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『霊夢が盲目になったのは』 作者: 狂い

霊夢が盲目になったのは

作品集: 24 投稿日時: 2011/03/04 21:07:28 更新日時: 2011/08/20 03:16:11
地底世界奥深く、突如露出した灼熱のマントルが岩肌を赤黒く照らし出す。流れ出ていた地下水は行き場なく水蒸気と化した。岩壁からも蒸気が噴出し始めて一時、辺りは視界の悪い霧に包まれていた。厚く霞懸かった空気をびゅうっと切り裂くようにして黒色の魔法使いが高速で飛び出した。尖った鍾乳石と衝突する直前、霧雨魔理沙は急制動をかける。空気の塊がぼうっと全身にぶつかる感触を覚えつつ魔理沙は一旦その場でホバリングすると、にやっと口の端を上げ、体を反転させ再び霧の中へ飛翔した。密度を増した熱気の中、サウナスチームのように熱い空気が肺を満たす。存分に余裕がある自身の魔力を推力に変換させ強烈な加速を得る。濃霧の先に姿を結ぶ大きな黒い人目掛け風を切ると
「もらったっ」
魔理沙はあらかじめ展開しておいた、二基の魔法精製式ミサイルを放つ。まばゆい光を孕んだジェットをなびかせ対象に迫っていく様子を見てから、彼女は即座に移動した。
一直線に向かってくる光源を視界に入れた、地底異変の元凶、霊烏路空は
「ちぃぃ!」
と顔を歪ませる。既に呼吸荒く、こめかみから首筋に掛け多量の汗が照り返していた。自身を撃墜しようと自動追尾する、血に飢えた弾丸に戦慄したお空は背を向け後方へ羽ばたいた。体を捻りながら強引に加速し距離を離そうとするが、ペース配分を無視し会戦してから大量の弾幕とすさまじい運動性にエネルギーを注いできたお空には、既に相殺させるだけの結界を張ることさえ、自慢の飛翔で振り切ることさえできない状態だった。直撃を喰う、と焦燥感で埋まっていく脳内をフルに回転させ、意を決して後退するスピードを緩めミサイルと向きあった。錆ついたような倦怠感が全身にあった。残りわずかな体力を集中し右腕の制御棒から無数の光源を浮かばせる。それらを一つに凝縮させるとほんのわずかな爆発がお空の頭上で起こった。周囲の塵が引火し青白い火種がぱらぱらとお空の目前に落ちてくる。

「はあ、はあっ」
お空は体を硬直させ祈りながら迫り来るミサイルを見詰めた。手を伸ばせば届いてしまうほどの距離に達した二基のミサイルはほんの目先でクロスし、お空目掛けて突っ込む。無意識で両腕を交差させ体を守った。
「っ!!」
命中する寸前、ミサイルはお空の体を掠めて後方遠くに飛んで行った。帰る家をなくした二つの光源は固い岩盤に衝突し爆散して果てた。

肩で息をするお空。彼女を守ったのは核電磁波だった。小規模な核爆発を起こし電磁パルスを引き起こさせた。振り切ることができない高速度ミサイルに対して、知恵を絞り出して行き着いた結論はチャフを使ったソフトキル。低空の地上では密度の薄い回廊しか形成されなかったが、狭い地下洞内部では限定的ながらミサイルの軌道を外す程度の反射面積を得られていたのだ。

ふっと一息つくお空。何とか体勢を整えぽっかり開いた目前の濃霧をぼうっと見ているが、追撃にやって来ると、意識を正しお空はその場を離れようとしたが、
「くっ……!」
虚を突かれた。もやに隠れて飛んできた第三のミサイルは霧の端をたなびかせながら猛スピードで彼女に迫っていた。喉を鳴らしてお空は一瞬たじろいだが表情に余裕を取り戻した。核電磁波はまだ生きている。また軌道を乱して行先を失うはず……と考えていたが
「……っ? ぐうふっぶ! うっがっ」 
懐深くまで直進してきたミサイルが腹部に衝突、続けて一基が左胸を焼く。巨大な矢で射抜かれたような衝撃が全身を襲い、
──どうして、なぜ反れない?
頭の中を埋め尽くす疑問と黒煙に巻かれながら地の底へ墜落していった。


近場での爆発音を耳にした魔理沙は速度を落とし、にやりと笑みを浮かべる。遅らせて発射した“追尾性能のない消音ミサイル”は核電磁波の雲を突き抜けてお空の思惑ごと打ち砕いた。視線のずっと先で羽を散らしながら地へ落ちていくお空を見て命中を確信し、どうだと言わんばかりの勝ち誇った声で

「行ったぜ霊夢」

異変解決のパートナー、博麗霊夢の名を呼んだ。魔理沙は脱力し切って落下するお空を挟んで自分と正対の方向、はるか上空から巫女服を風に切って追撃に向かう霊夢の姿を捉えた。視界を殺す濃霧の中勢いよく突っ込んだ霊夢の姿を見て
──奴も終わりだな
と気を緩めた。数メートル先も見えない中で霊夢の攻撃は正確にお空に射抜いていた。対するお空はただ両腕と翼で体を守ることしかできない。やはり戦闘に関して霊夢は天才的なものがある。魔理沙は濃霧の中、霊夢が放つ“淡く透過した白色”の弾幕を眺めながらその着弾点へ転進した。


「意外とタフな娘ね」
地下洞の隅、うつぶせて体を横たえているお空に霊夢は無表情で言い放った。符を数枚、扇子のようにたなびかせお空に迫る。
「馬鹿みたいに後先考えず動くからそうなるのよ」
お空はうつむいたまま荒い呼吸を繰り返しているだけで何も返さなかった。
「ちゃんと分かってるわね? この後」
じりじりっとお空に近寄る霊夢。魔理沙はまだ遠方にいるようで気配を感じない。
「──魔理沙ぁ」
つうっと目を細め、名残惜しそうな顔を魔理沙が飛んでいる方角へ向けていると

「ううああああああ!!」
お空が奇声を上げ、傷だらけの羽を動かし始めた。霊夢は呼応して身構えた。窮地に追い詰められ癇癪を起したお空が、やけっぱちの一撃を放つため全身を震わせ歯を食いしばると、意を決し、エネルギーが収束する制御棒を霊夢に向けた。


「なんだ。あれは……」
航行する魔理沙は濃霧を突き抜けていく光の束に目を奪われた。突如現れたその光は、口径数メートル程のサーチライトのようだった。魔理沙は上空を見上げたがその先が目視できないほどに伸長している。霧の中ですら減退を起こさず伸びる、強烈な光量を持った“柱”が形成されて間もなくつんざくような甲高い悲鳴がこだました。

背中の毛穴が開きからぶわっと汗が染み出る感覚を魔理沙は覚えた。聞き覚えのある声色の悲鳴だった。緩めていた魔力を再燃させ魔理沙は空を切った。白色の濃いガスが立ち込める中、悲鳴が聞こえた場所を推し量り魔力を飛ばす。湿った空気が水滴になって顔面に纏わり付き瞳を濡らしたが魔理沙は瞬きすらできなかった。相棒である霊夢の下に急がねばという切羽詰まった思いに頭が支配されていた。静まり返った地下洞内。霧が徐々に薄くなり赤褐色の岸壁の姿を目視した魔理沙。その視界の縁。突き出した岩棚に


「あああああああああああああ」


先の悲鳴が敵から放たれた断末魔だと思い込みたかった。覚えのある声色は自分の思い違いと何度も何度も念じている途中、魔理沙は声にならない絶叫を上げた。

覆らない現実が目の前に広がっている。顔を押さえながらのたうち回る、見慣れた赤い衣服の人影。そしてそれを見下げたまま動かない地霊殿の仇敵。残った魔力を費やし爆発的な加速得た魔理沙は呆けたように立ちすくむお空に迫った。

魔理沙はほうきの柄を割れんばかりに握り締め、猛スピードで特攻した。体が角張った岩肌に擦れたが痛みは感じなかった。防護結界を張ったのは無意識の判断だろう。お空が自分に迫る風切り音を聞いて顔を向けた時には、既に魔理沙は体を投げ打つようにして激突していた。鈍い破裂音がばんっと一帯に響いた。お空は柔らかい脇腹から骨がきしむ音を感じた直後、ミサイルの直撃よりも馬鹿でかい衝撃を全身に受けた。そのままお空は失神し地底の奈落へ真っ逆さまに落ちて行った。



魔理沙は霊夢のいる岩陰に降り立つ。駆け寄って姿を確認した時、魔理沙は全身が凍りついて動けなかった。

「痛いぃ痛いぃ!」
と霊夢がくぐもったうめき声を鳴らし両腕で目を覆っていたのだ。どんな苛烈な戦いでも汚れ一つ付かなかった巫女服は……痛みで身悶えしたのだろう、茶褐色の砂泥が纏わり付き見る影もない。


最後に見た光景は、まばゆい光を放つ無機質な銃口だ。

お空から放たれた強烈な閃光は霊夢の視界全てを焼き尽くした。同時にぷつ、ぶつりと自分の視細胞が焦げていく感触と血管が割れ白色の世界に赤い血漿が染み出していくおぞましい景色に支配された。無意識的に目をつぶっても光は間切れない。手を差し出し両目を覆うが手遅れ。肉を透過して映った何本もの血管と指の骨が見えるだけ。眼球の水分が沸騰していく感覚に襲われ、視界がぶちっぶちっと赤黒い斑点にみるみる埋め尽くされ──


