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『幻想郷讃歌 最終話』 作者: んh
――ああ、そろそろ地上を恐怖のどん底に陥れても良いかもね。
「東方非想天則:洩矢諏訪子」
「ど、どうなっているのですか」
天魔はうろたえていた。目の前の大天狗長から返答はない。であれば、奇声を上げて叱り飛ばすか惨めったらしく立ちすくむか、この男にできるのはそれぐらいだ。
それは集会所に詰めかけた他の天狗達も同じだった。彼らも苛立ち紛れにわめき散らすか、ただ黙って誰かが出してくれる妙案を待つか、そんなものだった。
天魔は同じ質問を繰り返す。
「いったいどうなっているのですか!?」
「申し訳ありません。里に幻術が張られており、地底と月の動向を発見するのが遅れました。」
「この役立たずがっ!」
「申し訳ありません。」
先日の火災以降、外への監視に人員を割くよう伝えたにもかかわらず、白狼天狗も烏天狗も里が張った目くらましを見抜けなかった。永遠亭に吸血鬼の生き残りが潜伏しているという報告が届いたのは、つい先ほどのことだった。里の庭師が白玉楼に行っていたことを、誰も発見できなかった。役立たずという言葉は正鵠を得ていると大天狗長は思った。天狗なんてこんなものだったのだ。そして自分も天狗なのだ。
「と、とりあえず麓の連中に話をつけてきなさい。」
なにがしかの義務感が残っていたのか、天魔は大天狗長にそう指示した。大天狗長はまた無視しようかと思ったが、それは憚られた。それでは本当にこいつらと同じになってしまう。
「講和は一度もちかけましたが断られました。既に地底の鬼も合流し、向こうは部隊の配置を完了しています。」
"鬼"という言葉に、天魔はすっかり怖気づいたようだった。顔を真っ青にして口をもごもご動かしていたが、それだけだった。
「天魔様、我々も臨戦態勢を整えてあります。いつでも出られます。」
半分は嘘だ。いつでも戦いに臨める状態であるのは間違いない。クーデターのために準備を重ねていたのだから。戦意がどこにあるのか、それが問題だったが。
天魔も同じようだった。一度だけすまなそうに大天狗長を見て、彼の気概は引っ込んだ。他の天狗も、河童も、一様に視線を落とした。これが大天狗長が誇りたかった山の妖怪だった。
「どうしたお前ら、元気がないじゃないか!」
場違いな声だった。集会所の一番下手から歯切れのよい声がした。声の主は憔悴した天狗達を掻き分け、壇上に飛び乗る。
「天狗の集会も久しぶりだな。みな元気そうで何よりだ。」
八坂神奈子は明るい顔をしていた。それは空元気ではなかった。本当に力強い顔をしていた。
「まずお前らに謝らなくてはならない。山に争いの種を持ち込んでしまった。これは私の責任だ。お前ら山の妖怪は幻想郷で何よりも強い団結力を誇った。それを乱したのは私が山に移り住み、お前らの鋼の結束を乱したからだ。きっと私の振舞いはお前らの誇りを傷つけたのだ。これは私の招いた災いだ。申し訳なかった。」
神奈子は深々と頭を下げた。
「今麓の連中が山に攻め込もうとしている。お前らが今までと変わらぬ意志で一丸となり、奴らと戦うのならば、私は前線に立って今回のみそぎを果たす。お前らの結束力の中に、私は本当の意味で加わりたい。だが全ての者が戦いを望んでいるわけではない。そういう者は裏手から山を降りればよい。この戦を止められなかったのは私の責任だ。お前たちが恥じることは何もない。山を降りて、かつてこの山に住んでいたという誇りをその胸に抱いて生きろ。ただひとつだけ頼まれてほしい。幼子を戦いに巻き込むべきではない。だから子供達を無事に山から逃がしてほしい。そしてお前らの種族としての誇りを、しっかりと伝えてやってほしい。
皆がそろって山を降りるというなら、私はその決断を歓迎しよう。その時は、どうか山を降りきるまで私を信仰してくれまいか。さすれば私はお前らが逃げ切るまで敵の侵攻を止め切ってみせる。これが身勝手な申し立てだということはわかっている。今更私を信じろなど、滑稽極まりないだろう。だが、私はこの山の神だ。お前らのような者達が信じてくれるのなら、奴らを食い止めることなど造作もない。私の力は山の妖怪の力なのだ。だから、それまでどうか私を信じてほしい。」
神奈子はもう一度頭を下げた。広い集会場は静まり返っていた。そこにいた全ての妖怪が神奈子を見ていた。
「私は……私は八坂様と共に戦います。」
どこかからの声だった。そんなに大きな声ではなかった。それでも後は簡単だった。次々と手が挙がる。そしてそれは歓声になった。先ほどまでのばらばらの声でなく、壇上の一点へ向かう声だった。神奈子は顔を上げて妖怪達を見回す。これが山の妖怪なのだと、誇らしげに。
演説の最中ずっと横に立ちつくしていた大天狗長は神奈子の前に歩み寄り、頭を下げた。
「……申し訳ありませんでした」
「言ったろう。悪いのはお前ではない。……手伝ってくれるか」
大天狗長の謝罪には当然これまでの行い全てに対する悔恨が含まれていたのだろう。しかし神奈子の言葉はそんな曖昧さすら超越した。大天狗長は神奈子と固く握手を交わした。彼はようやく理解した。自分が何を願うべきだったのかを。それはあまりにも遅かったが、それでもうれしかった。
「本当に、ありがとうございます……八坂様」
「礼を言うのはこちらだ。お前がいれば百人力だよ。ありがとう。」
神奈子も固くその手を握り返す。ようやくこの山の神になれた気がした。それはあまりにも遅かったが、それでもうれしかった。
「よし。ではみな持ち場へ進め! その結束力、奴らに見せ付けてやろうぞ。お前らに武運を!!」
■ ■ ■
東風谷早苗は事情を知らされていなかった。
洩矢諏訪子に引っ張られて、彼女は裏手の山道を駆けていた。最初は諏訪子の指示だからと、粛々と従っていた。だが膨らんだ疑念は限界に達した。
「諏訪子様、諏訪子様! 一体どうなされたのですか!?」
ついに早苗は声を上げて足を止めた。暗い顔で振り返った諏訪子を見て申し訳なさ気に目を伏せたが、それも一瞬だった。
「お願いです。お教えください。なにかあったのですか?」
「あ、うん……」
「私だって曲りなりに神です。何かあったのなら教えてください。こんな私でもできることはあります。」
諏訪子は口ごもっていた。自分なんかがこの子に掛ける言葉があるのか、今の彼女からはそんな自信すら消えつつあった。
「諏訪子様や神奈子様から見れば私など人に毛が生えたようなものでしょう。でも、それでも私達は家族です。お願いです。隠し事はなさらないで下さい。」
やはり返す言葉が出なかった。早苗はその様子を深刻さと受け取った。彼女は山頂に戻ろうとする。
「早苗、だ――」
山の中腹が光った。爆音がして、地面が揺れた。早苗は呆然とはしなかった。険しい顔のまま、直ちに駆け出そうとした。諏訪子はその腕を掴む。
「早苗、戻っちゃダメだ。早く――」
「でもっ、あそこは皆さんの里のあるところでっ」
「戦なんだ。早く逃げ――」
「離してっ!!」
早苗の絶叫に、諏訪子は掴んでいた腕を離して、呆然と立ちすくんでしまった。駆け出そうとした早苗もさすがに悪いと思ったのだろう、後ろに視線を向ける。
「神奈子に、言われたんだ……早苗は巻き込まないでくれって。」
「神奈子様が……」
自分の意思なんてないのだろうか。こんなときに神奈子の名前を使う自分の卑劣さに、諏訪子は呆れた。もう一度腕を掴もうとしたが、手が縮こまって上がらなかった。なんと言葉を連ねればいいか、もうわからなかった。
「私は、戻ります。」
厳かな声だった。神らしい声だなと、諏訪子は素直に感心した。
「神奈子様も、諏訪子様も私の大切な家族です。でも、あそこにいる天狗さんや河童さんも、私にとって大事な家族です。」
こうなる気がしていた。それでもこうなったときにどうすればいいのか、諏訪子にはとうとう思いつかなかった。
「私はもう、守矢神社の風祝ではありません。妖怪の山に奉られた、神の一柱です。だから、行きます。私の信者の元へ。」
「さな――」
目的もなく絞り出した声は、早苗の手に遮られた。その手には蛇と蛙の髪留めがあった。風祝になった時に神奈子と一緒に早苗へあげた、あの髪留め。
「ちがいますよ。必ずお二方の元へ戻ります。約束します。だからこれはその証です。私が神の務めを果たして帰ってきたら、またそれを私に付けてくださいますか。あの時と同じように。またお二方の承認とともに。」
そっとはにかんで、早苗は飛び立っていった。後を追えばよかったのに、そんなことすらできなかった。諏訪子は完全に打ちのめされていた。
「わかんないよ……早苗、神奈子、私にはわからない。」
■ ■ ■
戦いの音は次第に大きくなっていった。砂粒のように空にばらまかれた人影と閃光は、意外にも拮抗していた。数はほぼ互角、個々の力は攻め手のほうが上、しかし連携は守り手の方が上やもしれない。加えて地の利を生かした周到な誘導が、攻め手の勢いを寸断していた。
東風谷早苗は一路中腹にある妖怪の里を目指す。そこは頂上への要所であり、山の砦であった。
「皆様! 申し訳ありません!」
早苗は見張りをしていた天狗に声を掛ける。早苗の到着に、悲壮な顔をしていた兵士たちは沸き立った。
「東風谷様、来て下さったのですか!?」
「今一番手の足りていないところは?」
「あ、はい、滝です。今そこで鬼達を止めているのですが、なにぶん――」
「わかりました。私はそちらに向かいます。皆様にご加護を!」
「はい!」
間を置かず早苗は飛び立つ。滝はそう遠くない。里をぬけ、森をくぐれば、もう目の前――
「こちやさなえぇぇぇっ!!」
突然横から吹き飛ばされた。早苗は何がなんだか分からないまま地面に叩き落される。視界に捉えていたはずの滝が、遠ざかっていく。
「見つけた、見つけたぞっ!!」
内臓が潰れただろうか。しかしなんということはない。山の妖怪が信じてくれている。早苗はたちまち再生し、まとわりつくそれを振り払う。ずいぶんと小さく、軽かった。
「あ、あなた……」
驚きを隠せなかった。その少女には見覚えがあった。そう、紅魔館のエントランスで会った、あの小さな悪魔。
「あの時の、吸血鬼?」
「しねえぇぇぇぇ!」
フランドール・スカーレットはその隙を逃さなかった。早苗に飛びかかり、肩を握る。右肩から先が粉々に破壊された。次は顔面。早苗はフランを蹴り飛ばした。しかし距離は関係ない。フランは拳を握る。早苗の右眼が吹き飛んだ。
「ぐぁっ!」
「しね、しねぇっ! ぶっ殺してやる!」
肉体がどれだけ吹き飛ぼうと神霊にはそれほどたいした問題ではない。早苗はそのつど形を戻す。フランは振り乱すように拳を握った。
「おのれえっ!」
早苗も腕を振りかざす。風が巻き上がり、かまいたちがフランを切り刻む。吸血鬼にとっても、肉体の損傷はたいした問題ではない。フランはたちまち形を戻す。
不毛な膠着状態は続くかと思われた。だが、狂気に中てられたフランは、強かった。
「貴様のせいだあっ!!」
脚、腕、腰――早苗は次々と吹き飛ばされる。いきなり頭から、なんてことはしない。フランはもう知っていた、大切なものを壊すということ、壊されるということの意味を。だから、簡単に壊しなどしない。早苗の再生は追いつかなかった。
「貴様がやったんだ! 返せ、かえせえぇっ!!」
フランは枝を拾った。何でもよかった。それはたちまち黒炎を纏い、早苗を貫く。
「がはぁっ!」
大木に吊るされた早苗を、フランの紅い眼が捉える。狂気と憤怒に染まったそれは、ぼろぼろと涙をたらしていた。
「お前が、お前がお姉さまを殺したんだっ。返せっ、あたしのお姉さまを、かえせぇっ!」
首根っこを掴んだ。まだ壊さない。まだ、言いたいことがあった。
「かえせっ、紅魔館を……咲夜を、パチュリーを、美鈴を、あたしの大切な、家族をかえせぇぇっ!!」
ぐにゃりと視界が揺らいだのは、早苗だった。狂った吸血鬼が、目の前の怪物が最後に叫んだ言葉は、よく知っている言葉のはずだった。なのに、早苗にはそれが理解できなかった。
「はははっ……」
思わず嗤ってしまった。フランはその嗤いがひどく場違いに聞こえた。絞め殺そうと思ったその手を、捻り上げられる。早苗の体はもう元に戻っていた。
「なに言ってんですか、あんた?」
森が割れ、洪水がフランを飲み込む。夕焼け空からは大気を通さぬむき出しの太陽光。たいしたことではない、よくある奇跡だ。
「家族? そんなもののために、私を殺しに来たと? あはっ、笑っちゃいますね」
「だまれっ、だまれだまれ!」
フランが泣こうと、拳を握ろうと、神の進撃は止まない。掴んだ土くれは無数の銀の弾丸となり、フランを穿つ。軽く指を振ると、後ろの大木はたちまち巨大な杭となって、フランの心臓めがけて飛んだ。どれも他愛のない奇跡だ。東風谷早苗は神なのだ。
「ひぐぅっ!!」
「ばっかじゃないですか? 家族のためなら人を殺しても、どんな悪いことをしてもいいと、そんな風に思っちゃってるんですか? ばかじゃないの」
