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『隷属する血液(中編)』 作者: イル・プリンチベ
CAUTION!
・東方Projectの二次創作ですが、原作と比較すると著しくキャラ設定の変更がありますので、それが耐えられない方はここではないどこかへ。
・このSS単体でも楽しめれると思いますが、隷属する血液(前編)を読んでいただけたならよりいっそう楽しめるので、まずはそちらを先に読まれた方が望ましいと思います。
・すべてを受け入れることができる方や、このSSをネタとして笑ってすませるユーモアを持たれている方はここから先に進んでください。
―午後1時25分 昼食の後片付けをする。―
先ほどまでレミリア様とフランドール様とパチュリー様が昼食を取られたので、私はそれの後片付けをしているのですが、昼食に御出ししたものは“ハクタクミルクと鴉天狗の卵を使ったフレンチトースト”と“詐欺兎のソテー”と、食事の締めとなるデザートに“Hシャーベット”となので、皿洗いと台所の片づけはこれからやらなくてはならない仕事と比較すると大した負担ではありません。
できれば妖精メイドたちに任せたいのですが、昼食で使う皿はレミリア様のお気に入りなので下手に妖精メイドたちに任すと壊してしまう恐れがありますから、これもすべて私が責任をもって取り扱わなくてはならないのです。
以前私も手を滑らせてしまいお皿を割ってしまいそうになったのですが、幸い時を止める能力を使ってすんでのところで割らずに済みました。もし私の能力の発動が遅かったらと考えると…、たぶんレミリア様にドヤされて地下牢に閉じ込められるだけでなく、私を食的な意味で食べてしまうのではないかと思うと恐ろしくてなりません。
幸いなことにこの仕事をしている時は、全くと気を留めずに仕事をこなすことができたのがせめてもの救いと言えるでしょう。
―午後1時35分 紅魔館の関わるすべての事務処理をする―
必要な仕事は午前中に全てやっておいたので、この時間帯は暇というわけではなく紅魔館にかかわる事務処理をすべてこなさなくてはなりません。私が目を通さなくてはならないのは妖精メイド達からの業務報告書や連絡所や改善提案書などの現場状況に関わるものから、紅魔館の財政帳簿に関するものまで全てを処理しなくてはならないのです。とはいっても、大半は紅魔館の財政問題に関する書類と脱税や贈賄などの違法行為関係で埋め尽くされていますので、わかっていても頭と胃が痛くなる思いがしてなりません。
「はぁ、何が悲しくて紅魔館の事務処理を私がしなくてはならないのでしょうか?どうせならパチュリー様と小悪魔さんに任せればいいと思うのですが、パチュリー様と小悪魔さんは客人扱いで仕事を任せられないのですから、本当にどうすればいいのか困ったものですね。」
閻魔様のいる地獄も財政難という話をよく耳にしますが、紅魔館の財政問題は非常に危機的状態で下手をしたら破綻しかねない状態で、紅魔館を運営させていくには働いているメイドと警備のスタッフ達の食事の質をギリギリまで下げなければいけないのです。
今更ですが紅魔館で働いているスタッフは長時間労働と変則的勤務を強いられているだけでなくタダ働きなので、私と致しましても紅魔館で働いてくれるスタッフ達に微々たる額の給料や臨時ボーナスを支給したいと思っているのですが、この現状ではどう考えても不可能で夢のまた夢で終わってしまうでしょう。
「地獄も博麗神社も幻想郷はどこもかしこも財政難で偉いことになっていますが、我が紅魔館だってそれに負けず劣らず酷いものですよ。」
「ああ、これは噂で聞いたものですけど永遠亭も結構危機的という話も聞きますし、幻想郷に住んでいる人たちは基本的に金欠病を患っていることでしょうね。」
「笑えない話ですけど、私達全員貧乏神に取りつかれて財産という財産を摂取しているような気がしてならないですよ。」
「お嬢様、いつもいつもなんてことをしてくれるんですか。このままじゃ本当に紅魔館が財政破綻で身売りをしなくてはなりません。」
紅魔館の財政難を深刻にさせた原因は全てレミリアお嬢様のせいで、いつも魔界通販経由で高価な癖に全く役に立たない仏像を買ったり、魔界にあるどこかの土地を複数年ローンで購入したり、無駄に高価な宝石の類の装飾品を買ってきたり、これまた着ることのない高価なドレスをいっぱい買ったりしてきます。レミリア様は自分名義の口座を使わず、紅魔館名義の口座に振り込まれる年貢を使える分をめいっぱい使っていますから、先代や先々代が蓄えていた財産が入っていたと思われる紅魔館の金庫は空っぽです。
そんなもんですから仕方なく私と美鈴の食料を調達するために香霖堂に行って、私が使った未洗濯のメイド服とドロワーズとブラジャーとキャミソールと靴下とカチューシャをまとめて数セットを売り出して、当面の間の飢えをしのいできたという人前では絶対口に出せない思いをしてきました。これも生きるためだと割り切ってやったことですが、実際やってみると白い布地に黒いインクが染み付くという何とも言えないほどの不快感を味わう事になりました。
帳簿を見て絶望感を感じると、また変態店主のいる香霖堂に行かなくてはならないと思うと虚しくなるのですが、生きるための手段と割り切るしかありません。
「本当にどうしよう…。一週間分の食料を手に入れるために、また香霖堂に行って私の使用済み衣類を売り飛ばさなくてはいけないのですね。最悪銀のナイフと懐中時計を売り払わなくてはいけないと思うと、悲しくて悲しくて仕方ありません…。」
紅魔館の花壇の大半を農場に変え、野菜や果物を栽培してそれらから得た収入を返済に割り当てても一向にローンが減らないからどうしたものかと調べたところ、レミリア様がまた新しいローンを組んで買い物をしていましたから、紅魔館の財政状況が危機的であることを説明して自重するように願い出たのですが、無駄遣いが治まるどころか逆に酷くなってしまったうえに逆に殴られてしまいました。
「お嬢様は本当に無責任ですよ…。自分はやりたい放題やっている上に、面倒事の尻拭いは全部私に丸投げです…。いいかげん誰か私に代わって紅魔館のメイド長に就任してください…マジで。」
例の如く魔界通販からの請求書の類をチェックするのですが、一向に支払う金額が減らないどころか増え続けているので、この様子だと私が知らないところで今月もまた何か下らないものを購入されたようです。レミリアお嬢様は私のことを時が止めれて自分にとって都合に良いメイドとしか認識されていないようで、自分が関わりたくない面倒事を全部丸投げにしてそれをすべて私に押し付けてきます!財政難の解決もすべて私に押し付けるだけ押し付けて、ただ自分はやりたい事をやるだけでなく我儘し放題ですので本当に愛想を尽かしてしまいました。
私がレミリアお嬢様の無駄遣いの酷さに呆れながら事務処理をしている最中に、また妖精メイドたちが20人ほど事務室に押しかけてきていきなり辞表を私に叩きつけるように提出してきました。
「あなた達、一体どうしたっていうの?この時間帯だったらまだやることがある筈だから、それを済ましてからもう一度出直して来なさい。それとも何か緊急を強いられる要件があるのかしら?」
私は事務室にやってきたメイド妖精たちが何の用で来たのかわからないので、彼女達が何を目的としてここの事務室に来たのかを聞き出す事にしました。
「咲夜さん、私たち、もうこんな酷い職場で働きたくありません!心身ともに限界ですっ!」
「私もですっ!給料は一切支払われないうえに、長時間労働を強制されるだけされて、メイドは4人相部屋だからプライベートは完全に破棄される環境で仕事をしたくありません!」
「掃除、洗濯、料理、警備すべてをやってるのに、お金は一切支払われない上に報酬は一日三度の食事と僅かな昼寝の時間なんて今どきあり得ませんよ!」
「私たち妖精だって、人権は認められてしかるべきだと思います。ここで働いても生きがいなんて全く感じない上に、ボロボロになるまでこき使われて使い物にならなくなったら即座にスクラップ置き場に放り投げられるだけじゃないですかっ!」
