆にくぐっていく。霊夢が投じた封魔針が致命傷となる前に、魔理沙は再びその姿を弾幕の海へと沈めた。

「くそ、ちょこまかとっ」

霊夢の追撃を再び魔女二人がかりの弾幕が押し止めた。霊夢は再び距離をとらざるを得ない。こうしてまた外へ押しやられ、また魔理沙の奇襲まで反撃すらできない状態が続く。弾幕ごっこの開幕から三人の魔女は一貫してこの戦術をとってきた。
それぞれの位置は気配でなんとなく見当がつくものの、だからといってまとめて全員落とすには張られた弾幕量が多すぎる。霊夢はチャンスをうかがうしかなかった。

霊夢はまたタイミングを計る。


   日月符「ロイヤルダイアモンドリング」


パチュリーは圧倒的な火力でもって自分の行動を制限してくるだろう――それは霊夢の予想通りだった。実際パチュリーが切るスペルは空間制圧力に秀でたものばかりだった。故に霊夢も彼女たちに近づくことは容易でないだろうと覚悟していた。そしてそれなりの魔力補給策も講じているはずだとも考えていた。なんといってもここはパチュリーの城なのだ。近づけないまま長期戦になることも織り込み済みだった。


    黒魔「イベントホライズン」


そして残り二人の魔女の役割もきわめて自然だった。アリスが遠距離より中距離での戦いを得意とするのは確かだが、前線に出て攻め手を担うというより後方支援向きだろう。そして魔理沙が前線に出て攻め手を担う。実に彼女らしい役割だと思った。

霊夢は魔理沙がばらまく星屑を鋭角の旋回でかいくぐりながら、まず彼女への接近を試みる。連携の習熟度には霊夢でさえも目を見張るものがあったが、それ故一人落とせばガタガタになるはずだと踏んでいた。

「正面突破かよ!」
「魔理沙右!」


    散霊「夢想封印 寂」
   魔操「リターンイナニメトネス」


アリスの人形爆弾が霊夢の直線的な弾道を押し潰す。その隙に魔理沙はぎりぎりのタイミングで霊夢の射程外に出た。やはりアリスは前線に出てこない。霊夢は一つ一つ、可能性を潰していく。


霊夢はまたタイミングを計る。


   土木符「エメラルドメガリス」


霊夢は久しぶりに頭の中が澄み切ったような感じがしていた。それまで里にいたときに感じていた気怠い爽快感など比較にならない冴えだった。事実彼女の勘は今冴え渡っていた。魔女達の放つ弾塊をさばき、パチュリー達が陣取るの書斎机へ接近を試みるような動きを見せながら、霊夢は魔理沙の出現を待った。

――来る


   邪恋「実りやすいマスタースパーク」


予想通りだった。魔砲は霊夢の横をぎりぎりかすめていく。霊夢は思わず頬を緩めた。魔理沙の意図が、ようやく理解できた。霊夢が十分に離れたことを確認して、魔理沙は通常弾を撒きながら再び弾幕の中へ潜る。

霊夢はついにタイミングをつかんだ。あのメイド長のように時間を計ったのではない。全て彼女の直感、天性の勘によるものだった。三人の魔女達の攻撃を、一定の周期でパターン化できることに彼女は気付いた。
パチュリーの行動は見たままである。弾幕が完全に消えないうちに次の攻撃に入り、絶えずこの書斎机周囲に一定の弾量をキープしようとしている。アリスがサポートに入るのはピンチの時だけだ。そして魔理沙が攻めてくるのはパチュリーの展開する弾幕が一番薄くなる時だった。


   火水符「フロギスティックレイン」


これだけの情報であれば霊夢はこのパターンの真意を理解できなかったろう。特にどうということもない役割分担だ。
しかしこの屋敷に張られたトラップの強度の変化を合わせて考えると答えは容易に導き出された。この制限魔法は、わずかではあるが一定周期で強くなったり弱くなったりしている。そして一番弱くなる時は、魔理沙が攻撃を仕掛けるのと決まって同じタイミングだった。
つまりこの魔法には致命的な欠陥があるのだ。一定周期で魔力を補充しないと長時間の運用ができないという致命的な欠陥が。だからその術式は"誰か"の側にあって常にサポートを受けている。そう考えれば魔理沙の行動には別の側面があることが見えてくる。あれは霊夢を攻め落とすための攻撃ではないのだ。こちらの注意を反らし、トラップ魔法の効果が一瞬緩むのを気取られないようにするための攻撃。ならば奴らは何か別の切り札を隠している。

霊夢は冷静に選択肢を絞る。『夢想転生』を使えばこの重厚な弾幕すら突破できることは向こうもわかっているだろう。だからその瞬間を、宣言から無敵状態になるまでの一瞬の隙に奴らは勝負を賭けてくるはずだ。ここまで考えた彼女は、もう一度あの間隙のタイミングを慎重に計る。

――来る


    星符「ドラゴンメテオ」
    神技「八方龍殺陣」


上からの閃光と同時に、霊夢もスペルカードで返す。今まで周囲に張った弾幕を根こそぎ薙ぎ払うようなその反撃に、魔理沙も深追いせず迎撃だけして体勢の立て直しに走る。パチュリーもそれに続いた。


    日符「ロイヤルフレア」


まばゆい閃光とともにまた一気に弾幕の密度が回復する。霊夢は前よりさらに外にはじき出された。そしてまた元の均衡状態に戻る。そしてそれは制限魔法の強度の回復と軌を一にしていた。
霊夢は確信した――次の間隙、そこで仕掛ける。


     「夢想転生」


「今だ!!」


    注力「トリップワイヤー」


全てから浮き上がる寸前の霊夢を、アリスのワイヤーが捉えた。


「止めたわ魔理沙!」
「いくぞパチュリー!」


   彗星「ブレイジングスター」



ほぼ同時に魔理沙が飛んだ。無敵状態になる寸前に押さえ込めた。今から二人がかりで攻めれば逃げ切れない。三人の策どおりだった――



     バチイィッ



はじけ飛んだのは魔理沙だった。とっさに張られた結界に、魔理沙の必殺スペルカードはあっさりはじき返された。そう、それは弾幕ごっこの結界ではなかった。

「な、なんでよ……? 宣言してないのになんで別の結界を……」
「!? おいパチュリーっ!」
「パチュリー様……ダメ、しっかりして下さい。目を開けて!」

弾幕と煙幕がとけ、図書館の全貌がそこにいる全ての者に明らかになった。中心にいたパチュリーは胸から血を吹いて倒れていた。小悪魔がパチュリーを抱きかかえながら泣き喚いていた。そして二人がいたところには、ひびの入った球体があった。それは制限魔法の装置だった。

