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『【リレー小説】 破滅へのカウントダウン』 作者: うらんふ→ウナル→灰々→変態牧師→機玉
■起(うらんふ)■
「明日、告白しよう」
魔理沙はそう決意した。
決心はしたのだが・・・思う事と、実際に行動を行うということの間には、決して超えることのできないジェリコの壁がある。「告白しよう」と決意だけはしたものの、魔理沙はもんもんとした気持ちのままで布団にもぐりこんでいた。
寝付けない。明日のことを考えると、どうしても熟睡することが出来ない。
暗い部屋の中、魔理沙はもぞもぞとベッドから抜け出すと、窓際の椅子に腰かけた。
柔らかい月の光が部屋の中を照らし出している。
「・・・言わなけりゃ、いけないよね・・・」
そう思い、魔理沙はふぅと小さなため息をついた。
手を、小さく握りしめる。その手は汗でしっとりと濡れていた。
翌日。
重い気持ちと重い足を引きずりながら、魔理沙は思いを抱いたままで八雲邸の玄関にまで来ていた。
告白はしなければならない。そんなことは分かっている。
頭では分かっているのだが・・・そう簡単に、割り切れるものでもない。
「・・・なんだ、魔理沙じゃないか」
なかなか玄関をくぐることが出来ず、その場をうろうろとしていた魔理沙の動きを止めたのは、中から出てきた九尾の狐の一言だった。その狐・・・藍は、細い目をさらに細めたままで、魔理沙に向かって語りかけてくる。
「うちに、何かようかい?」
「・・・用といえば用だし、用じゃないといえば、用じゃないぜ」
「どういうことだ?」
「別に、紫個人に用があるわけじゃないんだけど、やはりこういう話は、幻想郷ならば紫に話をするしかないとも思うんだ」
「・・・要領がつかめないな。いったいぜんたい、どうしたというんだ」
「それは・・・」
ごくん、と唾を飲み込んで、魔理沙が何かを言おうとした時。
「私も聞きたいわね」
魔理沙の後ろの空間が避け、そこに現れたスキマの間から、八雲紫が顔を出してそう語りかけてきた。
「ゆ、紫・・・」
「どうしたの?私に用があったんでしょう?」
「それは・・・そうだけど・・・」
心の準備が出来ていない魔理沙は、きょろきょろとあたりを見回したが、あたりにあるのは緑の木々だけで、他に目に入るものは何もなかった。耳をすませばどこか遠くから鳥の声が聞こえてくるのだが、今の魔理沙にとって、それは何の役にも立たない。
(仕方ない)
魔理沙は、ごくんと唾を再び飲み込むと、いった。
「実は、私、ひとつ、告白しなければいけないことがあるんだ」
「告白?魔理沙が私に?まさか、私のことが好きだなんていうんじゃないでしょうね?」
そういうと、笑う。
「・・・ふざけているわけじゃないぜ」
誰にも聞こえないように、魔理沙はぼそりとつぶやいた。
そして、きっと顔をあげ、紫を見つめる。そのあまりに真摯な瞳を見て、紫は表情を変えた。
「・・・何を告白したいの」
「にとりがさ」
魔理沙は、言葉を続けた。
「最近、山の産業革命とかで、いろいろと技術が発達しているじゃないか。私はにとりと友達だから、結構いろいろと話をしたりしていたんだけど・・・それで・・・」
「それで?」
「押してしまったんだ」
「何を?」
魔理沙は、眼をつぶった。
ぎゅっと、眼をつぶった。まぶたの裏が黒くにじんでくる気がする。
目を開く。
そして、言った。
「核兵器、という兵器の発射ボタン。あと数時間で、この幻想卿は火の海になるんだ」
■承(ウナル)■
魔理沙の告白を聞き、紫は小さく頷いた。
まだまだ上り調子の太陽は魔理沙たちの影をわずかずつ削っていき、そしらぬ顔の蟻だけが列を作って蝶を運んでいる。
蝶はまだ生きていた。生きながら殺されていた。
「止められないのか?」
「さあ。でも止めるつもりはないわよ」
