人里の外れ。
人里の守護者、知識人、寺子屋の教師、そしてハクタクハーフである、上白沢慧音の庵。
夕餉の時間。
普段は独りきりの静かな食卓が、賑やかになる時がある。
蓬莱人にして、慧音の恋人である、藤原妹紅がやってきた時である。
庵から明かりと笑い声がもれている。
丁度、本日がその時である。
もっこもっこもっこ……、ごくん。
「いや〜、本当に慧音のご飯はおいしいわ〜」
妹紅は、慧音が腕によりをかけた料理を次々に、白米や味噌汁、糠漬けと共に口に詰め込み、
しっかり咀嚼しては胃の腑に落としていく。
「妹紅、料理は逃げないからもっと落ち着いて食べたらどうだ?」
「いやいやいや、落ち着いていられないわよ。
慧音の手料理に勝るご飯は、長い年月の中で食べたこと無いから。
いや、ホント」
「お世辞が上手いな」
「私、世辞は苦手だって、慧音も知っているでしょ?」
ふふっ。
二人して微笑み合う。
穏やかな一時。
「しっかり、スタミナをつけておかないとね。
今夜のお楽しみと……、
明日、輝夜をモッ殺すためにね!!」
「……程々にしてくれよ」
「私が何時だって完全燃焼だって知っているでしょ?
アッチのほうも、殺しのほうも」
恋人とのディナータイムに相応しいとは言い難い、
下世話で殺伐とした話題。
いかにも、恋人との逢瀬と、
仇敵である不死の姫君、蓬莱山輝夜との殺し合いを生きがいとしている、
妹紅らしい会話である。
慧音はもう慣れた。
妹紅が言ったことを決して曲げないことは、長い付き合いで良く知っている。
こんな所も含めて、慧音は妹紅に惚れている訳だが。
「おかわり!!」
「はいはい」
本日何度目かのお代わりを所望する妹紅の空になった茶碗に、
慧音はお櫃のご飯を妖怪の山盛りにしてやる。
「楽しみね〜」
「夜か、明日か?」
「どっちもだけど、今の話題は明日のほうよ。
明日の対戦は八雲と博麗が仕切るそうだから。
弾幕ごっこじゃない、久しぶりの全力の殺しがあの輝夜にできるから、腕が鳴るわね〜!!」
「……ああ、そうだな」
慧音の顔色が優れない。
争い事を好まない慧音はこの手の話題を好まないことを、妹紅は今更ながらに思い出した。
「ごめん、慧音のこと考えないで」
「いや、いいんだ」
慧音はすぐに表情を明るいものに変え、妹紅が差し出した茶碗を受け取った。
これで、六合炊いたご飯が底を突いた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「……ねえ、慧音」
「……何、妹紅」
一つの褥で、生まれたままの姿で抱き合う二人。
情事の後の気だるい雰囲気。
妹紅は、肌を合わせている最中も、その後も黙ったままの慧音に問うた。
「慧音、むっつりスケベ?」
「ぶっ!?」
妹紅を突き飛ばすように飛びのく慧音。
「ギャッ!?」
「ななな、何を言っているんだ!?」
「だ、だって、慧音、ハクタクになったわけでもないのに、
いつもより激しかったのに黙りこくっているから……」
「そ、そうだったか?」
「そうよ。私が堪忍してって言っているのに、あんなにするから……。
ああ、腰が痛いわ」
妹紅は布団の上に胡坐をかき、腰の辺りをさすって見せた。
「だっ、だからって、むっつりスケベは無いだろう!!」
慧音はそば殻が詰まった枕で妹紅をモッコモコにしている。
バシッバシッバシッ。
「きゃっ、痛、痛いから、謝るから、止めて〜!!」
おどけながら頭を庇う妹紅を見て、ようやく手を止める慧音。
「もう……、親しき仲にも礼儀ありだ。以降、不穏当な発言は慎むように」
「は〜い」
妹紅は寺子屋の生徒のように元気いっぱいの返事をした。
続いて妹紅は、慧音の悩みについての心当たりを口にした。
「じゃあ、食費のこと? ごめん、いつも食べ過ぎて。あ、ちょっと待って」
慧音が呼び止める間もなく妹紅は立ち上がり、
脱ぎ捨てた後に慧音が畳んでくれたモンペのポケットをあさった。
「ごめん、今持ち合わせが無いから……」