「健康診断だって、昼夜勤の変則勤務だと年2回が義務付けられているはずなのに、それが一度たりとも行われてないじゃないですかっ!私たち妖精だったとしてもちゃんと生きものとして扱われてしかるべきであって、物として扱われてるということはあってはならないと思うのですがこの考えはおかしいのでしょうか?教えて下さい、咲夜さん。」
「私たちはいつも休憩時間と食事の時間を削ってまで仕事をしてきました。咲夜さんに改善提案を何度も提出したのに、状況が良くなるどころかより酷くなっていくので問題は一向に改善されていません。QC活動を行うといわれましても、私たちの意見をまともに聞かれた事は一度もありませんでした。」
「ここでの楽しみは一日三度の食事なのに、日に日に質が下がっている用な気がしますし、咲夜さんが頑張って作ってくれているという事が解っても、美味しく食べることができないんですよ!?これって重症じゃないですか!」
「それに私は心身ともに疲れ切ってしまいましたので、正直言って何もしたくないんです。ときより死にたくなるのは絶対おかしいってわかっているのに、どうしても耐えきれずリストカットしてしまったんです。」
「ベテランと新人の待遇は同じだっていうのは、絶対おかしい話ですよね?実力のある物が評価されず、コネを持った者に出世フラグが出来るのは普通にあり得ないと思わないのですか?」
彼女達は私に向かっていきなり辞表を叩きつけてきたので少しびっくりしてしまいましたが、今回私に辞表を提出してきたのは私が信頼している古株のメイドたちで、簡単な仕事はおろかそれなりの難易度の仕事を任せておけるスキルを持った者たちです。主張している内容は確かに彼女達のいうとおりで、新人と彼女達ベテランが同じ代遇で働くことはどう考えてもあり得ないことだと思う。
新人の日給が9000円だったら、彼女達は10000円支払ってもおかしくない筈だと私も思うし、元にメイド長を務めている私であれば日給30000円は下らないと個人的に考えてしまった。
そうだ。彼女達の感覚はごく自然なのだ。おかしい環境で働き続けても何にもならない問う事はすでに明白の筈なのは、彼女たちより私の方がよく知っているのではないかと思う。どう考えても私に彼女達を引き留める権利はないから、私が出来ることは彼女達を快く送り出すことだ。
「そう…、もうここで働きたくないのよね…、仮に私が引きとめても、あなた達はここから去るのでしょう?わかったわ。私にはあなた達を強引に引きとめる権利はないから、自由にしていいわよ。長い間紅魔館に勤めていただきまして、本当に今までありがとうございました。」
私は彼女達に感謝の気持ちを込めて会釈をした。本来はそれなりの手当を支払ってもいい筈だが、私個人ろくに持ち合わせがないために何も差し出すことができないことが悔しくてならなかった。
「さ、咲夜さん。」
「ほ、本当に今までお世話になりました。」
「お身体を大事になさってくださいね。」
「私たちのようにやめたくなったら、いつでもやめていいんですよ?」
「こんなところから、一刻も早く逃げ出した方がいいですよ。」
「私たち、みんな咲夜さんがとんでもないほど過酷な労働を強いられていることぐらい知ってます。」
「だから無理しないで下さいね。」
「あなた達も身体に気をつけるのよ?ここよりずっといい職場につけるという事を私からも願ってやまないわ。」
彼女達は私が会釈をしたことに面喰ったのですが、お互いに別れの言葉を聞くのは正直言ってなれていないので私も彼女達も涙腺が緩んでしまいました。みんな別れるのが辛くて仕方ないのですが、お互いの進む道が違うならどうしても避けられないものがあると思います。
ヴアル魔法図書館にある本の中で、外界のスイスにある男性向けの高級下着メーカーの社長さんは言ってた事に、『私にとって彼女たち従業員すべてが宝だ。』という言葉を仰っていたうえにそこの会社は人員定着率が非常に高いため、運営形式や経営方針は今の私が勤めている紅魔館と魔逆の方針だという事を改めて認識することになりました。彼女達のような優秀な人材をみずみず放出してしまう紅魔館の未来は、暗雲漂うだけでなく真っ逆さまに転落していくという事がいいきれると思います。
「何という事でしょうか!彼女達は今の紅魔館を運営するにあたって、欠かすことのできない人材だという事が解っていた筈だったわ…、それなのに!それなのに!!それなのに!!!私は彼女達を引き留めることが出来なかった!!!!!」
紅魔館のメイドをやめていく彼女達は必要不可欠な人材だという事が解っているのに、引き留めることのできない自分の無力さをこれ以上ないぐらい痛感させられたので、私は苛立ちを隠せず胸元に隠していたナイフを取り出し壁に投げつけてしまいました。
ナイフを投げつけた後、どうしようのない切なさに耐えきれず情けないことに私は椅子に座ってめそめそと鳴いてしまいました。紅魔館に勤めている妖精メイドたちが私のことを“鉄仮面”とか“悪魔の狗”とか“冷徹女”とか“イエス・ウーマン”なんて血も涙もない人間だと誤解されていると思いますが、私だって人間としての感情と良心を持ち合わせているという事を理解して欲しいです。ちなみに泣きやむまで2時間も時を止めてしまいました。気を取り直して事務処理に再び取り掛かって終わらせるのに、5時間も時を止めてしまいました。
―午後2時 美鈴の仕事ぶりを確認する。―
退職していくメイド達を事務室で見送った後にやる事として、門番を務める紅美鈴の勤務状況を確認しないといけません。私が美鈴の状況を確認するために正門に行くとほぼ高確率で昼寝をしているのですが、今までの過労により心身ともに疲弊しきってしまった彼女を強制的に起こすのが私の仕事で、これもやっていて心が痛むものなのですがこれも仕事としての一環だと割り切らないととても出来るものではありません。ちなみに美鈴とのやり取りはいつも決まってこんな感じです。
―門番とのやりとり―
「美鈴!仕事中なのに何寝ているのよ!早く起きなさいっ!」
私は気持ちよさそうに寝ている美鈴の頬に目掛けて思いっきりビンタをしますが、たいていの場合めったなことで起きるわけがありません。
「このボケなすがぁ!いい加減にさっさと起きやがれっ、この役立たずのクソ門番めっ!」
ビンタをしても起きなければ罵声をあげるとともに、脳天に向かって踵落としを食らわしますが相手は並大抵のことで目を覚ますことがないのです。
「おい中国!!!!!タダ飯ぐらいの木偶の坊がっ!!!!!てめえを起こす私の身になってみやがれっ!!!!!」
こうなったら最後の手段として、ナイフを何十本かをマヌケ面を晒してのうのうと昼寝をしている美鈴の目の前に展開し、その後額にナイフを突き刺すと流石の美鈴も目を覚ますのですが、
「はっ!いけないいけない!わ、私、今までうたた寝をしてしまったようですね。えっ、ええ〜!さ、さ、さ、さ、咲夜さん、お、お、お、お、おはようございます。いえ、こんにちは。いや、こんばんはでしたか?いや〜、今日も良いお日柄ですね、はい!あは、あはははははははっ。」
目を覚ましたとたんに私の姿を見ると、すっかり寝ぼけていたようでトンチンカンなことを言って着た後に乾いた笑いを、自分の周囲にナイフがいっぱいある事に気がつくと顔を強張らせてから額に汗を滝のように流すと、
「さ、さ、さ、さ、咲夜さん…、所、所、所、所、冗談ですよね?は、は、は、は、早く…、ナ、ナ、ナ、ナ、ナイフをしまってくださいよ。わ、わ、わ、わ、私は、何か、悪いことをしましたか?今日は、紅魔館に侵入してくる、不当な輩は、この私が、すべて撃退してきたであります、はい!あはっ、あはははっ、あはっ、あはははははは!」
あからさまに目線が定まっていないので、美鈴の言ってる事とやってることが支離滅裂で頭の中がおかしいことがわかるのですが、これもいつものことで気にしたら負けです。
「美鈴。あなた、また勤務時間中にシエスタを取っていたんでしょう?この時間帯は白黒の泥棒が堂々と侵入してくるから、常に警戒態勢を取っていないといけないはずなのに、私がここにやって来た時は気持ちよさそうに寝ていたじゃないの!」
私は美鈴を睨み付けると、美鈴はそれに耐えきれなくなってしまい私に向かってその場で土下座を晒すことになるのです。