心臓を貫く、というにはあまりに太く巨大な杭は、フランを串刺しにして後ろの巨木に吊るす。手をかざすとたちまち火が付いた。巨木ごと火あぶりにされる吸血鬼の前で、早苗はなおも口汚く罵る。
「聞いてんですか? 家族のためだなんて、しょせん言い訳なんですよ。誰かを殺す理由が家族を守りたいだなんて、そんなの自分勝手な言い訳に過ぎないんですよ!」
罵倒は止まらなかった。止めてしまえば、早苗はこの吸血鬼に勝てなかっただろう。自分が殺めた家族のために戦うこの少女に立ち向かえなかっただろう。だがそれは許されない。彼女の後ろには、神奈子と諏訪子、そして彼女を信じるたくさんの山の妖怪がいるのだ。大切な家族を、友人を、同志を守るために、神としての務めを全うするために、早苗はここで屈するわけにはいかない。たとえ魂を売ろうとも。
「ひぎ、だまれ……お前なんかに……私の、私の思いがわかってたまるか……」
「はっ、ほんとばかですね。あんたみたいなのは、地獄にいかなきゃわかんないんですよ。」
前にもらった吸血鬼条約の違反書はもう持っていなかった。だったら創ればいい。固く握った手を開くとたちまち紙切れが出現した。神なのだ。こんなこと朝飯前だ。今の早苗にできないことなどあるはずがない。
「灰にしてあげますよ。自分の愚かさを呪うがいい!!」
それは何度目かに味わう恐怖だった。でも、フランはその感情をどう扱えばいいかもう知っていた。怖いと思ってしまうなら、その心を壊せばいい。今のフランにできないことなどあるはずがない。
「うわああああぁぁぁぁ!!」
フランドール・スカーレットは、拳を握り締めた。そして、早苗に向かってその拳を突き立てた。
「――っ!?」
貫かれた早苗の胸は、すぐ再生するはずだった。それはいつまで経っても痛いままだった。痛み、苦しみを、早苗は久しぶりに味わっていた。
「まさか……私の、『神格』が……?」
力が出なかった。あれほど自由にできたことが、今は何もできなかった。自らの心臓を穿った吸血鬼の華奢な腕を、それでも早苗は必死で掴む。条約書を持ったその手で、幻想郷の"人間"を殺したその腕を。
人間と吸血鬼は、抱き合うようにその場に崩れた。フランは泣いていた――脅えているのか、喜んでいるのか。早苗は、ワッペンが付いた小さな肩を抱きよせたい衝動に駆られた。そんな資格があるはずもないのに。
「おねえ……さま、やったよ……」
うつむいたままのフランは、そう繰り返し呟いていた。灰になって崩れていく彼女を、早苗はかすむ瞳で見ていた。自分も神奈子や諏訪子の名を、家族の名を呼ぶべきだろうか――そんなことがちらと頭をかすめた。
「ははっ……」
しかし最期に漏れたのは、嗤い声だった。何に向けられたものだったのか、言った早苗にもわからなかった。
■ ■ ■
犬走椛は虫の息だった。
彼女は分隊長として滝に配置されていた。滝を知り尽くしているというのが理由だった。白狼天狗だけの分隊は、妖怪四匹を仕留めた。うち一匹は鬼だ。戦果としては悪くない。その代わりに部隊は全滅し、彼女も致命傷を負ってしまったが。
椛は洞穴に身を潜めていた。入り口は小さく目立たないが、中は意外と広く、数人がたむろできるぐらいのスペースがある。哨戒をサボるためによく使っていた場所で、知っているのは椛と下っ端時代の仲間数名だけだ。確かに彼女は滝をよく知り尽くしていた。
きらきらと、入り口のわずかな隙間から光が差し込む。それは河童と山伏天狗が撃った砲撃だろうか、それとも烏天狗や大天狗が飛び交う閃光だろうか。光のない洞穴で、そこだけが不自然に瞬いている。
それは椛がずっと憧れた、光だった。この場所からいつも仰ぎ見ていた光だった。愚痴を肴に酒に浸り、だらだらと将棋で時間を潰し、時折り意味もなく同僚と肌を重ねたりしたこの薄暗い場所は、椛にとって忌まわしい掃き溜めに他ならなかった。
「椛、ひさしぶりだね。」
ぞっとした。椛の耳を撫でるように、懐かしい声がした。振り向く。射命丸文がいた。
「昇進したんだって? よかったわね。今度あんたのことを記事にしていいかな。ひひひ」
「や、やめろ……」
とん、と逆の肩を叩かれた。姫海棠はたてだった。
「椛は優秀だもんね。私もうれしいよ。ひひひ」
「きえろ……きえろおっ!!」
二人の烏天狗は、瀕死の椛を優しく励ました。死者は誘惑する。暗い洞穴の底、彼女がいつまでもうずくまっていられるように。
「椛、最近大変だったでしょ。大丈夫だよ、ちょっとぐらい休んだからって誰もあんたのこと悪く言わないって。ひひひ」
「あや? 怪我をしているのですか? 今すぐ永遠亭に行って薬を取ってきてあげますね。椛はここでゆっくり休んでいてください。ひひひ」
「だまれぇっ! この亡霊が、お前らは死んだんだ!」
椛は耳を塞いで頭を振り乱しながら叫んだ。誰かに見つかるかもしれないという危機感すらもはや消えていた。
「私は悪くない……呪われてたまるか。こんなところで毎日毎日下らない哨戒をやって、お前らにへこへこしながら生きていく、そんな生活から抜け出したいと思って何が悪い……」
「どったの椛、疲れてるんじゃない? 最近ずっと忙しかったもんね。また二人で呑みにいこうよ。昇進祝いにあたし奢ったげる。ひひひ」
「怪我が治ったら甘味でも食べに行きましょうか。この間は椛に奢らせてしまったので、今度は私が出しますね。ひひひ」
「私はなにも悪くない。お前らなんかと一緒にいてたまるか。お前らは死んだんだ! 私は死なない。死んでたまるか!」
椛は体を引きずった。文とはたてを振り払って、あの光の方へ進んだ。ここは死人のねぐらだ。生者は、光の下にいるべきなのだ。
「何も間違ったことなんかしてない。成り上がりたいと思って、何が悪いんだ。私は、取殺されたりしない。消えろ、きえろおっ!!」
「動くな」
光の世界に戻った椛を待っていたのは、白く煌めく楼観剣の剣先だった。魂魄妖夢は椛が戦える状態でないことを悟ると、纏っていた殺気を緩める。
「手負い、ですか。」
「くそ……なんで、なんでまた幽霊なんだ……ちくしょぉ……」
わけのわからぬことを呟く椛が錯乱していると思ったのだろう、妖夢は切っ先を下ろす。
「無用な殺生はしたくない。おとなしく降伏しなさい。」
「死ぬもんか……私は生きるんだ、生きて――」
壊れたように口を動かしていた椛が、カクンと沈んだ。妖夢は返り血を浴びて、それを呆然と見ていた。
「じゃじゃーん♪ いっちょ上がり〜」
哀れな白狼天狗の喉笛を裂いたのは、火炎猫燐の爪だった。血しぶきを噴きながら、椛はそれでもふらふらと這い回る。あてもなく、ぜんまいの外れた人形のように。
「ありゃ、まだ生きてたか。いいねぇ、しぶといおねえさんは大好きだよ!」
「な、なにを……貴方は何を?」
息を吹き返したように声を上げる妖夢に、お燐は爪を舐めながら嗤いかけた。
「何って、死体集めだよ、幽霊のおねえさん。くー、やっぱ戦場はいいねぇ〜 強い死体がごろごろしててさ、怨みも未練もいっぱいこもってる。もうあたいぞくぞくしちゃうよ。」
お燐は誇らしげに猫車を指差す。ずっしりと重みが感じられるそれには、死臭が詰まっていた。
椛は懸命に何か言おうと、口をパクパク動かしながらなおも彷徨い続けていた。その放浪の終着点は、上空からの輝かしい爆光であった。
「あー、ばかおくう! せっかくの強い死体が融けちゃったじゃん。」
「うにゅ? ごめん、なんかいた?」
霊烏路空は屈託のない表情をお燐に向ける。辺り一帯を焦土にする核熱を撒き散らしながら、彼女は目一杯広げた翼にきらきらと光を纏わせていた。
「あたいの死体がおくうの下にあったの! もう、あんまりぼこぼこぶっ放すなっつうの。死体何個融かしゃ気が済むのさ。」
「ごめんって。あ、お燐。私ちょっと山頂の方行かないといけないから、またあとでね!」
「こら、待てって!」
お燐の制止も聞かず、空は飛んでいった。置いてけぼりを食らったお燐は頭をぽりぽりと掻きながら、妖夢に苦笑いを向ける。
「ったく、さとり様にも言われたろ。適当にここら辺で遊んでりゃいいのに……ねえ、幽霊のおねえさん?」
「貴方は、さっきから何を言っているんですか……」
妖夢の声は震えていた。お燐はにやけ顔で近づく。
「だから言ったじゃん。死体集めさ。まあおまけで山攻めかな。一応地霊殿の参加実績つくっとかないと――」
妖夢は切りかかった。お燐はそれを交わす。切りかかってくることはわかっていたのだろう。いや、そもそも切りかからせようとしていたのかもしれない。妖夢の魂は強かった。魅力的なほどに。
「あは、なにすんのさおねえさん。一応あたいら味方同士だよ?」
妖夢の返事はない。ひたすら速く、一点の迷いなく刀を振るった。お燐は笑みをやめない。返す刀を爪で払い、次の一閃は猫車で弾いた。中の死体が妖夢に振りかかる。
「ちょ、ちょ待ってよおねえさん。ちょいと話を、うひゃ、はえぇ!」
スピードには圧倒的な差があった。しかしお燐のしなやかでトリッキーな動きは、妖夢の真っ正直な攻撃を嘲笑う。刀を持つ手と逆方向へ、くねるように跳ねたお燐は、妖夢の間合いから脱する。
「いってぇ……血ぃでちゃったよ。おねえさんやっぱり強いねぇ、あたいいたく感動したよ!」
交わしきれなかった刀傷を舐めながら、それでもなおお燐は饒舌だった。その姿に妖夢は翻弄されない。今の彼女に迷いはなかった。「山に巣くう巨悪を斬りなさい」――主人から受けたその命を、彼女は一点の曇りなく胸に抱いていた。
「あたいもちょっち本気出すかな〜」
ふっと空気が澱む。地面から湧き上がったのは無数の怨霊。そのまま妖夢めがけ押し寄せる。
「そいつら幽霊も関係なしに取り憑くから、気をつけてね!」
妖夢は動かなかった。白楼剣を抜き、迫る怨霊に振るった。不快な呻きを上げて、怨霊はたちまち霧散していく。お燐は思わず口笛を鳴らした。
「すげえ。なにそれ?」
「迷いを断つ剣です。怨霊の妄執など、この白楼剣の前では無力。」
妖夢ははじめて答えた。刺すような凄みのある声を、切っ先と共にお燐へ向ける。
「貴方のような者はここにいるべきではない。命を玩び笑っているような者は。直ちに山を降りろ。」
「ふぅん……」
手を頭の後ろで組みながら、お燐にも動じる気配はない。
「それは、おねえさんのご主人が言ってたのかな? 命を玩ぶなって。」
「そんなことは幽々子様から教えられるまでもない。」
「そりゃそうだよね。そんなこと言うわけないもん。」
幽々子が侮辱されたと感じたのだろう。蔑むようだった妖夢の顔つきに怒りが混じる。
「幽々子様を愚弄して私を動揺させるつもりか? なら――」
「おねえさんはなぁんにも知らないんだねぇ。」
最初から蔑むような顔をしていたのはお燐だった。
「さとり様からさっき教えてもらったんだ。今回の騒動、誰が仕組んだのか。」
「月の使者を呼んで幻想郷を救ったのは幽々子様です。そんなことは知っている。」
「あははっ、おねえさんお人よし過ぎ。」
お燐はぴょんと跳ねた。妖夢の面持ちが一瞬揺らいだのを、見逃さなかった。
「天狗の計画をはじめから見越してて、その上でお友達が捕まるのも織り込み済みで、命蓮寺と紅魔館と山の連中、それに地底の鬼共をみんなまとめて叩き潰す計画を考えたのは、おねえさんのご主人なんだってよ。みんなが苦しんでくたばってくのを冥界から見物して、ずっと笑ってたのは――」
「だまれぇっ!!」
妖夢は跳んだ。さらに速かった。それは速すぎた。真っ二つにしたはずのお燐は視界から消えていた。黒猫が妖夢の足元をくぐる。
「はいざんねーん♪」
猫から姿を戻したお燐は、妖夢の背中を抉る。続いて右腕を切り裂き、楼観剣ごとちぎり捨てる。
妖夢は振り向きざまに白楼剣を振り下した。目の前でにたにた笑う、妖怪の顔めがけて。
「あたいに迷いなんかないよ。おねえさんとは違うのさ。」
それは腕で弾かれ、また二つに折れた。お燐の腕も砕けたようだったが、それはたいしたことではない。爪は、既に妖夢の喉を抉っていた。
――幽々子様、申し訳ありませんっ
■ ■ ■
まぶしいほど茂った新緑の葉桜を、四季映姫・ヤマザナドゥは虚ろに眺めていた。
緑葉と蒼穹が枯山水の白砂に反射して、初夏の冥界はここが死者の住処であることを忘れさせるほどの爽やかさに満ちていた。四季折々の絶景を見せ付ける冥界を愛でるのも、きっとこれが最後になるだろう。にもかかわらず、惜しいという気持ちはなかった。ここは美しいが、それは見てくれだけなことを映姫はよく知っていた。
「映姫様が直々においでなさるとは思ってもいませんでした。わざわざご足労頂きありがとうございます。」
西行寺幽々子は映姫に恭しく一礼する。それが空虚な挨拶だとわかっていても、見る者を圧倒するその優雅な佇まいは映姫に返礼を催させた。
「いえ、別に構いません。こちらが約束した、因幡てゐの魂です。」
幽々子の横にいた蓬莱山輝夜は、珠のような美しい顔にようやく感情を染み込ませた。乾ききった微笑にすぎなかったが。
「そう、ありがと。」
喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込んで、映姫は無言でてゐの魂を渡した。輝夜はそれをぞんざいに受け取る。