と言って、おずおずと差し出したのは、五円であった。
幻想郷でも現代日本と同等の価値しかない、穴の開いた五円玉であった。
妹紅は別に冗談をしたわけではない。今現在、本当に素寒貧だったのだ。
慧音はそれを受け取り、たんすの上にあった裁縫箱から何か取り出してごそごそした後、
「食費のことではないから。これは返そう」
妹紅の推測が外れたことを告げ、穴にリボンを着けた五円玉を妹紅に渡した。
「良いご縁がありますように……」
「ありがとう、慧音、一生大事にするわ……」
妹紅は外見年齢相応の愛らしい笑みを浮かべ、お守りとしての付加価値が付いた五円玉を押し頂くと、
「じゃあ……、私と……、輝夜の……、殺し合いの、事……?」
一転して、しおらしくなって慧音に訪ねた。
「……ああ」
慧音が夕食の頃から若干暗い雰囲気を纏わせている原因は、それである。
スペルカード・ルールのおかげで、幻想郷では争い事で命を落とす可能性は、著しく低くなった。
だが、それはあくまで『公式な争い』の場合である。
妹紅と輝夜のそれは、
文字通りの、
殺し合いである。
二人の主な死合場所は、
輝夜を当主とする永遠亭の勢力下であり、
妹紅にとっても地の利がある、
迷いの竹林である。
ここなら誰にでも迷惑はかけないと思ったのだろう。
それでも力を抑えてはいたが。
二人は全力を出せないながらも、殺しを楽しんだ。
永い時を生きた、いいや、死ねない二人にとって、
仇敵に対する憎悪も、
非力だった小娘が力をつけていく過程も、
命のやり取りごっこをより楽しむための一要素と成り果てていた。
このお遊びが、命が尽きない輝夜と妹紅、そして同じ蓬莱人である月の薬師、八意永琳だけで済めば問題無かった。
だが、幻想郷中に看過できない人的被害を出しているとなると、話は違ってくる。
蓬莱人達が戯れで命を奪い合うことで、人妖の命も失われた。
幻想郷の守護者である八雲紫と博麗霊夢は、蓬莱人三名に対して、幻想郷での殺し合いを禁じることを命じた。
代わりに、存分にその能力を行使して殺しあえる場を提供することにした。
紫が幻想郷から遠く離れた場所を見つけ、霊夢が広域に結界を張り、死合会場が完成した。
明日は、その場所を使用しての、初めての殺し合いである。
ついでに言えば、最後の殺し合いでもある。
妹紅は慧音との交わりで興奮を沈静化させたおかげで、安らかな眠りについていた。
慧音は妹紅のことを案じていたが、体力を大いに消費したおかげで、
安らかかどうかは分からないが、すぐに寝付くことができた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「はぁ〜、なんっにも、無いわね〜」
「命のやり取りをする場には、花鳥風月は無用という訳ね」
妹紅と輝夜の感想通り、蓬莱人用の死合会場には、
青い空と乾いた平らな大地以外、
何も無かった。
今、ここにいるのは、
妹紅、輝夜、永琳、慧音、紫、霊夢のみである。
そして、今、ここにあるのは、
二メートル程の高さの灯篭のようなオブジェのみである。
このオブジェは、セラミックと強化ガラスでできた無人の撮影装置である。
その頑丈さたるや、地獄の業火でも天上からの砲撃にも耐えられる。
この撮影装置は、遠く離れた場所にライブで映像を信号化して送信するためのものである。
「それでは皆さん、最期に何か言い遺すことはございますか?」
紫がその場の全員に言った。
「ウドンゲには――弟子には、私の名代として永遠亭を任せてあるわ。
押しの弱いところはてゐが手助けしてくれるでしょう。
なんだかんだで私達以外では最年長だから」
弟子の鈴仙・優曇華院・イナバには、永琳を月の賢者と言わしめる膨大な知識の一端を伝授してある。
資料も可能な限り残したから、後は独力で何とかするだろう。
永琳には、後顧の憂いは無かった。
「私には無いわね。
ほんっとうに、私の人生には、何も残ってないわ」
輝夜には遺言など無かった。