「……ゴフッ、な、なんでわかったの……ヒューこの子がカートリッジを替えてたことに。」
「パチュリー様、もう喋らないで! 今回復魔法を……」
「あら、まだ喋れた? やっぱ弾幕ごっこ用の札じゃ殺しきれないか。」

地面に降り立った霊夢は、パチュリーと小悪魔の方へゆっくりと歩み寄った。虫の息の魔女の返事を待たず、巫女は勝ち誇った声で続けた。

「誰かが魔力の補充役を任されてることはわかった。前線に出てる魔理沙はない。あんたにはスペルと補給を同時にやるなんて負担が大きいことはできないはず。であればそれまでほとんど攻撃に参加していないアリスが補給役だろう――そう私に思わせるのがあんたらの狙いだった。そうやってアリスから注意をそらさせ、魔理沙の『ブレイジングスター』かあんたの『賢者の石』あたりを『夢想転生』にぶつけてくるだろうと思わせた。でも本当の切り札はアリス。『トリップワイヤー』はいいセンいってたわね。
 確かに最初は私も気付かなかった。アリスが支援魔法、魔理沙が前線の攻め手、そしてあんたが後方からの攻撃魔法――よくできた役割分担だと最初は思ったの。最初はね。でもあまりによくできすぎてると思ったのよ。ひねくれ者ぞろいのあんたらにしては普通すぎるってね。であればこの部屋にいるのは後一人しかいない。あんたの体をいつも気遣って力になりたがってるその司書しかね。」
「霊夢、てめええぇっ!」


    恋符「マスタースパーク」


魔理沙の渾身の一撃は結界にあっさり弾かれた。もう遊びの時間は終わってしまったのだ。霊夢はパチュリーの前に立ち、装置を完全に破壊した。

「カートリッジ交換のタイミングも『夢想転生』待ちもわかってたから、それにのったのよ。いつもは拡散させる札を一点に収束させて、司書だけを狙ってね。まさかあんたが庇いに入るとは思わなかったけれど。」
「こぁ……ヒュー早く、逃げなさい……ガハッ」
「パチュリー様、お願い目を開けて、なんで、なんで魔法が効かないのっ?」

霊夢は右手を掲げ、陣を形成する。魔女を確実に仕留める、封魔の術を行うために。

「上海!!」

符を展開する霊夢の前に人形が降り注ぎ、爆散した。アリスの手持ち全ての人形爆弾を、しかし霊夢は問題なく防いだ。単身巫女の前に立ち塞がるアリスに、容赦なく封魔針が降り注ぐ。急所を的確に射抜いた実戦用の針は、一人きりのアリスをあまりにも無慈悲に沈めた。

「ぁ゛……あが……」
「アリスっ!!」

魔理沙の悲鳴を歯牙に掛けることなく、霊夢は陣の形成を急ぐ。それはパチュリーも、そしてアリスをも確実に殺す禍々しさを放っていた。魔理沙は霊夢の元に走った。だがまだ妖怪としての力の使い方も知らない新米魔法遣いに、それを突破する術はないように見えた。

「やめろ霊夢。やめてくれ。そいつらは悪くない。そいつらは私に付き合っただけなんだ!」
「うっさい。こいつらは人間のあんたを匿ってたんだ。罰しなくちゃいけないのよ。」
「私は、もう人間じゃない!!」

魔理沙の絶叫に、霊夢は固まった。それまで彼女を覆っていた余裕は、たちまち霧散したようだった。魔理沙の言葉を、霊夢はなんども頭の中で反芻する。彼女は唖然とした顔で魔理沙の方へ振り向いた。

「もう私は人間をやめた。捨虫の術を会得して妖怪の魔法遣いになったんだ。霊夢、お前とは違う。私はもうここにいていい存在なんだ。だから頼む。こいつらは悪くないんだ。」
「ま……りさが? うそ、うそよ……」
「ア、リス。魔理沙を……あのままじゃ暴走する……」
「ぐぞ……から、だが……」

パチュリーの必死の喘ぎは、アリスには届かない。アリスも体をまともに動かせなかった。

「あんたまで、あんたまで私を裏切るの? あんたもあいつみたいに、裏切るの……?」
「霊夢。おい霊夢! 頼む、きいて――」
「だまれっ!」

霊夢は魔理沙を思い切り突き飛ばした。展開寸前だった陣はそこで一旦途切れた。もう霊夢には魔理沙しか見えていないようだった。

「なんで、紫だけじゃなくあんたまで、あんただけは……」
「違う霊夢。私は裏切ったりなんかしない。私はお前を取り戻したいんだ。いつものお前を。だから――」
「できなかったじゃない? またこうやって私に転がされて、結局あんたはなんにもできないんじゃない? だから言ったのよ。一緒に里に来て私と一緒にいれば――」
「ダメなんだ! ダメなんだよ、それじゃ。それじゃいつも通りじゃない。あんな所でお前とだけ一緒にいても、そんなの全然違うだろ? みんながいなきゃダメなんだ。だから――」
「じゃあやってみなさいよ! 私を里から連れ出してみなさいよ。あんたはいつもそうだ。そうやってかっこいいことばっかり言って、みんなに守られてるだけで、結局なんにもできないじゃない!」
「……ぐ……やってやるさ!」

魔理沙は涙目でまた叫んだ。パチュリーは必死に体を動かして、魔理沙の方へ向かおうとした。力の使い方のわからない新人、特に魔理沙のような気持ちだけの強い魔法遣いの悲惨な最期を彼女はなんども見てきた。
霊夢はまた陣を張る。先ほどよりさらに強い、目の前に立つ三人目の魔法遣いまで消し去れるほどの封魔陣を。霊夢はひどく興奮していた。周りが見えなくなるほどに。

「見てろ霊夢! これが魔法遣い霧雨魔理沙だ。」

札の天蓋を破るように、魔理沙は魔砲を天へ放った。霊夢の庇護から逃れるために、自らの力で未来を切り開くために。

「ダメだ……こあ、逃げなさい!!」
「何……あれ……?」

魔砲は紅魔館の一階、二階、全てをぶち抜き、宙まで届いた。そしてその穴から覗く月と星は、奇怪に動き回っていた。魔理沙を瘴気が包む。彼女は全ての魔力を解放したのだ。最も正統派で、古典的で、伝統的な魔法遣いの一派――占星術師としての能力全てを。
天体の軌道が乱れる。それは宇宙の法則に介入して星を降らせる、占星術最大の禁忌。

「星が、墜ちる!」
「うああああぁぁぁぁっ」
「莫迦魔理沙っ!!」

霊夢は展開していた札を、さらに幾重にも折り重ねる。もはやその結界は、魔女を屠るものではなく幻想郷を守るものとなった。暴走する魔理沙と本気の霊夢、ぶつかれば図書館はおろか、幻想郷の風景が変わることになる。