「咲夜さん、御免なさい!職務怠慢の罪を犯してしまった私ですが、これからは心を入れ替えて職務を全うしたい所存でございますので、どうかご慈悲をして頂けないでしょうか?」
そして私に許しを請う為に命乞いをするのもいつものことですが、一度でも甘やかすとロクなことにならないのでここは厳しくやらなくてはなりません。
「この穀潰しの無能な門番めが!今日という今日は許さないわ!もう一度メイド長の私自ら教育を施してあげるから、心の奥底から感謝することね!」
私は展開したナイフのすべての狙いを美鈴に定めて一斉に飛ばして、避け切れず全身血まみれになってボロボロになった美鈴は、
「咲夜さんごめんなさい…、咲夜さんごめんなさい…、咲夜さんごめんなさい…、」
頭を抱え込んでうずくまっている美鈴は弱々しく謝罪をするだけなので、これ以上教育を施してもあんまり効果がないのと貴重な時間を無駄に潰したくないから、このあたりで手を止めておいてから、
「美鈴、本当に心を入れ替えて仕事をするなら許してあげるわ。これ以上私の手を煩わせないで頂戴。わかった!?」
お前の上司に逆らうとこうなるんだと言わんばかり視線を美鈴に向けます。やっていて虚しくなるのですが、これも仕事と割り切らないとやっていける代物ではありません。
「わかりました…。」
美鈴に与えられた選択肢は私の命令に従う以外存在しないので、ここは素直に従うしかないのです。私だってこんな言い方したくありませんし、言われ続ける美鈴は物凄い苦痛を感じ続けることでしょう。
―いつものやりとり終了―
レミリア様の方針で紅魔館の指導法はスパルタ方式を採用しており、命令を聞かなかったり、失敗をしたり、粗相をしてしまったり、怠けていたりしている部下に対して、躊躇なく鉄拳制裁をするよう指示されているので、メイド長という管理職に就いている私はやりたくなくてもそれをやらざるを得ないですし、やらなければ私がレミリア様に教育を施されるのです。私もレミリアお嬢様に『今日の料理の出来が悪いぞ!こんなもの不味くて食えないわよ!』と言われて思いきり殴られてしまったことがあるのですが、こんなやり方をし続けていいのか?と思います。
紅魔館の運営方式は全てレミリアお嬢様の言われることがすべてですので、レミリアお嬢様の命令に逆らったりしたら紅魔館に入れなくなるのですが、私はそれなりの貢献をしてきたのである程度の発言権と決定権を持っていますのでレミリア様をある程度けん制できるのですが、それもほんのわずかなものであることは間違いありません。そのために、辞表をいつでも提出できるようにして、レミリアお嬢様を脅迫できるようにしなくてはならないのです。
私が紅魔館の正門に行くのが嫌な理由は、いつも美鈴が寝ているためにいつも暴力的な手段で起こさなくてはならないという事であります。これもくどいと思うのですが仕事とはいえこんな事をやり続けている自分が嫌になってくるので、いい加減にメイド長の任を誰かに押し付けたい気分になります。
嫌々ながら正門にたどり着いた私は、美鈴がどこにいるのかを確認して暴力的な手段を使って叩き起こすのですが、今日の美鈴はいつもと違って2本の足で立っているだけでなく門番の仕事をちゃんとしているので、一瞬目を疑ってしまったのですがどういうわけか覇気が感じられませんでした。
「誰だ!と思ったら咲夜さんじゃないですか。いったいぜんたいどうしたっていうんですか?」
美鈴は警戒態勢を取っていたのですが私の姿を見ると敬礼を取ってきましたので、私もそんな美鈴を見ると思わず深くお辞儀をせざるを得なせんでした。
「美鈴、いつも門番のお仕事ご苦労様です。頑張っているあなたにいつも酷いことをしている私を許してほしいとは言わないわ。あなたのことを知っていて何も出来ない無力な上司だし、何よりあなたは私が憎いはずだからこの場で殺したって構わないわよ。」
私は美鈴に向かってねぎらいの言葉とともに、今までの贖罪を償う思いを込めてナイフを美鈴に渡して、本気半分冗談半分で私のことを殺すように促してみました。これまで散々悪いことをさんざんやってきましたし、非業の死を遂げても仕方のないことかと思うのです。
「さ、咲夜さん。冗談はやめてください!確かに私は仕事中にいつも居眠りをしちゃうダメな門番で、多大な貢献をされている咲夜さんと比較すること自体がそもそもの間違いで、逆に私が殺されたって文句は言えないですよ!」
「私が不甲斐ないからいつも賊に侵入を許しているのに、それをいつもフォローしていただけるんですから私は咲夜さんのことを尊敬しています。だから、そんな悲しいことを仰らないで下さい………。」
「それに先程メイド妖精たちが何人か紅魔館を出ていったのですが、まさかメイドを辞めたってわけじゃないですよね?彼女達も私たちの大切な仲間で家族みたいな存在じゃないですか。」
美鈴は私のことを怨むのでなく一人の人間として尊敬してくれていると思うと、逆に私が度量のない人間だという事をあらためて思わされてしまいました。
ここに来る前に妖精メイドたちが退職した事実を伝えるべきかどうか悩みましたが、ここは優しい嘘をついて誤魔化すより残酷な真実を伝えた方が美鈴の為だと思いました。それが紅魔館のメイド隊と警備隊の総責任者である私の義務なのですから。
「美鈴。これも私からのあつかましいお願い事なんだけど、今から話すことを落ち着いて聞いてほしいの。」
私はこれまで以上に真剣なまなざしを美鈴に向けたので、
「咲夜さん。その様子だと人前では言いにくい話なんですよね?何があったのかはわからないんですけど、何となく嫌な予感がしてならないんです………。」
美鈴は最悪起こり得ることを考えてしまったのか、すっかり顔を青ざめてしまいました。
おそらく自分が解雇されかねないと思っているのでしょうが、私が切り出さなくてはならない話はメイドたちが辞めていったことです。
「さっき妖精メイドたちが私の事務室に来て、私に向かって退職届を提出したのよ…。私は情けないことに彼女達を引き留めることができなかったから…、間違いなくもう二度とここに戻ってくることはないでしょう…。」
私はありのままの事実を美鈴に伝えました。
「そんな!彼女達は紅魔館でずっと働き続けてくれた古株のメイドじゃないですか!なんで咲夜さんは無理にでも引き止めなかったのですか!?こんなのって酷すぎるじゃないですかっ!」
美鈴は目を真っ赤に染めて涙をながしていましたがそれもその筈、美鈴にとってメイド妖精たちとは長年ともに過ごしてきた事によって、それ相応の苦楽を共有し続けてきたことで強い結束力で結ばれていると思っているのでしょう。
私も以前はそう考えていましたが、紅魔館の労働待遇は劣悪極まりなく現実的に考えると努めての何ら見返りがないので、ここで働き続けるという事が逆に愚かでしかないのです。
「わかっているわよっ!でもっ…、でもっ!私には彼女達を引き留めれる力がないのよっ!あなただってわかっているでしょう!?ここの待遇は劣悪極まりなく年中休みはないうえにタダで働かされていることを!」
「美鈴、わかってよ!私だって、お嬢様に紅魔館で働いているスタッフの待遇改善と作業の効率化を訴えてきたのよっ!それなのに…、それなのに…、それなのにお嬢様は私の話を一切聞こうとはしなかったわ!」
「逆に私のことを殴りつけて『メイド風情が私に逆らうな!メイドの待遇は現状維持で問題ないし、何で私が使用人たちに給金を手渡さなければならないのよ!全くわけがわからないわ!』と言われてしまったのよ!わ、私は…、うわあああああぁああぁあああぁあああああああん!!!!!」
私はいてもたってもいられなくなってしまうと、情けないことに地面に座り込んで大声を上げて泣き出してしまいました。部下にこんな醜態をさらすのは上司としてあってはならないのですが、
「咲夜さんごめんなさい!咲夜さんごめんなさい!咲夜さんは私よりずっと過酷な仕事をしてきたのに、何の力にもなれないどころか逆に足を引っ張ってばかりいる自分の無力さが憎いです。」