死ねない人生を送るうちに、遺すべき物を食い潰してしまったのだ。
輝夜は、須臾の快楽を求め続ける永遠に飽き飽きしていた。
「あんた達がいなくなると、宴会の余興でやっている賭け試合ができなくなって困るわね」
これは霊夢というより、博麗神社で行なわれる宴会の出席者の言である。
輝夜と妹紅が顔を合わせる度に行なわれる、取っ組み合いの喧嘩や飲み比べは、賭けの対象として好評を博している。
霊夢はその持ち前の勘で、悉く勝ち負けを言い当ててしまうので、賭け事には参加させてもらえないのである。
だが霊夢は、種族を問わず、皆が賑やかに宴を楽しむのを見るのが、何よりも好きだった。
「幻想郷は全てを受け入れますが、それはとても残酷なことですわ。
そして幻想郷から受け入れた仲間が去ることは、それはそれは悲しいことですわ」
幻想郷に受け入れられることは、即ち、外の世界から忘れ去られた――存在を抹消されたということである。
そして幻想郷から去ることは、即ち、再び『消滅』することを意味する。
幻想郷の管理人、八雲紫は、幻想郷の全てを愛している。
だから、その愛しき住人が去ることに対する悲しみも一入(ひとしお)である。
「妹紅……」
「慧音……、輝夜に対する怨嗟でその身を焦がし続けた年月に終止符を打ってくれて、本当にありがとう」
妹紅は、
慧音に、
感謝の念を遺した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
妹紅は、不死のおかげで人々から忌むべき存在とされ、
石を投げられたり、
玩具とされたり、
尽きない食材として扱われたり……、
まあ所謂、不幸な一生を、通常の数百倍、送ってきた。
慧音は、妖怪と人間との間に生まれた忌み子であった。
人々から迫害を受けたが、両親から知識と愛情を惜しみなく注ぎ込まれ、捻じ曲がることなく成長した。
母を亡くして数百年後、相変わらず人と妖怪の間の争いは無くなる事は無かった。
慧音は父の元を離れ、様々な勢力の知恵袋として、極力争いを防ぐように尽力した。
やがて外の世界から妖怪が姿を消し、幻想入りした。
慧音も幻想郷に移り住み、パワーバランス的に不利な人間側についた。
有力者に知恵を貸したり、
歴史の抹消、創造をたまに行なったり、
自警団の相談役を――妖怪の身体能力を生かして切り込み隊長のようなことも偶に――引き受けたり、
寺子屋の教師として教鞭を振るったり、悪餓鬼に頭突きを見舞ったり……、
まあ、外界の頃より比較的穏やかな日常を送ってきた。
幻想入りしたばかりの妹紅は、殺意の塊であった。
妹紅の目に入る者は二種類に分類される。
敵か、邪魔者か。
腹が減ったと飯屋で無銭飲食を行い、自警団に捕らえられた妹紅の更生に慧音は取り組んだ。
慧音は、妹紅に更生の余地有りと、慧眼で見抜いていた。
妹紅が真の極悪人であれば、里の人々や自警団員を瞬時に消し炭にしている筈である。
慧音の見立ては間違っていなかった。
慧音は妹紅に、自分の両親が自分にしてくれたように、
知識と愛情と頭突きをふんだんに与えた。
その結果、妹紅は穏やかな性格となり、立ち直らせてくれた慧音に感謝した。
感謝の念は何時しか恋愛感情となり、さらに年月が過ぎ、双方の愛は結実した。
しかし、迷いの竹林に住み着いていた謎の勢力がまさか、妹紅の仇敵を首魁とする一団だったとは……。
それでも、妹紅は自制した。
自制して、同じ不死の存在である輝夜との殺し合いは、『極力』迷いの竹林で行なうようにした。
妹紅の自制をさらに強固にした者は、幻想郷の守護者であった。
夜の明けない、歪な月が浮かぶ異変の時、慧音が歴史を『食べる』ことで隠蔽した人里を、いとも簡単に見つけ出した、
紅白の巫女と、紫衣の賢者。
その時の彼女達は、『真の月』を隠した者達――輝夜と永琳――の討伐に向かう途中であった。
だが、その『異変』解決後の満月のある日、その二人が、今度は妹紅の元に向かおうとした。
妹紅は退治されるべき妖怪ではない!!
人間だ!!