「それでウサギさんは生き返るのかしら?」
「たぶんね。体はすぐ作れるけど、人格の再現がめんどいって永琳が言ってたし。なんとかなるんじゃないの。」
他人事のような輝夜に、幽々子は意味もなくころころ笑いかける。それは下卑た情緒に満ちていた。
「永琳が言うのにはこの子は必要なんだってさ。よくわかんないけど。まあ私としても暇潰しの相手は多いほうがいいしね。」
「それはそうよ〜 よかったわね」
まるで会話していないかのように、二人のお姫様は微笑ましく言葉を交わしていた。遠巻きにそれを見ていた映姫の事をふと思い出したかのように、幽々子は矢庭に振り向く。
「映姫様、本当にありがとうございました。映姫様がこの子の魂の処遇をうまく取り計らって下さったから、この計画は実現できたのです。全て映姫様のおかげですわ。」
「いいのです。もう私は閻魔として終わった身です。最後に道を踏み外すのも、私の無力さなのでしょう。」
「そんなことはありませんわ。映姫様は常に正道を歩んでおられます。映姫様の英断が幻想郷を救ったのですから。その英断はいずれ映姫様御自身すら助けるでしょう。ええ、きっと必ず。」
つらつらと口から出る賛辞を、映姫は聞き流していた。幽々子からもらった書簡には確かに書いてあった――幻想郷を救いましょうと。それが自分を駒として扱おうとするこの亡霊姫の美辞麗句に過ぎないとわかっていても、映姫は何かせねば身が持たなかった。それすら計算した上で書いているのだろう。そういう女だった。
「でもさ、もしこのイナバが死ななかったらどうするつもりだったの?」
輝夜はぽんと言葉を投げ捨てた。幽々子は不思議なことを聞くものだという顔をしていた。
「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス〜 たまたまいいタイミングで死んでくれたから活かしてあげただけ。死なないなら死ぬようにお膳立てすればいいのよ。どうせ生き返らせてあげるんだし。」
どっぱずれた調子で飛び出した歌に、輝夜は機械的に頷いた。映姫はもう耐えられなかった。
「もしわかっていたなら……最初からわかっていたのなら、他にやりようがあったはずです。なぜですか。なぜここまで事を荒立てたのですか。」
「紫の方にも色々と事情がありまして、それを斟酌したというのもありました。それに――」
幽々子はそこで恍惚とした笑みを浮かべた。
「それでは誰も私にお酒を持ってきてくれませんもの。もし誰も気付かぬまま事を処理したら、誰も私の苦労に気付きませんわ。誰も苦しまなかったら、誰も私に感謝してくれませんわ。そんなの嫌でしょ。」
そう言って横にあった酒瓶を指で弾く。一つは妖夢が持ってきたもの、一つは里での会食の前に紫がくれたもの、一つは調印式の後さとりがくれたもの、そしてもう一つは今映姫がくれたもの。あといくつ集まるだろうか。
「よくわかんないなあ。」
ぼんやりした声は輝夜のものだった。
「崇められるのなんかどうでもいいんじゃない? カスに讃えられたって、所詮カスよ。なんの価値もないわ。」
「それはそうだけど、それでも讃えさせてあげるのが上に立つ者の務めだと思うわ〜」
「そんなもんかなぁ」
輝夜は下唇を突き出す。幽々子はころころ笑っていた。
「月の姉妹も、貴方の薬師も私に感謝しているわ。これで月夜見は失墜するでしょ。」
「永琳あの姉妹に人妖の庇護にあると明言して土下座したんだっけ? ま、ここ最近の私たちの動きはその証言を裏付けてると言っていいから、月夜見は慌てるでしょうね。私と永琳がかつての腹心を使って地上から謀反を起こそうとしてるとか散々煽って、綿月を追いやろうとしていたあいつにとっちゃ、痛手には違いないんじゃない?」
「そうそう。ちゃんと結果を見て、そういう機会を設けたのは誰だったのか、そのことにちゃんと思いを馳せてくれさえすればそれでいいのよ。あなたもいい暇潰しになったでしょう。」
「うーん……まあ時々はこういう戯れもいいかもしれないけど、もう引越しは勘弁願いたいかなぁ。」
映姫は己の無力さをひたすら呪っていた。目の前の二人は、絶対に裁かれるべきだった。しかしそれは叶わない。この麗しい姫君達が彼岸へ来ることは、ないのだ。
「じゃあ今度お酒持ってきてね。」
「はいはい。じゃあ明日あの月のイナバにでも持って越させましょう。」
「あら、貴方も来て一緒に呑みましょうよ〜 うちの妖夢とそちらのウサギさんの2対2で。」
暢気にそんなことをのたまう幽々子に、輝夜は苦笑混じりに答える。
「ふふっ、わかったわよ。せっかくだから雪見酒としゃれ込みましょうか。」
「あら、初夏に雪見酒?」
「目の前にあるじゃない。目立ちたがりで空虚な邪心に満ちた、いつまでも消えない雪が。」
■ ■ ■
小野塚小町は迫り来る天狗共を蹴散らしていた。廊下の距離を詰めて一気に階段を上がる。上役天狗の勤務所である高台の役所には鼻高天狗しかいなかった。デスクワークが板についた彼らは、鬼気迫る小町の敵ではない。
「くそっ、どこだい?」
幻想郷の人妖が総出で妖怪の山を叩く――小町がそのことを知ったのは船頭の勤務に向かおうとしていたときだった。例の如く大寝坊して欠伸をかみ殺しながらだったが、通りですれ違った連中がそんなことを言っていたのを聞き逃すはずがなかった。その瞬間、先日告げられたあの言葉の意味が、パズルが組み上がるようにして小町の半分寝ぼけた頭を揺らしたのだ。もう片方の閻魔と十王の悪事を暴く証拠を、交渉相手である天狗が持っているはずだと。
小町は遅刻してよかったと思った。もう半分以上は仕事に行きたくなくなっていたから、船頭を放り出して山にすっ飛んでいくのも気が楽だった。最もたとえ十王との会談の最中だったとしても、小町はそれを放り出して山に駆けつけただろうが。
本命だと思っていた大天狗長の部屋に、小町が探している書類はなかった。小町は焦っていた。鬼共がここまで攻め込んできたら、証人が殺されてしまうかもしれない。彼女は手当たり次第に部屋に押し入って、書類をひっくり返していた。
さらに階段を駆け上がり、一番上の階まで進む。妙にこざっぱりした扉が目に入る。機能だけを考慮したその扉――鼻高天狗長の部屋だった。
「じゃまするよ!!」
それはいた。鼻高天狗長は持ちきれないほどの書類の束を抱えながら、だが侵入者に脅えた視線を向けてしまった。その眼は小町に確信をもたらした。
「くるな……死神風情が……」
「動くんじゃないよ。あたいの前で間合いは無意味だ。変な真似したらたたっ切るよ。」
小町はにじり寄る。鼻高天狗長は赤子を守るように、丸めた腹に書類を隠しこんだ。これが事務職の矜持かと、小町は思わず腹の中で苦笑する。
「これは墓場の中まで持っていかねばならんのだ……貴様のような三下に、渡してたまるか……」
「あたいだってね、命掛けてんのさ。それが絶対必要なんだよ。とっとと渡しな!」
小町はすごむ。鼻高天狗長も腰は引けていなかった。やはり組み落とすしかないだろう。
しばし睨みあったまま、小町は殺気を撒きながら距離を詰める隙をうかがう。追い詰められた鼻高天狗長は一歩も退かない。その根性に小町は軽い敬服を覚える。
しびれを切らしたのは小町だった。あいつは大事な証人だが、殺さない程度にやればいい。ぐずぐずするのは嫌いだった。
一気に距離を詰める。速さとは異なるその動きに鼻高天狗長が対応できるはずもない。鳩尾に一発入れて、眠らせれば――
風を切る音がした。
小町を睨んでいたその顔は、もうなかった。映姫を守るための書類も、小町自身すらも朱に染めながら、首を刎ねられた天狗は無残に崩れ落ちた。
「な――」
「焦っちゃだめだよ、死神のおねえさん。」
宙返りした小柄な影に、小町はとっさに鎌を振るう。それは空を切った。届いたのか届かなかったのかすらわからなかった。右手に天狗の首をぶら下げて、少女はあのときと同じ顔を小町へ向けた。
「やっぱり来てくれたんだね。見込んだ通りだ。」
「なに、すんだい……後少しだったってのに……」
黄色と緑の服。体にまとわり付く青い管。そして閉じた胸の瞳。古明地こいしは満足げに微笑んだ。顔面に貼り付けたようなその笑みを、小町は再び睨みつける。
「上司さんが羨ましいよ、そんなにおねえさんから慕われて。きっといい人なんだろうねえ。」
「心にもないお世辞なんかいらないよ。どういうつもりだい。呼びつけといてお預けなんて、ずいぶんと悪趣味が過ぎるじゃないか。」
虚勢が通じる相手でないことはわかっている。それでも小町は精一杯強がった。自分を奮い立たせるために。
「――ああその眼、やっと思い出したよ。妹の方が眼を閉じたっていう覚の姉妹が旧地獄を取り仕切ってるとか前に聞いたことがある。ってことはつまりだ、あんたの姉さんがけしかけたってわけかい。あたいら新地獄をコケにするために。」
「お姉ちゃん? あははっ、ちがうよ。あんなの関係ない。」
こいしは痙攣するように嗤い声を上げた。
「おねえさんなら知ってるでしょ。旧地獄の妖怪と、新地獄の鬼の関係。地底は深いんだよ。そう、まるで意識の下でひっそりと波立つ無意識の海のように、地底世界には魑魅魍魎が蠢いてる。お姉ちゃんなんて薄皮の上に載っていい顔してるだけ。ちょっと揺らせばどっか飛んでっちゃうよ。」
「なんだい。じゃあ地底の総大将は自分だと、あんたそう自慢しにきたってわけかい。」
「ちがうちがう。私はただの駒。こういう能力だから重宝がられるんだよ。言伝とか、諜報とか、暗殺とか、ね」
こいしは手にあった首を床に落として踏み潰す。不快な音と飛び散る肉片に気をとられる余裕すら、今の小町にはない。目の前の少女がおよそ一介の船頭に扱える相手ではないことは、もうすでにわかっていた。
「伝えたいことがあったんだよ。」
こいしは何事もなく続けた。
「ここまで来れたのなら大丈夫。おねえさんは優秀だ。おねえさんとあの閻魔様はクビにならないよ。これは約束する。っていうかもうそうなってるから。」
小町の眉がピクリと動いた。不信の底に期待があることを、こいしが見逃すはずもない。
「山は壊滅し、もう中有の道は使い物にならない。そこで十王は中有の道の代わりに旧都を新しい開発資源として選ぶの。もうそういう話はついてる。だからね、切られるのはおねえさんの大好きな閻魔じゃなくて、もう片方のいけすかない閻魔。」
小町は一瞬返す言葉が思いつかなかった。馬鹿馬鹿しいまでに壮大な話をされて、いったいなにを言えばいいのか。だからまっすぐ訊くしかなかった。
「そんな話、あたいなんかにしてどうなるってのさ?」
「知っていてほしいんだよ。おねえさんみたいな頭の切れる人には。そしてあの小さな閻魔様を支えてあげて。あの人は必要なんだ。欲の皮の突っ張った連中が押し合いへし合いばっかりしてても、組織は動かない。ああいう人が間に立って身をすり減らしてくれないと、私たちが困るんだよ。」
ずっと変わらないたおやかな笑みは、小町の神経を徹底的に逆なでしていた。何か言って通じる相手でもない。やりあって勝てる相手でもない。それでも何か一発入れてやらないと気がすまなかった。
「ざけんなてめ――」
そのささやかな決意は、爆音によって掻き消された。吹き飛んだ天井から、こいしを包み隠すように大きな影が舞い降りる。
「こいし様、大丈夫ですか?」
「うん。おくうはいい子だね。タイミングばっちしだよ。」
こいしに撫でられて、霊烏路空は頬を緩めた。こいつのことは小町もよく知っていた。当然その危険度も。
「おくう。この建物一帯を全て融かして。灰すら残らないようにね。」
「了解です。」
力強く答えた空が、赫灼たる光を纏う。急いで距離をとらねば小町も融かされるのは明らかだった。こんな段になっても自分の命がかわいいのかと、彼女は絶望する。あの天狗の方がずっと真摯じゃないか。
遠ざかる小町に、姿を消すこいしが一言だけ告げた。
「じゃあね。ちゃんと守ってあげてね。あの閻魔さんが壊れないように。」
■ ■ ■
八雲藍は大きく深呼吸をした。
目の前の光景を見ながら、彼女はそれを見ないようにした。
「やったね。スーさんすごいすごい♪」
横にいるのはメディスン・メランコリーという名前の毒人形だと、藍は八意永琳から聞かされた。体中から毒をだだ漏れにしながら、メディスンは無邪気にはしゃいでいる。
「いやはや、たいしたもんだねえ。あの薬師の薬ってのは。」
逆隣にいるのは黒谷ヤマメ。彼女とは藍も面識があった。あの裁判ごっこで司会をしていた、艶っぽい華のある少女だった。
藍はもう一度その光景を見た。
山の中腹にある天狗と河童の里。今は要塞として機能していたその場所に三人は立っていた。そこは天狗と、河童と、そして鬼の屍で一面覆い尽くされている。
何人かの天狗は重い体を必死に持ち上げて藍に立ち向かってくる。人間でもかわせそうな拳を振り回しながら、侵入者を追い払おうと死に物狂いで。
藍の仕事はそれに止めを刺すことだ。いたって簡単な仕事である。軽く手を振れば、弱りきった天狗共は簡単に粉々になる。そしてそれは、ひどく辛い仕事だった。