まさか霊夢が、あの百戦錬磨の霊夢が負傷し、自分の足元で転げまわっている。しかも取るに足らない、力任せで戦ってくる相手からまともに被光するなんて。夢か幻か、何かの間違いだと魔理沙は現実から逃避し、半開きの口で呆けていたがはっと意識を取り戻して
「おい……霊夢大丈夫か……ああ駄目だ、そんなに擦っては」
洗い物をしているように自身の袖で目元をしつこく拭い続けている霊夢の腕を掴んだ。“傷口を擦ると酷くなる”半端な医療知識が魔理沙にそうさせたが、奇声を上げ、涎を垂れ流しながら、霊夢は力ずくで腕を振り解きまた激しく擦り始めた。地底にある気味悪い瘴気と正体不明の細菌が混ざり合って、霊夢の目を穢しているような嫌悪感が体の底から浮かび上がった。

霊夢の衣服、きめ細やかに飾り縫われた袖に浮かぶ、鮮血と黄色い粘り気のある脂肪と抜け出た眼球の水分がかき混ざってできた粘度の濃い血痕を見て、
「うっ……」
と魔理沙は声を漏らしたが霊夢の“目”を見てさらに戦慄した。本当に血の涙を霊夢が流していたからだ。眉間に深い皺を寄せ、閉じられたまぶた全体にこびり付いた赤黒い血、泥の塊や目尻に溜まった得体のしれない黄土色の体液……その真下で血の浮いた涙が頬に薄汚れた筋を残し、とめどなく地面に落ちて溜まりをつくっていた。端正な顔は激痛が走るのか酷く歪み、引き付け起こしたようにはっはっと過呼吸を繰り返していた。

「うぶっ」
突然霊夢は口元を押さえ
「ううっううううえ、ぶへえぇええ」
と血溜まりに向かって繰り返し嘔吐した。視覚を失い平衡感覚も麻痺し、強烈なかゆみと鈍痛が途方もない悪心を引き起こしていた。顔色真っ青な霊夢の肩を抱き魔理沙は
「霊夢……! すぐに、すぐに病院に連れてくからな」
ほうきに跨り霊夢を背に掴まらせ急いで地底から飛び立った。

地霊殿や点在する旧都の明りに逆行して地上へ通じる穴ぐらに向かう。途中、魔理沙は霊夢の襟からむしり取った通信機能付き陰陽玉をオンラインにすると霊夢をサポートしていた烏天狗の射命丸文を呼び出した。既に文も霊夢の異変に気付いていた。何度も交信を図っていたのだろうか、焦りの浮かんだ口調で迫ってきた。
「霊夢がやられた……かなり……ヤバい……永遠亭に連れて行かないと」
魔理沙は地底入口まで来るよう文に加勢を頼み通信を切る。弱々しく自身のお腹に回された霊夢の、血反吐塗れの手の平をぎゅうっと力強く握り返す。背中から直に伝わる体温と荒い息遣いに胸を締め付けられ、魔力全開で地上の光を目指した。



魔理沙は大の字になって草はらに倒れ込んだ。高温の地熱で熱せられた地下道から飛び出した時、肌を刺すような真冬の外気に包まれた。季節は冬の半ば、本来なら凍える寒さであったが、全力疾走した後のように体の火照りを感じていた魔理沙は外の冷気が心地良くさえ感じられた。

短いリズムで繰り返される吐息と吸う息に合わせ白い呼気が魔理沙から漏れ、辺りに漂った。魔力が底を突いた魔理沙は激しい呼吸でも追いつかないほどのきつい動悸に襲われていた。うっすら降雪していたことに、しばらくして気が付いたくらいの疲労感が全身を巡っていた。

体力を著しく消耗した魔理沙とバトンタッチする形で文は霊夢を抱いて一直線に永遠亭に向けて出発していた。おびただしい血涙を落とす破れた双眸を見た文の、狼狽して自分と霊夢を交互に見ていた、あの引きつった表情が忘れられない。息も絶え絶え、永遠亭へ向け魔理沙は再びほうきに跨る。一心だった。ただ霊夢の無事を願うしか心に余裕がなかった。疲労困憊の体に鞭打ち、陽が暮れ始めた空へ魔理沙は飛翔した。

冬の落陽は少女から逃げるように急ぎ足で、果ての山々に飲み込まれた。魔理沙が永遠亭に駆け込んだ時には辺りは真っ暗闇に包まれていた。門戸を開け急ぎ足で診療所に入ってきた魔理沙は、彼女を待ち構えていた兎人の職員に招かれ奥に進んだ。淡い緑色の、滑りを引き起こさないゴム製の床で出来た長い廊下の先、色あせた赤地に白抜きで描かれた「手術中」の電飾が不意に落とされ、気密ドアが内から開くと
「霊夢……」
頭部を包帯で巻くようにして眼帯を施された霊夢がストレッチャーで運ばれてきた。薄汚れた巫女服のままだったから、搬送されて緊急に施術されたのだろうと魔理沙は思った。素人目でも分かるくらいの重傷だったと数刻前の出来事が去来してくるが
「永琳。霊夢は?」
遅れて出て来た八意永琳に向かって口早に迫った。永琳は血と脂の浮いた手袋を脱ぎ捨てながら
「出来る限りのことは施したわ」
視線を合わせず答えた。容体が気になって仕方がない魔理沙は永琳に歩調を合わせ
「待ってくれ永琳。治るんだろう……目は、霊夢の目は?」
と何度も問い詰めたが、
「……ええ」
曖昧にうなづくだけでとにかく容体に関しては正鵠を得ず、言葉を濁す永琳。腹ただしさに似た焦りを魔理沙は感じ、再び問おうと詰め寄った時、永琳の助手から自制を訴えられた。

唇を噛み締め、魔理沙は遠ざかっていく永琳の背から目を切ると、病室へ向かう霊夢のストレッチャーを小走りで追いかけた。


薄く照明の焚かれた一人部屋の病室で霊夢は静かに寝息を立てている。汚れた体を拭いて清潔な患者服に着替えさせた時も霊夢はピクリともしなかったから、麻酔がまだ効いているのだと魔理沙は眼を擦った。一息入れる暇さえなかったなと霊夢のしなやかな黒髪を撫でながら嘆息した。穏やかな寝息、窓越しに見える静まり返った寒々しい夜景色と心地良く肌を撫でる暖かい空調。張り詰めていた糸がぷつりと途切れ、急に目の奥が詰まるような眠気が襲い、魔理沙はベッドの傍らに頭を伏せた。




声が……誰かが私を呼んでいる……不安に覆われ尽くされた消え入りそうな声。周りは漆黒の闇で何も見えない。地に足を付けていることさえ自覚できないほどの無明の暗さ。まるで盲目になってしまったかのような中で

……魔理沙……どこにいるの?

あいつの声だ。疑いようがない。でも彼女からは想像も付かないくらいか細く切ない泣き声。

……見えない……何も……魔理沙……ねえどこにいるの?

私は声のする方へがむしゃらに歩を進めるが視界が利かないから、どこに行ったら良いのか分からない。叫ぼうとしても声が出せない。濃い闇が延々と広がっているだけ。それでも私は、必死に腕をかざして探す。その声の主を。

わずかに目に入った一寸先の暗がり、慣れてきた目を凝らしてほんの少しだけに認識できた闇を孕んだ赤い衣服。毎日見ている親しみ深い装束。気配を逃がしたくない一心が私を支配した。無意識のうちにその肩を抱く。

──霊夢。私はここだ

霊夢の柔らかい頬に両手を寄せ、私の存在を訴えかけようとしたが

……止まらないの魔理沙

両の掌に生ぬるい手触りがあった。徐々に酸化して漂う濃い錆臭さ。本能的に忌避するべき異常な臭いが鼻の粘膜にこびり付いて離れない。


「温かい涙が止まらないの、ずっとずっとずっと」


ぐしゃぐしゃに破裂した眼球からどろどろの血を流し続ける霊夢の顔が、魔理沙に瞳いっぱいに映り込んだ。


「夢……」
一人つぶやいた後、魔理沙は霊夢に視線を移すと
「霊夢。よかった」
霊夢は既に麻酔から目覚めていた。ベッドの縁に背を預け、微動だにせず壁に顔を向けている。無表情で口を真一文字に結んでいたが魔理沙の声に気付き
「魔理沙……私は」
落ち着いた様子で魔理沙に声を投げ掛けた。霊夢の目には清潔な包帯が巻かれていて夢で見たおぞましい流血の痕跡はない。ほんの少し安堵感を覚えた魔理沙は霊夢に経緯を説明し始めた。こくりこくりと頷く霊夢──妙に達観めいているように見えた。その無表情さが魔理沙の心に影を落とす。わずかに差し込んできた光明の目前、両足を掴まれ再び奈落の底に引きずり込まれるような、胸が空く感じを拭えなかった。


夢の中の出来事が魔理沙を去来する。


気丈を振る舞い霊夢と会話を続けた。口数少ない霊夢に話が途切れかけても

「すぐに治るぜ」「永琳に診てもらったんだから」「お前でも被弾するんだな」

とか今の霊夢対して安直な言葉もあったが魔理沙は一方的に話を紡いだ。そうでもしないと頭に纏わりつく暗澹(あんたん)とする自分の心境を振り解くことができなかった。



「下手なことしちゃったわね」
霊夢が自嘲めいた笑みを浮かべた。
「何も見えないなんて嫌なものね。今私がどこでどんな格好してるのかも分からないし」
先ほどと違って、少し饒舌になって霊夢は話し始めた。自分の不安な心境を見透かされて霊夢が気を使ってくれているのではと魔理沙は思ったが
「……ありがとう魔理沙。介抱……してくれてたんでしょ?」
はにかみを含んだ表情を見て、感じていた不安は少しずつ霧散し始めた。この様子だと大事には至っていない。魔理沙も浮いた笑みを目の見えない霊夢に送り、話を続けようとした言葉の頭に

「ようやく目覚めたかしら」 
と被さるようにして放たれた声が魔理沙たちの会話を遮断した。視線の先には白衣に手を突っ込んだ永琳が霊夢の様子を見ていた。
「容体を伝えに来たわ……今後の処置もね」