「なぜ?」
「核は外の世界の最終兵器。それが今、幻想郷にある。その意味はわかる?」
幻想郷と外の世界は天秤のようにつり合っていると、誰かに聞いたことを魔理沙は思い出していた。
外の世界での常識は、幻想郷での非常識。
幻想郷での常識は、外の世界での非常識。
幻想郷に兵器が生まれる理由があるとすればそれは――
「536万1741」
「え?」
「この幻想郷が飲み込んできた人間の数よ。私たちは外の世界の住人を奪うことで生き永らえてきた。楽園と呼ばれる一方で、これだけの人を殺し喰らい続けてきた」
「でも、それは」
「私だって後悔なんかしていない。でも、楽園の影に彼らがあったことは事実。ただ1と数えてしまえば、そこに人格も記憶も残らない」
一度だけ紫は目を細めた。手の平で影を作りながら、太陽を仰ぎ見る。
抜けるような青空では小さな雲が風にその身を散らし、千切れて消えようとしていた。
「幻想郷は全てを受け入れる。例えそれが罪であろうと罰であろうと。どんな残酷なものであろうと」
一陣の風が長い黄金をなびかせる。
その眩さに囚われそうになる視界を凝らせば、朱の走った頬が見える。
自分に酔っている、と断じるのは簡単だった。
紫が少し腰を上げればすむ問題だった。
それでも魔理沙は何も言わない。
「皆には私から伝えるわ。天界か地底かあるいは外の世界か。幻想郷から離れれば助かるかもしれない」
「私は、できる限りのことをやってみる」
「無駄かもよ? それよりも愛しい人に想いを伝えるなり、別れた家族と最後の団欒をするなりしたら?」
高く、心臓が跳ね上がった。
手には汗がにじみ、足は鉛ように重くなる。
突然、鼻にきつい酒臭さが蘇ってくる。
右頬に受けた痛み。お互いを傷つけるだけの言葉。未来も何もない、ただ逃避するためだけに駆けた。見上げた夜空では星が馬鹿に近かった。
今なお、魔理沙はあの空にいた。
「それでもやりたいんだぜ。これは私の役目だぜ」
「馬鹿ね貴方も。逃げちゃえばいいのに」
愉快そうに笑みながら、紫は懐から一枚の札を取り出した。
縁にびっしりと刻まれた細かな文字は、見ていると吸い込まれてしまいそうだ。
「この護符を使えばどこか安全な場所へ移動できる。ただし限定一名様。もちろん一回限り」
「いいのか? こんなもの貰って」
「別に貴方にあげた訳じゃないわ。この子が貴方の側に居たいって言うから、ね」
「なるほどなあ。もてる女は辛いぜ」
「そうね。ひゅーひゅー魔理沙もてもてー」
「言ってて恥ずかしくないのか?」
「せっかく合わせてやったんだから、もう少し喜びなさいよ」
「ああ。ありがとな」
護符を懐へしまい、魔理沙は箒に跨った。
ずっと酷使し続けた箒はすっかり磨り減ってしまい、まるで老婆の手だ。
しかし、魔理沙の体には一番馴染む。
地を蹴り、空へと浮かぶ。
蝶の姿はもう見えない。
「さようなら魔理沙。縁があったらまた会いましょう」
「さようなら紫。縁があったらまた酒でも飲もうぜ」
木を越えて雲が
雲を越えて空が
空を越えて世界が
魔理沙はどこまでも昇っていく。
「藍。貴方は」
「橙はもう一人前です。私が居なくても大丈夫です」
「なによ。まるで私が寂しがり屋さんみたいじゃない」
紫と藍は微笑みあい、屋敷の中へと入っていった。
まずは一杯、茶を飲もう。
核発射まで、後三時間。
■転1(灰々)■
地底の異変を解決して以来、魔理沙はにとりと頻繁に会うようになった。
はじめはにとりの持つ珍しい機械を見たいという好奇心で会っていた魔理沙だったが、何回も顔を合わせているうちに彼女の人柄に惹かれるようになった。
基本は人懐っこい性格で屈託の無い笑顔がよく似合う。魔理沙とも馬が合うのか、よくくだらない話をしながら何時間も酒を飲み交わした。
そんなとき、たまににとりは今にもつぶれてしまいそうな、儚い、悲しそうな目をすることがあった。