「くらえ霊夢っ、これが私の全部だあっ!」
「私は負けない。魔理沙、あんたには絶対!」





 ■ ■ ■





「あははっ。ほらそれで終わりか?」


    紅符「不夜城レッド」
   奇跡「ミラクルフルーツ」


東風谷早苗とレミリア・スカーレットの弾幕がぶつかる。
レミリアの弾幕の方がわずかに勝ったようだ。余裕のレミリアを余所に、早苗は憮然とした表情で相殺し損ねた弾幕をすいすい避けていた。それは早苗にとって苦痛極まりない作業だった。

「そうだ! なかなかやるじゃないか。」

レミリアはけたけたと笑い声を上げながら、早苗の四方を飛び回っていた。元からスピードに関しては圧倒的に吸血鬼の方に分があるものの、早苗ももはや人間ではない。十分にそれに対応は出来ていた。
レミリアがナイフ弾を投げる。それは確かに速かった。しかし早苗はうんざりといった感じでやり過ごす。所詮自機狙いの奇数弾だ。
しかし投げやりな状態で対峙できるほど、この吸血鬼と、そしてメイド長は甘くもない。
十六夜咲夜も同時にナイフ弾を投げる。それはいつもの彼女の弾幕と比べればつつましい数だったが、中速の偶数弾だった。早苗はレミリアの第二波と丁度重なったそれを慎重に回避する。咲夜は決して前面には出て来なかったが、常に主人の弾幕を活かす攻撃を混ぜ合わせてきた。
ナイフ弾の回避に神経を集中させていた早苗の正面をレミリアが素早くとった。同時に咲夜が最初のカードを切る。


   空虚「インフレーションスクエア」
   神鬼「レミリアストーカー」


早苗を無尽蔵のナイフが囲う。同時にレミリアも極太のレーザーを放った。

「くっ!」


    秘法「九字刺し」


早苗もスペルで切り返す。光の編み目がナイフとレーザーをまとめてかき消した。

「あらまあ」
「ははっ、防ぐんだ!」

早苗は風に乗って距離をとる。驚くメイドと嗤う吸血鬼は左右に飛んだ。左からはクナイ弾の雨、そして右からは紅の弾塊。その交叉点でたまらずカードを切ったのは早苗の方だった。


    準備「サモンタケミナカタ」


そしてそれをレミリアは待っていた。

「しずめっ!」


   神槍「スピア・ザ・グングニル」


禍々しい赤光の槍が、場に展開した弾幕もろとも全てをぶち抜いてゆく。力でもって完全に屈服させようとするレミリアの意図を、しかし対峙する早苗も読み切っていた。


    大奇跡「八坂の神風」


「はあぁぁぁっ!」

入念な準備を経て撃ち放ったとっておきの神風に、吸血鬼の大槍もたまらず軌道を逸らされた。そのまま一気に風に乗って、早苗は二人の上をとる。


   奇跡「白昼の明るすぎる客星」


「ぐっ?」

天を照らす閃光に、一瞬吸血鬼の目が眩んだ。無数に降り注ぐ光の矢に、あの体勢からでは対応できまい――
だが、早苗がそう確信した時には既に光とレミリアの間に咲夜がいた。第一波をナイフで迎撃しつつ、主人に影を作る。助けはそれだけでよかった。


     「紅色の幻想郷」


無数の弾幕がメイドと吸血鬼を包む。同時にコウモリに化けたレミリアは、悠然とその場から脱した。

「ちぃっ……」
「あはははっ、今のいいじゃん。ちょっと危なかった。グングニル誘いのカウンターとはナメた真似してくれる。」

コウモリから元の形に戻りながら、レミリアは早苗に笑いかけた。対照的に苦虫をかみつぶしたような顔をした早苗は、レミリアの横に立つ咲夜を思わず睨みつける。
神になって弾幕ごっこが強くなったかは早苗にもわからないし、興味もなかった。このお遊びの勝ち負け自体、彼女はあまり気に掛けていなかった。やるべき任務と弾幕ごっこはなんの関係もない。早苗は隙をついてレミリアを仕留めることだけを考えていた。
ただ澄ました顔で主人に絶妙なフォローを入れ続ける咲夜に何故だか無性に腹が立ったのは確かだった。それは妖怪に仕える人間という生き方への羨望か、それとも単にその瀟洒な立ち振る舞いへの嫉妬か、今の早苗にそこまで追求する余裕もなかった。

「じゃあ次はどうだ!」

レミリアは上へ飛んだ。咲夜は下に潜る。次は上下の挟み撃ちだ。
早苗は上下から迫るナイフ弾を順番にくぐっていく。今度は速度や方向に差はない。早苗も様子見とばかりに迎撃する。


    「スカーレットディスティニー」


レミリアの攻撃は依然として単調だった。だがその弾速は徐々に驚異的なものになっていく。それは人を捨てた早苗ですら目視が困難なレベルになり始めた。下で時間を止めながら主人の高速弾を軽々避けていた咲夜も続けてスペルを切る。


    速符「ルミネスリコシェ」


ナイフ弾が壁に反射して跳ね回り、下から横から早苗へ迫る。それはレミリアの超高速弾と交叉し、早苗の反応限界を完全に凌駕した。


     蛇符「神代大蛇」


早苗はスペルを切らされた。決して密度としては高くないナイフ弾を叩きつぶす大蛇に乗って、早苗は一気に二人から距離をとろうとする。それはレミリアが考えていた通りの動きだった。


   運命「ミゼラブルフェイト」


まるでそうなることが運命付けられていたかのように、レミリアの投じた鎖へ向かって早苗が飛び込み、そして絡め取られた。動きとれぬまま、早苗は鎖ごと壁に叩きつけられる。壁にめり込む音に、彼女の小さな呻き声は掻き消された。

「終わりだ!」

レミリアは鎖ごと早苗をグイと引き寄せる。小さな吸血鬼の前には従者と張ったナイフ弾の網。そのまま引っ張られれば早苗はその網の中に飛び込み、被弾するに違いなかった。


   ドオォン


「お嬢様?」
「邪魔するな咲夜!」

突然の衝撃にレミリアは一瞬バランスを崩した。それは地下、図書館からだった。近寄ろうとする従者を彼女は制する。いよいよとどめなのだ。それを邪魔する権利は何者にもない。
だが早苗はその逡巡を逃さなかった。彼女はスペルカードを切った。二枚同時に。

「はあああぁぁぁぁぁぁっ!!」


   妖怪退治「妖力スポイラー」
    蛙符「手管の蝦蟇」


「――!?」

レミリアの無尽蔵な妖力が早苗に吸い寄せられる。それはもし人間のままであれば、彼女自身がその妖力にパンクさせられたに違いないほどの量。しかし今の早苗ももはや人でなかった。