永琳は横目で霊夢を一瞥した後に傍らに座っている魔理沙のそばに歩みを進めると
「霊夢さん、あなたが搬送されてきて緊急に手術を行いました。負傷した眼球を所見しましたが……落ち着いて聞いて」
永琳は魔理沙と霊夢を交互に視線を移しながら経過を話し始めた。努めて静かに続けていたのだが次第に短い沈黙を挟み始めた。言葉を選んでいるのだと、魔理沙は感じ取った時


「非常に損傷の具合が激しかった」


抑揚のない声が魔理沙の心を揺らした。湧き出てくる不安を消そうと汗の浮き出た手の平を何度も無意識に握り返す。

「眼球内の網膜──ちょうどカメラのフィルムの役割を果たす組織。かなり程度の強い火傷を引き起こしていたわ。状況を聞いてないから予見でしかないけど強烈な閃光を長時間浴びたのではなくて?」
永琳は携帯していたカルテを覗き込みながら続ける。
「人体の最大許容露光量、つまり目には直視できる光の限界があるの。霊夢さんあなたの両目はその何十倍の量を受けてしまった。網膜に付随する組織もいくつかの水泡が見られて、組織液の大半を喪失した状況だった」
永琳の顔に一切の笑みはない。
「待てよ永琳。話が何か難しいぜ。もっと分かりやすくっていうか……とにかく良く……なるんだろ?」
「どちらか程度の軽い目の方を優先させようとしたんだけど……悪いことに左右どちらも重傷だった。それに霊夢さんの目に多量の汚泥が付着していた。地底で負傷したのを聞いていたから感染症も憂慮すべき事態だったの。あそこには未知のウイルスが数多く存在するから。やむを得ず、極力切開を抑えた保存的療法に切り替えて施術を……」

「やむを得ずって……しかも保存……て……なあ永琳! それじゃあ霊夢の目は……」
伏し目がちに自分を見やる永琳の視線にもう魔理沙は焦燥を抑え切れなかった。幻想郷一の名医が申し訳なさそうな口調で説明を行っている。それが意味するのは──魔理沙の動揺はよりはっきりとしたものに姿を変えつつある。これ以上永琳の言葉を聞きたくない。真実を知りたくないという逃避が頭の中で渦巻く。

「霊夢さんあなたの視力は……今の医療技術ではもう二度と戻らな──」
ほんの一瞬だけ天を仰いだ後、椅子を蹴飛ばし魔理沙は永琳の胸元を掴んだ。ぎりぎりと歯を割れんばかりに食いしばり体をぶつけるようにして迫った。勢いに押されスチール製の棚にぶつかり鈍い音が室内に響く。
「そんな出鱈目……止せよ……」
置かれていた花瓶が転げ落ちた。水と陶片が飛び散る。がしゃりと砕け散る音は魔理沙の心の中からも聞こえた気がした。調度良く生けられていた鮮やかな草花は、ぐちゃぐちゃに水滴と破片に塗れその住処を失った。
「無念だけれども……到底……恐らく目を負傷した時点で不可逆的な損傷が眼球全体に及んでいたと、魔理沙さん」
永琳は落ち着いていた。自分を締め付ける魔理沙の両手に手を掛けながら諭すようにして答えたが、魔理沙にとってはそれが諦観したものにしか思えなくて仕様がなかった。
「無念とかその言い草やめろよ! お前医者だろ? 畜生。どうにかしろよ! 頭良いんだろう!……お前に……治せなかったら誰が霊夢の目を」
魔理沙は切羽詰まった声で永琳に迫った。握り締めていた手は感覚を失うくらいに力が込められ、睨みつける両の目。溜まった涙が魔理沙の気持ちの昂ぶりを表していた。


「……嘘」
かすれた声が霊夢の震える半開きの口から漏れる。唇は蒼白で、がさがさに乾き切っていた。

「一生、私、目暗のまま──」
「霊夢!」
「いやあああああああああああ!」
髪を掻き乱し頭を抱えて絶叫する霊夢。
「魔理沙あ! 魔理沙っ!? どこ? どこにいるの!? 見えない、何も。魔理沙どこにいるの……」
「ここだ霊夢! 私はここに……ほら霊夢。そばにいるから」
何かを探そうと中空を無闇に動き回る霊夢の両手を魔理沙は力強く掴んだ。失明の現実を、一瞬にして全生涯を貫く暗闇の未来を突き付けられた霊夢の、か細い手は血の気が引いた真っ白で、降り注ぐ雪のように冷たかった。
「う……ううっ……頼むよ、永琳。私のどっちかの目を抉って……移してもいいから霊夢を救」
胸元で嗚咽を上げる霊夢を抱き締めながら魔理沙は声を殺し泣き崩れた。



入院して幾日、魔理沙は霊夢を連れ立って永遠亭を後にした。院内でのリハビリを勧められたのだが、家に帰りたいと、霊夢が求めたため退院を申し出た。困惑顔の永琳は療法士などを無償で保証するとまで魔理沙に言い及んだが、通院しながらの自宅療養という形で半ば強引に申し出を断った。霊夢の目を完治できなかったという引け目が永琳にあったのかもしれない。せめてもの報いと、配慮してくれた永琳に魔理沙は心の中で感謝しつつ、霊夢の手を引いて博麗神社へ歩みを進めた。

会話なく、寒空の下で乾燥し切った砂利を踏み締める霊夢の不規則な足音が魔理沙の耳に届いた。真冬の風は今日も寒く、呼吸するごとにつんと鼻の粘膜を麻痺させた。放さないように霊夢の手を繋ぐ。霊夢の心の内を思い計る。今、私が見ている光景。陰った空の鬱屈な様子も、木枯らしに揺れる裸の並木も霊夢には見えない。試しに自分も目を閉じて歩く。一歩が重い。踏み出すごとに奈落へ落ちてしまいそうな感覚に陥った。怖くなってすぐに目を開けた。

──今の霊夢には私の存在が……
唯一温かみを感じる霊夢の柔い手の平は、無二の灯火(ともしび)を取り逃さないように繋ぐ手を強く握り返していた。



身が締まるような朝の冷え込みが満ちた社殿の中、魔理沙は霊夢の寝室で目を覚ました。穏やかな顔で眠り続けている霊夢を起こさないよう、静かに蒲団を除け、雨戸の外、濡れ縁をまたいだ。外の景色は見るとわずかに積もった雪が屋根や生け垣を白く縁取っていた。昨晩からの降雪は止んでいなかったらしい。魔理沙は釣瓶を落し井戸の水を汲む。手で顔を洗うと刺し込むような冷水がぼんやりとした頭を覚醒させた。顔の脂が浮いた手の平で頬を拭い空を見上げる。神社の小庭に澄んだ光を差す朝日をぼうっとした表情で見詰めた。視界が直射する光であふれ、淡褐色の光彩が限界まで引き絞られ──鈍い痛みを眼球に感じて魔理沙は反射的に瞼を閉じた。暗闇の中に光の斑点が尾を引くようにチカチカとにじむ。


自宅の間取りさえ把握できていない盲目の霊夢がたった一人で生活できるわけもなく、魔理沙は彼女に付きっきりにならざるを得なかった。衣食住の世話は当たり前で、時には神社に訪れる参拝客の対応に追われることもある。

最初のころは、自宅から神社に通って介護しようと考えていた。しかし夜中、まだ包帯の取れない霊夢を床に寝かせ寝室を後にしようとした時、魔理沙は小指を掠め取られ
「嫌……魔理沙。どこにも……行かないで」
と眉をハの字に曲げて自分の気配を探る霊夢の、たどたどしい表情に心吸いこまれた。もう長らく魔理沙は自宅に戻っていない。日課だった魔道の研究も忘れるほど、時間を霊夢と共に過ごした。

すんすんと水っぽい鼻詰まりを起こしている霊夢に
「風邪引いたか? 今朝は寒かったからな」
寝巻を脱がせ、細身だが柔らかく張りがある霊夢の肢体を、湯に漬けた布巾で静かに拭う。
「んっ……」
二の腕に触れた瞬間、びくりと体を震わせた霊夢。そばに置いておいた巫女服の着替えの位置が分からないのか、手探りで何度も床をコツコツと触り続ける霊夢のしぐさを見て魔理沙は

──私が霊夢と一緒にいてやらなければ、どうやって霊夢は生きていくのか……
と。


魔理沙が霊夢を独り捨て置いて出ていくことなど到底できなかった。


退院して余日、霊夢の無い視界を覆っていた包帯が解かれる日が来た。永琳が直々に神社まで足を運んでくれた。薄明かりの室内の中、離れていく包帯。目元の部分が固まっていてぱりぱりと、時折包帯は音を立てた。禁忌の箱の戒めが破られていくような、見てはいけないものを見るが感覚が魔理沙の中にあった。体中そわそわして落ち着かない。

久しく見ていなかった霊夢の長い艶のあるまつ毛。淡雪の白さの瞼。恐る恐る見開かれた双眸に
「…………っ」
魔理沙は唇を噛みうつむいた。もしや神仏の加護が働いて霊夢の目を治してくれているのではないかと、何度も思い返していた切実は塵芥のように魔理沙の中から消え去った。

黒目勝ちだった瞳の中央に、白く濁った一筋が歪に浮かび上がっていた。透明のプラスチックが強引に曲げられた部分に浮かぶ白濁に似ていた。よく見るとまだ回復していない小さな火傷のあとが目尻に赤い点を残している。霊夢の視線は中空をぴくぴく彷徨い続け、魔理沙の目と合わない。同席していた幻想郷の統括者八雲紫は
「霊……夢」
と震える声を紡ぎながら、光を喪失した瞳に向かって手を差し伸べた。紫は殺していた嗚咽を抑えることができず口元を手で覆った。指先を瞼に触れるか触れないかまで近づけてみても、霊夢の双眸を開かれたままで、その中の瞳は無反応だった。紫はざっと踵を返し、無言でスキマに消えた。

