Village trees bear strange fruit (村の木には奇妙な果実がなる)
「にゃっはは〜、ここまでおいで〜」
「や〜ん。まってよぉー」
「待ったら鬼ごっこにならないじゃんかぁー。それそれー」
地底へと続く洞窟。その少し開けたところ。鍾乳洞のように天井から垂れ下がる岩々。
実際の鍾乳石とは構造も材質も成立の過程も違う。
鍾乳石よりは強いとはいえ、大きな力が加われば落ちかねないそれらではある。だが黒谷ヤマメは糸を伸ばしては次から次へと出っ張った岩に絡ませ、あるいは貼り付けてターザンのように素早く飛び回る。キスメはキスメで釣瓶のロープをやはり同様に岩の間に引っ掛けて体を運ぶ。二人ともどの岩が頑丈でどの岩がそうでないかを知っていた。
「ひゃっほーーい。性技の味方、スパイダーマッ」
「うえぇ〜ん。………ひょいっと」
ひゅんひゅんと縦横無尽に移動するヤマメに対し、キスメの方はある程度ロープを掛ける場所を選ぶため遅れざるを得ない。どちらが鬼となった鬼ごっこでも、この差はとても大きかった。
この遊びのときは二人とも飛行を禁止している。糸を出すのもロープを自在に操るのも十分に不思議能力には違いないが、それはそれとして許可することにより、地べたを走り回るのとはまた違う三次元鬼ごっこの楽しみが出来た。
「ばぁっ! つかまえたよっ」
「うわわわっ!!?」
キスメは移動の速さはヤマメに負けるが、小さな体を桶に仕舞えばその大きさと色も相まって洞窟の隙間に隠れるのに事欠かない。
ヤマメが鬼なら中々な難易度の隠れ鬼ごっこと化し、キスメが鬼ならヤマメが通りそうな場所に潜んでいればいいのだ。わかっててもヤマメはひゅんひゅん風を切るのが楽しくて飛び回るし、飛び出して驚かせるのが能力のキスメがそれを捕まえるのも慣れたものだった。
「わはは〜。今度は私が鬼だかんねー」
「わーい♪」
もっとも、実際に鬼達がわんさといる地底で。しかもヤマメもキスメも彼ら彼女らのことはさして嫌っても怖がってもいない、それどころかお酒やおつまみを奢ってくれたりするくらい可愛がってくれる鬼のお友達も多い中で。鬼ごっこなるものの意味は人間のそれと異なるのかもしれないが。
「じゅーう、きゅーう、はーち、なーな、ろーく、ごーぉ、よーん、さーん、にーぃ、いーち、れい!」
Blood on the leaves and blood at the root (葉には血が、根にも血を滴たらせ)
「ふぃーっ、つかれたーっ!」
「(こっくり、こっくり)」
「だいじょーぶ、キスメ? まさか眠っちゃってるとは思わないんだもん。いつもはちらちら頭を出して周りを見たりしてるから、そんときにこっちも見つけられるのに。キスメが完全に隠れて、桶だけを見つけるのがこんなに大変だとは思わなかったよ〜」
遊び疲れてうつらうつらと眠りの世界と友達のヤマメの言葉との間を行ったり来たりした。
「んー。ごめんねヤマメちゃん」
「わっはは。私もお腹が空いてちょーど良かったから、帰って適当に食べてお昼寝しよっか」
「朝のご飯の残りがあるよ。ヤマメちゃん火起こしてね。お醤油と卵で焼き飯を作ってあげるから」
二人で住んでる家への道のり、ヤマメはキスメの桶の取っ手を持った。
「疲れてるでしょ? 連れてってあげる」
「うん」
「キスメが眠っちゃったらお昼ご飯作れないでしょ? 眠らないように連れてってあげる」
「うん?」
ヤマメは桶の取っ手を持ったまま腕をぐるんぐるんと振り回した。
「それそれーぃ♪」
「キャーーーーーーー!?!?!?」
White bodies swinging in the village breeze (村の風に揺らいでいる白い死体)