「ぅ゛お゛ぉ゛お゛ぉぉぉ」
また一匹の天狗がうなり声を上げて迫ってきた。口からよだれをたらしながら、眼だけをギラギラさせて、倒れこむように藍へ迫る。軽く手刀で突くと顔が潰れて崩れ落ちた。既に肉も爛れ腐っているのだろう。
「これなら永琳さん喜んでくれるかな?」
目を輝かせて訊いてくるメディスンに、返り血を浴びた藍はぎこちなく頷いた。
仕組みは簡単だった。ヤマメが山の妖怪に効く病原菌を選別し、メディスンがその病原菌の毒素を純化・強毒化し、さらに永琳が即効性と毒性をより高めた上で散布する。事前にワクチンを打った藍などごく数名の関係者を除いて、病原菌を吸った山の妖怪は十分かからずのたうち回った。当然敵味方関係なく。それは紫や永琳といった実力者たちの目論見通りだった。
ヤマメはなおも菌をばら撒いていた。徹底的な殲滅を、彼女は古明地さとりの指示とは別に楽しんでいるようにも見えた。メディスンはうれしそうだ。久しぶりに会えた永琳の指示を、無垢な彼女は忠実に実行していた。
藍はもう一度深呼吸をする。そして雑念を払う。八雲の姓を頂く式として、難しいことを考える必要はない。ただ、紫の命を粛々とこなせばいいのだ。
死体の絨毯を三人並んで踏みしめながら、ゆっくりと里の中心部へ向かっていた。おそらく司令部があるのはあの建物であろう。死にかけの大天狗共を潰しながら、藍はその一番奥に入っていった。
「どうも、ご無沙汰しておりました。大天狗長様」
「き、きさま……」
予想通りそこにいた人物に、藍は敬礼した。敬礼なんてしてもしょうがないが、とりあえずそうした。大天狗長はそれを侮辱ととったのだろう。ままならない巨躯を支えながら、こちらを睨んできた。
「この、鬼畜が……」
「戦に鬼畜もへちまもないだろ?」
冷笑を返したのはヤマメだった。正しいのだろうと藍は思った。この男も藍と紫に、紛れもなく卑劣な行いをしたのだ。藍は吐き捨てるように言った。
「自分のことを棚に上げて、よくそんなことが言えるものだな。」
「だまれ……我々は、仲間ごと皆殺しなどしない……」
大天狗長の眼は死んでいなかった。自分はこの男にどんな眼を向けているのだろうか、藍は少しだけ考えた。敵意の眼、憤怒の眼、侮蔑の眼、あるいは――
だがそこで黙考は終わる。敵を前にして余計なことに気を散らしたりするから、あの時のような判断ミスをするのだ。罠に嵌って人間を殺めるなんてバカなことをして、主人を、橙を困らせたのだ。
小さく息を吐く。冷静さを取り戻した。今為すべきは目の前の天狗の長を仕留めることのみ。
「終わりだ、大天狗!」
藍は飛びかかる。初手を大天狗長は防いだ。腐っても天狗の長、双方万全であれば藍も一対一で勝ちきれる確信はない。二撃目は防ぎきれなかった。ガードに回した腕ごと叩き潰す。大天狗長はひるまない。中段蹴りを返してきた。迫り来る突風ごと止めきって、藍はその丸太脚を掴んで投げ飛ばす。彼は立った。藍は驚嘆する。
「天狗は、山は墜ちんのだ!」
跳んだのは大天狗長だった。どこにそんな力があるのか、巨体を生かした体当たりを、藍は飛んでかわす。藍の高速回転移動に、しかし大天狗長はしっかり対応していた。彼が独活の大木であるはずがない。縦横無尽に飛び回り死角を突こうとする藍を、大天狗長はがっしりとした体を滑らかに動かして弾き飛ばす。もし病に冒されていなければ、彼はどれだけ動けたのだろうか。
「あたしらのこと忘れてないかね、天狗のおっさん!」
ヤマメはいつの間にか部屋中に巣を張り巡らしていた。糸に絡めとられた大天狗長に、メディスンが毒霧を見舞う。蜘蛛の巣の網目をかいくぐりながら、藍はその巨体の膝を貫く。今度こそ崩れ落ちそうになる大天狗長を、しかし藍は崩さない。重心が偏った方へ一撃を加えながら、彼を倒さない。穴だらけになっていく大天狗長と、藍は最期に眼が合った。いつまでも鋭い眼光を塞ぐように、藍は顔面へ拳を振った。
■ ■ ■
洩矢諏訪子は動けなかった。
早苗を追いかけて、山のみなと戦う、そんな絵に描いたような話にもならなかった。そのまま一人山を降りて、犬死した神奈子達をせせら笑う、そんなかっこいい話にもならなかった。
彼女はただ山道に佇んだまま、誰かからの応えを待っていた。
「洩矢、さまぁ……」
ふと袖を引っ張られた。諏訪子が視線を向けると、そこにはみすぼらしいものがあった
「天魔、か。」
「おたすけ、くださぃ……おたしゅけを……」
諏訪子は思わず吹き出してしまった。ひどくお似合いだと思った。神奈子は自分に頭を下げた。早苗は自分の手を振りほどいて戻っていった。大天狗には言葉も掛けられなかった。全てが去って、そして唯一跪いてきたのがこのゲス一人。これほどふさわしい相手もいないと思った。
「たのみます、なんでもさしあげますからぁ、どうかおたすけをぉ……」
絹の衣を肩から半分ずり下げて、高下駄もどこかで脱ぎ捨てたのか、袴は泥だらけだった。白化粧の浮いた伊達顔をぼろぼろにしながら涙目ですがりつくこの惨めな男に、諏訪子は嫌悪感すら抱いた。でもそれは自己嫌悪だ。こいつは私に助けを求めている。信じてくれている。ならばその願いは聞き遂げねばなるまい。それが、洩矢諏訪子の神としてのあり方なのだ。
「わかった。あなたをすく――」
見えなかった。言い終わる前に、天魔の首は消えていた。本能的に後ろへ跳ねる。今しがた自分が立っていた地面を抉る矢を見て、諏訪子は敵を理解する。
「オモイカネかっ!」
地面をすべるように、諏訪子はジグザグに逃げ回る。狙撃主の位置はわかっても、矢に反応できないのではたいした慰めにならない。徐々に詰まる矢と自分、諏訪子は思いきり後ろに飛んだ。そこは崖、あれのめった刺しを喰らうよりましだろうという判断。
「ぐふっ!!」
そう判断することは相手にもわかっていたのだろう、何せ相手は月の頭脳だ。落ちざまにもらった矢の束を腹に刺したまま、諏訪子は奈落へ消えていった。
八意永琳は諏訪子が崖下へ転落したのを見届けて、弓を下ろした。直接見たのは初めてだったかもしれない。だが当然以前から話には聞いている。口にするのも憚られるほど穢れた、土着神の頂点。数々の民を惑わし、堕落させた祟り神の権現。
「……だったかしらね」
誰にも聞こえないようにかつての神名を呟きながら、永琳は再び辺りの様子を窺う。メディスンとヤマメはきっとうまくやったのだろう、もう山に生存者の気配はほとんどなかった。永琳が探していたのはそれではない。入山したときから胸を圧し掛かっていた不快感の根、彼女はそれをずっと探していた。
「ここね。」
傍目にはただの地面だった。おそらく術でごまかしてあるのだろう。周到な結界は相当な手だれのものに見えた。永琳はそれをすばやく解呪し、地下へもぐっていく。
中は相当ひらけていた。そして立ち込める穢れも、また相当なものであった。
「ご主人かい?」
落ち着き払った声で呼びかけられる。永琳はその声の方ではなく、その奥に視線をとられていた。それは永琳をもってしても中々見ごたえのある光景だった。
元は一人の女性だったのだろうか。30m程の大きさにまで肥大していた。それはひどく歪な膨らみ方で、ある程度原形をとどめたままの場所もあれば、そこだけ数m大に膨らんだ部分もある。
皮膚はどこも凸凹と隆起し、斑に変色していた。そのぶよぶよとした皮膚のすぐ下では、大きなミミズがのたくったように腫瘍が時折ぬるり、ぬるりと蠢いている。かと思うと腫瘍は瘴気と穢れを撒きちらしながら、火山のように弾けたりもする。
かつて顔であったろう部分は片目だけが頭蓋骨ほどにふくらみ、もう片方は萎縮して潰れていた。眼球の上にちょこんと載った緑髪と、なぜかそこだけ元の形を残した右手には、同じ柄のリボンが巻かれていた。そこだけが異様に生々しく、奇怪な物体を彩っている。
そしてそいつは――これが何より永琳の興味を引いたのだが――こんな状態になってもまだ意識があった。
「どうだい。厄神に穢れを吸わせて爆弾を作ってみたんだ。壮観だろう。」
醜悪な物体の前に何食わぬ顔で腰掛けていたナズーリンは、降りてきたのが客人であったことに気付くと、おもむろに立ち上がって説明を加えた。永琳は彼女にも興味を引かれたようだ。見た目の力量に反してずいぶんと落ち着いた反応を向けてきたのが、少し気になった。
「なかなかおもしろいわね。これは思いつかなかったわ。」
「実戦投入されずにお蔵入りとなりそうだがね。天狗も、ご主人もとうとう姿を見せなかった。もう戦は終わりなんだろう?」
永琳は小さく頷いた。ナズーリンは軽く笑みを浮かべて、永琳に背を向け鍵山雛だったモノをまた見上げる。
「そう、あなただったのね。里のネズミを使って私たちを監視していたのは。」
「御名答。やはり君も気づいていたか。妖気は一切纏わせていなかったんだが。」
そして軽妙な口調でわざとらしく相手を持ち上げる。ナズーリンの振る舞いは何一つ変らなかった。
「さて、どう始末するんだい。」
ナズーリンはもう一度永琳の方をちらりと見る。
「あら、てっきり私を巻き込んで自爆するつもりなのかと思ってたんだけど。」
「相打ち狙いか。確かに選択肢として惹かれるものはあるが、そういうのはあまり趣味じゃないな。それに私は起爆法を知らないんだ。」
賢将は淡々と言った。とってつけたようなはったりに、薬師は含み笑いで返す。
「それにこれ君に効くのかい?」
「これだけあればこの土地には誰も住めなくなるわ。山だけじゃなくて。」
「ふうん。」
「現実的な手段としてはとりあえず暫定的に結界で囲ってから、後でスキマ妖怪の手を借りて空間ごと移転、爆破が一番手っ取り早いかしら。この量の穢れを薬だけで抜くのは、ちと難儀ね。」
ナズーリンは永琳の言葉にただ耳を傾けていた。敵へ向ける態度とは到底思えなかった。
「ところで、ずいぶんと余裕なのね。」
「ああ私かい? 勝てない戦をしてもしょうがないだろう。君と私じゃ、端から勝負にならない。逃げる算段すらないよ。」
さも当然のように語るナズーリンに、永琳は少し頬を緩めた。
「だったら命乞いをしたり、降伏を願い出るものじゃない?」
「君達の目的は勝利ではなく皆殺しだろう? そんなことしたって遅いさ。」
ナズーリンはあくまでドライだった。永琳はくすりと笑った。理解の早い者は好みだ。
「何か面白かったかな。」
「別に。ところでさっき上で土着神を見かけたんだけど、主人ってあれかしら。」
「ああ、それだよ。もう殺ったのかい。」
「あれはしぶとくてずる賢いの。潰しきるのはそれこそ大変よ。それに、あれは必要悪。殺すなんてもったいないわ。ねぇ?」
含みを込めた永琳の言葉に、今度はナズーリンが頬を緩めた。言わずとも話が通じる相手だとわかって、永琳も軽く微笑み返す。
「ほしいのならあげるよ。好きなのを持っていくがいいさ。」
「そう。じゃあ永遠亭まで連れ帰ってもいいかしら。」
「でもウサギの群れの中にいたらおかしいんじゃないかね。」
「構わないのならイナバの体に作り変えてあげるけど。」
「それは面白そうだ。」
永琳は手を差し出した。拾い物にしては楽しめそうだった。ナズーリンはその手をとった。とりあえず新しい主人が見つかって、彼女も楽しめそうだった。
■ ■ ■
伊吹萃香が守矢神社の階段を上りきったころには、既に日は落ち切っていた。
ずいぶん時間がかかってしまったなと、萃香は思った。しょせん天狗や河童と舐めてかかったのが拙かったのか、はたまた地底でだらけすぎて鬼の腕が鈍ったのか、ひどい苦戦だった。
中腹の砦を陥落させてから合流するはずだった連中はいつまで経っても姿を見せない。相打ちなんて恥ずかしい結末を想像して、萃香は嫌気がさした。紫にあわせる顔がない。
鳥居の向こうには勇儀とその腹心が先行しているはずだった。ここへ追い詰めたはずの山の神に止めを刺すために。だから彼女も先を急がねばならない。後ろを振り返っている暇はないのだ。
「ん?」
鳥居と本殿の間に誰か立っている。萃香は薄闇の中、目を凝らした。それは鬼でも、神でもなかった。
「河童か。」
河城にとりはちらと萃香に視線を向けた。月明かりに浮かぶ返り血まみれの鬼は、いつもより一層恐ろしく見えた。再び視線を下に向けるにとりに、萃香は冷え冷えとした顔を向ける。
「こんなとこにもいたのか。」
返事はない。萃香はにとりへ近づく。
「おい河童。今日のあたしは機嫌が悪い。だから、命乞いして逃げるんなら見逃してやる。その代わり正々堂々向かってきたら、殺すよ。」
当然その言葉に偽りはない。萃香はひどく機嫌が悪かった。
天狗や河童が悪知恵を働かせて紫を陥れたと聞かされたとき、彼女は心底腹が立った。心にもないおべんちゃらは好きになれなかったが、根は真っ正直な奴らだと思っていたからだ。だから萃香は討伐にあたって天狗や河童に情けをかけるつもりはなかった。惨めったらしく逃げまどい、みっともなく命乞いをする連中を徹底的に叩きのめしてやろうと心に決めていた。
それなのに、天狗も河童も堂々としたものだった。その団結心と戦いっぷりは、萃香たちが山にいたときよりずっと力強かった。萃香は感心してしまったのだ。少し前なら大喜びで酒を振舞ってやっただろう。