その目を見るたびに、普段の明るい性格はこの辛そうな顔を隠すためのカモフラージュではないかと思えた。
魔理沙がにとりに惹かれたのはもしかすると、あの笑顔の底にある弱く、脆い、悲痛に満ちた彼女だったのかもしれない。
「にとりには好きな人いるのか?」
ある日の酔った上での恋話。素面では照れくさくてできない質問。魔理沙はにとりの答えを待った。
「いるよ。いや、いた……が正しいな」
「へぇ……」
「いた」ということは、過去に何らかの形でその者と決別があったということだ。これからにとりの語る話に多かれ少なかれ悲哀の色が含まれることは魔理沙にも容易に想像できた。
「随分昔の話だよ……物静かな男だった」
「かっこよかった?」
「んふふ、私の中では最高にね」
にとりは寂しげに笑った。
「ボロボロだった私を救ってくれた人だった」
「そうなんだ」
「くさい言葉だけど、愛し合うってのはどういうことか初めて知ったよ」
このとき魔理沙は、自分と殆ど齢の変わらぬ少女の姿をした彼女が、自分よりも一つ大人なんだと知った。
「永遠に続けばいいと思ってたよ。でも……」
「でも?」
「やっぱ、人間はか弱いね……」
にとりの瞳が潤んでいた。そのときは彼女もそれ以上語らなかったし、魔理沙も聞こうとはしなかった。
きっとそれは、にとりにとってこの上ない宝物であり、心のもっとも奥のやわらかいところに根付いた一輪の花だと思ったからだ。
その話の真相を聞いたのが丁度昨日のことだ。
「すごいものを発明した!」
そう、にとりが興奮気味に語るので、魔理沙も何だろうとワクワクしながら彼女の話に耳を傾けた。
「地底の異変の原因、霊烏路空の研究が役にたったよ。前に拾ったあれが漸く使い物になるようにできたんだ」
「何なんだよ、にとり。もったいぶらずに早く教えろよ」
「核兵器さ!」
魔理沙にはよくわからなかった。どうして、目の前のにとりがこうもうれしそうな顔でいるのか。
「こいつはホントに素晴らしいよ。その威力たるや幻想郷を一発で更地に変えられるんだからね」
「おいおい……なんて物騒なもの発明してんだよ」
魔理沙は冗談交じりでにとりを小突いた。にとりがそのまま、「冗談だよ」なんて言ってくれることを期待して。
だが、
「魔理沙には思い出の味ってあるかい?」
「は、はあ?なんなんだよ急に」
「私には三つの思い出の味があるよ。一つは精液の味」
にとりは自嘲気味に薄い笑みを浮かべた。目は時折見せるあの目だった。
「私の初めての相手は父親だった。その次は一番上の兄、父親の飲み友達にもやられたね。私が本当にまだ幼かったころの話だ。抵抗なんて出来やしない。なすがままさ。苦しいから嫌だなんて言えば拳が飛んでくる。口内に滲む血の味。これが二つ目の思い出の味さ」
魔理沙の口にジワリと鉄の匂いが蘇る。頬がズキンと痛んだ。魔理沙にもわかった。それは魔理沙にも思い出の味だったから。
大酒飲みだった父親に魔理沙はよく理不尽な暴力を振るわれていた。魔理沙にとって血と無理やり飲まされた酒の味こそが思い出の味だった。
「父親は天狗や鬼のご機嫌をとる為に私を差し出した。私はその度に奴らの性欲処理としての道具を全うしたよ。誰も助けてくれない。それどころか私はそうなって然るべきだと言わんばかりの……まるで汚いようなものでも見るような目で私を見るんだ。天狗も鬼も私と同じ河童も……」
にとりのあの目は未だに過去に縛られている目だ。毒に侵され、濁りに濁ったそんな目だ。
魔理沙にはそれがわかった。彼女自身も親に毒され、未だその毒に苦しんでいる。もっともにとりに盛られた毒の量は魔理沙とは桁が違うだろう。
「食うのも身なりを整えるのも抱くときに相手が心地いいようにするためさ。性欲処理の道具として生かされてる、そんな感じ」
「……にとり……」