「全て吸いきります!!」
「ぐおおおぉぉぉぉ」

悪魔じみた相手の反撃にさすがのレミリアも動きを封じられる。咲夜が助けに入ろうとしたまさにその時、先に投げた蝦蟇が炸裂した。


     「咲夜の時間」


蝦蟇爆弾の閃光とともに、紅魔館が揺れる。天から降る星の光と、地下から上る結界の光、そして館の爆光が、なにもかも融け、混ざり、そして爆ぜた。




一帯は紅い瓦礫の山だった。
かつて光を拒絶し続けていた館には今や壁も天井もない。大の字で横たわるレミリアは久しぶりに白む東の空を敷地から仰ぎ見た。
自分の屋敷が崩れたことによる怪我はなかった。吸血鬼の回復力によるものではない。それはとっさに時間を止め、自分を運び出した従者のおかげだった。

「咲夜……奴はどこだ?」

わずかな陽光に照らされた紅の残骸から人影が飛び出た。

「とどめだ吸血鬼!!」

飛びかかった早苗は、仰向けのままのレミリアに覆い被さる。


    悪魔「レミリアストレッチ」


鈍い音が空野を揺らす。飛び込みざまに相手の土手っ腹へ拳を叩き込んだのは、下にいたレミリアだった。永遠に紅い幼き王に血の慈雨が降りそそぐ。腹を貫かれた早苗は、しかしレミリアと同様笑っていた。

「私の勝ちだな。」
「私の勝ちです。」

二人は同時に言った。腹をぶち抜いたレミリアの腕が崩れていく。彼女の腕を掴んでいた早苗の手のひらには、あの吸血鬼条約の契約書が、彼らを灰にせしめる契約違反の証が、しっかりと握られていた。

「お、じょう、さま……?」

咲夜も異変に気付いて駆け寄った。腹を打ち抜かれたまま、消滅しようとするレミリアの横に大の字に転がった早苗の目にも、夜明けの空が広がった。それは勝利の蒼空だった。

「まったくとんだバカですね貴方は。屋敷が崩れる前にあの制限魔法は解けていた。本気を出せばまた違ったでしょうに……」
「バカは おまえ だ。まったく……むかしから そうだ。神と人はだまし討ちしか できやしない」
「お嬢様、お嬢様!!」

代わりにレミリアの上へ覆い被さったのは咲夜だった。とっさに取った主人の腕は、彼女の手の中で灰となって崩れた。

「お嬢様、いったいどうなされ――」
「礼を 言うぞ咲夜。お前はちゃんとあの 約束を守った。この私が先に くたばることになると はおもわなかったがな。ははっ。もういい。お前は クビだ。とっとと ここから失せろ」
「お嬢さ――」

なおも主人の名を呼ぼうとする咲夜の後頭部を、早苗は思い切り殴りつけた。既に首を残して灰となっていた主人の上に、従者は突っ伏し昏倒した。

「貴方もバカで助かりましたよ咲夜さん。確かに貴方はこの条約の意味を知らなかったかもしれない。でも館が崩れた時、貴方は時間を止めて私にとどめを刺せたのに刺さなかった。まず自分の主人を守り、主人がこのお遊びに勝てるよう最後まで尽くそうとした。そんな甘ちゃんだからダメなんです。私に勝てないんですよ。」
「こう やって見ると よくわかる……遊びの ないやつは つまら ん」

勝ち誇った目で二人を見下ろす早苗を、レミリアも最期までずっと見ていた。その顔もまた笑っていた。早苗はあらん限りの力でその憎々しげな笑顔を踏みつぶす。灰の塊が潰れて辺りに舞い上がった。

「勝った……勝ったんだ。神奈子様、諏訪子様……やりました。私たちは勝利したのです。私たち家族は、勝ったんだ!」

その灰を吸い込むように大きく深呼吸をして、早苗は朝日に向かって雄たけびを上げた。そして笑った。もう腹の穴はふさがっていた。はちきれんばかりの達成感を噴出させ、彼女は空に向かってなんども拳を突き上げながら、二柱の名を、自分の家族を讃えた。







 ■ ■ ■







「おーい、れーむー、霊夢いないのかー」

チルノはそこにいるはずの巫女の名を叫んでいた。玄関で、ではない。境内の縁側からだ。チルノにとって博麗神社の入り口はそこだった。

「やっぱりいないみたいだね。」
「くっそー。どいつもこいつもあたいにビビって逃げたか。」

横できょろきょろと辺りの気配をうかがう大妖精を尻目に、チルノは縁側の下を覗き込んでもう一度霊夢の名を叫ぶ。自分がそこによく隠れるからだ。妖精の発想なんてそんなものである。

「チルノちゃん、そんなところにはいないと思うよ。」
「ちぇっ」

再び立ち上がったチルノは肩をぷりぷりと怒らせながら境内の隅に行くと、そこに生えていた御神木を思いっきり蹴り上げた。初夏の新緑に輝く木の葉が揺れるざわめきとともに、どすんと何かが落ちる音が地面に響く。

「いたーい! なにすんのよこのバカ氷精!」
「はん、お前らの隠れてる場所なんかまるっとお見通しなんだよ!」

おでこを押さえて怒鳴り上げるサニーミルクに、チルノは舌を突き出した。二人の後ろには無傷のスターサファイアと彼女の下で潰れたルナチャイルドがいる。

「スター重いー。下りろ!」
「えー私は軽いわよー」
「なんだとあほサニー、おもてでろ!」
「ここが表だバカチルノ!」

取っ組み合いを始めた二組を、大妖精はおろおろと見つめていた。かくれんぼには絶対の自信を持つ三月精であったが、残念なことに隠れる場所が毎度ワンパターンなのでそろそろチルノにも慣れられてきたらしい。
しばしの弾幕ごっこの後、飽きてきたスターと死にそうな顔をしていた大妖精の仲裁でようやく五人は仲直りする。妖精は喧嘩っ早いが、仲直りもまた早い。

「で、私たちになんか用?」
「巫女がどこ行ったのか聞きたかったんだ。」

泥まみれになった白いワンピースをはたくルナチャイルドにチルノは質問する。後ろで勝った気分になっていたサニーミルクがそれに自信満々の様子で答えた。

「しらん」
「役立たたずー」

再び睨み合う二人を笑って仲裁しながら、スターサファイアが付け足した。

「私たちも最近気になってしょっちゅう見に来てるけど、ここ何日かは誰も神社に来てないわ。」
「だってさチルノちゃん。もう諦めて帰ろうよ。」
「ちぇっ、魔理沙もいないしさ。これじゃ宴会できないじゃん。」
「え、宴会やるの?」