「紫行っちゃったわ」
霊夢は
「実はちゃっかり治ってるって思ったりしたんだけど」
自嘲めいた口調だった。
「瞼開いても真っ暗なんて……何か……わかってても……」
心なしか震えた声の霊夢に魔理沙は返す言葉が見つからない。鼻をすすり上げ霊夢はしきりに両目を擦っていた。
「火傷の痕がまだかゆいわ……永琳いるんでしょう? 薬塗って頂戴……」
目元を真っ赤に腫らした霊夢はしゃくり上げる魔理沙から逃れるようにして、彼女から顔を背けた。

死んだ霊夢の目。完全に光を失った霊夢と介護を行う魔理沙の日常は劇的に変わったが、“博麗の巫女”を取り巻く時局も大きく暗転し始めていた。

留守中の神社に届いていた文文。新聞。一面ぶち抜きで張られた見出しに魔理沙は眉をひそめた。


『博麗の巫女 両目負傷
地霊殿出向中 スペカ対決中事故か 失明の可能性も』

事細かに書かれた霊夢の傷の具合、当時の雑感、地霊殿への聞き取り。社会、解説面まで割かれ、大きく報じられていた。霊夢を助けてくれた射命丸文だが、記者の彼女にとっては絶大なスクープになったのだろう。

幻想郷中に霊夢の負傷が知れ渡ってしまったと紙面を見て理解した。幻想郷を統括する有力者の一人が深手を負ったのだ。けがの程度はどのくらいかと幾人もの人妖が神社を訪問したが魔理沙はそれを頑なに拒んだ。

見舞いという名目で探りを入れに来ているのだ──

野望でぎらついた目が明白に物語っていた。霊夢の地位を付け狙う奴らの薄汚い陰謀が神社の周りを濃霧のように取り巻いている。傷心の霊夢の耳に入ることは何としてでも避けなければと魔理沙は思慮した。

その矢先、紫が地霊殿へ乗り込んだという穏やかならぬ外聞を魔理沙は聞いた。事故聴取を行うという名分で、私怨に近い感情で支配された紫は霊夢を負傷させた忌むべき妖怪を殺処分すべく自ら侵入したのだろうと魔理沙は考えた。自分も付いて行きたかった。



地下の主、古明地さとりは

「これはこれは八雲の君主様遠路はるばる地下世界へようこそ地上の巫女はお元気で……」

得体のしれない湿っぽい笑みを浮かべた。
「あの畜生を速やかに出しなさい」
と紫が抑揚のない声でさとりに向かうと

「穏やかではないですわ八雲様どなたかお茶を淹れなさい、心がまるでたぎる血の池みたく荒んでいらっしゃるよう」

「何度聞いても虫唾が走る声だな。その薄気味悪いふざけた笑みを紫様に見せるのを止めろ」
紫と共に侵入した八雲藍は尖った牙をぎらつかせさとりに迫ったが

「そんな怖い顔するとあなたの愛でている子猫が逃げてしまいますわ妖狐の君(きみ)、あらもうその立派な牙を見せつけているのですね真夜中に狐が狼になって」

大きな目を人形のようにぱちくり動かしさとりは藍の心を透かした。場に響くほどあからさまな舌打ちをした藍を尻目に

「八雲様あなたの心境を伺えますがあれは単なる事故なのですどんな遊びにも流動的不運が重なる災禍は付きもの不安定な混沌を臨む八雲様ならご理解のこと増してや地上の巫女は弾幕合戦に不慣れな若輩を地底深く執拗に追い回された、ああ可哀そうに歯を震わせ泣くお空確かにスペルカード宣言なしに弾幕を巫女に見舞ったことは事実ですが無慈悲で冷たい弾丸を雨あられのごとく振りかざされれば誰だって無意識に行動してしまうものでしょうそうでしょう」

紫の心も見抜いた。半笑いで言葉を投げ掛けると周囲の空気が凍てついたようにぎしりときしんだ。さとりを中心に、現れた何十もの精強な地下世界の住人に取り囲まれたが紫と藍は一言も発さず、クマの浮いた両目から射殺すような視線をさとりに送り続けた。さとりも引くことなく紫を見返す。彼我の実力差はわきまえている。この場で地底の住民が一丸となって紫と藍に挑んでも、良くて相打ちが限界だろう。しかし

「八雲様、妖狐の君、かけがえない家族に手を出さそうとする不逞な輩がいたらどうします、あなた方の──橙ちゃんを殺されかけたらどうします例えこの身が砕けようと全力で守り抜くことが主の務めでしょうそうでしょう」

地霊殿を背負う立場としてお空を、地下の同胞を見殺しにして引き渡すことなど許されるはずがなかった。

膠着続き滲み出す殺気の中、先に踵を返したのは紫だった。地上の主と地下の主、両者の主張は交わるどころか譲歩の欠片さえ見せず、底知れない確執を残したまま相別れた。元々険悪だった紫とさとりの関係はさらに溝を深め、実質の冷戦に陥った。神経質な空気は地上にも波及し重苦しい緊張が幻想郷中を覆った。連日の紙面は緊迫感迫る両者の情勢や第三勢力の動向など大々的に報じられた。穏健派の和睦を願う寄稿があれば、地底、守矢寄り左派系紙は開戦を煽るプロパガンダまがいの社説を掲載し世論を分断した。

その報道の中には、調停者たる博麗の巫女を非難する内容も存在していたのは世論にとってありきたりなことであろうが、魔理沙は度し難い現実として圧し掛かっていた。

紫とさとりの対峙を魔理沙はある程度は予見していた。しかしながら何の非もなく異変を解決するために失明を負った霊夢がバッシングを受ける必要がどこにあろうか。下手をすれば命を落としてしまいかねない死線を幾度もくぐり抜けてきたのだ。今回の地霊異変もそうだ。解決を依頼した紫は、外にすら出ずに生温かな暖房の効いた、危険とは無縁の一室でぬくぬくと茶を飲んで指示を送っていただけに過ぎない。地底に単独で潜入させるなど、まるで鉄砲玉のような扱いだ。でも霊夢は一言の拒否すら口にせず、ただただ幻想郷のために挺身してきた。彼女の体と心を慮る言葉があっても良いはずだと、魔理沙は思い詰めた。知っている限り自分と親交が深かったアリス・マーガトロイドやパチュリー・ノーレッジなどに思いを吐露したが彼女らが真摯に鑑みることなどなかった。霊夢をただ“他人事”としか考えていなかった。その不条理さに目を剥いた魔理沙は一方的に紛糾し彼女らとの仲を見切った。

霊夢への先の見えない介護、神経質になった幻想郷の空気、一変した魔理沙自身の生活。余裕の無くなった魔理沙の心中は自分で思っていた以上にささくれ立って荒み始めていた。自分で想像しがたいほどに。

「ほら霊夢……歩く練習しなきゃ」
紫と地霊殿のいざこざがあって以来、霊夢は外どころか境内にすら出ようとしなくなった。外から入って来る悪意ある吹聴は霊夢の耳にも確実に届いていた。失明してから聴覚が鋭敏になりほんのわずかな声でも聴き取れるほどになっていたのだが、今はそれが逆に作用してしまっている。
「……今日はいい」
「今日はいいって、ここ数日ずっとこもりっ放しじゃないか。たまには外の空気でも」
はぎ散らかした蒲団の奥、部屋の片隅で膝を抱えている霊夢は
「嫌よ……外に出たらまた嫌なこと言われる」
「私がそばに付いてるからさ」
「魔理沙が居たって聞こえるのは聞こえてくるんだから」
と顔を膝に押し付けた。
「……私が目暗になっても、誰も気遣ってくれない。逆に喜んでる連中の方が多いみたいね。紫が話付けに行ったらしいけど……あれも私じゃなくて、博麗の巫女の保身を考えているだけ」
魔理沙が眉間に手をやり黙っていると
「守矢……早苗たちには好都合なんでしょうね、腫れ物の私が潰れて。しかも紫たちに変わって郷を統治できる切欠が転がってきたんだから」
「そんなこと……」
ため息を付きながら魔理沙がつぶやくと、霊夢は顔を上げ睨みつけながら怒鳴った。
「あるわよ! そんなこと。だって聞いたもの! 早苗がっ。私に向かって……魔理沙がいないときに、神社に上がり込んで……見えない私の周りをぐるぐる足音立てながら『いい気味』って……」
魔理沙は言葉が出なかった。平素の魔理沙なら東風谷早苗に対する渾然たる怒りが込み上げてくるところだが違っていた。あろうことか霊夢が自分を憐れみ過ぎて狂言を吐いているのではないかと勘繰ってしまった。魔理沙の沈黙はその時の荒んだ本心に起因するものだった。魔理沙の心は滅入るほどに鬱積していたから霊夢の感情を汲みとる余裕がこの時はなかった。

「魔理沙も……そう思っているんでしょう? 私が邪魔で仕方がないって」
霊夢は自嘲気味に口を開いた。
「無様に盲(めし)いて。嘲笑いながら接しているんでしょう?」
「霊夢……」
「いいよ魔理沙。笑いなさいよ。笑って吐き捨てなさいよ。どうせあんたも腹の底はあいつらと同じ。世話するのも億劫で無価値なごみくず女だって冷え切った目で私を捉えて──」

「いい加減にしろよ」
無意識に体が動いていた。魔理沙は霊夢の胸元を掴み捻り、無理やり立たせると体ごと障子にぶつけた。霊夢の背中が当たり、戸が外れてしまうほどの大きな音を立てた。霊夢の体越しの衝撃が伝わってきた魔理沙は
「あっいや、これは違」
魔理沙は我に返りぱっと両手を離した。顔を背けた霊夢の表情が見えない。