「聞いてんのかよ、お前。」
向かってくる連中の眼も、それはいいものだった。さすがに鬼への脅えは隠せないが、そんなものに負けてたまるかと、みな真っ向から睨み返してきた。山を守るのだという気概が、下っ端の連中から大天狗まで、みな漲っていた。だからこそ、萃香の不機嫌は募った。なぜこいつらが、あんな悪事を働いたのか。萃香には理解できなかった。
「ダメです……と、通せません」
にとりの横を通り過ぎようとした時、萃香はそう呼び止められた。どもった声を震わせて、にとりはそれでも萃香の前に立ちはだかった。そう、この眼だ。今にも恐怖で泣き出しそうなのに、それでも逃げずにまっすぐこちらを見据えてくるこの眼。これを萃香はずっと浴びせられてきた。
「……血の臭いでわかんだろ。さっきも階段でお前の同胞を散々切り刻んできたんだよ。お前もそうなりたいのかい?」
「この神社には、入れさせません。」
見上げた河童だ、萃香はそう思った。
「ここは、私の大切な盟友が、命を掛けて守ろうとした場所なんです。あの子の大切な場所なんです。だから、今度は私が守らなくちゃいけないんです。」
にとりはリュックを開ける。中味はいつもと同じだ。何かかっこいい秘密兵器があるわけでもない。それでも、やるしかない。
「あの子は、ここにいるために人間であることを捨てたんです。たくさんの大事なものを捨ててまで、私達といることを選んでくれたんです。だから、私がここを見捨てるわけにはいかないんだ。」
肉片が境内に飛散した。萃香は立ち止まることなく血溜まりの上を進む。また一つ増えた返り血を拭うこともなく、表情も変えずに。
それが鬼として自分にできる誠意だと、彼女は考えるしかなかった。
「ったく……正義の味方はどこほっつき歩いてんだろうね。ここは悪い鬼が退治されるとこだろうよ……」
■ ■ ■
ぽっかり浮かんだ月の下で、八坂神奈子と星熊勇儀は対峙していた。
「わるい勇儀、遅れた。」
「萃香か。他のは。」
伊吹萃香は静かに首を振った。勇儀は萃香に顔を向けることなく神奈子へ率直な感想を告げる。
「予想外もいいとこだよ。まさか鬼が全滅とは思わなかった。」
神奈子は何も答えなかった。きっと天狗や河童を誇りたかったのだろう。しかし彼らも全滅したことを考えれば、そういうわけにもいかない、そんな逡巡にみえた。勇儀は少しだけ表情を崩す。
「たいしたもんだ。山の地形を最大限に生かした陣形と兵の配置、攻めては引いて、短気なあたしらを誘い込むやり方。かと思えば勝負どころでは死を恐れぬ猛攻撃だ。みんなあんたの指示なのかい。」
「私ではない。奴らが智慧と勇気を示しただけだ。」
神奈子は表情を崩さなかった。既に数十匹の鬼を屠ったこの神は、なおも月光をその注連縄に浴びながら、衰える気配がなかった。勇儀はわからなかった。なぜこんな神が山を治めているのに、あんな愚かなことをしでかしたのか。
「あんた、名前は。」
「八坂神奈子。この山の神、すべての責任者だ。」
けれども勇儀は理解した。きっとこいつは同類なんだろう。もしできるのならこの神奈子という神と酒を酌み交わしてみたいと、勇儀は思った。
「あたしは星熊勇儀。山の四天王、鬼の頭角だよ。」
「伊吹萃香。同じく山の四天王だ。」
萃香にもよく分かった。神奈子の眼に曇りはなかった。馬鹿正直な奴の眼だった。だからここにいるのだろう。
「さあ、ケリつけようか!」
誰が言ったのかはわからなかった。誰が言っても同じだったろう。月光に狂わされたように、猛る三人はぶつかった。
■ ■ ■
チルノは約束の時間より早く紅魔館に着いた。妖精が時間を守るなんて変な話だ。そもそも時間という概念があったのだろうか。
今日のチルノは忙しかった。夜通し三月精や天子達と宴会の準備をして、朝になってからは一日中、一人でも多く宴会に誘おうと方々を駆け回っていた。なのに妖怪はどこにもいない。前に声を掛けた厄神も、地底の土蜘蛛もいなかった。気付けばもうすぐ宴会が始まる時間だった。
遅れてはなるまいと、他の奴を誘うのを諦め紅魔館へ急ぎ足で向かうことにした。魔理沙を待たせるわけにはいかない、チルノはまずそれを第一に考えていた。
「おい魔理沙、元気になったか!?」
昨日の奴らは既に全員集まっていた。そしてみな一様に俯いて、ベッドの方に顔を向けていた。チルノは駆け寄る。頭をかすめた予感を拒絶するために。
「ごめんなさい……ごめんなさいっ……」
小悪魔は壊れたように謝り続けていた。ベッドの上の霧雨魔理沙は、眼を閉じたまま、土色の穏やかな顔で、ほのかに熱を残したまま、しかしチルノの挨拶にもう軽口を返してくれなかった。
「魔理沙……おい魔理沙!! 起きろよ!」
チルノは魔理沙を揺すった。それが無駄だということはチルノにもわかっている。死という概念がないはずの妖精にも今の魔理沙の状態は理解できる。それはチルノの横で唇を噛む三月精もまた同じだった。
「なあ魔理沙。宴会これから始まるんだぞ! お前のお祝いだろ、約束したろ。なんでだよ……なんで起きないんだよっ!!」
なおも小悪魔は謝り続けていた。たまらずプリズムリバー三姉妹が彼女を抱きかかえる。比那名居天子はベッドの前で俯いていた。秋穣子は椅子の上で顔を覆っていた。風見幽香は眼を閉じたまま、微動だにしなかった。
「……ごめん。」
呟いたのはチルノだった。たまらず口から溢れ出たような、そんな言葉だった。
「ごめんよ、魔理沙。あたいのせいだ……」
一つずつ、一つずつ、言葉が漏れる。また無音になった部屋に残るのは、その声だけだった。
「……ごめん、ほんとにごめん……やっぱあたいなんかじゃ……あたいじゃ何にも――」
「だめだよチルノちゃん。」
鋭い声がそれを制す。大妖精だった。
「だめだよ。言っちゃだめだ。魔理沙さんはチルノちゃんを幹事だと認めて、全部任せてくれたんだ。だめだよ。そんなこと言ったら、魔理沙さんを裏切ることになるんだよ。」
両肩をつかまれた。くしゃくしゃになった顔は、チルノと同じだった。
「チルノちゃんはもう最強の幹事なんだよ。できたんだ。みんな集まって、宴会できるんだよ。ここでやめたら、魔理沙さん悲しむよ……」
叱りつけていたはずの大妖精が、チルノの胸に崩れ落ちた。肩を震わせる友人を、ずっと寄り添ってくれていた友人を抱いて、チルノは顔を上げた。
涙を拭かず、言った。
「――なあ、お墓ってどうやって作るんだ。」
皆が顔を上げた。幽香だけが眼を閉じたまま、深く頷いた。
「予定へんこーだ。お見送り会やろう。魔理沙達がすぐ帰ってきたくなるよう、思いっきり呑んで暴れてやろう。」
キスメがくれた甕に、穣子が炊いてきた米を入れる。ヤマメからもらった麹をたっぷり振りかけたら、混ぜて水を注ぐ。雛のいた川から汲んできたものだ。
蓋をして、咲夜とパチュリーが作ってくれたカードを貼り付ける。あとは十分もかからないだろう。
テーブルに食事を並べる。天子が採ってきた桃と、三月精がもってきた料理。スターサファイアが腕によりをかけて作った料理は見るからに美味しそうだ。ルナチャイルドはお手製の漬物をもってきた。天子と一緒に夜通し掛けて焼いた桃入りコーヒーケーキもある。見てくれは怪しいが本人いわく最高傑作らしい。サニーミルクのはひたすら豪快だ。大妖精は湖で魚を捕ってきてくれた。あとで焼いて食べよう。
「もう大丈夫かな?」
「大丈夫だと思います。」
穣子と小悪魔が緊張の面持ちでふたを開ける。なんせどれくらいやればいいかわからない一発勝負である。天子とサニーもたまらず中を覗き込む。それは、ちゃんと発酵していた。
「大丈夫、出来てる。」
「ホント、やった!」
「「「「「やったーー」」」」」
天子がガッツポーズを取る横で、穣子と小悪魔は抱き合っていた。回りでは妖精が踊りはねている。勢いあまったメルランはファンファーレを鳴らした。意外と好評だった。
「早速呑もうぜ!!」
「待て!」
騒ぐサニーをチルノが制した。
「まずは魔理沙達だ。」
コップに出来立てのどぶろくを注いで、墓前に置く。アリス・マーガトロイドとパチュリー・ノーレッジ、レミリア・スカーレットと十六夜咲夜、紅美鈴にフランドール・スカーレット、そして秋静葉と霧雨魔理沙、八つの墓標に八つのコップが並んだ。
こんなことをするのはチルノにとって初めてのことなので、天子や穣子に手取り足取り教えてもらう。「まあ神道の作法とか色々あるけど、気持ちよ気持ち」と穣子はおおらかだった。
もちろん大妖精や三月精にとっても初体験だった。人間の幼子と同じように、彼女たちはその所作を楽しむようにこなしていた。そっちの方がいいだろう。
ルナサも空気を読んでくれた。落ち着いた旋律だが、湿っぽさのない選曲だった。
幽香が懐から袋を取り出す。それはいつか里の花屋でもらった、季節の種の詰め合わせだ。
お墓の周りにそれを蒔いて、傘を軽く振るう。たちまち芽が出て、辺りは花でいっぱいになった。緑を取り戻した廃墟に、妖精達が続々と集まってきた。散り散りになった妖精メイドに、花の妖精。なぜかリリーホワイトまで混じっている。
みなで墓前に手を合わせる。「神と悪魔が同時にこんなことをしているのってなんかおかしいよね」というリリカの独り言に思わず数名が吹き出した。堅苦しいところの一切ない、故人の人柄を偲ばせる葬儀だった。
振り向くと新しい客がいた。森近霖之助だった。
「おせえよこーりん!」
チルノが駆け寄る。霖之助は無言のまま俯く。ここまで来て、なお彼はどうすればいいのかわからなかった。
「ありがとう。来てくれたんだ。」
声を掛けたのは天子だった。霖之助の手を取って、彼女は丁寧にお辞儀する。頭を下げられる義理なんかないのに。霖之助は戸惑った様子でまた俯く。
「……魔理沙は、さっき息を引き取ったわ。ごめんなさい。」
その後に続いた天子の言葉に、霖之助は俯いていてよかったと思った。謝らなければならないのはこちらなのに。
「いや……いいんだ。すまない」
「おい、こーりん。今"おそうしき"ってのをやってるんだ。みんなで宴会して魔理沙のこと笑って送り出してやろうぜ!!」
チルノの言葉に霖之助は苦笑した。この氷精の方が、ずっと魔理沙のことを理解してるじゃないか。霖之助は顔を上げた。心が晴れることはない。おそらく永遠に。でも、やっとやらなくてはいけないことを理解できた。顔を上げて、天子に言った。
「この花束、魔理沙の親父さんからだ。手向けてほしいと頼まれた。だから、僕も魔理沙に手を合わせていいかな。」
天子は笑った。それは彼女にとっても、希望の言葉だった。
「当然じゃない! さあとっとと行きなさい。終わったら宴会始めるわよ。」
みなに酒が振舞われる。妖精達が押し寄せてきたせいで参加者が増えすぎた。皆が二杯呑めるかは微妙なところである。そんな賑やかな会場にこさえられたガレキの舞台に、チルノが立つ。
「コホン、えー、本日はお月柄も……あれ、なんだっけ?」
サニーとルナの野次がとんだ。いつか見た光景に妖精メイドたちものっかる。うろ覚えの口上を中断されたチルノは、もうめんどくさくなったようだ。
「うっせえ!! もういいや。いくぞ魔理沙、聞いてっか、かんぱ……じゃねえや、けんぱーい!」
「「「けんぱーい!!」」」
大小バラバラのコップが一斉に掲げられる。少しだけコップのぶつかる音がしたが、まあ許容範囲だろう。
「……ぅぇ」
「……なんか、へんな味……」
しかし弾けた参加者達の表情が歪んだ。穣子は慌ててもう一度口に含む。やっぱり変な味だった。
「あれぇー、なんでだ?」
「やっぱり時間を早めて造ったのがよくなかったんでしょうか。」
申し訳なさそうな顔をする小悪魔の肩を幽香がぽんと叩く。
「気にすることないわ。これはこれで面白いじゃない。」
「でも――」
落ち込む小悪魔に、幽香は笑顔のまま横を指差した。そこでは妖精たちが酒を呷りながら飛び跳ねている。
「出来不出来なんて些細なことよ。さあ、献杯しましょ。貴方のお姉さんと、紅魔館の住人に。」
幽香は手にしていたお猪口を二人の前に掲げる。少しだけ間を置いて、小悪魔はグラスを掲げた。穣子は唇を結ぶ。そして持っていた湯飲みを掲げた。
「……うん、やっぱりちょっと変な味だね。」
穣子と小悪魔は顔を見合わせる。それは笑顔だった。
「ああ、もう始まっちゃったか」
三人は新しい来客に気付いた。藤原妹紅だった。
「いらっしゃい。」
「うん……」
霖之助と同じく俯く妹紅に、小悪魔が近寄った。
「そんな顔しないで。どうぞ。」
「ごめん……本当に、ごめん」
「もういいんです。さあ行きましょう。」
妹紅の覚悟はあっさりと水に流されてしまった。館を壊した自分が、壊された館の住人に引っ張られて、館の跡地を歩いている。妹紅は自分が馬鹿らしくなった。なにをこんなに迷っていたのか、これでよかったのだ。
「あ、タケノコがきた!」
「わーい!」
妖精たちが駆け寄ってきた。妹紅は苦笑いをする。
「ははっ、私はタケノコかよ……」
そして背中にしょっていた風呂敷を下ろして広げる。今朝採ってきたタケノコがごろごろ出てきた。大歓声の妖精たちに、幽香は釘を刺す。