慧音は満月の元、ハクタクの力を解放して、『人間』である妹紅の元に行かせまいと立ち向かった。
幻想郷の最強者である人間と妖怪のペアに挑むことが無謀なことぐらい、
満身創痍で大地に横たわる前から、慧音には分かっていた。
弾幕ごっこでなければ、死んでいた。
結局、真相は、肝試しにかこつけた輝夜の『余興』であったと、
輝夜や永琳以外に、初めて何度も『殺された』妹紅から慧音は聞かされた。
それ以降、妹紅と永遠亭の面々は、『公衆の面前』では揉め事を起こさなくなった。
永遠亭はその優れた医療技術を用いた診療所を開設して、今や永遠亭といえば幻想郷最大の医療機関を意味するようになった。
妹紅は、迷いの竹林奥にある永遠亭への道案内兼護衛として、それなりに有名になっていった。
永遠亭の連中も、会ってみれば気の良い者ばかりであった。
妖怪兎の頭は、偶に人里で人々から賽銭を巻き上げたり、竹林に設置した罠にはめて遊んだりしているが、
冗談で済むような内容であった。
永琳の弟子だという玉兎の少女は、人見知りが激しい性格でありながら薬の販売や置き薬の補充で人々と接していた。
巷の評判は、訳の分からないことを言う変な兎妖怪といったものだが……。
色々あったが、妹紅と輝夜の殺し合いも、幻想郷の日常として受け入れられた。
これからも、医療の面で人々を助けたり、仲良く殺し合いをしながら、妹紅達蓬莱人は幻想郷の一部となるのであろう。
そう、
思っていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
最初にそのことに気づいたのは、紫の式であり側近でもある八雲藍であった。
八雲邸にある、藍の自室兼書斎。
藍は日常の雑事として、外界の式――要するにパーソナル・コンピュータ――を使用して、
幻想郷の人口――妖怪や妖精も入ってる――の統計を取っていた。
人口が少ないようであれば、他の世界から移住者を募ったり、紫直々に『神隠し』にしたりする。
人口が多いようであれば、住居や田畑、農場、上下水道等のインフラを整備したり、『間引き』を行なったりする。
藍は種族毎の人口を求め、次に総人口を求めた。
ん?
藍は総人口の推移に違和感を覚えた。
表計算ソフトを使用して、年毎の総人口を散布図に描画した。
さらに、その上に近似曲線を重ねた。
出来上がったグラフのY軸――人口(人)――の上限値と下限値の範囲を狭めて、
藍は、幻想郷の人口が徐々に減っていることに気付いた。
藍は人口データをさらに検索した。
先程は年毎の物だったので、次は月毎のデータを調べてみた。
生まれた者と死んだ者の比率を調べた。
死者の割合が、ほんの少し、大きい。
死亡原因はどうか。
人間であれば人食い妖怪に食われた。
妖怪であれば紅白巫女や類似巫女に退治された。
妖精であれば上記巫女や黒白魔法使いの道中に出くわしたことによる『事故』。
以上が、種族毎の死因の最も多いものである。
だが、最もポピュラーではない死因、『不明』。
それを差し引いた死者数と誕生者数は、ほぼ同数となった。
ちゃんと、輪廻転生は行なわれているようだ。
死因『不明』についての詳細データを一件ずつ見てみる。
その殆どが、『突然死』であった。
永遠亭や人里の診療所が発行した診断書がPDFファイルとして添付されていたので読んでみたが、
大量の余白を残してそっけなく、突発的な急死としか書かれていなかった。
殆どといったが、それ以外の僅かな者達は、行方不明による死亡扱いであった。
ひょっとしたら、人目につかないところで『突然死』をしたのではないか。
藍は、知らず知らずのうちに、身体と九本の尻尾を震わせていた。
藍は最近一年分の『突然死』した者をリストアップして、
是非曲直庁の幻想郷担当閻魔、白玉楼、地霊殿宛てに、
リストにある者達の魂の所在確認のメールを送った。
幻想郷では、各有力勢力の指導者の元に、紫によって外界のパソコンが支給されており、
さらに河童脅威のテクノロジーによるネットワーク回線が引かれている。
当然、これはトップシークレットである。
閑話休題。
最初に回答を送ったのは、閻魔の四季映姫であった。
『該当者無し』。
白黒はっきりつける彼女らしい、簡潔で分かりやすい文面であった。
次に、地霊殿から返事が届いた。
火車の火焔猫燐が書き留めている『乗客名簿』にも、
地霊殿当主である古明地さとり自身がまとめた『地霊名簿』にも、
該当者は無いとのことであった。
かなり遅くなってから、白玉楼からメールが届いた。
冒頭に、庭師が切り捨てた霊魂を調べるのに時間がかかった為に、
返答が遅れた事の謝罪が記されていた。
で、肝心の該当者であるが、やはり無いとのことであった。
一体、彼等の魂はどこへ行ったのだ?