「ふにゃぁ〜。まだくらくらするよぉ」
「大丈夫? メンゴメンゴゆるしてちょんまげ」
「ぷくーっ」
なははと笑って誤魔化す。片や目を回していて怒るどころではなかったキスメもこれには小さく白い頬を赤く大きく膨らませて抗議した。
「ご飯食べたくなくなったから作んないもん!」
「うぇえ〜? だめだよ、ごめんだよ、ゆるしてよー」
「ぷんぷん」
遊びの鬼ごっこは終わり、疲れと眠気が吹き飛んでしまったキスメは桶ごと飛行する。
「おいてかないでー」
「………ぷんぷん!」
Strange fruit hanging from the wisteria. (藤の木に吊るされている奇妙な果実)
「ふぃ〜っ、ご馳走さまぁ。やっぱりキスメの手料理は美味しいなぁ、ちっちゃいのにえらいねぇー」
「ちっちゃいは余計、ってやめてよぉーー」
小さな卓袱台に向かい合わせに座って食事を食べ、お腹をさすりながら片づけをしてくれているキスメを待つ。終わって帰ってきたところで先にキスメの席について待った。戻ってきたキスメを引っ張り込んで脚の上に抱きかかえ、頭の上にあごを乗せてグリグリした。
「どうしてちっちゃいキスメたんはこんなに家事が得意なの?」
「ん〜? なんでだろ? 昔ずっとやってたからかな。こうやって誰かのお世話をしてたのかも。何でも出来るのはきっとその相手がヤマメちゃんみたいに何もしなかったか、出来なかったんだよ」
「お台所で空き箱の上に乗って高さを合わせて一生懸命お料理するキスメたん萌え萌え〜」
「うわぁー、ヤマメちゃんくそウザイ。私ほどの良妻の亭主気取りたかったらもっと稼いでうちに銭入れろー」
「…………イエス,マム」
キスメはくたくたに疲れた体を休めるために一人布団で横になった。
ヤマメはそれを眺めながらしゅるしゅると糸を吐き出し、リールを腕で転がして巻き取っていった。鋼鉄の数倍の引っ張り強度を持ち、ナイロンやケブラーのポリアミド類より伸縮性に富むらしい蜘蛛の糸。妖怪土蜘蛛が数十キロの人間を捕らえる為のそれとなれば、カーボンナノチューブに匹敵するかもしれない頑丈さ……のはずだ。
「よっと、こんなもんかな。最近は釣り糸だとかの小口の買取じゃなくて大量に買いたがる人たちも増えたからなぁ。キスメが言うみたいに稼ごうと思えば幾らでも稼げるんだけど………」
売り物のリールを袋に詰めて出かける前にもう一度だけ布団を見た。小さな布団の小さな胸の辺りがゆっくりと、小さく上下している。
「遊ぶ金欲しさにやってるんだから、遊ぶ金だけあればいいよねぇ?」
いってきますと小声で囁いて家を出た。
「ちなみにこれ、たんぱく質なんで結構消耗する。男の子もそうでしょ?」
Pastoral scene of the gallant village (美しい村の田園に)
「そーー、タダイマァ」
ゆっくりと静かに戸を開け、小さな声で帰宅を告げる。
「おかえり、ヤマメちゃん」
「なぁんだ起きてたのかぁ、おはようキスメ」
少し前までヤマメは糸を普通に露天で売ったり代行販売を頼んだりしていた。ヤマメが口から糸を出して売っている限り、それは旧地獄では普通のものだった。買って使った者達に丈夫さが評判ではあったけれども、それ以上のことは誰にもわかっていなかった。
「お昼寝の後でおはようはおかしいんじゃない?」
「そうかな?」
外との交流が再開され、様々な地底の特産品が地上でも売れるようになるまでは。
「買ってきてくれた?」
「モチのロンよ! エネルギー補充用のお肉とー、その他もろもろ大漁大漁わっはっは。惚れ直しても良いんじゃよ?」
「お金の残りは?」