「ほら、タケノコさんも魔理沙達にご挨拶したいんだって。ちゃんと通してあげなさい。」
妖精の間でも特におそれられる幽香の一言に、たちまち道が出来た。妹紅はまた苦笑する。
「これさ、よくわかんないから適当に持ってきたんだけど……大丈夫かな?」
妹紅は手にあった花束を幽香に自信なさ気に見せる。勿忘草だった。
「いい選択だと思う。」
幽香はにっこり笑った。妹紅もはにかんだ。来てよかったと、彼女は思った。
「お酒注いできてあげる。のんびりしてたらあいつらみんな呑んじゃうわ。」
「ああ待って。杯は持ってきてるんだ。」
妹紅はポケットから杯を取り出して幽香に差し出す。萃香がくれた杯だ。
「へぇ、タケノコのくせにずいぶん良いもの持ってるのね。」
「いいだろう、こないだ友達からもらったんだ。やらないよ?」
首をすくめる幽香に軽くおどけてみせてから、妹紅は魔理沙達の墓前に手を合わせた。蓬莱人の仕事は、知り合いの死を見送ることだと、彼女は改めて理解した。
「ひひひ。もりあがってるじゃん」
最後の客だろう。欠かせない客だった。
「誰だお前?」
チルノが駆け寄って声を掛ける。黒のワンピースに、赤と青の翼が三つずつ生えている。はじめて見る少女だった。
「ひどいねぇ。最初っから一緒にいて手伝ってやったってのにさ。まあいいや。名乗るほどのもんじゃないよ。酒の匂いに誘われてやってきた、ただの妖怪さ。ひひひ」
「そっか。まあいいや。あたいの宴会は来るもの拒まずがモットーだかんね。好きなだけ呑んでけ!」
「じゃあ遠慮なくいただくとしようかね!」
少女はうれしそうに飛び跳ねた。それはそうだろう。ずっと楽しみにしていたのだから。
チルノに腕を引っ張られて宴会の輪に混ざる。しばらく時が経てば妖精は忘れてしまうかもしれない、そんな宴会の輪に。
「ほらこれがお酒だ。あたいたちで造ったんだぞ。」
「そりゃそうだろうねえ。ひひひ」
大妖精から誇らしげに差し出されたコップを、笑顔で受け取る。
「ああそうだ。一つお願いがあるんだけど、あたしも献杯していいかい?」
「ん? ああいいよ。」
そして封獣ぬえはコップを掲げる。
「世話になった連中がこないだ死んじまってね。だからそいつらに、献杯。」
「けんぱーい!」
そして皆で酒を呑む。永い時が経てば妖怪は忘れてしまうかもしれない、そんな酒を。
「こりゃ変な味だ。旨い!」
「そうだろ!」
そして笑った。参加した連中しか知らないような、そんな祭りの打ち上げを祝して。
「ねえ、そのお世話になったって人たちのお墓も立てたほうがいいんじゃない?」
横にいたスターサファイアがチルノに声を掛けた。ルナチャイルドとサニーミルクも「そうだそうだ」とはやし立てる。
「そうだな。そいつらも一緒の方がいいな。よし、今から行くぞ。お前も来い!」
チルノはぐいと腕を引っ張る。引っ張られた方はしばしきょとんとしていたが、やがて照れたようにはにかんだ。
「……ひひひ、そうかいそうかい。そりゃあんがとよ!」
初夏らしい朗らかな会場を愛でるように、プリズムリバーが舞台に立った。皆の視線もそこに集まる。お約束の前口上に続いて、月下のライブが始まった。
最初はルナサのソロライブ。死んでいったものへ捧ぐ、とても優しい葬送曲
次はメルランのソロライブ。生き残ったものへ捧ぐ、どこか滑稽な綺想曲
続いてリリカのソロライブ。すれ違った想いへ捧ぐ、ちょっと切ない小夜曲
そして合奏。幻想郷すべてへ捧ぐ、ささやかな讃歌
「ねえ見て! お山がきらきら光ってる! きれいだねー」
■ ■ ■
「お疲れ様でした。」
永江衣玖は満足げな表情を浮かべて一礼した。これで万事終了だ。一段落したら休暇を取って温泉にでも行こうか、そんなことを考えていた。
「いえいえ、龍神様のお頼みとあれば、私は何でもいたします。何とかご満足いただける結果になったようでこちらこそほっとしておりますわ。」
衣玖の正面に腰掛けていたのは八雲紫。彼女の顔にも達成感と安堵があった。
「さあ、永江様もお掛けになって。わざわざ地霊殿まで足を運ばせたのは私どもの方なのですから。」
紫の横に腰掛けていた古明地さとりは衣玖に腰掛けるよう促す。衣玖は慎んでそれを承諾した。
「これで龍神様の御懸案も晴れました。私も良い報告が出来ます。本当にありがとうございました。」
火炎猫燐が持ってきた紅茶に口をつけながら、衣玖はそう言った。
「ふふっ、それにしても龍神様が天狗とは別に八雲様にも話を持ちかけていたとは思いませんでしたわ。」
静かにティーカップを置いて衣玖の心の声に感想を述べるさとりに、紫も含み笑いで頷いた。
「最近流入者が急激に増加していることに龍神様は頭を痛めておられたのです。このままではいずれ幻想郷はパンクしてしまうのではないかと。」
「それで、そりが合わない両陣営の対立を煽って、間引きをさせようということですか。ふふっ」
「あっちが龍神様の御意向を担ぎ出してくるのは予想できたからね。紅魔館と命蓮寺を潰してくれるまで、好きなようにやってもらうことにしたのよ。」
「紅魔館と命蓮寺を叩けというのは龍神様のご意向だったのでしょうか?」
「いいえ古明地様。龍神様の御指示は『妖怪の数を調整せよ』これだけです。誰が生き、死ぬかなど龍神様にとっては瑣末なことなのでしょう。」
「あらまあ」とさとりは微笑んだ。衣玖は少しばかり柔らかな間を作ってから、紫をねぎらう。
「ただ今回のあなた方の行動を龍神様は評価しておられる御様子です。引き続き今まで通りの体制で幻想郷を管理して構わないと、そう仰られていました。」
紫の顔がほころぶ。対抗勢力との抗争に勝ち抜き龍神様のお墨付きをもらう、これで彼女の地位も安泰といえるだろう――最高神の気が変わらない間は。
少しだけ謙遜するようにして、紫はその喜びを滲ませる。
「まあ私は今回何もしていませんけれどね。全部さとりや幽々子、月の連中のおかげ。」
「そんなことありませんわ。紫様が体を張って下さったからこそ、全て上手くいったのです。」
さとりもその謙遜を見透かして、紫を持ち上げてみせる。白々しいやり取りは幸福に満ちていた。
「いいのよ。そろそろ私も学習しなくちゃね。あんまり目立つと敵を作るばかりで。」
「今回のみそぎで八雲様をやっかむ地底の声も消えましたわ。」
「これでやっと大手を振って旧都を歩けるかしら。」
首をすくめる紫に、さとりは満ち足りた視線を返す。
「今度案内致しますよ。おかげであそこも静かになりました。」
さとりは首を横に向けた。地霊殿のテラスからは旧都が一望できる。そこは相変わらず薄ぼんやりとゆらゆら光っていたが、以前より幾分空気が落ち着いたように見えた。
「……ええ、そうです、八雲様。鬼は基本的にいい奴らなんですが、『困った友人』だったんですよね。彼らがいると中々進むものの進まないのです。彼らは古い価値に縛られすぎる。あの寂れた旧都にも確かに趣きはありますが、今の若い妖怪はああいった空気を必ずしも好まないのですよ。」
一つの視線を紫へ向けながら、さとりは紅茶の水面に二つの視線を落とす。
「実はあの山攻めの後、新地獄の方から旧都を中有の道の代わりに観光地化しないかという誘いがきましてね。これでようやくここも先進的な都市になるでしょう。スラム街を温泉旅館や娯楽施設に建て替え、誰もが楽しめる街にする予定です。現在は地上の入り口から以前橋が架かっていたところまでを綺麗に舗装する工事を行っていましてね。地上の者もこれで地底に来やすくなりますわ。きっと交流もより盛んなものとなるでしょう。」
「期待しているわ。これは私からのお祝い。軍資金にはなるでしょう。」
紫はさとりへ書類を差し出した。
「核融合施設の権利書。これであそこは100%貴方の施設となった。幻想郷のエネルギー大臣といったところかしら。」
「ああ、これで予算にも目処が立ちます。ありがとうございます。」
この権利書もさとりが最初から求めていたものの一つだった。夢見る少女を装うさとりを、紫と衣玖は柔らかな微笑で称える。
「あら、他にも何か挟まってますわよ。」
権利書をめくっていたさとりがそれに気付く。紫は子供っぽく微笑み返す。
「ふむ……ああ幻想郷縁起の草稿ですか。」
それは一応阿求の字ではあった。しかしその書面は加えられた朱で真っ赤であった。さとりは軽く目を通す。そこにはこうあった。
『妖怪の山異変』――妖怪の山で閉鎖的な生活をしていた天狗・河童・山の神が幻想郷を征服しようと企てた異変である。博麗の巫女と幻想郷の妖怪・人間が一致団結し、多大な犠牲を払いながらもこれを解決した。当代の巫女(博麗霊夢)が解決した最後の異変となった。
「あれが使えないからチェックが多くて。困ってしまうわ。」
愚痴をこぼす紫へちらと視線を送って、さとりはその草稿を衣玖へ手渡す。
「……ええ、そうですね。歴史など私達の"見たまま"を記せばいいだけですからね。これぐらいが丁度よいかと。」
「そう。今の稗田は我が強すぎるのよ。こちらが言ったように書けばいいだけなのに。さすがにあのあと少しお灸を据えておいたけどね。」
「そういえば――」
愛想笑いを交わす二人を横目にしながら草稿に目を通していた衣玖が、思い出したように口を開いた。
「次の博麗の巫女ですが、龍神様はあれで構わないと。」
「そうですか」と、紫はにっこり微笑んだ。
「それはよかったです。では無事ご了承もいただけたことですし、早急に襲名披露の儀を執り行うこととしましょう。お二人もよかったらご覧になりに来てください。」
紫はスキマから取り出した案内書を二人に手渡す。それには新しい博麗の巫女が写真つきで紹介されていた。
「ほう、今度の巫女は銀髪なのですね。」
「ええ。時間も止められますの。実力的には歴代でも指折りですわ。前のより仕事熱心そうですし。」
「わかりました。何かあればまたお声を掛けて下さい。適当な異変でも起こさせますよ。」
さとりの言葉に紫は「お願いしますわ」と頭を下げた。
「さあ、事務連絡もあらかた済みましたし、祝杯でも挙げましょう。」
紫と衣玖もその提案に頷く。さとりが手を叩くとお燐がワインを持ってきた。普段のふざけた態度はどこへやら、お燐は手馴れた様子で栓をあけ、上品にグラスに注ぐ。
「では、幻想郷のしきたりに習って、異変解決を祝して宴会と参りましょうか。何に乾杯いたしましょう?」
さとりはちらりと紫に眼を遣った。紫はしばし思案して、グラスを手に取る。
「では、すべてを受け入れるこの残酷な幻想郷に」
「『私が受け入れるすべて』を受け入れるこの美しい幻想郷に」
さとりが茶化すように添えた。苦笑する紫に代わって衣玖が言葉を返す。
「おや、誰がそんなことを考えたのでしょうか?」
「さあ……誰でしょうね。うふふ」
三人は一斉にグラスに口をつけた。幸せに満ちたテーブルは、しかし渋いものに変わった。
「おや……」
「あら、保存が悪かったのかしら?」
客人の曖昧な言葉を待つまでもなかった。さとりはお燐をじろりと見遣る。表情こそ柔和なままだが、明らかに不機嫌だった。
「……そう、またあの子。困ったものね。」
「にゃはは……すみません。きつく言っといたんですが。」
「八雲様、永江様。申し訳ありません。今すぐ代わりを持ってこさせますので。」
神妙な顔のさとりに二人は笑顔を向ける。
「別に気にしませんよ。」
「そうですわ。ところでまた、ということは前にも似たことが?」
「お恥ずかしいことです。あの時山の裏手にいた天狗と河童の子供を捕まえたでしょう。あれの奴隷市が先日催されていたので一匹給仕用に買ったのですが、これが使えなくて。」
さとりはため息をついた。
「仕方ない。お燐、今度別のを買うからあれは貴方にあげるわ。好きなようにしなさい。」
「ホントですか!」
お燐は飛び上がって喜んだ。鼻歌混じりに新しいワインを取りにいく後姿を、三人は呆れ顔で見送った。
■ ■ ■
とんとん、とん。軽やかな響きが泥道を叩く。
けんけんぱで遊ぶ童のように、彼女はその小さな体を弾ませていた。肩にかかるぐらいの黒髪がそれに合わせて揺れる。水たまりに足を踏み入れるたび、安物の着物に泥水が撥ね、裾にしみを作る。
だがそれは些細なことだった。このどんよりした旧都の外れの空気は、衰弱していた彼女にいくらかの力をもたらしていた。やはりこういう空気が性にあっているのだろう。
大きく跳ねた彼女の前に、一人の少女が立ち塞がった。その動きをよけきれず立ち竦んでしまったと言った方が適切か。彼女よりさらに幼い見た目の少女は、特に驚いた様子も見せず彼女の方を見上げた。
「ああ、ごめんよ。」
少女は答えない。ぼさぼさの緑髪からは小さな角がちらと見える。鬼なのだろう。
「どうしたこんな道の真ん中で。迷子かい? お父さんお母さんは?」
「しんじゃった」
たどたどしくそう答えた。彼女は悲痛な表情をするでもなく、鬼の少女の前にしゃがみこむ。泣いてこの子が助かるのなら、してやってもよかったが。
狭い路地の隅には、似たような境遇の子供がたくさんいた。どれもあの戦で親を失い孤児となり、道端で物乞いをしている。半分呆けた老人や、一人では生きていけないかたわ者や病人――この路地の住人は他にも多彩だ。だが、そんな路地もまもなく再開発の波にのまれるだろう。