「ほら……やっぱりそう」
唇を震わせ諦念入り混じった笑いを見せると、目線を横に反らしふっと鼻を鳴らした。消えない傷を負った無明の瞳は濡れて光っているように魔理沙は見えた。
「今までありがと。一緒にいてくれて……魔理沙だけが味方だった」
霊夢は戸口を後ろ手で探しながら魔理沙に目を向けた。魔理沙の視線と合う事はなかった。決して魔理沙の方が視線を外していたのではない。むしろ魔理沙は贖罪に塗れた目で霊夢の瞳を見ていた。何も見えない真っ暗な視界で、霊夢も魔理沙に瞳を向けているはずだったが、その視線は見当違いに大きく外れていた。

──私の視線が……分からない
霊夢と私の目が合わさることは二度とないのか。そんな思いがして魔理沙が霊夢に近寄ろうとした時


「もう会わないから」

霊夢の唇がそう動いたように錯覚した。放たれた戸口から肌を刺す冷たい外気が熱くなった魔理沙の頬を撫でる。霊夢は白い足袋を土で汚しながら境内に向かって駆け出すと

「霊夢、待て!」

ぐらつきながら西空へ傾き始めた太陽に向かって飛翔した。盲目の暗闇にわずかに差し込む光源に向かって当てもなく。無意識に空を自在に飛ぶことができていた、目の開いていた頃の自分を何度も思い返しながら。



迷いの森を走り駆けている最中、魔理沙は体の奥底から湧き出るような焦燥と自責に苛まれていた。霊夢が飛び立った後、自身も急ぎ駆けて飛行し空中で霊夢の背中を抱き留め放さなければ良かった。しかし魔理沙はできなかった。咄嗟に飛ぶだけの魔力がなかった。魔法具八卦炉を持ち合わせていなかった。霊夢の介護に付きっきりで森の奥の自宅に置きっ放しにしていた。八卦炉に依存していた魔理沙の魔力は無に等しく、霊夢を追うことが不可能だった。

「クソッ」
こめかみから流れる汗が寒気に触れ氷のような冷たさで魔理沙の頬を冷やした。霊夢はどこへいったのか分からない。霊夢の飛んでいった逆の方向へ走っている。盲目の彼女は遠くに離れていく。その見当が付かない不明慮な遠近感が魔理沙の焦りを濃くする。



本当は霊夢を追えたのでは? 
──できなかった。あの時飛べる程の魔力が私にはなかった

短い距離だけ飛べれば良かった。その程度の力なら平時でも出せるはずだ
──違う。私が境内に出たら霊夢はもう飛び立っていた。間に合わなかった

間に合わなかった。霊夢は盲目で飛ぶのもままならないはずなのに?
──本当だ。もう姿が見えなくて

本当は霊夢を追いたくなかったのだろう?
──違う

いくら世話しても何も見返りを寄越さないくずな友人に嫌気が差していた
──違う

根暗になった引きこもりに、もううんざり飽きた
──

目の見えない霊夢は待っていたに違いない。お前に、後ろから抱き抱えられ温かい両腕で体を拘束されることを。自分を止めて停めて抱き留めて欲しかったに違いない
──やめろ

見捨てたのだ。無二の親友を。一生暗闇で呼吸し続ける霊夢を捨て置いたのだ。


「やめろっ!」


ドアを蹴飛ばした魔理沙は棚に置かれた八卦炉を引っ掴んだ。魔力が漲り熱を持ち始める。握り締める熱源がほんのわずかな希望に思えた。魔理沙は箒に飛び乗り宙空を駆けた。心にこびり付く葛藤を振り切る様にして霊夢の飛び去った方角へ全速力で駆け出した。
「霊夢……霊夢」

既に陽は落ち濃紺色の闇が辺りを浸潤し始めている。



行き先などなかった。ただ霊夢が飛び去った落陽の下を目指すしかなかった。霊夢を導いた陽は完全に暮れた。魔理沙は冷たい冬の外気を取り込んだ暗い夜の森の中を進む。木漏れからわずかにのぞく月光が魔理沙を淡く映し出す。晴眼の魔理沙でさえ目を凝らして進まなければ林立する樹木にぶつかってしまいそうなくらいの暗さだった。当たる風は肌を刺す寒さで、両耳の感覚はほとんどなかった。簡素な外套を羽織って来た魔理沙だが、霊夢は薄い巫女服のまま外へ飛び出してしまった。吐く息は当然のごとく白霧になって宙を漂う。疲労感はなかったが自身の呼吸のリズムは乱れていた。

急がねばならない。
去来し続ける胸騒ぎが魔理沙の中でずっと尾を引くのだ。

時折耳に聞こえる唸り声。風もないのに不自然に揺れる枝葉。暗がりに浮かぶ赤黒い光点は錯覚の類か否か。野生の妖怪や気配が森の中に色濃く点在しているのを魔理沙は感じた。夜になって行動を本格化する獰猛な獣(けだもの)が獲物を狙わんと耽々と身を潜めている──自身が襲われても返り討ちにする程度の力量は魔理沙にはある。それを案じる彼女ではない。“私”など今はどうでも良い。どうでもよいから……

目の見えない霊夢は……

過去の異変解決で退治され、牙を剥いて報復してきた妖怪を見たことがある。その都度、霊夢は粉砕してきたが今は違う。相手の急所を見抜き、抉り取って来た霊夢の慧眼が活きることは二度とない。取るに足らない妖怪でも命を脅かす存在になり得る。

そして、博麗の巫女という地位を付け狙う奴ら。霊夢が負傷してから姿を忍ばせ動向を注視してきた賊人どもにとって、霊夢を討つ好機僥倖と、凶弾を浴びせ謀るために、この森のどこかで血に飢えた目をぎらつかせているかもしれないのだ。

「霊夢……霊夢っ」
意識的な、腹な奥底からにじみ出る焦りが声になって魔理沙の喉を震わせた。危険な夜の森林で独り歩きしていることを周りにアピールしているのと同じだが、魔理沙は構わず大声で霊夢の名を呼び続けた。そうでもしなければ無尽蔵に溢れ出る憂いに押し潰されそうになる。近くに霊夢がいる証左はない。ただ推測で霊夢が去った方向へ駆けて来た。広大な森の中、彷徨う霊夢と入れ違いになっているのかもしれない。もしかしたら霊夢は引き返し自力で神社に戻っているのでは。楽観も浮かんだ。しかしながらその安直な杞憂に自身の心を依存させることが、自責を背負っている魔理沙にできなかった。


探し探し彷徨って数刻が経った。夜空に浮かぶ月も既に天高く、群雲掛かって地上に薄い影を残す。どこを見ても同じような林の中、汗と脂の浮いた魔理沙の顔には諦念と憔悴が混じり、すぐにでも体を投げ打って倒れ込みそうなほど徒労感に侵されていた。広大な砂漠に落とされた一輪の生花を延々と探し続ける空想が霞掛かった頭の中に浮か、

鈍い破裂音が魔理沙の体を硬直させた。目と耳を凝らし、その音源に傾注した。林立した樹木の遠い一片、はっきりとした閃光を魔理沙は視認した。生木が倒れる音が辺りに響き、遅れてきた空振を感じ取ると、魔理沙はそこへ駆けた。

数十メートル先へ走っている最中、魔理沙は先と同じような光が目に。見覚えがあった。心の奥底の、昔日を思い起こさせる懐旧の光。いつも見ていたあの“淡く透過した白色”の光は強烈な確信となって胸を締め付ける。


走りを緩め、魔理沙は立ち尽くした。


静寂と冷たく澄んだ空気に包まれたその広がりの奥。浮かぶ満天の輝星と月が放つ薄い青白の光。その紗幕をそっと見詰め返していた儚げな輪郭は、この世に存在するあらゆる舞台上の美玉よりも麗しく抒情的に見えた。
「……霊夢」


辺りの木々は焼け爛れ、焦げ付いたにおいが立ち込めていた。
「魔理沙」
気配を感じ取った霊夢は
「大したことの無い奴ら。私が目暗でも勝てないなんて」
星空が見えない真っ暗な夜空を眺めながらつぶやいた。

倒れた木の暗がりに転がっていた妖怪たちの骸は、どれも押し潰されたように腸(わた)がこぼれ落ち苦悶の表情を浮かべていた。大地には爆ぜたような穴が点在し、野原が鉤爪でえぐられたような跡も見える。魔理沙の予見通り、霊夢は襲われていたのだ。周囲の痕跡から激しい戦闘を強いられたと、魔理沙は直感的に理解した。
「……」
霊夢は魔理沙の横を無言で通り過ぎようとした。

死に物狂いだったのだろう。見えない敵に一方的に追い回され、残された四感を頼りに弾幕を張った。盲目の霊夢は、音と肌と匂いで相手の気配を探り死の凶弾を本能的な閃きでかわし続けた。その姿に過去の軽妙な姿はない。どんな速さでも、どんなに濃い弾幕が展開されても、相手を正確に射抜いてきた霊夢だが、目暗打ち、滅多打ちの弾幕で相手をねじ伏せる闘いしかできなかったはずだ。

紅白の巫女服は弾の掠りを受け、ぼろぼろにささくれ立っていた。露出した肌には火傷と擦り傷が垣間見え黒髪は土埃に塗れていた。

汚れきった霊夢の格好は地底異変で彼女が失明した時と酷似していた。思い返すのは痛みに苦しんでいた血生臭い霊夢の姿。魔理沙は、
「霊夢っ」
と歩みを速める霊夢を止めようとその肩を触れた。生身で外気に晒されていたその肌は、冷え切った魔理沙の手よりも冷たく……