先ほどまでの剣幕が嘘のように、サニーは目を爛々とさせて輝く。他の二人もその話に興味を持ったようだ。

「魔理沙とこないだ宴会やるって約束したんだよ。なのに全然やりゃしないからさ。やっぱりこうなったらあたいが"かんじ"ってやつをやるしかないね。」
「えーお前がやんの?」
「ふふん。あたいが最強の宴会を開いて、幻想郷中の奴らをひれ伏させてやるんだ。」

チルノの壮大な野望に、サニーとルナは喝采を浴びせる。

「すげー」
「それおもしろそうじゃん!」
「だろ? あたいたちの宴会パワーで幻想郷をせーふくしてやろうぜ。」
「盛り上がってるところ悪いけどねお三方――」

飛び跳ねる三人に、いつだか妖精だけで宴会をやった時、その準備を全部自分がやったと言い張るスターが質問する。

「宴会に必要なものわかってる?」
「えーとまず酒と……」
「食べ物だよね。」
「あとは花と音楽だ!」

正解と言っていいのかわからない答えに、スターと大妖精は苦笑いする。三バカはそんなことも気にも掛けず、わいわいと話を続けた。

「じゃあまず酒がいるわね。」
「神社からかっぱらおうぜ。」
「あっちの倉にあるよ!」
「だ、駄目だよそんなことしたら……また怒られるよ?」

大妖精の制止を無視して、三人はサニーの指さした方に、跳ねるように駆け出していった。



「ないねー」

倉から出てきたルナは、スターと大妖精に向かってお手上げのポーズをとる。チルノとサニーはまだ懲りずに探しているようだったが、倉には御神酒以前にそもそも物がなかった。そういった物は里への引っ越しの際、里の人間がまとめて分社へ持っていってしまっていた。もちろんそんなことを、この妖精達が知っているはずもないが。

「チルノちゃーん、もう諦めようよー」

「もうっ、なんで誰もいないのよっ!!」

大妖精の声に答えたのはチルノではなかった。先ほどまで自分たちがいた場所から届いた甲高い声に、倉の中にいたサニーとチルノも飛び出してきた。五人は慌てて縁側へと戻る。

「せっかく私が来てあげたってのに留守とかふざけてない?」

腕を組んでぷりぷり怒っていた比那名居天子は、縁側の前で知ってる人妖の名前を連呼していた。彼女にとっても神社の入り口はここらしい。
もうとっくに天界も外との交流を断っていたが、地子ちゃん(5さい)の頃から家出をしている天子にとって、やる気のない天界の警備網をくぐり抜けるぐらい雑作もなかった。彼女は自分こそが幻想郷最強の家出マスターだと自負していたが、おそらく魔理沙には勝てないと思われる。

「あ、なんか知ってる奴だ。」
「誰?……ってなんだいつかの氷精か。」

裏手から飛び出してきた人影に一瞬目を輝かせた天子だったが、相手を見て溜息をついた。やっと会えたのが妖精の団体では、どうしようもない。

「ねぇチルノ……あのバカそうなの誰よ?」
「あれは確かてんしっていうバカだ。」
「バカって言うな! 私は天人様なのよ。全くこれだから妖精は……そんなことより巫女はどこ行ったのよ?」

天人のありがたみがよくわからないルナは、特に敬う様子もなくその問いに答える。

「いないよ、天人のおねーちゃん。」
「いない? じゃあ連れてきなさいよ。」
「だからどこにいるか分かんないの。こいつ本当にバカっぽいなぁ。」
「"っぽい"じゃなくて、バカね。」
「バカバカ言うなそこ! もう怒ったわ。」

サニーとスターからコケにされた天子は、ぎゃーぎゃーわめき散らしながら彼女たちを捕まえに掛かった。しかし能力を駆使して逃げ回る妖精達を天子はなかなか捉えられない。間抜けな鬼ごっこはしばし続いた。段々天子も楽しくなってきたようだ。

「くそっ、姿が見えなくなったり、音が消えたりなんなのよこいつら?」
「ルナ、サニーそっち行ったよ!」
「ばーか、ほらこっちだよー」

だが腐っても天子は天人だった。次第に相手の能力がどういうものだかわかってきたのだろう。次々に三人の動きを読んでいく。全員を捕まえた頃には、四人はすっかり仲よくなっていたようだ。

「なかなか面白かったわー たまにはこういう下らない遊びもいいもんねー」
「後半マジだったくせにー」
「「ねー」」
「コホン。おまえら楽しそうだが、我々本来の目的を思い出せ。」

寝っ転がる四人を見下ろすようにチルノが咳払いをする。いつだか宴会の余興でレミリアに教わった「カリスマ溢れるリーダーの振る舞い」を唐突に思い出したのだった。三月精はチルノの言う目的とやらをさっぱり忘れていた。妖精なんてそんなものだ。

「なんだっけ?」
「宴会だろ宴会。早く酒探そうぜ。」
「宴会やるの!?」

天子が跳ね起きた。先ほどのルナやサニーと同様、その目は爛々と輝いている。

「ふっふっふ、あたいが"かんじ"の宴会だ。今ぜっさん準備中である。」
「お酒どこよ?」
「それがないんです。知りませんか?」

大妖精の言葉に天子はげらげらと笑い転げた。その無計画っぷりが実に妖精らしいと思ったからである。跳ね起きた天子は、不敵な顔をして指を立てながら、こう提案した。

「それなら酒造っちゃえばいいじゃん。」

天子の提案に妖精達はびっくりした。そして俄然騒ぎ出した。

「それすごくおもしろそう!」
「酒つくるのかーやったことないなー」
「どうやって造るんだっけ?」

五人は再び天子を見上げる。期待に満ちた視線に、彼女は以前読んだ書物の内容を必死に脳みそから取り出そうとしていた。

「え、えーと……確か穀物とか果物の汁がいるんじゃなかったっけ……あとカメと、えーっと……」
「つまり食べ物があればいいわけだ。」

天子の答えを待たず、ルナチャイルドが叫ぶ。他の妖精達もきゃっきゃとはね回っている。天子はホッとした。天界から無断で酒を持ち出したらまた衣玖辺りに怒られるだろうと思って、とっさに言った思いつきが意外と大うけだったからである。彼女も基本的に無計画である。天人なんてそんなもののはずだ。