必要最低限度以上のお金は必要としなかった。だから必要以上に作らなかったし売らなかった。別に特殊繊維として欲しがっている地上の買いの大手が河童達で、それを知って売りたくないとかじゃない。仲が悪い両者にばれないように仲介しているさとりんの手に多額のマージンが落ちてるからでもない。そもそもそんなの知らない。
「あえ? あーー………。私宵越しの銭は持たない主義で」
「ん!」
バンバンと扉の一つを叩く。前から立て付けが悪く開きにくいのだった。
The bulging eyes and the twisted mouth (飛び出した眼、苦痛に歪む口)
「んもぅっ! 勇儀さんに直してもらうにしてもちゃんとお礼しなきゃって言ったのヤマメちゃんなのに」
「ふぁい」
泣く泣くまた糸を吐き出して内職に勤しむ。
「ううっ、出しすぎてフラフラしてきたぁ」
「しょうがないなぁ、じゃあ先にご飯にしよっ。お肉を一杯食べてお腹一杯にしなきゃね」
「わーい♪」
「そしたらキリキリ働いてもらうからねっ」
「ゎーぃ」
「声小っさ」
ご飯を食べ、糸を巻き、今度はキスメも一緒に旧地獄の街へ出る。
それなりの値段で全部買い取ってくれる仲介人に糸を渡しお代を受け取る。今度こそ家の修理の見積もりを頼み、その他必要な消耗品を買ったりして、その上で少しばかり小銭を残してお家に帰る。
「ちょっとここで休んでいこうか」
「うん」
その道中で一息ついた。
Scent of petal sweet and fresh (花びらの甘く新鮮な香りが)
ボゥッ
「やっぱりいつ見てもキスメの鬼火はきれいだね〜」
「えへへー」
青白く燈る炎を操るキスメ。暗い洞窟を照らす淡い光。
「ジュゲム〜」
「あぁー! 私の糸じゃん!?」
桶でふよふよと飛びながら何処から出したか釣竿から垂らした糸に炎を点けた。
「もうっ! 火遊びはいけませんっ!」
「さっき綺麗とか言ってたくせにぃー。それに火遊びなんてしてないもん。火なんか大っ嫌いだもん、遊んだりしてあげないもん!」
「ええっ!? そうなの?? じゃあキスメのその能力は? 自分の能力が嫌い?」
なぜか涙目になるヤマメ。妖怪にとって自分の能力は体の一部。人が自分の体にコンプレックスを抱えて悩むことがあるように、妖怪のキスメが能力について思い煩っていたなんて。その辛さは判る。自分達は能力のせいで忌み嫌われ地底に追いやられたのだから。
「これ? これはいいの。だって鬼火を落とす能力だよ? 練習すれば火を操る能力になるかもしれないジャン。それって私の勝ちじゃないかな?」
「火を恐れるな!! 火を支配するのだ〜〜っ!! ぐわーーん(ドラの音) ってこと?」
「な、なんだか一瞬料理人の格好をした濃い顔のオジサンが火の王とかなんとかわけのわからないことをいうイメージが………。ヤマメちゃんやめてよ、もう」
Then the sudden smell of burning flesh. (突然肉の焼け焦げている臭いに変わる)
「じーーっ」
「ん??」
「じーーっ」
「???」
再び帰路を歩き、再び、立ち止まった。
「えいっ! えいっ!」
ゴツン、カツン ガァーッ!? カァーーッ!
「およよ?」
「えいっ! えいっ!」
手近な石を掴んでは投げつける。通りがかりに見かけただけ。目を合わせただけ。石は近くの地面や岩場に当たって音を立て、それで彼らも自分達が攻撃されていることがわかって逃げ惑う。高くは飛べないこの地底で腐肉を漁る彼ら。
「キスメちん、あいつら嫌いなの?」
「嫌いっ」
「が、がお。ん〜……、なんで?」
「……わかんない。わかんないけど嫌いなの。えいっ!!」
ゴチン! ガァーーッ!!