自分がこの世で一番浅ましく情けない存在だと骨身に痛感したのは
「あんたの言ってきた通り、お外で遊んで来たわよ」
「たまにはいいわね……独りで歩くのも」
強がりを見せる霊夢の指先が、延々と震えているのを感じ取ったからだ。



「ずっと独りにしてくれても……良かったのに」



寒さと隣り合わせの死に曝された霊夢の、心細く、震える小さな声を耳にした時

魔理沙は霊夢の体を抱いた。
細かった。いつも一緒にいたけれど、霊夢がこんなにも痩せたのだと、この時初めて思い知らされて、

冬の枝葉のようにか細くなった霊夢を
色の無い空を飛ぶ程度になった霊夢を
星空の孤独に追いやった魔理沙は

「もう“独り”にさせない。一生お前の手を握り続けるから──」
霊夢を放してなるものかと、力の限り抱き締めた。


かすかに漏れる霊夢の白い吐息が、寒空の夜に漂い
「痛いよ……魔理沙」
霊夢は弱々しく魔理沙の肩に手を置いた。魔理沙はもっと力を込めて抱いた。二度と離れ離れにならないという自身への戒めと、私の体は霊夢のものだ。愛慕に先立つ一生の献身を誓い刻んだ魔理沙は、霊夢の芯まで冷え切った黒髪を撫で続けた。


「……痛いよ」
幾度の死線をくぐり抜けてきた霊夢だが、この夜ほど自身の帰還に安寧を抱いたことはなかった。盲目の全生涯に照らす黒い光を浴び続け、片時も離れずに過ごした無二の相棒をなくした喪失感が霊夢の体を締め上げていたが、今は違う。

体を抱き締める両腕が本当に温かかった。身を切る寒さ、見えない道中で幻視し続けた魔理沙の息遣いが確かな感覚となって目の前に漂う。



淡く澄んだ星月夜の光結ぶ、静かな森の片隅でさめざめと震え泣く霊夢の声が魔理沙の胸の中に谺(こだま)した。




霊夢は再び神社の外にも出歩くようになった。その傍らには常に魔理沙が寄り添うようにして霊夢の歩みを見守っていた。視力をなくして以来、周囲の外聞を受け塞ぎ込んでいた頃の姿は露知れず、境内や神社につながる小道で精力的にリハビリに励んだ。初めのころは魔理沙が手を取り訓練していたのだが、ものの数日で階段を一人で下れるほどになっていた。安全を配慮して杖を使っての歩行を魔理沙は勧めたが
「お婆ちゃんみたいでいやだわ」
と気持ちよさそうに日差しを浴びる霊夢は微笑んだ。やはり霊夢には天稟がある、自身に歩調を合わせ健常者のように小道を踏み外さず歩く姿を見て魔理沙はそう思った。

日々の生活中でも、多少魔理沙の手は借りるが、霊夢はほとんどの日常を常人のように過ごせるまでになった。手探りはあるが箸を持ち、味噌汁をすすることも一人でできる。


霊夢が「地霊殿に行く」と口ずさんだのは、それから間もなくのことだった。



「あの時の土の香りがする」
魔理沙に手を取られ、地底へ入る洞穴の前で霊夢は何か懐古するような感じでつぶやいた。しかしそれを無視するようにして、強烈に殺気立った紫と藍は先導してその忌まわしい穴倉へ入って行った。地霊殿へ向かうまでの間、地底の住人が好奇と敵愾心丸出しの蔑視を霊夢に向けて来た。「目暗者」とか「盲(めしい)巫女」という言葉が飛んできて、聴覚が鋭敏になった霊夢は全て聞こえているはずだが、沈黙を保ったままだった。


地霊殿の大門前、地下の管理者さとりや彼女を慕う眷属らが迎え撃つようにして霊夢たちを出迎えた。

「“お足元”悪い中よくいらして下さいました地上の巫女様、今まで私たちに何の謝辞もよこさないからとっくに“御隠れ”になられたのだと」

開口一番、さとりは霊夢の姿を見て口角を釣り上げた。
「御香料もたんまりと用意したのに本当に残念で仕方ありませんわ」
霊夢の胸元に紙の束を投げ付けた。「黒谷」やら「古明地」やら書かれたそれらが香典袋だと分かると魔理沙は、一瞬にして激昂しさとりに詰め寄ったが、霊夢がその動きを制した。霊夢の視線が一点に向けられていた先を魔理沙は見た。さとりの後ろに隠れるようにして、困惑した表情を浮かべるあの忌まわしい八咫烏のお空が所在なさ気に立ちすくんでいた。殺到する紫と藍の威圧感に押されているのか、伏し目がちにこちらを伺っては何度も視線を外していた。

「何も怖がることはないのですよお空あなたは本当に正しいことを行っただけなのです何度も言ってきたでしょう博麗の巫女様に偏執的に弾幕を浴びせられてそれ故の事故だったのですから、ああ私のお空そんなに戸惑わなくてもいいのですあなたは何も悪くない」

お空の心を見抜いたさとりは普段の過保護伺わせる甘ったるい声を掛けたが、お空は申し訳なさそうな顔を霊夢に向けていた。

霊夢がすっと歩みを前に進めた。その先はお空だ。さとりを含む地底の住人は身を硬直させ霊夢の出方を注視した。紫方も同じだった。藍は既に術式の詠唱を始めていた。魔理沙は霊夢の背中を見詰め、懐の八卦炉を握り締めた。霊夢がどう出るかわからなかったが、今の魔理沙の中にあるのは、霊夢を守るという契りだけ。霊夢が三度傷つくのは、自身の命に代えてでも阻んでやるという責務が魔理沙の中で燃え上がっていたのだが


「……うにゅぅ……」
柔い微笑みを浮かべながら、霊夢はお空の頭を優しく撫でていた。誰も想像が付かなかった行為に、周囲の目線が釘付けになった。
「もうそんな顔しなくていいの。あなたは何の咎もないわ。私の目は何も見ることができなくなったけれど、それは終わったこと」

上目遣いで霊夢を見ていたお空は、はっと顔を上げた。主人のさとりに罪はないと、何度も教えられ続けていたお空だが霊夢を失明させてしまったという罪悪感はずっと自身の心の中で燻り続けていた。恐れと後ろめたさが心の内を支配していた中で現れた霊夢は、人非人の、鬼のような形相を張り付かせているだろうと想像していたのだが

「あの時、私もあなたは必要以上に攻めてしまったわ」

と、穏やかな顔で自分を許してくれた。いつの日か自分は嬲り殺しの目に合うと思っていたが、現実はその真逆だった。想像もしない“赦し”の声が受け入れられず
「でもっ」
と困惑した顔を浮かべたが

「私は大丈夫だから。あなたの心の枷を、もう解いてあげて」

霊夢がお空の頬を撫でながら笑うと
「ううっ……ごめんな、さい」
と唇を噛みしめたお空は霊夢の胸に顔を埋めた。しんしんと震えるお空を抱きながら霊夢は目を細めた。

「古明地さとり。私は地霊殿に対して少しの敵意も抱いていないわ。確かにここで視力を失ったけれど、それに対して恨みもない」
さとりは口を半開きにして聞き入っていた。
「今日は報復をしに来た訳じゃない……幻想郷の未来のため、反目しあうのはこれで最後にしましょう」

霊夢はこれ以上の関係悪化の解消を呼び掛けた。盲目になった身でも幻想郷の調停者たる巫女の本分を顕示していた。

紫は霊夢の慈悲に、耐え切れなった熱い目頭を抑えてその姿を見守っていた。地霊殿への仇打ちが想像の大部分を占めていた魔理沙は、事態を悪化させたくないという霊夢の意思にただ驚くばかりだった。何故か魔理沙自身にちらちらと向けられている、何か得心したようなさとりの気色悪い半笑いに不快感を覚えたが、お空の背中を優しくさすり続ける霊夢の姿を見れば、全く取るに足らないことだった。

「ほらお空、もう泣かないで」
気が付けば、地下世界に蔓延っていた霊夢に対する害意も霧散するように消えていた。





生温かな風が魔理沙の顔を撫でていく。

幾分か湿り気を帯び始めた、初春覗く陽気の中で放歌高吟と騒ぐ博麗神社の境内を魔理沙は見通した。酒気に浮かれた連中の声を聞きながら、ほころび始めた梅の花を見やった。何度も行われた宴会がとても久しく感じられたのは気のせいではない。霊夢が負傷してから、対峙を煽り合い様相ざらついていた幻想郷内で酒乱の席を設けるなどあり得ないことだった。湖の周り、人里、迷いの森や御山から訪れた数多くの人妖を目にしながら魔理沙は懐古する。この宴会に姿を見せない地底や守矢系の連中とは微妙な関係を保ってはいるが、解消されるのも時間の問題だと、宴の中心で静かに盃を傾けている柔らかい笑みの霊夢を見て実感する。今の霊夢なら、何もかも包み込むような器量を備えた彼女なら仲違いしている地底や守矢の連中とも和睦できる日は近いはずだ。

失明と巫女の宿縁から再起した霊夢だが、以前のような快活さは影を潜めた。無論霊夢は今も少女ではあるのだが、同年代の魔理沙から見て驚くほど大人びて見えた。

まだ目の見えていたころの霊夢は、勝気で好奇心大盛な子だった。自分に興味を引くものであればくりっとした大きな黒目勝ちな目々で捉え、見たままをけらけらと笑い、見たままを率直に伝えてきた。いささか気分屋的な所もあり、乗らない時には自分以外に無関心で他人に辛辣な口調で相対することもあった。