美鈴も私に抱きついてから子供みたく泣きついてしまったのですが、なんだかんだいいながら美鈴に頼られていると思うと少しは救われたような気がします。地場楽してお互いが泣きやんでから、私はいつも門番という凄くきつい仕事をしている美鈴にむくいるために、他の妖精メイドのみんなが知らされていない紅魔館の実態を伝えることにしました。
「いいのよ…。少しでもわかってくれればそれでいいわ。私はあなたを信頼しているからこれから重要な話をするんだけど、絶対誰にも言わないって約束してくれるかしら?」
「咲夜さん。もしかしてこれからの話すことは、外部に漏れたら大変なことになるはなしですよね?馬鹿な私でもそれぐらいは見当つきますよ。居眠りをしないで真剣に聞きますから大丈夫です。」
私は美鈴に現在紅魔館が抱えている問題の一つとして、深刻極まりない財政状況ついて事細かく説明しました。なぜ紅魔館で働いている者に給料の支払いが一切ないこととか、私以外のメイドたちはなぜ4人一部屋で過ごしている理由とか、花畑の一部を農園にした理由などを、一つ一つを美鈴にも極めてわかりやすい形で答えておきました。
「えっ!えええっ!!!!!ちょ、ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってください!お、おこ、こ、紅魔館ってこんなにいっぱい借金を抱えているんですか!?これってどうやって支払うつもりなんですか!?」
紅魔館の財政難問題を知った美鈴はすっかり驚いてしまった事により、大声を上げて目を丸くしてしまいましたが私も彼女の立場だと同じリアクションを取ってしまうと思いました。
「美鈴、声が大きすぎるわ。誰かに聞かれたらまずいでしょう?」
私は美鈴に向かって声を小さくするように促します。
「わかっていますけど、600兆円の借金を返済するあてはあるんでしょうか?毎年紅魔館が得る収入は3000億円ということがわかったんですけど、これじゃ全部を返済に割り当てても2万年もかかるじゃないですか!うへぇ〜!!!!!私、妖怪で人間さんよりずっと長生きするんですけど、2万年後も生きてる保証なんてありませんよ〜!ていうか絶対無理です!!!!」
途方もない金額を聞かされた美鈴はただ呆然としているだけですが、何か閃いたような顔を見せてから、
「咲夜さん。いいことを思いつきました!不良債権と化しているもの全てを売り払ったらどうでしょうか?たとえば、無駄に豪華なシャンデリアとか、壁に飾られている絵画とか、私より役に立たないカーネル・サンダースみたいな置き物でしかない悪魔の銅像とか、一度も使われていない宝剣や金玉が必要以上にあしらわれた悪趣味な鎧や、そこらじゅうに飾り付けられている変な甲冑とか、みんなみんな売り払うしかないじゃないですか!」
と、誰もが思い付くであろう提案を私にしてきました。確かに美鈴の言ってる事はもっともなのですが、その案は以前のお嬢様によって却下されたものです。
「以前私もお嬢様にそれを提案したわ!だけど『何で私のコレクションを売り払われなきゃいけないのよっ!こうなったのは咲夜の責任でしょ、だからちゃんと尻拭いをなさい!』って言ったのよ!しかも、あと1年以内に3兆円を支払わないと紅魔館を差し押さえられてしまうわ。このままじゃ私たち全員が路頭に迷ってしまうのよっ!」
衣・食・住の拠点を失いかねないという最低最悪な状況を乗り越えるために、私もあれこれ金策に走ってるのですが1年以内に3兆円を支払える要素がないので、明日になったら本当にホームレスになってしまう現実を幻視してしまいました。
「だから私だって、従業員の食事に使う食材を出来るだけ安いものを使って少しでも切り詰めようとしているのよ。もちろん一人当たり支給される量も減らしてね。」
私が出来る事といえば使用人の食事にかけれる金額をめいっぱい減らして、少しでも返済に割り当てるように最大限の努力をしたのです。
「だから最近の食事の量が減ったうえに、咲夜さんが作っているのに味が著しくまずいと感じてしまったんですね。ここ最近なんかご飯がおいしくないなと思ったら、そういう事だったんですか。」
やはり美鈴はそれに気づいていたようですが、気付いてくれていることに感謝しなくてはなりません。
「ここで仕事をしていて、1日3度の食事が美味しくないなんてがっかり要素満載じゃないですか!」
確かに無報酬の無休日のダブルパンチを強いられている待遇で、せめてもの楽しみが3度の食事と僅かな睡眠時間これでは誰だってやる気を出せと言われても出せるわけがないでしょう。
「それに警備用の武器だって古いままですし、壊れてしまった壁や柵を修繕したくたってこれじゃロクに補修できませんよ!落書きだって消したいのに消せないなんて切なすぎです、咲夜さんなんとかしてください…。」
「それも何とかしなくてはいけないのに、冬場の洗濯は凄くきついからお嬢様に洗濯機を買ってほしいと頼んだのだけどあえなく却下されたのよ。メイドたちが洗濯を嫌がって辞めていくのも珍しくないわ…。」
設備の補充と修繕をしたいのに、何ともできないという時点で壊滅的状況であるという事は間違いないのですが、もう如何ともし難い状況に陥っています。
「とにかく今の紅魔館の財政問題は極めて深刻で、お尻に火が付いてもう首が回らない状態なのよ。」
「咲夜さん、私もうこれ以上耐えられません!ここにいたんじゃ命がいくらあっても足りませんし、必死に頑張っても報われないだけです。咲夜さん、一刻も早くこんなところから逃げ出しましょうよ!」
美鈴は至極もっともなことを言ってくれるのですが、今すぐ逃げるわけにはいかないので私はある策を告げてから、その後二人で今日の真夜中に実行するであろう紅魔館脱走計画を企てました。成功するかどうかは定かではありませんが、私と美鈴が裏切ったと思うと、どれだけショックを受けてどんなリアクションを取るかある意味楽しみで仕方ありません。美鈴と打ち合わせをした後に二人で仮眠を取った間を含めて11時間以上も時を止めてしまいました。
―午後2時45分 ヴアル魔法図書館に行ってパチュリー様と小悪魔にお茶とおやつを渡す―
美鈴と脱走計画の打ち合わせをした後に、私は急いでパチュリー様と小悪魔のお茶とおやつを用意して慌ただしくヴアル魔法図書館に向かうのですが、ここの図書館は地下にあるために黴臭い上に空調が悪いため長時間いたくないありません。
以前私はこの図書館を掃除しようと足を運んだのですが、パチュリー様と小悪魔に『余計な事はしなくていいから、咲夜は私達にお茶とお菓子を渡してくれればいいのよ。』と言われてしまったので、それ以降は掃除をしに行くという愚行をしなくなりました。
コンコン。
ヴアル魔法図書館の扉をノックしてパチュリー様がいるかどうか確認しますが、重度の引き篭もりの為にめったなことがない限り外出をすることがないので、九割九分以上の確率でいるのです。
「誰かしら?うっ!ゲホゲホ、ゲホゲホ、ゲホゲホ、ゲホゲホッ!」
「パチュリー様、咲夜でございます。ただいま紅茶とおやつを持ってきましたので、入室してもよろしいでしょうか?」
私はパチュリー様に入室の許可を取り付けるために、お茶とお菓子を用意した事を告げますが喘息の発作を起こされたようですが、これもいつものことですので必要以上に気に留めることはありません。
「ゲホゲホ、ゲホゲホ、ゲホゲホ、ゲホゲホ、ゲホゲホ、ゲホゲホ、ゲホゲホッ!ゴフゴフゴフゴフッ、ガハッ!!!!!はぁはぁはぁはぁ…、はぁはぁはぁはぁ、いいわよ。やっと発作が治まったから、大丈夫だわ…。はぁはぁ、はぁはぁ…。」
いつも以上に長い発作が治まってやっと入室の許可を貰えたのですが、いつも以上に黴臭くなってましたので気にしないように心がけておいて、パチュリー様の方へと向かっていくといつもどおり小悪魔が私に向かって眼を飛ばして来ました。
パチュリー様は先程の発作で喀血されたのか、顔色がいつも以上に悪く頬がこけて青ざめているうえにあごと手のひらと紫色のローブの一部が赤く染まっています。
小悪魔はパチュリー様に肩を貸して2人で一緒にお茶とおやつが置かれているテーブルに向かっているのですが、2人とも足元がおぼつかないので私も助け船を出してパチュリー様の身体を支えようとした時に、