「そんな生活を続けたから、限界が来ちゃってね。山から逃げ出した。初めて山の外に出たよ。そこであの人にあったんだ」
あの人とは、以前にとりの言っていた物静かな男だとすぐにわかった。
「やさしかった。こんな私に色々よくしてくれた。何も持ってない私に沢山のものを与えてくれたよ。私と夫婦になろうって言ってくれたよ」
また、あの寂しげな笑顔。
「いっぱい愛し合ったよ。この関係がずっと続くと思ってた。思ってたのに……」
にとりの表情が歪む。
「あいつが!あいつが私を連れ返しにきたんだ……あいつの前に立ちはだかったあの人を嬲り殺して……!」
普段ひょうひょうとしている彼女が怒りに打ち震えていた。
「……バラバラにされたあの人は父親が料理して奴の仲間に振舞った。私も無理やり食わされた。……懐かしい味だったよ。いつも食わされてる肉の味。人間の味さ……それが私の三つ目の思い出の味」
ボロボロとにとりの目から涙がこぼれ、木の床を叩いた。
「お、お腹に……お腹に、あの人の……赤ちゃんが……いたのに、いたのに!あいつらは私に、いつもみたいに!薬を!」
薬とは中絶薬のことだろうと魔理沙は想像した。
「私は妖怪なんて大嫌いだ!天狗も鬼も河童も……。魔理沙、人間はね私たち妖怪を生かすためだけに生かされたるんだよ……。何が幻想郷だよ。妖怪を生かすためだけに人間を犠牲にしやがって!」
にとりはポケットからそっと、リモコンを取り出す。
「だから、こいつは素晴らしいんだ。この肥溜めのような世界をぶっ壊せる」
魔理沙の方を向き、にっこりと笑うとにとりはリモコンについているボタンを押した。
「にとり!」
「これで、この世界もあと24時間の命だ。24時間で核兵器は発射される」
「考え直せ!今すぐ止めろ!」
「無理だね。止める装置はつけていない」
「じゃあ、どこにあるか教えろ!」
「断るよ。まあ、見つけても君にどうこうできるものではないと思うけどね」
にとりの姿が背景と同化し始める。工学迷彩スーツによるものだろう。
「やっと解放できるよ」
「おい、今ならまだなかったことに出来る!にとり!」
魔理沙はにとりに掴みかかろうと手を伸ばすが、その手は空を切る。
「魔理沙」
背中に何か硬いものがぶつかった。魔理沙が振り返ると足元にいつもにとりが胸に付けている鍵と紙切れが落ちている。
「そこに記した場所に行きなよ。私の作ったシェルターがある。その鍵で扉が開くはず。核の爆発にも耐えるように設計してあるから大丈夫だよ」
「そんなこと……それより核兵器の場所を教えろ!」
「君は人間だ。こんなところにいちゃいけない。私が核で全部ぶっ壊す。妖怪も結界も全て。君は外の世界に出るんだ」
「にとり!待て!」
「元気でね。魔理沙」
ドアが閉じる。にとりの姿はそれから見ていない。
「にとり……今どこにいるんだ」
核兵器を見つけ出せればもしかすると……。
魔理沙は箒を駆り空を裂くように飛ぶ。
核発射まで、あと二時間半。
・
・
・
■転2(変態牧師)■
にとりを見つけるため、魔理沙は人里に戻り、河童と親しかった人間の話を聞きだした。
そして その十数分後、手入れのされていないぼうぼうと雑草が生い茂る館の前に、魔理沙は立っていた。
その場所は、にとりの想い人であった男の住まい。
此処ならにとりがいるか、と僅かな希望を胸に、魔理沙は扉に手をかける。
館には鍵もかかっておらず、錆び付いた扉がぎぃぃと耳障りな音をあげて開いてゆく。
「にとり、いるか……?」
あまり部屋に物を置かない物静かな男の生活感がそのまま残る空間は、何処か物悲しく、不気味でもあった。
けれども、肝心のにとりは一度も来ていなかったのだろう、部屋の中は埃だらけであり、男が亡くなってから手入れの欠片さえもなされていないことがわかる。
それでも、何か手掛かりは無いものかと、魔理沙が足を踏み出した瞬間――――
バキャッ!