「よし。てんし、お前も仲間に入れてやる。みんなで森行って果物穫りにいこうぜ!」
「でもさ、今頃ってそんなに実とかなってるかなぁ?」

大妖精の冷静な指摘に、ノリノリだった妖精達四人の表情が固まる。大妖精はすごくすまなそうな顔をした。彼女はいつもこうやって盛り上がりに水を差してしまうのだ。

「あらチルノじゃない? どうしたのこんなところで?」

丁度いいタイミングで助け船が入る。チルノは声の方を見て飛び上がった。

「レティじゃん!」
「あらあら随分いっぱいいるのね。ひひひ。なにして遊んでるのチルノ?」

レティ・ホワイトロックはいつものようにチルノへ穏やかな声を掛ける。残りの妖精達も彼女の元へ駆け寄った。チルノを通して、妖精達とレティは顔なじみだった。

「今宴会で酒造ろうと思って食べ物探してた。」
「……ごめん。よくわからないわ。」
「私が説明します。」

大人ぶった態度でスターサファイアが経緯を説明する。笑顔で彼女たちの話を聞いていたレティは、こう提案した。

「それなら心当たりがあるわ。山の麓にね、秋穣子さんっていう穀物の神様がいるのよ。今の時季でも彼女ならお米をいっぱい持ってるんじゃないかしら。ひひひ」
「それだ!」
「さすがレティだ。あたいの女だけはあるよ。」
「チルノちゃん、それ褒めてない気がする……」

レティへの礼もそこそこにチルノとサニーは山の方へ飛び出していった。慌てて後を追おうとする残りのメンバーの中で、レティのことを知らない天子がそばにいたルナとスターを捕まえて尋ねる。

「ねえあれ誰?」
「レティっていう雪女だよ。チルノの友達。」
「なんで雪女が皐月の神社を歩いてんのよ?」
「別にいいんじゃない?」
「そう言えばさっきから猿みたいな鳴き声がしない、ルナ?」
「えー。これはツグミの声でしょ。スター耳大丈夫?」
「私には虎の鳴き声に聞こえるけどなあ。」






 ■ ■ ■






旧都の中央には大きな広場がある。いつもは酔っぱらいのたむろ場にしかならないこの空間が、今日は久々に妖怪でごった返していた。
中央に据えられた天蓋の無い質素な舞台には、地上から追い出されたごろつき共の熱い視線が注がれている。
火焔猫燐はこのイベントが大好きだった。彼女はありあわせの資材でさっき建てた舞台の袖で裏方役をこなしながら、イベントの始まりを今か今かと待っていた。

統率という言葉とは無縁なはずの群衆に亀裂が生まれ、舞台へ繋がる一本の道ができる。割れんばかりの拍手と共にまず先頭を歩くのは黒谷ヤマメ、そして星熊勇儀が続いた。勇儀の後ろにいた三人に、好奇の目と罵声が投げかけられる。
拘束されたままの八雲紫、八雲藍、橙はそのまま投げ捨てられるように舞台の中心に上がった。一層下劣を極める罵声を遮るように、ヤマメが群衆に顔を向けた。地底の人気者であるヤマメの登場に怒号もいくらか和らいだようだった。

「皆様、本日はようこそお集まりいただきました。今日は皆様に新しい"仲間"を紹介したいと思います。かつてあの麗しい月光を全身いっぱいに浴び、地上を我が物顔で歩いていた八雲紫とその式達、その成れの果てがこちらです。」

ヤマメは恭しく一礼して、紫達を紹介した。同時に横にあった銅鑼の上にキスメが落ち、歓声を掻き消すような轟音が響く。舞台の両横に飾ってあった絞首台とギロチンも、その振動で揺れたようだった。
銅鑼の音に負けじと罵声が力強さを取り戻す。ヤマメは観衆の怒号を新入りがたっぷり浴びたことを確認して、よく通る艶やかな声で観衆に語りかける。

「しかしこの我々にもなじみ深い新入りは、悲しいことに罪を負ってこちらに来ました。一つ。千年前、愚かにも月へ攻め入ろうとし多くの同胞の命を失わせた。二つ。我々全員の大地であった幻想郷に勝手に結界を張り、それを快く思わない者を地底を追いやった。そして三つ。にもかかわらず自分は約束を破って地上で人を襲い、地上の連中に見捨てられた。嗚呼なんと愚かなことか!」

踊るように前口上を続けるヤマメへ、今度は大喝采がとんだ。勇儀はそれをぼんやりと眺めていた。さっきのパルスィの言葉が――ここには卑しい奴しかいないという言葉が――何となく頭を過ぎっていた。

「そんな罪人を仲間に加えるには、やはりそれなりのみそぎが必要となりましょう。さあ皆様お待たせしました。これよりこの哀れで卑しき罪人どもへの裁判を開廷したいと思います。裁判長、入廷!」

先ほどできた一本道をどす黒い炎が照らす。それはお燐が怨霊を使ってこしらえたイルミネーションだった。暇な地底において罪人への裁判は一番の、そして最高の娯楽である。演出もそれなりに必要だろうというのが、彼女の主人でもある裁判長の考えだった。キスメも銅鑼の上をぴょんぴょん跳ねて、その登場を煽る。
霊烏路空に先導されて、小さな裁判長が舞台に上がる。先ほどまで狂ったような声を上げていた群衆もその時ばかりは静かになった。その裁判長こそ、地底でも最も忌み嫌われる存在に他ならなかったからである。

「本日はわざわざお越し下さりありがとうございます古明地さとり様。ではこの者達への尋問と判決をお願いします。」

ヤマメの言葉と同時に、お燐は袖口から椅子を運んできた。天秤と女神が大きく彫り込まれた豪華な椅子は以前悪趣味な連中が作ったものだ。古明地さとりはそれにゆっくりと腰掛けると、猿ぐつわを噛まされたままの紫をじろりと見下ろす。

「これはこれはお久しぶりです。八雲紫様。そちらは式の八雲藍様でしたね。ええ覚えていますよ。あなた達の顔を忘れるはずがありません。おや、そちらの子猫ちゃんは見たことがありませんね。……ああ、八雲藍様の式ですか。はじめまして、橙さん。」

この裁判に罪人が発言する権利はない。そんなものはこの裁判にとって時間の無駄に他ならない。言葉を出すことすら許されず、たださとりの好きなように心を覗かれ、心を陵辱され、群衆の前で侮蔑されるだけなのだから。そうこれは裁判などではなかった。ただのリンチだった。
だからお燐はこのイベントが大好きだった。心を嬲られ、怨みと怒りと絶望で胸を押し潰されたまま首を落とされた者は、最高に強い怨霊になる。この裁判の判決はほとんど一つしかない。だが今回はそうならないだろう。それだけが残念だった。