「てめえ、何見てんだよっ!こっち見るんじゃねえって言ってんのがわかんねぇのかよ!それにメイド風情が余計な事をするなって言ってんのがわかんないのか!」
やっぱり小悪魔は私の協力に対して拒絶反応するのですが、やらなかったらやらなかったで『お前、何で私を助けないんだよっ!普通は困っている人を見かけたら、救いの手を差し伸べて慈悲という善意を見せるものだろう?貴様の親の躾がなっていないから、こんなダメイドに育っちまうんだ!』と言ってくるのです。
「おいダメイド咲夜!紅茶とおやつを持ってきたんだろう!?さっさと渡しやがれこの野郎!」
私を罵りながらもお茶とおやつを催促する小悪魔は、気が高ぶっているために私の胸倉を掴んで早く自分に渡すように煽ってきます。
「何ボサッとしてんだよ!いいから早くそれをよこせやボケがぁっ!」
下級悪魔の小悪魔程度であれば私ぐらいの戦闘能力を有していれば、わけもなく撃退できる筈ですがパチュリー様の使い魔なので不用意なことはできませんし、こちらが攻撃して後々まで遺恨を持たれると厄介なので、ここは大人しく相手に合わせた方が身のためです。
私は急いでテーブルに行ってから、パチュリー様と小悪魔のお茶とおやつを皿に盛り付けてから二人の席に置くことにしました。
「少々遅くなって大変申し訳ございませんでした。今日のお茶は“福寿草”を入れたものなので心臓に強い刺激を与えられる代物でございますから、砂糖を入れない方がより刺激的でなおかつ美味しく頂けるかと思います。」
「それとおやつの方にもスポンジとクリームに“福寿草”のエキスをふんだんに使ったケーキでございますので、紅茶と一緒に召し上がっていただければより美味しく食べられると思います。」
今日はパチュリー様と小悪魔には福寿草のお茶と福寿草のケーキのセットを差し出す事にしましたが、パチュリー様は私のことをジト目で見てくる上に小悪魔は悪意を感じる眼つきで睨んできました。
「咲夜、今日は福寿草づくしなのね…。いつもおやつをくれるのは有難いんだけど、最近どういうわけか変わった趣向のお茶とお菓子を出してくるじゃないの?」
「最近レミィが新しい本をくれないから、なんとなく紅魔館の財政問題も深刻なんじゃないかな〜って思ってたんだけど、これも気のせいよね?でも今日のおやつのお茶とケーキは絶品ね。心臓に刺激的じゃなかったら、直美味しく食べられるんだけど。」
「ははははは、気のせいですよ…。今日も紅魔館はみんな絶好調の平常運転であります。そして私もいつも通り絶好調の平常運転でございますからして問題ありませんですます、はい。特別問題ありませんですよ。あはははは、あははははははっ…。」
「おい、ダメイド咲夜。最近メシが不味くなってきてるんだが、やっぱり気のせいじゃねえぞこの野郎!手を抜いてるってわけじゃないんだろうな!?けんども、福寿草のケーキとお茶はすんごく美味いぞ、褒美を取って使わす。刺激的すぎてたまらんぞ!」
「仕事においては手を抜くことは一切致しません。それにパチュリー様がおっしゃった問題は全くもってガセネタでありますから、詳しい話はお嬢様に聞かれたらいかがでしょうか。」
私はその場を取り繕うために誤魔化しておきますが、やっぱりパチュリー様は私の事を疑っているのでジト目で私を見つめてきますし、小悪魔にいたっては目がすわっていますのでいつ私の事を襲いかかってきてもおかしくありません。
「ゴホゴホ、ゴホゴホッ、怪しい…。絶対に怪しいわ…。ゼイゼイ、ゼイゼイ…、咲夜は絶対私たちに知られたくない何かを知っているわね…。ゴホゴホ、ゴホゴホッ。」
「ゴホゴホ、ゴホゴホッ、ゴホゴホ、ゴホゴホッ!レミィに大事な話をしても、どういうわけか会話が成り立たないし…、ゼイゼイ、ゼイゼイ……、新しい本を買ってほしいとおねだりしても、ゼイゼイ…、最近我慢しろとうるさいから、ゼイゼイ…、私も紅魔館の財政状況を調査したいのよ。」
「ゲホゲホ、ゲホゲホ、ゲホゲホ…、ここ最近レミィの様子がおかしいし、ゲホゲホゲホゲホッ、馴染みの妖精メイドはどういうわけか私の知らない間にいつの間にかいなくなっているし、ゲホゲホゲホゲホゲホゲホゲホゲホッ、ゴホゴホゴホゴホゴホゴホゴホッ!」
パチュリー様は引きこもりで虚弱体質の癖に洞察力は鋭いので、私は内心平常心でいられなくなってしまいましたが、喘息の発作が酷いから見ていて痛々しいものがあります。
「おいダメイド咲夜!パチュリー様を騙していないで、さっさと真実を教えやがれってんだよ、この野郎!俺様にまずい魔死を食い続けろっていうのか、このアホタレ!」
小悪魔は私の胸倉を掴んでから真実を伝えるようにしてきましたが、明らかに私の事を脅迫してきました。相手は完全に頭に血が昇っている状態なので、不用意なことを口にすると私の命がないかもしれません。
「ゲホゲホゲホゲホッ、こ、小悪魔、さ、咲夜を脅迫しちゃダメっ!ゲホゲホゲホゲホッ!脅迫したって咲夜は真実を口にしてくれないわっ!ゲホゲホッ、ゲホゲホッ!」
パチュリー様が発作を起こしながらも、小悪魔に対しこれ以上脅迫しないようにして下さいました。
「わかりました!これから私はパチュリー様に真実を伝えますから…。どうか小悪魔さん、その手を放してください…。」
私は二人の圧力に負けてしまったために、情けないことに私は命が惜しい一心であっけなく紅魔館の抱えている問題についての真実を伝えることにしました。もちろんのことですが、紅魔館の財政難問題だけでなく、働くメイドと門番の劣悪な労働条件をすべて洗いざらい吐き出しましたよ。
「そうだったのね…。だから、最近私に新書を買ってくれないのね。それにしても借金が600兆円あるなんて、咲夜が教えてくれるまで今までわからなかったわ。それに妖精メイドたちの大勢が退職しているうえに、こんな酷い待遇で働かされてるなんて絶対あり得ないわ!」
「私がレミィの事を干渉することが出来るなら、こんなの問題を引き起こさないで済んだのに…。それにここにある本を全部売り払っても、二束三文程度にしかならないわ…。ああ、私たちの明るい家族計画はいずこへ?このままじゃみんなブルーシート組確定よ!」
パチュリー様はショックのあまりにテーブルにひれ伏す形で倒れこんでしまうと、
「嘘だと言えよこのダメイド!しかも今年じゅうに3兆円を作らないと、紅魔館を差し押さえられてしまうって一体どういう事だよっ!」
「俺ら全員お先真っ暗なじゃないかっ!みんなみんなホームレス転落だぁ〜!あの馬鹿お嬢をコントロールできる奴はここにはいないっていうのか!?パチュリー様に咲夜に俺様と門番とメイドたち全員で必死こいて働いても、今年じゅうに3兆円という大金が確保できるのか?」
「無理だ!無理だ!無理だ!無理だ!無理だぁ〜!!!!!ここの本全部売りはらっても二束三文程度で買いたたかれるだけだし、パチュリー様と俺様は居候だから貯金なんて代物はないし、どうすればいいんだよ〜!!!!!」
小悪魔は事態の深刻さを把握してしまうと、いてもたってもいられないのか図書館中をウロウロし始めました。小悪魔なりに金策を考えているのですが、どれもこれも現実性が乏しいと考えてしまったために、
「冗談じゃない!あの馬鹿吸血鬼の面倒を何で見なきゃいけないんだ!やってらんねぇ!俺様は魔界に帰らせて貰うぜ!」
「待ちなさい小悪魔!今勝手に魔界に変えると、あなたは私との間で結ばれている悪魔の契約に違反することになるのよ。」
「ちっ、じゃあねえな!わかったよここに残ればいいんだろう!?残ればよ!」
パチュリー様は意を決したのか、いつも以上に真剣なまなざしを私と小悪魔に向けてから立ち上がると、
「私、今からレミィを説得しに行くわ!ゼイゼイゼイゼイ、ゼイゼイゼイゼイ…、無駄に豪華な悪魔の石像や、ゼイゼイゼイゼイ、ゼイゼイゼイゼイ…、ロクに着ることのないドレスや、ハァハァハァハァ、ハァハァハァハァ…、豚に真珠でしかない高価な宝石を売り払って、ハァハァハァハァ、ハァハァハァハァ…、紅魔館における不良債権を少しでも売り払って財政難を解消するのよ!」
「咲夜、小悪魔。私について来なさい!話し合ってわかり会えると思うんだけど、レミィがどうしても説得に応じないなら二人とも見限っても構わないわ!」