鬼の少女は眉一つ動かさなかった。もう感情など枯れたのかもしれない。彼女はぼさぼさになった少女の髪を手で梳いてやった。セミロングぐらいのその緑髪は、どこか懐かしさを覚えた。
「お嬢ちゃんは、神様って信じる?」
その面影に中てられてしまったのだろうか、彼女は思わずそんなことを口に出した。鬼の少女はしばし意味が分からないといった顔をしていたが、やがてこくりと頷いた。とりあえず同意しておけば小銭を恵んでくれるかもしれないと、直感的に考えたのかもしれない。
「じゃあね。これをあげよう。」
彼女は胸元から取り出した物を少女へ見せる。蛙の髪飾りだった。それを緑の髪につけてやる。やっぱりよく似ていた。
「何か困ったことがあったらこれを持ってお祈りするんだよ。」
「くれるの?」
「ああ。私にはもう必要ないからね。」
もう一度頭を撫でて、その少女と別れた。運がよければ女衒に拾われ梅毒で死ぬか、まあたいがいは野たれ死にか。もう会うこともないだろう。
いっそう身軽になったその身を、彼女はまた弾ませる。目的地は角を曲がってすぐだった。
扉としての機能を果たしていない戸を引く。立て付けが悪くて戸が外れてしまった。気にする必要もないかと、彼女は穴だらけの引き戸を隅に立てかけて中へ入っていく。
中には薄汚い小部屋がいくつもあった。立ち込める甘ったるい臭い。安い薬は味だけでなく臭いも悪い。
目当ての女性はいつも奥の部屋に引きこもっていると聞いた。行くあてもないのだろう。だって彼女にはもう待つ場所も、待つ人もいないのだ。
声も掛けずに襖を引いた。部屋の隅で四肢をだらりと放り投げていた水橋パルスィは、襖が開いたことに何の反応も返さなかった。阿片窟の小坊主か、金貸しの取立てか、はたまた安銭片手に体でも買いに来たか、その程度だと思っていた。
だから入ってきたのがずいぶんと小さな女の子だと気付いて、さすがのパルスィも多少意識が戻ったらしい。でろりとした緑眼を、襖によっかかって髪留めをいじる客に向けた。
「どうも」
「なぁにぃ」
彼女は愉しそうだった。やはりこのドヤ街は居心地がよかった。ここには妬み、恨み、怒りが渦巻いている。やはりこれしか、ないのだ。
「名もない祟り神なんだけどさ、誰か殺したい奴いない?」
おしまいです。ここまでお読みくださり本当にありがとうございました。
龍神様と里に関する妄想から始まり、最初は仁や義を見せた奴はもれなく死ぬという嫌な話を書こうと思ってました。ただ、純粋な邪心にしたかった諏訪子が早苗と魔理パパのせいでずれていったり、小ネタのつもりだったチルノぬえが膨らんだのもあって「讃歌」に題を変えようと思い立ちました。今まで頂いたコメントの中で不快感を覚えたという御意見がありましたが、そこらへんがねじれてしまったためかなとも思います。特に霊夢と神奈子ですね。
また同時にできるだけ多くのキャラを役割つきで出して群像劇っぽくしたいなあという邪な考えが混ざったこともありまして、こんな具合になりました。そのため余計なところが多いという指摘はごもっともです。
リリーホワイトと茨華仙が結局出せませんでした(レティも反則気味ですが)。リリーは最後モブっぽく出しましたが、宴会で何かを役目を与えきれずこうなりました。舞台を春にすれば出せたなあと反省しております。最初は早苗ちゃんのいけにえ役をリリーにしようと思ってたんですが。
読んでいただいた方、そしてコメント下さった方、本当にありがとうございました。特にNutsIn先任曹長様には全部にコメントを書いていただき、いつものことながら感謝し切れません。他にも名無しの方で複数回コメントしてくださったと思われる方もおりまして、重ね重ね感謝いたします。
妄想の吐き出し場を与えてくださった管理人様にも感謝いたしております。無駄に容量が大きくご迷惑をおかけしたかと思います。また短期間で複数回投稿し、他の作家様にもご迷惑をかけたかと思います。申し訳ありませんでした。
話の関係上新作が発表されるであろう(そして発表された)例大祭前に公開したいと当初思っていたのですが、このような事態となってしまいました。この時期の投稿ということで多少躊躇いもありましたが、出すことにしました。
そして何より神主様に感謝いたします。
3/31
遅くなってしまいましたが皆様コメントありがとうございました。これほどコメント頂けると思わず、驚いております。
懸念はあったのですが皆様のご満足をいただけるものではなかったようで、後悔と申し訳なさでいっぱいです。
コメントへの返信に先立ちまして私なりの意図を記しておくことにします。こういうことは読み手の自由を奪いかねないので書くかどうかずっと悩んでいたのですが、自戒を込めて書き出しておきたいと思います。読みたくないという方は飛ばして下さいませ。
書いてみたかった世界は、「人々は対立しているけれど、考えてることは対立しあっている双方とも同じで、そして彼らの行動は世界の構造にとって一切意味を為さない」というものです。そして構造の象徴は龍神と十王です。彼らは話に姿すら現さず、一切揺るがず、どう情勢が変ろうと優位にあります。
紫やさとりはその意味で勝ってないように書きたいと思っていました。紫は大天狗長と同じ立ち位置で、さとりは慧音と同じ立ち位置として終わらせたいと思っていました。彼女達も龍神達の方針転換自体で簡単に大天狗長や慧音と同じ立場になると。そして4話の裁判ごっこの長台詞にありますように、紫とさとりは自分達が言ったことすら守らず一切反省せず、必ずまた同じことを繰り返すのだと。
そしてそういう世界の中では、白蓮のように理屈を以っても(1話の法話会は龍神への反論のつもりでした)、霊夢や神奈子のように悩みぬいて自己に向き合っても、フランや早苗のように成長しても、魔理沙やレミリア達のように己の生き様を貫いても、文や鬼、式達のように仁義を貫いても、魔理パパや椛のように利を貫徹しても、鈴仙や諏訪子のように怨嗟に生きても、幽々子やお燐、輝夜のように刹那の享楽を求めても、構造自体には何の影響も与えません。せいぜい彼女達の周りの人々に影響をもたらすだけです。そういう世界を書きたいと思っていました。それが蓮子の言う私達と変わらない世界です。
でもそんな世界を、懸命に足掻いた者や、勝ったつもりでいる者、そして変化しない世界さえ全てひっくるめて讃えられる者がいるとすれば、それは阿呆と道化だけではないか、そう考えました。それを書きたいと思ってチルノとぬえの宴会を長々と書きました。カタルシスの欠片もない讃歌ですが、これが今私に書ける精一杯の希望でした。
おそらくこういった点はほとんど書き表せていません。これだけ書いて主題が書けないとは情けない限りです。
>1様
話が出来すぎていてつまらないというのは反論のしようもありません。申し訳ありませんでした。
「讃歌」は世界はクソッタレなままだけれど、それを讃えられるのは馬鹿だけだ、という意味で書きました。皮肉でしかないと思いますが、これが私にとっての最大限の希望です。
>2様
最後の台詞はトラップとして書ければいいかなと思いました。諏訪子にのると結局死ぬだけだけなのにのらざるを得ない感じにさせるというか。
>3様
永琳は今後どうとでも転ぶ危険分子としてああいう最後にしたのですが、なんかうまく使えなかったように思います。
>4様
紫の狙い通りに動きすぎだという意見はおそらく多くの方が抱かれたかと思われます。話の作り方として甘かったということだと思います。特に紅魔館の使い方は不味かったです。
全員出すというのは龍神から見てこれが「キャラリセット」の話になっているため全勢力出した方がいいかと思ったのですが、自己目的化してしまったと反省しております。
>5様
お酒は最後なにかまとめが欲しいと思って入れました。色々詰め込みすぎたため全然まとまっていないのですが、せめてと思いまして。
>NutsIn先任曹長様(6,23)
クソッタレな世界というのは紛れもなく私が書きたかったことです。そんな不愉快なものにつき合わせてしまって申し訳ありませんでした。私にとって希望は妖精の馬鹿さだけですが、これが幻想郷の二次創作でしかないと私は信じています。だから曹長さんの甘ったるい世界を私も望みます。
二番目のコメントはただただ驚きました。本当に曹長さんは紫と"ゆかれい"が好きなんだなと再確認させられました。私にはここまで紫を深められません。少しでもこうでありたいと思います。
>ローゼメタル様
ありがとうございます。悪意は感じませんでした。コメントを残してくれるというのはありがたいですし、悪意は見慣れてますから。
>8様
すみませんでした。最後の盛り上がりという点がダメダメだったという指摘として胸に刻みます。
個人的にはこれは東方らしくはないと思って書いてはいました。
>9様
なんだか恐縮です。やはりご都合主義を漂わせてはダメだと思いますので読んでくれた方に申し訳ないです。
ゆゆゆかがいつも書けません。何とかしたいです。
>ブロス・サム様
ありがとうございました。ご指摘の通り悪党と馬鹿が残りました。でも私は馬鹿に期待したいです。
>11様
地霊殿は小悪党っぽくしたかったですが、うまくいきませんでした。
早苗の罵倒シーンは書き手の力不足です。もう少し分かりやすく書くべきでした。
>12様
竜頭蛇尾、そして紫の狙い通り行き過ぎという指摘は他にも多く頂いており、最も不味いところでした。
いつもそうなってしまうので、そろそろどうにかせねばと思います。
幻想郷は本来こういうつまらない世界ではないと、私も信じます。
>13様
すみません。私も諏訪子に頑張ってほしいと思いつつ、諏訪子をヘタレキャラとして書いてしまった申し訳なさもあります。
>14様
チルノがこれだけというのは仰るとおりです。これだけしか希望が見出せませんでした。ぬえに死人役をやってもらったのは、馬鹿を導くのは道化と幽霊という古典劇の影響です。
自分は龍神をラストに持ってくることしか考えていませんでした。そちらの方が話として面白かったですね。
>15様
すみません。最初に話の構造と関係図を全部書いてから当てはめたのが不味かったかと思います。
感慨の抱けないものを読んでくださったことに感謝します。
>16様
ありがとうございます。等しくクソッタレというのは3話でパルスィに言わせたとおり書きたかったことです。
>17様
すみません長すぎましたね。以後控えます。
>18様
ゆゆゆかの共有イメージを壊せるようにしっかりと書けませんでした。諏訪子も親子ネタの深みに嵌り、ヘタレ化させすぎました。
霊夢もこれではザコすぎますよね。システムが感情を持ったらこうなるというイメージで書いていたんですが、やりすぎました。
事前のイメージがゆるかったなと後悔しています。
>19様
全出演は「キャラリセット話」を錦の御旗にして自己目的化してしまいました。読み返して自分でもいらないかったかなあと思うキャラがいて、あほなことをしでかしたと思っています。
前半のキャラの奮闘がことごとく意味を為さないという世界を書きたかったのですが、目的が明確化せず書きながら意図が散乱してしまったのではと反省しています。
>20様
すがすがしいゲスさは私にとって賛辞です。ありがとうございます。
>21様
かっこよく死んだ者が勝者であれば、それは幸いです。レミリア達は浮いてしまいましたね。
>22様
レミリアと鬼は似たもの同士として書ければと思っていました。
>24様
長文ありがとうございます。
ご指摘のところは悩みどころでありまして、今回終盤は自分の中でこう書くと最初からかっちり決まっていて、序盤中盤はそのオチに向けて思い付きを淡々と書き連ねたつもりだったのですが、中盤までが面白かったというのはどういうことなんだろうというところがありまして、皆様の御意見を自分が今後生かせるのかという不安が消えません。もっと徹底的に練った方がいいのか、とっかかりが根本的に拙いのか、何も考えないで書き連ねた方がいいのか……
>25様
ごめんなさい。全く書けていませんでした。やっぱり最初の部分がぐらぐらなんだろうなあ……
>26様
ありがとうございます。
カタルシスをどう出すか、どう満足感を得てもらうか、なんとかしたいです。
>イル・プリンチベ様
ありがとうございます。
なんというかいつも起承転結全部ばらばらに考えて後で無理やりまとめるので、結になってないのかなと少し思いました。掲示板にあったように、軸がその都度ぶれているのかな、と
どうもご迷惑おかけしました。
んh
- 作品情報
- 作品集:
- 25
- 投稿日時:
- 2011/03/16 15:21:00
- 更新日時:
- 2011/04/21 01:07:29
- 分類
- 妖怪の山
- 守矢
- 紅魔館
- チルノ
- 3/31コメント返信
で、現状「讃歌」という言葉が皮肉として用いられているようにしか思えないのですが、この解釈で合っていますでしょうか?