「さて、挨拶もすんだところで、早速不躾な質問ですが八雲紫様、如何ですか久しぶりの旧都は? ……ああ相変わらずひどいことを考えるのですね貴方は。下品で低俗なやくざ者ばかりだと? 秩序のかけらもない吹きだまりの巣だと? それは思い違いです。地底は貴方の思うような万人による闘争社会ではありませんよ、ふふ。
 確かに我々は余所者には厳しい。ええ確かにそうでしょう。しかし我々が重んじる価値、生き方を受け入れ、最低限の規律を守る者であれば、弱者であれ人間であれ我々は受け入れます。貴方も知らないわけではないでしょう? この旧地獄を跋扈しているのは鬼ですよ。彼らほど正直で規律を重んじるものはいません。ええ、私が保証しますよ。
 それに地底世界が今の地上の社会と比べて一体どれほど無法だというのでしょう? よく思いだして下さいな。あなた方を見捨てたあの光り輝く地上のことを。人と妖という生得的な差に基づいて峻別し、序列化し合おうとする今の地上のことを。
 ……あらあら、自分は違うとお思いですね。ええ、確かに貴方はあらゆる差異を曖昧にし、全てを受け入れる世界を創ろうと考えた。力の差といういかんともし難い生得的特性さえ、スペルカードによって無効化しようとした。さすが賢者と呼ばれるだけはありますね。うふふ。
 でもね、その世界は、妖怪を見捨てた外の世界が保持する秩序に目を閉ざし、外の世界に住む者を弱肉強食の弱者へ無理矢理貶め、あらゆる規範から遁走することによってかろうじて維持できる世界に過ぎないのですよ。方法の違いはあれど、いったいどうしてそれがより優れた社会だと言えるのです? そんな逃亡者ばかりの吹きだまりがこの地底とどれほど違うというのでしょうか。
 ……ああそうだ、八雲紫様、やはり貴方はそうなのです。全てを受け入れると言っておきながら、そうなのですよ、よく覚えておきなさい、貴方は私たちを見下し、バカにしている。ええ、そうなのです。だから我々は貴方を嫌うのです。
 いいですか、貴方は全てを受け入れるという価値の元、古い価値に身を捧げ、その中で生き死んでいこうと決意した者、そしてその結果他の価値を受け入れることをあえて放棄した者を侮蔑し、やはり自分の下に置くのです。妖怪を自分の下に置こうとした地上の人間と同じくね。しかしそうした『全てを受け入れない者』は愚かでしょうか? 見捨てられて当然の存在でしょうか? どうお考えですか、地上に見捨てられた八雲紫様?
 ああ、貴方は傲慢だ。私にこんなことを言われながら、尚もそれを一切歯牙に掛けず、此処をどうやって脱出しようか、どうやって隙をついて目の前でニヤニヤ嗤うクソ女をぶち殺してやろうか、そんなことばかり考えている。違いますか? 貴方がただ我々に対しかつての過ちを一言謝ってくれさえすれば、そうなんですよ、我々は貴方がたを赦し、仲間として迎えるのです。それなのに、まあ貴方ときたら、うふふ、今もそうですね、私に対する罵詈雑言で心が充ち満ちている。
 ……まあ、酷いことを言いますね。私のことを嘘つきだなんて。ふふ、まあ確かに事実です。私は先ほど我々地底の妖怪は弱者を受け入れるのだと言いました。でもそれはあくまで実力者の椅子や懐が痛まぬ程度の話。我々は全てを捧げてまで彼らを守ろうなどと考えません。規律を作ることができるのはあくまで力を持つ者だけですから。ええそうですとも。それは今貴方が考えていらっしゃる通りです。
 でもね、うふふ、貴方の理想社会は、私を嘘つき呼ばわりできるほど彼ら弱者に優しかったのですか? あの全てを受け入れる社会は? ああ、目を背けないで下さいな。後生ですから。急に心の声を弱めないで下さい。
 貴方の作り上げた社会もまた強い者達が規律を作り、弱者に対し力でもってそれに従わせていたのではないですか? 弱い妖怪はなぜスペルカードルールなぞに従っているのでしょう? 美しいから? 楽しいから? 貴方達に勝った気分になれるから? うふふ。
 以前の間欠泉騒ぎ、貴方の差し金でここに地上の人間が下りてきたとき、なぜ私たちはスペルカードルールに従ったのでしたかね? 地上の奴らなぞ縊り殺してしまえと言う輩も少なくなかったのですよ。下劣な地底のやくざ共はスペルカードの持つ真・善・美に屈服したのですか? ああお願いですから顔を背けないで、心を開いて下さい。思い出して下さい。枢密院経由で貴方から依頼を受けた私が、鬼の頭角達に口利きして決めたことでしたよね。貴方達地上の有力者に恩義を売りたかったからです。よくある強者の間の取引というやつです、ええ。
 ……ふふ、そうなのですね。尼寺が地底から魔界へ飛んで行ったとき、外の世界から神社がやってきたとき、貴方は彼らにルールを押しつけるかわりに、彼女たちの後の居住を認めたのですね? 全てを受け入れるこの美しく残酷な大地に。もし彼女たちがルールを受け入れなかったら、いったいどうなっていたのでしょう、ねぇ?
 ……ああ、勘違いなさらないで下さい。私は貴方を責めているのではない。貴方を愚弄して愉悦に浸りたいのではありません。私たちはただ、貴方と本音で語り合いたい、そうそれだけなのです。嘘偽りのないこの討議の場でね。だから貴方も私たちに心を開いて下さい。我々は憎しみを連鎖させたくはない、そう我々はそんなに愚かではない。だから貴方にはしるしを見せて頂きたいのです。地底と地上は等しい存在なのだと、認めて下さればいいのです。」
 ああ、どうしましょうか。どうすれば我々の溝は埋まるのでしょうか。そうだ、皆さんの声を聞いてみましょう。皆さんもどうか嘘偽りのない心でいて下さいな。」