「本当の親友っていうのはただのなれ合いの関係じゃなくて、お互いの悪いところを忠告しあえる関係だと思うのよ!私はレミィの親友としてこの問題を解決させなければならない義務があるのよ。」
「最悪な事態になったとしても、私の命に変えてもレミィを止めて見せるわ。これ以上財政難問題で苦しまないために…、全力を尽くさなくてはならないのよっ!」
先程喘息の発作で喀血されたばかりなのに、大切な親友を正すために意を決したパチュリー様は蒼白で今にも倒れそうなのに決死の覚悟を私と小悪魔に見せたので、私はレミリア様のお茶菓子を用意したあとに、パチュリー様と小悪魔と一緒にレミリアお嬢様の部屋に行くことにしました。
私はお嬢様に愛想を尽かしているんですが、パチュリー様の説得に応じれば少しは見所があるかなと見ているので自分の将来について考え直そうかと思っています。たぶんあの我儘なうえに傲慢で500年以上生きてても中身がお子様ですから、絶対どんなことがあろうが友人の忠告すらまともに聞こうとしない上に逆ギレをすると予測しています。そんなことがなければいいんですけどね。
―午後4時10分 レミリアお嬢様にお茶菓子を渡すとともに財政難問題の解決の交渉をする―
コンコン。
私はレミリアお嬢様の部屋の前の扉をノックしますが、機嫌が悪いと無視されたり逆に追い返されたりしますので、取次の際は非常に緊張することになるのです。最悪の場合ですと弾幕を放ってくるので、皆さんはわかっていないと思うのですがこれも命懸けの業務の一つです。それもその筈、以前私は妖精メイドの何人かがお嬢様の手で殺されてしまったのを直に見てしまいましたから。
「失礼いたしますお嬢様、咲夜でございます。」
「咲夜どうしたの?」
私は内心ホッとしているのは、レミリアお嬢様が返事をなさったこととそれほどきつい口調ではなかったことです。虫の居所が悪くはないので、とりあえず命を失わずに済んだ事を有り難く思ってしまいました。
「お嬢様、おやつを出すのが遅れて大変申し訳ございませんでした。それとパチュリー様が面会を希望されておりますので、お部屋の中にお通しいただけないでしょうか?」
要件を手早く伝えると私はお嬢様がすわっている椅子のすぐそばにあるテーブルに、“福寿草”のケーキをお皿に盛り付けてから“福寿草”の紅茶をカップに注ぎました。
「咲夜は無能だから遅れるのはいつものことなんだから、これはあきらめるしかないわね。んん?パチェが会いたいって言ってるの?いいわよ。だからさっさと入りなさい。」
「それと今日のおやつは“福寿草”のケーキと“福寿草の”紅茶でございますが、より美味しく食べていただきたいので、砂糖を入れない方がより刺激的でなおかつ美味しく頂けるかと思います。」
「相変わらず変なものを作るのね。こんな不味いものを主人に差し出すとは信じられんな。本当にお前はちゃんと試食をしているのか?」
レミリアお嬢様はケーキと紅茶を一口ずつ食べると、気に食わなかったのか私にそれらを投げつけて来ました。メイド服がお茶とお菓子の汚れがついてしまいましたが、これもいつものことなので気にしていたらやっていけません。
非常に不機嫌な時だと好物のたらの芽の天婦羅や人肉ステーキはおろか、苦手なふうきみそや大豆料理などを私に向かって投げつけてきますので、こんな程度でイラついていたら紅魔館のメイド長は務まる事がないでしょう。
“福寿草”のケーキと“福寿草”のお茶は不評を買ってしまいましたが、普通のショートケーキやチョコレートケーキを出すと、『なんでこんなつまらないものを私に出すのよ!もっと斬新でぶっ飛んでいて美味しいお菓子を私に食べさせれない咲夜は、やっぱり人間だから無能で使えないダメイドなのよね。これだったら魔界から有能なメイド長を呼び出さないといけないわ!』と言われましたので、これでも精いっぱい私なりに工夫したものです。
「もちろんです。館内で取れる食材を生かして、コストをかけないように工夫したつもりでございますお嬢様。」
「不味い!こんな食えない代物を主に差し出すんじゃない!このダメイドめ!これこそ安物買いの銭失いっていうのよ!」
「申し訳御座いませんお嬢様。お砂糖と紅茶の葉はすべて切らせてしまいましたので、我慢してお飲みになってくださいませ。お砂糖と紅茶の葉を買おうと思ったのですが、紅魔館の金庫は空っぽでお砂糖と紅茶の葉を買うお金がありませんから、明日からのおやつは出せませんのでその点をご理解していただけないでしょうか。」
実際金庫は空っぽですから、私や妖精メイドたちの食料をどうやって確保すればいいのかわかりませんので、
「なんだと!私は今すぐ砂糖を持ってこいといったんだ!お前の命に変えても、砂糖を持ってくるんだっ!こんな不味いお茶なんて飲めるものかぁ!いや、これはお茶じゃないっ!」
「このっ、汚メイド!ダメイド!糞メイド!今まで私が面倒を見てきてやったっていうのに、恩を仇で返そうというのか!?今すぐ出て行け!主人に逆らう奴は今すぐ紅魔館から出ていけっ!お前なんかクビだっ!リストラだ!懲戒免職だ!今すぐのたれ死んでしまえばいいんだよ!」
レミリア様は癇癪を起こされてしまったので私に懲戒免職を告げられましたが、私としてはこうしてもらった方が精神的に楽になれると思ったので、お嬢様に別れの挨拶を告げてここから去ろうとした時に、
「待ってレミィ、咲夜は悪くないわ。悪いのは自分の言動をいつも棚に上げて、我儘が通らなかったら癇癪を起こしてきたレミィじゃないの!あなたがいつも無駄遣いばかりしてるから、咲夜が食費をめいっぱい削ってあれこれ工夫してくれることをわかっていないの!?」
小悪魔に支えられながらもパチュリー様が、私の事を弁護なさってくださいましたので私は一人ではないという事を改めて思い知らされました。小悪魔の目を見ると『お前は一人じゃない、俺様もお前の事を助けてやるから心配すんな。』と訴えていたように見えるので、凄く勇気づけられた気持ちでいっぱいになりました。
「どうしたのパチェ。私の部屋に直接来るなんて珍しいじゃない、ああそうだ昔から影が薄く紫もやしみたいで気持ち悪いから、どうしてもお前の存在をすっかり忘れてしまうんだ。」
「それで今日は一体どういう用件があってきたんだ?まさかお前が欲しがっている新書の購入は一切受け付けないからな、あれは無駄に高くていけないのだよ。アッハッハッハ!」
レミリア様は友人に軽口を叩くかのような冗談交じりの口調でパチュリー様に話して来ましたが、
「そんなものいらないわよレミィ。今日ここに来た妖剣なんだけど、単刀直入で言わせて貰うわ。今の紅魔館は財政難が酷いから、とにかく不良債権を売ってほしいのだけどいいわよね?というか今すぐ売りなさい!」
パチュリー様は至って真顔なのでレミリア様は目が点になってしまうのですが、
「パチェ、何寝ぼけて事いってんのよ。不良債権なんてどこにもないし、財政難で苦しんでるなんてそんなガセネタどこで仕入れたのよ!?はは〜ん、さては咲夜のいった話を真に受けてしまったのだな!?パチェを騙して好き勝手にやろうとしているなんて人間の癖に生意気な!本気で殺すぞこのクソメイドが!」
レミリア様は本気でお怒りになられてしまったので、私に対し槍を投げつけようとしましたがパチュリー様と小悪魔が遮ってくれたので、すんでのところで私は命拾いしましたから2人にはなんとお礼をいっていいのかわかりません。
「レミィ。ここ最近私に新書を買ってくれないのは紅魔館の金庫が空っぽで、首が回らない状態なんでしょう?今さっき咲夜に帳簿を見せてもらったんだけど、借金が600兆円ある上に返済が滞っているじゃないの!」
「パチェ。お前は大事な客人であるとともに唯一無二の親友なんだから、紅魔館の財政問題に関してはこれ以上口を出すな!仮に財政難だったとしても責任はすべて咲夜が取るから、特別気にすることはないぞ。うんそうだ、今日のおやつを食べ遅れたのも、いつも飯が不味いのも、パーティの段取りが悪いのもすべて咲夜が悪いんだ!」
「こんな無能で使えないメイドを雇ってやってるのに、その上給料をよこせと要求してくるんだからな。3度の食事と寝る時間を与えてやってるだけでもありがたいと思わんのか?」