藍が集めた幻想郷内の人口の推移に関する資料には、この疑問の答えは無いようだ。
ならば、それ以外の資料を当たることにしよう。
最初に、幻想郷の重要要素である結界の状態のログを調べてみた。
……結界が強まった時も弱まった時も、『突然死』発生時間とは無関係のようだ。
『異変』との因果関係も無かった。
むしろ、その時期は『突然死』が少ないようにも見受けられた。
もう一度、人口の推移と『突然死』の変化を見てみた。
幻想郷は、これだけで完結された、箱庭のセカイである。
些細な異常でも、やがては幻想郷の破滅に結びつきかねない。
速急に原因を見つけ出し、対処しないと……。
『突然死』は、ある時期より発生しているようだ。
その時期に幻想郷入りした者或いは物を調べてみたが、
殺人鬼や未知の兵器が入ってきた記録は無かった。
藍は人里にやってきた。
あらゆることを覚えている幻想郷縁起の編纂者、稗田阿求を訪ねるためである。
藍の主の紫とは生前からの付き合いである阿求は、快く藍を迎え入れた。
藍は早速、『突然死』者のことについて心当たりはあるか、阿求に訪ねた。
阿求本人には心当たり無いそうだが、蔵書を当たってくれるとのことである。
藍もそれを手伝い、膨大な資料を読み漁った。
とりあえずノートPCに入れて持ってきたものはここ最近の資料のみであったが、
その期間だけでも大きな本棚複数に渡る紙資料が出てきた。
大部分は紙屑と言っても良い、ゴシップ紙のバックナンバーであったのでそれらは無視しようとした。
『本日の勝敗結果』
なにやら賭け事の記事が目に付いた。
何故目に付いたかというと、
試合回数が、その日の『突然死』者数と一致したからだ。
藍は慌ててその紙面を確認した。
『月より舞い降りた姫 蓬莱山輝夜 VS 竹林の復讐鬼 藤原妹紅』
隠し撮りしたらしい凛とたたずむ輝夜と彼女を睨みつける妹紅の写真が掲載されている。
次のページには敗者のグロ画像が掲載されている。一ページ目よりも写真が鮮明で数が多い。
どうも、この新聞はグロと博打を売り物としているようだ。
気は進まないが、この新聞のバックナンバーを漁る事にした。
阿求には、場所だけ聞いて退出願った。年端も行かない少女にこの紙面は刺激が強すぎる。
あるだけかき集めたグロ新聞の束を借り受け、藍は八雲邸に帰宅した。
今までの人口推移のデータと新聞束を持ち、紫の書斎に入室した。
紫もこの件の重要性を認識して、しかるべき筋に問い合わせると言い、藍は本日の業務を上がってよいと言われた。
ここからは紫自らが動かないといけなくなった。
数日後、紫と藍は博麗神社を訪れた。
素敵な賽銭箱にいくらか投じると、すぐに霊夢が出迎えた。
賽銭箱に入れたのは紙幣なのに、どうして分かったのだろうか。
霊夢の案内で居住部の居間に通された。
先客は既に来ていた。
永遠亭の実質的トップの八意永琳。
人里の守護者、上白沢慧音。
霊夢は紫と藍に、先客と同じように極上の玉露を振舞い、自分も席に着いた。
紫は、『突然死』者についての説明を行い、調査結果から導き出された結論を告げた。
蓬莱人の殺し合いで、幻想郷が滅びる。
永琳は目を閉じ、黙っていた。
慧音は唖然としていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
蓬莱人の不死の秘密。
ズバリ、他者の命で補填しているのである。
蓬莱の薬のレシピは、永琳オリジナルのものではない。
古より月の指導者により、厳重に保管されていた物である。
蓬莱の薬の本来の用途は、宇宙船の乗員の生命維持である。
気の遠くなる程の長期間、乗員を生き永らえさせる為に、
まだ月人が月に移住する前、現在の月を遥かに上回る技術を持っていた頃に、
それは開発された。
蓬莱の薬は、服用者死亡時に薬の成分――外界の用語では『ナノマシン』と呼ばれている――が、
錬丹術的技法によって空間に存在する元素から、
服用者の肉体を安全圏――『脅威』が存在せず、人間が生存可能な空間――に再構成する。
肉体の復元終了後、『薬』が常時バックアップを取っている記憶を再生された脳に書き込むことで、
服用者の『復活』は完了する。
動物実験、人体実験を経て、蓬莱の薬を服用した百人の乗組員を乗せた宇宙船は、
新たなる大地を発見するために、月面基地から宇宙の深遠に向け航海を開始した。
百年後、何ら成果を得ることなく、宇宙船は帰還した。
いや、成果はあった。
乗組員が全員死亡していたのであった。
九十九人の死因は、『突然死』であった。
最近まで生きていたと思われる最後の一人は、『老衰死』であった。
不老不死の妙薬を服用したものが、何故死に絶えたのか?