そこでさとりは立ち上がり、舞台の下に三つの目を落とした。いつもとは違う展開に、それまで下卑た奇声をあげて喜んでいた妖怪達もピタリと止まった。

「さて、そうですね……そちらの鬼さんはどうでしょうか。彼はですね、ふふっ、貴女の秘所に自分の一物をぶち込んでやりたいと妄想してましたよ。乱暴に犯して、犯して犯して犯して犯して犯し続けてボロボロにしてやりたいと思っていましたよね? ……ええ、大丈夫ですよ。そんなに慌てなくとも。みんな似たようなものですから。
 そちらの方はどうでしょう? どうお思いなんでしょうか? うふふ、ああ彼はですね、貴方のはらわたを引き裂いてやりたい、貴方の苦悶・悲鳴を聞きながら心の臓を貪ってやりたいと思っていらっしゃる。ああ、どうしてそんな急に恥いるのです? それは別に恥ずかしいことではないのですよ? ここは本音で語らう場、どうか皆さんも心に壁を作ることなきよう。あああちらの方、とても面白いですね、四肢を引き裂いて、市中を引きずった後犬交わらせたらどうかと、そんなことをさっきからずっと考えていました。そういうのがお好きなんですね、ずっと聞こえてましたよ。
 ええ、いいですね。首だけ残して細かく刻んで、親睦の宴会の肴にしようという意見もあるようです。あちらの板前さんです。きっといつもそんなことを考えながら料理を作ってらっしゃるんでしょうね。ああそちらの貴方はお優しい。自分が経営している売春窟で薬漬けにしてこきつかってやるだけでいいなんて。……うーん申し訳ありません、そちらの方、貴方が死体としか性交できないことはよくわかりましたが、彼女を殺すことはできないのです。残念でしたね。
 さあどうですか八雲紫様、皆さんの本音を聞いて? まあこれはほんの一部ですがね。うふふ、意外と貴方は人気者ですよ。持ち帰って飼いたいという者も多いですからね。孕ませてやりたい、壊してやりたい、肉奴隷にしてやりたい……ほら見て。彼はお勧めですよ。梅毒やら淋病やらエイズやら、ひどい性病持ちだそうです。子種と一緒に全て貴方に伝染してあげたいと、今からいきり立っています。ずっと前からやってみたくてたまらなかったようですね。
 ああ大丈夫、地下にもちゃんと医者はいますよ。えーと、あああの向こうにいる男です、うふふ。ええ……ええ。彼も喜んで手術したいと思っているみたいです。内臓をじっくり解体して、むき出しの子宮と卵巣に、熱い精をぶちまけてみたいそうですよ。魚の交尾みたいですね、ふふっ。
 さあどうですか。皆さんの声、地底の民の嘘偽りない想いに対して、貴方はどう答えるのですか? 教えて下さいな、幻想郷の賢者様?」

それは紫に向けられた言葉のように見えて、実はこれを見ている観客全てに向かって投げられたものであることは明らかだった。先ほどまでの騒ぎが嘘のように、誰一人として声を上げない。興奮のるつぼだった広場は、今や忌むべき力を持った妖怪の一人舞台へと変化しつつあった。

「……まあ、後ろの八雲藍様、あと橙さん。貴方がたはさっきからずっと同じことを考えていますね。私たちはなんでもする、だから紫様には、藍様には何もしないで――うふふ、素晴らしいです。今まで数え切れないほど裁判をやってきましたが、ここまで揺るぎのない自己犠牲の精神を持つものは初めてです。
 しかし大丈夫でしょうか? 今私が言ったようなことを、ここにいる彼らにされるのですよ。貴方達が死んだところで別に誰も困らないのです。橙さんのような子供にしか興味のない方や、藍様のような妖獣の方が好みだと舌なめずりしていた方もいらっしゃいますよ。
 本当に大丈夫ですか? そうした方の意見も聞きましょうか?……ふふっ、少しばかり怯えが見られますね。でもそのぐらいであればたいしたものです。さあ皆さんももっと本音で語って下さい。この二人の誠実な従者に、或いはその主人に、もっと忌憚のない思いをぶつけてあげて下さいな。さあ貴方も、そんなところで見ていないで――」
「――もういいんじゃないか?」

さとりの一人語りを遮ったのは、勇儀だった。さとりは振り向いて勇儀を舐め回すように見つめながら、にっこりと微笑む。

「貴方は相変わらず言ったことと思ったことが同じですね。張り合いがありませんわ。……もう従者は忠義を見せた。だからそんなに重い刑はいらないだろう。そんなことを勇儀様はお考えのようです。どうでしょうか皆さん?」

さとりは目だけを客席に向けた。皆がいっせいに目をそらす。何人かの妖怪は既にそそくさと広場をあとにしたようだった。
さとりはわざとらしく大きな溜息をついて、きらびやかに装飾された椅子に腰掛けた。

「ふう……難しいものですね。私は全ての者が対等に、本音で語らえる場を作りたい、いかなる思想信条を持つ者にも同じ椅子を用意し、自分の思いを裏表なく表明できる場を設けたい――ただそう思っていただけだったのですが。今や皆さんの声は小さすぎて聞き取るのがやっとです。いったいどうすればいいのか、誰か教えていただきたいものですね。」

しばし頭を抱えるようなそぶりをして、さとりは手をパンと合わせた。

「では皆さんのか細い声を拾って、こういう判決にしましょう――『もうこんなことに関わりたくないから勝手にしろ』 どうですか、勇儀様?」



 
ということでさとり無双で折り返しです。

スペカとガチの書き分けをしてみたいなあと思っていたんですが、五連戦は無理がありました。
んh
作品情報
作品集:
24
投稿日時:
2011/02/27 10:39:49
更新日時:
2011/02/27 20:04:34
分類
紅魔館
チルノ
さとり
1. NutsIn先任曹長 ■2011/02/27 20:36:45
命を懸けたレミリア達の『異変』、完遂しましたね。

信頼、それができるか否か。
信頼の証、スペルカード・ルール。
一部の皆で決めた約束、掟破りの討伐。
約束よりも信頼を優先したレミリアの思いは届くか?
久方振りの弾幕ごっこで勘を取り戻した霊夢。

なんにしても、状況は刻一刻と進行していますね。

…相変わらず、さとりは意地悪だ。
…そして、素敵だ。

…皆、古狸の紫を見くびってはいまいか?
様々な幻想郷の危機に、最後に笑ったのは誰か?

ぼちぼち、痛快な展開になりそうな予感。
私、明日からまた一週間仕事です。
このお楽しみの続きを読むために、睡眠時間を削らなければならないのか…。
2. 名無し ■2011/02/27 20:42:01
ああ、こんなに胸糞悪くなった早苗さんは久しぶりです
3. 名無し ■2011/02/27 22:35:58
さとり様が素敵すぎます、リスペクトします、いいキャラしすぎてます。
紫に対する罪状も正論で段取りが素晴らしい。
各勢力ごとに感情や利害関係で様々うごき対立していくそういった話が
好きなのですごいつぼにはまりました。
ただ白蓮気の毒すぎる・・
続きも産廃的な意味で期待しています。
4. 名無し ■2011/02/28 17:17:14
ついに重鎮レベルで死者が出たかー。
これは引き返せない展開になるかね?
5. 名無し ■2011/03/07 12:12:11
5つもの同時並行バトルお見事でした
素晴しいの一言です
それにしても、あのフランドールをまさに赤子の手を捻るように倒すとは…
姫様強いです 強過ぎて怖くなるほどですねw
まあ、永や儚をみる限りあれぐらいの力を持ってそうですが
彼女の場合二次によって大幅に扱いが変わるので
このようなある種のカリスマを持った姿が見られることが純粋に嬉しかったです
まだ先が長いでしょうが、体に気を付けて残りを頑張って下さい
6. 名無し ■2011/03/14 11:52:37
早苗さん…
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