「うぁ!」
魔理沙の体重に耐え切れなかった足元の床板が、派手な音を立てて圧し折れ、魔理沙は足をとられてしまう。
尻餅をつき、苦痛に呻くが、幸いにも脹脛のあたりを尖った木片で擦るだけで済み、怪我も大事には至らなかった。
「え?」
そのとき、魔理沙は踏み抜いた床板の先に、奇妙なものが見えることに気付いた。
改めてまじまじと床を見ると、積もった埃の下には、踏み抜いた床板を囲むように境目が見える。
床板と思っていたのは、地下の収納スペースの蓋であったようだ。
「……ベルトと、日記……?」
踏み抜いた板を取り外し、魔理沙は床下を覗き込む。
其処にあったのは、バックルの部分がやけに大きく、奇妙な紋様の知るされたベルト。 そして、一冊の日記だった。
密閉された空間に収納されていたため、殆ど埃を被っていない日記を手に取り、魔理沙は その内容に目を走らせ始めた。
「………………」
男の日記を読み始めて数分後……魔理沙は何時しか自分が涙を流していることにも気付かない。
あと1時間と少しで、世界が滅んでしまうと言うのに、夢中になって読みふけってしまっていた。
男がどれだけ、にとりのことを大切に思っていたか、どれだけ愛していたか……その全てが、日記と言う形で記されていた。
そして、ベルトの正体も――――
かたん!
「ッ!」
「魔理沙、か……」
突然の物音に魔理沙は身を竦め警戒するが、音の主が上白沢慧音であることに気付くと その相好を崩した。
「慧音……人里は――――」
「無理だ。 誰も彼もが、もう諦めている……案外、脆いものなんだな」
人里は良いのか、と聞こうとするも、その前にトーンの落ちた声が先読みされた質問の回答を紡ぐ。
心の底から気落ちした乾いた笑い声と、失意と無力感に溢れている慧音の表情が、魔理沙の脳内でどこかにとりと被って見えた。
魔理沙の胸に、使命感にも似た“熱”が湧き上がり始める。
「……これで、逃げろ」
「これは……?」
「にとりが私にくれた。 シェルターの鍵だそうだ。 何人が入れるかわからないけど、な」
魔理沙は、にとりから預かったシェルターの鍵と、その場所が書かれた地図を慧音に手渡した。
そして、日記を懐に収め、ベルトを手に取ると館の外へと出て行こうとする。
「ま、待て! お前は、どうするんだ!」
「お前を止めるよ、にとり……! 幻想郷を救うことが出来ないのなら……せめて――――」
魔理沙には、既に慧音の声は聞こえていなかった。
男の日記を読み、止めなければならない使命感。
家の外に出た魔理沙は、ベルトを腰に装着し、日記で見た通りの構えを取る。
「変身――――」
まばゆい光に包まれ、魔理沙の身体を覆うものは、柔らかな布地から 無機質な金属へと変貌してゆく。
外の世界で、“仮面ライダー”と呼ばれる存在への変身。 黒と白を基調とした戦闘衣装は、偶然にも魔理沙の衣服と同じカラーリングだった。
閉じられ、その内側だけで完結している世界は、物語の世界。
そして、物語の世界で時代を救うのは“英雄”となる。
“英雄”は、世界を救えるのだろうか?
……核発射まで、あと一時間。
・
・
・
何処とも知れない場所……ゴウン、ゴウンと唸りをあげる巨大な装置。
その前で装置を操作するにとりの背後に、“仮面ライダー”に変身した魔理沙が立っていた。
「…………何のつもり、その姿は?」
背後に立つ存在に気付いたにとりの声が、魔理沙に届く。
それ以上近づくな、と言う警告の意味も含めた言葉に、魔理沙の身体が止まった。
「この場所から……正確には、この地下施設の100mほど上にある川のほとりで、私と彼のお付き合いは始まった。あの人は物静かだったけど、どこか子供っぽくてさ……お遊びで作ったその変身ベルトを心から喜んでくれたの」
何処か空ろなにとりの言葉を、魔理沙は静かに聞き続ける。
「“仮面ライダー”って言うんだってさ。 私が『いい年して、子供っぽいんだね』って言ったらさ、『男はいつでもヒーローにあこがれるんだよ』だってさ。 笑っちゃうよね。 はは、は……」
乾いた笑いがにとりの口調が、糸が切れるようにぷつりと止まった。
「おかしいよね……何でかわからないけど、こうなるような気がしていたよ……
始めようか? もう、止める方法は無いけれど……それで気が済むんならね」
■結(機玉)■
にとりが放った水の弾幕が魔理沙へ襲いかかる。
そのどれもが人間にとっては致命傷となりうる攻撃だったが、今の魔理沙にとっては容易くかわせるものだった。
にとりはお遊びで作ったと言っていたが、動体視力、反射神経、身体能力を大幅に増幅させる効果を持ったそのベルトは到底おもちゃと呼べるものではなかった。
にとりは間違いなく天才である。
魔理沙は周囲にビットを展開、マジックミサイルを放ちにとりの周辺へ向けて放つ。
にとりの後ろへ命中すれば核兵器はこの場で爆発してしまうかも知れないが、それはにとりがさせないであろうと踏んでの攻撃だった。
魔理沙の予想通りにとりは障壁を展開しミサイルを全て防いだ。
裏を返せば彼女は後ろの装置を守りながら戦わなければならない為、魔理沙よりも不利なのだ。
「にとり!お前に勝ち目はない!考え直せ!」
「無理な話だよ!私は幻想郷を消すんだ!」
「お前だって死んじまうんだぞ!今までの人生散々振り回されて、こんな形で終わっちまっていいのかよ!?」
「それでもかまわない!私はこの世界を壊せるなら本望だ!」
激しい攻撃の応酬を続けながら説得を試みる魔理沙。
しかし、もはやにとりは魔理沙の説得を受け付けなかった。
(なら、力づくでも止めてやる!)