「う〜ん………」
「ヤマメちゃん?」
「えいっ!」
ゴツン! カァーカァー(泣
「うわっ、ドンピシャ。これはこれで楽しーね」
「うんっ♪」
Here is a fruit for the crows to pluck (カラスに突つかれ)
「キスメは私のこと好き?」
「い、いきなりどうしたの?」
「んにゃ、なんとなく」
「す、好き///」
「ご馳走様です」
「それは第三者が見て言うことじゃないかなぁ?」
「んじゃ、有難う御座いました?」
「何で疑問系?」
「私の能力は怖くない? 病気を操る能力だよ? 感染症だよ?」
「病気は大っ嫌い。でもヤマメちゃんの能力はすごいと思う。だって操れるんだから、病気の人を治したり、そもそもその病気が感染症かどうかもわかるんだよね?」
「ん、まぁ一応。おーいお前らこいつからでていけー、って言えば追い出せるよ。こいつにとりつけー、って言えば病気にできるし」
「感染症って色々うつりかたがあるんだよね? それにどんなにおっかない病気でも、感染症じゃなかったら周りの人は別に平気なんだよね?」
「まぁ、確かに。吐いた空気にもいる子達はヤヴァイかもね、あっという間に広がるから。血の中にしかいない子達は簡単にはうつらないと思うけど」
「今の私は健康?」
「健康健康、こけこっこー。私がいればキスメに手を出す不埒なやつらはそれが例え可愛い可愛いフィロたんでもポックスどんでもアレナちんでも許さないよ。みんな追い出してやるからずっとケンコーを保証するよ」
「ありがとヤマメちゃん。やっぱりヤマメちゃんの能力はすごいし全然怖くない。尊敬するもん」
For the rain to gather for the wind to suck (雨に打たれ 風に弄ばれ)
「キスメは私の能力を人助けに使ったほうがいいと思うの? 病気の人を助けて回ったりとか」
「ううん。なんで? ヤマメちゃんにとって病気の元になる子たちって友達みたいなものなんでしょ? それってその子たちには可哀相なことなんでしょ? 私には見えないし、私は大っ嫌いだけれど、これはヤマメちゃんの話だから関係ないもの。それに私達妖怪が人間を助けるのって可笑しいと思うの」
「うん、私もそう思う。そっかぁ、じゃあ今まで通り一緒にいようね。何にも変わんないね」
キスメはクスクスと笑った。
「それはそうだよ。なにか変わったことがあった?」
「ないね〜」
ヤマメも笑った。
「それに人間は病気になっても大丈夫だよ。病気で死ぬことはそんなにないから」
「そうかな〜? それはそれで複雑なんだけど」
「人間にはもっともっとおっかない敵がいるもん。死んじゃうような病気にかかっても、先にそいつらにやられちゃうからね」
For the sun to rot for the trees to drop (太陽に朽ちて 落ちていく果実)
「わーい、ここまでおいで〜」
「まてまてー」
「鬼さんこちら、それそれー」
「ひゃっほーーい。約束に命を懸ける女、スパイダーマッ」
「ひょいひょいひょいっと」
「見つけてしまえばこちらのもの、単純な追いかけっこで勝てると思うたか〜」
「やーん」
「たーっち。わはは〜、今度はキスメが鬼だかんねー」
「よーし♪ じゅーう、きゅーう、はーち、なーな、ろーく、ごーぉ、よーん、さーん、にーぃ、いーち、れい!」
Here is a strange and bitter crop. (奇妙で悲惨な果実)
そんな事どこ吹く風。
どっこい、彼女達は生きている。
良いですね、地上からは忌み嫌われる妖怪少女達の、平穏な日常。
しかしなんだろう、この後味の悪さは…
人間に有益な妖怪はぜひ活かしておかないとw
キスメの家畜化計画。っていう妄想。
ちなみに一度盲腸で感染症にかかったことがあります。膿の匂いって濃いですねw