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『笑顔の理由』 作者: 狼狐
ある晴れた日、空が青い日。妖怪の山に用があった僕――森近霖之助は、少しばかりの散歩気分を携えてそれを登っていた。
川辺の涼しさをその身体で味わいながら歩いていくと、少女が回っていた。ざっくりとした表現ではあるが、それ以外に言い様がない。とにかく回っているのだ。
早いとまでは言わないが、表情が読めない速度は遅いとは言えない。そんな感じで、彼女はぐるぐると回っている。
話しかけてみようか――ふと、そんな好奇心が湧いた。僕にしては珍しいことかもしれないな、なんて思いつつも足は勝手にそちらへと向かう。何故そんな好奇心が湧いたのか、自分でもよくは分からない。
だが、そう。強いて理由を上げるならば。
美しい、と思ったのだ。彼女のその回り続ける様を、そんな彼女自身を美しいと思ったのだ。だから――知りたいと、思った。美しく回り続ける彼女の表情を。
「こんにちは」
彼女の傍まで近づいた僕は、とりあえずは無難な言葉をぶつけてみた。
「こんにちわ」
とりあえずは無難な言葉が帰ってきた。まぁ、そうだろう。だが、帰ってきた声に棘はない。挨拶されたから返した、そんな感じだ。
これならば、もう少し会話を続けられるかもしれない。邪魔にならないように気を使いながら、言葉を重ねてみる。
「こんにちわ、の前に初めまして、かな。僕は森近霖之助。魔法の森で店を開いている」
自分の胸に手を当てて、魔法の森の方向を指さしながら自己紹介をする。
「私は鍵山雛よ、暇人さん」
そんな言葉と共に、彼女――鍵山 雛の回転がゆっくりと止まる。ようやく見れた彼女の表情は、くすくすと笑っていた。
「暇人?」
まさかそんなことを言われるとは思わなかった。まぁ、暇人ではあることは間違っていないのかもしれないが。今日の用事は急ぎではない。
「えぇ。妖怪のわんさか出る山の川のほとりで回ってる美少女に話しかけるなんて暇人以外には考えられないわ」
「酷い言い草で凄い推理力だ。決して間違いではないからね」
「あら、自分で自分を美少女って言ったことには言及しないのね」
「決して間違いではないからね」
「あらあら。口説いてるのかしら? 会って一分もしない内に口説きにかかるなんて、あまり喋り続けない方がいいタイプの人かしら?」
そんなことを言いながらも、雛の顔は笑みを浮かべたままだ。どうやら悪い気はしていないらしい――おっと、なんだか本当に口説いているみたいだな、僕。そんな気はさらさらないのだが。
「単なる知的好奇心で話しかけただけだ、そう警戒することはないよ」
「本当に暇人なのね、貴方」
「否定はしないさ」
やれやれ、とでも言いたげだが笑顔の彼女に、肩をすくめてみる。
「それで? 一体、何の用なのかしら。予想はつくけれど」
「君は何故、回っていたんだ?」
単刀直入に、聞いてみる。好奇心丸出しの質問だが、彼女は笑ったままだ。
「私はね、厄神なの」
ほぅ、と感心のため息を吐いた。神様とは珍しい――わけでもないが、そう簡単に会えるものでもない。
「厄神とは?」
厄病神のようなものなのだろうか、と顎に手を当てた。あぁなるほど、ひょっとしたら負を背負うからの美しさ、という奴なのかもしれない。などと妙な方向に思考が動いていく。
「厄を集めるのがお仕事、いえ、使命なのよ。それが厄神。決して厄病神ではないわ」
僕の下らない思考に訂正を入れるかのように、彼女が補足をした。
そして次の言葉を待つが――続かない。まるで、そこで話は終わりとでも言うかのように、彼女は手を前で組んでにっこりと笑っている。
「……君は何故回っていたんだ?」
もう一度、先程と同じ言葉を投げかけてみる。
「あぁ、聞いちゃうんだ」
そう呟いて目を伏せた彼女の表情に一瞬だけ影がみえた気がした。影? いや、違う。もっと何か別の感情だったような気もする。
「言うでしょう? 厄は廻るものなのよ。だから回るの。回って回って厄を廻らせる。厄が擦り切れるまで、ただただ回るの」
そう言って、彼女はくるりと一回転する。踊るように歌うように――綺麗な円を描くと、ぴたりと止まって僕の目を見つめてきた。
「ちょっと待ってくれ。廻るから、回る? 自分の身体の周りで厄を巡らせて――」
一旦言葉を止めて、彼女の目を見返す。見つめる。彼女の瞳の中には、まるで何の色も浮かんでいないような、そんな気がした。
「それで? 厄が擦り切れるまでそれを続けるって? そんなことが、本当に可能なのか」
囚われそうな透明な瞳を頭から追い払うかのように、問いかけの続きをぶつけた。
「そもそも厄というのが何なのか教えてあげましょうか。何から産まれた物か教えてあげましょうか。
答えは簡単、魂よ。人妖の、生物の魂。信念。それが醜く歪んで人や物にまとわりついて不幸をもたらす」
そこで彼女は言葉を切って、再びくるん、と回った。回っている時の表情は、相変わらず見えはしない。
「それが厄。悪霊と大して違いはないわね」
「なら尚更だ。魂が――人の信念が、そう簡単に擦り切れるものなのか?」
拳を少しだけ強く握りしめて彼女に問いかける。信じたくない話だった。
僕はこうみえて、それなりに長い年月を生き、それなりの人や妖怪と出会っている。ただ漫然と生きているものもいれば、強い意思を持って日々を生き抜くものもいた。
前者はともかく後者の者から産まれたそれが削れるとは、到底思えなかったのだ。
「貴方、前提が間違ってるわよ?」
にこりと、あるいは――にやりと、彼女は笑った。朗らかに見えるその笑顔は、僕には嘲笑にもみえた。
「擦り切れるのかどうかじゃないの。擦り切れさせるのよ」
「何……?」
聞き間違いかと思ってしまう――いや、思いたくなってしまう台詞が彼女の口から飛び出した。背中に、じっとりと嫌な汗が流れるのを感じる。
「だって、楽しいじゃない?」
笑う、笑う。彼女は笑う。楽しそうに嬉しそうに愉しそうに、笑う。
「美しい芸術品を壊したくなるのと一緒。長い年月の果てに産まれた物を潰したくなるのと一緒。強い強い人妖の、強い強い意思を。ひたすら削って削って削り切る――どう? 楽しそうでしょ?」
そう言って、彼女はぐるりぐるりと回り始めた。早くはないが決して遅くはない速度で、ぐるりん、ぐるりんと回る。回り続ける。
さきほどはたしかにわからなかったその表情が、今なら分かる。彼女は――笑って、哂って、嘲笑っていたのだ。何もかもを、おそらくはこの世の全てを――
- 作品情報
- 作品集:
- 25
- 投稿日時:
- 2011/03/22 10:44:16
- 更新日時:
- 2011/03/22 19:44:16
- 分類
- 鍵山雛
- 森近霖之助
- 雛霖
- ハートフル
ここに通いつめるきっかけでした。
あのころの気持ちを思い出したぜ、GJ。
笑顔は良い。
美人のなら尚更です。
何を笑っているかは聞きません。
こっちが笑えなくなるから。
周りに笑顔を振りまく美人ちゃん。
笑顔を向けられ、周りはハッピー。
回る彼女も、おそらくハッピー。
皆が幸せ、それで良い。