魔理沙は腰からミニ八卦炉を取り出し、巨大なレーザーをにとりへ向けて放った。
山を一つ焼き尽くすことも可能と言われる全力射撃。
にとりは水の障壁を展開してそれを防いだ。
やがてレーザーが収束し、にとりは再び魔理沙の位置を見極めようとした。
しかし彼女の前に魔理沙は存在しなかった。
「どこに!?」
「こっちだ」
魔理沙はにとりのすぐ上から出現した。
普段の魔理沙であればミニ八卦炉からレーザーを出している間はその反動で動けないのだが、今回は違う。
彼女はレーザーを放ちながら距離をつめていたのだ。
にとりはとっさに弾を放つが、ライダースーツに遮られてそれらは意味を為さなかった。
そして魔理沙は彼女を倒すための最後の技を放つ。
ノートに載っていた、英雄の必殺技。
「ライダァァァァキィィィック!!」
魔理沙が放った蹴りは見事に命中、にとりの吹き飛ばし彼女の意識を刈り取った。
駆け寄って確かめてみると、命に別状は無いようだった。
装置に表示されているあと三十分。
魔理沙はひとまずにとりを拘束魔法で縛り上げて起こした。
「う……魔理沙?」
「お前の負けだ、にとり」
「そうか、私は負けたのか……これからどうするつもりだい、魔理沙?私を倒してもアレを止めることはできないよ」
「分かってるさ。だから、止められないなら退かすまでだ」
「え?」
今の魔理沙はライダースーツの効果で人間の限界を遥かに超えた力を出すことができる。
彼女はそこに、白蓮から教わった身体能力を向上させる魔法をさらにかけた。
「ぐうっ!?やっぱ少しきついか」
体が軋む音が聞こえてくるかと思える程の負担が魔理沙へかかる。
「な、何してるんだよ魔理沙!?死ぬ気かい!?」
「馬鹿言うな、アレを止めるんだよ!」
にとりにそう告げた魔理沙はおもむろに核兵器へと駆け寄った。
本体に近づいた後に両手で本体を掴むと、
「おおおおおおおおおらぁあっ!!」
なんとそれを持ち上げ、空高く投げ飛ばしてしまった。
彼女はそれを追って空高く飛び上がり、さらに遥か上空へ蹴り飛ばす。
雲を突き抜け天界と同じ高さへと上がったそれへ距離を詰めた魔理沙はミニ八卦炉構えた。
「これで終わりだ!」
ミニ八卦炉へ全魔力を注ぎ込み、それを目標へ向けて解き放った。
凄まじい光の奔流が核兵器を飲み込み、成層圏を突き抜けてさらに宇宙空間まで吹き飛ばす。
魔理沙がじっと空を眺めていると、やがて小さな爆発が見えた。
彼女は落下に近い速度で元発射基地へと戻り、にとりの前で倒れこんだ。
「ほーら、あんな物騒なモンは私が空へ捨ててきてやったぜ」
「ハハハッ、無茶苦茶だよ魔理沙!私の一生一代の発明が台無しじゃないか!」
「あんなもん外にはいくらでもあったらしいぜ。お前ならもっといいもん作れよ」
「そうだね……それも良かったかも知れないね」
にとりは泣きながら笑っていた。
憑き物が取れたような、全てを諦めてしまったような複雑な表情だった。
「さあ、私の完敗だよ魔理沙。八雲紫に引き渡すなり、この場で殺すなり好きにしてくれ」
「何言ってんだよお前は、友達にそんなこと出来るわけ無いだろ」
「でも私は幻想郷を滅ぼそうとしたんだよ?ここで魔理沙が見逃してくれてもきっと八雲紫がやってきて私を消すよ。それならせめて魔理沙の手で殺してくれよ」
魔理沙は紫と話をした時の事を思い出した。