肉体的欠損の場合、『薬』が正常に機能して、肉体を服用時の状態に復元した。
では、一体何が問題なのか?
さらに月日は流れ、大陸のある場所で発掘された古代仙術に関する資料の復元に成功したことで、
その疑問は明らかになった。
超科学を以ってしてもその原理が判明しない、生命体の最重要構成要素、
『魂』。
魂は循環するものである。
生命体誕生時に魂は宿り、死亡時に失われる。
失われた魂は、一定期間後、新たな生命体に宿ることになる。
まれに転生の輪から外れたり、宿るべき肉体が直前に消滅した場合に、
『悪霊』や『水子』になってしまう場合もあるが、
概ねこういうものである。
様々な術法によって、肉体は限界まで維持することは可能であるが、
肉体が限界を迎えた時、魂は失われる。
ならば、魂が入っていたものと同じ肉体を用意すればどうか。
魂は、新たな肉体に、宿らなかった。
そこから、蓬莱の薬の致命的欠陥が明らかになった。
服用者死亡時に『薬』は、服用者の魂を、食らったのだ。
魂を食らった『薬』は安全圏に瞬間移動、服用者を復元、だが魂が無いために、このままでは抜け殻同然である。
そこで『薬』は他者の魂を捕獲、食った魂のデータを上書きして、復元した肉体に宿らせた。
本来ならば、服用者の魂を捕獲して、復元した肉体に宿らせる筈であった。
だが、魂が死んだ肉体から抜ける際、『薬』がその魂を『異物』と判断してしまい、
その結果、白血球の補助機能である『異物を食らう機能』が起動してしまったのだった。
そして、肉体復元後に魂捕獲機能が発動、誤動作、他者の魂を奪うこととなったのだった。
服用者死亡後、捕獲するべき他者の魂が無い場合はどうなるのか?
そのような事態は考慮されていないので、『薬』はエラー終了し、機能を停止する。
何故考慮しなかったかというと、
『薬』が肉体を復活させたり魂捕獲対象者を検索するための行動半径が、
数百光年であったからである。
他者の魂を食らってでも、永遠に生き続けたいと思う輩が出かねない。
当時の指導者の命で、蓬莱の薬及びそのレシピは処分された。
――筈であった。
レシピの控えが、雑多な書類にまぎれ、指導者の手元に残っていたのだ。
これが日の目を見た時は、当時の人々は月に移住して、危険な技術は捨て去られていた。
当然、蓬莱の薬を作成するための機材など残っていない。
月の技術では、『薬』の材料の調達及び、
要素の一つに式を書き込むこと――プログラミングすること――は、可能であるが、
『薬』として機能するには、数億の要素に、同時に書き込む必要がある。
同時でないと、式が書き込まれた要素が自壊するようになっている。
そんな事、時間を止めることができる優れた頭脳の持ち主がいない限り、不可能である。
だが、永遠と須臾を操る蓬莱山輝夜と、
月の頭脳の異名を持つ八意永琳が、
出会ってしまった。
蓬莱の薬が完成してしまった。
外界から閉鎖された幻想郷で、
蓬莱の薬の服用者が、三人も揃ってしまった。
幻想郷の、緩やかな崩壊が、始まってしまった。
しかし、蓬莱の薬の恐ろしさを身をもって知っている三人は、
幻想郷の危機を救い、
積年の願望を叶える手段を思いついた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
八雲紫は、星々の海の中から、数百光年の範囲に生命体がいない惑星を何とか発見した。
命溢れる宇宙から、そんな条件を満たす場所を見つけるのは骨が折れた。
偶然出会った顔見知りの宇宙人と世間話をしたことが、唯一の気分転換になった。
霊夢は、蓬莱人最期の晴れ舞台である死合会場を設けるための結界を張る修行を始めた。
常識外れの蓬莱人が全力を出しても壊れない結界である。
頑張る、などと曖昧な言葉の意味する行動を取るなんて、霊夢自身も信じられなかった。
かくして、幻想郷から離れること数千光年。
紫の境界を操る能力で移動できる範囲ギリギリの場所に、
霊夢の結界で地上と同じ空気と重力を得た、
蓬莱人用の死合会場が完成した。