しかしながら今の霊夢は他人を慮る穏やかな性格になった。口数少なくなったが淡い桃色の唇はいつも微笑みを携えどんな人妖でも物静かな声で接するようになった。そして薄く閉じられた双眸から垣間見える、影のある物憂げな視線は形容しがたい引力的な魅惑となって周囲の者の心を砕いた。盲目ながらひたむきに務めている健気な巫女の噂は瞬く間に広まり、博麗神社の参拝も見る見るうちに増えていった。落涙しながら霊夢の今生を憐れむ人もいたが
「今の私に、不自由なんてないから」
と霊夢は差別なく誰にでも平等な微笑みを返す。

不服そうに眉を歪める、魔理沙の不穏な気配を感じ取りながら。


魔理沙が彼らに異常な嫉妬心を抱くのは、霊夢を守らねばならないという病的な正義感から生まれるものだろうか。霊夢への傾倒にかたどられた、狂おしいまでの独占欲に起因するものだろうか。


魔理沙は霊夢と言葉を交わす者、笑顔を受ける者を見るたびに被略奪心に先立つ危機感に身を揉まれた。結構な頻度で届く霊夢宛ての恋文も拍車をかけた。霊夢は字が分からない。それを良いことに魔理沙は全て握り潰した。恋文を焼いている間、
──お前らごときが霊夢に近寄れるとでも
胸の奥底から際限なく込み上げる高揚感があった。霊夢と契りを結んだことに誘因する歪な優越感が鳥肌となって後頭部から鼻先に突き抜けていった。

この宴会の場でも抑え難く湧き立って仕様がない。霊夢を中心に座を組んでいる連中。霊夢にべたべたと触りながら酒を注ぎ霊夢の杯を回し飲みしている奴。ああ、あいつは霊夢の柔い太ももに顔を擦り寄せ枕にしている。

“寝取られ”に近い倒錯した感情を抑えるのに魔理沙は必死だった。

──構わないさ。お前らの知らない霊夢を私は知っているんだから
魔理沙は盃に注がれた焼酎を一気に飲み干した。がくがくと両手が震えて止まらなかった。


宴会が終わりに近づくと、ぞろぞろ波を引いていくような感じで人気が消えた。既に夕日は陰り、二人残された霊夢と魔理沙の影が同化するほどの闇が境内に広まりつつあった。
「冷え込んできたな」
室内に戻ろうと魔理沙は霊夢の手を連れた。アルコールが回った霊夢の手から艶やかな湿り気を帯びているのを魔理沙は感じ取った。霊夢は周囲の気配を探り、この場に自分と魔理沙しかいないことを確認すると
「んっ……」
色付いた声を上げ、魔理沙の腕に絡みつくようにして身を彼女に預けた。確かな体の重さが魔理沙の鼓動を速めた。
「少し酔ったみたい」
紅潮した霊夢の頬と熱く上気した吐息が魔理沙の気を遠くさせる。

「お風呂……先に入って」


先に湯から上がった魔理沙は寄り添うように敷かれた二組の蒲団の間に座していた。体が湯当たりしてしまったように熱っぽく、寝室を唯一照らす枕元に置かれた行燈の光をぼうっと眺め続けた。浮いた頭は霊夢ことでいっぱいだった。一緒に湯に浸かろうと言ったのだが、霊夢は一人で入浴すると悪戯っぽく笑って聞かなかった。

霊夢は盲目であっても、自宅の中では常人のように行動できる。入浴程度はさほど心配しない。しかし今日は霊夢の一挙手一挙動が気になって堪らなかった。ほんの少しの間姿が見えないだけで、心の中の焦りが胸の鼓動を速くした。

──わざと私の心を焦らそうと

意識的に私との距離を置いたんじゃないか。私の浮ついた気持ちを想像して霊夢は今頃くすくす笑っているのではという妄想が頭から離れず、今か今かと霊夢の到着を待ち続けた。

廊下の奥からの足音が次第に大きくなっていくと、魔理沙の心拍も比例して高鳴った。寝室の寸前で音が止まり、ふすまを開ける擦れと遅れて木質がぶつかる音が聞こえてきた。目が見えないのによく部屋を間違えないなという感心は、近くに座した霊夢から香る甘い石鹸の匂いに消された。

霊夢の顔を見ることができない。見たくて見たくて辛抱堪らなかったが、今、目に入れてしまうと本能のまま霊夢を組みしだいてしまうと感じた。恐る恐る彼女の方を見遣る。霊夢は行燈のそば、赤い和紙で装飾された小さな引き出しから半月型の髪櫛と小さな瓶を器用に取り出していた。
「髪、梳いて頂戴」
震える手で櫛と瓶を受け取った。瓶の中の椿油を薄く手に取り霊夢の黒髪に馴染ませていく。霊夢の髪は柔らかい絹糸だった。少し濡れた“たわみ”が悩殺的な光沢を照り返して魔理沙の瞳を焦がす。そして櫛を入れている時に見え隠れする霊夢の真っ白な首筋。生唾が果てなく溢れ出てきた。血管が薄く浮きあがった部分にかぶり付きたくなる衝動で魔理沙は決壊しそうになる。

「薬も……飲まなきゃ」
と、魔理沙の揺れる心を見透かし、制するような声色で霊夢はつぶやいた。

行燈のそばに置かれた粉薬は目の炎症や疼痛を抑えるために処方されたものだ。毎晩服用している霊夢だが、手触りだけで種類を判別することはさすがに出来ない。いつものように魔理沙が封を開け、霊夢の手に握らせようとしたが
「ほら…………ん?」
「──嫌」
霊夢はつうっと顔を背けた。
「──嫌……手が痛いから持てない。今日疲れたもの」
子供染みた嘘だったが十分に魔理沙の気を引いた。魔理沙にしか見せない霊夢特有の甘えの仕草だった。他人に絶対晒さない恥じらいを孕んだ姿が魔理沙に生唾を飲みこませた。
「ねえ魔理沙、いつもみたく飲ませて……」

魔理沙は呼吸を整えつつ、握っていた紙片を自らの口に遣った。粉粒が落ちる音が、沈黙の中で妙に響く。二口ほどの水を含み、口内の固まった一偏を溶かしほぐした。口蓋全体に飲み薬特有の甘みが薄く拡がった。
「んん」
と魔理沙は顎で指示すると霊夢は恐る恐る口を開く。霊夢の口内、青味掛かった歯を支持する柔らかそうな桃色の歯茎。過剰に泡立った唾液が霊夢の昂ぶりを如実に表していた。
「はーっ……はーっ」
乱れた息が霊夢の口から漏れた。紅潮した顔を少し上げ、薬液を一滴でも逃さないと両手を掬うような格好で顎の下に置いた。にゅうっと突き出た赤い舌先から垂れそうな唾が魔理沙を急かした。反射的に息を飲もうとして、口内の薬を少し飲み込んでしまう。薬を溜めこんでいたことさえ忘れるほどの魅力があった。魔理沙は霊夢の顔を固定するように頬に両手を置く。指先から霊夢の熱い血流を感じた。

「んんう、っちゅ……ず……ちゅううう」
魔理沙の唇に触れた瞬間、霊夢は口を大きく開け覆い被さった。舌先で閉じられている魔理沙の唇をこじ開けるようにして激しくまさぐった。流れ込む薬液は、生温くぬめりを帯びていた。
「んふっふっ……っつちゅう、んぐ、んんぐっ」
荒い鼻息が魔理沙の顔に当たるが、構うことなく口の中に残っている薬を全て奪おうと口蓋、舌裏、噛み合わせ諸々舐め尽くした。だらしない、粘膜が融け合う水音が室内の空気を侵す。霊夢の目を治す薬なのに、過剰な性的興奮が込み上げてきて私たちは媚薬を舐め合っているのではないかと魔理沙は錯覚した。薬の溶けた液が少なると、魔理沙は喉の奥を引き絞るようにして粘っこい痰の浮いた唾を舌先に乗せた。塩辛いそれを遠慮なく霊夢は吸い、口の中隅々で味を行き渡らせ飲み込んだ。結局、魔理沙の口内の水分は全て霊夢に奪われてしまった。舌の動きは緩んで霊夢は余韻に浸り始めようとしていたが魔理沙はこれ以上待てなかった。そのまま頭を抱いて霊夢を蒲団の上に組みしだいた。頭の中は真っ白にぼやけ、くらくらと目眩がする。名残惜しそうな唇を剥がして、霊夢の襦袢に手を掛け、ばっと強引に胸元を肌蹴させた。

「……ふうっうう……っ。ふうっう……!」
霊夢は指の腹を噛みながら息を荒げた。露出した胸元はうっすらとした汗で湿っており、艶やかに光沢を返していた。短い間隔の息継ぎで小刻みに揺れる膨らみ。その中央にある桜色の乳首は自己主張強く、つん、つん、と張りつめていた。魔理沙はそれに誘われるようにして霊夢の形の良い、洋梨型の乳房に吸い付いた。
「ふうううんんっ!」
濡れた粘膜で敏感な突起を転がされ、霊夢は甘ったるい嬌声を上げた。目の見えない霊夢の触感は猫のように鋭敏だった。合図なしで突然の愛撫を受けた霊夢の感度は想像し難いほど昂ぶっている。魔理沙はびちゃびちゃと多量の唾液をまぶし込めて乳飲み子のように霊夢の乳房を吸った。両手で持ち上げるようにして形を整え、逆の突起を口に入れると
「っつ……!! んっ、んんあああ……!」
と霊夢は身をよじらせて蒲団の端を握り締めた。魔理沙の荒い息遣いと生っぽい唾液の匂いは敏感な体へ直接的に知覚され、下腹部深くから溢れ出る心地良さに変わっていった。