「普通の犬だって飼い主から3日間受けた受けた恩を忘れないというのに、お前は悪魔の狗なんだからご主人様である私から受けた恩を生涯忘れることはないだろう?違うか、いや違わないだろう?私の言ってることはすべて正しいし、私の考えてることもすべて正しいし、そして私の成し遂げようとしている事はすべて正しいのだ。」
「レミィ待ちなさい!ゲホゲホゲホゲホッ、私は真剣に紅魔館の財政難を解決させたいのよっ!ゲホゲホゲホゲホッ、このままじゃ私たちの未来は明るいどころか、ゴホゴホゴホゴホッ、お先真っ暗なのよっ!ゴホゴホゴホゴホッ、ゲホゲホゲホゲホッ!」
「ハァッハァッハァッハァッ、ハァッハァッハァッハァッ、レミィ私の話をまじめに聞いて…、今はパーティどころじゃないでしょう!?これから紅魔館の財政難を解決するための会議をしないといけないじゃないの。」
パチュリー様は発作を起こしながらも必死でお嬢様を説得されている姿を見ると、非常に痛々しい姿を晒しているから知らない人が見たらある意味滑稽極まりないと思うのですが、一生懸命になっているパチュリー様を笑うことができません。むしろ誤まった道を進んでしまった親友を正しい方向へ戻そうという思いが私にも痛いぐらい伝わってきました。
「パチェ、これ以上何も言うな。咲夜。お前が私に忠誠心を誓っている筈だから、私のいう事に従っていればいいだけだ。お前は今日の夜7時から行うパーティの準備をすれば、今までのお前の悪行を不問にしてやってもいいぞ。」
「パーティをやるんだから招待客が必要だな。うん、そうだな。幻想郷じゅうのみんなを呼んで来い!今日はいつも以上に派手に盛大にやろうじゃないか!咲夜、さっきはクビにしたんだが、パーティの準備を今からするというのならばさっきの件は不問にしてやるから有り難いと思えよ。」
私と小悪魔はパチュリー様の決死の訴えを聞いて涙を流さざるを得ませんでしたが、レミリア様ときたら真性の外道と言ってもいいのか友人の忠告を全く聞こうとしないどころか、今日も豪勢なパーティをしようと言ってきましたので本当に殴ってやろうかと思いました。
「私はここにいる仲間、いや家族のことが大好きよ。我儘で傲慢なんだけどここぞいうところでカリスマを見せてくれて寛大なレミィに、キャラがコロコロ変わってつかみどころがなく何かがおかしい言動をするフランに、天の邪鬼で嘘つきでふてぶてしいけど私の事を助けてくれる小悪魔に、いつも居眠りをしてておマヌケでポカばかりするけどここぞいう時には外敵をシャットアウトしてくれる美鈴に、いつも管内の仕事をやってくれるメイド妖精たちに、美味しい料理とすべての業務を取り仕切ってくれる咲夜が、私の、いや、レミィとフラン以外は血縁関係がなくても私たち紅魔館にいる全員が家族じゃないの!」
パチュリー様は喘息で凄く苦しいはずなのに、今紅魔館で働いているメイド全員と門番をも含めて“家族”と仰ってくださった事に私は思わず感無量となってしまいました。
「俺たち全員は“家族”なんだからよ、“家族”全体の問題を解決するために一人一人が何をすべきか真剣に話し合うべきだろう?今の紅魔館の金庫は空っぽで借金で首が回らない状況なんだから、今できることといったら不良債権を売り払って少しでも負債をなくすしかないだろう?当主のおめえが間違いを指摘して質そうとするもの俺らの役割じゃねえか!」
「お前の無駄遣いを抑制できなかった俺たち全員にも責任があるんだが、大問題にならないようにしてくれた咲夜を相手にしなかったお前が一番悪いのが確かだから、咲夜に責任をなすりつけないでお前がなんとかしないといけないだろう?」
小悪魔も“家族”の問題を解決させるために、現実的な見解をもってお嬢様に説いています。お嬢様に責任があるという事をちゃんと叱ってくれたのですから、これも有り難いと思わざるを得ません。
「お嬢様。紅魔館にいる私たち全員がよりよく暮らすためにはより健全な財政状態でなくてはなりませんので、必要以上の無駄な贅沢を控えていただけないでしょうか。私達はお嬢様に養っていただいている事にありがたみを感じているのですから、困窮している現状を何とかしたい一心と無礼を承知でお嬢様を諫めているのです。」
私も劣悪極まりない現状を何とかしたい一心でお嬢様を説得しました。私たちの忠告を聞いて下さったならこれからもずっと紅魔館で働き続けたいですし、美鈴との計画を中止する価値があると思っているからです。
「そのためにお前ら私のコレクションを売り飛ばせって言ってるのか!?冗談じゃない!絶対売るもんか、絶対売ってたまるもんかっ。ここまで集めるのにどれだけ苦労したのかわからないのか!?」
「客人と使用人風情に何がわかる!スカーレット家は名門貴族だから、常に権威を示さなくてはならない義務が党首にあるという事が解らんのか!」
「これらはスカーレット家の富と権威を示すものなのに、それをやすやすと手放すという事は名声を著しく失うという事だ!それにこれは私の大切な財産で、お前らみたいな不良債権を養っているよりずっと意義があるのよ!」
「お前らの提案は一切認めない。当主として今後も現状と同じ方針でやっていくことをお前達に命令するぞ。それと今日の夜7時から予定通りパーティをやるから、急いで準備をするように。咲夜、わかったかしら?」
スカーレット家の富と権威を示すという事はよくわかる話ですが、今は不良債権となっているレミリアお嬢様のコレクションを売り払わなくてはならないのに、見事にわたし達の提案をあえなく却下して、自分の主張を通すように言ってきた事に何とも言えない虚しさを感じてしまいました。
そんなわけでパチュリー様と小悪魔と私は、自分のいう事を聞かない部下に苛立ちを感じたために癇癪を起してしまったレミリアお嬢様に追い出される形で部屋を出ていくことになりましたから、肝心要の当主がこれでは私たち3人がこれ以上何を言ってもはなしにならないので、紅魔館で暮らしていくのにどうしようもない絶望感でいっぱいになりましたよ。
これから地獄のパーティが開催されると思うと、本当にいたたまれない気持ちになるのですが、実際パーティを始めてみないとどうなるかわかりません。紅魔館のパーティの招待客は最悪生まれた姿で帰って来れる保証がないのですから、私としてもどう責任を取っていいのか未だにわからないのです。
―午後4時45分 フランドール様に甘えられる―
パチュリー様と私と小悪魔さんは、レミリア様に失望したので今後の事についてヴアル魔法図書館で会議をすることになったのですが、私も美鈴と脱走計画を企てていたのでついでに美鈴も図書館に連れていくことにしました。
美鈴に会いに正門に行った時に、パチュリー様がレミリアお嬢様に決死の説得をしたのにそれが台無しになってしまった事と、深刻な財政難にあるにも拘らず今日もパーティを開催するという事を伝えたのですが、
「あ〜あ、ダメだこりゃ…。親友の忠告を聞こうとしなかったお嬢様に何を言っていいのかわかりません。私もパチュリー様の演説を聞けば、感動して涙を流したと思いますよ。」
「咲夜さんもそれを聞いて涙を流せたんですから、生き物としての感情があるということですよ。私もその場にいたかったなぁ…咲夜さんと小悪魔が羨ましいですよ、はい。」
「私も咲夜さんと違って頭の悪い部類に該当するんですけど、お嬢様が私をもはるかに上回る馬鹿だとは思ってもみませんでした。これで迷いなく紅魔館から出ていくことが出来ますよ。」
と言ったので、思わず苦笑するしかありませんでした。仕事上のポカがあっても美鈴によって癒されたことが度々ありましたから、私も彼女に救われているわけです。
「パチェに小悪魔に美鈴に咲夜だ!みんな一緒にいるなんて珍しいねっ!」
私たち4人がヴアル魔法図書館で会議を開こうとした時に、フランドール様が地下室から飛び出してきたので、ここにいる全員が破壊されるんじゃないかなと思ってた矢先に、
「咲夜、ちょっとでいいから私に甘えさせてくれないかな?一人だと、さびしいの…。みんなとずっと一緒にいたいの…。私、お姉さまもパチュリーも小悪魔も美鈴も咲夜の事が大好き!」
と言ってくると私に向かって実の子供のように甘えてきたので、みんな面喰ってしまいましたがこの時のフランドール様があまりにも可愛すぎたため、