あの紫ババア共をですね…
最後に微笑むのは性根の腐った女狐達
そして最後まで戦いと全く関係なかったチルノ達ってのがなんともやりきれんぜ
同じ『笑い合う』なのに感じ方が全く違うや…
とことんまで腐ることが、あるいはどこまでも馬鹿になることが幸せになる秘訣なんかな
この手の『みんなが幸せを願っていたのに、あるいは願った故に起きてしまった悲劇』作りと、死ぬのを惜しいと思わせてしまうキャラクター作り両方こなせるんhさんはすごい
特にレミリアと大天狗長、早苗さんの死には圧倒されました
まったくの無関係なのに巻き込まれたり、自業自得だったり、良かれと思った行動から死に至ったりといろんな悲劇を見れたのも産廃的に最高でした
霊夢、マリパパ、鈴仙がどうなったのとか、欲を言うと見たい部分はありましたが、それでもこの話を見おえて自分は大満足でした
最後に、こんな素晴らしい産廃的幻想郷を見せてくださってありがとうございました!
次回作も期待してます!
優雅に乾杯してるとこで厄神ボム起爆してーなー
チルノ一行がいい清涼剤になってて良かったと思います。
命蓮寺は言うに及ばず、命に関わる契約を誰一人覚えてない紅魔館に、都合よく失策を犯す山の連中……
無理してほぼ全キャラにこだわらなくてもよかったんじゃないかと
「不味い酒は捨てれば良い」「不味い酒でも粋と飲み干す」まさに二種類の生き方ではないかと。
このあたりの描写がこれまでの話を実に上手くまとめていると思いました。
個人的にどちらにも転び得る天子とぬえがチルノ達の側にいてくれたことが嬉しいですw
計画停電が始まるまでの刹那に読ませていただきました。
新しい酒は、新しい皮袋に。
その新しい酒を、
ある者は散って逝った者達を悼み。
ある者は新たな体制の誕生を祝して。
杯を干す。
かくして、幻想郷を管理するのに都合の良い者達が残り、我の強い者は排斥されましたとさ。
不要なものは、たとえ自分に忠義を尽くす庭師だろうと切捨てる。
利用できるものは、たとえかわいい式の式でも同盟者の手下のストレス解消に使う。
ほんっとうに、素敵な方々がこの幻想郷を運営してらっしゃることで。
いかにも、産廃らしい、クソッタレな最後でした。
『この幻想郷』は、ずいぶんと度量の狭いことで。
トリックスターであるぬえは、紫の手駒として動いたのか?
こいしと同様に見事な切り札的裏方でした。
幻想郷とは何か?
『八雲紫にとって都合の良いものを』全て受け入れる掃き溜め。
博麗の巫女の本分は何か?
『八雲紫にとって都合良く』幻想郷の異変を解決する手駒。
作品冒頭の原作からの引用台詞が各話を一言で言い表していましたね。
こういったクソッタレな話を読むと、私は甘ったれた話を書きたくなります。
これも幻想郷の一つの形。
それも極上のセカイ。
超大作、お見事でした。
次回作を楽しみにしております。
この素晴らしい幻想郷が、不要とした者達や手駒として踏み躙った者達にひっくり返されることを夢見て…。
こういうの普段あまり読まないけど面白かった
「何かあるだろと思ってたら何もなかった」感がハンパないですね。
こういうまるで盛り上がらない話ってまあ現実的ではあるけど面白くはないなあ……
でもぼうげっしょーとか見るに、原作東方も多分こんな感じなんだろと思うし、
今まで見たこともないくらい「東方らしいss」ではあったかなと思います。
ただ、個人的にはやはり東方は二次だな、と再認識した感じでした。
ここ最近、この作品の続きを読むのが毎日楽しみで楽しみで仕方なかった。
十分ボリュームのある作品だったけど、もう終わってしまったのかと少し残念です。
好みの問題は色々あるだろうけど、途中でヒーロー参上的などんでん返しや勧善懲悪に転がらずに
ここまでやってくれる作品をずっと求めて産廃に来ていた自分には最高のエンドでした。
それぞれの性格構成も凄く好みだ。特にナズとか諏訪子とか………だめだ書ききれん
個人的には内容、文章もろもろ合わせて歴代産廃作品の中でも最高級クラスに面白かった。
読み応えもあったし、多少ご都合主義だったとしても
読ませるだけの力はあると思ったよ。少なくとも自分は全然気にならなかった
紫とか幽々子なんて実際つえーだしね
ともあれ大作お疲れ様でした、そして素晴らしい作品をありがとうございました。
頭から読み返しながら次回作も楽しみに待ってます
長文失礼
底抜けのお人好しと底抜けの悪党が蔓延った
後に残るは神でもなければ人でもない、化け物という人でなし共を讃える歌ということよ
と言ったところでしょうか?
読み応えのある作品でした、お疲れ様とありがとうをあなたに
読み終わって一番の外道は地霊組だなと感じた 損害なし利益のみっぽいし
それと2柱と一緒に居る事にこだわったりしてた早苗がフランの事馬鹿にしてたのは何だかな…
読み返してみると終始紫達の計算どおりに進んでるのに、最後まで結末を読ませなかった技術は
すごいなあと思う。この後の幻想郷は安定するだろうけど、つまんない世界になりそうだなあ。
自分の思い通りにいかず落ち延びた祟り神はこの後地上を恐怖と絶望のどん底に落としてくれることでしょう。
驕れるものも久しからず。紫たちも今回はうまく事を運んだが、次は自分たちが破滅する番だ。
あぁ想像しただけで興奮する。
素晴らしい作品ありがとうございました。
次回作をお書きになられる時を待っております。
チルノたち宴会組が話に絡まなかったのも、せっかく出したのにそれだけ?という感じでした。死んだ者たちが何故か出てきて、もしかしてこれがもう1つの仕掛け?と思っただけに、ちょっと肩透かしな感じがしました。
でも、読んだ後に紫たちの薄汚さに妙に興奮しましたよ。豊姫・依姫も合わせて、人間の薄汚さが凝縮したような妖怪ですね、この話の紫たちは。
大変たのしませていただきました。ありがとうございます。
どいつもこいつも脚本の都合に合わせて動かされてるだけなので、何の感慨も抱けませんでした。
上手く行く奴はウマいモン喰って、そうでない奴は自分にウマいと信じ込ませてマズいモン喰うんだよな
存在したいくらかのキャラは最初から出張る必要なかったと思う。ほかにもいくらかこいつら
必要だったかなあってキャラが多くて……なまじ多くのキャラに意義を与えたがったがために
終盤ががっかり展開になってしまったと思います。序盤の盛り上がりは本物だっただけに
非常に惜しい。「キャラを出すから意味を与える」ではなく「意味があるからキャラを出す」という
考えが必要だったのではないでしょうか。
ゲスいのに清清しさすら覚えた
話だよね。他は生きるだけ薄汚さをさらすだけだし。
前回に紅魔館勝利希望した人のある程度望みかなってるんじゃね。
あと鬼二人
この話の完結からしばしの時が過ぎ、頭が冷えたところで、
この物語から推測した事を書き記します。
八雲紫が策を弄して行なったこと。
幻想郷に残った勢力は、八雲一家、白玉楼、永遠亭、地霊殿。
いずれも守矢神社、天狗、鬼のような武闘派ではなく穏健派であり、
命蓮寺のような人妖融和派ではないが、人間との交流を絶っても自活可能である。
在野や壊滅した勢力の残党を除けば、妖怪は自身の構成要素である恐怖を残して人間の前から姿を消すことになる。
『恐怖』という言葉が適当でないならば、『神秘』とでもしましょうか。
八雲紫が数多の血に塗れながら行なったこと。
それは、原点回帰。
『幻想郷原理主義』による、幻想郷の統治である。
妖怪は、人間と酒を酌み交わすような間柄であってはならない。
妖怪は、妖精のように自然を具現化したものではなく、『恐怖』の化身である。
『恐怖』は、人間の側にいながら、姿を見せてはならない。
霊夢は、『恐怖』に恋して、中立でなくなった。
魔理沙は、『恐怖』を友として、『恐怖』の側に立ち、結局自身を『恐怖』として潰えた。
咲夜は、『恐怖』に依存しており、『恐怖』が消えたことにより、精神に欠落が生じた。
妖夢は、その身は『恐怖』と人が半々であり、最終局面で破綻した。
早苗は、その身を『恐怖』と化し、『恐怖』を助け、『恐怖』と共に斃れた。
人里の長は、紫に依存している者から、
身内をも切り捨てられる非常さと散っていった者を悼む情を持った霧雨氏に代わった。
これで幻想郷は、まだ不確定要素は残るが、妖怪と人間が理想的な共存をしたセカイとなるだろう。
八雲紫が、個人的に行なったこと。
それは、紫が愛した人間の少女の保護である。
少女は『博麗の巫女』として、友や人間に友好的な妖怪達を直接的、間接的に殺めるような非道を行なった。
そういったことを今回の一件の駒として行なえるように、
紫はおそらく不本意ではあるが、少女の『博麗の巫女』の能力を限定したのだろう。
そんな事情を知らない者の中には、少女を恨んでいる者も少なからずいるだろう。
そして襲ってくる者は、『博麗の巫女』に悉く討たれるであろう。
少女の心がズタズタになろうとも、機械的に、『博麗の巫女』として……。
だから、紫は、同盟勢力の首魁が集うあの場で、少女を幻想郷から追放し、
阿求に無理やり捏造した『博麗の巫女』である少女の最期を記録に残させた。
不審点を追求するブンヤも、歴史の創造、削除を行なうハクタクも、既にいない。
後任の『博麗の巫女』は、既に心が壊れている。修理すれば、機械に徹してくれるだろう。
かつて『博麗霊夢』と呼ばれた少女は、一人の人間として、紫に愛されながら平穏な生涯を閉じるだろう。
以上が、私がこの作品から考察したことです。
長文、失礼しました。
産廃らしい話だなあ」と思うのですが、現実には登場人物が小悪党と思慮足らずと意志薄弱の集まりにしか見えず
この話は紫たちが一人勝ちして終了! な話だと思えてしまうのも事実なんですよね。
それはなぜかというと、どうも全体的にパワー不足というか、あと一歩が足りないような気がするからなのだと思います。
己の立場と私情の間で悩んでいるキャラのようだった霊夢が終盤でただの意思薄弱者として片付けられてしまった事。
良くも悪くも純粋な邪悪に感じられた諏訪子が中途半端に情を残した小物と化していた事。
直前の話まで素敵な従者だった咲夜が、唐突に精神崩壊してしまう展開。
言うなれば、「それまで深いキャラを持っていた連中が唐突に小物化していく」ことに対する違和感がこの不快感の原因であるのだと思います。
酷な言い方をすると、初期のキャラを貫くことが難しかったのでキャラを変化させて「逃げた」ようにも思える。
また展開的にも、紫たちの逆転シーンの盛り上がらなさ、完全な消化試合にしか見えない最終話、伝えたかったテーマの伝わらなさなど、
落胆する場面が多かったです。「救いがない」のはまるでかまわないのですが、「盛り上がらない」のは厳しかった。
しかしこれらの落胆は「序盤の展開に対して感じた、偽りない感動と期待」があるからこそのものなのです。序盤のこのお話は本当に、キャラの描写、
ストーリーの展開いずれにおいても最高にすばらしかった。だからこそ終盤との落差がたえがたいものになったのだと思います。
これだけの長編を見事に書ききった作者様の創作意欲は本物であり、次はかならずやさらにすばらしい作品を作られるものと信じています。
今回の不快感を素直に伝えることが、その時の糧になるものと信じています
はっきりしない文章となってしまいましたが、これだけ気になる東方二次はそうそうあるものではないと思います。
本当に本当にお疲れ様でした、そしてありがとうございました。
この一文が本来伝えたかったテーマをあらわしてたとか
いったい誰が理解出来たろう。
私の言いたいことは既に他の方も言われてますね
面白かった。スリリングでした。私が読んだ中でも指折りに入るね、こりゃ。
でも最後になんらかのカタルシスが欲しかった。
単純なSSを書くのも難しいと思いますし、起承転結をしっかり考慮して複数のキャラクターを動かすというものは凄く困難極まりないことです。
起承転までは完璧だったと思うのですが、結がこうなってしまうと私以外の読者様もちょっと残念なことになってしまったと感じてしまったと思います。
俺は自分の技量がないから、複数の登場人物を出してそれぞれのキャラクターが“生きる”表現が出来ないから、2人称ぐらいじゃないとまともなお話にならなくなってしまいます。
無理やり全員を出す必要がなかったと私個人は思ってしまいましたが、チルノ達の宴会が無事に行われたことがせめてもの救いだったと感じてしまいました。
面白すぎて一気に読んじゃいました
後味の悪さも含めて産廃らしく、傑作かと思います