不謹慎だと魔理沙は思うが、盲目の霊夢との性行為は、健常者のそれとは一線を画すほどの名状しがたい魔力があった。魔理沙が霊夢の体に触れるたびにふっと脱力し身悶えするのだ。言うなれば霊夢はどこを触られても感じる淫らな娘──そう思えてしまう。“見えない”から舐められるのも、突かれるのも、心の準備が出来ずに唐突に感じてしまう。目暗の霊夢でしか味わえない感触はとても冒涜的な魅力を秘めていた。健常者とのセックスではもう満足できない程に魔理沙の心身は焦がされている。霊夢の肩にこうやって
「んん……痛っ……!」
歯を立てるたびに全身を震わえ、真っ白な無毛の恥丘に息を添わすだけで
「……っ! いや……見ないでぇ……」
と霊夢は粘っこい官能的な声で鳴くのだ。うっすらと涙が浮いた、見えない霊夢の瞳を覗き込む。ほんの一瞬目が合った。この真っ暗闇の瞳からは私はもう戻れまいと魔理沙は悟った。魔理沙は触れ合う体を放した。わざと押し黙って息を殺し霊夢を見詰めていると
「……魔理沙?……どこに、いるの」
不安そうに眉を八の字に曲げ、
「……嫌……魔理沙……どこ? 意地悪……しないで」
と虚空を手で探り、魔理沙の体を必死に探そうとする。ぎょろぎょろと動く瞳が嗜虐心をくすぐった。たまらず指を絡め合うと
「んん……」
と安堵をにじませた笑顔を見せた。この微笑みは魔理沙だけしか知らない。

「来て……魔理沙」
繋ぎ合った手を引き寄せながら霊夢は短く言った。死んだ視界の中、霊夢は魔理沙の体温を強く求めた。魔理沙は双頭の張型の一端を自らの秘所にくわえ込ませた。魔理沙の秘所は宴会の時からずっと湿り気を帯びていて、感度も凄まじいものがあり挿入しただけで魔理沙は軽く絶頂しそうになった。深く息を吐きながら、霊夢の秘所を指で確認する。
「……いっ、んうううう!!」
軽く撫でようとしただけなのに、過度に濡れた霊夢の秘所は魔理沙の人差し指と中指を簡単にくわえ込んだ。溶けるほどの熱さを感じながらこつこつと指先で粘膜を叩くと霊夢は身をよじりながら腰を浮き上がらせた。魔理沙が指先を抜くと、呼応して霊夢の腰もすとん、と落ちた。垂れた愛液が蒲団に染みを作る。魔理沙は桃色の割れ目に張型をあてがうと、
「行くぞ」
と、一気に奥まで挿入した。

「んあああ! っいくぅううう!!」
一突きもしないうちに、悶々と顔を歪ませ霊夢は早々と絶頂の嬌声を上げた。がくがくとした痙攣が魔理沙の秘所にも伝わって来て、波のような快感が圧してきた。歯を食い縛りながら耐えたが我慢できずに魔理沙は動き始めた。
「んあっ! まり、さぁ!! まだっ動いちゃ……」
「っつくぅ……霊夢、霊夢……!」
ぐちゃ、ずちゅっと魔理沙が霊夢を突くごとに淫靡な粘着音が響いた。付随する激しい喘ぎと呼吸音が寝室内に充満する。霊夢は自分の体を抱くようにして湧きあがる余韻に体を預けた。柔らかいゴム製の張型越しだが、魔理沙にとっては霊夢の体とつながりを感じることができる喜々たるものだった。


「魔理沙ぁ……」
余裕を取り戻した霊夢はつぶやいた。
「……もう独りにしないで」
「わかってる。ずっと私が霊夢を繋いでおくから、生まれ変わってもお前の手は放さない」
指を重ね合って魔理沙は誓うように口づけした。
「いるの? そこに……魔理沙……」
魔理沙の頬をさすりながら、確かめるようにして霊夢は視線を向けた。古い映写機のフィルムみたいな、ぼやけた想像でしか描けない魔理沙の顔を浮かべる。
「ああ、私はここにいる──そう、お前の目の真っ先にいるんだ」
霊夢の顔を手で触って動かし、外れた視線と自分の視線を合わせた。

──私の姿が見えなくても構わない。私が導いてあげれば良い。そうすれば霊夢は私をずっと見詰めることができるのだから。

魔理沙のしなやかな髪、長いまつ毛、柔らかい唇や瞼越しに伝わる目玉の感触を手で感じ取る。視界に浮かぶ魔理沙の笑顔は、どんな輝星よりも明るく鮮明に霊夢の無明を照らし出した。霊夢と魔理沙の中に再び昂ぶりが起き始めた。

「霊夢……私はもう……!」
魔理沙の下半身の本流は限界に近付いていた。張型には泡立った二人の愛液が纏わり付き淫らな照り返しを放つ。
「んんっ来て、魔理沙……私もすぐに……」
霊夢の腰を押さえつけ、がんがんと打ち付けて快感を貪った。自分でも信じられないくらいの甲高い嬌声が漏れた。霊夢から自分を呼ぶ悩ましい声も心地良さに拍車を掛けた。小刻みに震えながら腰を浮かせた霊夢。先に絶頂したようだが彼女に構う事も忘れ、ひたすら霊夢を犯し続けた。
「うっうぁ……! あああ……んんんっ!」
込み上げる本流が下半身を掛けていった。魔理沙は体を反らし硬直した後、がくがくっと躍るようにして身を震わせた。張型を霊夢から抜くと、恍惚の表情で霊夢は気を失っていた。


湯の張った桶の中で手拭いを絞り、眠りを邪魔しないよう、優しく霊夢の裸を洗い清める。霊夢の張りのある肢体。先ほどの肉体の繋がりを去来すると、再び股間が熱くなり始める。さらに深く直に霊夢とのつながりが欲しい。本心で男性器のインプラントを魔理沙は決意した。永琳の医療技術なら造作なく施術できる。いくら金が掛かってもいい。抵抗はない。


霊夢に誓った献身は、渇望の絶えない、所持欲と愛念が混じり合って

──霊夢をもっと自分のものに

魔理沙の中で姿を変えつつあった。












梅の花が散る境内で霊夢はつぶやく。
「この梅の花が見られないのは少し残念」
「風に吹かれて、いっぱい花びらが散っている、ほらわかるだろ」
花びらを霊夢に握らせ、魔理沙は言った。
「お前が見えないものは全部、私が伝えてやる。」
「魔理沙」
「霊夢。これからはずっと一緒だ」
「……うん」
暖かな小春の日差しを受けながら、霊夢は魔理沙の胸に顔を埋めた。





































──これで魔理沙は私のもの

魔理沙に言い寄ってた奴ら……アリスもパチュリーも誰も私たちの仲に入ることはできない。温かい魔理沙の腕で抱かれながら私は思った。

八方塞がりだった。魔理沙への想いは届きそうになかった。きっと私を幼馴染にしか見てくれない。そう感じてた。魔理沙が他の女と一緒に出掛けるのを見て心が張り裂けそうになった。だから決心したの。

──私がわざと失明したなんて打ち明けたら、魔理沙はどう思うかしら

さとりと永琳に懇願した。異変の事故と見せかけた自作自演に手を貸してもらった。さとりは手懐けている白痴の馬鹿烏に段取りを丁寧に覚えこませた。そして、本来なら失明に至らない傷だった瞳を、永琳は上手に手術してくれた。

見返りは求められた。永琳には死後の献体を。さとりには……ペットとして一日だけ飼育された。一晩中犯されて気が狂いそうだったけど、魔理沙の顔を浮かべて耐えた。





魔理沙と添い遂げたい一心で私は両目を潰したのだ。
魔理沙の顔は本当に二度と見ることが出来ない。心と夢の中で想像する虚像が、私の思い描くことができる全て。でもこれでいい。

「魔理沙、もう一生放さないでね」

暗闇の中、聞こえてくる鼓動の持ち主は、ずっと思い焦がれてきた魔理沙なのだから。
狂い
作品情報
作品集:
24
投稿日時:
2011/03/04 21:07:28
更新日時:
2011/08/20 03:16:11
分類
霊夢
魔理沙
完全失明
めくら
献身
永琳
さとり
1. NutsIn先任曹長 ■2011/03/05 09:34:51
閃光が、理想的状況を脳裏に焼き付けた。
もう、消えない。
もう、戻れない。

暗黒が、理想的状況に我が身を置いた。
もう、帰らない。
もう、戻らない。

もう、帰さない。

魔理沙。

二人きりの、
暖かく、甘く、暗い、
獄で共に朽ち果てましょう。
2. 名無し ■2011/03/05 16:59:47
なんていうか……こう、すごい俺好みなんだよ
なんかこういう実は相手を独占したくて仕組まれたものでしたって感じのssよみたいなあって
ずっと思ってたのが現実になった感じ
すごいよかった
3. 名無し ■2011/03/05 19:57:33
よりにもよって俺の誕生日にこんな俺得な物を……!

いやもう本当にマジでありがとうとしか言えない
4. 名無し ■2011/03/05 21:03:00
ありがとうございましたあああああああぁぁぁ!!
5. 名無し ■2011/03/05 21:04:24
本当は盲目も最初からさほど苦じゃなかったのに、望む結果のためにあえて苦難を
味わったのか? 素晴らしい。
盲目後の霊夢の変質は、あるいは彼女が実はかくありたかったという姿の表れかななんて
邪推もしてみたり。
6. 名無し ■2011/03/05 22:03:25
この狂おしさ、素晴らしい
7. 名無し ■2011/03/06 01:50:18
片方が耳を焼き、もう片方が目を潰すことを互いに合意した恋人たちの話を思い出した。
8. 名無し ■2011/03/06 14:51:32
ごちそうさまでした
9. 名無し ■2011/03/18 02:10:50
面白かった・・・面白かったが
オチで壮絶に萎えた
10. 名無し ■2011/05/05 22:53:33
オチをもっときわだたせる何かが欲しいな、と思いつつ勃起してますw
11. 名無し ■2011/09/24 19:10:47
美しい…
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