「いいですよ、私の胸で良かったらいくらでもお貸しいたします。」
私はフランドール様の目線に合わせるためにしゃがみ込むと、フランドール様が勢いよく飛びついて来ました。
「う〜ん、咲夜って私やお姉さまと違ってすごくいい匂いがするわ。お母さんの匂いがするから、このままずっと抱きしめてもらいたくなるの。」
妹様の体温と重みが私に伝わってきたので、私もこのまま時を忘れて抱きしめたくなるぐらい妹様の事がお腹を痛めて産んだ子供と同じぐらい愛おしくて仕方ありませんでした。
「わ、私がお母さん?ですか?」
フランドール様にお母さんと言われたので、私は何と答えたらいいのかわかりませんでしたが、
「うん、お母さん。いつも私のお洋服を選択してくれたり、お腹が空いた時におやつをやご飯を作ってくれたりしてくれるでしょう?それに私がお風呂と沐浴を嫌がったり、だらしなくしていたりしたら怒ってくれるし、淋しくなった時にはいつもこうやって抱きしめてくれたり添い寝をしてくれるもん。」
私が何気なくやってきた事にフランドール様は本能的に母性を感じ取っていたので、母親代わりに振る舞ってくれる人を欲していたのでしょう。
「妹様、今までずっと一人で淋しかったのですね…。それだったら正門に来て私の所に遊びに来られてもよろしかったのですよ。私のことですからたいてい寝ているかもしれませんが、起こされてくださればいつでもお話し相手でも務めさせていただきましたのに…。」
美鈴も不憫なフランドール様を見て、母親代わりはできないけど良き友人みたいに振る舞う事は出来ると言いました。
「咲夜は妹様に好かれているのね、羨ましいわ。暇だったらいつでも図書館にやってきていいし、好きな本を読んでもいいわよ?ついでに泥棒を撃退してくれたらありがたいわね。」
パチュリー様はフランドール様に懐かれている私を羨むとともに、いつでも図書館に来てもいいといっただけでなく、ちゃっかり侵入してくる泥棒を撃退することを要求してきました。
「俺様もそこまで誰かに必要とされた事がないから、そうなってみたいものだな。」
小悪魔は悪魔の癖に天使の心を持ち始めてしまったのか、誰かに必要とされたいと思ったようです。
「小悪魔、私が誰よりもあなたの事を必要としているわ。いつも私が喘息の発作で苦しんでいるところを、なんだかんだいいながら助けてくれるじゃないの。貴女にはお礼をいくら言っても言いきれないじゃないの。」
そんな小悪魔にパチュリー様は自分にとって欠かせない存在であると告げると、
「そうだった。すっかりパチュリー様に必要とされていた事を忘れちまったようだ。なんでだ、俺様の目から塩水が流れやがるぜ…。俺様でいいなら遊び相手になれるぞ。弾幕ごっこはちとしんどいんだが、一緒に悪戯ぐらいするなら歓迎するぜ!」
小悪魔は強がっていますが、パチュリー様に必要とされている事に感謝の気持ちで一杯になっているようです。そして妹様と一緒に悪戯をしようと言ってきましたが、私にとって迷惑でないことを祈るだけです。
「お姉さまも救いようのないぐらい我儘でどうしようのない奴だけど、私にとって唯一無二の肉親だからどうか愛想を尽かさないでほしいわ。私も出来る限りいい子でいるから、みんなには紅魔館から出ていかないで約束してほしいの…。これは私の我儘で、無理を言ってるのは百も承知なんだけど…、お願いだからわかってほしいの…。」
「私もこれから下品な振る舞いをしないで、教養と社交性のあるお嬢様としていくことを約束するから…、私の事を見限らないで!」
実際私達はレミリアお嬢様に愛想を尽かしているので、フランドール様との約束を守れるわけではないのですが、穢れのない純粋な瞳で見つめられると何と答えていいものかわからなくなってしまいました。
「「フランドール様…。」」
私と美鈴がうつむいたままで何も答えれないと同時に、
「「妹様…。」」
パチュリー様と小悪魔さんも同じくうつむいたまま何も答えれないのでした。
「パチュリー、小悪魔、咲夜、美鈴、ずっとここにいてって約束してよ…!みんな家族だから…、私の大切な家族だから…、これからのずっと一緒にいて…、私いい子でいるから…、私いい子でいるからっ、うぐっ、うえっ、ううっ、うわあああぁあああぁああああぁあああああん!」
愚かな私達は何も答えれなかったために、気が触れていても純粋な心をもったフランドール様を泣かしてしまいました。レミリアお嬢様を見限るのは簡単なのですが、紅魔館から出ていくという事はフランドール様を見捨てるということでもあるので、そんなフランドール様に嘘をつく事は何よりも耐えられなかったのですから、私達は約束を破るという事は絶対にしたくありませんでした。
フランドール様が私たちの事を家族と認識してくれたことが、ここで働いていた唯一の救いであるというのも悲しすぎる話ですが、願うことならば紅魔館の財政問題が解決され使用人はまともな労働待遇で働けるという事を望みたいのですが、私たちの力を合わせても、それを実現させるのは絶対に不可能で夢のまた夢だと思いました。
後編に続く
―あとがき―
イル・プリンチベです。今回はブラック企業シリーズの中で、紅魔館のメイド長を務める十六夜咲夜さんにスポットを当ててみました。実際に咲夜さんの働きぶりを考慮しますと、やはり感銘を受けるというものがあります。ブラック企業シリーズの制作にあたってですが、従者の皆さんに尊敬の念を感じざるを得ないと思っております。
最初は“みょんな事にババァ2人にセクハラされるんです。”みたいなエロとギャグを絡めたお話にするつもりでしたが、前半と打って変わってエロとギャグとスカとグロの要素がないという私らしかぬ作品に仕上がってしまいました。なぜこうなった?
この作品のテーマは“雇用問題”と“財政難”と”家族愛”という重い問題を取り扱ってみたのですが、正直言って上手く表現できたかどうかは怪しいところがかなりあると思います。絶対上手く行ってない!
私みたいなアホでどうしようもないSSを書いている人が、急にシリアスな内容(なのか?)のSSを書いても、内容の重みが感じられるかどうかは正直言って自信がないのですが、このSSを読んでくださる皆様にこの問題がとてつもなく深刻だという事が伝われば、私と致しましては感無量でございます。おいおい、全然シリアスじゃねえぞこのヤロー!って突っ込みはなしという方向でお願いしますね。
やりたい事を考慮し直すと、前編と後編だけでは足りなくなってしまいましたので中編をつける形にしました。キャラを登場させるのは簡単でも、セリフに深い意味を与えたり、その局面において存在意義を与えたりするのは凄く難しいです。それに読み直してみると、今までのSSと比較すると作風が微妙に違うという罠に陥りました。
前編のあとがきで言わせてもらいましたが、一度スクラップにしたものを新たに組み直して仕上げた作品ですので、ネタがどんどん出てきて組み合わせていくうちに支離滅裂していったものを頑張って修正しました。お前、修正されきっていないぞ!突っ込みはしないで下さい。私の残りライフはあとわずかですから。
P・S いつも気の利いたコメントをしてくださるNutsIn先任曹長さんには感謝してもしきれないです。本当にありがとうございました。
イル・プリンチベ
作品情報
作品集:
25
投稿日時:
2011/04/03 06:49:41
更新日時:
2011/04/03 15:50:38
分類
紅魔館
財政難
ブラック企業
シリアス?
後編楽しみにしてます。
なんだか…、どんどん美談になってきているような気がしますが…。
レミリア、なんでこんな分からず屋になってしまったのでしょうか。
病弱パチュリーや暴力的小悪魔のキャラが急に光ってきましたね。
…もう、フランを連れて、みんなこんな館(かいしゃ)、辞めちまえ!!
でも、大丈夫かな…。
なんだか、とんでもないオチが待っているような気がしてならないのですが。
ボリューム溢れる中編、楽しませていただきました。
後編をお待ちしています。
産廃に長い自分もこれほどの文章はめったにお目にかかれないのは確かです。
今年度の最高傑作といって良いんじゃないでしょうか?
後編に期待せざるを得ない。