恐らく彼女の口ぶりからにとりの責任を追求するような事はないのではないかとも思えたが、そこで考えるのをやめた。
これからやる事を考えれば意味のないことだと思ったからだ。
「なあにとり、お前が幻想郷が嫌いなら私が外に連れてってやるよ。ここに遠くまで行けるお札がある。これでどこか遠くまで行って気ままに暮らそうぜ」
「なんでそんな物を魔理沙が」
「そんな事はどうでもいいだろ、ほら、行こうぜ」
「でも魔理沙はせっかく幻想郷を守ったんじゃないか。他にもたくさん友達もいるのに、私なんかの為に幻想郷を捨てる必要なんかなないだろ?」
「他の奴等は私がいなくてもきっと元気に騒いで暮らせるさ。私は、友達をここまで傷つけた世界なんかもうゴメンだ。だから、私と一緒に行こう、にとり!」
しばらく呆然とした表情で魔理沙を眺めていたにとりは、やがて表情を崩すと、魔理沙へ駆け寄った。
「……うわあぁぁぁぁぁん魔理沙ぁぁぁぁああ!!」
しっかりとにとりを抱きとめた魔理沙は紫から貰った札を発動させた。
この日幻想郷は滅亡の危機から救われ、代わりに二人の住民が旅立った。
願わくば彼女達の行先に幸あらん事を祈る。
おわり
変態牧師さんからこのパスが回ってきた時はどうしたもんかと途方に暮れてしまいましたが、何とか形にする事ができました……
他の話では割とサクサクキャラの生死を決めてきましたが、この話は本当に悩みました。
悩んだ末に結局誰も死なないという結末に落ち着きましたが、これで少しでも前の方々の話を活かす事が出来れば幸いです。
では素晴らしい企画をまとめて下さったうらんふさん、
共にリレーssを書いて下さった灰々さん、ウナルさん、変態牧師さん、
そしてここまで読んで下さった読者の皆さん、ありがとうございました。
また機会があれば宜しくお願いします。
(機玉)
うらんふ→ウナル→灰々→変態牧師→機玉
作品情報
作品集:
25
投稿日時:
2011/04/01 23:00:59
更新日時:
2011/04/02 08:00:59
分類
リレー小説
泣き顔がみたいなぁ・・・
イラスト描こうかなぁ・・・
紫は、幻想郷を愛する管理人は、
外界が排水口に垂れ流す事で生まれたこのセカイが、
下水に押し流される事を覚悟しましたね。
これも、愛ゆえか。
スイッチを押したのは魔理沙。
正確には、スイッチを押したにとりの前で無力を晒したのだけれども。
押したも同じ。
だから、止める事もできるはず。
人は愛を踏みにじられると狂気に走る。
人は愛を受け止めると正義に突っ走る。
愛ゆえの狂気を止めたのは、
愛から生まれた正義の味方。
正義を成し遂げたヒーローは、
かくして愛する人と旅に出たのでした。
めでたしめでたし。
最後に、
素敵なセカイを共同で織り成した、
五人の創造主達に、
素敵な純米酒のツマミを提供してくれた、
五人の哲人達に、
乾・杯!!
「魔理沙!かっこよかったぜ!」って。
心を引かれたのは魔理沙以外の登場人物達もです。
迫り来る破滅の時を待つ者たちの不思議な美しさ…
滅びの美学が濃縮された素晴らしい作品でした!
乙カレー!
私の無茶振り伏線も回収してもらえて嬉しいです!
過去話を書いた身としてはにとりが報われてよかったです。
おかげで二人は何とかハッピーエンドを迎えることができました。
出てきた小道具がみんな活用されていてよくできていると思いました。