蓬莱人を残して、慧音達が帰る刻限となった。
これ以上は、幻想郷に繋がったスキマを維持できない。
「あ!! 慧音!! ちょっと待って!!」
妹紅は慧音たちを呼び止めると、モンペのポケットを弄り始めた。
「ああん!! ちょっと、輝夜!! お金頂戴!!」
「はぁ? 私がそのような下賎な物を持っていると思ってるのかしら?」
「お前も素寒貧なのね……」
「誰が素寒貧よ!! 永琳!! そこの乞食に恵んでおやりなさい!!」
「そう言われても、札入れは置いてきましたし……」
今度は永琳が紺赤ツートンの衣服を弄りだした。
ちゃら……。
永遠亭内の患者と従業員向けの売店で、
タバコや菓子を買い求めた時のつり銭がポケットに入っていた。
「いくら欲しいの?」
「五円!!」
「!! モコ……」
永琳はポケットの中からつかみ出した硬貨の中からご所望の物を見つけ出し、
妹紅に渡した。
「ご縁がありますように……」
「ありがとう、一生、大事にするからな……」
慧音は、
妹紅から受け取った硬貨を握り締めた拳で、
妹紅の胸を軽く小突いた。
「妹紅、存分にやれ!!」
「ええ、輝夜の奴をモッコモッコのモコにしてやるんだから!!」
「残念ね!! モッコスになるのは貴方よ、妹紅!!」
「……姫様、微妙に間違っています……」
「じゃあね、折角夢が叶うんだから、楽しみなさい」
「それでは、呪われた、素晴らしき幻想郷の仲間達、御機嫌よう」
慧音達は、終焉を迎える永久を生きた者達に祝福を与え、
幻想郷に帰っていった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
幻想郷に帰った慧音は、
涙を拭った拳に、
妹紅の形見を握り締めていた事を思い出した。
慧音は半ば強張った拳をもう片方の手の力を借りて、何とか開いた。
手の中の『昭和二十三年』と刻印された五円玉には、
穴が無く、
代わりに、
鳥がいた。
「ごエンが無いじゃないか……」
慧音は、硬貨の中の鳥に、
涙のしずくを降らせながら、文句を言った。
『これ、映ってんのかしら?』
『永琳、調べて頂戴』
『そこの緑色のランプが点いてますから、動いているようですよ』
『やっほ〜、慧音、見てる〜?』
『ここから映像を載せた電波が届くまで数千年かかるから、妖怪の血を引く彼女ならあるいは……』
『なら、貴方のヨボヨボになった恋人が見ていないことを祈ってあげる。
貴方がモッコリくたばる様を見て、ショック死しかねないから』
『なにを〜!! 慧音!! 今からニート姫のバーベキューをモッコシと焼くから、これ見て長生きしてね〜』
『……この場合でも、ショック死すると思いますけれど』
笑う輝夜。
逆上する妹紅。
あきれる永琳。
輝夜は、妹紅から遠く離れた場所に移動した。
永琳は、輝夜と妹紅の間に移動した。
妹紅は、撮影装置の前から動かない。
何が合図になったかは、撮影装置からは見えない。
妹紅は炎に包まれた!!
妹紅は不死鳥となった!!
妹紅は輝夜目掛けて飛翔した!!
妹紅は景気づけに叫びながら、突撃した!!
『慧音ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!
永遠にいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!
愛しているわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』
蓬莱の薬の効果は凄いんですが、副作用が恐ろしいことになっておりますね。
蓬莱人が死なない代わりに、他の人間が死んでしまうことで生命の調律が取れているなんて恐ろしいことですよ。
彼女たちが殺し合いをすることで他の人間の命を奪うことになるのですから。
切なくもあり心温まるお話御馳走様でした。
死を望みながらも決して悲観的にならない蓬莱人達の姿に感動しました。
最後の妹紅の姿には特に感動!! 描写はあまりなかったけど、輝夜や永琳の
あくまでいつもどおりな態度も素敵です。